(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024094943
(43)【公開日】2024-07-10
(54)【発明の名称】高分子材料の架橋評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/085 20180101AFI20240703BHJP
【FI】
G01N23/085
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022211878
(22)【出願日】2022-12-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2022年年次大会研究発表講演要旨集、第34頁、発行者:一般社団法人日本ゴム協会、令和4年5月30日発行 〔刊行物等〕一般社団法人日本ゴム協会2022年年次大会(第11回定時社員総会),令和4年5月30日開催(WEB開催)
(71)【出願人】
【識別番号】000003148
【氏名又は名称】TOYO TIRE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003395
【氏名又は名称】弁理士法人蔦田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】城出 健佑
(72)【発明者】
【氏名】八木 伸也
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA04
2G001BA13
2G001CA01
2G001KA20
2G001LA05
(57)【要約】
【課題】加硫ゴム等の硫黄架橋された高分子材料における硫黄の有効活用度を評価する。
【解決手段】実施形態に係る高分子材料の架橋評価方法は、硫黄架橋された複数の高分子材料について膨潤法により架橋密度を求める工程と、該複数の高分子材料についてX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、該X線吸収スペクトルを硫黄-炭素間成分を含む少なくとも1つの成分でフィッティングを行うことで硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さを求める工程と、膨潤法による架橋密度とX線吸収スペクトルから求められる硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さとの関係から、複数の高分子材料について硫黄の有効活用度を評価する工程を含む。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄架橋された複数の高分子材料について膨潤法により架橋密度を求めること、
前記複数の高分子材料についてX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、前記X線吸収スペクトルを硫黄-炭素間成分を含む少なくとも1つの成分でフィッティングを行うことで硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さを求めること、及び、
前記膨潤法による架橋密度と前記X線吸収スペクトルから求められる硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さとの関係から、複数の高分子材料について硫黄の有効活用度を評価すること、
を含む、高分子材料の架橋評価方法。
【請求項2】
前記関係として、前記膨潤法による架橋密度と前記X線吸収スペクトルから求められる硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さとの比を求める、請求項1に記載の高分子材料の架橋評価方法。
【請求項3】
硫黄架橋された複数の高分子材料について膨潤法により架橋密度を求めること、
前記複数の高分子材料についてX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、前記X線吸収スペクトルから硫黄-炭素間成分のピークトップでのX線エネルギー位置における前記X線吸収スペクトルのX線吸収量を求めること、及び、
前記膨潤法による架橋密度と前記ピークトップでのX線エネルギー位置における前記X線吸収量との関係から、複数の高分子材料について硫黄の有効活用度を評価すること、
を含む、高分子材料の架橋評価方法。
【請求項4】
前記関係として、前記膨潤法による架橋密度と前記ピークトップでのX線エネルギー位置における前記X線吸収量との比を求める、請求項3に記載の高分子材料の架橋評価方法。
【請求項5】
高分子材料とX線検出器との距離を一定として、前記複数の高分子材料にX線を照射して前記X線吸収スペクトルを取得する、請求項1~4のいずれか1項に記載の高分子材料の架橋評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料の架橋評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
加硫ゴムなどの硫黄架橋された高分子材料に対してX線や中性子線を照射して架橋構造を解析する方法が知られている。例えば、特許文献1には、高分子材料にX線を照射し、硫黄L殻吸収端、窒素K殻吸収端におけるNEXAFSの2次元マッピングを試料の微小領域で測定するマイクロXAFSにより、加硫系材料の分散及び化学状態を分析することが開示されている。
【0003】
特許文献2には、異なる膨潤度に膨潤させた架橋ゴムにX線又は中性子線を照射し、小角X線散乱法又は小角中性子線散乱法により架橋ゴムの架橋疎密を評価する方法が開示されている。
【0004】
一方、従来、加硫ゴムの架橋構造を解析する方法として膨潤法が知られている。膨潤法は、加硫ゴムをトルエンなどの溶媒で膨潤させて架橋密度を測定する方法である。
【0005】
特許文献3には、硫黄についてのX線吸収微細構造を利用する硫黄XAFS法と膨潤法を組み合わせた硫黄架橋構造の解析方法が開示されている。詳細には、硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルから架橋硫黄鎖の平均連結長を算出するとともに、膨潤法によりポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の割合を求め、これらの結果に基づいてポリスルフィド結合の平均連結長を求めることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-201252号公報
【特許文献2】特開2016-223806号公報
【特許文献3】特開2021-092512号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように膨潤法と硫黄XAFS法を組み合わせることは知られているが、両者を併用することにより、高分子材料の架橋構造における硫黄の有効活用度を評価することは知られていなかった。
【0008】
本発明の実施形態は、加硫ゴムなどの硫黄架橋された高分子材料における硫黄の有効活用度を評価することができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下に示される実施形態を含む。
[1] 硫黄架橋された複数の高分子材料について膨潤法により架橋密度を求めること、
前記複数の高分子材料についてX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、前記X線吸収スペクトルを硫黄-炭素間成分を含む少なくとも1つの成分でフィッティングを行うことで硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さを求めること、及び、
前記膨潤法による架橋密度と前記X線吸収スペクトルから求められる硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さとの関係から、複数の高分子材料について硫黄の有効活用度を評価すること、
を含む、高分子材料の架橋評価方法。
[2] 前記関係として、前記膨潤法による架橋密度と前記X線吸収スペクトルから求められる硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さとの比を求める、[1]に記載の高分子材料の架橋評価方法。
[3] 硫黄架橋された複数の高分子材料について膨潤法により架橋密度を求めること、
前記複数の高分子材料についてX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、前記X線吸収スペクトルから硫黄-炭素間成分のピークトップでのX線エネルギー位置における前記X線吸収スペクトルのX線吸収量を求めること、及び、
前記膨潤法による架橋密度と前記ピークトップでのX線エネルギー位置における前記X線吸収量との関係から、複数の高分子材料について硫黄の有効活用度を評価すること、
を含む、高分子材料の架橋評価方法。
[4] 前記関係として、前記膨潤法による架橋密度と前記ピークトップでのX線エネルギー位置における前記X線吸収量との比を求める、[3]に記載の高分子材料の架橋評価方法。
[5] 高分子材料とX線検出器との距離を一定として、前記複数の高分子材料にX線を照射して前記X線吸収スペクトルを取得する、[1]~[4]のいずれか1項に記載の高分子材料の架橋評価方法。
【発明の効果】
【0010】
本実施形態によれば、加硫ゴムなどの硫黄架橋された高分子材料における硫黄の有効活用度を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】高分子材料のポリマー鎖間における絡み合いの影響と架橋の疎密の影響を説明するための概念図
【
図2】X線測定装置の測定試料と検出器との関係を示す概念図
【
図3】硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルの一例を示す図
【
図4】硫黄-硫黄間成分に用いる非対称ガウス関数を示す図
【
図5】架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク面積(XAFS法)と破断強度TSとの関係を示すグラフ
【
図6】架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク面積(XAFS法)と抗張積TS×EBとの関係を示すグラフ
【
図7】架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)と破断強度TSとの関係を示すグラフ
【
図8】架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)と抗張積TS×EBとの関係を示すグラフ
【
図9】S-Cピーク面積(XAFS法)と破断強度TSとの関係を示すグラフ
【
図10】S-Cピーク面積(XAFS法)と抗張積TS×EBとの関係を示すグラフ
【
図11】S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)と破断強度TSとの関係を示すグラフ
【
図12】S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)と抗張積TS×EBとの関係を示すグラフ
【
図13】架橋密度(膨潤法)と破断強度TSとの関係を示すグラフ
【
図14】架橋密度(膨潤法)と抗張積TS×EBとの関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施に関連する事項について詳細に説明する。
【0013】
本実施形態に係る高分子材料の架橋評価方法は、膨潤法と硫黄XAFS法(以下、単にXAFS法ともいう。)を併用することにより、高分子材料の架橋構造における硫黄の有効活用度を評価する方法である。
【0014】
近年、例えばタイヤにおけるゴム材料として、水素添加(水添)SBRが高強度材料として注目されている。水添SBRは架橋点となる二重結合が少ない構造であるにもかかわらず、加硫物性は高強度を示す。その要因としては、硫黄架橋の均一化やポリマー鎖の絡み合いの影響などが考えられる。そのため、硫黄架橋の均一性やポリマー鎖の絡み合いを考慮した評価が求められる。
【0015】
架橋密度を測定する方法として膨潤法があるが、膨潤法では、測定により得られた架橋密度がどれだけの硫黄架橋によってもたらされた結果であるかを判定することができない。すなわち、硫黄架橋に疎密がある場合、密な部分では実際の硫黄架橋数に対して架橋密度が小さく算出される。また、膨潤法により算出される架橋密度はポリマー鎖の絡み合いの影響も受ける。一方、XAFS法では、硫黄架橋そのものの量を相対比較することはできるが、ポリマー鎖間を架橋するものでない無効網目や硫黄架橋の疎密の影響は分からず、高分子材料の物性の向上に寄与する有効な架橋でないものも含まれてしまう。また、XAFS法ではポリマー鎖の絡み合いによる擬似的な架橋の量を知ることもできない。
【0016】
例えば、
図1(A)に示すように、2本のポリマー鎖が適度に間隔をおいた硫黄架橋により架橋され、ポリマー鎖間に絡み合いがない場合、膨潤法による架橋密度とXAFS法による硫黄架橋密度とに違いはないはずである(
図1(A)の場合、ともに3本)。これに対し、
図1(B)に示すように2本のポリマー鎖間に絡み合いが生じると、膨潤法では当該絡み合いも架橋密度に含まれるのに対し、XAFS法では含まれないので、膨潤法による架橋密度がXAFS法による硫黄架橋密度よりも大きい値として算出される(
図1(B)の場合、XAFS法では3本に対し、膨潤法では5本)。また、
図1(C)に示すように硫黄架橋に疎密があると、膨潤法では、密集した複数の硫黄架橋鎖がより少ない本数の架橋として検出されることがあり、膨潤法による架橋密度がXAFS法による硫黄架橋密度よりも小さい値として算出される(
図1(C)の場合、XAFS法では5本に対し、膨潤法では3本)。
【0017】
このように膨潤法又は硫黄XAFS法のいずれか一方のみでは、硫黄架橋の疎密やポリマー鎖の絡み合いの影響を評価することができない。これに対し、本実施形態では両者を併用することにより、複数の高分子材料の架橋構造における硫黄の有効活用度を評価することができる。すなわち、膨潤法による架橋密度とXAFS法による硫黄架橋密度との関係から、架橋密度に対する硫黄架橋鎖の寄与もしくはポリマー鎖の絡み合い量を、複数の高分子材料において相対比較することができる。例えば、XAFS法による硫黄架橋密度に対する膨潤法による架橋密度の比が大きいほど、硫黄架橋の均一性が向上し又はポリマー鎖の絡み合いが増加していることを示すので、より少ない硫黄量で物性向上に寄与する有効な架橋構造が形成されていることを意味する。そのため、複数の高分子材料において、架橋構造に硫黄が有効に活用されているかを相対評価することができ、物性の向上に寄与しない無駄な硫黄量を相対評価することができる。
【0018】
第1実施形態に係る高分子材料の架橋評価方法は、下記工程を含む。
・工程1:硫黄架橋された複数の高分子材料について、膨潤法により架橋密度を求める工程、
・工程2:硫黄架橋された複数の高分子材料について、X線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、該X線吸収スペクトルを硫黄-炭素間成分を含む少なくとも1つの成分でフィッティングを行うことにより硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さを求める工程、及び、
・工程3:膨潤法による架橋密度とX線吸収スペクトルから求められる硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さとの関係から、複数の高分子材料について硫黄の有効活用度を評価する工程。
【0019】
本実施形態において、解析対象としての高分子材料としては、硫黄架橋された樹脂やゴムなどの高分子であればよく、高分子の種類は特に限定されない。好ましくは、加硫ゴムであり、ゴムポリマーに硫黄等の加硫剤を含む種々の配合剤を配合したゴム組成物を加硫してなる加硫ゴムを解析対象とすることができる。解析対象としての加硫ゴムは、解析用に加硫成形した試料でもよく、タイヤ等の加硫ゴム製品から切り出したものを用いてもよい。
【0020】
ここで、ゴムポリマーとしては、例えば、天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)、ブチルゴム(IIR)、ハロゲン化ブチルゴム(X-IIR)、スチレンイソプレンブタジエンゴム(SIBR)などのジエン系ゴム、またこれらのジエン系ゴムを変性した変性ジエン系ゴムなどが挙げられる。変性ジエン系ゴムとしては、ジエン系ゴムを水素添加してなる水添ジエン系ゴムでもよく、例えば、芳香族ビニル-共役ジエン重合体を水素添加してなる水添共重合体(例えば、水添SBR)でもよい。これらのゴムポリマーは、それぞれ単独で又は2種類以上ブレンドして用いることができる。
【0021】
高分子材料には、硫黄架橋させるための硫黄が加硫剤として配合される。加硫剤としては、例えば、粉末硫黄、沈降硫黄、コロイド硫黄、不溶性硫黄、高分散性硫黄などの硫黄が挙げられる。一実施形態として、上記ゴム組成物において、加硫剤の配合量は、ゴムポリマー100質量部に対して0.1~10質量部でもよく、0.5~8質量部でもよい。
【0022】
高分子材料には、また、充填剤や加硫促進剤などの様々な配合剤を任意成分として配合してもよい。一実施形態として、上記ゴム組成物の場合、かかる配合剤として、充填剤、シランカップリング剤、オイル等の軟化剤、可塑剤、老化防止剤、酸化亜鉛、ステアリン酸、ワックス、加硫促進剤など、通常ゴム工業で使用される各種配合剤を用いることができる。上記充填剤としては、例えば、カーボンブラック、シリカ、タルク、クレー、アルミナなどの各種無機充填剤が挙げられ、カーボンブラック及び/又はシリカが好ましい。一実施形態として上記ゴム組成物の場合、充填剤の配合量は、例えば、ゴムポリマー100質量部に対して10~200質量部でもよく、20~150質量部でもよい。また、加硫促進剤の配合量は、ゴムポリマー100質量部に対して0.1~7質量部でもよく、0.5~5質量部でもよい。また、酸化亜鉛の配合量は、ゴムポリマー100質量部に対して0.1~10質量部でもよく、0.5~5質量部でもよい。
【0023】
かかるゴム組成物は、バンバリーミキサーなどの混合機を用いて各成分を常法に従い混練することにより作製することができ、該ゴム組成物を常法に従い加熱して加硫することにより加硫ゴムが得られる。
【0024】
上記工程1は、複数の硫黄架橋された高分子材料について膨潤法によりそれぞれの架橋密度を求める工程である。膨潤法では、高分子材料を有機溶媒に膨潤させて膨潤前後の質量変化や膨潤状態での圧縮特性等に基づき当該高分子材料の架橋密度を算出する。好ましくは、高分子材料を試料として有機溶媒に膨潤させ、膨潤前後の試料質量からFlory-Rehnerの式を用いて試料の架橋密度を計算する。
【0025】
膨潤法において、測定試料とする高分子材料の形状は、特に限定されず、例えばシート状のものを用いることができる。
【0026】
膨潤法では、膨潤前の試料の質量を測定した後、該試料をトルエンなどの有機溶媒に浸漬して膨潤させ、膨潤後の質量を測定して、該試料の架橋密度νmを計算する。一実施形態において、膨潤法による架橋密度νmは、下記式(1)を用いて算出される。
【0027】
【0028】
式(1)中、νmは架橋密度であり、vは膨潤試料中のポリマー(ゴムポリマー)の体積分率であり、Vは有機溶媒(トルエン)の分子容であり、χはFlory-Rehnerの相互作用定数である。ここで、
v=VR/(VR+VT)
VR=(wF-wFvF)/ρ
VT=(wS-wF)/ρT
VR:試料中のポリマー(ゴムポリマー)の体積、VT:膨潤した有機溶媒(トルエン)の体積、wF:膨潤前の試料質量、wS:膨潤後の試料質量、vF:試料中の充填剤の質量分率、ρ:試料中のポリマー(ゴムポリマー)の密度、ρT:有機溶媒(トルエン)の密度である。
【0029】
上記工程2は、複数の硫黄架橋された高分子材料について、硫黄XAFS法によりそれぞれの硫黄架橋密度を求める工程であり、下記工程(2-1)及び(2-2)を含む。
(2-1)硫黄架橋された複数の高分子材料について、それぞれX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得する工程、及び、
(2-2)得られたX線吸収スペクトルを硫黄-炭素間成分を含む少なくとも1つの成分でフィッティングして硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さを求める工程。
【0030】
工程(2-1)においてX線吸収スペクトルを取得する方法としては、公知のXAFS法を用いることができる。XAFS法は、X線吸収微細構造(XAFS:x-ray absorption fine structure)を利用する解析手法である。本実施形態では、XAFSスペクトルの中でも、吸収端近傍のX線吸収端構造(XANES:x-ray absorption near edge structure)を利用し、硫黄原子のK殻吸収端である硫黄K殻吸収端についてXANES領域におけるX線吸収スペクトルを用いて、硫黄架橋密度の解析を行う。
【0031】
XAFS法において、測定対象としての高分子材料の形状は、特に限定されず、例えばシート状のものを用いることができる。
【0032】
XAFS法では、硫黄架橋された高分子材料に、X線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収量(吸収強度)を測定する。X線は、硫黄原子のK殻吸収端に対応するエネルギーにて照射され、これにより、硫黄K殻についてXANES領域におけるX線吸収スペクトルが得られる。X線の走査エネルギー範囲としては、2400~3000eVであることが好ましく、2450~2500eVでもよく、2460~2490eVでもよい。
【0033】
硫黄K殻吸収端におけるXAFS法においては、(a)試料を透過してきたX線強度を、フォトダイオードアレイ検出器等を用いて検出する透過法、(b)試料にX線を照射した際に発生する蛍光X線を、Lytle検出器や半導体検出器などを用いて検出する蛍光法、及び、(c)試料にX線を照射した際に流れる電流を検出する電子収量法などがあり、いずれを用いてもよい。好ましくは、蛍光法を用いることである。蛍光法は、より詳細には、試料にX線を照射した際に発生する蛍光X線を測定する方法であり、X線吸収量と蛍光X線の強度に比例関係があることを用いて、蛍光X線の強度からX線吸収量を間接的に求める方法である。
【0034】
XAFS法を行う際に使用するX線としては、例えば1010(photons/s/mrad2/mm2/0.1%bw)以上の高輝度X線であることが好ましい。また、X線の光子数は107(photons/s)以上であることが好ましく、より好ましくは109(photons/s)以上である。このようなX線を放射するシンクロトロンとしては、高輝度光科学研究センターのSPring-8、「知の拠点あいち」のあいちシンクロトロン光センターなどが挙げられる。
【0035】
工程(2-1)でX線吸収スペクトルを取得する際、X線検出器の位置を固定することが好ましい。すなわち、複数の硫黄架橋された高分子材料についてX線吸収スペクトルを取得する際に、高分子材料とX線検出器との距離を一定にしてX線を照射して、硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得する。
【0036】
詳細には、
図2に示すように、例えば蛍光法では、高分子材料にX線を照射し、それにより発生する蛍光X線をX線検出器で検出する。その際、通常の測定では、高分子材料中の対象原子の濃度に合わせて、X線検出器を最適な位置に配置するが、この実施形態ではX線検出器を同じ位置に固定して測定する。これにより、硫黄-炭素間成分のピーク面積又はピーク高さに定量性を付与することができ、複数の高分子材料間で硫黄架橋密度を比較評価することが可能となる。なお、高分子材料とX線検出器間の距離と、X線吸収量と、の相関関係を予め求めておけば、必ずしも当該距離は一定にしなくてもよい。
【0037】
工程(2-2)では、工程(2-1)で得られたX線吸収スペクトルを、硫黄-炭素間成分(以下、S-C成分という。)を含む少なくとも1つの成分でフィッティングして、硫黄架橋密度に相当するS-C成分のピーク面積又はピーク高さを算出する。好ましくは、S-C成分及び硫黄-硫黄間成分(以下、S-S成分という。)を含む少なくとも2つの成分でフィッティングすることである。より好ましくは、S-C成分及びS-S成分とともに、硫黄-酸素間成分(以下、S-O成分という。)と、多重散乱成分と、階段関数成分を含む少なくとも5つの成分でフィッティングすることである。更に好ましくは、
図3にその一例を示すように、S-C成分、S-S成分、S-O成分、多重散乱成分、階段関数成分、SO
4
2-成分、及びSO
2成分を用いて、上記フィッティングを行うことである。
【0038】
ここで、S-C成分は、高分子鎖の炭素原子と架橋部分の硫黄原子との結合であるS-C結合に基づくX線吸収成分である。S-S成分は、架橋部分の硫黄原子間の結合であるS-S結合に基づくX線吸収成分である。S-O成分は、S-O結合に基づくX線吸収成分である。多重散乱(multiple scattering)成分は、XANES領域の光電子による多重散乱に基づくX線吸収成分である。階段関数(step function)成分は、連続帯への電子の遷移に基づくX線吸収成分である。SO4
2-成分は、SO4
2-結合によるX線吸収を考慮したものである。SO2成分は、SO2結合によるX線吸収を考慮したものである。
【0039】
X線吸収スペクトルをフィッティングする際に使用する関数としては、上記の各成分を表現できるものであればよく、種々の関数を用いることができる。
【0040】
一実施形態として、S-C成分、S-O成分、多重散乱成分、SO
4
2-成分、及びSO
2成分には、
図3に示すように、ガウス関数を用いることが好ましい。ガウス関数としては、例えば、下記式(2)で表されるものを用いることができる。
【数2】
式(2)中、aはピーク高さ(ピーク強度)、bはピークトップでのX線エネルギー(eV)、cはピークの半値幅(eV)、xは照射X線エネルギー(eV)を示す。
【0041】
階段関数成分には、
図3に示すように、シグモイド関数を用いることが好ましい。シグモイド関数としては、例えば、下記式(3)で表されるものを用いることができる。
【数3】
式(3)中、dはエッジジャンプの高さ、eは定数、fはイオン化ポテンシャル(eV)、xは照射X線エネルギー(eV)を示す。
【0042】
S-S成分については、架橋硫黄鎖の熱振動によるS-S結合長の揺らぎを考慮して、左右非対称な分布を持つ非対称ガウス関数を用いることが好ましい。非対称ガウス関数は、
図4に示すように、複数のガウス関数を合成することで左右非対称な分布を持たせたものであり、複数のガウス関数としてピーク高さと半値幅が異なるものを用いることが好ましい。
【0043】
一実施形態において、S-S成分に用いる非対称ガウス関数は、上記式(2)で表される複数のガウス関数の足し合わせで表現することができる。
図4に示すように、式(2)で表される基準ガウス関数(C
1関数)を定め、ピークトップがC
1関数の高エネルギー側に等間隔にシフトし且つピーク高さが等差に減少する複数のガウス関数(C
m関数:C
1、C
2、……。ここでmは1以上の整数)を定める。C
1関数では、上記a、b及びcを定数とし、C
1関数以降のC
m関数(m=2~)については、ピークトップのシフト幅とピーク高さの等差減少値を定めて、m個のC
m関数を定義する。その際に、C
m関数の半値幅とピーク高さの積は一定とする。m個のC
m関数を足し合わせることにより、非対称ガウス関数が得られる。
【0044】
以上の各成分を用いて、X線吸収スペクトルに対してフィッティング(曲線当てはめ)する方法としては、特に限定されず、一般的な方法を用いることができる。例えば、上記各成分の関数を足し合わせた関数と、X線吸収スペクトル(測定スペクトル)の残差二乗和が0に近づくように、フィッティングを行えばよい。これにより、X線吸収スペクトルを各成分にピーク分離することができる。
図3には、フィッティング処理後の上記7成分の各曲線と、これら7成分の合成曲線(フィッティングによる近似曲線)を、測定スペクトルとともに示している。
【0045】
このようにして得られた複数の高分子材料についてのS-C成分のフィッティング曲線から、それぞれのS-C成分のピーク面積又はピーク高さを求める。ここで、S-C成分のピーク面積は、S-C成分のフィッティング曲線により囲まれた部分の面積である。S-C成分のピーク高さは、S-C成分のフィッティング曲線のピークトップの高さ(ピークの頂点での吸収強度)である。これらは任意単位であり、複数の高分子材料間での相対比較に用いられる。
【0046】
上記工程3では、工程1で得られた膨潤法による架橋密度と、工程2で得られた硫黄XAFS法によるS-C成分のピーク面積又はピーク高さとの関係から、複数の高分子材料について硫黄の有効活用度を評価する。例えば、上記関係から、架橋密度に対する硫黄架橋鎖の寄与もしくはポリマー鎖の絡み合い量を、複数の高分子材料において相対比較することができる。そのため、複数の高分子材料において、架橋構造に硫黄が有効に活用されているかを相対比較することができ、物性の向上に寄与しない無駄な硫黄量を相対比較することができる。
【0047】
一実施形態において、上記関係として、膨潤法による架橋密度と硫黄XAFS法によるS-C成分のピーク面積又はピーク高さとの比を求めてもよい。これらの架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク面積(XAFS法)の比、及び、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク高さ(XAFS法)の比は、その値が高いほど架橋構造において硫黄が有効に活用されていること、即ち、硫黄架橋鎖が均一に配置され又は硫黄架橋鎖以外のポリマー鎖の絡み合いが上乗せされていることを意味し、物性の向上に寄与しない無駄な硫黄量が少ないことを意味する。そのため、複数の高分子材料について硫黄の有効活用度を相対比較することができる。
【0048】
第2実施形態に係る高分子材料の架橋評価方法は、下記工程を含む。
・工程1’:硫黄架橋された複数の高分子材料について膨潤法により架橋密度を求める工程、
・工程2’:前記複数の高分子材料についてX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、該X線吸収スペクトルから硫黄-炭素間成分のピークトップでのX線エネルギー位置における当該X線吸収スペクトルのX線吸収量(以下、S-Cピーク位置X線吸収量ともいう。)を求める工程、及び、
・工程3’:膨潤法による架橋密度とXAFS法によるS-Cピーク位置X線吸収量との関係から、複数の高分子材料について硫黄の有効活用度を評価する工程。
【0049】
第2実施形態では、XAFS法による硫黄架橋密度の指標として、S-Cピーク位置X線吸収量を用いる点で、S-C成分のピーク面積又はピーク高さを用いる第1実施形態とは異なる。高分子鎖の炭素原子と架橋部分の硫黄原子との結合であるS-C結合は、硫黄架橋鎖の数の指標になるため、第1実施形態では、S-C成分のピーク面積又はピーク高さを、硫黄架橋密度の指標として用いている。これに対し、第2実施形態では、S-C成分自体のピーク面積やピーク高さではなく、S-Cピーク位置X線吸収量を、硫黄架橋密度の指標として用いる。
【0050】
S-Cピーク位置X線吸収量は、S-C成分がピークトップをとるX線エネルギー位置でのX線吸収スペクトルのX線吸収量であり、XAFS法により得られるX線吸収スペクトルにおいて、S-C成分のピークトップでのX線エネルギーの値から、当該X線エネルギー位置でのX線吸収量を読み取ることにより求められる(
図3参照)。このように求められるS-Cピーク位置X線吸収量には、S-C成分の吸収量だけでなく、S-S成分等の吸収量も加算されるため、S-C成分そのものを用いる第1実施形態に対して精度は劣る。しかしながら、S-Cピーク位置X線吸収量は、S-C成分のピークトップでのX線エネルギー位置が指定されれば、フィッティング(ピーク分離)を実施しなくても、X線吸収スペクトルから求めることができる。そのため、第1実施形態に比べて硫黄の有効活用度を簡便に評価できるというメリットがある。
【0051】
第2実施形態において、解析対象としての高分子材料及び工程1’は、第1実施形態における高分子材料及び工程1と同じであり、説明は省略する。
【0052】
第2実施形態において、工程2’は下記工程(2’-1)及び(2’-2)を含み、そのうち、工程(2’-1)は第1実施形態の工程(2-1)と同じであり、説明は省略する。
(2’-1)硫黄架橋された複数の高分子材料について、それぞれX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得する工程、及び、
(2’-2)得られたX線吸収スペクトルからS-Cピーク位置X線吸収量を求める工程。
【0053】
工程(2’-2)では、工程(2’-1)で得られたX線吸収スペクトルを用いて、S-C成分がピークトップをとるX線エネルギー(eV)の値から、当該X線エネルギー位置に対応するX線吸収スペクトルのX線吸収量(S-Cピーク位置X線吸収量)を求める。S-C成分のピークトップでのX線エネルギーについては、例えば標準試料に対する測定結果に基づいて予め設定しておけばよく、例えば2472.3~2473.7eVの範囲で設定されてもよく、2472.8~2473.2eVの範囲で設定されてもよい。そして、この設定されたX線エネルギーの値(eV)からそのX線エネルギー位置でのX線吸収量をX線吸収スペクトルから読み取ればよい。
【0054】
第2実施形態において、工程3’では、工程1’で得られた膨潤法による架橋密度と、工程2’で得られた硫黄XAFS法によるS-Cピーク位置X線吸収量との関係から、複数の高分子材料について硫黄の有効活用度を評価する。例えば、上記関係から、架橋密度に対する硫黄架橋鎖の寄与もしくはポリマー鎖の絡み合い量を、複数の高分子材料において相対比較することができる。そのため、複数の高分子材料において、架橋構造に硫黄が有効に活用されているかを相対比較することができ、物性の向上に寄与しない無駄な硫黄量を相対比較することができる。
【0055】
工程3’では、上記関係として、膨潤法による架橋密度と硫黄XAFS法によるS-Cピーク位置X線吸収量との比を求めてもよい。かかる架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)の比は、その値が高いほど架橋構造において硫黄が有効に活用されていること、即ち、硫黄架橋鎖が均一に配置され又は硫黄架橋鎖以外のポリマー鎖の絡み合いが上乗せされていることを意味し、物性の向上に寄与しない無駄な硫黄量が少ないことを意味する。そのため、複数の高分子材料について硫黄の有効活用度を相対比較することができる。
【実施例0056】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0057】
[加硫ゴム試料の調製]
下記表1に示す配合(質量部)に従い、(株)ダイハン製ラボミキサー(300cc)を用いて、ゴム成分を30秒間、素練りした後、シリカ、シランカップリング剤、酸化亜鉛、及びステアリン酸を投入し、240秒混練した後、一旦排出した。次に、排出されたゴムを再度ミキサーに投入して180秒間再混合を行い、排出した。次に、排出されたゴムと硫黄及び加硫促進剤を投入し60秒混練し排出した。得られた未加硫ゴムを、2本ロールを用いて、2mm厚と1mm厚の二通りにシーティングを行った後に、160℃×20分で加硫プレスを行って、厚み2mmと厚み1mmの加硫ゴムシート(試料1~5)をそれぞれ作製した。
【0058】
表1中の各成分の詳細は以下のとおりである。
・非水添SBR:JSR(株)製「HPR350」
【0059】
・水添SBR:下記合成例1に従い作製した水添共重合体。
[合成例1]
窒素置換された耐熱反応容器に、シクロヘキサンを2.5L、テトラヒドロフラン(THF)を50g、n-ブチルリチウムを0.12g、スチレンを100g、1,3-ブタジエンを400g入れ、反応温度50℃で重合を行った。重合が完了した後にN,N-ビス(トリメチルシリル)アミノプロピルメチルジエトキシランを1.7g加えて、1時間反応させた後、水素ガスを0.4MPa-ゲージの圧力で供給し、20分間撹拌した。次いで、水素ガス供給圧力を0.7MPa-ゲージ、反応温度を90℃とし、チタノセンジクロリドを主とした触媒を用いて目的の水素添加率となるまで反応させ、溶媒を除去することにより、水添共重合体を得た。得られた水添共重合体の重量平均分子量は35万、結合スチレン量は20質量%、ブタジエン部の水素添加率は90モル%であった。
【0060】
・シリカ:東ソー(株)製「ニプシールAQ」
・酸化亜鉛:三井金属鉱業(株)製「亜鉛華3号」
・ステアリン酸:花王(株)製「ルナックS-20」
・シランカップリング剤:エボニックインダストリーズ社製「Si75」
・硫黄:鶴見化学工業(株)製「粉末硫黄」
・加硫促進剤1:住友化学(株)製「ソクシノールCZ」
・加硫促進剤2:大内新興化学工業(株)製「ノクセラーD」
・加硫促進剤3:三新化学工業(株)製「サンセラーZBE」
【0061】
厚み2mmの試料1~5の加硫ゴムシートについて、JIS K6251:2017に準じて、引張試験(ダンベル状3号形)を実施して、破断強度(TS)および破断伸び(EB)を測定し、その積(TS×EB)を抗張積として求めた。結果を表1に示す。
【0062】
また、試料1~5の加硫ゴムシートについて、下記方法により、膨潤法による架橋密度と、硫黄XAFS法によるS-C成分のピーク面積及びピーク高さ並びにS-Cピーク位置X線吸収量を求めた。
【0063】
[膨潤法]
試料1~5を幅5.0mm、長さ20mm、厚さ2.0mmの短冊状とし、試料質量を測定した。次いで、試料を20mLのバイアル瓶にトルエン20mLとともに入れ、栓をして密閉のうえ、72時間以上静置し、その後、溶液を廃棄し、浸漬後の試料質量を測定した。膨潤前後の試料質量から上記式(1)を用いて、架橋密度νmを算出した。結果を表1に示す。
【0064】
式(1)において、Vはトルエンの分子容であり107cm3/molとした。χはトルエンとSBRとの相互作用定数=0.31とした(Rubber Chemistry and Technology, 39, pp149-192, 1966年)。ρTはトルエンの密度であり0.86g/cm3とした。ρはゴムポリマーであるSBRの密度であり0.94g/cm3とした。
【0065】
[XAFS法]
厚み1mmの試料1~5を用い、未反応の加硫剤を除去するためにトルエンに2日間浸漬し、真空乾燥した。真空乾燥後の試料1~5を測定対象として、硫黄K殻吸収端におけるXANES測定を実施して、X線吸収スペクトルを得た。XANES測定は、「知の拠点あいち」のあいちシンクロトロン光センターにおいて、以下の測定条件により行った。
【0066】
・X線の輝度:2.0×1012photons/s/mrad2/mm2/0.1%bw
・X線の光子数:~3.0×1010photons/s
・分光器:結晶分光器
・X線検出器:シリコンドリフト検出器
・測定法:蛍光法
・X線のエネルギー範囲:2400~2500eV。
【0067】
得られたX線吸収スペクトルを、S-S成分、S-C成分、S-O成分、多重散乱成分、階段関数成分、SO4
2-成分、及びSO2成分の7成分でフィッティングし、S-C成分のピーク面積及びピーク高さを算出した。その際、S-C成分、S-O成分、多重散乱成分、SO4
2-成分及びSO2成分については、式(2)のガウス関数を用いた。式(2)中のパラメータは、S-C成分については、a(ピーク高さ)を変数、b(ピークトップでのエネルギー)を2473.0eV、c(ピークの半値幅)を1.8eVとした。S-O成分については、aを変数、bを2475.0eV、cを1.8eVとした。多重散乱成分については、aを変数、bを2476.5eV、cを3eVとした。SO4
2-成分については、aを変数、bを2481.6eV、cを2.5eVとした。SO2成分については、aを変数、bを2479.5eV、cを2.5eVとした。階段関数成分については、式(3)のシグモイド関数を用いた。式(3)中のパラメータは、d(エッジジャンプの高さ)は変数、e(定数)=0.7、f(イオン化ポテンシャル)=2476.0eVに設定した。
【0068】
また、S-S成分については、式(2)の複数のガウス関数の足し合わせた非対称ガウス関数を用いた。詳細には、式(2)を用いてaを2、bを2471.1eVとしたC1関数を定め、またC1関数から順に、ピークトップが高エネルギー側に等間隔(0.015eV)にシフトし且つピーク高さが等差(0.003)に減少する100個のCm関数(m=1~100)を定めた。その際、Cm関数は、ピーク高さと半値幅の積が一定値(2.8)となるように定義した。これら100個のCm関数を足し合わせることにより、S-S成分の非対称ガウス関数を得た。非対称ガウス関数のピークトップのエネルギー(eV)は2472.0eVに設定し、ピーク高さを変数とした。
【0069】
このようにして定義したS-S成分、S-C成分、S-O成分、多重散乱成分、階段関数成分、SO4
2-成分、及びSO2成分の7つの成分を足し合わせた関数と、測定スペクトルの残差二乗和が0に近づくように、フィッティングを行い、S-C成分のピーク面積(S-Cピーク面積)及びピーク高さ(S-Cピーク高さ)を算出した。結果を表1に示す。
【0070】
また、X線吸収スペクトルから、S-C成分のピークトップでのエネルギーである2473.0eVにおけるX線吸収量(S-Cピーク位置X線吸収量)を求めた。結果を表1に示す。
【0071】
膨潤法による架橋密度の値を、XAFS法によるS-Cピーク面積、S-Cピーク高さ又はS-Cピーク位置X線吸収量で除することにより、両者の比、即ち、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク面積(XAFS法)、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク高さ(XAFS法)、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)を求めた。結果を表1に示す。表1では、試料1の上記比を100とした各試料の比の指数を括弧書きで表示した。
【0072】
【0073】
表1に示すように、非水添SBRを用いた試料1,2に対し、水添SBRを用いた試料3~5では、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク面積(XAFS法)の比が高く、また、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク高さ(XAFS法)の比も高く、更に、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)の比も高い。これは、水添SBRでは、非水添SBRに比べて、硫黄架橋の均一性が向上し又はポリマー鎖の絡み合いが増加したことによるものと考えられる。すなわち、上記比が高いほど、硫黄架橋の均一性が高く又はポリマー鎖の絡み合い量が多いことを意味するので、複数の高分子材料においては架橋構造に硫黄が有効活用されているかを相対比較することができる。
【0074】
図5は、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク面積(XAFS法)と破断強度TSとの関係を示すグラフである。この場合、R
2値は0.9067であり、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク面積(XAFS法)と破断強度TSとの間に強い相関が認められた。
図6は、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク面積(XAFS法)と抗張積TS×EBとの関係を示すグラフである。この場合、R
2値は0.8311であり、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク面積(XAFS法)と抗張積TS×EBとの間に強い相関が認められた。S-Cピーク高さ(XAFS法)については、特に図示しないが、架橋密度との比(指数)がS-Cピーク面積(XAFS法)とほぼ同等の結果であるため、同様に破断強度TSや抗張積TS×EBとの間に強い相関がある。
【0075】
図7は、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)と破断強度TSとの関係を示すグラフである。この場合、R
2値は0.8499であり、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)と破断強度TSとの間に強い相関が認められた。
図8は、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)と抗張積TS×EBとの関係を示すグラフである。この場合、R
2値は0.7806であり、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)と抗張積TS×EBとの間に強い相関が認められた。
【0076】
このように、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク面積(XAFS法)、架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク高さ(XAFS法)及び架橋密度(膨潤法)/S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)は、破断強度TSや抗張積TS×EBとの相関性が高く、これらの比が大きいほど物性が向上していた。これは、上記の比が高いほど、硫黄架橋の均一性が向上し又はポリマー鎖の絡み合いが増加し、それにより物性が向上することと整合する。そのため、上記の比により物性の向上に寄与しない無駄な硫黄量を相対比較することができ、架橋構造に硫黄が有効に活用されているか、即ち硫黄の有効活用度を相対評価することができる。
【0077】
図9は、S-Cピーク面積(XAFS法)と破断強度TSとの関係を示すグラフであり、R
2値は0.5677であった。
図10は、S-Cピーク面積(XAFS法)と抗張積TS×EBとの関係を示すグラフであり、R
2値は0.6409であった。
図11は、S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)と破断強度TSとの関係を示すグラフであり、R
2値は0.4798であった。
図12は、S-Cピーク位置X線吸収量(XAFS法)と抗張積TS×EBとの関係を示すグラフであり、R
2値は0.5553であった。
図13は、架橋密度(膨潤法)と破断強度TSとの関係を示すグラフであり、R
2値は0.1787であった。
図14は、架橋密度(膨潤法)と抗張積TS×EBとの関係を示すグラフであり、R
2値は0.0493であった。このようにS-Cピーク面積やS-Cピーク位置X線吸収量、架橋密度(膨潤法)については、破断強度や抗張積との間の相関が低かった。
【0078】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これら実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその省略、置き換え、変更などは、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。