(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-14
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】抗ウイルス剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/46 20060101AFI20220105BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20220105BHJP
A61P 31/12 20060101ALI20220105BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20220105BHJP
A61P 31/20 20060101ALI20220105BHJP
【FI】
A61K38/46
A61K48/00
A61P31/12
A61P31/14
A61P31/20
(21)【出願番号】P 2019516360
(86)(22)【出願日】2018-02-07
(86)【国際出願番号】 JP2018004151
(87)【国際公開番号】W WO2018203427
(87)【国際公開日】2018-11-08
【審査請求日】2020-08-18
(31)【優先権主張番号】P 2017091926
(32)【優先日】2017-05-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】510249416
【氏名又は名称】堀田 博
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】堀田 博
【審査官】参鍋 祐子
(56)【参考文献】
【文献】FENARD, David et al.,Secreted phospholipases A2, a new class of HIV inhibitors that block virus entry into host cells,J. Clin. Invest.,1999年,Vol.104,pp.611-618,ISSN:0021-9738
【文献】LIN, Wan-Wan et al.,Pharmacological Study on Phospholipases A2 Isolated from Naja mossambica mossambica Venom,Proc. Natl. Sci. Counc. B. ROC.,1987年,Vol.11, No.2,pp.155-163,ISSN:0255-6596
【文献】MULLER, Vanessa Danielle et al.,Phospholipase A2 Isolated from the Venom of Crotalus durissus terrificus Inactivates Dengue virus an,PLoS ONE,2014年,Vol.9, Issue 11, e112351,pp.1-10,eISSN:1932-6203, doi:10.1371/journal.pone.0112351
【文献】MULLER, Vanessa Danielle Menjon et al.,Crotoxin and phospholipases A2 from Crotalus durissus terrificus showed antiviral activity against d,Toxicon,2012年,Vol.59,pp.507-515,ISSN:0041-0101
【文献】CHEN, Ming et al.,Broad-spectrum antiviral agents: secreted phospholipase A2 targets viral envelope lipid bilayers der,SCIENTIFIC REPORTS,2017年11月21日,Vol.7, 15931,pp.1-8,ISSN:2045-2322, DOI:10.1038/s41598-017-16130-w
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00
A61K 48/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)~
(f)からなる群より選択されるいずれかのポリペプチドまたは遺伝子を含むことを特徴とする、抗ウイルス剤であって、
前記抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスが、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有することを特徴とする、抗ウイルス剤:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と
90%以上の
同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチド、
(d)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子、
(e)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、
(f)配列番号1で示されるアミノ酸配列と
90%以上の
同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子
。
【請求項2】
Naja mossambica mossambicaのコブラ毒由来の分泌型ホスホリパーゼA
2のアイソフォームCM-IIポリペプチド、および/または当該ポリペプチドをコードする遺伝子を含む、抗ウイルス剤であって、
前記抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスが、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有することを特徴とする、抗ウイルス剤。
【請求項3】
前記抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスが、フラビウイルス科またはヘパドナウイルス科に属することを特徴とする、請求項1または2に記載の抗ウイルス剤。
【請求項4】
前記抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスが、デングウイルス、日本脳炎ウイルス、C型肝炎ウイルスおよびB型肝炎ウイルスからなる群より選択される少なくとも一つであることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の抗ウイルス剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ウイルス剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルスは、その外周構造の相違から、宿主細胞の様々な膜を構成する脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスと、エンベロープを有さないウイルスとの2種類に大別される。また、宿主細胞の膜は、(1)小胞体(ER)膜、並びにそれに関連する、核膜、脂肪滴膜、ER-ゴルジ体中間区画(ERGIC)膜およびシスゴルジ体膜と、(2)細胞膜(PM)、並びにそれに由来する、エンドソーム膜、多小胞体(MVB)膜およびトランスゴルジ体膜、の2種類に大別される。従って、エンベロープを有するウイルスは、エンベロープを獲得する部位に応じて、宿主細胞の小胞体(ER)膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスと、宿主細胞の細胞膜(PM)由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスとに分類することができる。
【0003】
このうち、宿主細胞の小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスには、フラビウイルス科、コロナウイルス科等に属するウイルスが含まれる。特に、フラビウイルス科のウイルスは、デングウイルス、日本脳炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、黄熱ウイルス、ウエストナイルウイルス等に代表されるように、これらウイルスの感染により発症する疾患が一般に重症化する傾向が多く見られる。また、コロナウイルス科のウイルスも、重症急性呼吸器症候群(SARS)および中東呼吸器症候群(MERS)のような重症の感染症を引き起こす(重症急性呼吸器症候群および中東呼吸器症候群を引き起こすウイルスは、それぞれSARSコロナウイルスおよびMERSコロナウイルスと呼ばれる)。近年では、B型肝炎ウイルスに代表されるヘパドナウイルス科のウイルスも、宿主細胞の小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有することが報告されている(Liou W, et al., J. Biomed. Sci., 15, 311-316, 2008およびWei Y, et al., Pathol. Biol., 58, 267-272, 2010を参照)。
【0004】
ところで、最近になって、種々の毒ヘビ由来のホスホリパーゼA2が、抗ウイルス活性を有することが明らかとなってきた。例えば、非特許文献1には、ムフェジコブラの一種であるNaja mossambica mossambica由来の分泌型ホスホリパーゼA2のアイソフォーム(CM-III)が、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)(細胞膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有する)に対して抗ウイルス活性を有することが記載されている。このアイソフォーム(CM-III)は宿主細胞の細胞膜を直接障害し、強い細胞障害活性および溶血活性を示すことが知られている。
【0005】
また、非特許文献2には、ガラガラヘビの一種であるCrotalus durissus terrificus由来のホスホリパーゼA2が、デングウイルスおよび黄熱病ウイルス(小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有する)に対して抗ウイルス活性を有することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Fenard D, et al., J.Clin.Invest., 104, 611-618, 1999
【文献】Muller V D M, et al., Toxicon., 59, 507-515, 2012
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1および2に記載のタンパク質は、処置対象の細胞等への細胞毒性が高いこと、抗ウイルス活性の選択毒性が低いこと、抗ウイルス効果が期待される対象ウイルスの範囲が明確でないこと等の種々の問題点があった。そのため、抗ウイルス剤にはさらなる改善の余地があった。
【0008】
本発明は、前記の問題点に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスの感染により発症する疾患を処置し得る、新規の抗ウイルス剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記の課題を解決するべく鋭意検討を重ねた結果、特定のポリペプチドが、抗ウイルス活性、とりわけ小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスに対する特異的な抗ウイルス活性を有し、かつ、処置対象の細胞への毒性が低いことを見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明の一態様は、以下の発明を包含するものである。
【0010】
〔1〕以下の(a)~(g)からなる群より選択されるいずれかのポリペプチドまたは遺伝子を含むことを特徴とする、抗ウイルス剤であって、
前記抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスが、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有することを特徴とする、抗ウイルス剤:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチド、
(d)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子、
(e)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、
(f)配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、および
(g)前記(d)~(f)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子。
【0011】
〔2〕コブラ毒由来の分泌型ホスホリパーゼA2のアイソフォームCM-IIポリペプチド、および/または当該ポリペプチドをコードする遺伝子を含む、抗ウイルス剤であって、
前記抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスが、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有することを特徴とする、抗ウイルス剤。
【0012】
〔3〕前記抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスが、フラビウイルス科またはヘパドナウイルス科に属することを特徴とする、〔1〕または〔2〕に記載の抗ウイルス剤。
【0013】
〔4〕前記抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスが、デングウイルス、日本脳炎ウイルス、C型肝炎ウイルスおよびB型肝炎ウイルスからなる群より選択される少なくとも一つであることを特徴とする、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様における抗ウイルス剤は、特定のウイルスに対して強力な抗ウイルス活性を示すと共に、処置対象の細胞への低い毒性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一実施形態において、特定のポリペプチドまたは遺伝子を含むことを特徴とする、新規の抗ウイルス剤を提供する。本発明の一実施形態は、特定のポリペプチドが、抗ウイルス活性、とりわけ、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスに対する抗ウイルス活性を有することを初めて見出したことに基づくものである。それ故、当該ポリペプチドまたは当該ポリペプチドをコードする遺伝子を含む本発明の抗ウイルス剤は、ウイルス感染による疾患、とりわけ、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスの感染による疾患を効果的に処置することができる。以下、本発明の実施形態について、〔1.ポリペプチド〕、〔2.遺伝子〕および〔3.抗ウイルス剤〕の順に詳述する。
【0016】
なお、本明細書に記載された文献の全てが、本明細書において参考として援用される。また、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上(Aを含みかつAより大きい)B以下(Bを含みかつBより小さい)」を意味する。
【0017】
〔1.ポリペプチド〕
本明細書において「ポリペプチド」なる用語は、「タンパク質」または「ペプチド」と交換可能に使用される。本明細書において使用される場合、アミノ酸の表記は、適宜IUPACおよびIUBの定める1文字表記または3文字表記を使用する。
【0018】
本発明の一実施形態において「ポリペプチド」は、アミノ酸がペプチド結合により結合した縮合重合体を意味し、抗ウイルス活性を有している限り別段限定されない。本発明の一実施形態におけるポリペプチドは、コブラ毒由来の分泌型ホスホリパーゼA2(以下、「sPLA2」と称することもある。)のアイソフォームCM-IIである。コブラとしては、コブラ科に属し、かつ毒を有しているヘビであれば特に限定されず、例えば、台湾コブラ(Naja atra)、タイコブラ(Naja kaouthia)、ムフェジコブラ(Naja mossambica)、タイドクハキコブラ(Naja siamensis)等のフードコブラ属(Naja);Bungarus bungaroides、Bungarus fasciatus等のアマガサヘビ属(Bungarus)に属するヘビが挙げられる。本発明の一実施形態におけるポリペプチドは、ムフェジコブラの一種であるNaja mossambica mossambica(以下、「N.m.mossambica」とも称する。)のコブラ毒由来のsPLA2のアイソフォームCM-IIである。
【0019】
本発明の一実施形態におけるポリペプチドは、後述の実施例に示すように、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスに対して、極めて高い抗ウイルス活性を有している。一方、治療薬として使用する場合の副作用の指標となる細胞障害活性および溶血活性に関しては、極めて高用量で投与した場合に限り、それぞれの活性を有する。このように、本発明の一実施形態におけるポリペプチドが、十分に抗ウイルス活性を有する投与量では、細胞障害活性および溶血活性を示さないという効果を奏することは、驚くべき知見である。このような効果により、処置対象に与える負の影響を最小限にとどめつつ、効果的にウイルス感染症を処置できるという新規な治療薬を提供することが可能となる。
【0020】
また、本発明の一実施形態において使用されるポリペプチドとしては、以下の(a)~(c)からなる群より選択されるいずれかのポリペプチドが用いられる:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチド、および
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチド。
【0021】
上記(a)のポリペプチドについて具体的に説明する。配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、ムフェジコブラの一種であるN.m.mossambicaのコブラ毒に由来するポリペプチドである。また、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、上記コブラ毒に由来する分泌型ホスホリパーゼA2のアイソフォーム(CM-I、CM-IIおよびCM-III)のうちの一つ(CM-II)であり、全長118アミノ酸残基から構成されるポリペプチドである。
【0022】
上記(b)のポリペプチドは、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質の、機能的に同等の変異体、誘導体、バリアント、アレル、ホモログ、オルソログ、部分ペプチド、または他のタンパク質・ペプチドとの融合タンパク質等であって、抗ウイルス活性を有するタンパク質をコードする限り、その具体的な配列については限定されない。上記ポリペプチドを含む抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスは、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有する。すなわち、上記抗ウイルス活性は、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスに対する抗ウイルス活性である。
【0023】
ここで欠失、置換または付加されてもよいアミノ酸の数は、前記抗ウイルス活性を失わせない限り、限定されないが、部位特異的突然変異誘発法、遺伝子断片欠失変異体作製法等の公知の導入法によって欠失、置換または付加できる程度の数である。また、明細書中において「変異」とは、部位特異的突然変異誘発法、遺伝子断片欠失変異体作製法等によって人為的に導入された変異を主に意味するが、天然に存在する同様の変異であってもよい。
【0024】
置換されるアミノ酸残基は、アミノ酸側鎖の性質が保存されている別のアミノ酸に置換されていることが好ましい。例えば、アミノ酸側鎖の性質としては、疎水性アミノ酸(A、I、L、M、F、P、W、Y、V)、親水性アミノ酸(R、D、N、C、E、Q、G、H、K、S、T)、脂肪族側鎖を有するアミノ酸(G、A、V、L、I、P)、水酸基含有側鎖を有するアミノ酸(S、T、Y)、硫黄原子含有側鎖を有するアミノ酸(C、M)、カルボン酸およびアミド含有側鎖を有するアミノ酸(D、N、E、Q)、塩基含有側鎖を有するアミノ酸(R、K、H)、芳香族含有側鎖を有するアミノ酸(H、F、Y、W)が挙げられる(括弧内はいずれもアミノ酸の一文字表記を表す)。あるアミノ酸配列に対する1または複数個のアミノ酸残基の欠失、付加および/または他のアミノ酸による置換により修飾されたアミノ酸配列を有するポリペプチドがその生物学的活性を維持することはすでに知られている。さらに、変異後のアミノ酸残基は、共通した性質をできるだけ多く有するアミノ酸残基に変異していることがより好ましい。
【0025】
本明細書において「機能的に同等」とは、対象となるポリペプチドが、目的とするポリペプチドと同等(同一および/または類似)の生物学的機能や生化学的機能を有することを意図する。生物学的な性質には発現する部位の特異性、発現量等も含まれ得る。変異を導入したポリペプチドが所望の機能を有するかどうかは、その変異ポリペプチドが抗ウイルス活性を有するかどうか調べることにより判断できる。
【0026】
本明細書において「抗ウイルス活性」は、ウイルスの感染性、増殖能または免疫回避能を低下させる活性を意味する。
【0027】
ウイルスの感染性は、ウイルスが宿主細胞に吸着または侵入する性質を意味する。このときの抗ウイルス活性は、例えば、ポリペプチドがウイルス粒子の表面タンパク質と接触することにより、宿主細胞に対するウイルスの吸着または侵入を抑制する活性を示す。すなわち、当該抗ウイルス活性は、ウイルスの中和活性と言い換えることができる。
【0028】
ウイルスの増殖能は、宿主細胞におけるウイルス粒子の構成タンパク質の合成能、ウイルス遺伝子の複製能またはウイルス粒子の形成能を意味する。このときの抗ウイルス活性は、例えば、宿主細胞において、あるウイルスタンパク質の合成を阻害したり、合成されたウイルスタンパク質の機能を阻害したり、ウイルス遺伝子の複製を阻害することにより、成熟したウイルス粒子の形成を抑制する活性を意味する。当該ウイルスタンパク質としては、ウイルスタンパク質の合成を促進するか、もしくは合成に必須なウイルスタンパク質、またはウイルス粒子の形成を促進するか、もしくは形成に必須なウイルスタンパク質、またはウイルス遺伝子の複製を促進するか、もしくは複製に必須なウイルスタンパク質等が挙げられる。
【0029】
ウイルスの免疫回避能は、宿主の免疫機構によってウイルスが排除されることを回避する能力を意味する。このときの抗ウイルス活性は、例えば、ウイルス粒子の表面タンパク質に結合して、ウイルス粒子を抗原として認識可能な形態に変化させる活性、または宿主の免疫機構の一部を妨害するウイルスタンパク質を失活させる活性である。
【0030】
ポリペプチドが、抗ウイルス活性を有するポリペプチドであるか否かを判定するためには、ポリペプチドと、ウイルス(および/または宿主細胞)とを接触させた際に、上記で例示したような抗ウイルス活性が生じるか否かを試験すればよい。すなわち、ポリペプチドと、ウイルス(および/または宿主細胞)とを接触させた際に、例えば、ウイルスの感染性の低下、増殖能の低下、免疫回避能の低下等が生じれば、当該ポリペプチドを、抗ウイルス活性を有するポリペプチドであると判定することができる。
【0031】
抗ウイルス活性の具体的な判定方法は特に限定されず、適宜、周知の方法を用いることができる。抗ウイルス活性の具体的な判定方法としては、ポリペプチド、ウイルスおよび宿主細胞の関係を考慮して、例えば、以下の(1)~(4)の方法が挙げられる。
【0032】
(1)ポリペプチドと宿主細胞とを接触させて、一定時間処理した後に、当該ポリペプチドを除去する。続いて、ウイルスを前記宿主細胞へ感染させて、感染から1時間後に余剰の当該ウイルスを除去する。その後に、当該ポリペプチドを含まない培養液で当該宿主細胞を一定時間培養し、ウイルス感染価を測定する。この方法により、ポリペプチドが、ウイルス感染を抑制する因子(インターフェロン等)の発現を宿主細胞に誘導するか否か(すなわち、ポリペプチドが、宿主細胞へのウイルス感染を阻害するか否か)を判定することができる。
【0033】
(2)ポリペプチドとウイルスとを接触させて、一定時間反応させる。その後に、当該ウイルスを宿主細胞へ感染させ、感染から1時間後に余剰の当該ウイルスを除去する。その後に、当該ポリペプチドを含まない培養液で当該宿主細胞を一定時間培養し、ウイルス感染価を測定する。この方法により、ポリペプチドが、感染性ウイルス粒子の感染能を直接阻害するか否か(すなわち、ポリペプチドが、宿主細胞へのウイルス感染を阻害するか否か)を判定することができる。
【0034】
また、ポリペプチドが、感染性ウイルス粒子の感染能を直接阻害するか否かを判定し得る(2)の変法として、以下の(2’)および/または(2’’)の方法が用いられる。
【0035】
(2’)ポリペプチドとウイルスとの混合液を宿主細胞に感染させ、感染から1時間後に余剰の当該ウイルスを含む混合液を除去する。その後に、当該ポリペプチドを含まない培養液で当該宿主細胞を培養し、一定時間経過後に、当該宿主細胞を固定して、抗ウイルス抗体を用いた蛍光抗体法により感染細胞を計測し、当該ポリペプチド・ウイルス混合液中のウイルス感染価を測定する。
【0036】
(2’’)ポリペプチドとウイルスとの混合液を宿主細胞に感染させ、感染から1時間後に余剰の当該ウイルスを含む混合液を除去する。その後に、1%メチルセルロース添加培養液で培養し、一定時間経過後に、1個の感染性ウイルス粒子に由来する死滅したウイルス感染細胞の集団が形成する細胞シートの穴(以下、「プラク」と称する)の数を計測して、当該ポリペプチド・ウイルス混合液中のウイルス感染価を測定する。(以下、この方法を「プラク形成法」と称する。)
(3)ウイルスを宿主細胞に感染させて、感染から1時間後に当該ウイルスを除去し、ポリペプチドを含む培養液で当該宿主細胞を一定時間培養した後、ウイルス感染価を測定する。この方法により、ポリペプチドが、宿主細胞内に侵入したウイルスの遺伝子複製、ウイルスタンパク質の合成、ウイルス粒子の形成および/または放出等を阻害し得るか否かを判定することができる。
【0037】
(4)ポリペプチドとウイルスとを接触させて、一定時間反応させた後に、当該ウイルスを宿主細胞へ感染させ、当該ポリペプチドを含む培養液で当該宿主細胞を一定時間培養し、ウイルス感染価を測定する。この方法により、上記(2)および(3)の効果を同時に測定することができる。
【0038】
上記(c)のポリペプチドは、上記(b)のポリペプチドと同様に、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質の、機能的に同等の変異体、誘導体、バリアント、アレル、ホモログ、オルソログ、部分ペプチド、または他のタンパク質・ペプチドとの融合タンパク質等を意図しており、抗ウイルス活性を有するタンパク質をコードする限り、その具体的な配列については限定されない。上記ポリペプチドを含む抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスは、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有する。すなわち、上記抗ウイルス活性は、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスに対する抗ウイルス活性である。
【0039】
アミノ酸配列の相同性とは、アミノ酸配列全体(または機能発現に必要な領域)で、少なくとも80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の配列の同一性を有することを意味する。アミノ酸配列の相同性は、BLASTN(核酸レベル)やBLASTX(アミノ酸レベル)のプログラム(Altschul et al. J. Mol. Biol., 215, 403-410, 1990)を利用して決定することができる。当該プログラムは、KarlinおよびAltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 2264-2268, 1990, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 5873-5877, 1993)に基づいている。BLASTNによって塩基配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore=50、wordlength=3とする。また、Gapped BLASTプログラムを用いて、アミノ酸配列を解析する場合は、Altschulら(Nucleic Acids Res. 25, 3389-3402, 1997)に記載されているように行うことができる。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。比較対象の塩基配列またはアミノ酸配列を最適な状態にアラインメントするために、付加または欠失(例えば、ギャップ等)を許容してもよい。
【0040】
本明細書において「相同性」とは、性質が類似のアミノ酸残基数の割合(homology、positive等)を意図しているが、より好ましくは、同一のアミノ酸残基数の割合、すなわち同一性(identity)である。なお、アミノ酸の性質については上述したとおりである。
【0041】
本発明の一実施形態におけるポリペプチドは、アミノ酸がペプチド結合しているものであればよいが、これに限定されるものではなく、糖鎖やイソプレノイド基などのポリペプチド以外の構造を含む複合ペプチドであってもよい。アミノ酸の官能基は修飾されていてもよい。アミノ酸はL型であることが好ましいが、これに限定されない。
【0042】
本発明の一実施形態におけるポリペプチドは、当該分野において公知の任意の手法に従って容易に入手もしくは産生され得る。例えば、本発明の一実施形態におけるポリペプチドは、精製された天然物、化学合成の産物、および原核生物宿主または真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、および哺乳動物細胞を含む)を用いた組み換え技術によって産生された産物であってもよい。組み換え技術において用いられる宿主に依存して、本発明の一実施形態におけるポリペプチドは、グリコシル化され得るか、または非グリコシル化され得る。さらに、本発明の一実施形態におけるポリペプチドはまた、いくつかの場合、宿主媒介プロセスの結果として、開始の改変メチオニン残基を含み得る。
【0043】
本発明の一実施形態におけるポリペプチドの生産方法は、例えば、当該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクターを用いて行われる。この場合、特に、上記ベクターを組み換え発現系において用いることが好ましい。組み換え発現系を用いる場合、本発明の一実施形態におけるポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを組み換え発現ベクターに組み込んだ後、公知の方法により発現可能な宿主に導入し、宿主(形質転換体)内で翻訳されて得られるポリペプチドを精製するという方法などを採用することができる。組み換え発現ベクターは、プラスミドであってもなくてもよく、宿主に目的ポリヌクレオチドを導入することができればよい。
【0044】
このように宿主に外来ポリヌクレオチドを導入する場合、発現ベクターは、外来ポリヌクレオチドを発現するように宿主内で機能するプロモーターを組み込んであることが好ましい。組み換え技術によって産生されたポリペプチドを精製する方法は、用いた宿主、ポリペプチドの性質によって異なるが、タグの利用等によって比較的容易に目的のポリペプチドを精製することが可能である。
【0045】
本発明の一実施形態におけるポリペプチドの生産方法は、当該ポリペプチドを含む細胞または組織の抽出液から当該ポリペプチドを精製する工程をさらに包含し得る。ポリペプチドを精製する工程は、周知の方法(例えば、細胞または組織を破壊した後に遠心分離して可溶性画分を回収する方法)で細胞や組織から細胞抽出液を調製した後、この細胞抽出液から周知の方法(例えば、硫安沈殿またはエタノール沈殿、酸抽出、陰イオンまたは陽イオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー、およびレクチンクロマトグラフィー)によって精製する工程が好ましいが、これらに限定されない。最も好ましくは、高速液体クロマトグラフィー(「HPLC」)が精製のために用いられる。
【0046】
本発明の一実施形態におけるポリペプチドの生産方法の別の例として、当該ポリペプチドを天然に発現する細胞または組織から当該ポリペプチドを精製することができる。当該ポリペプチドを天然に発現するものの例として、コブラ毒が挙げられる。本方法は、抗体またはオリゴヌクレオチドを用いて本発明の一実施形態におけるポリペプチドを天然に発現する細胞または組織を同定する工程を包含することができる。また、本方法は、当該ポリペプチドを精製する工程をさらに包含し得る。
【0047】
さらに、本発明の一実施形態におけるポリペプチドの生産方法の別の例として、本発明の一実施形態におけるポリペプチドを化学合成することが挙げられる。当業者は、本明細書に記載されている本発明のポリペプチドのアミノ酸配列に基づいて周知の化学合成技術を適用すれば、本発明のポリペプチドを化学合成できることを、容易に理解する。化学合成技術としては、固相法または液相法を挙げることができる。固相法において、例えば、市販の各種ペプチド合成装置(Model MultiPep RS(Intavis AG)等)を利用することができる。
【0048】
以上のように、本発明の一実施形態におけるポリペプチドを生産する方法によって取得されるポリペプチドは、天然に存在する変異ポリペプチドであっても、人為的に作製された変異ポリペプチドであってもよい。
【0049】
このように、本発明の一実施形態におけるポリペプチドは、少なくとも、当該ポリペプチドのアミノ酸配列、または当該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの塩基配列に基づいて公知慣用技術を用いて生産すればよいといえる。
【0050】
〔2.遺伝子〕
本発明の一実施形態において、上記〔1〕で記載した本発明の一実施形態におけるポリペプチドをコードする遺伝子を提供する。本発明の一実施形態において使用される遺伝子は、コブラ毒由来の分泌型ホスホリパーゼA2のアイソフォームCM-IIポリペプチドをコードする遺伝子であることが好ましい。本発明の一実施形態におけるポリペプチドが抗ウイルス剤等として有用であるのと同様の理由で、本発明の一実施形態における遺伝子もまた、抗ウイルス剤等として有用である。
【0051】
本明細書において「遺伝子」なる用語は、「ポリヌクレオチド」、「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。本明細書において「塩基配列」なる用語は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。
【0052】
本発明の一実施形態において使用される遺伝子としては、以下の(d)~(g)からなる群より選択されるいずれかの遺伝子が用いられる:
(d)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子、
(e)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、
(f)配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、および
(g)前記(d)~(f)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子。
【0053】
上記(d)の遺伝子は、上述した配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子である。なお、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、上述したとおりである(以下、項目〔2〕において同様。)。
【0054】
上記(d)の遺伝子としては、例えば配列番号2で示される塩基配列からなる遺伝子が挙げられる。配列番号2は、N.m.mossambicaの近縁種である、Naja naja atra(台湾コブラ)のホスホリパーゼA2の塩基配列(GenBank Accession no.X73225)を基に、N.m.mossambicaに由来する分泌型ホスホリパーゼA2のアイソフォームCM-IIのアミノ酸配列を示すように推定された塩基配列である。
【0055】
上記(e)の遺伝子は、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質の、機能的に同等の変異体、誘導体、バリアント、アレル、ホモログ、オルソログ、部分ペプチド、または他のタンパク質・ペプチドとの融合タンパク質等であって、抗ウイルス活性を有するタンパク質をコードする遺伝子である限り、その具体的な配列については限定されない。上記遺伝子を含む抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスは、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有する。すなわち、上記抗ウイルス活性は、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスに対する抗ウイルス活性であることが好ましい。
【0056】
なお、「欠失、置換または付加されてもよいアミノ酸の数」や「その導入方法」、「変異」の定義、「変異するアミノ酸残基」の記載、「機能的に同等」の定義、「抗ウイルス活性」の定義等は、上記〔1〕で記載したものと同様である。
【0057】
上記(f)の遺伝子は、上記(e)の遺伝子と同様に、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質の、機能的に同等の変異体、誘導体、バリアント、アレル、ホモログ、オルソログ、部分ペプチド、または他のタンパク質・ペプチドとの融合タンパク質等を意図しており、抗ウイルス活性を有するタンパク質をコードする遺伝子である限り、その具体的な配列については限定されない。上記遺伝子を含む抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスは、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有する。すなわち、上記抗ウイルス活性は、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスに対する抗ウイルス活性である。
【0058】
なお、「アミノ酸配列の相同性」や「相同性」の定義等は、上記〔1〕で記載したものと同様である。
【0059】
上記(g)の遺伝子は、上記(d)~(f)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子を意図しており、抗ウイルス活性を有するタンパク質をコードする遺伝子である限り、その具体的な配列については限定されない。上記遺伝子を含む抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスは、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有する。すなわち、上記抗ウイルス活性は、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスに対する抗ウイルス活性である。
【0060】
ここで、ストリンジェントな条件とは、いわゆる塩基配列に特異的な2本鎖のポリヌクレオチドが形成され、非特異的な2本鎖のポリヌクレオチドが形成されない条件をいう。換言すれば、相同性が高い核酸同士、例えば完全にマッチしたハイブリッドの融解温度(Tm値)から15℃、好ましくは10℃、さらに好ましくは5℃低い温度までの範囲の温度でハイブリダイズする条件ともいえる。例えば、一例を示すと、0.25M Na2HPO4、pH7.2、7%SDS、1mM EDTA、1×デンハルト溶液からなる緩衝液中で温度が60~68℃、好ましくは65℃、さらに好ましくは68℃の条件下で16~24時間ハイブリダイズさせ、さらに20mM Na2HPO4、pH7.2、1% SDS、1mM EDTAからなる緩衝液中で温度が60~68℃、好ましくは65℃、さらに好ましくは68℃の条件下で15分間の洗浄を2回行う条件を挙げることができる。他の例としては、25%ホルムアミド、より厳しい条件では50%ホルムアミド、4×SSC(塩化ナトリウム/クエン酸ナトリウム)、50mM Hepes pH7.0、10×デンハルト溶液、20μg/mL変性サケ精子DNAを含むハイブリダイゼーション溶液中、42℃で一晩プレハイブリダイゼーションを行った後、標識したプローブを添加し、42℃で一晩保温することによりハイブリダイゼーションを行う。その後の洗浄における洗浄液および温度条件は、「1×SSC、0.1% SDS、37℃」程度で、より厳しい条件としては「0.5×SSC、0.1% SDS、42℃」程度で、さらに厳しい条件としては「0.2×SSC、0.1% SDS、65℃」程度で実施することができる。このようにハイブリダイゼーションの洗浄の条件が厳しくなるほど、特異性の高いハイブリダイズとなる。ただし、前記SSC、SDSおよび温度の条件の組み合わせは例示であり、当業者であれば、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーを決定する前記若しくは他の要素(例えば、プローブ濃度、プローブの長さ、ハイブリダイゼーション反応時間等)を適宜組み合わせることにより、前記と同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。このことは、例えば、Sambrookら、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 3rd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory(2001)等に記載されている。
【0061】
本発明の一実施形態における遺伝子は、RNA(例えば、mRNA)の形態、またはDNAの形態(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)で存在し得る。DNAは、二本鎖または一本鎖であり得る。一本鎖DNAまたはRNAは、コード鎖(センス鎖としても知られる)であり得るか、または非コード鎖(アンチセンス鎖としても知られる)であり得る。
【0062】
本発明の一実施形態における遺伝子は、非翻訳領域(UTR)の配列またはベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0063】
本発明の一実施形態において、ベクターは、周知の遺伝子組み換え技術により、本発明の一実施形態における遺伝子を所定のベクターに挿入することにより作製することができる。上記ベクターとしては、別段限定されるものでなく、組み換え発現ベクターであってもよいし、クローニングベクターであってもよい。ベクターの選択は、目的に応じて、適宜選択可能である。
【0064】
本発明の一実施形態における遺伝子を抗ウイルス剤として用いる場合、遺伝子が所定の発現ベクターに挿入されていることが好ましい。本発明の一実施形態における遺伝子が所定の発現ベクターに挿入されていることにより、例えば、標的部位への遺伝子の送達をより効率的に行うことができたり、標的部位における細胞内への遺伝子の取り込み効率を上げたり、標的部位において抗ウイルス作用を有するポリペプチドの発現を高めたりすることができる。その結果として、本発明の一実施形態における遺伝子を含む抗ウイルス剤によりウイルス感染症を効果的に処置することが可能となる。
【0065】
このようなベクターは、薬剤送達系(Drug Delivery System(DDS))の分野において開発が進んでおり、所望の送達および発現効果を有するベクターを適宜選択することが可能である。そのようなベクターの一例として、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター等)、DNAベクター(例えば、pUMVC4a等)等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0066】
〔3.抗ウイルス剤〕
本発明の一実施形態において、上記〔1〕で記載したポリペプチドを含む抗ウイルス剤を提供する。本発明の別の実施形態において、上記〔2〕で記載した遺伝子を含む抗ウイルス剤を提供する。
【0067】
本発明の一実施形態における抗ウイルス剤が標的とするウイルスは、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有することを特徴とする。
【0068】
上記エンベロープは、ウイルスが、感染した宿主細胞内で増殖した後、宿主細胞内から細胞外へと放出されるという一連の過程の中で、宿主細胞の細胞膜、小胞体膜等に由来する脂質二重層に宿主細胞内で発現したウイルス由来のタンパク質が挿入されることによって形成される。そのため、エンベロープの組成は、ウイルスの出芽経路を反映していると考えられている。本発明の一実施形態における抗ウイルス剤が標的とするウイルスは、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有する。つまり、本発明の一実施形態における抗ウイルス剤が標的とするウイルスは、宿主細胞の小胞体を経由して出芽すると考えられる。
【0069】
小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスとしては、フラビウイルス科、コロナウイルス科、ヘパドナウイルス科に属するウイルス等が挙げられる。フラビウイルス科に属するウイルスとしては、例えば、デングウイルス、日本脳炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、黄熱ウイルス、ウエストナイルウイルス、ジカウイルス等が挙げられるがこれらに限定されない。コロナウイルス科に属するウイルスとしては、例えば、SARSコロナウイルス、MERSコロナウイルス等が挙げられるがこれらに限定されない。ヘパドナウイルス科に属するウイルスとしては、例えば、B型肝炎ウイルス、地リスB型肝炎ウイルス、ガチョウB型肝炎ウイルス等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0070】
本発明の一実施形態における上記〔1〕で記載したポリペプチドは、後述の実施例に示すように、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスに対して、高い抗ウイルス活性を有している。一方、細胞障害活性および溶血活性に関しては、極めて高用量で投与した場合に限り、それぞれの活性を有する。すなわち、十分に抗ウイルス活性を有する投与量では、細胞障害活性および溶血活性を示さないため、処置対象に与える影響を最小限にとどめつつ、効果的にウイルス感染症を処置することが可能である。
【0071】
実施例では、上記〔1〕で記載したポリペプチドが、感染性ウイルス粒子の感染能を直接阻害する効果が特に高いこと(換言すれば、宿主細胞外での中和活性が高いこと)が見出されている。そのため、本発明の一実施形態におけるポリペプチドは、同様の作用機序を有する中和抗体と同じ治療効果を有すると考えられる。すなわち、本発明の一実施形態におけるポリペプチドは、ウイルス感染症の感染初期の治療薬および重症化の予防薬として、とりわけ有用であり得る。
【0072】
本発明の一実施形態における抗ウイルス剤の投与対象は、上記〔1〕で記載したポリペプチドまたは上記〔2〕で記載した遺伝子により処置され得る対象であれば別段限定されない。本発明の一実施形態における抗ウイルス剤の投与対象は、例えば、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスの感染症を患う対象であり、例えば、哺乳動物、例えば、ヒトであり得る。
【0073】
本発明の一実施形態における抗ウイルス剤は、処置対象に対して、直接注入により投与され得る。本発明の一実施形態における抗ウイルス剤はまた、経口投与、粘膜投与、筋肉内投与、静脈内投与、皮下投与、眼内投与または経皮的投与のために処方され得るが、患者体内において専らウイルス血症により感染が拡大するウイルス感染症に対して静脈内投与することがより好ましい。本発明の一実施形態における抗ウイルス剤の投与量は、当該技術分野における通常の方法に基づいて、適宜設定することができる。
【0074】
本発明の一実施形態において、抗ウイルス剤は、上記〔1〕で記載したポリペプチドおよび上記〔2〕で記載した遺伝子の他に、薬学的に許容可能なキャリア、希釈剤または賦形剤(それらの組み合わせを含む)を含み得る。
【0075】
本発明の一実施形態において、抗ウイルス剤は、好ましくは、ヒトについての使用のためのものであり、薬学的に許容可能なキャリア、希釈剤または賦形剤の任意の1つ以上を含む。治療的使用のための薬学的に許容可能なキャリアまたは賦形剤は、薬学分野で周知であり、例えば、Remington’s Pharmaceutical Sciences, Mack Publishing Co.(A.R.Gennaro編、1985)に記載されている。薬学的に許容可能なキャリア、希釈剤または賦形剤の選択は、意図された投与経路および標準的薬学的慣行に従って、当業者によって容易に選択され得る。また、本発明の一実施形態における抗ウイルス剤は、任意の適切な結合剤、滑沢剤、懸濁剤、被覆剤または可溶化剤をさらに含み得る。
【0076】
本明細書中の記載に基づけば、当業者は、本発明の一実施形態における抗ウイルス剤の別の形態(例えば、キット)および、本発明の一実施形態における抗ウイルス剤を用いて疾患を処置(予防および/または治療)する方法もまた本発明の範囲内であることを、容易に理解する。
【0077】
また、他の実施形態において、本発明の一実施形態における抗ウイルス剤は、ウイルスを除去すべき被処理物からウイルスを除去するために用いられ得る。例えば、本発明の一実施形態における抗ウイルス剤は、噴霧剤、塗布剤、浸漬剤等の形態であり得、それぞれ、被処理物に対して噴霧、塗布、被処理物を浸漬するために用いられ得る。本発明の一実施形態において、抗ウイルス剤は、用途に応じて、公知の抗ウイルス剤、界面活性剤、安定剤、pH調整剤、緩衝剤、等張化剤、キレート剤、保存料、粘張剤、溶媒等をさらに含んでいてもよい。
【0078】
さらに、本発明の他の実施形態において、抗ウイルス剤は、以下の(a)~(g)からなる群より選択されるいずれかのポリペプチドまたは遺伝子を含み、前記抗ウイルス剤の処置対象となるウイルスが、フラビウイルス科またはヘパドナウイルス科に属することを特徴とする、抗ウイルス剤であってもよい:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチド、
(d)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子、
(e)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、
(f)配列番号1で示されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、および
(g)前記(d)~(f)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、抗ウイルス活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子。
【0079】
その他、上記〔1〕~〔3〕の各項目で記載した内容は、他の項目においても適宜援用できることを付言する。また、本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はかかる実施例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0080】
〔1.抗ウイルス活性を有する分泌型ホスホリパーゼA2の決定〕
4種類のウイルスと、Huh7it-1細胞とを用いたin vitro感染系で、被験物質に関して、抗ウイルス活性を測定した。上記ウイルスとしては、デングウイルス(Trinidad 1751株)(Hotta H et al., Infect Immun., 41, 462-469, 1983等に記載のウイルス株)、C型肝炎ウイルス(J6/JFH-1株)(Bungyoku Y et al., J Gen Virol., 90, 1681-1691, 2009等に記載のウイルス株)、シンドビスウイルス(Matsumura T et al., J Gen Virol., 17, 343-347, 1972に記載のウイルス株)、およびA型インフルエンザウイルス(A/Udorn/307/72[H3N2])(El-Bitar AM et al., Virol J., 12, 47, 2015に記載のウイルス株)を用いた。また、Huh7it-1細胞は、Apriyanto DR et al., Jpn J Infect Dis., 69, 213-220, 2016等に記載の細胞株を用いた。被験物質としては、ムフェジコブラの一種であるN.m.mossambica由来の分泌型ホスホリパーゼA2アイソフォームCM-II(P7778、Sigma-Aldrich社製)、Streptomyces violaceoruber(以下、「S.violaceoruber」とも称する)由来の分泌型ホスホリパーゼA2(P8685、Sigma-Aldrich社製)、ウシ膵臓由来の分泌型ホスホリパーゼA2(P8913、Sigma-Aldrich社製)、ブタ膵臓由来の分泌型ホスホリパーゼA2(SANYO FINE社製)を用いた。「培養液」は、10%牛胎児血清加ダルベッコ改変イーグル培地(日水製薬株式会社製)を用いた。
【0081】
Huh7it-1細胞を24ウェルプレートの各ウェルに1,000μlずつ播種した。翌日(24時間後)、100μlのウイルスと100μlの種々の濃度(0.002ng/ml、0.02ng/ml、0.2ng/ml、2ng/ml、20ng/ml、200ng/ml、2,000ng/mlおよび20,000ng/ml)の被験物質とを混合し、37℃で1時間インキュベートした。各ウェルの培養液を除いた後、ウイルスと被験物質との混合物200μlを細胞に接種し、さらに1時間インキュベートした。培養液で細胞を洗浄して余剰のウイルスを除き、被験物質を含まない培養液でさらにインキュベートした。24時間後に蛍光抗体法を実施し、ウイルス感染細胞の数を測定した。被験物質で処理されていないウイルスの溶液をコントロールとして用いた。一次抗体としては、抗デングウイルスのマウスのモノクローナル抗体(Hotta H et al., Proc Soc Exp Biol Med., 175, 320-327, 1984に記載)、C型肝炎ウイルス感染患者血清(紫外線照射によりウイルス感染性を不活化したもの)(El-Bitar AM et al., Virol J., 12, 47, 2015に記載)、インフルエンザウイルス免疫ウサギ血清(El-Bitar AM et al., Virol J., 12, 47, 2015に記載)を用いた。二次抗体としては、上記一次抗体に対してそれぞれ、FITC標識抗マウスIgG、FITC標識抗ヒトIgG、FITC標識抗ウサギIgGを用いた。なお、蛍光抗体法の結果を基に、既報(El-Bitar et al., Virol. J., 12, 47, 2015)の方法に準じて、ウイルス感染価の測定を行った。上記の方法で得られたウイルス感染価を基にして、被験物質がウイルス感染を50%抑制する濃度(IC50;50%-inhibitory concentration)を算出した。蛍光抗体染色用の抗体が入手できなかったシンドビスウイルスについては、1%メチルセルロース添加培養液で72~96時間静置培養してプラクを形成させるプラク形成法により、感染価を測定した(プラク形成法は、Song J et al., J Gen Virol., 80, 879-886, 1999に記載の方法)。
【0082】
また、細胞障害活性および溶血活性の測定は、以下の方法により行った。
【0083】
具体的には、細胞障害活性は、WST-1アッセイ(El-Bitar et al., Virol. J., 12, 47, 2015に記載)により測定した。まず、96ウェルプレートに播種されたHuh7it-1細胞に、2倍段階希釈した種々の濃度の被験物質を含む培養液を添加し、ウイルス非存在下で、37℃で24時間処理した。その後、10μlのWST-1試薬(Roche社製)を加えて4時間培養した。WST-1試薬は、ミトコンドリアの脱水素酵素によりフォルマザンに変換されるため、フォルマザンの量を分光光度計(450nmおよび630nm)で測定することにより、細胞生存率を求めた。コントロールとしては、被験物質での処理を行っていない細胞を用いた。これらの結果を基にして、被験物質が培養細胞の50%を障害する濃度(CC50;50%-cytotoxicity concentration)を算出した。
【0084】
また、細胞障害活性は、LDH細胞障害性測定キット(MK401、タカラバイオ社製)によっても測定した。細胞膜に損傷を受けた細胞は、乳酸脱水素酵素(LDH)を漏出する。LDHアッセイにおいては、培養液中に漏出したLDHの活性を指標にして細胞障害活性を測定する。まず、96ウェルプレートに播種されたHuh7it-1細胞に、2倍段階希釈した種々の濃度の被験物質を含む培養液を添加し、ウイルス非存在下で、37℃で24時間処理した。各ウェルの培養上清100μlをELISA用96ウェルプレートに移し、上記キットに添付されている試薬Cを100μl加えて、遮光して室温で30分間反応させた。50μlの1N HClを加えて反応を停止させ、分光光度計(492nm)で吸光度を測定して、LDH活性を算出し、細胞生存率を求めた。陰性コントロールとしては、被験物質での処理を行っていない細胞の培養上清を、また、陽性コントロールとしては、1%のTritonX-100溶液で処理した細胞の培養上清を用いた。この結果を基にして、被験物質が培養細胞の50%を障害する濃度(CC50;50%-cytotoxicity concentration)を算出した。
【0085】
溶血活性の測定は、ヒトの赤血球細胞を用いて、既報(Moerman L et al., Eur J Biochem., 269, 4799-4810, 2002 および Diego-Garcia E et al., Cell Mol Life Sci., 65, 187-200, 2008)に準じて行った。具体的には、ヒトの赤血球細胞をバッファー(0.81%のNaCl、20mMのHEPES、pH7.4)で3回洗浄後、同じ組成のバッファーで懸濁した。この赤血球細胞懸濁液(1mlあたり107~108個の赤血球細胞を含む)を、最終体積が100μlとなるように、被験物質を含むバッファーに加え、37℃で60分間インキュベートした。続いて遠心した後、遠心上清の570nmの吸光度を測定することにより、溶血の有無を決定した。バッファー(または滅菌水)に赤血球細胞を懸濁した溶液、および0.5%のTritonX-100を含むバッファー(または滅菌水)に赤血球細胞を懸濁した溶液を、それぞれ、0%溶血および100%溶血のコントロールとした。
【0086】
抗ウイルス活性(IC50)、細胞障害活性(CC50)および溶血活性(HC50)についての結果を下記の表1に示す。なお、N.m.mossambica由来の分泌型ホスホリパーゼA2(アイソフォームCM-II)についての測定を実施例1とし、真正細菌の一種S.violaceoruber由来の分泌型ホスホリパーゼA2についての測定を比較例1とし、ウシ膵臓由来の分泌型ホスホリパーゼA2についての測定を比較例2とし、ブタ膵臓由来の分泌型ホスホリパーゼA2についての測定を比較例3とする。
【0087】
【表1】
表1に示すように、被験物質としてN.m.mossambica由来の分泌型ホスホリパーゼA
2(アイソフォームCM-II)を用いた実施例1では、デングウイルスおよびC型肝炎ウイルスに対して、それぞれ、0.31ng/mlおよび0.036ng/mlという低い濃度で抗ウイルス活性を示した。一方、シンドビスウイルスおよびA型インフルエンザウイルスに対しては、10,000ng/mlの高濃度においても、十分な抗ウイルス活性を示さなかった。
【0088】
また、実施例1では、10μg/ml(10,000ng/ml)という極めて高い濃度で用いた場合でも、30~40%の細胞を障害するのみであり、細胞障害活性や溶血活性は低いことがわかった。このことから、N.m.mossambica由来の分泌型ホスホリパーゼA2(アイソフォームCM-II)は、デングウイルスおよびC型肝炎ウイルスに対して強い抗ウイルス活性を有すると共に、処置対象の細胞に対して低い細胞毒性や溶血活性を示すことがわかった。
【0089】
一方、被験物質がS.violaceoruber由来の分泌型ホスホリパーゼA2、ウシ膵臓由来の分泌型ホスホリパーゼA2、およびブタ膵臓由来の分泌型ホスホリパーゼA2の場合には、10,000ng/mlの高濃度においても、デングウイルスおよびC型肝炎ウイルスに対して、十分な抗ウイルス活性を示さなかった。
【0090】
〔2.作用機序解析〕
N.m.mossambica由来の分泌型ホスホリパーゼA2(アイソフォームCM-II)の、デングウイルス、C型肝炎ウイルスおよびB型肝炎ウイルスに対する、抗ウイルス作用の作用機序を調べる目的で、被験物質を作用させる時期を下記(1)~(3)のように設定し、蛍光抗体法またはプラク形成法により感染細胞を計測した。
【0091】
(1)ウイルス感染の24時間前からウイルス接種直前まで、種々の濃度(1ng/ml、10ng/ml、100ng/mlおよび1,000ng/ml)の被験物質で細胞を2時間処理した。培養液で細胞を3回洗浄して被験物質を除いた後、被験物質を含まない状態で細胞に200μlのウイルスを接種した。ウイルス接種の1時間後に細胞を培養液で洗浄して余剰のウイルスを除き、被験物質を含まない培養液で細胞を一定時間培養した。24時間後に、細胞に蛍光抗体染色を行い、感染細胞を計測した。なお、蛍光抗体染色用の抗体が入手できなかったシンドビスウイルスおよび脳心筋炎ウイルスについては、プラク形成法により、感染価を測定した(Song J et al., J Gen Virol., 80, 879-886, 1999に記載の方法)。
【0092】
(2)100μlのウイルスと、100μlの種々の濃度(2ng/ml、20ng/ml、200ng/ml、および2,000ng/ml)の被験物質とを混合して1時間反応させた後に、当該ウイルス・被験物質混合液200μlを細胞に接種した。ウイルス接種の1時間後に、培養液で細胞を洗浄してウイルスと被験物質とを除き、被験物質を含まない培養液で細胞を一定時間培養した。上記(1)と同様に、蛍光抗体法またはプラク形成法により感染細胞を計測した。
【0093】
(3)被験物質を含まない状態で、200μlのウイルスを細胞に接種し、ウイルス接種の1時間後に、培養液で細胞を洗浄して余剰のウイルスを除き、種々の濃度(1ng/ml、10ng/ml、100ng/mlおよび1,000ng/ml)の被験物質を含む培養液で細胞を24時間培養した。上記(1)と同様に、一定時間後に蛍光抗体法またはプラク形成法により感染細胞を計測した。
【0094】
蛍光抗体法においては、一次抗体として、抗デングウイルスのマウスのモノクローナル抗体(Hotta H et al., Proc Soc Exp Biol Med., 175, 320-327, 1984に記載)、C型肝炎ウイルス感染患者血清(紫外線照射によりウイルス感染性を不活化したもの)(El-Bitar AM et al., Virol J., 12, 47, 2015に記載)、および抗B型肝炎ウイルスのコアタンパク質のマウスのモノクローナル抗体(B0586, DAKO社)もしくはHBsエンベロープタンパク質の免疫ウサギ血清(ab39716, Abcam社)を用いた。二次抗体としては、上記一次抗体に対してそれぞれ、FITC標識抗マウスIgG、FITC標識抗ヒトIgGを用いた。「培養液」は、10%牛胎児血清加ダルベッコ改変イーグル培地(日水製薬株式会社製)を用いた。
【0095】
上記(1)~(3)において、被験物質で処理されていない細胞に各ウイルスを感染させた場合の感染細胞数をコントロールとして用いた。コントロールにおける感染細胞数に対する、被験物質で処理された場合の感染細胞数の割合を、阻害率(%)とした。
【0096】
各条件における阻害率を下記の表2に示す。なお表2中、「-」は未測定であることを意味する。
【0097】
【表2】
表2に示すように、上記(1)~(3)において、特に(2)の方法(被験物質をウイルスに直接作用させる方法)を用いた際に、最も強い抗ウイルス活性が観察された。このことから、N.m.mossambica由来の分泌型ホスホリパーゼA
2(アイソフォームCM-II)は、感染性ウイルス粒子の感染能を直接阻害する効果が特に高い、換言すれば、宿主細胞外での中和活性が高いことがわかった。
【0098】
上記の結果に基づいて、以下の実験は、(2)の方法を用いて行った。
【0099】
〔3.種々のウイルスに対する分泌型ホスホリパーゼA2(アイソフォームCM-II)の機能解析〕
N.m.mossambica由来の分泌型ホスホリパーゼA2(アイソフォームCM-II)について、以下のウイルスに対する抗ウイルス活性の測定を行った。抗ウイルス活性の測定方法は、上記〔1〕と同様である。
・実施例2:デングウイルス(Trinidad 1751株)(Hotta H et al., Infect Immun., 41, 462-469, 1983等に記載のウイルス株)
・実施例3:日本脳炎ウイルス(Nakayama株)(Song J et al., J Gen Virol., 80, 879-886, 1999に記載のウイルス株)
・実施例4:C型肝炎ウイルス(J6/JFH-1株)(Bungyoku Y et al., J Gen Virol., 90, 1681-1691, 2009等に記載のウイルス株)
・実施例5:B型肝炎ウイルス(Bj_JPN56株)(Hayashi M et al., Microbiol Immunol., 60, 17-25, 2016に記載のウイルス株)
・比較例4:シンドビスウイルス(Matsumura T et al., J Gen Virol., 17, 343-347, 1972に記載のウイルス株)
・比較例5:A型インフルエンザウイルス(A/Udorn/307/72[H3N2])(El-Bitar AM et al., Virol J., 12, 47, 2015に記載のウイルス株)
・比較例6:センダイウイルス(Fushimi株)(Hayashi T et al., J Gen Virol., 72, 979-982, 1991に記載のウイルス株)
・比較例7:単純ヘルペスウイルス1型(CHR3株)(Hayashi K et al., J Virol., 57, 942-951, 1986に記載のウイルス株)
・比較例8:脳心筋炎ウイルス(DK-27株)(Song J et al., J Gen Virol., 80, 879-886, 1999に記載のウイルス株)
・比較例9:コクサッキーウイルス(Nancy株)(Mikami S et al., Biochem Biophys Res Commun., 220, 983-989, 1996に記載のウイルス株)。
【0100】
また、ウイルス感染価の測定のための蛍光抗体法において、一次抗体は、抗デングウイルスのマウスのモノクローナル抗体(Hotta H et al., Proc Soc Exp Biol Med., 175, 320-327, 1984に記載)、日本脳炎ウイルス免疫ウサギIgG(GTX131368またはGTX125868、 GeneTex, Inc.)、C型肝炎ウイルス感染患者血清(紫外線照射によりウイルス感染性を不活化したもの)(El-Bitar AM et al., Virol J., 12, 47, 2015に記載)、抗B型肝炎ウイルスのコアタンパク質のマウスのモノクローナル抗体(B0586, DAKO社)またはXタンパク質の免疫ウサギ血清(ab39716, Abcam社)、センダイウイルス免疫ウサギ血清(Hayashi T et al., J Gen Virol., 72, 979-982, 1991)、単純ヘルペスウイルス1型免疫ウサギ血清(Hayashi K et.al, J Virol., 57, 942-951, 1986)、コクサッキーウイルス免疫ウサギ血清(No.300638, Denka Seiken社)である。二次抗体として、上記マウスのモノクローナル抗体に対してFITC標識抗マウスIgGを、上記免疫ウサギIgGに対してFITC標識抗ウサギIgGを、上記感染患者血清に対してFITC標識抗ヒトIgGを用いた。
【0101】
なお、蛍光抗体染色用の抗体が入手できなかったシンドビスウイルスおよび脳心筋炎ウイルスについては、前述のプラク形成法により感染価を測定した(Song J et al., J Gen Virol., 80, 879-886, 1999に記載の方法)。
【0102】
結果を下記の表3に示す。
【0103】
【表3】
表3に示すように、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有する、デングウイルス、日本脳炎ウイルスおよびC型肝炎ウイルス(いずれもフラビウイルス科に属する)について、N.m.mossambica由来の分泌型ホスホリパーゼA
2(アイソフォームCM-II)のIC
50は、それぞれ、0.31ng/ml、0.92ng/mlおよび0.036ng/mlであった。同様に、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有すると考えられるB型肝炎ウイルス(ヘパドナウイルス科に属する)のIC
50は、0.65ng/mlであった。このことから、N.m.mossambica由来の分泌型ホスホリパーゼA
2(アイソフォームCM-II)は、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスに対して強い抗ウイルス活性を有することがわかった。
【0104】
一方で、細胞膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有する、シンドビスウイルス、A型インフルエンザウイルス、センダイウイルス、および単純ヘルペスウイルス1型について、10,000ng/mlという高い濃度を投与した場合においても、ウイルス感染阻害は5%以下にしか阻害できなかった。同様に、エンベロープを有さない、脳心筋炎ウイルスおよびコクサッキーウイルスについても、10,000ng/mlという高い濃度を投与した場合においても、ウイルス感染阻害は5%以下にしか阻害できなかった。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明の一態様におけるポリペプチドは、抗ウイルス活性、とりわけ、小胞体膜由来の脂質二重層を含むエンベロープを有するウイルスに対する抗ウイルス活性を有するため、当該ポリペプチドまたは遺伝子を含む本発明の薬剤は、当該ウイルス感染症の治療薬として有用である。また、本発明の一態様は、被処理物からウイルスを除去することが求められるあらゆる技術分野において、とりわけ、医療分野において有用である。
【配列表】