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特開2025-9223ミュオン計測装置及びミュオン計測方法
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  • 特開-ミュオン計測装置及びミュオン計測方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025009223
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】ミュオン計測装置及びミュオン計測方法
(51)【国際特許分類】
   G01T 5/02 20060101AFI20250110BHJP
   G01T 1/22 20060101ALI20250110BHJP
   G01T 1/18 20060101ALI20250110BHJP
   G01T 1/17 20060101ALI20250110BHJP
   G21C 17/06 20060101ALI20250110BHJP
   G21C 17/10 20060101ALI20250110BHJP
   G01N 23/20 20180101ALI20250110BHJP
【FI】
G01T5/02
G01T1/22
G01T1/18 D
G01T1/17 F
G21C17/06 090
G21C17/10 300
G21C17/10 200
G01N23/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023112080
(22)【出願日】2023-07-07
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中居 勇樹
(72)【発明者】
【氏名】宮寺 晴夫
(72)【発明者】
【氏名】杉田 宰
(72)【発明者】
【氏名】藤牧 拓郎
(72)【発明者】
【氏名】山本 修治
(72)【発明者】
【氏名】野口 恭平
【テーマコード(参考)】
2G001
2G075
2G188
【Fターム(参考)】
2G001AA08
2G001BA14
2G001CA08
2G001DA01
2G001DA09
2G001DA10
2G001EA07
2G001EA20
2G001GA03
2G001GA06
2G001KA01
2G001LA08
2G001NA14
2G075CA38
2G075DA08
2G075FB04
2G075GA18
2G188AA21
2G188AA27
2G188BB01
2G188BB04
2G188BB05
2G188CC03
2G188CC20
2G188DD30
2G188DD42
2G188EE02
2G188EE25
2G188EE28
2G188EE29
2G188EE39
(57)【要約】
【課題】放射線環境下においても対象物を通過するミュオンを利用して、対象物が含有する特定物質の重量を好適に測定できること。
【解決手段】測定対象の対象物1を挟んで対向位置に設けられ、対象物を通過するミュオンμを計測してミュオン軌跡を検出するミュオン軌跡検出器11と、チェレンコフ光を放射して計測し、チェレンコフ光の放射ついて放射線に対する感度よりもミュオンに対する感度を高く設定することで、放射線による事象を排除し且つミュオンよる事象を選択するチェレンコフ検出器12と、チェレンコフ検出器の計測結果に基づきミュオンによる事象を判定すると共に、この判定したミュオンによる事象について、ミュオン軌跡検出器の計測値に基づきミュオン軌跡を再構成してミュオン散乱を解析する軌跡判定部14と、ミュオン散乱に基づき、対象物が含有する特定物質の重量を求める重量判定部15と、を有して構成されたものである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線環境下で動作するミュオン計測装置であって、
計測対象の対象物を挟んで対向位置に設けられ、前記対象物を通過するミュオンを計測してミュオン軌跡を検出するミュオン軌跡検出器と、
チェレンコフ光を放射して計測し、前記チェレンコフ光の放射について放射線に対する感度よりも前記ミュオンに対する感度を高く設定することで、前記放射線による事象を排除し且つ前記ミュオンによる事象を選択するチェレンコフ検出器と、
前記チェレンコフ検出器の計測結果に基づき前記ミュオンによる事象を判定すると共に、この判定したミュオンによる事象について前記ミュオン軌跡検出器の計測値に基づき前記ミュオン軌跡を再構成してミュオン散乱を解析する軌跡判定部と、
前記ミュオン散乱に基づき前記対象物が含有する特定物質の重量を求める重量判定部と、を有して構成されたことを特徴とするミュオン計測装置。
【請求項2】
前記ミュオン軌跡検出器は、対象物から放出される放射線を遮蔽する遮蔽体を備えて構成されたことを特徴とする請求項1に記載のミュオン計測装置。
【請求項3】
前記チェレンコフ検出器は、チェレンコフ光を放射する屈折率nの放射体と、この放射体から放射された前記チェレンコフ光を計測する光センサとを有し、
前記屈折率nは、ミュオンが前記チェレンコフ光を放射し得る最小のエネルギに相当する屈折率の値以上で、且つ放射線がチェレンコフ光を放射し得る最小のエネルギに相当する屈折率の値未満に設定されたことを特徴とする請求項1に記載のミュオン計測装置。
【請求項4】
前記チェレンコフ検出器は、チェレンコフ光を放射する屈折率nの放射体と、この放射体から放射された前記チェレンコフ光を計測する光センサとを有し、
前記屈折率nは、ミュオンが前記チェレンコフ光を放射し得る最小のエネルギに相当する屈折率の値以上で、且つ放射線がチェレンコフ光を放射し得る最小のエネルギを超えた近傍のエネルギに相当する屈折率の値以下に設定されたことを特徴とする請求項1に記載のミュオン計測装置。
【請求項5】
前記軌跡判定部は、チェレンコフ検出器からの計測結果に基づいてミュオンによる事象を判定すると共に、ミュオン軌跡検出器の計測値からミュオン軌跡を再構成して前記ミュオン軌跡の変化を求め、このミュオン軌跡の変化からミュオン散乱を解析するよう構成されたことを特徴とする請求項1に記載のミュオン計測装置。
【請求項6】
前記重量判定部は、軌跡判定部にて解析されたミュオン散乱に基づき、対象物が含有する特定物質の重量と前記ミュオン散乱との関係性から前記特定物質の重量を導出するよう構成されたことを特徴とする請求項1に記載のミュオン計測装置。
【請求項7】
放射線環境下で行うミュオン計測方法であって、
計測対象の対象物を挟んで対向位置に設けられたミュオン軌跡検出器が、前記対象物を通過するミュオンを計測してミュオン軌跡を検出するステップと、
チェレンコフ光の放射について放射線に対する感度よりも前記ミュオンに対する感度を高く設定することで、前記放射線による事象を排除し且つ前記ミュオンによる事象を選択するチェレンコフ検出器が、チェレンコフ光を放射して計測するステップと、
軌跡判定部が、前記チェレンコフ検出器の計測結果に基づき前記ミュオンによる事象を判定すると共に、この判定したミュオンによる事象について前記ミュオン軌跡検出器の計測値に基づき前記ミュオン軌跡を再構成してミュオン散乱を解析するステップと、
重量判定部が、前記ミュオン散乱に基づき前記対象物が含有する特定物質の重量を求めるステップと、を有することを特徴とするミュオン計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、放射線環境下で動作するミュオン計測装置及びミュオン計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ウラン等の核燃料は、核セキュリティの観点から国際的な取り扱いが厳しく管理されている。特に、原子炉で使用された使用済み燃料は、大量の核分裂性成分を含み放射能を持つため、遮蔽及び冷却等の対策を講じた上で厳重な管理が必要になる。既存の燃焼度計測装置は、原子炉で発生した使用済み燃料を再処理施設で受け入れる際などに用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平2-222884号公報
【特許文献2】特開2017-161465号公報
【特許文献3】特開2021-189050号公報
【特許文献4】特開2022-187538号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
事前情報が不足している核燃料や燃料デブリにおいて、含有する核物質の重量を計測する方法として複数の手法が提案されている。特に、特許文献2では、透過力の強い宇宙線ミュオンの散乱角分布を計測することで、組成不明の物質中に含まれる核燃料の重量を計測する手法が提案されている。また、特許文献3では、宇宙線ミュオンに加えて、ガンマ線γや中性子線を計測することで、物質中に含まれる核燃料の重量の推定精度を向上させる方法が提案されている。
【0005】
ところが、ミュオン計測装置を含む一般的な放射線検出器では放射線環境下でノイズを生じる。つまり、これら提案では、高い放射能を持った物質を計測する際に、ノイズによる悪影響が生じる恐れがある。ミュオン計測装置では、ミュオンが直線的に通過するため、ミュオン軌跡の直線性からノイズとミュオンの信号を弁別することができる。しかし、高い放射線環境下においてはノイズが大量に生じるため、ノイズの事象数が主となることで、ミュオンの事象とノイズの事象とを弁別することが困難になる。また、ノイズが直線的な位置で計測された場合には、偽軌跡を誤って計測してしまうことがある。
【0006】
荷電粒子の遮蔽は容易ではあるものの、ガンマ線は遮蔽が困難で、コンプトン散乱などによってミュオン計測装置内にノイズを生じやすい。特に、放射性廃棄物が高い放射能を持って大量のガンマ線を放出する場合には、ミュオン計測装置を利用する上でガンマ線由来のノイズが問題となる。
【0007】
本発明の実施形態は、上述の事情を考慮してなされたものであり、放射線環境下においても対象物を通過するミュオンを利用して、対象物が含有する特定物質の重量を好適に測定することができるミュオン計測装置及びミュオン計測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の実施形態におけるミュオン計測装置は、放射線環境下で動作するミュオン計測装置であって、計測対象の対象物を挟んで対向位置に設けられ、前記対象物を通過するミュオンを計測してミュオン軌跡を検出するミュオン軌跡検出器と、チェレンコフ光を放射して計測し、前記チェレンコフ光の放射について放射線に対する感度よりも前記ミュオンに対する感度を高く設定することで、前記放射線による事象を排除し且つ前記ミュオンによる事象を選択するチェレンコフ検出器と、前記チェレンコフ検出器の計測結果に基づき前記ミュオンによる事象を判定すると共に、この判定したミュオンによる事象について前記ミュオン軌跡検出器の計測値に基づき前記ミュオン軌跡を再構成してミュオン散乱を解析する軌跡判定部と、前記ミュオン散乱に基づき前記対象物が含有する特定物質の重量を求める重量判定部と、を有して構成されたことを特徴とするものである。
【0009】
本発明の実施形態におけるミュオン計測方法は、放射線環境下で行うミュオン計測方法であって、計測対象の対象物を挟んで対向位置に設けられたミュオン軌跡検出器が、前記対象物を通過するミュオンを計測してミュオン軌跡を検出するステップと、チェレンコフ光の放射について放射線に対する感度よりも前記ミュオンに対する感度を高く設定することで、前記放射線による事象を排除し且つ前記ミュオンによる事象を選択するチェレンコフ検出器が、チェレンコフ光を放射して計測するステップと、軌跡判定部が、前記チェレンコフ検出器の計測結果に基づき前記ミュオンによる事象を判定すると共に、この判定したミュオンによる事象について前記ミュオン軌跡検出器の計測値に基づき前記ミュオン軌跡を再構成してミュオン散乱を解析するステップと、重量判定部が、前記ミュオン散乱に基づき前記対象物が含有する特定物質の重量を求めるステップと、を有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の実施形態によれば、放射線環境下においても対象物を通過するミュオンを利用して、対象物が含有する特定物質の重量を好適に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】第1実施形態に係るミュオン計測装置を示す構成図。
図2図1のミュオン計測装置が実行するミュオン計測方法のフローチャート。
図3】チェレンコフ検出器の放射体がチェレンコフ光を放射し得る放射線の最小エネルギと放射体の屈折率との関係を示すグラフ。
図4】チェレンコフ光の放射角度を説明する斜視図。
図5】対象物が含有する核物質の重量とミュオン散乱角との関係を示すグラフ。
図6】第2実施形態に係るミュオン計測装置におけるチェレンコフ検出器の放射体について、放射するチェレンコフ光の光子数を放射体の屈折率毎に示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態を、図面に基づき説明する。
[A]第1実施形態(図1図5
図1は、第1実施形態に係るミュオン計測装置を示す構成図である。また、図2は、図1のミュオン計測装置が実行するミュオン計測方法のフローチャートである。これらの図1及び図2に示すように、ミュオン計測装置10は放射線環境下で動作するものであり、測定対象の対象物1を通過するミュオンμを計測してミュオン軌跡を検出するミュオン軌跡検出器11と、チェレンコフ光を放射して計測するチェレンコフ検出器12と、データ集積部13と、ミュオンμによる事象を判定すると共に、ミュオン軌跡に基づきミュオン散乱を解析する軌跡判定部14と、対象物1が含有する特定物質(例えば核物質)の重量を導出する重量判定部15と、を有して構成される。
【0013】
図1に示すように、測定対象の対象物1は、例えば原子力発電所などで発生する核物質としての核燃料を含有する廃棄物(例えば燃料デブリ)や使用済みの核燃料などである。
【0014】
ミュオン軌跡検出器11は、対象物1を挟んで互いに対向位置に少なくとも1組に設置され、対象物1を通過する荷電粒子であるミュオンμを計測して、ミュオン軌跡を検出する。つまり、ミュオン軌跡検出器11は、上空から地上に飛来する宇宙線のミュオンμを計測して、そのミュオン軌跡を検出する。なお、ミュオンμは、宇宙線のミュオンμに限らず、人工的に生成されたミュオンμであってもよい。上記ミュオン軌跡検出器11としては、電離ガスを用いたドリフトチューブ検出器を積層させた装置や、マルチチャンネルのシンチレーション検出器を積層させた装置が用いられる。また、ミュオン軌跡検出器11は、対象物1から放射される放射線を遮蔽する遮蔽体16を、対象物1側に備えてもよい。
【0015】
チェレンコフ検出器12は、チェレンコフ光を放射する屈折率nの放射体12Aと、この放射体12Aから放射されたチェレンコフ光を計測する光センサ12Bと、を有して構成される。チェレンコフ検出器12は、放射線(例えばガンマ線γ)に対する感度よりもミュオンμに対する感度が高くなるように放射体12Aの屈折率nを設定することで、放射線による事象を排除し、ミュオンμによる事象を選択する。例えば、放射体12Aの屈折率nの設定は、ミュオンμがチェレンコフ光を放射し得る最小のエネルギに相当する屈折率の値以上で、且つ放射線(ガンマ線γ、ベータ線等)がチェレンコフ光を放射し得る最小のエネルギに相当する屈折率の値未満に設定される。
【0016】
つまり、チェレンコフ検出器12は、チェレンコフ放射と呼ばれる現象を利用して、放射線(例えばガンマ線γやベータ線など)による事象を排除し、ミュオンμによる事象を選択するものである。ここで、チェレンコフ放射とは、屈折率nの物質(放射体12A)中を荷電粒子(ミュオンμ及び放射線を含む)が速さ比β=v/c(v:荷電粒子速さ[m/s]、c:真空中の光速[m/s])で運動する場合、この荷電粒子の速さ比βが上記物質中の光速:c/nを超えるときにチェレンコフ光を放射する現象をいう。
【0017】
宇宙線のミュオンμは、高エネルギであるため速さ比βは1に近い値を持ち、チェレンコフ光を放射する。一方、図3には、電子またはガンマ線γ等の放射線について、チェレンコフ光を放射し得る最小エネルギと放射体12Aの屈折率nとの関係を示す。この図3に示す関係によれば、放射体12Aの屈折率nを適切に設定することで、電子及びガンマ線γ等の放射線についてチェレンコフ光を放射し得る最小エネルギに条件を与えて、チェレンコフ光を放射させるか否かを選定することが可能になる。
【0018】
また、荷電粒子(ミュオンμ及び放射線を含む)のエネルギが十分高く、速さ比βが1と近似できるとき、放射されるチェレンコフ光の単位長さ当りの光子数は、
dN/dx=2πzα(1-1/n)∫dλ/λ・・・・・・(1)
と表せる。ここで、Nはチェレンコフ光の光子数、nは放射体12Aの屈折率、αは微細構造定数、zは荷電粒子の電荷、λはチェレンコフ光の波長、xは微少長さである。
【0019】
一般的な光検出器の有感領域で式(1)について積分を実行すると、荷電粒子(ミュオンμ及び放射線を含む)に対して放射されるチェレンコフ光の単位長さ当りの光子数は、
dN/dx=475z(1-1/n) [光子/cm]・・・・・・(2)
となり、放射体12Aの屈折率nを増加させると、チェレンコフ光の発光量が増大する。
【0020】
式(2)のように、放射体12Aの屈折率nを増加させると、チェレンコフ光の総発光量が増大するものの、図3に示すようにチェレンコフ光を放射し得る最小エネルギが低下してしまう。このため、ミュオンμに対し感度を高くしつつガンマ線γ等の放射線に対する感度を低くするためには、放射体12Aの屈折率nを適切な屈折率の値に選定する必要がある。
【0021】
例えば、1GeVのミュオンμがチェレンコフ光を放射し得る最小のエネルギに相当する屈折率の最低値が1.0046と十分に低いので、放射体12Aは、その屈折率nを1.0046以上とすることで、ミュオンμに対する感度が高くなりチェレンコフ光を放射する。一方、例えば、Cs-137によるガンマ線γがチェレンコフ光を放射し得る最小エネルギが0.662MeVであることから、この0.662MeVに相当する屈折率の値1.17未満に放射体12Aの屈折率nを設定すれば、放射体12Aは、Cs-137によるガンマ線γに対する感度が低下してチェレンコフ光を放射させない。
【0022】
また、Co-60によるガンマ線γがチェレンコフ光を放射し得る最小エネルギが1.332MeVであることから、この1.332MeVに相当する屈折率の値1.05未満に放射体12Aの屈折率nを設定すれば、放射体12Aは、Co-60によるガンマ線γに対する感度が低下してチェレンコフ光を放射させない。更に、Sr-90の娘核であるY-90で放出されるベータ線がチェレンコフ光を放射し得る最小エネルギが2.28MeVであることから、この2.28MeVに相当する屈折率の値1.017未満に放射体12Aの屈折率nを設定すれば、放射体12Aは、Sr-90によるベータ線に対する感度が低下してチェレンコフ光を放射させない。
【0023】
また、図4に示すように、チェレンコフ光は、次式(3)で表される荷電粒子の進行方向に対する放射角度θで円錐状に放射される。このチェレンコフ光の放射角度θは、放射体12Aに入射する荷電粒子の速度(エネルギ)に応じて決定される。
cosθ=1/(nβ)・・・・・・(3)
【0024】
従って、チェレンコフ検出器12によって放射角度θで放射されたチェレンコフ光が光センサ12Bにて検出される検出位置の分布17から、荷電粒子としてのミュオンμのミュオン軌跡を取得することが可能になる。また、チェレンコフ検出器12が、放射したチェレンコフ光の検出位置の分布17を取得しない簡易な光センサ12Bを備える場合でも、そのチェレンコフ検出器12を、図1の2点差線に示すように平面方向に分割することで、ミュオンμの到来位置(上記検出位置相当)を取得することが可能になる。
【0025】
また、図1に示すように、チェレンコフ光を放射する放射体12Aは、例えば気体で構成されている場合には、その圧力を調整することで屈折率nを変更することが可能であり、固体で構成されている場合には、エアロゲルと呼ばれる物質とすることで様々な屈折率nを実現できることが可能になる。
【0026】
図1に示すデータ集積部13は、ミュオン軌跡検出器11からの計測値であるミュオン検出信号及びミュオン軌跡に関するデータを集積する。更に、データ集積部13は、チェレンコフ検出器12からの計測値を含めた計測結果としてのチェレンコフ光の検出の有無、及びチェレンコフ光の検出位置の分布17などのデータを集積する。
【0027】
図1に示す軌跡判定部14は、チェレンコフ検出器12の計測結果に基づいてミュオンμによる事象を判定すると共に、この判定したミュオンμによる事象について、ミュオン軌跡検出器11の計測値に基づきミュオン軌跡を再構成してミュオン軌跡の変化を求め、このミュオン軌跡の変化からミュオン散乱を解析する。
【0028】
まず、ミュオンμによる事象の判定について述べる。軌跡判定部14は、最初に、チェレンコフ検出器12にて検出されたチェレンコフ光の検出位置及び検出時刻の情報と、ミュオン軌跡検出器11にて計測されたミュオンμの検出位置及び検出時刻の情報とが一致することを要求する。次に、軌跡判定部14は、チェレンコフ検出器12により検出されたミュオンμの検出位置の分布17の情報をもとに、ミュオン軌跡検出器11における解析空間を制限して規制する。そして、軌跡判定部14は、チェレンコフ検出器12からのチェレンコフ光の計測時刻に基づき、ミュオン軌跡検出器11からのミュオンμの検出信号を解析して、放射線による事象を排除したミュオンμによる事象を判定すると共に、ミュオン軌跡を算出する。
【0029】
次に、軌跡判定部14によるミュオン散乱の解析について述べる。軌跡判定部14は、上述の算出したミュオン軌跡を再構成してミュオン軌跡の変化を求め、このミュオン軌跡の変化からミュオン散乱(即ち、ミュオン散乱角及びミュオン散乱位置)を解析して導出する。
【0030】
ここで、ミュオンμは、高い透過力を持ち、計測対象の対象物1に入射したミュオンμの多くが物質内を通過する。更に、ミュオンμは、物質の組成及び形状に応じて多重クーロン散乱を生じる。このミュオン散乱の平均散乱角θは、以下の式(4)に示され、物質の原子番号に固有の放射長Xに依存して変化する。
【0031】
【数1】
【0032】
式(4)中で、pはミュオンμの運動量、βcはミュオンμの速度、zはミュオンμの電荷、xはミュオンμが物質中を通過する距離である。放射長Xが物質に応じて異なるため、解析された平均散乱角θから、ミュオン散乱が発生した座標に存在する物質を推定することが可能になる。
【0033】
図1に示す重量判定部15は、軌跡判定部14にて解析されたミュオン散乱、特にミュオン散乱角(平均ミュオン散乱角)に基づき、対象物1が含有する特定物質(例えば核物質)の重量とミュオン散乱角との関係性から、上記特定物質の重量を導出する。
【0034】
ここで、ミュオン散乱は、原子番号の高い重元素で大きく散乱される性質を持つ。このため、核物質を多く含む対象物1におけるミュオン散乱の大きさを決める因子としては、対象物1中に含有された核物質の重量が支配的となる。図5には、核物質重量(ウラン重量)とミュオン散乱(平均ミュオン散乱角)との関係の一例が示されている。核物質の重量の増加と共にミュオン散乱の値が増加するため、軌跡判定部14によるミュオン散乱の解析により、重量判定部15は、対象物1に含有された核物質の重量を計測することが可能になる。
【0035】
但し、ミュオン散乱は同一元素の同位体の相違による散乱の違いに感度を持たないため、例えば、U-238とU-235の相違を識別することができない。従って、ミュオン散乱による解析結果は、核分裂性の有無に拘らず、ウラン及びプルトニウムなどの重元素の合計量である。
【0036】
次に、上述のように構成されたミュオン計測装置10が実行するミュオン計測方法について、図2を参照して説明する。
放射線環境下で対象物1を通過するミュオンμを、ミュオン軌跡検出器11が計測しミュオン軌跡を検出する(S1)。このステップS1と平行してチェレンコフ検出器12は、飛来するミュオンμに対してはチェレンコフ光を放射して計測し、放射線に対してはチェレンコフ光を放射しない(S2)。
【0037】
軌跡判定部14は、チェレンコフ検出器12の計測結果に基づいてミュオンμによる事象を判定し、この判定に基づきミュオン軌跡を算出する(S3)。更に、軌跡判定部14は、この算出したミュオン軌跡を再構成してミュオン散乱(ミュオン散乱角、ミュオン散乱位置)を解析して導出する(S4)。
【0038】
次に、重量判定部15は、軌跡判定部14にて導出されたミュオン散乱角(平均ミュオン散乱角)に基づいて、対象物1が含有する特定物質(例えば核物質)の重量を算出して判定する(S5)。
【0039】
以上の構成されたことから、本第1実施形態によれば、次の効果(1)を奏する。
(1)ミュオン軌跡検出器11が、対象物1を通過するミュオンμを計測してミュオン軌跡を検出し、チェレンコフ光を放射して計測するチェレンコフ検出器12が、放射線環境下での放射線(ガンマ線γ、ベータ線等)の事象を排除してミュオンμの事象を選択し、軌跡判定部14が、チェレンコフ検出器12の計測結果に基づきミュオンμによる事象を判定すると共に、この判定したミュオンμによる事象について、ミュオン軌跡検出器11の計測値に基づきミュオン軌跡を再構成してミュオン散乱を解析している。これにより、軌跡判定部14よるミュオン散乱、特にミュオン散乱角に基づき、対象物1が含有する特定物質(例えば核物質)の重量を、放射線によるノイズの影響を蒙ることなく好適に測定することができる。
【0040】
[B]第2実施形態(図6
図6は、第2実施形態に係るミュオン計測装置におけるチェレンコフ検出器の放射体について、放射するチェレンコフ光の光子数を放射体の屈折率毎に示すグラフである。この第2実施形態において第1実施形態と同様な部分については、第1実施形態と同一の符号を付して説明を簡略化し、または省略する。
【0041】
本第2実施形態のミュオン計測装置20(図1)が第1実施形態の異なる点は、チェレンコフ検出器21における放射体21Aの屈折率nの構成である。この放射体21Aの屈折率nは、ミュオンμがチェレンコフ光を放射する最小のエネルギに相当する屈折率の値以上で、且つ放射線がチェレンコフ光を放射する最小のエネルギを超えた近傍のエネルギに相当する屈折率の値以下に設定されている。
【0042】
この放射体21Aの屈折率nについて詳説する。放射体21Aの屈折率nが、放射線がチェレンコフ光を放射し得る最小のエネルギを超えた近傍のエネルギに相当する屈折率の値であれば、チェレンコフ光の発光量が小さくなり、チェレンコフ検出器21は、放射線に対するチェレンコフ光放射の感度を十分に低くすることが可能になる。ここで、電子のエネルギとチェレンコフ光の発生光子数との関係を、放射体21Aの媒質毎に図6に示す。ミュオンμ及び放射線を含む荷電粒子が放射体21A内でエネルギを失うことを考慮すると、放射線がチェレンコフ光を放射し得る最小のエネルギを超えた近傍のエネルギに相当する屈折率の値を放射体21Aの屈折率nが有していれば、この放射体21Aは、放射線に対してチェレンコフ光の発生光子数を十分に小さくすることが可能になる。
【0043】
従って、放射体21Aの屈折率nは、放射線がチェレンコフ光を放射し得る最小のエネルギに相当する屈折率の値に設定して、放射線に対してチェレンコフ光を放射させないようにして放射線とミュオンμを選別するのではなく、チェレンコフ光の発光量の大きさを異ならせることで、放射線由来とミュオンμ由来のチェレンコフ光を区別して、放射線による事象とミュオンμによる事象とを選別する。
【0044】
以上のように構成されたことから、本第2実施形態においても、第1実施形態の効果(1)と同様な効果を奏する。
【0045】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これらの実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更、組み合わせを行うことができ、また、それらの置き換えや変更、組み合わせは、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0046】
1…対象物、10…ミュオン計測装置、11…ミュオン軌跡検出器、12…チェレンコフ検出器、12A…放射体、12B…光センサ、14…軌跡判定部、15…重量判定部、16…遮蔽体、20…ミュオン計測装置、21…チェレンコフ検出器、21A…放射体、n…屈折率、μ…ミュオン
図1
図2
図3
図4
図5
図6