(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-27
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】食欲抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/202 20060101AFI20220128BHJP
A23L 33/12 20160101ALI20220128BHJP
A61P 3/04 20060101ALI20220128BHJP
【FI】
A61K31/202
A23L33/12
A61P3/04
(21)【出願番号】P 2017146590
(22)【出願日】2017-07-28
【審査請求日】2020-05-19
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.日本薬学会第137年会 要旨集 掲載年月日 平成29年2月1日 掲載アドレス http://nenkai.pharm.or.jp/137/pc/ipdfview.asp?i=2993 2.日本薬学会第137年会 主催者 日本薬学会 開催日 平成29年3月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】391007356
【氏名又は名称】備前化成株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】399015388
【氏名又は名称】学校法人九州文化学園
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【氏名又は名称】森下 夏樹
(72)【発明者】
【氏名】仮屋薗 博子
(72)【発明者】
【氏名】大磯 茂
(72)【発明者】
【氏名】対馬 忠広
(72)【発明者】
【氏名】田畑 宏
(72)【発明者】
【氏名】三澤 嘉久
【審査官】福山 則明
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-304792(JP,A)
【文献】特開2002-315535(JP,A)
【文献】実験医学,2016年,Vol.34, No.2,p.221-227
【文献】PROGRESS IN MEDICINE,2010年,Vol.30, No.1,p.173-178
【文献】四国医誌,2012年,68巻1, 2号,pp.19-22
【文献】日本調理科学会誌,2012年,Vol.45, No.5,pp.372-377
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドコサヘキサエン酸およびドコサヘキサエン酸の誘導体からなる群から選択される物質を含む、
食欲抑制によって、摂食障害を改善するための組成物であって、ここで、前記ドコサヘキサエン酸の誘導体が、ドコサヘキサエン酸の塩、エステル、アミド、リン脂質、グリセリド、コリン誘導体、アミノ酸誘導体、および、アスコルビン酸誘導体からなる群から選択される、組成物。
【請求項2】
前記ドコサヘキサエン酸の誘導体が、
ドコサヘキサエン酸のアルキルエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルケニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と二重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルキニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と三重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸と1つ以上の三重結合および1つ以上の二重結合を含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のモノグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のジグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のトリグリセリド、ならびに、
ドコサヘキサエン酸結合型リン脂質
からなる群から選択される、請求項1に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食欲抑制のための医薬、食品および方法に関する。本発明はまた、活性型グレリンであるオクタノイルグレリンの産生・分泌を抑制するための薬剤および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肥満治療薬の標的としては、脂肪分解抑制(例えば、リパーゼ活性の阻害)、脂肪吸収抑制、および、食欲抑制などが挙げられる。肥満治療薬を選択する際には、標的を適切に選択することが重要である。
【0003】
肥満症治療剤として承認を受けたセチリスタットは、消化管内のリパーゼを阻害することにより、脂質の分解を阻害して腸管からの脂質吸収阻害作用を有するとされるが、我が国では薬価基準未収載であり、発売(販売開始)には至っていない。漢方製剤の大柴胡湯、防已黄耆湯、防風通聖散は、メーカーによっては肥満症の効能・効果が承認されていないものがあり、肥満症に効能効果のある製剤でも、臨床成績のエビデンスが乏しい。以上の薬剤は、脂質吸収または脂質代謝に主に作用すると考えられ、摂食行動に対する作用は不明である。
【0004】
食欲抑制剤としては、食欲中枢に作用するマジンドールおよびシブトラミンが開発されている。抗肥満薬として古くから臨床応用されているマジンドールは、人での依存は明確ではないとされるが、動物実験による依存性の可能性、および短期間での耐性発現がある。マジンドールは、アンフェタミンと類似の薬理学的特性を有し、視床下部にある摂食調節中枢に作用することにより摂食抑制を示す。現在、マジンドールは、摂食抑制により抗肥満効果を示す唯一の承認医薬品である。しかしながら、マジンドールは依存性に留意する必要があり、規制区分として「劇薬、向精神薬、習慣性医薬品」の指定がなされ、投与期間は3ヵ月を限度とされている。シブトラミンは、有害事象(心血管副作用)が効能を上回る問題があるとされており、実用化されていない。
【0005】
グレリンは、成長ホルモン分泌促進因子として発見された28個のアミノ酸からなるペプチドホルモンである(特許文献1)。このグレリンは、主に胃から産生されて血中に分泌され、下垂体に働きかけて成長ホルモンの分泌を促進し、また、視床下部摂食調節領域に働きかけて食欲を増進させる。そのため、グレリンの活性を利用することによる摂食障害の改善や、グレリンの活性を抑制することによる肥満の防止が創薬ターゲットとして期待されている。
【0006】
このグレリンの活性発現には、28個のアミノ酸のうちのN末端から3番目のセリンが脂肪酸であるオクタン酸(カプリル酸)でアシル化(アルカノイル化)されることが必須とされ、アシル化に食物中の脂肪酸が利用されることが動物実験により明らかとなっている。
【0007】
オクタン酸とともにオレイン酸またはエイコサペンタエン酸を用いることによって活性型グレリン産生の抑制が可能であることが示されている(特許文献2)。しかしながら、その活性型グレリンの産生・分泌を抑制する活性は十分ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開WO01/07475
【文献】特開2014-19666
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、活性型グレリンの産生・分泌を抑制する優れた抑制剤および抑制方法を提供することを課題とする。本発明はまた、優れた効果を奏する食欲抑制のための、医薬、薬学的組成物、組合わせ医薬、食欲抑制用飲食組成物、食欲抑制用食品組成物、食欲抑制用の組み合わせ飲食物、および、食欲抑制用の組み合わせ食品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の発明者らは、ドコサヘキサエン酸(DHA)がエイコサペンタエン酸(EPA)よりも非常に優れたオクタノイルグレリン産生および/または分泌の抑制剤であることを見出して、本発明を完成した。したがって、本発明は、例えば、以下を提供する。
(項目1)
ドコサヘキサエン酸およびドコサヘキサエン酸の誘導体からなる群から選択される物質を含む、食欲抑制剤。
(項目2)
前記ドコサヘキサエン酸の誘導体が、ドコサヘキサエン酸の塩、エステル、アミド、リン脂質、グリセリド、コリン誘導体、アミノ酸誘導体、および、アスコルビン酸誘導体からなる群から選択される、項目1に記載の食欲抑制剤。
(項目3)
前記ドコサヘキサエン酸の誘導体が、
ドコサヘキサエン酸のアルキルエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルケニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と二重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルキニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と三重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸と1つ以上の三重結合および1つ以上の二重結合を含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のモノグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のジグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のトリグリセリド、ならびに、
ドコサヘキサエン酸結合型リン脂質
からなる群から選択される、項目1に記載の食欲抑制剤。
(項目4)
以下:
(a)ドコサヘキサエン酸の誘導体、および、
(b)脂肪酸吸収阻害剤
を含む、食欲抑制剤。
(項目5)
以下:
(a)ドコサヘキサエン酸の誘導体、および、
(b)脂肪酸吸収阻害剤
を含む、食欲抑制のための組み合わせ医薬。
(項目6)
前記ドコサヘキサエン酸の誘導体が、ドコサヘキサエン酸の塩、エステル、アミド、リン脂質、グリセリド、コリン誘導体、アミノ酸誘導体、および、アスコルビン酸誘導体からなる群から選択される、項目4に記載の食欲抑制剤または項目5に記載の食欲抑制のための組み合わせ医薬。
(項目7)
前記ドコサヘキサエン酸の誘導体が、
ドコサヘキサエン酸のアルキルエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルケニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と二重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルキニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と三重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸と1つ以上の三重結合および1つ以上の二重結合を含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のモノグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のジグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のトリグリセリド、ならびに、
ドコサヘキサエン酸結合型リン脂質
からなる群から選択される、項目4に記載の食欲抑制剤または項目5に記載の食欲抑制のための組み合わせ医薬。
(項目8)
前記脂肪酸吸収阻害剤が、エゼチミブ、硫酸化多糖類、オレイルアルコール、レシチン、水不溶性セルロース誘導体、および、ファルネソイドX受容体からなる群から選択される、項目4に記載の食欲抑制剤または項目5に記載の食欲抑制のための組み合わせ医薬。
(項目9)
ドコサヘキサエン酸およびドコサヘキサエン酸の誘導体からなる群から選択される物質を含む、食欲抑制用飲食組成物。
(項目10)
前記ドコサヘキサエン酸の誘導体が、ドコサヘキサエン酸の塩、エステル、アミド、リン脂質、グリセリド、コリン誘導体、アミノ酸誘導体、および、アスコルビン酸誘導体からなる群から選択される、項目9に記載の食欲抑制用飲食組成物。
(項目11)
前記ドコサヘキサエン酸の誘導体が、
ドコサヘキサエン酸のアルキルエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルケニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と二重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルキニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と三重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸と1つ以上の三重結合および1つ以上の二重結合を含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のモノグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のジグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のトリグリセリド、ならびに、
ドコサヘキサエン酸結合型リン脂質
からなる群から選択される、項目9に記載の食欲抑制用飲食組成物。
(項目12)
以下:
(a)ドコサヘキサエン酸の誘導体、および、
(b)脂肪酸吸収阻害剤
を含む、食欲抑制用飲食組成物。
(項目13)
以下:
(a)ドコサヘキサエン酸の誘導体、および、
(b)脂肪酸吸収阻害剤
を含む、食欲抑制のための組み合わせ食品。
(項目14)
前記ドコサヘキサエン酸の誘導体が、ドコサヘキサエン酸の塩、エステル、アミド、リン脂質、グリセリド、コリン誘導体、アミノ酸誘導体、および、アスコルビン酸誘導体からなる群から選択される、項目13に記載の食欲抑制用飲食組成物または項目14に記載の食欲抑制のための組み合わせ食品。
(項目15)
前記ドコサヘキサエン酸の誘導体が、
ドコサヘキサエン酸のアルキルエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルケニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と二重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルキニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と三重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸と1つ以上の三重結合および1つ以上の二重結合を含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のモノグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のジグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のトリグリセリド、ならびに、
ドコサヘキサエン酸結合型リン脂質
からなる群から選択される、項目13に記載の食欲抑制用飲食組成物または項目14に記載の食欲抑制のための組み合わせ食品。
(項目16)
前記脂肪酸吸収阻害剤が、エゼチミブ、硫酸化多糖類、オレイルアルコール、レシチン、水不溶性セルロース誘導体、および、ファルネソイドX受容体からなる群から選択される、項目13に記載の食欲抑制用飲食組成物または項目14に記載の食欲抑制のための組み合わせ食品。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって、食欲抑制のための、医薬、薬学的組成物、組合わせ医薬、食欲抑制用飲食組成物、食欲抑制用食品組成物、食欲抑制用の組み合わせ飲食物、および、食欲抑制用の組み合わせ食品を提供する。本発明はまた、そのような医薬、薬学的組成物、組合わせ医薬、食欲抑制用飲食組成物、食欲抑制用食品組成物、食欲抑制用の組み合わせ飲食物、および、食欲抑制用の組み合わせ食品を調製する方法を提供する。
【0012】
本発明はまた、(1)DHAおよび/またはDHA誘導体を投与することを特徴とする食欲抑制のための方法、(2)DHAおよび/またはDHA誘導体と脂肪酸吸収阻害剤とを含む医薬を投与することを特徴とする食欲抑制のための方法、ならびに、(3)DHAおよび/またはDHA誘導体を投与する工程、ならびに、脂肪酸吸収阻害剤を投与する工程を包含する食欲抑制のための方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、種々の濃度のDHAによる細胞生存率への影響を示したグラフである。
【
図2】
図2は、12.5μmol/Lおよび25μmol/LのDHAが活性型グレリン(オクタノイルグレリン)の産生・分泌に与える影響を試験した結果を示すグラフである。
【
図3】
図3は、DHA投与(
図3左)またはEPA投与(
図3右)によるマウス血漿中のオクタノイルグレリン濃度の変化を示すグラフである。
【
図4】
図4は、DHA投与による胃におけるグレリン遺伝子の発現量への影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。また、本明細書において「wt%」は、「質量パーセント濃度」と互換可能に使用される。「%」は、特に明記されない場合、「wt%」または「w/w%」または「質量パーセント濃度」を意味する。
【0015】
以下に本明細書において特に使用される用語の定義を列挙する。
【0016】
本明細書において使用される用語「ドコサヘキサエン酸」とは、「DHA」と互換可能に使用される。本明細書において使用される用語「エイコサペンタエン酸」とは、「EPA」と互換可能に使用される。
【0017】
本明細書において使用される用語、DHAの誘導体とは、(1)塩、エステル、アミド、リン脂質、グリセリド、コリン誘導体、アミノ酸誘導体、および、アスコルビン酸誘導体からなる群から選択される。
【0018】
あるいは、DHAの誘導体は、
ドコサヘキサエン酸のアルキルエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルケニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と二重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のアルキニルエステル、
ドコサヘキサエン酸と三重結合を2つ以上含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸と1つ以上の三重結合および1つ以上の二重結合を含む不飽和アルコールとのエステル、
ドコサヘキサエン酸のモノグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のジグリセリド、
ドコサヘキサエン酸のトリグリセリド、ならびに、
ドコサヘキサエン酸結合型リン脂質
からなる群から選択される。エステル型の誘導は、アルコール部分がメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノールおよびその異性体、ペンタノールおよびその異性体、ヘキサノールおよびその異性体、ヘプタノールおよびその異性体、オクタノールおよびその異性体、または、より分子量の大きなアルコールであってもよい。グリセリド型の誘導は、モノグリセリド、ジグリセリド、トリグリセリド、それらの各種位置異性体であってもよい。リン脂質型の誘導体の場合、リン脂質部分は、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリン、それらのリゾ型、及びそれらの位置異性体からなる群から選択されてもよい。
【0019】
本明細書において使用される用語「グリセリド」とは脂肪酸のトリグリセリド、ジグリセリド、及びモノグリセリドからなる群から選択される成分を含む。本発明において、そうでないと規定しない限り、「グリセリド」は、リン脂質や糖脂質を含まない。
【0020】
本明細書において使用される用語「エチルエステル化」とは、グリセリドおよび/または脂肪酸をエチルアルコール存在下でエステル化する反応をいう。グリセリドをエチルエステル化する方法は、当該分野で周知である。脂肪酸をエチルエステル化する方法は、当該分野で周知である。例えば、エチルアルコール存在下で原料油脂を脂質分解酵素処理した場合、得られる遊離脂肪酸画分は、エチルエステル化された遊離脂肪酸である。
【0021】
本発明において、活性型グレリン(オクタノイルグレリン)の産生・分泌の抑制を介した食欲抑制効果を発揮するためには、DHAまたはDHA誘導体に加えて、脂肪酸吸収阻害剤を用いてもよい。なぜなら、グレリンが活性型グレリン(オクタノイルグレリン)となるためには、N末端から3位のセリン残基がオクタノイル化されることが必要であるところ、脂肪酸吸収阻害剤を用いて細胞のオクタン酸(カプリル酸)取り込みを阻害することによって、グレリンの活性型グレリン(オクタノイルグレリン)への変換が抑制されるからである。脂肪酸吸収阻害剤は、ドコサヘキサエン酸(DHA)の吸収も阻害する可能性があることから、脂肪酸吸収阻害剤を組み合わせる場合には、脂肪酸吸収阻害剤によって細胞への取り込みが阻害されにくいドコサヘキサエン酸誘導体を用いることが好ましい。
【0022】
(DHAの調製法)
本発明の組成物に含まれるDHAは、例えば、魚油原油エステルを出発材料として調製することが可能である。
【0023】
脂肪酸を含む画分のエチルエステル化法は、周知である。例えば、分画されたグリセリド画分中の脂肪酸はエチルアルコールとの共存下、酸触媒又はアルカリ触媒又は酵素(リパーゼ)によりエチルエステル化される。好ましくは、分画されたグリセリド画分に含まれるグリセリン脂肪酸エステル中の脂肪酸はアルカリ触媒法または酵素法によってエチルエステル化される。分画された遊離脂肪酸画分中の脂肪酸はエチルアルコールとの共存下、酸触媒又は酵素(リパーゼ)によりエチルエステル化される。酵素を利用する場合、添加するエチルアルコールの量は、好ましくは、酵素を失活させない量であり、好ましくは、グリセリドまたは遊離脂肪酸に対して4モル当量以下、さらに好ましくは2モル当量以下であるがこれらに限定されない。
【0024】
エチルエステル化されたω3系脂肪酸を含む油脂中のDHAなどの高度不飽和脂肪酸は、尿素付加法(特開2007-89522号公報、特表2009-504588号公報)、硝酸銀錯体法(特開2010-64974号公報、特開平7-242895号公報)、真空薄膜蒸留法を含む真空精密蒸留法(特開平11-209786号公報)、液体クロマトグラフィー(以後、HPLCという)や疑似移動相クロマト法などのクロマト法(特開平11-209786号公報)などの1種類以上の組み合わせ法により比較的高純度に精製される。また、SMBクロマトグラフィーを用いてもよい。
【0025】
(薬学的組成物)
本発明の医薬、薬学的組成物、組合わせ医薬は、活性型グレリンの産生・分泌を抑制することにより食欲抑制に効果を発揮する。また、本発明の医薬、薬学的組成物、組合わせ医薬は、食欲抑制を介した抗肥満効果を奏する。
【0026】
(薬学的組成物の処方)
本発明はまた、有効量の食欲抑制剤の被験体への投与によって治療および/または予防され得る疾患または障害の処置および/または予防の方法を提供する。食欲抑制剤とは、薬学的に受容可能なキャリア型(例えば、滅菌キャリア)と組み合せた、本発明の組成物を意味する。
【0027】
食欲抑制剤を、個々の患者の臨床状態(特に、食欲抑制剤単独処置の副作用)、送達部位、投与方法、投与計画および当業者に公知の他の因子を考慮に入れ、医療実施基準(GMP=good medical practice、General Medical Council)を遵守する方式で処方および投薬する。従って、本明細書において目的とする「有効量」は、このような考慮を行って決定される。本発明の食欲抑制剤は、ソフトカプセル、錠剤、散剤、顆粒剤等に製剤化して投与しても良い。「薬学的に受容可能なキャリア」とは、非毒性の固体、半固体または液体の充填剤、希釈剤、被包材または任意の型の処方補助剤をいう。
【0028】
一般的提案として、用量当り、経口的に投与される食欲抑制剤の合計薬学的有効量は、患者体重の、約500μg/kg/日~約200mg/kg/日の範囲にあるが、上記のようにこれは治療的裁量に委ねられる。さらに好ましくは、本発明の抽出物について、この用量は、少なくとも約1mg/kg/日、最も好ましくはヒトに対して約2mg/kg/日と約50mg/kg/日との間である。また、一般的提案として、用量当り、非経口的に投与される食欲抑制剤の合計薬学的有効量は、患者体重の、約250μg/kg/日~約100mg/kg/日の範囲にあるが、上記のようにこれは治療的裁量に委ねられる。さらに好ましくは、本発明の抽出物について、この用量は、少なくとも約0.5mg/kg/日、最も好ましくはヒトに対して約1mg/kg/日と約25mg/kg/日との間である。
【0029】
本発明の薬学的組成物の好ましい投与形態は、経口投与であるが、非経口投与も使用し得る。非経口投与のために、1つの実施態様において、一般に、食欲抑制剤は、それを所望の程度の純度で、薬学的に受容可能なキャリア、すなわち用いる投薬量および濃度でレシピエントに対して毒性がなく、かつ処方物の他の成分と適合するものと、単位投薬量の注射可能な形態(溶液、懸濁液または乳濁液)で混合することにより処方される。例えば、この処方物は、好ましくは、酸化、および食欲抑制剤に対して有害であることが知られている他の化合物を含まない。
【0030】
一般に、食欲抑制剤を液体キャリアまたは微細分割固体キャリアあるいはその両方と均一および緊密に接触させて処方物を調製する。次に、必要であれば、生成物を所望の処方物に成形する。好ましくは、キャリアは、非経口的キャリア、より好ましくはレシピエントの血液と等張である溶液である。このようなキャリアビヒクルの例としては、水、生理食塩水、リンゲル溶液およびデキストロース溶液が挙げられる。不揮発性油およびオレイン酸エチルのような非水性ビヒクルもまた、リポソームと同様に本明細書において有用である。
【0031】
キャリアは、等張性および化学安定性を高める物質のような微量の添加剤を適切に含有する。このような物質は、用いる投薬量および濃度でレシピエントに対して毒性がなく、このような物質としては、リン酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、酢酸および他の有機酸またはその塩類のような緩衝剤;アスコルビン酸のような抗酸化剤;低分子量(約10残基より少ない)ポリペプチド(例えば、ポリアルギニンまたはトリペプチド);血清アルブミン、ゼラチンまたは免疫グロブリンのようなタンパク質;ポリビニルピロリドンのような親水性ポリマー;グリシン、グルタミン酸、アスパラギン酸またはアルギニンのようなアミノ酸;セルロースまたはその誘導体、ブドウ糖、マンノースまたはデキストリンを含む、単糖類、二糖類、および他の炭水化物;EDTAのようなキレート剤;マンニトールまたはソルビトールのような糖アルコール;ナトリウムのような対イオン;および/またはポリソルベート、ポロキサマーもしくはPEGのような非イオン性界面活性剤が挙げられる。
【0032】
食欲抑制剤投与に用いられるべき任意の薬剤は、無菌状態であり得る。滅菌濾過膜(例えば0.2ミクロンメンブレン)で濾過することにより無菌状態は容易に達成される。例えば、食欲抑制剤は、滅菌アクセスポートを有する容器、例えば、皮下用注射針で穿刺可能なストッパー付の静脈内用溶液バッグまたはバイアルに配置される。
【0033】
食欲抑制剤は、単位用量または複数用量容器、例えば、密封アンプルまたはバイアルに、水溶液または再構成するための凍結乾燥処方物として貯蔵されてもよい。凍結乾燥処方物の例として、10mlのバイアルに、滅菌濾過した5%(w/v)食欲抑制剤水溶液5mlを充填し、そして得られる混合物を凍結乾燥する。凍結乾燥した食欲抑制剤を、注射用静菌水を用いて再構成して注入溶液を調製してもよい。
【0034】
本発明はまた、本発明の食欲抑制剤の1つ以上の成分を満たした一つ以上の容器を備える薬学的パックまたはキットを提供する。医薬品または生物学的製品の製造、使用または販売を規制する政府機関が定めた形式の通知が、このような容器に付属し得、この通知は、ヒトへの投与に対する製造、使用または販売に関する政府機関による承認を表す。さらに、食欲抑制剤・食欲抑制用飲食物を他の抗肥満剤と組み合わせて使用し得る。
【0035】
本発明の食欲抑制剤・食欲抑制用飲食物は、単独または他の食欲抑制剤・食欲抑制用飲食物と組合わせて投与され得る。組合わせは、例えば、混合物として同時に;同時にまたは並行してだが別々に;あるいは経時的のいずれかで投与され得る。これは、組み合わされた薬剤が、治療用混合物として共に投与されるという提示、およびまた、組み合わされた薬剤が、別々にしかし同時に、例えば、同じ個体に別々の静脈ラインを通じて投与される手順を含む。「組み合わせて」の投与は、一番目、続いて二番目に与えられる化合物または薬剤のうち1つの別々の投与をさらに含む。
【0036】
(飲食組成物の製造)
本発明の好適な態様は飲食用組成物である。すなわち、DHAおよび/またはDHA誘導体を有効成分として含む薬学的組成物または飲食組成物は、これをそのまま液状、ゲル状あるいは固形状の食品、例えばジュース、清涼飲料、コーヒー、紅茶、日本茶、ウーロン茶、野菜ジュース、天然果汁、乳飲料、牛乳、豆乳、スポーツ飲料、ニアウォーター系飲料、栄養補給飲料、コーヒー飲料、ココア、スープ、ドレッシング、ムース、ゼリー、ヨーグルト、プリン、ふりかけ、育児用粉乳、加工乳、スポーツドリンク、栄養ドリンク、ケーキミックス、パン、ピザ、パイ、クラッカー、ビスケット、ケーキ、クッキー、スパゲティー、マカロニ、パスタ、うどん、そば、ラーメン、キャンデー、ソフトキャンデー、ガム、チョコレート、おかき、ポテトチップス、スナック、アイスクリーム、シャーベット、クリーム、チーズ、粉乳、練乳、乳飲料などの粉末状または液状の乳製品、饅頭、ういろ、もち、おはぎ、醤油、たれ、麺つゆ、ソース、だしの素、シチューの素、スープの素、複合調味料、カレーの素、マヨネーズ、ケチャップ、レトルトカレー、レトルトシチュー、レトルトスープ、レトルトどんぶり、缶詰、ハム、ハンバーグ、ミートボール、コロッケ、餃子、ピラフ、おにぎり、冷凍食品および冷蔵食品、ちくわ、蒲鉾、弁当のご飯、寿司、乳児用ミルク、離乳食、ベビーフード、スポーツ食品、栄養補助食品、サプリメント、健康食品等に添加したり、必要に応じてデキストリン、乳糖、澱粉等の賦型剤や香料、色素等とともにペレット、錠剤、顆粒等に加工したり、またゼラチン等で被覆してカプセルに成形加工して健康食品や栄養補助食品等として利用できる。
【0037】
本発明の組成物をサプリメントとして使用する場合、当該有効成分をそのまま用いても良く、また、ソフトカプセル、錠剤、散剤、顆粒剤等に製剤化して投与しても良い。本発明の組成物を飲食品に使用する場合は、飲食品の原料に添加して投与しても良い。
【実施例】
【0038】
以下に実施例等により本発明を詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下の実験は、長崎国際大学薬学部研究等倫理委員会の承認を得て行った。
【0039】
(実施例1:オクタノイルグレリン産生・分泌に対するDHAの影響)
オクタノイルグレリン産生・分泌に対するDHAの影響を試験するために、AGS-GHRL8細胞を用いた。AGS-GHRL8細胞は、10%FBS添加D-MEM培地中、37℃、5%CO
2条件下で培養した。試験物質であるドコサヘキサエン酸(DHA)の活性型グレリン産生・分泌抑制効果を検討する濃度を設定するために、AGS-GHRL8細胞の生存率に及ぼすDHA(0~100μmol/L)の影響をMTT試験により調べた。その結果、
図1に示されるように、25μmol/Lまでの濃度のDHAは細胞生存率に対して有意な変化を生じなかった。
【0040】
上記の結果に基づき、細胞生存率に影響を与えなかった12.5μmol/Lおよび25μmol/LのDHAが活性型グレリン(オクタノイルグレリン)の産生・分泌に与える影響を試験した。所定の濃度のDHAをオクタン酸100μmol/LとともにAGS-GHRL8細胞の培地に添加し、24時間培養後の培地中活性型グレリン濃度をELISAで測定した。オクタン酸のみを添加して同様の操作で得られた活性型グレリン濃度と比較し、DHAの活性型グレリン産生・分泌抑制作用を評価した。ELISA用サンプル培地には、活性型グレリン分解抑制のために1/10容量の1mol/L塩酸を添加した。その結果、
図2に示すように、両濃度においてAGS-GHRL8細胞の培地中オクタノイルグレリン濃度が低下した。データは平均±標準偏差で示した。(n=6、p<0.05、Tukey法)。
【0041】
(実施例2:マウスにおける活性型グレリン(オクタノイルグレリン)の産生・分泌の抑制)
(1)マウス血漿中活性型グレリンの測定
6週齢のC57BL/6J雄性マウスを、室温、12時間の明暗サイクル条件下、通常食餌で飼育した。300mg/kgのDHA(5%アラビアゴム水溶液に懸濁)を1日1回7日間経口投与した。対照群のマウスには5%アラビアゴム水溶液を投与した。両群ともに、投与終了後心採血によって血液を得、遠心分離した血漿に1/10容量の1mol/L塩酸を添加したものをELISA用サンプルとした。血漿中活性型グレリン濃度をELISAで測定し、DHA投与による効果を検討した。同様の実験を、EPAを用いて行った。その結果、
図3に示すように、DHAを投与した場合、マウスの血漿中オクタノイルグレリン濃度はコントロールと比較して有意に低下した(
図3左、低下率45.1%)。DHA投与によるオクタノイルグレリン血漿濃度の低下は、EPA投与(
図3右、低下率21.8%)と比較して2倍を超える低下率を示した。この結果は、DHAによる効果が、EPAと比較して予想外に顕著に優れていることを示す。
【0042】
この結果は、DHAがマジンドールと同様に摂食行動を抑制し、結果として肥満を効果的に抑制できることを示す。またこの結果は、DHAがEPAと比べて非常に優れた薬効を発揮することを示す。DHAは、マジンドールと異なり魚油成分であり、安全性も高く、長期投与も可能なため、優れた食欲抑制剤であり肥満治療薬であると結論付けられる。
【0043】
(2)マウス胃のグレリンmRNA発現量の測定
上記(1)のマウスから胃組織を採取し、RNAを抽出後、逆転写反応を行い、リアルタイムPCRによりグレリンmRNA発現量を測定した。同様に、対照群のそれも測定し、比較した。内在性コントロールとして18s rRNAを用いた。その結果、DHA投与によって胃におけるグレリン遺伝子の発現量に有意な変化がみられなかったことが示された(
図4)。
【0044】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、この実施形態に限定して解釈されるべきものではない。本発明は、特許請求の範囲によってのみ、その範囲が解釈されるべきであることが理解される。当業者は、本発明の具体的な好ましい実施形態の記載から、本発明の記載および技術常識に基づいて等価な範囲を実施することができることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、食欲抑制のための、医薬、薬学的組成物、組合わせ医薬、食欲抑制用飲食組成物、食欲抑制用食品組成物、食欲抑制用の組み合わせ飲食物、および、食欲抑制用の組み合わせ食品を提供する。本発明はまた、そのような医薬、薬学的組成物、組合わせ医薬、食欲抑制用飲食組成物、食欲抑制用食品組成物、食欲抑制用の組み合わせ飲食物、および、食欲抑制用の組み合わせ食品を調製する方法を提供する。