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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025095453
(43)【公開日】2025-06-26
(54)【発明の名称】線状体の張力の算定方法
(51)【国際特許分類】
   G01L 5/10 20200101AFI20250619BHJP
   G01L 5/102 20200101ALI20250619BHJP
   G01N 3/00 20060101ALI20250619BHJP
【FI】
G01L5/10 C
G01L5/102
G01N3/00 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023211464
(22)【出願日】2023-12-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.令和5年度土木学会全国大会での発表 集会名:令和5年度土木学会全国大会 開催日:令和5年9月11日~9月15日 2.前記学会の予稿集への掲載 刊行物の名称:参加者向け講演概要集 発行年月日:令和5年8月1日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.冬季合同ゼミでの発表 集会名:京都大学・金沢大学・岐阜大学・神戸大学・福井高専冬季合同ゼミ 開催日:令和4年12月17日、18日 2.上記冬季合同ゼミの予稿集への掲載 予稿集の名称:京都大学・金沢大学・岐阜大学・神戸大学・福井高専冬季合同ゼミの予稿集 京都大学 発行年月日:令和4年12月17日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.2023年度 関西土木工学交流発表会での発表 集会名:2023年度 関西土木工学交流発表会 開催日:令和5年11月2日 2.前記発表会の予稿集への掲載 刊行物の名称:関西土木工学交流発表会概要集 発行年月日:令和5年10月6日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.第43回地震工学研究発表会での発表 集会名:第43回地震工学研究発表会 開催日:令和5年9月7日、8日 2.前記発表会の予稿集への掲載 刊行物の名称:第43回地震工学研究発表会 講演論文集 発行年月日:令和5年9月7日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.学内研究発表会での発表 集会名:令和4年度地球工学科(土木工学・国際コース)特別研究発表会 開催日:令和5年2月7日 2.卒業論文への掲載 刊行物の名称:京都大学工学部 地球工学科土木工学コース卒業論文 発行年月日:令和5年2月2日
(71)【出願人】
【識別番号】000192626
【氏名又は名称】神鋼鋼線工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100137143
【弁理士】
【氏名又は名称】玉串 幸久
(72)【発明者】
【氏名】古川 愛子
(72)【発明者】
【氏名】杉町 悠真
(72)【発明者】
【氏名】合田 賢輝
(72)【発明者】
【氏名】武市 知大
【テーマコード(参考)】
2F051
2G061
【Fターム(参考)】
2F051AB04
2G061AA01
2G061AB04
2G061CB05
2G061EA01
2G061EA09
2G061EB08
2G061EC02
(57)【要約】
【課題】ダンパーのモデル化誤差の影響を受けない線状体の張力算定方法を提供する。
【解決手段】ケーブル120上の3点以上の点で振動を検出し、複数の振動モードでの前記3点以上の点でのモード形状計測値を得ること、張力のかかったケーブル120についての振動方程式とダンパー110が配置されていることの境界条件とに基づいて、前記3点以上の点でのモード形状理論値を導出すること、前記3点以上の点から任意の2点を少なくとも2組選択すること、選択された2点に対応するモード形状計測値の比を前記2組の各組において算出し、選択された任意の2点に対応するモード形状理論値の比を前記2組の各組において算出すること、各組において、モード形状計測値の比とモード形状理論値の比とが等しいという制約条件を用いて、ケーブルの張力を算定すること、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダンパーが取り付けられた線状体の張力を算定する方法であって、
前記線状体上の任意の3点以上の点における振動を検出し、この検出された振動に基づいて、複数の振動モードでの前記3点以上の点でのモード形状計測値を得ることと、
張力のかかった線状体についての変位、前記張力及び曲げ剛性の関係を表す振動方程式と、前記ダンパーが前記線状体に配置されていることを表す境界条件とに基づいて、複数の振動モードでの前記線状体の前記3点でのモード形状理論値を導出することと、
前記3点以上の点から任意の2点を少なくとも2組選択することと、
選択された任意の2点に対応する前記複数の振動モードでのモード形状計測値の比を前記2組の各組において算出するとともに、選択された任意の2点に対応する前記複数の振動モードでのモード形状理論値の比を前記2組の各組において算出することと、
前記各組において、前記モード形状計測値の前記比と前記モード形状理論値の前記比とが等しいという制約条件を用いて、前記線状体の前記張力を算定することと、
を備えている
線状体の張力の算定方法。
【請求項2】
前記モード形状理論値を導出するときに、前記複数の振動モードでの前記3点以上の点での振幅を最大値が1になるように調整することによって前記モード形状理論値を導出し、
前記モード形状計測値を得るときに、前記複数の振動モードでの前記3点以上の点での振幅を最大値が1になるように調整することによって前記モード形状計測値を得る、
請求項1に記載の線状体の張力の算定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、線状体の張力の算定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、下記の特許文献1及び2に開示されているように、ダンパーが設置された線状体に生ずる張力を算定する方法が知られている。これらの文献に開示された張力算定方法では、ダンパーが設置されるとともに張力がかかった状態の梁のモデルに対して、以下の3つの条件を与えている。
(1)梁両端の境界条件(たわみ=0、曲げモーメント=0)
(2)ダンパー設置位置における梁の連続条件(たわみ、たわみ角、曲げモーメント)
(3)ダンパー設置位置における力の釣り合い条件
そして、この3条件から得られる合計8つの境界条件を用いて、梁の固有振動数から張力等を推定するための制約式を導出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-165953号公報
【特許文献2】特開2023-12874号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1及び2では、ダンパーの設置位置における境界条件を考慮に入れることにより、ダンパーが設置された線状体においても、線状体に生ずる張力を算定できるようになっている。しかし、(3)の釣り合い条件として、ダンパーの複素剛性モデルが用いられているため、このモデルが実際のダンパーの特性を正確に反映したものでない場合に、その影響が張力算定結果に表れてしまうという問題がある。
【0005】
そこで、本発明は、前記従来技術を鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、ダンパーのモデル化誤差の影響を受けない線状体の張力算定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の目的を達成するため、本発明に係る線状体の張力の算定方法は、ダンパーが取り付けられた線状体の張力を算定する方法であって、前記線状体上の任意の3点以上の点における振動を検出し、この検出された振動に基づいて、複数の振動モードでの前記3点以上の点でのモード形状計測値を得ることと、張力のかかった線状体についての変位、前記張力及び曲げ剛性の関係を表す振動方程式と、前記ダンパーが前記線状体に配置されていることを表す境界条件とに基づいて、複数の振動モードでの前記線状体の前記3点以上の点でのモード形状理論値を導出することと、前記3点以上の点から任意の2点を少なくとも2組選択することと、選択された任意の2点に対応する前記複数の振動モードでのモード形状計測値の比を前記2組の各組において算出するとともに、選択された任意の2点に対応する前記複数の振動モードでのモード形状理論値の比を前記2組の各組において算出することと、前記各組において、前記モード形状計測値の前記比と前記モード形状理論値の前記比とが等しいという制約条件を用いて、前記線状体の前記張力を算定することと、を備えている。
【0007】
本発明に係る張力算定方法では、線状体上の任意の3点以上の点における振動を検出し、各点における振動波形から、任意の3点以上の点におけるモード形状計測値を取得し、また、任意の3点以上の点におけるモード形状理論値を導出する。そして、3点以上の点から任意の2点を少なくとも2組選択して、各組において、複数モード次数それぞれにおいてモード形状計測値の比とモード形状理論値の比とが等しいという制約条件を適用する。したがって、少なくとも2つの制約条件が得られるため、線状体についての振動方程式に基づく複素固有振動数に由来する線状体の減衰係数が未知数として含まれていたとしても、未知数の推定が可能となる。しかも、選択された任意の2点に対応するモード形状理論値の比を算出するため、振動方程式から得られるモード関数の一般解に積分定数が含まれるとしても、その影響を受けないようにできる。しかも、振動方程式に基づく複素固有振動数の影響も排除できる。このため、ダンパーをモデル化してその特性値を制約条件とする、という必要がないため、ダンパーのモデル化誤差の影響を受けることなく、線状体の張力を算定することができる。
【0008】
前記算定方法において、前記モード形状理論値を導出するときに、前記複数の振動モードでの前記3点以上の点での振幅を最大値が1になるように調整することによって前記モード形状理論値を導出し、前記モード形状計測値を得るときに、前記複数の振動モードでの前記3点以上の点での振幅を最大値が1になるように調整することによって前記モード形状計測値を得てもよい。
【発明の効果】
【0009】
以上説明したように、本発明によれば、ダンパーのモデル化誤差の影響を受けることなく、線状体の張力を算定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施形態にかかるケーブルの張力の測定に用いられる測定装置の概略図である。
図2】ケーブルを両端が支持され張力のかかった一次元梁としたモデルを示す図である。
図3】ダンパーが設置されたケーブルに対して設定される座標軸の向きを説明するための図である。
図4】ケーブルの張力の算定を行う方法を説明するための図である。
図5】高減衰ゴムダンパーが設置されたケーブルについての数値実験による算定張力を設定張力に対する比で示す図である。
図6】粘性せん断ダンパーが設置されたケーブルについての数値実験による算定張力を設定張力に対する比で示す図である。
図7】模型実験を行って得られた算定張力を設定張力に対する比で示す図である。
図8】模型実験を行って得られた算定張力(実施例)及び比較例を設定張力に対する比で示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1は、ダンパー110が取り付けられたケーブル120(線状体)の張力の測定に用いられる測定装置100の概略図である。測定装置100を用いて、ケーブル120の張力が算定される。
【0012】
測定装置100は、左右に離間した位置に配置された一対の支持部131,132を備えており、ケーブル120は、これらの支持部131,132間で延設されている。ケーブル120の両端部は、支持部131,132に取り付けられている。
【0013】
ケーブル120にはダンパー110が取り付けられている。ケーブル120のうちダンパー110より一方側の部分を第1スパン121と称し、ケーブル120のうち他方側の部分を第2スパン122と称する。第1スパン121は、ケーブル120の左端からダンパー110までの長さ部分であり、第1スパン121の長さを、以下の説明では、記号「l1」で表す。また、第2スパン122は、ケーブル120の右端からダンパー110までの長さ部分であり、第1スパン121よりも長くなっている。第2スパン122の長さを、以下の説明では、記号「l2」で表す(l1≦l2)。2つのスパン121,122の長さの和は、ケーブル120の全長であり、以下の説明では、ケーブル120の全長を記号「L」で表す。
【0014】
ケーブル120の振動を検出するために、第2スパン122には3つの加速度計135、136、137が取り付けられている。加速度計135、136、137はそれぞれ、計測された加速度を表す信号を出力するように構成されている。加速度計135、136、137は、ケーブル120の振動の加速度を検出できる限り、ケーブル120上の任意の位置に設置され得る。ただし、加速度計135、136、137は、ケーブル120上の長手方向における異なる位置でケーブル120の振動を検出するように配置される。
【0015】
加速度計135、136、137には、データ処理部140が接続されており、加速度計135、136、137の信号は、データ処理部140に入力される。データ処理部140は、記憶されたコンピュータプログラムを実行することにより、所定の機能を発揮するように構成されている。この所定の機能には、計測値処理部141と、張力算定部142と、が含まれている。
【0016】
計測値処理部141は、加速度計135、136、137から出力された信号に基づき、振動の加速度の時間変化のデータ(時刻歴応答値)を記録するとともに、記録されたデータに対して所定の処理を行うように構成されている。この所定の処理には、記録されたデータを加速度波形として取得し、この波形をフーリエ変換する変換処理と、フーリエ変換された周波数波形から、ピークが表れている周波数での強度を、各モード次数でのピーク強度(フーリエ振幅)として導出する振幅導出処理と、導出されたフーリエ振幅からモード形状の計測値を導出する計測値導出処理と、が含まれている。
【0017】
張力算定部142には、加速度計135、136、137が設置された位置での理論振幅に基づくモード形状の理論値に関するデータが記憶されており、張力算定部142は、この記憶されたデータと、計測値処理部141において導出されたモード形状の計測値とを用いて、ケーブル120の張力を算定する。
【0018】
(張力算定理論)
以下、ケーブル120の張力を算定する方法に用いられる理論について、具体的に説明する。
【0019】
張力算定の前提として、測定装置100中のケーブル120を、図2に示すように、両端が支持され張力Tのかかった一次元梁としてモデル化する。この梁の断面積をA、断面二次モーメントをI、弾性係数をE、単位体積質量をρとすると、張力Tが作用している梁の振動方程式は、以下の式(1)の通りとなる。なお、EIは梁の曲げ剛性である。なお、右向きに正とするx軸を取り、下向きの変位をyとしている。
【0020】
【数1】
【0021】
この式を、曲げ剛性EIを考慮したケーブル120の振動方程式とみなす。
【0022】
次に、式(1)の微分方程式について、変数yを以下の式(2)とおいて、変数分離法で解くと、式(1)は式(3)のように書き換えられる。
【0023】
【数2】
【0024】
【数3】
【0025】
この式(3)に以下の式(4)を代入すると、式(5)の通りになる。
【0026】
【数4】
【0027】
【数5】
【0028】
この式(5)をλについて解くと、
【0029】
【数6】
【0030】
となる。ここでα、βは以下の通りである。
【0031】
【数7】
【0032】
この場合、式(3)で表されるたわみモードの一般解は、以下の式(9)のようになる。
【0033】
【数8】
【0034】
式(1)は、両端支持されたケーブル120についての振動方程式であるが、この振動方程式は、ケーブル120を構成する第1スパン121及び第2スパン122のそれぞれにも同様に適用できる。すなわち、第1スパン121及び第2スパン122をそれぞれ一元梁とみなすことにより、第1スパン121、第2スパン122のそれぞれに対して振動方程式を得ることができる。その際、例えば、図3に示すように、第1スパン121については、右向きの座標軸x1を取り、下向きの変位をy1とし、第2スパン122については、右向きの座標軸x2を取り、下向きの変位をy2とする。
【0035】
座標軸x1は、ケーブル120の左側の支持部131を基準に設定されており、「x1=0」となる位置は、ケーブル120の左端(第1スパン121の左端)の位置となる。また「x1=l1」となる位置は、ダンパー110が設置された位置となる。座標軸x2は、ダンパー110を基準に設定されており、「x2=0」となる位置は、ダンパー110が設置された位置となる。また「x2=l2」となる位置は、ケーブル120の右端の位置(第2スパン122)となる。
【0036】
この場合、たわみモードの一般解である式(9)は、第1スパン121及び第2スパン122のそれぞれについても成立するため、それぞれ、以下の式(10)、(11)のとおり書くことができる。この式(10)、(11)は、円振動数ωで振動するときの各スパンの振動形状を表すモード形状の一般解である。なお、式中のα、βは式(7)、(8)に示すものと同じである。
【0037】
【数9】
【0038】
この式に境界条件を代入する。図3のモデルでは、第1スパン121においては、左端が単純支持されていると仮定しているため、以下の境界条件が設定される。
【0039】
【数10】
【0040】
また、第2スパン122においては、右端が単純支持されていると仮定しているため、以下の境界条件が設定される。
【0041】
【数11】
【0042】
また、ダンパー110が設置された位置については、ケーブル120のたわみ、たわみ角及び曲率が連続していることを示す以下の境界条件が設定される。
【0043】
【数12】
【0044】
これら境界条件を式(10)、(11)に代入するとともに、一般解中の積分定数をB1を中心として整理すると、以下の式(15)、式(16)が得られる。
【0045】
【数13】
【0046】
【数14】
【0047】
このように、8つの積分定数に対して7つの境界条件が適用されるため、1つの積分定数が残ることになる。そこで、新たな制約条件として、モード形状を用いた制約条件を導入することとする。すなわち、モード形状の理論値を求める一方で、モード形状の計測値を得て、これらを比較した制約条件を設定する。
【0048】
まず、式(10)、(11)で表されるモード形状の一般解Y1,Y2のうちのY2に注目し、積分定数A2~D2に式(16)を代入すると、Y2についての式(17)(モード関数とも称する)が得られる。すなわち、式(17)は、張力T、曲げ剛性EI、ケーブル120の単位体積質量ρ、断面積A、円振動数ωを用いた式であって、第2スパン122(ケーブル120)上の任意の点x2での振幅をケーブル長さ方向に連ねたときにできる形状(モード形状)を表す式である。ただし、この式(17)を導出するにあたり、αを含むsin、cos関数、βを含む双曲線関数が無限大に発散して精度の低下を引き起こす可能性があるため、式変形を行っている。
【0049】
【数15】
【0050】
なお、式(17)中のsn(αL)は、以下のとおり表される。sn(αl1)、sn(αl2)等も同様である。
【0051】
【数16】
【0052】
この式(17)を用いて、x2=p1,p2である2点における、それぞれのモード次数でのY2(p1)、Y2(p2)の絶対値について、最大値が1になるように以下の式(20)、(21)により調整する(正規化とも称する)。この式(20)、(21)で定義されるものをそれぞれ、モード形状についての理論値(モード形状理論値)とする。すなわち、本実施形態では、x2=p1,p2での振幅を表しているY2を、最大値が1になるように調整したものを、モード形状理論値としている。なお、このように正規化を行うのは、後述の式(29)ではなく式(30)に基づく式(31)を目的関数として、最小値を求めるようにしているからである。また、2点でのY2(p1)、Y2(p2)の比を考えるのは、後述するように、積分定数を消去するためである。
【0053】
【数17】
【0054】
ここで、iはモード次数であり、tは理論値であることを示す添え字である。
【0055】
モード形状の理論値Φi1 、Φi2 には、積分定数B1が含まれているが、Φi1 とΦi2 の比と取れば、積分定数B1を消去できるため、Φi1 とΦi2 との比を用いることとする。この比は2点p1,p2間におけるモード形状理論値の比と言える。
【0056】
一方、x2=p1,p2である2点において、ケーブル120の加速度波形を取得する場合を考える。この場合、取得された波形をフーリエ変換して、2点のそれぞれでのフーリエ振幅が卓越する振動数を低い順に読み取り、1次の固有振動数、2次の固有振動数、・・・とする.そして、各固有振動数におけるフーリエ振幅の値を読み取ることにより、各モード次数でのフーリエ振幅としている。フーリエ振幅Yi1 、Yi2 は、加速度波形から得られるx2=p1,p2でのi次モードのフーリエ振幅に相当する。なお、mは計測値であることを示す添え字である。そして、フーリエ振幅Yi1 、Yi2 を正規化することによりモード形状の計測値を取得する。すなわち、モード関数から得られる振幅の理論値と同様に、モード形状Φi1 、Φi2 を最大値が1になるように、以下の式(22)、(23)で定義する。本実施形態では、これをそれぞれモード形状計測値としている。
【0057】
【数18】
【0058】
そして、モード形状計測値Φi1 、Φi2 についても、モード形状理論値Φi1 、Φi2 の比と同様に、比を求める。モード形状理論値Φi1 、Φi2 の比は、モード形状計測値Φi1 、Φi2 の比と等しくなるはずなので、以下の制約条件が成立する。
【0059】
【数19】
【0060】
この式(24)から制約条件を示す、以下の式(25)が得られる。式(25)は分母が0にならないように考慮した式である。
【0061】
【数20】
【0062】
この制約条件を用いれば、ダンパー110をモデル化することなく、ケーブル120の張力を算定することが可能となるが、式(25)にはT、EIが含まれており、さらに複素固有振動数が含まれているため、ケーブル120の減衰定数は正確にはわからない。このため、各モード次数iの虚実比Hiを未知数として張力を算定する必要がある。なお、この虚実比Hiは、減衰比hiを用いて以下の式で定義される、複素固有振動数における実数部に対する虚数部の比である。
【0063】
【数21】
【0064】
虚実比Hiを未知数として張力を算定する場合、n次までのモード次数iを用いるとすると未知数は2+n個となるため、これ以上の数の制約条件式が必要となる。上述したとおり、フーリエ振幅(モード形状)の計測点が2点である場合には、制約条件式の数はモード次数iの数、すなわちn個となるため、未知数(2+n)の数より少なくなる。そのため、フーリエ振幅の計測点を増やす必要がある。フーリエ振幅の計測点を3点とすれば、式(25)に相当する制約条件式の数を2nにすることができるため、モード次数iを2以上にすることで、未知数の推定が可能となる。したがって、本実施形態では、3点以上でのフーリエ振幅の計測値を取得することとしている。
【0065】
これに伴い、理論振幅であるY2についても最低でもx2=p1,p2,p3の3点で求めることが必要になるため、それぞれY2(p1)、Y2(p2)、Y2(p3)とする。この3点から任意の2点を2組選択する。ここでは、例えば、Y2(p1)及びY2(p2)の2つを選択する第1組と、Y2(p1)及びY2(p3)の2つを選択する第2組のように、少なくとも2組選択するものとする。
【0066】
第1組、第2組のそれぞれにおいて、式(20)(21)に倣い、Y2(p1)、Y2(p2)、Y2(p3)の絶対値について、最大値が1になるように正規化し、これをそれぞれ、モード形状理論値Φi1 、Φi2 、Φi3 とする。そして、第1組について、Φi1 とΦi2 との比を算出し、第2組について、Φi1 とΦi3 との比を算出する。これらの比についてのデータは、張力算定部142に記憶されている。
【0067】
一方、計測値処理部141は、モード形状計測値を求めるべく、x2=p1,p2,p3である3点において、加速度計135、136、137によりケーブル120の加速度波形を取得する。計測値処理部141において、この取得した波形をそれぞれフーリエ変換する処理(変換処理)が行われる。また、計測値処理部141において、ピークが表れている周波数での強度が、各モード次数でのピーク強度(フーリエ振幅)として導出される(振幅導出処理)。
【0068】
フーリエ振幅Yi1 、Yi2 、Yi3 は絶対値として読み取られることになるが、振幅導出処理においては、これらの3つのフーリエ振幅Yi1 、Yi2 、Yi3 から2つが選択される。このとき、計測値処理部141において、2つのフーリエ振幅Yi1 、Yi2 を選択する第1組の場合については式(22)、(23)にしたがい、最大値が1になるように正規化が行なわれ、それぞれがモード形状の計測値として記憶される(計測値導出処理)。また、2つのフーリエ振幅Yi1 、Yi3 を選択する第2組の場合については、以下の式(27)、(28)にしたがい、最大値が1になるように正規化が行なわれ、それぞれがモード形状計測値として記憶される。
【0069】
【数22】
【0070】
そして、計測値処理部141は、第1組について、モード形状計測値Φi1 とモード形状計測値Φi2 との比を算出し、第2組について、モード形状計測値Φi1 とモード形状計測値Φi3 との比を算出する。
【0071】
第1組の場合でも第2組の場合でも、モード形状理論値の比はモード形状計測値の比に等しくなるはずなので、この制約条件を表す以下の式(29)、(30)が成立する。なお、式(30)は式(29)において分母のΦi1 、Φi1 が0になることがある場合を考慮した式である。
【0072】
【数23】
【0073】
この式(30)にも未知数として、T、EIが含まれており、さらに複素固有振動数が含まれているため、ケーブル120の減衰定数は正確にはわからないが、2次までのモード次数iを用いるときには、未知数は2+2=4個であり、第1組の場合及び第2組の場合を含め制約条件の式(30)が2×2=4個となるため、2次までのモード次数で未知数であるT、E1を算定することができる。なお、精度をより上げるべく3次以上のモード次数iを用いてもよい。
【0074】
そして、張力算定部142は、式(30)の最小値化問題を解くために、式(30)に基づく以下の式(31)を目的関数として、この目的関数の値が最小になるT、EIを最小自乗法で求めることにより、ケーブル120の張力を算定する。
【0075】
【数24】
【0076】
なお、式(30)に基づく目的関数である式(31)を用いるものに限られるわけではなく、式(29)に基づく目的関数を用いるようにしてもよい。ただし、その場合、分母がゼロになる場合を除外する必要がある。この場合においては、フーリエ振幅Yi1 、Yi2 を式(22)、(23)を用いて正規化したものをモード形状計測値とするのではなく、フーリエ振幅Yi1 、Yi2 をそのままモード形状計測値として用いることになり、また、式(20)(21)で定義されるΦi1 、Φi2 をモード形状理論値とするのではなく、Y2(p1)、Y2(p2)の絶対値をモード形状理論値として用いることになる。
【0077】
(張力算定処理)
ここで、上記張力算定理論に基づいて張力の算定を行う方法について、図1及び図4を参照しつつ説明する。
【0078】
まず、ケーブル120の構造データ(ケーブル120の全長L、ダンパー110の設置位置l2(第2スパン122の長さl2)、第1スパン121の長さl1、ケーブル120の単位体積質量(密度)ρ及びケーブル120の断面積A)をデータ処理部140に入力する(ステップST11)。なお、ケーブル120の構造データは、実測値であってもよいし、公称値であってもよい。入力された構造データはデータ処理部140に記憶される。
【0079】
次に、ハンマー145により、ケーブル120の第2スパン122に衝撃を加える。これに伴い、ケーブル120は振動する。このとき、加速度計135、136、137がケーブル120の振動加速度を計測する。計測された振動加速度は、データ処理部140に時刻歴応答値として記録される(ステップST12)。本実施形態では、加速度計135、136、137がケーブル120の振動の検出に用いられているので、3点でのケーブル120の加速度の時間変化が時刻歴応答値として取得されている。なお、ケーブル120の振動を検出するためにケーブル120の変位や速度を測定する装置が、ケーブル120に取り付けられてもよく、その場合には、時刻歴応答値は、ケーブル120の変位や速度の時間変化を表すデータとなる。
【0080】
データ処理部140の計測値処理部141において、記録された振動の加速度の時間変化のデータ(時刻歴応答値)を加速度波形として用い、フーリエ変換を行う(変換処理)(ステップST13)。続いて、このフーリエ変換された周波数波形(フーリエ振幅)から、ピークが表れている周波数(固有振動数)でのフーリエ振幅を、各モード次数でのフーリエ振幅として導出する(振幅導出処理)。さらに、導出された各モード次数でのフーリエ振幅からモード形状計測値を導出する(計測値導出処理)(ステップST14)。
【0081】
データ処理部140の張力算定部142は、記憶されているモード形状理論値に関するデータと、計測値処理部141において導出されたモード形状の計測値に関するデータとを用いて、ケーブル120の張力を算定する(ステップST15)。この算定において、式(31)の目的関数が用いられる。このとき、目的関数の値が最小値(又は極小値)となるように、張力T及び曲げ剛性EIを最小自乗法により求める。これにより、ケーブル120の張力が算定される。
【0082】
(数値実験結果)
次に、以上の張力算定理論を用いたケーブル張力の算定精度がどの程度であるかを検証すべく、数値実験を行ったので、その結果について説明する。
【0083】
この数値実験は、10個のケーブルと9個の高減衰ゴムダンパーとを組合せた合計90個のケースについて、数値実験を行うとともに、上記10個のケーブルと9個の粘性せん断ダンパーとを組合せた合計90個のケースについて、数値実験を行った。数値実験には、MATLAB(登録商標)を用いた。
【0084】
ケーブルに関するパラメータを表1に、高減衰ゴムダンパーに関するパラメータを表2に、粘性せん断ダンパーに関するパラメータを表3に示す。粘性せん断ダンパーにおいては減衰係数cの正確な値が不明であるため、減衰係数cを式(32)によりモデル化している。
【0085】
【数25】
【0086】
ここで、ω1は、想定する粘性せん断ダンパーのNoと同一のNoの高減衰ゴムダンパーがついたケーブルにおいての1次の固有振動数である。kは、粘性せん断ダンパーのばね定数であり、γは損失係数である。粘性せん断ダンパーの取付位置は、同じNoの高減衰ゴムダンパーに示されている取付位置l1と同じである。
【0087】
【表1】
【0088】
【表2】
【0089】
【表3】
【0090】
モード形状の計測点(すなわち、加速度波形の取得点に相当)は、ダンパーの設置位置からケーブル中央方向に0.5mの位置を1点目とし、そこから0.5m間隔で2点目及び3点目とした。すなわち、p1=0.5、p2=1.0、p3=1.5とした。この計測点におけるモード関数の値を計測によって得られた値とみなして、張力の推定を行った。探索範囲は、張力、曲げ剛性については真値の0.5~2倍、複素固有振動数の虚実比を0~1とした。今回の検証では、5次モード及び7次モードまで用いた場合について検討を行ったが、以下、5次モードまでを用いた場合についての結果を図5及び図6に示す。図5及び図6において、縦軸は真の張力に対す算定張力の比であり、横軸はケーブルのNoとダンパーのNoの和で表すモデル番号である。したがって、モデル番号は109まで存在するがデータ数はそれぞれ90である。
【0091】
図5に示すように、高減衰ゴムダンパーを想定したケースにおいて、全て誤差が0.8%未満となっており、非常に良い精度で推定ができていることが確認された。また、図6に示すように、粘性せん断ダンパーを想定したケースについても、全て誤差が0.7%未満となっており、こちらも非常に良い精度で推定ができていることが確認された。
【0092】
(模型実験結果)
次に、模型を用いた実験結果について説明する。実験では、一端を固定端、他端を緊張端として、緊張端においてケーブルに表5の設定張力で示す張力を付加した。実験は26のケースについて行っており、用いたケーブルのパラメータを表4に示し、各ケースでのケーブル長さ、設定張力、ダンパーの種類、ダンパーの設置位置、相対位置(ダンパーの設置位置をケーブル長で除したもの)、ばね定数、損失係数を表5に示す。ダンパーの設置位置は緊張端から距離であり、加速度計の設置位置p1+l1、p2+l1、p3+l1は緊張端からの距離である。ここで,p1、p2、p3はダンパー設置位置から加速度計設置位置までの距離である。また、各ケースについての10次モードまでのフーリエ振幅を表6~表8に示す。
【0093】
【表4】
【0094】
【表5】
【0095】
【表6】
【0096】
【表7】
【0097】
【表8】
【0098】
上記26のケースに対して、張力算定理論を用いてそれぞれ張力算定を行った結果を図7に示す。図7において、縦軸は設定張力に対する算定張力の比の値であり、横軸はモデル番号である。図7に示すように、モデル番号18を除いて、算定張力は誤差5%以内に収まっている。なお、モデル番号18についてはモード形状の誤差が大きかったものと推測している。
【0099】
図8は、上述の張力算定理論を用いた手法(実施例)を、以前提案している手法による算定結果(比較例)と対比させたものである。この比較例は、特開2023-12874号公報において「数35」に示された目的関数を算定式とした手法であり、下記の式(33)で示すi次モードの振動方程式の実数項、虚数項をそれぞれゼロにするという制約式の下で設定された目的関数(式(34))を用いた手法である。なお、以前提案している手法ではダンパーの複素剛性をモデル化する必要があるため、高減衰ゴムダンパーの設計式を用いてダンパーのモデル化を行った。
【0100】
【数26】
【0101】
【数27】
【0102】
図8に示すように、上述した張力算定理論を用いた手法では、比較例に比べて誤差が小さくなっていることが分かる。また、二乗平均平方根誤差(RMSER)で見てみると、比較例では17.59となっているのに対し、上述した張力算定理論を用いた手法では3.26となっている。なお、比較例の方が精度が悪い理由は、本模型実験で使用されたダンパーが高減衰ゴムダンパーと異なる性質を示したことによる。つまり、ダンパーのモデル化誤差の影響を受けたものである。これに対し、本実施例では、ダンパーモデルを用いないため、ダンパーのモデル化誤差の影響を受けていない。
【0103】
以上説明したように、本実施形態による算定方法では、ケーブル120上の任意の3点以上の点における振動を検出し、各点における振動波形から、任意の3点以上の点におけるモード形状計測値Φi1 、Φi2 、Φi3 、...Φik を取得し、また、任意の3点以上の点における振幅に対応するモード形状理論値Φi1 、Φi2 、Φi3 、...Φik を導出する。そして、3点以上の点から任意の2点を少なくとも2組選択して、各組において、複数モード次数それぞれにおいてモード形状計測値の比Φik /Φi1 とモード形状理論値の比Φik /Φi1 とが等しいという制約条件を適用する。したがって、少なくとも2つの制約条件が得られるため、ケーブル120についての振動方程式に基づく複素固有振動数に由来するケーブル120の減衰係数が未知数として含まれていたとしても、未知数の推定が可能となる。しかも、選択された任意の2点に対応するモード形状理論値の比Φik /Φi1 を算出するため、振動方程式から得られるモード関数Y2の一般解に積分定数が含まれるとしても、その影響を受けないようにできる。しかも、振動方程式に基づく複素固有振動数の影響も排除できる。このため、ダンパー110をモデル化してその特性値を制約条件とする、という必要がないため、ダンパー110のモデル化誤差の影響を受けることなく、線状体の張力を算定することができる。
【0104】
また、モード形状理論値Φi1 、Φi2 、Φi3 を導出するときに、振幅を最大値が1になるように調整することによってモード形状理論値Φi1 、Φi2 、Φi3 を導出し、モード形状計測値Φi1 、Φi2 、Φi3 を得るときに、前記振幅を最大値が1になるように調整することによってモード形状計測値Φi1 、Φi2 、Φi3 を得る。このため、モード形状理論値の比Φik /Φi1 及びモード形状計測値の比Φik /Φi1 を算出する際に分母がゼロになる場合があることを考慮した目的関数(式(31)を用いる場合に好適となる。
【0105】
なお、今回開示された実施形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明は、前記実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で種々変更、改良等が可能である。
【符号の説明】
【0106】
110 :ダンパー
120 :ケーブル
121 :第1スパン
122 :第2スパン
135 :加速度計
136 :加速度計
137 :加速度計
145 :ハンマー
EI :曲げ剛性
T :張力
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8