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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-24
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】真空ポンプ、及び真空ポンプの制御装置
(51)【国際特許分類】
   F04D 19/04 20060101AFI20220111BHJP
   F04D 27/00 20060101ALI20220111BHJP
【FI】
F04D19/04 H
F04D27/00 G
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018081113
(22)【出願日】2018-04-20
(65)【公開番号】P2019190304
(43)【公開日】2019-10-31
【審査請求日】2021-03-12
(73)【特許権者】
【識別番号】508275939
【氏名又は名称】エドワーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097559
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 浩司
(74)【代理人】
【識別番号】100123674
【弁理士】
【氏名又は名称】松下 亮
(74)【代理人】
【識別番号】100173680
【弁理士】
【氏名又は名称】納口 慶太
(72)【発明者】
【氏名】深美 英夫
(72)【発明者】
【氏名】大立 好伸
(72)【発明者】
【氏名】前島 靖
(72)【発明者】
【氏名】高阿田 勉
【審査官】大瀬 円
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-185578(JP,A)
【文献】特開2012-193705(JP,A)
【文献】米国特許第6050782(US,A)
【文献】特開2009-121351(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04D 19/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロータ軸と、
前記ロータ軸を回転させるモータと、
前記ロータ軸を磁気浮上させる磁気軸受と、
前記ロータ軸との間に所定の隙間を介在させた保護軸受と、
前記ロータ軸の位置を検出する変位センサと、
前記モータや前記磁気軸受の制御が可能な制御手段と、を備え、
前記制御手段は、
少なくとも、前記ロータ軸が相対的に高速な自転を行う第1状態と、前記ロータ軸が前記保護軸受との間の前記隙間の範囲内で偏倚し公転しながら相対的に低速な自転を行う第2状態とすることが可能であり、
前記変位センサの出力情報を取得し、
前記第2状態で、前記出力情報に基づく前記ロータ軸の回転方向を求め、
前記回転方向が正常か否かを判定し、
前記回転方向が正常でない場合には、回転を停止し、正常な回転方向へ回転速度を上昇させることを特徴とする真空ポンプ。
【請求項2】
ロータ軸と、
前記ロータ軸を回転させるモータと、
前記ロータ軸を磁気浮上させる磁気軸受と、
前記ロータ軸との間に所定の隙間を介在させた保護軸受と、
前記ロータ軸の位置を検出する変位センサと、を備えた真空ポンプ本体に接続され、
少なくとも、前記ロータ軸が相対的に高速な自転を行う第1状態と、前記ロータ軸が前記保護軸受との間の前記隙間の範囲内で偏倚し公転しながら相対的に低速な自転を行う第2状態とすることが可能な真空ポンプの制御装置であって、
前記変位センサの出力情報を取得し、
前記第2状態で、前記出力情報に基づく前記ロータ軸の回転方向を求め、
前記回転方向が正常か否かを判定し、
前記回転方向が正常でない場合には、回転を停止し、正常な回転方向へ回転速度を上昇させることを特徴とする真空ポンプの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばターボ分子ポンプ等の真空ポンプやその制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、真空ポンプの一種としてターボ分子ポンプが知られている(特許文献1など)。このターボ分子ポンプにおいては、ポンプ本体内のモータへの通電によりロータ翼を回転させ、ポンプ本体に吸い込んだガスの気体分子を弾き飛ばすことによりガスを排気するようになっている。また、このようなターボ分子ポンプには、モータとして3相式の直流ブラシレスモータを用いたものなどがある(特許文献2など)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第3169892号公報
【文献】特許第5276586号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上述のようなターボ分子ポンプにおいては、例えば、後述する起動待機状態で、排気口からの逆流などを要因として、ロータ翼が逆回転する場合がある。このような逆回転が発生すると、排気側のガスが吸気側に戻されてしまうことや、逆回転の検知が遅れることにより、誤った回転方向に回転させ続けてしまうことでポンプに不具合が生じてしまう可能性がある。一般的にターボ分子ポンプは、正の回転方向で回転するように設計されている為、逆回転が生じるとロータ翼に予期せぬ荷重が生じたり、モータにも負荷が生じたりして、不具合の原因となる恐れがある。よって、逆回転が生じた場合には、逆回転を素早く検出して、正方向への回転に切り換えることが望ましい。回転方向の検出手法としては、専用のセンサ(ロータリエンコーダなどの回転方向センサ)を設け、直接的に回転方向の検出を行うことが考えられる。
【0005】
さらに、特許文献2に開示されているようなブラシレスモータを用いた場合には、十分に高い回転数(例えば500rpm程度)に達していれば、専用の回転方向センサを設けなくても、各相のコイルに発生する誘起電圧の関係から回転位相を求めて回転方向を検出することが可能である。つまり、例えば3相のコイルのうちの1つをモータ内センサ(ピックアップコイル)とし、モータ内センサによる信号波形と、モータへの回転パルス波形(駆動パルス波形)とを比較することで、回転位相を検出することが可能である。
【0006】
しかし、回転方向の検出のために専用の回転方向センサを用いたのでは、その分の部品コストが上昇する。さらに、誘起電圧を検出する場合には、回転数がある程度以上(例えば少なくとも300rpm以上)に到達しなければ、誘起電圧が低く回転位相の検出を行うことができない。
【0007】
本発明の目的とするところは、低速回転の状態であっても、専用の回転方向センサを追加することなく回転方向を求めて回転方向の修正を行うことが可能な真空ポンプや、真空ポンプの制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために本発明は、ロータ軸と、
前記ロータ軸を回転させるモータと、
前記ロータ軸を磁気浮上させる磁気軸受と、
前記ロータ軸との間に所定の隙間を介在させた保護軸受と、
前記ロータ軸の位置を検出する変位センサと、
前記モータや前記磁気軸受の制御が可能な制御手段と、を備え、
前記制御手段は、
少なくとも、前記ロータ軸が相対的に高速な自転を行う第1状態と、前記ロータ軸が前記保護軸受との間の前記隙間の範囲内で偏倚し公転しながら相対的に低速な自転を行う第2状態とすることが可能であり、
前記変位センサの出力情報を取得し、
前記第2状態で、前記出力情報に基づく前記ロータ軸の回転方向を求め、
前記回転方向が正常か否かを判定し、
前記回転方向が正常でない場合には、回転を停止し、正常な回転方向へ回転速度を上昇させることを特徴とする真空ポンプにある。
【0009】
また、上記目的を達成するために他の本発明は、ロータ軸と、
前記ロータ軸を回転させるモータと、
前記ロータ軸を磁気浮上させる磁気軸受と、
前記ロータ軸との間に所定の隙間を介在させた保護軸受と、
前記ロータ軸の位置を検出する変位センサと、を備えた真空ポンプ本体に接続され、
少なくとも、前記ロータ軸が相対的に高速な自転を行う第1状態と、前記ロータ軸が前記保護軸受との間の前記隙間の範囲内で偏倚し公転しながら相対的に低速な自転を行う第2状態とすることが可能な真空ポンプの制御装置であって、
前記変位センサの出力情報を取得し、
前記第2状態で、前記出力情報に基づく前記ロータ軸の回転方向を求め、
前記回転方向が正常か否かを判定し、
前記回転方向が正常でない場合には、回転を停止し、正常な回転方向へ回転速度を上昇させることを特徴とする真空ポンプの制御装置にある。
【発明の効果】
【0010】
上記発明によれば、低速回転の状態であっても、専用の回転方向センサを追加することなく回転方向を求めて回転方向の修正を行うことが可能な真空ポンプや、真空ポンプの制御装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態に係るターボ分子ポンプの断面と検査治具の概略構成を示す説明図である。
図2】ブラシレスモータに係る制御回路の構成を概略的に示す説明図である。
図3】2相モードの駆動制御における起動電流の通電パターンを示す説明図である。
図4】(a)は駆動電圧ベクトルを示す説明図、(b)は2相モードの駆動制御時に発生する磁束ベクトルを示す説明図、(c)は同じく2相モードの駆動制御時に発生するトルクの状態を示す説明図である。
図5】ロータの加速時における、電流Iu、Iv、Iw、電圧Vu-n、Vv-n、Vw-n、 電位差Vu-v、積分器から出力される磁束推定信号φu-v、コンパレータから出力され るROT信号の関係を示す説明図である。
図6】(a)~(d)は、2相モードの駆動制御時におけるモータ巻線が作る磁界と、ロータの磁極との位置関係を示す説明図である。
図7】(a)はロータの回転方向と磁束推定信号φu-vの極性との関係を示す説明図、(b)は磁束推定信号φu-vの極性とトルクの作用方向との関係を示す説明図である。
図8】検査治具により行われる回転方向検出の機能を概略的に示すフローチャートである。
図9】(a)はロータ軸と保護ベアリングとの関係を概略的に示す説明図、(b)はロータ軸の傾きを概略的に示す説明図である。
図10】検出されたロータ軸の変位に係る軌跡の一例を示すグラフである。
図11】低速回転時における回転方向検出と制動との関係を示す説明図である。
図12】タッチダウンさせた場合に検出されたロータ軸の変位に係る軌跡の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態に係る真空ポンプについて、図面に基づき説明する。図1は真空ポンプとしてのターボ分子ポンプ10を縦断して概略的に示している。このターボ分子ポンプ10は、例えば、半導体製造装置、電子顕微鏡、質量分析装置などといった対象機器の真空チャンバ(図示略)に接続されるようになっている。
【0013】
ターボ分子ポンプ10は、円筒状のポンプ本体11と、箱状の電装ケース(図示略)とを一体に備えている。これらのうちのポンプ本体11は、図中の上側が対象機器の側に繋がる吸気部12となっており、下側が補助ポンプ等に繋がる排気部13となっている。そして、ターボ分子ポンプ10は、図1に示すような鉛直方向の垂直姿勢のほか、倒立姿勢や水平姿勢、傾斜姿勢でも用いることが可能となっている。
【0014】
電装ケース(図示略)には、ポンプ本体11に電力供給を行うための電源回路部や、ポンプ本体11を制御するための制御回路部が収容されているが、これらにより行われるポンプ本体11の制御については後述する。
【0015】
ポンプ本体11は、略円筒状の本体ケーシング14を備えている。本体ケーシング14内には、排気機構部15と回転駆動部(以下では「モータ」と称する)16とが設けられている。これらのうち排気機構部15は、ターボ分子ポンプ機構部17とネジ溝ポンプ機構部18とにより構成された複合型のものとなっている。
【0016】
ターボ分子ポンプ機構部17とネジ溝ポンプ機構部18は、ポンプ本体11の軸方向に連続するよう配置されており、図1においては、図中の上側にターボ分子ポンプ機構部17が配置され、図中の下側にネジ溝ポンプ機構部18が配置されている。以下に、ターボ分子ポンプ機構部17やネジ溝ポンプ機構部18の基本構造について概略的に説明する。
【0017】
図1中の上側に配置されたターボ分子ポンプ機構部17は、多数のタービンブレードによりガスの移送を行うものであり、所定の傾斜や曲面を有し放射状に形成された固定翼(以下では「ステータ翼」と称する)19と回転翼(以下では「ロータ翼」と称する)20とを備えている。ターボ分子ポンプ機構部17において、ステータ翼19とロータ翼20は十段程度に亘って交互に並ぶよう配置されている。
【0018】
ステータ翼19は、本体ケーシング14に一体的に設けられており、上下のステータ翼19の間に、ロータ翼20が入り込んでいる。ロータ翼20は、回転軸(以下では「ロータ軸」と称する)21に一体化されており、ロータ軸21の回転に伴いロータ軸21と同じ方向に回転する。なお、図1では、図面が煩雑になるのを避けるため、ポンプ本体11における部品の断面を示すハッチングの記載を省略している。
【0019】
ロータ軸21は、ターボ分子ポンプ機構部17から下側のネジ溝ポンプ機構部18に達し、軸方向の中央部において前述のモータ16(後述する)が配置されている。ネジ溝ポンプ機構部18は、ロータ円筒部23とネジステータ24を備えており、ロータ円筒部23とネジステータ24の間に所定の隙間であるネジ溝部25を形成している。ロータ円筒部23は、ロータ軸21に連結されており、ロータ軸21と一体に回転できるようになっている。ネジ溝ポンプ機構部18の後段には排気パイプに接続する為の排気口26が配置されており、排気口26の内部とネジ溝部25が空間的に繋がっている。
【0020】
本実施形態のモータ16は、高周波駆動が可能な3相式のブラシレスモータである。このモータ16は、ロータ軸21の外周に固定された回転子(以下では「ロータ」と称する)112と、回転子を取り囲むように配置された固定子(以下では「ステータ」と称する)113とを有している。モータ16を作動させるための電力の供給は、前述の電装ケース(図示略)に収容された電源回路部や制御回路部により行われる。このような構成のモータ16に係る駆動制御については後述する。
【0021】
前述のロータ軸21の支持には、磁気浮上による非接触式の軸受である磁気軸受が用いられている。磁気軸受としては、モータ16の上下に配置された2組のラジアル磁気軸受(径方向磁気軸受)30と、ロータ軸21の下部に配置された1組のアキシャル磁気軸受(軸方向磁気軸受)31とが用いられている。
【0022】
これらのうち各ラジアル磁気軸受30は、ロータ軸21に形成されたラジアル電磁石ターゲット30A、これに対向する複数(例えば2つ)のラジアル電磁石30B、およびラジアル方向変位センサ30Cなどにより構成されている。ラジアル方向変位センサ30Cはロータ軸21の径方向変位を検出する。そして、ラジアル方向変位センサ30Cの出力に基づいて、ラジアル電磁石30Bの励磁電流が制御され、ロータ軸21が、径方向の所定位置で軸心周りに回転できるよう浮上支持される。
【0023】
アキシャル磁気軸受31は、ロータ軸21の下端側の部位に取り付けられた円盤形状のアーマチュアディスク31Aと、アーマチュアディスク31Aを挟んで上下に対向するアキシャル電磁石31Bと、ロータ軸21の下端面から少し離れた位置に設置したアキシャル方向変位センサ31Cなどにより構成されている。アキシャル方向変位センサ31Cはロータ軸21の軸方向変位を検出する。そして、アキシャル方向変位センサ31Cの出力に基づいて、上下のアキシャル電磁石31Bの励磁電流が制御され、ロータ軸21が、軸方向の所定位置で軸心周りに回転できるよう浮上支持される。
【0024】
そして、これらのラジアル磁気軸受30やアキシャル磁気軸受31を用いることにより、ロータ軸21(及びロータ翼20)が高速回転を行うにあたって摩耗がなく、寿命が長く、且つ、潤滑油を不要とした環境が実現されている。また、本実施形態においては、ラジアル方向変位センサ30Cやアキシャル方向変位センサ31Cを用いることにより、ロータ軸21について、軸方向(Z方向)周りの回転の方向(θz)のみ自由とし、その他の5軸方向であるX、Y、Z、θx、θyの方向についての位置制御が行われている。
【0025】
さらに、ロータ軸21の上部及び下部の周囲には、所定間隔をおいて半径方向の保護ベアリング(「保護軸受」、「タッチダウン(T/D)軸受」、「バックアップ軸受」などともいう)36、37が配置されている。これらの保護ベアリング36、37により、例えば万が一電気系統のトラブルや大気突入等のトラブルが生じた場合であっても、ロータ軸21の位置や姿勢を大きく変化させず、ロータ翼20やその周辺部が損傷しないようになっている。なお、本実施形態においては、保護ベアリング36、37を用いてロータ軸21(及びロータ翼20)の回転方向検出を行えるようになっているが、この回転方向検出の具体的内容については後述する。
【0026】
このようなロータ軸21の支持構造の下でモータ16が駆動され、ロータ翼20が回転すると、図1中の上側に示す吸気部12からガスが吸引され、ステータ翼19とロータ翼20とに気体分子を衝突させながら、ネジ溝ポンプ機構部18の側へガスの移送が行われる。ネジ溝ポンプ機構部18では、ターボ分子ポンプ機構部17から移送されたガスを、ロータ円筒部23とネジステータ24との隙間に導入し、ネジ溝部25内で圧縮する。ネジ溝部25内のガスは、排気部13から排気口26へ進入し、排気口26を介してポンプ本体11から排出される。ここで、ロータ軸21や、ロータ軸21と一体的に回転するロータ翼20、ロータ円筒部23、及び、ロータ112等を、例えば「ロータ部」、或は「回転部」等と総称することが可能である。
【0027】
次に、本実施形態におけるモータ16の駆動制御について、図2図7に基づいて説明する。図2は、前述したモータ(16)の制御回路141における主要な構成を概略的に示している。制御回路141は、その大部分が、前述の電装ケース(図示略)内に配置された制御回路部に含まれるものである。そして、制御回路141は、モータ(16)に備えられたモータ配線部105、モータ配線部105に通電するためのモータ駆動回路115、モータ駆動回路115を制御する制御手段としてのマイクロコンピュータ130等を備えている。
【0028】
モータ配線部105は、スター結線されたモータ巻線107U、107V、107W等を有している。また、モータ駆動回路115は、マイクロコンピュータ130の制御に従って、これらのモータ巻線107U、107V、107Wへ電流を供給するようになっている。
【0029】
本実施形態のモータ(16)は、ロータ112の磁極の位置を検出するための磁極センサを備えておらず、モータ巻線107U、107V、107Wに発生する誘導起電力(誘起電力)に基づいてロータ112の磁極の位置を検出できるようになっている。ここで、図2では、図示が煩雑にならないよう、各モータ巻線107U、107V、107Wとロータ112を横に並べて示しているが、モータ巻線107U、107V、107Wは、ロータ112の外周部に配置されている。
【0030】
このようなモータ16に接続されたモータ駆動回路115は、直流電源116と、3相ブリッジを構成する6つのトランジスタ131a~131fを備えている。各トランジスタ131a~131fのベースは、それぞれマイクロコンピュータ130に接続されている。各トランジスタ131a~131fは、マイクロコンピュータ130からのベース(ゲート)駆動パルスによりオン/オフされ、モータ巻線107U、107V、107Wに所定の電流を供給する。
【0031】
このような制御回路141には、更に差動増幅器103、直流遮断フィルタ102、積分器101及びコンパレータ104等が設けられている。これらのうち差動増幅器103は、3相のうちの2相のモータ巻線107U、107Vと接続されている。そして、差動増幅器103は、モータ巻線107Uの電圧Vuと、モータ巻線107Vの電圧Vvとの電位差Vu-vに応じた信号出力を行う。なお、添え字のu、vは、それぞれU相端子、V相端子を表している。以下では、中点109を基準としたU相、V相、W相の各電位を、それぞれVu-n、Vv-n、Vw-nと表す。また、添え字のnは中点109を表している。
【0032】
上述の直流遮断フィルタ102は、差動増幅器103の出力信号に含まれる直流成分をカットする。これは、差動増幅器103の出力に直流成分が含まれていると積分器101がこれを含めて積分してしまうので、予め直流遮断フィルタ102によって直流成分を取り除くためである。なお、直流遮断フィルタ102として、ハイパスフィルタを用いることも可能である。
【0033】
前述の積分器101は、直流成分を取り除いた差動増幅器103の出力を積分し、差動増幅器103の出力に重畳している電気的ノイズを取り除く。通常、モータ(16)が駆動されると種々の電気的ノイズが発生する。差動増幅器103で得られる信号にはこれらのノイズが重畳されており、本来必要な信号がノイズに埋もれてしまう場合がある。このため、差動増幅器103の出力信号を積分器101にて積分すると、ノイズが平均化され、ノイズに埋もれていた前記信号(電位差Vu-vに応じた信号)を抽出することができる。
【0034】
このようなノイズはランダムなものであり、正負両方にほぼ等しい割合で重畳していると考えることができる。そして、積分された信号は、ノイズが平均化されてキャンセルされたものとなる。また、電位差Vu-v、即ちモータ巻線107Uとモータ巻線107Vの電位差を積分すると、モータ巻線107Uとモータ巻線107Vとの間の鎖交磁束となる。以下では、積分器101が出力する信号を磁束推定信号(φu-v)と表すこことする。
【0035】
前述のコンパレータ104における入力端子は、積分器101とグランドに接続されており、出力端子はマイクロコンピュータ130に接続されている。コンパレータ104は、2値信号を出力する。この2値信号は、高低2種類の電圧を対応させた信号である。そして、以下では、これらの信号のうち電圧が高いものをHi、電圧が低いものをLoと表す。
【0036】
コンパレータ104は、前述の磁束推定信号とグランドレベルを比較し、磁束推定信号がグランドレベルより大きければHiを出力し、磁束推定信号がグランドレベルより小さければLoを出力する。コンパレータ104は、ロータ112と同期したパルス信号を生成する。以下では、コンパレータ104の出力をROT信号(回転パルス信号)と表す。
【0037】
マイクロコンピュータ130は、コンパレータ104からROT信号を受け取り、このROT信号に同期してモータ駆動回路115のトランジスタ131c、131d、131e、131fをスイッチングして、所定の駆動電圧ベクトルをモータ巻線107V、107Wに出力する。なお、モータ駆動回路115の制御の高速化を図るために、マイクロコンピュータ130の代わりに、例えば、DSP(Digital Signal Processor)を用いるようにしてもよい。
【0038】
続いて、本実施形態において、モータ(16)の起動時や停止時などの低速度回転期間に実行される、2相モードの駆動制御について説明する。なお、低速度回転期間とは、ロータ112の回転数がPLL回路をロックできる回転数に満たないような相対的に低速な期間(例えば回転数が500rpm以下程度の期間)を意味している。
【0039】
図3は、2相モードの駆動制御における起動電流の通電パターンを示した図である。 本実施形態では、図3(a)に示す通電パターンAと、図3(b)に示す通電パターンBの2つの通電パターンを用いて低速回転期間における制御を行う。図3(a)に示す通電パターンAでは、モータ巻線107U、107V、107Wの、U→W方向とV→W方向に同時に電流を流す。図3(b)に示す通電パターンBでは、モータ巻線107U、107V、107Wの、W→U方向とW→V方向に同時に電流を流す。
【0040】
ここでは、U→W方向に流す電流をIuで示し、V→W方向に流す電流をIvで示す。また、モータ巻線107Wを流れる電流をIwで示す。これらのIu、Iv、Iwは、各モータ巻線のU、V、Wから中点109のnへ流れる方向を正とした場合、通電パターンA、Bに共通して次式(1)を満たす関係にある。

Iu=Iv=-Iw/2 …(1)
【0041】
各通電パターンにおいてモータ巻線107U、107Vには、モータ巻線107Wを流れる電流の半分の大きさの電流が流れる。なお、電流Iu、Iv、Iwの波形には矩形波を用いる。ここでは、W相モータ巻線107Wを第1巻線と称し、U相及びV相のモータ巻線107U、107Vを第2巻線として称することが可能である。
【0042】
図4(a)は、駆動電圧ベクトルを示した図である。図4(a)に示すように、3相全波方式のブラシレスモータのモータ巻線107U、107V、107Wに出力する駆動電圧ベクトルは6種類ある。以下では、U相モータ巻線107UからV相モータ巻線107Vに電流を流す場合の駆動電圧ベクトルを駆動電圧ベクトル1、U相モータ巻線107UからW相モータ巻線107Wに電流を流す場合の駆動電圧ベクトルを駆動電圧ベクトル2とする。
【0043】
また、V相モータ巻線107VからW相モータ巻線107Wに電流を流す場合の駆動電圧ベクトルを駆動電圧ベクトル3、V相モータ巻線107VからU相モータ巻線107Uに電流を流す場合の駆動電圧ベクトルを駆動電圧ベクトル4とする。さらに、W相モータ巻線107WからU相モータ巻線107Uに電流を流す場合の駆動電圧ベクトルを駆動電圧ベクトル5、W相モータ巻線107WからV相モータ巻線107Vに電流を流す場合の駆動電圧ベクトルを駆動電圧ベクトル6とする。そして、以下ではこのような「1」~「6」の番号により、各駆動電圧ベクトルを区別する。さらに、 これらの駆動電圧ベクトルの番号は、図4(a)において丸で囲んで(丸数字によって)示す。
【0044】
上述した電流の通電パターンAは駆動電圧ベクトル2と駆動電圧ベクトル3を同時に出力する状態であり、通電パターンBは駆動電圧ベクトル5と駆動電圧ベクトル6を同時出力する状態である。通電パターンAの場合には、トランジスタ131a、131c、131fをオンして駆動電圧ベクトル2、3を同時に出力し、通電パターンBの場合には、トランジスタ131b、131d、131eをオンして駆動電圧ベクトル5、6を同時に出力する。なお、通電パターンA、Bでモータ巻線107U、107V、107Wに流れる電流の調整は、動作させるトランジスタのベース(ゲート)電圧をマイクロコンピュータ130によりPWM(パルス幅変調)制御することにより行われている。
【0045】
図4(b)は、2相モードの駆動制御時に発生する磁束ベクトルを示した図である。 図4(b)に示すベクトル図では、通電パターンA時に発生する磁束ベクトルをΦaで示し、通電パターンB時に発生する磁束ベクトルをΦbで示す。また、ロータ112の永久磁石の磁束ベクトルをΦcで示し、ロータ112の回転角度をθで示す。なお、θは、U相モータ巻線107UからV相モータ巻線107Vに電流を流す場合の駆動電圧ベクトル1の出力時に発生する磁束ベクトルΦdを0°とし、図4(b)中の時計回りを正(+)方向とする。
【0046】
本実施形態では、通電パターンA、Bによる通電を交互に行うことにより、モータ巻線107U、107V、107Wに、図4(b)に示す磁束ベクトルΦa、Φbにより形成される磁界を発生させ、この磁界にロータ112を吸引させて回転させる。そして、U相端子とV相端子の電圧の差からROT信号を生成し、このROT信号により通電パターンAにおける駆動電圧ベクトル2、3、及び通電パターンBにおける駆動電圧ベクトル5、6をフィードバック制御する。
【0047】
図4(c)は、2相モードの駆動制御時に発生するトルクの状態を示した図である。 図4(c)に示すように、通電パターンA時に発生するトルクと通電パターンB時に発生するトルクとでは、位相が180°反転している。また、2相モードの駆動制御時においては、不起動点を除く範囲において正(+)負(-)両方向のトルクを発生させることができるように構成されている。なお、不起動点とは、ロータ角度(ロータ軸21等の回転角度)θが90°及び270°における正負いずれのトルクも発生できない状態を示す。
【0048】
続いて、2相モードの駆動制御について、加速時の動作を例にして説明する。図5は、ロータ112の加速時における、電流Iu、Iv、Iw、電圧Vu-n、Vv-n、Vw-n、電位差Vu-v、積分器101から出力される磁束推定信号φu-v、コンパレータ104から出力されるROT信号の関係を表している。モータ(16)の始動時は、通電パターンA、Bを直流に近い周波数で交互に繰り返し、ロータ112の磁極をモータ巻線107U、107V、107Wがつくる磁界に吸引し追随させる。
【0049】
ロータ112が毎秒1回転程度回転するようになると、相間電圧としてモータ巻線107Uとモータ巻線107Vの電位差Vu-vが検出できるようになる。本実施形態では、インダクタンスによる電圧降下の位相と大きさ、抵抗成分が等しいU相-V相間の電位差Vu-v(相間電圧)を検出する。
【0050】
通電パターンAにより駆動電圧ベクトル2、3が出力されている間はU→W方向とV→W方向に電流が流れ、通電パターンBにより駆動電圧ベクトル5、6が出力されている間はW→U方向とW→V方向に電流が流れ、モータ巻線107Wにはモータ巻線107U、107Vを流れる双方の電流が流れるので、電流Iu、Iv、Iwの波形はそれぞれ図5に示したようになる。
【0051】
通電パターンA、Bによる通電を交互に行うことによりロータ112が回転すると、モータ巻線107U、107V、107Wに誘導起電圧として電圧Vu-n、Vv-n、Vw-nが生じる。モータ巻線107U、107V、107Wには駆動電流が流れる。そして、電圧Vu-n、Vv-n、Vw-nの波形には、モータ巻線107U、107V、107Wのインダクタンスによる電圧降下等に起因して、スパイク状の電圧117、118、119等が現れる。また、電圧Vu-n、Vv-n、Vw-nには、モータ巻線107U、107V、107Wの抵抗成分に起因する直流成分120、121、122が含まれている。
【0052】
本実施形態では、電圧Vu-nとVv-nの電圧差Vu-vを差動増幅器103で測定し、電圧差Vu-vに基づいて、ロータ112の磁極の位置を検出する。電圧Vv-n、Vu-nは同じ位相に同じ大きさのスパイク状の電圧117、118が現れるので、差動増幅器103において電圧Vv-n、Vu-nの差をとる際にこれらのスパイク状の電圧117、118を消去(相殺)することができる。また、電圧Vv-n、Vu-nには、同じ極性、同じ大きさの直流成分120、121が重畳されるので、差動増幅器103において電圧Vv-n、Vu-nの差をとる際に、これらの直流成分120、121を消去することができる。
【0053】
電位差Vu-vは、モータ巻線107U、107V、107Wにおけるそれぞれの抵抗成分Ru、Rv、Rw、各相のインダクタンスLu、Lv、Lwを用いて次式(2)のように表される。

Vu-v=Vu-n+Ru×Iu+ω×Lu×Iu-Vv-n-Rv×Iv-ω×Lv×Iv…(2)

ここで、ωはロータ112の角速度である。
【0054】
各相の抵抗成分Ru、Rv、Rwの大きさが等しく、また、各相のインダクタンスLu、Lv、Lwの大きさが等しい場合には、前述の式(1)や上記(2)に基づいて、電位差Vu-vは、次式(3)のように表される。

Vu-v=Vu-n-Vv-n …(3)
【0055】
つまり、各相の抵抗成分Ru、Rv、Rwに起因する電圧降下分、及び、インダクタンスLu、Lv、Lwに起因する電圧降下分は、互いに相殺され、電位差Vu-vには現れない。そのため、差動増幅器103の出力、即ち電位差Vu-vは、図5に示すようにロータ112の回転に同期し、ほぼノイズが現れていないきれいなサインカーブとなる。なお、各相の抵抗成分Ru、Rv、Rwの大きさが等しい場合には、上述したように直流成分120、121を消去することができるので、差動増幅器103と積分器101との間に必ずしも直流遮断フィルタ102を設ける必要はない。
【0056】
差動増幅器103から出力された電位差Vu-vは直流遮断フィルタ102で直流成分をカットした後、積分器101に入力される。積分器101は電位差Vu-vを積分し、磁束推定信号φu-vを出力する。磁束推定信号φu-vは積分により電位差Vu-vより位相が90°遅れる。また、電位差Vu-vに重畳されていたノイズは積分されることにより消去される。なお、積分器101から出力される磁束推定信号φu-vと電位差Vu-vは、次式(4)を満たす関係にある。
φu-v=-∫Vu-vdt …(4)
【0057】
このように磁束推定信号φu-vは、モータ巻線107Uとモータ巻線107Vの電位差Vu-vを積分することにより得られる。なお、上述したように電位差Vu-vが、ほぼノイズが現れていないきれいなサインカーブの信号として現れるため、ここではきれいな磁束推定信号φu-vが得られる。
【0058】
コンパレータ104は、磁束推定信号φu-vをグランドレベルと比較しROT信号を出力する。コンパレータ104から出力されるROT信号は、磁束推定信号φu-vがグランドレベルより大きいときはHiとなり、磁束推定信号φu-vがグランドレベルより小さいときは信号Loとなる。
【0059】
そして、マイクロコンピュータ130はコンパレータ104からROT信号を受け取り、加速時においてROT信号がHiである間は通電パターンAによる起動電流の通電を行い、加速時においてROT信号がLoである間は通電パターンBによる起動電流の通電を行う。なお、ここでは加速時の制御方法について説明しているが、減速時における制御方法は、加速時の場合と通電パターンが逆になる。
【0060】
続いて、2相モードの駆動制御時(低速度回転期間)におけるフィードバック制御について詳しく説明する。図6(a)~(d)は、2相モードの駆動制御時におけるモータ巻線107U、107V、107Wが作る磁界と、ロータ112の磁極との位置関係を示した図である。図6(a)~(d)に示す位置関係を、それぞれ位置A~Dと示す。図6(a)~(d)に示すように位置A~Dは、モータ巻線107U、107V、107Wが作る磁界の向きと、ロータ112の磁極の向きの組合せがそれぞれ異なっている。
【0061】
図7(a)はロータ112の回転方向と磁束推定信号φu-vの極性との関係を示した図であり、図7(b)は磁束推定信号φu-vの極性とトルクの作用方向との関係を示した図である。なお、ここでは、図6(a)~(d)の時計回りを正転方向とし、反時計回りを逆転方向とする。
【0062】
ロータ112が正転方向に回転している場合において、モータ巻線107U、107V、107Wが作る磁界と、ロータ112の磁極との位置が、図6(a)の位置Aに示す関係にある間は、磁束推定信号φu-vの極性は負(マイナス)となる。一方、ロータ112が逆転方向に回転している場合において、モータ巻線107U、107V、107Wが作る磁界と、ロータ112の磁極との位置が、図6(a)の位置Aに示す関係にある間は、磁束推定信号φu-vの極性は正(プラス)となる。同様に、ロータ112の回転方向と磁束推定信号φu-vの極性との関係は、図7(a)に示すようになる。
【0063】
図7(b)に示すように2相モードの駆動制御時には、磁束推定信号φu-vの極性が正(プラス)となる期間に通電パターンAの駆動電流の供給を行った場合に、逆転方向にトルクが作用する。また、磁束推定信号φu-vの極性が正(プラス)となる期間に、反対に通電パターンBの駆動電流の供給を行った場合に、正転方向にトルクが作用する。
【0064】
一方、磁束推定信号φu-vの極性が負(マイナス)となる期間に通電パターンAの駆動電流の供給を行った場合に正転方向にトルクが作用し、反対に通電パターンBの駆動電流の供給を行った場合に逆転方向にトルクが作用する。
【0065】
図2図7に基づき説明した2相モードの駆動制御時には、磁束推定信号φu-vの極性、通電パターン、トルクの作用方向の間に、図7(b)に示すような関係が成立する。つまり、磁束推定信号φu-vの極性に合わせてU、V、W相の出力極性を切り替えることにより起動する方向にトルクを与えることができる。
【0066】
モータ(16)の起動時などのように正転方向への加速を行う期間は、正転方向にトルクが作用するように駆動電流の通電パターンを制御する。一方、モータ(16)の停止時など逆転方向への加速(正転方向への制動)を行う期間は、逆転方向にトルクが作用するように駆動電流の通電パターンを制御する。
【0067】
例えば、正転方向への加速を行う場合には、図5に示すように、磁束推定信号φu-vが正となるTβの期間(ROT信号がHiの期間)は、通電パターンBによる駆動電流の供給を行い正転方向にトルクを作用させ、磁束推定信号φu-vが負となるTαの期間(ROT信号がLoの期間)は、通電パターンAによる駆動電流の供給を行い正転方向にトルクを作用させる。
【0068】
また、逆転方向への加速を行う場合には、磁束推定信号φu-vが正となる期間は、通電パターンAによる駆動電流の供給を行い逆転方向にトルクを作用させ、磁束推定信号φu-vが負となる期間は、通電パターンBによる駆動電流の供給を行い逆転方向にトルクを作用させる。
【0069】
このように本実施形態によれば、磁束推定信号φu-vの極性に応じて、2相モードにおける駆動電流の通電パターンを切り替えることにより、適切に希望方向のトルクを得ることができるため、ロータ112の正転方向又は逆転方向への加速動作をスムーズに行うことができる。つまり、低速度回転期間における駆動制御の高い安定性を確保することができる。
【0070】
さらに、本実施形態によれば、モータ巻線107U、107V、107Wの抵抗成分Ru、Rv、Rwに起因する電圧降下分の影響が磁束推定信号φu-vに現れない、即ち磁束推定信号φu-vに直流オフセットが現れない(重畳しない)ため、適切な信号に基づくフィードバック制御を行うことができ、低速度回転期間における駆動制御のより高い安定性を確保することができる。
【0071】
なお、ロータ軸21やロータ翼20等(以下では「ロータ軸21等」と称する)のロータ部における回転数が、位相同期回路(PLL回路)をロックできる回転数にまで上昇し、定格回転の状態となったに後は、マイクロコンピュータ130により、PLL回路を利用した3相モードのモータドライブ方式に制御方式が切り替えられる。本実施形態では、このときの動作状態や制御状態を第1状態とする。また、3相モードのモータドライブ方式については、一般的な種々の方式を採用することができるので、ここでは詳細な説明は省略する。
【0072】
次に、ロータ軸21等に係る回転方向検出と、検出結果に基づく回転方向の修正について説明する。本実施形態における回転方向検出の機能や回転方向修正の機能は、ターボ分子ポンプ10のマイクロコンピュータ130によって果たすことが可能である。
【0073】
図8は、マイクロコンピュータ130による回転方向の検出及び修正の処理を機能的に示している。回転方向の検出にあたっては、先ず、ロータ軸21に偏倚(へんい:片寄ることの意)動作を行わせるための制御(偏倚動作制御)が行われる。この偏倚動作のための制御としては、例えば、ロータ軸21をタッチダウンさせて行うものや、タッチダウンさせずにロータ軸21を偏倚させるもの等を考えることができる。本実施形態では、タッチダウンさせずにロータ軸21を偏倚させる制御手法が採用されている。
【0074】
タッチダウンさせずにロータ軸21を偏倚させるために、例えば、上下のラジアル磁気軸受30のうちの少なくとも一方の浮上制御を不均衡な状態とすることが可能である。前述のようにラジアル磁気軸受30は、複数(ここでは2つ)のラジアル電磁石30B(図1)を備えている。このため、1つのラジアル電磁石30Bの通電をOFFすると、浮上制御が不均衡な状態となる。そして、ロータ軸21は、非対称な磁気環境下で浮上することとなり、ロータ軸21と保護ベアリング36、37との非接触状態を維持したまま、ロータ軸21を偏倚させて公転させることができる。
【0075】
図8に示すように、先ず、低速度回転の状態にあるモータ(図1中の符号16)の通電制御(駆動制御)が維持され、一方の磁気軸受(図1中の符号30、31のうちの一方)の制御がOFFされる(S1)。そして、適度に回転方向への勢いが残されたロータ軸21の偏倚動作が行われる(S2)。
【0076】
なお、上述のようなロータ軸21の偏倚動作のために、本実施形態の方式とは異なり、ロータ軸21を保護ベアリング36、37にタッチダウンさせた場合には、ロータ軸21が保護ベアリング36、37に接触する。そして、接触の際の回転速度や摩擦の程度により、ロータ軸21の回転方向が反転してしまうこともある。このようなタッチダウン時におけるロータ軸21の反転を防止するため、本実施形態のようにタッチダウンさせずにロータ軸21を偏倚させ、僅かであってもロータ軸21の中心を、定常回転時のロータ軸の軸心からずらした状態で、ポジション信号(Xi、Yi)に基づく回転方向を検出するようにしている。
【0077】
このS2の工程により、ロータ軸21等は、傾きながら低速で回転している状態となる。本実施形態では、このときの動作状態や制御状態を第2状態とする。前述の第1状態(定格回転の状態)と、この第2状態との間の動作状態や制御状態を第3状態などと称して、第1状態や第2状態と区別することが可能である。
【0078】
図9(a)は、ロータ軸を下方から見た図となっている。傾きながら低速で回転しているロータ軸21と、保護ベアリング(ここでは上部の保護ベアリング36のみ図示する)との関係を模式化して概略的に示している。ロータ軸21は、保護ベアリング36の内側に位置しており、ロータ軸21の外周面と、保護ベアリング36の内周面との間には、図中に強調して示すように隙間Hが存在している。
【0079】
この隙間Hは、ロータ軸21と保護ベアリング36(の内周面)とが接触した場合、この接触した部位では0(ゼロ)となり、接触した部位から位相が180度ずれた部位では最大値(Hmax)となる。そして、ロータ軸21と保護ベアリング36とが接触した場合、この隙間Hが最大となる部位における隙間(H=Hmax)は、本実施形態では200μm程度となっている。ここで本実施形態では、前述のように、この隙間が0とならないよう(ロータ軸21と保護ベアリング36とが接触しないよう)、ロータ軸21の低速回転制御が行われている。
【0080】
ロータ軸21は、矢印Eで示すように自転しながら、保護ベアリング36との間の隙間Hの範囲内で偏倚し、矢印Fで示すように旋回し公転する。図示は省略するが、上部の保護ベアリング36のみでなく、下部の保護ベアリング(37)においても同様の隙間Hが形成されており、このことから、例えば図9(a)、(b)に模式化して示すように、ロータ軸21は、上部及び下部の保護ベアリング(36、37)との隙間Hの大きさの範囲内で、軸方向に対し傾斜しながら自転や公転を行う。
【0081】
ここで、図9(a)、(b)に示す矢印E、Fの方向や、X軸及びY軸の方向は、あくまでも説明や(図示略)を簡略化するためのものであり、ロータ軸21を、例えば図1の上方から監視している場合と下方から監視している場合、水平面内での座標の決め方、及びこれらの組合せ方次第で異なり得るものである。以下では、図9(a)が、ロータ軸21を下方から見ている状況を示しているものとして説明を行う。
【0082】
続いて、図8に前述のS2に続けて示すように、ロータ軸21の出力情報としてのポジション信号(Xi、Yi)が測定される(S3)。ポジション信号の情報は、一定時間毎に取得されており、添え字のi(=1、2、3、・・・)は、ポジション信号を取得したタイミングの違いを表している。そして、ポジション信号(X1、Y1)、(X2、Y2)、(X3、Y3)、・・・から得られる位置情報を時系列にプロットすることで、図10に例示するような、ロータ軸(21)に係る水平面内(XY面内)での軌跡46の図表が得られる。
【0083】
図10においては、ポジション信号(Xi、Yi)を取得した位置が丸い点により示され、連続した点が直線を介して順次繋げられている。さらに、図10中の矢印Fはロータ軸21の公転方向を示しており、この公転方向は、図9(a)、(b)に示す矢印Fに一致しているものである。
【0084】
また、図中の左上部に示された点Pは、最後に取得されたポジション信号(Xi、Yi)の位置(軌跡46の終点)を示している。ここで、図10は、上下のラジアル方向変位センサ30Cのうち、上部に位置するラジアル方向変位センサ30Cから得られたポジション信号(Xi、Yi)による軌跡46を例示している。
【0085】
続いて、図8に前述のS3に続けて示すように、ポジション信号(Xi、Yi)の変化に基づき回転方向θRが検出される(S4)。この回転方向θRは、ロータ軸21の自転の方向(例えば図9(a)における矢印Eで示す方向)に対応するものであるが、本実施形態においては、回転方向θRが、ロータ軸21の公転方向と同一であるとみなして取扱われている。そして、ポジション信号(Xi、Yi)に基づき判定されたロータ軸21の公転方向と一致する方向に、ロータ軸21が自転しているものとして、ロータ軸21の回転方向θRが判定される。
【0086】
さらに、上述のようにして検出された回転方向θRが、正常な方向であるか否かの判定が行われる(S5)。このS5の判定に際しては、検出されたθRを用いて演算が行われ、θRが正の値となれば(S5:YES)、回転方向が正規の方向であると判定される(S6)。一方、S5において、θRが正の値でなければ(S5:NO)、回転方向が逆の方向であると判定される(S11)。
【0087】
回転方向が正規の方向であった場合(S6)、モータ16に対して、制動トルクが発生するよう、逆回転方向への通電制御が行われる(S7)。この場合の制動トルクは、検出された正規の回転方向θRに対する逆向きのトルクとなる。その後、ロータ軸21等が停止し、ロータ軸21等の回転数が0となる(S8)。この後、磁気軸受30、31の制御がONされて起動待機状態(「Levitation状態」や「Levitationモード」などともいう)となってから(S9)、モータ16の駆動制御がONされて正規の方向でのモータ駆動が行われる(S10)。
【0088】
しかし、上記S11に示すように、回転方向が逆の方向であると判定された場合には、モータ16に対して、制動トルクが発生するよう、上述の回転方向の逆の回転方向への通電制御が行われる(S12)。この場合の制動トルクは、検出された逆向きの回転方向θRに対する逆向き(正規な向き)のトルクとなる。
【0089】
図11は、この場合のモータ制御について示している。図中の縦軸は回転数(回転速度)を示し、横軸は時間を示している。また、縦軸の回転数について、回転方向が正規である場合の回転数は、「300」、「500」のように正の値で示し、回転方向が逆である場合の回転数は、「-300」、「-500」のように負の値で示している。図中に右上向きの矢印Gで示すように、正規な方向への通常の起動が行われた場合には、回転数が徐々に上昇する。
【0090】
回転数が絶対値で500rpm以下の領域は、磁気軸受30、31がONされているが、モータ駆動制御が行われていない起動待機状態(Levitationモード)となっている。但し、前述の起動待機状態は、モータ駆動制御をし始めた直後の状態も含んでいる。特に、回転数が絶対値で300rpm未満の領域は、モータ16における誘起電圧の検出ができない状態(回転位相検出不能な状態)となっている。また、回転数が絶対値で300rpm~500rpm未満の領域は、回転位相検出不能な状態、或は、回転位相検出が不安定な状態となっている。
【0091】
これに対し、逆回転が発生した場合には、図中に右下向きの矢印Jで示すように、逆回転での回転数が徐々に上昇する。そして、何らの策も施さなければ、破線で延長して示すように逆向きのまま、回転数が徐々に上昇する。しかし、前述したように逆回転を検出した場合に(図8のS5:NOの場合に)、正規な向きの制動トルクを発生させることにより(図8のS12)、右上向きの矢印Kで示すように回転数が低下する。
【0092】
そして、モータ16の回転数が次第に0に近づき、図11での図示は省略するが、モータ16の回転方向は、制動力によって正規な方向に転換され、修正される。この状況で、モータ16の駆動制御がONされて正規の方向でのモータ駆動が行われ、モータ16の回転数が徐々に高められる。
【0093】
ここで、モータ16の駆動制御の再開は、ロータ軸21等の回転が正規な方向に転換されたことを検出してから行うようにすることが可能である。また、これに限らず、例えば、制動トルクを発生させてから予め決められた所定時間が経過したことを判定した場合にモータ16の駆動制御を再開する、といったことも可能である。さらに、図11の例では、逆方向の回転数が300rpm未満の状況で制動トルクを発生させているが、例えば300rpmに達した後に制動トルクを発生させてもよい。
【0094】
前述のように、ロータ軸21に偏倚動作(S2)を行わせるのは、以下の理由による。すなわち、ロータ軸21の定格回転中は回転が安定した状態にあり、図9(a)に二点鎖線で示すように、ロータ軸21がラジアル磁気軸受30や保護ベアリング36(及び37)の中央に同心的に位置する。さらに、ロータ軸21の外周面と保護ベアリング36(及び37)の内周面との片側ずつの隙間(H=Hr)は、各々100μm程度となっている。この定格状態における隙間Hrは、ロータ軸21の全周に亘りほぼ均一になる。
【0095】
そして、上述のような定格状態時には、ロータ軸21の変位(振れ)が相対的に小さく、ポジション信号(Xi、Yi)に十分な変化が表れず、回転方向の検知が困難である。このため、本実施形態では回転方向を確認するにあたり、ロータ軸21に偏倚動作を行わることができる隙間Hを確保している。そして、位置情報の変化量が十分に大きくなるようにし、位置の違いを認識し易くしてから、ポジション信号(Xi、Yi)の変化に基づき回転方向を検知している。
【0096】
また、本実施形態では、図8中のS8に示すように、ロータ軸21の回転数を一旦0にしているが、これは以下のような理由による。すなわち、磁気軸受の浮上制御が不均衡な状態で、ロータ軸21が停止しない状態のまま回転数を上げてしまった場合には、例え瞬時に全磁気軸受がONとなるよう制御を復旧させたとしても、回転する回転側の部品が固定側の部品に接触することも考え得る。このため、浮上制御を不均衡な状態から復旧させる場合には、一旦ロータ軸21を停止し全磁気軸受の制御を復旧させてから回転数を上げるか、ロータ軸21に対する浮上制御が均衡な状態になるまで、ロータ軸21の回転数を過度に急激に高い回転数まで上げないよう、回転数を監視して回転数の上昇を防ぐ制御を併せて行うことが望ましい。そして、本実施形態では、これらの手法のうち、一旦ロータ軸21を停止する(回転数を0にする)手法を採用している。
【0097】
以上説明したような本実施形態のターボ分子ポンプ10によれば、ロータ軸21が低速回転中に偏倚動作するよう制御を行う。そして、ラジアル方向変位センサ30Cのポジション信号(Xi、Yi)を利用し、ロータ軸21等の回転方向を検知する。したがって、ロータリエンコーダ等のような回転方向検出のための専用の機器を追加することなく、既存の検出機器によって、回転方向の検出を行うことが可能となる。
【0098】
さらに、検出された回転方向が正規なものでない場合には、図8図11に示すようにモータ16に対し制動を行い、回転数を下げている。そして、モータ16の回転が弱まるとともに、回転数が0となる状態を経て回転方向が正規な方向に転換し、正規な回転方向で回転数が上昇するようにしている。したがって、回転方向の修正を円滑に行うことが可能である。さらに、回転速度を0にしてからモータ16の加速を行っているので、制動トルクをかけることで逆回転の状態のまま再び加速し、アラーム出力を行ってしまうようなことを防止でき、回転方向の修正をより適正に行うことが可能である。
【0099】
また、本実施形態によれば、回転方向検出を、モータ16における誘起電圧が低い低速回転の状態で行うことが可能である。そして、これらのことから、逆回転を簡易且つ早期に発見することができ、逆回転のまま回転数が上昇し続けてしまうことを防止することが可能である。
【0100】
さらに、ロータ軸21を偏倚動作させる機能や、ラジアル方向変位センサ30Cの出力信号を処理する機能は、従来のターボ分子ポンプにおける制御回路部のマイクロコンピュータや、用いられる制御プログラム(ソフトウエア)にも備えられているものである。このため、既存の機能の多くを利用しながら、回転方向の修正を、最小限度の追加機能として付加するのみで回転方向の検出を行うことができる。
【0101】
なお、本発明は、上述の実施形態に限定されず、種々に変形することが可能なものである。例えば、上述の実施形態では、上下のうちの上部のラジアル方向変位センサ30Cに係る出力信号(ポジション信号)を利用してロータ軸21の変位を検出しているが、これに限定されず、例えば下部のラジアル方向変位センサ30Cの出力信号(ポジション信号)を利用してもよい。
【0102】
また、図8に示すS1の処理で、ロータ軸21に対し、モータ16の低速回転制御をOFFにせずに偏倚動作を行わせているが、低速回転制御をOFFにし、ロータ軸21をタッチダウンさせてS1以降に示すような回転方向検出の処理を行ってもよい。
【0103】
図12には、ロータ軸21をタッチダウンさせた実施形態におけるポジション信号の変化を示している。図12においては、先の実施形態に係る図10と同様に、ポジション信号(Xi、Yi)を取得した位置が丸い点により示され、連続した点が直線を介して順次繋げられている。さらに、図12中の矢印Fはロータ軸21の公転方向を示しており、この公転方向は、先の実施形態における図9(a)、(b)の矢印Fに一致しているものである。
【0104】
また、図12中の左上部に示された点Pは、先の実施形態における図10と同様に、最後に取得されたポジション信号(Xi、Yi)の位置(軌跡46の終点)を示している。さらに、図中の中央に示された点Qは、磁気軸受30、31がONされてロータ軸21が高速で定常回転している場合の、ロータ軸21に係る軸心の位置を示している。ここで、図12も、先の実施形態と同様に、上下のラジアル方向変位センサ30Cのうち、上部に位置するラジアル方向変位センサ30Cから得られたポジション信号(Xi、Yi)による軌跡46を例示している。
【0105】
このように、ロータ軸21をタッチダウンさせた場合には、タッチダウンさせない場合を示す図10の例と比べて、X軸及びY軸における奇跡の範囲が広がっており、ポジション信号(Xi、Yi)の図形が相対的に大きくなるが、タッチダウンさせない場合と同様に回転方向の検出を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0106】
10 ターボ分子ポンプ(真空ポンプ)
11 ポンプ本体
16 モータ
21 ロータ軸
30 ラジアル磁気軸受(磁気軸受)
30C ラジアル方向変位センサ(変位センサ)
36、37 保護ベアリング(保護軸受)
112 ロータ(回転子)
130 マイクロコンピュータ(制御手段)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
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図10
図11
図12