(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024038949
(43)【公開日】2024-03-21
(54)【発明の名称】軸受密封装置および車両用軸受装置
(51)【国際特許分類】
F16C 33/78 20060101AFI20240313BHJP
F16C 19/18 20060101ALI20240313BHJP
F16J 15/3256 20160101ALI20240313BHJP
F16J 15/3232 20160101ALI20240313BHJP
F16J 15/3244 20160101ALI20240313BHJP
【FI】
F16C33/78 D
F16C19/18
F16J15/3256
F16J15/3232 201
F16J15/3244
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022143336
(22)【出願日】2022-09-08
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】艾 東克隆
(72)【発明者】
【氏名】水貝 智洋
(72)【発明者】
【氏名】坂口 智也
【テーマコード(参考)】
3J006
3J043
3J216
3J701
【Fターム(参考)】
3J006AD02
3J006AE03
3J006AE12
3J006AE23
3J006AE30
3J006AE34
3J006AE41
3J006AE42
3J006CA01
3J043AA17
3J043CA02
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3J043DA20
3J216AA02
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3J216GA03
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3J216GA10
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA43
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3J701BA73
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3J701FA38
3J701GA03
3J701XB03
3J701XB37
3J701XB44
3J701XB46
(57)【要約】
【課題】低トルク化と密封性能の保持を両立できる軸受密封装置および車両用軸受装置を提供する。
【解決手段】軸受密封装置11は、外輪および内輪の間に装着され軸受空間を密封し、弾性材料からなるシール部材14を備え、シール部材14は、メインリップ14bと、メインリップ14bよりも外側に設けられるサイドリップ14cとを有し、各リップ14b、14cが所定の締め代をもってスリンガ16に接触し、メインリップ14bとサイドリップ14cとスリンガ16との間に形成される空間にグリースgが封入されている。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪および内輪の間に装着され軸受空間を密封する軸受密封装置において、
前記軸受密封装置は、弾性材料からなるシール部材を備え、
前記シール部材は、第1のリップと、該第1のリップよりも外側に設けられる第2のリップとを有し、各リップが所定の締め代をもって相手部材に接触し、前記第1のリップと前記第2のリップと前記相手部材との間に形成される空間にグリースが封入されており、
前記第2のリップの前記相手部材に対する初期の平均面圧P2は、前記第1のリップの前記相手部材に対する初期の平均面圧P1よりも小さいことを特徴とする軸受密封装置。
【請求項2】
前記平均面圧P2と前記平均面圧P1の割合が1:3~1:20であることを特徴とする請求項1記載の軸受密封装置。
【請求項3】
前記シール部材は、前記第1のリップよりも内側に設けられる第3のリップを有し、前記第1のリップと前記第3のリップと前記相手部材との間に形成される空間にもグリースが封入されており、
前記第1のリップと前記第2のリップと前記相手部材との間の空間に封入されるグリースの封入量が、前記第1のリップと前記第3のリップと前記相手部材との間の空間に封入されるグリースの封入量以上であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の軸受密封装置。
【請求項4】
前記第2のリップの締め代は、前記第1のリップの締め代よりも大きいことを特徴とする請求項1または請求項2記載の軸受密封装置。
【請求項5】
前記相手部材は、前記内輪に嵌合されるスリーブと、該スリーブから径方向外側に広がるフランジとを有するスリンガであり、前記第1のリップおよび前記第2のリップはそれぞれ、前記スリンガの前記フランジに摺接することを特徴とする請求項1または請求項2記載の軸受密封装置。
【請求項6】
前記フランジの表面に、前記スリンガの回転方向に対して交差するように加工目が形成されていることを特徴とする請求項5記載の軸受密封装置。
【請求項7】
自動車の車輪を回転支持する車両用軸受装置であって、
軸受空間を密封する軸受密封装置を有し、前記軸受密封装置が請求項1または請求項2記載の軸受密封装置であることを特徴とする車両用軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受密封装置および車両用軸受装置に関し、具体的には、自動車関連分野におけるハブベアリングの密封装置およびハブベアリングに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車関連分野や一般産業機械分野などに用いられる軸受では、軸受内部の空間を密封する密封装置が用いられており、例えばハブベアリングの密封装置などが知られている。このような密封装置は、軸受空間に封入されたグリースの漏洩を防止するとともに、外部からの塵埃、水、水蒸気、泥水などの軸受内部への侵入を防止するために用いられている。近年の技術の進歩に伴い、密封装置は、密封性能が求められる他に、低トルク、長寿命など様々な性能が求められている。
【0003】
軸受密封装置としては、例えば、外輪および内輪のいずれか一方の軌道輪に嵌合されるスリンガと、該スリンガに摺接するシール部材とを有するものが知られている(例えば特許文献1参照)。このような軸受密封装置において、例えば、シール部材は芯金に取り付けられ、リップによってスリンガの表面に摺接する。また、特許文献2には、軸に対して角度をもつ面に摺動自在に密接するシールリップを有する密封装置が記載されている。この密封装置は、リップ先端部の長さ、リップ根元部の長さ、リップ先端部の先端部分の厚さ、リップ先端部の基端部分の厚さ、リップ根元部の厚さなどが所定の範囲に設定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2020-101235号公報
【特許文献2】特開2009-115110号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
例えば、ハブベアリングの密封装置で発生するトルクは、全体の半分も占めるとされている。密封装置を低トルク化するためには、例えば、相手部材に対するリップの緊迫力を低減することが考えられるが、その反面、密封性能が低下するおそれがある。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、低トルク化と密封性能の保持を両立できる軸受密封装置および車両用軸受装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の軸受密封装置は、外輪および内輪の間に装着され軸受空間を密封する軸受密封装置において、上記軸受密封装置は、弾性材料からなるシール部材を備え、上記シール部材は、第1のリップと、該第1のリップよりも外側に設けられる第2のリップとを有し、各リップが所定の締め代をもって相手部材に接触し、上記第1のリップと上記第2のリップと上記相手部材との間に形成される空間にグリースが封入されており、上記第2のリップの初期の上記相手部材に対する平均面圧P2は、上記第1のリップの初期の上記相手部材に対する平均面圧P1よりも小さいことを特徴とする。
【0008】
リップの初期の相手部材に対する平均面圧Pは、下記の式(1)より算出できる。
平均面圧P=F/A・・・(1)
F:リップ全周における相手部材に対する反力(=緊迫力)、A:リップの接触面積
上記の式(1)中、リップの反力Fは、解析モデルを用いた解析値や、ロードセルを用いて測定した測定値が用いられる。また、接触面積Aは、下記の式(2)より算出できる。
A=π((r+W)
2-r
2)・・・(2)
π:円周率、r:リップの接触円の内径、W:接触幅
リップの接触円の内径rおよび接触幅Wは、後述の
図4に示す。接触幅Wは、リップの反力Fの解析と同一モデルの解析モデルを用いた解析値や、光学顕微鏡を用いて測定した測定値が用いられる。
【0009】
上記平均面圧P2と上記平均面圧P1の割合が1:3~1:20であることを特徴とする。
【0010】
上記シール部材は、上記第1のリップよりも内側に設けられる第3のリップを有し、上記第1のリップと上記第3のリップと上記相手部材との間に形成される空間にもグリースが封入されており、上記第1のリップと上記第2のリップと上記相手部材との間の空間に封入されるグリースの封入量が、上記第1のリップと上記第3のリップと上記相手部材との間の空間に封入されるグリースの封入量以上であることを特徴とする。
【0011】
上記第2のリップの締め代は、上記第1のリップの締め代よりも大きいことを特徴とする。
【0012】
上記相手部材は、上記内輪に嵌合されるスリーブと、該スリーブから径方向外側に広がるフランジとを有するスリンガであり、上記第1のリップおよび上記第2のリップはそれぞれ、上記スリンガの上記フランジに摺接することを特徴とする。
【0013】
上記フランジの表面に、上記スリンガの回転方向に対して交差するように加工目が形成されていることを特徴とする。
【0014】
本発明の車両用軸受装置は、自動車の車輪を回転支持する車両用軸受装置であって、軸受空間を密封する軸受密封装置を有し、上記軸受密封装置が本発明の軸受密封装置であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の軸受密封装置は、弾性材料からなるシール部材を備え、シール部材は、第1のリップ(例えばメインリップ)と、該第1のリップよりも外側に設けられる第2のリップ(例えばサイドリップ)とを有し、各リップが所定の締め代をもって相手部材に接触し、第1のリップと第2のリップと相手部材との間に形成される空間にグリースが封入されているので、遠心力によりサイドリップの接触部にグリースが供給されやすく、特にサイドリップの低トルク化を図りやすい。また、当該空間にグリースが長期的に保持されることで、例えば密封性能を従来品と同レベルに維持できる。
【0016】
さらに、第2のリップの初期の平均面圧P2は、第1のリップの初期の平均面圧P1よりも小さい(好ましくは、平均面圧P2:平均面圧P1=1:3~1:20である)ので、特に、サイドリップの緊迫力の低下によって低トルク化を図ることができる。この場合、サイドリップの緊迫力を低下させたとしても、上記空間にグリースが保持されることで外部の異物の侵入を阻止しやすく、密封性能を維持しやすい。
【0017】
シール部材は、第1のリップよりも内側に設けられる第3のリップ(例えばグリースリップ)を有し、第1のリップと第3のリップと相手部材との間に形成される空間にもグリースが封入されており、第1のリップと第2のリップと相手部材との間の空間に封入されるグリースの封入量が、第1のリップと第3のリップと相手部材との間の空間に封入されるグリースの封入量以上であるので、外部の異物の侵入を阻止しやすく、密封性能をより維持しやすい。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の軸受密封装置が適用されるハブベアリングの一例を示す縦断面図である。
【
図2】本発明の軸受密封装置の構成部材を示す拡大端面図である。
【
図3】本発明の軸受密封装置を示す拡大断面図である。
【
図4】リップとスリンガの接触部付近の模式図である。
【
図5】スリンガの一例を軸方向に沿って見た平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施形態を図面に基づいて以下に説明する。
図1は、本発明の軸受密封装置を有する車両用軸受装置の一例としてハブベアリングを示す縦断面図である。
図1に示すハブベアリングは、車軸を回転可能に支持する駆動輪側の車軸用軸受装置でもある。
【0020】
図1に示すように、ハブベアリング1は、外周に車体(図示省略)に取り付けられる車体取付フランジ2bを一体に有し、内周に複列の外側軌道面2a、2aが形成された外方部材(外輪)2と、一端部に車輪(図示省略)が取り付けられる車輪取付フランジ4bを一体に有し、外周に上記複列の外側軌道面2a、2aに対向する一方の内側軌道面4a、および該内側軌道面4aから軸方向に延びる円筒状の小径段部4cが形成され、内周にトルク伝達用のセレーション6が形成されたハブ輪4と、小径段部4cに圧入され、外周に他方の内側軌道面5aが形成された内輪5とを備えている。
【0021】
回転側部材となる内方部材3は、内側軌道面4a、5aを有し、固定側部材となる外方部材2は、複列の外側軌道面2a、2aを有する。複列の外側軌道面2a、2aと、これらに対向する内側軌道面4a、5a間には複列の転動体(ボール)7が保持器8によって転動自在に収容されている。また、ハブ輪4と内輪5とからなる内方部材3と、外方部材2との間に形成される環状空間には軸受密封装置11、18がそれぞれ装着され、軸受空間9に封入されたグリースの漏洩と、外部から雨水やダストなどが軸受空間9に侵入するのを防止している。
【0022】
アウトボード側(図中左側)の軸受密封装置18は、外方部材2に内嵌され、円環状に形成された芯金19と、この芯金19に一体に加硫接着されたシール部材20とからなる。シール部材20はニトリルゴムなどの弾性部材からなり、2本のシールリップ20b、20cと単一のシールリップ20aを備え、それぞれの先端縁をハブ輪4の表面、具体的には、車輪取付フランジのインボード側基部の円弧状に形成された摺接面に直接摺接させている。
【0023】
一方、
図1において、インボード側(図中右側)の軸受密封装置11が本発明の軸受密封装置である。詳細については、
図2および
図3を用いて説明する。
【0024】
まず、
図2に、軸受密封装置の構成部材であるシールリングとスリンガ部材をそれぞれ示す。
図2において、各部材は、軸受密封装置の組み立て前の状態を示す。
図2は、環状のシールリングとスリンガ部材をそれぞれ軸方向で切断した切断面を示しており、
図2(a)がシールリングを示し、
図2(b)がスリンガ部材を示す。これらは環状であるが、
図2においては、その上側部分のみを示している。
【0025】
図2(a)に示すように、シールリング12は、外方部材に内嵌され、断面L字状に形成された芯金13と、この芯金13に一体に加硫接着されたシール部材14を有する。芯金13は、外輪に嵌合されるスリーブ13aと、スリーブ13aから径方向内側に広がるフランジ13bとを有する。シール部材14はゴムなどの弾性部材からなり、リップとして、内側から順に、グリースリップ14a、メインリップ14b、サイドリップ14cを有している。グリースリップ14aが本発明の第3のリップに相当し、メインリップ14bが本発明の第1のリップに相当し、サイドリップ14cが本発明の第2のリップに相当する。本発明の軸受密封装置において、軸受空間側を内側(密封側ともいう)、反対側を外側(大気側ともいう)という。
【0026】
グリースリップ14aは、主に軸受空間内部からのグリースの流出を防止する役割を担い、径方向内側かつ軸受空間内側に向かって斜めに延びている。一方、メインリップ14bおよびサイドリップ14cは、主に外部から軸受空間内部への異物の流入を防止する役割を担っている。メインリップ14bおよびサイドリップ14cは、途中で屈曲して、先端が径方向外側かつ軸受空間外側に向かって斜めに延びている。
【0027】
図2(a)において、各リップの長さは、グリースリップ14a、メインリップ14b、サイドリップ14cの順に長くなるように形成されている。なお、メインリップ14bおよびサイドリップ14cのリップ長さはそれぞれ、屈曲した箇所から先端までの長さである。例えば、各リップの幅は、メインリップ14bの方が、サイドリップ14cよりも大きく(幅広)なっている。
【0028】
シールリング12において、芯金13のスリーブ13aの軸方向に延びる先端部は弾性部材14によって覆われている。当該先端部を覆った部分の弾性部材が最も軸受空間外側に位置している。
図2(a)に示すように、弾性部材14の軸方向端面14dとメインリップ14bの先端との距離をD
b、弾性部材14の軸方向端面14dとサイドリップ14cの先端との距離をD
cとすると、D
bの方が大きい(D
b>D
c)ことが好ましい。この場合、具体的な数値として、D
bが0.60mm~1.2mmであり、D
cが0.20mm~0.80mmである。
【0029】
図2(b)に示すように、スリンガ部材15は、内輪に外嵌され、断面L字状に形成されたスリンガ16と、スリンガ16に一体に接着された弾性部材17とを有する。また、スリンガ16は、内輪に嵌合されるスリーブ16aと、スリーブ16aから径方向外側に広がるフランジ16bとを有する。スリンガ16の材質は特に限定されないが、オーステナイト系ステンレス鋼鈑(JIS規格のSUS304系など)、マルテンサイト系ステンレス鋼鈑(SUS440C系など)、防錆処理された冷間圧延鋼鈑(JIS規格のSPCC系など)などを用いることができ、これらをプレス加工にて形成される。これらの中でも、マルテンサイト系ステンレス鋼鈑が好ましく、耐食性の点から、熱処理したマルテンサイト系ステンレス鋼鈑がより好ましい。なお、シールリング12の芯金13も同様の材質を用いることができる。
【0030】
次に、
図3に軸受密封装置の拡大断面図を示す。軸受密封装置11は外方部材(外輪)と内輪との間に装着される。軸受密封装置11は、メインリップ14b、サイドリップ14cが所定の締め代をもってスリンガ16に接触するように装着される。
図3では、メインリップ14b、サイドリップ14cは所定の軸方向締め代をもってスリンガ16のフランジ16bに接触する。なお、
図3において、変形前のメインリップ14b、サイドリップ14cをそれぞれ点線で示している。また、グリースリップ14aは所定の径方向締め代をもってスリンガ16のスリーブ16aに接触する。
【0031】
本発明では、シール部材14は、メインリップ14bとサイドリップ14cと相手部材であるスリンガ16との間に形成される空間Sにグリースgが封入されていることを特徴としている。この空間Sは環状に形成される。回転時には、グリースgは遠心力によって、サイドリップ14cとスリンガ16のフランジ16bとの接触部付近に溜まる。これにより、接触部にグリースgを供給しやすくなることから、サイドリップ14cによるトルクを低減させることができる。また、このグリースgが外部の異物の侵入を阻止する役割も果たすことで、密封性能の保持にも繋がる。
【0032】
空間Sにグリースを封入する方法としては、特に限定されず、例えば、メインリップ14bの先端外側や、サイドリップ14cの先端内側にグリースを塗布することなどが挙げられる。後述の
図11に示すように、2つのリップの間にスポット状に塗布してもよい。
【0033】
空間Sに封入されるグリースの封入量は、例えば、0.1g~1.0gであり、好ましくは0.1g~0.5gであり、より好ましくは0.1g~0.3gである。
【0034】
このように2つのリップで構成された密封空間Sに封入されたグリースgは、長期的に保持されてトルクの低減などの効果を発揮する。ここで、グリースgをより長期に保持する(グリース漏れを抑制する)構成について
図4、
図5を用いて説明する。
【0035】
図4はサイドリップとスリンガの接触部付近の模式図を示している。なお、
図4ではグリースの図示を省略している。ここで、大気側においてサイドリップ14cがスリンガのフランジ16bに接する角度をα、密封側において接する角度をβとすると、グリース保持の観点から、α>βの関係であることが好ましい。なお、図中のWはリップの接触幅を示し、rは、リップの接触円の内径を示す。
【0036】
図5は、スリンガの一例をスリーブ側から軸方向に沿って見た平面図である。スリンガにおいて、リップと摺接するスリンガの表面は、例えば研削などの加工によって凹凸が生じ、加工目が生じる場合がある。その場合、グリース保持の観点から、スリンガの回転方向と反対向きの加工目を形成することが好ましい。例えば
図5において、スリンガ16が反時計周り(回転方向X)に回転するとした場合、スリンガ16のフランジ16bの表面に、回転方向Xとは反対側に向かって外径側から内径側にかけて加工目16cが形成される。
図5では、スパイラル状に加工目16cが形成されている。このように、スリンガ16の回転方向に対して加工目が交差するように形成されるとよい。また、スリンガ16において、フランジ16bに限らず、スリーブ16aに上記のような加工目が形成されてもよい。なお、スリンガ16が両方向に回転する場合、ここでは、主に回転する方向を回転方向とする。
【0037】
また、
図3に示すように、グリースリップ14aとメインリップ14bとスリンガ16との間に形成される空間にもグリースgが封入されていてもよい。この空間も環状に形成される。この場合、回転時には、グリースgは遠心力によって、メインリップ14bとスリンガ16のフランジ16bとの接触部付近に溜まる。これにより、接触部にグリースgを供給しやすくなることから、メインリップ14bによるトルクも低減させることができる。グリースリップ14aとメインリップ14bとスリンガ16との間に形成される空間に封入されるグリースの封入量は、例えば、0.1g~1.0gであり、好ましくは0.1g~0.5gであり、より好ましくは0.1g~0.3gである。
【0038】
空間Sに封入されるグリースgの封入量は、グリースリップ14aとメインリップ14bとスリンガ16との間に形成される空間に封入されるグリースgの封入量以上であることが好ましく、当該グリースgの封入量よりも多くてもよい。
【0039】
リップ間に封入されるグリースgには、例えば、軸受空間内の潤滑剤として封入されるグリースとは異なるグリースが用いられる。グリースgは、基油と増ちょう剤を含み、必要に応じて、酸化防止剤や防錆剤などの添加剤を含む。グリースgの混和ちょう度(JIS K 2220)は、例えば265~340であり、280~310であってもよい。
【0040】
グリースgの基油は、通常、グリースの分野で使用される一般的なものを使用できる。例えば、鉱油、ポリ-α-オレフィン(PAO)油などの合成炭化水素油、エステル油、エーテル油、シリコーン油、フッ素油などが挙げられる。基油の40℃における動粘度は、例えば10mm2/s~120mm2/sである。ここで、リップ間の密封空間に封入されたグリースgは、回転するにつれて重力方向へ徐々に移動する。つまり、自重でシールの下半分に徐々に移動する。そして、基油粘度が高いと流動しにくいことから、自重で一度下半分に移動すると、上半分にならされにくくなる。一方、基油粘度が低いと流動しやすいことから、自重で下半分に移動したとしても、再び上半分にならされやすい。このような観点から、基油の40℃における動粘度は、100mm2/s以下が好ましく、50mm2/s以下がより好ましく、30mm2/s以下であってもよい。
【0041】
グリースgの増ちょう剤は、通常グリースの分野で使用される一般的なものを使用できる。例えば、金属石けん、複合金属石けんなどの石けん系増ちょう剤、ベントン、シリカゲル、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物などの非石けん系増ちょう剤を使用できる。
【0042】
また、各リップのスリンガ16に対する初期の平均面圧は、適宜設定することができる。本発明において、例えば、サイドリップ14cのスリンガ16に対する初期の平均面圧P2は、メインリップ14bのスリンガ16に対する初期の平均面圧P1よりも小さく設定される。この関係にすることにより、サイドリップ14cに比べてメインリップ14bの摩耗が速くなるが、サイドリップ14cが残存することから、これらリップ間に封入されたグリースgを保持しやすくなる。なお、リップのスリンガに対する初期の平均面圧は、上述の方法で算出できる。
【0043】
以下に、リップの軸方向締め代の最適化による低トルク化について説明する。シールの密封性の確保において、メインリップ14bの初期の平均面圧P1は重要な要素の1つである。平均面圧P1は、特に限定されないが、一般的なシール部材と同等であることが好ましく、具体的には、0.50MPa以上が好ましく、0.68MPa以上がより好ましい。一方、本発明において、サイドリップ14cはグリースを保持する役割として重要であり、相手部材に接触していれば十分グリースを保持することが可能である。しかし、サイドリップ14cは、塵埃、泥水と接し、ある程度の密封性を確保しないと、早期に異物の侵入が起き得る。そこで、路面で走っている自動車のタイヤが下半分泥水に浸漬していると仮定して、この場合、水が浸入しようとする圧力がシール半径深さの水圧である。よって、サイドリップ14cの平均面圧P2の下限値は、シール半径深さの水圧であることが好ましい。
【0044】
実施例の泥水浸入試験で使用したシール部材14のサイドリップ14cの平均面圧は0.55MPaで、周囲の水圧0.0035MPaに対して十分大きくなっている。本来であれば、サイドリップの平均面圧は、理論上0.0035MPaがあれば十分であるが、実用上、0.035MPaが下限値の適正値であると考えられる。
【0045】
ところで、サイドリップ14cの平均面圧P2を下限値に設定すると、サイドリップ14cの締め代が過少となる可能性がある。締め代設定時の圧入精度やゴム加工上の精度などを考慮すると、少なくともある程度(下限値)の締め代が必要と考えられる。そのため、平均面圧のP2の下限値は、締め代の下限値に基づいて設定することが好ましい。例えば、実施例のシール部材では、平均面圧P2を0.035MPaとすると、軸方向の締め代が約0.02mmである。締め代設定時の圧入精度や、ゴム加工上の精度など少なくとも0.15mmが必要である。そのため、この場合、好ましい平均面圧は、締め代0.15mm時の0.19MPaとなる。
【0046】
平均面圧P2と平均面圧P1の割合は特に限定されないが、1:3~1:20であることが好ましく、1:3~1:5であることがより好ましい。例えば、上記の数値を用いて言えば、平均面圧P2が0.035MPa、平均面圧P1が0.68MPaの場合、平均面圧P2と平均面圧P1の比は1:19.4となる。また、平均面圧P2が0.19MPa、平均面圧P1が0.68MPaの場合、平均面圧P2と平均面圧P1の比は1:3.6となる。
【0047】
また、メインリップ14bの締め代Tb、サイドリップ14cの締め代Tcは特に限定されないが、例えば0.15mm~1.5mmであり、0.30mm~1.2mmであってもよい。グリースgの保持性の観点では、サイドリップ14cの締め代Tcは、メインリップ14bの締め代Tbよりも大きいことが好ましい。この場合、例えば、サイドリップ14cの締め代Tcは0.60mm~1.2mmであり、メインリップ14bの締め代Tbは0.30mm~0.80mmである。
【0048】
グリースリップ14aの締め代Ta(図示省略)については、特に限定されないが、メインリップ14bの締め代Tb、サイドリップ14cの締め代Tcの両方よりも小さいことが好ましい。
【0049】
シール部材14の材質としては、ニトリルゴム、アクリルゴム、シリコーンゴム、またはフッ素ゴムなどが用いられる。これらのゴムは、耐熱性の限界をこえて使用すると、熱劣化し、硬化して弾性が損なわれ、極端な場合はリップにクラックが生じ、シール性能が低下するおそれがある。このため、使用環境(温度)に応じて適宜選択することが好ましい。
【0050】
シール部材14の各リップが摺接するスリンガ16の材質は、熱処理したマルテンサイト系ステンレス鋼鈑が好ましい。熱処理としては、例えば、浸炭処理、浸炭窒化処理、高周波焼入れなどの各種熱処理を適用できる。熱処理により耐食性や硬さHRC(JIS Z 2245)を向上させることができる。
【0051】
スリンガ16においてメインリップ14bおよびサイドリップ14cと摺接する部分の硬さHRCは10より大きいことが好ましく、15~70がより好ましい。硬さHRCをこれらの範囲にすることで、例えば、リップ14b、14cとスリンガ16の接触部に硬質粒子が侵入して、スリンガ16を攻撃するような場合であっても、スリンガ16の摩耗速度を低下させることができる。上記硬さHRCは15~45であってもよく、15~30であってもよく。また、硬さHRCを増大させることで摩耗速度を一層抑えられる傾向があることから、その観点では上記硬さHRCは50~70が好ましい。
【0052】
スリンガ16においてメインリップ14bおよびサイドリップ14cと摺接する部分の表面粗さは特に限定されないが、例えばRa0.05~0.20μmである。
【0053】
本発明の軸受密封装置は、
図3の構成に限定されるものではない。例えば、
図3では、シール部材14のグリースリップ14aを所定の径方向締め代をもってスリンガ16に接触させる構成としたが、非接触の構成としてもよい。例えば、グリースリップ14aを、スリンガ16のスリーブ16aと僅かな径方向隙間を介して対向するラビリンスシール構造としてもよい。この場合、シールトルクを低減して、車両の燃費向上などを図ることができる。
【0054】
また、シール部材14において、メインリップ14bが、径方向内側かつ軸受空間外側に向かって延びるように形成されていてもよい。この場合、メインリップ14bがスリンガ16のスリーブ16aに摺接するようにしてもよい。
【0055】
図3では、シール部材14は3枚リップ構造としたが、4枚以上のリップ構造であってもよい。
【0056】
図1では、ハブベアリング1の転動体7にボールを使用した複列アンギュラ玉軸受を例示したが、本発明はこれに限らず、転動体7に円錐ころを使用した複列円錐ころ軸受であってもよい。また、本発明の軸受密封装置が適用されるハブベアリングの構造は、
図1の構造に限定されるものではない。
【0057】
本発明の軸受密封装置は、ハブベアリングに限らず、例えば、自動車の差動歯車機構、ポンプ(ウォータポンプなど)の回転軸の軸受などにも使用することができる。
【実施例0058】
メインリップとサイドリップとスリンガとの間に形成される空間にグリースが保持されることについて評価した。
【0059】
図6に示す泥水浸入試験機を用いて、下記のシール部材とスリンガとの各組み合わせからなる軸受密封装置による泥水浸入試験を実施した。
図6に示すように、泥水中に半分浸漬された場合を想定して密封性試験を実施した。試験機21は、回転軸22と、回転軸22と一体に回転する内輪23と、固定輪である外輪24と、内輪23と外輪24の間の空間を密封する軸受密封装置25と、軸受密封装置25の大気側に位置する収容室26と、収容室26の内部に貯留した泥水27と、泥水27を撹拌するプロペラ28とを有する。
図6に示すように、試験機21は、軸受密封装置25を泥水27に半分浸漬させながら所定の回転速度で回転させる構成となっている。そして、軸受密封装置25の寿命となった場合、内部に泥水が浸入し、密封側にある通電センサ29により通電が検出される構成となっている。
【0060】
試験は以下の条件で行い、泥水の浸入が検出されるまでの時間を測定した。
・シール部材:シールA(サイドリップのみ、メインリップとグリースリップを切除)、Dc=0.6mm、グリースの長期保持不可な構造
シールB(サイドリップとメインリップ、グリースリップは非接触)、Db=1.0mm、Dc=0.6mm、グリースの長期保持可能な構造
・スリンガ:スリンガA(SUS440C:熱処理なし)、硬さHRC19.0、摺動方向粗さRa0.1146
スリンガB(SUS440C:熱処理あり)、硬さHRC59.8、摺動方向粗さRa0.1144
・回転速度:1100rpm
・軸偏心:0mm狙い
・泥水組成:関東ローム(JIS Z 8901、試験用粉体1の8種)、10質量%
・グリースA:(基油:鉱油(40℃における動粘度94.4mm2/s)、混和ちょう度289、ウレア系)
・グリース塗布量:サイドリップ0.15g、メインリップ0.15g
【0061】
【0062】
比較例1の泥水浸入試験後の接触部の状態を
図7に示す。比較例1は運転時間が3時間であったが、その時間でもシールAとスリンガAの接触部に摺動痕が確認された。また、スリンガAの摺動痕に黒い凹みが観察された。この黒い凹みについて、ラマン分光分析装置で分析したところ、黒錆びと同様の波形が確認された。そのため、スリンガAの接触部に生じたこの黒い凹みは、黒錆びと考えられる。
【0063】
比較例2の泥水浸入試験後の接触部の状態を
図8に示す。比較例2では、スリンガBの摺動痕に黒錆びのようなものは観察されなかった。これは、SUS440Cを熱処理することで耐食性が増加したためと考えられる。しかし、A部の拡大画像などに示すように、スリンガBの摺動痕に、凹凸のような部分が観察された。レーザー顕微鏡で摺動方向の粗さ曲線を取得したところ、数ミクロンの凹みであった。
【0064】
実施例1の泥水浸入試験後の接触部の状態を
図9に示す。スリンガAのサイドリップとの接触部では、矢印のように、変色した部分(黒錆び)が観察された。一方、スリンガAのメインリップとの接触部には黒錆びのようなものは観察されなかった。これは、泥水がスリンガとサイドリップとの接触部を通過し、腐食を引き起こしたと考えられる。メインリップの周囲には潤沢なグリースが保持され、泥水が浸入しても、グリースに含まれる防錆剤で保護されると考えられる。
【0065】
実施例2の泥水浸入試験後の接触部の状態を
図10に示す。実施例2では、比較例2のスリンガBで見られた数ミクロンの凹みは観察されなかった。
【0066】
以上の結果から、リップ1枚のみでは、グリースを塗布しても、運転した際に、遠心力やグリースの自重により、接触部にグリースを長期保持することが困難であり、グリース中の防錆剤の保護力、また、過剰摩耗が起き得る。一方、シールBではリップ2枚で、グリースがサイドリップとメインリップの間の空間内に封鎖されることで、接触部にグリースを常に供給することが可能である。表1に示すように、シールBの運転時間は、シールAより約25倍長くなった。
【0067】
次に、グリースの自重による重力方向への移動について検討した。
図11(a)、(b)に示すように、試験前において、各グリースを、サイドリップとメインリップの間およびグリースリップとメインリップの間に、スポット状に塗布した。なお、この試験では、下半分よりも上半分の方が多めになるように塗布した。得られた軸受密封装置を下記の試験条件で運転させ、試験後に上半分と下半分のグリースの重量をそれぞれ測定した。結果を表2に示す。
・グリースA:(基油:鉱油(40℃における動粘度94.4mm
2/s)、混和ちょう度289、ウレア系)
・グリースB:(基油:PAO油(40℃における動粘度17mm
2/s)、混和ちょう度285、リチウム石鹸系)
・グリース塗布量:サイドリップ0.3g(上半分0.2g、下半分0.1g)、メインリップ0.3g(上半分0.15g、下半分0.15g)
・運転時間:18h
・試験環境:室温(27℃)
【0068】
【0069】
グリースAを用いた場合、試験前には上半分を多めに塗布しても、試験後には下半分のグリース量が上半分よりも多い結果となった。グリースの基油の粘度が比較的高く、自重で下半分に移動したが、再び上半分に戻ることが比較的困難であったと考えられる。一方、グリースBを用いた場合は、試験後において上半分のグリース量が下半分よりも多い結果となった。グリースの基油の粘度が低く、グリースが全周においてリップ間でならされやすいためと考えられる。
【0070】
以上より、本実施例に係る軸受密封装置は、グリースを長期保持可能な構造であり、泥水が浸入するまでの運転時間を大幅に延長でき、その結果、密封性を向上することができた。