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特開2024-50471有用物質を細胞培養で生産する及び細胞を増殖する際の管理(制御)方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024050471
(43)【公開日】2024-04-10
(54)【発明の名称】有用物質を細胞培養で生産する及び細胞を増殖する際の管理(制御)方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20240403BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20240403BHJP
【FI】
C12N1/00 B
C12M1/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023156416
(22)【出願日】2023-09-21
(31)【優先権主張番号】P 2022156015
(32)【優先日】2022-09-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発/カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福▲崎▼ 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】本田 孝祐
(72)【発明者】
【氏名】古野 正浩
(72)【発明者】
【氏名】中井 慶治
(72)【発明者】
【氏名】平野 文俊
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB01
4B029CC01
4B029DF10
4B029DG10
4B065AA01X
4B065AA26X
4B065AA72X
4B065AA90X
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA01
4B065BC01
4B065BC50
4B065CA41
4B065CA44
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】培養液を採取せずに有用物質又は有用な細胞の生産量を予測することが可能な、有用物質又は有用な細胞を製造する方法、及び培養管理システムを提供する。
【解決手段】有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養することにより有用物質又は有用な細胞を製造する方法であって(1)通気された培養槽内の揮発性成分の分析結果に基づいて、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する工程を含む、方法、及び有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養するための培養管理システムであって、該培養管理システムは、通気された培養槽内の揮発性成分を分析する分析装置と、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する予測装置とを備え、該予測装置は、該分析装置による揮発性成分の分析結果に基づき有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行う、培養管理システム。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養することにより有用物質又は有用な細胞を製造する方法であって
(1)通気された培養槽内の揮発性成分の分析結果に基づいて、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する工程
を含む、方法。
【請求項2】
(0)通気された培養槽内の揮発性成分を分析する工程
を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
(2)工程(1)で得られた有用物質又は有用な細胞の生産量の予測結果に基づき培養条件を制御する工程
を更に含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記有用物質を産生する細胞が、細菌、真菌、藻類、昆虫細胞、動物細胞、又は植物細胞である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記有用物質が、油脂、脂肪酸、ビタミン、抗生物質、核酸、アミノ酸、多糖類、有機酸、アルコール、糖、糖アルコール、食品、抗体、酵素、ワクチン、レクチン、サイトカイン、ホルモン、受容体、リガンド、ペプチド、及びタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
前記有用な細胞が、乳酸菌及び多能性幹細胞からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(0)における分析が、質量分析計、赤外分光計、又はラマン分光計を用いて実施される、請求項2に記載の方法。
【請求項8】
前記工程(0)における分析が、質量分析計を用い、ハードイオン化法とソフトイオン化法を組合せて実施される、請求項2に記載の方法。
【請求項9】
前記工程(0)における分析が、クロマトグラフィーによる分離後に、質量分析計、赤外分光計、又はラマン分光計を用いて実施される、請求項2に記載の方法。
【請求項10】
前記工程(0)において、ヘッドスペースガスが分析に使用される、請求項2に記載の方法。
【請求項11】
リアルタイムに有用物質又は有用な細胞の生産量の予測が行われる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項12】
有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養するための培養管理システムであって、 該培養管理システムは、通気された培養槽内の揮発性成分を分析する分析装置と、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する予測装置とを備え、
該予測装置は、該分析装置による揮発性成分の分析結果に基づき有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行う、培養管理システム。
【請求項13】
有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養するための培養システムであって、
該培養システムは、通気を行って細胞を培養する培養槽と、通気された培養槽内の揮発性成分を分析する分析装置と、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する予測装置とを備え、
該予測装置は、該分析装置による揮発性成分の分析結果に基づき有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行う、培養システム。
【請求項14】
前記予測装置は、更に、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測結果に基づき培養条件の制御を行う、請求項12又は13に記載のシステム。
【請求項15】
細胞が産生する有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な物質の決定方法であって、
(I)通気された培養槽内の揮発性成分の分析結果を説明変数とし、有用物質又は有用な細胞の生産量を応答変数として回帰分析する工程、及び
(II)工程(I)の回帰分析の結果に基づき、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な揮発性成分を選択する工程
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養することにより有用物質又は有用な細胞を製造する方法、有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養するための培養管理システム及び培養システム、並びに細胞が産生する有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な物質の決定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物は、アミノ酸、油脂、ビタミンなどの有用物質生産に用いられてきた。もちろん、腸まで届く乳酸菌やiPS細胞など、微生物や細胞自身が生産の対象である場合もある。微生物により作り出される有用物質は食品、バイオ燃料、医薬品などの生産に役立つため、微生物による効率的な有用物質生産が望まれている。有用物質の分析には、クロマトグラフィー技術が用いられている。分析の流れは、培養液をサンプリングし、前処理を行いガスクロマトグラフィー(GC)や液体クロマトグラフィー(LC)などを用いて分析するというものである。一方、機能性乳酸菌や再生医療用の細胞増殖においても、増殖の過程でエネルギー源の利用があり、代謝物質やシグナル伝達物質が産生されている。
【0003】
アミノ酸、油脂、ビタミンなどの代謝産物を直接モニタリングできれば理想的であるが、このような分析にはいくつかの問題がある。それは、情報の取得に時間を要するため、現時点の微生物が作り出す有用物質の状態を把握することができないということである。また、手作業での培養液サンプリングでは、微生物汚染の危険性がある。全自動化も可能であるが、コストがかかることに加え、現時点(リアルタイム)の培養槽の状態を把握し、状況に応じて素早く対処するという目的は達成できない。
【0004】
メタボロミクスにおいても、アミノ酸、油脂、ビタミンなどの代謝物をGC/MSやLC/MSを用いて網羅的に測定する非連続的な方法が用いられる。しかしながら、この方法は、情報の取得に時間を要するため、現時点の培養槽の状態を把握することは不可能である。
【0005】
特許文献1では、密閉可能な容器により菌を培養し、空間部の気体をガスクロマトグラフィーにより、また菌培養液を高速液体クロマトグラフィーにより分析することにより、菌の種類を化学的に同定する装置を開示している。このように特許文献1に記載の装置は、菌種の同定を目的とするものであって、有用物質生産の効率を向上させるための運転制御を目的とするものではない。
【0006】
特許文献2では、容器内の培地に酵母菌を培養する方法において、前記容器内の揮発性成分を質量分析する工程と、前記分析結果を、データベースに登録しておいた、酵母菌のみが培養されている時のデータと比較する工程と、前記比較の結果、分析値に異常値を検出した場合に前記容器内のガスを不活性ガスに入れ替える工程とを有することを特徴とする酵母菌の培養方法を開示している。しかしながら、特許文献2に記載の発明は、酵母菌以外の真菌類の有無を検出して酵母菌のみを有意に発育させることが目的であり、有用物質の効率的な生産制御を目的とするものではない。
【0007】
非特許文献1では、気相部の濃度を測定することで、液相部のエタノール濃度から生産量を予測する方法を開示している。具体的には、エタノールが気相部と液相部に一定の割合で分配されることを利用した方法である。非特許文献1では、有用物質としてバイオ燃料であるエタノールに限定している。しかしながら、非特許文献1に記載の方法では、気化しない油脂のような有用物質は測定できない。また、細胞そのものを管理することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭63-146781号公報
【特許文献2】特開2009-291116号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Mayara V. Santos, Kaio C. S. Rodrigues, Ivan I. K. Veloso, Alberto C. Badino, Antonio J. G. Cruz: Real-Time Monitoring of Ethanol Fermentation Using Mid-Infrared Spectroscopy Analysis of the Gas Phase, Ind. Eng Chem. Res., 61, 7225-7234(2022).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、培養液を採取せずに有用物質又は有用な細胞の生産量を予測することが可能な、有用物質又は有用な細胞を製造する方法、並びに培養管理システム及び培養システムを提供することを目的とする。また、本発明は、培養液を採取せずに、細胞が産生する有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な物質の決定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
このように、本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、培養液ではなく培養槽ガス中の揮発性成分を分析することで、有用物質の量を(細胞を壊したり、培養液を採取せずに)非破壊的に予測することができるという知見を得た。アミノ酸、油脂、ビタミンなどは代謝が進むと二次代謝産物であるVolatile Organic Compounds (VOCs)となる。本発明者らは、培養槽ガス中に存在する揮発性成分の中から、細胞が作る有用物質の蓄積量を示すマーカー揮発性成分を発見した。また、これらの成分を用いることで培養槽内の状態の把握及び管理が効率的に進むことを確認した。この分析に質量分析計などを用いることにより、リアルタイムでの培養槽内の状態の把握が可能となる。
【0012】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次の有用物質又は有用な細胞を製造する方法、培養管理システム及び培養システム、並びに細胞が産生する有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な物質の決定方法を提供するものである。
【0013】
項1.有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養することにより有用物質又は有用な細胞を製造する方法であって
(1)通気された培養槽内の揮発性成分の分析結果に基づいて、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する工程
を含む、方法。
項2.(0)通気された培養槽内の揮発性成分を分析する工程
を更に含む、項1に記載の方法。
項3.(2)工程(1)で得られた有用物質又は有用な細胞の生産量の予測結果に基づき培養条件を制御する工程
を更に含む、項1又は2に記載の方法。
項4.前記細胞が、細菌、真菌、藻類、昆虫細胞、動物細胞、又は植物細胞である、項1~3のいずれかに記載の方法。
項5.前記有用物質が、油脂、脂肪酸、ビタミン、抗生物質、核酸、アミノ酸、多糖類、有機酸、アルコール、糖、糖アルコール、食品、抗体、酵素、ワクチン、レクチン、サイトカイン、ホルモン、受容体、リガンド、ペプチド、及びタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種である、項1~4のいずれかに記載の方法。
項6.前記有用な細胞が、乳酸菌又は多能性幹細胞である、項1~5のいずれかに記載の方法。
項7.前記工程(0)における分析が、質量分析計、赤外分光計、又はラマン分光計を用いて実施される、項2~6のいずれかに記載の方法。
項8.前記工程(0)における分析が、質量分析計を用い、ハードイオン化法とソフトイオン化法を組合せて実施される、項2~6のいずれかに記載の方法。
項9.前記工程(0)における分析が、クロマトグラフィーによる分離後に、質量分析計、赤外分光計、又はラマン分光計を用いて実施される、項2~6のいずれかに記載の方法。
項10.前記工程(0)において、ヘッドスペースガスが分析に使用される、項2~9のいずれかに記載の方法。
項11.リアルタイムに有用物質又は有用な細胞の生産量の予測が行われる、項1~10のいずれかに記載の方法。
項12.有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養するための培養管理システムであって、
該培養管理システムは、通気された培養槽内の揮発性成分を分析する分析装置と、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する予測装置とを備え、
該予測装置は、該分析装置による揮発性成分の分析結果に基づき有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行う、培養管理システム。
項13.有用物質又は有用な細胞を産生する細胞を培養するための培養システムであって、
該培養システムは、通気を行って細胞を培養する培養槽と、通気された培養槽内の揮発性成分を分析する分析装置と、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する予測装置とを備え、
該予測装置は、該分析装置による揮発性成分の分析結果に基づき有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行う、培養システム。
項14.前記予測装置は、更に、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測結果に基づき培養条件の制御を行う、項12又は13に記載のシステム。
項15.細胞が産生する有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な物質の決定方法であって、
(I)通気された培養槽内の揮発性成分の分析結果を説明変数とし、有用物質又は有用な細胞の生産量を応答変数として回帰分析する工程、及び
(II)工程(I)の回帰分析の結果に基づき、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な揮発性成分を選択する工程
を含む、方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測するために、細胞を壊したり培養液を採取する必要がなくなるため、有用物質又は有用な細胞の非破壊予測が可能となる。結果として、手作業サンプリングを行う必要が無いため、微生物汚染の危険性がなくなる。また、サンプリングによる有用物質及び有用な細胞の損失を防ぐこともできる。
【0015】
本発明の特定の実施態様では、有用物質又は有用な細胞の生産量をリアルタイムに予測できるため、有用物質又は有用な細胞の生産が開始されているのか、問題なく進行しているのか、終了したのかなどをリアルタイムに判断することができる。リアルタイムに得られる情報は、効率的な培養制御をもたらすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一実施形態に係る培養システムを示す図である。
図2】実施例における培養の流れを示す図である。
図3】油脂の蓄積量(g/L)の経時的変化を示すグラフである。各点は、培養液と培養排気ガスのサンプリングポイントであり、数字はサンプリング時間を表している。
図4】揮発性成分の情報と油脂の蓄積量の情報とをOPLS回帰分析に供し得られたOPLS回帰直線を示すグラフである。
図5】培養時間における各揮発性成分(3-メチル-1-ブタノール、酢酸3-メチルブチル、3-メチル-3-ブテン-1-オール、DL-2-メチル-1-ブタノール、2-フェニルエタノール)の強度を示すグラフである。縦軸は強度(a.u.)、横軸は培養時間(h)である。
図6】GFPの蛍光強度の経時的変化を示すグラフである。各点は、培養液と培養排気ガスのサンプリングポイントであり、横軸は培養時間(h)を表している。
図7】揮発性成分の情報とGFPの蛍光強度の情報とをOPLS回帰分析に供し得られたOPLS回帰直線を示すグラフである。
図8】培養時間における各揮発性成分(2-トリデカノン、1-プロパノール、2,3-ブタンジオン、ジメチルジスルフィド、未知化合物)の強度を示すグラフである。縦軸は強度(a.u.)、横軸は培養時間(h)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0018】
なお、本明細書において「含む(comprise)」とは、「本質的にからなる(essentially consist of)」という意味と、「のみからなる(consist of)」という意味をも包含する。
【0019】
有用物質又は有用な細胞を製造する方法
本発明の有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養することにより有用物質又は有用な細胞を製造する方法(以下、「本発明の製造方法」と称することもある)は、
(1)通気された培養槽内の揮発性成分の分析結果に基づいて、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する工程
を含むことを特徴とする。
【0020】
本発明の製造方法の一実施形態では、工程(1)に加えて、(0)通気された培養槽内の揮発性成分を分析する工程を更に含む。このように工程(0)及び(1)を含む場合、本発明の製造方法は、
(0)通気された培養槽内の揮発性成分を分析する工程、及び
(1)工程(0)で得られた揮発性成分の分析結果に基づいて、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する工程
を含む、方法と記載することができる。
【0021】
本発明の製造方法の一実施形態では、工程(1)に加えて、(2)工程(1)で得られた有用物質又は有用な細胞の生産量の予測結果に基づき培養条件を制御する工程を更に含む。このように工程(1)及び(2)を含む場合、本発明の製造方法は、
(1)通気された培養槽内の揮発性成分の分析結果に基づいて、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する工程、及び
(2)工程(1)で得られた有用物質又は有用な細胞の生産量の予測結果に基づき培養条件を制御する工程を含む、方法と記載することができる。
【0022】
また、工程(0)~(2)を含む場合、本発明の製造方法は、
(0)通気された培養槽内の揮発性成分を分析する工程、
(1)工程(0)で得られた揮発性成分の分析結果に基づいて、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する工程、及び
(2)工程(1)で得られた有用物質又は有用な細胞の生産量の予測結果に基づき培養条件を制御する工程を含む、方法と記載することができる。
【0023】
本発明における「生産量を予測する」、「生産量の予測」とは、揮発性成分(説明変数)をモニターすることで細胞が作り出した有用物質又は有用な細胞の量(応答変数)を予測する操作を意味する。また、「生産量を予測する」、「生産量の予測」とは、有用物質又は有用な細胞の量の定量的な値を予測することだけでなく、有用物質又は有用な細胞の量の概算値、相対値、増減の傾向などを予測することの意味も含む。
【0024】
有用物質を産生する細胞としては、有用物質を産生する細胞であれば特に限定されず、例えば、細菌(例えば、大腸菌(Escherichia coli)、バチルス(Bacillus)属、ストレプトマイセス(Streptmyces)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、ロドコッカス(Rhodococcus)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、スタフィロコッカス(Staphylococcus)属)、真菌(例えば、酵母(サッカロマイセス(Saccharomyces)属、シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属、ピキア(Pichia)属、リポマイセス(Lipomyces)属など)、糸状菌(アスペルギルス(Aspergillus)属など))、藻類(例えば、微細藻類である、シアノバクテリア、紅色植物門、灰色植物門、緑藻植物門、車軸藻類、不等毛植物門、渦鞭毛植物門、クリプト植物門、ハプト植物門、ユーグレナ植物門、及びクロララクニオン植物門に属する生物)、昆虫細胞(例えば、ドロソフィラ(Drosophila)S2、スポドプテラ(Spodoptera)SF)、植物細胞(例えば、タバコ由来(BY-2細胞など)、シロイヌナズナ由来、イネ由来、ダイズ由来、トマト由来、ゴマ由来、及びニチニチソウ由来の細胞)、動物細胞(例えば、ハイブリドーマ、COS、CHO、HEK293、3T3細胞)などが挙げられる。
【0025】
また、有用物質を産生する細胞としては、天然の細胞であってもよく、又はNTG等の薬剤、紫外線、放射線などで処理した変異株であってもよい。このような変異株としては、目的物質の生産性を向上したものが挙げられる。
【0026】
有用物質を産生する細胞としては、その他、目的とする有用物質を産生させるための核酸が導入された細胞であってもよい。このような核酸としては、例えば、有用物質がタンパク質である場合、当該タンパク質をコードする核酸が挙げられる。宿主となる細胞への核酸の導入は、当該核酸を含む発現ベクターを利用すること等の公知の方法により行うことができる。核酸の導入に用いる発現ベクターとしては、特に制限されず、公知の発現ベクターを広く使用することができる。核酸を導入する宿主の種類等を考慮し、適切な発現ベクターを適宜選択すればよい。発現ベクターは、上記核酸以外にも、プロモーター、エンハンサー、ターミネーター、ポリアデニル化シグナル、選択マーカー、複製起点などを含有し得る。発現ベクターは、自立的に複製するベクター、及び宿主細胞に導入された際に宿主細胞のゲノムに組み込まれ、組み込まれた染色体と共に複製されるもののいずれも使用することができる。
【0027】
発現ベクターの構築、及び当該発現ベクターの細胞への導入法は周知であり、例えば、Sambrook and Russell, Molecular Cloning, A Laboratory Manual 3rd edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (2001)等の記載を参考にして実施することができる。宿主への発現ベクターの導入法としては、例えば、コンピテントセル法、プロトプラスト法、スフェロプラスト法、エレクトロポーレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、アグロバクテリウム法、ポリエチレングリコール法、リポソーム法、マイクロインジェクション法、酢酸リチウム法等が挙げられる。
【0028】
細胞が産生する有用物質とは、特に限定されず、例えば、油脂、脂肪酸、ビタミン、抗生物質、核酸、アミノ酸、多糖類、有機酸、アルコール、糖、糖アルコール、食品、抗体、酵素、ワクチン、レクチン、サイトカイン、ホルモン、受容体、リガンド、ペプチド、タンパク質などが挙げられる。脂肪酸としてはプロピオン酸、ヒドロキシプロピオン酸、EPA (エイコサペンタエン酸)、DHA (ドコサヘキサエン酸)など、ビタミンとしてはリボフラビン、チアミン、アスコルビン酸など、有機酸としては酢酸、乳酸、コハク酸など、アルコールとしてはエタノールなど、糖としてはキシロース、マンノースなど、糖アルコールとしてはキシリトール、マンニトールなどが挙げられる。
【0029】
有用な細胞としては、有用な細胞であれば特に限定されず、例えば、乳酸菌、胚性幹(ES)細胞、人工多能性幹(iPS)細胞などの多能性幹細胞などが挙げられる。乳酸菌としては、乳酸桿菌、乳酸球菌のほか、広義の乳酸菌としてビフィズス菌をも包含するものとする。乳酸菌の具体例としては、例えば、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属、ロイコノストック(Leuconostoc)属、ラクトコッカス(Lactococcus)属、ペディオコッカス(Pediococcus)属、エンテロコッカス(Enterococcus)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、ワイセラ(Weissella)属などに属する乳酸菌が挙げられる。
【0030】
細胞を培養するために使用する培地としては、細胞が生育でき有用物質を産生することができる培地又は細胞が増殖できる培地であれば特に制限されず、細胞の種類等を考慮し、適切な培地を適宜選択すればよい。細胞が微生物で有る場合、炭素源、窒素源、無機塩などの栄養源を含有する合成培地又は天然培地を使用することができる。例えば、培地の炭素源としては、グルコース、スクロース、フラクトース、マルトース、グリセリン、デキストリン、デンプン、オリゴ糖、糖蜜、麦芽エキス、有機酸等が挙げられる。また、窒素源としては、各種ペプトン、酵母エキス、コーンスティープリカー、大豆粉、フスマエキス、肉エキス、カゼイン、アミノ酸、尿素等の有機窒素源、硝酸塩、アンモニウム塩等の無機窒素源等が挙げられる。無機塩類としては、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、鉄塩、その他の金属塩等が挙げられる。さらに、その他の栄養源としては、ビタミン類、アミノ酸類、核酸類等が挙げられる。
【0031】
培養は、液体培養であって、一般的な各種細胞の培養方法等に従って行うことができる。液体培養は、通気培養によって行うことができ、培地が撹拌される条件で培養を行うことが望ましく、そのような培養としては通気撹拌培養が挙げられる。エアリフトなど通気のみで撹拌を行うことが可能な方法もある。通気培養を行う際の酸素濃度は、例えば、飽和濃度に対して5~50%程度である。また、液体培養の方式については、回分培養、流加培養及び連続培養の何れの方式によっても行うことができる。培養条件(温度、pH、培養時間等)は、培養する細胞の生育特性に応じて適宜設定することができ、培養温度としては、通常10~40℃、好ましくは30~37℃であり、pHとしては、通常pH4~8、好ましくはpH5~7である。培養時間としては、1~500時間程度、1~400時間程度、1~300時間程度、1~200時間程度、1~100時間程度などが挙げられる。培養に使用する培養装置としては、ジャーファーメンターなどの市販されている装置、工業的な培養に用いられる大型の培養槽などを使用することができる。
【0032】
本発明の製造方法において、通気された培養槽内の揮発性成分について分析を行う。分析には、培養槽内の気体部分に存在するガスであるヘッドスペースガスを使用することができる。分析には、ヘッドスペースガスに加えて培養排気ガスが含まれたものも使用することができる。培養槽には通気が行われているので、培養槽内には圧力がかかっており、圧力によりヘッドスペースガスや培養排気ガスが排出される。そのため、排出された、これらのガスを分析に使用することが可能である。
【0033】
本明細書において「揮発性成分」とは、揮発性を有し、培養槽のヘッドスペース部分で気体状となる成分を意味する。揮発性成分の分析に用いる装置は、揮発性成分を分析できるものであれば特に限定されず、例えば、質量分析計、赤外分光計、ラマン分光計などが挙げられる。質量分析計、赤外分光計、ラマン分光計を分析に使用することにより、リアルタイムに有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行うことが可能となる。
【0034】
質量分析計としては、揮発性成分を分析できるものであれば特に限定されず、例えば、一般的なシングルタイプの質量分析計、トリプル四重極型質量分析計、Q-TOF型質量分析計、TOF-TOF型質量分析計、イオントラップ質量分析計、イオントラップ飛行時間型質量分析計等を好適に用いることができる。質量分析で使用するイオン化としては、例えば、ハードイオン化法である電子イオン化法、ソフトイオン化法である光イオン化法、化学イオン化法などが挙げられる。
【0035】
電子イオン化法などのハードイオン化法を使用する場合は、揮発性成分のフラグメントイオンが生じるため、他の揮発性成分から生じるフラグメントイオンと重複しないm/zを使用して分析を行う必要がある。光イオン化法、化学イオン化法などのソフトイオン化法を使用する場合は、分子イオン由来のm/zを使用して分析を行うことができる。感度が足りない場合は、揮発性成分の濃縮を行った後に質量分析計に導入することにより感度を向上させることができる。濃縮を行う方法としては、吸着剤、捕集剤を用いて吸着及び捕集を行うことが挙げられる。吸着及び捕集法としては、例えば、Tenax TA、Mono Trap等を用いる方法、溶媒捕集法、固相マイクロ抽出(SPME)などが挙げられる。
【0036】
ソフトイオン化法を使用する場合は、同じm/zの分子イオンは分離することができないため、ハードイオン化法及びソフトイオン化法の両方を用いて定性及び定量分析を行うことにより、質量分析計での分析の信頼性を向上させることができる。イオン化法は、周期的に切り替えて使用してもよい。
【0037】
培養槽内の揮発性成分の分析は、リアルタイム又は一定の時間毎に行われる。培養槽内の揮発性成分を分析する間隔は、特に限定されず、細胞の種類や培養条件などを考慮して適宜設定することができる。揮発性成分を分析する間隔としては、例えば、10分~50時間毎、10分~40時間毎、10分~30時間毎、10分~20時間毎、10分~10時間毎、10分~1時間毎、10~30分毎などが挙げられる。
【0038】
培養槽内の揮発性成分を分析は、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用されるデータの種類を考慮して、必要なデータが得られる分析を行い、具体的には定量分析である。
【0039】
揮発性成分を分析に、質量分析計、赤外分光計、ラマン分光計などを使用する場合には、クロマトグラフィーによる分離後に、これらの装置での分析を行ってもよい。クロマトグラフィーでの分離を予め行うことで、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測するために使用するマーカーとなる物質を特定し易くなる。特に質量分析計においてハードイオン化法を用いる場合、複数の揮発性成分から生じるフラグメントイオンが重複することで物質を特定できないこともあるため、クロマトグラフィーでの分離を予め行うことで揮発性成分の特定を行うことが容易になる。クロマトグラフィーの種類としては、例えば、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)などが挙げられる。
【0040】
工程(1)では、揮発性成分の分析結果に基づいて、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行う。このように有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行うことにより、有用物質又は有用な細胞の生産の経過や終点をモニタリングすることができる。有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する方法としては、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測することが可能な方法であれば特に限定されない。有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用する揮発性成分については、1種類の揮発性成分を用いることもできるし、又は2種以上の揮発性成分を組み合わせて用いることもできる。また、細胞が増殖している段階、原料を培養槽に入れた段階、細胞が有用物質を作り始めた段階、有用物質の産生が終了した段階などの各段階における予測に使用する揮発性成分は、同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0041】
有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する方法としては、例えば、回帰分析により得られた予測モデルを用いる方法が挙げられ、具体的には、得られた揮発性成分の分析結果を予測モデルに入力し有用物質又は有用な細胞の生産量を求めることができる。その他、回帰分析により有用物質又は有用な細胞の生産量との相関関係が認められた揮発性成分を予測に用いる方法が挙げられ、具体的には、このような揮発性成分の定量値に基づいて有用物質又は有用な細胞の生産量を予測することができる。
【0042】
このように、本発明では、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に培養槽内の揮発性成分を使用するので、細胞を壊したり培養液を採取する必要がなくなるため、有用物質又は有用な細胞の非破壊予測が可能となる。結果として、手作業サンプリングを行う必要が無いため、微生物汚染の危険性がなくなる。また、サンプリングによる有用物質又は有用な細胞の損失を防ぐこともできる。さらに、人がサンプル採取に関わる必要がなくなることから、人件費の削減に繋がることも期待される。その上、既存の発酵生産の設備においてもヘッドスペースガスを取得するだけでよいため、本発明の製造方法をそのまま適用することが可能である。
【0043】
本発明の効果は、増殖⇒生産開始などの重要な制御ポイントが把握できることであり、従来は人の感性やpH、炭酸ガス、培養液の粘度など単純な情報しか利用されていなかった。
【0044】
工程(2)では、工程(1)で得られた有用物質又は有用な細胞の生産量の予測結果に基づき培養条件の制御を行う。ここでの培養条件の制御としては、有用物質又は有用な細胞の生産量が低い場合に、有用物質又は有用な細胞の生産量が向上するような培養条件となるように制御を行うことなどが挙げられる。そのような制御としては、例えば、培地や原料の供給量、通気量、pH調整試薬の供給、撹拌速度、培養温度などの制御が挙げられる。また、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測結果により、有用物質又は有用な細胞の生産の終点であると予測された場合には、培養を停止するように培養条件の制御を行うことができる。
【0045】
有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な物質の決定方法
本発明の細胞が産生する有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な物質の決定方法(以下、「本発明の決定方法」と称することもある)は、
(I)通気された培養槽内の揮発性成分の分析結果を説明変数とし、有用物質又は有用な細胞の生産量を応答変数として回帰分析する工程、及び
(II)工程(I)の回帰分析の結果に基づき、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な揮発性成分を選択する工程
を含むことを特徴とする。
【0046】
本発明の決定方法では、上記の本発明の製造方法における有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用できる揮発性成分を決定することができる。本発明の決定方法は、メタボロームを利用して多変量での解析を行い、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能なマーカーとなる揮発性成分を探索することを目的としている。
【0047】
工程(I)における通気された培養槽内の揮発性成分の分析は、上記工程(0)と同様の方法で実施することができる。中でも、本発明の決定方法では、クロマトグラフィーによる分離後に、質量分析計、赤外分光計、ラマン分光計を用いて分析を行うことが望ましい。本発明の決定方法では、揮発性成分の分析に加えて、好ましくは有用物質又は有用な細胞の生産量についても分析を行う。工程(I)での回帰分析としては、好ましくは線形回帰分析であり、線形回帰分析としては、例えば、PLS (Partial Least Squares)、OPLS (Orthogonal Partial Least Squares)などが挙げられる。このような回帰分析を行うことにより、揮発性成分の分析結果から予測モデルを作成することができる。
【0048】
工程(II)では、工程(I)の回帰分析の結果に基づき、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な揮発性成分の選択を行う。有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な揮発性成分の選択を行う方法としては、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測に使用可能な揮発性成分の選択を行うことができる方法であれば特に限定されない。そのような選択を行う方法としては、例えば、工程(I)においてOPLS回帰分析を行い求めた各揮発性成分のVIP (Variable Importance in the Projection)値が、高い値を示した揮発性成分をマーカー候補となる揮発性成分として選択することができる。ここで、マーカー候補となる揮発性成分は、1種類だけであってもよいし、2種類以上であってもよく、2種類以上のマーカーを組み合わせて用いるものであってもよい。
【0049】
有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養するための培養管理システム及び培養システム
本発明の有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養するための培養管理システムは、
通気された培養槽内の揮発性成分を分析する分析装置と、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する予測装置とを備え、
該予測装置は、該分析装置による揮発性成分の分析結果に基づき有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行うことを特徴とする。
【0050】
また、本発明の有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培養するための培養システムは、
通気を行って細胞を培養する培養槽と、通気された培養槽内の揮発性成分を分析する分析装置と、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する予測装置とを備え、
該予測装置は、該分析装置による揮発性成分の分析結果に基づき有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行うことを特徴とする。
【0051】
本発明の培養管理システム及び培養システムは、前述する本発明の製造方法を実施するためのものであり、有用物質を産生する細胞、有用な細胞、揮発性成分などは前述するものと同様である。図1に示すものが、本発明の培養管理システム10及び培養システム20の例として挙げられる。
【0052】
培養槽3は、有用物質を産生する細胞又は有用な細胞を培地で培養するためのものである。培養槽3としては、ジャーファーメンターなどの市販されている装置、工業的な培養に用いられる大型の培養槽などが挙げられる。培養槽3は、培地に通気を行うための手段(例えば、ガス供給装置)を備えている。培養中には、例えば、ガス供給装置により酸素含有ガスが供給される。このような通気を行う酸素含有ガスの酸素濃度は、例えば、飽和濃度に対して5~50%程度である。また、培養槽3は、培地を攪拌するための手段、例えば、攪拌翼などを備えていてもよい。さらに、培養槽3は、温度、pH、溶存酸素濃度などの制御を行うための手段(例えば、ヒーター、pH調整試薬の供給装置)を備えていてもよい。
【0053】
培養槽3は、分析に使用するためのヘッドスペースガスを分析装置1に供給するための手段を備えていてもよい。そのような手段としては、培養槽3には通気が行われているので、培養槽3内には圧力がかかっており、圧力によりヘッドスペースガスや培養排気ガスが排出されることから、排出されたガスを分析装置1まで(必要によりポンプ等を使用して)供給するために、培養槽3と分析装置1とを連結する供給路(例えば、チューブ、金属パイプ、樹脂パイプ)などである。
【0054】
本発明の培養管理システム10及び培養システム20は、揮発性成分が分析装置1に供給される前に、揮発性成分の濃縮を行うための手段4を備えていてもよい。揮発性成分の濃縮を行った後に分析装置1に供給することにより感度を向上させることができる。濃縮を行う手段4としては、例えば、吸着剤、捕集剤などが挙げられる。
【0055】
本発明の揮発性成分を分析する分析装置1は、培養槽3内(例えば、ヘッドスペースガス)の揮発性成分を分析するためのものであり、リアルタイムに有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行うことが可能となる分析装置が望ましい。そのような分析装置1としては、例えば、質量分析計、赤外分光計、ラマン分光計などが挙げられる。このような質量分析計、赤外分光計、ラマン分光計などの分析前に揮発性成分の分離を行うために、分析装置1はクロマトグラフィーを更に備えていてもよい。
【0056】
有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する予測装置2は、分析装置1による培養槽3内の揮発性成分の分析結果に基づいて、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測を行うためのものである。このような予測装置2としては、本発明の製造方法の項に記載されている、有用物質又は有用な細胞の生産量を予測する方法を行うプログラムをCPUにより実行するコンピュータが挙げられる。
【0057】
予測装置2は、更に、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測結果に基づき培養条件の制御を行ってもよい。ここでの培養条件の制御としては、有用物質又は有用な細胞の生産量が低い場合に、有用物質又は有用な細胞の生産量が向上するような培養条件となるように制御を行うことなどが挙げられる。そのような制御としては、例えば、培地や原料の供給量、通気量、pH調整試薬の供給、撹拌速度、培養温度などの制御が挙げられる。また、有用物質又は有用な細胞の生産量の予測結果により、有用物質又は有用な細胞の生産の終点であると予測された場合には、培養を停止するように培養条件の制御を行うことができる。
【実施例0058】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0059】
<実施例1>
培養方法
・使用菌株
Lipomyces starkeyi NBRC10381 (油脂酵母)
・培地
【0060】
【表1】
【0061】
・培養条件
体積 (L) 2 (ベッセル容量 5 L)
pH 5.5
pH 調整 5M NaOH
温度 (℃) 30
Do (%) 50%
撹拌速度 (rpm) 100~1000
通気量 (vvm) 1
初発植菌量 1×106 cells/mL
・培養の流れ
図2に記載の方法により培養を行った。72時間の前培養を坂口フラスコで行った後、ジャーファーメンターにスケールアップし203時間の本培養を行った。
【0062】
GC/MSによる揮発性成分の分析
培養槽ガスに含まれる揮発性成分をTenax管(トラップ管)で捕集した。揮発性成分の捕集は捕集剤としてTenax TAを使用し、20分間、50 mL/minの流量で捕集した。また、揮発性成分の捕集は0, 24, 62, 80, 107, 131, 151, 179, 203 hに、試行回数3回で行った。その後、捕集した揮発性成分を、加熱脱離(250℃)し、クライオフォーカス(液体窒素-120℃)後に、GC/MS分析した。
・加熱脱離条件
加熱時間:8 min
脱離温度:250℃(クライオフォーカス Liq.N の利用)
・GCの分析条件
カラム: InertCap FFAP (60 m × 0.32 mm i.d. df.=0.50μm)
気化室温度: 250℃
キャリアガス: He
カラム流量:3.5 mL/min
スプリット比: 2
温度設定: 40℃で5分間、その後3℃/minで250℃まで昇温。最後に250℃で10分間保持。
・MSの分析条件
イオン源温度: 250℃
インターフェイス温度: 250℃
質量範囲: 24-350
イベント時間: 0.100 sec
・データ解析
データ処理: GC-analyzer
・分析機器
GCMS-TQ8050 NX (株式会社島津製作所)
【0063】
結果
・アノテートされた揮発性成分(説明変数)
GC/MS分析により36種類の揮発性成分が検出され、以下のアルコール、エステル、ケトンなど26の揮発性成分がアノテートされた。これらの成分は、説明変数となる。
<アルコール>
2-プロパノール
エタノール
2-ブタノール
1-プロパノール
2-ペンタノール
2-エチル-1-プロパノール
1-ブタノール
2-メチル-1-ブタノール
3-メチル-1-ブタノール
3-メチル-3-ブテン-1-オール
1-ペンタノール
3-メチル-2-ブテン-1-オール
1-ヘキサノール
1-ヘプタノール
2-フェニルエタノール
<エステル>
酢酸メチル
酢酸エチル
酢酸プロピル
酢酸2-メチルプロピル
酢酸ブチル
酢酸3-メチルブチル
<ケトン>
2-ブタノン
アセトン
<アルデヒド>
ブチルアルデヒド
<その他>
アセトニトリル
・油脂の蓄積量(応答変数)
油脂の蓄積量の結果を図3に示す。図3のグラフは、油脂の蓄積量の経時的変化を示したものである。グラフから、時間の経過とともに油脂の蓄積量が増えていることがわかる。
【0064】
・マーカーとなる揮発性成分の探索
得られた揮発性成分の情報と、得られた油脂の蓄積量の情報をOPLS (Orthogonal Partial Least Square)回帰分析に供し、予測モデルを作成した。結果を図4に示す。図4の結果から、強い相関を有する予測モデルが作成された。また、以下の表2のようにVIP値に基づいて、油脂の蓄積量を示すマーカー揮発性成分の候補を探索した。このモデルでは、アルコール類が高いVIP値を示しており、これらの揮発性成分がマーカーの候補となった。
【0065】
【表2】
【0066】
・培養時間による各成分の強度比較
図5に記載のグラフでは、VIP値の高い揮発性成分の強度を示している。図5のグラフからもわかるように、これら5つの揮発性成分の強度は、油脂の蓄積に伴い増加する傾向があった。それ故、これらの揮発性成分は、油脂の蓄積量を示すマーカーとなり得ることを示唆している。また、3-メチル-1-ブタノール、3-メチル-3-ブテン-1-オール、DL-2-メチル-1-ブタノールは、他に比べて強度が高いので、質量分析計などの分析計で検出しやすい可能性がある。
【0067】
<実施例2>
培養方法
・使用菌株
大腸菌BL21 (DE3)+pET-32a(+)(Green Fluorescent Protein (GFP))
・培地
【0068】
【表3】
【0069】
【表4】
【0070】
・培養条件
体積 (L) 0.5 (ベッセル容量 1 L)
pH 6.8
pH 調整 5M NaOH
温度 (℃) 37
Do (%) 50%以上を維持
撹拌速度 (rpm) 100~1000
通気量 (vvm) 1
初発植菌量 前培養液2 mL
pH調整 14%アンモニア
*抗生物質の添加:アンピシリン100μg/mL
・培養の流れ
前培養を行った後、2 mLの前培養液を用いてジャーファーメンターにスケールアップし12時間の本培養を行った。9時間後にIPTGを使用してタンパク質(GFP)の発現誘導を行った。
【0071】
GC/MSによる揮発性成分の分析
培養槽ガスに含まれる揮発性成分をTenax管(トラップ管)で捕集した。揮発性成分の捕集は捕集剤としてTenax TAを使用し、20分間、50 mL/minの流量で捕集した。また、揮発性成分の捕集は0, 3, 6, 8, 10, 12 hに、試行回数3回で行った。その後、捕集した揮発性成分を、加熱脱離(250℃)し、クライオフォーカス(液体窒素-120℃)後に、GC/MS分析した。揮発性成分の捕集と同時に培養液のサンプリングを行い、-20℃で1晩保管したのち分光蛍光光度計分析によりGFPの蛍光強度を測定した。
・加熱脱離条件
加熱時間:8 min
脱離温度:250℃(クライオフォーカス Liq.N の利用)
・GCの分析条件
カラム: InertCap FFAP (60 m × 0.32 mm i.d. df.=0.50μm)
気化室温度: 250℃
キャリアガス: He
カラム流量:3.5 mL/min
スプリット比: 5
温度設定: 40℃で5分間、その後3℃/minで250℃まで昇温。最後に250℃で10分間保持。
・MSの分析条件
イオン源温度: 250℃
インターフェイス温度: 250℃
質量範囲: 24-350
イベント時間: 0.100 sec
・データ解析
データ処理: GC-analyzer
・分析機器
GCMS-TQ8050 NX (株式会社島津製作所)
【0072】
結果
・アノテートされた揮発性成分(説明変数)
GC/MS分析により120種類の揮発性成分が検出され、以下のアルコール、エステル、アルデヒド、ケトンなど66の揮発性成分がアノテートされた。これらの成分は、説明変数となる。
<アルコール>
Tert-ブチルアルコール
1-プロパノール
2-エチル-1-プロパノール
2-プロパノール
1-ブタノール
1-ヘキサノール
2-ブトキシ-エタノール
cis-2-ペンテン-1-オール
1-オクテン-3-オール
1-ヘプタノール
2-エチル-1-ヘキサノール
1-ノナノール
2-フェノキシ-エタノール
<エステル>
酢酸プロピル
酢酸イソブチル
酢酸3-メチルブチル
酢酸1-メトキシ-2-プロピル
酢酸
ベンズアルデヒド
プロピオン酸
ペンタン酸
ヘキサン酸
オクタン酸
ペラルゴン酸
安息香酸
<アルデヒド>
ブチルアルデヒド
2-メチルブタナール
アセトアルデヒド
2-メチルブチルアルデヒド
ブタナール
バレルアルデヒド
ヘキサナール
ヘプタナール
ノナナール
1-デカナール
ピロール-2-カルボキシアルデヒド
<ケトン>
3-メチル-2-ブタノン
アセトン
3-ペンタノン
2-ペンタノン
2,3-ブタンジオン
4-メチル-2-ペンタノン
2-ヘキサノン
3-ヘプタノン
3-オクタノン
アセトフェノン
2-トリデカノン
<その他>
2-メチル-1,3-ブタジエン
シクロヘキサン
メチル-シクロヘキサン
2-メトキシ-1-プロペン
(Z)-2-オクテン
ベンゼン
2,5,6-トリメチルオクタン
アセトニトリル
α-ピネン
トルエン
ジメチルジスルフィド
エチルベンゼン
p-シメン
1,2,3-トリメチルベンゼン
o-イソプロピルトルエン
シクロヘキシルイソチオシアネート
ベンゾチアゾール
・GFPの蛍光強度(応答変数)
GFPの蛍光強度の結果を図6に示す。図6のグラフは、GFPの蛍光強度の経時的変化を示したものである。グラフから、時間の経過とともにGFPが増加していることがわかる。
【0073】
・マーカーとなる揮発性成分の探索
得られた揮発性成分の情報と、得られたGFPの蛍光強度の情報をOPLS (Orthogonal Partial Least Square)回帰分析に供し、予測モデルを作成した。結果を図7に示す。図7の結果から、強い相関を有する予測モデルが作成された。また、以下の表5のようにVIP値に基づいて、GFPの生産量を示すマーカー揮発性成分の候補を探索した。
【0074】
【表5】
【0075】
・培養時間による各成分の強度比較
図8に記載のグラフでは、VIP値の高い揮発性成分の強度を示している。図8のグラフからもわかるように、2-トリデカノン、1-プロパノール、及びジメチルジスルフィドの揮発性成分の強度は、GFPの蛍光強度とともに増加していた。それ故、これらの揮発性成分は、GFPの生産を示すマーカーとなり得ることを示唆している。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8