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特許7000012酵母のスクリーニング方法およびカカオ原料の発酵物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-27
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】酵母のスクリーニング方法およびカカオ原料の発酵物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/16 20060101AFI20220128BHJP
   A23G 1/02 20060101ALI20220128BHJP
   A23D 9/02 20060101ALI20220128BHJP
   A23G 1/00 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
C12N1/16 Z
A23G1/02
A23D9/02
A23G1/00
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2016153540
(22)【出願日】2016-08-04
(65)【公開番号】P2018019651
(43)【公開日】2018-02-08
【審査請求日】2019-07-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100155631
【弁理士】
【氏名又は名称】榎 保孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 未知子
(72)【発明者】
【氏名】田村 一二
(72)【発明者】
【氏名】八尋 恒隆
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/087816(WO,A1)
【文献】Current Opinion in Food Science,2015年11月12日,Vol. 7,p. 50-57,doi:10.1016/j.cofs.2015.11.001
【文献】International Journal of Food Microbiology,2015年09月11日,Vol. 216,p. 69-78
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
A23G 1/00
A23D 9/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的とする香味特性の発酵物を生成する酵母のスクリーニング方法であって、被験酵母をカカオマス抽出物および糖類を含む培養培地で培養することを含んでなる、スクリーニング方法であって、目的とする香味特性がフルーツ香、醸造酒の香り、蒸留酒の香りまたはフローラル香であり、かつ、糖類が少なくともグルコースを含むものである、方法。
【請求項2】
目的とする香味特性が被験酵母の分離源の香味特性とは異なる香味特性である、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
被験酵母がデバリオマイセス属の酵母、クルイベロマイセス属の酵母、サッカロマイセス属の酵母、ジゴサッカロマイセス属の酵母、ピキア属の酵母、カンジダ属の酵母およびハンセニアスポラ属の酵母からなる群から選択される酵母である、請求項1または2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
培養培地中のカカオマス抽出物の濃度が1~30質量%(固形分換算)である、請求項1~3のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
培養培地中の糖類の添加濃度が0.1~18質量%である、請求項1~4のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のスクリーニング方法を実施して目的とする香味特性の発酵物を生成する酵母を選別し、選別された酵母をカカオ原料に添加して発酵させることを含んでなる、発酵物の製造方法。
【請求項7】
酵母がクルイベロマイセス・ラクティス、デバリオマイセス・ハンセニ、クルイベロマイセス・マルシアヌスまたはサッカロマイセス・セレビシエに属する酵母である、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
カカオ原料が、カカオ豆およびカカオパルプ並びにそれらの加工品からなる群から選択される、請求項6に記載の製造方法。
【請求項9】
加工品が、カカオパルプジュース、カカオマスおよびカカオマス抽出物である、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
カカオ原料がカカオ豆を含むものであり、発酵物が発酵カカオ豆である、請求項6に記載の製造方法。
【請求項11】
請求項10に記載の製造方法を実施して発酵カカオ豆を調製し、調製された発酵カカオ豆を原料として用いてカカオマスを調製することを含んでなる、カカオマスの製造方法。
【請求項12】
請求項11に記載の製造方法を実施してカカオマスを調製し、調製されたカカオマスからココアまたはココアバターを調製することを含んでなる、ココアまたはココアバターの製造方法。
【請求項13】
請求項10に記載の製造方法を実施して発酵カカオ豆を調製し、あるいは、請求項11に記載の製造方法を実施してカカオマスを調製し、あるいは、請求項12に記載の製造方法を実施してココアまたはココアバターを調製し、調製された発酵カカオ豆、カカオマス、ココアまたはココアバターを原料として用いて油性菓子またはココア配合製品を調製することを含んでなる、油性菓子またはココア配合製品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は酵母のスクリーニング方法と、該スクリーニング方法により選別された酵母を用いたカカオ原料の発酵物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チョコレートの風味はその主な原料であるカカオマスの風味により影響を受けることが知られている。カカオマスはカカオポッドから取り出した果肉(カカオパルプ)と種子(カカオ豆)の自然発酵物を元に調製されている。しかし、自然発酵では環境や発酵条件の変化などにより発酵物の風味が変化することがあり、この風味変化が最終生産物であるチョコレートやココアなどの品質に影響を与える可能性がある。
【0003】
特許文献1には、カカオマスなどのカカオ原料を酵素処理して旨味の強い酵素処理物を製造し、該処理物をチョコレートなどの飲食品に配合する技術が開示されている。また特許文献2には、カカオマスなどのカカオ原料の酵素処理物を乳酸菌と酵母で発酵させることで独特の発酵風味を有するカカオ処理物を製造し、該処理物をチョコレートなどの飲食品に配合する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-43931号公報
【文献】特開2010-51250号公報
【発明の概要】
【0005】
しかしながら、上記のいずれの技術も自然発酵により得られたカカオ原料を使用することを前提にしており、自然発酵による風味変化と品質への悪影響の問題は依然として解決されていない。
【0006】
本発明は良好な風味の発酵物を生成する酵母を選別するためのスクリーニング方法を提供することを目的とする。本発明はまた、良好な風味のカカオ原料の発酵物を製造する方法を提供することを目的とする。
【0007】
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]目的とする香味特性の発酵物を生成する酵母のスクリーニング方法であって、被験酵母をカカオマス抽出物の存在下で培養することを含んでなる、スクリーニング方法。
[2]目的とする香味特性が被験酵母の分離源の香味特性とは異なる香味特性である、前記[1]に記載のスクリーニング方法。
[3]目的とする香味特性がフルーツ香、醸造酒の香り、蒸留酒の香りまたはフローラル香である、前記[1]または[2]に記載のスクリーニング方法。
[4]被験酵母がデバリオマイセス属の酵母、クルイベロマイセス属の酵母、サッカロマイセス属の酵母、ジゴサッカロマイセス属の酵母、ピキア属の酵母、カンジダ属の酵母およびハンセニアスポラ属の酵母からなる群から選択される酵母である、前記[1]~[3]のいずれかに記載のスクリーニング方法。
[5]前記[1]~[4]のいずれかに記載のスクリーニング方法により選別された酵母。
[6]前記[5]に記載の酵母をカカオ原料に添加して発酵させることを含んでなる、発酵物の製造方法。
[7]酵母がクルイベロマイセス・ラクティス、デバリオマイセス・ハンセニ、クルイベロマイセス・マルシアヌスまたはサッカロマイセス・セレビシエに属する酵母である、前記[6]に記載の製造方法。
[8]カカオ原料が、カカオ豆およびカカオパルプ並びにそれらの加工品からなる群から選択される、前記[6]に記載の製造方法。
[9]加工品が、カカオパルプジュース、カカオマスおよびカカオマス抽出物である、前記[8]に記載の製造方法。
[10]カカオ原料がカカオ豆を含むものであり、発酵物が発酵カカオ豆である、前記[6]に記載の製造方法。
[11]前記[10]に記載の製造方法により調製された発酵カカオ豆を原料として用いてカカオマスを調製し、場合によっては該カカオマスからココアまたはココアバターを調製することを含んでなる、カカオマス、ココアまたはココアバターの製造方法。
[12]前記[10]に記載の製造方法により調製された発酵カカオ豆または前記[11]に記載の製造方法により調製されたカカオマス、ココアまたはココアバターを原料として用いて油性菓子またはココア配合製品を調製することを含んでなる、油性菓子またはココア配合製品の製造方法。
[13]カカオ原料がカカオマスおよび/またはカカオマス抽出物であり、発酵物が発酵カカオマスおよび/または発酵カカオマス抽出物である、前記[6]に記載の製造方法。
[14]発酵カカオマスから発酵カカオマスの抽出物を調製することをさらに含んでなる、前記[13]に記載の製造方法。
[15]前記[13]に記載の製造方法により調製された発酵カカオマスおよび/または発酵カカオマス抽出物、および/または前記[14]に記載の製造方法により調製された発酵カカオマスの抽出物からココアおよび/またはココアバターを調製することを含んでなる、ココアおよび/またはココアバターの製造方法。
[16]前記[13]に記載の製造方法により調製された発酵カカオマスおよび/または発酵カカオマス抽出物、および/または前記[14]に記載の製造方法により調製された発酵カカオマスの抽出物、および/または前記[15]に記載の製造方法により調製されたココアおよび/またはココアバターを原料として用いて油性菓子またはココア配合製品を調製することを含んでなる、油性菓子またはココア配合製品の製造方法。
[17]カカオ原料がカカオパルプおよび/またはカカオパルプジュースであり、発酵物が発酵カカオパルプおよび/または発酵カカオパルプジュースである、前記[6]に記載の製造方法。
[18]発酵カカオパルプを圧搾して発酵カカオパルプのジュースを調製することをさらに含んでなる、前記[17]に記載の製造方法。
[19]前記[17]に記載の製造方法により調製された発酵カカオパルプおよび/または発酵カカオパルプジュース、および/または前記[18]に記載の製造方法により調製された発酵カカオパルプのジュースに、カカオ豆、カカオニブおよび/またはカカオマスを浸漬させることを含んでなる、風味付けされたカカオ豆、カカオニブおよび/またはカカオマスの製造方法。
[20]前記[19]に記載の製造方法により調製された風味付けされたカカオ豆および/またはカカオニブを原料として用いてカカオマスを調製し、場合によっては該カカオマスからココアおよび/またはココアバターを調製することを含んでなる、カカオマス、ココアおよび/またはココアバターの製造方法。
[21]前記[19]に記載の製造方法により調製された風味付けされたカカオマスからココアおよび/またはココアバターを調製することを含んでなる、ココアおよび/またはココアバターの製造方法。
[22]前記[19]に記載の製造方法により調製された、風味付けされたカカオ豆、カカオニブおよび/またはカカオマス、および/または前記[20]に記載の製造方法により調製されたカカオマス、ココアおよび/またはココアバター、および/または前記[21]に記載の製造方法により調製されたココアおよび/またはココアバターを原料として用いて油性菓子またはココア配合製品を調製することを含んでなる、油性菓子またはココア配合製品の製造方法。
【0008】
本発明のスクリーニング方法によれば簡便かつ安価に良好な風味の発酵物を生成する酵母を選別することができる。また本発明の製造方法によれば、良好な風味のカカオ原料の発酵物を菌叢を制御しつつ調製することができる。このため本発明によれば、良好な風味のカカオマスなどを調製することができ、ひいては良好な風味のチョコレート、ココアおよびココアバターを安定して調製することができる点で有利である。
【発明の具体的説明】
【0009】
本発明によれば、目的とする香味特性の発酵物を生成する酵母のスクリーニング方法が提供される。本発明のスクリーニング方法では、被験酵母をカカオマス抽出物の存在下で培養する。カカオマス抽出物は例えば以下のようにして調製することができる。すなわち、常法に従って得られたカカオマスを溶媒(好ましくは水または熱水)で抽出し、該抽出物を固液分離して得られた上清をカカオマス抽出物として使用することができる。このようなカカオマス抽出物は市販されているものを使用することができる。
【0010】
被験酵母の選別を効率的に行うためには、培養培地中のカカオエキス抽出物の濃度は、例えば、1~30質量%(固形分換算)とすることができ、好ましくは3~10質量%(固形分換算)である。被験酵母の選別を効率的に行うためにはまた、培養培地中に単糖や二糖などの糖類を添加することができ、その場合の糖類の添加濃度は0.1~18質量%とすることができ、好ましくは0.5~10質量%である。添加できる糖類としては、グルコース、フルクトース、ガラクトース、キシロース、アラビノースなどの単糖、スクロース、マルトース、ラクトース、セロビオースなどの二糖が挙げられ、これらのうち1種を単独で使用しても、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0011】
本発明のスクリーニング方法において使用する培養培地にはカカオエキスおよび糖類に加えて、酵母の培養に使用される成分を添加することができ、このような成分としては、酵母エキス、麦芽エキス、ペプトンなどが挙げられる。必要に応じて、鉄や亜鉛,銅,マンガンなどの微量金属や、ビオチンなどのビタミン類をさらに培養培地に添加してもよい。
【0012】
培養培地における酵母発酵は前培養により増殖させた酵母を本培養培地に接種し本培養を行うことにより実施することができる。本培養の条件は特に制限されないが、例えば、培養温度7~40℃、培養時間6~168時間の条件で実施することができる。また本培養培地当たりの酵母菌体数は特に制限されないが、例えば、培地1ml当たり1×10~3×10個となるように播種することができる。
【0013】
後記実施例に示されるように、本発明のスクリーニング方法では被験酵母の発酵物の風味を感度よく検出することができ、このため被験酵母の分離源の香味特性とは異なる香味特性の発酵物を生成する酵母を選別することができる。また本発明のスクリーニング方法によれば、フルーツ香の発酵物を生成する酵母を選別することができ、さらに、ワインや日本酒のような醸造酒の香り、ラム酒やウイスキーのような熟成させた蒸留酒の香り、ジャスミンやスズランのようなフローラル香を呈する酵母を選別することができる。特に、本発明のスクリーニング方法によれば、フルーツ香の発酵物を検知することができ、これらの香りをカカオ発酵時に生成する酵母を的確に選別することができる。
【0014】
スクリーニング方法に供される酵母は特に限定されないが、例えば、デバリオマイセス(Debaryomyces)属の酵母、クルイベロマイセス(Kluyveromyces)属の酵母、サッカロマイセス(Saccharomyces)属の酵母、ジゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属の酵母、ピキア(Pichia)属の酵母、カンジダ(Candida)属の酵母およびハンセニアスポラ(Hanseniaspora)属の酵母からなる群から選択される酵母を本発明のスクリーニング方法に供することができる。
【0015】
本発明のスクリーニング方法により選別された酵母はカカオ原料の発酵に用いることができる。すなわち、本発明によれば、本発明のスクリーニング方法により選別された酵母と、該酵母をカカオ原料に添加して発酵させることを含んでなる、カカオ原料の発酵物の製造方法が提供される。
【0016】
本発明の製造方法に使用できる酵母としては、フルーツ香の発酵物を生成する酵母、醸造酒の香りの発酵物を生成する酵母、蒸留酒の香りの発酵物を生成する酵母またはフローラル香の発酵物を生成する酵母が挙げられる。フルーツ香の発酵物を生成する酵母としては、デバリオマイセス(Debaryomyces)属の酵母(例えば、デバリオマイセス・ハンセニ(Debaryomyces hansenii)に属する酵母)や、クルイベロマイセス(Kluyveromyces)属の酵母(例えば、クルイベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)に属する酵母、クルイベロマイセス・マルシアヌス(Kluyveromyces marxianus)に属する酵母)を用いることができる。
【0017】
本発明の製造方法に使用できる酵母としてはまた、クルイベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)に属する酵母、デバリオマイセス・ハンセニ(Debaryomyces hansenii)に属する酵母、クルイベロマイセス・マルシアヌス(Kluyveromyces marxianus)に属する酵母、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属する酵母が挙げられ、これらに属する複数の酵母株のうち1種を単独で使用しても、2種以上を組み合わせて使用してもよい。好ましい酵母株としては、Kluyveromyces marxianus NBRC0272株、Saccharomyces cerevisiae NBRC0850株、Kluyveromyces marxianus NBRC1777株、Kluyveromyces lactis var. lactis NBRC1903株、Debaryomyces hansenii JCM2162株、Kluyveromyces marxianus JCM2297株、Kluyveromyces lactis JCM5219株、Debaryomyces hansenii JCM5912株、Kluyveromyces marxianus JCM21874株、Kluyveromyces marxianus JCM21878株およびKluyveromyces lactis JCM22014株が挙げられ、より好ましくは、Kluyveromyces lactis JCM5219株、Debaryomyces hansenii JCM5912株およびKluyveromyces lactis var. lactis NBRC1903株である。本発明の製造方法では、好ましくは単離された1種または2種以上の酵母株を添加して使用することができる。
【0018】
ここで、整理番号が「JCM」で始まる菌株は、下記の保存機関に保存されており、申請により提供を受けることができる。
保存機関名:独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンター 微生物材料開発室(連絡先:郵便番号351-0198、埼玉県和光市広沢2-1、電話番号048-467-9560)
【0019】
また、本明細書において、整理番号が「NBRC」で始まる菌株は、下記の寄託機関に保存されており、申請により提供を受けることができる。
寄託機関名:独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 生物資源利用促進課(連絡先:郵便番号292-0818、千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8、電話番号0438-20-5763)
【0020】
本発明の製造方法における発酵原料であるカカオ原料は、カカオポッドの内容物であるカカオ豆およびカカオパルプが挙げられ、これらの加工品も含まれる。カカオ豆およびカカオパルプの加工品としては、カカオパルプを圧搾して得られたカカオパルプジュース、カカオ豆を常法に従って処理して得られたカカオマス、該カカオマスの抽出物が挙げられる。カカオマスの抽出物は水あるいは熱水などの溶媒を用いた抽出処理によりカカオマスから得られた抽出物が挙げられる。
【0021】
以下、本発明の製造方法を発酵原料であるカカオ原料ごとに説明する。
<カカオポッド内容物を発酵させる場合>
本発明の製造方法ではカカオ豆あるいはカカオポッド内容物を発酵させることができる。この場合、調製される発酵物は発酵カカオ豆あるいは発酵カカオポッド内容物である。カカオポッド内容物を発酵させると、カカオ豆に加えてカカオパルプも酵母発酵に供され、カカオパルプの発酵によって生成した風味がカカオ豆に付与されるため、カカオ豆とカカオパルプを一緒に酵母発酵させることが好ましい。
【0022】
本発明の製造方法ではまた、カカオ豆あるいはカカオポッド内容物を酵母発酵させる際に、カカオ原料以外の原料を添加して一緒に発酵させてもよい。カカオ原料以外の原料として果物の果肉や果汁を添加すると、該果物の発酵によって生成した風味をカカオ豆に付与することができる。また、カカオ原料以外の原料として糖蜜を使用すると、該糖蜜の発酵によって生成した風味をカカオ豆に付与することができる。カカオ原料以外の原料はカカオポッド内容物に添加する前にあらかじめ酵母発酵させておいてもよい。
【0023】
酵母発酵は前培養により増殖させた酵母をカカオ原料に接種することにより実施することができる。カカオ原料がカカオポッド内容物である場合には、カカオポッドを収穫後、直ちに内容物を回収して得られたカカオポッド内容物に酵母を接種することができる。カカオポッド内容物は、収穫後数日間のポッドストレージの後に回収した内容物であっても、収穫後に冷蔵や冷凍などの低温条件下で保存されたカカオポッドから回収された内容物であってもよい。発酵を行う場合には、好気条件下での発酵あるいは窒素置換を行い嫌気的な条件下とした場合のいずれでも良い。発酵中は静置条件でも良いし、適宜撹拌を行っても良い。
【0024】
酵母発酵の条件は特に制限されないが、例えば、培養温度7~40℃、培養時間6~168時間の条件で実施することができる。またカカオ原料当たりの酵母菌体数は特に制限されないが、例えば、原料1g当たり1×10~3×10個となるように播種することができる。
【0025】
本発明の製造方法ではカカオポッドからカカオポッド内容物を無菌的に取り出し、本発明のスクリーニング方法により選別された1種または2種以上の酵母株を添加して酵母発酵させることができる。常法による自然発酵は露天に近い環境で実施され、発酵環境や土着菌などの要素を厳密に制御して実施することが困難であったが、本発明の製造方法により酵母発酵を行うと、所望の香気特性を有するカカオ豆を酵母発酵の進行を適宜制御しつつ調製することができる。特に、複数の酵母株をブレンドして添加すると風味豊かな香気特性を有するカカオ豆を菌叢を制御しつつ調製することができるので有利である。
【0026】
本発明の製造方法はまた、常法による自然発酵において実施することもできる。すなわち、カカオポッド内容物の自然発酵の開始前あるいは自然発酵中に本発明のスクリーニング方法により選別された1種または2種以上の酵母株を添加して酵母発酵を実施することができ、このような実施態様も本発明の製造方法に含まれるものとする。自然発酵ではカカオ豆への風味付けが発酵環境などにより影響を受けやすいが、このような実施態様では所望の香気特性をカカオ豆に確実に付与できる点で有利である。
【0027】
得られたカカオ豆は常法に従ってカカオマスに加工することができる。すなわち、カカオ豆からセパレーターにより皮を取り除いてカカオニブを得、カカオニブをロースターにより焙炒し、炒ったカカオニブをグラインダーで磨砕してカカオマスを調製することができる。カカオ豆を焙炒してから皮を取り除いてカカオニブを得てもよい。また、グラインダーによる磨砕の前に場合によっては複数種のカカオニブをブレンダーにより混合してもよい。得られたカカオマスは油性菓子、ココアおよびココアバターの原料として用いることができる。
【0028】
<カカオマス等を発酵させる場合>
本発明の製造方法ではカカオマスおよび/またはカカオマス抽出物を発酵させることができる。この場合、調製される発酵物は発酵カカオマスおよび/または発酵カカオマス抽出物である。調製された発酵カカオマスはさらに抽出処理に付されて発酵カカオマスの抽出物とされてもよい。抽出処理は水あるいは熱水などの溶媒を用いて実施することができる。酵母によるカカオマスおよびカカオマス抽出物の発酵は前記と同様の条件で行うことができるが、培養に当たっては、振盪培養および静置培養のいずれを用いてもよく、さらにこれらのいずれかと一次的な撹拌を組み合わせて実施してもよい。なお、発酵に供されるカカオマスおよびその抽出物は本発明の製造方法による発酵処理に付されずに調製されたものであっても、本発明の製造方法による発酵処理に付されて調製されたものであってもよい。
【0029】
得られた発酵カカオマスおよび該発酵カカオマスの抽出物並びに発酵カカオマス抽出物は油性菓子、ココアおよびココアバターの原料として用いることができる。
【0030】
<カカオパルプ等を発酵させる場合>
本発明の製造方法ではカカオパルプおよび/またはカカオパルプジュースを発酵させることができる。この場合、調製される発酵物は発酵カカオパルプおよび発酵カカオパルプジュースである。調製された発酵カカオパルプはさらに圧搾処理に付されて発酵カカオパルプのジュースとされてもよい。酵母によるカカオパルプおよびカカオパルプジュースの発酵は前記と同様の条件で行うことができるが、培養に当たっては、振盪培養および静置培養のいずれを用いてもよく、さらにこれらのいずれかと一次的な撹拌を組み合わせて実施してもよい。
【0031】
本発明の製造方法ではまた、カカオパルプおよび/またはカカオパルプジュースを酵母発酵させる際に、カカオ原料以外の原料を添加して一緒に発酵させてもよい。カカオ原料以外の原料として果物の果肉や果汁を添加すると、該果物の発酵によって生成した風味をカカオパルプおよびカカオパルプジュースに付与することができ、ひいては後述する浸漬工程によりその風味をカカオ豆に付与することができる。また、カカオ原料以外の原料として糖蜜を添加すると、該糖蜜の発酵によって生成した風味をカカオパルプおよびカカオパルプジュースに付与することができ、ひいては後述する浸漬工程によりその風味をカカオ豆に付与することができる。カカオ原料以外の原料はカカオパルプおよびカカオパルプジュースに添加する前にあらかじめ酵母発酵させておいてもよい。
【0032】
得られた発酵カカオパルプおよび該発酵カカオパルプのジュース並びに発酵カカオパルプジュースはカカオ豆、カカオニブおよびカカオマスの風味付けに用いることができる。風味付けに供されるカカオ豆、カカオニブおよびカカオマスは本発明の製造方法による発酵処理に付されずに調製されたものであっても、本発明の製造方法による発酵処理に付されて調製されたものであってもよい。風味付けは発酵カカオパルプおよび該発酵カカオパルプのジュース並びに発酵カカオパルプジュースのいずれかまたは組合せにカカオ豆、カカオニブおよび/またはカカオマスを浸漬させることにより実施することができる。浸漬は、例えば、2~40℃、4~120時間の条件で行うことができるが、これに限定されるものではない。
【0033】
風味付けされたカカオ豆やカカオニブは常法に従ってカカオマスに加工することができ、さらに該カカオマスは常法に従ってココアおよびココアバターに加工することができる。また、風味付けされたカカオマスは常法に従ってココアおよびココアバターに加工することができる。なお、ココアはココアプレス機によりカカオマスからココアバターを分離することでココアケーキとして得ることができる。得られたココアケーキはココアミル機により粉砕し、ココアパウダーに加工することができる。本発明においてココアとはココアケーキおよびココアパウダーのいずれをも含むものとする。
【0034】
本発明においては、上記のように製造したカカオマス、ココアおよびココアバターを原料として用いて油性菓子を調製することができる。本発明でいう油性菓子とは、日本国公正取引委員会認定のルールであるチョコレート類の表示に関する公正競争規約でいうチョコレート、準チョコレート、チョコレート製品に限定されるものでなく、前記ルールに該当しないテンパータイプ、ノンテンパータイプのファットクリーム等、あらゆる種類の油性菓子を含む意味で用いられる。本発明においてチョコレートとは、スイートチョコレート、ミルクチョコレート、ホワイトチョコレートなど、いずれのチョコレートを含む意味で用いられる。
【0035】
油性菓子の製造に当たっては、カカオ豆由来原料(カカオマス、ココアパウダー、ココアバター等)に加えて、糖類、甘味料、乳原料、油脂原料、乳化剤、香料、着色料等を添加することもできる。糖類としては、例えば、ショ糖(砂糖、粉糖)、ぶどう糖、果糖、麦芽糖、転化糖、乳糖などの単糖および二糖が挙げられる。甘味料としてはスクラロース、サッカリンなどの高甘味度甘味料が挙げられる。乳原料とは、例えば、全粉乳、脱脂粉乳、チーズパウダーなどが挙げられる。また、乳化剤としては、レシチン、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルなどが挙げられる。さらに、これらに果物や野菜等を粉末化したもの、豆類(アーモンド、ヘーゼルナッツ、ゴマ等)、穀類(米、麦等)、ドライフルーツ(レーズン、オレンジ等)、焼成菓子(クッキー、ビスケット等)などの可食物を組み合わせることもできる。
【0036】
油性菓子の調製は常法に従って行うことができるが、例えば、上記原料を混合した後、ロールミルによるレファイニング(微細化)工程、コンチング工程、必要に応じてテンパリング工程、成型工程、耐熱性を付与するための保管工程を経て製造することができる。
【0037】
本発明においてはまた、上記のように製造したカカオマス、ココアおよびココアバターを原料として用いて常法に従って、インスタントココア、ココア飲料、コーヒー、コーヒー飲料、コーヒー入り清涼飲料、乳飲料、清涼飲料水などのココアを含む製品(本発明において「ココア配合製品」ということがある)を調製することができる。本発明のココア配合製品には、副原料として、糖類、甘味料、乳原料、油脂原料、食塩、乳化剤、安定剤、pH調整剤、香料、着色料等が含まれていてもよい。
【実施例
【0038】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0039】
例1:酵母の発酵条件の検討
乳原料由来の酵母菌Kluyveromyces marxianus JCM21874株をカカオエキス培地で培養し、発酵の進行に伴う発酵物のpHおよびBrix値(Bx)の推移を測定するとともに、官能評価を行った。
【0040】
(1)培養条件
凍結保存していた500μLのJCM21874株を50mLのYPD培地(培地組成:酵母エキス10g、ペプトン20g、グルコース20g、蒸留水1L)に接種し、30℃にて18時間振盪培養し酵母を賦活した。得られた培養液を前培養液とし、以下の本培養に用いた。
【0041】
本培養培地は以下のように調製した。カカオマスの熱水抽出物を固液分離し上清を濃縮して得られたカカオエキス(株式会社 明治)(以下、単に「カカオエキス」ということがある)を3種類の濃度、すなわち、カカオエキス濃度100%、50%、25%、となるように調製した。得られた3群をさらにグルコースの添加の有無により2つの群、すなわち、添加なしと、グルコース1質量%添加の2つの群に分け、合計で6群の本培養培地を調製した。各群をさらに4つに分け、合計で24の本培養培地を調製した(サンプル番号1~24)。
【0042】
500μLの前培養液を50mLの各本培養培地に接種し、30℃にて3日間静置培養した。発酵開始日を含め1日毎に本培養液(カカオエキス発酵物)を回収しpHおよびBxの測定並びに官能評価を行った。
【0043】
(2)pHおよびBxの測定および測定結果
発酵物のpHは卓上型pHメータF-71(堀場製作所社製)を用いて測定した。発酵物のBxはポケット糖度計PAL-J(アタゴ社製)を用いて測定した。
【0044】
カカオエキス発酵物のpHおよびBxの測定結果を表1に示す。
【表1】
【0045】
表1の結果から、グルコースを添加した群(サンプル番号13~24)では、発酵の進行に伴いpHおよびBxの変化が確認された。一方で、グルコースを添加しない群(サンプル番号1~12)では、pHおよびBxに大きな変化は確認されなかった。
【0046】
(3)官能評価
カカオエキス発酵物をカカオエキス濃度が25%となるように希釈した。すなわち、カカオエキス濃度100%の培地で培養した発酵物は1/4希釈、カカオエキス濃度50%の培地で培養した発酵物は1/2希釈した。カカオエキス濃度25%の培地で培養した発酵物は希釈しなかった。各発酵物に7質量%のショ糖を添加し溶解させて官能評価用のサンプルとした。官能評価は専門パネラー10名により香りの嗅ぎ取りおよび試食により実施した。
【0047】
1質量%のグルコース添加、カカオエキス濃度が25%の発酵物では、酵母発酵による風味変化が特に大きいことが確認された。すなわち、カカオエキス培地は酵母発酵による発酵物の風味を感度よく検出できる培地であることが確認された。
【0048】
例2:酵母菌株の発酵試験および官能評価
酵母菌株をカカオエキス培地で培養し、発酵物の官能評価を行った。
【0049】
(1)培養条件
凍結保存していた300μLの各酵母菌株を15mLのYM培地(培地組成:グルコース10g、ペプトン5g、酵母エキス3g、麦芽エキス3g、蒸留水1L、以下同じ)に接種し、28℃にて18時間振盪培養し酵母を賦活した。得られた培養液を前培養液とし、以下の本培養に用いた。発酵試験に供した酵母菌株は表2に記載の通りであった。
【0050】
【表2】
【0051】
本培養培地は例1と同様にして、カカオエキス濃度が25%でありグルコースを1質量%添加したカカオエキス培地を調製した。
【0052】
3mLの各前培養液を150mLの各本培養培地に接種し、28℃にて3日間静置培養した。対照として、本培養培地に酵母(前培養液)を接種しない試験区を設けた。本培養液(カカオエキス発酵物)を回収し官能評価を行った。
【0053】
(2)官能評価
カカオエキス発酵物に8質量%のショ糖を添加し溶解させて官能評価用のサンプルとした。官能評価は専門パネラー10名により香りの嗅ぎ取りおよび試食により実施し、各種風味のキーワードを一覧にした用紙を用いてコントロールとの風味の違いがあると感じた風味に丸をつけ自由にコメントを記載した。得られた官能評価結果は酵母株ごとに集計した(パネラー1名につき1点)。次いで、表3に示すように酵母の属ごとに官能評価結果を集計し、菌株数で割って平均値を算出した。
【0054】
(3)評価結果
カカオエキス発酵物の官能評価の結果を表3に示す。
【表3】
【0055】
表3の各種風味の数値から被験酵母をカカオエキス培地で培養することで発酵物の風味の違いを検出できることが確認された。また、パネラーのコメントから被験酵母の発酵物について以下のような風味が観察された。
Debaryomyces属:味噌、醤油のような香ばしい発酵感が付与されている。メロン、洋ナシのような果実感が付与されている。
Kluyveromyces属:ワイン、日本酒のような酒感が付与されている。フルーツのような風味が付与されている。
Saccharomyces属:酒粕、漬物のような発酵感が付与されている。
Zygosaccharomyces属:風味に寄与していない。
【0056】
以上の結果から、酵母菌株をカカオエキス培地で培養して官能評価することにより、目的とする香味特性の発酵物を生成する酵母を選別できることが示された。
【0057】
例3:カカオポッド内容物の発酵と官能評価
例2の発酵試験に供した酵母菌株のうち4菌株を用いてカカオ豆およびカカオパルプを発酵させて、発酵物の発酵評価および官能評価を行った。
【0058】
(1)酵母菌株
酵母は以下の4菌株を用いた。
Kluyveromyces lactis var. lactis NBRC1903株
Kluyveromyces marxianus JCM21878株
Saccharomyces cerevisiae NBRC0244株
Saccharomyces cerevisiae JCM1817株
【0059】
(2)前培養
凍結保存していた300μLの各酵母菌株を15mLのYM培地に接種し、28℃にて16時間振盪培養し酵母を賦活した。得られた培養液を前培養液とし、以下の本培養に用いた。
【0060】
(3)本培養
未発酵のエクアドル産カカオポッド表面に70%エタノールを噴霧し、拭き上げることにより殺菌した。殺菌済みのカッターの刃でカカオポッドを切り、1サンプル当たりカカオ豆8粒であり、かつ、カカオ豆とカカオパルプとの合計質量が20~25gとなるようにカカオポッドからカカオ豆とカカオパルプを無菌的に取り出した(本明細書中、カカオポッドから取り出したカカオ豆とカカオパルプを合わせて単に「カカオポッド内容物」ということがある)。これを18サンプル分準備した。
【0061】
上記操作が無菌的に行われていることを確認するため、取り出したカカオポッド内容物を滅菌希釈水に懸濁し、YPD平板培地に100μLの該懸濁液を塗布して、30℃にて3日間培養し初発の菌数検査を行ったところ菌は検出されず、無菌的操作であることが確認された。
【0062】
0.2mLまたは2mLの各前培養液をカカオポッド内容物サンプルに接種し、30℃にて1日間または3日間静置培養した。対照として、カカオポッド内容物サンプルに酵母(前培養液)を接種しない試験区を設けた。本培養物(カカオポッド内容物発酵物)を回収し発酵評価および官能評価を行った。
【0063】
(4)発酵評価および官能評価
カカオポッド内容物発酵物を発酵開始から1日目および3日目に回収して評価用のサンプルとした。官能評価は専門パネラー10名により香りの嗅ぎ取りにより実施した。発酵評価は目視により行った。
【0064】
カカオポッド内容物発酵物の官能評価の結果を表4に示す
【表4】
【0065】
発酵評価により、酵母菌株を接種していないサンプルでは変化が認められなかった一方で、酵母菌株を接種したサンプルでは白色の酵母のコロニーが認められることが確認された。酵母添加量0.2mLよりも2.0mLで、発酵日数1日目よりも3日目で、それぞれ顕著にコロニーが確認された。官能評価の結果から、例2で得られたカカオエキス発酵物と例3で得られたカカオポッド内容物発酵物では、フルーツ香に関して官能評価の結果が一致することが確認された。すなわち、発酵試験における官能評価の結果が、フルーツ香に関して実際のカカオ原料の発酵で得られた発酵物の官能評価と対応することが示された。なお、発酵に供した酵母菌株のうちKluyveromyces lactis var. lactis NBRC1903株に比較的強いフルーツ香が認められたため、例4のチョコレートの製造に用いた。
【0066】
例4:選別された酵母菌株を用いたチョコレートの製造
例2の発酵試験に供した酵母菌株のうち比較的強いフルーツ香が認められた1菌株を用いてカカオ豆およびカカオパルプを発酵させ、発酵物を原料としてチョコレートを製造し、官能評価を行った。
【0067】
(1)酵母菌株
酵母菌株は、Kluyveromyces lactis var. lactis NBRC1903株を用いた。
【0068】
(2)前培養
前培養は、例3と同様に行った。
【0069】
(3)本培養
本培養は、7mLの前培養液を約700gのカカオポッド内容物サンプルに接種後、30℃にて2日間静置培養した以外は、例3と同様に行った。対照として、カカオポッド内容物に酵母(前培養液)を接種しない試験区を設けた。本培養物(カカオポッド内容物発酵物)を回収し、チョコレートの製造に供した。
【0070】
(4)チョコレートの製造
チョコレートは常法に従って製造した。具体的には、ドライオーブンを用いてカカオポッド内容物発酵物を、50℃にて3日間加熱乾燥した。乾燥させたカカオポッド内容物発酵物をローストした後、カカオパルプとカカオ豆の種皮を除去し、カカオニブを得た。カカオニブをロールミルで磨砕してカカオマスを得た。カカオマス50.0質量部、砂糖37.5質量部、ココアバター12.0質量部、レシチン0.5質量部を混合し湯煎にて融解した後、成型し、冷却固化させてスイートチョコレートを得た。
【0071】
(5)官能評価
製造したチョコレートを評価用のサンプルとした。官能評価は専門パネラー10名により香りの嗅ぎ取りおよび試食により実施した。酵母菌株を用いて発酵させたカカオポッド内容物発酵物を原料として製造したチョコレートではフルーツ風味が認められ、これは例2で得られたカカオエキス発酵物の官能評価結果と一致した。
【0072】
例5:酵母菌株の選別
複数の酵母菌株をカカオエキス培地で培養し、発酵物の官能評価を行って良好な風味の発酵物を生成する酵母を選別した。
【0073】
(1)酵母菌株
酵母は表5に記載の菌株を用いた。
【0074】
(2)培養条件
培養は、発酵日数を2日間としたこと以外は、例2と同様の条件にて行った。
【0075】
(3)官能評価
カカオエキス発酵物に8質量%のショ糖を添加し溶解させて官能評価用のサンプルとした。官能評価は専門パネラー10名により香りの嗅ぎ取りおよび試食により実施した。結果は表5に記載の通りであった。
【0076】
【表5】
【0077】
表5に示された結果から、酵母菌株によりカカオエキス発酵物の風味が大きく異なること、また、分離源とは異なる香味特性の発酵物を生成する酵母菌株を判別できることが確認された。また、ブドウ、バナナ、ナシ、パイン、メロン、スイカ、リンゴなどのフルーツ香を有する発酵物を生成する酵母菌株を、漬物や薬のような一般的には好まれない香りを呈する酵母菌株と区別して判別できることが確認された。具体的には、フルーツ香を有する発酵物を生成する酵母菌株として、Kluyveromyces marxianus NBRC0272株、Saccharomyces cerevisiae NBRC0850株、Kluyveromyces marxianus NBRC1777株、Kluyveromyces lactis var. lactis NBRC1903株、Debaryomyces hansenii JCM2162株、Kluyveromyces marxianus JCM2297株、Kluyveromyces lactis JCM5219株、Debaryomyces hansenii JCM5912株、Kluyveromyces marxianus JCM21874株、Kluyveromyces marxianus JCM21878株、Kluyveromyces lactis JCM22014株を特定することができた。特に、Kluyveromyces lactis JCM5219株によるカカオエキス発酵物と、Debaryomyces hansenii JCM5912株によるカカオエキス発酵物では、フルーツ香を呈する他の酵母菌株と比較してフルーツ香が際立っていることが確認された。
【0078】
例6:選別された酵母菌株を用いたチョコレートの製造
例5の選別方法により強いフルーツ香が確認された2つの酵母菌株を用いてカカオ豆およびカカオパルプを発酵させ、発酵物を原料としてチョコレートを製造し官能評価を行った。
【0079】
(1)カカオポッド内容物発酵物の調製とチョコレートの製造
酵母菌株としてKluyveromyces lactis JCM5219株およびDebaryomyces hansenii JCM5912株を使用した以外は、例4と同様にしてカカオポッド内容物発酵物を調製し、カカオポッド内容物発酵物を原料としてチョコレートを製造した。
【0080】
(2)官能評価
官能評価は、例4と同様にして行った。酵母を接種しない群に比べて、各酵母菌株を接種したカカオポッド内容物発酵物を原料としたチョコレートではそれぞれ、カカオエキス発酵物(例5)で確認された風味と同様の風味を有することが確認された。