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特開2025-91302界面活性剤の安全性予測方法、化粧品の安全性予測方法、及び化粧品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025091302
(43)【公開日】2025-06-18
(54)【発明の名称】界面活性剤の安全性予測方法、化粧品の安全性予測方法、及び化粧品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/15 20060101AFI20250611BHJP
   A61K 8/00 20060101ALI20250611BHJP
   A61Q 5/02 20060101ALI20250611BHJP
   A61Q 5/12 20060101ALI20250611BHJP
【FI】
G01N33/15 Z
A61K8/00
A61Q5/02
A61Q5/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023206493
(22)【出願日】2023-12-06
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】592255176
【氏名又は名称】株式会社ミルボン
(74)【代理人】
【識別番号】100111187
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 秀忠
(74)【代理人】
【識別番号】100142882
【弁理士】
【氏名又は名称】合路 裕介
(72)【発明者】
【氏名】岸本 愛加
(72)【発明者】
【氏名】藤原 暢之
(72)【発明者】
【氏名】豊田 耕司
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 勇希
【テーマコード(参考)】
4C083
【Fターム(参考)】
4C083BB01
4C083EE10
(57)【要約】
【課題】界面活性剤の安全性の予測における信頼性を向上させることが可能な界面活性剤の安全性予測方法、化粧品の安全性予測方法、及び化粧品の製造方法を提供する。
【解決手段】界面活性剤の安全性予測方法であって、安全性に関する情報が既知である物質又は物質群について定まる所定参照情報と、界面活性剤の疎水性に由来する疎水性情報と、に基づいて予測する。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
界面活性剤の安全性予測方法であって、
安全性に関する情報が既知である物質又は物質群について定まる所定参照情報と、前記界面活性剤の疎水性に由来する疎水性情報と、に基づいて前記界面活性剤の安全性を予測する、
界面活性剤の安全性予測方法。
【請求項2】
前記所定参照情報と前記疎水性情報を用いて、前記界面活性剤との親和性を判断することにより、前記界面活性剤の安全性を予測する、
請求項1に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【請求項3】
前記親和性の判断は、前記所定参照情報及び前記疎水性情報それぞれの、極性を示す情報に基づいて判断する、
請求項2に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【請求項4】
前記親和性の判断は、前記所定参照情報及び前記疎水性情報それぞれの、ハンセン溶解度パラメータにおける分散力項と双極子間力項と水素結合力項の情報に基づいて判断する、
請求項3に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【請求項5】
前記所定参照情報は、複数種類の物質についての、安全性に関する情報、及び、極性を示す情報に基づいて定まる、
請求項1から4のいずれか1項に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【請求項6】
前記所定参照情報は、複数種類の物質についての、安全性に関する情報、及び、ハンセン溶解度パラメータにおける分散力項と双極子間力項と水素結合力項の情報に基づいて定まる、
請求項5に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【請求項7】
前記安全性の判断は、皮膚に対する刺激性の判断である、
請求項1から4のいずれか1項に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【請求項8】
前記皮膚に対する刺激性の判断は、皮膚一次刺激に関する判断である、
請求項7に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【請求項9】
前記界面活性剤は、イオン性界面活性剤である、
請求項1から4のいずれか1項に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【請求項10】
請求項1から4のいずれか1項に記載の界面活性剤の安全性予測方法に基づいて、前記界面活性剤が配合された化粧品の安全性を予測する、
化粧品の安全性予測方法。
【請求項11】
請求項1から4のいずれか1項に記載の界面活性剤の安全性予測方法により安全性が判断された前記界面活性剤を用いて化粧品を製造する、
化粧品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、界面活性剤の安全性予測方法、化粧品の安全性予測方法、及び化粧品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、化粧品業界等では、安全性が明らかになっていない化粧品や医療品等について、人に対して実際に使用することで安全性の評価が行われてきた。しかし、被験者の同意を得ることが困難である場合があるばかりか、人としての検体の数にも限りがある。このため、人に対する試験によらずに安全性の評価を行うことが可能な試験が検討されている。また、化粧品や医療品等の人によらない試験として動物実験があるものの、近年、規制が進む等により、その代替法が注目されている。
【0003】
これに対して、例えば、特許文献1では、所定の安全性試験における被験物の安全性を予測するために、高安全性範囲等の予測範囲を、ハンセン溶解度パラメータ(Hansen Solubility Parameter:HSP)の値を基に特定することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2021/225063号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
化粧品や医療品等において配合される界面活性剤については、既存及び今後新たに開発される界面活性剤に対しても、信頼性の高い安全性の予測結果が特に望まれる。
【0006】
本発明は、上記の実状に鑑みてなされたものであり、界面活性剤の安全性の予測における信頼性を向上させることが可能な界面活性剤の安全性予測方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意努力した結果、安全性に関する情報が既知である物質について定まる情報を利用する際に、安全性が明らかになっていない界面活性剤の全体の性質について定まる情報又は界面活性剤の親水性に由来する情報を用いて溶解度等の親和性の関係に基づいて安全性を評価した場合よりも、界面活性剤の疎水性に由来する疎水性情報に着目して安全性を評価した場合の方が、信頼性の高い結果が得られることを初めて見出し、更に検討を重ねて本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち本発明は、以下の手段を備えるものである。
[1]界面活性剤の安全性予測方法であって、安全性に関する情報が既知である物質又は物質群について定まる所定参照情報と、界面活性剤の疎水性に由来する疎水性情報と、に基づいて前記界面活性剤の安全性を予測する、界面活性剤の安全性予測方法。
【0009】
[2]所定参照情報と疎水性情報を用いて、界面活性剤との親和性を判断することにより、界面活性剤の安全性を予測する、前項[1]に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【0010】
[3]親和性の判断は、所定参照情報及び疎水性情報それぞれの、極性を示す情報に基づいて判断する、前項[2]に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【0011】
[4]親和性の判断は、所定参照情報及び疎水性情報それぞれの、ハンセン溶解度パラメータにおける分散力項と双極子間力項と水素結合力項の情報に基づいて判断する、前項[3]に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【0012】
[5]所定参照情報は、複数種類の物質についての、安全性に関する情報、及び、極性を示す情報に基づいて定まる、前項[1]~[4]のいずれか1項に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【0013】
[6]所定参照情報は、複数種類の物質についての、安全性に関する情報、及び、ハンセン溶解度パラメータにおける分散力項と双極子間力項と水素結合力項の情報に基づいて定まる、前項[5]に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【0014】
[7]安全性の判断は、皮膚に対する刺激性の判断である、前項[1]から[6]のいずれか1項に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【0015】
[8]皮膚に対する刺激性の判断は、皮膚一次刺激に関する判断である、前項[7]に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【0016】
[9]界面活性剤は、イオン性界面活性剤である、前項[1]から[8]のいずれか1項に記載の界面活性剤の安全性予測方法。
【0017】
[10]化粧品の安全性予測方法であって、前項[1]~[9]のいずれか1項に記載の界面活性剤の安全性予測方法に基づいて、界面活性剤が配合された化粧品の安全性を予測する化粧品の安全性予測方法。
【0018】
[11]化粧品の製造方法であって、前項[1]~[9]のいずれか1項に記載の界面活性剤の安全性予測方法により安全性が判断された界面活性剤を用いて化粧品を製造する、化粧品の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
[1]の界面活性剤の安全性予測方法によれば、界面活性剤の安全性の予測における信頼性を高めることが可能になる。
【0020】
[2]~[9]の界面活性剤の安全性予測方法によれば、界面活性剤の安全性の予測における信頼性をより高めることが可能になる。
【0021】
[10]の化粧品の安全性予測方法によれば、化粧品の安全性の予測における信頼性を高めることが可能になる。
【0022】
[11]の化粧品の製造方法によれば、安全性に関する信頼性の高い化粧品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】評価基準となるハンセン溶解球を説明するための三次元グラフである。
図2】界面活性剤の皮膚刺激指数と、界面活性剤の全体についてのREDとの関係を示すグラフである。
図3】界面活性剤であるスルホコハク酸ラウレス2Naにおける疎水性に由来するハンセン溶解球と親水性に由来するハンセン溶解球を説明するための三次元グラフである。
図4】界面活性剤の皮膚刺激指数と、その親水性由来のREDとの関係を示すグラフである。
図5】界面活性剤の皮膚刺激指数と、その疎水性由来のREDとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の実施形態について、以下に例を挙げつつ説明する。
【0025】
一実施形態に係る界面活性剤の安全性予測方法は、安全性に関する情報が既知である物質又は物質群について定まる所定参照情報と、界面活性剤の疎水性に由来する疎水性情報と、に基づいて界面活性剤の安全性を予測する。
【0026】
(界面活性剤)
安全性を予測する対象である界面活性剤としては、分子内に親水性の部分(親水基)と、親油性の部分(疎水基)と、を合わせ持つ両親媒性分子であり、例えば、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、及び両性界面活性剤等のイオン性界面活性剤、ノニオン界面活性剤が挙げられる。なかでも、界面活性剤の全体に着目した場合と比べて疎水基に着目した場合の安全性予測の信頼性が向上しやすい点で、イオン性界面活性剤であることが好ましい。
【0027】
(安全性)
安全性予測方法において予測される安全性は、特に限定されないが、例えば、ヒトパッチテスト(界面活性剤を配合した組成物を皮膚に適用することで人為的に経皮吸収させ、人工的な接触皮膚炎が生じるかどうかを評価するものである、皮膚に対する刺激性判断に関する試験)が挙げられる。このヒトパッチテストは、界面活性剤の皮膚への単回塗布により行う皮膚一次刺激に関する判断を行うヒトパッチテスト、界面活性剤の皮膚への複数回塗布により行う連続刺激に関する判断を行うヒトパッチテストなどが挙げられる。なお、いずれのヒトパッチテスト手法も公知となっており、皮膚一時刺激は、例えば、化粧品製剤の皮膚一時刺激の評価方法として公知であるヒトパッチテストによって評価されることが好ましい。当該評価は、ヒトパッチテストにおいて赤みが確認された被験者の割合に基づいて判断されてもよいし、ヒトパッチテストによって把握される所定の皮膚刺激指数に基づいて判断されてもよい。
【0028】
界面活性剤の安全性予測方法は、安全性に関する情報が既知である物質又は物質群について定まる所定参照情報と、安全性に関する情報が明らかではない界面活性剤の性質に関する情報と、を用いて安全性を予測する。ここで、前者情報である所定参照情報を定めるための安全性に関する情報が既知である物質又は物質群としては、ヒトパッチテスト(皮膚一時刺激ヒトパッチテストなど)等の安全性評価を行った結果得られる安全性に関する情報が既知である物質又は物質群である。所定参照情報を定めるに当たって用いられる物質は、1種類以上であり、予測の信頼性を高める観点から、2種類以上であることが好ましく、5種類以上であることがより好ましく、10種類以上であることがさらに好ましい。安全性に関する情報が既知である物質としては、特に限定されず、化粧品の原料として用いられるものでも良く、界面活性剤以外の種類のものであってもよい。所定参照情報は、皮膚一時刺激等の安全性が所定基準よりも高いものとして既知である物質又は物質群について定まる情報であってもよいが、皮膚一時刺激等の安全性が所定基準よりも低いものとして既知である物質又は物質群について定まる情報であることが好ましい。
【0029】
界面活性剤の安全性予測方法では、上記の通り、安全性に関する情報が明らかではない界面活性剤における疎水性に由来する疎水性情報を用いて安全性を予測する。界面活性剤の全体における性質の情報を用いるのではなく、界面活性剤における親水性に由来する情報を用いるのでもなく、界面活性剤における疎水性に由来に関する疎水性情報を用いることにより、安全性の予測における信頼性を高めることができる。
ここで、界面活性剤における疎水性に由来する疎水性情報としては、界面活性剤における疎水基の種類だけで定まる情報ではなく、あくまでも当該界面活性剤を前提とした疎水性に由来する情報である(界面活性剤の極性に影響を与える親水性に由来する情報が省略されていない情報である。)。
【0030】
界面活性剤の安全性予測方法では、所定参照情報と疎水性情報を用いて、安全性に関する情報が既知である物質又は物質群に対する界面活性剤における疎水性との親和性を評価することにより、界面活性剤の安全性を予測する。ここで、その予測は、例えば、安全性が所定基準よりも低いものとして既知である物質又は物質群について定まる情報を所定参照情報として用いた場合には、界面活性剤と親和性が高いときには安全性が低いと予測され、界面活性剤と親和性が低いときには安全性が高いと予測される。また、親和性については、その有無だけの評価ではなく、その程度(親和性が高い、又は、親和性が低い)を評価するようにしてもよい。
【0031】
親和性としては、安全性に関する情報が既知である物質又は物質群に対する、界面活性剤における疎水基部分を主とした親和性であり、特に限定されないが、例えば、相互の溶解性に基づいて評価されるものであることが好ましい。例えば、溶解性の評価については、所定参照情報として安全性に関する情報が既知である物質又は物質群についての公知の溶解度パラメータを採用し、疎水性情報として界面活性剤における疎水基部分を主とした溶解度パラメータを採用し、これら所定参照情報である溶解度パラメータと、疎水性情報である溶解度パラメータと、に基づいた溶解性の判断により行うことができる。このような溶解度パラメータに基づく判断は、ハンセン溶解度パラメータ(Hansen Solubility Parameter:HSP)の値(HSP値)における3つのパラメータの少なくとも1つに基づいて行うことができる。HSP値の3つのパラメータとは、「δd」「δp」「δh」の3つである。これらのパラメータのうちの「δd」は分散力項であり、ほぼ全ての物質がもつファンデルワールス相互作用から生じる非極性相互作用のパラメータである。「δp」は双極子間力項であり、双極子間相互作用が基となるパラメータである。「δh」は水素結合力項であり、水素結合による相互作用に基づくパラメータである。HSP値における3つのパラメータのうち、極性を示す情報である双極子間力項と水素結合力項の2つに基づいて溶解性を評価することが好ましく、3つのパラメータの全てを用いて溶解性を評価することがより好ましい。
【0032】
なお、HSP値の入手は、特に限定されず、各物質について公知の情報又は公知の特定方法によって得られる情報として入手すればよい。HSP値の算出法としては、例えば、溶解性評価を用いた溶解度パラメータの算出法、物性値を用いた溶解度パラメータの算出法、グループ寄与法による溶解度パラメータの算出法を好適に用いることができる。溶解性評価を用いた溶解度パラメータの算出法としては、ハンセン溶解球法(Hansen Solubility Sphere method)を用いる方法がある。物性値を用いた溶解度パラメータとしては、蒸発熱ΔHを用いた計算法、表面張力を用いた計算法、屈折率を用いた計算法、粘度の活性化エネルギーを用いた計算法を用いる方法がある。グループ寄与法による溶解度パラメータの算出法としては、Fedorsの計算法、van Kreveren & Hoftyzerの計算法、Hoyの計算法、Stefanis & Panayiotouの計算法がある。
【0033】
このHSP値に基づく界面活性剤の安全性予測方法では、安全性に関する情報が既知である物質又は物質群について定まるHSP値を所定参照情報とし、安全性に関する情報が明らかではない界面活性剤における疎水性に由来するHSP値を疎水性情報とし、所定参照情報と疎水性情報を用いて安全性を予測する。例えば、安全性予測を行う界面活性剤について、当該界面活性剤における疎水性に由来するHSP値で定まる位置座標(「疎水性情報」に相当)が、安全性が所定基準よりも低いものとして既知である物質又は物質群について定まるHSP値の位置座標範囲(「所定参照情報」に相当)の範囲内である場合には、安全性が低いと予測され、その所定参照情報であるHSP値の位置座標範囲の範囲外である場合には、安全性が高いと予測される。なお、HSP値の位置座標は、極性を示す情報であるδp(双極子間力項)とδh(水素結合力項)で定める二次元位置座標であっても良く、更にδd(分散力項)を含めて定める三次元位置座標であっても良い。
【0034】
所定参照情報として、安全性の低い物質群について定まるHSP値に基づくハンセン溶解球を採用する場合は、例えば、安全性の高低に関する情報が既知である複数の物質の各HSP値を入手し、そのうちの安全性が所定基準よりも低いことが既知である複数の物質を内包しつつ、安全性が所定基準よりも高いことが既知である複数の物質を内包しない仮想的な最小の球(ハンセン溶解球)をHSP値の3次元空間における位置座標において特定して得ることができる(これに伴い、当該球の中心座標が得られる。)。また、このようにして定まるハンセン溶解球の半径(相互作用半径)を、HSP値の3次元空間における位置座標の距離の基準値として用いて安全性を予測すること、より具体的には、HSP値の3次元空間においてハンセン溶解球の内側に位置するか否かに基づいて安全性を予測することが好ましい。物質の濃度が異なる場合、物質自体のHSP値は変わらないが、ハンセン溶解球の半径が変化する等により、安全性の予測に影響を与えることになる。
【0035】
なお、上記のハンセン溶解球を得るための方法は公知であり、以下の文献にもその手法が開示されている。
□C. M. Hansen et al., Prog. Org. Coating, 51, 109-112, (2004), Polymer additives and solubility parameters
□C. M. Hansen et al., Carbon, 42, 1591-1597, (2004), Using Hansen solubility parameters to correlate solubility of C60 fullerene in organic solvents and in polymers
□C. M. Hansen, Hansen Solubility Parameters: A User’s Handbook; CRC Press: 1999
【0036】
上記の疎水性情報としてハンセン溶解球を利用する場合、当該疎水性情報として、界面活性剤における親水性に由来する情報に基づくハンセン溶解球と、疎水性に由来する情報に基づくハンセン溶解球を特定した上で、後者の疎水性情報に基づくハンセン溶解球の中心となるδd、δp、δhを採用する。
【0037】
なお、上記の2つのハンセン球(親水性に由来する情報に基づくハンセン溶解球と、疎水性由来のハンセン溶解球)を得るための方法は公知であり、例えば以下の文献にもその手法が開示されている。
S. Abbott, C. M. Hansen, and H. Yamamoto, Hansen Solubility Parameters in Practice Complete with eBook, software and data 5th Edition, 2015.
□Agata Y, Yamamoto H (2018) Determination of Hansen solubility parameters of ionic liquids using double-sphere type of Hansen solubility sphere method. Chem Phys
□Manuel Diaz de los Rios, Extending Microsoft excel and Hansen solubility parameters relationship to double Hansen’s sphere calculation
【0038】
上記の通り、所定参照情報と疎水性情報を用いて、界面活性剤との親和性を判断することにより界面活性剤の安全性を予測する。HSP値を利用する場合、所定参照情報は上記のハンセン溶解球が該当し、疎水性情報は上記における疎水性に基づくハンセン溶解球の中心であるδd、δp、δhが該当する。そして、界面活性剤の親和性を判断することによる界面活性剤の安全性予測は、疎水性情報であるハンセン溶解球中心が所定参照情報のハンセン溶解球の範囲内であれば、親和性が高く、安全性が低いと予測され、疎水性情報であるハンセン溶解球中心が所定参照情報のハンセン溶解球の範囲外であれば、親和性が低く、安全性が高いと予測される。この場合、極性を示す情報(双極子間力項δp及び水素結合力項δh)により親和性を判断して安全性を予測すると良く、双極子間力項δp、水素結合力項δh、及び分散力項δdにより親和性を判断して安全性を予測することが好ましい。
【0039】
以上の本実施形態の界面活性剤の安全性予測方法は、界面活性剤の疎水性に由来するHSP値等の物性と、安全性が既知の物質におけるHSP値等の物性とを用いて予測するものであるため、人に対する試験や動物実験に依存せず予測が可能になるとともに、その予測の信頼性を高めることが可能になる。
【0040】
また、界面活性剤の安全性予測方法に代えて、上述の界面活性剤の安全性予測方法に基づいて、安全性が予測された界面活性剤が配合された化粧品の安全性を予測してもよい。具体的には、安全性が高いと予測された界面活性剤が配合された化粧品について安全性が高いと予測するようにしてもよいし、安全性が低いと予測された界面活性剤が配合された化粧品について安全性が低いと予測するようにしてもよい。このような化粧品としては、例えば、シャンプーやトリートメント等の毛髪処理剤が挙げられる。
【0041】
また、化粧品を製造するに際して、上記の界面活性剤の安全性予測方法により安全性が判断された界面活性剤を用いて化粧品を製造するようにしてもよい。具体的には、界面活性剤の安全性予測方法により安全性が高いと予測された界面活性剤を用いて化粧品を製造するようにしてもよい。
【実施例0042】
以下に本発明に関連した実施例について詳細に説明する。
【0043】
(既知のHSP値と、公知文献に基づくヒトパッチテストによる皮膚一次刺激の評価)
下記表1に、「皮膚一次刺激の有無」と、既知の「HSP値」を示す。
【表1】
【0044】
上記表1における「皮膚一次刺激の有無」については、下記文献1~5に記載のヒトパッチテストの陽性反応率5%以上のものを「有」と評価し、陽性反応率5%未満のものを「無」と設定したものである(なお、皮膚一次刺激の「有」、「無」を定める評価基準は任意に設定できる。本実施例では5%を基準としているが、例えば10%を基準とした場合、5%や6%に比して低い安全性推定となる。なぜなら、陽性率5%や6%でも皮膚一次刺激「無」の判断となるからである。)。既知のHSP値については、公知のHSP値の解析ソフトウェアが有する値である。
【0045】
文献1~5(著者、タイトル、掲載雑誌、巻号、ページ、発行年、データ記載ページ、の順で以下に記載)
文献1:川村太郎、第3回パッチテスト研究会、アレルギー、17(8)、676-691、1968年、678-679
文献2:橋本武則、貼付反応(パッチテスト)の臨床的意義について、皮膚、12(1)、23ー26、1970年、24
文献3:厚生労働省、業務上疾病に関する医学的知見の収集に係る調査研究報告書、対象疾病1:労働基準法施行規則第 35 条専門検討会において引き続き情報収集が必要とされた疾病 資料2、1-239、年不明、40(公開URL「https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000748736.pdf」)
文献4:早川律子、ヒトクローズパッチテスト、皮膚、26(5)、1119-1127、1975、1121-11222
文献5:Ida Duarte, Rosana Lazzarini, Roberta Buense, Interference of the position of substances in an epicutaneous patch test battery with the occurrence of false-positive results, American Journal of Contact Dermatitis 13(3),125-132,2002,129
【0046】
(所定参照情報(皮膚一次刺激「有」と判断されたサンプルのハンセン溶解球の特定))
上記HSP値が既知である各サンプルについて、HSP値における三次元座標上にプロットし、ヒトパッチテストにより判明した皮膚一次刺激「有」のサンプルを全て内包し、ヒトパッチテストにより判明した皮膚一次刺激「無」のサンプルを包含しない三次元座標上の球を、評価基準となるハンセン溶解球として特定した。
【0047】
当該評価基準となるハンセン溶解球を図1に示す。図1では、皮膚一次刺激「有」のサンプルを丸のプロットで示し、皮膚一次刺激「無」のサンプルを四角のプロットで示している。また、ハンセン溶解球の中心のHSP座標についても丸のプロットで示している。ハンセン溶解球の中心のHSP座標は、上述のハンセン溶解球法により算出した。当該評価基準となるハンセン溶解球の中心座標であるHSP値等を、以下の表2に示す。なお、δd、δp、δの単位はMPa1/2である。また、Rは、評価基準となるハンセン溶解球の半径である相互作用半径を意味する。
【表2】
【0048】
(界面活性剤の実際の皮膚刺激の確認について)
界面活性剤の皮膚一次刺激の実際の結果と予測結果との整合を確認できるようにするため、被験物質である各界面活性剤について、以下のようにして皮膚刺激指数を算出した。
具体的には、被験物質である界面活性剤を複数の被験者数の腕又は背中等の皮膚に直接適用した状態でシールし、24時間経過後にシールを剥がし、剥がした後1~2時間経過した時の皮膚の赤みの有無、及び、剥がした後24時間経過した時の皮膚の赤みの有無を目視で確認し、赤みの強いほうの反応を評価対象とした。そして、反応がないものを「0点」、わずかな紅斑が確認されたものを「0.5点」、明らかな紅斑が確認されたものを「1.0点」、紅斑に加えて浮腫又は丘疹が確認されたものを「2.0点」、紅斑と浮腫又は丘疹に加えて小水疱が確認されたものを「3.0点」とし、次式に示すように、各被験物質の評点の総和を被験者数で除した値の百分率を皮膚刺激指数とした。
皮膚刺激指数=評点総和/被験者数×100
【0049】
なお、被験物質である界面活性剤としては、ラウリル硫酸Na、テトラデセンスルホン酸Na、ラウレス-6カルボン酸Na、スルホコハク酸ラウレス2Na、ラウラミドプロピルベタイン、イソステアラミドプロピルベタイン、ラウランホ酢酸Na、デシルグルコシドをそれぞれ用いた。
【0050】
(界面活性剤の全体のHSP値に基づく予測性について)
次に、被験物質である各界面活性剤について、界面活性剤の全体におけるHSP値を求めた。
ここでは、HSP値が未知の界面活性剤に対するHSP値が既知である物質の相溶性を確認するために、両者を混合させ、当該界面活性剤に溶解する物質である良溶媒と、当該界面活性剤には溶解せず分離する物質である貧溶媒とに分けた。具体的には、純分20重量%となるように界面活性剤を精製水で希釈することで界面活性剤水溶液を調製し、この界面活性剤水溶液0.05mlに対して、HSP値が既知である物質の純溶媒それぞれについて5mlを添加することで、相溶性を調べた。次いで、HSP値が既知であるこれらの物質についてHSP値における三次元座標上にプロットし、良溶媒である物質を全て内包し、貧溶媒である物質を包含しない三次元座標上の溶解球を公知のHSP値の解析ソフトウェアを用いてハンセン溶解球を特定した。そして、当該ハンセン溶解球の中心座標を、当該界面活性剤のHSP値として求めた。
【0051】
なお、界面活性剤のHSP値を求めるために用いたHSP値が既知である物質は、ドデシル硫酸ナトリウム、ヘキサン、アセトン、エタノール、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、ピリジン、ベンジルアルコール、N-メチルホルムアミド、1,1,2,2-テトラブロモエタン、メチルイソブチルケトン(MIBK)、プロピレングリコールモノエチルエーテル、アニリン、ニトロベンゼン、1-ブタノール、トルエン、テトラヒドロフラン(THF)、サリチルアルデヒド、o-ジクロロベンゼン、1-メチルナフタレン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、クロロホルムの各純溶媒であった。
【0052】
次に、上述のようにして求めた各界面活性剤の全体のHSP値と上述の評価基準のハンセン溶解球の中心座標のHSP値との距離であるRaを以下の式により求めた。
Ra=4×(δd1-δd2+(δp1-δp2+(δh1-δh21/2
【0053】
さらに、界面活性剤の全体のHSP値と評価基準のハンセン溶解球の中心座標のHSP値との距離Raを、評価基準のハンセン溶解球の半径Rで除して得られるREDを求めた。
RED=Ra/R
このREDが1以下であることは、当該界面活性剤の全体のHSP値が評価基準のハンセン溶解球に内包されていることを示すことになる。
【0054】
各界面活性剤の全体についてのHSP値とRaとREDの各値を表3に示す。
【表3】
【0055】
以上の表3に示す各界面活性剤の全体についてのREDに対する、各界面活性剤の皮膚刺激指数の関係を、図2のグラフに示す。
図2のグラフによれば、評価基準となるハンセン溶解球の内側に位置する界面活性剤(全体のRED値が1以下である界面活性剤)としては、皮膚刺激指数が高い(80~90)である界面活性剤が存在しつつも、皮膚刺激指数が低い(20以下)界面活性剤も存在している。このため、界面活性剤の全体についてのHSP値を用いた場合には、評価基準となるハンセン溶解球の内外と、皮膚一次刺激との対応関係は確認されない。
【0056】
(<参考>界面活性剤の親水性に由来するハンセン溶解球及び当該球中心のHSP値に基づく予測性について)
次に、被験物質である各界面活性剤について、界面活性剤の親水性に由来するハンセン溶解球と当該球中心のHSP値を、公知のHSP値の解析ソフトウェアを用いて求めた。
ここでは、上記表3のHSP値を得るときのハンセン溶解球を特定するのとは異なり、界面活性剤における親水性に由来するハンセン溶解球と疎水性に由来するハンセン溶解球を公知のHSP値解析ソフトウェアを用いて求め、更に、前者の親水性に由来するハンセン溶解球中心のHSP値を定めた。なお、界面活性剤の疎水性由来のHSP値を求めるのに用いたHSP値が既知の物質は、上記表3のHSP値を得るときと同様である。
【0057】
図3に、界面活性剤の一例である「スルホコハク酸ラウレス2Na」について、親水性由来のハンセン溶解球を、HSP座標上に示している。なお、図3では、「スルホコハク酸ラウレス2Na」の疎水性由来のハンセン溶解球も同時に示しているが、当該2つの球のうちδhの値が大きい方の球が親水性由来のハンセン溶解球に対応し、δhの値が小さい方の球が疎水性由来のハンセン溶解球に対応するものとした。これは、界面活性剤における親水性由来の方が疎水性由来よりも水素結合による相互作用が大きいため、水素結合力項を示すδhの値が大きくなることによる。
【0058】
さらに、各界面活性剤の親水性由来のHSP値と評価基準のハンセン溶解球の中心座標のHSP値との距離であるRaと、当該距離Raを評価基準のハンセン溶解球の半径Rで除して得られるREDと、をそれぞれ求めた。
各界面活性剤の親水性由来のHSP値とRaとREDの各値を表4に示す。
【表4】
【0059】
以上の表4に示す各界面活性剤の親水性由来についてのREDに対する、各界面活性剤の皮膚刺激指数の関係を、図4のグラフに示す。
図4のグラフによれば、ヒトパッチテストにおける皮膚一次刺激「有」と判断された物質のHSP座標の集合に近く、評価基準となるハンセン溶解球の内側に位置する界面活性剤(親水性由来のRED値が1以下である界面活性剤)については、皮膚刺激指数が低い(20以下)。また、図4のグラフによれば、ヒトパッチテストにおける皮膚一次刺激「有」と判断された物質のHSP座標の集合から遠く、評価基準となるハンセン溶解球の外側に位置する界面活性剤(親水由来のRED値が1より大きい界面活性剤)については、皮膚刺激指数が高い(80~90)。このため、界面活性剤の親水性由来のHSP値を用いた場合には、「ヒトパッチテストにおける皮膚一次刺激「有」と判断された物質のHSP座標の集合に近く、ハンセン溶解球の内側に親水性由来のHSP値が位置する界面活性剤については、皮膚一次刺激の値も高くなっている」、という関係は成立していない。
【0060】
(疎水性情報(界面活性剤における疎水性由来のハンセン溶解球及び当該球のHSP値)に基づく予測性について)
さらに、被験物質である各界面活性剤について、上記の界面活性剤の疎水由来のハンセン溶解球及び当該球中心のHSP値を求めた場合と同様にして、界面活性剤における疎水性由来のHSP値を求めた。
【0061】
なお、上述の通り、図3において、界面活性剤の一例である「スルホコハク酸ラウレス2Na」について、疎水性由来のハンセン溶解球を、HSP座標上に示している。
【0062】
さらに、各界面活性剤における疎水性由来のHSP値と評価基準のハンセン溶解球の中心座標のHSP値との距離であるRaと、当該距離Raを評価基準のハンセン溶解球の半径Rで除して得られるREDと、をそれぞれ求めた。
各界面活性剤における疎水性由来のHSP値とRaとREDの各値を表5に示す。
【表5】
【0063】
以上の表5に示す各界面活性剤における疎水性由来のREDに対する、各界面活性剤の皮膚刺激指数の関係を、図5のグラフに示す。
図5のグラフによれば、ヒトパッチテストにおける皮膚一次刺激「有」と判断された物質のHSP座標の集合に近く、評価基準となるハンセン溶解球の内側に位置する界面活性剤(疎水性由来のRED値が1以下である界面活性剤)については、皮膚刺激指数が高い(80~90)。また、図5のグラフによれば、ヒトパッチテストにおける皮膚一次刺激「有」と判断された物質のHSP座標の集合から遠く、評価基準となるハンセン溶解球の外側に位置する界面活性剤(疎水性由来のRED値が1より大きい界面活性剤)については、皮膚刺激指数が低い(20以下)。このため、界面活性剤における疎水性由来のHSP値を用いた場合には、「ヒトパッチテストにおける皮膚一次刺激「有」と判断された物質のHSP座標の集合に近く、ハンセン溶解球の内側に疎水性由来のHSP値が位置する界面活性剤については、皮膚一次刺激の値も高くなっている」、という関係が成立している。さらに、界面活性剤における疎水性由来のHSP値を用いた場合には、「ヒトパッチテストにおける皮膚一次刺激「有」と判断された物質のHSP座標の集合から遠く、ハンセン溶解球の外に疎水性由来のHSP値が位置する界面活性剤については、皮膚一次刺激の値も低くなっている」、という関係が成立している。以上より、界面活性剤における疎水性由来のHSP値と評価基準となるハンセン溶解球との関係から予測される結果と、実際の皮膚一次刺激の結果との間に対応関係が認められる。
【0064】
以上より、界面活性剤の全体のHSP値又は界面活性剤の親水性由来のHSP値を用いた皮膚一次刺激の予測は困難であるが、界面活性剤における疎水性由来のHSP値を用いた皮膚一次刺激の予測については、信頼性の高い結果が得られることが明らかとなった。
図1
図2
図3
図4
図5