(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025026207
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】オゾンデニューダーおよび大気中有機化合物の捕集方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/22 20060101AFI20250214BHJP
B01D 53/04 20060101ALI20250214BHJP
【FI】
G01N1/22 Z
G01N1/22 L
B01D53/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023131654
(22)【出願日】2023-08-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 第63回大気環境学会講演要旨集,第234頁(P-023),公益社団法人大気環境学会会長伊豆田猛,令和4年9月7日 第63回大気環境学会年会,令和4年9月14日
(71)【出願人】
【識別番号】723009445
【氏名又は名称】浅川 大地
(72)【発明者】
【氏名】浅川 大地
【テーマコード(参考)】
2G052
4D012
【Fターム(参考)】
2G052AA01
2G052AB22
2G052AC02
2G052AD02
2G052AD22
2G052AD42
2G052CA02
2G052CA12
2G052ED04
4D012BA01
4D012CA13
4D012CB02
4D012CG01
4D012CG03
(57)【要約】 (修正有)
【課題】大気中有機化合物の損失や試料汚染を生じることなく、オゾンを除去可能なオゾンデニューダーとそのオゾンデニューダーを使用した大気試料捕集方法を提供する。
【解決手段】有機ヨウ素化合物をセラミックス等の担体にシランカップリング反応で固定化することで、大気中有機化合物の分解や収着による損失を生じることなくオゾンを除去可能なオゾンデニューダーを得た。これにより、試料捕集中のオゾン暴露を抑制し、大気中の有機化合物の構造や濃度に影響を与えることなく捕集材上に捕集することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機ヨウ素化合物を担体に固定化したオゾンデニューダー。
【請求項2】
有機ヨウ素化合物にヨウ化アルコキシシリルアルキルピリジニウムを用いた請求項1に記載のオゾンデニューダー。
【請求項3】
有機ヨウ素化合物にヨウ化-3-トリメトキシシリルプロピルジメチルピリジニウムを用いた請求項1に記載のオゾンデニューダー。
【請求項4】
シランカップリング反応により有機ヨウ素化合物を担体に固定化することによる請求項1~3のいずれかに記載のオゾンデニューダーの製造方法。
【請求項5】
請求項1~3のいずれかに記載のオゾンデニューダーを用いた有機化合物の捕集方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気試料に含まれるオゾンを除去するオゾンデニューダー、およびオゾンデニューダーを用いた大気中有機化合物の捕集方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大気環境中の有機化合物は様々な起源から発生し、雲粒の生成促進や太陽放射の吸収によって気候変動に影響を与えるとともに、発がん性や変異原性等の有害性によってヒト健康にも影響している。気候変動や健康影響に対する将来予測や制御を行うために、大気中有機化合物の挙動と機能を理解することが求められている。
【0003】
大気中有機化合物の測定方法には、大気試料をその場で測定機器に導入するオンライン法とフィルター等担体に捕集して実験室で抽出・測定を行うオフライン法がある。ただし現時点では、オンライン法は測定機器が高額で多地点観測には適しておらず、化合物の検出感度も十分とは言えない。
【0004】
一方、オフライン法のサンプラーは比較的安価ですでに普及しており、流量や採取時間の設定自由度が高く、フィルターを分割して種々の測定法に使用できることから、多様な有機化合物の精確な測定が期待できる。
【0005】
ただし、オフライン法では大気試料を捕集中にフィルター等担体に捕集された有機化合物が、大気中に存在するオゾンに暴露されて酸化変性を受ける場合がある。非特許文献1では、多環芳香族炭化水素類(PAHs)のベンゾ[a]ピレンがフィルター上でオゾンによる酸化を受けて分解されることが報告されている。
【0006】
さらに、大気中にはオゾンやヒロドキシルラジカル、硝酸ラジカルによって酸化される有機化合物が多く存在している。それらの反応性有機化合物の大気中での化学反応過程を観測するためには、大気中に存在している有機化合物の構造と濃度を保存した状態で採取する必要がある。そのため、そうした化合物を測定する場合にも大気試料捕集中の捕集材上でのオゾン酸化を抑制することが求められる。
【0007】
大気試料捕集中のオゾン酸化を抑制するために、大気中のオゾンを除去するオゾンデニューダー(またはオゾンスクラバー)が開発されている。現在使用されているオゾンデニューダーは、ヨウ化カリウム(KI)や無機酸化物(二酸化マンガン等)、活性炭が利用されている(非特許文献1~3)。しかし、後述するように、これらのオゾンデニューダーは大気中有機化合物の存在状態に影響を与えるため、主に無機化合物の観測に適用されている。
【0008】
近年では、有機化合物捕集に適したオゾンデニューダーの開発が試みられており、ヨウ素系イオン液体をセラミクスハニカムに担持させたデニューダーが提案されている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「Polycyclic Aromatic Hydrocarbons in Urban Air Particulate Matter: Decadal and Seasonal Trends, Chemical Degradation, and Sampling Artifacts」 Environmental and Science Technology, 37 (13), 2861 (2003)
【非特許文献2】「Removal of atmospheric oxidants with annular denuders」 Environmental and Science Technology, 24 (6), 811 (1990)
【非特許文献3】「Oxidant denuder sampling for analysis of polycyclic aromatic hydrocarbons and their oxygenated derivates in ambient aerosol: Evaluation of sampling artefact」 Chemosphere, 62 (11), 1889 (2006)
【非特許文献4】「A new ozone denuder for aerosol sampling based on an ionic liquid coating」 Analytical and Bioanalytical Chemistry, 396 (2), 857 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、これら従来のオゾン除去技術では揮発性有機化学物質(VOC)や半揮発性物質を含む多種多様な有機化合物に影響を与えずに試料捕集することはできない。
【0011】
例えば、KIは潮解性を有しているため、採取中に結露が生じて流路の目詰まりや試料汚染が生じるため、加温による除湿が必要である。しかし、高流量のサンプラーでは十分な加温が困難であることや、加温によって半揮発性有機化合物の揮発が生じるという欠点がある。
【0012】
また、無機酸化物を用いたオゾンデニューダーでは、表面に形成される活性酸素によってVOC等有機化合物が酸化分解されることが知られている。さらに、活性炭を用いたオゾンデニューダーでは、オゾンのみでなくVOCや半揮発性物質も収着除去されるために、それらの有機化合物の損失が生じる。これらの無機酸化物や活性炭による有機化合物の分解や除去機構はすでにVOC除去技術として普及しており、有機化合物の存在状態に影響を与えることは明らかである。
【0013】
そうした影響を軽減し、有機化合物捕集に適したオゾンデニューダーとして、ヨウ素系イオン液体を使用したオゾンデニューダーが提案されている(非特許文献4)。このオゾンデニューダーは、蒸気圧が低いイオン液体にヨウ素を結合した化合物を担体に含侵させてオゾンを除去している。ただし、イオン液体は常温ではほとんど揮発しないと考えられたが、実際に大気試料捕集に利用すると、イオン液体が担体から脱離して大気試料を汚染するという問題点があった。
【0014】
そこで本発明においては、従来のオゾンデニューダーの課題を克服して、大気中有機化合物の損失や試料汚染を生じることなく、大気試料捕集中にオゾンを除去可能にすることを目的とする。また、フィルターやポリウレタンフォーム等の大気試料捕集材に捕集された有機化合物のオゾン酸化を抑制することで、大気中に実際に存在する有機化合物の構造や存在量を明らかにするための捕集方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、有機ヨウ素化合物をシランカップリング反応によって担体に固定化することを特徴とするオゾンデニューダーである。
【0016】
又、上記有機ヨウ素化合物に下記式(1)で表されるヨウ化アルコキシシリルアルキルピリジニウムを用いたオゾンデニューダーである。
【0017】
式(1):
【化1】
(式中、Rは置換基を示す。nは0~5の整数である。mは1~18の整数である。AkはC1~C3のアルキル基である。)
【0018】
又、上記有機ヨウ素化合物に下記式(2)で表されるヨウ化-3-トリメトキシシリルプロピルジメチルピリジニウムを用いたオゾンデニューダーである。
【0019】
【0020】
又、セラミックスやセルロース等の表面に水酸基を有する担体に上記有機ヨウ素化合物をシランカップリング反応によって結合したオゾンデニューダーである。
【発明の効果】
【0021】
以上のような本発明によれば、分解や収着、酸化といった影響を有機化合物に与えずにオゾンを除去可能なオゾンデニューダーを提供することができる。具体的には、
図1に示すような捕集装置を用いて大気試料捕集中にオゾンを除去し、大気中の有機化合物の損失や変性を抑制して捕集することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明のオゾンデニューダーを使用した大気試料捕集方法を示した説明図である。
【
図2】実施例で使用される大気試料捕集方法を示した説明図である。
【
図3】本発明のオゾンデニューダーを使用しなかった場合のオゾン濃度を示した図である。
【
図4】本発明のオゾンデニューダーを使用した場合のオゾン濃度を示した図である。
【
図5】オゾンデニューダー未使用時の有機化合物濃度をオゾンデニューダー使用時の有機化合物濃度で除した濃度比を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、有機ヨウ素化合物をシランカップリング反応によって担体に固定化することを特徴とするオゾンデニューダーであり、また当該オゾンデニューダーを各種大気サンプラーに装着する大気試料捕集方法である。
【0024】
有機ヨウ素化合物として、水酸基とシランカップリング反応をするためのアルコキシシリル基を有するヨウ化アルコキシシリルアルキルピリジニウムを使用することができる。
【0025】
有機ヨウ素化合物として、ヨウ化-3-トリメトキシシリルプロピルジメチルピリジニウムを使用する場合は以下のように製造できる。
【0026】
ジメチルピリジン2.2gとヨウ化カリウム(KI)6.65gを脱水したアセトニトリル60mLに混合し、当該溶液を攪拌しながら3-クロロプロピルトリメトキシシラン7.5mLを混合して24時間還流する。放冷後にろ過を行い、ろ液を減圧濃縮し、濃縮液にジエチルエーテル25mLを加えて黄色沈殿を得る。当該沈殿物をジエチルエーテルで数回洗浄し、さらに真空乾燥することで、ヨウ化-3-トリメトキシシリルプロピルジメチルピリジニウム7.5gを得る(収率約95%)。なお、アルキル鎖長の異なるクロロアルキルトリメトキシシランを使用することにより、任意のアルキル鎖長の有機ヨウ素化合物を製造することが可能である。
【0027】
上記のように製造した有機ヨウ素化合物をコージェライトやアルミナのようなセラミックスやシリカゲル、セルロース等の担体にシランカップリング反応で固定化する。セラミックスを担体として利用する場合は、酸性水溶液で煮沸する等して表面水酸基量を増やすことも有効である。また、水酸基を有してシランカップリング反応に利用できる物質であれば、上記以外の物質でも担体として使用可能である。
【0028】
担体の形状として、粒子状や顆粒状、多孔質状、円筒状、ハニカム状等の担体が利用可能であり、大気試料が通気可能であればその形状は限定されない。大気中の粒子試料の捕集に使用する場合には、粒子の損失が少ないハニカム状の担体が適している。
【0029】
担体としてコージェライトを使用し、有機ヨウ素化合物としてヨウ化-3-トリメトキシシリルプロピルジメチルピリジニウムを使用した場合、以下のようにシランカップリング反応で固定化することができる。
【0030】
コージェライトを2mol/Lの塩酸中で2時間煮沸し、水洗後に乾燥させる。また、ヨウ化-3-トリメトキシシリルプロピルジメチルピリジニウム2.5gを2-ブタノール:水(8:2)溶液100mLに溶解し、室温で2時間攪拌する。当該溶液に乾燥させたコージェライトを浸漬し、室温で24時間攪拌する。反応後のコージェライトを取り出して溶媒を除去し、真空乾燥(100℃、2時間)により脱水縮合を行う。当該コージェライトを放冷後にソックスレー抽出器を用いて2-ブタノールで一晩洗浄した後に真空乾燥(室温)する。
【0031】
上記のように有機ヨウ素化合物を固定化した担体を金属製やガラス製、プラスチック製等の筒状容器やカートリッジ状容器等に充填してオゾンデニューダーとする。容器の材質や形状は目的とする大気試料によって任意に選択できる。
【0032】
上記のように製造したオゾンデニューダーを各種大気サンプラーに装着する。大気サンプラーには、目的に応じてフィルターやポリウレタンフォーム、活性炭繊維、固相充填剤等の捕集材が使用されており、当該オゾンデニューダーをそれら捕集材の上流に装着することで、捕集材上に採取された大気試料へのオゾン暴露を抑制できる。
【0033】
採取した大気試料を目的化合物に応じた抽出法と前処理法、測定法に供することで、試料採取中のオゾン酸化を受けていない状態の化合物の構造と量を知ることが可能になる。
【実施例0034】
次に実施例を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下の実施例において、大気試料サンプラーとしてThermo社製の微小粒子状物質(PM2.5)捕集装置(FRM2025)を用い、オゾン濃度計として紀本電子工業製のオゾン濃度計(OA683)を用い、液体クロマトグラフ質量分析計としてSciex社製のSciex LC-Triple Quad 4500システムを用いた。
【0035】
オゾンデニューダーには、ヨウ化-3-トリメトキシシリルプロピルジメチルピリジニウムを有機ヨウ素化合物としてハニカム状のコージェライトにシランカップリング反応によって固定化したものを使用した。ハニカムの形状は、直径38mm、長さ40mm、セル密度400cpsiであった。
図2に示すように円筒状のステンレス管にハニカムを充填して、PM2.5捕集装置に装着した。
【0036】
PM2.5捕集装置は2台用意して、一方には上記のオゾンデニューダーを装着し、もう一方には装着せずに大気試料の併行採取を行った。PM2.5捕集装置の捕集材には石英繊維ろ紙(PALLFLEX社製、2500QAT-UP)を使用した。大気試料は2020年9~10月に大阪市内において、16.7L/分で0時から24時間採取し、その後自動で石英繊維ろ紙を交換する連続採取を行った。各PM2.5捕集装置の石英繊維ろ紙の後段から一部空気を引き抜き、オゾン濃度を測定した。
【0037】
図3には、本発明のオゾンデニューダーを使用しなかった場合の石英繊維ろ紙後段のオゾン濃度を示している。2週間の観測期間中の平均オゾン濃度は30.4ppbであり、日中に高濃度になり夜間に低濃度になる典型的なオゾン濃度変動が見られた。
【0038】
図4には、本発明のオゾンデニューダーを使用した場合の石英繊維ろ紙後段のオゾン濃度を示している。本発明のオゾンデニューダーを使用すると、2週間の観測期間中の平均オゾン濃度は0.7ppbになり、ほぼオゾンが除去されていた(除去率97.5%)。この結果より、16.7L/分の流量で2週間以上連続して大気中のオゾンを除去可能であった。また、使用後のオゾンデニューダーや採取した試料を確認したところ、採取期間中に降雨もあり高湿度条件になることもあったがKIのような潮解や試料の汚染は見られなかった。
【0039】
2台のPM2.5サンプラーで採取した試料のうち、それぞれの7日間分の試料について、アゼライン酸とp-ニトロフェノール、ピノン酸、4-ニトロカテコール、4-メチル-5-ニトロカテコール、フタル酸、3-メチル-1,2,3-ブタントリカルボン酸、レボグルコサンの濃度を液体クロマトグラフ質量分析計で測定した。これらの有機化合物は、PM2.5の発生源指標化合物としてPM2.5の挙動解析に利用されている。
【0040】
図5には、オゾンデニューダー未使用時の有機化合物濃度をオゾンデニューダー使用時の有機化合物濃度で除した濃度比を示している。フタル酸、3-メチル-1,2,3-ブタントリカルボン酸、レボグルコサンについては、オゾンデニューダーの有無によって測定濃度に差はなかった(濃度比の平均値=1.0)。一方で、アゼライン酸とp-ニトロフェノール、ピノン酸はオゾンデニューダーを使用すると測定濃度が顕著に低くなった(濃度比の平均値=3.3~57)。また、4-ニトロカテコール、4-メチル-5-ニトロカテコールについては、オゾンデニューダーを使用すると測定濃度が高くなった(濃度比の平均値=0.62~0.54)。すなわち、本発明のオゾンデニューダーを使用しない従来の捕集方法では、大気中のオゾンによってアゼライン酸やp-ニトロフェノール、ピノン酸が捕集材上で生成し、4-ニトロカテコール、4-メチル-5-ニトロカテコールは捕集材上で分解されていることが分かった。
【0041】
本発明のオゾンデニューダーにより、大気試料を捕集する際にオゾンを除去することが可能であり、大気試料へのオゾン暴露を抑制してオゾンによる有機化合物の変性を防止できる。オゾンによる変性を受けていない状態の大気試料を測定することで、実際の大気中に存在している有機化合物の構造や量を把握することが可能になる。それによって、大気中の有機化合物の動態や機能性をより正確に知ることができる。又、屋外大気試料のみでなく、室内空気試料や排気ガス試料等への適用も可能であり、広い分野において気体中有機化合物の精確な測定に利用可能である。