(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-19
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】磁気記録媒体用アルミニウム合金基板、磁気記録媒体用基板、磁気記録媒体およびハードディスクドライブ
(51)【国際特許分類】
G11B 5/73 20060101AFI20220203BHJP
G11B 5/84 20060101ALI20220203BHJP
C22C 21/02 20060101ALI20220203BHJP
C22C 1/04 20060101ALI20220203BHJP
B22F 3/20 20060101ALI20220203BHJP
C22F 1/043 20060101ALN20220203BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220203BHJP
【FI】
G11B5/73
G11B5/84 Z
C22C21/02
C22C1/04 C
B22F3/20 C
C22F1/043
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
(21)【出願番号】P 2018007501
(22)【出願日】2018-01-19
【審査請求日】2020-10-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(72)【発明者】
【氏名】橋本 武典
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 亘
【審査官】川中 龍太
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/188320(WO,A1)
【文献】特開2018-005969(JP,A)
【文献】特開平08-232036(JP,A)
【文献】特開2005-272868(JP,A)
【文献】特開昭60-194050(JP,A)
【文献】特開平11-195282(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G11B 5/62 - 5/858
C22C 21/02
C22C 1/04
B22F 3/20
C22F 1/043
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Siを18.0質量%以上22.0質量%以下の範囲内、Niを5.0質量%以上8.5質量%以下の範囲内、Cuを2.5質量%以上4.0質量%以下の範囲内、Mgを0.8質量%以上1.5質量%以下の範囲内で含み、残部Alの組成を有するAl合金からなる金属組織を有し、
前記金属組織内に、最長径0.5μm以上であって、平均粒子径が2μm以下の初晶Si粒子が分散され、
直径が53mm以上97mm以下の範囲内にあり、
E/ρ(E:ヤング率、ρ:密度)の値が36.0以上であることを特徴とする磁気記録媒体用アルミニウム合金基板。
【請求項2】
厚さが0.2mm以上0.9mm以下の範囲内にあることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板。
【請求項3】
前記Al合金に、さらに、Znを、0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲内で含むことを特徴とする請求項1または請求項2のいずれかに記載の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板。
【請求項4】
前記Al合金に、さらに、Mn、Ti、Cr、V、Zr、Mo、Coのうち1種または2種以上を0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲内で含むことを特徴とする請求項1または請求項2のいずれかに記載の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板。
【請求項5】
前記金属組織内に、Al-Ni系の金属間化合物が分散されたことを特徴とする請求項1~請求項
4のいずれか一項に記載の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板。
【請求項6】
前記金属組織が前記Al合金の粉末粒子成形体の押出組織であることを特徴とする請求項1~請求項
5のいずれか一項に記載の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板。
【請求項7】
アルミニウム合金基板と、前記アルミニウム合金基板の少なくとも一方の表面に形成されたNiP系めっき被膜とを有する磁気記録媒体用基板であって、
前記アルミニウム合金基板が、請求項1~請求項
6のうち、いずれか1項に記載の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板であることを特徴とする磁気記録媒体用基板。
【請求項8】
磁気記録媒体用基板と、前記磁気記録媒体用基板の表面に備えられている磁性層とを有する磁気記録媒体であって、
前記磁気記録媒体用基板が、請求項
7に記載の磁気記録媒体用基板であって、前記磁性層が、前記磁気記録媒体用基板の前記NiP系めっき被膜が形成されている側の表面に備えられていることを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項9】
磁気記録媒体を具備したハードディスクドライブであって、前記磁気記録媒体が請求項
8に記載の磁気記録媒体であることを特徴とするハードディスクドライブ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録媒体用アルミニウム合金基板とその製造方法、磁気記録媒体用基板、磁気記録媒体およびハードディスクドライブに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ハードディスクドライブに用いられる磁気記録媒体は、記録密度の著しい向上が図られつつある。特に、MR(magneto resistive)ヘッドやPRML(Partial Response Maximum Likelihood)技術が導入されて以来、磁気記録媒体の面記録密度の上昇は、更に激しさを増している。
【0003】
また、近年のインタ-ネット網の発展やビッグデータの活用の拡大から、データセンターにおけるデータの蓄積量も増大を続けている。そして、データセンターのスペース上の問題から、データセンターの単位体積当たりの記憶容量を高める必要性が生じている。すなわち、規格化されたハードディスクドライブの一台当たりの記憶容量を高めるため、磁気記録媒体の一枚当たりの記憶容量を高めることに加え、ドライブケースの内部に納める磁気記録媒体の枚数を増やすことが試みられている。
【0004】
磁気記録媒体用基板としては、主に、アルミニウム合金基板とガラス基板が用いられている。このうち、アルミニウム合金基板は、ガラス基板に比べて、靱性が高く、製造が容易であることから、外径が比較的大きい磁気記録媒体に用いられている。3.5インチのハードディスクドライブの磁気記録媒体に用いられるアルミニウム合金基板の厚さは、通常、1.27mmであるため、ドライブケースの内部には、最大で5枚の磁気記録媒体を納めることができる。
【0005】
ドライブケースの内部に納める磁気記録媒体の枚数を増やすため、磁気記録媒体に用いられる基板を薄くすることが試みられている。
しかしながら、基板を薄くした場合、アルミニウム合金基板は、ガラス基板に比べ、フラッタリングを生じやすい問題がある。
フラッタリングとは、磁気記録媒体を高速回転させた場合に生じる磁気記録媒体のばたつきであり、フラッタリングが大きくなると、ハードディスクドライブの磁気情報を安定して読み取ることが困難になる。
【0006】
例えば、ガラス基板においては、フラッタリングを抑制するために、磁気記録媒体用基板の材料として、比弾性(比ヤング率)の高い材料を使用することが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0007】
また、3.5インチのハードディスクドライブのドライブケースの内部にヘリウムガスを充填してフラッタリングを低減する技術が知られている。これにより、アルミニウム合金基板を薄くすることができ、ドライブケースの内部に6枚以上の磁気記録媒体を収納することが試みられている。
【0008】
磁気記録媒体用基板は、一般的には、以下の工程によって製造されている。
まず、アルミニウム合金鋳塊を圧延して、厚さ2mm以下程度のアルミニウム合金板材を得、このアルミニウム合金板材を円板状に打ち抜いて所望の寸法とする。
次に、打ち抜かれたアルミニウム合金板材の円盤に対し、内外径の面取り加工およびデータ面の旋削加工を施す。その後、アルミニウム合金板材の表面粗さやうねりを下げるために、砥石による研削加工を施し、アルミニウム合金基板とする。次いで、表面硬さの付与と表面欠陥の抑制を目的として、アルミニウム合金基板の表面にNiP系のめっきを施す。次に、NiP系のめっき被膜が形成されたアルミニウム合金基板の両面(データ面)に対し、研磨加工を施す。
【0009】
磁気記録媒体用基板は、大量生産品であり、高いコストパフォーマンスが求められるため、アルミニウム合金には、高い機械加工性と廉価性が求められる。
【0010】
特許文献2には、Mg:0.3~6質量%、Si:0.3~10質量%、Zn:0.05~1質量%およびSr:0.001~0.3質量%を含み、残部がAlおよび不純物からなるアルミニウム合金が開示されている。
特許文献3には、0.5質量%以上24.0質量%以下のSiと、0.01質量%以上3.00質量%以下のFeとを含有し、残部Alと不可避的不純物からなる磁気ディスク用アルミニウム合金基板が開示されている。
【0011】
特許文献4には、Zr0.1wt%以下を含有するAl-Mg系合金を板厚が4~10mmの薄板に連続鋳造を行い、この鋳造板を均熱処理を行わずに50%以上の強加工率で冷間圧延を行った後、300~400℃の温度において焼鈍を行い、表層部の平均結晶粒径が15μm以下の圧延板を製造する磁気ディスク用Al-Mg系合金圧延板の製造法が開示されている。ここで、Al-Mg系合金は、Mg2.0~6.0wt%、Ti、Bの1種または2種0.01~0.1wt%含有し、さらに、Cr0.03~0.3wt%、Mn0.03~0.3wt%の1種または2種を含有する。
【0012】
特許文献5には、ヤング率が高く機械加工性に優れた磁気記録媒体用基板を提供するため、Mgを0.2~6質量%の範囲内、Siを3~17質量%の範囲内、Znを0.05~2質量%の範囲内、Srを0.001~1質量%の範囲内で含み、アルミニウム合金基板の合金組織においてSi粒子の平均粒径を2μm以下とする技術が開示されている。
【0013】
特許文献6には、押出材用アルミニウム合金アトマイズ粉末として、Al-Fe系合金、Al-Si-Fe系合金などを用い、アトマイズ法により粉末粒子を製造する方法が開示されている。また、粉末粒子の内部にAl-Fe系あるいはAl-Si-Fe系などの金属間化合物の晶出物を生成させることにより、引張強度などの機械的特性に優れた押出材を得る技術について記載されている。
特許文献7には、Al-Si系合金粉末の予備成形体を470~500℃で加熱処理した後、熱間成形することで切欠強度に優れたAl-Si系合金粉末成形体を得る技術について開示されている。
特許文献8には、磁気ディスク基板用高剛性アルミニウム合金板として、アルミニウム合金マトリックス中にセラミック粒子または繊維を体積比で5~50%分散させた合金板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2015-26414号公報
【文献】特開2009-24265号公報
【文献】国際公開第2016/068293号
【文献】特開平6-145927号公報
【文献】特開2017-120680号公報
【文献】特開2017-155270号公報
【文献】特公平2-054408号公報
【文献】特開昭63-183146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
ハードディスクドライブ用の磁気記録媒体用基板は、フラッタリングが抑制されていること、即ちフラッタリングによる変位の幅:NRRO(None Repeatable Run-Out)が小さいことが望まれる。また、めっき性に優れていること、即ちNiP系めっき被膜が均一に形成されていることが望まれる。
これらの性能を向上させるために、特許文献2~5に記載の技術では、アルミニウム合金基板に種々の元素を添加することを検討している。
【0016】
しかしながら、本発明者らの検討によると、特許文献2~5に記載されているいずれのアルミニウム合金を用いたとしても、ドライブケースに6枚以上収容可能な薄型のディスクを用いると、フラッタリングを抑制しながら、めっき性を向上させることは難しいと考えられる。
【0017】
特許文献2~5に記載のアルミニウム合金は、いずれも鋳造により製造することを念頭とした合金であり、より硬度やヤング率の高いアルミニウム合金を製造可能な技術として、特許文献6~8などに記載の粉末冶金法によるアルミニウム合金成形体に着目できる。
しかし、粉末冶金法による成形体は、特許文献7や特許文献8に記載の如く一時は盛んに研究されていたものの、目的の形状に加工することが難しく、成形後の加工性にも難点があることから、現状では限られた用途の部品に適用されているに過ぎない。
例えば、磁気記録媒体用基板においては、NiP系のめっき被膜表面の平坦度を確保する必要がある。ところが、Al-Si系合金においてヤング率を高くするために多量のSiを含有させると硬質のSi晶出物が析出し、表面にSi晶出物に起因する凹凸が生じるので平坦なめっき被膜を形成することが困難な問題がある。
【0018】
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであり、ドライブケースに従来よりも多数枚収容することが可能な薄型形状であっても、フラッタリングを抑制しながらめっき性を向上させた磁気記録媒体用アルミニウム合金基板とその製造方法、および、磁気記録媒体用基板の提供を目的とする。本発明はまた、前記磁気記録媒体用基板を有する磁気記録媒体およびこれを具備したハードディスクドライブの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
前記の課題を解決するため、本発明者らは鋭意研究を行った結果、Siを18.0質量%以上22.0質量%以下の範囲内、Niを5.0質量%以上8.5質量%以下の範囲内、Cuを2.5質量%以上4.0質量%以下の範囲内、Mgを0.8質量%以上1.5質量%以下の範囲内で含み、残部Alの組成を有するAl合金からなる組織を有するアルミニウム合金基板は、直径が53mm以上97mm以下の範囲内にあり、厚さが0.2mm以上0.9mm以下の範囲内にあっても剛性(ヤング率)が高く、また、平坦でかつ細穴などの欠陥が生じない均一なNiP系めっき被膜を形成しやすいことを見出した。
そして、このアルミニウム合金基板に、NiP系めっき被膜を形成した磁気記録媒体用基板は、規格化されたハードディスクドライブのドライブケースに従来よりも多数枚収容することができる薄型であっても、NRROが小さく、かつめっき性に優れることを確認して、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、前記の課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0020】
(1)本発明の一態様に係る磁気記録媒体用アルミニウム合金基板は、Siを18.0質量%以上22.0質量%以下の範囲内、Niを5.0質量%以上8.5質量%以下の範囲内、Cuを2.5質量%以上4.0質量%以下の範囲内、Mgを0.8質量%以上1.5質量%以下の範囲内で含み、残部Alの組成を有するAl合金からなる金属組織を有し、前記金属組織内に、最長径0.5μm以上であって、平均粒子径が2μm以下の初晶Si粒子が分散され、
直径が53mm以上97mm以下の範囲内にあって、厚さが0.2mm以上0.9mm以下の範囲内にあることを特徴とする。
【0021】
(2)前記(1)に記載のAl合金に、さらに、Znを、0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲内で含んでいてもよい。
(3)前記(1)または(2)に記載のAl合金に、さらに、Mn、Ti、Cr、V、Zr、Mo、Coのうち1種または2種以上を0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲内で含んでいてもよい。
【0022】
(4)前記(1)~(3)のうちいずれか1つに記載の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板においては、E/ρ(E:ヤング率、ρ:密度)の値が36.0以上であることが好ましい。
(5)前記(1)~(4)のうちいずれか1つに記載の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板においては、前記金属組織内に、Al-Ni系の金属間化合物が分散されたことが好ましい。
(6)前記(1)~(5)のうちいずれか1つに記載の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板においては、前記金属組織が前記Al合金の粉末粒子成形体の押出組織であることが好ましい。
【0023】
(7)本発明の一態様に係る磁気記録媒体用基板は、アルミニウム合金基板と、前記アルミニウム合金基板の少なくとも一方の表面に形成されているNiP系めっき被膜とを有する磁気記録媒体用基板であって、前記アルミニウム合金基板が、前記(1)~(6)のうちいずれか1つに記載の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板であることを特徴とする。
(8)本発明の一態様に係る磁気記録媒体は、磁気記録媒体用基板と、前記磁気記録媒体用基板の表面に備えられている磁性層とを有する磁気記録媒体であって、前記磁気記録媒体用基板が、前記(6)に記載の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板であって、前記磁性層が、前記磁気記録媒体用アルミニウム合金基板の前記NiP系めっき被膜が形成されている側の表面に備えられていることを特徴とする。
(9)本発明の一態様に係るハードディスクドライブは、磁気記録媒体を具備したハードディスクドライブであって、前記磁気記録媒体が前記(7)に記載の磁気記録媒体であることを特徴とする。
【0024】
(10)本発明の一形態に係る磁気記録媒体用アルミニウム合金基板の製造方法は、Siを18.0質量%以上22.0質量%以下の範囲内、Niを5.0質量%以上8.5質量%以下の範囲内、Cuを2.5質量%以上4.0質量%以下の範囲内、Mgを0.8質量%以上1.5質量%以下の範囲内で含み、残部Alの組成を有するAl合金からなる粉末粒子の成形体を形成し、この成形体に押出加工を施して円柱体を形成し、この円柱体から切断加工により円板状の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板を得ることを特徴とする。
(11)本発明の一形態に係る磁気記録媒体用アルミニウム合金基板の製造方法は、前記Al合金に、さらに、Znを、0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲内で含むことを特徴とする。
(12)本発明の一形態に係る磁気記録媒体用アルミニウム合金基板の製造方法は、前記Al合金に、さらに、Mn、Ti、Cr、V、Zr、Mo、Coのうち1種または2種以上を0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲内で含むことを特徴とする。
(13)本発明の一形態に係る磁気記録媒体用アルミニウム合金基板の製造方法は、前記粉末粒子内に、最長径0.5μm以上であって、平均粒子径が2μm以下の初晶Si粒子を分散させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、規格化されたハードディスクドライブのドライブケースに従来よりも多数枚収容できる薄型形状であっても、フラッタリングを抑制しながらめっき性も向上させた磁気記録媒体用基板と、その磁気記録媒体用基板の基材として有利に用いることができる磁気記録媒体用アルミニウム合金基板を提供することが可能となる。また、本発明によれば、前記の磁気記録媒体用基板を有する磁気記録媒体およびこれを具備したハードディスクドライブを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本実施形態における磁気記録媒体用アルミニウム合金基板の一例を示す断面模式図である。
【
図2】同磁気記録媒体用アルミニウム合金基板の組織を拡大して示す模式図。
【
図3】本実施形態における磁気記録媒体用アルミニウム合金基板を製造する場合に用いる合金粉末を製造するアトマイズ装置の一例を示す、模式的な縦断面図である。
【
図7】本実施形態における磁気記録媒体用基板の製造において用いることができる研磨盤の一例を示す斜視図である。
【
図8】本実施形態における磁気記録媒体の一例を示す断面模式図である。
【
図9】本実施形態におけるハードディスクドライブの一例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態に係る磁気記録媒体用アルミニウム合金基板、磁気記録媒体用基板、磁気記録媒体、ハードディスクドライブについて、図面を適宜参照しながら詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。
【0028】
[磁気記録媒体用基板]
図1は、本実施形態に係る磁気記録媒体用基板の一例を示す断面図である。
図1に示すように、磁気記録媒体用基板1は、磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11と、アルミニウム合金基板11の少なくとも一方の表面に形成されているNiP系めっき被膜12とを有する円板状に形成されている。
本実施形態における磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11は、以下に説明するAl合金の粉末粒子から成形体を形成し、この成形体から押出加工により円柱体を形成し、この円柱体から輪切り状に切り出して得た円板を加工して得られる。
【0029】
図2に磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11の金属組織の一例を示し、
図4に磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11の基となる粉末粒子30の金属組織の一例を示す。
粉末粒子30は後述するアトマイズ法により形成された粉末からなり、この粉末粒子30を複数集合して加圧成形することにより円柱状の成形体を形成し、この成形体を押出加工することで
図2に示す金属組織を有する円柱体を得ることができる。
【0030】
図4に示す粉末粒子30はAlを主体としてAlにSi、Ni、Cu、Mgなどの元素を一部固溶させたAl合金マトリックス3と、該Al合金マトリックス3中に分散析出された金属間化合物2と不定形の初晶Si粒子4を有する金属組織を有する。また、この粉末粒子30からなる成形体を押出加工して得られるアルミニウム合金基板11の金属組織は、
図2に示すように、Alを主体としてAlにSi、Ni、Cu、Mgなどの元素を固溶させたAl合金マトリックス3と、該Al合金マトリックス3中に分散析出された金属間化合物2と初晶Si粒子4を有する金属組織を有する。
【0031】
磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11の基となる粉末粒子を構成するAl合金は、Siを18.0質量%以上22.0質量%以下の範囲内、Niを5.0質量%以上8.5質量%以下の範囲内、Cuを2.5質量%以上4.0質量%以下の範囲内、Mgを0.8質量%以上1.5質量%以下の範囲内で含み、残部Alと不可避不純物の組成を有するAl合金からなる。
また、前記Al合金に、さらに、Znを、0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲内で含んでいてもよい。また、前記Al合金に、さらに、Mn、Ti、Cr、V、Zr、Mo、Coのうち1種または2種以上を0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲内で含んでいてもよい。
不可避不純物は、原料及び製造工程から不回避的に混入する不純物である。本実施形態において、例えば、不可避不純物として、Fe含有量:0.01質量%、B含有量:0.01質量%未満、P含有量:0.01質量%未満であることが好ましい。
以下、本実施形態で用いるAl合金の各成分について説明する。
【0032】
(Si:18.0質量%以上22.0質量%以下)
Siは、アルミニウム合金基板11の剛性(ヤング率)を向上させる作用がある。Siは、Alへの固溶量が少ないため、主にSi単体の初晶Si粒子としてAl合金組織中に分散析出する。Al合金組織中に初晶Si粒子が分散することによって、アルミニウム合金基板11の剛性(ヤング率)が向上する。このため、本実施形態で用いるAl合金は、18.0質量%以上22.0質量%以下のSiを含んでいる必要がある。
【0033】
Si含有量が18.0質量%未満であると、ヤング率が不足するおそれがあるが、Si含有量が22.0質量%を超える量であると、Al合金組織中に分散するSi粒子の粒子径が大きくなり過ぎるおそれがある。Si粒子はNiP系めっき被膜を形成しにくいため、粒子径が過度に大きいSi粒子が分散しているアルミニウム合金基板は、均一なNiP系めっき被膜を形成しにくくなるおそれがある。加えて、過度に大きいSi粒子が分散しているアルミニウム合金基板は、その表面からSi粒子が脱落すると凹部が形成され、この凹部をNiP系めっき被膜で平坦化することができず、NiP系めっき被膜表面の平坦度が不足するおそれがある。
また、過度に大きいSi粒子が分散していると押出加工が困難となるおそれがある。
このため、本実施形態において、Si含有量は18.0質量%以上22.0質量%以下の範囲内とする。Siの含有量は、19.0質量%以上21.5質量%以下の範囲内にあることがより好ましい。
【0034】
(Ni:5.0質量%以上8.5質量%以下)
Niは、Siとともに添加することによりAl-Ni系金属間化合物を析出させる。この金属間化合物の析出により粉末押出材製造時(押出成形時)における押出成形性を向上させるとともに、粉末押出材の引張強度と伸びを向上させ、さらに耐摩耗性向上や強度向上に寄与する。Niの含有量が5.0質量%未満では、金属間化合物の析出量が減少し、上述の効果が得られない。Niの含有量が8.5質量%を超える量では析出する金属間化合物量が多すぎて押出加工が困難となり易く、得られた押出材としての密度が大きくなりすぎる問題がある。
このため、本実施形態において、Ni含有量は5.0質量%以上8.5質量%以下の範囲内とする。Niの含有量は、6.5質量%以上8.0質量%以下の範囲内にあることがより好ましい。
【0035】
(Cu:2.5質量%以上4.0質量%以下)
Cuは、Al合金マトリックスに固溶することにより、アルミニウム合金基板11の剛性を向上させる効果を有する。また、Cuは、Al合金マトリックス中にAl2Cu相を形成することによって、アルミニウム合金基板11の剛性をさらに向上させる効果を有する。
【0036】
Cuの含有量が2.5質量%未満であると、時効効果による高温での材質強化の効果がなくなり、熱間押出などの加工が困難となる。また、Cuの含有量が少ない場合はCu-Siの析出量が減少するので、実質的にAl合金マトリックスのSiが増加し、初晶Si粒子の径が大きくなり、めっき性の低下につながるおそれがある。また、初晶Si粒子の析出量が増加すると押出加工が困難となり易い問題がある。
一方、Cuの含有量が4.0質量%を超える量になると、延性、靭性が低下するため押出困難となるおそれがあり、アルミニウム合金基板11の密度が高くなりすぎるおそれがある。密度が高いアルミニウム合金基板を用いた磁気記録媒体用基板は、NRROが大きくなる傾向があるので、フラッタリング抑制の面ではアルミニウム合金基板11の密度を低くする方が好ましい。
このため、本実施形態では、Cuの含有量は2.5質量%以上4.0質量%以下の範囲内とされている。Cuの含有量は、3.0質量%以上3.8質量%以下の範囲内にあることがより好ましい。
【0037】
(Mg:0.8質量%以上1.5質量%以下)
Mgは、Al合金マトリックスに固溶することにより、アルミニウム合金基板11の機械的強度を向上させると共に、アルミニウム合金基板11の密度を低く抑える効果を有する。
Mgの含有量が0.8質量%未満であると、時効硬化による高温での材質強化の効果がなくなり、熱間押出などの加工が困難となる。また、Mgの含有量が少ない場合はMg-Siの析出量が減少するので、実質的にAl合金マトリックスのSiが増加し、初晶Si粒子の径が大きくなり、めっき性の低下につながるおそれがある。一方、Mgの含有量が1.5質量%を超える量になると、初晶Si粒子の析出量が増加し、Al合金マトリックスの延性、靭性も低下するので押出加工が困難になるおそれがある。
このため、本実施形態では、Mgの含有量は0.8質量%以上1.5質量%以下の範囲内とする。Mgの含有量は、1.0質量%以上1.4質量%以下の範囲内にあることがより好ましい。
【0038】
(Zn:0.01質量%以上0.5質量%以下)
Znは、Al合金マトリックスに固溶すると共に、他の添加物と結合し、析出物として、Al合金マトリックスに分散する。Zn含有量が0.01質量%未満の場合、めっき性向上効果がなくなる。Zn含有量が0.5質量%を超えると効果が飽和し、密度が大きくなりすぎるため、0.5質量%以下とすることが好ましい。このため、Znを添加する場合の含有量は0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲が好ましい。Znの含有量は、0.05質量%以上0.45質量%以下の範囲内にあることがより好ましい。
【0039】
(Mn、Ti、Cr、V、Zr、Mo、Coのうち1種または2種以上:0.01質量%以上0.5質量%以下)
Mn、Ti、Cr、V、Zr、Mo、Coについては、これらの元素のうち、1種または2種以上を0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲で含有していても良い。これらの元素が0.01質量%未満であると、高温強度向上の効果がなく、押出での加工性改善効果がなくなる。これら元素の含有量が0.5質量%を超える場合、上述の効果が飽和し、密度が大きくなりすぎる。このため、これらの元素を添加する場合の含有量は0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲が好ましい。これら元素の含有量は、0.05質量%以上0.3質量%以下の範囲内にあることがより好ましい。
【0040】
(ヤング率Eと密度ρとの比E/ρ:36.0以上)
磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11のフラッタリングを抑制し、フラッタリングによる変位の幅(NRRO)の増大を抑えるために、磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11の剛性を高くすることは有効な方法の一つである。一方、通常の使用時において、5000rpm以上と極めて速い回転速度で回転させる磁気記録媒体においては、磁気記録媒体用基板の密度によってもNRROが変動することが知られている。
そして、材料の剛性を指標する一つの物性値であるヤング率に着目し、磁気記録媒体用基板のヤング率E(単位:GPa)と密度ρ(単位:g/cm3)とNRROとの関係を検討した結果、ヤング率Eと密度ρとの比E/ρが36.0以上となると、NRROの増大が抑えられること、即ちフラッタリングを抑制できることを見出した。
このため、本実施形態のアルミニウム合金基板11において、ヤング率Eと密度ρとの比E/ρが36.0以上であることが好ましい。比E/ρは、36.8以上であることがより好ましい。
【0041】
本実施形態の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11において、ヤング率Eが99GPa以上105GPa以下の範囲内にあって、密度ρが2.72g/cm3以上2.83g/cm3以下の範囲内にある上で、比E/ρを36.0以上としていることがより好ましい。
【0042】
図2に模式的に示しているように、本実施形態のアルミニウム合金基板11の金属組織においては、Al-Ni系の金属間化合物2と初晶Si粒子4が分散されている。
本実施形態の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11の金属組織において、初晶Si粒子の平均粒子を2μm以下としていることが好ましい。また、この初晶Si粒子はアルミニウム合金基板11の基となるAl合金の粉末粒子に生成されているもので、粉末粒子から成形体を構成し、成形体から押出材に加工してもほぼ同じ粒径のまま含まれている粒子である。
粒子径が2μmを超える初晶Si粒子を析出させていると、表面研削および研磨の際に初晶Si粒子が脱粒して凹部が形成され、その上にNiP系めっき被膜12を形成してもアルミニウム合金基板の表面を平坦化することができない。このため、凹部を表面に有するめっき被膜になるため、後に形成する磁性層の形成に影響があり、望ましくない。また、初晶Si粒子の上にはめっきが生成し難いので、粒子径が2μmを超える初晶Si粒子の上に形成しためっき被膜に細孔などの欠陥部が形成されるおそれもある。
初晶Si粒子の定義とその測定方法については後に詳述する。
【0043】
<Al-Ni系金属間化合物>
図4に示すように粉末粒子30には、初晶Si粒子4に加え、Al-Ni系の金属間化合物2が、分散した状態で晶出されている。そしてこれらの金属間化合物2は、粉末粒子30の内部に存在するばかりでなく、粉末粒子30の表面に分散して露呈している。しかも粉末粒子30の表面付近に存在する金属間化合物2は、その少なくとも一部が粒子表面から突出し、これによって、粒子表面には微小な凹凸が付与されている。なお、金属間化合物の形状は特に限定されないが、Al-Ni系金属間化合物は、主として薄い板状もしくは針状に晶出することが確認されている。
【0044】
図4に示す粉末粒子30を複数集合して成形体を構成し、この成形体を押出加工すると硬質の初晶Si粒子4は殆ど変化しないが、板状あるいは薄片状などのAl-Ni系の金属間化合物2は細かく破砕され、Al合金マトリックス3中に分散される。破砕物として多数の金属間化合物2AがAl合金マトリックス3中に分散された状態を
図2に模式的に示す。
【0045】
(NiP系めっき被膜)
NiP系めっき被膜12は、磁気記録媒体用基板1の剛性(ヤング率)を向上させる効果を有する。
NiP系めっき被膜12は、NiとP以外の元素を含有していてもよい。NiP系めっき被膜12は、NiとPとを含むNiP合金、もしくはNiとWとPとを含むNiWP合金で形成されていることが好ましい。NiP合金は、Pを10質量%以上15質量%以下の範囲内で含み、残部がNi及び不可避不純物であることが好ましい。NiWP合金は、Wを15質量%以上22質量%以下の範囲内で、Pを3質量%以上10質量%以下の範囲内で含み、残部がNi及び不可避不純物であることが好ましい。NiP系めっき被膜12を、前記の組成を有するNiP合金もしくはNiWP合金で形成することによって、磁気記録媒体用基板1の剛性を確実に向上させることができる。
【0046】
NiP系めっき被膜12の厚さは、7μm以上であることが好ましく、9μm以上であることが特に好ましい。NiP系めっき被膜12の厚さをこの範囲の厚さとすることによって、磁気記録媒体用基板1の剛性を確実に向上させることができ、アルミニウム合金基板11の表面の凹凸を吸収し平滑な表面のNiP系めっき被膜12にできる。
また、NiP系めっき被膜12の厚さは、20μm以下であることが好ましく、17μm以下であることが特に好ましい。NiP系めっき被膜12の厚さをこの範囲の厚さとすることによって、磁気記録媒体用基板1の平坦性と軽量性を両立できる。
【0047】
さらに、本実施形態の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11は、中心に丸孔を有するドーナツ型円板状とされている。アルミニウム合金基板のサイズは、直径が53mm以上97mm以下の範囲内にあり、厚さが0.2mm以上0.9mm以下の範囲内とされている。
【0048】
(初晶Si粒子の粒子径)
前述のとおり、粒子径が過度に大きい初晶Si粒子4が金属組織中に分散しているアルミニウム合金基板を用いた磁気記録媒体用基板はめっき性が低下するおそれがある。
本発明者らの検討によると、初晶Si粒子4の平均粒子径が2μmを超えるアルミニウム合金基板を用いた磁気記録媒体用基板は、めっき性が大きく低下する傾向があることが判明した。
このため、本実施形態では、初晶Si粒子4の平均粒子径を2μm以下とすることが好ましい。
【0049】
なお、初晶Si粒子4の平均粒子径は、アルミニウム合金基板11の断面画像から画像解析法によって求めた値である。より具体的には、初晶Si粒子4の平均粒子径は、FE-SEMなどの電子顕微鏡を用いてアルミニウム合金基板の断面画像を撮影する。
次いで、得られた断面画像から画像解析法によって、最長径が0.5μm以上の初晶Si粒子を抽出し、その抽出された初晶Si粒子の最長径を測定し、測定した最長径の平均値を算出することによって求めた値が初晶Si粒子の平均粒子径である。
【0050】
(基板サイズ:直径、厚さ)
本実施形態のアルミニウム合金基板11は、主として、ハードディスクドライブの磁気記録媒体用として使用される。磁気記録媒体は、規格化されたハードディスクドライブ、すなわち、2.5インチのハードディスクドライブ、3.5インチのハードディスクドライブ等に収納することができる必要がある。例えば、2.5インチのハードディスクドライブでは、最大直径で約67mmの磁気記録媒体が用いられ、3.5インチのハードディスクドライブでは、最大直径で約97mmの磁気記録媒体が用いられる。
このため、本実施形態では、アルミニウム合金基板の直径を53mm以上97mm以下の範囲内としている。
【0051】
また、ハードディスクドライブでは、記録容量を増加させるために、ケース内に収納する磁気記録媒体の枚数を増やすることが有効である。例えば、通常の3.5インチのハードディスクドライブでは、厚さ1.27mmの磁気記録媒体が最大で5枚収納されているが、磁気記録媒体を6枚以上収納することができれば、記録容量を増加させることが可能となる。
このため、本実施形態では、アルミニウム合金基板11の厚さは0.2mm以上0.9mm以下の範囲内としている。この範囲の厚さのアルミニウム合金基板11であるならば、ハードディスクドライブのケース内に従来より多くの枚数の磁気記録媒体を収容することが可能となる。
【0052】
[磁気記録媒体用アルミニウム合金基板の製造方法]
本実施形態の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板は、例えば、上述の元素を含有するアルミニウム合金の粉末粒子を製造する工程(粉末粒子製造工程)と、この粉末粒子を金型等により圧縮し、円柱体に成形する工程(円柱体成形工程)を有する。さらに、この円柱体を押出装置に収容し、円柱状に押出成形する工程(押出工程)と、押出により得られた円柱体を切断により輪切りすることで円板を得る工程(切断工程)と、円板に孔開け加工する工程(孔開け工程)により製造することができる。なお、必要に応じて孔開け部分の内周縁や円板外周縁の面取りと仕上げ研磨などを行う仕上げ工程を施す。
【0053】
(粉末粒子製造工程)
粉末粒子を製造する場合、例えば、上向きノズルを用いたガスアトマイズ法によってアルミニウム合金のアトマイズ粉末を製造するためのアトマイズ装置を用いることができる。このアトマイズ装置の具体的な一例を
図3に模式的に示す。
図3に示すアトマイズ装置において、軸線方向に沿って溶湯流通路10を形成した中空管状のノズル基体13が、軸線方向が垂直となるように設置されており、その下端部は、溶湯保持室7内のアルミニウム合金溶湯5中に浸漬されている。ノズル基体13の上端面13Aは水平面とされ、その中央には溶湯流通路10の上端の溶湯吐出口13Bが開口されている。ノズル基体13の上部の外周側には、それを取り囲むように全体として環状をなすガス噴出用基体9が配置されている。このガス噴出用基体9は、その内側に環状の中空室9Aが形成されており、その中空室9Aに外部からガス流入口9Bを経てアトマイズ用のガス(例えば、空気)が導入される。
【0054】
中空室9Aの内側上部には、アトマイズガス噴出口9Cが形成されており、このアトマイズガス噴出口9Cから、ノズル基体13の上部外周面に向けて斜め上方に、傾斜状にアトマイズガスを噴き出す。
なお、
図3では示していないが、アトマイズガス噴出口9Cから噴出されるアトマイズガスは、ノズル基体13の中心軸線を基準として所定方向に旋回するように、噴出口9Cの向き、もしくは中空室9Aから噴出口9Cの開口端に至るガス流路の方向(旋回方向)が設定されている。
【0055】
さらにノズル基体13の上方に所定距離、離れた位置には、ノズル基体13よりも大径の吸気用筒体14が垂直に配設されており、この吸気用筒体14の上部は、吸気用のポンプ(減圧ポンプ)15を経て、粉末捕集容器16に接続されている。
【0056】
以上の構成のアトマイズ装置を用いてアルミニウム合金粉末粒子をガスアトマイズ法により製造する動作は以下の通りである。
ノズル基体13における上端面13Aの上方空間17は、アトマイズガス噴出口9Cからの噴出ガス流及び吸気用筒体14の側からの吸引によって負圧となり、この負圧によって、溶湯保持室7内のアルミニウム合金溶湯5がノズル基体13の溶湯流通路10に吸い上げられる。そしてアルミニウム合金溶湯は、ノズル基体13の上端面13Aの溶湯吐出口13Bから吐出されて、上端面13Aの周縁側に流れ、その周縁部において、アトマイズガス噴出口9Cからのアトマイズガスによって微細に液滴化(霧化)される。
そしてその微小液滴は、旋回しながら上昇する。さらにその過程で微小液滴の凝固が進行し、固体の粉末粒子となり、その粉末粒子からなる粉末(アトマイズ粉末)20が上昇し、吸気用筒体14及び減圧ポンプ15を経て、粉末捕集容器16に収容される。
【0057】
本実施形態では、アトマイズガス噴出口9Cからのアトマイズガスとして空気、すなわち酸化性ガスを用いている。したがって、アルミニウム合金溶湯の微小液滴化は酸化性雰囲気で行われ、また減圧ポンプ15は、ノズル基体13の上端と吸気用筒体14の下端との間において、周囲から大気(空気)を吸引しているから、微小液滴の凝固も、酸化性雰囲気中で進行することになる。
【0058】
このようにして得られた本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末30は、例えば
図4~
図6に示しているように、粉末を構成する粒子(粉末粒子)30の外形の全体形状が非球状となっている。また微視的には、粉末粒子30の表面に、粒子状や塊状などの複数の不定形の初晶Si粒子4と金属間化合物2が露呈した組織となっている。
【0059】
<粉末粒子の全体形状>
本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末は、前述のように粒子の全体の外形が非球状となっている。すなわち、球体のような等方的な形状ではなく、最大長さを示す長径と、その長径よりも短い短径とを有する異形の粒子(形状異方性を有する粒子)であり、さらに外面が実質的に曲面をなすことから、擬球状ともいうことができる形状である。
なお、微視的に見れば、粒子表面は初晶Si粒子によって微小な凹凸が付与されていることから、全体形状の外面については、その微小な凹凸は無視して、前記のように「実質的に曲面をなす」と表現している。
【0060】
このような非球状の粉末粒子の典型的な例を、
図4~
図6に示している。
図4には、長径に沿った断面形状が長円形あるいは楕円形の粉末粒子30を示し、
図5にはティアドロップ形状の粉末粒子30を示し、
図6には瓢箪状の粉末粒子30を示している。もちろんここで示しているのは、典型的な形状例に過ぎず、実際には、より複雑な非球状となることが多い。
【0061】
ここで、非球状の粉末粒子における最大長さ方向の径を長径とし、その長径方向に対して直交する方向における最大径を短径とすれば、短径に対する長径の比、すなわちいわゆるアスペクト比は、平均で1.3以上、好ましくは1.6以上である。
【0062】
前記のように本実施形態においてアトマイズ粉末が非球状となる理由は、必ずしも明確ではないが、次のように考えられる。
従来の一般的なガスアトマイズ法に従って、非酸化性ガス(窒素ガスあるいは不活性ガス)を用いてアトマイズした場合は、アトマイズ粉末は真球体もしくはそれに近い球体となることが確認されている。すなわちアトマイズ時には、ノズルからのアルミニウム合金溶湯は、アトマイズガスによって微小液滴に分断され、さらにその微小液滴はアトマイズガスの旋回流によって上方に旋回しながら凝固する。
【0063】
このような凝固過程では、微小液滴がランダムに回転しながら凝固するが、その際、アトマイズガスが非酸化性であれば、酸化性ガスを用いた場合よりも遅れて粒子表面の酸化が進行する。そのため、粒子表面に酸化膜が形成される以前の段階での、ランダムな回転と自由凝固時の表面張力とが相俟って、真球体もしくはそれに近い球体状に凝固するものと解される。
【0064】
これに対して、アトマイズガスとして酸化性ガスを用いた場合は、ノズルからのアルミニウム合金溶湯がアトマイズガスによって微小液滴に分断されると同時的に液滴表面の酸化が開始され、微小液滴の回転に伴って液滴表面の酸化物が移動し、その酸化物によって自由凝固が阻害されて、非球状に凝固するものと解される。
なお、本実施形態で適用するアトマイズ粉末は、
図4~
図6に示す例のような非球状に限るものではなく、一般的なアトマイズ装置で製造される球状や疑似球状のアトマイズ粉末であっても良いのは勿論である。
【0065】
以上説明の如く得られたアトマイズ粉末を、250~300℃の温度範囲、例えば、270℃において圧縮成形し、直径200mmの円柱状の圧粉成形体を得る(円柱体成形工程)。圧粉成形体の大きさは特に制限するものではなく、用いる押出装置のコンテナに収容可能な大きさとする。
次に、この円柱状の圧粉成形体を押出装置に収容し、300~450℃、例えば350℃で熱間押出加工を施し、直径53mm~97mm程度であって、任意の長さの円柱状の押出材を得る(押出工程)。この押出材の直径は製造目的とする磁気記録媒体用アルミニウム合金基板の外径と同等の外径であればよい。このため、直径53mm以上97mm以下の範囲を採用する。
【0066】
なお、前述のアトマイズ粉末を用いて成形体を形成した状態においてはアトマイズ粉末粒子が密接に結合され、アトマイズ粒子の粒界が存在する金属組織を有する。しかし、押出材となった段階でアトマイズ粒子の粒界はほぼ消失し、粒界を有しないAl合金マトリックスの内部に複数の初晶Si粒子4と複数の金属間化合物2が分散された組織となる。
【0067】
次いで、円柱状の押出材からワイヤーソーなどを用いた切断加工法により輪切り状に切り出し、厚さ0.2~0.9mm程度の円板を作成する(切断工程)。
次いで、円板の中心部分に放電加工などの孔開け加工法により丸孔を形成し、磁気記録媒体用アルミニウム合金円板を得ることができる(孔開け工程)。
このアルミニウム合金円板を350~400℃、例えば、380℃で1時間焼鈍することが好ましい。
その後、アルミニウム合金円板の表面と端面をダイヤモンドバイトなどの工具により切削加工し、目的の直径と厚さを有するアルミニウム合金基板11を得ることができる。また、必要に応じて基板に仕上げ研磨などの仕上げ工程を施すことができる。
【0068】
[磁気記録媒体用基板の製造方法]
本実施形態の磁気記録媒体用基板1は、例えば、アルミニウム合金基板11にめっき法によってNiP系めっき被膜12を形成するめっき工程と、NiP系めっき被膜付アルミニウム合金基板の表面に対して研磨加工を施す研磨加工工程とを含む方法によって製造することができる。
【0069】
(めっき工程)
めっき工程において、アルミニウム合金基板11にNiP系めっき被膜12を形成する方法としては、無電解めっき法を用いることが好ましい。NiP合金からなるめっき被膜は、従来から使用されている方法を用いて形成することができる。NiWP合金からなるめっき被膜は、NiP合金用のめっき液に、タングステン塩を添加しためっき液を用いることができる。タングステン塩としては、例えば、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸カリウム、タングステン酸アンモニウム等を用いることができる。
【0070】
NiP系めっき被膜の厚さは、めっき液への浸漬時間、めっき液の温度によって調整することが可能である。めっき条件は、特に限定されるものではないが、めっき液のpHを5.0~8.6とし、めっき液の温度を70~100℃、好ましくは85~95℃とし、めっき液への浸漬時間を90~150分間とするのが好ましい。
【0071】
得られたNiP系めっき被膜付アルミニウム合金基板は、加熱処理を施すことが好ましい。これにより、NiP系めっき被膜の硬度をより高め、磁気記録媒体用基板のヤング率をさらに高めることができる。加熱処理の温度は、300℃以上とすることが好ましい。
【0072】
(研磨加工工程)
研磨加工工程では、めっき工程で得られたNiP系めっき被膜付アルミニウム合金基板の表面を研磨する。研磨加工工程は、平滑で、傷が少ないといった表面品質の向上と生産性の向上との両立の観点から、複数の独立した研磨盤を用いた2段階以上の研磨工程を有する多段階研磨方式を採用するのが好ましい。例えば、第1の研磨盤を用いて、アルミナ砥粒を含む研磨液を供給しながら研磨する粗研磨工程と、研磨されたアルミニウム合金基板を洗浄した後に、第2の研磨盤を用いて、コロイダルシリカ砥粒を含む研磨液を供給しながら研磨する仕上げ研磨工程を行う。
【0073】
図7は、研磨加工工程で用いることができる研磨盤の一例を示す斜視図である。
図7に示すように、第1及び第2の研磨盤20は、上下一対の定盤21、22を備え、互いに逆向きに回転する定盤21、22の間で複数枚の基板Wを挟み込みながら、これら基板Wの両面を定盤21、22に設けられた研磨パッド23により研磨する。
この研磨加工により
図1に示す構成の磁気記録媒体用基板1を得ることができる。
【0074】
[磁気記録媒体]
図8は、本実施形態における磁気記録媒体の一例を示す断面模式図である。
図8に示すように、磁気記録媒体31は、上述の磁気記録媒体用基板1と、NiP系めっき被膜12の表面に備えられている磁性層32とを含む。磁性層32の表面には、さらに、保護層33と潤滑剤層34とがこの順序で積層されている。
【0075】
磁性層32は、磁化容易軸が基板面に対して垂直方向を向いた磁性膜からなる。磁性層32は、CoとPtを含むものであり、更にSNR特性を改善するために、酸化物や、Cr、B、Cu、Ta、Zrなどを含むものであってもよい。磁性層32に含有される酸化物としては、SiO2、SiO、Cr2O3、CoO、Ta2O3、TiO2などが挙げられる。磁性層32は、1層からなるものであってもよいし、組成の異なる材料からなる複数層からなるものであってもよい。
磁性層32の厚みは、例えば5~25nmとすることが好ましい。
【0076】
保護層33は、磁性層32を保護するものである。保護層33の材料としては、例えば窒化炭素を用いることができる。保護層33は、一層からなるものであってもよいし、複数層からなるものであってもよい。
保護層33の膜厚は、例えば1nm~10nmの範囲内であることが好ましい。
【0077】
潤滑剤層34は、磁気記録媒体31の汚染を防止すると共に、磁気記録媒体31上を摺動する磁気記録再生装置の磁気ヘッドの摩擦力を低減させて、磁気記録媒体31の耐久性を向上させるものである。潤滑剤層34の材料としては、例えば、パーフルオロポリエーテル系潤滑剤や脂肪族炭化水素系潤滑剤を用いることができる。
潤滑剤層34の膜厚は、例えば0.5nm~2nmの範囲内であることが好ましい。
【0078】
本実施形態における磁気記録媒体31の層構成には、特に制限はなく、公知の積層構造を適用することができる。例えば、磁気記録媒体31は、磁気記録媒体用基板1と磁性層32との間に、密着層(不図示)と軟磁性下地層(不図示)とシード層(不図示)と配向制御層(不図示)とがこの順序で積層されていてもよい。
【0079】
[ハードディスクドライブ]
図9は、本実施形態におけるハードディスクドライブの一例を示す斜視図である。
図9に示すように、ハードディスクドライブ40は、上述の磁気記録媒体31と、磁気記録媒体31を記録方向に駆動する媒体駆動部41と、記録部と再生部からなる磁気ヘッド42と、磁気ヘッド42を磁気記録媒体31に対して相対移動させるヘッド移動部43と、磁気ヘッド42からの記録再生信号の処理を行う記録再生信号処理部44とを具備する。
【0080】
磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11は、フラッタリングが低減されているため、薄くすることが可能である。このため、規格化されたハードディスクドライブケースの内部に納められる磁気記録媒体31の枚数を増やすことにより、高記録容量のハードディスクドライブ40を提供することを可能とする。
また、磁気記録媒体用基板1は、機械加工性が高く、廉価で製造することが可能であれば、高記録容量のハードディスクドライブのビット単価を下げることができる。
【0081】
また、前記構造の磁気記録媒体31であるならば、大気中でのフラッタリングを低減できるため、ハードディスクドライブケースの内部にヘリウム等の低分子量のガスを封入する必要がなくなり、高記録容量のハードディスクドライブ40の製造コストを低減できる。
また、ハードディスクドライブ40は、特に、高記録容量の3.5インチのハードディスクドライブとして用いることが好ましい。
【0082】
以上のような構成とされた本実施形態の磁気記録媒体31は、直径が53mm以上97mm以下の範囲内にあり、厚さが0.2mm以上0.9mm以下の範囲内にあっても剛性(ヤング率)が高く、かつ平坦でかつ細穴が少ない均一なNiP系めっき被膜を形成しやすくなる。
【0083】
本実施形態の磁気記録媒体31は、上述の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11とNiP系めっき被膜12とを有するので、規格化されたハードディスクドライブのドライブケースに従来よりも多数枚収容することができる薄型形状であっても、フラッタリングによる変位の幅が小さく、かつめっき性に優れる。これは、アルミニウム合金基板11の剛性が高く、薄型であっても充分に高い強度を有することと、めっき被膜12の表面に凹部などがなく、めっき被膜12に細孔なども有していない上に表面が平坦であるためである。
【0084】
また、本実施形態の磁気記録媒体31は、上述の磁気記録媒体用アルミニウム合金基板11の表面に磁性層32を備えるので、規格化されたハードディスクドライブのドライブケースに、従来よりも多数枚収容することができる薄型形状とすることができる。
そして、本実施形態のハードディスクドライブは、上述の磁気記録媒体31を具備するので、従来よりも多数枚の磁気記録媒体31をドライブケースに収納することができ、これにより、ハードディスクドライブの記録容量が増加する。
【実施例】
【0085】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
[アルミニウム合金基板の製造]
原料としてAlメタル、Si塊、Al-Mg合金、Cuメタル、Niメタルを用意した。なお、Al、Si、Cuの各原料については、Bの含有量が0.01質量%未満、Pの含有量が0.01質量%未満のものを用意した。
【0086】
用意した各元素の原料を、組成が表1に示す組成となるように秤量し、これらを大気中で溶解してアルミニウム合金溶湯を得た。
表1に示す実施例と比較例では、得られたアルミニウム合金溶湯を
図3に示す構成の上向きノズル方式のガスアトマイズ装置によって、アトマイズ粉末を作製した。
アトマイズガスとして、常温の空気を用い、雰囲気も常温の空気中とした。アトマイズガス(空気)の流量は、3m
3/minに設定し、アルミニウム合金溶湯の温度は1100℃に設定した。
得られたアトマイズ粉末の粒子形状を調べたところ、アスペクト比が平均で1.7程度の非球状となっていることが確認された。また、粉末粒子表面には、複数の初晶Si粒子が露呈していることも確認できた。なお、得られたアトマイズ粉末の粒径は、平均で57μmであった。
【0087】
得られたアトマイズ粉末を、300℃において圧縮成形し、直径200mmの円柱状の圧粉成形体を得るとともに、この円柱状の圧粉成形体を押出装置に収容し、350℃で熱間押出加工を施し、直径67mmの円柱状の押出材を得た。
次いで、円柱状の押出材からワイヤーソー装置により厚さ0.4mmの円板を切り出し、円板の中心部分に放電加工により丸孔を形成し、試験用のアルミニウム合金円板を得た。
アトマイズ粉末を用いて成形体を形成した状態においてアトマイズ粉末粒子が密接に結合され、アトマイズ粒子の粒界が存在する金属組織を有するが、押出材となった段階でアトマイズ粉末粒子の粒界はほぼ消失して均一なマトリックスの内部に初晶Si粒子と金属間化合物が分散された組織となることを光学顕微鏡による組織観察により確認することができた。
このアルミニウム合金円板を380℃で1時間焼鈍した。その後、アルミニウム合金円板の表面と端面をダイヤモンドバイトにより切削加工し、直径55mm、厚さ0.4mmのアルミニウム合金基板を得た。
【0088】
[磁気記録媒体用基板の製造]
アルミニウム合金基板をNiP系めっき液に浸漬し、無電解めっき法を用いてアルミニウム合金基板の表面に、NiP系めっき被膜としてNi88P12(Pの含有量12質量%、残部Ni)膜を形成した。
【0089】
NiP系めっき液には、硫酸ニッケル(ニッケル源)と、次亜リン酸ナトリウム(リン源)とを含み、酢酸鉛、クエン酸ナトリウム、ホウ酸ナトリウムを適宜加えて、前記組成のNiP系めっき被膜が得られるように、成分の分量を調整したものを用いた。NiP系めっき被膜の形成時のNiP系めっき液はpHを6、液温を90℃に調整した。アルミニウム合金基板のNiP系めっき液への浸漬時間は2時間とした。
次いで、NiP系めっき被膜を形成したアルミニウム合金基板を300℃で3分間加熱して、NiP系めっき被膜付アルミニウム合金基板を得た。
【0090】
次に、研磨盤として、上下一対の定盤を備える3段のラッピングマシーンを用いて、NiP系めっき被膜付アルミニウム合金基板の表面に対して、研磨加工を施し、磁気記録媒体用基板を作製した。このとき、研磨パッドには、スエードタイプ(Filwel社製)を用いた。そして、第1段目の研磨には、D50が0.5μmのアルミナ砥粒を、第2段目の研磨には、D50が30nmのコロイダルシリカ砥粒を、第3段目の研磨には、D50が10nmのコロイダルシリカ砥粒を用いた。また、研磨時間を各段5分間とした。
【0091】
[評価]
以下の項目を、評価した。
(初晶Si粒子の粗大粒子平均粒子径)
アルミニウム合金基板の合金組織を断面観察し、初晶Si粒子の最長径が0.5μm以上の粒子の分布密度を測定した。そして、測定した最長径が0.5μm以上の粒子の分布密度から初晶Si粒子の平均粒子径を算出した。
【0092】
具体的には、アルミニウム合金基板を10mm角に切断して、樹脂包埋させ、サンプルを作製した。このとき、包埋樹脂としては、Demotec20(Bodson Quality Control社製)(粉:液=2:1(質量比)で混合、常温硬化タイプ)を使用した。次に、サンプルに対して、湿式研磨により、圧延方向に対して、水平な方向に断面出しした後に、サンプルをエッチングした。このとき、常温において、2.3質量%フッ化水素酸水溶液にサンプルを30秒間浸漬し、取り出した後、流水で1分間洗浄することで、サンプルをエッチングした。
【0093】
ここで、FE-SEMのJSM-7000F(日本電子社製)を用いて、エッチング後のサンプルの合金組織の反射電子像を撮影した。このとき、サンプルは、あらかじめ、カーボン蒸着により導電処理し、倍率を2000倍に設定して反射電子像を撮影した。視野面積2774μm2であるこの反射電子像より、WinROOF(Ver6.5)を使用して2値化処理し、初晶Si粒子の最長径および最長径が0.5μm以上である粒子の分布密度を測定した。具体的には、判別分析法により、閾値を200~255(この閾値で2値化ができない場合は、135~255)に設定し、2値化処理した。得られた画像に対して、穴うめ処理および粒子径が0.5μm以下である粒子を除去する処理を実施し、最長径が0.5μm以上である初晶Si粒子の最長径の分布密度を測定した。その結果を、下記の表1に示す。
【0094】
(加工性)
アルミニウム合金基板の製造時の加工性に関し、切削加工後のアルミニウム合金基板の表面を1000倍の微分干渉型光学顕微鏡で観察し、その平坦性から評価した。なお、平坦性が優れている場合を○、わずかにスクラッチが見られるが実用上問題がない場合を△、多数のスクラッチが見られ、使用できない部分が多く発生した場合を×として、判定した。その結果を、下記の表1に示す。
【0095】
(めっき性)
アルミニウム合金基板をNiP系めっき液に浸漬し、無電解めっき法を用いてアルミニウム合金基板の表面に、NiP系めっき被膜としてNi88P12膜を形成し、次いで、アルミニウム合金基板を300℃で3分間加熱して、NiP系めっき被膜付アルミニウム合金基板を製造した。NiP系めっき被膜の形成条件は、磁気記録媒体用基板の製造のときと同じ条件とした。
【0096】
NiP系めっき被膜付アルミニウム合金基板のNiP系めっき被膜の表面を、倍率1000倍の微分干渉型光学顕微鏡で観察し、平坦性、細穴の有無からめっき性を評価した。なお、めっき性が優れている場合を○、使用することが可能な範囲である場合を△、劣っている場合を×として、判定した。その結果を、下記の表1に示す。
【0097】
(メッキレート)
アルミニウム合金基板をNiP系めっき液に浸漬し、無電解めっき法を用いてアルミニウム合金基板の表面に、NiP系めっき被膜としてNi88P12膜を形成する際の膜の成長速度を評価した。なお、メッキレートが量産適用可能なレベルを○、劣っているものを×とした。
【0098】
(ヤング率E、密度ρ、比E/ρ)
磁気記録媒体用基板のヤング率を、日本工業規格JIS Z 2280-1993に基づいて、常温で測定した。なお、ヤング率は、磁気記録媒体用基板を、長さ50mm、幅10mm、厚さ0.8mmの短冊状に切り出し、これを試験片として測定した。
【0099】
磁気記録媒体用基板の密度を、構成元素の密度の文献値を用いて求めた。
そして、前記のヤング率Eと密度ρとの比E/ρを算出した。その結果を、下記の表1に示す。
【0100】
(フラッタリング特性)
フラッタリング特性はNRROを測定して評価した。NRROは磁気記録媒体用基板を10000rpmで1分間回転させ、磁気記録媒体用基板の最外周面で生ずるフラッタリングによる変位の幅を、He-Neレーザー変位計を用いて測定し、得られた変位の幅の最大値をNRROとした。
NRROが3.2μm以下であったものを◎、3.2μmを超え3.4μm以下であったものを○、3.4μmを超え3.6μm以下であったものを△、3.6μmを超えたものを×と評価した。その結果を、下記の表1に示す。
【0101】
【0102】
比較例1はSi含有量を望ましい範囲より多くした試料であるが、加工性とめっき性に劣る結果となった。これは、望ましい範囲よりSiが多いため、初晶Si粒子が成長しすぎたことが影響し、加工性とめっき性に劣る結果となった。
比較例2はSi含有量を望ましい範囲より少なくした試料であるが、フラッタリング特性に劣る結果となった。これは、Siの含有量が望ましい範囲よりも少なく、ヤング率Eが低くなりすぎたためであると考えられる。
【0103】
比較例3はNi含有量を望ましい範囲より多くした試料であるが、加工性に劣る結果となった。これは、望ましい範囲よりNiが多いため、金属間化合物量が増加しすぎたことが影響した結果である。
比較例4はNi含有量を望ましい範囲より少なくした試料であるが、フラッタリング特性に劣る結果となった。これは、Niの含有量が望ましい範囲よりも少なく、強度が低くなったためであると考えられる。
比較例5はCu含有量を望ましい範囲より多くした試料であるが、加工性に劣る結果となった。Cu含有量が多すぎる場合、Al合金の延性が低下するので、押出装置で押し出す際に材料が装置内で閉塞する問題を生じた。
比較例6はCu含有量を望ましい範囲より少なくした試料であるが、加工性とめっき性に劣る結果となった。CuはCu-Siの析出に貢献するが、Cuの含有量が少ない場合、Al合金マトリックスに含まれるSiが多くなるので初晶Si粒子が成長し、粗大化するため、加工性とめっき性に劣るようになる。
【0104】
比較例7はMg含有量を望ましい範囲より多くした試料であるが、加工性に劣る結果となった。Mg含有量が多すぎる場合、Al合金の延性が低下するので、押出装置で押し出す際に材料が装置内で閉塞する問題を生じた。
比較例8はMg含有量を望ましい範囲より少なくした試料であるが、加工性とめっき性に劣る結果となった。Mg含有量が少ない場合、初晶Si粒子が成長し、粗大化するため、加工性とめっき性に劣るようになる。
【0105】
比較例9はZn含有量を望ましい範囲より多くした試料であるが、密度が高くなりすぎてフラッタリング特性に劣る結果となった。
比較例10はZnを望ましい範囲より少なくした試料であるが、メッキレートが低すぎる問題を生じた。
【0106】
これらの比較例試料に対し、Si、Fe、Cu、Mgを本発明の範囲で含む実施例1~18では、得られたアルミニウム合金基板は初晶Si粒子の平均粒子径が2μm以下であり、これを用いて作製した磁気記録媒体用基板は、めっき性とフラッタリング特性の両方が向上した。
また、得られた磁気記録媒体は、切削加工を施してもスクラッチが生じ難く、加工性に優れていた。また、得られた磁気記録媒体において、ヤング率が99~105GPaと高く、密度が2.72~2.83g/m3の範囲で低く、E/ρ(E:ヤング率、ρ:密度)の値が36.0以上であることも確認できた。
【符号の説明】
【0107】
1…磁気記録媒体用基板、2…金属間化合物、3…Al合金マトリックス、4…初晶Si粒子、11…アルミニウム合金基板、12…NiP系めっき被膜、20…研磨盤、21、22…定盤、23…研磨パッド、30…粉末粒子、31…磁気記録媒体、32…磁性層、33…保護層、34…潤滑剤層、40…ハードディスクドライブ、41…媒体駆動部、42…磁気ヘッド、43…ヘッド移動部、44…記録再生信号処理部。