(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024177248
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】電磁波吸収体
(51)【国際特許分類】
H05K 9/00 20060101AFI20241212BHJP
H01F 1/113 20060101ALI20241212BHJP
H01F 1/34 20060101ALI20241212BHJP
【FI】
H05K9/00 M
H01F1/113
H01F1/34 180
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024170466
(22)【出願日】2024-09-30
(62)【分割の表示】P 2023095478の分割
【原出願日】2019-05-31
(31)【優先権主張番号】P 2018107184
(32)【優先日】2018-06-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000005810
【氏名又は名称】マクセル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】廣井 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】藤田 真男
(57)【要約】
【課題】ミリ波帯域以上の高い周波数の電磁波を良好に吸収するとともに、表面での電磁波の反射を考慮した透過型の電磁波吸収体を得ること。
【解決手段】電磁波吸収体は、磁気共鳴する磁性酸化鉄1aと有機材料のバインダー1bとを含む電磁波吸収層を備えた透過型の電磁波吸収体であって、前記磁性酸化鉄として、六方晶フェライトを含み、前記磁性酸化鉄の体積含率が23%以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミリ波帯域以上の周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄と有機材料のバインダーとを含む電磁波吸収層を備えた透過型の電磁波吸収体であって、
1GHzにおける複素比誘電率の虚部が0.016以上であり、
1GHzにおける複素比誘電率の実部が5.5以下であることを特徴とする、電磁波吸収体。
【請求項2】
1GHzにおける複素比誘電率の実部が5.43以下である、請求項1に記載の電磁波吸収体。
【請求項3】
1GHzにおける複素比誘電率の実部が4.2以下である、請求項2に記載の電磁波吸収体。
【請求項4】
1GHzにおける複素比誘電率の実部が3.25以上である、請求項1に記載の電磁波吸収体。
【請求項5】
前記磁性酸化鉄として六方晶フェライトを含む、請求項1~4のいずれかに記載の電磁波吸収体
【請求項6】
前記六方晶フェライトがストロンチウムフェライト、または、バリウムフェライトであり、Feサイトの一部が3価の金属原子で置換されている、請求項5に記載の電磁波吸収体。
【請求項7】
前記バインダーが、熱硬化性ゴム、熱可塑性エラストマー、または、熱可塑性樹脂のいずれかを含む、請求項1~6のいずれかに記載の電磁波吸収体。
【請求項8】
前記磁性酸化鉄の体積含率が23%以下である、請求項1~7のいずれかに記載の電波吸収体。
【請求項9】
前記電磁波吸収層がシート状に形成された、請求項1~8のいずれかに記載の電磁波吸収体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電磁波を吸収する性質を有する電磁波吸収体に関し、特に、電磁波吸収材料として磁性酸化鉄を備えてミリ波帯域以上の高い周波数の電磁波を吸収することが可能な透過型の電磁波吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
電気回路などから外部へと放出される漏洩電磁波や、不所望に反射した電磁波の影響を回避するために、電磁波を吸収する電磁波吸収性組成物が用いられている。電磁波吸収性組成物は、ブロック状の電磁波吸収体、シート状の電磁波吸収シートなど、電磁波吸収部材として使用される形態に対応して所定の形状に成型される。
【0003】
一方、近年では、携帯電話などの移動体通信や無線LAN、料金自動収受システム(ETC)などで、数ギガヘルツ(GHz)の周波数帯域を持つセンチメートル波、さらには、30ギガヘルツから300ギガヘルツの周波数を有するミリ波帯、ミリ波帯域を超えた高い周波数の電磁波として、1テラヘルツ(THz)の周波数を有する電磁波を利用する技術の研究も進んでいる。このようなより高い周波数の電磁波を利用する技術トレンドに対応して、不要な電磁波を吸収する電磁波吸収性組成物や電磁波吸収体においても、ギガヘルツ帯域からテラヘルツ帯域の電磁波を吸収可能とするものへの要望が高まっている。
【0004】
従来、ミリ波帯以上の高い周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収体として、25~100ギガヘルツの範囲で電磁波吸収性能を発揮するイプシロン磁性酸化鉄(ε-Fe2O3)結晶を磁性相に持つ粒子の充填構造を有する電磁波吸収体が提案されている(特許文献1参照)。また、イプシロン磁性酸化鉄の微細粒子をバインダーとともに混練し、バインダーの乾燥硬化時に外部から磁界を印加してイプシロン磁性酸化鉄粒子の磁場配向性を高めた、シート状の配向体についての提案がなされている(特許文献2参照)。
【0005】
さらに、弾性を有する電磁波吸収シートとして、シリコーンゴムにカーボンナノチューブを分散させたセンチメートル波を吸収可能な電磁波吸収シートが提案されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008- 60484号公報
【特許文献2】特開2016-135737号公報
【特許文献3】特開2011-233834号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ミリ波帯域以上の高い周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収体として、入射した電磁波に磁気共鳴してこれを吸収する電磁波吸収材料を電磁波吸収層に含む電磁波吸収体は、透過型の電磁波吸収体として実現でき、例えば、所定の周波数の電磁波のみを吸収する電磁波フィルタとして機能させることができる。また、誘電体層内で入射波と反射波とが打ち消し合うことで電磁波を吸収する反射型、または、λ/4型などと称される電磁波吸収体と異なり、電磁波を反射する電磁波遮蔽層を有していないため、電磁波吸収体全体として可撓性や弾性を備えやすいという利点がある。さらに、電磁波吸収体の形状が電磁波吸収特性に影響しないため、シート状やブロック形状、その他使用用途に応じて所望される形状の電磁波吸収体とすることができる。
【0008】
このような、電磁波吸収特性が形状に左右されないという特長を生かすことで、入射した電磁波に磁気共鳴してこれを吸収する電磁波吸収材料を電磁波吸収層に含む電磁波吸収体には幅広い用途が想定できるが、従来、表面での電磁波の反射を低減した電磁波吸収体は検討されていなかった。
【0009】
本開示は、上記従来の課題を解決するために、ミリ波帯域以上の高い周波数の電磁波を良好に吸収するとともに、表面での電磁波の反射を考慮した透過型の電磁波吸収体を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため本願で開示する電磁波吸収体は、ミリ波帯域以上の周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄と有機材料のバインダーとを含む電磁波吸収層を備えた透過型の電磁波吸収体であって、1GHzにおける複素比誘電率の虚部が0.016以上であり、1GHzにおける複素比誘電率の実部が5.5以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本願で開示する電磁波吸収体は、電磁波吸収層に、ミリ波帯域以上の高い周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄を電磁波吸収材料として備えるため、数十ギガヘルツ以上の高い周波数の電磁波を熱に変換して吸収することができる。また、1GHzにおける複素比誘電率の実部が5.5以下であるため、電磁波吸収体表面での反射が抑えられ、電磁波吸収体が配置された領域の電磁波を効率よく吸収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本実施形態にかかる電磁波吸収体の構成を説明する断面図である。
【
図2】ストロンチウムフェライトとシリコーンゴムとを含む電磁波吸収層における、磁性粉含有量と比誘電率との関係を示す図である。
図2(a)は、磁性粉体積含有量と複素比誘電率の実部との関係を示す。
図2(b)は、磁性粉体積含有量と複素比誘電率の虚部との関係を示す。
【
図3】電磁波吸収体表面での電磁波の反射を測定するフリースペース法を説明するためのモデル図である。
【
図4】ストロンチウムフェライトとアクリルゴムとを含む電磁波吸収層における、磁性粉体積含有量と比誘電率(実部)との関係を示す図である。
【
図5】イプシロン磁性酸化鉄とシリコーンゴムとを含む電磁波吸収体層における、磁性粉体積含有量と比誘電率(実部)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本願で開示する電磁波吸収体は、ミリ波帯域以上の周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄と有機材料のバインダーとを含む電磁波吸収層を備えた透過型電磁波吸収体であって、1GHzにおける複素比誘電率の実部が5.5以下である。
【0014】
このようにすることで、本願で開示する電磁波吸収体は、有機材料のバインダーとともに電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄の磁気共鳴によって、ミリ波帯域である30ギガヘルツ以上の高い周波帯域の電磁波を吸収することができる。また、電磁波吸収体の1GHzにおける複素比誘電率の実部が5.5以下であるため、電磁波吸収体のインピーダンス値が空気中のインピーダンス値に近くなり、電磁波吸収体に入射する電磁波の入射面での反射が抑えられる。このため、配置した領域を透過する電磁波を良好に吸収することができ、しかも、使用される部材や配置場所に対応して適宜好ましい形状とすることかできる電磁波吸収体を実現することができる。
【0015】
なお、電磁波吸収体の1GHzにおける複素比誘電率の実部が4.2以下であることがさらに好ましい。
【0016】
また、本願で開示する電磁波吸収体において、前記磁性酸化鉄として、六方晶フェライト、または、イプシロン磁性酸化鉄のいずれかを含むことが好ましい。電磁波吸収層に電磁波吸収材料として含まれる磁性酸化鉄として、ミリ波帯域以上の高い周波数で磁気共鳴し保磁力が大きい、六方晶フェライト、または、イプシロン磁性酸化鉄を含むことで、電磁波吸収特性の高い電磁波吸収体とすることができる。
【0017】
この場合において、前記六方晶フェライトがストロンチウムフェライト、または、バリウムフェライトであり、Feサイトの一部が3価の金属原子で置換されていることが好ましい。また、前記イプシロン磁性酸化鉄のFeサイトの一部が3価の金属原子で置換されていることが好ましい。このようにすることで、電磁波吸収体で吸収される電磁波の周波数を適宜調整して、所望する周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収特性を備えさせることができる。
【0018】
さらに、前記バインダーが、熱硬化性ゴム、熱可塑性エラストマー、または、熱可塑性樹脂のいずれかを含むことが好ましい。このようにすることで、電磁波吸収体の可撓性や弾性などを適宜調整して、所望の物理的特性を有する電磁波吸収体を実現することができる。
【0019】
また、前記電磁波吸収層がシート状に形成されることが好ましい。このようにすることで、全体がシート状の電磁波吸収シートとすることができ、所望の場所への配置や取り扱いが容易な電磁波吸収体を得ることができる。
【0020】
このように本願に記載の電磁波吸収体の形状は、シート状、ブロック状等の様々な形状として構成することができる。また、本願に開示する電磁波吸収体は、電磁波吸収性材料を塗布して形成されたものや射出成型により形成されたものでもよく、本願に開示する電磁波吸収体は、形成方法に特別な制限なく各種の方法で形成されたものを含む。
【0021】
以下、本願で開示する電磁波吸収体について、全体がシート状に形成された電磁波吸収シートを例として図面を参照して説明する。
【0022】
(実施の形態)
[電磁波吸収シートの構成]
図1は、本実施形態にかかる電磁波吸収体としての電磁波吸収シートの構成を示す断面図である。
【0023】
なお、
図1は、本実施形態で説明する電磁波吸収シートの構成を理解しやすくするために記載された図であり、図中に示された部材の大きさや厚みなどは現実に即して表されたものではない。
【0024】
本実施形態で例示する電磁波吸収シートは、電磁波吸収材料である粒子状の磁性酸化鉄1aと、ゴム製のバインダー1bとを含む電磁波吸収層1と、電磁波吸収層1の背面側(
図1における下方側)に積層された粘着層2を備えている。
図1に示すように、電磁波吸収層1の背面側に粘着層2を備えることで、電磁波吸収シートを電子機器の筐体の表面などの所望の位置に容易に貼着して配置することができる。
【0025】
本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1に含まれる磁性酸化鉄1aが磁気共鳴を起こすことで、磁気損失によって電磁波を熱エネルギーに変換して吸収する。このため、反射型の電磁波吸収シートのように、電磁波吸収層1の電磁波入射側とは反対の表面に反射層を設ける必要がなく、電磁波吸収層1を透過する電磁波を吸収するいわゆる透過型の電磁波吸収シートとして使用することができる。このため、電磁波吸収シートを透過する電磁波の内、所定の周波数の電磁波を吸収する電磁波フィルタとして用いることもできる。
【0026】
また、電磁波吸収層1の厚みによって吸収される電磁波の周波数が定まる反射型の電磁波吸収シートのような形状上の制約がなく、電磁波吸収層1の厚みが変化した場合でも安定した電磁波吸収特性が得られ、また、主面方向において厚みの異なる電磁波吸収シートとすることができるなど、形状面での自由度が高いという利点がある。
【0027】
本実施形態で示す電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1を構成するバインダー1bとして、各種のゴム材料が利用される。このため、特に、電磁波吸収シートの面内方向において、容易に伸び縮みする弾性を有した電磁波吸収シートを得ることができる。なお、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、ゴム製のバインダー1bに磁性酸化鉄1aが含まれて電磁波吸収層1が形成されているため、弾性を有するとともに大きな可撓性を有していて、電磁波吸収シートの取り扱い時に電磁波吸収シートを丸めることができ、また、電磁波吸収シートを湾曲面に沿って容易に配置することができる。
【0028】
さらに、上述したように本実施形態の電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1に積層された粘着層2を有するため、高周波の電磁波を発生させる発生源周囲の部材の表面など、所望する場所に電磁波吸収シートを容易に貼着して配置することができる。なお、粘着層2を有することは、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて必須の要件ではない。
【0029】
本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、1GHzにおける複素比誘電率の実部が5.5以下となっている。このため、電磁波吸収シートとしてのインピーダンス値が、空気中のインピーダンスである約377Ωになって、いわゆるインピーダンス整合がとれている状態に近づき、電磁波吸収シートに入射する電磁波が電磁波吸収シートの表面で反射されてしまうという事態を抑制することができる。この結果、電磁波吸収シートを配置した領域を透過する電磁波をより有効に吸収することができる。
【0030】
[電磁波吸収材料]
本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収材料として電磁波吸収層1に含まれる磁性酸化鉄1aとして、微細粒子状(粉体)の六方晶フェライト、または、イプシロン磁性酸化鉄を用いている。
【0031】
六方晶フェライトは、スピネルフェライトなど他の構造のフェライト材料よりも磁気異方性が大きく、大きな保磁力を示すことから、高い電磁波吸収特性を有する電磁波吸収体として使用できる。
【0032】
六方晶フェライトとしては、バリウムフェライト、ストロンチウムフェライトの磁性粉を良好に使用することができる。また、六方晶フェライトにおいても、上述のイプシロン磁性酸化鉄と同様に、Feサイトの一部を3価の金属原子で置換することで磁気共鳴周波数を変更することができ、電磁波吸収材料として吸収する電磁波の周波数を調整することができる。
【0033】
また、イプシロン磁性酸化鉄(ε-Fe2O3)は、酸化第二鉄(Fe2O3)において、アルファ相(α-Fe2O3)とガンマ相(γ-Fe2O3)との間に現れる相であり、逆ミセル法とゾルーゲル法とを組み合わせたナノ微粒子合成方法によって単相の状態で得られるようになった磁性材料である。
【0034】
イプシロン磁性酸化鉄は、数nmから数十nmの微細粒子でありながら常温で約20kOeという金属酸化物として最大の保磁力を備え、さらに、歳差運動に基づくジャイロ磁気効果による自然磁気共鳴が数十ギガヘルツ以上のいわゆるミリ波帯域の周波数で生じるため、ミリ波帯域である30~300ギガヘルツ、またはそれ以上の高周波数の電磁波を吸収する。
【0035】
さらに、イプシロン磁性酸化鉄は、結晶のFeサイトの一部をアルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、ロジウム(Rh)、インジウム(In)などの3価の金属元素と置換された結晶とすることで、磁気共鳴周波数、すなわち、電磁波吸収材料として用いられる場合に吸収する電磁波の周波数を異ならせることができる。
【0036】
例えば、ガリウム置換のイプシロン磁性酸化鉄、すなわちε-GaxFe2-xO3の場合、置換量「x」を調整することで30ギガヘルツから150ギガヘルツ程度までの周波数帯域で吸収のピークを有し、アルミニウム置換のイプシロン磁性酸化鉄、すなわちε-AlxFe2-xO3の場合、置換量「x」を調整することで100ギガヘルツから190ギガヘルツ程度の周波数帯域で吸収のピークを有する。さらに、置換する金属をロジウムとしたイプシロン磁性酸化鉄、すなわちε-RhxFe2-xO3の場合には、180ギガヘルツからそれ以上と、吸収する電磁波の周波数帯域をより高い方向にシフトすることが可能である。このため、電磁波吸収シートで吸収したい周波数の自然共鳴周波数となるように、イプシロン磁性酸化鉄のFeサイトと置換する元素の種類を決め、さらに、Feとの置換量を調整することで、吸収される電磁波の周波数を所望の値とすることができる。
【0037】
磁性酸化鉄として用いられる六方晶フェライト、および、イプシロン磁性酸化鉄は、一部のFeサイトが金属置換された形態のものを含めて市販されているため、容易に入手することができる。
【0038】
[バインダー]
本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層1を構成するゴム製のバインダー1bには、天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、ブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、エチレン・プロピレンゴム(EPDM)、クロロブレンゴム(CR)、アクリルゴム(ACM)、クロロスルホン化ポリエチレンゴム(CSR)、ウレタンゴム(PUR)、シリコーンゴム(Q)、フッ素ゴム(FKM)、エチレン・酢酸ビニルゴム(EVA)、エピクロルヒドリンゴム(CO)、多硫化ゴム(T)、ウレタンゴム(U)など、各種のゴム材料を利用することができる。
【0039】
また、室温でゴム弾性を有する材料というゴムの定義から、例えばスチレン系熱可塑性エラストマー(SIS、スチレン- イソプレン共重合体、SBS、スチレン-ブタジエン共重合体)、オレフィン系熱可塑性エラストマー、ウレタン系熱可塑性エラストマー、ポリエステル系熱可塑性エラストマーなどの熱可塑性エラストマーも、高温では流動性を有するものの室温ではゴム弾性を有するために、本実施形態で説明する電磁波吸収シートのゴム製バインダー1bとして使用することができ、これらの材料も広くゴム材料に含まれる。
【0040】
これらのゴム材料の中では、耐熱性が高いことから、アクリルゴム、シリコーンゴムを好適に用いることができる。アクリルゴムの場合、高温環境下におかれても耐油性が優れるとともに、比較的廉価でコストパフォーマンスにも優れている。また、シリコーンゴムの場合は、耐熱性に加え耐寒性も高い。さらに、物理的特性の温度に対する依存性が、合成ゴム中で一番少なく、耐溶剤性、耐オゾン性、耐候性にも優れている。さらに、電気絶縁性にもすぐれ、広い温度範囲、および、周波数領域にわたって物質的に安定している。
【0041】
なお、本実施形態では、電磁波吸収層1のバインダーとしてゴム製のバインダーを用いた例を示したが、ゴム以外にも熱可塑性樹脂などの樹脂材料をバインダーとして用いることができる。
【0042】
電磁波吸収層に用いられる樹脂製のバインダーとしては、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、アクリル系樹脂、フェノール系樹脂、メラミン系樹脂などを用いることができる。より具体的には、エポキシ系樹脂として、ビスフェノールAの両末端の水酸基をエポキシ化した化合物を用いることができる。また、ポリウレタン系樹脂として、ポリエステル系ウレタン樹脂、ポリエーテル系ウレタン樹脂、ポリカーボネート系ウレタン樹脂、エポキシ系ウレタン樹脂などを用いることができる。アクリル系の樹脂としては、メタアクリル系樹脂で、アルキル基の炭素数が2~18の範囲にあるアクリル酸アルキルエステルおよび/またはメタクリル酸アルキルエステルと、官能基含有モノマーと、必要に応じてこれらと共重合可能な他の改質用モノマーとを共重合させることにより得られる官能基含有メタアクリルポリマーなどを用いることができる。
【0043】
このような熱可塑性樹脂をバインダーとして用いた場合には、上述のゴム製バインダーを用いた場合のような弾性は有しないものの、一定の可撓性を有する電磁波吸収シートとすることができる。なお、電磁波吸収シートが可撓性を有するとは、例えば、電磁波吸収シートの両端部分を重ね合わせるように全体を湾曲させたり、電磁波吸収シートを金属棒の周囲に巻き付けたりしても、シートに折れや破れなどが生じず、電磁波吸収シートから外力を除去した際に元の平らな形状に復帰することができることをいう。
【0044】
また、成型体を形成するための熱可塑性樹脂として耐熱性のある高融点の熱可塑性樹脂を用いる場合、6Tナイロン(6TPA)、9Tナイロン(9TPA)、10Tナイロン(10TPA)、12Tナイロン(12TPA)、MXD6ナイロン(MXDPA)等の芳香族ポリアミド及びこれらのアロイ材料、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、液晶ポリマー(LCP)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリフェニルスルホン(PPSU)等を用いることができる。
【0045】
本願で開示する発明におけるバインダーは、磁性酸化鉄である電磁波吸収材料を分散させて磁性コンパウンドを作製してシート状に成型したり、金型を用いて成型体を作製して任意の形状に成型したりするための結着剤としての役割を有する。
【0046】
[分散剤]
電磁波吸収性材料である磁性酸化鉄をゴム製バインダー内で良好に分散させるために、分散剤を用いることがより好ましい。
【0047】
分散剤としては、リン酸基、スルホン酸基、カルボキシ基等の極性基を有する化合物を用いることができる。これらの中でも分子内にリン酸基を有するリン酸化合物を分散剤として用いることが好ましい。
【0048】
リン酸化合物としては、フェニルホスホン酸、フェニルホスホン酸ジクロリド等のアリールスルホン酸、メチルホスホン酸、エチルホスホン酸、オクチルホスホン酸、プロピルホスホン酸などのアルキルホスホン酸、あるいは、ヒドロキシエタンジホスホン酸、ニトロトリスメチレンホスホン酸などの多官能ホスホン酸などのリン酸化合物を含んでいる。これらのリン酸化合物は、難燃性を有するとともに、微細な磁性酸化鉄粉の分散剤として機能するため、バインダー内のイプシロン磁性酸化鉄粒子を、良好に分散させることができる。
【0049】
具体的には、和光純薬工業株式会社製、または、日産化学工業株式会社製のフェニルホスホン酸(PPA)城北化学工業株式会社製の酸化リン酸エステル「JP-502」(製品名)などを分散剤として使用することができる。
【0050】
なお、本実施形態で説明する電磁波吸収シートに含ませる分散剤としては、上記したリン酸化合物の他にも、例えば、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ベヘン酸、オレイン酸、エライジン酸、リノール酸、リノレン酸、ステアロール酸などの炭素数12~18の脂肪酸〔RCOOH(Rは炭素数11~17のアルキル基またはアルケニル基)〕、また、上記脂肪酸のアルカリ金属またはアルカリ土類金属からなる金属石けん、上記脂肪酸エステルのフッ素を含有した化合物、上記脂肪酸のアミド;ポリアルキレンオキサイドアルキルリン酸エステル、レシチン、トリアルキルポリオレフィンオキシ第四級アンモニウム塩(アルキルは炭素数1~5、オレフィンはエチレン、プロピレン等)銅フタロシアニンなどを使用することができる。さらに、分散剤としてシランやシランカップリング剤などを使用することができる。これら分散剤は、単独でも組み合わせて使用してもよい。
【0051】
[電磁波吸収シートの作製方法]
ここで、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層1の作製方法について説明する。
【0052】
本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層1は、磁性酸化鉄粉1aとゴム製バインダー1bとを含んだ磁性コンパウンドを作製し、この磁性コンパウンドを所定の厚さで成型し、架橋させることによって作製することができる。
【0053】
まず、磁性コンパウンドを作製する。
【0054】
磁性コンパウンドは、六方晶フェライトまたはイプシロン酸化鉄粉と、分散剤、ゴム製バインダーを混練することによって得ることができる。混練物は、一例として、加圧式の回分式ニーダで混練することにより得られる。なお、このとき、必要に応じて架橋剤を配合することができる。
【0055】
得られた磁性コンパウンドを、一例として油圧プレス機などを用いて165℃の温度でシート状に架橋・成型する。
【0056】
その後、恒温槽内において170℃の温度で2次架橋処理を施し電波吸収層1を形成できる。
【0057】
また本願で開示する電波吸収シートの作製方法としては、上記磁性塗料を塗布する方法の他に、例えば押し出し成型法を用いることも可能である。
【0058】
具体的には、六方晶フェライト、または、イプシロン酸化鉄粉と、分散剤、バインダーを必要に応じて予めブレンドし、ブレンドされたこれら材料を押出成型機の樹脂供給口から可塑性シリンダ内に供給する。なお、押出成型機としては、可塑性シリンダと、可塑化シリンダの先端に設けられたダイと、可塑性シリンダ内に回転自在に配設されたスクリューと、スクリューを駆動させる駆動機構とを備えた通常の押出成型機を用いることができる。押出成型機のバンドヒータによって可塑化された溶融材料が、スクリューの回転によって前方に送られて先端からシート状に押し出される。押し出された材料を、乾燥、加圧成型、カレンダ処理等を行うことで所定の形状の電波吸収層を得ることができる。
【0059】
また六方晶フェライト、または、イプシロン酸化鉄粉と、分散剤、バインダーを必要に応じて予めブレンドし、ブレンドされたこれら材料を射出成型機の樹脂供給口から可塑性シリンダ内に供給し、可塑化シリンダ内においてスクリューで溶融混練の後、射出成型機の先端に接続した金型に溶融樹脂を射出することで、成型体を形成することができる。
【0060】
このように金型を用いて成型体とすることで、電磁波吸収体を所望の形状とすることができる。例えば、アンテナホーンとして中空の角錐台形状や円錐台形状とすること、また、内部に各種の電子回路部品が配置される電子機器の筐体の形状(箱状、または、筒状など)とすることによって、電磁波吸収能力を有する構造体とすることができ、樹脂など他の部材によって形成された筐体の表面にシート状の電磁波吸収体を貼着するなどの手間を省くことができる。
【0061】
[粘着層]
図1に示すように、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1の背面に粘着層2が形成されている。
【0062】
粘着層2を設けることで、電磁波吸収層1を、電気回路を収納する筐体の内面や、電気機器の内面または外面の所望の位置に貼着することができる。特に、本実施形態の電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1が可撓性を有するものであるため、粘着層2によって、湾曲した曲面上にも容易に貼着することができ、電磁波吸収シートの取り扱い容易性が向上する。
【0063】
粘着層2としては、粘着テープなどの粘着層として利用される公知の材料、アクリル系粘着剤、ゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤等を用いることができる。また被着体に対する粘着力の調節、糊残りの低減のために、粘着付与剤や架橋剤を用いることもできる。被着体に対する粘着力は5N/10mm~12N/10mmが好ましい。粘着力が5N/10mmより小さいと、電磁波吸収シートが被着体から容易に剥がれてしまったり、ずれてしまったりすることがある。また、粘着力が12N/10mmより大きいと、電磁波吸収シートを被着体から剥離しにくくなる。
【0064】
また粘着層2の厚さは20μm~100μmが好ましい。粘着層の厚さが20μmより薄いと、粘着力が小さくなり、電磁波吸収シートが被着体から容易に剥がれたり、ずれたりすることがある。粘着層の厚さが100μmより大きいと、電磁波吸収シート全体の可撓性が小さくなってしまう畏れがある。また、粘着層2が厚いと電磁波吸収シートを被着体から剥離しにくくなる。また粘着層2の凝集力が小さい場合は、電磁波吸収シートを剥離した場合、被着体に糊残りが生じる場合がある。
【0065】
なお、本願明細書において粘着層2とは、剥離不可能に貼着する粘着層2であっても、剥離可能な貼着を行う粘着層2であってもよい。
【0066】
また、電磁波吸収シートを所定の面に貼着するにあたって、電磁波吸収シートが粘着層2を備えていなくても、電磁波吸収シートが配置される部材の側の表面に粘着剤を塗布するなどして粘着性を備えさせることや、両面テープや接着剤を用いることで、所定の部位に電磁波吸収シートを貼着することができる。この点において、粘着層2は、本実施形態に示す電磁波吸収シートにおける必須の構成要件でないことは明らかである。
【0067】
[比誘電率]
本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、1GHzにおける複素比誘電率の実部が5.5以下となっている。このようにすることで、電磁波吸収シートの入力インピーダンス値を空気中(真空)のインピーダンス値である377Ωに近づけることができる。このため、空気と電磁波吸収シートとの間のインピーダンス値の差異によって生じる、空気中を伝搬した電磁波が電磁波吸収シートに入射する際の反射を低減することができ、より多くの電磁波が電磁波吸収シート内に入射して電磁波吸収材料である磁性酸化鉄粉によって吸収される。
【0068】
電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄は、六方晶フェライトの場合もイプシロン磁性酸化鉄の場合も、複素比誘電率の実部の値が約20もしくはそれ以上である。このため、電磁波吸収層に含まれる高分子材料のバインダーや、電磁波吸収層に添加されるフィラーなどに複素比誘電率の値が小さいものを用いて、電磁波吸収層における磁性酸化鉄粉の含有率(体積含有率)を調整することで、電磁波吸収層の複素比誘電率を5.5以下とすることができる。なお、
図1に示すように、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層の背面に粘着層が形成されているが、粘着層の厚みを薄くすることで粘着層が形成されていることによる電磁波吸収シート全体の比誘電率に与える影響をほとんど無視できるレベルに抑えることができる。
【0069】
ここで、実際に電磁波吸収層を形成して、その複素比誘電率と電磁波吸収特性について測定した結果について説明する。
【0070】
図2は、電磁波吸収材料としてのアルミ置換型ストロンチウムフェライト磁性粉(SrFe
10.56Al
1.44O
19)を、ゴム製バインダーとしてシリコーンゴム(信越化学株式会社製 KE-541-U(製品名))を用いて、磁性体粉の体積含率を変化させたときの複素比誘電率の変化を示す図である。
図2(a)が複素比誘電率の実部ε'の変化を、
図2(b)が複素比誘電率の虚部ε''の変化を、それぞれ示している。
【0071】
なお、電磁波吸収層の複素比誘電率は、磁性体粉の体積含有率を変化させた電磁波吸収層を作製し、アジレント・テクノロジー株式会社製のインピーダンス測定器4291B(製品名)を用いて、容量法によって測定した。より具体的には、ストロンチウムフェライト磁性粉の体積含有量を変えた磁性コンパウンドを作製し、厚さ2mm、対角が120mmの正方形状に成型、架橋して測定試料とした。この試料を、測定電極に挟んで、テストフィクスチャ16453A(アジレント・テクノロジー株式会社製:製品名)を用いて測定周波数1GHzで測定した。
【0072】
図2(a)に示すように、アルミ置換型ストロンチウムフェライト磁性粉を含む電磁波吸収層の複素比誘電率の実部(ε')の値は、磁性体粉が含まれていない状態の数値3.25から、磁性体粉の体積含有率が大きくなるにつれて大きくなり、体積含有率が50%で約9.5となった。また、複素比誘電率の虚部(ε'')の値は、
図2(b)に示すように、磁性体粉が含まれていない状態の数値0.03から、磁性体粉の体積含有率が大きくなるにつれて大きくなり、体積含有率が50%で約0.032となった。
【0073】
なお、粉体である磁性体粉の複素比誘電率は測定できないが、20以上であると考えられる。また、複素比誘電率の内、実部(ε')は外部電界から誘電体へのエネルギーの蓄積量を表し、虚部(ε'')は外部電界に対する誘電体のエネルギー損失を表すことから、誘電体のインピーダンスを判断する上では複素比誘電率の実部のみを考慮すればよい。
【0074】
このことを踏まえて、電磁波吸収層における電磁波の反射と吸収について、上記作製した試料に実際に電磁波を照射して、フリースペース法を用いて測定した。
【0075】
図3は、フリースペース法を用いた測定状態を説明するイメージ図である。
【0076】
図3に示すように、ミリ波ベクトルネットワークアナライザーMS4647B(アンリツ株式会社製:製品名)10の一つのポート(port1)に送信アンテナ11を、もう一つのポート(port2)に受信アンテナ12を接続し、誘電体レンズ13を介して100mmφに形成された測定試料14に周波数60GHzの電磁波15を照射し、試料14で反射される反射波S
11と試料14を透過する透過波S
21を測定した。
【0077】
入射波である電磁波の強度0.1mWに対する反射波S11の大きさから、反射減衰量(入射波がすべて反射した場合の値が0dB)を求めた。なお、入射波15に対する反射波S11の割合を反射率(%)とした(反射率=反射波S11/入射波)。また、透過波S21の大きさから試料14である電磁波吸収層での電磁波の吸収度合いを電磁波減衰量(入射波がすべて透過した場合の値が0dB)として求めた。
【0078】
測定結果を以下の表1に示す。
【0079】
【0080】
表1に示すように、電磁波吸収層におけるストロンチウムフェライト磁性体粉の含有量が、体積含率で37.7%より大きくなると、電磁波吸収層の表面での反射率が25%より大きくなる。これに対して、ストロンチウムフェライト磁性体粉の体積含率が23%以下で、電磁波吸収層の複素比誘電率の実部が5.43以下となると、電磁波吸収層の表面での反射率が15%以下に抑えられることが確認できた。
【0081】
電磁波吸収材料として、六方晶フェライトやイプシロン磁性酸化鉄を含む透過型の電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層に含まれる磁性体粉の体積含率が高いほどシートに入射した電磁波の電磁波減衰量が大きくなる。しかし、上記測定結果に示されるように、電磁波吸収シートに含まれる磁性体粉の体積含率が37%を超えると複素比誘電率実部が7を超えて、電磁波吸収シートの表面で25%以上の入射波が反射されてしまう。このため、電磁波吸収シート表面での電磁波の反射が問題となる使用状況下においては、電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄の体積含率を高くするのみでは十分な電磁波吸収特性を発揮できない場合があった。
【0082】
これに対し、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収シートの複素比誘電率の実部の値を5.5以下とすることで、電磁波吸収シート表面での反射を15%以下に低減することができ、電磁波吸収シートを電磁波発生源の近くに配置する場合や、アンテナ素子の近くに電磁波吸収シートを配置する場合など、電磁波吸収シートの表面での反射を抑えたい用途に好適に使用することができる。また、表1からわかるように、電磁波吸収シートの複素比誘電率の実部の値を4.2以下とすることで、電磁波吸収シート表面での反射を10%以下に低減することができ、電磁波吸収シート表面での反射を抑えたい用途に対してさらに好適である。
【0083】
なお、発明者らが確認したところ、電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄の体積含率が一定の場合には、電磁波吸収層の厚さにほほ比例して電磁波吸収能力である電磁波減衰量が大きくなることがわかった。このため、電磁波吸収シートを、シート表面での電磁波の反射が問題となる状況下で使用する場合には、電磁波吸収層における磁性酸化鉄の体積含率と層の厚さとを調整して、より好ましい電磁波吸収特性を備えることが好ましい。
【0084】
図4は、磁性体粉としてのアルミ置換型ストロンチウムフェライト(SrFe
10.56Al
1.44O
19)と、バインダーとしてアクリルゴム(日本ゼオン株式会社製 AR-51(製品名):複素比誘電率4.44)とを用いた電磁波吸収シートの磁性体粉の体積含率を変化させたときの複素比誘電率(実部)の変化を示す図である。また、
図5は、磁性体粉としてのガリウム置換型イプシロン磁性酸化鉄(ε-Ga
0.47Fe
1.52O
3)と、バインダーとしてシリコーンゴム(信越化学株式会社製 KE-541-U(製品名):複素比誘電率3.25)とを用いた電磁波吸収シートの磁性体粉の体積含率を変化させたときの複素比誘電率(実部)の変化を示す図である。
【0085】
図4および
図5は、
図2と同様に、磁性体粉の体積含有率を変化させた電磁波吸収層を作製して、アジレント・テクノロジー株式会社製のインピーダンス測定器4291B(製品名)を用いて容量法によって測定したものである。測定に用いた試料の大きさや測定治具も、
図2に示したストロンチウムフェライトとシリコーンゴムとを含む電磁波吸収シートの測定と同様にした。
【0086】
図4に示す、バインダーとしてアクリルゴムを含む電磁波吸収シートの場合には、磁性体粉が含まれていない状態での複素比誘電率の実部の数値が4.44と、シリコーンゴムをバインダーとした場合より大きくなっているため、電磁波吸収層の複素比誘電率の値を5.5以下とするためには、体積含有率を14%以下とすることが必要となる。
【0087】
また、
図5に示す、磁性体粉をイプシロン磁性酸化鉄に変更した場合は、磁性体粉がストロンチウムフェライトである
図3に結果を示す場合と比較して、磁性体粉の含有率が大きくなった場合の複素比誘電率の値の上昇がやや大きくなり、複素比誘電率の値が5.5以下であるための磁性酸化鉄粉の体積含有率は22%以下であった。
【0088】
なお、電磁波吸収シートの複素比誘電率の実部の値が等しければ、磁性体粉やバインダーが異なっても電磁波吸収シートのインピーダンス値がほぼ同じとなるため、複素比誘電率の実部の値を5.5以下とすることで、上述のストロンチウムフェライトとシリコーンゴムを含む電磁波吸収層の場合と同様、入射する電磁波の表面反射特性を抑えることができる。
【0089】
以上説明したように、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、ミリ波帯域以上の周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄と有機材料のバインダーとを含む電磁波吸収層を備え、1GHzにおける複素比誘電率の実部の値を5.5以下とすることで、電磁波の表面での反射を抑えることができる。
【0090】
なお、上記実施形態では、平面視したときに矩形状の電磁波吸収シートを例示して説明したが、電磁波吸収シートの形状に制限はなく、また、電磁波吸収部材である磁性体粉の磁気共鳴によって電磁波を吸収するものであるため、電磁波吸収シートの厚さも一定である必要はない。
【0091】
さらに、本願で開示する電磁波吸収体は、上記実施形態で示したシート状の物に限られず、一定以上の厚みのあるブロック状の電磁波吸収体として実現することができる。さらに、電磁波吸収体の形状や厚みに、電磁波吸収特性上の制約がないことから、中空の筒状、コーン形状、ボウル型など、様々な形状の電磁波吸収体とすることができる。このようにすることで、電磁波吸収体の配置箇所に応じた形状とすることが容易であり、また、電磁波吸収体が吸収する周波数以外の周波数の電磁波の反射部材など兼ね備える場合など、他の機能面から要求される形状とすることもでき、さらに、電磁波吸収シート表面での電磁波の反射が機器に対する電磁波干渉を悪化させる場合にも良好に用いることができる。
【0092】
電磁波吸収体がシート状である場合、ブロック状などの所定の厚さを有する形態の場合ともに、電磁波吸収体の硬さは、デュロメータ硬さ(タイプA)で80以下であることが好ましい。デュロメータ硬さ(タイプA)が80以下であることによって、加工が容易であるとともに、一定の柔らかさ(弾性)を有しているために衝撃が加わっても欠けなどの破損が生じ難い電磁波吸収シート、または、電磁波吸収体を実現できるという利点を有する。
【0093】
なお、電磁波吸収体として、上記実施形態に示したようなシート状の電磁波吸収体以外の構成、例えばブロック状の構成を用いる場合には、1GHzにおける比誘電率の実部の値を調整する手段として、形状に基づいた各種の方法を採用することができる。例えば、電磁波吸収体を発泡体とすることで、比誘電率の値を小さくすることができる。この場合、電磁波吸収体の全体を発泡体とする構成に加えて、電磁波吸収体の厚さ方向の一部分のみを発泡体とすることや、電磁波吸収体の厚み方向における空隙の比率を変化させる方法などを用いることができる。また、電磁波吸収体の電磁波が入射する側の平面視面積を小さくすること、すなわち、電磁波の入射方向に対して尖った形状とすることでも、電磁波吸収体の比誘電率の値を小さくすることができる。このため、上記実施形態に示した電磁波吸収部材である磁性体粉の体積含率を調整する方法や電磁波吸収体の厚さを調整する方法に加えて、電磁波吸収体の形状を調整することで、電磁波吸収体の複素比誘電率の実部の値を5.5以下とすることができる。このように、所定の厚さを有する電磁波吸収体の場合には、その厚さ方向において比誘電率の値が均一である必要はない。
【0094】
なお、本願で開示する電磁波吸収体において、複素比誘電率の実部の数値を1GHzの電磁波に対する値として設定したのは、1GHzが比較的容易に測定が可能な範囲の周波数の中で最も高い周波数であるためであり、本願で開示する電磁波吸収体が吸収対象とするミリ波帯域またはそれ以上の周波数帯域の電磁波に対する比誘電率の値と同様の傾向を示すためである。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本願で開示する電磁波吸収体は、ミリ波帯域以上の高い周波数帯域の電磁波を吸収するとともに、吸収する周波数の電磁波の表面での反射を低減した電磁波吸収体として有用である。
【符号の説明】
【0096】
1 電磁波吸収層
1a 磁性酸化鉄粉(電磁波吸収材料)
1b バインダー