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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024056617
(43)【公開日】2024-04-23
(54)【発明の名称】触媒パッド及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 37/02 20060101AFI20240416BHJP
   B01J 31/06 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
B01J37/02 301P
B01J31/06 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023138010
(22)【出願日】2023-08-28
(31)【優先権主張番号】P 2022163249
(32)【優先日】2022-10-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「触媒表面基準エッチング法における触媒パッド高度化と精密光学デバイスへの展開」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003823
【氏名又は名称】弁理士法人柳野国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐野 泰久
(72)【発明者】
【氏名】藤 大雪
(72)【発明者】
【氏名】山内 和人
(72)【発明者】
【氏名】二村 浩平
(72)【発明者】
【氏名】吉田 祐介
【テーマコード(参考)】
4G169
【Fターム(参考)】
4G169AA03
4G169AA08
4G169AA11
4G169BA22A
4G169BA22B
4G169BC70A
4G169BC75A
4G169CC40
4G169DA05
4G169EA11
4G169EB15X
4G169EC28
4G169ED10
4G169EE06
4G169FB02
4G169FB78
(57)【要約】
【課題】触媒表面基準エッチング法に用いる触媒パッドにおいて、被加工物の周囲部での触媒パッドの変形を小さくし、パッド基体と触媒薄膜との密着性を改善することで耐久性の高い触媒パッド及びその製造方法を提供する点にある。
【解決手段】少なくとも水を含む加工液の存在下で、表面に触媒を有する触媒パッド1と被加工物Wとを、0.1~60kPaの範囲の加工圧力Fで接触させながら相対的移動させ、触媒作用を援用して加水分解反応を誘起することによって被加工物を化学エッチングする触媒表面基準エッチング法に用いる触媒パッドであって、加工圧力の範囲で弾性変形するパッド基体の表面に触媒薄膜が密着した構造を有し、加工圧力での変形において、被加工物と接触する触媒パッドの凹み深さDが0.1μm以上、且つ被加工物の周囲部での触媒パッドの盛り上がり高さHが1.1μm以下である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも水を含む加工液の存在下で、表面に触媒を有する触媒パッドと被加工物とを、0.1~60kPaの範囲の加工圧力で接触させながら相対的移動させ、触媒作用を援用して加水分解反応を誘起することによって被加工物を化学エッチングする触媒表面基準エッチング法に用いる触媒パッドであって、
前記加工圧力の範囲で弾性変形するパッド基体の表面に触媒薄膜が密着した構造を有し、
前記加工圧力での変形において、被加工物と接触する触媒パッドの凹み深さDが0.1μm以上、且つ被加工物の周囲部での触媒パッドの盛り上がり高さHが1.1μm以下である、
触媒パッド。
【請求項2】
前記パッド基体は、裏打ち用の硬質基材の表面に、前記加工圧力の範囲で弾性変形する軟質基材を積層した構造である、
請求項1記載の触媒パッド。
【請求項3】
前記軟質基材が、硬度70~80のフッ素系ゴム、天然ゴム、ニトリルゴム、ブタジエンゴム、クロロプレンゴム、アクリルゴム、イソプレンゴム、スチレンゴム、ポリエチレンゴム、シリコーンゴム、ウレタンゴムの内から選ばれた1種又は2種以上の積層体である、
請求項2記載の触媒パッド。
【請求項4】
前記パッド基体は、前記加工圧力の範囲で弾性変形する軟質基材の表面に、曲げ弾性を備えた厚さ50~300μmの硬質基材フィルムを積層した構造である、
請求項1~3何れか1項に記載の触媒パッド。
【請求項5】
前記硬質基材が、ポリカーボネート、ポリイミド、PEEK、PTFE、FEP、PFA、ナイロン、PVC、PE、PET、PP、PMMAの内から選ばれた1種のフィルム又は2種以上の積層体フィルムである、
請求項4記載の触媒パッド。
【請求項6】
プラズマ処理によって改質された前記パッド基体の表面に、触媒物質が直接堆積して形成された触媒薄膜を有する構造である、
請求項1記載の触媒パッド。
【請求項7】
前記パッド基体を構成する最表層の基材の表面に、該基材を貫通しない深さの複数の溝を有し、該溝を含めてプラズマ処理によって改質された前記パッド基体の表面に、触媒物質が直接堆積して形成された触媒薄膜を有する構造である、
請求項1記載の触媒パッド。
【請求項8】
被加工物と接触する触媒パッドの凹み深さDと、被加工物の周囲部での触媒パッドの盛り上がり高さHの和が4μm以下である、
請求項1記載の触媒パッド。
【請求項9】
前記触媒薄膜の厚さが、80nm以下である、
請求項1記載の触媒パッド。
【請求項10】
少なくとも水を含む加工液の存在下で、表面に触媒を有する触媒パッドと被加工物とを、0.1~60kPaの範囲の加工圧力で接触させながら相対的移動させ、触媒作用を援用して加水分解反応を誘起することによって被加工物を化学エッチングする触媒表面基準エッチング法に用いる触媒パッドの製造方法であって、
前記加工圧力の範囲で弾性変形するパッド基体の表面を、気密チャンバー内でプラズマ処理によって改質する工程と、
改質後に大気開放することなく、前記気密チャンバー内で前記パッド基体の表面に触媒物質を堆積させて触媒薄膜を形成する工程と、
を含み、
前記加工圧力での変形において、被加工物と接触する触媒パッドの凹み深さDが0.1μm以上、且つ被加工物の周囲部での触媒パッドの盛り上がり高さHが1.1μm以下である、
触媒パッドの製造方法。
【請求項11】
前記パッド基体は、裏打ち用の硬質基材の表面に、前記加工圧力の範囲で弾性変形する軟質基材を積層した構造である、
請求項10記載の触媒パッドの製造方法。
【請求項12】
前記軟質基材が、硬度70~80のフッ素系ゴム、天然ゴム、ニトリルゴム、ブタジエンゴム、クロロプレンゴム、アクリルゴム、イソプレンゴム、スチレンゴム、ポリエチレンゴム、シリコーンゴム、ウレタンゴムの内から選ばれた1種又は2種以上の積層体である、
請求項11記載の触媒パッドの製造方法。
【請求項13】
前記パッド基体は、加工圧力の範囲で弾性変形する軟質基材の表面に、曲げ弾性を備えた厚さ50~300μmの硬質基材フィルムを積層した構造である、
請求項10~12の何れか1項に記載の触媒パッドの製造方法。
【請求項14】
前記硬質基材が、ポリカーボネート、ポリイミド、PEEK、PTFE、FEP、PFA、ナイロン、PVC、PE、PET、PP、PMMAの内から選ばれた1種のフィルム又は2種以上の積層体フィルムである、
請求項13記載の触媒パッドの製造方法。
【請求項15】
プラズマ処理によって前記パッド基体の表面を改質する工程の前に、
前記気密チャンバー内で溝パターンの開口を有するシャドウマスクを前記パッド基体の表面に配置した状態でプラズマエッチングし、該パッド基体を構成する最表層の基材を貫通しない深さの複数の溝を形成する工程を有する、
請求項10記載の触媒パッドの製造方法。
【請求項16】
前記シャドウマスクは、平行な複数のスリット開口を有し、前記気密チャンバー内で前記パッド基体に対するシャドウマスクの回転角度を変更して複数回プラズマエッチングすることにより、前記パッド基体の表面に溝で囲まれた複数の表面部分を形成する、
請求項15記載の触媒パッドの製造方法。
【請求項17】
前記触媒薄膜の厚さが、80nm以下である、
請求項10記載の触媒パッドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒表面基準エッチングに用いる触媒パッド及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
触媒表面基準エッチング(Catalyst-Referred Etching:CARE)法は、研磨粒子を用いることなく、触媒作用を援用することによって、純水を加工液として加水分解反応を誘起し、様々な材料表面を材料学的なダメージの導入なく原子的に平滑化することができる純粋な化学エッチングを原理とする表面研磨法である。研磨粒子や薬液を一切使用しないことから、これらの廃棄処理の課題が解決され、持続可能な技術としても大いに期待できる。
【0003】
CAREには、触媒パッドが用いられ、触媒と被加工物の表面とを接触させながら相対的に変位させてエッチングを進行させる。CAREが開発された当初は、金属製の定盤を触媒パッドとして用いていたが、半導体ウエハやマスクブランクス用ガラス基板のような広い面積の被加工物を触媒パッドに一様に接触させるために、軟質基材の表面に触媒薄膜を設けた構造の触媒パッドが用いられるようになった。ここで、触媒としては、主に遷移金属が用いられ、ゴム等の軟質基材の表面にスパッタリング法等によって成膜して触媒パッドを作製する(特許文献1、2、3、4)。触媒パッドには、触媒と被加工物の表面との界面に加工液を供給するための機能が付与され、典型的には触媒パッドの表面に溝が形成されている(特許文献4参照)。更に、被加工物の表面に紫外線を照射して活性化させるために、触媒パッドの少なくとも一部に紫外線を透過する構造が付与される場合もある(特許文献5参照)
【0004】
しかしながら、従来の触媒パッドは、寿命が短いことが実用化に向けた大きな課題の一つとなっている。寿命が短いことの原因は、触媒表面の加工生成物による被毒とパッド基体からの触媒薄膜の剥離であることが分かっており、これらに対する対策が望まれている。図15(a)に示すように、従来の触媒パッド100は、パッド基体101の表面に触媒薄膜102をスパッタリングにて成膜した構造を有し、パッド基体101は、厚さ3~5mmと比較的厚い軟質基材103(硬度70~80のフッ素系ゴム)の裏面に裏打ち用に硬質基材104を積層した構造である。なお裏打ち用硬質基材104を用いない場合もある。そして、図15(b)に示すように、触媒パッド100の表面に被加工物Wを所定の加工圧力Fで押し付けると、表層に大きな変形が生じて、被加工物Wの端部Eに近い周囲部に盛り上がり部分105が生じ、その部分での曲率が大きくなる。その状態で触媒パッド100と被加工物Wが接触しながら相対的に変位するので、触媒パッド100の盛り上がり部分105も移動し、しかも被加工物Wの端部Eからも剪断力を受け、その結果、触媒薄膜102が軟質基材103から剥がれ易くなるのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開2013-084934号公報
【特許文献2】特開2014-149351号公報
【特許文献3】国際公開2015-159973号公報
【特許文献4】特開2021-115692号公報
【特許文献5】特開2020-035989号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
因みに、前述の被加工物の周囲部での触媒パッドの盛り上がり現象は、本発明の検討において有限要素法を用いた解析によって初めて確認された現象であり、これまで触媒パッドでは全く考慮されて来なかった。本発明者らは、従来タイプの触媒パッドの触媒薄膜の剥離問題を解決するために、触媒パッドの表層部の挙動を詳しく調べた結果、本発明に至ったのである。
【0007】
そこで、本発明が前述の状況に鑑み、解決しようとするところは、被加工物を所定の加工圧力で触媒パッドに押し付けた際に、被加工物の端部近傍の周囲部における触媒パッドの変形を小さくするとともに、パッド基体と触媒薄膜との密着性を改善することで、触媒薄膜の剥離を抑制し、もって耐久性の高い触媒表面基準エッチング法に用いる触媒パッドを提供し、併せてその触媒パッドの製造方法を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、前述の課題解決のために、以下に構成する触媒パッド及びその製造方法を提供する。
【0009】
(1) 少なくとも水を含む加工液の存在下で、表面に触媒を有する触媒パッドと被加工物とを、0.1~60kPaの範囲の加工圧力で接触させながら相対的移動させ、触媒作用を援用して加水分解反応を誘起することによって被加工物を化学エッチングする触媒表面基準エッチング法に用いる触媒パッドであって、前記加工圧力の範囲で弾性変形するパッド基体の表面に触媒薄膜が密着した構造を有し、前記加工圧力での変形において、被加工物と接触する触媒パッドの凹み深さDが0.1μm以上、且つ被加工物の周囲部での触媒パッドの盛り上がり高さHが1.1μm以下である、触媒パッド。
【0010】
(2) 前記パッド基体は、裏打ち用の硬質基材の表面に、前記加工圧力の範囲で弾性変形する軟質基材を積層した構造である、(1)記載の触媒パッド。
【0011】
(3) 前記軟質基材が、硬度70~80のフッ素系ゴム、天然ゴム、ニトリルゴム、ブタジエンゴム、クロロプレンゴム、アクリルゴム、イソプレンゴム、スチレンゴム、ポリエチレンゴム、シリコーンゴム、ウレタンゴムの内から選ばれた1種又は2種以上の積層体である、(2)記載の触媒パッド。
【0012】
(4) 前記パッド基体は、前記加工圧力の範囲で弾性変形する軟質基材の表面に、曲げ弾性を備えた厚さ50~300μmの硬質基材フィルムを積層した構造である、(1)~(3)何れか1に記載の触媒パッド。
【0013】
(5) 前記硬質基材が、ポリカーボネート、ポリイミド、PEEK、PTFE、FEP、PFA、ナイロン、PVC、PE、PET、PP、PMMAの内から選ばれた1種のフィルム又は2種以上の積層体フィルムである、(4)記載の触媒パッド。
【0014】
(6) プラズマ処理によって改質された前記パッド基体の表面に、触媒物質が直接堆積して形成された触媒薄膜を有する構造である、(1)記載の触媒パッド。
【0015】
(7) 前記パッド基体を構成する最表層の基材の表面に、該基材を貫通しない深さの複数の溝を有し、該溝を含めてプラズマ処理によって改質された前記パッド基体の表面に、触媒物質が直接堆積して形成された触媒薄膜を有する構造である、(1)記載の触媒パッド。
【0016】
(8) 被加工物と接触する触媒パッドの凹み深さDと、被加工物の周囲部での触媒パッドの盛り上がり高さHの和が4μm以下である、(1)記載の触媒パッド。
【0017】
(9) 前記触媒薄膜の厚さが、80nm以下である、(1)記載の触媒パッド。
【0018】
(10) 少なくとも水を含む加工液の存在下で、表面に触媒を有する触媒パッドと被加工物とを、0.1~60kPaの範囲の加工圧力で接触させながら相対的移動させ、触媒作用を援用して加水分解反応を誘起することによって被加工物を化学エッチングする触媒表面基準エッチング法に用いる触媒パッドの製造方法であって、前記加工圧力の範囲で弾性変形するパッド基体の表面を、気密チャンバー内でプラズマ処理によって改質する工程と、改質後に大気開放することなく、前記気密チャンバー内で前記パッド基体の表面に触媒物質を堆積させて触媒薄膜を形成する工程と、を含み、前記加工圧力での変形において、被加工物と接触する触媒パッドの凹み深さDが0.1μm以上、且つ被加工物の周囲部での触媒パッドの盛り上がり高さHが1.1μm以下である、触媒パッドの製造方法。
【0019】
(11) 前記パッド基体は、裏打ち用の硬質基材の表面に、前記加工圧力の範囲で弾性変形する軟質基材を積層した構造である、(10)記載の触媒パッドの製造方法。
【0020】
(12) 前記軟質基材が、硬度70~80のフッ素系ゴム、天然ゴム、ニトリルゴム、ブタジエンゴム、クロロプレンゴム、アクリルゴム、イソプレンゴム、スチレンゴム、ポリエチレンゴム、シリコーンゴム、ウレタンゴムの内から選ばれた1種又は2種以上の積層体である、(11)記載の触媒パッドの製造方法。
【0021】
(13) 前記パッド基体は、加工圧力の範囲で弾性変形する軟質基材の表面に、曲げ弾性を備えた厚さ50~300μmの硬質基材フィルムを積層した構造である、(10)~(12)何れか1に記載の触媒パッドの製造方法。
【0022】
(14) 前記硬質基材が、ポリカーボネート、ポリイミド、PEEK、PTFE、FEP、PFA、ナイロン、PVC、PE、PET、PP、PMMAの内から選ばれた1種のフィルム又は2種以上の積層体フィルムである、(13)記載の触媒パッドの製造方法。
【0023】
(15) プラズマ処理によって前記パッド基体の表面を改質する工程の前に、前記気密チャンバー内で溝パターンの開口を有するシャドウマスクを前記パッド基体の表面に配置した状態でプラズマエッチングし、該パッド基体を構成する最表層の基材を貫通しない深さの複数の溝を形成する工程を有する、(10)記載の触媒パッドの製造方法。
【0024】
(16) 前記シャドウマスクは、平行な複数のスリット開口を有し、前記気密チャンバー内で前記パッド基体に対するシャドウマスクの回転角度を変更して複数回プラズマエッチングすることにより、前記パッド基体の表面に溝で囲まれた複数の表面部分を形成する、(14)記載の触媒パッドの製造方法。
【0025】
(17) 前記触媒薄膜の厚さが、80nm以下である、(10)記載の触媒パッドの製造方法。
【発明の効果】
【0026】
以上にしてなる本発明の触媒パッド及びその製造方法は、以下に示す効果を奏する。
【0027】
触媒表面基準エッチング法に用いる触媒パッドは、0.1~60kPaの範囲の加工圧力の範囲で弾性変形するパッド基体の表面に触媒薄膜が密着した構造を有し、前記加工圧力で被加工物を触媒パッドに押し付けた際に、被加工物の周囲部の触媒パッドの表層部分が変形するが、被加工物の周囲部での触媒パッドの盛り上がり高さHを1.1μm以下とすることにより、盛り上がり部分の曲率を小さくすることができ、もってパッド基体から触媒薄膜の剥離を抑制し、耐久性を高めることができ、また被加工物と接触する触媒パッドの凹み深さDを0.1μm以上確保することで、被加工物の全面に触媒パッドを一様に接触させることができる。
【0028】
また、前記パッド基体は、前記加工圧力の範囲で弾性変形する軟質基材の表面に、曲げ弾性を備えた厚さ50~300μmの硬質基材フィルムを積層した構造である場合に更に耐久性が改善される。
【0029】
特に、パッド基体の表面を気密チャンバー内でプラズマ処理によって改質した後、大気開放することなく、気密チャンバー内で前記パッド基体の表面に触媒物質をスパッタリングなどによって堆積させて触媒薄膜を形成すれば、プラズマ処理をしない場合と比較して、触媒薄膜の剥離量は1/10以下になる。
【0030】
また、同一の気密チャンバー内で、パッド基体のプラズマ処理による表面改質工程と、スパッタリングなどに触媒物質を堆積させて触媒薄膜を形成する工程とを、大気開放することなく順次行うことができ、効率良く製造ができる。更に、触媒パッドの表面に、加工液の供給や吸い付き防止の目的で、複数の溝を形成する場合にも、同一の気密チャンバー内で、プラズマエッチングによる溝形成工程と、プラズマ処理による密着性改善のための表面改質と、スパッタリングなどによる触媒物質を堆積させて触媒薄膜を形成する工程とを、大気開放することなく順次行うことができ、効率良く製造ができる。
【0031】
また、前記触媒薄膜の厚さが、80nm以下であれば、パッド基体表面の基材の破損や触媒薄膜の剥離が抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】第1実施形態の触媒パッドを示し、(a)は触媒パッドの部分断面図、(b)は触媒パッドに被加工物を押し付けた状態の部分断面図である。
図2】有限要素法による解析結果を示し、各種厚さのフッ素系ゴム板の表面にガラス板を60kPaの圧力で押し付けた際のフッ素系ゴム板の断面プロファイルである。
図3】第2実施形態の触媒パッドを示し、(a)は触媒パッドの部分断面図、(b)は触媒パッドに被加工物を押し付けた状態の部分断面図である。
図4】有限要素法による解析結果を示し、厚さ2mmのフッ素系ゴム板に各種厚さのポリカーボネートフィルムを貼った積層体の表面に、ガラス板を60kPaの圧力で押し付けた際の積層体の断面プロファイルである。
図5】有限要素法による解析結果を示し、厚さ3mmのフッ素系ゴム板に各種厚さのポリカーボネートフィルムを貼った積層体の表面に、ガラス板を60kPaの圧力で押し付けた際の積層体の断面プロファイルである。
図6】触媒パッドの製造装置Aの簡略説明図を示し、(a)は簡略正面図、(b)はパッド基体と扇形電極との関係を示す平面図である。
図7】(a)は、使用前の触媒パッドの表面の状態を表す写真、(b)はプラズマ処理無しで触媒薄膜を成膜した触媒パッドを用い、24時間の加工を行った後の表面の状態を表す写真、(c)はプラズマ処理後に触媒薄膜を成膜した触媒パッドを用い、24時間の加工を行った後の表面の状態を表す写真である。
図8】プラズマ処理の条件毎のテープ剥離試験の結果を、プラズマ処理無しの場合と併せて示したグラフである。
図9】溝付き触媒パッドの製造装置Bの簡略説明図である。
図10】シャドウマスクの平面図である。
図11】(a)は1段階目の溝加工後のパッド基体の斜視図、(b)は2段階目の溝加工後のパッド基体の斜視図である。
図12】製造装置Bを使ってプラズマ処理をする工程を示す簡略説明図である。
図13】製造装置Bを使って触媒薄膜を成膜する工程を示す簡略説明図である。
図14】溝付き触媒パッドの24時間加工後の表面状態を示し、左側はプラズマ処理無しの触媒パッドの写真、右側は30W、5秒のプラズマ処理ありの触媒パッドの写真である。
図15】従来の触媒パッドを示し、(a)は触媒パッドの部分断面図、(b)は触媒パッドに被加工物を押し付けた状態の部分断面図である。
図16】(a)は膜厚100nmの金の触媒薄膜が剥離した触媒パッドの剥離部分の顕微鏡像、(b)は(a)の線分で示す範囲の断面プロファイルである。
図17】(a)は、触媒薄膜が厚みを有している場合に、引張応力による歪の発生が軟質基材の表面層内にクラックが生じるメカニズムを説明する模式図、(b)は、触媒薄膜が薄い場合に、軟質基材の表面層内へのクラックの導入/広がりが防止されるメカニズムを説明する模式図。
図18】(a),(b)は、簡易実験に用いた卓上万力の構成およびこれにより触媒パッドサンプルにひずみを与える様子を示す説明図。
図19】(a)は軟質基材であるフッ素ゴムの表面に膜厚200nmの金の触媒薄膜を成膜した簡易サンプルにひずみを印加した後の触媒薄膜表面の顕微鏡像,(b)はさらに触媒薄膜を溶かして除去したフッ素ゴム表面の顕微鏡像,(c)は(a)の線分で示す範囲の断面プロファイルである。
図20】(a)は、軟質基材であるフッ素ゴムの表面に膜厚100nmの金の触媒薄膜を成膜した研磨パッドサンプルを用意し、加工圧力を60kPaに保ってCARE加工を行った後の金属膜表面の顕微鏡像,(b)はさらに触媒薄膜を溶かして除去したフッ素ゴム表面の顕微鏡像である。
図21】(a)は、軟質基材であるフッ素ゴムの表面に膜厚30nmの金の触媒薄膜を成膜した研磨パッドサンプルを用意し、加工圧力を60kPaに保ってCARE加工を行った後の金属膜表面の顕微鏡像,(b)はさらに触媒薄膜を溶かして除去したフッ素ゴム表面の顕微鏡像である。
図22】(a)~(d)は、軟質基材である厚さ2mmのフッ素系ゴムの上に、触媒薄膜として、それぞれ膜厚30nm、60nm、90nm、120nmの白金を成膜してなる研磨パッドの各簡易サンプルを用意し、卓上万力でひずみを印加した後、触媒薄膜を溶かして除去したフッ素ゴム表面の顕微鏡像である。
図23】(a)~(d)は、軟質基材である厚さ2mmのシリコーンゴムの上に、触媒薄膜として、それぞれ膜厚30nm、60nm、90nm、120nmの白金を成膜してなる研磨パッドの各簡易サンプルを用意し、卓上万力でひずみを印加した後、触媒薄膜を溶かして除去したシリコーンゴム表面の顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
次に、添付図面に示した実施形態に基づき、本発明を更に詳細に説明する。図1は第1実施形態の触媒パッドの断面図、図3は第2実施形態の触媒パッドの断面図をそれぞれ示し、図中1は触媒パッド、2はパッド基体、3は触媒薄膜、Wは被加工物を示している。
【0034】
本発明の触媒パッド1は、少なくとも水を含む加工液の存在下で、表面に触媒を有する触媒パッド1と被加工物Wとを、0.1~60kPaの範囲の加工圧力Fで接触させながら相対的移動させ、触媒作用を援用して加水分解反応を誘起することによって被加工物を化学エッチングする触媒表面基準エッチング(CARE)法に用いるものであり、前記加工圧力Fの範囲で弾性変形するパッド基体2の表面に触媒薄膜3が密着した構造を有し、前記加工圧力Fでの変形において、被加工物Wと接触する触媒パッド1の凹み深さDが0.1μm以上、且つ被加工物Wの周囲部での触媒パッドの盛り上がり高さHが1.1μm以下である。図中符号6は盛り上がり部分を示している。
【0035】
本発明において「軟質基材」とは、加工圧力Fによって弾性変形する材料であり、「硬質基材」とは、加工圧力Fによって殆ど変形せず、軟質基材より硬い材料を示している。
【0036】
これまで、CARE平坦化加工装置において用いた触媒パッド100は、図15に示すように、厚さ5mmのフッ素系ゴム板(軟質基材103)を基材として用い、厚さ2mmのポリカーボネート板(硬質基材104)を裏打ちし、表面に触媒薄膜102を成膜したもの,または硬質基材104を含まない軟質基材103の表面に触媒薄膜102が成膜されたものであった。CARE加工を実施した場合における触媒薄膜102の剥離は、薄膜面内方向の引張及び圧縮の繰り返しによって生じるものと考え、被加工物Wの端部Eと接触する部分のパッド基体101の弾性変形による曲率をできるだけ小さく抑えることが有効と考えた。
【0037】
図2は、有限要素法による解析結果を示し、各種厚さのフッ素系ゴム板(パッド基体2)の表面にガラス板を60kPaの圧力で押し付けた際のフッ素系ゴム板の断面プロファイルである。尚、前記触媒薄膜3の膜厚は50nm程度なので、触媒パッド1の弾性変形応答性には影響を及ぼさないので、事実上、触媒パッド1の弾性変形応答性は、パッド基体2の弾性変形応答性と同じである。図2中に凹み深さDと盛り上がり高さHが定義されており、フッ素系ゴム板の厚さが1mm、2mm、3mm、5mmの場合の断面プロファイルを示している。また、凹み深さDと盛り上がり高さHの和をPVとする。その結果を表1に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
ここで、前記加工圧力Fでの変形において、被加工物Wと接触する触媒パッド1の凹み深さDが0.1μm以上必要である理由は、被加工物Wの全面に触媒パッド1の触媒薄膜3を一様に接触させるためである。そして、加工圧力Fに対して、被加工物Wの周囲部での触媒パッド1の盛り上がり高さHが1.1μm以下である理由は、図15に示した従来タイプの触媒パッド100において、軟質基材103の厚さが5mmの場合は盛り上がり高さHが約2.9μmであり、厚さ3mmの場合は盛り上がり高さHが約1.8μmであることが前述の有限要素法による解析で分かっているので、本発明はそれよりも有意に低い値を上限とした。また、被加工物Wと接触する触媒パッド1の凹み深さDと、被加工物Wの周囲部での触媒パッドの盛り上がり高さHの和(PV)が4μm以下であるとしても良い。これらの基準は、あくまでも加工圧力Fが60kPaの場合であり、それよりも小さな加工圧力Fでは基準数値は下がる。
【0040】
前述の条件を満たすためには、パッド基体の厚さを薄くすればよいことが分かる。第1実施形態の触媒パッド1を図1(a)に示す。パッド基体2は、裏打ち用の硬質基材5の表面に、加工圧力の範囲で圧縮変形する、厚さ0.5~2.0mmの軟質基材4を積層した構造である。具体的には、前記軟質基材4が、厚さ1mm、硬度70~80のフッ素系ゴムであり、前記硬質基材5が、厚さ2mmのポリカーボネート板である。そして、前記パッド基体2の表面に触媒薄膜3をスパッタリングにより成膜した。ここで、ゴムの硬度はデュロメーターで測定したデュロメーター硬度である。
【0041】
ここで、触媒物質としては、遷移金属が用いられ、例えばPt、Ru、Ti、Ni、Cr、Fe等が挙げられ、合金であっても良い。本実施形態では、前記触媒薄膜3として厚さ50nmのRuを成膜したが、触媒薄膜3の厚さは、50~100nmの範囲が好ましい。前記軟質基材4としては、前述のフッ素系ゴムの他に、天然ゴム、ニトリルゴム、ブタジエンゴム、クロロプレンゴム、アクリルゴム、イソプレンゴム、スチレンゴム、ポリエチレンゴム、シリコーンゴム、ウレタンゴム等が挙げられる。これらは単体であっても2種以上の積層体であってもよい。また、前記硬質基材5としては、前述のポリカーボネート(PC)の他に、ポリイミド、PEEK、PTFE、FEP、PFA、ナイロン、PVC、PE、PET、PP、PMMA等が挙げられる。これらは単体であっても2種以上の積層体であってもよい。
【0042】
本実施形態の触媒パッド1の表面に、被加工物Wを所定の加工圧力Fで押し付けると、図1(b)に示すように、前記軟質基材4の表層部が変形するが、その変形量は従来タイプの触媒パッド100(図15(b)参照)よりも格段に小さく、被加工物Wの端部Eの近傍の周囲部に生じる盛り上がり部分6の曲率も小さくなる。その結果、従来の触媒パッドであれば24時間の使用で完全に触媒が剥離するような条件においても、部分的な剥離に留まることが確認された。
【0043】
次に、第2実施形態の触媒パッド11を図3(a)に示す。パッド基体12は、加工圧力Fの範囲で圧縮変形する軟質基材15の表面に、曲げ弾性を備えたフィルム状の硬質基材14を積層した構造である。尚、前記軟質基材15の裏面に前記同様に裏打ち用の硬質基材があっても良い。具体的には、前記硬質基材14が、ポリカーボネートフィルムである。また、前記軟質基材15は、厚さ2mmのフッ素系ゴム板を用いた。そして、前記同様に、前記パッド基体12の表面に触媒薄膜13として厚さ50nmのRuをスパッタリングにより成膜した。
【0044】
図4は、有限要素法による解析結果を示し、厚さ2mmのフッ素系ゴム板(軟質基材15)に各種厚さのポリカーボネートフィルム(硬質基材14)を貼った積層体(パッド基体12)の表面に、ガラス板を60kPaの圧力で押し付けた際の積層体の断面プロファイルである。その結果を表2に示す。
【0045】
【表2】
【0046】
図5は、有限要素法による解析結果を示し、厚さ3mmのフッ素系ゴム板に各種厚さのポリカーボネートフィルムを貼った積層体(パッド基体12)の表面に、ガラス板を60kPaの圧力で押し付けた際の積層体の断面プロファイルである。その結果を表3に示す。
【0047】
【表3】
【0048】
これらの結果より、厚さ2mmのフッ素系ゴム板にポリカーボネートフィルムを積層する場合、ポリカーボネートフィルムの厚さは50μmよりも厚ければ、盛り上がり高さHを1.1μm以下にすることができる。厚さ3mmのフッ素系ゴム板にポリカーボネートフィルムを積層する場合には、ポリカーボネートフィルムの厚さを厚くしないと、盛り上がり高さHを1.1μm以下に抑制することができない。勿論、加工圧力Fが小さければ、薄いポリカーボネートフィルムでも盛り上がり高さHを抑制できる。カーボネートフィルムの厚さが薄いほど、下地のフッ素系ゴム板の弾性変形応答性に近づくが、盛り上がり高さHは低くなるとともに、曲率も小さくなる。実用的な観点から、ポリカーボネートフィルムの厚さは50μm~300μmとする。この場合も、PVが4μm以下になるように、フッ素系ゴム板とポリカーボネートフィルムの厚さを調整することが好ましい。
【0049】
ここで、触媒物質は、Ruの他に前述の遷移金属を用いることができ、厚さも前述と同様である。前記硬質基材14としては、前述のポリカーボネート(PC)の他に、ポリイミド、PEEK、PTFE、FEP、PFA、ナイロン、PVC、PE、PET、PP、PMMA等が挙げられる。これらは単体フィルムであっても2種以上の積層体フィルムであってもよい。また、前記軟質基材15としては、前述のフッ素系ゴムの他に、天然ゴム、ニトリルゴム、ブタジエンゴム、クロロプレンゴム、アクリルゴム、イソプレンゴム、スチレンゴム、ポリエチレンゴム、シリコーンゴム、ウレタンゴム等が挙げられる。これらは単体であっても2種以上の積層体であってもよい。
【0050】
本実施形態の触媒パッド11の表面に、被加工物Wを所定の加工圧力Fで押し付けると、図3(b)に示すように、前記硬質基材14が曲げ変形するとともに、前記軟質基材15の表層部が変形するが、その変形量は従来タイプの触媒パッド100(図15(b)参照)よりも格段に小さく、被加工物Wの端部Eに対応する周囲部16の曲率も小さくなる。その結果、従来の触媒パッドであれば24時間の使用で完全に触媒が剥離するような条件においても、触媒薄膜13の剥離はほとんど確認できなくなった。
【0051】
このように、パッド基体の構造を工夫して、被加工物Wの端部Eに対応する周囲部での曲率を小さくすることにより、触媒薄膜の剥離を抑制できることを確認できたが、更に触媒薄膜とパッド基体との付着強度を高め、耐久性を改善するために、触媒成膜直前にパッド基体の表面にプラズマ処理を施した。そのため、プラズマ処理後に大気開放することなくスパッタ成膜を実施できるように、スパッタ成膜装置内にプラズマ発生用電極を配置した構造の製造装置Aを作製した。
【0052】
図6に示すように、前記製造装置Aは、スパッタ成膜装置20のチャンバー21の内部に、パッド基体2(12)を、スパッタガン22に対向して回転軸23の周りに回転可能に保持し、そして前記パッド基体2(12)の回転半径部分に、所定間隔を隔て、回転中心Oに扇形電極24の要を一致させて固定した構造である。前記チャンバー21には、プロセスガス(Ar+O)のガス供給系25とドライポンプ等からなる排気系26が接続されている。前記扇形電極24には、マッチングボックス27を介して13.56MHzの高周波電源28が接続され、前記回転軸23は接地されている。前記パッド基体2(12)は、前記回転軸23に連結された導電性基盤(図示せず)の上に保持されており、前記パッド基体2(12)を回転させながら、前記扇形電極24に高周波電力を供給してプロセスガスに基づくプラズマを発生させ、パッド基体2(12)の表面を改質する。
【0053】
ここで、前記扇形電極24を採用することにより、パッド基体2(12)の表面に対するプラズマ暴露時間を一様にすることができる。また、前記扇形電極24は、その中心角を15°とし、比較的面積を小さく設定したことにより、その後に行うスパッタリングによる成膜において、パッド基体2(12)を回転させながら行うことにより、扇形電極24による遮蔽作用は無視できる。この製造装置Aを用いれば、前記パッド基体2(12)の表面をプラズマ処理して改質し、大気開放することなく、触媒薄膜3(13)を成膜することができる。
【0054】
第1実施形態のタイプの触媒パッド1について、プラズマ処理の有無による効果を確かめた。軟質基材4は、厚さ2mmのフッ素系ゴムである。図7(a)は、使用前の触媒パッドの表面の状態を表す写真、図7(b)はプラズマ処理無しで触媒薄膜を成膜した触媒パッドを用い、24時間の加工を行った後の表面の状態を表す写真、図7(c)はプラズマ処理後に触媒薄膜を成膜した触媒パッドを用い、図7(b)の触媒パッドと同じ条件で24時間の加工を行った後の表面の状態を表す写真である。24時間の使用により、図7(b)に示すように未処理の触媒パッドでは約71%の面積の触媒薄膜の剥離が確認された一方で、図7(c)に示すように成膜直前にプラズマ処理を行った触媒パッドでは触媒薄膜の剥離面積は約27%となり、プラズマ表面処理による剥離耐性の有意な向上が確認できた。
【0055】
次に、第2実施形態のタイプの触媒パッド11について、パッド基体12に対するプラズマ処理の条件が異なる場合及びプラズマ処理無しの場合における触媒薄膜13の密着度評価を行った。それには、ポリカーボネートフィルム(硬質基材14)の表面に成膜したRu薄膜(触媒薄膜13)に対してテープ剥離試験を行った。プラズマ処理の条件は、30ワット(W)/5秒(s)、50W/5秒、30W/40秒である。図8に、プラズマ処理の条件毎のテープ剥離試験の結果を、プラズマ処理無しの場合と併せて示している。図8は、上段に表面処理毎の剥離量を示し、下段は対応する表面状態の写真を示している。この結果、プラズマ処理は、小電力・短時間(30W/5秒)の条件が最も剥離が少なく、触媒薄膜の密着性が高いことが分かった。プラズマ処理の時間が同じ5秒でも電力が30Wから50Wに増えると、剥離量は2倍以上多くなり、また電力が同じ30Wでも処理時間が5秒から40秒に長くなると、剥離量は40倍以上多くなることが分かった。プラズマ処理が30W/40秒場合は、プラズマ処理無しの場合よりもむしろ剥離量は多くなった。
【0056】
次に、表面に複数の溝を設けた触媒パッドの製造装置Bを説明する。触媒パッド表面の溝7は、被加工物Wと触媒薄膜3(13)との間に加工液(純水、超純水)を供給するためと、被加工物Wの触媒パッド1(11)への吸い付きを防止する。前記溝7に囲まれた単位触媒薄膜8は、前記被加工物Wに直接接触する有効部分であり、図11(b)に示すように、本実施形態では3mm×3mmの方形としている。尚、単位触媒薄膜8の面積は、3×3mm~1×1mmの範囲が好ましい。
【0057】
溝付き触媒パッドの製造装置Bは、図9に示すように、スパッタ成膜装置30のチャンバー31の内部に、パッド基体2(12)を、スパッタガン32に対向して回転軸33の周りに回転可能に保持し、そして前記パッド基体2(12)の表面側に沿ってシャドウマスク34とその上に間隔を置いて平板電極35を配置し、シャドウマスク34と平板電極35は、前記チャンバー31の内部若しくは該チャンバー31に付設した退避空間にそれぞれ直線導入機36,37で移動できるように構成している。前記チャンバー31には、プロセスガス(Ar+O)のガス供給系38とドライポンプ等からなる排気系39が接続されている。そして、平板電極35には、マッチングボックス40を介して13.56MHzの高周波電源41が接続され、前記回転軸33は接地されている。前記パッド基体2(12)は、前記回転軸33に連結された導電性基盤(図示せず)の上に保持されており、前記パッド基体2(12)を回転させながら、前記平板電極35に高周波電力を供給してプロセスガスに基づくプラズマを発生させ、パッド基体2(12)の表面を処理する。
【0058】
<溝加工>
前記パッド基体2(12)の表面に対して、溝パターンの開口42を有する前記シャドウマスク34と前記平板電極35を平行に配置し、前記高周波電源41から平板電極35に電力を供給してプラズマを発生させ、前記シャドウマスク34の開口42を通して前記パッド基体2(12)の表面をプラズマに曝してエッチングする。ここで、本実施形態では、前記シャドウマスク34は、図10に示すように、160mm×160mm×500μmの四角形の絶縁体板に、スリット状の開口42を平行に複数形成したものを用いた。前記開口42の幅は2mm、長さは150mmであり、5mmピッチで31個形成したものを用いた。
【0059】
本実施形態では、第1実施形態のタイプの触媒パッド1を製造する例を示す。パッド基体2の軟質基材4は厚さ1mmのフッ素系ゴムである。先ず、図9に示すように、シャドウマスク34と平板電極35をセットし、パッド基体2が静止した状態で、プラズマを発生させてパッド基体2の表面を1段階目のプラズマエッチングを行い、平行な複数の溝7,…を形成する(図11(a)参照)。それから、パッド基体2を90°回転させて静止させ、その状態で2段階目のプラズマエッチングを行い、格子状に複数の溝7,…を形成する(図11(b)参照)。それにより、前記パッド基体2の表面に、幅が2mmの溝7が5mmピッチで平行且つ格子状に形成され、該溝7に囲まれた3mm×3mmの単位触媒薄膜8が形成される。ここで、前記溝7の深さは、前記軟質基材4を貫通しない程度の深さである。本実施形態では、プラズマエッチングの条件は80~100W、30分であり、1段階のプリズマエッチングにより、フッ素系ゴムからなる軟質基材4に深さ50μmの溝7を形成する。尚、溝7が交差している部分では、2度のプラズマエッチングによりほぼ2倍の深さになる。
【0060】
<プラズマ処理(改質)>
その後、図12に示すように、前記直線導入機36を駆動して前記シャドウマスク34をパッド基体2の表面から退避させ、前記板状電極35のみをパッド基体2に対向させ、該板状電極35に高周波電源41から電力を印加してプラズマを発生させて表面改質する。ここで、プラズマ処理の条件は30W,5秒である。
【0061】
<成膜>
それから、図13に示すように、前記チャンバー31を大気開放することなく、前記直線導入機37を駆動して前記板状電極35をパッド基体2の表面から退避させる。その後、直ちにスパッタガン32を駆動してスパッタリング成膜工程を行い、前記パッド基体2の表面に触媒薄膜3を形成する。本実施形態の触媒薄膜3は、厚さ50nmのRuであり、前記溝7も含めてパッド基体2の表面全体に成膜する。
【0062】
<耐久性試験>
このように製造した溝付き弾性パッドの耐久性を試験した。比較には同様に溝加工したパッド基体2にプラズマ処理無しでRuを成膜した触媒パッドを用いた。触媒パッドに加工圧力20kPaで被加工物(材質:石英ガラス)を押し付け、相対速度7cm/sで相対運動させ、24時間後の表面を観察した。その結果を図14に示す。図14の左側はプラズマ処理無しの触媒パッドの写真、右側は30W、5秒のプラズマ処理ありの触媒パッドの写真である。このように、軟質基材4(フッ素系ゴム)の厚さを薄くしたことに加え、プラズマによる表面処理による触媒薄膜の密着性の向上で、触媒薄膜の剥離が大幅に改善された。
【0063】
尚、第2実施形態のタイプの触媒パッド11に溝加工を施して同様な試験を行ったが、プラズマ処理の有無による有意な耐久性の違いはなかった。これは、第2実施形態のタイプの触媒パッド11の構造が優れており、24時間程度の加工では触媒薄膜の剥離が見られなかったことを意味し、触媒薄膜の成膜直前にプラズマ処理すれば更に耐久性が向上することは明らかである。
【0064】
次に、第1実施形態のタイプの触媒パッド1において、触媒薄膜3の厚さについてさらに詳しく説明する。
【0065】
図16は、100nm厚の触媒薄膜3が剥離した触媒パッドの剥離部分の顕微鏡像および断面プロファイルである。図16からわかるように、触媒薄膜3が剥離した底部の段差は、触媒薄膜3の厚さ(100nm)よりもはるかに大きい値(800nm)になっている。これは、実際の剥離が、ゴム基材と触媒薄膜3との界面ではなく軟質基材4の表面層内で生じていることを示している。図17(a)に模式図で示すように、触媒薄膜3が厚い場合、引張応力による歪の発生がある程度まで抑制されるものの、応力が触媒薄膜3を引張破壊する程度に至った際には、触媒薄膜3が破れると同時に、大きな力が軟質基材4に瞬時に作用し、これにより軟質基材4の表面層9内にクラックが生じると考えられる。クラックがさらに広がり、複数のクラックが組み合わされることで、表面層9内部にて剥離が生じたものと考えられる。また、軟質基材4の表面層9は、触媒薄膜3を成膜する際(とくにスパッタ成膜時のプラズマ等の照射の際)にダメージを受けており、クラックが導入されやすい脆弱層が形成されていると考えられる。
【0066】
したがって、触媒薄膜3の厚さは、好ましくは80nm以下、より好ましくは60nm以下に設定される。触媒薄膜3の厚さを80nm以下に抑えることで、図17(b)に示すように、軟質基材4の表面層9にクラックが導入されない程度の小さな引っ張り応力の時点で触媒薄膜3にクラックが入りはじめ、これが続くことにより、触媒薄膜3にはより多くのクラックが入るが、これにより大きな引張応力に至ることが回避され、軟質基材4の表面層9内へのクラックの導入や該クラックの広がり、これによる触媒薄膜3の剥離を防止することができる。触媒薄膜3のクラックは、加工時に屈曲することで隙間を生じさせるが、試料と平坦に接触する際には隙間は閉じ、剥離しない限り加工に悪影響は与えない。
【0067】
以下、触媒薄膜の厚みの異なる複数の触媒パッドのサンプル、または裏打ち用の硬質基材を省略し、軟質基材と触媒薄膜のみで構成した簡易サンプルを用意し、実際にCARE加工を行い、または卓上万力を用いてひずみを付与した後、触媒薄膜を溶かして除去した後の軟質基材の表面の状態(クラック導入の有無、程度)を確認した実験の結果について述べる。
【0068】
CARE加工法では、機械的作用が介在しないが触媒と試料の接触面積を確保するため20~60kPa程度の圧力を試料側に印加しており,試料がパッドに沈み込んだ状態になっている。この時、パッド母材のヤング率などを考慮すると試料端部と接触する領域では触媒膜,パッド母材のひずみ量が最大で約3%程度になることが分かっており、これが母材破壊の起点になっていると考えられる。そこで本実験では、実際に触媒パッド1のサンプルを用いて加工すること以外に、図18に示すような卓上万力50に上記簡易サンプル10を固定して3%のひずみを与える簡易実験も利用した。卓上万力50は、本体51の上面端部に突設された基台52と、本体51の上面に案内されて移動するスライダー53を有し、ハンドル54をもってスクリュー55を回転することによりスライダー53を移動させる構造を有し、基台52とスライダー53の各上面に研磨パッド1の簡易サンプル10の両端をそれぞれ固定し、スライダー53を移動させることで簡易サンプル10にひずみを与えるものである。また、表面の観察は共焦点レーザー顕微鏡を用いた。
【0069】
図19は、軟質基材4である厚さ2mm、硬度70~80のフッ素系ゴムを積層し、その上に、触媒薄膜3として膜厚200nmの金をマグネトロンスパッタリング法で成膜した簡易サンプルを用意し、該簡易サンプルに対して上記卓上万力50でひずみを印加した後の(a)触媒薄膜表面の顕微鏡像,(b)触媒薄膜を溶かして除去したフッ素ゴム表面の顕微鏡像,および(c)断面プロファイルを示している。図19からわかるように、触媒薄膜3と軟質基材4の各表面には、概ね同程度の間隔でクラックが入っている。また、クラックの深さは1000nmであり、触媒膜厚3の膜厚200nmを大きく超えていることから、軟質基材4のクラックは深く導入されていることがわかる。
【0070】
図20図21は、硬質基材5である厚さ2mmのポリカーボネート板のうえに、軟質基材4である厚さ2mm、硬度70~80のフッ素系ゴムを積層し、さらにその上に、触媒薄膜3として、それぞれ膜厚100nm、30nmの金をマグネトロンスパッタリング法で成膜してなる研磨パッドの各サンプルを用意し、加工圧力を60kPaに保って実際にCARE加工を行った後の(a)金属膜表面の顕微鏡像,(b)触媒薄膜を溶かして除去したフッ素ゴム表面の顕微鏡像を示している。図20および図21から分かるように、膜厚が100nmでは、触媒薄膜と軟質基材の各表面の同じ箇所にクラックが入っており、上記した200nmの簡易サンプルの場合と同様、軟質基材にクラックが導入されている。膜厚が30nmでは、触媒薄膜の表面に細かな幅のクラックの入りが観測されたが,軟質基材の表面には観測されなかった。以上のことから、触媒薄膜3の膜厚を80nm以下に設定することで、軟質基材へのクラックの導入が防止され、剥離も防止されることがわかる。
【0071】
図22(a)~(d)は、軟質基材4である厚さ2mm、硬度70~80のフッ素系ゴムを積層し、その上に、触媒薄膜3として、それぞれ膜厚30nm、60nm、90nm、120nmの白金をマグネトロンスパッタリング法で成膜してなる各簡易サンプルを用意し、上記の卓上万力50でひずみを印加した後、触媒薄膜を溶かして除去したフッ素ゴム表面の顕微鏡像を示している。図22からわかるように、触媒薄膜の膜厚が90nmを超えると、軟質基材にクラックが導入されており、触媒薄膜3の膜厚を80nm以下に設定することで、軟質基材へのクラックの導入が防止され、剥離も防止されることがわかる。
【0072】
図23(a)~(d)は、軟質基材4である厚さ2mm、硬度50~70のシリコーンゴムを積層し、その上に、触媒薄膜3として、それぞれ膜厚30nm、60nm、90nm、120nmの白金をマグネトロンスパッタリング法で成膜してなる各簡易サンプルを用意し、上記の卓上万力50でひずみを印加した後、触媒薄膜を溶かして除去したシリコーンゴム表面の顕微鏡像を示している。すべての簡易サンプルでクラックが導入されているが、90nm以上になると、クラックの幅が大きくなる傾向になった。すべての膜厚のサンプルでクラックが生じたのは、シリコーンゴムがフッ素系ゴムに比べて触媒薄膜成膜の際のダメージが大きい為と考えられる。
【0073】
以上のことから、触媒薄膜の素材にかかわらず、触媒薄膜の膜厚が90nm以上になると、軟質基材にクラックが導入され、そのクラックが深くなる(大きくなる)ことがわかる。また、卓上万力50を用いた上記の結果は、一定のひずみを付与しているため、軟質基材4の厚さに影響しない実験である。したがって、軟質基材4の厚さが2mmよりも厚い、たとえば3mmや5mm等の厚さの軟質基材4の場合にも同様の結果が得られる。よって、上記した触媒薄膜の膜厚を好ましくは80nm以下、より好ましくは60nm以下に設定することは、このような厚い軟質基材を採用した場合の剥離防止にも有効である。厚い軟質基材を採用した触媒パッドは、表面に多少の凹凸が残る試料表面の表面粗さ改善等において大変有用であり、そのような触媒パッドのパッド基体表面の基材の破損や触媒薄膜の剥離を防止できることは大変有効である。
【0074】
また、以上の触媒薄膜の膜厚は、第1実施形態のタイプに限らず、第2実施形態のタイプにも当てはまるものである。すなわち、触媒薄膜の下地である軟質基材4へのクラックの導入、それによる触媒薄膜の剥離は、触媒薄膜が90nm以上に厚くなることで、その下地層の強度が相対的に弱くなる状況下で起こりやすい現象といえるが、第2実施形態における触媒薄膜13の下地となる「曲げ弾性を備えた厚さ50~300μmの硬質基材フィルム」についても、触媒薄膜13を成膜する際の脆弱層の形成等により、同様の状況になりうる為である。つまり、第2実施形態の触媒薄膜13についても、好ましくは80nm以下、より好ましくは60nm以下に設定される。
【符号の説明】
【0075】
A 触媒パッドの製造装置
B 溝付き触媒パッドの製造装置
W 被加工物
E 端部
1 触媒パッド
2 パッド基体
3 触媒薄膜
4 軟質基材
5 硬質基材
6 盛り上がり部分
7 溝
8 単位触媒薄膜
9 表面層
10 簡易サンプル
11 触媒パッド
12 パッド基体
13 触媒薄膜
14 硬質基材
15 軟質基材
16 盛り上がり部分
20 スパッタ成膜装置
21 チャンバー
22 スパッタガン
23 回転軸
24 扇形電極
25 ガス供給系
26 排気系
27 マッチングボックス
28 高周波電源
30 スパッタ成膜装置
31 チャンバー
32 スパッタガン
33 回転軸
34 シャドウマスク
35 平板電極
35 板状電極
36 直線導入機
37 直線導入機
38 ガス供給系
39 排気系
40 マッチングボックス
41 高周波電源
42 開口
50 卓上万力
51 本体
52 基台
53 スライダー
54 ハンドル
55 スクリュー
100 触媒パッド
101 パッド基体
102 触媒薄膜
103 軟質基材
104 硬質基材
105 盛り上がり部分

図1
図2
図3
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図5
図6
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図9
図10
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図20
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図23