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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024061699
(43)【公開日】2024-05-08
(54)【発明の名称】RAS遺伝子変異体癌治療薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20240426BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240426BHJP
   A61K 31/496 20060101ALI20240426BHJP
   A61K 31/4439 20060101ALI20240426BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P35/00
A61K31/496
A61K31/4439
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022169541
(22)【出願日】2022-10-23
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】506111240
【氏名又は名称】学校法人 愛知医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100202120
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 修
(74)【代理人】
【識別番号】100227385
【弁理士】
【氏名又は名称】樫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】シバスンダラン カルナン
(72)【発明者】
【氏名】太田 明伸
(72)【発明者】
【氏名】花村 一朗
(72)【発明者】
【氏名】細川 好孝
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZB261
4C084ZB262
4C084ZC201
4C084ZC202
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC68
4C086BC73
4C086GA07
4C086GA08
4C086GA12
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB26
4C086ZC20
(57)【要約】
【課題】RAS遺伝子変異体癌の治療薬を提供すること。
【解決手段】VEGFR阻害剤を含有してなる、RAS遺伝子変異体癌治療薬。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
VEGFR阻害剤を含有してなる、RAS遺伝子変異体癌治療薬。
【請求項2】
VEGFR阻害剤が、ニンテダニブ、アキシチニブ及びモデサニブからなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載のRAS遺伝子変異体癌治療薬。
【請求項3】
RAS遺伝子変異体癌におけるRAS遺伝子変異の頻度が10%以上である、請求項1又は2に記載のRAS遺伝子変異体癌治療薬。
【請求項4】
RAS遺伝子変異体癌が、KRAS遺伝子変異を含む癌である、請求項1又は2に記載のRAS遺伝子変異体癌治療薬。
【請求項5】
RAS遺伝子変異体癌が、膵癌、大腸癌、多発性骨髄腫、肺癌、皮膚癌、子宮癌、甲状腺癌及び胃癌からなる群から選ばれる1つ以上の癌である、請求項1又は2に記載のRAS遺伝子変異体癌治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、VEGFR阻害剤を含有してなる、RAS遺伝子変異体癌治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
RASは細胞増殖などに関わるタンパク質の1種である。RAS遺伝子変異は、癌領域における癌ドライバー因子変異の1つであり、これが起こると異常のあるRASタンパク質が作られたり、細胞増殖を著しく促進したりすることから癌が発生しやすくなると考えられている。そのため、RAS遺伝子変異は癌治療標的分子として注目されている。
【0003】
RASタンパク質には、「KRAS」、「NRAS」、「HRAS」の3種類があり、約3割の癌患者で変異が検出される発生頻度の高い癌遺伝子である。例えば、KRAS遺伝子変異は膵癌の約70~90%で確認され、肺癌、大腸癌、多発性骨髄腫、子宮体癌などでも確認されている。NRAS遺伝子変異は、皮膚癌(悪性黒色腫)や多発性骨髄腫、甲状腺癌で確認されている。HRAS遺伝子変異は、膀胱癌や甲状腺癌での確認が報告されている。
【0004】
このようにRAS遺伝子変異は多くの癌で確認されている変異であるが、遺伝子変異しても特徴的なアミノ酸配列の変化を示さないことや、RASタンパク質表面に薬剤の結合部位がないことなどから、これまで多くの研究者が研究してきたにもかかわらず、効果的なRAS阻害剤が臨床に到達したことはなかった。そのため、RAS遺伝子は「薬にならない」治療標的であると認識されてきた。
【0005】
2021年に初めて米国にて、2022年には日本にて、再発・難治性の非小細胞肺癌のうち、KRAS G12C変異陽性患者に対する治療薬ルマケラス(登録商標)(一般名:ソトラシブ)が認可された(例えば非特許文献1参照)。KRAS G12Cとは、コドン12番目のグリシン(G)が、システイン(C)に変わるKRAS遺伝子変異の一種である。
【0006】
ソトラシブを投与した非小細胞肺癌の患者の全奏効率は37.1%であり、下痢(31.7%)、悪心(19.0%)、ALT増加(15.1%)、AST増加(15.1%)などの副作用が69.8%の患者で認められたとの報告がある(例えば、非特許文献2参照)。
【0007】
また、KRAS G12C変異は大腸癌患者にも確認されている。大腸癌患者にソトラシブを投与した場合の全奏効率は9.7%であったと報告されている(例えば、非特許文献3参照)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】David S. Hong, et al., “KRASG12C Inhibition with Sotorasib in Advanced Solid Tumors”, The New England Journal of Medicine, 2020; 383:1207-1217
【非特許文献2】Skoulidis F, et al., “Sotorasib for Lung Cancers with KRAS p.G12C Mutation”, N Engl J Med., 2021 Jun 24;384(25):2371-2381
【非特許文献3】Marwan G Fakih, et al., “Sotorasib for previously treated colorectal cancers with KRAS G12C mutation (CodeBreaK100): a prespecified analysis of a single-arm, phase 2 trial”、 Lancet Oncol. 2022; 23(1):115-124
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非小細胞肺癌のうち、KRAS G12C変異陽性患者に対しては、一定の抗腫瘍抑制効果が認められたソトラシブではあるが、非特許文献2及び3からも明らかなように、その効果は限定的である。一方で、RAS遺伝子変異を有する癌患者は多いが、国内で承認されている薬剤はソトラシブ以外には存在しない。
【0010】
RAS遺伝子変異を有する癌には、様々な種類があることが知られているが、ソトラシブで効果があるのはKRAS G12C変異を有する癌のみであり、他の変異を有する癌に対する有効な薬剤は開発されていない。
【0011】
さらに、RAS遺伝子変異があると、癌治療に用いられる上皮成長因子受容体(EGFR)タンパク質の働きを妨げる薬剤(抗EGFR抗体薬)の効果が得られないことがある。
【0012】
このようにRAS遺伝子変異体癌に対しては、認可されている薬が乏しく、また既存の抗EGFR抗体薬では効果が小さいため、RAS遺伝子変異体癌に対する有効な治療薬の開発が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
KRAS、HRAS、NRASはいずれも作用機序が共通であり、変異箇所も共通であるため、KRAS遺伝子変異体癌へ効果がある薬剤は、HRAS遺伝子変異体癌又はNRAS遺伝子変異体癌へも適用できると推測される。
【0014】
そこで本発明者らは、最も発生頻度の高いKRAS遺伝子変異体癌に着目した。1600個の化合物ライブラリースクリーニングを行い、KRAS遺伝子変異株に選択的に細胞増殖抑制効果又は細胞生存率の低下をもたらす薬剤を探索し、VEGFR(血管内皮細胞増殖因子受容体、Vascular Endothelial Growth Factor Receptor、以下VEGFRと言うこともある)阻害剤がその効果を発揮することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、本発明の実施形態は、以下に挙げる構成を含み得る。
(1)VEGFR阻害剤を含有してなる、RAS遺伝子変異体癌治療薬。
(2) VEGFR阻害剤が、ニンテダニブ、アキシチニブ及びモデサニブからなる群より選ばれる少なくとも1種である、(1)に記載のRAS遺伝子変異体癌治療薬。
(3) RAS遺伝子変異体癌におけるRAS遺伝子変異の頻度が10%以上である、(1)又は(2)に記載のRAS遺伝子変異体癌治療薬。
(4)RAS遺伝子変異体癌が、KRAS遺伝子変異を含む癌である、(1)又は(2)に記載のRAS遺伝子変異体癌治療薬
(5) RAS遺伝子変異体癌が、膵癌、大腸癌、多発性骨髄腫、肺癌、皮膚癌、子宮癌、甲状腺癌及び胃癌からなる群から選ばれる1つ以上の癌である、(1)又は(2)に記載のRAS遺伝子変異体癌治療薬。
【発明の効果】
【0016】
本発明の癌治療薬によれば、RAS遺伝子変異体癌の癌細胞の分化増殖及び移動を阻害することができ、癌細胞の増殖を選択的に抑制させることができる。RAS遺伝子変異体癌の中でも、RAS遺伝子変異の頻度が10%以上のRAS遺伝子変異体癌の治療に有効である。あるいは、KRAS遺伝子変異を含む癌の治療に有効である。なお、RAS遺伝子変異体癌の遺伝子変異には複数種類あるが、本発明の癌治療薬は何れの変異に対しても有効である。また本発明の癌治療薬は従来の化学療法剤に比べて副作用が少ない。さらに、経口投与が可能であるため、投与が簡便であり、患者の生活の質を改善し得る。低分子化合物であるため、バイオ医薬品と異なり製造コストを低く抑えることができるというメリットもある。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】(A):KRAS遺伝子変異株G12Aにおける、変異箇所の遺伝子配列を示す図。(B):作成したKRAS遺伝子変異株におけるノックインの確認の図。
図2】KRAS遺伝子変異株G12Aの、細胞増殖能(A)、遊走能(B)、浸潤能(C)を示す図。
図3】KRAS遺伝子変異株における、各種VEGFR阻害剤による細胞生存率の結果を示す図。
図4】KRAS遺伝子変異株における、各種VEGFR阻害剤による細胞生存率の結果を示す図(VEGFR阻害剤の濃度依存性を確認)。
図5】KRAS遺伝子変異株における、ニンテダニブによる細胞生存率の結果を示す図。
図6】KRAS遺伝子変異株における、ニンテダニブによる細胞周期ごとの細胞増加割合の結果を示す図。
図7】(A):KRAS遺伝子変異株における、ニンテダニブによるリン酸化レベルの結果を示す図。(B)及び(C):ニンテダニブによるアポトーシス誘導率の結果を示す図。
図8】(A、 B):in vivoにおける、ニンテダニブによる腫瘍形成抑制効果を示す図。(C~E):副作用の確認結果を示す図。
図9】KRAS遺伝子変異株における、既存癌治療薬による細胞生存率の結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
<RAS遺伝子変異体癌>
【0019】
RASタンパクは188-189個のアミノ酸から成る約21kDaの低分子グアノシン三リン酸(GTP)結合タンパクである。そのタンパク質をコードするRAS遺伝子は、KRAS、HRAS、NRASの3種類があり、癌で最も頻繁に変異する遺伝子ファミリーを構成する(表1参照)。
【表1】
【0020】
表1はAdrienne D. Cox, et al., “Drugging the undruggable Ras: mission possible?” National Library of Medicine, 2014 Nov;13(11) : 828-51を参考にして作成した。
【0021】
これまでイギリスのデータベースCOSMICでは、500 を超える癌遺伝子が同定されたが、KRAS、HRAS及びNRASの3つのRAS遺伝子がヒトの癌において最も頻繁に変異する癌遺伝子ファミリーを構成していることが明らかとなっている。
【0022】
中でもKRAS遺伝子変異は、NRASやHRAS遺伝子変異に比べ、発生頻度が非常に高い。COSMIC databaseによると、KRAS遺伝子変異の発生頻度は83.3%、NRAS遺伝子変異の発生頻度は13.0%、HRAS遺伝子変異は3.7%である(Prior IA et al., “The Frequency of Ras Mutations in Cancer”, Cancer Research, 2020, 80(14): 2969-2974)。癌種別にみると、KRAS遺伝子変異はヒト肺腺癌では約25~30%、ヒト膵癌では約70~100%、ヒト大腸癌では約50%認められている。
【0023】
ここでKRAS遺伝子とはKRAS-GTPアーゼをコードする遺伝子を指し、NRAS遺伝子はNRAS-GTPアーゼをコードする遺伝子を指し、HRAS遺伝子はHRAS-GTPアーゼをコードする遺伝子を指す。そして、KRAS遺伝子は12番染色体、NRASが1番染色体、HRASが11番染色体に位置し、それぞれ4つのエクソンと3つのイントロンからなる。
【0024】
KRAS、NRAS、HRASに共通する機序として、RAS遺伝子は細胞シグナル伝達におけるオン/オフスイッチとしての役割を果たす。EGFRなど上流からの刺激により、グアノシン二リン酸(GDP)がRAS分子から離れ、代わりに細胞質からGTPが結合することでRASは活性型となる。活性型RASは、RAF、PI3K、RALGDSなど20種類に及ぶエフェクタータンパクと結合し、下流のシグナルカスケードを活性化する。通常は、活性型RASは自身のもつGTP加水分解活性(GTPアーゼ)により不活性型となるが、RAS遺伝子に変異が起こることによりアミノ酸置換が生じるとRASのGTPアーゼとしての機能が低下して、恒常的な活性化状態となり、下流にシグナルを送り続ける。そのため、細胞が継続的に増殖し、癌に発展する可能性がある。
【0025】
RAS遺伝子は、主にグリシン-12(G12)残基、グリシン-13(G13)残基、又はグルタミン-61(Q61)残基などにおける単一アミノ酸置換をコードする変異を特徴とする。これら変異箇所は、KRAS、NRAS、HRASで共通している。例えば、先述したPrior IA et al., “The Frequency of Ras Mutations in Cancer”, Cancer Research, 2020, 80(14): 2969-2974によれば、KRASにおいては、G12残基での変異が81%、G13残基での変異が14%、Q61残基での変異が2%、NRASにおいては、G12残基での変異が23%、G13残基での変異が11%、Q61残基での変異が62%、HRASにおいては、G12残基での変異が26%、G13残基での変異が23%、Q61残基での変異が38%である。このように、KRAS、HRAS、NRASは変異箇所が共通している。これらの変異により、RASがGTP結合型となり、細胞外刺激とは無関係に活性化され、シグナル伝達経路の過剰刺激により、癌細胞増殖が起こる。なお、G12残基、G13残基、Q61残基の位置における変異の頻度は癌種によっても異なる。
<VEGFR阻害剤を含有してなる、RAS遺伝子変異体癌治療薬>
【0026】
本発明者らは、1600個の化合物ライブラリースクリーニングを行い、KRAS遺伝子変異株に選択的に細胞増殖抑制効果又は細胞生存率の低下をもたらす薬剤を探索し、VEGFR阻害剤がその効果を発揮することを見出し、本発明を完成させた。
【0027】
血管内皮細胞増殖因子(Vascular endothelial growth factor 、以下VEGFと言うこともある)は、血管内皮細胞の増殖促進と生存制御、血管内皮細胞からの活性物質産生誘導などの作用を示すサイトカインで、血管形成や血管新生に関与し、種々の癌細胞において発現増加が見られる。VEGFR阻害剤は、VEGFがその受容体(VEGFR)に結合することを阻害することで、血管内皮細胞の遊送や増殖を抑制し、血管新生を阻害する働きを有する。VEGFRにはVEGFR1、VEGFR2、VEGFR3と3種類があるが、本発明でいうVEGFR阻害剤は、VEGFR1~3全てを阻害するものや、特定のVEGFRに強い阻害効果を示すもののいずれであっても良い。VEGFRを阻害するものであれば、他の受容体にも交差反応してその活性を阻害してもよい。癌は増殖、転移する際に血管新生と呼ばれる栄養血管の形成を必要とするため、VEGFR阻害剤がVEGFの代わりにVEGFRに結合することで、癌細胞の血管の新生を阻害し、増殖及び転移を抑制する。
【0028】
VEGFR阻害剤は、VEGF受容体に対して阻害活性を有する公知の物質を用いることができる。VEGFR阻害剤は既知の方法により製造でき、また、市販のものを入手して用いることができる。日本薬局方に準拠したものを用いることができれば好ましい。有機合成により合成できるため、バイオ医薬品と異なり製造コストを低く抑えることができる。
【0029】
VEGFR阻害剤としては、ニンテダニブ、アキシチニブ、モデサニブ、レゴラフェニブ、ポナチニブ、カボザンチニブ、レンバチニブ、ソラフェニブ、パゾパニブ、アパチニブ、バンデタニブ、スニチニブ、ミドスタウリン、チボザニブ、フルキンチニブ、セディラニブ、ブリバニブ、ドナフェニブ、スルファチニブ、アンロチニブ、それらの薬学的に許容される塩からなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましい。特に癌細胞増殖抑制効果の観点から、ニンテダニブ、アキシチニブ及びモデサニブからなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。VEGFRとの親和性の観点より、ニンテダニブ、アキシチニブがより好ましく、ニンテダニブが特に好ましい。上記2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0030】
なお、ニンテダニブは特発性肺線維症及び全身性強皮症に伴う間質性肺疾患の治療薬として認可されている。より具体的には、ニンテダニブは、PDGFR(血小板由来成長因子受容体、:Platelet-Derived Growth Factor Receptors)、FGFR(線維芽細胞増殖因子受容体、Fibroblast Growth Factor Receptors)、VEGFRを阻害し、リンパ球や線維細胞のリクルートを抑制し、周辺細胞から線維芽細胞や筋線維芽細胞への分化や増殖を抑制する。ただし、現在ニンテダニブが適用されている疾患はいずれも癌ではないため、RAS遺伝子変異は存在しないと考えられる。そのため、本発明のようにVEGFR阻害剤がRAS遺伝子変異体癌に効果を有することは驚くべきことであった。
【0031】
本発明の癌治療薬の投与対象は、癌の治療が望まれる、又は必要とされるヒト及び非ヒト哺乳動物である。非ヒト哺乳動物とは例えばサル、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスターなどであり、ペット動物、家畜、実験動物を含む。好ましい投与対象としてはヒトが挙げられる。
【0032】
本発明の癌治療薬は、 上記VEGFR阻害剤を有効成分として含有し、必要に応じ、非毒性で不活性の医薬的に許容される賦形剤、例えば固体状、半固体状もしくは液状の希釈剤、分散剤、充填剤及び担体と混合することにより、製剤化される。さらに本発明の効果を損なわない範囲において、安定剤、保存剤、pH調整剤、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料防腐剤、媒質、生理食塩水などを添加剤として含んでいてもよい。
<本発明の癌治療薬を用いたRAS遺伝子変異体癌の治療方法>
【0033】
本発明の癌治療薬の剤形は特に限定されず、経口投与用製剤(例えば、カプセル剤、錠剤、顆粒剤、散剤などの固形製剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤などの液剤)、経気道投与用製剤、腹腔内投与用製剤、経静脈投与製剤、注射剤、坐剤、貼付剤、軟膏剤などが例示できる。経口投与用製剤、経気道投与用製剤又は経静脈投与用製剤が好ましい。経静脈投与製剤としては、静脈注射製剤や点滴静脈注射製剤が挙げられる。ヒトにおいては経口投与製剤又は経静脈投与製剤が好ましい。
【0034】
本発明の癌治療薬の投与量は、使用目的、投与対象、投与対象の性別、年齢、体重、癌の進行ステージなどを考慮して適宜調製することができるが、ヒトに対して投与する場合は、本発明の癌治療薬を1回当たり5~100mg/kg、好ましくは15~60mg/kg体重、さらに好ましくは15~30 mg/kg体重、含有することが好ましい。前記範囲であれば、本発明の効果を奏しやすく、毒性も小さいため副作用が少ない。投与レジメとしては、上記範囲内の量を、1日1回毎日投与してもよく、1日~2日おきに間欠的に投与することが挙げられる。なお、この投与量は、種々の条件で変動するので、上記範囲より少ない投与量や投与回数で充分な場合もあるし、また上記範囲を超えた投与量や投与回数が必要な場合もある。
【0035】
本発明の癌治療薬を投与する際は、その他の医薬、特に癌治療のための化学療法剤、ホルモン療法剤、免疫療法剤などの薬剤と併用して投与することができる。肺癌や膵癌で利用されている抗ガン剤(5-FU、イリノテカン、オキサリプラチン、レボホリナート、ゲムシタビン・ナブパクリタキセル、S-1)などと併用しても良い。併用投与とは、本発明の癌治療薬の投与と同時、又は本発明の癌治療薬投与の前後に、時間差をおいて投与することである。あるいは、本発明の癌治療薬と、上記他の癌治療薬を混合して一つの製剤とすることもできる。併用薬剤の投与量は、臨床上用いられている用量を基準として適宜選択することができる。また、本発明の癌治療薬と併用薬剤の配合比は、投与対象、投与ルート、対象疾患、症状、組み合わせなどに応じて適宜選択することができる。
<適用対象>
【0036】
本発明の癌治療薬は、本発明の癌治療薬は、RAS遺伝子変異体癌の治療に用いることができる。好ましくは、RAS遺伝子変異の頻度が10%以上であるRAS遺伝子変異体癌の治療に有用である。RAS遺伝子変異の頻度が、20%以上の癌の治療に用いることが好ましく、50%以上の癌の治療に用いることが更に好ましい。ここでいうRAS遺伝子変異の頻度は、KRAS、HRAS、NRASの3つのRAS遺伝子頻度の合計である。RAS遺伝子変異の発生頻度が50%以上の癌種としては、膵管腺癌、結腸直腸腺癌などが挙げられる。
なお、RAS遺伝子変異体癌は、遺伝子検査により調べることができる。発生頻度も前記遺伝子検査により調べることができる。例えば、次世代シーケンサーを用いたがん遺伝子パネル検査やRAS遺伝子変異検出キット OncoBEAMTM RAS CRCキット(シスメックス社)を利用できる。
【0037】
別の態様として、本発明の癌治療薬はKRAS遺伝子変異を含む癌の治療に用いることができる。また、別の態様として、本発明の癌治療薬は、膵癌、大腸癌、多発性骨髄腫、肺癌、皮膚癌、子宮癌、甲状腺癌及び胃癌からなる群から選ばれる1つ以上の癌の治療に用いられる。これらの癌は、いずれもRAS遺伝子変異体癌である。膵癌としては膵管腺癌、大腸癌としては結腸直腸腺癌、肺癌としては肺腺癌、肺扁平上皮癌、小細胞肺癌などが挙げられる。皮膚癌としては皮膚悪性黒色腫、子宮癌としては、子宮体部類内膜癌、子宮癌肉腫、子宮頸部腺癌などが挙げられる。本発明の癌治療薬は前記癌の治療薬に用いることができ、特に、最も予後が悪いと言われる膵癌の治療に有用である。
【実施例0038】
以下に示す実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
<KRAS遺伝子変異細胞株の樹立>
【0039】
多発性骨髄腫の細胞株SachiをKRAS wild typeとし、ゲノム編集法により、KRAS MUT遺伝子を組み換えした。コドン12番目のグリシン(G)をアラニン(A)に組み替えた(図1(A)参照)。 具体的には、KRASG12Aを持つRPMI8226細胞からゲノムDNAを抽出し、PCR法によってKRAS遺伝子変異領域周辺を増幅させた。このゲノム断片をクローニングベクターpCDNA3.1に組み込むことにより、ターゲッティングプラスミドを調製した。また、シングルガイドRNA(sgRNA)の設計には、Guide Design Resources(https://zlab.bio/guide-design-resources)を利用した。KRAS sgRNAの塩基配列は5'-AAACTTGTGGTAGTTGGAGC-3 'であり、エクソン2に対応する。オリゴヌクレオチドをPX458のBbsI切断部位(KRAS/ PX458)にライゲーションすることにより、hCas9及びsgRNAを共発現するプラスミドを調製した。ノックイン細胞は、4D-Nucleofector(Lonza Japan)を使用して、1μgのKRAS/ PX458と1μgのターゲッティングプラスミドを1×106個の細胞にエレクトロポレーションすることによって確立した。トランスフェクションの3日後、緑色蛍光タンパク質を発現する細胞をBD FACS Aria III(BD bioscience)を使用して選別し、実験に用いた。ノックインをサンガーシークエンスで確認した結果を図1(B)に示す。
【0040】
また、樹立したKRAS遺伝子変異細胞株の細胞増殖能、遊走能、浸潤能について調べた。各測定方法及び測定結果を以下に示す。
【0041】
細胞増殖能:対照(コントロール)細胞 及びKRAS遺伝子変異細胞株2×103個を96穴細胞培養プレートに播種した。37℃で3時間(day-0)、 24時間(day-1)、 72時間(day-3)、 120時間(day-5)培養し、経時的な細胞生存率についてMTTアッセイを用いて評価した(図2(A))。
遊走能(軟寒天コロニー形成能):はじめに、6ウェルマイクロプレートにBottom-agar layer(0.6% アガロース含有培地、2 mL/well)を作成した。次に、Bottom-agar layer上にSoft-agar layer(0.4% アガロース含有対照細胞株又はKRAS遺伝子変異細胞株1×104個懸濁液、1 mL/well)を加え、冷所で固化させた。Soft-agar layer上に培地(1 mL/well)を添加し、CO2インキュベーター(37℃、5% CO2)内で軟寒天培養を実施した。約3週間後に培地を除去後、MTT試薬を添加し、CO2インキュベーターで6時間静置した(細胞染色)。顕微鏡で、コロニーカウンターソフトウェアを用いてコロニー数の解析を実施した (N = 3) (図2(B)) 。
浸潤能:100μLの無血清培地に懸濁した1×104個のコントロール細胞又はノックイン細胞をTrans well(8μm pore、Corning社)の上部チャンバーに加え、培養した。下部チャンバー層には培養用の血清含有培地を添加した。 24時間後にホルマリンで細胞を固定し、0.1%クリスタルバイオレットを用いて細胞染色を実施した。コロニーの数は、顕微鏡下で観察した (N = 3) (図2(C))。
【0042】
図1(B)から、作成したKRAS遺伝子変異株において、野生株のGGTがGCTに置き換わっていることが分かる。この変異により、タンパク質はグリシンがアラニンに変わる。ここで、この変異の細胞株をG12Aと表記することもある(以下同様)。
【0043】
そして、図2から、作成したKRAS遺伝子変異株の細胞増殖能、遊走能、浸潤能が野生株より増加していることが分かる。
【0044】
なお、同様の方法にてコドン12番目のグリシン(G)を他の遺伝子に組み替えた変異株を複数種類作成し、以降の実験で用いた。
<VEGFR阻害剤の選択>
【0045】
1600個の化合物ライブラリー (Selleck Cat. FDA-approved Drug Library、Catalog No. L1300)を用いて薬剤を探索したところ、VEGFR阻害剤が前記KRAS遺伝子変異株に選択的な細胞増殖抑制効果(又は細胞生存率の低下)をもたらす効果を有することを確認した。
【0046】
具体的には、500個のSachi-KRASWT又はSachi-KRASG12A(KRAS遺伝子変異株)を384穴細胞培養プレートに播種した。37℃で24時間培養し、その後、1600個の化合物ライブラリーを終濃度7.5 μMとなるように加え、37℃で72時間培養した。培養後、MTTアッセイを用いて細胞生存率を測定した。薬剤添加無しの細胞生存率を100%として、各々の薬剤を添加した時の細胞生存率について解析を行った。化合物ライブラリーを用いた解析から、各種VEGFR阻害剤(22種類)の細胞生存率の結果を図3に示す。野生株とKRAS変異株を比較したときに、細胞生存率に有意差がある場合、アスタリスク(*)を付した。アスタリスクは、Probability(P)が0.05未満であることを表す。
【0047】
ニンテダニブやアキシチニブは、野生型のKRAS-WTを持つ親株(parent)やSachi KRAS-Mutに比べて、KRAS遺伝子変異株に対し有意に細胞生存率の低下を誘導した。前記2つの化合物が、他の化合物に比べて有意な効果を示した理由は定かではないが、おそらく化合物の構造の違いによるものと推測される。例えば、ニンテダニブはATP(アデノシン3リン酸)と競合的にVEGFRなどに結合することで、阻害効果を発揮する。ニンテダニブはVEGFR2、3に最も阻害効果が高いのに対し、他のVEGFR阻害剤では、同じようにATP競合性のキナーゼ阻害剤であってもVEGFR以外の分子をより選択的に阻害するために、ニンテダニブとは効果が異なったものと推察される。このように、VEGFR阻害剤の構造上の違いによる受容体への親和性が、細胞生存率に影響していると推察される。
<VEGFR阻害剤の、KRAS遺伝子変異株に対する効果>
【0048】
コドン12番目のグリシン(G)を種々の遺伝子に変異させたKRAS遺伝子変異株を作成し、それら変異株に対するVEGFR阻害剤の効果を調べた。
<効果の確認1:細胞増殖率>
【0049】
VEGFR阻害剤として、ニンテダニブ、アキシチニブ及びモデサニブを選択し、KRAS遺伝子変異株の細胞増殖率を調べた。細胞生存率の測定方法は以下のとおりである。
【0050】
正常細胞及びKRAS変異株3×103個を96穴細胞培養プレートに播種した。用いたKRAS変異株は、KRAS遺伝子変異を有する大腸がん細胞株(HCT116、SW480、DLD1)、肺がん細胞株(Lu-99A、A549)、膵臓がん細胞株(PL5、PL8、AsPC-1)、骨髄腫細胞株(Sachi-KRASG12A)である。野生株としては、KRAS遺伝子変異を有しない骨髄腫細胞株(Sachi)、不死化気道上皮細胞株(HBEC3-KT)を用いた。これら細胞株を37℃で24時間培養し、その後、ニンテダニブ(Selleck、 Cat. S1010)、アキシチニブ(Selleck、Cat.S1005)及びモテサニブ(Selleck、 Cat. S5793)の濃度を20、 15、 10、 7.5、 5、 2.5、 1.25、 0.625、0.3125(μM)と変化させて投与し、37℃で72時間培養した。それぞれの細胞株の細胞生存率についてMTTアッセイを用いて評価した。各細胞株において、薬剤を投与していないグループを100%とし、比較検討した。
【0051】
結果を図4に示す。図4から明らかなように、in vitroにおいて、モデサニブ、アキシチニブ及びニンテダニブは様々な種類のKRAS遺伝子変異株において優位な細胞増殖抑制効果を示した。特にニンテダニブはその効果が顕著であり、アキシチニブ及びモデサニブと比べて細胞生存率が有意に低下した。
【0052】
図5からも、ニンテダニブが濃度依存的に、種々のKRAS遺伝子変異株に細胞増殖抑制効果を示すことが明らかである。特に2.5μM以上のニンテダニブの投与で細胞生存率抑制効果が見られた。低濃度投与でKRAS遺伝子変異株に対する選択的な治療効果が見られることは、副作用の点からも好ましい。
<効果の確認2:細胞周期ごとの細胞増加割合>
【0053】
ニンテダニブ5.0μMを添加し、細胞周期分布をフローサイトメトリーで調べた。具体的には、KRAS遺伝子変異を有するHCT116、 PL8、 Lu-99A細胞にニンテダニブを5μM添加して37℃で6時間培養し、PI(Propidium iodide)染色より、フローサイトメトリーによる細胞周期を解析した。
【0054】
細胞を1x105cell/mLになるよう調整して12well plateに播種し、0.1% Triton X-100 と0.5%RNase処理後、細胞を採取し、PBSで洗浄した。PI染色液はPI(SIGMA)を100μg/mLの濃度となるようにPBSに懸濁したものを用いた。FACSCantoTM II フローサイトメーター(BD bioscience)を用いて、細胞周期のSub-G1、 G1、 S、 G2-M 期量を測定した。その結果を図6に示す。
【0055】
図6の結果から、親株に比べて、ニンテダニブ5.0μM添加することで、種々のKRAS遺伝子変異株におけるS期の細胞の割合を大幅に減少し、G1期の細胞割合を増加させる効果が示唆された。
<効果の確認3:リン酸化レベルとアポトーシス関連分子の増減>
【0056】
ニンテダニブ添加によるVEGFR1及びVEGFR2タンパク質のリン酸化の増減、AKTのタンパク質のリン酸化の増減、切断型カスパーゼ3についてウエスタンブロットにより確認した。各種細胞株に、ニンテダニブを5μM添加して24時間培養したのち、タンパク質抽出液を調製した。VEGFR1タンパク質のリン酸化やAKTのリン酸化を特異的に認識する抗体を用いた。その結果を図7(A)に示す。
【0057】
また、ニンテダニブがKRAS遺伝子変異株に対してアポトーシスを誘導していることを確認するために、アポトーシス誘導率も測定した。膵臓癌(PL8)株にニンテダニブを5μM添加して37℃で24時間培養し、PI(Propidium iodide)染色及びAnnexin-V-FITC染色の二重染色法により、フローサイトメトリーによる細胞死(アポトーシス)誘導作用を解析した。
【0058】
細胞を2x105cell/mLになるよう調整して6well plateに播種し、37℃で24時間培養した。PI染色液はPI(SIGMA)を100μg/mLの濃度となるようにPBSに懸濁したものを用いた。またAnnexin-V-FITC(MBL)を用いた。BD FACSCantoTM II フローサイトメーター(BD bioscience)を用いて測定を行い、アポトーシス細胞死割合を測定した。その結果を図7(B)に示す。
【0059】
図7(A)から、ニンテダニブ未投与群では、KRAS遺伝子変異株HCT116、PL8、 Lu-99AにおいてVEGFR1、 VEGFR2及びAKTのリン酸化が高度に認められたことから、細胞内においては、RAS遺伝子変異を介した恒常的な活性化シグナルをAktなどの下流分子に伝達していることが示唆された。一方、これらのリン酸化レベルは、ニンテダニブ投与によって顕著に減少した。また、アポトーシスの指標である切断型カスパーゼ3がニンテダニブ投与後に増加したことから、ニンテダニブはKRAS遺伝子変異株に対してアポトーシスを誘導することが示唆された。
【0060】
このことは、図7(B)からも明らかである。図7(B)はフローサイトメトリーの結果である。縦軸はPIの蛍光強度を示し、横軸はアネキシンV-FITCの蛍光強度を示す。アネキシンV-FITCの蛍光値が高く、PIの蛍光値が低い細胞は、アポトーシス初期の細胞であり、アネキシンV-FITCの蛍光値及びPIの蛍光値の双方が高い細胞は、アポトーシス後期の細胞である。
【0061】
図7(B)から明らかなようにPL8株にニンテダニブを添加すると、アポトーシスの細胞が増加したことから、ニンテダニブがKRAS遺伝子変異株に対してアポトーシスを誘導することが明らかとなった。図7(C)は図7(B)の結果に基づいて作成したグラフであり、アポトーシスを生じた細胞の割合を示す。ニンテダニブを投与すると、アポトーシスを生じた細胞が増加したことが分かる。
<in vivoでの腫瘍形成抑制効果及び副作用の確認>
【0062】
PL8(KRAS MUT膵臓癌細胞株)を免疫不全マウス(N = 5)へ移植したXenograftモデルを用いて、本発明の治療薬の副作用の程度を確認した。具体的には5週齢のヌードマウス(雌)の背部に0.5×107個のPL8細胞を皮下移植後、腫瘍体積が60mm3に達したのち(Day-0)、ニンテダニブを15mg/Kg、2日に1回、計6回腹腔内投与した(N = 5)。
計6回投与後のマウスの写真を図8(A)に、腫瘍の体積を測定した結果を(N)に示す。なお、相対腫瘍体積値(Relative tumor volume)は、腫瘍の長径、短径をノギスで測定し、長径×短径×短径÷2でその体積を算出し、治療時のマウスの体積で割った値である。
【0063】
また、マウスの体重も測定した。その結果を図8(C)に示す。マウスの体重減少が多い場合は副作用が大きいと判断した。
副作用の有無については、肝臓の酵素であるアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)の量でも確認した。これは、多くの薬物が肝臓で代謝されるが、そのときに肝臓自身が障害を受けることがあることに基づく。高度な薬物性肝障害は、肝不全を引き起こすこともあり、また脳に障害を与えることもある。肝障害が起こると、ASTやALTは血中に漏れ出すため、それを検出することにより肝障害の危険性を確認した。具体的には、マウスに全身麻酔処置を施し、血漿を得た。富士フィルムー和光純薬株式会社に生化学検査を依頼し、肝障害マーカーであるASTやALTを測定した。その結果を図8(D)(E)に示す。
【0064】
図8(A)から、目視によっても、ニンテダニブ投与マウスの腫瘍は、コントロールに比べて小さくなっていることが分かる。このことは図8(B)からも明らかである。ニンテダニブ投与により、腫瘍体積が有意に減少した。図8(C)から、マウスの体重の増減はなく、ほぼ一定の値を示したことからニンテダニブ投与による副作用(体重減少)は認められないと考えた。また、図8(D)(E)から、ニンテダニブを投与してもAST及びALTの量は有意に増加していないことから、肝障害という副作用は認められないと考えた。この結果から、in vivoにおいて、ニンテダニブはKRAS遺伝子変異体癌に対して腫瘍抑制効果を示し、重篤な副作用も示さないことから、安全性も示された。
<既存癌治療薬との効果の比較>
【0065】
表1から明らかなように、KRAS遺伝子変異は膵癌で多く見られる。KRAS遺伝子変異体癌に有効な治療薬がないことは先述した通りだが、膵癌で一般的に使用される抗癌剤がやはりKRAS遺伝子変異体癌に効果を有さないことをここで確認する。
【0066】
ここでは、膵癌で使われる抗癌剤として、含フッ素ヌクレオシドの一種であるゲムシタビンと、癌化学療法において用いられる有糸分裂阻害剤の一種であるパクリタキセルを用いた。
KRAS遺伝子変異を有する細胞株と、KRAS遺伝子変異を有しない細胞株を96穴細胞培養プレートに播種した(3×103個/ウェル)。37℃で24時間培養し、その後、ゲムシタビン(Selleck社、 S1714)又はパクリタキセル(Selleck社、 S1150)を投与(1μM)し、37℃で72時間培養した(N = 3)。それぞれの細胞株の細胞生存率についてMTTアッセイを用いて評価した。薬剤未投与群における細胞生存率を100%として、薬剤処理群の細胞生存率を比較検討した。その結果を図9に示す。
【0067】
図9(A)(B)とも、一見するとゲムシタビン又はパクリタキセルが細胞増殖抑制効果を奏するように見えるが、野生株においても、同等あるいはそれ以上に細胞増殖抑制効果を示している。これら薬剤は、癌細胞特異的に効果を奏するのではなく、正常細胞の増殖までもを抑制するため、KRAS遺伝子変異体癌に対する癌治療薬としては好ましくない。特にゲムシタビンは、ピリミジン系の抗がん剤であり、DNA合成を阻害することによって、がん細胞の増殖を抑制する。DNA合成が盛んな血球などの正常細胞にも同様の作用を引き起こすため、貧血などの造血障害が高頻度に見られる。また、肝毒性も高いことが知られている。また、パクリタキセルは0.04μMという非常に低濃度でも、野生株Sachiの細胞生存率を約20%にまで抑制したことから、正常細胞に対して非常に毒性が強いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の癌治療薬は、VEGFR阻害剤を含有してなり、RAS遺伝子変異体癌の治療に適用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9