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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024073897
(43)【公開日】2024-05-30
(54)【発明の名称】チェーンテンショナ
(51)【国際特許分類】
   F16H 7/08 20060101AFI20240523BHJP
【FI】
F16H7/08 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022184872
(22)【出願日】2022-11-18
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100187827
【弁理士】
【氏名又は名称】赤塚 雅則
(74)【代理人】
【識別番号】100167380
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 隆
(72)【発明者】
【氏名】鬼丸 好一
【テーマコード(参考)】
3J049
【Fターム(参考)】
3J049AA08
3J049BB13
3J049BB27
3J049BB34
3J049BB35
3J049BC03
3J049CA02
3J049CA04
(57)【要約】
【課題】プランジャを押込み状態に保持するために行うセットリングの設定作業をより確実にする。
【解決手段】セットリング20の円環部23の縮径は、その円環部23の両端の一対の操作片21,22を接近させる操作で行われ、一対の操作片21,22の移動はシリンダ室2の開口端部からセット溝30まで通じるように設けられた切欠部31の範囲内で行われる。プランジャ3の外周には、浅溝部35と深溝部36とからなるセット溝30の浅溝部35の溝底面に弾性接触するセットリング20との係合によって、プランジャ3を押込状態に保持する係合溝37が形成されている。一対の操作片21,22の少なくとも一方の操作片22と円環部23をつなぐ円弧状の曲げR部24が、切欠部31とセット溝30との間の稜線で構成される角部32に干渉しないように、角部32を円環部23に対向させている。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジング(15)に形成されたシリンダ室(2)と、前記シリンダ室(2)内に摺動可能に収容されたプランジャ(3)と、前記プランジャ(3)を外方に向けて押圧するリターンスプリング(7,19)と、前記シリンダ室(2)の開口端部の内周に設けられた浅溝部(35)と深溝部(36)とを有する段付きのセット溝(30)と、前記セット溝(30)内に組み込まれ径方向に弾性変形可能なセットリング(20)と、を備え、
前記セットリング(20)は、周方向1箇所が開放されたC字状の円環部(23)と前記円環部(23)の両端から外径方向に突出して設けられた一対の操作片(21,22)を備え、前記深溝部(36)の溝底面に弾性接触する状態で前記セットリング(20)の内径が前記プランジャ(3)の外径より大径であり、且つ、前記浅溝部(35)の溝底面に弾性接触する状態で前記セットリング(20)の内径が前記プランジャ(3)の外径より小径となるよう前記浅溝部(35)及び前記深溝部(36)の溝深さが設定され、
前記円環部(23)の縮径は、前記一対の操作片(21,22)を接近方向へ移動させる操作で行われ、前記一対の操作片(21,22)の移動は前記シリンダ室(2)の開口端部から前記セット溝(30)まで通じるように設けられた切欠部(31)の範囲内で行われ、前記プランジャ(3)の外周には、前記浅溝部(35)の溝底面に弾性接触する前記セットリング(20)との係合によって前記プランジャ(3)を押込状態に保持する係合溝(37)が形成されているチェーンテンショナにおいて、
前記一対の操作片(21,22)の少なくとも一方の操作片(22)と前記円環部(23)をつなぐ円弧状の曲げR部(24)が、前記切欠部(31)と前記セット溝(30)との間の稜線で構成される角部(32)に干渉しないように、前記角部(32)を前記円環部(23)に対向させていることを特徴とするチェーンテンショナ。
【請求項2】
一方の前記操作片(22)の中心線は第一の方向(C1)へ向かって直線状に伸び、それに対向する前記切欠部(31)の端面(31a)は第二の方向(C2)へ向かって直線状に伸びるフラット面であり、
前記第一の方向(C1)と前記第二の方向(C2)との理論交点を通る前記プランジャ(3)の半径方向(R)に対して、前記第一の方向(C1)が成す第一の鋭角(γ1)と、前記第二の方向(C2)が成す第二の鋭角(γ2)とは、前記半径方向(R)に対して反対側に設定されている請求項1に記載のチェーンテンショナ。
【請求項3】
一方の前記操作片(22)の中心線は第一の方向(C1)へ向かって直線状に伸び、それに対向する前記切欠部(31)の端面(31a)は第二の方向(C2)へ向かって直線状に伸びるフラット面であり、
前記第一の方向(C1)と前記第二の方向(C2)との理論交点を通る前記プランジャ(3)の半径方向(R)に対して、前記第一の方向(C1)が成す第一の鋭角(γ1)と、前記第二の方向(C2)が成す第二の鋭角(γ2)とは、前記半径方向(R)に対して同じ側に設定され、前記第一の鋭角(γ1)は前記第二の鋭角(γ2)よりも小さく設定されている請求項1に記載のチェーンテンショナ。
【請求項4】
前記切欠部(31)の前記セット溝(30)側の端部に段差(34)が設けられ、前記段差(34)の底面と前記セット溝(30)との間の稜線を前記角部(32)としている請求項1に記載のチェーンテンショナ。
【請求項5】
前記一対の操作片(21,22)の先端は、前記切欠部(31)の外縁(33)よりも外周側に位置している請求項1から4のいずれか一つに記載のチェーンテンショナ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、チェーンテンショナに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、自動車等各種用途のエンジンでは、クランク軸の回転を、タイミングチェーンを介してカムシャフトに伝達するチェーン伝動装置が用いられている。この種のチェーン伝動装置では、無端状部材の弛み側にチェーンテンショナを配置して、チェーンの張力を一定に保つようにしている。
【0003】
チェーンテンショナとして、例えば、特許文献1に記載のものがある。このチェーンテンショナは、ハウジングと、ハウジング内に形成されたシリンダ室と、シリンダ室に組み込まれたプランジャと、そのプランジャを突出方向へ付勢するリターンスプリングとを備えた構成となっている。ハウジングには、プランジャの背部に形成された圧力室に連通する給油通路が設けられている。給油通路から圧力室内に供給される作動油によって、チェーンからプランジャに負荷される押し込み力を緩衝するようになっている。
【0004】
特許文献1のチェーンテンショナでは、例えば、図7に示すように、1本の軸状部材を円弧状に曲げて、その両端が円弧の外径方向に突出したC字状を成すセットリング20を用いている。図中の符号23は円弧状の円環部23を、符号21,22は、軸の両端に設けられた一対の操作片21,22を示している。また、図8Aに示すように、シリンダ室の開口側端部の内周に、浅溝部35と深溝部36とを有する段付きのセット溝30を備え、セット溝30内にセットリング20を縮径させた状態で組込み、セットリング20が深溝部36の溝底面に弾性接触する状態でセットリング20の内径がプランジャ3の外径より大径、且つ、セットリング20が浅溝部35の溝底面に弾性接触する状態でセットリング20の内径がプランジャ3の外径より小径となるように設定されている。
【0005】
エンジンブロックへの取り付け前のチェーンテンショナは、図8Aに示すように、プランジャ3がハウジング15内に押し込まれ、その状態でセットリング20が浅溝部35とプランジャ3側に設けられた係合溝37との間に嵌ることで、プランジャ3が固定されている。図9Aは、図8Aにおけるセットリング20が介在する部分の断面図である。このようにプランジャ3が押込み状態に保持されていれば、エンジンブロックにチェーンテンショナを組付けしやすい。
【0006】
チェーンテンショナをエンジンに組付けた後は、リターンスプリングの付勢力に抗してプランジャ3を強く押し込むと、図8Bに示すように、セットリング20が深溝部36と係合溝37との間に嵌ることで拡径し、プランジャ3の固定が解除される。これにより、プランジャ3は外方に向けて移動し、チェーンに触れるガイドを押圧する状態となる。図9Bは、図8Bにおけるセットリング20が介在する部分の断面図である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007-032685号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1のチェーンテンショナでは、セットリングを縮径状態とする設定作業において、一対の操作片21,22のうち、例えば、一方の操作片21のみを操作し、その一方の操作片21を他方の操作片22に近づけることで、セットリング20の円環部23を縮径状態とする方法を採用している。
【0009】
その際、他方の操作片22は、図10に示すようにシリンダ室の切欠部31の壁面側に寄せられる。ここで、他方の操作片22と円環部23をつなぐ曲げR部24の内側部25が、シリンダ室の切欠部31の角部32に干渉する場合がある。このような干渉が生じた場合、曲げR部24が角部32によって押し出されて、円環部23がシリンダの軸中心側にせり出す動きをすることがある(図10の矢印A参照)。このようなせり出しの動きが生じた状態でプランジャ3が初期セットされていると、チェーンテンショナをエンジンに組付けた後に、プランジャ3を押圧して解除作業を行うと、一方の操作片21側が動いて円環部23を拡径する動きをするものの、他方の操作片22側が切欠部31の壁面に固着して動かないことがある。このとき、他方の操作片22に近い円環部23が、プランジャ3の係合溝37に引っかかった状態でプランジャ3が突出しようとすることから、セットリング20がプランジャ3の突出を阻害してしまう可能性があった。
【0010】
そこで、この発明の課題は、プランジャを押込み状態に保持するために行うセットリングの設定作業を、より確実にできるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、この発明は、ハウジングに形成されたシリンダ室と、前記シリンダ室内に摺動可能に収容されたプランジャと、前記プランジャを外方に向けて押圧するリターンスプリングと、前記シリンダ室の開口端部の内周に設けられた浅溝部と深溝部とを有する段付きのセット溝と、前記セット溝内に組み込まれ径方向に弾性変形可能なセットリングと、を備え、前記セットリングは、周方向1箇所が開放されたC字状の円環部と前記円環部両端から外径方向に突出して設けられた一対の操作片を備え、前記深溝部の溝底面に弾性接触する状態で前記セットリングの内径が前記プランジャの外径より大径であり、且つ、前記浅溝部の溝底面に弾性接触する状態で前記セットリングの内径が前記プランジャの外径より小径となるよう前記浅溝部及び前記深溝部の溝深さが設定され、前記円環部の縮径は、前記一対の操作片を接近方向へ移動させる操作で行われ、前記一対の操作片の移動は前記シリンダ室の開口端部から前記セット溝まで通じるように設けられた切欠部の範囲内で行われ、前記プランジャの外周には、前記浅溝部の溝底面に弾性接触する前記セットリングとの係合によって前記プランジャを押込状態に保持する係合溝が形成されているチェーンテンショナにおいて、前記一対の操作片の少なくとも一方の操作片と前記円環部をつなぐ円弧状の曲げR部が、前記切欠部と前記セット溝との間の稜線で構成される角部に干渉しないように、前記角部を前記円環部に対向させていることを特徴とするチェーンテンショナとした。
【0012】
ここで、一方の前記操作片の中心線は第一の方向へ向かって直線状に伸び、それに対向する前記切欠部の端面は第二の方向へ向かって直線状に伸びるフラット面であり、前記第一の方向と前記第二の方向との理論交点を通る前記プランジャの半径方向に対して、前記第一の方向が成す第一の鋭角と、前記第二の方向が成す第二の鋭角とは、前記半径方向に対して反対側に設定されている構成を採用できる。
【0013】
また、一方の前記操作片の中心線は第一の方向へ向かって直線状に伸び、それに対向する前記切欠部の端面は第二の方向へ向かって直線状に伸びるフラット面であり、前記第一の方向と前記第二の方向との理論交点を通る前記プランジャの半径方向に対して、前記第一の方向が成す第一の鋭角と、前記第二の方向が成す第二の鋭角とは、前記半径方向に対して同じ側に設定され、前記第一の鋭角は前記第二の鋭角よりも小さく設定されている構成を採用できる。
【0014】
さらに、前記切欠部の前記セット溝側の端部に段差が設けられ、前記段差の底面と前記セット溝との間の稜線を前記角部としている構成を採用できる。
【0015】
これらの各態様において、前記一対の操作片の先端は、前記切欠部の外縁よりも外周側に位置している構成を採用できる。
【発明の効果】
【0016】
この発明は、プランジャを押込み状態に保持するために行うセットリングの設定作業が、より確実にできるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】この発明の一実施形態を示す縦断面図
図2】同実施形態の要部拡大図
図3】セットリングの全体図
図4】セットリングの取り付け状態を示す要部拡大図
図5】他の実施形態の要部拡大図
図6】さらに他の実施形態の要部拡大図
図7】セットリングの全体図
図8A】セットリングによる押込保持状態を示す要部拡大断面図
図8B】セットリングによる押込保持状態が解除された使用状態を示す要部拡大断面図
図9A図8AのA-A断面図
図9B図8BのB―B断面図
図10】従来例の要部拡大断面図
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、この発明の実施形態を図面に基づいて説明する。この実施形態に係るチェーンテンショナ1は、エンジン等に設けられるチェーン伝動装置に備えられるものである。
【0019】
チェーン伝動装置は、エンジンのクランクシャフトに固定されたスプロケットと、カムシャフトに固定されたスプロケットとがチェーンを介して連結されており、そのチェーンがクランクシャフトの回転をカムシャフトに伝達する。カムシャフトが回転することにより、エンジンの燃焼室のバルブが開閉する。チェーンには、支点軸を中心として揺動可能に支持されたチェーンガイドが接触し、チェーンテンショナ1は、そのチェーンガイドを介してチェーンを押圧する(チェーン、チェーンガイドは図示せず)。
【0020】
図1に示すように、チェーンテンショナ1は、筒状のハウジング15と、そのハウジング15内に挿入されたプランジャ3とを備えている。ハウジング1は図1で右側に示す一端が開口し、左側に示す他端が閉塞している。ハウジング15内は断面円形のシリンダ室2となっている。プランジャ3は断面円形であって、シリンダ室2内に摺動自在に組込まれている。ハウジング15の内面2は円筒面であり、その円筒面の筒軸方向を、以下「軸方向」と称する。
【0021】
ハウジング15内には、プランジャ3の内部及びプランジャ3の他端側に設けられた圧力室8に連通するリザーバ室9、及び、そのリザーバ室9に外部から作動油を供給する給油通路9aが設けられている。また、リザーバ室9と圧力室8との間には、そのリザーバ室9と圧力室8との連通部10bを開閉するチェックバルブ10が設けられている。チェックバルブ10は、圧力室8内の圧力がリザーバ室9に供給される作動油の供給圧より高くなると、連通部10bを閉じるようになっている。給油通路9aは、エンジンカバー(図示せず)側に設けられた油路に連通し、オイルポンプ(図示せず)から供給される作動油は、給油通路9a、リザーバ室9、チェックバルブ10の順に経由して圧力室8に導入される。
【0022】
チェックバルブ10は、連通部10bを形成する筒状のブロック10cと、そのブロック10cに設けられた弁孔10dに切離するボール10aと、リテーナ10eと、を備えている。ブロック10cは、シリンダ室2内に圧入して固定されている。ボール10aは、弁孔10dに接触する閉弁位置と、弁孔10dから離反する開弁位置との間で移動可能である。チェックバルブ10は、リザーバ室9側から圧力室8側への作動油の流れは許容するが、圧力室8側からリザーバ室9側への作動油の流れは規制する。
【0023】
プランジャ3は、シリンダ室2内へ挿入される他端側が開放され、その一端が閉塞した筒状の部材で構成されている。プランジャ3の外周面とシリンダ室2の内面の嵌合面間には微小なリーク隙間Aが形成されている。プランジャ3がシリンダ室2内に押し込まれる方向に移動すると、圧力室8内の作動油がリーク隙間Aを通ってシリンダ室2の開放端(一端)からシリンダ室2の外に流出することで、プランジャ3に作用する外力を緩衝するようになっている。
【0024】
プランジャ3のシリンダ室2内への挿入部分の内周には、雌ねじ17が形成されている。プランジャ3内には、雌ねじ17に対応した雄ねじ18を外周に有するスクリュロッド16が組み込まれている。スクリュロッド16は筒状を成し、その他端がプランジャ3の他端から突出しているとともに、その突出端がブロック10cに当接している。雄ねじ18と雌ねじ17は、プランジャ3をシリンダ室2内に押し込む方向の荷重が負荷されたときに圧力を受ける圧力側フランク(傾斜面)のフランク角(軸直交面に対する傾斜角)が、遊び側フランクのフランク角よりも大きい鋸歯状に形成されている。このような雄ねじ18と雌ねじ17は、例えば、圧力側フランクのフランク角を65°とし、遊び側フランクのフランク角を7°としたものや、圧力側フランクのフランク角を75°とし、遊び側フランクのフランク角を15°としたものを採用することができる。また、雄ねじ18と雌ねじ17の間には1.5mm以下の軸方向の遊びが設けられている。
【0025】
プランジャ3とスクリュロッド16との間には、リターンスプリング(第1リターンスプリング)7が組み込まれている。第1リターンスプリング7はコイルバネであり、その他端はスクリュロッド16の内部に設けられた段部16aに当接し、その一端側には押圧部材11が接続されている。押圧部材11は、第1リターンスプリング7内に挿し込まれる軸部11bと、その軸部11bの一端に設けられた傘部11aとを備えている。第1リターンスプリング7は、押圧部材11を介してプランジャ3を一端側へ押圧している。また、プランジャ3は、シリンダ室2内の底部2aに配置されたリターンスプリング(第2リターンスプリング)19によって一端側へ押圧されている。すなわち、第1リターンスプリング7及び第2リターンスプリング19の付勢力によって、プランジャ3の先端がシリンダ室2の外方へ突出する方向に付勢されている。プランジャ3のシリンダ室2からの突出端は、チェーンガイドに当接してチェーンを押圧する。なお、傘部11aが当接するプランジャ3の一端には貫通孔6が設けられているが、この貫通孔6は栓6aによって閉塞している。
【0026】
エンジンの作動中にチェーンの張力が大きくなると、チェーンの張力によってプランジャ3が押し込み方向に移動してチェーンの緊張を吸収する。このとき、リーク隙間Aを通って圧力室8から流出する作動油の粘性抵抗によってダンパ力が発生する。また、スクリュロッド16は、チェーンの振動により雌ねじ17と雄ねじ18の間の軸方向隙間の範囲内で前進と後退を繰り返しながら、プランジャ3に対して軸回り回転するため、プランジャ3はゆっくりと移動する。また、エンジンの作動中にチェーンの張力が小さくなると、第1リターンスプリング7及び第2リターンスプリング19の付勢力によって、プランジャ3が突出方向に移動してチェーンの弛みを吸収する。このとき、チェックバルブ10が開き、リザーバ室9から圧力室8に作動油が流入するので、プランジャ3は速やかに移動する。
【0027】
なお、エンジン停止時に、カムシャフトの停止位置によってはチェーンの張力が大きくなる場合があるが、この場合はチェーンが振動しないので、プランジャ3の雌ねじ17がスクリュロッド16の雄ねじ18で受け止められ、プランジャ3の位置が固定される。このため、エンジンを再始動するときにチェーンの弛みを生じにくく、円滑なエンジン始動が可能である。また、エンジンが停止すると、給油通路9aに作動油を供給するオイルポンプも停止するが、このとき、チェックバルブ10によりリザーバ室9の作動油が圧力室8に流出するのを防止することができる。このため、エンジンが再始動したときに、リザーバ室9の作動油が圧力室8に流入し、圧力室8が速やかに作動油で満たされる。この結果、エンジンを再始動した直後のダンパ作用の低下を抑えることができる。
【0028】
ところで、図1に示すように、シリンダ室2の開口端部の内周には、全周に亘るセット溝30が形成されている。セット溝30は深溝部36と浅溝部35を有する段付き溝から成り、浅溝部35が深溝部36よりも一端側に配置されている。また、プランジャ3の先端部外周には、全周に亘る係合溝37が形成されている(詳細は、従来例の説明でも用いた図8A及び図8Bと同様)。
【0029】
セット溝30には径方向に弾性変形可能なセットリング20が組込まれている。セットリング20は、図3に示すように、周方向1箇所が切り離された(開放された)C字状を成す円環部23と、その円環部23の切り離された箇所の両端に、外径方向へ突出する一対の操作片21,22が設けられた形態となっている。実施形態では、1本の軸状部材を円弧状に曲げて、その両端をさらに折り曲げて外径方向に突出した一対の操作片21,22としている。図中の符号24は円環部23と操作片21,22との接続する曲げR部24を、符号25は曲げR部24の内側部(曲げR部24の円弧の中心o側へ向く面)25を示している。この一対の操作片21,22を接近させる方向へ摘むことによって、セットリング20の円環部23は縮径するようになっている。
【0030】
チェーンテンショナ1の使用状態において、セットリング20は、縮径された状態でセット溝30内に組込まれている。その組込み状態において、一対の操作片21,22はハウジング15の先端面に形成された切欠部31内に収容されている。セットリング20はセット溝30の深溝部36内に嵌り込んで、その深溝部36の溝底面に弾性接触する状態となる。この状態において、セットリング20の内径がプランジャ3の外径より大径となるよう深溝部36の溝深さが設定されている(詳細は、従来例の説明でも用いた図8Bと同様)。
【0031】
また、チェーンテンショナ1の使用前状態において、セットリング20はセット溝30の浅溝部35に嵌り込んで、その浅溝部35の溝底面に弾性接触している状態となる。この状態において、セットリング20の内径がプランジャ3の外径より小径となるよう浅溝部35の溝深さが設定されている。また、プランジャ3の先端部の外周には、浅溝部35の溝底面に弾性接触するセットリング20との係合によって、プランジャ3を押し込み状態に保持する係合溝37が設けられている(詳細は、従来例の説明でも用いた図8Aと同様)。円環部23の縮径は、一対の操作片21,22を接近方向へ移動させる操作で行われる。ここで、一対の操作片21,22の両方を移動させて互いに接近させてもよいし、一対の操作片21,22の一方を動かさずに他方のみを移動させて互いに接近させてもよい。この一対の操作片21,22の移動は、切欠部31の範囲内で行われる。切欠部31は、シリンダ室2の開口端部からセット溝30まで通じるように設けられている。
【0032】
プランジャ3を押込状態に保持する作業手順、及び、その押込状態への保持を解除する作業手順については、従来例で説明した通りである。
【0033】
さらに、図1の形態では、ハウジング15とプランジャ3の相互間に、プランジャ3に押し込み力が負荷された際に、そのプランジャ3がシリンダ室2の閉塞端に向けて所定量以上に後退動するのを防止する後退動規制手段が設けられている。後退動規制手段は、セット溝30よりも他端側に設けられたリング収容溝13と、そのリング収容溝13内に収容されたレジスタリング12、その他で構成されている。後退動規制手段は、チェーンテンショナ1の仕様に応じて選択的に採用できるものであり、その構成は例えば特許文献1と同様の構成とできるので、その説明及び詳細な図示は省略する。
【0034】
チェーンテンショナ1をチェーン伝動装置に組付ける際には、セットリング20を用いてプランジャ3を押し込み状態に保持した上で、組付けを行なうようにする。
【0035】
ここで、前述のように、従来のチェーンテンショナ1では、プランジャ3の押し込み状態に保持する際に、他方の操作片21を一方の操作片22に近づけた場合、一方の操作片22と円環部23をつなぐ曲げR部24の内側部25が、シリンダ室の切欠部31の角部32に干渉する場合があった(従来例の説明図である図10参照)。このような干渉が生じた状態でプランジャ3が初期セットされていると、チェーンテンショナ1をエンジンに組付けた後に初期セットを解除すると、他方の操作片21側が動いて円環部23を拡径する動きをするものの、一方の操作片22側が切欠部31の壁面に固着して動かない事態が生じる可能性があった。
【0036】
(第一の実施形態)
そこで、図3及び図4に示す第一の実施形態では、セットリング20の操作片21,22の円環部23からの曲げ方向(曲げ位置及び曲げ角度)を変更し、円環部23に対する縮径操作において、セットリング20の曲げR部24と、シリンダ室2側の切欠部31の角部32が干渉しない形状としている。これにより、仮に、一対の操作片21,22のうち、他方の操作片21のみを操作して一方の操作片22の方へ近づけたとしても、一方の操作片22側の曲げR部24が、切欠部31の角部32と干渉することがない。このため、初期セットの解除操作において、プランジャ3の正規の突出を阻害するような動き、つまり、シリンダ室2の軸中心側へセットリング20の円環部23がせり出すような動きを抑制できる。
【0037】
すなわち、この発明によれば、セットリング20を用いた初期セット構造を採用するチェーンテンショナ1において、セットリング20の一対の操作片21,22のいずれかのみを操作することで初期セットを完了できる簡単な組立方法を維持したまま、解除不良の要因となるセットリング20とプランジャ3の干渉を防ぐことができる。
【0038】
具体的には、第一の実施形態において、一方の操作片22の中心線は第一の方向C1へ向かって直線状に伸び、それに対向する切欠部31の端面31aは第二の方向C2へ向かって直線状に伸びるフラット面となっている。
【0039】
ここで、セットリング20の操作片21,22の根元部分である曲げR部24の曲げ角度v、すなわち、他方の操作片21(第一の操作片21)及び一方の操作片22(第二の操作片22)の中心線が伸びる方向(第一の方向C1)と、その第一の方向C1と円環部23の周方向sとの交点uにおいて、円環部23の周方向sに対する接線方向tに対して第一の方向C1が成す角度vを、従来よりも小さく設定している。図4は、第二の操作片22を示しているが、第一の操作片21はこれと対称な形態である。これにより、角部32を円環部23に対向させることができるので、曲げR部24が角部32に干渉しない構成を実現できる。このような構成は、第一の操作片21側と第二の操作片22側の両方で設定されていてもよいが、少なくともいずれかの側で設定されていれば、その効果を発揮できる。これは後述の各実施形態においても同様である。
【0040】
このとき、円環部23の縮径状態(一対の操作片21,22同士を接近させた状態)における第一の方向C1と第二の方向C2とが成す角度は、縮径前の状態(一対の操作片21,22同士を接近させる前の状態)における第一の方向C1と第二の方向C2とが成す角度の半分よりも小さいことが望ましい。
【0041】
また、第一の実施形態では、図4に示すように、第一の方向C1と第二の方向C2との理論交点を通るプランジャ3の半径方向Rに対して、第一の方向C1が成す角度である第一の鋭角γ1と、第二の方向C2が成す角度である第二の鋭角γ2とは、半径方向Rに対して反対側に設定されている。このような構成を採用することにより、角部32を確実に円環部23に対向させることができ、曲げR部24の角部32への干渉を防止できる。なお、図4において、α=γ2+γ1である。
【0042】
図4において、符号aは、曲げR部24の内側部25の起点aを示し、符号bは、曲げR部24の内側部25の終点bを示している。起点aにおいて、曲げR部24と操作片21,22が接続され、終点bにおいて、曲げR部24と円環部23が接続されている。図4では、内側部25は、起点aから終点bに至る単一の半径からなる円弧であり、その円弧の中心を符号oで示している。ただし、内側部25は、単一の半径からなる円弧に限定されず、半径が互いに異なる複数の円弧の組み合わせであってもよい。
【0043】
(第二の実施形態)
第二の実施形態を図5に示す。第二の実施形態は、切欠部31の角度を変更することで、セットリング20の曲げR部24と角部32との干渉を回避している。すなわち、切欠部31の端面31aの面方向を、内径側へ近づくにつれて曲げR部24から遠ざかる方向へ向けることで、曲げR部24から角部32を遠ざけている。すなわち、角部32を円環部23に対向させている。
【0044】
ここで、図5に示すように、第一の方向C1と第二の方向C2との理論交点を通るプランジャ3の半径方向Rに対して、第一の方向C1が成す第一の鋭角γ1と、第二の方向C2が成す第二の鋭角γ2とは、半径方向Rに対して同じ側に設定されている。また、第一の鋭角γ1は第二の鋭角γ2よりも小さく設定されている。このような構成を採用することにより、角部32を確実に円環部23に対向させることができ、曲げR部24の角部32への干渉を防止できる。なお、図5において、β=γ2-γ1である。
【0045】
(第三の実施形態)
第三の実施形態を図6に示す。第三の実施形態は、切欠部31の形状に段差34を設けることで、セットリング20の曲げR部24と角部32との干渉を回避している。すなわち、切欠部31のセット溝30側の端部に段差34が設けられ、その段差34の底面とセット溝30との間の稜線を角部32としている。これにより、曲げR部24から角部32を遠ざけている。すなわち、角部32が円環部23に対向する構成を実現している。
【0046】
なお、上記の各実施形態においては、一対の操作片21,22の先端は、切欠部31の外縁33よりも外周側に位置するように、一対の操作片21,22の長さが設定されている。すなわち、一対の操作片21,22のそれぞれ長さは、シリンダ室2側の切欠部31から外径側へ飛び出す長さとしている。これにより、一対の操作片21,22の先端と、切欠部31の端面31aとの干渉(当接)を防止し、プランジャ3の解除作業を容易にしている。
【0047】
上記の実施形態では、プランジャ3内にスクリュロッド16を設けたが、スクリュロッド16の設置は、チェーンテンショナ1の仕様に応じて選択的に行うことができる。このため、スクリュロッド16を備えないチェーンテンショナ1、その他、各種のチェーンテンショナ1において、この発明を適用できる。
【0048】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0049】
1 チェーンテンショナ
2 シリンダ室
3 プランジャ
7,19 リターンスプリング
15 ハウジング
20 セットリング
21,22 操作片
23 円環部
24 曲げR部
30 セット溝
31 切欠部
31a 端面
32 角部
33 外縁
34 段差
35 浅溝部
36 深溝部
C1 第一の方向
C2 第二の方向
R 半径方向
γ1 第一の鋭角
γ2 第二の鋭角
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図9A
図9B
図10