(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025041388
(43)【公開日】2025-03-26
(54)【発明の名称】イネの種子の生産方法
(51)【国際特許分類】
A01H 6/46 20180101AFI20250318BHJP
A01G 7/00 20060101ALI20250318BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20250318BHJP
【FI】
A01H6/46
A01G7/00 605Z
C12N1/20 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023148648
(22)【出願日】2023-09-13
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100211199
【弁理士】
【氏名又は名称】原田 さやか
(72)【発明者】
【氏名】冨山(秋本) 千春
【テーマコード(参考)】
2B030
4B065
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD04
2B030CA28
2B030CB02
4B065AA01X
4B065AA44X
4B065AC20
4B065BC50
4B065CA47
(57)【要約】
【課題】抵抗性遺伝子の同定及び導入をせずに短期間で、微生物資材の投与が不要な、イネもみ枯細菌病抵抗性のイネ種子を生産する方法を提供すること。
【解決手段】イネの種子の生産方法であって、(1)イネの種子又は植物体内部に特定の植物内生細菌を接種すること、(2)上記(1)の後に、上記イネの種子又は植物体を生育すること、及び(3)上記(2)により生育したイネの植物体から種子を採種すること、を2世代以上繰り返す工程を備える、イネの種子の生産方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネの種子の生産方法であって、
(1)イネの種子又は植物体内部に植物内生細菌を接種すること、
(2)前記(1)の後に、前記イネの種子又は植物体を生育すること、及び
(3)前記(2)により生育したイネの植物体から種子を採種すること、を2世代以上繰り返す工程を備え、
前記植物内生細菌が、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)RSB15株(受託番号:NITE P-02616)、ステノトロフォモナス・マルトフィリア(Stenotrophomonas maltophilia)RSB2株(受託番号:NITE P-02617)、バークホルデリア・グラディオリ(Burkholderia gladioli)NB6株(受託番号:NITE P-03565)、及びパントエア・ディスペルサ(Pantoea dispersa)BB1株(受託番号:NITE P-03365)からなる群より選択される少なくとも1つを含む、イネの種子の生産方法。
【請求項2】
前記イネの種子又は植物体がイネの種子である、請求項1に記載の生産方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の生産方法により生産された、イネの種子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネの種子の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イネもみ枯細菌病は、イネもみ枯細菌病菌(Burkholderia glumae)に感染することで引き起こされるイネの重要病害である。イネもみ枯細菌病菌は、生育途中のイネのもみに感染し、枯死を引き起こす(穂枯症)。しかしながら、もみに感染しても枯死といった病徴を示さず、日和見的に苗腐敗症を引き起こす場合もある。このように、イネもみ枯細菌病は、感染しても必ずしも病徴が出ないため、感染に気づきにくく、感染の拡大を引き起こすことが多い対策の難しい病原菌である。
【0003】
このような病原菌への対策としては、例えば、病原菌に対する殺菌剤又は抗生物質(例えば、オキソリニック酸等)の使用、病原菌に対する抵抗性品種の育種、病原菌に対する防除資材の使用等がなされている。病原菌に対する抵抗性品種の育種では、従来、優良遺伝子を持つ系統との交配による遺伝的改変により、新規系統を作出している(例えば、非特許文献1)。また、病原菌に対する防除資材に関して、ストレス耐性を向上させる微生物について既に多くの報告があるため(例えば、非特許文献2)、このような微生物を用いた農薬(微生物農薬)等の微生物資材の開発が進められている。
【0004】
微生物農薬に関連して、例えば特許文献1には、1-アミノシクロプロパン-1-カルボン酸デアミネース(ACCd)遺伝子を発現可能な状態で有するシュードモナス属(Pseudomonas)細菌を有効成分とする植物の虫害抵抗性付与及び品質低下抑制のための微生物農薬が開示されている。また、特許文献2には、天然に存在する植物体から分離された細菌から成る共生菌であって、人為的に導入されたイネ科植物に対して病虫害抵抗性を発現させる共生菌を主成分とする病虫害防除剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-166344号公報
【特許文献2】特開2003-300805号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Mizobuchi R, et al., “QTLs forResistance to Major Rice Diseases Exacerbated by Global Warming: Brown Spot,Bacterial Seedling Rot, and Bacterial Grain Rot.” Rice (N Y). 2016 Dec;9(1):23.doi: 10.1186/s12284-016-0095-4. Epub 2016 May 13.
【非特許文献2】Liu H, et al., (2017) “Inner Plant Values: Diversity, Colonization and Benefits fromEndophytic Bacteria.” Front. Microbiol. 8:2552. doi:10.3389/fmicb.2017.02552
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の抵抗性品種の育種方法では、抵抗性遺伝子の同定が不可欠で、その後も交配による長期間にわたる開発期間が必要となることが問題となっている。また、病原菌に対する殺菌剤又は抗生物質の使用にあたっては、耐性菌の出現による効果の低減が問題となっている。さらに、微生物資材等の防除資材の使用にあたっては、その効果が安定しないことが問題となっており、加えて、当代の作物における抵抗性を付与することを目的とするのみである。
【0008】
そこで本発明は、抵抗性遺伝子の同定及び導入をせずに短期間で、微生物資材の投与が不要な、イネもみ枯細菌病抵抗性のイネ種子を生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、鋭意研究の結果、イネの種子に特定の植物内生細菌を接種し、当該種子を生育させ、採種することを3世代繰り返すことにより、その後に採種した次世代の種子が、イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を示すようになることを見出し、本発明の完成に至った。
【0010】
すなわち、本発明は、例えば以下の発明に関する。
[1]
イネの種子の生産方法であって、
(1)イネの種子又は植物体内部に植物内生細菌を接種すること、
(2)上記(1)の後に、上記イネの種子又は植物体を生育すること、及び
(3)上記(2)により生育したイネの植物体から種子を採種すること、を2世代以上繰り返す工程を備え、
上記植物内生細菌が、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)RSB15株(受託番号:NITE P-02616)、ステノトロフォモナス・マルトフィリア(Stenotrophomonas maltophilia)RSB2株(受託番号:NITE P-02617)、バークホルデリア・グラディオリ(Burkholderia gladioli)NB6株(受託番号:NITE P-03565)、及びパントエア・ディスペルサ(Pantoea dispersa)BB1株(受託番号:NITE P-03365)からなる群より選択される少なくとも1つを含む、イネの種子の生産方法。
[2]
上記イネの種子又は植物体がイネの種子である、[1]に記載の生産方法。
[3]
[1]又は[2]に記載の生産方法により生産された、イネの種子。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、抵抗性遺伝子の同定及び導入をせずに短期間で、微生物資材の投与が不要な、イネもみ枯細菌病抵抗性のイネ種子を生産する方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0013】
〔イネの種子の生産方法〕
本実施形態に係るイネの種子の生産方法(以下、「生産方法」とも記載する。)は、(1)イネの種子又は植物体内部に植物内生細菌を接種すること、(2)上記(1)の後に、上記イネの種子又は植物体を生育すること、及び(3)上記(2)により生育したイネの植物体から種子を採種すること、を2世代以上繰り返す工程を備える。
【0014】
本実施形態に係る生産方法は、上記(1)~(3)をこの順に2世代以上繰り返すことにより、短期間でイネもみ枯細菌病に対して抵抗性を有するイネの種子を生産することができる。また、後述の実施例にて示すとおり、上記(1)~(3)を世代間で繰り返すにつれて、イネの種子の、イネもみ枯細菌病に対する抵抗性が強化される。すなわち、本実施形態に係る生産方法は、上記(1)~(3)をこの順に2世代以上繰り返すことにより、イネのイネもみ枯細菌病に対する抵抗性を強化することができる。
【0015】
イネは、イネ科イネ属の植物であり、品種は特に特に限定されず、例えば、アジアイネ(Oriza sativa)又はアフリカイネ(Oryza glaberrima)であってよく、アジアイネは、ジャポニカ種、インディカ種及びジャバニカ種から選択されるものであってもよい。本実施形態において、イネ属植物は水稲であってよい。
【0016】
イネもみ枯細菌病は、イネもみ枯細菌病菌(Burkholderia glumae(以下、「B.グルメ」とも記載する。))に感染することで引き起こされる。イネもみ枯細菌病は、乳熟期頃(出穂後約6~約12日)から発生してもみが蒼白色に萎凋する。このとき、発病穂の穂軸や枝梗は健全で緑色を呈する。その後罹病もみは、灰白色又は淡黄褐色となり、不稔又は粃になる。また、B.グルメは、グラム陰性の種子伝染性ベータプロテオバクテリアである。
【0017】
上記(1)は、イネの種子又は植物体内部に特定の植物内生細菌を接種することであり、イネの種子又は植物体内部に特定の植物内生細菌を含有させることである。本明細書において、特に明示がない限り、「植物体」は、例えば、花(蕾を含む)、芽、葉、茎、根、根茎、塊茎及び地下茎等、植物のあらゆる器官を表す。上記(1)において植物体は、特に限定されないが、花であることが好ましい。上記(1)において、イネの種子又は植物体は、イネの種子(種もみ)であることが好ましい。
【0018】
イネの種子又は植物体内部に特定の植物内生細菌を接種する方法としては、例えば、イネの種子又は植物体(例えば、花等)を、植物内生細菌の懸濁液に浸漬すること、イネの種子又は植物体の表面に傷をつけ、当該傷をつけた部分に、植物内生細菌の懸濁液を塗布及び/又は散布すること、シリンジ又は針等でイネの種子又は植物体内部に押出吐出して投与(注入)すること等が挙げられ、イネの種子又は植物体を、植物内生細菌の懸濁液に浸漬することが好ましく、減圧条件下でイネの種子又は植物体を、植物内生細菌の懸濁液に浸漬することがより好ましい。接種時の植物内生細菌の菌体濃度は特に限定されず、例えば、液体培地又は水性媒体に懸濁したときのOD600nmの値が、0.004以上であってもよく、好ましくは0.01~1.0である。
【0019】
上記(1)において、特定の植物内生細菌を接種するイネの種子は、特に限定されず、イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を示さないイネの種子であってもよく、また、本実施形態に係るイネの種子の生産方法は、イネもみ枯細菌病に対しての抵抗性が強化されることから、イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を示すイネの種子であってもよい。
【0020】
上記(1)において接種する上記植物内生細菌は、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)RSB15株(受託番号:NITE P-02616)、ステノトロフォモナス・マルトフィリア(Stenotrophomonas maltophilia)RSB2株(受託番号:NITE P-02617)、バークホルデリア・グラディオリ(Burkholderia gladioli)NB6株(受託番号:NITE P-03565)、及びパントエア・ディスペルサ(Pantoea dispersa)BB1株(受託番号:NITE P-03365)からなる群より選択される少なくとも1つを含む。
【0021】
シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida(以下、「P.プチダ」とも記載する。))RSB15株(受託番号:NITE P-02616)は、イネもみ枯細菌病の病原菌であるB.グルメが感染したイネから単離され、16SリボソームRNAの解析により同定された菌株であり、2018年1月24日より独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8(郵便番号:292-0818))に寄託されている。P.プチダRSB15株は、イネもみ枯細菌病菌の増殖を抑え、イネもみ枯細菌病の発症抑制に関与していることを示唆するものと考えられている。
【0022】
ステノトロフォモナス・マルトフィリア(Stenotrophomonas maltophilia(以下、「S.マルトフィリア」とも記載する。))RSB2株(受託番号:NITE P-02617、識別の表示:SMAL株(旧株名))は、イネもみ枯細菌病の病原菌であるB.グルメが感染したイネから単離され、16SリボソームRNAの解析により同定された菌株であり、2018年1月24日より独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されている。S.マルトフィリアRSB2株は、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)RSB1株(受託番号:NITE P-02614)、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)RSB10株(受託番号:NITE P-02615)及びP.プチダRSB15株のイネもみ枯細菌病の発症抑制効果を増強させることが確認されている。
【0023】
バークホルデリア・グラディオリ(Burkholderia gladioli(以下、「B.グラディオリ」とも記載する。))NB6株(受託番号:NITE P-03565)は、イネ科植物の内部に共生している内生細菌の一種である。B.グラディオリNB6株は、イネもみ枯細菌病の病原菌であるB.グルメを接種したイネから単離され、16SリボソームRNAの解析により同定された菌株であり、2021年12月2日より独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されている。B.グラディオリNB6株は、イネ科植物の内部においてイネ科植物の病原性細菌よりも増殖しやすいため、当該病原性細菌の増殖を拮抗的に阻害し、イネもみ枯細菌病等の細菌性の病害の防除に有効に寄与していると考えられる。また、B.グラディオリNB6株の培養上清中には抗菌成分が含まれていると考えられ、当該抗菌成分によって上記病原性細菌の増殖が抑制されることも、イネ科植物の細菌性病害の防除に有効に寄与していると考えられている。
【0024】
パントエア・ディスペルサ(Pantoea dispersa(以下、「P.ディスペルサ」とも記載する。))BB1株(受託番号:NITE P-03365)は、イネもみ枯細菌病の病原菌であるB.グルメが感染したイネから単離され、16SリボソームRNAの解析により同定された菌株であり、2021年1月19日より独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されている。P.ディスペルサBB1株は、イネもみ枯細菌病の病原菌であるB.グルメが産生する毒素(トキソフラビン)に対して耐性を示し、イネの生育抑制に対して改善作用を奏する。トキソフラビンの毒性は、それによって生成される過酸化水素に依拠していると考えられるところ、P.ディスペルサBB1株は、トキソフラビンによって生成される過酸化水素の影響を低減し、病原性細菌が感染したイネ科植物においても増殖することができるため、当該病原性細菌の増殖を拮抗的に阻害し、イネもみ枯細菌病等の細菌性の病害の防除に有用であると考えられている。
【0025】
上記(2)は、上記植物内生細菌を内部に接種したイネの種子又は植物体を、種子を採種できるようになるまで生育することである。
【0026】
上記(2)におけるイネの種子又は植物体の生育条件は、当業者がイネを生育(栽培)する通常の条件下であればよく、イネの種子又は植物体の状態、接種した植物内生菌の種類等に応じて適宜設定すればよい。温度は、例えば、20℃~30℃であってよい。相対湿度は、例えば、60%~90%であってよい。光周期は、14時間の明期に対して、10時間の暗期の周期であってもよい。
【0027】
上記(3)は、上記(2)で生育したイネから種子を採種する。採種方法は、当業者がイネから種子を採種する通常の方法により行うことができる。
【0028】
上記(1)~(3)を繰り返す世代数は、最初の(1)~(3)を0世代(当代)とカウントして、2世代以上であればよく、イネもみ枯細菌病に対する抵抗性がより強化されたイネの種子を生産できるという観点から、3世代以上、4世代以上、5世代以上であってもよい。接種する植物内生細菌、接種する対象及び方法は、各世代において異なっていてもよく、全世代において同一であってもよい。
【0029】
イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を有するイネの種子であることは、当業者が通常用いる方法にて判定することができる。例えば、後述の実施例に記載の方法にて判定することができる。より具体的には、例えば、イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を有さないことが判明しているイネの種子に、OD600nm=0.004の菌体濃度でイネもみ枯細菌病菌を接種して感染させた際の、当該イネの種子から生育したイネ(例えば、イネの種子の播種から7日後のイネ)の草丈と比較して、同様の処理を経たイネの草丈が有意に長くなっている場合に、当該イネの種子がイネもみ枯細菌病に対して抵抗性を有すると判定する方法が挙げられる。有意に長くなっているとは、比較対照のイネの草丈と比較して、150%以上、200%以上、250%以上、300%以上、350%以上、400%以上の草丈であることであってもよい。
【0030】
本実施形態に係る生産方法は、イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を有するイネの種子をスクリーニングする工程(スクリーニング工程)を更に含んでいてもよい。スクリーニング工程は、適宜イネもみ枯細菌病に対する抵抗性を評価することにより行うことができる。そのような方法として、例えば、上述のイネもみ枯細菌病に対して抵抗性を有するイネの種子であることを判定する方法等であってよい。
【0031】
〔イネの種子〕
本実施形態に係るイネの種子は、本実施形態に係るイネの種子の生産方法によって生産されたものである。本実施形態に係るイネの種子は、本実施形態に係る生産方法により生産されたものであるため、イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を有する。
【実施例0032】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0033】
[試験例1:イネもみ枯細菌病に対する抵抗性試験1]
イネ(品種:日本晴)の種もみの表面を次亜塩素酸ナトリウム水溶液で10分間殺菌し、当該種もみ12粒に、10mLの表1に示す各供試菌株(RSB1株、RSB10株、RSB15株、RSB2株、RSB2株+RSB15株、NB6株、BB1株)培養液(OD600nm=0.04)を減圧下で接種した。各供試菌株を接種した0世代目(T0)の種もみ(各12粒)をボンソル1号土壌(住友化学株式会社製)に播種し、自然光下で生育した。次いで、当該生育したイネから採種した1世代目(T1)の種もみに1mLのB.グルメ培養液(OD600nm=0.0004又は0.004)を減圧下で接種し、接種した種もみ(各10粒)を1/2ムラシゲ・スクーグ培地(0.3%ゲルライト)に播種し、明期14時間(28℃)と暗期10時間(24℃)の反復環境下で生育した。播種後7日目にイネの草丈を計測し、その平均値及び標準偏差(n=10)を計算した。また、陰性対照として、供試菌株の代わりに蒸留水(DW)を用いたこと以外は同様にして、T1の種もみから生育したイネの草丈も計測した。その結果を表1に示す。なお、表中、例えば、「T1-RSB1」は、RSB1株を接種したT0のイネから採種したT1の種子を示している。
【0034】
【0035】
表1に示すとおり、陰性対照であるT1-DWから生育したイネは、B.グルメの接種により草丈が短くなり、イネの生育が抑制された。また、RSB1株又はRSB10株をT0で接種したT1種子(T1-RSB1又はT1-RSB10)から生育したイネの草丈は、T1-DWから生育したイネの草丈と有意な差はなかった。すなわち、RSB1株又はRSB10株をイネの種子に接種しても、その次の世代のイネは、イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を示さなかった。
【0036】
また、低濃度(OD600nm=0.0004)でイネの種もみにB.グルメを接種した場合、RSB15株、RSB2株、又はRSB2株+RSB15株をT0で接種した、T1種子から生育したイネの草丈は、T1-DWから生育したイネの草丈と比較して、長くなった。そしてNB6株又はBB1株をT0で接種したT1種子から生育したイネの草丈は、T1-DWから生育したイネの草丈と比較して、有意に長くなった。しかしながら、高濃度(OD600nm=0.004)でイネの種もみにB.グルメを接種した場合は、T1-RSB15、T1-RSB2、T1-RSB2+RSB15、又はT1-NB6から生育したイネの草丈は、T1-DWから生育したイネの草丈と比較して、有意に長くはならなかった。これらの結果から、RSB15株、RSB2株、又はNB6株をT0でイネの種子に接種すると、T1のイネはイネもみ枯細菌病に対して部分的に抵抗性を獲得することがわかった。
【0037】
なお、高濃度でイネの種もみにB.グルメを接種した場合でも、T1-BB1から生育したイネの草丈は、T1-DWから生育したイネの草丈と比較して、有意に長くなった。このことから、BB1株をイネの種子に接種し栽培した個体から採種した種子(1世代)のイネは、イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を獲得することがわかった。
【0038】
[試験例2:イネもみ枯細菌病に対する抵抗性試験2]
試験例1で得たT1-RSB1、T1-RSB10、T1-RSB15、T1-RSB2、又はT1-RSB2+RSB15に対して、T0と同じ種類の供試菌株培養液を減圧下で接種した。その後、上記と同様にして、当該各供試菌株を接種したT1の種もみを土壌に播種し、生育した。そして、生育したT1のイネからT2の種もみを採種した。次いで、この作業をもう1世代繰り返して、T3の種もみを得た。T3の種もみに、同様にB.グルメ培養液を接種したのち1/2ムラシゲ・スクーグ培地(0.3%ゲルライト)に播種し、播種後7日目に草丈をそれぞれ計測して、その平均値及び標準偏差(n=10)を計算した。また、T1-NB6に対して、NB6株培養液を上記と同様に接種した。その後上記と同様にして、当該各供試菌株を接種したT1の種もみを土壌に播種し、生育した。そして、生育したT1のイネからT2の種もみを採種した。当該T2の種もみにB.グルメ培養液を接種したのち、上記と同様にして1/2ムラシゲ・スクーグ培地(0.3%ゲルライト)に播種後、7日目にイネの草丈を計測し、その平均値及び標準偏差(n=10)を計算した。さらに、陰性対照として、供試菌株の代わりに蒸留水(DW)を用いたこと以外は同様にして、T3の種もみから生育したイネの草丈も計測した。その結果を表2に示す。
【0039】
【0040】
表2に示すとおり、T3-RSB1又はT3-RSB10から生育したイネの草丈は、T3-DWから生育したイネの草丈と有意な差はなかった。すなわち、RSB1株又はRSB10株をイネの種子に接種することを3世代繰り返しても、T3のイネは、イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を示さなかった。
【0041】
一方、低濃度又は高濃度でイネの種もみにB.グルメを接種したどちらの場合でも、T3-RSB15、T3-RSB2、T3-RSB2+RSB15、又はT2-NB6から生育したイネの草丈は、T3-DWから生育したイネの草丈と比較して、有意に長くなった。すなわち、RSB15株、RSB2株、NB6株をイネの種子に接種することを3世代繰り返すと、T3のイネは、イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を獲得することがわかった。
【0042】
T1のイネはイネもみ枯細菌病に対して部分的に抵抗性を獲得していたのに対して、T3のイネはイネもみ枯細菌病に対して完全に抵抗性を獲得していた。よって、以上の結果から、RSB15株、RSB2株、NB6株の接種によるイネもみ枯細菌病に対する抵抗性は、当該供試菌株を3世代繰り返して接種することで強化されることがわかった。また、T1-BB1でも、イネもみ枯細菌病に対する抵抗性を獲得できていたことから、BB1株の接種によるイネもみ枯細菌病に対する抵抗性も、当該菌株を世代間で繰り返し接種することで強化されると考えられる。
【0043】
公知の文献(特開2019-142847号公報)の開示では、イネの種もみにB.グルメと、RSB2株とを同時に接種したところ、当該T0のイネの種もみから生育したイネは、イネもみ枯細菌病に対して抵抗性を示さないことが確認されている。一方、試験例2で示したとおり、RSB2株を接種することを3世代繰り返すことにより、その次世代のイネの種子は、RSB2株を接種しなくてもイネもみ枯細菌病に対して抵抗性を示した。このことは驚くべき結果であり、上記特定の菌株を接種することを「3世代繰り返す」ことが、種子自体のイネもみ枯細菌病に対する抵抗性の獲得に寄与していることが示唆された。イネもみ枯細菌病に対して抵抗性は、世代間で繰り返し接種することで強化されたため、少なくとも2世代繰り返すことで、イネはイネもみ枯細菌病に対する抵抗性を獲得できると考えられる。