(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025087403
(43)【公開日】2025-06-10
(54)【発明の名称】窒化処理部品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/28 20060101AFI20250603BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20250603BHJP
C21D 1/42 20060101ALI20250603BHJP
C21D 9/32 20060101ALI20250603BHJP
【FI】
C23C8/28
C21D1/06 A
C21D1/42 D
C21D9/32 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023202024
(22)【出願日】2023-11-29
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】阿部 和裕
(72)【発明者】
【氏名】波東 久光
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA18
4K042BA13
4K042DA01
4K042DA06
4K042DB01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
(57)【要約】
【課題】鉄鋼材料に対する表面処理において、従来のガス浸炭処理による浸炭層の形成よりも温室効果ガス排出量を低減しながら、従来の浸窒層や窒素化合物層が形成された部品よりも耐クラック性に優れる窒化処理部品およびその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る窒化処理部品は、鉄鋼材料を基材とし、前記基材の表層領域に窒化層となじみ層とを有し、前記窒化層は、前記窒化処理部品の表面から厚さ方向30μmまでの平均窒素濃度が0.3質量%以上2質量%以下であり、前記なじみ層は、前記窒化層の外層側に形成され、平均厚さが5μm以上20μm以下で酸化鉄を含む層であることを特徴とする。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄鋼材料を基材とする窒化処理部品であって、
前記窒化処理部品は、前記基材の表層領域に窒化層となじみ層とを有し、
前記窒化処理部品の表面から厚さ方向30μmまでの平均窒素濃度が0.3質量%以上2質量%以下であり、
前記なじみ層は、前記窒化層の外層側に形成され、平均厚さが5μm以上20μm以下で酸化鉄を含む層であることを特徴とする窒化処理部品。
【請求項2】
請求項1に記載の窒化処理部品において、
前記窒化層は前記なじみ層よりも内層側にビッカース硬さが680 Hv以上の領域を有し、
前記なじみ層はビッカース硬さが500 Hv以下であることを特徴とする窒化処理部品。
【請求項3】
請求項1に記載の窒化処理部品において、
前記基材はマルテンサイト組織を有することを特徴とする窒化処理部品。
【請求項4】
請求項2に記載の窒化処理部品において、
前記基材はマルテンサイト組織を有することを特徴とする窒化処理部品。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載の窒化処理部品の製造方法であって、
所望の形状を有する前記基材を用意する基材用意工程と、
前記基材の前記表層領域に前記窒化層と前記なじみ層とを形成する窒化層・なじみ層形成工程と、
前記窒化層および前記なじみ層を形成した基材にマルテンサイト組織を形成する焼入れ工程とを有し、
前記窒化層・なじみ層形成工程は、所定の雰囲気の中で前記基材を高周波誘導加熱法によって加熱して該基材の表層領域に窒素を侵入させると共に該基材の鉄成分を酸化させる窒化・酸化熱処理素工程を有する、
ことを特徴とする窒化処理部品の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の窒化処理部品の製造方法において、
前記窒化・酸化熱処理素工程における前記所定の雰囲気は、窒化源ガスの濃度が0.5%以上10%以下であり、酸化源ガスの濃度が0.1%以上0.5%以下であり、残部が不活性ガスからなり、
前記高周波誘導加熱法による加熱は、前記基材の表面の温度が650℃以上850℃以下になるように入力制御することを特徴とする窒化処理部品の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の窒化処理部品の製造方法において、
前記焼入れ工程は、高周波誘導加熱法による加熱を含み、当該高周波誘導加熱法によって前記基材の表面の温度が800℃以上1100℃以下でありかつ前記窒化・酸化熱処理素工程よりも高い温度になるように入力制御することを特徴とする窒化処理部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化処理を施した金属部品に関し、特に鉄鋼材料に窒化処理を施した部品およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
動力伝達装置における歯車・ギア等の摺動/転動部品は、機械的負荷を繰り返し受ける過酷な環境下で使用される部品であり、耐摩耗性が非常に重要な機械的特性のうちの一つである。摺動/転動部品は、通常、鉄鋼材料を基材とし、耐摩耗性を確保するための表面処理として浸炭処理がしばしば施される。
【0003】
鉄鋼材料に対する浸炭処理は、二酸化炭素(CO2)、水素(H2)、メタン(CH4)等を主成分とするガスによって行うガス浸炭が現在主流である。しかしながら、現在のガス浸炭処理は、大量の温室効果ガス(例えばCO2ガス)を排出するため、昨今の温室効果ガス排出量削減に対して不都合である。そこで、温室効果ガス排出量を削減可能な代替えの表面処理技術が求められている。
【0004】
そのような要求に対して、例えば特許文献1(特開2017-137547)には、鉄鋼材料からなるワークに窒素を浸透拡散させる浸窒処理方法であって、前記ワークに対し電流浸透深さが2 mm以上になる周波数で誘導加熱を行うことと、前記ワークの表面に窒化ガスを吹き付けることと、を含むことを特徴とする浸窒処理方法、が開示されている。
【0005】
特許文献1によると、窒化ガスから分解した窒素におけるワーク内部への拡散速度を維持しつつ、ワーク表面での窒化ガスの分解を抑制することができ、その結果、浸窒処理時間を短縮することが可能になるとされている。また、特許文献1に直接的に記載されていないが、浸炭処理でないことから排出される温室効果ガス量の削減が期待できる。
【0006】
また、特許文献2(WO 2021/181570 A1)には、鋼芯部と、化合物層と、前記鋼芯部と前記化合物層との間に存在する窒素拡散層と、を備え、前記鋼芯部の組成が、質量%で、C:0.05%~0.60%、Si:0.05%~1.50%、Mn:0.20%~2.50%、P:0.025%以下、S:0.050%以下、Cr:0.50%~2.50%、V:0.05%~1.30%、Al:0.050%以下、及びN:0.0250%以下を含有し、残部はFe及び不純物を含み、
前記鋼芯部の前記組成におけるC、Mn、Cr、V、Moの含有量が所定の式を満たし、
前記化合物層の厚さが3~20μmであり、前記化合物層は、ε相を面積率で50%超含有し、残部がγ’相であり、前記化合物層の表面から深さ3μmまでの領域において、空隙の面積比率が12%未満であることを特徴とするガス軟窒化処理部品、が開示されている。
【0007】
特許文献2によると、耐摩耗性に加え回転曲げ疲労強度に優れた軟窒化処理部品を得ることができるとされている。また、特許文献2に直接的に記載されていないが、窒化処理の一種であることから浸炭処理よりも排出される温室効果ガス量の削減が期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2017-137547号公報
【特許文献2】国際公開第2021/181570号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述したように、昨今は工業製品の製造において温室効果ガスの排出量削減が強く求められている。鉄鋼材料に対する従来の浸炭処理を、特許文献1~2に開示されているような浸窒処理やガス軟窒化処理(以下、窒化処理と総称する)に変更することで、表面処理で排出される温室効果ガス量を削減できることが期待される。
【0010】
一方、従来の窒化処理で形成される浸窒層や窒素化合物層は、硬さが浸炭層よりも大きくなり易く耐摩耗性の観点で有利であるが、鉄鋼材料中の窒素の拡散係数が炭素の拡散係数よりも小さいことから、形成される層の厚さが浸炭層よりも薄くなり易いとされている。そのため、摺動/転動部品に対する機械的な繰り返し負荷において、従来の浸窒層や窒素化合物層は、予期せぬ異物等が挟まると応力集中によってクラックが入り易く、摩耗とは異なる要因によって摺動/転動部品の耐久性が低下するという別の問題が生じる。
【0011】
本発明は、上記のような要求・問題を解決するためになされたものであり、その目的は、鉄鋼材料に対する表面処理において、従来のガス浸炭処理による浸炭層の形成よりも温室効果ガス排出量を低減しながら、従来の浸窒層や窒素化合物層が形成された部品よりも耐クラック性に優れる窒化処理部品およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(I)本発明の一態様は、鉄鋼材料を基材とする窒化処理部品であって、
前記窒化処理部品は、前記基材の表層領域に窒化層となじみ層とを有し、
前記窒化層は、前記窒化処理部品の表面から厚さ方向30μmまでの平均窒素濃度が0.3質量%以上2質量%以下であり、
前記なじみ層は、前記窒化層の外層側に形成され、平均厚さが5μm以上20μm以下で酸化鉄を含む層であることを特徴とする窒化処理部品、を提供するものである。
【0013】
本発明は、上記の窒化処理部品(I)において、以下のような改良や変更を自由に組み合わせながら加えることができる。
(i)前記窒化層は前記なじみ層よりも内層側にビッカース硬さが680 Hv以上の領域を有し、前記なじみ層はビッカース硬さが500 Hv以下である。
(ii)前記基材はマルテンサイト組織を有する。
【0014】
(II)本発明の他の一態様は、上記の窒化処理部品の製造方法であって、
所望の形状を有する前記基材を用意する基材用意工程と、
前記基材の前記表層領域に前記窒化層と前記なじみ層とを形成する窒化層・なじみ層形成工程と、
前記窒化層および前記なじみ層を形成した基材にマルテンサイト組織を形成する焼入れ工程とを有し、
前記窒化層・なじみ層形成工程は、所定の雰囲気の中で前記基材を高周波誘導加熱法によって加熱して該基材の表層領域に窒素を侵入させると共に該基材の鉄成分を酸化させる窒化・酸化熱処理素工程を有する、
ことを特徴とする窒化処理部品の製造方法、を提供するものである。
【0015】
本発明は、上記の窒化処理部品の製造方法(II)において、以下のような改良や変更を自由に組み合わせながら加えることができる。
(iii)前記窒化・酸化熱処理素工程における前記所定の雰囲気は、窒化源ガスの濃度が0.5%以上10%以下であり、酸化源ガスの濃度が0.1%以上0.5%以下であり、残部が不活性ガスからなり、
前記高周波誘導加熱法による加熱は、前記基材の表面の温度が650℃以上850℃以下になるように入力制御する。
(iv)前記焼入れ工程は、高周波誘導加熱法による加熱を含み、当該高周波誘導加熱法によって前記基材の表面の温度が800℃以上1100℃以下でありかつ前記窒化・酸化熱処理素工程よりも高い温度になるように入力制御する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、鉄鋼材料に対する表面処理において、従来のガス浸炭処理による浸炭層の形成よりも温室効果ガス排出量を低減しながら、従来の浸窒層や窒素化合物層が形成された部品よりも耐クラック性に優れる窒化処理部品およびその製造方法を提供することができる。なお、上述以外の課題、構成及び効果については、下述する実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明に係る窒化処理部品を製造する方法の一例を示す工程図である。
【
図2】実施例1の表層領域の断面の光学顕微鏡観察像の一例である。
【
図3】実施例1の表層領域の断面の酸素元素マッピングの一例である。
【
図4】実施例1における表面からの深さ方向距離と窒素濃度との関係の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る実施形態について、図面を参照しながら製造手順に沿って具体的に説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることが可能である。
【0019】
[窒化処理部品の製造方法]
図1は、本発明に係る窒化処理部品を製造する方法の一例を示す工程図である。
図1に示したように、本発明の窒化処理部品の製造方法は、概略的に、基材用意工程S1と窒化層・なじみ層形成工程S2と焼入れ工程S3とを有する。本製造方法は、窒化層・なじみ層形成工程S2に最大の特徴がある。
【0020】
以下、各工程をより具体的に説明する。
【0021】
基材用意工程S1は、鉄鋼材料からなって所望の形状を有する基材を用意する工程である。素材となる鉄鋼材料に特段の限定はなく、摺動/転動部品の素材として従前から利用されている鉄鋼材料を適宜利用できる。例えば、鉄を主成分とし、炭素を0.02~2.14質量%で含み、他の合金元素を合計5質量%以下で含む低合金鋼を好適に利用できる。また、素材を所望形状に成形する方法にも特段の限定はなく、従前の方法を適宜利用できる。例えば、鍛造法や粉末冶金法などを好適に利用できる。
【0022】
窒化層・なじみ層形成工程S2は、工程S1で用意した基材の表層領域に、窒化層となじみ層とを形成する工程であり、所定の雰囲気の中で該基材を加熱して該基材に窒素を侵入させると共に該基材の鉄成分を酸化させる窒化・酸化熱処理素工程S2aを有する。当該所定の雰囲気は、窒化源ガス(例えば、アンモニアガス)の濃度が0.5%以上10%以下であり、酸化源ガス(例えば、酸素ガスや水蒸気)の濃度が0.1%以上0.5%以下であることが好ましい。雰囲気の残部は、窒化・酸化の制御性の観点から、窒化および酸化に直接寄与しないガス(例えば、アルゴンガスや窒素ガスなどの不活性ガス)とすることが好ましい。
【0023】
窒化・酸化熱処理素工程S2aにおける基材加熱方法に特段の限定はなく、従前の加熱方法(例えば、高周波誘導加熱法、抵抗加熱法、赤外線加熱法、ガス燃焼加熱法)を適宜利用できる。加熱は、当該基材の表面の温度が650℃以上850℃以下になるように入力制御することが好ましい(基材の表面温度を加熱温度とみなす)。加熱温度は700℃以上800℃以下がより好ましい。これにより、基材の表層領域に窒素を侵入させると共に該基材の鉄成分を酸化させて窒化層となじみ層とを形成することができる。
【0024】
窒化層の厚さ、窒化層中の窒素濃度、およびなじみ層の厚さは、加熱温度および加熱保持時間の調整によって制御することができる。本発明においては、窒化層は平均厚さが30μm以上100μm以下で窒化処理部品の最表面から厚さ方向30μmまでの平均窒素濃度が0.3質量%以上2質量%以下の層が好ましく、なじみ層は平均厚さが5μm以上20μm以下で酸化鉄を含む層が好ましい。
【0025】
耐摩耗性の観点から、窒化層はなじみ層よりも内層側にビッカース硬さが680 Hv以上の領域を有することが好ましく、700 Hv以上がより好ましい。一方、耐クラック性の観点から、なじみ層のビッカース硬さは500 Hv以下が好ましく、460 Hv以下がより好ましい。
【0026】
焼入れ工程S3は、窒化層およびなじみ層を形成した基材にマルテンサイト組織を形成する工程である。焼入れ方法に特段の限定はなく、従前の方法を適宜利用できる。作業効率の観点から、素工程S2aと同様に高周波誘導加熱法を利用することは好ましい。高周波誘導加熱法による加熱は、当該基材の表面の温度が800℃以上1100℃以下でありかつ素工程S2aよりも高い温度になるように入力制御することが好ましい。
【0027】
なお、素工程S2aと工程S3との間では、基材の温度を一旦下げてもよいし、基材の温度を下げずに素工程S2aに引き続いて昇温してもよい。また、工程S3では、雰囲気に特段の限定はなく、鉄鋼材料に対する焼入れ処理における従前の雰囲気を適宜利用できる。
【実施例0028】
以下、種々の実験により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実験に記載された構成・構造に限定されるものではない。
【0029】
[実験1]
(実施例1の作製)
はじめに、基材として、市販のクロムモリブデン鋼ロッド(JIS規格:SCM420、直径22 mm×長さ40 mm)を用意した(基材用意工程)。
【0030】
本番の窒化・酸化熱処理素工程に先立って、基材表面に熱電対を取り付けたダミー試料を用いて、高周波誘導加熱法による基材加熱温度の制御曲線を作成した。
【0031】
窒化源ガス濃度(アンモニアガス濃度)5%、酸化源ガス濃度(酸素ガス濃度)0.3%、残部が不活性ガス(窒素ガス)からなる雰囲気中で、作成した制御曲線に基づいて高周波誘導加熱法で該基材を加熱した。高周波の入力は、加熱温度が780℃になるように制御し、5分間保持した(窒化・酸化熱処理素工程)。その後、加熱温度が900℃になるように制御して1分間保持し、高周波の入力を切って該基材を冷却した(焼入れ工程)。これにより、実施例1の試料を作製した。
【0032】
[実験2]
(実施例1の性状調査)
実験1で作製した実施例1の性状調査を行った。
【0033】
X線回折(XRD)装置(株式会社リガク、型式Ultima III)を用いて、実施例1の表面のXRD測定を行った。その結果、酸化鉄(FeO、Fe2O3、Fe3O4)の回折ピークが検出され、酸化鉄を含む層が形成されていることが確認された。また、体心立方構造(BCC)の回折ピークが検出されたことから、基材母相がマルテンサイト相になっていることが確認された。
【0034】
光学顕微鏡(オリンパス株式会社、型式BX53M)および電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)装置(日本電子株式会社、型式JXA-8530F)を用いて、実施例1の表層領域の断面の微細組織観察、酸素濃度分析および窒素濃度分析を行った。また、マイクロビーカース硬度計(株式会社マツザワ、型式AMT-X)を用いて、断面におけるビッカース硬さを測定した。
【0035】
図2は、実施例1の表層領域の断面の光学顕微鏡観察像の一例である。
図3は、実施例1の表層領域の断面の酸素元素マッピングの一例である。
図4は、実施例1における表面からの深さ方向距離と窒素濃度との関係の一例を示すグラフである。
【0036】
図2~4の結果から、実施例1では、表面から深さ方向約80μmまで窒素元素が侵入・拡散しており(
図4参照、表面から厚さ方向30μmまでの平均窒素濃度は約1.1質量%)、その外層側(表面から深さ方向約15μm)に酸素元素濃度が比較的高く(
図3参照)、かつ微細組織の異なる層が形成されている(
図2参照)ことが確認される。
【0037】
断面におけるビッカース硬さ測定の結果、マルテンサイト組織を有する内部領域の硬さが440 Hvであり、その外層側の窒素原子が侵入・拡散している領域の硬さが770 Hvであり、更にその外層側の酸素元素濃度が比較的高い領域の硬さが460 Hvであることが確認された。
【0038】
上記の性状調査の結果を統合して考えると、実施例1は、マルテンサイト組織を有する基材の表層領域に、窒素元素濃度が基材よりも高くかつビッカース硬さが基材よりも高い窒化層が形成され、その外層側に酸化鉄を含みビッカース硬さが窒化層よりも低いなじみ層が形成されていると言える。
【0039】
このことから、実施例1は、摺動/転動部品として適用した際に予期せぬ異物等が挟まったとしても、窒化層の外層側になじみ層が形成されていることから、異物等による応力集中を抑制・緩和することができ、耐クラック性を確保することができる。また、実施例1は、窒化・酸化熱処理素工程での処理時間が短いことから、排出される温室効果ガス量を削減することができると言える。
【0040】
[実験3]
(実施例2~8、比較例1~4および基準試料の作製)
基材として、実験1と同様のSCM420ロッド(直径10 mm×長さ10 mm)を用意した。つぎに、高周波誘導加熱における加熱温度や保持時間、雰囲気中のアンモニアガス濃度や酸素ガス濃度を種々調整して窒化・酸化熱処理素工程を行った。焼入れ工程は実験1と同様に行って実施例2~8および比較例1~4の試料を作製した。
【0041】
また、基準試料として、従来のガス軟窒化処理材を別途用意した。作製条件は、他と同じSCM420ロッド(直径10 mm×長さ10 mm)を基材とし、アンモニアガス濃度10%、残部が窒素ガスからなる雰囲気中、加熱温度580℃で3時間保持した後、実験1と同様の温度プロファイルでの焼入れとした。
【0042】
熱処理条件の詳細を後述する表1にまとめる。なお、表1には、実施例1の熱処理条件も併記する。
【0043】
[実験4]
(実施例2~8、比較例1~4および基準試料の性状調査)
得られた実施例2~8、比較例1~4および基準試料に対して、実験2と同様に、表面のXRD測定、EPMAによる酸素分析と窒素分析、および断面におけるビッカース硬さ測定を行った。
【0044】
熱処理雰囲気として窒化源ガス(アンモニアガス)を導入した試料では、表層領域に窒化層が形成されていることを確認した。熱処理雰囲気として意図的に酸化源ガス(酸素ガス)を導入した試料では、表層領域になじみ層(酸化鉄を含み、かつビッカース硬さが窒化層よりも低い層)が形成されていることを確認した。言い換えると、熱処理雰囲気として酸素ガスを導入しなかった試料ではなじみ層が形成されず、熱処理雰囲気としてアンモニアガスを導入しなかった試料では窒化層が形成されなかったことを確認した。結果を表1に併記する。
【0045】
(実施例1~8、比較例1~4および基準試料における摺動耐久性の調査)
実験1、実験3で作製した実施例1~8、比較例1~4および基準試料に対して、往復摺動ピンオンディスク試験を行って、摺動耐久性を調査した。ディスク試験片は、市販の球状黒鉛鋳鉄板(JIS規格:FCD600)に基準試料と同様のガス軟窒化処理を行って用意した。実施例1~8、比較例1~4および基準試料をそれぞれピン試験片とし、ピン試験片の軸方向に往復摺動させた。
【0046】
他の試験条件は、ディスク試験片温度を100℃とし、工業用潤滑油(粘度:ISO VG32)0.5 mLを摺動面に塗布し、正弦波形(振幅0.1 mm、周波数10 Hz)の摺動とし、荷重を初期値0.1 kNから120 s毎に0.1 kNずつステップで増加させながら摩擦係数を計測した。往復摺動試験中に摩擦係数が上昇し始めたところで焼付きの前段階である固着が発生したと判断し、その時点の荷重を焼付き荷重値として求めた。
【0047】
摺動耐久性の評価は、基準試料の焼付き荷重値に比して、1.0倍以下を「不合格」と判定し、1.0倍超1.5倍以下を「合格」と判定し、1.5倍超を「優秀」と判定した。結果を表1に併記する。
【0048】
【0049】
表1に示したように、熱処理時にアンモニアガスを導入しなかった比較例1は、窒化層が形成されず、摺動耐久性が不合格である。熱処理時にアンモニアガスを過度に導入した比較例2は、平均窒素濃度が本発明の規定を超えており、摺動耐久性が不合格である。これは、過剰な窒素量によって基材中のマルテンサイト組織の量が相対的に減少した(残留オーステナイト相の量が相対的に増加した)ことに起因すると考えられる。
【0050】
また、熱処理時に酸素ガスを導入しなかった比較例3は、なじみ層が形成されず、摺動耐久性が不合格となった。熱処理時に酸素ガスを過度に導入した比較例4は、なじみ層の厚さが本発明の規定を超えており、摺動耐久性が不合格である。これは、ビッカース硬さの低いなじみ層が過剰に形成されることによって高い硬さを有する窒化層の量が相対的に減少したことに起因すると考えられる。
【0051】
これらに対し、本発明に係る実施例1~8は、摺動耐久性が合格または優秀と評価された。すなわち、本発明に係る窒化処理部品は、従来のガス軟窒化処理で形成される窒素化合物層を有する部品よりも高い摺動耐久性を示すことが確認された。
【0052】
上述した実施形態や実験は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。