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特開2025-7750凝集剤注入制御装置、凝集剤注入制御方法及びコンピュータプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025007750
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】凝集剤注入制御装置、凝集剤注入制御方法及びコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
   B01D 21/30 20060101AFI20250109BHJP
   C02F 1/52 20230101ALI20250109BHJP
【FI】
B01D21/30 A
C02F1/52 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023109357
(22)【出願日】2023-07-03
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】598076591
【氏名又は名称】東芝インフラシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】有村 良一
(72)【発明者】
【氏名】山中 理
(72)【発明者】
【氏名】大西 祐太
(72)【発明者】
【氏名】平野 雅己
(72)【発明者】
【氏名】金谷 道昭
(72)【発明者】
【氏名】横山 雄
【テーマコード(参考)】
4D015
【Fターム(参考)】
4D015BA21
4D015BB05
4D015CA01
4D015CA14
4D015DA04
4D015EA03
4D015EA06
4D015EA32
4D015FA02
4D015FA15
(57)【要約】

【課題】 水質を適切に維持しつつ水処理プラントの運転コストを最小化する凝集剤注入制御装置を提供する。
【解決手段】 実施形態による凝集剤注入制御装置は、制御対象から取得した複数の計測値を用いて制御対象の第1操作量により変化するとともに制御対象の最適化に関する指標を示す評価関数の評価値を算出する算出部と、評価値に含まれる複数の成分各々の値と、複数の成分の各々に対応する位相補償パラメータとを用いて、制御対象における第1操作量から評価値までの位相遅れ推定値を算出する位相遅れ推定部と、位相遅れ推定値と評価値の情報とを用いて、評価値の第1操作量に対する変化率である評価関数の勾配情報を算出し、勾配情報を積分することにより第1操作量の最適操作量を決定する探索部と、最適操作量を制御対象の制御量の目標値として、制御量が目標値に追従するように第2操作量を算出して出力する制御部と、を備える。
【選択図】図3

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象から複数の計測値を取得するプロセス計測値取得部と、
前記計測値を用いて、前記制御対象の第1操作量により変化するとともに前記制御対象の最適化に関する指標を示す評価関数の評価値を算出するプロセス評価値算出部と、
前記評価値に含まれる複数の成分各々の値と、複数の前記成分の各々に対応する位相補償パラメータとを用いて、前記制御対象における前記第1操作量から前記評価値までの位相遅れ推定値を算出する位相遅れ推定部と、
前記位相遅れ推定値と前記評価値とを用いて、前記評価値の前記第1操作量に対する変化率である前記評価関数の勾配情報を算出する評価関数勾配推定部と、
前記勾配情報を積分することにより、前記第1操作量の最適操作量を決定する極値探索部と、
前記最適操作量を前記制御対象の制御量の目標値として、前記制御量が前記制御量の目標値に追従するように第2操作量を算出して出力する制御部と、を備えた凝集剤注入制御装置。
【請求項2】
前記位相遅れ推定部は、前記評価値に含まれる複数の前記成分において比率の大きい前記成分を主成分とし、前記主成分に対応する前記位相補償パラメータに基づいて前記位相遅れ推定値を設定する、請求項1記載の凝集剤注入制御装置。
【請求項3】
前記位相遅れ推定部は、前記評価値に含まれる複数の前記成分の比率に応じて、複数の前記成分各々の前記位相補償パラメータを組み合わせて前記位相遅れ推定値を算出する、請求項1記載の凝集剤注入制御装置。
【請求項4】
前記位相遅れ推定部は、前記評価値に含まれる複数の前記成分において変動の大きい前記成分を主成分とし、前記主成分に対応する前記位相遅れ値に基づいて前記位相遅れ推定値を設定する、請求項1記載の凝集剤注入制御装置。
【請求項5】
前記位相遅れ推定部は、前記評価値に含まれる複数の前記成分の変動に応じて、複数の前記成分各々の前記位相補償パラメータを組み合わせて前記位相遅れ推定値を算出する、請求項1記載の凝集剤注入制御装置。
【請求項6】
前記制御対象は、凝集剤注入プロセスを含む水処理プラントであって、
前記第1操作量は、前記水処理プラントにおいて、前記凝集剤注入プロセスにより凝集剤が注入された被処理水中に含まれるフロックの凝集状態指標値の目標値であり、
前記評価値は、前記水処理プラントにおいて前記第1操作量の変更から応答までの時間がそれぞれ異なる複数のコストを複数の前記成分として含む総コストであり、
前記制御部は、前記フロックの凝集状態指標値が前記制御量の目標値に追従するように前記第2操作量である凝集剤注入率を算出して出力する、請求項1記載の凝集剤注入制御装置。
【請求項7】
制御対象から複数の計測値を取得し、
前記計測値を用いて、前記制御対象の第1操作量により変化するとともに前記制御対象の最適化に関する指標を示す評価関数の評価値を算出し、
前記評価値に含まれる複数の成分各々の値と、複数の前記成分の各々に対応する位相補償パラメータとを用いて、前記制御対象における前記第1操作量から前記評価値までの位相遅れ推定値を算出し、
前記位相遅れ推定値と前記評価値の情報とを用いて、前記評価値の前記第1操作量に対する変化率である前記評価関数の勾配情報を算出し、
前記勾配情報を積分することにより、前記第1操作量の最適操作量を決定し、
前記最適操作量を前記制御対象の制御量の目標値として、前記制御量が前記制御量の目標値に追従するように第2操作量を算出して出力する、凝集剤注入制御方法。
【請求項8】
コンピュータに、請求項7記載の凝集剤注入制御方法を実行させるコンピュータプログラム。



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、凝集剤注入制御装置、凝集剤注入制御方法及びコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
水処理プラントでは、処理すべき原水への凝集剤の注入量を制御する凝集剤注入制御装置が用いられている。従来、例えば、浄水場、下水処理場、又は産業排水処理施設等では、処理すべき原水へ凝集剤を注入し、原水中に含まれる懸濁物等をフロック化する。そして、生成されたフロックを沈降分離することで原水中に含まれる懸濁物等を除去する。さらに、この操作の後の沈澱処理水を、砂ろ過にてろ過することで、沈降分離では除去されなかった微細なフロックを除去する。
【0003】
凝集剤注入制御において、原水に注入される凝集剤の量が少ないと水処理後の水質を適切に維持することが出来ない。原水に注入される凝集剤の量が多いと、水処理後の水質は適切に維持することが出来るものの、凝集剤のコスト、汚泥の処理に必要なコスト、砂ろ過池と呼ばれる槽の洗浄コストなどプラントの運転コストの上昇を抑制することが困難である。このため、凝集剤の注入率は適切に制御されることが望ましい。
【0004】
凝集剤注入率の制御においては、例えば、測定されたフロックの電気泳動速度の平均値と荷電状態の目標値を用いて凝集剤注入率を制御する方法が提案されている。制御方式としては、一般的なフィードバック制御であり、例えば、P制御やPI制御やPID制御が用いられる。フィードバック制御においては、フロック荷電状態の制御目標値が設定される。
【0005】
フロック荷電状態の制御目標値の設定においては、近年、プラントの最適制御における解決する手段として利用されている、「極値制御もしくは極値探索制御(ESC:Extremum Seeking Control)」を用いることが提案されている。極値制御(ESC)は、最適化したい評価関数の値を直接計測できるプラントのオンラインセンサ情報から計算し、評価関数値を最適値(最小値もしくは最大値)に維持する様に操作量を変化させながら適応的に探索するものである。極値制御は、数式によるモデル化の難しい複雑な現象を伴うプロセス(例:浄水場プロセス、下水処理プロセス、燃焼プロセス、石油化学プロセスなど)に対する実用的な最適制御技術として、注目を集めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-033104号公報
【特許文献2】特開2020-142188号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の実施形態は上記事情を鑑みて成されたものであって、水質を適切に維持しつつ水処理プラントの運転コストを最小化する凝集剤注入制御装置、凝集剤注入制御方法およびコンピュータプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の態様による凝集剤注入制御装置は、制御対象から複数の計測値を取得するプロセス計測値取得部と、前記計測値を用いて、前記制御対象の第1操作量により変化するとともに前記制御対象の最適化に関する指標を示す評価関数の評価値を算出するプロセス評価値算出部と、前記評価値に含まれる複数の成分各々の値と、複数の前記成分の各々に対応する位相補償パラメータとを用いて、前記制御対象における前記第1操作量から前記評価値までの位相遅れ推定値を算出する位相遅れ推定部と、前記位相遅れ推定値と前記評価値の情報とを用いて、前記評価値の前記第1操作量に対する変化率である前記評価関数の勾配情報を算出する評価関数勾配推定部と、前記勾配情報を積分することにより、前記第1操作量の最適操作量を決定する極値探索部と、前記最適操作量を前記制御対象の制御量の目標値として、前記制御量が前記目標値に追従するように第2操作量を算出して出力する制御部と、を備える。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、第1実施形態の凝集剤注入制御装置により凝集剤注入率が制御される水処理プラント一例を示す図である。
図2図2は、図1に示す水処理プラントにおいて分取流路に設けられるセルの一例を示す図である。
図3図3は、図1に示す解析部により算出されるフロックの移動速度の分布図の一例を示す図である。
図4図4は、図1に示す制御目標値決定部の一構成例を概略的に示す図である。
図5図5は、図4に示す制御目標値決定部の一部をより詳細に示す図である。
図6図6は、浄水場の凝集剤注入率のフィードバック制御におけるフロックの荷電状態の目標値を極値制御により調整するシステムの一例を概略的に示す図である。
図7図7は、図6の適用事例をシミュレーションで検証した結果の一例について説明するための図である。
図8図8は、図6の適用事例をシミュレーションで検証した結果の一例について説明するための図である。
図9図9は、極値制御による極値探索の原理を説明するための図である。
図10図10は、一実施形態の凝集剤注入制御装置の制御対象プラントの運転コストに含まれる各コストと制御目標値との変化の一例を示した図である。
図11図11は、一実施形態の凝集剤注入制御装置の制御対象プラントの運転コストに含まれる各コストと制御目標値との変化の一例を示した図である。
図12図12は、一実施形態の凝集剤注入制御装置の制御対象プラントの運転コスト(評価値)と制御目標値との変化の一例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、実施形態の凝集剤注入制御装置、凝集剤注入制御方法及びコンピュータプログラムについて、図面を参照して説明する。
図1は、第1実施形態の凝集剤注入制御装置により凝集剤注入率が制御される水処理プラント一例を示す図である。
【0011】
水処理プラントは、処理対象の水に含まれる懸濁物質等の固形物を凝集剤によって凝集させ、凝集した固形物の重力沈降によって固形物を被処理水から分離する固液分離プロセスを実現する設備である。以下では、水処理プラントが処理対象とする水、又は水処理プラントが処理中の水を「被処理水」といい、水処理プラントによる処理を終えて放流可能又は再利用可能となった水を「処理済み水」という。また、以下では、水処理プラントの内外から固液分離プロセスに流入する被処理水のうち、流入直後の被処理水を「原水」という。換言すれば、原水は初期状態の被処理水であり、凝集剤が未注入のものである。
【0012】
また、以下に説明する実施形態の凝集剤注入制御装置の適用先は、上述のような固液分離プロセスを実現するものであれば特定の水処理プラントや水処理設備に限定されない。例えば、実施形態の凝集剤注入制御装置の適用先は、浄水場等の水処理プラントであってもよいし、製紙工場や食品工場などの各種工場に設けられた水処理設備であってもよい。例えば、浄水場においては、河川水やダム湖水、地下水、雨水、下水等が原水となりうる。また、製紙工場や食品工場等の産業プラントでは、それらの工業排水が原水となりうる。
【0013】
図1には、上記の凝集剤注入制御装置の適用先の一例として、浄水場において固液分離プロセスを実現する水処理プラント100を示す。
水処理プラント100は、固液分離プロセスを実現する各種設備と、凝集剤注入制御装置1を備える。例えば、水処理プラント100は、固液分離プロセスを実現する設備として、着水井3と、急速混和池(混和池)4と、フロック形成池5と、沈澱池6と、ろ過池7と、凝集剤注入装置8と、解析部9と、pH調整剤注入装置10と、排泥池62と、を備える。被処理水は、河川やダム湖から導水され、まず着水井3に着水した後、急速混和池4、フロック形成池5、沈澱池6、ろ過池7の順に送られる。すなわち、被処理水の流れに関して最も上流に位置する設備が着水井3であり、最も下流に位置する設備がろ過池7である。
【0014】
着水井3は、水処理プラント100に流入する原水を貯える貯水槽である。着水井3では、植物や土砂等の比較的比重の大きい固形物が重力沈降し、その上澄み水が被処理水として後段の急速混和池4に送られる。
【0015】
なお、着水井3には原水水質計31が備えられる。原水水質計31は着水井3に着水した原水の水質を測定する。具体的には、原水水質計31は、固液分離プロセスの処理結果に影響する可能性のある水質の指標値を測定する。例えば、原水水質計31は、原水の濁度や色度、水温、導電率、pH(水素イオン濃度指数)、アルカリ度、紫外線吸光度等の諸量を測定する。原水の紫外線吸光度は、原水に含まれる有機物量の指標値として用いることができ、その測定には例えば260nmの波長の紫外線が用いられる。原水水質計31によって測定された各種指標値はプラントデータとして凝集剤注入制御装置1に入力される。
【0016】
また、着水井3と急速混和池4との間の配水管には流量計32が備えられる。流量計32は、着水井3から急速混和池4に送られる被処理水の流量を測定する。流量計32によって測定された流量はプラントデータとして凝集剤注入制御装置1に入力される。
【0017】
pH調整剤注入装置10は、着水井3と急速混和池4との間において、被処理水にpH調整剤を注入する。pH調整剤は、例えば、硫酸、塩酸などの酸や炭酸ガス、苛性ソーダや消石灰などの塩基である。着水井3から急速混和池4へ送られる被処理水にpH調整剤を注入することにより、後段の急速混和池4において注入される凝集剤に対して、処理水のpH域が適切な範囲となるように処理水のpH調整がなされる。
【0018】
急速混和池4では、着水井3から送られてきた被処理水に凝集剤が注入される。急速混和池4は、凝集剤が注入された被処理水(以下「混和水」ともいう。)を急速攪拌するための貯水槽である。
【0019】
凝集剤注入装置8は、例えば、ポリ塩化アルミニウム(PAC:Poly Aluminum Chloride)や硫酸アルミニウム(硫酸ばんど)等の薬剤である凝集剤を急速混和池4の混和水に注入する。凝集剤注入装置8は、凝集剤注入制御装置1から供給される凝集剤注入量(若しくは凝集剤注入率)の値に従って、急速混和池4に注入する凝集剤の量を調整する。凝集剤としては、例えば、ポリ塩化アルミニウム(PAC)、及び硫酸アルミニウム(硫酸ばんど)といったアルミニウム系の無機凝集剤が広く用いられる。その他、凝集剤として、鉄系凝集剤、並びに、カチオン性及びアニオン性の有機の高分子凝集剤を用いてもよい。例えば、浄水場において使用する河川やダム湖の原水中の懸濁物は、通常、負(マイナス)に帯電しており、電気的に反発しあって水中に存在している。ここにプラス電荷の凝集剤を添加し、撹拌することで、懸濁物と凝集剤が電気的に引き合い、懸濁物の負電荷が中和されていく。これにより反発力が小さくなり、懸濁物の結合が進みやすくなりフロック化が進む。
【0020】
急速混和池4は急速攪拌機41を備えている。急速攪拌機41は、急速混和池4において凝集剤が注入された被処理水を攪拌する。例えば、急速攪拌機41はフラッシュミキサである。急速攪拌機41は、一定の攪拌速度で動作するものであってもよいし、モータの制御によって攪拌速度を調節できるものであってもよい。
急速混和池4では、凝集剤の注入、及び急速攪拌機41の攪拌によって被処理水中に微小なフロックが形成される。このような微小なフロックを含む被処理水は後段のフロック形成池5に送られ、フロック形成池5以降の設備においてフロックのさらなる集塊化が促進される。
【0021】
急速混和池4とフロック形成池5との間の配水管には混和水水質計42が備えられる。混和水水質計42は、混和水の水質を測定する。具体的には、混和水水質計42は、混和水のフロックの電気泳動速度を凝集状態指標値として測定する。混和水水質計42によって測定された値はプラントデータとして凝集剤注入制御装置1に入力される。
【0022】
通常、水中に存在する懸濁物質は、その表面がマイナスに帯電しており、マイナス同士の反発力によって水中に安定して存在する。これにより水に濁りが生じる。一方、凝集剤は、水中ではプラスに帯電する。したがって、懸濁物質を含む被処理水に凝集剤が注入されると、凝集剤が懸濁物質に付着する。懸濁物質に付着した凝集剤は、懸濁物質のマイナスの荷電を打ち消し(以下「中和する」という)、懸濁物質の表面電荷を0[mV]に近づける。懸濁物質の表面電荷が0[mV]に近づくと、それに伴ってゼータ電位も0[mV]に近づく。したがって、凝集剤は、懸濁物質同士の反発を弱めて衝突回数を増加させる。この凝集剤の作用により、衝突したフロック同士が徐々に集塊化していき、より大きなフロックが形成される。
【0023】
フロック形成池5は、被処理水中により大きなフロックを形成するための貯水槽である。フロック形成池5は緩速攪拌機54、55、56を備え、緩速攪拌機54、55、56による被処理水の攪拌によってフロックのさらなる集塊化が促進される。例えば、フロック形成池5は、図1に示すように3つの攪拌池51、52、53に分けられ、攪拌池51、52、53の各々に緩速攪拌機54、55、56が設置されている。例えば、緩速攪拌機54、55、56はフロキュレータである。3つの攪拌池51、52、53のうち攪拌池51は被処理水の流れに関して最も上流に位置し、攪拌池53は最も下流に位置する。
【0024】
攪拌池51には急速混和池4から送られた被処理水が流入する。攪拌池51では、緩速攪拌機54による被処理水の攪拌により、微細なフロックが衝突を繰り返すことによってより大きな粒径のフロックが形成される。攪拌池51の被処理水は、所定時間の攪拌の後に後段の攪拌池52に送られる。
【0025】
攪拌池52には攪拌池51から送られた被処理水が流入する。攪拌池52では、緩速攪拌機55による被処理水の攪拌により、さらに大きな粒径のフロックが形成される。ここで、攪拌強度が強すぎると集塊化したフロックが破壊されてしまうため、緩速攪拌機55は緩速攪拌機54よりも弱い強度で被処理水を攪拌する。これにより、フロックのさらなる集塊化が促進される。攪拌池52の被処理水は、所定時間の攪拌の後に後段の攪拌池53に送られる。
【0026】
攪拌池53には攪拌池52から送られた被処理水が流入する。攪拌池53では、緩速攪拌機56による被処理水の攪拌により、さらに大きな粒径のフロックが形成される。ここでも、集塊化したフロックが破壊されないように、緩速攪拌機56は緩速攪拌機55よりも弱い強度で被処理水を攪拌する。これにより、フロックのさらなる集塊化が促進される。攪拌池53の被処理水は、所定時間の攪拌の後に後段の沈澱池6に送られる。
【0027】
沈澱池6は、フロック形成池5から流入する被処理水を貯える貯水槽である。被処理水が所定時間沈澱池6に貯留されることにより、フロック形成池5において形成された粒径の大きなフロックが重力により沈降する。例えば、沈澱池6において、被処理水は3時間程度貯留される。これにより、フロックが被処理水から分離され、その上澄み水が後段のろ過池7に送られる。なお、沈澱池6の最下流部には、ろ過池7に送られる被処理水に対してオゾン処理や生物活性炭処理等の付加的な処理を施す設備が備えられてもよい。また、沈澱池6に沈澱したフロックは汚泥引き抜きポンプ63にて汚泥として引き抜かれ、排泥池62などの汚泥処理設備に送られる。
【0028】
また、沈澱池6の下流部には沈澱池水質計61が備えられる。沈澱池水質計61は、ろ過池7に送られる被処理水の水質を測定する。具体的には、沈澱池水質計61は、固液分離プロセスの処理結果に関する各種指標値を測定する。例えば、沈澱池水質計61は、固液分離プロセスの処理結果に関する指標値として、被処理水の濁度及び粒子数を測定する。粒子数とは、例えば、粒径分画ごとの粒子の個数のことである。沈澱池水質計61によって測定された各種指標値はプラントデータとして凝集剤注入制御装置1に入力される。
【0029】
ろ過池7は、沈澱池6から流入する被処理水をろ過するろ過設備を備えた貯水池である。ろ過池7では、被処理水に残留する微小な固形物がろ過によって分離される。ろ過された被処理水は処理済み水として浄水池などに蓄えられ水道水として利用される。
ろ過池7の下流部にはろ過池水質計71が備えられる。ろ過池水質計71は、ろ過池7でろ過された被処理水の水質を測定する。具体的には、ろ過池水質計71は、水処理プラント100で処理された最終段階の被処理水の固液分離の処理結果に関する各種指標値を測定する。例えば、ろ過池水質計71は、固液分離プロセスの処理結果に関する指標値として、被処理水の濁度及び粒子数を測定する。ろ過池水質計71によって測定された各種指標値はプラントデータとして凝集剤注入制御装置1に入力される。
【0030】
またろ過池7には、ろ過池の目詰まりを計測する水位計72が設置されている。ろ過池が目詰まりするとろ過池上部の水位が上昇し、所定の水位に達すると、ろ過を中断し、洗浄が行われる。よって、ろ過池の水位上昇が早いほど洗浄の頻度が高くなり、洗浄のコストがかかることになる。ろ過池の目詰まりを促進するものとして、沈澱池出口の濁度やアルミニウムの濃度がある。アルミニウムの濃度は凝集剤として添加するポリ塩化アルミニウムなどアルミ系の凝集剤が残留することで存在する。ろ過池水位計72によって測定された各種指標値はプラントデータとして凝集剤注入制御装置1に入力される。
【0031】
例えば、浄水場においては、大きなプラス電荷をもつアルミ系の無機凝集剤を被処理水に添加し、懸濁物をフロック化して沈澱させている。また、沈澱池出口の濁度に影響を及ぼす要素は、原水濁度、凝集剤の注入量、pH、水温、アルカリ度、混和池での撹拌強度、沈澱池の形状、沈澱池への傾斜板の設置の有無、及び滞留時間等がある。浄水場において沈澱池出口濁度を良好な値(例えば、濁度0.5度程度)に保つための適切な凝集条件は、原水の水質変動に影響を受けて絶えず変化する。ここで、凝集剤の注入結果が、沈澱池出口における濁度に反映されるまでの時間は、水処理プロセスを流れている被処理水の滞留時間に依存し、一般的に3~6時間程度である。
【0032】
解析部9は、凝集状態指標値である混和水のフロックの電気泳動速度を測定する具体的な手段の一例である。解析部9は、分取された混和水の一部を分析して凝集状態指標値を測定する装置である。図1に示す例では、一部の混和水が急速混和池4とフロック形成池5との間の配水管から分取される構成を示している。この構成は一例であり、混和水は必ずしも急速混和池4とフロック形成池5との間の配水管から分取される必要はない。例えば、混和水は急速混和池4から採取されてもよいし、フロック形成池5から取得されてもよい。また、分取流路を設けることができない場合には、混和水の分取は人手によって行われてもよい。本実施形態では、混和水の分取は、前記配水管を流れる混和水の一部を配水管とは別の流路(以下「分取流路」という。)に流すことによって実現されるものとする。
【0033】
ここで、本実施形態の凝集剤注入制御装置1では、電気泳動法によって測定されるフロックの荷電状態(凝集状態指標値)から凝集剤注入率を制御するフィードバック制御方式を採用している。フィードバック制御に用いられるフロックの荷電状態の指標として、個々のフロックの電気泳動の速度を表す情報を用いる。
【0034】
後述する解析部9は、個々のフロックの電気泳動の速度を表す情報に基づいて、混和水中のフロックの電気泳動の速度の平均値(平均移動速度)を算出する。1回の測定での情報取得時間は約1~5分である。この間、個々のフロックは数10個から数100個観測される。本実施形態では、各フロックの電気泳動の速度を統計的に処理することにより、1回の測定における電気泳動速度の平均値を求めている。
【0035】
解析部9は、凝集状態指標値を測定する構成として光源部91、撮像部92及び速度測定部93を備える。光源部91は分取流路を流れる混和水に光を照射する。光源部91は、例えばレーザー光や可視光を照射する光源である。光源部91は、照射する光の強度や波長を変更可能なように構成されてもよい。光源部91から照射された光は、一部が混和水中のフロックの表面で散乱され、その他は混和水を透過して撮像部92の光学系に受光される。
【0036】
撮像部92は、カメラ等の撮像装置を用いて構成される。撮像部92は、分取流路を流れる混和水を撮像可能な位置に配置される。例えば、分取流路の途中にはセルと呼ばれる透明な容器が設置され、光源部91と撮像部92とがセルを混和水の流れに対して垂直方向から挟んで対向するように配置される。このような配置により、セルを流れる混和水に流れに対して垂直な方向から光が照射され、撮像部92はセルを透過した光を受光する。撮像部92は、受光した光の強度をデジタル値に変換することによってセルを通過する混和水の画像データを生成する。撮像部92は、セルを通過する混和水を所定の撮像周期(例えば1/3秒周期)で撮像し、生成した画像データを時系列に速度測定部93に出力する。
【0037】
速度測定部93は、撮像部92から出力される画像データに基づいて混和水中のフロックの凝集状態を示す指標値(凝集状態指標値)を測定する。具体的には、速度測定部93は、フロックの電気泳動速度を凝集状態指標値として測定する。この際は、流路を遮断し、流水の動きが無い状態として、流路の左右に設置した電極に電圧を加えることで、封入された混和水中のフロックが電気泳動させる。速度測定部93は、撮像部92から出力される時系列の画像データを用いて混和水中のフロックの電気泳動速度を測定し、その測定データを凝集剤注入制御部12に出力する。
【0038】
図2は、図1に示す水処理プラントにおいて分取流路に設けられるセルの一例を示す図である。
図2にはセルへの混和水通水時に、y軸負方向から流入する混和水をy軸正方向に通過させるセル300の一例を示す。セル300では混和水通水後、混和水をセル内に封入するために流入側と流出側の弁が備えられる。セル300には、通水時の混和水の流れに対して垂直方向の電場を形成する正極220及び負極210と、正極220及び負極210に電圧を印加する電源230が備えられる。セル300内に混和水を封入した状態で、電源230が正極220及び負極210に電圧を印加することにより、セル300において混和水中のフロックの電気泳動が発生する。電圧を印加する際は、y軸方向の流路は電磁弁などにより遮断されており、電圧の印加前は、フロックはほぼ静止した状態となっている。
【0039】
電気泳動中の動きを具体的に説明すると、表面電荷がマイナスであるフロックは電圧の印加によって正極220方向(すなわちx軸の負方向)に移動する。従って、表面電荷がマイナスであるフロックの電気泳動速度の平均値は負となる。一方、表面電荷がプラスであるフロックは電圧の印加によって負極210方向(すなわちx軸の正方向)に移動する。従って、表面電荷がプラスであるフロックの電気泳動速度の平均値は正となる。
【0040】
これに対して表面電荷が中和しているフロックは電場の影響をほとんど受けなくなる。そのため、表面電荷が中和しているフロックの移動方向は、電圧が印加されている状況においても一定ではない。従って個々のフロックの移動速度のばらつきが大きくなり、移動速度の電極方向への動きが小さくなる。従って、表面電荷が0に近くなることからフロックの電気泳動速度の絶対値は小さくなる。
【0041】
速度測定部93は、セル300中を電気泳動するフロックを含む混和水が撮像された画像に対してソフトウェアによる画像解析処理を施すことにより画像内のフロックを検出し、検出した個々のフロックの移動速度を求める。移動速度は、連続して撮像された画像間におけるフロックの位置と、撮像周期とに基づいて求められる。速度測定部93は、検出したフロックごとに移動速度を測定し、各フロックの移動速度の分布図(ヒストグラム)を算出する。また同時に、各フロックの移動速度から平均値(以下「平均移動速度」という。)を算出する。
【0042】
図3は、図1に示す解析部により算出されるフロックの移動速度の分布図の一例を示す図である。
図3において、横軸の移動速度は電気泳動速度のことであり、電気泳動速度の絶対値が大きいほど電荷を帯びていることを示す。絶対値が0に近づくほど荷電が中和されていることを示す。図3に示す例によれば、個々のフロックの荷電状態は均一ではなく、ばらつきを持っていることがわかる。
【0043】
速度測定部93は、個々のフロックについて求めた移動速度を統計処理して平均値を求めることで、算出した平均値を1バッチの測定における代表値として用いる。なお、速度測定部93は、各フロックについて求めた移動速度の平均値の数バッチ分の移動平均をとり、この移動平均値を平均移動速度として算出してもよい。速度測定部93は、このように算出した平均移動速度を凝集状態指標値(制御量)として凝集剤注入制御部12に出力する。この平均移動速度がフィードバック制御における制御量(PV)として用いられる。
【0044】
このような各種の水処理設備を有する水処理プラント100において、凝集剤注入制御装置1は入力されるプラントデータに基づいて凝集剤注入装置8が注入する凝集剤の注入率(以下「凝集剤注入率」という。)を制御する。一般に、凝集剤注入率は、単位時間当たりの被処理水の流量に対して単位時間当たりに注入される凝集剤の量である。また、凝集剤注入率は、単位時間当たりの被処理水の流量を用いて凝集剤の注入量(以下「凝集剤注入量」という。)に換算される。以下、本実施形態の凝集剤注入制御装置1の構成について詳細に説明するが、凝集剤注入率は、適宜、凝集剤注入量に置き換えることができる。
【0045】
本実施形態の凝集剤注入制御装置1では、処理過程の水質指標や凝集物の性状を表す指標を用いて、凝集反応における凝集状態の良否を定量的に表すことで凝集剤注入率を制御している。この方式は、凝集剤注入後の凝集状態に基づいて凝集剤注入率を調整するフィードバック制御方式である。最適な凝集剤注入率を決定する際に、原水の水質に影響を受けない凝集状態の判別指標として、凝集剤注入後のフロックの荷電状態が挙げられる。本実施形態の凝集剤注入制御装置1では、荷電状態を測定する方法として、上述のように電気泳動法と画像処理によって測定される凝集物の荷電状態から凝集剤注入率を汎用的に設定する方法を用いている。凝集剤注入率の制御においては、測定されたフロックの電気泳動速度の平均値と荷電状態の目標値を用いて凝集剤注入率を制御する。
【0046】
凝集剤注入制御装置1は、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサを少なくとも一つと、プロセッサにより実行されるプログラムが記憶された記憶部(メモリや補助記憶装置)を備え、プログラムを実行する。凝集剤注入制御装置1は、プログラムの実行によって制御目標値決定部11及び凝集剤注入制御部12を備える装置として機能する。なお、凝集剤注入制御装置1の各機能の全て又は一部は、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やPLD(Programmable Logic Device)やFPGA(Field Programmable Gate Array)等のハードウェアを用いて実現されてもよい。プログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されてもよい。コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、例えばフレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD-ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置である。プログラムは、電気通信回線を介して送信されてもよい。
【0047】
制御目標値決定部11は、凝集剤注入装置8の凝集剤注入率をフィードバック制御方式で決定する際の制御目標値を決定する。本実施形態では、制御目標値決定部11は、原水水質が季節的に徐々に変化していく場合でも、運転コストが最小化するようにしながら、沈澱池6の濁度を所定の管理目標値以下に維持することを目的として、凝集状態指標値の目標値(以下「凝集状態目標値」という)を制御目標値として決定する。制御目標値決定部11は、決定した凝集状態目標値を凝集剤注入制御部12に出力する。
【0048】
凝集剤注入制御部12は、制御量と制御目標値との偏差に基づいて操作量(第2操作量)を変動させることで制御量を制御目標値に追従させる制御方式であるフィードバック制御を行う。例えば、凝集剤注入制御部12は、P制御(比例制御:Proportional Controller)やPI制御(比例積分制御:Proportional-Integral Controller)、PID制御(Proportional-Integral-Differential Controller)等のフィードバック制御を実行する。凝集剤注入制御部12は、制御目標値決定部11によって決定された凝集状態目標値(制御目標値)と、入力されるプラントデータ(具体的には、流量計32及び混和水水質計42の計測データ)とに基づいて、凝集剤注入装置8の凝集剤注入率を制御対象プラントの操作量(第2操作量、MV)として決定する。凝集剤注入制御部12は、決定した凝集剤注入率を凝集剤注入装置8に通知する。この凝集剤注入率の制御周期は例えば5分周期で行われる。
【0049】
図4は、図1に示す制御目標値決定部の一構成例を概略的に示す図である。
図5は、図4に示す制御目標値決定部の一部をより詳細に示す図である。
制御目標値決定部11は、極値制御とよばれる技術を利用してフロック荷電状態の制御目標値を設定する。まず、制御対象プラントは、操作量入力Uとプロセス出力Zとを持つ任意のプラントである。本実施形態では、制御対象として、凝集剤注入プロセスを含む浄水場を例として説明する。
【0050】
操作量入力Uは、凝集剤注入プロセスにおける制御目標値つまり移動速度目標値である。実際の操作量(第2操作量)は凝集剤注入率であるが、この制御系は2段のカスケード構成となっているため、極値制御によって調整する第1操作量(操作量指令値)は移動速度の目標値(制御目標値)である。また、出力Yは、PAC(凝集剤)の注入率、汚泥発生量、ろ過池の洗浄頻度、沈澱池出口の濁度、ろ過池出口の濁度、である。
【0051】
制御目標値決定部11は、プロセス計測値取得部110と、プロセス評価値算出部120と、復調用ディザー信号生成部130と、評価関数勾配推定部140と、勾配推定量正規化部160と、極値探索部(最適操作量適応調整部)170と、変調用ディザー信号生成部180と、出力部190と、位相遅れ推定部1000と、を備えている。
【0052】
プロセス計測値取得部110は、上記制御対象プラントに対して、まず、評価量や制約条件を算出するために必要となる計測情報を取得する。評価関数の一例として、薬品コストと汚泥処分コストとろ過池洗浄コストとの成分を合計した値を含む運転コストを設定する場合、プロセス計測値取得部110は、例えば、PAC(凝集剤)の注入率、汚泥発生量、ろ過池の洗浄頻度、などを計測情報として取得する。また、沈澱池6出口やろ過池7出口の濁度に制約を設ける場合には、プロセス計測値取得部110は、沈澱池6出口やろ過池7出口の濁度の値も所定周期で計測し、所定のフォーマットで時系列データとして保存する。
【0053】
プロセス評価値算出部120は、プロセス計測値取得部110で取得した情報を用いて、予め設定した評価関数の評価値をリアルタイムに計算する。評価関数として例えば運転コストは、薬品コスト(PACコスト)と汚泥処分コストとろ過池洗浄コストとの総和で定義されている。薬品コストは、PACの注入量の時系列データに薬品単価や希釈率などの係数をかけることにより算出され、時系列データとして得ることができる。汚泥処分コストは、汚泥発生量に汚泥処分単価をかけることで算出され、汚泥処分コストの時系列データを得ることができる。
【0054】
ろ過池7の洗浄は、通常、ろ過池の水位またはろ抗(ろ過抵抗)が所定のしきい値を超過すると行われるため、ろ過抵抗の時系列データや洗浄履歴データから洗浄が行われたタイミングを知ることができ、洗浄が行われたタイミングの洗浄コストは履歴データから得られる。ろ過池7の洗浄コスト用は、前回の洗浄実施時から次に洗浄を行うまでの間の費用と考えられるので、この洗浄コストを当該期間に均等に分配することで洗浄コストを時系列データに換算することができる。ただし、この換算は、過去の実績データに対しては容易に実施できるが、リアルタイムでは、次回洗浄を行うタイミングは未確定であるため、水位(ろ抗)の変化率を監視しながら、次回の洗浄タイミングを推定し、そこから、リアルタイムでの洗浄コストの時系列データに換算するなどの工夫が必要となる。
上記のように時系列データに換算された各費用の総和が運転コストであり、プロセス評価値算出部120は、上記の方法によりリアルタイムで運転コストを取得することが可能である。
【0055】
プロセス評価値算出部120は、評価関数の制約条件として水質制約を用いる。この場合、プロセス計測値取得部110が図1に示す水処理プラントの沈澱池6出口およびろ過池7出口の濁度を時系列データとして取得し、プロセス評価値算出部120は、これらの濁度の制約値、例えば、沈澱池濁度0.8度以下などの制約条件を評価関数に組み込む。
【0056】
極値制御では、制約条件を直接扱うことはできないが、制約条件を評価関数として扱える様に変換することができる。ここでは、最適化分野で良く知られたペナルティ関数の考え方で評価関数として扱う。すなわち、例えば、以下の様な変換を行う。
Wcost=max(0,a×(exp(T-Tlim)-1)) (1)
ここで、Tは濁度計測値、Tlimは濁度上限値、a(>0)は設計パラメータである。Wcostは、換算された評価関数であり、沈澱池6出口の濁度とろ過池7出口の濁度との各濁度について(1)式の変換を行い、和をとったものを水質コストとする。(1)式の意味は、濁度T≦濁度上限値Tlimの時には0となり、濁度Tが濁度上限値Tlimを超過すると急激(指数関数的)にコストWcostが上昇することを意味しており、いわゆるペナルティ関数の一種である。
【0057】
先に述べた運転コストに上記ペナルティ関数によって考慮された水質コストを加えて、総コストJを以下の様に定義することができる。
総コストJ=薬品コスト+汚泥処分コスト+ろ過池洗浄コスト+水質コスト (2)
以上の様な処理によって評価関数が適切に設定されると、その評価関数の値をリアルタイムに所定の制御周期で計測・算出することにより、時々刻々と変化する評価量を取得することができる。
【0058】
復調用ディザー信号生成部130は、極値制御により評価関数の勾配(1階微分,ヤコビアン)を推定するために必要となる周期信号(復調用ディザー信号)を生成する。復調用ディザー信号としては、典型的には正弦波を用いるが、必ずしも正弦波である必要はなく、周期的信号であれば矩形波や三角波であっても構わない。復調用ディザー信号は、後述する変調用ディザー信号と同じ周期で同じ形状の波形でなければならない。ここでは、ディザー信号として正弦波を用いた場合の復調用ディザー信号D(t)を(3)式に示す。
D(t)=sin(ωt+φ) (3)
【0059】
ここで、ωはディザー信号の周波数であり、φは位相遅れ(位相遅れ推定値)である。本実施形態では、復調用ディザー信号D(t)は、(3)式のように、後述する位相遅れ推定部1000により算出された位相遅れ推定値φにより、φだけ位相がずれている。(3)式の様に位相補償を行う事で、極値制御の性能が改善される。
【0060】
評価関数勾配推定部140は、評価値の操作量(第1操作量)に対する勾配を推定する。評価関数勾配推定部140は、図5に示すように、ハイパスフィルタHPFと、ローパスフィルタLPFと、を備え、ハイパスフィルタHPFとローパスフィルタLPFとのブロックの間において、復調用ディザー信号生成部130によって生成した復調用ディザー信号D(t)をハイパスフィルタHPFの出力に加える加算部を備えている。
【0061】
評価指標値の極値(局所最適値)は探索対象であるので、当然未知である。ハイパスフィルタHPFは、この未知の極値が変化しない、あるいは、変化したとしても非常に緩やかに変化する、と仮定した場合に極値を強制的に近似的に0にするために導入された構成である。ハイパスフィルタHPFは、極値制御の理論的な構成上は必須のものでは無いが、制御性能の向上に寄与するため、通常は組み込まれている。
【0062】
また、評価値あるいは、評価値をハイパスフィルタに通した信号に復調用ディザー信号を加えた後にローパスフィルタを通した信号の周期的な平均値は、評価関数の勾配に比例する信号(勾配情報)となることが理論的な解析結果から知られている。このことから、ローパスフィルタLPFの出力信号は、評価関数値の勾配(正確には勾配に比例する信号)と見なすことができる。
【0063】
勾配推定量正規化部160は、内包する正規化信号発生部で発生させた正規化信号を用いて、勾配推定量を正規化する。すなわち、勾配推定量正規化部160は、評価関数勾配推定部140で推定した勾配推定値G(t)に対して、正規化信号を作用させてG_n(t)を生成する。なお本実施形態において、勾配推定量正規化部160は必須の構成ではなく、省略されても構わない。
【0064】
極値探索部170は、積分器を用いて評価関数の極値探索を行う。すなわち、極値探索部170は、勾配推定値G(t)あるいは正規化された勾配推定値G_n(t)に対して積分器を通して積分ゲインKと呼ばれる定数を乗ずることで、極値探索を行うことができる。積分ゲインKは、極値探索の収束速度を決める重要なパラメータであるが、位相遅れ推定値φによる位相遅れ補償を導入することにより、積分ゲインKの値を大きくすることができる。積分ゲインKを大きくすることにより、制御性能(収束速度)を高めることができる。すなわち、位相遅れ補償を行わない場合に積分ゲインKの値を大きくしすぎると、極値制御系の安定性が損なわれる可能性があった。これに対し、位相遅れ補償を行うことにより、積分ゲインKを大きくすることが可能になり、結果的に制御性能を高めることができる。
【0065】
なお、積分器を通して積分ゲインKを乗ずる構成は、勾配法と呼ばれる最適化アルゴリズムとほぼ同じものであり、積分ゲインKは勾配法で呼ばれる学習率と呼ばれるパラメータに相当する。
【0066】
変調用ディザー信号生成部180は、変調用のディザー信号を生成する。この変調用ディザー信号は、任意の周期的信号で良いが、復調用ディザー信号生成部130により生成された復調用ディザー信号と同じ波形の信号である必要がある。(3)式に対応する正弦波信号を用いた場合には、(4)式の変調用ディザー信号M(t)を用いる。
M(t)=Asin(ωt) (4)
【0067】
ここで、Aはディザー信号の振幅であり、可調整パラメータである。この変調用のディザー信号M(t)はディザー信号駆動型の極値探索制御では必須の要素である。本実施形態では、(3)式の信号と(4)式の信号との間に位相差φがあり、位相遅れ分が補償されている。この位相補償の効果により、ディザー信号の周波数ωを大きく(=ディザー周期を小さく)設定したり、上述の積分ゲインKを大きく設定したりすることが可能になり、極値探索の制御性能(収束速度)を改善することが可能になる。
【0068】
出力部190は、制御対象に対する操作量指令(制御目標値)を凝集剤注入制御部12へ出力する。この操作量指令信号は、極値探索部170の出力(最適操作量)に変調用ディザー信号M(t)を足し合わせたものであり、これにより第1操作量が変調用ディザー信号M(t)で周期的に駆動されると同時に極値の探索が行われることになる。
【0069】
次に、フロック荷電状態を制御目標値に設定した極値制御(ESC)を適用した例について説明する。
図6は、浄水場の凝集剤注入率のフィードバック制御におけるフロックの荷電状態の目標値を極値制御により調整するシステムの一例を概略的に示す図である。図6に示す例は、手動で設定していた荷電状態の目標値(SV)と、極値制御を用いてリアルタイムで自動調整した荷電状態の目標値(SV)とを切り替えて用いることが可能なシステムである。
【0070】
浄水場ではPACと呼ばれる凝集剤等を注入して、河川等に含まれる濁質の凝集沈澱処理を行い、沈澱池や砂ろ過池と呼ばれる槽から流出する濁度をある基準値以下になる様に維持しながら、極力、凝集剤注入のコスト(例えば薬品コスト)やその他運用に関わるコストを最小化する運転を実現したいという要望がある。
【0071】
図6における極値制御の適用では、極値制御により凝集剤の注入量(注入率)を直接決めるのではなく、フロックと呼ばれる物質の荷電状態(電気泳動の平均移動速度)を制御量(PV)とし、移動速度の目標値に追従する様にPI(比例・積分)制御で凝集剤注入率を調整するものである。PI制御の制御目標値(移動速度の目標値)であるSVは、極値制御により調整される。極値制御により制御目標値(SV)をリアルタイムに自動調整することにより、フィードバック制御により制御量(PV)がリアルタイムの目標値(SV)に追従するように凝集剤注入率が制御され、原水の水質変動に伴う凝集状態の変化に、より早く対応することが可能となっている。
【0072】
また、評価関数として、凝集剤の薬品コストの他、後段のろ過池の洗浄コストや汚泥処分コストなどの運用に関わるコスト(成分)などの合計を総コストとして評価関数とし、これに対して、沈澱池濁度やろ過池濁度を管理値以下に維持するように制約条件を設けた制約付きの極値制御系として設計している。このようにフロック荷電状態の制御目標値の設定に極値制御を適用することで、水質の管理値(制約)を維持しつつ、運転コストが最小化するようなプラントの自動制御を実現できる。
【0073】
図7および図8は、図6の適用事例をシミュレーションで検証した結果の一例について説明するための図である。
図7には、凝集沈澱プロセスを模擬するように構築したシミュレーションの結果の一例を示しており、このシミュレーションでは、凝集剤(PAC)の反応に伴うフロックの荷電中和と、その後のフロックの成長と沈降、沈澱水濁度等の水質の変化を模擬しているシミュレーターを使用している。
【0074】
図7における手動設定のSVは、図8に示す水温の年間変動などを考慮して、季節的にSVを変更するパターン例である。これに対して、極値制御によりSVの自動調整を実施したシミュレーション結果の一例を同じグラフに示している。図7によれば、極値制御によるSV設定は、手動でのSV設定と似たような傾向を取り、且つ、水温の変化に対して細かくSVを調整していることが分かる。このときの処理水質である沈澱水濁度は、水質の制約として設定した0.8度をほぼ維持しており、極値制御によるSV自動調整が有効であることがシミュレーションにより確認できた。
【0075】
図9は、極値制御による極値探索の原理を説明するための図である。
図9には、左側に極値制御の原理における操作量と評価量との関係の一例を示し、右側に実際の制御対象に極値制御を適用したときの操作量と評価量との関係の一例を示している。
図9の左右の図において、横軸は極値制御によって操作を行う操作量であって、本実施形態では移動速度の目標値(第1操作量)である。縦軸は極値制御により最適化(最小化)したい評価関数(評価量)であり、本実施形態では運転コスト(総コスト)である。操作量と評価関数との間には何等かの関係性があり、極値(局所最小値)を持つことが予め仮定されており、図9では、下に凸形状の関数関係があることを想定している。
【0076】
ここで、図9では説明のため関数形状をグラフとして記載しているが、実際に極値制御を行っている際は、制御実施時のその時々の操作量に対する評価値はリアルタイムで取得できるものの、評価関数の形状はリアルタイムでは把握できず、未知の状態である。このような状況において、極値制御は、例えば下に凸形状の関数の極値(局所最適値、図9では大域的最小値)を探索するための制御アルゴリズムを提供する。
【0077】
操作量が正弦波などの周期的なディザー信号で駆動されているとき、極値の右側に操作量がある場合、下に凸形状の関数の極値の右側では、ディザー信号で駆動された操作量の動きとリアルタイムで取得する評価量(評価値)の動きとは同期して動く、すなわち、同位相で動く。つまり、移動速度の目標値を上げると運転コストが上がる状態にあるということである。一方、下に凸形状の関数の極値の左側に操作量がある場合には、ディザー信号で駆動された操作量の動きとリアルタイムで取得する評価量(評価値)の動きは逆側に動く、すなわち、逆位相で動く。つまり、移動速度の目標値を上げると運転コストが下がる状態にあるということである。
【0078】
この情報を利用することで、制御動作中の操作量が極値に対してどちらの側にあるかを判断でき、それに応じて極値の右にある場合には操作量を減少させ、極値の左にある場合は操作量を増加させることで極値探索が可能になる。
【0079】
より正確に説明すると、操作量と評価量との関係は、実際には、図9の右側に示すの様になっている。すなわち、制御対象にダイナミクスがある場合には、横軸の操作量と縦軸の評価量に間に時間の遅れ(正弦波で駆動されている場合は位相の遅れ)が存在するため、下に凸形状の関数の極値の右側に操作量ある場合でも、操作量と評価量とが同位相で動くわけではなく、操作量に対して位相の遅れを伴って評価量が変化する。具体的には、浄水場などにおいては水の流れにより伝達されるまでの遅れ時間があるため、移動速度の目標値を変更してから、その変更が下流側に伝わるまでに遅れが生じている。
【0080】
同様に、下に凸形状の関数の極値の左側に操作量がある場合にも、操作量と評価量とが逆位相で動くわけではなく、操作量に対して位相の遅れを伴って評価量が変化する。図6の右側の図によれば、位相の遅れが90度になると左側の図で同位相であった関係が逆位相になり、左側の図で逆位相であった関係が同位相になる。
【0081】
この位相の遅れは極力小さくする必要がある。そのためには、制御対象がほとんど静的なプロセスと見なせるぐらい速いプロセスである必要がある。制御対象が十分に早く応答し、近似的に静的なプロセスと見なせるならば、図8の左図の様な操作量と評価量との関係を実際の制御アルゴリズムにおいても実現することができる。
【0082】
一方で、実際の制御対象は、静的なプロセスと見なせるほど速く応答するプロセスであるとは限らない。このような場合に対応するため、応答速度は相対的なものである点に着目し、ディザー信号の周波数を調整することによって、実際の制御対象を近似的に静的と見なせるようにすることができる。すなわち、実際の制御対象の応答速度は制御対象固有の特性であるため、その応答速度が十分に速い、と判断できるように、ディザー信号の周波数を遅く設計する必要がある。そうすることで、制御対象による応答の遅れがあるものであっても、それを、位相遅れで見た場合に十分小さい様にすることができる。これにより、最初に述べた「安定性」と「制御性能」とのトレードオフの問題が生じる。つまり、位相のずれが影響しないようにディザー信号の周波数を遅く設計することで安定性を図った場合、ゆっくりとした制御になるため制御性能が低下してしまうことである。
【0083】
極値制御における「安定性」と「制御性能(収束速度)」の両立させるために、例えば、位相補償を行うことにより安定性を維持しながら、収束速度を極力高める(局所)最適値の探索が可能となる。例えば、極値制御における位相遅れを推定し、位相遅れを補償することで、極値制御の安定性を維持したままで収束速度の改善を図ることができる。これにより、収束速度が遅いことによる極値探索性能の劣化を改善できる。例えば、産業界で広く利用されているPID制御の調整時に用いられるステップ応答試験などの簡単な応答試験を実施するだけで、位相補償装置を構成することが可能になり、実務に利用できる極値制御系を構成することが可能になる。
【0084】
以上のような電気泳動法と画像処理によりフロックの荷電状態を連続的に計測し、凝集剤注入率をフィードバック制御する制御システムにおいて、移動速度の目標値を極値制御により決定し、極値制御の課題である「安定性」と「制御性能(収束速)」を位相補償機能により改善する方法は有効である。
【0085】
ここで、運転コストの内訳(成分)である凝集剤コスト汚泥処分コスト、ろ過池洗浄コストなどは、極値制御の操作量(第1操作量)である移動速度の目標値を変更してからの遅れ時間がそれぞれ異なり、つまり、位相のずれがそれぞれ異なるため、それら複数の位相のずれを同時に考慮することが望ましい。例えば、制御対象プラントの運転コストに含まれる各コスト(薬品コスト、ろ過池洗浄コスト、汚泥処分コスト、水質の制約条件)が発生する箇所は、処理プラント内の被処理水の流れにおいて、上流側であったり下流側であったりする。そのため、制御目標値SVの変更に対する応答が現れる時間も、コスト毎に異なっている。
【0086】
図10および図11は、一実施形態の凝集剤注入制御装置の制御対象プラントの運転コストに含まれる各コストと制御目標値との変化の一例を示した図である。
図10および図11では、制御目標値SVに対応する値としてフロックの移動速度から算出された平均値(平均移動速度)の目標値を示している。
極値制御で操作する制御目標値SVの変更に対して、薬品コストに対応する凝集剤注入率は比較的早く応答し、例えば30分から60分程度遅れて応答する。
【0087】
ろ過池洗浄コストはろ過池7の水位まで影響が出てから計測されることになるため、制御目標値SVの変更に対して例えば3時間から6時間遅れて応答する。なお、図10では、ろ過池洗浄コストの変化に対応する値として、沈澱池6出口濁度の変化を示している。これは、ろ過池7の水位は、沈澱池6出口濁度に影響を受けるためであり、制御目標値SVの変更が沈澱池6出口濁度まで影響が出てきてから変化するためである。
【0088】
汚泥処分コスト(汚泥発生量)は、沈澱池6から汚泥を引き抜くタイミングにもよるが、例えば、凝集剤注入率の応答時間とろ過池洗浄コストの応答時間との中間の時間だけ遅れて、制御目標値SVの変更に対して応答する。もしくは、演算により凝集剤注入率から汚泥発生量を求める場合は、制御目標値SVの変更に対して凝集剤注入率と同じ時間(例えば30分から60分程度)だけ応答が遅れる。
【0089】
図12は、一実施形態の凝集剤注入制御装置の制御対象プラントの運転コスト(評価値)と制御目標値との変化の一例を示した図である。ここでは、制御目標値SVに対応する値としてフロックの移動速度から算出された平均値(平均移動速度)の目標値を示している。
上記のように、制御対象プラントの運転コストに含まれるコストの各々は、制御目標値SVの変更に対して、応答するまでの時間が異なっている。そのため、各コストを合算して算出される評価値における位相のずれはさらに大きくなる。上記各コストの位相のずれを考慮すると、ディザー信号の周期を長く設定する必要がある。これは、制御目標値SVと評価値との位相のずれがπ/2以上ずれると、極値制御による極小値制御が極大値制御となるためである。しかしながら、ディザー信号の周期を長くすると、極値探索の制御性能(収束速度)を向上させることが難しく、水質の制約を維持しつつ、運転コストを最小化する制御目標値SVの調整を実現することが困難であった。
【0090】
一方で、運転コストの内訳において、例えば、水質の管理値の制約に収束するケースでは、薬品コストと汚泥処分コストとが評価値の主成分であって、評価値における位相のずれは小さくなる。また、運転コストの内訳において、例えば、沈澱池6出口濁度に基づくろ過池7の水位(ろ過池洗浄コスト)が主成分になるケースでは、ろ過池7までの被処理水の滞留時間が長いため、評価値における位相のずれが大きくなる。本願発明者らは、これらのように、制御対象プラントの運用により、評価値における位相のずれに複数のケースがあることを実験的に確認した。
【0091】
そこで、本実施形態の凝集剤注入制御装置1は、制御対象プラントの運転コスト(評価値)に含まれる複数の成分であるコストの内訳に応じて、位相遅れ推定値φを調整する位相遅れ推定部1000を備えている。具体的には、位相遅れ推定部1000は、評価値に含まれる複数の成分(コスト)各々の値と、複数の成分各々に対応する位相遅れ値とを用いて、位相遅れ推定値φを設定する。
【0092】
例えば、評価値である運転コストに含まれる複数の成分(薬品コスト、汚泥処分コスト、ろ過池洗浄コスト)の中の主成分が位相のずれが小さいものであれば、より小さい位相遅れ推定値φを設定する。逆に、運転コストに含まれる複数の成分の中の主成分が位相のずれが大きいものであれば、位相遅れ推定部1000は、より大きい位相遅れ推定値φを設定する。なお、複数の成分の中で主成分とされるものは一つに限定されるものではなく、複数であっても構わない。
【0093】
位相遅れ推定値φの切替はオペレータの判断により手動で行われてもよく、運転コストにおける各コストの割合に応じて、例えば予め設けた各コストと位相補償パラメータ(位相遅れ推定値φ)との関係のテーブルから自動で選択できるようにしてもよい。これにより、プラントの運転状態、コスト単価等が変更した場合であっても、自動で位相補償パラメータを調整することができる。
【0094】
位相遅れ推定部1000は、運転コストの複数のコストの内訳において、比率の大きいコストを主成分とし、比率の大きいコストの位相のずれに基づいて位相遅れ推定値φを設定してもよい。
【0095】
例えば、運転コストの内訳が、薬品コストが15%、汚泥処分コストが35%、ろ過池洗浄コスト50%であって、薬品コストの位相補償パラメータがφ1、汚泥処分コストの位相補償パラメータがφ2、ろ過池洗浄コストの位相補償パラメータがφ3であるとき、位相遅れ推定部1000は、最も比率の大きいろ過池洗浄コストを主成分として、位相遅れ推定値φをろ過池洗浄コストに位相補償パラメータであるφ3に設定してもよい。
【0096】
位相遅れ推定部1000は、運転コストの複数のコストの内訳における比率に応じて、各コストの位相補償パラメータを組み合わせた位相遅れ推定値φを算出してもよい。
【0097】
例えば、運転コストの内訳が、薬品コストが15%、汚泥処分コストが35%、ろ過池洗浄コスト50%であって、薬品コストの位相補償パラメータがφ1、汚泥処分コストの位相補償パラメータがφ2、ろ過池洗浄コストの位相補償パラメータがφ3であるとき、位相遅れ推定部1000は、位相遅れ推定値φを各コストの割合に応じて、φ=φ1*0.15+φ2*0.35+φ3*0.5により算出される値に設定してもよい。
【0098】
コストの比率による主成分に基づいて位相遅れ推定値φを設定することで、その他のコスト変動、つまり評価値の変動に影響の小さい成分の位相のずれを考慮することなく、位相遅れ推定値φを調整することができる。
【0099】
また、位相遅れ推定部1000は、運転コストの複数のコストの内訳において変動の大きいコストを主成分として着眼し、変動の大きいコストの位相のずれに基づいて位相遅れ推定値φを設定してもよい。
【0100】
例えば、位相遅れ推定部1000は、運転コストの複数のコストを算出し、算出したそれぞれの値と時間情報とを対応させて記録しておき、所定期間における各コストの変化量や、変化率や、複数のコストの変化量の比等を算出することができる。位相遅れ推定部1000は、変化量(若しくは変化率)が大きいコストを主成分としてもよく、複数のコストの変化量の比に基づいて、最も変化量が大きいコストを主成分としてもよい。
【0101】
例えば、運転コストの複数のコストの変化量の比が、薬品コストの変化量の比が10%、汚泥処分コストの変化量の比が15%、ろ過池洗浄コスト75%であって、薬品コストの位相補償パラメータがφ1、汚泥処分コストの位相補償パラメータがφ2、ろ過池洗浄コストの位相補償パラメータがφ3であるとき、位相遅れ推定部1000は、最も変化量の比の大きいろ過池洗浄コストを主成分として、位相遅れ推定値φをろ過池洗浄コストに位相補償パラメータであるφ3に設定してもよい。
【0102】
位相遅れ推定部1000は、運転コストの複数のコストの変化量の比に応じて、各コストの位相補償パラメータを組み合わせた位相遅れ推定値φを算出してもよい。
【0103】
例えば、運転コストの内訳が、薬品コストの変化量の比が10%、汚泥処分コストの変化量の比が15%、ろ過池洗浄コスト75%であって、薬品コストの位相補償パラメータがφ1、汚泥処分コストの位相補償パラメータがφ2、ろ過池洗浄コストの位相補償パラメータがφ3であるとき、位相遅れ推定部1000は、位相遅れ推定値φを各コストの変化量の比に応じて、φ=φ1*0.1+φ2*0.15+φ3*0.75により算出される値に設定してもよい。
【0104】
コストの変動による主成分に基づいて位相遅れ推定値φを設定することで、コストの割合は高いが、ほとんど変化しない固定値的なコストがあった場合、固定値の位相のずれを考慮することなく、変動が大きく評価値の変動の主成分となっているコストの位相のずれにより位相遅れ推定値φを調整することが可能となる。
【0105】
なお、位相遅れ推定値φは上記値に限定されるものではない。例えば、位相遅れ推定部1000は、運転コストの複数のコストの中で最も比率の大きいコストを第1主成分とし、最も変動の大きいコストを第2主成分とし、第1主成分の位相補償パラメータと、第2主成分の位相補償パラメータとを組み合わせて位相遅れ推定値φを算出してもよい。
例えば、位相遅れ推定部1000は、運転コストの複数のコストの中で比率の大きい順に複数のコストを選択肢し、選択された複数のコストの中から変動の大きい少なくとも1つのコストを更に選択して、選択された少なくとも1つのコストに対応する位相補償パラメータを用いて位相遅れ推定値φを算出してもよい。
【0106】
以上より、本実施形態によれば、水質を適切に維持しつつ水処理プラントの運転コストを最小化する凝集剤注入制御装置、凝集剤注入制御方法およびコンピュータプログラムを提供することができる。
【0107】
すなわち、本実施形態によれば、処理すべき原水の水質や水量、プラントにおける所定の場所での水質の管理値、および薬剤の単価などのコストにかかわる原単価などに変動があった場合でも、凝集剤の注入量をより適切に制御することができる凝集剤注入制御装置、凝集剤注入制御方法及びコンピュータプログラムを提供することができる。
【0108】
特に、本実施形態によれば、フロック荷電状態に基づいて凝集剤注入量をフィードバックするシステムにおいて、フロック荷電状態の制御目標値(SV)をリアルタイムに自動で算出することができるとともに、水質の管理値を維持しつつ運転コストが最小化する運用を実現する凝集剤注入制御装置、凝集剤注入制御方法及びコンピュータプログラムを提供することができる。
【0109】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0110】
1…凝集剤注入制御装置、3…着水井、4…急速混和池、5…フロック形成池、6…沈澱池、7…ろ過池、8…凝集剤注入装置、9…解析部、10…pH調整剤注入装置、11…制御目標値決定部、12…凝集剤注入制御部(制御部)、31…原水水質計、32…流量計、41…急速攪拌機、42…混和水水質計、51-53…攪拌池、54-36…緩速攪拌機、61…沈澱池水質計、62…排泥池、63…汚泥引き抜きポンプ、71…ろ過池水質計、72…ろ過池水位計、91…光源部、92…撮像部、93…速度測定部、100…水処理プラント、110…プロセス計測値取得部、120…プロセス評価値算出部、130…復調用ディザー信号生成部、140…評価関数勾配推定部、160…勾配推定量正規化部、170…極値探索部、180…変調用ディザー信号生成部、190…出力部、210…負極、220…正極、230…電源、300…セル、1000…位相遅れ推定部

図1
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図12