(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025054905
(43)【公開日】2025-04-08
(54)【発明の名称】高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼、これを用いた高圧水素部品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250401BHJP
C22C 38/44 20060101ALI20250401BHJP
C21D 1/18 20060101ALN20250401BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20250401BHJP
【FI】
C22C38/00 302B
C22C38/44
C21D1/18 E
C21D1/18 P
C21D9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023164124
(22)【出願日】2023-09-27
(71)【出願人】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】窪田 和正
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 義典
(72)【発明者】
【氏名】山本 莉沙
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA02
4K042BA06
4K042BA07
4K042BA08
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA07
4K042CA08
4K042CA10
4K042CA11
4K042CA16
4K042DA01
4K042DA02
4K042DC02
4K042DE02
(57)【要約】
【課題】高圧水素環境下における強度低下がほとんど無く、低温靭性に優れ、極めて耐食性にも優れ、従来の高圧水素部品用ステンレス鋼材に比べて省資源を実現できる、高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼、これを用いた高圧水素部品を提供すること。
【解決手段】C:0.01~0.05%、Si:0.70%以下、Mn:1.10%以下、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Ni:4.00~5.70%、Cr:17.00~20.50%、Mo:0.20~2.00%を含み、任意元素として、Ca:0.0005~0.0030%、任意元素として、B:0.0005~0.0050%を含み、式1:3.0>Ni-0.8Cr+11.36>0を満足し(ただし、式1中の元素記号は、それぞれの元素の含有率(%)の値を意味する。)、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有する高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.01~0.05%、
Si:0.70%以下、
Mn:1.10%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:4.00~5.70%、
Cr:17.00~20.50%、
Mo:0.20~2.00%、を含み、
任意元素として、Ca:0.0005~0.0030%、
任意元素として、B:0.0005~0.0050%、を含み、
下記式1を満足し、
式1:3.0>Ni-0.8Cr+11.36>0、
(ただし、式1中の元素記号は、それぞれの元素の含有率(%)の値を意味する。)
残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有する、高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
温度-40℃の低温条件下におけるJIS Z2242(2018年、金属材料のシャルピー衝撃試験方法)記載の厚さ10mmでVノッチ深さ2mmのVノッチシャルピー試験により得られる吸収エネルギーが70J以上であり、
室温大気中において、引張強さが700MPa以上、0.2%耐力が500MPa以上、硬さが230HV~300HVである、請求項1に記載の高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
平行部直径φ6mm平行部長さ30mmの引張試験片を0.0015mm/秒のストローク速度で引っ張る引張試験において、温度-45℃、圧力90MPaの低温高圧水素環境下における引張強さA1及び0.2%耐力A2と、温度-45℃、圧力0.1MPaの低温窒素環境下における引張強さB1及び0.2%耐力B2との比較において、A1/B1及びA2/B2のいずれもが0.95以上である、請求項1に記載の高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
実質的にマルテンサイトとフェライトとからなる金属組織を有し、かつ、前記マルテンサイトには、焼戻しマルテンサイトとフレッシュマルテンサイトが混在しており前記フェライトの面積率は、5%~40%の範囲にある、請求項1に記載の高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼からなる、高圧水素部品。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載の高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼を用いて高圧水素部品を製造する方法であって、
前記化学成分組成を有する鋼材からなる部品を900℃~1020℃の温度に保持した後に急冷する焼入れ熱処理を施し、
その後、前記部品を640℃~770℃の温度に保持した後に急冷する焼戻し熱処理を施す、高圧水素部品の製造方法。
【請求項7】
前記焼戻し熱処理を施した後、前記部品を580℃~650℃の温度に保持した後に急冷する再焼戻し熱処理をさらに施す、請求項6に記載の高圧水素部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼、これを用いた高圧水素部品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池自動車や水素ステーションにおける、高圧水素ガスに接触する部品(以下、適宜、「高圧水素部品」という。)には、SUS316、SUS316L、SUS305等のオーステナイト組織を主とするステンレス鋼材(オーステナイト系ステンレス鋼)が一般的に用いられている。これらの鋼材は、高圧水素環境における強度低下が無いもしくは僅かであるため、機器を設計し易いという特長を有する。また、耐食性にも優れていることから、これらの鋼材を用いた部品には塗装を施す必要がなく、部品使用時における定期点検も容易である。
【0003】
しかし、これらのオーステナイト系ステンレス鋼は、多量のNiを含有し、高コストであるだけでなく、固溶化熱処理状態での0.2%耐力が低く、配管接手やバルブ等の高圧水素部品が厚肉となり大型で重くなる問題がある。この問題を解決するため固溶化熱処理後に冷間加工を施して用いる場合がある。しかし、狙いの強度を確保するには、狙いの強度値に応じた歪を付与する必要があるが、部品内部の冷間加工後の歪分布は複雑なため、冷間加工により歪値を自由に調整し、狙いの強度を確保することは容易ではない。
【0004】
一方、SUS420J2、SUS410等の汎用マルテンサイト系ステンレス鋼は、多量のNiを含有することはないため、オーステナイト系ステンレス鋼に比べ安価であり、熱処理条件の最適化による焼もどし硬さの調整が可能で、強度については調整が容易であるという利点を有する。しかし、汎用マルテンサイト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べ耐食性が劣り、高圧水素部品でも比較的優れた耐食性が必要となる部位では、鋼材表面を露出した状態で使用することが困難である。加えて、汎用マルテンサイト系ステンレス鋼は、低温における靭性が低いことから、水素充填の際等、低温に晒される高圧水素部品への適用は難しいという問題があった。
【0005】
なお、特許文献1には、Ni及びMoの添加量が比較的少ないマルテンサイト系の低合金鋼を高圧水素部品に用いる提案がなされている。しかし、ここに提案された低合金鋼は、耐食性、その他の点において未だ改善すべき点が見られ、必ずしも高圧水素部品用として最適とは言えない状況にある。
【0006】
ここで、前記課題を解決するため、従来の汎用マルテンサイト系ステンレス鋼に比べ耐食性、靭性を共に改善できる新規の高圧水素用マルテンサイト系ステンレス鋼が開発され、特許出願が行われている(PCT/JP2023/009928)。
【0007】
この先行特許出願の高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼は、Niを5%程度含有するものの、従来のオーステナイト系ステンレス鋼に比べNi含有率は低く、コスト低減が可能であるとともに、オーステナイト系ステンレス鋼とは異なり熱処理により強度調整が可能なことや、高圧水素環境での特性、耐食性、低温靭性が、高圧水素部品としての使用上問題ないレベルを確保できるという優れた特徴を有するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した先行特許出願の提案により、従来のマルテンサイト系ステンレス鋼に比較して耐食性、靭性を改善するとともに、高圧水素環境でも使用できるマルテンサイト系ステンレス鋼を得ることができる。しかし、高圧水素部品の用途の中には、例えば燃料電池を用いた船舶等で用いられる高圧水素部品や、融雪剤を含む塩霧にさらされる寒冷地域の高圧水素配管部品のように、海塩粒子の付着が避けられないような、より過酷な腐食環境での使用が予想される部位に適用したい場合がある。その場合には、先行特許出願のステンレス鋼に比べさらに耐食性を改善できる高圧水素用ステンレス鋼を開発しておく必要がある。また、これらの用途における使用では、応力が負荷された状態でより過酷な腐食環境での使用を考慮しておく必要がある。その場合、応力腐食割れの懸念があるため、耐食性と耐応力腐食割れ性が共に優れる鋼の開発が求められていた。
【0010】
本発明は、かかる背景に鑑みて、高圧水素部品の低コスト化における技術課題の克服を図ったものであり、高圧水素環境下における強度低下がほとんど無く、低温靭性に優れ、極めて耐食性にも優れ、従来の高圧水素部品用ステンレス鋼材に比べて省資源を実現でき、耐応力腐食割れ性にも優れ、高い応力が負荷された厳しい腐食環境下でも安心して使用できる、高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼、これを用いた高圧水素部品及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様は、質量%で、
C:0.01~0.05%、
Si:0.70%以下、
Mn:1.10%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Ni:4.00~5.70%、
Cr:17.00~20.50%、
Mo:0.20~2.00%、を含み、
任意元素として、Ca:0.0005~0.0030%、
任意元素として、B:0.0005~0.0050%、を含み、
下記式1を満足し、
式1:3.0>Ni-0.8Cr+11.36>0、
(ただし、式1中の元素記号は、それぞれの元素の含有率(%)の値を意味する。)
残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有する、高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼にある。
【0012】
本発明の他の態様は、前記高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼からなる、高圧水素部品にある。
【0013】
本発明のさらに他の態様は、前記高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼を用いて高圧水素部品を製造する方法であって、
前記化学成分組成を有する鋼材からなる部品を900℃~1020℃の温度に保持した後に急冷する焼入れ熱処理を施し、
その後、前記部品を640℃~770℃の温度に保持した後に急冷する焼戻し熱処理を施す、高圧水素部品の製造方法にある。
【発明の効果】
【0014】
前記高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼及び高圧水素部品は、Ni含有率を従来のオーステナイト系ステンレス鋼よりも低くして省資源化を図ったうえで、式1を具備するように調整した上記特定の化学成分組成を備えているため、適正な条件で製造することにより、高圧水素環境下においても強度の低下がほとんど無く、低温靭性に優れ、耐食性にも優れた特性を備えたものとなる。さらには、Moを適量含有することにより、耐食性の向上度合いを格段に高めることができ、適用用途を広げることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、上記高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼(以下、適宜「本願ステンレス鋼」という。)の化学成分組成の限定理由を説明する。
【0016】
C:0.01~0.05%、
C(炭素)は、焼戻し熱処理時にCrと結合して炭化物として析出することにより、鋼に固溶するCr濃度を低下させ耐食性を劣化させること、及び、フレッシュマルテンサイトの可動転位密度を低くする効果があるため、C濃度は低いことが望まれる。また、Cには、焼入れ時のマルテンサイト組織の硬さを高める効果があり、焼入れたままの状態において置き割れが生じやすく、置き割れ回避のために鋳造時、熱間圧延時、及び熱間鍛造時の鋼材の扱いが複雑になり、コスト高となる要因となるため、この点からもC濃度は低いことが望まれる。そのため、Cの含有率は0.05%以下に制限する。なお、耐食性の観点から、好ましくは、C含有率は0.04%以下がよい。
【0017】
一方、C濃度があまりに低く、かつ、化学成分組成がオーステナイト安定側(マルテンサイト相リッチ側)に振れた場合においては、可動転位密度が低い結晶が鋼中に多く存在する状態となり、圧延後や熱処理後において、鋼材の自重による室温クリープ変形により鋼材が曲がり易くなるため、矯正の手間が増え、鋼材を生産し難くなる。よってC含有率の下限を0.01%とする。
【0018】
Si:0.70%以下、
Si(ケイ素)は、ステンレス鋼の溶製において還元精錬を行うために必要な成分である。しかし、Siはフェライト安定化元素であり、過剰に添加すると水素脆化の感受性が高いフェライト結晶が金属組織中に多く生成してしまうため、上限を0.70%とする。好ましくは、Si含有率は0.60%以下が良い。なお、Si含有率の下限値は特に定めないが、精錬時に使用するスラグ成分からの混入が避けがたいため、通常は0.10%以上となる。
【0019】
Mn:1.10%以下、
Mn(マンガン)は、ステンレス鋼の溶製においてSiと共に精錬を行うために必要な成分である。また、スクラップを元に溶製する場合においては、含有が不可避な元素であり、この場合、通常は、0.30%以上含有される。しかし、過剰に添加すると耐食性を低下させるMnSを形成しやすくなるため、Mn含有率の上限を1.10%とする。Mn含有率は、好ましくは1.00%以下、より好ましくは0.80%以下が良い。
【0020】
P:0.040%以下、
P(リン)は、市中から回収したスクラップを原材料としたステンレス鋼の精錬工程においては不可避的に混入する元素である。Pを過剰に含有すると凝固時に割れが生じやすくなるため、P含有率の上限を0.040%とする。好ましくは、P含有率の上限を0.035%とするのが良い。
【0021】
S:0.030%以下、
S(硫黄)は、鋼中のMnと結合し、MnSを形成することで耐食性や熱間加工性を劣化させるため、上限を0.030%とする。また、Sは、熱間加工時にオーステナイトとフェライトの間の粒界に偏析し熱間加工性を阻害するため、好ましくは、上限を0.010%とするのが良い。さらに好ましくは、0.005%以下とするのが良い。なお、S含有率の下限値は特に定めないが、低C鋼種であるため還元精錬の時間を長くすることが困難であるため通常は0.0005%以上となる。
【0022】
Ni:4.00~5.70%、
Ni(ニッケル)は、強力なオーステナイト安定化元素であり、フェライト結晶の生成を抑制する効果が高く、耐食性も向上させる重要な元素であり、これらの効果を得るために4.00%以上含有させる。好ましくは、Niは4.60%以上含有させるのがよい。一方、Niは高価な元素であるとともに、多量に含有させるとMf点が室温以下になり残留オーステナイトが多く生じるため、耐力が低下すると共に成分のミクロ偏析により耐食性が低下するといった不都合が生じる。また、残留オーステナイトは、低温での塑性変形時に加工誘起マルテンサイトを生じる場合があり、高圧水素環境における強度維持に有害である。そのためNi含有率の上限を5.70%とする。好ましくは、Ni含有率の上限を5.10%とするのが良い。
【0023】
Cr:17.00~20.50%、
Cr(クロム)は、ステンレス鋼の耐食性に寄与する重要な元素であり、良好な耐食性を得るため、下限を17.00%とする。好ましくはCr含有率の下限を17.50%とするのが良い。一方、Cr濃度が高いとフェライト量が増えるため、低温高圧水素環境における引張強さの維持が困難となるため、その上限を20.50%とする。好ましくは、Cr含有率の上限を19.50%とするのが良い。
【0024】
Mo:0.20~2.00%、
Mo(モリブデン)は、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素であり、添加することによって耐食性の度合いを格段に向上させることが可能となる。この効果を得るため、0.20%以上含有させる。一方、Mo含有率が高いとコスト高及び省資源性達成への問題が生じるため、2.00%を上限とする。特に、本願のマルテンサイト系ステンレス鋼の耐食性を高めることによって、より過酷な腐食環境での使用を可能にすることにより、耐食性、耐応力腐食割れ性の両方の問題を解決することが可能になる。これらの観点から、Mo含有率は、0.50~1.50%が好ましく、より好ましくは、0.80~1.20%とするのがよい。
【0025】
任意元素として、Ca:0.0005~0.0030%、
Ca(カルシウム)は、わずかに添加することで鋼中のSと結合し、CaSを形成することにより、鋼材に固溶するS量を低下させ、熱間加工性を向上させる効果がある。本願ステンレス鋼の場合、Ca添加により、特に1150℃を越える温度での熱間加工において、固溶S量低下により粒界へのS偏析が抑制され、熱間加工での鋼材の延性向上効果が顕著に得られる。尚、Caは、1150℃以下での熱間加工する場合においては、必ずしも必要な元素ではない。
【0026】
Ca添加による熱間加工性向上の効果を得たい場合は、0.0005%以上含有させることが好ましい。一方、Caの過剰添加は、鋼中の酸化物系介在物を増やす要因となるため、上限を0.0030%とすることが好ましい。Caを添加する場合には、同じく粒界へのS偏析を抑制する効果を有するBとの同時添加が好ましい。
【0027】
任意元素として、B:0.0005~0.0050%、
B(ホウ素)は、わずかに添加することで、粒界へのS偏析を抑制し、熱間加工性を向上させる効果がある。本願ステンレス鋼の場合、B添加により、特に1150℃を越える温度での熱間加工において、固溶S量低下により粒界へのS偏析が抑制され、熱間加工での鋼材の延性向上効果が顕著に得られる。尚、Bは、1150℃以下で熱間加工する場合においては、必ずしも必要な元素ではない。
【0028】
前記の通り、B添加は、必ずしも必須ではないが、その添加により熱間加工性向上の効果を得たい場合は、少なくとも0.0005%以上含有させることが必要であり、好ましくは0.0020%以上含有させると良い。一方、Bの過剰添加は、ボライド等の意図しない介在物を増やす要因となるため、上限を0.0050%とするのが良く、好ましくは、0.0040%とするのが良い。Bを添加する場合には、同じく粒界へのS偏析を抑制する効果を有する、Caとの同時添加が好ましい。
【0029】
式1:3.0>Ni-0.8Cr+11.36>0、
(ただし、式1中の元素記号は、それぞれの元素の含有率(%)の値を意味する。)
【0030】
式1は、焼入れ焼戻し熱処理状態におけるマルテンサイト組織を主相としつつフェライト組織の量を制限して、適切な金属組織が得られる範囲に規定するものである。
【0031】
式1はシンプルであるものの、下限が0超えの成分範囲とすることにより、フェライト組織の量が過剰とならないよう(例えば、面積率で40%以下)に金属組織を制御し、-45℃の90MPaの低温高圧水素環境下における機械的性質(引張強さ、0.2%耐力)を大気中とほぼ同等にすることが可能となる。
【0032】
BCC結晶構造の鉄において、高圧水素環境下等の水素を含有する状態で、塑性変形が生じると、塑性変形に伴い転位が移動する際に結晶内の空孔濃度が増加することが水素助長空孔理論として広く知られている。水素環境下での塑性変形により鋼中の空孔濃度が増加することから推測すると、塑性変形中に水素の影響で空孔の増加が進むと、鉄原子の拡散が容易となるため、結晶のすべり変形を助長し、公差すべりを生じる前に微小き裂が生じて、局所的に応力が集中し、水素環境下での鋼材の延性低下につながると想像される。
【0033】
したがって、BCC結晶構造の鉄において、高圧水素環境下等の水素を含有する状態で伸びを高めて大気中と同等の引張強さを維持するためには、同じすべり面を多くの転位が移動しないように、なるべく多くのすべり面が活動的であるようにする必要がある。そのように考えると、フェライト結晶よりも焼戻しマルテンサイト結晶の方が、体積当たりの結晶方位がよりランダムであり、アモルファス状態である粒界等の境界も多く、水素中での伸びの低下を軽減する上で有利である。それゆえ、なるべくフェライト量は少ない方が良い。一方、本願の高圧水素部品用マルテンサイト系ステンレス鋼においては、耐食性の観点からCr含有率を少なくとも17.00%とすることによってフェライト量が増加する傾向となるため、積極的に式1を導入して下限を0超えとすることによりフェライト量を制限することとした。
【0034】
また、式1を用いずに、CrやNiの添加量を狭くコントロールすることにより、フェライト量を適正量とすることも当然考えられるが、成分幅が狭くなりすぎて製造が困難になる。さらには、ステンレス鋼の精錬においては、高価な添加元素であるNiは取り除くことができない成分である。また、比較的安価な添加元素であるCr量は鋼材の成分をコントロールして確定する還元精錬期においては、もはや薄める以外に濃度を下げる手段がない。よって、鋼材の精錬においては、高価なNiの実績値を見ながら、Cr量が高くなりすぎないようにコントロールする必要がある鋼材精錬上の観点でも、式1を用いることは有用である。
【0035】
また、残留γ(オーステナイト)は、使用中に加工誘起マルテンサイトを誘発し、延性低下を生じさせるおそれがあるため、極力抑制することが好ましい。この残留γの抑制に関しては、Niをはじめとする各種元素の上限を設けたうえで、上記式1の上限を3.0未満とすることにより、フェライトを含有する組織(例えば、面積率で5%以上)を得ることにより成し遂げることができる。
【0036】
次に、本願ステンレス鋼は、温度-40℃の低温条件下におけるVノッチシャルピー試験により得られる吸収エネルギーが70J以上であることが好ましい。高圧水素部品は、環境温度の他に、プレクールや、高圧水素ガスを短時間で大量に消費する際の水素ガスの膨張による温度低下等の影響により、低温に晒される。そのため、鋼材の低温靭性が低いことは、安全上好ましくない。超高圧ガス設備に関する基準KHKS0220(2020)では、高圧水素用機器が満足すべき靭性として、最低設計金属温度にて、厚さ10mmでVノッチ深さ2mmのVノッチのシャルピー衝撃試験にて3本の試験片を試験し、各試験片にて吸収エネルギーが21J以上かつ、3本平均にて吸収エネルギー27J以上を求めている。この要求を満たすべきことはもちろんであるが、従来のオーステナイト系ステンレス鋼と同等レベルを確保することを考え、吸収エネルギーが70J以上であることを必須の特性とすることとした。これにより、高圧水素部品の信頼性をさらに高めることができる。
【0037】
次に、本願ステンレス鋼は、室温大気中において、引張強さが700MPa以上、0.2%耐力が500MPa以上、硬さが230HV~300HVである機械的性質を有することが好ましい。
【0038】
本願ステンレス鋼からなる高圧水素部品は、その耐圧試験時において、設計圧力を超えるガス圧力を加えた検査が行わるが、その際に部品に塑性変形が生じて使用前に部品の本来の機能を損なうことを防止する必要があり、高耐力であることが望まれる。また、部品の軽量設計のためには、高引張強さであることが好ましい。これらの理由により、室温大気中の引張強さは700MPa以上とし、0.2%耐力は500MPa以上とすることが好ましい。一方、引張強さ及び0.2%耐力の上限値は特に規定する必要はないが、引張強さが高すぎると部品の機械加工が困難になるという理由により、1000MPa以下に制限することが好ましく、この場合、それに伴って0.2%耐力もその値より低い値に制限される。
【0039】
硬さは、ビッカース硬度計を用いて測定する。室温大気中における硬さは、高圧水素部品のシール面の機械加工時において切粉等によるキズを防ぐため230HV以上とし、一方、硬すぎると高圧水素部品に多い細穴加工が困難となるため、300HV以下とすることが好ましい。
【0040】
次に、本願ステンレス鋼は、高圧水素環境下において機械的性質が低下しないことが好ましい。すなわち、高圧水素環境下における0.2%耐力や引張強さが、大気中における0.2%耐力や引張強さと比較して低下すると、大気中における鋼材の強度を、高圧水素中において活用できなくなり、部品の機械設計や品質保証が著しく困難となる。また、高圧水素が鋼材の機械的性質に及ぼす影響は、低温で特に顕著になることが一般的に知られている。そこで、低温での高圧水素環境下における引張強さ及び0.2%耐力が大気中に比べて大きく低下しない特性を有することが好ましい。
【0041】
具体的には、温度-45℃、圧力90MPaの低温高圧水素環境下における引張強さA1及び0.2%耐力A2と、温度-45℃、圧力0.1MPaの低温窒素環境下における引張強さB1及び0.2%耐力B2との比較において、A1/B1及びA2/B2のいずれもが0.95以上であることが好ましい。この比率を満足することにより、本願ステンレス鋼は、高圧水素による影響が非常に小さく、高圧水素環境下においても、大気圧中とほぼ同等の機械的性質を確保しうるものとなる。
【0042】
なお、低温高圧水素環境下における特性は、温度-45℃、圧力90MPaの低温高圧水素環境下における特性で代表させることにした。また、温度-45℃、圧力0.1MPaの低温窒素環境下においても、上記と同形状の試験片を用いて同条件で引張試験を行い、比較に用いる。この低温窒素環境の条件は低温大気中を想定し、大気中水分による氷の発生の影響を排除したものである。
【0043】
次に、本願ステンレス鋼は、実質的にマルテンサイトとフェライトとからなる金属組織を有し、かつ、前記マルテンサイトには、焼戻しマルテンサイトとフレッシュマルテンサイトが混在していることが好ましい。ここで、フレッシュマルテンサイトとは、焼入れままマルテンサイトであり、焼き戻し熱処理により新たに生じたマルテンサイト組織を意味する。また、実質的にマルテンサイトとフェライトとからなる金属組織は、マルテンサイト(焼戻しマルテンサイトとフレッシュマルテンサイトを含む)とフェライトを合わせた相の面積率が95%以上であることをいう。
【0044】
ステンレス鋼の低温靭性を確保するためには、可動転位密度を高めることが考えられる。これを実現するためには、化学成分組成においてC添加量を極力抑え、極低濃度C含有のマルテンサイト組織を用いることが有効である。そして、焼戻し熱処理を施してもわずかにフレッシュマルテンサイトが生じる成分とすることが好ましい。
【0045】
また、残留オーステナイトは、使用中に加工誘起マルテンサイトを誘発する恐れがあるので、極力生じないことが好ましい。ここで、本願ステンレス鋼のように、17%以上のCrを添加したマルテンサイト系ステンレス鋼においては、マルテンサイトの相比率が高い金属組織の状態で残留オーステナイトを抑制することは困難であるため、残留オーステナイトを抑制するために、フェライトを含有する組織とすることが好ましい。つまり、本願ステンレス鋼は、極低濃度C含有であり、かつ、17%以上のCrを含有し、「焼戻しマルテンサイト+フェライト+フレッシュマルテンサイト」の金属組織状態であることが最も好ましい。
【0046】
そして、前記フェライトの面積率は、5%~40%の範囲にあることが好ましい。フェライトの面積率が5%未満の場合には、0.2%耐力が低下するという問題があり、一方、40%を超える場合には、低温高圧水素環境において強度を維持し難いという問題がある。
【0047】
次に、本願ステンレス鋼からなる高圧水素部品としては、高圧水素に接して用いられるあらゆる用途の部品に適用可能である。特に、本願ステンレス鋼は、Moの添加により、マルテンサイト系ステンレス鋼としては非常に優れた耐食性を有しているので、使用環境が厳しいと予想される船舶等で用いられる高圧水素部品や、融雪剤を含む塩霧にさらされる寒冷地域の高圧水素配管部品のように、海塩粒子の付着が避けられないような、より過酷な腐食環境での使用が予想される部位に適用しても問題なく使用できる。具体的な部品としては、例えば、配管接手、バルブ、蓄圧器、安全弁、レセプタクル、充填ノズル、昇圧機等がある。
【0048】
これらの高圧水素部品を製造する方法においては、少なくとも、前記化学成分組成を有する鋼材(本願ステンレス鋼)からなる部品を900℃~1020℃の温度に保持した後に急冷する焼入れ熱処理を施し、その後、前記部品を640℃~770℃の温度に保持した後に急冷する焼戻し熱処理を施す。
【0049】
高圧水素環境での延性の低下に伴う強度の低下は、低温において特に問題となる。FCC結晶が主であるSUS304等においては、加工誘起マルテンサイトが延性低下および強度低下の原因であることが良く知られている。一方でBCC結晶が主であり、残留オーステナイトは殆ど存在せず、仮に存在しても5%以下であり無視し得る本願ステンレス鋼においては、温度低下に伴う水素中での延性低下の原因は、温度低下に伴い格子振動が低下するため、すべり面を乗り換える転位運動が生じ難くなり、特定のすべり面での転位の移動すなわち原子拡散が集中するためと考えられる。
【0050】
高圧水素環境でBCC結晶の鋼材を用いるには、いかに必要となる強度を維持しつつ、塑性変形前の転位密度を下げるか、特定のすべり面に転位の移動(置換型原子の拡散)を集中させないかが重要である。そして、それらを同時に満足できる原子の配列がアモルファス状態となる結晶の界面を積極的に利用することが望ましい。そのような観点から、フェライト組織と比較して体積当たりにおいて粒界等の界面が多い特長を有する、マルテンサイト組織を主相とすることが望ましいと考えられる。
【0051】
組織に混ざるフェライトの量は高圧水素環境における強度を低下させる。よって、上述の成分範囲の、上述の式1で規定される鋼材においては、焼入れ熱処理の温度は900℃~1020℃に設定するのが良い。焼入れ熱処理の温度が900℃未満の場合には冷却時のオーステナイト/フェライト相比の変化の影響を受けやすく、部品断面における硬さ分布が不均一になるという不具合が生じるおそれがあり、かつ、1020℃を超える場合には、フェライト量が過多となり高圧水素中での強度が低下するという不具合が生じるおそれがある。そのため、焼入れ熱処理の温度は、好ましくは、950~1010℃とするのが良い。
【0052】
また、部品を焼入れ保持温度域に保持した後に急冷する方法としては、水冷、油冷等を採用することができる。
【0053】
次に、上記の焼入れ熱処理を施した後、前記部品を640℃~770℃の温度に保持した後に急冷する焼戻し熱処理を施す。この焼戻し熱処理を実施することにより、低温高圧水素環境での望ましい強度と伸び、室温大気中での狙いとする硬さが得られる。
【0054】
焼戻し熱処理における保持温度が640℃未満の場合には焼き戻し不足により硬さが硬くなりすぎるという不具合が生じるおそれがあり、かつ、770℃を超える場合には、フレッシュマルテンサイトが過剰に生じ硬さが硬くなりすぎるという不具合が生じるおそれがある。そのため、焼入れ熱処理後の焼戻し熱処理における保持温度は、好ましくは、730~760℃とするのが良い。また、この場合の急冷は、例えば水冷により行うことができる。
【0055】
次に、前記焼戻し熱処理を施した後、前記部品を580℃~650℃の温度に保持した後に急冷する再焼戻し熱処理をさらに施すことが好ましい。これにより、硬い組織と柔らかい組織の強度差を減らし、0.2%耐力を高める効果が得られる。一方、この2回目の焼戻し熱処理の保持温度が580℃未満の場合には、析出物が過剰に生じ硬さが高くなりすぎるという不具合が生じるおそれがあり、かつ、650℃を超える場合には、フレッシュマルテンサイトが過剰に生じ硬さが硬くなりすぎるという不具合が生じるおそれがある。そのため、焼入れ熱処理後の焼戻し熱処理における保持温度は、好ましくは、580~620℃とするのが良い。また、この場合の急冷も、例えば水冷により行うことができる。
【実施例0056】
本願ステンレス鋼に関する実施例について説明する。
【0057】
(実験例1)
本例では、表1に示すように、6種類の鋼材を準備して試料を作製し、各種評価を行った。このうち、鋼材1~3が本願における上記特定の化学成分を有する実施例に相当する鋼であり、鋼材4、5がMoを添加しておらずその他成分は本願の範囲内であって、鋼材2、3とほぼ同じである比較鋼、鋼材6が従来から高圧水素用として用いられているSUS305相当の従来鋼である。鋼材4、5は、Mo以外の成分を鋼材2、3とほぼ同じにしているので、Mo添加の効果を正確に評価することができる。
【0058】
【0059】
<鋼材(試料)の作製>
実施例1~3及び比較例1、2の各鋼材は、溶製した後、熱間加工を施してφ25mmの丸棒に加工し、各丸棒に表2に示す熱処理条件(熱処理1~3)の熱処理を施して作製した。従来例1の鋼材は、溶製した後、熱間加工を施してφ28.7mmの丸棒に加工し、表2に示す固溶化熱処理を行った後、表面をピーリングしてφ26.5の丸棒とし、この丸棒に冷間引抜加工を施して、二面幅23mmの六角柱に加工した。
【0060】
【0061】
熱処理1は、焼入れ熱処理の条件(従来例1は除く)であり、熱処理2は、焼入れ熱処理後の焼戻し熱処理の条件であり、熱処理3は、焼戻し熱処理の後に行う再焼戻し熱処理の条件である。実施例1、2、比較例1、2の鋼材は、焼入れ熱処理(熱処理1)、焼戻し熱処理(熱処理2)及び再焼戻し熱処理(熱処理3)の全てを実施して作製した。実施例3の鋼材は、焼入れ熱処理(熱処理1)と焼戻し熱処理(熱処理2)を行って、その後の再焼戻し熱処理は行わずに作製した。従来例1の鋼材は、SUS305相当のオ-ステナイト系ステンレス鋼であるため、通常行われる固溶化熱処理のみ行って、その後前記の通り冷間引抜加工を行った。得られた鋼材に対して、各種評価を行った。
【0062】
<ミクロ組織観察>
上記熱処理後の各鋼材から、長さ方向に対して垂直な断面が観察面として露出するように切り出した試料を用い、その観察面を研磨した後に村上試薬でエッチングして、光学顕微鏡で観察面を観察して得られた像を画像解析することにより、フェライトの面積率を確認した。フェライトの面積率が5%~40%の場合を合格、これを外れる場合を不合格と評価した。表3に、得られた面積率の値を記載した。
【0063】
<硬さ測定>
上記熱処理後の各鋼材から、長さ方向に対して垂直な断面が測定面となるように切り出した試料を用い、測定面においてビッカース硬度計を用いて硬さを測定した。硬さが230HV~300HVの場合を合格、これを外れる場合を不合格と評価した。表3に、得られた硬さの値を記載した。
【0064】
<大気中引張試験>
室温大気中の引張強さ及び0.2%耐力は、各鋼材から、JIS Z2241(2011年、金属材料引張試験方法)に準拠した平行部直径φ8mmのJIS14A号試験片を、鋼材の長さ方向が試験片の長さ方向となるように採取し、これを用いて引張試験を行うことにより求めた。室温大気中の引張強さは、700MPa以上の場合を合格、700MPa未満の場合を不合格と評価した。また、室温大気中の0.2%耐力は、500MPa以上の場合を合格、500MPa未満の場合を不合格と評価した。表3に、得られた各値を記載した。
【0065】
<低温高圧水素環境下及び低温窒素環境下での引張試験>
低温高圧水素環境下での引張試験は、各鋼材から平行部直径φ6mm平行部長さ30mmの引張試験片を鋼材の長さ方向が試験片の長さ方向となるように採取し、これを用いた。そして、温度-45℃、圧力90MPaの低温高圧水素環境を実現できる装置内において、0.0015mm/秒のゆっくりとしたストローク速度で引張試験を行った。このような、低ひずみ速度での引張試験は、SSRT(Slow Strain Rate Testing)と呼ばれている。
【0066】
また、低温窒素環境下での引張試験は、雰囲気の条件を、温度-45℃、圧力0.1MPaの低温窒素環境に変更する以外は上記の低温高圧水素環境下の場合と同じにして行った。
【0067】
そして、低温高圧水素環境下における引張強さA1及び0.2%耐力A2と、低温窒素環境下における引張強さB1及び0.2%耐力B2との比較において、A1/B1及びA2/B2のいずれもが0.95以上である場合を合格(○)と評価した。A1/B1は相対引張強さ(RTS:Relative Tensile Strength)と呼ばれており、A2/B2は相対耐力(RYS:Relative yield strength)と呼ばれている。
【0068】
<低温シャルピー試験>
低温シャルピー試験は、各鋼材から、JIS Z2242(2018年、金属材料のシャルピー衝撃試験方法)に定められた厚さ10mmでVノッチ深さ2mmのVノッチ試験片を採取し、これを用いて-40℃の大気雰囲気中において実施した。このVノッチシャルピー試験により得られる吸収エネルギーが70J以上である場合を合格(○)と評価した。
【0069】
<腐食試験>
腐食試験の試料(従来例1は除く)は、溶製し、鍛伸、機械加工により直方体の試験片を準備し、前記の熱処理後40×65×20の直方体試験片を切り出し、切り出す際の切断面を評価面とした。従来例1については、前記の冷間引抜後の六角柱試験片を長手方向中心で切断し、切断面を評価面とした。腐食試験としては、「塩水噴霧雰囲気」と「乾燥雰囲気」と「湿潤雰囲気」に試料を置くことを繰り返す複合環境腐食試験を行った。「塩水噴霧雰囲気」では、35℃環境下において、5%NaCl水溶液を2時間資料に噴霧する。「乾燥雰囲気」では、温度60℃、湿度20~30%の熱風を試料に4時間当てる。「湿潤雰囲気」では、温度50℃、湿度95~100%の雰囲気中に試料を置く。この「塩水噴霧雰囲気」→「乾燥雰囲気」→「湿潤雰囲気」を1サイクルとして、45サイクルを実施する。
【0070】
評価としては、試験後の試料の評価面に生じた錆びを観察し、その錆び発生面積率に基づき評価した。錆び発生面積率が0.1%以下であったものを優(◎)、0.1%超え
0.4%以下であったものを良(〇)とした。
【0071】
<応力腐食割れ試験>
本願におけるマルテンサイト系ステンレス鋼は、熱処理により強度を調整して使用される。そこで、熱処理により強度調整された状態の本発明鋼が、耐応力腐食割れ性の点で問題のない性能を有しているかを確認するため、そのための確認実験を行った。具体的には、応力腐食割れ試験に用いる試料は、実施例1~3及び比較例1、2は、各鋼材から表2に示す熱処理を行った後に、前記の従来例1と同形状の二面幅23mm、長さ20mmの断面六角柱形状のものを機械加工により作製して用いた。
【0072】
応力腐食割れ試験は、各試料を、沸点が143±1℃になるように濃度を調整した沸騰状態の塩化マグネシウム水溶液に48時間浸漬し、取り出した後に、目視観察することにより行った。目視にて割れが認められないものを合格(○)と評価した。
【0073】
以上の評価結果を表3に示す。
【0074】
【0075】
表1~表3に示すように、実施例1~3は、それぞれ、いずれも適正な化学成分組成を有し、式1も満足し、硬さ、フェライト相面積率、高圧水素環境における引張特性、低温衝撃値等、全ての評価項目において合格する優れた特性を有しており、高圧水素部品への適用及びその低コスト化における技術課題の克服が可能であることが分かった。また、腐食試験の結果においては、Mo添加の効果により極めて高い耐食性が示された。本発明鋼の耐食性が、厳密にオーステナイト系ステンレス鋼と同等と言えるかは断定はできないが、少なくとも今回の腐食試験の結果では、従来例1であるSUS305相当のオ-ステナイト系ステンレス鋼と同等の優れた耐食性を示す評価結果が得られた。
【0076】
比較例1及び2は、Moを添加していない前記先願に記載の鋼であり、本願ステンレス鋼におけるMoの添加効果を把握するために記載したものである。表3に示されているように、比較例1及び2も優れた耐食性を有しているが、本願ステンレス鋼は、Moの添加により、さらに優れた耐食性を有することがわかる。