(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025007782
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】構造物評価システム、構造物評価装置及び構造物評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 29/14 20060101AFI20250109BHJP
【FI】
G01N29/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023109405
(22)【出願日】2023-07-03
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】碓井 隆
(72)【発明者】
【氏名】高峯 英文
(72)【発明者】
【氏名】上田 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】渡部 一雄
【テーマコード(参考)】
2G047
【Fターム(参考)】
2G047AA10
2G047BA05
2G047BC09
2G047CA01
2G047EA10
2G047GG46
(57)【要約】
【課題】構造物の劣化状態の評価精度の低下を抑制することができる構造物評価システム、構造物評価装置及び構造物評価方法を提供することである。
【解決手段】実施形態の構造物評価システムは、複数のセンサと、位置標定部と、分布生成部と、評価部とを持つ。複数のセンサは、構造物の内部で発生した弾性波を検出する。位置標定部は、前記複数のセンサそれぞれによって検出された複数の弾性波に基づいて、1以上の弾性波の発生源の位置を標定する。分布生成部は、前記位置標定部による前記1以上の弾性波の発生源の位置標定結果に基づいて、前記1以上の弾性波の発生源の密度分布を表す弾性波源密度分布を生成する。評価部は、乱数を含むシミュレーションに基づいて生成された1以上の参照分布と、前記分布生成部により生成された前記弾性波源密度分布とに基づいて、前記構造物の損傷を評価する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の内部で発生した弾性波を検出する複数のセンサと、
前記複数のセンサそれぞれによって検出された複数の弾性波に基づいて、1以上の弾性波の発生源の位置を標定する位置標定部と、
前記位置標定部による前記1以上の弾性波の発生源の位置標定結果に基づいて、前記1以上の弾性波の発生源の密度分布を表す弾性波源密度分布を生成する分布生成部と、
乱数を含むシミュレーションに基づいて生成された1以上の参照分布と、前記分布生成部により生成された前記弾性波源密度分布とに基づいて、前記構造物の損傷を評価する評価部と、
を備える構造物評価システム。
【請求項2】
前記1以上の参照分布を生成する参照分布生成部、をさらに備え、
前記シミュレーションは、仮想的に設定した1以上の弾性波の発生源に基づいて、前記1以上の弾性波の発生源の密度分布を表す弾性波源密度分布を前記1以上の参照分布として生成するシミュレーションであり、
前記参照分布生成部は、前記シミュレーションを行う際の条件として、1以上の弾性波の発生源の情報と、複数のセンサの設置位置の情報との入力を受け付け、受け付けた各弾性波の発生源から各センサに到達する理論時刻に対して乱数に基づく時間方向の揺らぎを加味、又は、各弾性波の発生源から各センサに到達する理論振幅に対して振幅方向に乱数に応じた雑音を加味して前記シミュレーションを実行することによって、前記1以上の参照分布を生成する、
請求項1に記載の構造物評価システム。
【請求項3】
前記乱数に基づく時間方向の揺らぎは、所定の時間範囲内で一様に分布する時間方向のランダムな揺らぎであり、
前記参照分布生成部は、前記所定の時間範囲毎に異なる前記乱数に基づく時間方向の揺らぎを加味して前記1以上の参照分布を生成する、
請求項2に記載の構造物評価システム。
【請求項4】
前記1以上の参照分布に基づいて前記弾性波源密度分布を補正する補正部、をさらに備え、
前記補正部は、前記1以上の参照分布と、前記弾性波源密度分布とを比較し、前記1以上の参照分布において密度が高い領域ほど前記弾性波源密度分布において領域の密度が低くなるように補正を行い、前記1以上の参照分布において密度が低い領域ほど前記弾性波源密度分布において領域の密度を高くなるように補正を行い、
前記評価部は、前記補正部により補正された前記弾性波源密度分布を用いて前記構造物の損傷を評価する、
請求項1から3のいずれか一項に記載の構造物評価システム。
【請求項5】
前記1以上の参照分布は、異なる条件で生成された複数の参照分布であり、
前記弾性波源密度分布の標定精度に関する特徴量に基づいて、前記複数の参照分布の中から少なくとも一つの参照分布を選択する分布選択部、をさらに備え、
前記補正部は、前記分布選択部によって選択された少なくとも一つの参照分布を用いて前記弾性波源密度分布を補正する、
請求項4に記載の構造物評価システム。
【請求項6】
前記標定精度に関する特徴量は、前記弾性波源密度分布の所定の領域内における位置標定結果の不確かさの指標の平均値、前記位置標定結果の不確かさの指標の中央値、又は、前記弾性波源密度分布の所定の領域内における標定率のいずれかである、
請求項5に記載の構造物評価システム。
【請求項7】
前記分布選択部は、前記弾性波源密度分布を複数の領域に分割することによって複数の分割領域を生成し、生成した各分割領域の標定精度に関する特徴量に基づいて、分割領域毎に異なる参照分布を選択する、
請求項5に記載の構造物評価システム。
【請求項8】
前記1以上の参照分布は、異なる条件で生成された複数の参照分布であり、
前記複数の参照分布と前記弾性波源密度分布との類似度に基づいて、前記複数の参照分布の中から少なくとも一つの参照分布を選択する分布選択部、をさらに備え、
前記補正部は、前記分布選択部によって選択された少なくとも一つの参照分布を用いて前記弾性波源密度分布を補正する、
請求項4に記載の構造物評価システム。
【請求項9】
前記分布選択部は、前記複数の参照分布と前記弾性波源密度分布とのテンプレートマッチングを行うことによって前記複数の参照分布と前記弾性波源密度分布との類似度を算出し、前記複数の参照分布の中から類似度が最も高い参照分布を選択する、
請求項8に記載の構造物評価システム。
【請求項10】
前記分布選択部は、前記弾性波源密度分布を複数の領域に分割することによって複数の分割領域を生成し、生成した各分割領域と前記複数の参照分布との類似度に基づいて、分割領域毎に異なる参照分布を選択する、
請求項8に記載の構造物評価システム。
【請求項11】
構造物の内部で発生した弾性波を検出する複数のセンサそれぞれによって検出された複数の弾性波に基づいて、1以上の弾性波の発生源の位置を標定する位置標定部と、
前記位置標定部による前記1以上の弾性波の発生源の位置標定結果に基づいて、前記1以上の弾性波の発生源の密度分布を表す弾性波源密度分布を生成する分布生成部と、
乱数を含むシミュレーションに基づいて生成された1以上の参照分布と、前記分布生成部により生成された前記弾性波源密度分布とに基づいて、前記構造物の損傷を評価する評価部と、
を備える構造物評価装置。
【請求項12】
構造物の内部で発生した弾性波を検出する複数のセンサそれぞれによって検出された複数の弾性波に基づいて、1以上の弾性波の発生源の位置を標定し、
前記1以上の弾性波の発生源の位置標定結果に基づいて、前記1以上の弾性波の発生源の密度分布を表す弾性波源密度分布を生成し、
乱数を含むシミュレーションに基づいて生成された1以上の参照分布と、前記弾性波源密度分布とに基づいて、前記構造物の損傷を評価する構造物評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、構造物評価システム、構造物評価装置及び構造物評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁のような構造物の表面にセンサを設置することで、構造物内部で発生する弾性波を検出することができる。さらに、複数のセンサを構造物の表面に設置することで、各センサで検出した弾性波の到達時刻の差に基づいて、弾性波の発生源(以下「弾性波源」という)の位置を標定することができる。外部から構造物の表面に衝撃を与えた場合にも構造物内部で弾性波が発生する。このような場合にも各センサで検出した弾性波の到達時刻の差に基づいて弾性波源の位置を標定することができる。
【0003】
構造物内部における弾性波の伝搬経路に損傷がある場合、弾性波の伝搬が妨げられる。構造物内部の損傷により弾性波の伝搬が妨げられると、一部のセンサで弾性波を検出することができない。その結果、弾性波源の標定結果の精度が低下してしまう。降雨時の雨滴による路面への衝突のように空間的に一様に付与される衝撃を構造物の表面に与えて対面に設置された各センサによって弾性波を検出した場合、内部に損傷を有する領域では弾性波源の密度が低下して観測される。このような特性を利用して、構造物の劣化状態(構造物内部の損傷有無)を評価することができる。特に、路面を走行する車両によって発生する弾性波を用いて、構造物内部の損傷を検知することできる。
【0004】
従来では、上記の手法によって得られた評価結果の精度を向上させるための種々の補正方法が開示されている。例えば、交通量の異なる計測結果を比較するために計測対象の場所を走行する車両に関する情報を推定することで、通過した車両の台数と、比較対象となる構造物で得られた通過した車両の台数との比に基づく補正値を用いて弾性波源の密度を補正する手法が開示されている。
【0005】
弾性波源の位置を特定する位置標定処理には、複数のヒットが同一の事象(例えば、同一の衝撃)から生じたことを判定するイベント抽出と呼ばれるアルゴリズムが用いられている。具体的には、イベント抽出のアルゴリズムは、所定の時間窓内に2つ以上のセンサで略同時に検出されたヒットを同一の事象から生じたものとみなす処理のことである。しかしながら、イベント抽出のアルゴリズムは、一定の条件下で発生するランダムなノイズによって、本来存在しないはずの疑似的な密度分布パターンを生成させることがある。そのため、このような疑似的な密度分布パターンにより、構造物の劣化状態の評価の精度が低下してしまう場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2017/217034号
【特許文献2】国際公開第2022/014004号
【特許文献3】特開2022-70711号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、構造物の劣化状態の評価精度の低下を抑制することができる構造物評価システム、構造物評価装置及び構造物評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
実施形態の構造物評価システムは、複数のセンサと、位置標定部と、分布生成部と、評価部とを持つ。複数のセンサは、構造物の内部で発生した弾性波を検出する。位置標定部は、前記複数のセンサそれぞれによって検出された複数の弾性波に基づいて、1以上の弾性波の発生源の位置を標定する。分布生成部は、前記位置標定部による前記1以上の弾性波の発生源の位置標定結果に基づいて、前記1以上の弾性波の発生源の密度分布を表す弾性波源密度分布を生成する。評価部は、乱数を含むシミュレーションに基づいて生成された1以上の参照分布と、前記分布生成部により生成された前記弾性波源密度分布とに基づいて、前記構造物の損傷を評価する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】第1の実施形態における構造物評価システムの構成を示す図。
【
図2】第1の実施形態における信号処理部の構成例を示す図。
【
図3】第1の実施形態における弾性波の計測方法を説明するための図。
【
図4】第1の実施形態における参照分布生成部が行う参照分布生成処理の流れを示すフローチャート。
【
図5A】時間窓幅k=1[μs]とした場合に得られた参照分布の一例を示す図。
【
図5B】時間窓幅k=10[μs]とした場合に得られた参照分布の一例を示す図。
【
図5C】時間窓幅k=100[μs]とした場合に得られた参照分布の一例を示す図。
【
図5D】時間窓幅k=200[μs]とした場合に得られた参照分布の一例を示す図。
【
図5E】時間窓幅k=500[μs]とした場合に得られた参照分布の一例を示す図。
【
図5F】時間窓幅k=1000[μs]とした場合に得られた参照分布の一例を示す図。
【
図6】時間窓幅kと、弾性波源密度分布の標定精度に関する特徴量との関係を示す図。
【
図7A】第1の実施形態における位置標定結果の不確かさの指標の算出方法を説明するための図。
【
図7B】第1の実施形態における位置標定結果の不確かさの指標の算出方法を説明するための図。
【
図7C】第1の実施形態における位置標定結果の不確かさの指標の算出方法を説明するための図。
【
図8】第1の実施形態における構造物評価システムによる劣化状態の評価処理の流れを示すシーケンス図。
【
図9】第1の実施形態の変形例における分布選択部が行う処理の概要を説明するための図。
【
図10】第2の実施形態における構造物評価システムの構成を示す図。
【
図11】第2の実施形態における構造物評価システムによる劣化状態の評価処理の流れを示すシーケンス図。
【
図12A】各実施形態のシミュレーションにおける各センサの弾性波の検出例を示す図。
【
図12B】各実施形態の変形例におけるシミュレーションにおける各センサの弾性波の検出例を示す図
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、実施形態の構造物評価システム、構造物評価装置及び構造物評価方法を、図面を参照して説明する。
【0011】
(第1の実施形態)
図1は、第1の実施形態における構造物評価システム100の構成を示す図である。構造物評価システム100は、構造物50の健全性の評価に用いられる。以下の説明において、評価とは、ある基準に基づいて構造物50の健全性の度合い、すなわち構造物50の劣化状態を決定することを意味する。
【0012】
以下の説明では、構造物50が橋梁である場合を例に説明するが、構造物50は橋梁に限定される必要はない。構造物50は、亀裂の発生または進展、あるいは外的衝撃(例えば雨、人工雨など)に伴い弾性波11が発生する構造物であればどのようなものであってもよい。なお、橋梁は、河川や渓谷等の上に架設される構造物に限らず、地面よりも上方に設けられる種々の構造物(例えば高速道路の高架橋)なども含む。
【0013】
構造物50の劣化状態の評価に影響を及ぼす損傷としては、例えば亀裂、空洞、土砂化等の弾性波11の伝搬を妨害する構造物内部の損傷がある。ここで、亀裂には、縦方向の亀裂、横方向の亀裂及び斜め方向の亀裂等が含まれる。縦方向の亀裂とは、路面に対して垂直な方向に生じている亀裂である。横方向の亀裂とは、路面に対して水平な方向に生じている亀裂である。斜め方向の亀裂とは、路面に対して水平及び垂直以外の方向に生じている亀裂である。土砂化とは、主にアスファルトとコンクリート床版の境界部でコンクリートが土砂状に変化する劣化である。
【0014】
構造物評価システム100は、複数のセンサ20-1~20-n(nは2以上の整数)と、信号処理部30と、構造物評価装置40を備える。複数のセンサ20-1~20-nそれぞれと信号処理部30とは、有線により通信可能に接続される。信号処理部30と構造物評価装置40は、有線又は無線により通信可能に接続される。なお、以下の説明では、センサ20-1~20-nを区別しない場合にはセンサ20と記載する。
【0015】
図1に示すように、構造物50上を車両10が通過した際、車両10の走行部と路面との接触により、路面に対して荷重がかかる。荷重によるたわみにより、多数の弾性波11が構造物50の内部に発生する。構造物50の下面に設置された各センサ20は、構造物50の内部で発生した弾性波11を検出することができる。
【0016】
センサ20は、圧電素子を有し、構造物50の内部から発生する弾性波11を検出する。センサ20は、構造物50の面上における弾性波11を検出することが可能な位置に設置される。例えば、センサ20-1~20-nは、路面、側面及び底面のいずれかの面上に、車両走行軸方向と、車両走行軸直交方向にそれぞれ同一もしくは異なる間隔で離間して設置される。車両走行軸方向とは、車両が路面を走行する方向を表す。車両走行軸直交方向とは、車両走行軸方向に垂直な方向を表す。センサ20は、検出した弾性波11を電気信号に変換する。以下の説明では、センサ20が、構造物50の底面に設置されている場合を例に説明する。
【0017】
センサ20には、例えば10kHz~1MHzの範囲に感度を有する圧電素子が用いられる。センサ20は、周波数範囲内に共振ピークをもつ共振型、共振を抑えた広帯域型等の種類があるが、センサ20の種類はいずれでもよい。センサ20が弾性波11を検出する方法は、電圧出力型、抵抗変化型及び静電容量型等があるが、いずれの検出方法でもよい。
【0018】
センサ20に代えて加速度センサが用いられてもよい。この場合、加速度センサは、構造物50内部で発生する弾性波11を検出する。そして、加速度センサは、センサ20と同様の処理を行うことによって、検出した弾性波11を電気信号に変換する。
【0019】
センサ20と信号処理部30との間には、例えば不図示の増幅器、フィルタ及びアナログデジタル変換器が設けられる。増幅器は、センサ20から出力された電気信号を増幅する。増幅器は、例えばアナログデジタル変換器において処理ができる程度に電気信号を増幅する。増幅器は、増幅後の電気信号をフィルタに出力する。フィルタは、所定の帯域外のノイズ成分を除去する。フィルタは、例えばバンドパスフィルタ(BPF:Band Pass Filter)である。フィルタによりノイズが除去された電気信号は、アナログデジタル変換器に入力される。アナログデジタル変換器は、ノイズが除去された電気信号を量子化してデジタル信号に変換する。アナログデジタル変換器は、デジタル信号を信号処理部30に出力する。
【0020】
信号処理部30は、アナログデジタル変換器から出力されたデジタル信号を入力とする。信号処理部30は、入力したデジタル信号に対して信号処理を行う。信号処理部30が行う信号処理は、例えば、ノイズ除去、弾性波の特徴量の抽出等である。信号処理部30は、信号処理後のデジタル信号を含む送信データを生成する。信号処理部30は、生成した送信データを構造物評価装置40に出力する。
【0021】
信号処理部30は、アナログ回路又はデジタル回路を用いて構成される。なお、信号処理部30がアナログ回路で構成される場合、センサ20と信号処理部30との間にはアナログデジタル変換器が設けられなくてよい。すなわり、信号処理部30がアナログ回路で構成される場合、フィルタによりノイズが除去された電気信号が信号処理部30に入力される。デジタル回路は、例えばFPGA(Field Programmable Gate Array)やマイクロコンピュータにより実現される。デジタル回路は、専用のLSI(Large-Scale Integration)により実現されてもいい。また信号処理部30は、フラッシュメモリ等の不揮発メモリや、取り外し可能なメモリを搭載してもよい。以下の説明では、信号処理部30がデジタル回路を用いて構成される場合について説明する。
【0022】
図2は、第1の実施形態における信号処理部30の構成例を示す図である。信号処理部30は、波形整形フィルタ301と、ゲート生成回路302と、到達時刻決定部303と、特徴量抽出部304と、送信データ生成部305と、メモリ306と、出力部307を備える。
【0023】
波形整形フィルタ301は、入力されたデジタル信号から所定の帯域外のノイズ成分を除去する。波形整形フィルタ301は、例えばデジタルバンドパスフィルタ(BPF)である。波形整形フィルタ301は、ノイズ成分除去後のデジタル信号(以下「ノイズ除去信号」という。)をゲート生成回路302及び特徴量抽出部304に出力する。
【0024】
ゲート生成回路302は、波形整形フィルタ301から出力されたノイズ除去信号を入力とする。ゲート生成回路302は、入力したノイズ除去信号に基づいてゲート信号を生成する。ゲート信号は、ノイズ除去信号の波形が持続しているか否かを示す信号である。
【0025】
ゲート生成回路302は、例えばエンベロープ検出器及びコンパレータにより実現される。エンベロープ検出器は、ノイズ除去信号のエンベロープを検出する。エンベロープは、例えばノイズ除去信号を二乗し、二乗した出力値に対して所定の処理(例えばローパスフィルタを用いた処理やヒルベルト変換)を行うことで抽出される。コンパレータは、ノイズ除去信号のエンベロープが所定の閾値以上であるか否かを判定する。
【0026】
ゲート生成回路302は、ノイズ除去信号のエンベロープが所定の閾値以上となった場合、ノイズ除去信号の波形が持続していることを示す第1のゲート信号を到達時刻決定部303及び特徴量抽出部304に出力する。一方、ゲート生成回路302は、ノイズ除去信号のエンベロープが所定の閾値未満になった場合、ノイズ除去信号の波形が持続していないことを示す第2のゲート信号を到達時刻決定部303及び特徴量抽出部304に出力する。なお、ゲート生成回路302において、ノイズ除去信号の波形が持続しているか否かをエンベロープに基づいて判定する構成を示したが、ゲート生成回路302は、ノイズ除去信号そのものや、絶対値を適用した信号に対して処理を行ってもよい。このゲート生成に用いる閾値を計測閾値と記載する。
【0027】
到達時刻決定部303は、不図示の水晶発振器などのクロック源から出力されるクロックと、ゲート生成回路302から出力されたゲート信号とを入力とする。到達時刻決定部303は、第1のゲート信号が入力されている間に入力されたクロックを用いて、弾性波到達時刻を決定する。到達時刻決定部303は、決定した弾性波到達時刻を時刻情報として送信データ生成部305に出力する。到達時刻決定部303は、第2のゲート信号が入力されている間には処理を行わない。到達時刻決定部303は、クロック源からの信号をもとに、電源投入時からの累積の時刻情報を生成する。具体的には、到達時刻決定部303は、クロックのエッジをカウントするカウンタとし、カウンタのレジスタの値を時刻情報とすればよい。カウンタのレジスタは所定のビット長を有するように決定される。
【0028】
特徴量抽出部304は、波形整形フィルタ301から出力されたノイズ除去信号と、ゲート生成回路302から出力されたゲート信号とを入力とする。特徴量抽出部304は、第1のゲート信号が入力されている間に入力されたノイズ除去信号を用いて、ノイズ除去信号の特徴量を抽出する。特徴量抽出部304は、第2のゲート信号が入力されている間に処理を行わない。特徴量は、ノイズ除去信号の特徴を示す情報である。すなわち、ノイズ除去信号の特徴量は、センサ20によって検出された弾性波の特徴量である。
【0029】
特徴量は、例えば波形の振幅[mV]、波形の立ち上がり時間[usec]、ゲート信号の持続時間[usec]、ゼロクロスカウント数[times]、波形のエネルギー[arb.]、周波数[Hz]及びRMS(Root Mean Square:二乗平均平方根)値等である。特徴量抽出部304は、抽出した特徴量に関するパラメータを送信データ生成部305に出力する。特徴量抽出部304は、特徴量に関するパラメータを出力する際に、特徴量に関するパラメータにセンサIDを対応付ける。センサIDは、構造物50の健全性の評価対象となる領域(以下「評価領域」という。)に設置されているセンサ20を識別するための識別情報を表す。
【0030】
波形の振幅は、例えばノイズ除去信号の中で最大振幅の値である。波形の立ち上がり時間は、例えばゲート信号の立ち上がり開始からノイズ除去信号が最大値に達するまでの時間T1である。ゲート信号の持続時間は、例えばゲート信号の立ち上がり開始から振幅が予め設定される値よりも小さくなるまでの時間である。ゼロクロスカウント数は、例えばゼロ値を通る基準線をノイズ除去信号が横切る回数である。
【0031】
波形のエネルギーは、例えば各時点においてノイズ除去信号の振幅を二乗したものを時間積分した値である。なお、エネルギーの定義は、上記例に限定されず、例えば波形の包絡線を用いて近似されたものでもよい。周波数は、ノイズ除去信号の周波数である。RMS値は、例えば各時点においてノイズ除去信号の振幅を二乗して平方根により求めた値である。
【0032】
送信データ生成部305は、センサIDと、時刻情報と、特徴量に関するパラメータとを入力とする。送信データ生成部305は、入力したセンサIDと、時刻情報と、特徴量に関するパラメータとを含む送信データを生成する。
【0033】
メモリ306は、送信データ生成部305によって生成された1以上の送信データを記憶する。メモリ306は、例えばデュアルポートRAM(Random Access Memory)である。
【0034】
出力部307は、メモリ306に記憶されている1以上の送信データを構造物評価装置40に逐次出力する。例えば、信号処理部30と構造物評価装置40と有線で接続されている場合、出力部307は有線ケーブルを介して、メモリ306に記憶されている1以上の送信データを構造物評価装置40に出力する。信号処理部30と構造物評価装置40と無線で接続されている場合、出力部307は無線により、メモリ306に記憶されている1以上の送信データを構造物評価装置40に出力する。
【0035】
図1に戻って説明を続ける。構造物評価装置40は、通信部41と、制御部42と、記憶部43と、表示部44を備える。
【0036】
通信部41は、信号処理部30から出力された1以上の送信データを受信する。
【0037】
制御部42は、構造物評価装置40全体を制御する。制御部42は、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサやメモリを用いて構成される。制御部42は、プログラムを実行することによって、取得部421、イベント抽出部422、位置標定部423、分布生成部424、参照分布生成部425、分布選択部426、補正部427及び評価部428として機能する。
【0038】
取得部421、イベント抽出部422、位置標定部423、分布生成部424、参照分布生成部425、分布選択部426、補正部427及び評価部428の機能部のうち一部または全部は、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やPLD(Programmable Logic Device)、FPGAなどのハードウェアによって実現されてもよいし、ソフトウェアとハードウェアとの協働によって実現されてもよい。プログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されてもよい。コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、例えばフレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM(Read Only Memory)、CD-ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置などの非一時的な記憶媒体である。プログラムは、電気通信回線を介して送信されてもよい。
【0039】
取得部421、イベント抽出部422、位置標定部423、分布生成部424、参照分布生成部425、分布選択部426、補正部427及び評価部428の機能の一部は、予め構造物評価装置40に搭載されている必要はなく、追加のアプリケーションプログラムが構造物評価装置40にインストールされることで実現されてもよい。
【0040】
取得部421は、各種情報を取得する。例えば、取得部421は、通信部41によって受信された送信データを取得する。なお、取得部421は、送信データを評価対象期間分取得する。取得部421は、取得した送信データを記憶部43に保存する。
【0041】
イベント抽出部422は、記憶部43に記憶されている評価対象期間分の送信データの中から1イベントにおける送信データを抽出する。イベントとは、構造物50で起こった弾性波発生事象を表す。本実施形態における弾性波発生事象は、例えば車両10による路面の通過である。なお、弾性波発生事象は、車両10による路面の通過に限らず、構造物50に対する衝撃の付与であってもよい。構造物50に対する衝撃は、無数の微小物体の衝突によるものであってもよいし、薬剤の散布や散水、装置等を用いた多数の打撃といった人工的な行為によるものであってもよい。無数の微小物体は、雨滴、ひょう、あられなどの気象現象により発生する物体である。構造物50に対する衝撃は、評価対象領域に対して一様に付与されることが望ましい。
【0042】
1回のイベントが発生した場合、複数のセンサ20で略同時刻に弾性波11が検出されることになる。すなわち、記憶部43には、略同時刻に検出された弾性波11に関する送信データが記憶されていることになる。そこで、イベント抽出部422は、所定の時間窓を設け、到達時刻が時間窓の範囲内に存在する全ての送信データを1イベントにおける送信データとして抽出する。イベント抽出部422は、抽出した1イベントにおける送信データを位置標定部423に出力する。
【0043】
時間窓の範囲Twは、対象とする構造物50における弾性波伝搬速度vと、最大のセンサ間隔dmaxを用いて、Tw≧dmax/vの範囲になるように決定してもよい。誤検出を避けるためには、Twをできるだけ小さい値に設定することが望ましいため、実質的にはTw=dmax/vとすることができる。弾性波伝搬速度vは、予め求められていてもよい。
【0044】
位置標定部423は、センサ位置情報と、イベント抽出部422によって抽出された複数の送信データそれぞれに含まれるセンサID及び時刻情報とに基づいて弾性波源の位置を標定する。
【0045】
センサ位置情報には、センサIDに対応付けてセンサ20の設置位置に関する情報が含まれる。センサ位置情報は、例えば緯度および経度、あるいは構造物50の基準となる位置からの水平方向および垂直方向の距離などのセンサ20の設置位置に関する情報を含む。位置標定部423は、センサ位置情報を予め保持している。センサ位置情報は、位置標定部423が弾性波源の位置標定を行う前であればどのタイミングで位置標定部423に記憶されてもよい。
【0046】
センサ位置情報は、記憶部43に記憶されていてもよい。この場合、位置標定部423は、位置標定を行うタイミングで記憶部43からセンサ位置情報を取得する。弾性波源の位置の標定には、カルマンフィルタ、最小二乗法などが用いられてもよい。位置標定部423は、評価対象期間中に得られた弾性波源の位置情報を分布生成部424に出力する。
【0047】
分布生成部424は、位置標定部423から出力された複数の弾性波源の位置情報を入力とする。分布生成部424は、入力した複数の弾性波源の位置情報を用いて、弾性波源分布を生成する。弾性波源分布は、弾性波源の位置が示された分布を表す。より具体的には、弾性波源分布は、横軸を通行方向の距離とし、縦軸を幅方向の距離として、評価対象となる構造物50を表した仮想的なデータ上において弾性波源の位置を示す点が示された分布である。
【0048】
分布生成部424は、弾性波源分布を用いて弾性波源密度分布を生成する。弾性波源密度分布は、弾性波源分布において予め定められた領域毎に、各領域に含まれる弾性波源の数に応じて求められる密度の値が示された分布を表す。具体的には、まず分布生成部424は、弾性波源分布を所定の区画に区切ることによって複数の領域に分割する。次に、分布生成部424は、以下の式(1)に基づいて各領域の密度Dを算出する。そして、分布生成部424は、領域毎に、算出した各領域の密度Dの値を割り当てることによって弾性波源密度分布を生成する。このように、分布生成部424は、評価対象領域分の密度Dを算出することによって、弾性波源密度分布を生成する。なお、式(1)において、Nevは領域内で標定された弾性波源の数を表し、Sは領域の面積を表す。
【0049】
【0050】
参照分布生成部425は、弾性波源密度分布との比較に用いられる1以上の参照分布を生成する。具体的には、参照分布生成部425は、乱数を含むシミュレーションに基づいて1以上の参照分布を生成する。乱数は、弾性波の到達時刻にランダムな遅延要素を加味するために用いられる値であり、例えば0~1の値をとる。参照分布生成部425が用いるシミュレーションは、仮想的に設定した1以上の弾性波源に基づいて、1以上の弾性波源に基づく弾性波源密度分布を生成するためのシミュレーションである。このシミュレーションにより生成された弾性波源密度分布が参照分布である。
【0051】
参照分布生成部425は、シミュレーションを行うにあたり、対象となる構造物50の弾性波の伝搬速度を示す速度条件、複数のセンサの設置位置を示すセンサ条件、1以上の弾性波源の数を示す弾性波源条件を外部から受け付ける。参照分布生成部425は、受け付けた各条件に基づいて、シミュレーションを実行することによって、1以上の弾性波源の位置から各センサへの到達時刻を算出する。この際、参照分布生成部425は、各弾性波源の位置から各センサの位置に弾性波が到達する理論時刻に対して、乱数に基づく時間方向の揺らぎを加味することで到達時刻を算出する。乱数に基づく時間方向の揺らぎは、所定の時間範囲内で一様に分布する時間方向のランダムな揺らぎである。その後、参照分布生成部425は、算出した各センサへの到達時刻の差に基づいて位置標定を行い、位置標定結果に基づいて弾性波源密度分布を生成する。なお、位置標定の手法は位置標定部423が用いる手法と同様であり、弾性波源密度分布を生成する手法は分布生成部424が用いる手法と同様である。
【0052】
参照分布生成部425は、上記の手法により複数の参照分布を生成する。例えば、参照分布生成部425は、異なる乱数の値を用いることによって、乱数に基づく時間方向の揺らぎを加味した複数の参照分布を生成する。参照分布生成部425は、生成した複数の参照分布を、弾性波源密度分布の標定精度に関する特徴量に対応付けて記憶部43に保存する。弾性波源密度分布の標定精度に関する特徴量は、弾性波源密度分布の標定精度の高さを表す指標であり、例えば弾性波源密度分布の所定の領域毎に得られる位置標定結果の不確かさの指標の平均値、弾性波源密度分布の所定の領域毎に得られる位置標定結果の不確かさの指標の中央値、又は、標定率である。
【0053】
位置標定結果の不確かさの指標は、位置標定の精度の高さを表す指標であり、値が0に近いほど位置標定の精度が高いことを意味する。位置標定結果の不確かさの指標の算出方法については後述する。標定率は、弾性波源に対する位置標定数の割合を表し、例えば位置標定に寄与したヒット数を全ヒット数で除算、または、位置標定数を弾性波源の数で除算して得られる。
【0054】
分布選択部426は、分布生成部424によって生成された弾性波源密度分布を用いて、弾性波源密度分布の標定精度に関する特徴量を算出する。分布選択部426は、算出した弾性波源密度分布の標定精度に関する特徴量に基づいて、記憶部43に記憶されている複数の参照分布の中から少なくとも一つの参照分布を選択する。
【0055】
補正部427は、分布生成部424によって生成された弾性波源密度分布と、分布選択部426によって選択された少なくとも一つの参照分布とに基づいて、弾性波源密度分布を補正する。ここでは、一つの参照分布が選択されたものとして説明する。具体的には、補正部427は、選択された一つの参照分布と、弾性波源密度分布とを比較し、一つの参照分布において密度が高い領域ほど弾性波源密度分布において領域の密度が低くなるように補正を行い、一つの参照分布において密度が低い領域ほど弾性波源密度分布において領域の密度を高くなるように補正を行う。このように、補正部427は、参照分布と弾性波源密度分布とで同じ位置における所定の大きさの領域毎に比較を行い、所定の大きさの領域毎に補正を行う。なお、補正部427は、弾性波源密度分布を複数の領域に分割し、分割した領域毎に減算、除算等の演算を行うことで補正することもできる。
【0056】
評価部428は、補正部427により補正された弾性波源密度分布を用いて構造物50の劣化状態を評価する。例えば、評価部428は、補正後の弾性波源密度分布において弾性波源の密度が閾値以上の領域を健全な領域と評価し、弾性波源の密度が閾値未満の領域を損傷領域と評価する。
【0057】
記憶部43には、取得部421によって取得された評価対象期間分の送信データ及び参照分布テーブルが記憶される。参照分布テーブルは、参照分布と、参照分布の標定精度に関する特徴量とが対応付けられたレコードが複数登録されたテーブルである。記憶部43は、磁気ハードディスク装置や半導体記憶装置などの記憶装置を用いて構成される。
【0058】
表示部44は、評価部428の制御に従って評価結果を表示する。例えば、表示部44は、評価結果として、補正後の弾性波源密度分布を表示してもよいし、損傷領域とみられる領域を他の領域と表示態様を変えて表示してもよい。さらに、表示部44は、評価部428の制御に従って、弾性波源と、各センサ20までの弾性波の伝搬経路を示す波線群を例えば投影法により表示する。表示部44は、液晶ディスプレイ、有機EL(Electro Luminescence)ディスプレイ等の画像表示装置である。表示部44は、画像表示装置を構造物評価装置40に接続するためのインタフェースであってもよい。この場合、表示部44は、評価結果を表示するための映像信号を生成し、自身に接続されている画像表示装置に映像信号を出力する。
【0059】
(弾性波の計測方法)
図3は、第1の実施形態における弾性波の計測方法を説明するための図である。
図4では、弾性波の計測方法の一例として、路面を走行する車両10の走行部W(例えば、タイヤ)が発生させる弾性波に基づいて、構造物50の内部損傷を評価することを考える。ここでは、構造物50が、車両10が走行する道路である場合を例に説明する。なお、車両10については特に限定はなく、一般の走行車でもよい。一般の車両10が発生する弾性波を利用することで、検査のために車両規制の必要がなく、利用者の利便性向上に寄与することになる。車両10の走行部Wと路面とが接触することで、路面に対して荷重がかかる。これにより、構造物50内に弾性波が発生する。発生した弾性波は、構造物50の内部を伝搬して、路面とは異なる面(例えば、底面)に設置された各センサ20で検出される。
【0060】
構造物50は、通常、走行可能な舗装部51と、舗装部51を支持する床版部52で構成される。舗装部51は例えばアスファルトであり、床版部52は例えばコンクリートである。一般的な舗装部51の厚みは80mm程度、床版部52の厚みは180mm~230mm程度である。路面を速度Vで走行する車両10の走行部Wと、舗装部51の面の相互作用により生じた弾性波(振幅Asrc)は床版部52下面へ向かって伝搬する。途中、弾性波は、舗装部51と床版部52の界面53でそれぞれの音響インピーダンスの違いにより一部が反射、一部が透過する。さらに床版部52下面へ伝搬した弾性波はセンサ20に到達し、センサ20により検出される。床版部52下面には、複数のセンサ20が設置され、弾性波はそれぞれ異なる時間差を持って各センサ20に検出される。各センサによって検出された際の時間差に基づいて、弾性波源SRの位置が標定される。
【0061】
(参照分布の生成方法)
次に
図4に示すフローチャートを用いて、参照分布生成部425による参照分布の生成方法について説明する。
図4は、第1の実施形態における参照分布生成部425が行う参照分布生成処理の流れを示すフローチャートである。
図4では、一様な弾性波源が存在したと仮定し、ヒットデータの到達時刻決定に不確かさが混入した場合の理論上の弾性波源密度分布をシミュレーションすることで参照分布を生成する例について説明する。
【0062】
参照分布生成部425は、外部から速度条件の入力を受け付ける(ステップS11)。入力される速度条件は、評価対象となる構造物50の弾性波の伝搬速度と同じであることが望ましい。例えば、評価対象となる構造物50がコンクリートである場合、弾性波の伝搬速度が約3000m/sであるため、参照分布生成部425は弾性波の伝搬速度3000m/sの値の入力を受け付ける。
【0063】
次に、参照分布生成部425は、外部からセンサ条件の入力を受け付ける(ステップS12)。入力されるセンサ条件は、評価対象となる構造物50に設置されている各センサ20の設置位置と同じであることが望ましい。なお、参照分布生成部425は、位置標定部423が保持しているセンサ位置情報で示されるセンサ20の設置位置に関する情報をセンサ条件として取得してもよい。ここでは、センサの個数をN(Nは1以上の整数)個とし、センサ座標をSi(i=0,…,(N-1))とする。
【0064】
次に、参照分布生成部425は、外部から弾性波源条件の入力を受け付ける(ステップS13)。弾性波源条件として入力される弾性波源の数をMとし、Mは例えば10000とする。まず、参照分布生成部425は、j(jは1以上の整数)番目の弾性波源を二次元空間内にランダムに1点配置する。参照分布生成部425は、配置弾性波源の位置からn番目のセンサまでの距離を算出する(ステップS14)。ここで、i番目のセンサの位置と、j番目の弾性波源の位置との距離をdijとする。
【0065】
j番目の弾性波源における弾性波の発生時刻及び振幅を発生時刻tj,振幅ajとした場合、参照分布生成部425は、n番目のセンサで検出されるヒットデータにおける到達時刻TOAij、振幅Aijを以下の式(2)及び(3)に基づいて算出する(ステップS15及びステップS16)。ここで、式(2)におけるαは距離による信号減衰の影響を表す距離減衰係数(単位[dB/m])である。式(3)に示すように、参照分布生成部425は、ノイズによる到達時刻の不確定性を再現するために、時間遅延の最大値を決定する時間窓幅kに、ヒットデータごとに0~1の範囲でランダムな数値をとる乱数Rijを乗じた雑音項を付加している。Rijは疑似乱数を用いるのが簡便である。これにより、参照分布生成部425は、各弾性波源の位置から各センサの位置に弾性波が到達する理論時刻に対して、乱数に基づく時間方向の揺らぎを加味する。
【0066】
【0067】
【0068】
式(3)におけるj番目の弾性波源の発生時刻tjは、例えば以下の式(4)のように設定することができる。
【0069】
【0070】
ここで式(4)におけるTsは定数であり、例えば5[ms]などに設定する。j番目の弾性波源の振幅ajは、例えば以下の式(5)のように設定することができる。式(5)におけるasrcは定数で限定されないが、例えば100[dB](0dB=1μV)のように設定する。Rjは弾性波源毎に0~1の範囲でランダムな数値をとる乱数もしくは疑似乱数である。
【0071】
【0072】
参照分布生成部425は、上記手順により、1つの弾性波源から発生した弾性波が各センサに到達した到達時刻と、弾性波の振幅が得られる。参照分布生成部425は、得られた到達時刻の情報と、弾性波の振幅の情報とを対応付けてヒットデータとして保存する。その後、参照分布生成部425は、設定した弾性波源の数がM個以上であるか否かを判定する(ステップS17)。Mは、例えば10000以上とすることで、最終的な参照分布に現れる確率的な変動を抑えることができるため好適である。
【0073】
参照分布生成部425が設定した弾性波源の数がM個以上ではないと判定した場合(ステップS17-NO)、参照分布生成部425はステップS13以降の処理を再度実行する。この場合、参照分布生成部425はステップS13の処理において弾性波源を二次元空間内にランダムに1点配置する。このように参照分布生成部425は、弾性波源の数がM個以上となるまで、ステップS13からステップS16までの処理を繰り返し実行することによってM個の弾性波源に対応するヒットデータ群を生成する。
【0074】
参照分布生成部425が設定した弾性波源の数がM個以上であると判定した場合(ステップS17-YES)、参照分布生成部425はヒットデータの生成を終了する(ステップS18)。参照分布生成部425は、保存したM個の弾性波源に対応するヒットデータ群に対して振幅によるフィルタリングを行う(ステップS19)。これはヒットデータ群の中で、所定の閾値に満たないものをヒットデータから除外する処理である。例えば、参照分布生成部425は、振幅が20[dB](0dB=1μV)未満のヒットデータを除外する。このようなフィルタリングを行うことで、実際の環境において、減衰が大きくノイズに紛れて検出されない弾性波を模擬している。参照分布生成部425は、フィルタリングが終了すると、ヒットデータの生成処理を終了する(ステップS20)。
【0075】
参照分布生成部425は、フィルタリングにより除外されなかったヒットデータ群を用いて弾性波源の位置標定を行う(ステップS21)。これにより、複数の弾性波源の位置が標定される。その後、参照分布生成部425は、位置標定により得られた複数の弾性波源の位置情報を用いて弾性波源分布を生成する。参照分布生成部425は、弾性波源分布を用いて弾性波源密度分布を生成する。このようにして、1つの乱数に基づく時間方向の揺らぎを加味した1つの弾性波源密度分布を参照分布として生成する。参照分布生成部425は、
図4に示した処理を、乱数を変更して実行することによって、乱数に基づく時間方向の揺らぎを加味した複数の参照分布を生成する。参照分布生成部425は、生成した複数の参照分布を出力する(ステップS22)。例えば、参照分布生成部425は、生成した複数の参照分布を記憶部43に記憶させる。
【0076】
図5Aから
図5Fは、第1の実施形態における参照分布生成部425によって生成された参照分布の一例を示す図である。なお、
図5Aから
図5Fにおいて色が濃いほど密度が低く、色が薄いほど密度が高いことを表す。例えば、
図5Aから
図5Fにおいて白色で示される領域が最も密度が高い。
図5Aは、時間窓幅k=1[μs]とした場合に得られた参照分布であり、
図5Bは、時間窓幅k=10[μs]とした場合に得られた参照分布であり、
図5Cは、時間窓幅k=100[μs]とした場合に得られた参照分布であり、
図5Dは、時間窓幅k=200[μs]とした場合に得られた参照分布であり、
図5Eは、時間窓幅k=500[μs]とした場合に得られた参照分布であり、
図5Fは、時間窓幅k=1000[μs]とした場合に得られた参照分布である。
【0077】
図5Aから
図5Fに示すように、
図5Aから
図5Dでは疑似パターンがあまり発生していないのに対して、
図5E及び
図5Fでは疑似パターンP1が発生していることがわかる。この疑似パターンP1が発生している領域は疑似パターンP1が発生していない領域(白色の領域)に比べて密度が低く(色が濃く)なっている。時間窓幅kと、弾性波源密度分布の標定精度に関する特徴量との関係を
図6に示す。
図6では、弾性波源密度分布の標定精度に関する特徴量の一例として、位置標定結果の不確かさの平均値及び標定率を示している。
図6における線分L1は時間窓幅kの値に対する標定率の変化を表し、線分L2は時間窓幅kの値に対する位置標定結果の不確かさの平均値の変化を表している。
【0078】
時間窓幅k≦1000[μs]の範囲では、時間窓幅kと位置標定結果の不確かさの平均値、及び時間窓幅kと標定率の間には一定の相関があり、時間窓幅kが大きくなるほど、位置標定結果の不確かさの平均値が増大し、標定率が低下する。位置標定結果の不確かさの平均値は位置標定結果の不確かさの程度を示す値であり、小さいほど位置標定結果の確度が高く、大きいほど位置標定結果が不確かであることを表す。上述したように、
図5E及び
図5Fを参照すると、k=500[μs]以上の場合に明瞭な疑似パターンが生じていることが分かる。
図6に示すように、k=500[μs]の場合に、位置標定結果の不確かさの平均値はおよそ500[mm]に相当する。このように位置標定特徴量(
図6では、位置標定結果の不確かさの平均値)と参照分布とを紐づけることが可能である。
【0079】
(位置標定結果の不確かさの指標の算出方法)
次に
図7A~
図7Cを用いて、第1の実施形態における位置標定結果の不確かさの指標の算出方法について説明する。
図7Aに示すように、ある弾性波源SR1の位置から弾性波が発生したとする。弾性波源SR1の位置は未知であり、弾性波源SR1の位置から発生した弾性波の発生時刻をt
0とする。弾性波源SR1で発生した弾性波は、各センサ20-1~20-4それぞれで検出される。ここで、センサ20-1~20-4に弾性波が到達した到達時刻t
1~t
4は以下のように表される。なお、下記におけるtt
1,tt
2,tt
3,tt
4は伝搬時間を表す。
【0080】
t1=t0+tt1
t2=t0+tt2
t3=t0+tt3
t4=t0+tt4
【0081】
図7Aにおいて、最初に弾性波を検出したセンサ20がセンサ20-2であるとすると、最初に弾性波を検出したセンサ20-2への弾性波の到達時刻と、他のセンサ20への弾性波の到達時刻との時刻差は以下のように表される。
【0082】
Δt1=t1-t2
Δt2=t2-t2=0
Δt3=t3-t2
Δt4=t4-t2
【0083】
上記のΔt
1~Δt
4は到達時刻の観測値である。到達時刻の観測値Δt
1~Δt
4に基づいて位置標定を行うことによって弾性波源SR1が標定される。この弾性波源SR1は、観測値により推定された弾性波源の位置を表す。その後、
図7Cに示すように、各センサ20-1~20-4の位置と、弾性波源SR1の位置とに基づいて、各センサ20と弾性波源SR1との距離d
1~d
4が算出される。
【0084】
図7Cにおいて、弾性波源SR1との距離が最も短いセンサ20がセンサ20-2であるとすると、弾性波源SR1と各センサ20との距離差は以下のように表される。
【0085】
Δd1=d1-d2
Δd2=d2-d2=0
Δd3=d3-d2
Δd4=d4-d2
【0086】
上記のΔd1~Δd4は弾性波源と各距離差の計算値である。位置標定結果の不確かさは、上述した観測値と計算値を用いて、以下の式(6)に基づいて算出される。式(6)におけるVは弾性波の伝搬速度を表す。
【0087】
【0088】
式(6)において観測値と計算値が一致している場合には位置標定結果の不確かさの値は0となる。一方で、式(6)において観測値と計算値が離れているほど位置標定結果の不確かさの値は高い値となる。すなわち、式(6)において観測値と計算値が離れているほど、位置標定結果の確度は低くなることを意味している。
【0089】
図8は、第1の実施形態における構造物評価システム100による劣化状態の評価処理の流れを示すシーケンス図である。
図8の処理は、例えば評価対象となる構造物50を車両10が走行したことに応じて実行される。
【0090】
評価対象となる構造物50を車両10が走行すると、車両10の走行部が路面に接触する。これにより、構造物50内で弾性波11が発生する。複数のセンサ20それぞれは、構造物50内で発生した弾性波11を検出する(ステップS101)。複数のセンサ20それぞれは、検出した弾性波11を電気信号に変換して信号処理部30に出力する(ステップS102)。複数のセンサ20それぞれから出力された電気信号は、不図示の増幅器に増幅される。増幅後の電気信号は、A/D変換器によってデジタル信号に変換される。
【0091】
信号処理部30は、A/D変換器から出力されたデジタル信号を入力する。信号処理部30の到達時刻決定部303は、各弾性波11の到達時刻を決定する(ステップS103)。具体的には、到達時刻決定部303は、第1のゲート信号が入力されている間に入力されたクロックを用いて弾性波到達時刻を決定する。到達時刻決定部303は、決定した弾性波到達時刻を時刻情報として送信データ生成部305に出力する。到達時刻決定部303は、この処理を、入力した全てのデジタル信号に対して行う。
【0092】
信号処理部30の特徴量抽出部304は、第1のゲート信号が入力されている間に入力されたデジタル信号であるノイズ除去信号を用いて、ノイズ除去信号の特徴量を抽出する(ステップS104)。特徴量抽出部304は、抽出した特徴量に関するパラメータを送信データ生成部305に出力する。送信データ生成部305は、センサIDと、時刻情報と、特徴量に関するパラメータとを含む送信データを生成する(ステップS105)。出力部307は、送信データを構造物評価装置40に逐次出力する(ステップS106)。
【0093】
構造物評価装置40の通信部41は、信号処理部30から出力された送信データを受信する。取得部421は、通信部41によって受信された送信データを取得する。取得部421は、取得した送信データを記憶部43に記録する(ステップS107)。イベント抽出部422は、記憶部43に記憶されている送信データの中から1イベントにおける送信データを抽出する。イベント抽出部422は、抽出した1イベントにおける送信データを位置標定部423に出力する。
【0094】
位置標定部423は、イベント抽出部422から出力された送信データに含まれるセンサID及び時刻情報と、予め保持しているセンサ位置情報とに基づいて弾性波源の位置を標定する(ステップS108)。具体的には、まず位置標定部423は、複数のセンサ20それぞれへの弾性波11の到達時刻の差を算出する。次に、位置標定部423は、センサ位置情報と、到達時刻の差の情報とを用いて弾性波源の位置を標定する。
【0095】
位置標定部423は、計測期間中にイベント抽出部422から1イベントの送信データが出力される度にステップS108の処理を実行する。これにより、位置標定部423は、複数の弾性波源の位置を標定する。位置標定部423は、複数の弾性波源の位置情報を分布生成部424に出力する。分布生成部424は、位置標定部423から出力された複数の弾性波源の位置情報を用いて弾性波源分布を生成する。具体的には、分布生成部424は、得られた複数の弾性波源の位置情報で示される弾性波源の位置を、仮想的なデータ上にプロットすることによって弾性波源分布を生成する。
【0096】
分布生成部424は、生成した弾性波源分布を用いて弾性波源密度分布を生成する(ステップS109)。具体的には、まず分布生成部424は、弾性波源分布を所定の区画に区切ることによって複数のエリアに分割する。次に、分布生成部424は、エリア毎に弾性波源の密度を算出する。そして、分布生成部424は、エリア毎に、算出したエリア毎の弾性波源の密度の値を割り当てることによって弾性波源密度分布を生成する。分布生成部424は、生成した弾性波源密度分布を分布選択部426及び補正部427に出力する。
【0097】
分布選択部426は、分布生成部424から出力された弾性波源密度分布を用いて、弾性波源密度分布の標定精度に関する特徴量を算出する(ステップS110)。例えば、分布選択部426は、弾性波源密度分布の標定精度に関する特徴量として、弾性波源密度分布の所定の領域毎に得られる位置標定結果の不確かさの指標の平均値を算出する。この場合、分布選択部426は、弾性波源密度分布を複数の領域に分割する。分布選択部426は、分割した領域毎に位置標定結果の不確かさの値を算出する。そして、分布選択部426は、領域毎に算出した位置標定結果の不確かさの値の平均値を算出する。
【0098】
分布選択部426は、算出した位置標定結果の不確かさの指標の平均値と、記憶部43に記憶されている参照分布テーブルとに基づいて参照分布を選択する(ステップS110)。具体的には、分布選択部426は、参照分布テーブルを参照し、算出した位置標定結果の不確かさの指標の平均値に最も近い位置標定結果の不確かさの指標の平均値が登録されているレコードを選択する。分布選択部426は、選択したレコードに登録されている参照分布を選択する。分布選択部426は、選択した参照分布を補正部427に出力する。
【0099】
補正部427は、分布選択部426から出力された参照分布と、分布生成部424から出力された弾性波源密度分布とを入力とする。補正部427は、入力した弾性波源密度分布を、参照分布に基づいて補正する(ステップS112)。補正部427は、補正後の弾性波源密度分布を評価部428に出力する。
【0100】
評価部428は、補正後の弾性波源密度分布を用いて、構造物の劣化状態を評価する(ステップS113)。評価部428は、評価結果を表示部44に出力する。表示部44は、評価部428から出力された評価結果を表示する(ステップS114)。例えば、表示部44は、評価結果として、補正後の弾性波源密度分布を表示してもよいし、損傷領域とみられる領域を他の領域と表示態様を変えて表示してもよい。
【0101】
以上のように構成された構造物評価システム100では、乱数を含むシミュレーションに基づいて生成された1以上の参照分布と、弾性波源密度分布とに基づいて、構造物50の損傷を評価する。参照分布は、乱数に基づく時間方向の揺らぎを加味した分布である。すなわち、参照分布は、実環境の状況が反映された分布である。構造物評価装置40では、弾性波源密度分布のみを用いるのではなく、参照分布で示される実環境の状況を踏まえて、弾性波源密度分布に基づく評価を行う。これにより、より実環境にあった構造物の劣化状態の評価が可能になる。そのため、構造物の劣化状態の評価精度の低下を抑制することが可能になる。
【0102】
(第1の実施形態の変形例)
上述した実施形態では、分布選択部426は、一つの参照分布を選択する構成を示したが、複数の参照分布を選択するように構成されてもよい。このように構成される場合の処理の概要について
図9を用いて説明する。
図9は、第1の実施形態の変形例における分布選択部426が行う処理の概要を説明するための図である。まず分布選択部426は、弾性波源密度分布を複数の領域に分割することによって複数の分割領域を生成する。例えば、分布選択部426は、
図9の上図に示すように、弾性波源密度分布を幅方向の距離に基づいて2つに分割したとする。これにより、弾性波源密度分布に基づく分割領域R1,R2が生成される。なお、これは一例であり、弾性波源密度分布を分割する方向及び分割数は特に限定されない。
【0103】
次に、分布選択部426は、生成した分割領域R1,R2毎に標定精度に関する特徴量を算出する。なお、記憶部43の参照分布テーブルには、参照分布の分割数に応じた参照分布の分割領域と、分割領域毎の標定精度に関する特徴量とが対応付けられているものとする。分布選択部426は、算出した各分割領域R1,R2の標定精度に関する特徴量と、参照分布テーブルとに基づいて、分割領域R1,R2毎に異なる参照分布を選択する。
【0104】
具体的には、分布選択部426は、弾性波源密度分布の分割領域と、参照分布の分割領域とで同じ範囲の分割領域同士で比較を行う。例えば、分布選択部426は、弾性波源密度分布の分割領域R1の標定精度に関する特徴量と、弾性波源密度分布の分割領域R1と同じ範囲である参照分布の分割領域の標定精度に関する特徴量とを比較する。
図9に示す例では、参照分布1と参照分布2とがあるが、分布選択部426は、弾性波源密度分布の分割領域R1の標定精度に関する特徴量と、参照分布1の領域R11の標定精度に関する特徴量とを比較し、弾性波源密度分布の分割領域R1の標定精度に関する特徴量と、参照分布1の領域R21の標定精度に関する特徴量とを比較する。同様に、分布選択部426は、弾性波源密度分布の分割領域R2の標定精度に関する特徴量と、参照分布1の領域R12の標定精度に関する特徴量とを比較し、弾性波源密度分布の分割領域R2の標定精度に関する特徴量と、参照分布2の領域R22の標定精度に関する特徴量とを比較する。
【0105】
ここで、分布選択部426は、弾性波源密度分布の分割領域R1の標定精度に関する特徴量と、参照分布1の領域R11の標定精度に関する特徴量とが近く、弾性波源密度分布の分割領域R2の標定精度に関する特徴量と、参照分布2の領域R22の標定精度に関する特徴量とが近いと判定したとする。この場合、分布選択部426は、弾性波源密度分布の分割領域R1の補正に用いる参照分布として参照分布1の領域R11を選択し、分割領域R2の補正に用いる参照分布として参照分布2の領域R22を選択する。分布選択部426は、選択した参照分布1の領域R11及び参照分布2の領域R22を補正部427に出力する。
【0106】
補正部427は、分布選択部426から出力された参照分布1の領域R11及び参照分布2の領域R22と、分布生成部424から出力された弾性波源密度分布とを入力とする。補正部427は、入力した弾性波源密度分布を、参照分布1の領域R11及び参照分布2の領域R22に基づいて補正する。例えば、補正部427は、弾性波源密度分布の分割領域R1を参照分布1の領域R11に基づいて補正し、弾性波源密度分布の分割領域R2を参照分布2の領域R22に基づいて補正する。
【0107】
(第2の実施形態)
第2の実施形態では、テンプレートマッチングにより適切な参照分布を選択する構成について説明する。
【0108】
図10は、第2の実施形態における構造物評価システム100aの構成を示す図である。構造物評価システム100aは、構造物50の健全性の評価に用いられる。構造物評価システム100aは、複数のセンサ20-1~20-n(nは2以上の整数)と、信号処理部30と、構造物評価装置40aを備える。構造物評価システム100aは、構造物評価装置40に代えて構造物評価装置40aを備える点で構造物評価システム100と構成が異なる。構造物評価装置40a以外の構成は、構造物評価システム100と同様である。以下、相違点を中心に説明する。
【0109】
構造物評価装置40aは、通信部41と、制御部42aと、記憶部43aと、表示部44を備える。制御部42aは、構造物評価装置40a全体を制御する。制御部42aは、CPU等のプロセッサやメモリを用いて構成される。制御部42aは、プログラムを実行することによって、取得部421、イベント抽出部422、位置標定部423、分布生成部424、参照分布生成部425、分布選択部426a、補正部427及び評価部428として機能する。
【0110】
記憶部43aには、取得部421によって取得された評価対象期間分の送信データ及び参照分布テーブルが記憶される。第2の実施形態における参照分布テーブルは、参照分布生成部425によって異なる乱数ごとに生成された複数の参照分布が登録されたテーブルである。記憶部43aは、磁気ハードディスク装置や半導体記憶装置などの記憶装置を用いて構成される。
【0111】
分布選択部426aは、分布生成部424によって生成された弾性波源密度分布と、記憶部43に記憶されている参照分布テーブルに登録されている複数の参照分布との類似度に基づいて、複数の参照分布の中から少なくとも一つの参照分布を選択する。より具体的には、分布選択部426aは、複数の参照分布と弾性波源密度分布とのテンプレートマッチングを行うことによって複数の参照分布と前記弾性波源密度分布との類似度を算出し、複数の参照分布の中から類似度が最も高い参照分布を選択する。分布選択部426aは、選択した参照分布を補正部427に出力する。
【0112】
図11は、第2の実施形態における構造物評価システム100aによる劣化状態の評価処理の流れを示すシーケンス図である。
図11の処理は、例えば評価対象となる構造物50を車両10が走行したことに応じて実行される。
図11において、
図8と同様の処理については儒8と同様の符号を付して説明を省略する。
【0113】
ステップS101からステップS109までの処理が終了すると、分布選択部426aは分布生成部424から出力された弾性波源密度分布と、記憶部43aに記憶されている参照分布テーブルとに基づいて一つ以上の参照分布を選択する(ステップS201)。具体的には、分布選択部426aは、弾性波源密度分布を用いて、参照分布テーブルに登録されている各参照分布とパターンマッチングを行うことによって参照分布毎に類似度を算出する。分布選択部426aは、類似度が最も高い参照分布を選択する。分布選択部426aは、選択した参照分布を補正部427に出力する。
【0114】
補正部427は、分布選択部426aから出力された参照分布と、分布生成部424から出力された弾性波源密度分布とを入力とする。補正部427aは、入力した弾性波源密度分布を、参照分布に基づいて補正する(ステップS202)。補正部427は、補正後の弾性波源密度分布を評価部428に出力する。
【0115】
以上のように構成された構造物評価システム100aによれば、第1の実施形態と異なる方法で第1の実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0116】
(第2の実施形態の変形例)
上述した実施形態では、分布選択部426aは、一つの参照分布を選択する構成を示したが、複数の参照分布を選択するように構成されてもよい。このように構成される場合の処理の概要について説明する。ここでは、
図9を用いて説明する。分布選択部426aは、弾性波源密度分布を複数の領域に分割することによって複数の分割領域を生成する。例えば、分布選択部426aは、
図9の上図に示すように、弾性波源密度分布を幅方向の距離に基づいて2つに分割したとする。これにより、弾性波源密度分布に基づく分割領域R1,R2が生成される。なお、これは一例であり、弾性波源密度分布を分割する方向及び分割数は特に限定されない。なお、記憶部43aの参照分布テーブルには、複数の参照分布が登録されているものとする。
【0117】
分布選択部426aは、各分割領域R1,R2と、参照分布テーブルとに基づいて、分割領域R1,R2毎に異なる参照分布を選択する。具体的には、分布選択部426aは、弾性波源密度分布の分割領域と、参照分布における弾性波源密度分布の分割領域と同じ範囲の領域との間でパターンマッチングを行う。例えば、分布選択部426aは、弾性波源密度分布の分割領域R1と、弾性波源密度分布の分割領域R1と同じ範囲である参照分布の領域R11,R21との間でパターンマッチングを行う。同様に、分布選択部426aは、弾性波源密度分布の分割領域R2と、弾性波源密度分布の分割領域R2と同じ範囲である参照分布の領域R12,R22との間でパターンマッチングを行う。
【0118】
ここで、分布選択部426aは、弾性波源密度分布の分割領域R1と、参照分布1の領域R11との類似度が最も高く、弾性波源密度分布の分割領域R2と、参照分布2の領域R22との類似度が最も高いと判定したとする。この場合、分布選択部426aは、弾性波源密度分布の分割領域R1の補正に用いる参照分布として参照分布1の領域R11を選択し、分割領域R2の補正に用いる参照分布として参照分布2の領域R22を選択する。分布選択部426は、選択した参照分布1の領域R11及び参照分布2の領域R22を補正部427に出力する。
【0119】
補正部427は、分布選択部426aから出力された参照分布1の領域R11及び参照分布2の領域R22と、分布生成部424から出力された弾性波源密度分布とを入力とする。補正部427は、入力した弾性波源密度分布を、参照分布1の領域R11及び参照分布2の領域R22に基づいて補正する。例えば、補正部427は、弾性波源密度分布の分割領域R1を参照分布1の領域R11に基づいて補正し、弾性波源密度分布の分割領域R2を参照分布2の領域R22に基づいて補正する。
【0120】
(各実施形態に共通の変形例1)
上記の各実施形態では、複数のセンサ20-1~20-nが、1台の信号処理部30,30a,30bに接続されている構成を示した。構造物評価システム100,100a,100bは、複数台の信号処理部30,30a,30bを備え、各センサ20それぞれが異なる信号処理部30,30a,30bに接続されてもよい。
【0121】
(各実施形態に共通の変形例2)
構造物評価装置40,40bが備える各機能部は、一部又は全てが他の装置に備えられてもよい。例えば、構造物評価装置40,40bが備える表示部44が他の装置に備えられてもよい。このように構成される場合、構造物評価装置40,40bは、評価結果を、表示部44を備える他の装置に送信する。表示部44を備える他の装置は、受信した評価結果を表示する。
【0122】
(各実施形態に共通の変形例3)
上述した各実施形態では、弾性波の到達時刻に乱数に応じた遅延を与えたシミュレーションに基づいて参照分布を生成する構成を示した。これに対して、参照分布生成部425が行うシミュレーションにおいて、シミュレーション上で設定した各センサに到達する弾性波の理論振幅に対して、振幅方向に乱数に応じた雑音を含めて参照分布を生成してもよい。
図12A及び
図12Bを用いて具体的に説明する。
図12Aは、上述した各実施形態のシミュレーションにおける各センサの弾性波の検出例を示す図であり、
図12Bは、各実施形態の変形例におけるシミュレーションにおける各センサの弾性波の検出例を示す図である。
図12A及び
図12Bにおいて、縦軸は振幅を表し、横軸は時間を表す。
【0123】
図12Aに示すように、シミュレーション上における各センサは、弾性波の振幅が閾値を超えたタイミングで弾性波を検出する。ここで、弾性波に対して雑音を加えると、
図12Bに示すように弾性波の振幅が
図12Aに示す弾性波の振幅と比べて低くなる。これにより、弾性波を検出する閾値が同じであっても、
図12Bでは弾性波の振幅が低くなったことにより
図12Aと比べて弾性波の振幅が閾値を超えるタイミングが遅くなる。すなわち、
図12Bでは、
図12Aと比べて弾性波を検出するタイミングが遅くなる。これは、上記の各実施形態で弾性波の到達時刻に乱数に応じた遅延を与えたことと実質的に同じことを意味する。そこで、参照分布生成部425は、シミュレーション上における各センサに到達した弾性波に対して乱数に応じて振幅を低下させるように雑音を付加して、実環境に合わせるように参照分布を生成してもよい。
【0124】
(各実施形態に共通の変形例4)
第1の実施形態では標定精度に関する特徴量に基づいて参照分布を選択する構成を示し、第2の実施形態ではパターンマッチングによる類似度に基づいて参照分布を選択する構成を示した。第1の実施形態と第2の実施形態とを組み合わせて参照分布を選択するように構成されてもよい。このように構成される場合、構造物評価装置40,40aは、参照分布の選択方法として、第1の実施形態又は第2の実施形態のいずれの方法を用いるかを設定により切り替えてもよい。
【0125】
さらに、構造物評価装置40,40aは、弾性波源密度分布を分割して得られる分割領域毎に異なる参照分布の選択方法を用いてもよい。例えば、
図9に示す例を用いて説明すると、構造物評価装置40,40aは、弾性波源密度分布の分割領域R1に対しては第1の実施形態に示す選択方法(標定精度に関する特徴量に基づく選択方法)を利用し、弾性波源密度分布の分割領域R2に対しては第2の実施形態に示す選択方法(パターンマッチングに基づく選択方法)を利用して分割領域毎に異なる参照分布を選択してもよい。
【0126】
以上説明した少なくともひとつの実施形態によれば、構造物50の内部で発生した弾性波を検出する複数のセンサ20と、複数のセンサ20それぞれによって検出された複数の弾性波に基づいて、1以上の弾性波源の位置を標定する位置標定部423と、位置標定部423による1以上の弾性波源の位置標定結果に基づいて弾性波源密度分布を生成する分布生成部424と、乱数を含むシミュレーションに基づいて生成された1以上の参照分布と、分布生成部424により生成された弾性波源密度分布とに基づいて、構造物50の損傷を評価する評価部428とを持つことにより、構造物の劣化状態の評価精度の低下を抑制することができる。
【0127】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0128】
20、20-1~20-n…センサ,30…信号処理部,40、40a…構造物評価装置,41…通信部,42、42a…制御部,43、43a…記憶部,44…表示部,100、100a…構造物評価システム,301…波形整形フィルタ,302…ゲート生成回路,303…到達時刻決定部,304…特徴量抽出部,305…送信データ生成部,306…メモリ,307…出力部,421…取得部,422…イベント抽出部,423…位置標定部,424…分布生成部,425…参照分布生成部,426、426a…分布選択部,427…補正部,428…評価部