IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

特開2024-115819直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法
<>
  • 特開-直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法 図1
  • 特開-直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法 図2
  • 特開-直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法 図3
  • 特開-直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法 図4
  • 特開-直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法 図5
  • 特開-直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法 図6
  • 特開-直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法 図7
  • 特開-直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法 図8
  • 特開-直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法 図9
  • 特開-直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法 図10
  • 特開-直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115819
(43)【公開日】2024-08-27
(54)【発明の名称】直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法
(51)【国際特許分類】
   F27B 3/20 20060101AFI20240820BHJP
   F27B 3/08 20060101ALI20240820BHJP
   F27D 11/10 20060101ALI20240820BHJP
【FI】
F27B3/20
F27B3/08
F27D11/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023021669
(22)【出願日】2023-02-15
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 信宏
【テーマコード(参考)】
4K045
4K063
【Fターム(参考)】
4K045AA04
4K045BA02
4K045RB02
4K063AA03
4K063AA04
4K063AA12
4K063BA02
4K063CA01
4K063FA53
4K063FA63
4K063FA73
(57)【要約】
【課題】アーク同士の衝突による電極、天井部材および炉壁の損耗を抑制することが可能な直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法を提供すること。
【解決手段】本発明に係る直流電気炉の設計方法は、3本の電極が正三角形となるように配置されており、上記電極1本あたりの最大電流値I、上記正三角形の中心と上記電極の中心との間の距離L、および上記電極の中心と炉壁との間の最短距離Dの関係式(i),(ii)における係数α、βおよびγを、上記電極1本あたりの電流値と上記正三角形の中心と上記電極の中心との間の距離とを変動させたときの熱流動を評価するシミュレーションに基づいて算出するステップと、最大電流値Iまたは距離Lの少なくともいずれかを最適化するステップと、を含む直流電気炉の設計方法。
L≧αI+β ・・・(i)
D≧γ ・・・(ii)
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3本の電極を備える直流電気炉において、
前記3本の電極は、それぞれの電極の中心を結んだ形状が正三角形となるように配置されており、
前記電極1本あたりの最大電流値I、前記正三角形の中心と前記電極の中心との間の距離L、および前記電極の中心と炉壁との間の最短距離Dの関係式(i),(ii)における係数α、βおよびγを、前記電極1本あたりの電流値と前記正三角形の中心と前記電極の中心との間の距離とを変動させたときに前記3本の電極で発生するアーク放電による前記直流電気炉内の熱流動を評価するシミュレーションに基づいて算出するステップと、
関係式(i),(ii)および前記算出された係数α、βおよびγを用いて、前記電極1本あたりの最大電流値Iまたは前記正三角形の中心と前記電極の中心との間の距離Lの少なくともいずれかを最適化するステップと、を含む直流電気炉の設計方法。
L≧αI+β ・・・(i)
D≧γ ・・・(ii)
【請求項2】
3本の電極を備える直流電気炉において、
前記3本の電極は、それぞれの電極の中心を結んだ形状が正三角形となるように配置されており、
前記電極1本あたりの最大電流値I、前記正三角形の中心と前記電極の中心との間の距離L、前記電極の中心と炉壁との間の最短距離D、および前記電極の断面半径kの関係式(iii),(iv)における係数α、βおよびγを、前記電極1本あたりの電流値と前記正三角形の中心と前記電極の中心との間の距離とを変動させたときに前記3本の電極で発生するアーク放電による前記直流電気炉内の熱流動を評価するシミュレーションに基づいて算出するステップと、
関係式(iii),(iv)および前記算出された係数α、βおよびγを用いて、前記電極1本あたりの最大電流値Iまたは前記正三角形の中心と前記電極の中心との間の距離Lの少なくともいずれかを最適化するステップと、を含む直流電気炉の設計方法。
L≧αI+β+k ・・・(iii)
D≧γ+k ・・・(iv)
【請求項3】
3本の電極を備える直流電気炉において、
前記3本の電極は、それぞれの電極の中心を結んだ形状が正三角形となるように配置されており、
前記電極1本あたりの最大電流値をI(kA)、前記正三角形の中心と前記電極の中心との間の距離L(mm)および前記電極の中心と炉壁との間の最短距離D(mm)が、関係式(v)および(vi)を満たす、直流電気炉。
L≧15.3I+443 ・・・(v)
D≧1870 ・・・(vi)
【請求項4】
3本の電極を備える直流電気炉において、
前記3本の電極は、それぞれの電極の中心を結んだ形状が正三角形となるように配置されており、
前記電極1本あたりの最大電流値をI(kA)、前記正三角形の中心と前記電極の中心との間の距離L(mm)、前記電極の中心と炉壁との間の最短距離D(mm)および前記電極の断面半径kが、関係式(vii)および(viii)を満たす、直流電気炉。
L≧15.3I+443+k ・・・(vii)
D≧1870+k ・・・(viii)
【請求項5】
前記直流電気炉内の溶鋼湯面の直径d(m)、浴深h(m)、前記溶鋼湯面が切断面になる球体の半径R(m)および溶鋼の体積V(m)が、関係式(ix)~(xi)を満たす、請求項3または4に記載の直流電気炉。
【数1】
【請求項6】
請求項3または4に記載の直流電気炉の操業方法において、
前記3本の電極で発生するアーク放電のアーク長をE(m)としたときに、アーク電力Q(MW)は、関係式(xii)および(xiii)を満たす、直流電気炉の操業方法。
I≦0.0653L-28.9 ・・・(xii)
Q≦2.7IE+23.6 ・・・(xiii)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高炉法で製造される鉄源は、鉄鉱石をコークスで還元して製造するため、CO発生量が多い。CO排出量削減を図る手段として、電気炉で鉄スクラップや水素還元DRI等を溶解して溶銑を製造し、既存の転炉を中心とする製鋼プロセスを利用して溶鋼を製造する方法がある。
【0003】
製鋼時に、電気炉の天井の上方に把持装置により把持、懸垂され、炉の天井に設けた開口部より炉内へ挿入された一定半径長さの円柱状の電極は高温雰囲気に晒されるため、側面部の酸化消耗量の割合は大きい。この対策として、電極に酸化防止処理を行うことにより、側面酸化を抑制して電極の長寿命化を計る技術が開示されている(特許文献1)。また、主原料であるスクラップの増加に伴い、溶解能力を向上するために炉容の大形化ならびに大電力化が進められている。一方で、このような大形化や大電力化すると、炉体の耐火物の損耗が大きくなるので、炉体の冷却が不可欠となる。そのため、電気炉の天井を冷却し、天井の寿命の延長および耐用性の向上を図る技術が開示されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000-169845号公報
【特許文献2】特開平9-196567号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電気炉は、アーク溶解に用いる電源を交流とする交流電気炉および直流を用いる直流電気炉に大別される。交流電気炉は3相交流を用いるため、電極の本数を増やす場合、電極の総数は3の倍数となる。そのため、交流電気炉は、大型化する場合の炉の寸法についての自由度が小さい。これに対して直流電気炉は、電極の本数を1本単位で増やすことが可能であるため、大型化の際の炉の寸法に任意性がある。
【0006】
しかしながら、直流電気炉において電極を2本以上とする場合、アーク同士は、互いに働く電磁力によりは引き合うこととなる。そのため、直流電気炉の寸法に対して電極間距離が過小である場合や電極に印加する電流が過大である場合、電極間の中央部でアークが衝突する。衝突したアークによって、温度が高い領域が天井部材の方向に伸び、電極をさらに加熱し損傷させたり、天井部材や炉壁を溶損したりする虞がある。特に、直流電気炉において電極を3本用いる場合、このような課題はさらに顕著となり得る。
【0007】
そこで、本発明は、電極を3本用いる場合において、アーク同士の衝突による電極、天井部材および炉壁の損耗を抑制することが可能な直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1]3本の電極を備える直流電気炉において、上記3本の電極は、それぞれの電極の中心を結んだ形状が正三角形となるように配置されており、上記電極1本あたりの最大電流値I、上記正三角形の中心と上記電極の中心との間の距離L、および上記電極の中心と炉壁との間の最短距離Dの関係式(i),(ii)における係数α、βおよびγを、上記電極1本あたりの電流値と上記正三角形の中心と上記電極の中心との間の距離とを変動させたときに上記3本の電極で発生するアーク放電による上記直流電気炉内の熱流動を評価するシミュレーションに基づいて算出するステップと、関係式(i),(ii)および上記算出された係数α、βおよびγを用いて、上記電極1本あたりの最大電流値Iまたは上記正三角形の中心と上記電極の中心との間の距離Lの少なくともいずれかを最適化するステップと、を含む直流電気炉の設計方法。
L≧αI+β ・・・(i)
D≧γ ・・・(ii)
[2]3本の電極を備える直流電気炉において、上記3本の電極は、それぞれの電極の中心を結んだ形状が正三角形となるように配置されており、上記電極1本あたりの最大電流値I、上記正三角形の中心と上記電極の中心との間の距離L、上記電極の中心と炉壁との間の最短距離D、および上記電極の断面半径kの関係式(iii),(iv)における係数α、βおよびγを、上記電極1本あたりの電流値と上記正三角形の中心と上記電極の中心との間の距離とを変動させたときに上記3本の電極で発生するアーク放電による上記直流電気炉内の熱流動を評価するシミュレーションに基づいて算出するステップと、関係式(iii),(iv)および上記算出された係数α、βおよびγを用いて、上記電極1本あたりの最大電流値Iまたは上記正三角形の中心と上記電極の中心との間の距離Lの少なくともいずれかを最適化するステップと、を含む直流電気炉の設計方法。
L≧αI+β+k ・・・(iii)
D≧γ+k ・・・(iv)
[3]3本の電極を備える直流電気炉において、上記3本の電極は、それぞれの電極の中心を結んだ形状が正三角形となるように配置されており、上記電極1本あたりの最大電流値をI(kA)、上記正三角形の中心と上記電極の中心との間の距離L(mm)および上記電極の中心と炉壁との間の最短距離D(mm)が、関係式(v)および(vi)を満たす、直流電気炉。
L≧15.3I+443 ・・・(v)
D≧1870 ・・・(vi)
[4]3本の電極を備える直流電気炉において、上記3本の電極は、それぞれの電極の中心を結んだ形状が正三角形となるように配置されており、上記電極1本あたりの最大電流値をI(kA)、上記正三角形の中心と上記電極の中心との間の距離L(mm)、上記電極の中心と炉壁との間の最短距離D(mm)および上記電極の断面半径kが、関係式(vii)および(viii)を満たす、直流電気炉。
L≧15.3I+443+k ・・・(vii)
D≧1870+k ・・・(viii)
[5]上記直流電気炉内の溶鋼湯面の直径d(m)、浴深h(m)、上記溶鋼湯面が切断面になる球体の半径R(m)および溶鋼の体積V(m)が、関係式(ix)~(xi)を満たす、[3]または[4]に記載の直流電気炉。
【数1】
[6][3]または[4]に記載の直流電気炉の操業方法において、上記3本の電極で発生するアーク放電のアーク長をE(m)としたときに、アーク電力Q(MW)は、関係式(xii)および(xiii)を満たす、直流電気炉の操業方法。
I≦0.0653L-28.9 ・・・(xii)
Q≦2.7IE+23.6 ・・・(xiii)
【発明の効果】
【0009】
上記の構成によれば、上部電極1本あたりの電流値および炉中心と上部電極の中心との間の距離を最適化することによって、アーク同士の衝突による高温領域の天井部材等への拡大を抑制することができ、電極、天井部材および炉壁の損耗を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一実施形態に係る直流電気炉の断面図である。
図2図1に示した直流電気炉のII-II線断面図である。
図3】本発明の一実施形態に係る直流電気炉において、上部電極から放出されたアークに作用する引力を説明するための図である。
図4図1に示す直流電気炉においてシミュレートされた、上部電極から放出されたアークの温度分布を示す図である。
図5図1に示す直流電気炉においてシミュレートされた、上部電極から放出されたアークの流速分布を示す図である。
図6】シミュレーションの結果から導出した上部電極1本あたりの電流とアーク電力の関係を示すグラフである。
図7】シミュレーションの結果から導出した炉中心と上部電極の中心との間の距離と最大電流値の関係を示すグラフである。
図8】シミュレーションの結果から導出した、上部電極の中心と炉壁との間の距離と炉壁の温度の関係を示すグラフである。
図9】シミュレーションの結果から導出した、上部電極に流れる電流とアーク長との積およびアーク電力の関係を示す図である。
図10】溶鋼の湯面の直径と浴深との関係を説明するための図である。
図11】シミュレーションの結果から導出した溶鋼の湯面の直径とh/dとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省略する。
【0012】
図1は、本発明の一実施形態に係る直流電気炉の断面図である。図示されるように、直流電気炉1は、天井2、炉壁銅パネル3、炉壁耐火物4および炉底耐火物5を含む。また、天井2には3本の上部電極6が設けられ、炉底には炉底電極7および底吹羽口8が設けられている。炉壁銅パネル3には炉上原料投入管9、溶鋼21を出銑する出銑孔10および電気炉スラグ22を排出する出滓孔11が設けられている。以下の説明では、直流電気炉1内の溶鋼21の湯面の直径をd、浴深をhとする。
【0013】
直流電気炉1として、炉体が傾動する傾動型を用いることもでき、また炉体が傾動しない据え置き型を用いることもできる。また、直流電気炉1には、鉄源として、鉄含有スクラップ、還元鉄、鉄含有ダストの3つの原料のうちの1種または2種以上を投入する。還元鉄としては、DRI(Direct Reduction Iron)、HBI(Hot Briquette Iron)、高リン還元鉄などを用いることができる。鉄含有ダストとしては、転炉ダスト造粒品を用いることができる。
【0014】
上部電極6からはアーク20が放出され、還元鉄等の原料を溶解して溶鋼21を製造する。還元鉄等の原料は、炉上原料投入管9を用いて直流電気炉1内へ添加される。また、底吹羽口8からガスと吹き込み、溶鋼21および電気炉スラグ22に循環流を起こすことによって、溶鋼21の表面および電気炉スラグ22の伝熱および溶解の促進を図ることができる。通常、直流電気炉1内の溶鋼21の温度は高々1700℃程度であるが、上部電極6から溶鋼21の表面にかけて生じるアーク20は、内部の温度が5000℃以上であり、溶鋼21の表面のアークスポットにおいても2000℃程度となる。
【0015】
図2は、図1に示した直流電気炉のII-II線断面図である。図示されるように、直流電気炉1は、断面が円形となっている。また、3本の上部電極6は、それぞれの上部電極6の中心を結んだ形状が正三角形となるように配置されている。以下の説明では、炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離をL、上部電極6の中心と炉壁銅パネル3との間の距離をDとする。
【0016】
ここで、図3を用いて、図1に示す直流電気炉1において2本の上部電極6から放出されるアーク20に作用する引力について説明する。図示された例において、アーク20は、上部電極6から溶鋼21に向けて放出される。そのため、上部電極6に流れる電流は、電子が放出される方向とは反対であるj1およびj2の方向に流れる。そして、上部電極6に流れる電流に起因して、図示されたb1およびb2の方向に磁束密度が発生する。図示されたように、2本の上部電極6の間では、磁束密度b1,b2が反対方向に働く。そのため、互いの磁束密度b1,b2は打ち消されることから、2本の上部電極6の間の磁束密度b1,b2は低くなる。このとき、アーク20には、電流密度ベクトルと磁束密度ベクトルとの外積で表される方向(図中のf1およびf2)に電磁力が働くことから、アーク20同士は引き合うこととなる。
【0017】
図4は、図1に示す直流電気炉1においてシミュレートされた、上部電極から放出されたアークの温度分布を示す図である。図5は、図1に示す直流電気炉1においてシミュレートされた、上部電極から放出されたアークの流速分布を示す図である。図4および図5において、それぞれ(a)では直流電気炉1内の温度分布または流速分布を斜視図で示し、(b)は上部電極6から放出されたアーク20の断面を含むように示している。
【0018】
また、図示されるように隣接する上部電極6間の中央部で衝突したアーク20によって、温度が高い領域が天井2の方向に伸びている。また、炉中心Cでは3本の上部電極6が発生したアーク20の流れの衝突が集中することによって、温度が高い領域が天井2の方向に伸びている。この領域がさらに拡大すると、アーク20が上部電極6をさらに加熱し損傷させたり、天井2を溶損したりする虞がある。さらに、図示されるように、炉中心Cと、互いに隣接する上部電極6の中央とを結ぶ直線上またはその延長線上の近傍では、他の部分に比べて温度が高い傾向にある。これは、上部電極6から放出されたアーク20同士が、互いに隣接する上部電極6の中央で衝突することに起因すると考えられる。
【0019】
ここで、直流電気炉1の寸法は、例えば目標とする溶鋼21の生産量に基づいて決定される。そのため、直流電気炉1の設計にあたっては、決定された直流電気炉1の寸法を前提として、アーク20同士の衝突を抑制して上部電極6や天井2の損傷を防止することが可能な炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離、および上部電極6に印加する電流値を決定することが必要となる。
【0020】
(シミュレーションの概略および条件)
上部電極6から放出されるアーク20は高温かつ高速であることから、アーク20の温度や流速を直接的に測定することは難しい。そのため、本実施形態では、上部電極6の1本あたりの電流値と炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離とを変動させたときのアーク放電による直流電気炉1内の熱流動を評価するシミュレーションを行う。シミュレーションの結果に基づいて、上部電極6の1本あたりの最大電流値I、炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離L、および上部電極6の中心と炉壁銅パネル3との距離Dが算出される。
【0021】
シミュレーションは、Jonas ALEXIS, Marco RAMIREZ, Gerardo TRAPAGA and Par JONSSON, “Modeling of a DC Electric Arc Furnace-Heat Transfer from the Arc” ISIJ International, Vol.40 (2000),pp.1089-1097に記載された手法に基づいて行うこととし、以下、その概略について説明する。シミュレーションでは、上部電極6から放出されるアーク20は導電率を有する電磁流体とみなし、電磁場解析、流体解析および伝熱解析の連成計算を行う。まず、電磁場解析の方法について説明する。アーク20に流れる電流密度をi(A/m)とすると、磁気ベクトルポテンシャルAと電流密度iとの関係は、式(1)のように表される。μは真空の透磁率である。
【0022】
【数2】
【0023】
電流密度iは、電流密度の保存則である式(2)を用いて算出される。ここで、φは、境界条件として設定された電流の入り口側と出口側の電位であり、σはアークの導電率(S/m)であってアークの温度に依存する値である。
【0024】
【数3】
【0025】
式(2)から算出された電流密度分布によって、式(1)から磁気ベクトルポテンシャルAが算出される。そして、算出された磁気ベクトルポテンシャルAを用いて、式(3)から磁束密度B(T)の分布が算出される。
【0026】
【数4】
【0027】
次に、流体解析および伝熱解析の方法について説明する。磁場中の電流が流れている導電体には、ローレンツ力F(N/m)=i×Bが発生する。また、導電体に発生するジュール加熱量q(W/m)=i/σが発生する。算出されたローレンツ力Fとジュール加熱量qとを用いて、流体解析と伝熱解析を行う。流体解析では、式(4)に示される質量保存則および式(5)に示されるナビエストークス方程式によってアークの流れが解析される。ここで、uは流速、ρは密度、tは時間、pは圧力、μは粘度、gは重力加速度である。
【0028】
【数5】
【0029】
伝熱解析は、伝熱解析の支配方程式である式(6)を用いて行う。ここでCは比熱、Tは温度、λは熱伝導率、Sは放射エネルギー、Qはトムソン効果によるエネルギー損失である。
【0030】
【数6】
【0031】
上記のような電磁場解析、流体解析および伝熱解析を行うことにより、アークの温度や流速を求めることができる。一例として、シミュレーションにおける計算条件は、上部電極6の直径を750mm、炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離を2300mm、上部電極6と溶鋼21の湯面との距離を500mmとした。また、炉内の雰囲気ガスはAr、溶鋼21の湯面は平坦であり、湯面の電位を0とした。さらに、上部電極6の1本当たりに流れる電流値は133kAとし、アーク20が放出される起点は上部電極6の下端面の中心とした。電気炉スラグ22は考慮しない。
【0032】
一般に、大型高炉プロセスにおける生産量を電気炉プロセスでも実現するためには、一回の出鋼量を300t程度とする必要がある。電気炉は、一回ごとに溶鋼を全て出鋼するのではなく、1/3程度の溶鋼を次プロセスの初期熱源確保のために残しておく場合が多い。そのため、300t出鋼するために、電気炉として溶鋼量は450t程度の容量が必要となり、歩留まりを考慮すると500t程度の容量が必要となる。電気炉において300t程度の原料を40分程度で溶解するためには、電気炉の発熱量として200MW程度以上であることが好ましい。さらに高速に溶解するためには、電気炉の発熱量として250MW以上であることが好ましい。
【0033】
図6は、シミュレーションの結果から導出した上部電極1本あたりの電流とアーク電力の関係を示すグラフである。ここでは、直流電気炉1における上部電極6が1本の場合、2本の場合および3本の場合のそれぞれにおけるアーク電力を評価した。上部電極6に印加可能な電流値は上部電極6の断面積により決まり、一般的に160kA程度が限界である。
【0034】
図示されるように、上部電極6が1本の場合、アーク電力が200MWを超えることは不可能である。上部電極6が2本の場合、電流値は150kAの場合はアーク電力が200kW以下となり、アーク長を長くすればアーク電力を増加させることができる。このことから、上部電極6が2本の場合、アーク電力が200NWとなることは可能であるが、250MWとすることは困難と考えられる。したがって、アーク電力が200MWから250MWとなるためには、上部電極6を3本用いる必要がある。炉内の温度の均一性を考慮すると、それぞれの上部電極6の中心を結んだ形状が正三角形となるように配置されることが好ましい。ここで正三角形は、設計上三角形とすることを意味し、直流電気炉1においては炉蓋のひずみ、電極の変形等のため、完全な正三角形から上部電極6の断面半径程度の形状のずれが生じ得る。
【0035】
シミュレーションによる温度の評価位置は、図1および図2においてP1~P3で示す位置である。評価点P1は、炉中心Cにおける天井2の下面高さであり、溶鋼21の湯面高さから1.8mの高さとした。評価点P2およびP3は、炉壁耐火物4の位置である。評価点P2は、図2に示すように炉中心Cと上部電極6の中心とを結ぶ線の延長線上における炉壁耐火物4の位置であり、評価点P3は、炉中心Cと互いに隣接する上部電極6の中央とを結ぶ線の延長線上における炉壁耐火物4の位置である。
【0036】
天井2に用いられるステンレスの耐熱温度は一般的に700℃(973K)程度とされており、熱膨張による変形を抑制することを考慮すると、評価点P1の温度は800K以下であることが好ましい。また、炉壁耐火物4を覆う耐火物の耐熱温度は1500から1800℃(1773~2073K)程度であることから、評価点P2およびP3の温度は1900K以下であることが好ましい。
【0037】
表1は、上部電極6の1本あたりの電流値と炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離とを変動させ、アーク放電したときの各評価点における温度(K)を示す。表1において、「電流値」は上部電極6の1本あたりの電流値である。「炉中心~電極距離」は、炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離Lを示し、「電極~炉壁距離」は、上部電極6の中心と炉壁銅パネル3との距離Dを示す。「アーク長」は、上部電極6から放出されたアーク20の長さを示し、上部電極6と溶鋼21の湯面との距離に等しいものとする。「アーク電力」は、アーク20の電力を示す。「評価点1」は評価点P1における温度、「炉壁最大温度」は評価点P2およびP3のうち、温度が最大となった評価点における最大温度をそれぞれ示す。「式(7)判定」では、後に説明する式(7)が成立している場合を「○」、成立していない場合を「×」とし、「式(7)右辺」において式(7)の右辺の値を示す。
【0038】
【表1】
【0039】
図7は、表1に示すシミュレーションの結果から導出した炉中心と上部電極の中心との間の距離と最大電流値の関係を示すグラフである。図中に示された破線のグラフから、炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離Lが離れていれば、上部電極6に印加できる電流は大きくなるといえる。また、上部電極6の1本あたりの最大電流値Iおよび炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離Lの関係について、以下の式(7)が示される。また、Lについて整理すると、式(7)は式(8)のように示される。これらの式は、シミュレーション結果から、最小二乗法を用いて作成した。
I(kA)≦0.0653L(mm)-28.9 ・・・(7)
L(mm)≧15.3I+443 ・・・(8)
【0040】
なお、上記のシミュレーションでは、アーク20が放出される起点は上部電極6の下端面の中心とした。しかし、実際の直流電気炉1において、アーク20は放出される起点は上部電極6の損耗状態によって上部電極6の下端面の中心とは限らない。式(7)および(8)は、上部電極6の断面半径をkとすると、以下の式(9)および(10)のように示される。
I(kA)≦0.0653L(mm)-28.9+k ・・・(9)
L(mm)≧15.3I+443+k ・・・(10)
【0041】
さらに、上部電極6の1本あたりの最大電流値Iおよび炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離Lの関係についての式(8)および(10)を、係数α、βを用いて式(11)および(12)のように表すことができる。
L≧αI+β ・・・(11)
L≧αI+β+k ・・・(12)
【0042】
図8は、表1に示すシミュレーションの結果から導出した、上部電極の中心と炉壁との間の距離と炉壁の温度の関係を示すグラフである。(a)のグラフでは、表1の全てのデータがプロットされ、(b)のグラフでは、表1のうち、「式(7)判定」が○であるデータがプロットされる。
【0043】
(a)のグラフでは、上部電極6の中心と炉壁との間の距離Dが離れると、炉壁の温度が低下する傾向と上昇する傾向の両方の傾向がみられる。本発明者は、評価点P3の温度が最大となる場合は、アーク20同士の衝突が強い場合であり、上部電極6の1本あたりの最大電流値Iおよび炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離Lの関係が式(7)を満たさない場合の結果であることを見出した。
【0044】
これに対して(b)のグラフでは、上部電極6の中心と炉壁との間の距離Dが離れると、炉壁の温度が低下する傾向となっている。このことから、上部電極6の1本あたりの最大電流値Iおよび炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離Lの関係が式(7)を満たす場合は、上部電極6の中心と炉壁との間の距離Dが離れるほど、炉壁の温度も低下するといえる。ここで、距離Dは、炉中心Cから上部電極6の中心までの直線を炉壁まで延長した線上の、上部電極6の中心から炉壁までの長さである。
【0045】
また、上部電極6の中心と炉壁との間の距離Dが1870mm以上であり、式(7)および(8)を満たすと、炉壁の温度は、耐熱温度である1900K以下であることがわかる。このとき、Dについて以下の式(13)のように表すことができる。また、上部電極6の断面半径をkとすると、式(13)は、式(14)のように表されるとともに、係数γを用いて式(15)および式(16)のように表される。
D≧1870 ・・・(13)
D≧1870+k ・・・(14)
D≧γ ・・・(15)
D≧γ+k ・・・(16)
【0046】
炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離Lについての式(8)および上部電極6の中心と炉壁との間の距離Dについての式(13)から、直流電気炉1内の溶鋼21の湯面の直径dは、以下の式(17)のように表される。
d≧0.002(15.3I+443+1870) ・・・(17)
【0047】
なお、図8(b)では、表1におけるNo.8のデータが、式(7)を満たす条件で炉壁の温度が最大値となっている。このときの電流値が140kAであることから、炉壁の耐熱性を考慮すると、上部電極6の電流値は140kA以下であることが好ましい。
【0048】
図9は、表1に示すシミュレーションの結果から導出した、上部電極に流れる電流とアーク長との積およびアーク電力の関係を示す図である。図9から、目的とするアーク電力Q(MW)と、上部電極6の最大電流値I(kA)およびアーク長E(m)との関係は、式(18)のように示される。式(18)は、シミュレーション結果から、最小二乗法を用いて作成した。
Q≦2.7IE+23.6 ・・・(18)
【0049】
図10は、溶鋼の湯面の直径と浴深との関係を説明するための図である。直流電気炉1の形状として、直流電気炉1内の溶鋼21の湯面の直径をd、浴深をhとすると、h/dの値が精錬性能などに影響する。h/dは一般的に0.2~0.3の範囲であるが、高い値であるほど精錬性能がよい。直流電気炉1における溶鋼部の形状を図10に示すように、溶鋼湯面が切断面になる球体とし、球体の半径をR(m)、V(m)とすると、以下の関係式(19)および(20)のように示される。
【0050】
【数7】
【0051】
図11は、表1のシミュレーションの結果から導出した溶鋼の湯面の直径とh/dとの関係を示すグラフである。直流電気炉1において、例えば溶鋼量を76m(532t)とすると、式(19)および式(20)からh/dを図11のように示すことができる。例えば、上部電極6の電流値が140kAである場合、式(8)から炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離Lは2585mm以上であればよい。また、式(13)から、上部電極6の中心と炉壁との間の距離Dは1870mm以上であればよいことから、直流電気炉1の直径dは2×(2585+1870)=8914mmが最小となる。このとき、図11からh/dは0.25となる。
【0052】
本発明の一実施形態に係る設計方法に従って設計された直流電気炉1では、上部電極6に印加する電流値および炉中心Cと上部電極6の中心との間の距離Lについての式(8)を満たすことによって、アーク同士の衝突による高温領域の拡大を抑制し、上部電極6および天井2の温度を適切な範囲に保つことができる。また、式(13)を満たすことによって、炉壁耐火物4の温度についても適切な範囲に保つことができる。さらに、溶鋼21の湯面の直径dについての式(17)、式(19)および式(20)から、h/dの値が算出される。さらに、式(7)およびアーク電力Qについての式(18)に基づいて上部電極6の1本あたりの電流値を最適化することによって、直流電気炉1の上部電極6、天井2および炉壁耐火物4の損耗を抑制することができる。
【0053】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はこれらの例に限定されない。本発明の属する技術の分野の当業者であれば、請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0054】
1…直流電気炉、2…天井、3…炉壁銅パネル、4…炉壁耐火物、5…炉底耐火物、6…上部電極、7…炉底電極、20…アーク、21…溶鋼、22…電気炉スラグ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11