(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024056292
(43)【公開日】2024-04-23
(54)【発明の名称】診断補助情報提供システム、診断補助装置、症状指標提供装置および症状指標提供プログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/374 20210101AFI20240416BHJP
A61B 5/291 20210101ALI20240416BHJP
A61B 5/257 20210101ALI20240416BHJP
A61B 5/16 20060101ALI20240416BHJP
A61B 10/00 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
A61B5/374
A61B5/291
A61B5/257
A61B5/16 130
A61B10/00 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022163073
(22)【出願日】2022-10-11
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1)令和3年10月30日に、日本女性医学学会雑誌 第36回学術集会プログラム・要旨集 第29巻 第1号 ISSN 2185-8861 第102頁に発表。 2)令和3年11月6日に、日本女性医学学会主催、日本女性医学学会学術集会 メインテーマ -女性医学:女性の健康の総合的門番-にて発表。
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「女性の健康の包括的支援実用化研究事業」「更年期障害の早期かつ客観的な診断が可能な新規パッチ式計測シートの研究開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(71)【出願人】
【識別番号】520412431
【氏名又は名称】PGV株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】澤田 健二郎
(72)【発明者】
【氏名】木村 正
(72)【発明者】
【氏名】関谷 毅
(72)【発明者】
【氏名】吉本 秀輔
(72)【発明者】
【氏名】リュウ イチョク
【テーマコード(参考)】
4C038
4C127
【Fターム(参考)】
4C038PP05
4C038PQ06
4C038PS03
4C127AA03
4C127BB03
4C127GG11
4C127GG13
4C127GG15
4C127LL08
(57)【要約】
【課題】更年期女性の血管運動神経症状またはうつ症状に関する症状指標の提供をするための症状指標提供装置を提供する。
【解決手段】脳波計10により取得された被検者の睡眠期間についての経時的な脳波データに基づいて、症状指標提供装置3000の睡眠ステージ予測部3110は、被検者の睡眠状態が、複数の睡眠ステージのいずれに該当するかを所定の時間間隔で経時的に判定する。うつ症状予測部3240および更年期症状予測部3250は、経時的な睡眠ステージのデータがスムージング処理され、周波数成分に変換された後に、この周波数成分を入力として、機械学習により生成された学習済みモデルにより症状指標を出力する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者の更年期症状に対する診断補助情報を提供するための診断補助情報提供システムであって、
被検者からの脳波信号を取得するための脳波センサーと、
前記脳波センサーからの脳波信号に基づく前記被検者の睡眠期間についての経時的な脳波データを記憶する記憶手段と、
前記経時的な脳波データを入力として、前記被検者の睡眠状態が、複数の睡眠ステージのいずれに該当するかを所定の時間間隔で経時的に判定する睡眠段階判定手段と、
経時的な前記睡眠ステージの判定結果を受けて、時間的なスムージング処理を実施するスムージング処理手段と、
前記スムージング処理手段の出力を受けて、周波数成分に変換するための周波数変換手段と、
前記被検者からの脳波信号に基づいて、前記被検者に対する診断補助情報を出力する症状予測手段とを備え、
前記症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応する更年期症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、前記被験者からの脳波データについて前記周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として前記診断補助情報を出力する第1の学習済みモデルを含む、診断補助情報提供システム。
【請求項2】
前記スムージング処理は、移動三角平均処理である、請求項1記載の診断補助情報提供システム。
【請求項3】
前記症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応するうつ症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、前記被験者からの脳波データについて前記周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として前記診断補助情報を出力する第2の学習済みモデルを含む、請求項1または2記載の診断補助情報提供システム。
【請求項4】
前記睡眠段階判定手段は、
前記脳波センサーにおいて前記被検者の頭部の異なる位置に配置された電極からの複数チャネルの前記脳波データを入力として受け、前記脳波データに対する特徴量を抽出するための、それぞれ異なるフィルタサイズを有する第1および第2の畳み込みニューラルネットワークと、
前記第1および第2の畳み込みニューラルネットワークの出力を入力として受けて、前記睡眠ステージを出力する双方向再帰型ニューラルネットワークとを含む、請求項3記載の診断補助情報提供システム。
【請求項5】
脳波センサーにより取得された被検者の睡眠期間についての経時的な脳波データに基づいて、前記被検者の更年期症状に対する診断補助情報を提供するための診断補助装置であって、
前記脳波センサーにより取得された前記脳波データを受信して、前記経時的な脳波データを入力として、前記被検者の睡眠状態が、複数の睡眠ステージのいずれに該当するかを所定の時間間隔で経時的に判定する睡眠段階判定手段と、
経時的な前記睡眠ステージの判定結果を受けて、時間的なスムージング処理を実施するスムージング処理手段と、
前記スムージング処理手段の出力を受けて、周波数成分に変換するための周波数変換手段と、
前記被検者からの脳波信号に基づいて、前記被検者に対する診断補助情報を返信する症状予測手段とを備え、
前記症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応する更年期症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、前記被験者からの脳波データについて前記周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として前記診断補助情報を出力する第1の学習済みモデルを含む、診断補助装置。
【請求項6】
前記スムージング処理は、移動三角平均処理である、請求項5記載の診断補助装置。
【請求項7】
前記症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応するうつ症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、前記被験者からの脳波データについて前記周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として前記診断補助情報を出力する第2の学習済みモデルを含む、請求項5または6記載の診断補助装置。
【請求項8】
脳波センサーにより取得された被検者の睡眠期間についての経時的な脳波データに基づいて、前記被検者の更年期症状に対する症状指標を提供するための症状指標提供装置であって、
前記脳波センサーにより取得された前記脳波データを受信して、前記経時的な脳波データを入力として、前記被検者の睡眠状態が、複数の睡眠ステージのいずれに該当するかを所定の時間間隔で経時的に判定する睡眠段階判定手段と、
経時的な前記睡眠ステージの判定結果を受けて、時間的なスムージング処理を実施するスムージング処理手段と、
前記スムージング処理手段の出力を受けて、周波数成分に変換するための周波数変換手段と、
前記被検者からの脳波信号に基づいて、前記被検者に対する症状指標を出力する症状予測手段とを備え、
前記症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応する更年期症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、前記被験者からの脳波データについて前記周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として前記症状指標を出力する第1の学習済みモデルを含む、症状指標提供装置。
【請求項9】
前記スムージング処理は、移動三角平均処理である、請求項5記載の症状指標提供装置。
【請求項10】
前記症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応するうつ症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、前記被験者からの脳波データについて前記周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として前記症状指標を出力する第2の学習済みモデルを含む、請求項8または9記載の症状指標提供装置。
【請求項11】
コンピュータを、請求項8記載の前記睡眠段階判定手段と、前記スムージング処理手段と、前記周波数変換手段と、前記症状予測手段として機能させるための症状指標提供プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、更年期女性の血管運動神経症状とうつ症状の鑑別を補助する診断補助装置および診断補助情報提供システム、更年期症状に関する症状指標の提供をするための症状指標提供装置および症状指標提供プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
「更年期」とは、女性の閉経前後の5年間のことをいい、日本人では、平均として、45~55歳くらいの期間をいう。
【0003】
ここで、「閉経」とは、卵巣の活動性が次第に消失し、ついに月経が永久に停止した状態をいう。月経が来ない状態が12か月以上続いた時に、1年前を振り返って閉経としている。日本人の平均閉経年齢は約50歳であるものの、個人差が大きく、早い人では40歳台前半、遅い人では50歳台後半に閉経を迎えるとされている(非特許文献1を参照)。
【0004】
上述の通り、閉経前の5年間と閉経後の5年間とを併せた10年間を「更年期」といい、またその更年期に現れる症状の中で器質的変化に起因しない症状を「更年期症状」と呼び、これらの症状の中で日常生活に支障をきたす病態が「更年期障害」と定義されている。
【0005】
更年期障害の主な原因は、女性ホルモン(エストロゲン)が大きくゆらぎながら低下していくこと(内分泌因子)だとされ、その上に加齢などの身体的因子、成育歴や性格などの心理的因子、職場や家庭における人間関係などの社会的因子が複合的に関与することで発症すると考えられている。
【0006】
ここで、更年期女性の社会・心理的な背景としては、i)成長した子供の自立(就職・結婚)、ii)夫との死別・定年退職、iii)夫婦間・子供との葛藤、iv)社会や家族からの疎外感・孤独感、v)近親者・友人の喪失体験、vi)老化による容姿・容貌の変化などがあげられる(非特許文献2を参照)。
【0007】
この結果、明確な原因がないのに心身の不調を感じる状態を、「不定愁訴」と呼ぶ。
【0008】
更年期症状は多岐に渡り、のぼせや発汗などの血管運動神経症状、不眠や不安感、抑うつ気分などの精神症状、頭痛や腰痛、関節痛、皮膚の乾燥感などの身体症状に分けられる。
【0009】
統計によれば、更年期世代の約55%が更年期症状に悩んでおり、更年期前の世代の約30%は、更年期のような症状を自覚し、自分は更年期だと思っているとの報告もある(非特許文献3を参照)。
【0010】
そして、血管運動神経症状(汗をかきやすい、顔や手足が冷えやすい、顔がほてる)だけではなく、神経症状(怒りやすい、イライラする、寝付きが悪い、眠りが浅い、くよくよする、憂うつになる)も目立つのが、日本人の特徴である。
【0011】
(更年期診療におけるアンメットニーズ)
【0012】
ところで、現在のところ、臨床の現場では、更年期障害の診断は問診(表)で行なわれている。たとえば、血液検査や現在の臨床検査は除外診断の意義しかない、というのが現状である。
【0013】
すなわち、更年期障害の診断における客観的な指標は乏しいのが現状であり、また血中エストロゲン値や血中卵胞刺激ホルモン値も閉経約2年後までは変動が大きいため、それらの診断上の有用性は確立していない。また、完全閉経後であれば血中エストラジオール(E2)値は押し並べて低値であるが、E2値と更年期症状の重症度は相関しておらず、診断は専ら質問票、すなわち本人の自己申告に依存している。そのため、実臨床において、仮面うつ病や不安障害などの精神疾患との鑑別は特に困難である。
【0014】
一方で、更年期障害を主訴に受診した2210名を産婦人科医と精神科医で詳細に診断すると、エストロゲン欠落障害によると考えられる患者が、25.9%であり、気分障害によると考えられる患者が、27.4%(うつ病 13.1%)であり、不安障害によると考えられる患者が、11.2%であるとの報告もある(非特許文献4を参照)。
【0015】
更年期障害を主訴に受診した患者を詳細に診察し、自律神経失調症は全体の半数であり、残りの半数は精神障害であったとの報告もある。なかでもうつ病を主とする気分障害と不安障害が多い。
【0016】
エストロゲン欠落症状であればホルモン補充療法が奏功するが、うつ病であれば精神療法が必要であり、その鑑別診断方法の確立は更年期女性のヘルスケアに極めて重要である。
【0017】
(生体信号としての脳波計測と医療健康分野への応用)
【0018】
一方で、生体の状態を客観的に計測する手法として、従来から、生体(人体)の脳波や、血中酸素飽和度を電気信号として取得して、生体の状態を測定することが行われている。脳波や、血中酸素飽和度を取得する装置として、額に貼り付けることにより取得可能な装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0019】
脳波や心電図など、生体内の活動に伴って発生する電位の変化は、生体の外部に取り付けられた電極を介して計測することができる。このようにして計測される電位の変化は、病院や研究機関等で、生体内の異常の有無や程度を非侵襲的に把握するための生体信号として従来用いられている。
【0020】
もっとも、従来の検査機器による検査は、上記のような特定の場所での比較的短時間の実施であれば、被検者にとっての身体的負担はあまり大きくない。しかし、検査の目的や被検者によってはその負担が不適切に大きい場合がある。
【0021】
具体的な例としては、睡眠時の生体信号を取得するための検査が考えられる。複数装着される電極、電極が装着される箇所への塗布剤、電極と本体とを接続するケーブルの肌への接触等が、被検者に強い装着感又は違和感を与えて被検者の入眠を妨げたり、被検者の体内で起こる電気的活動に影響を与えたりする。この結果、被検者の普段の睡眠状態の生体信号が取得できない。
【0022】
そこで、特許文献2では、被検者に与える装着感及び違和感が抑えられた、計測の簡便さと高性能とを両立させる生体信号計測装置として、複数の薄膜状の電極により生体信号を取得する構成において、粘着性を有するシートである貼付部の片面に露出するよう形成され、信号取得のための電極および貼付部は、いずれも伸縮性及び自在に屈曲が可能な柔軟性を有し、被検者の体表に貼り付けられると、その貼り付けられた場所の形状及び動きに追従する構成が開示されている。ここでは、取得した生体信号は、無線信号として外部の機器に送信される構成となっている。
【0023】
そして、特許文献3では、このような特許文献2に開示されるようなシート型の脳波計において、さらに、血中酸素飽和度を計測する光学素子を設けることで、睡眠状態を評価して、いわゆる睡眠時無呼吸症候群を検証するための装置およびプログラムが開示されている。
【0024】
このような脳波計測と精神症状、更年期症状との関係としては、概略以下のとおりである。
【0025】
すなわち、血管運動神経症状は、ノルアドレナリンやセロトニン等の神経伝達物質分泌の変化により視床下部における体温調節機能が不適合を起こすことによって引き起こされると考えられており、睡眠にも影響を与えることが知られており、サーカディアンリズムの変化や血管運動症状により不眠が引き起こされる可能性が示唆されている。
【0026】
一方で、睡眠時脳波測定は、その測定の煩雑さより更年期に特異的な変化が見られるとする報告は極めて限られており、睡眠パラメータに着目して、血管運動神経症状がある女性はない女性に比べて、総睡眠時間が減少していることや中途覚醒の回数が増加することなどの報告例があるのみである。
【0027】
しかしながら、総睡眠時間や中途覚醒の回数などは個人差が大きく、かつ個人内においても睡眠環境に大きく影響されるため、個々の睡眠脳波をもって、その被検者に、血管運動神経症状があるかどうかを判定することは、従来の睡眠パラメーター解析では困難である。
【0028】
うつ病では、疾患の睡眠時脳波への影響も報告されており、脳波診断によるうつ病診断の報告も複数存在するが、最新のレヴューをみても実用化され市場に上市されたものはないのが現状である。
また、上述したような更年期症状の診断に関連して、脳波などの生体信号を入力として、人工知能技術を利用して解析し、たとえば、被検者の「ほてり」の発生確率を予測しようとする技術も報告されているものの、被検者の睡眠時間にわたる脳波データを用いて、更年期症状の鑑別に資するようなレベルでの補助情報を提供しようとするものではない(特許文献4を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0029】
【特許文献1】米国特許公開第2016/0015281号公報
【特許文献2】国際公開第WO2017-122379号公報
【特許文献3】特開2018-164725号公報
【特許文献4】特開2020-014841号公報
【非特許文献】
【0030】
【非特許文献1】公益財団法人 日本産科府実家学会 更年期障害、2018年6月16日更新 https://www.jsog.or.jp/modules/diseases/index.php?content_id=14
【非特許文献2】更年期を知って、いつまでも自分らしく、第16回 更年期を機に生活を見直しましょう、読売新聞2019年9月2日付 https://www.hisamitsu.co.jp/hrt/medicaltribune/medicaltribune_16.html
【非特許文献3】ドコモ・ヘルスケア株式会社 プレ更年期世代の3人に1人が「私、更年期かも…」と自覚!~働く女性の更年期症状に関するアンケート調査を実施~ 2018年8月30日 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000107.000016519.html
【非特許文献4】後山尚久著、日産婦誌 2012年53巻N-182-6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0031】
以上のような背景がある中で、更年期障害に対して、適切な治療を行うためには、エストロゲン欠落症状と精神疾患とを客観的な指標に基づいて、医師が鑑別できることが極めて重要である。
【0032】
本発明は、更年期女性の血管運動神経症状とうつ症状の医師による鑑別を補助するための情報を提供することが可能な診断補助装置および診断補助情報提供システムを提供することを目的とする。
また、本発明は、更年期女性の血管運動神経症状またはうつ症状に関する症状指標の提供をするための症状指標提供装置および症状指標提供プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0033】
この発明の1つの局面に従うと、被検者の更年期症状に対する診断補助情報を提供するための診断補助情報提供システムであって、被検者からの脳波信号を取得するための脳波センサーと、脳波センサーからの脳波信号に基づく被検者の睡眠期間についての経時的な脳波データを記憶する記憶手段と、経時的な脳波データを入力として、被検者の睡眠状態が、複数の睡眠ステージのいずれに該当するかを所定の時間間隔で経時的に判定する睡眠段階判定手段と、経時的な睡眠ステージの判定結果を受けて、時間的なスムージング処理を実施するスムージング処理手段と、スムージング処理手段の出力を受けて、周波数成分に変換するための周波数変換手段と、被検者からの脳波信号に基づいて、被検者に対する診断補助情報を出力する症状予測手段とを備え、症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応する更年期症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、被験者からの脳波データについて周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として診断補助情報を出力する第1の学習済みモデルを含む。
好ましくは、スムージング処理は、移動三角平均処理である。
好ましくは、症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応するうつ症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、被験者からの脳波データについて周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として診断補助情報を出力する第2の学習済みモデルを含む。
好ましくは、睡眠段階判定手段は、脳波センサーにおいて被検者の頭部の異なる位置に配置された電極からの複数チャネルの脳波データを入力として受け、脳波データに対する特徴量を抽出するための、それぞれ異なるフィルタサイズを有する第1および第2の畳み込みニューラルネットワークと、第1および第2の畳み込みニューラルネットワークの出力を入力として受けて、睡眠ステージを出力する双方向再帰型ニューラルネットワークとを含む。
この発明の他の局面に従うと、脳波センサーにより取得された被検者の睡眠期間についての経時的な脳波データに基づいて、被検者の更年期症状に対する診断補助情報を提供するための診断補助装置であって、脳波センサーにより取得された脳波データを受信して、経時的な脳波データを入力として、被検者の睡眠状態が、複数の睡眠ステージのいずれに該当するかを所定の時間間隔で経時的に判定する睡眠段階判定手段と、経時的な睡眠ステージの判定結果を受けて、時間的なスムージング処理を実施するスムージング処理手段と、スムージング処理手段の出力を受けて、周波数成分に変換するための周波数変換手段と、被検者からの脳波信号に基づいて、被検者に対する診断補助情報を返信する症状予測手段とを備え、症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応する更年期症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、被験者からの脳波データについて周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として診断補助情報を出力する第1の学習済みモデルを含む。
好ましくは、スムージング処理は、移動三角平均処理である。
好ましくは、症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応するうつ症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、被験者からの脳波データについて周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として診断補助情報を出力する第2の学習済みモデルを含む。
この発明のさらに他の局面に従うと、脳波センサーにより取得された被検者の睡眠期間についての経時的な脳波データに基づいて、被検者の更年期症状に対する症状指標を提供するための症状指標提供装置であって、脳波センサーにより取得された脳波データを受信して、経時的な脳波データを入力として、被検者の睡眠状態が、複数の睡眠ステージのいずれに該当するかを所定の時間間隔で経時的に判定する睡眠段階判定手段と、経時的な睡眠ステージの判定結果を受けて、時間的なスムージング処理を実施するスムージング処理手段と、スムージング処理手段の出力を受けて、周波数成分に変換するための周波数変換手段と、被検者からの脳波信号に基づいて、被検者に対する症状指標を出力する症状予測手段とを備え、症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応する更年期症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、被験者からの脳波データについて周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として症状指標を出力する第1の学習済みモデルを含む。
好ましくは、スムージング処理は、移動三角平均処理である。
好ましくは、症状予測手段は、複数の学習対象者について計測された脳波データの周波数成分と対応するうつ症状の臨床上の指標とを学習データとして、予め機械学習により生成され、被験者からの脳波データについて周波数変換手段により変換された周波数成分を入力として症状指標を出力する第2の学習済みモデルを含む。
この発明のさらに他の局面に従うと、症状指標提供プログラムであって、コンピュータを、請求項8記載の睡眠段階判定手段と、スムージング処理手段と、周波数変換手段と、症状予測手段として機能させる。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、被検者の睡眠時間にわたる脳波データに基づいて、被検者の更年期症状に対する客観的な症状指標を得ることが可能となる。
また、被検者の睡眠時間にわたる脳波データに基づいて、更年期症状を呈する被検者からの脳波データに基づいて、うつ症状と血管運動神経症状との鑑別を補助する客観的な症状指標を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】本実施の形態の電極シート型脳波計10´、計測端末2000および情報提供サーバー3000を含む診断補助情報提供システム1000の使用態様を説明するための概念図である。
【
図2】電極シート型脳波計10´の外観を示す図である。
【
図3】本実施の形態に係る電極シート型脳波計10´の構成の概要を示すブロック図である。
【
図4】診断補助情報提供システム1000の構成を説明するための機能ブロック図である。
【
図5】睡眠ステージ予測部での人工知能モデルの構成を説明するためのブロック図である。
【
図6】電極シート型脳波計10´を用いて、ある被検者について、エポックごとに、睡眠ステージを判別した結果を示す図である。
【
図7】経時的な睡眠ステージについて、スムージング処理(三角移動平均処理)により、睡眠ステージの変化を平滑化した結果を示す図である。
【
図8】うつ症状予測部3240および更年期症状予測部3250での学習モデルの構成および学習過程を説明するための図である。
【
図9】計測端末2000のハードウェア構成を説明するためのブロック図である。
【
図10】
図4に示した情報提供サーバー3000のハードウェア構成を説明するためのブロック図である。
【
図11】簡略更年期指数(SMI)を算出するための自己採点のための問診票を示す図である。
【
図12】自己評価式抑うつ性尺度チェック表を示す図である。
【
図13】症例の選択の過程を示すフローチャートと症例の背景を示す図である。
【
図14】SMI指標による睡眠の質の評価を示す図である。
【
図15】SDS指標による睡眠の質の評価を示す図である。
【
図16】更年期女性の電極シート型脳波計10´による脳波測定およびその人工知能解析の最終的な診断精度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0037】
なお、以下で説明する実施の形態は、いずれも包括的又は具体的な例を示すものである。以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態などは、一例であり、本発明を限定する主旨ではない。また、以下の実施の形態における構成要素のうち、最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
【0038】
また、以下の実施形態に係る生体信号測定装置および診断補助情報提供システム1000またはそれらを動作させるためのプログラムは、生体の疾患、より特定的には、更年期症状または更年期障害について、医師が診断を行うにあたり、その補助となる客観的な情報を提供することが可能な装置、システム及びプログラムである。
なお、後述するように、このようなシステムおよびプログラムは、医師の診断を補助するための情報を提供することを目的とするだけでなく、いわゆるヘルスケア分野において、更年期症状に関する参考情報となる症状指標の提供をするための症状指標提供装置および症状指標提供プログラムとして機能させることも可能である。
【0039】
したがって、このような「補助となる客観的な情報」を、たとえば、医師の診断を受ける前の個人が、自身の健康情報として利用できるように参考指標として提供する場合などを排除するものではない。
【0040】
各実施形態において、診断補助情報提供システム1000は、生体信号測定装置10、計測端末2000および情報提供サーバー3000から構成される。
【0041】
また、生体信号測定装置10は、後述する生体からの信号を取得する電極を電極シートとして構成される脳波計を利用する。
【0042】
そこで、以下では、このような構成の生体信号測定装置10を、電極シート型脳波計10´と呼び、被検者の脳波を計測する装置の例として説明する。
【0043】
ただし、被検者の脳波を計測する装置の構成、取得した脳波のデータから睡眠の状態の判定および更年期障害に関する補助情報を提供する構成は、このような構成に限定されるものではない。たとえば、計測端末2000および情報提供サーバー3000は、一体のコンピュータであってもよいし、脳波を計測する装置としても、電極シート型脳波計以外の構成の脳波計を使用してもよい。ただし、従来技術でも述べたように、睡眠時のユーザの脳波の計測のためには、電極シート型脳波計10´とすることで、被検者に与える装着感及び違和感が抑えられた、計測の簡便さと高性能とを両立させる生体信号計測を実現するのが望ましい。
【0044】
図1は、本実施の形態の電極シート型脳波計10´、計測端末2000および情報提供サーバー3000を含む診断補助情報提供システム1000の使用態様を説明するための概念図である。
【0045】
図1に示すように、電極シート型脳波計10´は、睡眠時における被検者2の脳波を計測する。電極シート型脳波計10´は、被検者2(人体)の額に取り付けられて用いられる。電極シート型脳波計10´には、被検者2の脳波に基づく電気信号(以下、単に「脳波」とする)を取得する複数の電極が形成されている。また、電極シート型脳波計10´は、電極によって得られた脳波を無線で通信可能な通信部(図示せず)を備えており、取得した脳波のデータを計測端末2000に対して送信する。
【0046】
なお、脳波データの電極シート型脳波計10´から計測端末2000への転送は、計測を実施しつつ、並行して、データ転送を行ってもよいし、電極シート型脳波計10´が一定期間分の脳波データを格納保持しておき、所定期間分の脳波データを一括して、計測端末2000に転送する構成としてもよい。
【0047】
計測端末2000は、ネットワーク4を介して、情報提供サーバー3000と通信可能に接続しており、情報提供サーバー3000は、計測端末2000から受信した脳波データに基づいて、後述のような処理を行い、被検者2の更年期症状または更年期障害に対する補助情報を算出する。算出された補助情報は、情報提供サーバー3000から計測端末2000に返信され、計測端末2000に表示される。
【0048】
なお、本実施形態において、「脳波を取得する」とは、電極シート型脳波計10´が被検者2に対して脳波信号を計測して、経時的な脳波データに変換することを意味する。
【0049】
電極は、被検者2の額に接触することにより、被検者2の脳波をリアルタイムで得る。これにより、電極は、被検者2の脳波を経時的に得ることができる。なお、電極は、複数設けられ、被検者2の額の異なる位置で脳波を取得する。
【0050】
図2は、電極シート型脳波計10´の外観を示す図である。
【0051】
図2(a)に示すように、電極シート型脳波計10´は、パッチ型脳波計140と電極付きディスポーザブルシート110とから構成される。
【0052】
電極付きディスポーザブルシート110はプラグコネクタでパッチ型脳波計140と接続されている。
【0053】
図2(b)に示すように、電極シート型脳波計10´は、ユーザへの装着時にも、ヘッドギアのように被検者に装着される必要がなく、単に、ユーザの額に簡単にシートの両面テープで装着できる方式を採用している。電極2-7は、ユーザの額に均等に配置され、電極1は基準電極であって、額から離れた位置に配置され、特に限定されないが、たとえば、耳の後ろ側などでユーザの皮膚と電気的に接触するように配置することも可能である。
【0054】
特に限定されないが、電極シート型脳波計10´としては、PGV株式会社製パッチ式脳波計HARU-1および改良型であるHaru-2の医療機器認証を取得した製品を使用することが可能である(HARU-1:クラスII、認証番号:302AFBZX00079000、Haru-2:クラスII、認証番号:304AFBZX00012000)。
【0055】
(電極シート型脳波計10´の構成)
【0056】
電極シート型脳波計10´については、特許文献2の国際公開第WO2017-122379号公報にも開示されているので、以下では、簡単にその構成について説明する。
【0057】
図3は、本実施の形態に係る電極シート型脳波計10´の構成の概要を示すブロック図である。
【0058】
電極シート型脳波計10´は、生体に起こる電位の経時的な変化を電極で計測して生体信号として取得し、この生体信号のデータを出力する装置である。ここでいう生体の電位の変化とは、例えば脳、又は心臓その他筋肉の活動によって生じる、微弱な電位(数十マイクロボルト~数十ミリボルト)の変化である。以下では、生体信号としては、脳波であるものとして説明する。
【0059】
電極シート型脳波計10´は、入力部100、制御部200、電源部300、及び出力部400を備える。
【0060】
入力部100は、電極付きディスポーザブルシート110に設けられ、生体の皮膚を介して検出可能な体内の電位を計測し、計測した電位の時系列変化を示す信号を制御部200へ出力する。入力部100は、信号取得部110、貼付部115、増幅部120、及びアナログ-デジタル変換器(
図1及び以下ではA/D変換器と表記する)130を備える。なお、特に限定されないが、増幅部120とA/D変換部130とは、パッチ型脳波計140の内部に設けられる構成であってもよいし、プラグコネクタの部分に設けられる構成であってもよい。
【0061】
信号取得部110は複数の薄膜状の電極であり、粘着性を有するシートである貼付部115の片面に露出するよう形成される。なお、以下では、信号取得部110が露出する側の貼付部115の面を貼付部115の表面といい、その反対側の面を裏面ともいう。貼付部115は、表面が生体の皮膚と接触するように生体に貼り付けられる。信号取得部110はこの状態で電位を検出する。複数の電極である信号取得部110はそれぞれに電位の計測が可能であり、各電極による電位の計測によって取得された生体信号は、個別の伝送路(チャネル)で増幅部120及びA/D変換器130を経て制御部200に入力される。なお、これらの電極の中には1個以上の基準電極と1個以上の計測電極とが含まれ、生体信号は、各計測電極と当該計測電極に対応する基準電極との間の電位差を計測して取得される。
電極の個数や配置は、測定目的や解析内容に応じて変更することが可能であって、必ずしも、
図2(b)のような構成に限定されるものではない。
【0062】
信号取得部110及び貼付部115は、いずれも伸縮性及び自在に屈曲が可能な柔軟性を有し、被検者の体表に貼り付けられると、その貼り付けられた場所の形状及び動きに追従する。
【0063】
このような特性を有する貼付部115としては、例えば湿布等の基材に使われるシリコーン素材からなる粘着基材が用いられる。このような材料からなる貼付部115は高い伸縮性及び柔軟性に加えて水分透過性を有するため、装着時の被検者の違和感及び発汗を抑えることができる。また、このような材料は生体適合性が高いため、貼付部115は長時間の装着が可能である。
【0064】
また、電極である信号取得部110の素材としては、金属粒子を用いた伸縮導体を使用することができる。さらにこの伸縮導体は、貼付部115に形成される、信号を信号取得部110から貼付部115の外部まで伝送する配線の材料としても用いられる。この金属粒子としては、例えば銀ナノワイヤーが用いられ、これにより10000S/cm程度の導電率が得られる。したがって、被検者の生体信号は、低抵抗及び低ノイズの電極及び配線を通って後述の増幅部120に入力される。つまり、伸縮導体を材料とする信号取得部110及び配線は、伸縮性と、好適な透明性及び導電性を兼ね備え、その伸長性能により被検者の動きを妨げない。
【0065】
このような信号取得部110及び配線が形成された貼付部110は、全体として伸縮及び屈曲自在で、かつ粘着性を有するシートであり、長時間の装着が可能である。
【0066】
増幅部120は、信号取得部110から入力された生体信号を増幅してA/D変換器130に出力する。このような増幅部120は、基板上の、オペアンプを含む増幅回路として実現されてもよい。
【0067】
A/D変換器130は、増幅部120から入力されたアナログ信号である生体信号をデジタル信号に変換して制御部200に出力する。なお、従来の医療機器と同等の精度(分解能)を得るために、本実施の形態における電極シート型脳波計10´のA/D変換器130は、アナログ信号を20ビット以上のビット数のデジタル信号に変換するA/D変換器で実現される。例えば24ビットのΔΣ型A/D変換器が用いられる。
【0068】
制御部200は、電極シート型脳波計10´の動作全体を制御する。制御部200は、中央処理装置(以下、CPU(central processing unit)ともいい、
図3ではCPUと表記)210、ベースバンドデジタル信号処理部(以下、ベースバンドDSP(digital signal processorともいい、
図3ではDSPと表記))220、接触状態検出部230、クロック生成部240、電源管理部250、及び電力安定部260を備える。
【0069】
CPU210は、記憶部(図示なし)からプログラムを読みだして実行し、電極シート型脳波計10´を構成する各構成要素の動作の管理や制御を行う。
なお、この記憶部は、所定期間にわたって測定された脳波データを、いったん格納するためにも使用することが可能である。
【0070】
ベースバンドDSP220は、入力部100から入力されたデジタル信号に所定の処理をした上で出力部400を介して外部に出力する。
【0071】
接触状態検出部230は、電極である信号取得部110と生体との接触状態を検出する電子回路(接触状態検出回路)である。具体的には、接触状態検出部230は、信号取得部110と生体の皮膚との間の接触インピーダンスを計測し、この接触インピーダンスの
大きさに基づいて接触状態の良不良を判定する。例えば装着時及び生体信号の計測中にこの判定が実行されることで、電極シート型脳波計10´の適正な装着状態が確保される。なお、接触状態が不良であると判定される基準は、設定により適宜変更されてよい。例えば入力部100が備える信号入力の経路が6チャネルである場合、この6チャネルのうち、被検者からの電極の外れ(リードオフ)が1チャネルでも検出された場合に不良と判定されてもよいし、過半数の4チャネルについてリードオフが検出された場合に不良と判定されてもよい。
【0072】
クロック生成部240は、CPU210の内部クロックを生成するクロック生成回路である。
【0073】
電源管理部250及び電力安定部260は、後述する電源部300と共に電源回路を構成し、電源部300から入力される電力を制御部200その他の構成要素を駆動させる電力として供給する。電源管理部250は例えばDC-DCコンバータを備え、入力部100及び出力部400には、電源管理部250で変圧された異なる電圧の電力がそれぞれ供給される。電力安定部260は、供給される電力を安定化するレギュレータである。
【0074】
電源部300は、上記の電源管理部250及び電力安定部260を介して電極シート型脳波計10´の各構成要素の動作のために必要な電力を供給する。電源部300は充電回路310及び充電池320を備える。
【0075】
充電回路310は、充電池320を充電するために、電極シート型脳波計10´の外部から電力を取り込み、取り込んだ電力を電圧及び電流を制御して充電池320に供給する回路である。充電回路310は電力を取り込むための接続端子330を備える。この接続端子330は、例えば商用電源のコンセントからケーブルを介して電力を取り込むための受電端子でもよいし、給電可能な外部の装置から受電可能なUSB(universal serial bus)等のポートでもよい。
【0076】
充電池320は電極シート型脳波計10´の各構成要素に供給されるための電力が蓄電される、充電可能な電池である。充電池320は用途に応じた容量のものが用いられる。例えば、被検者の睡眠時のモニタリングが可能な程度に長い連続使用を可能とする程度の容量のものであってもよい。
【0077】
出力部400は、無線でデータの送信が可能な無線通信モジュールであり、ベースバンドDSP220から出力された生体信号を電極シート型脳波計10´の外部の機器、例えば記憶装置、モニターなどの表示装置、又はこれらを備える計測端末2000へリアルタイムで出力する。本実施の形態における出力部400には、例えばBluetooth(登録商標)やWi-Fi(登録商標)等の通信規格に拠る通信方式が用いられる。また、電極シート型脳波計10´の連続使用時間の長時間化のために、Bluetooth(登録商標)Low Energy(BLE)のような低消費電力の通信方式が用いられてもよい。なお、リアルタイムで出力する場合は、情報量(送信レート)には各通信方式の帯域幅による上限があるため、A/D変換器130によるアナログ信号のサンプリングレートは、通信方式と計測のチャネル数とに応じて変更される。
【0078】
上記の構成を有する本実施の形態に係る電極シート型脳波計10´は、貼付部115によって生体に貼り付けて使用される。この使用時において、上記の電源部300と出力部400とを備える電極シート型脳波計10´には、電力を常時供給する電源ケーブル、及び生体信号を常時出力するための通信ケーブルが不要である。したがって、電極シート型脳波計10´を装着する被検者は、これらのケーブルによる装着感を感じたり、動きの制限を受けたりしない。また、電極シート型脳波計10´には、被検者の動きや発汗などによってリードオフが生じても、複数の電極を用いることによる冗長性があり、また、リードオフ検出に基づく装着情況の監視が可能である。これにより、電極シート型脳波計10´を用いれば、例えば長時間にわたるモニタリングであっても高い確実性を持って実行することができる。
【0079】
図4は、診断補助情報提供システム1000の構成を説明するための機能ブロック図である。
【0080】
図4を参照して、診断補助情報提供システム1000は、被検者2から脳波データを取得するための電極シート型脳波計10´と、計測端末2000と、情報提供サーバー3000とを含む。
【0081】
計測端末2000は、特に限定されないが、たとえば、電極シート型脳波計10´からの3チャンネル分の脳波データを250Hzのサンプリングレートで取得した8時間分のデータを記録し、情報提供サーバー3000に送信するための脳波データ記録送信部2001と、情報提供サーバー3000が脳波データを分析した結果として返信された診断を補助するための情報を表示するための表示装置2008とを含む。
【0082】
なお、ここで、8時間としたのは、被検者2の全睡眠時間分の脳波データを取得することを意味しており、この時間に限定されるものではない。
【0083】
情報提供サーバー3000は、睡眠ステージ推定部3100を含む。睡眠ステージ推定部3100は、計測端末2000から送信された被検者2から取得された脳波データに基づいて、後述する人工知能モデルを用いて、30秒間の脳波データに基づく睡眠ステージを予測する睡眠ステージ予測部3110と、睡眠ステージ予測部3110から出力される睡眠ステージラベルの情報を、30秒ごとに1ステージラベルとして記録する睡眠ステージ記録部3120と、脳波変数を計算するロジック部3130と、ロジック部3130により算出された睡眠変数を経時的に記録する睡眠変数記録部3140とを含む。
特に限定されないが、睡眠変数記録部3140により記録された睡眠変数の全部または一部を計測端末2000に返信する構成とすることもできる。
【0084】
なお、本明細書では、睡眠ステージが算出される30秒間ごとの期間を「エポック」と呼ぶ。ただし、睡眠ステージを予測する時間間隔は、この間隔に限定されるものではない。
【0085】
情報提供サーバー3000は、さらに、経時的な脳波データに対してスムージング処理を実行するスムージング処理部3200を含む。
【0086】
ここで、スムージングの手法としては、特に限定されないが、ここでは、「三角移動平均(TMA)」を用いる。三角移動平均とは、英語名Triangular Moving AverageでTMAと略され、移動平均の移動平均のことで、つまり単純移動平均を計算した後にさらにその値の移動平均を計算したものである。
【0087】
「三角移動平均(TMA)」の算出方法は以下の通りである。
SMA = N期間の単純移動平均
三角移動平均(TMA) = SMAのN期間単純移動平均
【0088】
「三角移動平均(TMA)」は、上記のような方法で2重に単純移動平均して算出される。すなわち、2重に平滑化して算出される移動平均線で、単純移動平均や指数平滑移動平均線よりも、滑らかなラインが取得されるという特徴がある。
特に限定されないが、たとえば、後述するような本実施の形態を具体的に適用した例としては、三角移動平均のパラメータとして、SMIにおいて1回目の単純移動平均の窓サイズが15、2回目の単純移動平均のサイズも15としたときの判別精度が最も高いとの結果を得た。一方、SDSにおいて1回目の単純移動平均の窓サイズが10、2回目の単純移動平均のサイズも10としたときの判別精度が最も高いとの結果を得た。この観点からは、窓サイズは、たとえば、10~20程度が望ましい。なお、ここで、窓サイズとは、「エポック期間」を単位として表現してある。
【0089】
情報提供サーバー3000は、さらに、スムージング処理部3200において、睡眠ステージの離散的なデータを平滑化処理がされた後の連続波形データとして取得し記録する連続波形取得記録部3210と、連続波形取得記録部3210により記録された連続波形データを周波数成分に変換する周波数変換部3220と、周波数変換部3220からの周波数データから特徴量を抽出する特徴量抽出部3230とを含む。
【0090】
特徴量抽出部3230は、特に限定されないが、たとえば、所定の周波数領域ごとの連続波形データの強度分布を抽出する。
たとえば、特に限定されないが、以下に説明する具体例では、結果の周波数スペクトルをわかりやすくみられるため、1ポイントが30s(1エポック期間)で算出した睡眠ステージを、1ポイントが1sに相当するものとして周波数スペクトルを算出した。そのため、本来のサンプリング数が、1/30Hzから1Hzになったことに相当する。
サンプリング数が1Hzとして、SMIとSDS両方とも0Hz~0.08Hzの範囲で、0.008Hzごとの領域について周波数強度を算出した。
【0091】
特徴量抽出部3230からの特徴量に基づいて、うつ症状予測部3240は、うつ傾向を示す指標を算出し、更年期症状予測部3250は、更年期症状を示す指標を算出する。
【0092】
うつ症状予測部3240と更年期症状予測部3250とから出力された各指標は、計測端末2000に返信され、計測端末2000の表示装置2008に表示される。
【0093】
特に、限定されないが、たとえば、指標としては、「うつ症状 あり/なし」「更年期症状 あり/なし」と、症状の傾向の存否だけを示す情報とすることができる。ただし、指標としては、このようなものに限定されず、たとえば、2クラスの分類ではなく、多クラスでの分類を前提として、各症状の程度(たとえば、3段階で、高、中、低など)示すものであってもよい。
あるいは、分類器の構成によっては、各症状の程度を確率としての数値で提示するものであってもよい。
本明細書においては、「症状指標」とは、このように、臨床的なデータに基づいて機械学習した人工知能により出力される被検者の更年期症状やうつ症状の程度を客観的に示す指標のことを意味するものとする。そして、特に、医療機器として医師の診断の補助となる情報の場合は、「診断補助情報としての症状指標」と呼び、特に、ヘルスケア分野での応用として、健康状態を示す情報の場合は、「参考情報としての症状指標」と呼ぶものとする。
【0094】
(睡眠ステージ予測部の構成)
【0095】
図5は、睡眠ステージ予測部での人工知能モデルの構成を説明するためのブロック図である。
【0096】
学習モデルとして、以下の文献に開示されているディープニューラルネットワークアーキテクチャDSNを採用した例について説明する。
公知文献1:A. Supratak, H. Dong, C. Wu, and Y. Guo, “DeepSleepNet: A model
for automatic sleep stage scoring based on raw single-channel EEG”, IEEE Trans. Neural Syst. Rehabil. Eng., vol. 25, no. 11, pp. 1998 2008,Nov. 2017.
【0097】
上記文献に開示されている学習モデルは、“DeepSleepNet(DSN)”と呼ばれる。
【0098】
上記文献では、脳波から特徴量を抽出するアルゴリズムを開発し、生のシングルチャンネル脳波に基づく自動睡眠段階スコアリングのモデルが紹介されている。深層学習の特徴抽出能力を活用することで、手作業による特徴抽出のプロセスが自動化される。
【0099】
この“DeepSleepNet”の特徴は、以下のとおりである。
【0100】
i)第1層にフィルタサイズの異なる2つの1次元畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network:CNN)と双方向LSTM(BidLSTM:Bidirectional Long Short Term Memory)を利用したモデルアーキテクチャを有する。CNNは生の単一チャンネルEEGから時間不変の特徴を抽出するためのフィルタを学習することができ、一方、双方向LSTMは、睡眠ステージの遷移ルールなどの時間情報をモデルにエンコードするために学習することができる。
【0101】
ii)大規模な睡眠データセットに見られるクラス不均衡問題(すなわち、大多数の睡眠段階のみを分類するように学習すること)にモデルの学習に困難をきたすことを防ぎながら、バックプロパゲーションによって、モデルをエンドツーエンドで効果的に学習できる2段階の学習アルゴリズムを実装する。
【0102】
iii)モデルのアーキテクチャと学習アルゴリズムを変更することなく、モデルが、異なる特性(例えば、サンプリングレート)と採点基準(AASMとR&K)を持つ2つのデータセットの異なる生のシングルチャンネル脳波から睡眠段階採点のための特徴を、手作業で設計した特徴を利用せずに自動的に学習できる。
ここで、AASMとは、米国睡眠医学会(American Academy of Sleep Medicine)であり睡眠検査の仕様を規定しており、R&Kとは、睡眠時ポリソムノグラフィー(PSG)の標準的な検査手技と睡眠段階判定として、1968年RechtscaffenとKalesにより標準化されたものである。
【0103】
すなわち、本実施の形態で採用するDSNは、元々、単一チャンネルの睡眠脳波をもとにエンドツーエンドで学習され、手作業で作られた特徴量には依存しない。DSNは、時不変な特徴を抽出するCNNによる特徴ネットワークと、睡眠段階の遷移ルールを決定する双方向LSTMによるシーケンスネットワークの2つの主要ネットワークから構成される。
【0104】
なお、上記公知文献1では、ネットワークは単一チャンネルの脳波を入力するように設計されていたが、本実施の形態では、よりロバストなモデルを構築するために複数チャンネルの脳波を入力するようにしている。
また、LSTMは、単純な再帰型ニューラルネットワーク(Recurrent Neural Network:RNN)を改良したモデルであり、経時的な(順序を有する)データを処理するのに適した構成であれば、他の双方向再帰型ニューラルネットワークの構成を用いてもよい。
【0105】
なお、このような睡眠ステージ予測部の構成および動作については、以下の文献に開示されている。
【0106】
公知文献2:SHOYA MATSUMORI , KOSEI TERAMOTO, HIROYA IYORI, TAKANORI SODA,SHUSUKE YOSHIMOTO , AND HARUO MIZUTANI, “HARU Sleep: A Deep Learning-Based Sleep Scoring System With Wearable Sheet-Type Frontal EEG Sensors”, IEEE Access, Volume 10, 2022
【0107】
図5を参照して、モデルの上部を構成する特徴ネットワークは、同じ入力を受け、異なるフィルタ設定を持つ畳み込みネットワークの2つのストリームCNN1とCNN2とを有する。各畳み込み層の流れは、1次元畳み込み層から始まり、バッチ正規化層、マックスプーリング層、ドロップアウト層が続く。
【0108】
その後、3つの1次元畳み込み層とマックスプーリング層が使われ、最後に2つの出力ストリームが平坦化されて連結され、ドロップアウト層に供給される。各ストリームCNN1とCNN2とには、異なるレベルの特徴を捕らえるために、大小の異なるフィルタ設定が適用される。
【0109】
モデルの下部を構成するシーケンスネットワークは、全結合層によるスキップ接続によってバイパスされる主流の双方向LSTM層を有している。LSTM層(リカレントアーキテクチャ)は、睡眠専門家が分析に考慮することができる遷移ルールなど、異なる睡眠段階に存在する時間情報を捕捉するために導入されている。双方向LSTMは、LSTMの拡張モデルであり、順伝播に加えて逆伝播を含むことで、過去のステージと現在のステージの関係だけでなく、将来のステージも考慮することが可能となる。
【0110】
モデルの学習は,特徴ネットワークとシーケンスネットワークをそれぞれ最適化するプレトレーニングフェーズ(事前学習)とファインチューニングフェーズの2つの学習フェーズによって行われる。
【0111】
事前学習段階では、単純な分類問題として教師付き学習により特徴ネットワークの最適化を行い、ネットワークの末尾にソフトマックス層を追加することにより、特徴ネットワークの最適化を行う。また、ファインチューニングフェーズでは、事前学習段階で学習させた特徴量ネットワークに、ソフトマックス層を置き換える形でシーケンスネットワークを追加し、両ネットワークを最適化する。
【0112】
特に限定されないが、学習モデルの構成としては、上記公知文献1に従って、以下のような構成とすることができる。
【0113】
すなわち、学習モデルでは、各CNNは4つの畳み込み層と2つのマックスプーリング層で構成される。
【0114】
各畳み込み層は次の3つの操作を順次行う:フィルタによる1次元畳み込み、バッチ正則化、そして正規化線形関数(ReLU)による活性化関数処理である。
【0115】
各プーリング層は、max演算を用いて入力をダウンサンプリングする。
【0116】
特徴ネットワークでは、脳波から時間情報と周波数情報を取り込むことを目的に、CNN1とCNN2とのパラメータを選択する。例えば、
図5では、CNN1の最初のConv1D層のフィルタサイズをFs/2(すなわち、サンプリングレート(Fs)の半分)に設定し、そのストライドサイズをFs/16にして、特定の脳波パターンが出現したときに検出できるようにしている。
【0117】
一方、CNN2のconv1D層のフィルタサイズは、EEGからの周波数成分をよりよく捕らえるためにFs×4に設定する。また、周波数成分を抽出するために細かな畳み込みを行う必要がないため、そのストライドサイズはCNN1のconv1層よりも大きいFs/2に設定する。
【0118】
これらに続く畳み込み層conv1Dのフィルタサイズとストライドサイズは固定サイズとする。特に限定されないが、たとえば、CNN1については、3つの層について、128フィルタで、(フィルタのカーネルサイズ、ストライドサイズ、活性化関数)=(8,1,ReLU)とし、CNN2については、3つの層について、64フィルタで、(フィルタのカーネルサイズ、ストライドサイズ、活性化関数)=(6,1,ReLU)との設定とすることができる。
【0119】
大きなフィルタを持つ単一の畳み込み層ではなく、小さなフィルタサイズを持つ複数の畳み込み層を用いることで、パラメータ数や計算コストを削減し、なおかつ同程度のモデル表現力を実現できる。
【0120】
シーケンスネットワークでは、双方向LSTM層とfc層(全結合層)のパラメータを特徴ネットワークの出力より小さく設定し、1024とした。これは、オーバーフィッティングを防ぐために、重要な特徴のみを選択して組み合わせるようにモデルを制限するためである。
【0121】
(睡眠ステージ予測部3110の学習の実験例)
(データセット準備)
【0122】
睡眠ステージ予測部3110の性能を評価するため、以下の条件に従ってデータセットを作成した。
【0123】
ここで、性能比較の基準としては、従来から睡眠状態の評価に使用される、睡眠時ポリソムノグラフィー(PSG)検査を用いて、これと対比する。
【0124】
ここで、PSGに必要な脳波電極位置は前頭部(F3,F4),中心部(C3,C4)と後頭部(O1,O2)が基本であり,その配置は国際脳波学会の標準法(ten-twenty electrode system;10/20 法)に従う。眼電図(electro[1]oculogram; EOG)として,左外眼角から1cm下方(E1),右外眼角から1cm上方(E2)の位置に装着した電極と右乳様突起(M2)を結ぶ2誘導(単極導出)が用いられる。
【0125】
学習用のデータセットでは、1-3chという選びうるすべてのパターンのチャンネルを採用し、データセットを構成した。電極シート型脳波計10´とPSGでは電極の数や位置が異なるため、同一条件での直接比較はできない。
【0126】
そこで、最も近くて同じ数のチャンネル、つまり、F3-M2、F4-M1のチャンネルを比較対象として検討した。また、チャンネル数が装置の性能に与える影響を調べるため、F3-M2、F4-M1、C3-M2、C4-M1の4チャンネルモデル、上記4チャンネルに加え、E1-M2、E2-M1の6チャンネルモデルも採用した。
【0127】
(DSNのトレーニング方法)
【0128】
ネットワークは、学習率0.0001のADAMオプティマイザを用いて、交差検証ごとに、事前学習に150エポック、ファインチューニングに100エポック、合計250エポックの学習を行った。
【0129】
事前学習では勾配クリップを用い、勾配を最大ノルム10.0になるようにクリップした。学習データセットは、交差検証の手法により、学習データセットと検証データセットに分割された。一般に,交差検証は,データセットの特徴に基づき,患者内と患者間の2つのアプローチで行われる.被検者内交差検証では、訓練データと検証データの両方に同じ被検者のデータを含めるが、被検者間交差検証では、被検者ごとにデータを使用する。
【0130】
睡眠記録は患者への依存度が高い、つまり、患者ごとに類似した脳波パターンを持っている。そのため、モデルの検証には患者間交差検証を採用し、リーブワンアウト交差検証法を用いて検証を行った。リーブワンアウト交差検証では、トレーニングデータセットには、検証のための1人の被検者を除くすべての被検者が含まれる。
【0131】
なお、睡眠段階としては、以下のような段階に分けられる。
・覚醒(Stage W)
・ノンレム睡眠
睡眠段階N1(Stage 1)
睡眠段階N2(Stage 2)
睡眠段階N3
睡眠段階3(Stage 3)
睡眠段階4(Stage 4)
・レム睡眠(Stage R)
【0132】
一般に、睡眠段階の分布は一様ではなく、N2段階が最大で全体の50%を占めるのに対し、N1段階はわずか7%に過ぎない。機械学習のアプローチは基本的にデータ分布を最適化するため、各クラス間のアンバランスが予測精度に大きく影響する。この問題はしばしばクラスインバランス問題と呼ばれ、様々な研究がこの問題に取り組むための方法を開発している。ここでは,クラスインバランス問題を解決するために,クラスウェイト法を利用する.この方法は,クラスラベル頻度に応じて損失計算を調整することで,サンプル数の少ないものから多いものまで,各クラスの貢献度を等しくするものである。
【0133】
すべてのモデルは,精度,再現率,F1スコア等を用いて評価された。
【0134】
(人工知能モデルの評価)
【0135】
精度はデータセット内のクラス分布を無視するため,アンバランスなデータセットの場合,精度の評価は十分とは言えない。そこで、ここでは、提案システムの性能を正確に評価するために、精度に加え、再現率、F1スコアの3つのメトリックスを用いた。
【0136】
本実施の形態の電極シート型脳波計10´の総合精度は75%~78%、PSGの総合精度は78%~79%であり、電極シート型脳波計10´による判別の精度は十分高いといえる。
【0137】
また、電極シート型脳波計10´の最高得点はF4-M1を用いた3チャンネル条件で78.6%、PSG装置の最高得点は1チャンネル条件で79.6%であった。この結果から、本システムはPSG装置と同等の性能を達成したことがわかる。
【0138】
(うつ症状予測モデルおよび更年期症状予測モデルの構成)
図6は、電極シート型脳波計10´を用いて、ある被検者について、エポックごとに、睡眠ステージを判別した結果を示す図である。
【0139】
経時的に、ノンレム睡眠、レム睡眠の間をステージが遷移していることが示される。
【0140】
図7は、
図6のようにして判別された経時的な睡眠ステージについて、スムージング処理(三角移動平均処理)により、睡眠ステージの変化を平滑化した結果を示す図である。
【0141】
図4において説明した通り、このようにして睡眠ステージの変化を平滑化した経時変化の曲線をさらに周波数変換することで、特徴量を周波数成分として抽出する。
【0142】
このように、うつ症状予測部3240や、更年期症状予測部3250への入力を、経時変化そのものの特徴量ではなく、いったん、周波数空間での特徴量に変換することは、通常、約8時間程度の計測時間である「睡眠評価」のための入力データに対して、前処理として、データ量の圧縮を行っていることに相当する。
【0143】
図8は、うつ症状予測部3240および更年期症状予測部3250での学習モデルの構成および学習過程を説明するための図である。
【0144】
特に限定されないが、うつ症状予測部3240および更年期症状予測部3250では、正解ラベルの存在する教師あり学習のためのモデルとして、アンサンブル学習の一種であるランダムフォレストモデルを用いる場合について、説明する。
【0145】
図8を参照して、まず、学習データの元データから、演算装置が、ブーストラップで復元抽出するランダムサンプリングにより、N組のデータセット「データ1」…「データN」を生成し、記憶装置に格納する(STEP1)。
【0146】
次に、データセットごとに、ランダムフォレスト法による教師あり学習として決定木を学習し、N個の決定木モデルを作成する(STEP2)。
【0147】
各決定木での予測処理を行って(STEP3)、N個の決定木モデルのよく結果の多数決処理により、最終的な予測結果を生成する(STEP4)。
【0148】
ただし、このようなクラス分類の学習モデルの構成としては、このような構成に限定されるものではなく、アンサンブル学習の手法としてバギング法やブースト法などを使用することも可能である。また、クラス分類器として使用できる学習モデルであれば、他の構成を採用することも可能である。
うつ症状予測部3240および更年期症状予測部3250では、このような学習処理により生成された学習済みモデルにより、入力される被検者のデータに応じた症状指標を出力する。
【0149】
(診断補助情報提供システム1000のハードウェア構成)
【0150】
図9は、計測端末2000のハードウェア構成を説明するためのブロック図である。
【0151】
特に限定されないが、計測端末2000としては、タブレット端末やスマートフォン端末を使用する構成とすることができる。
【0152】
図9を参照して、
図4で説明した脳波データ記録送信部2002に相当して、MPU(Micro Processing Unit)またはCPU(Central Processing Unit)などの演算装置2003、RAM2004、ROM2005等からなる記憶装置を備え、所定の基本OSやミドルウェア等のプログラムが実行されることにより、各部を制御したり、ソフトウェア構成上のネイティブプラットフォーム環境やアプリケーション実行環境を構築したりする。
【0153】
表示装置2008としては、液晶パネルや有機ELパネルが使用され、操作装置2007としては、キー入力の他、表示パネルと一体となったタッチパネルであってもよいし、音声認識装置であってもよい。
【0154】
脳波データ記録送信部2002において、記憶装置は、例えば、一時記憶装置としてのRAM2004や不揮発性記憶装置としてのフラッシュメモリ2005などの半導体メモリを含む。この不揮発性記憶装置は、各部での処理に用いられるドライバプログラム、オペレーティングシステムプログラム、アプリケーションプログラム、データ等を記憶する。さらに、脳波データ記録送信部2002において、脳波データは、この不揮発性記憶装置が記憶する。
【0155】
例えば、不揮発性記憶装置は、ドライバプログラムとして、IEEE802.11規格の無線通信方式や、Bluetooth(登録商標)規格の短距離通信方式、移動体通信(セルラー通信)の無線通信方式を実行する通信ドライバプログラム、操作装置2007を制御する入力デバイスドライバプログラム、表示装置2008を制御する出力デバイスドライバプログラム等を記憶する。
【0156】
また、不揮発性記憶装置は、オペレーティングシステムプログラムとして、例えば、Android(登録商標)OS、iOS(登録商標)等の基本OSや、IEEE802.11規格の無線通信方式、Bluetooth(登録商標)規格の短距離通信方式や移動体通信(セルラー通信)の無線通信方式での認証等を行う接続制御プログラム等を記憶する。
【0157】
通信インタフェース2006は、無線LAN通信、Bluetooth(登録商標)規格の短距離通信、および必要に応じて、セルラー方式の移動体通信ネットワークの基地局(図示せず)を介して通信する移動体通信を実行するための機能を有する。
【0158】
図10は、
図4に示した情報提供サーバー3000のハードウェア構成を説明するためのブロック図である。
【0159】
上述した通り、情報提供サーバー3000は、自身の筐体内の演算装置(CPU:Central Processing Unit)が演算処理を実行する構成であってもよいし、プログラムの処理の一部は、さらに他のサーバー上で実行される構成であってもよい。以下では、自身の筐体内の演算装置が演算処理を実行するものとして説明する。
【0160】
図10を参照して、情報提供サーバー3000は、コンピュータ装置3010と、ネットワークと通信するためのネットワーク通信部3300と、外部からのデータを記録してコンピュータ装置3010に提供するための記録媒体(たとえば、メモリカード)3210とを備える。
【0161】
なお、例えば、記録媒体3210としては、USBメモリ、メモリカードや外付け記憶装置などを利用することができる。また、ネットワーク通信部3300としては、例えば、有線LANのルーターや無線LANのアクセスポイントを利用することができる。
【0162】
図10に示されるように、このコンピュータ装置3010を構成するコンピュータ本体は、ディスクドライブ3030およびメモリドライブ3020に加えて、それぞれバス3050に接続されたCPU(Central Processing Unit )3040と、ROM(Read Only Memory)3030およびRAM(Random Access Memory)3070を含むメモリと、不揮発性の書換え可能な記憶装置、たとえば、SSD(Solid State Drive)3080と、ネットワークを介しての通信や外部とのデータの授受を行うための入出力インタフェース3090とを含んでいる。ディスクライブ3030には、光ディスクが装着可能である。メモリドライブ3020にはメモリカード3210が装着可能である。
【0163】
後に説明するように、コンピュータ装置3010のプログラムが動作するにあたっては、そのコンピュータとしての動作の基礎となる情報を格納するデータやプログラムは、SSD3080に格納されるものとして説明を行う。
【0164】
なお、
図10では、コンピュータ本体に対してインストールされるプログラム等の情報を記録可能な媒体として、たとえば、DVD-ROM(Digital Versatile Disc)、メモリカードやUSBメモリなどでもよい。そのような場合に対応して、コンピュータ本体には、これらの媒体を読取ることが可能なドライブ装置(メモリドライブ3020、ディスクドライブ3030)が設けられる。
【0165】
コンピュータ装置3010の主要部は、コンピュータハードウェアと、CPU3040により実行されるソフトウェアとにより構成される。一般的にこうしたソフトウェアは 記憶媒体に格納されて流通またはネットワーク経由で流通し、ディスクドライブ3030やネットワーク通信部3300経由で取得されて SSD3080に一旦格納される。そうしてさらにSSD3080からメモリ中のRAM3070に読出されてCPU3040により実行される。なお、ネットワーク接続されている場合には、SSD3080に格納することなくRAMに直接ロードして実行するようにしてもよい。
【0166】
コンピュータ装置3010として機能するためのプログラムは、その流通にあたっては、コンピュータ本体3010に、情報処理装置等の機能を実行させるオペレーティングシステム(OS)は、必ずしも含まなくても良い。プログラムは、制御された態様で適切な機能(モジュール)を呼び出し、所望の結果が得られるようにする命令の部分のみを含んでいれば良い。コンピュータシステム3010がどのように動作するかは周知であり、詳細な説明は省略する。
【0167】
さらに、CPU3040も、1つのコアのプロセッサであっても、あるいは複数のコアのプロセッサであってもよい。すなわち、シングルコアのプロセッサであっても、マルチコアのプロセッサであってもよい。
【0168】
また、以上の説明では、計測端末2000と情報提供サーバー3000とは、別体のハードウェア機器であるものとして説明したが、たとえば、計測端末2000と情報提供サーバー3000とが1つのコンピュータ装置により実現されていてもよい。
【0169】
(簡略更年期障害指数SMI:Simplified Menopausal Index)
【0170】
図11は、簡略更年期指数(SMI)を算出するための自己採点のための問診票を示す図である。
【0171】
短期間に心身両面に多彩な変化が押し寄せる更年期は、自覚がほとんどないものから、日常生活に支障をきたすものまで、症状の程度はさまざまである。その症状の程度を判断するための簡単な問診票が、簡略更年期指数(SMI)であり、日本人の症状に合わせて作られている。
【0172】
小山嵩夫医師らが、東京医科歯科大学で診療していた1990年頃から、蓄積した数百例のデータを基に、1992年に不定愁訴を共通の尺度を用いて手軽に把握し、診断・治療に結びつけることを目的として、簡略更年期指数(SMI)が策定された。
【0173】
合計点から5段階に評価され、更年期障害かどうか、治療をすべきかどうかなどの「めやす」を示すものである。
【0174】
症状の程度に応じ、自分で○印をつけてから点数を入れる問診票であり、どれか1つの症状でも強く出ていれば、強に○をするものとされる。
【0175】
問診票の合計点をもとにチェックをし、以下のような更年期指数の自己採点の評価法を行うとされる。
【0176】
0~25 点 … 異常なし。
【0177】
26~50 点… 食事、運動などに注意。
【0178】
51~65 点…更年期・閉経外来を受診。医師の診察を受け、生活指導、カウンセリング、薬物療法。
【0179】
66~80 点…長期間(半年以上)の計画的な治療が必要。
【0180】
81~100 点…各科の精密検査を受け、更年期障害のみである場合は、専門医での長期的な対応が必要。
【0181】
教師あり学習のための「正解データ」として、以下の説明では、SMI 51 点以上を更年期症状有りと定義する。
【0182】
(自己評価式抑うつ性尺度)
【0183】
図12は、自己評価式抑うつ性尺度チェック表を示す図である。
【0184】
Zung(1965)の自己評価式抑うつ尺度(Self-rating Depression Scale:SDS)は抑うつ状態の程度を簡便に計量するために開発された質問紙形式の抑うつ尺度である。
【0185】
SDSは抑うつ症状を問う20の質問項目からなる。質問項目はその内容から,抑うつ主感情(2項目)、身体的症状(8項目)、精神的症状(10項目)に分類される。また、質問の表現形式からは、患者が自分の症状を訴えるときの否定的な表現で記述された10項目と、それとは逆に肯定的な表現で記述された10項目(逆転項目)とに分類される。回答方法は、症状の発生頻度を4つの選択肢の中から選ぶという形式になっており、各選択肢には1点から4点までの点数が割り当てられている。否定的な表現の項目と逆転項目とでは選択肢と点数の対応は逆である。回答者が得た20個の点数の合計はSDS得点と呼ばれ、抑うつ状態の程度を示す指標とされる。
【0186】
うつ症状のカットオフポイントを40点として、以下のように分類される。
40~47点:軽度
48~55点:中等度
56点~ :重度
【0187】
中等度以上では治療が必要とされる。
【0188】
教師あり学習のための「正解データ」として、以下の説明では、SDS 48 点以上をうつ症状有りと定義する。
【0189】
[実験結果]
【0190】
以下では、大阪大学医学部附属病院の婦人科病棟に入院した30-50歳代の女性患者に対して実施した臨床研究の結果について説明する。
【0191】
実験の被検者に対しては、そのケアも想定すると、測定は入院患者で始めるのが望ましく、症状の鑑別の可能性の検討のためには、更年期症状の強い両側卵巣摘出患者で始めるのが望ましいと考えられ、倫理委員会の承認を得た2019年6月より測定を開始した(計153例測定)。
【0192】
このような患者とコントロール症例とを含めて、以下のようにして、症状指標を得た。
i)新型パッチ式計測シートによる睡眠中の脳波計測
ii)クッパーマン更年期指数(KSSI)、簡易更年期指数 (SMI)、
Zung 自己評価式抑うつ尺度 (SDS)、簡易抑うつ症状尺度(QIDS-J)について用紙を用いた問診
【0193】
図13は、症例の選択の過程を示すフローチャートと症例の背景を示す図である。
【0194】
図13(a)は、研究対象者の選定の流れを説明している。同意症例:174例(健康人14例)に対して、計測としては、脳波:233測定(健康人35測定)を実施した。
【0195】
そのうち、主義習熟期間への該当や、除外基準の該当、測定失敗、同意撤回などによる除外の結果、最終的には、133症例、174測定を研究の対象としている。
【0196】
また、
図13(b)には、被検者の年齢、BMI値、卵巣機能の状態、各症状指標のまとめを示す。
【0197】
図14は、SMI指標による睡眠の質の評価を示す図である。
【0198】
睡眠の質を評価するための睡眠変数としては、以下のようものを取得する。
・睡眠時間から中途覚醒時間を除いた時間である「全睡眠時間」
・入眠から最終覚醒までの時間である「睡眠時間」
・SE: 睡眠効率(Sleep efficacy) (全睡眠時間/全就床時間)
・SOL: 入眠潜時(Sleep latency) (消灯時刻から最初の睡眠までにかかった時間)
・深睡眠潜時 (入眠後最初の深睡眠(stage3)までの時間)
・中途覚醒回数・時間
・WASO/SPT: 睡眠時間中の中途覚醒出現率
・SOREMP: レム睡眠潜時(REM latency) (入眠後最初のレム睡眠までの時間)
・REM/SPT: 睡眠時間中のレム睡眠出現率
【0199】
図14より、SMI中等症以上では、N3(深睡眠)が減少傾向であることがわかる。
【0200】
図15は、SDS指標による睡眠の質の評価を示す図である。
【0201】
睡眠の質を評価するための睡眠変数としては、
図14と同様である。
【0202】
図15からは、人間の認識の範囲では、SDS中等症以上で特徴的な睡眠パターンは検出できなかった。
【0203】
そこで、睡眠時の脳波計測により、うつ傾向、血管運動神経症状を有する症例に特徴的な睡眠時脳波パターンの検出を、上述したような診断補助情報提供システム1000の構成により検討した。
【0204】
すなわち、人工知能技術を用いることにより、更年期症状を呈する患者について、自動的に、うつ病型や、Hot Flash型を分類することを試みた。
【0205】
図16は、更年期女性の電極シート型脳波計10´による脳波測定およびその人工知能解析の最終的な診断精度を示す図である。
【0206】
更年期症状の診断補助としては、感度、陰性適中率がいずれも90%を超えており、更年期女性のスクリーニング検査として有効である可能性を示している。
【0207】
更年期世代の45-55歳の女性とプレ更年期世代の35-44歳の女性を想定すると、少なくとも半数以上の女性が何らかの不定愁訴(更年期症状)を訴えている。それなりの症状を有しているものの、受診のハードルが高いために、医療機関に受診せずに我慢している女性は非常に多いものと思われる。
そして、その中でも相当数の女性が、これらの症状のために悩み苦しみ離職などに追い込まれている。そのような女性に対して、本実施の形態の症状指標提供装置は、簡単に自宅でエストロゲン欠落による更年期障害関連の症状か、それ以外の原因による精神症状なのかを診断する機会を提供する。それにより、女性の更年期に対するヘルスリテラシーを高め、これまで治療などの適切な対応を取れなかった女性の数を減らすことができる。
【0208】
なお、以上の説明では、本発明を更年期障害の鑑別を補助する情報を提供でき、更年期障害の症状についての健康情報を提供できる構成について説明した。ただし、本発明は、必ずしもこのような場合に限定されず、睡眠の状態が、疾患の鑑別や健康状態に関連している場合に、他の疾患・健康状態にも適用可能なものである。
今回開示された実施の形態は、本発明を具体的に実施するための構成の例示であって、本発明の技術的範囲を制限するものではない。本発明の技術的範囲は、実施の形態の説明ではなく、特許請求の範囲によって示されるものであり、特許請求の範囲の文言上の範囲および均等の意味の範囲内での変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0209】
2 被検者、4 ネットワーク、10 生体信号測定装置、10´ 電極シート型脳波計、1000 診断補助情報提供システム、2000 計測端末、2002 脳波データ記録送信部、2008 表示装置、3000 情報提供サーバー、3100 睡眠ステージ推定部、3110 睡眠ステージ予測部、3120 睡眠ステージ記録部、3130 ロジック部、3140 睡眠変数記録部、3200 スムージング処理部、3210 連続波形取得記録部、3220 周波数変換部、3230 特徴量抽出部、3240 うつ症状予測部、3250 更年期症状予測部3250。