(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025015962
(43)【公開日】2025-01-31
(54)【発明の名称】蛍光体、その製造方法、それを用いた顔料、圧力標準材料、および、発光装置
(51)【国際特許分類】
C09K 11/62 20060101AFI20250124BHJP
C09K 11/08 20060101ALI20250124BHJP
【FI】
C09K11/62
C09K11/08 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023118909
(22)【出願日】2023-07-21
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】遊佐 斉
(72)【発明者】
【氏名】宮川 仁
【テーマコード(参考)】
4H001
【Fターム(参考)】
4H001CA02
4H001CF02
4H001XA08
4H001XA31
4H001YA24
(57)【要約】
【課題】 高圧および高温下においても安定な蛍光体、その製造方法、それを用いたインク、圧力標準材料、および、発光装置を提供すること。
【解決手段】 本発明の蛍光体は、クロムが添加されたコランダム構造を有する酸化ガリウム結晶を含有し、1気圧、25℃において、250nm以上650nm以下の範囲の波長を有する光で励起されて、695nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する光を発する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロムが添加されたコランダム構造を有する酸化ガリウム結晶を含有する、蛍光体。
【請求項2】
1気圧、25℃において、250nm以上650nm以下の範囲の波長を有する光で励起されて、695nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する光を発する、請求項1に記載の蛍光体。
【請求項3】
1気圧、25℃において、250nm以上650nm以下の範囲の波長を有する光で励起されて、697nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する光(R1線)と、695nm以上697nm未満の範囲の波長にピークを有する光(R2線)とを発する、請求項2に記載の蛍光体。
【請求項4】
P=(λ-λ0)/(0.315±0.005)(ここで、Pは、圧力(GPa)であり、λ0は、25℃、1気圧におけるR1線のピーク波長(nm)であり、λは、25℃、圧力PにおけるR1線のピーク波長(nm)である。)を満たす、請求項1~3のいずれかに記載の蛍光体。
【請求項5】
前記酸化ガリウム結晶は、(Ga1-xCrx)2O3-α(ここで、Gaはガリウムであり、Crはクロムであり、Oは酸素であり、xは、0<x≦0.1であり、αは、-0.2≦α≦0.2である)で表される、請求項1~4のいずれかに記載の蛍光体。
【請求項6】
前記xは、0.001≦x≦0.05を満たす、請求項5に記載の蛍光体。
【請求項7】
前記酸化ガリウム結晶は、単結晶粒子である、請求項1~6のいずれかに記載の蛍光体。
【請求項8】
前記単結晶粒子の平均粒径は、1μm以上120μm以下の範囲である、請求項7に記載の蛍光体。
【請求項9】
酸化ガリウム粉末および酸化クロム粉末を含有する原料粉末を、700℃以上2300℃以下の温度範囲で、2GPa以上30GPa以下の圧力範囲で処理することを包含する、請求項1~8のいずれかに記載の蛍光体の製造方法。
【請求項10】
前記原料粉末において、前記酸化クロム粉末は、前記酸化ガリウム粉末に対して0mol%より多く10mol%以下の範囲で含有される、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記温度範囲は、1000℃以上1500℃以下の範囲である、請求項9または10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記圧力範囲は、2GPa以上10GPa以下の範囲である、請求項9~11のいずれかに記載の製造方法。
【請求項13】
少なくとも請求項1に記載の蛍光体を含有する、顔料。
【請求項14】
少なくとも請求項1に記載の蛍光体を含有する、圧力標準材料。
【請求項15】
300nm以上650nm以下の範囲のいずれかの波長を有する光を発する励起源と、
少なくとも請求項1に記載の蛍光体と
を含む、発光装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化ガリウムを用いた蛍光体、その製造方法、それを用いた顔料、圧力標準材料、および、発光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
コランダム構造を有する酸化アルミニウム(アルミナ、α-Al
2O
3)にクロムが添加された蛍光体が知られている(例えば、非特許文献1を参照)。非特許文献1によれば、クロムが添加されたコランダム構造を有するアルミナ(Al
2O
3:Cr)は、可視光の励起によって赤色の発光(R1線、R2線)をする蛍光体である。赤色の発光波長が、圧力にしたがって長波長側に変化するため、圧力標準物質として用いられ、発光波長から圧力を求める手法をルビー蛍光法と呼ぶ。しかしながら、非特許文献1の
図15によれば、圧力の増加にともない、励起波長が短波長側にシフトするため、励起光の励起源に制限が出たり、発光強度が低下したりする。そのため、Al
2O
3:Crに代わる圧力標準物質が望まれる。
【0003】
一方、酸化ガリウム(Ga2O3)は、α(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)、δ(デルタ)、ε(イプシロン)の結晶構造を有することが知られており、パワーデバイス半導体として知られている。
【0004】
これまでに、酸化ガリウム(Ga2O3)にクロムが添加された蛍光体が報告されている(例えば、非特許文献2、特許文献1を参照)。非特許文献2によれば、単斜晶系β-ガリア構造を有するGa2O3にクロムが添加された蛍光体は、85Kの低温において可視光の励起によって赤色の発光(R1線、R2線)をすることから、低温における圧力標準物質としての使用が報告されている。しかしながら、β-Ga2O3は高圧下で安定な物質ではないため、20GPaより高圧の圧力を測定することはできない。また、室温での圧力標準物質としては使用されていない。
【0005】
また、特許文献1は、Ga2O3とCr2O3とを融剤とともに混合し、大気雰囲気下で焼成することによって、Ga2O3:Cr蛍光体が得られることを開示する。特許文献1によれば、Ga2O3:Cr蛍光体は、385nmの光で励起され、730nm付近に発光ピークを有する。しかしながら、特許文献1に記載のGa2O3もまた、非特許文献3によれば、非特許文献2と同様にβ-ガリア構造である。したがって、室温、かつ、高圧下で安定であり、かつ、20GPaを超えた高圧下においても安定な蛍光体が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】K.Syassen,High Pressure Research,Vol.28,No.2,June 2008,75-126
【非特許文献2】T P Bealesら,Solld State Communications,Vol.73,No.1,pp.1-3,1990
【非特許文献3】C.G.Walshら,Journal of Luminescence,Vol.40&41,103-104,1988
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上から、本発明の課題は、高圧および高温下においても安定な蛍光体、その製造方法、それを用いたインク、圧力標準材料、および、発光装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の蛍光体は、クロムが添加されたコランダム構造を有する酸化ガリウム結晶を含有し、これにより上記課題を解決する。
1気圧、25℃において、250nm以上650nm以下の範囲の波長を有する光で励起されて、695nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する光を発してもよい。
1気圧、25℃において、250nm以上650nm以下の範囲の波長を有する光で励起されて、697nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する光(R1線)と、695nm以上697nm未満の範囲の波長にピークを有する光(R2線)とを発してもよい。
P=(λ-λ0)/(0.315±0.005)(ここで、Pは、圧力(GPa)であり、λ0は、25℃、1気圧におけるR1線のピーク波長(nm)であり、λは、25℃、圧力PにおけるR1線のピーク波長(nm)である。)を満たしてもよい。
前記酸化ガリウム結晶は、(Ga1-xCrx)2O3-α(ここで、Gaはガリウムであり、Crはクロムであり、Oは酸素であり、xは、0<x≦0.1であり、αは、-0.2≦α≦0.2である)で表されてもよい。
前記xは、0.001≦x≦0.05を満たしてもよい。
前記酸化ガリウム結晶は、単結晶粒子であってもよい。
前記単結晶粒子の平均粒径は、1μm以上120μm以下の範囲であってもよい。
本発明の上記蛍光体の製造方法は、酸化ガリウム粉末および酸化クロム粉末を含有する原料粉末を、700℃以上2300℃以下の温度範囲で、2GPa以上30GPa以下の圧力範囲で処理することを包含し、これにより上記課題を解決する。
前記原料粉末において、前記酸化クロム粉末は、前記酸化ガリウム粉末に対して0mol%より多く10mol%以下の範囲で含有されてもよい。
前記温度範囲は、1000℃以上1500℃以下の範囲であってもよい。
前記圧力範囲は、2GPa以上10GPa以下の範囲であってもよい。
本発明の顔料は、少なくとも上記蛍光体を含有し、これにより上記課題を解決する。
本発明の圧力標準材料は、少なくとも上記蛍光体を含有し、これにより上記課題を解決する。
本発明の発光装置は、300nm以上650nm以下の範囲のいずれかの波長を有する光を発する励起源と、少なくとも上記蛍光体とを含み、これにより上記課題を解決する。
【発明の効果】
【0010】
本発明による蛍光体は、クロムが添加されたコランダム構造を有する酸化ガリウム結晶を含有する。本発明の蛍光体は、室温および大気圧下において、可視光の照射によって励起されて、650nm以上700nm以下の範囲にピークを有する赤色光を発する。本発明の蛍光体は、コランダム構造を有する酸化ガリウムを母体とするため、高温および高圧下においても安定である。本発明の蛍光体は高温高圧プロセスによって製造できる。
【0011】
本発明の蛍光体を用いれば白色または白色以外の発光装置を提供できる。また、本発明の蛍光体は、緑色の物体色をしているため、顔料に使用できる。また、本発明の蛍光体は、発光波長が圧力の変化にしたがって変化するため、圧力標準物質として使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の蛍光体の製造に用いるカプセルを備えた高圧セルの断面を模式的に示す図
【
図2】本発明の蛍光体の製造に用いるベルト型高圧装置を模式的に示す図
【
図3】本発明の圧力標準材料を用いた圧力を測定する様子を示す図
【
図9】例1の試料のXRDパターンによるコランダム構造の温度耐久性を示す図
【
図11】例1の試料の発光スペクトルの詳細を示す図
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の番号を付し、その説明を省略する。
【0014】
本願発明者らは、高温高圧処理によって、高圧にて安定相であるコランダム構造を有する酸化ガリウム結晶にクロムを添加し、常温常圧下においても準安定であることを発見し、本発明に想到した。
【0015】
本発明の蛍光体は、クロムが添加されたコランダム構造を有する酸化ガリウム結晶を含有する。これにより、励起源の照射によって蛍光を発する蛍光体となる。
【0016】
本発明の蛍光体において、酸化ガリウムはコランダム構造を有する。コランダム構造を有する酸化ガリウムは、α型またはα-Ga2O3とも呼ばれ、菱面対称の結晶構造に属し、R-3c空間群(International Talbes for Crystallographyの167番目)に属する。本願明細書において、「-3」は、3のオーバーバーを表す。合成された試料が本発明の蛍光体であるかどうかは、例えば、試料のX線回折パターンの主要なピーク(例えば、8本)が、粉末回折・結晶構造データのICDD#27431の回折パターンに一致するかどうかで判断できる。
【0017】
本発明の蛍光体は、緑色の物体色を有する。すなわち、本発明の蛍光体に太陽光や蛍光灯などの照明を照射すると緑色の物体色が観察されるが、その発色がよいこと、長期間にわたり劣化しないことから、本発明の蛍光体は顔料に好適である。このような顔料を、塗料、インキ、絵の具、釉薬、着色剤などに用いると、長期間にわたって良好な発色を維持できる。
【0018】
本発明の蛍光体は、励起源の照射によってCr3+由来の蛍光を発するが、詳細には、1気圧、25℃において、250nm以上650nm以下の範囲の波長を有する光で励起されて、695nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する赤色の光を発する。本発明の蛍光体は、より好ましくは、380nm以上500nm以下の紫外または可視光の光、あるいは、500nm以上630nm以下の可視光によって効率よく励起され、695nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する赤色の光を発する。
【0019】
より詳細には、本発明の蛍光体は、1気圧、25℃において、250nm以上650nm以下の範囲の波長を有する光で励起されて、697nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する光(R1線)と、695nm以上697nm未満の範囲の波長にピークを有する光(R2線)とを発する。このとき、R1線の発光強度は、R2線の発光強度より高い。
【0020】
本願発明者らは、本発明の蛍光体のR1線に着目したところ、GPaオーダの圧力の増加に伴い、R1線のピーク位置が長波長側にシフトすることを見出した。詳細には、本発明の蛍光体は以下の式を満たす。
P=(λ-λ0)/(0.315±0.005)
ここで、Pは、圧力(GPa)であり、λ0は、25℃、1気圧におけるR1線のピーク波長(nm)であり、λは、25℃、圧力PにおけるR1線のピーク波長(nm)である。
【0021】
また、本発明の蛍光体は、高圧相で安定なコランダム構造を有する酸化ガリウムを母体としているため、H.Yusaら,Physical Review B,2008,Vol.77,Issue 6に記載されるように、30GPaの高圧まで安定である。さらに、後述する実施例で示すように、本発明の蛍光体は、500℃の高温まで安定である。したがって、本発明の蛍光体を圧力標準材料として使用できる。特に、本発明の蛍光体は、紫外域(250nm)から650nmの可視域までの広い範囲で励起されるので、非特許文献1と異なり、圧力の増加に伴い励起スペクトルが低波長側にシフトしても、例えば、480nm~630nmの任意のレーザ光を光源に使用でき、効率よく励起され、発光強度が低下することはない。このため、本発明の蛍光体を圧力標準材料に用いれば、精度よく圧力を測定できる。
【0022】
本発明の蛍光体は、クロムが添加されたコランダム構造を有する酸化ガリウム結晶を含有していればよいが、このような酸化ガリウム結晶は、好ましくは、(Ga1-xCrx)2O3-α(ここで、Gaはガリウムであり、Crはクロムであり、Oは酸素であり、xは、0<x≦0.1であり、αは、-0.2≦α≦0.2である)で表される。
【0023】
xは、発光中心であるクロムの添加量であるが、上記範囲であれば、結晶構造が安定となるため、蛍光体として機能する。xは、好ましくは、0.001≦x≦0.05を満たす。この範囲であれば、結晶構造が安定となり、濃度消光を抑制し、発光強度に優れる。
【0024】
αは、酸素欠損あるいは酸素過剰に由来する酸素の含有量であり、発光強度の観点からは酸素欠損や酸素過剰はない方がよいが、製造における酸素欠損や酸素過剰が許容され、上記範囲であれば、結晶構造を効率的に維持し、蛍光体として機能する。αは、好ましくは、-0.1≦α≦0.1であり、より好ましくは、-0.05≦α≦0.05であり、なお好ましくは、α=0である。
【0025】
本発明の蛍光体において、酸化ガリウム結晶は、好ましくは、単結晶粒子あるいは単結晶粒子の集合体である。これにより高輝度発光する。用途によって異なるが、例えば、上述の圧力標準材料として蛍光体を使用する場合、単結晶粒子1粒で使用できる。その場合、単結晶粒子の平均粒径は、好ましくは、1μm以上120μm以下の範囲である。この範囲であれば、1粒の単結晶粒子の取り扱いに優れる。高輝度発光のため、この単結晶粒子を粉砕して、1μm以上50μm以下の範囲で使用することも可能である。
【0026】
本発明の蛍光体を顔料または発光装置として使用する場合には、さらに粉砕化処理し、例えば、0.1μm以上20μm以下の平均粒径にしてもよい。これにより、塗布性や各種発光装置へ実装する際の操作性に優れる。
【0027】
なお、本願明細書において、平均粒径は、光学顕微鏡によって観察された画像において、画像解析ソフトを用い、無作為に選んだ粒子100点の粒径を測定し、その平均値とする。本願明細書では、画像解析ソフトにはImage J(ver.1.54d;オープンソースでパブリックドメインの画像処理ソフトウェア)を用いた。
【0028】
次に、本発明の蛍光体の製造方法について説明する。
本発明の蛍光体は、高温高圧処理によって製造される。具体的には、酸化ガリウム粉末および酸化クロム粉末を含有する原料粉末を、700℃以上2300℃以下の温度範囲で、2GPa以上30GPa以下の圧力範囲で処理することを包含する。
【0029】
酸化ガリウム粉末は、入手の容易なβ型-酸化ガリウムであってよい。酸化クロム粉末は、発光中心としてCr3+を導入することから、好ましくは、酸化クロム(III)であるが、酸化クロム(I)、酸化クロム(II)、酸化クロム(IV)、酸化クロム(V)、これらの混合物であってもよい。
【0030】
酸化ガリウム粉末および酸化クロム粉末の粒径は、好ましくは、0.1μm以上1μm以下である。この範囲であれば、酸化ガリウム粉末と酸化クロム粉末とが均一に混合する。
【0031】
原料粉末において、酸化クロム粉末は、酸化ガリウム粉末に対して、0mol%よりも多く10mol%以下の範囲で含有されればよい。より好ましくは、酸化クロム粉末は、酸化ガリウム粉末に対して、0mol%よりも多く5mol%以下の範囲で含有されればよい。
【0032】
なお、高温高圧処理の時間は、原料の量や用いる装置によって異なるが、例示的には、5分以上24時間以下の時間であってよい。
【0033】
上述の処理工程は、例えば、ダイヤモンドアンビル装置、マルチアンビル装置およびベルト型高圧装置からなる群から選択される装置を用いた高温高圧処理法、または、衝撃圧縮法によって行われてもよい。これらの方法は、上述の温度範囲および圧力範囲を達成できる。上述の高温および高圧条件を達成できる装置できれば、上述する装置に限定される必要はない。
【0034】
ここでは、原料粉末を充填したカプセルを備えた高圧セルを用い、ベルト型高圧装置により高温高圧処理する場合を説明する。
【0035】
図1は、本発明の蛍光体の製造に用いるカプセルを備えた高圧セルの断面を模式的に示す図である。
【0036】
高圧セルは、円筒状のパイロフィライト1と、パイロフィライト1の筒内に、筒内壁面上部側および下部側に接するように配置された2つのスチールリング2と、スチールリング2の中心軸側に配置された円筒状のカーボンヒーター4と、カーボンヒーター4の内部に配置された金属製カプセル6と、金属製カプセル6の内部に充填された原料粉末と備える。パイロフィライト1とカーボンヒーター4との間の隙間には充填用粉末3が充填されており、カーボンヒーター4と金属製カプセル6との間の隙間にも充填用粉末3、5が充填されている。
【0037】
図2は、本発明の蛍光体の製造に用いるベルト型高圧装置を模式的に示す図である。
【0038】
ベルト型高圧装置21のシリンダー27A、27Bの間であって、アンビル25A、25Bの間の所定の位置に、薄い金属板からなる導電体26A、26Bを接触させて、
図1を参照して説明した高圧セルを配置する。次に、これらの部材と高圧セルとの間に、パイロフィライト28を充填する。
【0039】
アンビル25A、25Bおよびシリンダー27A、27Bを高圧セル側に移動して、高圧セルを上述の条件を満たすように加圧する。加圧した状態で、上述の条件を満たすように加熱し、所定時間、保持すればよい。例えば、ベルト型高圧装置21を用いた場合、1000℃以上1500℃以下の温度範囲で2GPa以上10GPa以下の圧力範囲で処理すれば、上述のクロムが添加されたコランダム構造を有する酸化ガリウム結晶を含有する蛍光体を製造できる。
【0040】
次に、本発明の蛍光体の用途について説明する。
図3は、本発明の圧力標準材料を用いた圧力を測定する様子を示す図である。
【0041】
図3では、ダイヤモンドアンビルセル(DAC)を用いた高圧発生装置に本発明の圧力標準材料を適用し、圧力を測定する様子を示す。
図3では、穴を開けたガスケットは、先端が平らになった一対のダイヤモンドアンビルで挟まれており、この穴の中に圧力を印加したい試料、圧力標準材料として本発明の蛍光体、および、圧力伝達媒体が封入される。
【0042】
圧力は次のようにして測定される。DACにより圧力を印加し、波長250nm以上650nm以下の範囲の波長の光(
図3では青色光の光)を、穴を介して本発明の蛍光体に照射する。蛍光体からの蛍光を蛍光分光光度計で測定し、R1線の波長λを求め、次式に代入し、圧力Pを求めれることができる。
P=(λ-λ
0)/(0.315±0.005)
ここで、Pは、圧力(GPa)であり、λ
0は、25℃、1気圧におけるR1線のピーク波長(nm)であり、λは、25℃、圧力PにおけるR1線のピーク波長(nm)である。本発明の圧力標準材料によれば、室温(25℃)において上記式が成り立つため、非特許文献2とは異なり、室温環境下において、圧力を測定できる。
【0043】
【0044】
本発明の発光装置は、少なくとも、300nm以上650nm以下の範囲のいずれかの波長を有する光を発する励起源と、本発明の蛍光体とを備える。
図4では、発光装置400として砲弾型白色発光ダイオードの一例を示す。2本のリードワイヤ410、420があり、そのうち1本のリードワイヤ410には、凹部が形成されており、485nmに発光ピークを持つ青色発光ダイオード素子430が載置されている。
【0045】
青色発光ダイオード素子430の下部電極と凹部の底面とが導電性ペーストによって電気的に接続されており、上部電極ともう1本のリードワイヤ420とが金細線450によって電気的に接続されている。本発明の蛍光体440およびYAG:Ceに代表される黄色蛍光体が樹脂に分散され、青色発光ダイオード素子430近傍に実装されている。この蛍光体を分散した樹脂は、透明であり、青色発光ダイオード素子430の全体を被覆している。凹部を含むリードワイヤの先端部、青色発光ダイオード素子、蛍光体を分散した樹脂は、透明な樹脂460によって封止されている。樹脂460は全体が略円柱形状であり、その先端部がレンズ形状の曲面となっており、砲弾型と言われている。黄色蛍光体としては、YAG:Ce以外にも公知の蛍光体を適用できることは言うまでもない。
【0046】
本発明の発光装置400は、例えば、励起源が発する青色の光と、本発明の蛍光体が発する赤色の光と、黄色蛍光体が発する黄色の光とが混合され、白色光を発することができるが、例えば、励起源を青色の光に代えて、紫外光を採用すれば、赤色の光を発する発光装置を提供することができる。このように、励起源を適宜採用することにより、白色以外の発光を発する発光装置を提供できる。
【0047】
また、上述したように、本発明の蛍光体は緑色の物体色を有するため、顔料として使用できる。特に、波長250nm以上650nm以下の光の照射によって励起され、赤色発光するため、紙幣、証明書、領収書、商品券等の緑色のインクとして使用すれば、偽造防止に役立つ。
【0048】
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例0049】
[例1]
例1では、
図1および
図2に示す製造装置を用いて、(Ga
1-xCr
x)
2O
3+α蛍光体(x=0.01)を製造した。
【0050】
β型-酸化ガリウム(β-Ga2O3)粉末(高純度化学研究所製、純度99.999%、粒径0.5μm)および酸化クロム(III)(Cr2O3)粉末(シグマアルドリッチ社製、純度99.9%、粒径0.2μm)を含有する原料粉末を高温高圧処理した。詳細には、表1に示す設計組成となるよう、酸化ガリウム粉末に対して1mol%の酸化クロム粉末となるよう秤量・混合し、原料粉末(200mg)とした。
【0051】
原料粉末を、一端側を円板状の蓋で閉じたAu(金)製の円筒状の金属製カプセル8(
図1)内に充填してから、他端側を円板状のAu製の蓋で密封した。次に、一端側を円板状の蓋で閉じた円筒状のカーボンヒーター4(
図1)の内底部に充填用粉末(NaCl+20wt%ZrO
2)を敷き詰めてから、この金属製カプセルを円筒状のカーボンヒーター内に同軸となるように配置し、その上に再度、充填用粉末(NaCl+20wt%ZrO
2)を敷き詰めてから金属製カプセルを同軸に配置した。次に、金属製カプセルとカーボンヒーターの内壁面との隙間に充填用粉末(NaCl+10wt%ZrO
2)を充填し、更に、金属製カプセルの上部に充填用粉末(NaCl+20wt%ZrO
2)を敷き詰めてから、他端側を円板状の蓋で密封した。
【0052】
次に、この円筒状のカーボンヒーターを、筒状のパイロフィライト内に同軸となるように配置してから、カーボンヒーターとパイロフィライトの内壁面との隙間に充填用粉末(NaCl+10wt%ZrO2)を充填した。
【0053】
次に、パイロフィライトの内壁面上部側の充填用粉末にスチールリングを押し込むとともに、パイロフィライトの内壁面下部側の充填用粉末に別のスチールリングを押し込んだ。以上のようにして、高圧セルを作製した。
【0054】
高圧セルを、
図2に示すベルト型高圧装置の所定の位置に配置した。高圧セルを表1に示す圧力値まで加圧した。次に、加圧した状態で、表1に示す温度および保持時間で加熱し、高温高圧処理した。
【0055】
室温・常圧(25℃、1気圧)に戻し、金属製カプセル内部の生成物を取り出した。このようにして例1の試料を得た。例1の試料の外観を観察し、ハロゲンランプおよび紫外光(波長280nm、365nm)等を照射した際の様子を観察した。これらの結果を
図5~
図7に示す。
【0056】
例1の試料について、放射光施設(あいちシンクロトロン放射光)においてX線回折により同定した。結果を
図8および
図9に示す。
X線:放射光X線(波長0.7233Å)
走査範囲2θ(°):5~40°
露光時間:60秒
【0057】
次いで、1気圧、25℃における例1の試料の発光スペクトルおよび励起スペクトルを、蛍光分光光度計(日本分光社製、FP8500)を用いて測定した。励起発光スペクトルを
図10~
図12および表2に示す。
【0058】
次いで、
図3に示すダイヤモンドアンビルセル装置を用いて、例1の試料に圧力を10GPaまで印加した際の蛍光スペクトルを測定した。結果を
図13に示す。
【0059】
[例2~例4]
例2~例4では、
図1および
図2に示す製造装置を用いて、例1と同様に、表1に示す条件で、(Ga
1-xCr
x)
2O
3+α蛍光体(x=0.001、0.0005、0.05)を製造した。得られた例2~例4の試料について、例1と同様に、粉末X線回折、励起発光スペクトル、発光スペクトルの圧力依存性を調べた。結果を表2に示す。
【0060】
【0061】
例1~例4の試料の結果をまとめて説明する。
図5は、例1の試料の外観を示す図である。
【0062】
図5(a)は、室内蛍光灯下での様子を示し、
図5(b)は、紫外光(波長280nm)を照射した際の様子を示す。
図5ではグレースケールで示すが、例1の試料は、
図5(a)によれば、室内蛍光灯下では緑色を呈し、
図5(b)によれば、紫外光の照射によって赤色を呈した。図示しないが、例2~例4の試料も同様の発光を示した。
【0063】
図6は、例1の試料の光学顕微鏡写真を示す図である。
【0064】
図6は、
図5に示す焼結体を粉砕した様子を示す。
図6によれば、粒子は、いずれも、単結晶粒子であり、粒子の大きさは、50μm~100μm程度であり、平均粒径は75μmであった。図示しないが、例2~例4の試料も、50μm~100μm程度の単結晶粒子の集合体であり、Image Jによれば、平均粒径は75μmであった。当業者であれば用途に応じて単結晶粒子を粉砕し、粒径を調整できることを理解する。
【0065】
図7は、例1の試料が発光している様子を示す図である。
【0066】
図7(a)は、例1の試料(単結晶粒子)にハロゲンランプを照射した際の発光の様子を示し、
図7(b)は、例1の試料(単結晶粒子)に紫外光(波長365nm)を照射した際の発光の様子を示す。
図7ではグレースケールで示すが、例1の試料(単結晶粒子)は、
図7(a)によれば、ハロゲンランプの照射によって緑色から黄色を呈し、
図7(b)によれば、紫外光の照射によって赤色を呈し、
図5と同様の結果であった。図示しないが、例2~例4の試料も同様の発光を示した。
【0067】
図8は、例1の試料のXRDパターンを示す図である。
図9は、例1の試料のXRDパターンによるコランダム構造の温度耐久性を示す図である。
【0068】
図8は、1気圧、25℃における例1のXRDパターンを示し、いずれのピークも、コランダム構造の酸化ガリウムの回折ピーク(ICDD#27431)に一致した。表2に示すように、例2~例4の試料も同様のXRDパターンを示し、コランダム構造を有することを確認した。
【0069】
図9によれば、25℃~400℃までは、コランダム構造を維持することが分かったが、600℃を超えるとコランダム構造を維持できず、800℃では、安定なβ-ガリア構造となることが分かった。このことから本発明の蛍光体は、約500℃の温度まで安定であることが分かった。
【0070】
以上の
図5~
図9により、本発明の高温高圧処理によって、クロムが添加されたコランダム構造を有する酸化ガリウム結晶を含有する蛍光体が得られることが示された。特に、本発明の蛍光体は、(Ga
1-xCr
x)
2O
3+α(ここで、xは、0<x≦0.1であり、αは、0≦α≦0.2である)で表される酸化ガリウム結晶を含有し、紫外~可視光を照射することによって、赤色に発光することが示された。
【0071】
図10は、例1の試料の発光スペクトルを示す図である。
図11は、例1の試料の発光スペクトルの詳細を示す図である。
図12は、例1の試料の励起スペクトルを示す図である。
【0072】
図10および
図11は、例1の試料に、1気圧、25℃において、波長429nmの光源、青色レーザ(波長488nm)をそれぞれ照射した際の発光スペクトルを示す図である。
図10によれば、例1の試料は、1気圧、25℃において、波長429nmの光源によって励起され、695nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する光を発することが分かった。より詳細には、
図11によれば、695nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する光は、697.57nm(R1線)および695.94nm(R2線)のCr
3+に由来する蛍光線であり、R1線の発光強度がR2線のそれよりも大きかった。表2に示すように、例2~例4の試料も、例1と同様に、青色レーザによって励起されて、Cr
3+に由来するR1線およびR2線の蛍光線を示した。
【0073】
【0074】
図12は、25℃、1気圧において、発光波長697.5nmに固定し、励起光の波長を走査した際の発光強度を測定したスペクトルである。
図12には、Al
2O
3:CrのR1線(694.5nm)の励起スペクトル(破線)も併せて示す。
図12によれば、例1の試料は、250nm以上650nm以下の波長で効率よく励起され、695nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する光を発することが示された。驚くべきことに、例1の試料の励起波長は、Al
2O
3:Crの励起波長に比べて長波長側にシフトしていた。このことは、非特許文献1の
図15に示されるように、圧力の増加に伴い、例1の試料の励起スペクトルが短波長側にシフトし、紫外光あるいは青色光で励起できなくても、緑色光あるいは赤色光を励起源として使用できることを示唆する。
【0075】
以上の
図10~
図12および表2により、本発明の蛍光体は、1気圧、25℃において、250nm以上650nm以下の範囲の波長を有する光で励起されて、695nm以上700nm以下の範囲の波長にピークを有する光を発し、より詳細には、697nm以上699nm以下の範囲の波長にピークを有する光(R1線)と、695nm以上697nm未満の範囲の波長にピークを有する光(R2線)とを発することが示された。
【0076】
図13は、例1の試料のR1線の圧力依存性を示す図である。
【0077】
図3に示すように、ダイヤモンドアンビル装置では、底面が平らになるよう研磨されたダイヤモンドが、底面を対向した状態で設置されており、この底面にガスケットを介して試料を保持すると、試料に圧力が印加されるようになっている。25℃で、試料に励起源として波長365nmの紫外光を照射し、圧力を10GPaまで印加した際の、試料からの蛍光R1線を高分解能分光光度計により測定した。
【0078】
図13によれば、例1の試料のR1線は、圧力の増加に伴い、697.6nm(1気圧)から701.0nm(11GPa)まで長波長側にシフトした。このとき次式が成り立つことが分かった。
P=(λ-λ
0)/(0.315±0.005)
ここで、Pは、圧力(GPa)であり、λ
0は、25℃、1気圧におけるR1線のピーク波長697.57(nm)であり、λは、25℃、圧力PにおけるR1線のピーク波長(nm)である。
【0079】
このことから、例1の試料は、R1線の波長が分かれば、圧力Pを求めることができ、圧力測定のための圧力標準試料として機能することが示された。例1の試料の励起波長は、
図12に示すように、従来のAl
2O
3:Cr蛍光体のそれに比べて長波長側にシフトしているため、高圧下でも緑や赤といった長い励起波長を使用できるだけでなく、発光強度にも優れるため、精度よく圧力を測定できるといえる。
本発明の蛍光体は、紫外から可視光において効率よく励起されて、赤色光を発する。特に、本発明の蛍光体は、20GPaを超える高圧下においても安定であり、熱的にも安定であり、圧力の増加に伴い、発光波長がシフトするため、圧力標準材料として使用できる。また、顔料、紫外線センサ、あるいは、LED等の発光装置としても使用できる。