(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-28
(45)【発行日】2022-03-08
(54)【発明の名称】TiN基焼結体及びTiN基焼結体製切削工具
(51)【国際特許分類】
C22C 1/05 20060101AFI20220301BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20220301BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20220301BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20220301BHJP
C22C 29/16 20060101ALN20220301BHJP
【FI】
C22C1/05 L
B23B27/14 A
B23B27/14 B
B23C5/16
B22F3/24 102Z
C22C29/16 Z
(21)【出願番号】P 2018160676
(22)【出願日】2018-08-29
【審査請求日】2021-03-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 誠
(72)【発明者】
【氏名】藤原 和崇
【審査官】坂口 岳志
(56)【参考文献】
【文献】特開昭50-017412(JP,A)
【文献】特開昭51-065008(JP,A)
【文献】特開昭51-071809(JP,A)
【文献】特開昭53-037113(JP,A)
【文献】特開平02-145741(JP,A)
【文献】特開平08-176695(JP,A)
【文献】国際公開第2015/129771(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/111652(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00 - 12/90
B23B 27/14
C22C 1/00 - 1/10
C22C 14/00
C22C 29/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
TiN相とMo
2C相を含み、残部が結合相からなるTiN基焼結体であって、
(a)前記焼結体の断面を観察した時、前記焼結体中でTiN相が占める平均面積割合は70.0~91.5面積%、Mo
2C相が占める平均面積割合は3.5~25.0面積%であり、
(b)前記結合相の成分はFeとNiからなり、前記結合相の面積割合は5.0~15.0面積%であり、かつ、FeとNiの合計含有量に対するNiの含有割合は15.0~35.0質量%であり、
(c)前記焼結体の表面から、その内部へ向かって深さ50~300μmまでの領域には、低Mo領域が形成され、該低Mo領域における平均Mo含有量は、
前記焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体内部の平均Mo含有量の30~80%であり、
(d)前記低Mo領域の平均微小硬さは、前記
焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体内部の平均微小硬さの70~90%であることを特徴とするTiN基焼結体。
【請求項2】
請求項1に記載のTiN基焼結体が少なくとも切れ刃として構成されていることを特徴とするTiN基焼結体製切削工具。
【請求項3】
請求項2に記載のTiN基焼結体製切削工具の少なくとも切れ刃には、硬質被覆層が形成されていることを特徴とする表面被覆TiN基焼結体製切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、表層部に高靱性層が形成されたTiN基焼結体に関し、また、このTiN基焼結体を基体とするチッピング、欠損等の耐異常損傷性にすぐれたTiN基焼結体製切削工具及び表面被覆TiN基焼結体製切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具としては、WC基超硬合金製切削工具、TiCN基サーメット製切削工具、TiC基焼結合金製切削工具、TiN基焼結合金製切削工具等が知られている。
これらの切削工具のうち、TiC基焼結体製切削工具は、耐摩耗性にすぐれるものの、他の切削工具に比して、靱性が著しく劣り、熱衝撃に弱く、また、欠損も発生しやすいことから、主として、高速仕上げ切削加工で使用されている。
また、TiCN基サーメット製切削工具は、鋼に対する親和性が低く、耐摩耗性、仕上げ面粗さに優れているが、その反面、靱性は十分ではない。
一方、WC基超硬合金製切削工具は、靱性にすぐれるものの、耐摩耗性が十分であるとはいえず、さらに、合金成分として、希少金属であるW、Coを使用していることから、低コスト化を図るためにはW使用量、Co使用量の低減が必要とされる。
そこで、すぐれた靱性と耐摩耗性を備える工具材料を提供すべく、従来からいくつかの提案がなされている。
【0003】
例えば、TiN基焼結合金については、特許文献1に示されるように、硬質相と結合用金属とを含有する切削工具用の焼結硬質合金において、該合金は65~97重量%の硬質相と3~35重量%の結合用金属とから成り、前記硬質相は酸素含量0.15%以下の窒化物及び/又は炭窒化物によって構成されており、硬質相を結合している前記の結合用金属は少なくとも鉄族金属の1つとクロム族金属の1つとの合金である切削工具用の焼結硬質合金が提案されており、この焼結硬質合金は、強靭性を備えるとされている。
そして、具体例を示す実施例1には、硬質相成分としてのTiN90重量%(この中の酸素含量は0.05%である)と、NiとMoとの(80:20)混合物10重量%とを、350mmHgの圧力下の窒素中で約1450℃で焼結して得た焼結硬質合金は、約1500ビッカースの硬度(荷重3kg)及び80-90kg/mm2の曲げ破損強度を示すことが記載されている。
【0004】
また、例えば、特許文献2では、TiN65~95重量%、Moおよび/またはMo2C2~20重量%、鉄族金属3~15重量%からなるTiNを主体とする焼結合金原料粉末100重量部に対して、炭素粉末を上記原料粉末に配合されるTiNを対象としてその100重量部に対して0.2~6.8重量部の割合で添加混合し、成型、焼結したTiN基焼結合金が提案されており、このTiN基焼結合金によれば、焼成時に炭素粉末がTiN粒子の表面にTiCとして析出し、TiN粒子と結合金属(Ni、Co)の濡れ性を改善することにより、特に鋳鉄の高速連続・断続切削において、切削工具の耐久性(フランク摩耗、耐塑性変形性)が高まるとされている。
【0005】
さらに、例えば、特許文献3には、TiC,(Ti,Nb)C、TiCNあるいは(Ti,Ta)CN等の硬質成分を含有するTi基サーメットにおいて、サーメットの表面からその内部300μmの範囲にわたって表面軟化層を形成し、また、該軟化層における硬さをサーメット内部の硬さに比して5~20%低くした靱性にすぐれるサーメットが提案されており、また、これを基体とし、その表面に炭化物、窒化物、アルミニウム酸化物等からなる被覆層を有する切削工具は、合金鋼の断続切削加工において、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特公昭49-1364号公報
【文献】特開昭51-71809号公報
【文献】特開昭54-117510号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、切削加工の技術分野における省力化、省エネ化、高速化、高効率化、低コスト化の要請は強く、切削装置の高性能化には目ざましいものがあるが、その反面、切削工具にとっての使用条件は益々過酷なものとなってきており、工具性能の一段の向上が求められるとともに、工具寿命の延命化が求められており、そして、このような要請に応えることのできる材料の開発が望まれている。
既述のとおり、WC基超硬合金はすぐれた靱性を備えるが、耐摩耗性が十分であるとはいえず、さらに、合金成分として、希少金属であるW、Coが使用されているため、高価な工具材料であり、低コスト化を図るためにはW使用量、Co使用量の低減が課題となる。
また、TiCN基サーメットは、すぐれた硬さ、耐摩耗性を備えるが、靱性が十分でないため、これを切削工具として用いた場合には、チッピング、欠損等を発生しやすく、これを原因として工具寿命が短命となるという問題点がある。
そこで、切削工具用の材料としては、すぐれた靱性と硬さを相兼ね備え、チッピング、欠損等の異常損傷を発生することなく、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する切削工具材料が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上述の観点から、WC基超硬合金に匹敵する靱性を備えるとともに、TiCN基サーメットに匹敵する硬さ、耐摩耗性を相兼ね備え、しかも、希少金属であるW、Coの使用を必要としない切削工具材料について鋭意研究を行ったところ、次のような知見を得た。
【0009】
まず、本発明者は、従来のTiN基焼結体からなる切削工具について、工具寿命が短命となる原因を調査したところ、TiCN基サーメットと同様に、すぐれた硬さと耐摩耗性を有する反面、靱性が十分でないため、TiN基焼結体の表面に発生したチッピング、欠損等が破損に至る主たる要因であることを見出した。
そこで、本発明者は、TiN基焼結体の作製にあたり、結合相の組成の最適化を図るとともに、焼結条件を制御することにより、TiN基焼結体表層部に低Mo領域を形成し、該表層部の低Mo領域における微小硬さ(マイクロビッカース硬さ)を、TiN基焼結体内部の微小硬さに比して小さくすることにより、表層部はすぐれた靱性を備えるとともに内部は高い硬さを相兼ね備えたTiN基焼結体を作製し得ることを見出した。
そして、靱性と硬さを相兼ね備えたこのTiN基焼結体を、例えば、炭素鋼、合金鋼等の連続切削、断続切削加工用の切削工具として用いたところ、従来のWC基超硬合金製切削工具とほぼ同等あるいはそれ以上にすぐれた耐異常損傷性を示すとともに、従来のTiCN基サーメット製切削工具とほぼ同等の耐摩耗性を備え、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮することを見出したのである。
さらに、前記TiN基焼結体を基体とし、少なくとも切刃に硬質被覆層を形成し表面被覆TiN基焼結体製切削工具を作製したところ、硬質被覆層の脆化を招くこともなく硬質被覆層と基体との密着強度にすぐれ、チッピング、欠損等の異常損傷を発生することもなく、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮することを見出したのである。
【0010】
この発明は、上記の知見に基づいてなされたものであって、
「(1)TiN相とMo2C相を含み、残部が結合相からなるTiN基焼結体であって、
(a)前記焼結体の断面を観察した時、前記焼結体中でTiN相が占める平均面積割合は70.0~91.5面積%、Mo2C相が占める平均面積割合は3.5~25.0面積%であり、
(b)前記結合相の成分はFeとNiからなり、前記結合相の面積割合は5.0~15.0面積%であり、かつ、FeとNiの合計含有量に対するNiの含有割合は15.0~35.0質量%であり、
(c)前記焼結体の表面から、その内部へ向かって深さ50~300μmまでの領域には、低Mo領域が形成され、該低Mo領域における平均Mo含有量は、前記焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体内部の平均Mo含有量の30~80%であり、
(d)前記低Mo領域の平均微小硬さは、前記焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体内部の平均微小硬さの70~90%であることを特徴とするTiN基焼結体。
(2)前記(1)に記載のTiN基焼結体が少なくとも切れ刃として構成されていることを特徴とするTiN基焼結体製切削工具。
(3)前記(2)に記載のTiN基焼結体製切削工具の少なくとも切刃には、硬質被覆層が形成されていることを特徴とする表面被覆TiN基焼結体製切削工具。」
に特徴を有するものである。
【発明の効果】
【0011】
この発明のTiN基焼結体は、所定の面積割合のTiN相、Mo2C相及び結合相としてのFe-Ni合金相を有し、かつ、結合相を構成するNiとFeの含有比率を所定の質量割合とし、さらに、焼結体の表面から、その内部へ向かって深さ50~300μmまでの領域には、低Mo領域が形成され、該領域における平均微小硬さは、焼結体内部の平均微小硬さより低くされているため、TiN基焼結体は、その表層部がすぐれた靱性を備え、一方、焼結体内部は高い硬さを有し、TiN基焼結体全体としては、すぐれた靱性と硬さを相兼ね備えている。
【0012】
そして、この発明のTiN基焼結体からなるTiN基焼結体製切削工具は、すぐれた靱性と硬さを相兼ね備えることによって、炭素鋼、合金鋼等の連続切削、断続切削加工に供した場合であっても、WC基超硬合金製切削工具と同等あるいはそれ以上の耐チッピング性、耐欠損性を示し、また、TiCN基サーメット製切削工具と同等あるいはそれ以上の耐摩耗性を発揮する。
【0013】
さらに、この発明のTiN基焼結体からなるTiN基焼結体製切削工具を基体として、少なくともその切れ刃部に硬質被覆層を被覆形成した表面被覆TiN基焼結体製切削工具 においては、焼結体の表層部が低Mo領域であるために、Moの拡散による硬質被覆層の脆化が防止され、さらに、基体と硬質被覆層との接合強度が高められるため、炭素鋼、合金鋼等の連続切削、断続切削加工において、硬質被覆層のチッピング、欠損、剥離等の異常損傷の発生を招くことなく、すぐれた耐摩耗性を示し、長期の使用にわたって、すぐれた切削性能を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明のTiN基焼結体の縦断面について走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した反射電子像の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
この発明において、TiN基焼結体の焼結組織における各相を、特定の面積割合に定めた理由、結合相を構成するNiとFeの含有比率を特定の質量割合に定めた理由、低Mo領域の深さ・微小硬さ等を定めた理由を、以下に説明する。
【0016】
TiN相:
TiN基焼結体の断面を観察した時、TiN基焼結体に占めるTiN相の平均面積割合が70.0面積%未満では、焼結体の硬さが十分ではなく、その結果、TiN基焼結体製切削工具(以下、「TiN基切削工具」という)の耐摩耗性も低下する。一方、TiN基焼結体中のTiN相が91.5面積%を超えると、焼結組織に微細な空隙(ポア)が形成されやすくなるため、靱性が低下し、TiN基切削工具の耐チッピング性、耐欠損性低下の要因となる。
したがって、TiN基焼結体中のTiN相の平均面積割合は70.0~91.5面積%とする。
また、本発明では、
図1に示されるように、TiN基焼結体の表面に垂直な断面(以下、このような面を、単に「縦断面」という)について、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)を備えた走査型電子顕微鏡(SEM)で縦断面観察し、得られた二次電子像内の領域(例えば、40μm×50μmの領域)における含有元素量を測定し、TiN相、Mo
2C相及びFe-Ni相を特定し、各相が前記領域に占める面積比率を算出し、少なくとも、5領域以上の複数の領域で面積比率を算出し、これらの平均値を、各相の面積%とした。
なお、本発明のTiN基焼結体においては、製造工程等から不可避的に混入する不可避不純物成分については、本発明の目的を損なわない範囲内(即ち、TiN基焼結体の硬さと靱性を低下せしめない範囲内)において、微量の含有(混入)が許容される。
【0017】
Mo2C相:
TiN基焼結体の縦断面を観察した時、TiN基焼結体中のMo2C相の平均面積割合が3.5面積%未満では、特に、TiN基焼結体の低Mo領域におけるTiN相と結合相間でのぬれ性が不足し、焼結組織に空隙を生じ靱性が低下しやすくなり、一方、Mo2C相の平均面積割合が25.0面積%を超えると、Fe3Mo3C相等の複炭化物、Fe3Mo3N相等の複窒化物を生じやすくなり、これが靱性低下の要因となることから、TiN基焼結体中のMo2C相の平均面積割合は3.5~25.0面積%とする。
【0018】
低Mo領域の平均Mo含有量:
本発明のTiN基焼結体の縦断面について、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)を備えた走査型電子顕微鏡(SEM)で縦断面観察し、TiN基焼結体の表面からその内部に向かってMo含有量を測定した場合、TiN基焼結体の内部に向かって50~300μmの深さ範囲には、TiN基焼結体の内部のMo含有量に比して、Mo含有量が少ない低Mo領域(具体的には、TiN基焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体の内部の平均Mo含有量の30~80%の平均Mo含有量となる領域を「低Mo領域」と定義する。)の存在が確認できるが、この低Mo領域の存在によって、TiN基焼結体の靱性向上が図られる。
ここで、前記低Mo領域における平均Mo含有量が、TiN基焼結体の内部の平均Mo含有量の30%未満になると、TiN粒子と結合相の濡れ性が低下し、低Mo領域内に空隙を生じ、靱性が低下する。一方、低Mo領域における平均Mo含有量が、TiN基焼結体の内部の平均Mo含有量の80%を超えると、Mo量を低減したことによる硬さの低下の効果が少なくなるため、表面靱性が不足し、切削工具として用いた場合には、チッピング、欠損が発生しやすくなる。
したがって、低Mo領域における平均Mo含有量は、TiN基焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体の内部の平均Mo含有量の30~80%とする。
【0019】
低Mo領域の厚さ:
TiN基焼結体の内部の平均Mo含有量の30~80%の平均Mo含有量である前記低Mo領域が、焼結体の表面から50μm未満までの浅い深さであると、TiN基焼結体の靱性向上の効果を十分に発揮できず、一方、焼結体の表面から300μmを超えた深さを有し、焼結体の内部にまで低Mo領域が広がると、TiN基焼結体全体としての硬さの低下により、切削工具として用いた場合に塑性変形を生じやすくなる。
したがって、低Mo領域は、TiN基焼結体の表面からその内部へ向って深さ50μm以上で300μm以下の範囲に形成する。
【0020】
低Mo領域の微小硬さ:
TiN基焼結体の低Mo領域を含む縦断面について、焼結体表面からその内部方向に向かって微小硬さを測定した場合、前記低Mo領域における平均微小硬さが、焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体内部の平均微小硬さの70%未満では、低Mo領域が塑性変形を生じやすくなり、一方、焼結体内部の平均微小硬さの90%を超える硬さとなった場合には、TiN基焼結体の靱性向上効果が十分に発揮されない。
したがって、低Mo領域における平均微小硬さは、焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体内部の平均微小硬さの70~90%とする。
【0021】
結合相:
TiN基焼結体に占める結合相の平均面積割合が、5.0面積%未満であると、結合相量が少ないためにTiN基焼結体の靱性が低下し、一方、結合相の平均面積割合が15.0面積%を超えると、硬質相成分であるTiN相の量が相対的に減少するため、硬度が低下し、その結果、TiN基切削工具の耐摩耗性も低下する。
したがって、TiN基焼結体に占める結合相の平均面積割合は5.0~15.0面積%とする。
【0022】
また、この発明では、結合相を構成するFeとNiの合計含有量に対するNiの含有割合(=Ni/(Fe+Ni)×100)を、15.0~35.0質量%とすることによって、TiN基焼結体の靱性及び硬さを一段と高めることができる。
これは、FeとNiの合計含有量に対するNiの含有割合(=Ni/(Fe+Ni)×100)が15.0質量%未満の場合には、NiはFe中に固溶するが、結合相を固溶強化するほどの効果は発揮されないため結合相の硬さが不足し、また、FeとNiの合計含有量に対するNiの含有割合(=Ni/(Fe+Ni)×100)が35.0質量%を超える場合には、金属間化合物FeNi3を生じやすくなるため、結合相の靱性が低下するという理由による。
【0023】
本発明のTiN基焼結体、TiN基焼結体製切削工具、表面被覆TiN基焼結体製切削工具の作製:
本発明のTiN基焼結体を作製するに際して、前記の各相の成分組成等を得るためには、まず、その原料粉末として、TiN:55~92質量%、Mo2C:1~40質量%、Fe:5~18質量%、Ni:1~4.5質量%であり、かつ、NiとFeの合量に対するNiの質量%(=Ni×100/(Fe+Ni))が15.0~35.0質量%という関係を満たす成分及び組成の原料粉末を用いることが好適である。
そして、前記条件を満足する原料粉末を、例えば、WC基超硬合金を混合メディアとするボールミルで混合し、該混合粉末をプレス成形して圧粉成形体を作製する。
ついで、前記圧粉成形体を、水素濃度1~3%、窒素濃度97~99%の混合ガスをフローしながら(窒素希釈水素雰囲気)、1350~1450℃の温度範囲で30分~150分焼結し、その後、Arガス雰囲気に切り替え、焼結温度から約1200℃(例えば、1180~1220℃)の温度範囲まで約1℃/分(例えば、0.5~1.5℃/分)の冷却速度で徐冷し、更に室温まで自然冷却することによって、TiN基焼結体の表層部に低Mo領域が形成されたすぐれた靱性と硬さを相兼ね備える本発明のTiN基焼結体を作製することができる。
なお、圧粉成形体を、窒素希釈水素雰囲気にて焼結するのは、TiN粉末と結合相の大半の成分であるFeとの濡れ性を高めると同時に焼結性を高めるためである。
また、この後、所定形状に機械加工することによって、チッピング、欠損等の耐異常損傷性及び耐摩耗性にすぐれ、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮するTiN基焼結体製切削工具を作製することができる。
さらに、前記TiN基焼結体製切削工具の少なくとも切刃に、Ti-Al系、Al-Cr系等の炭化物、窒化物、炭窒化物あるいはAl2O3等の硬質皮膜を、PVD、CVD等の成膜法により被覆形成することにより、表面被覆TiN基焼結体製切削工具を作製することができる。
なお、表面被覆TiN基焼結体製切削工具の作製にあたり、硬質皮膜の種類、成膜法は、当業者に既によく知られている膜種、成膜手法を採用すればよく、特に、制限するものではない。
【0024】
つぎに、この発明の実施例を具体的に説明する。
【実施例】
【0025】
TiN基焼結体を作製するための粉末として、平均粒径10μmのTiN粉末、平均粒径2μmのMo2C粉末、平均粒径2μmのFe粉末及び平均粒径1μmのNi粉末を用意し、表1に示す配合割合となるように配合し、かつ、Fe粉末及びNi粉末の配合量を、表1に示す配合比となるように配合することにより原料粉末1~8を用意した。なお、ここでいう平均粒径は、メジアン径(d50)を意味する。
【0026】
次いで、前記の原料粉末1~8を、ボールミル中に充填して混合し、混合粉末1~8を作製し、該混合粉末1~8を乾燥した後、100~500MPaの圧力でプレス成形し、圧粉成形体1~8を作製した。
【0027】
次いで、この圧粉成形体1~8を、表2に示すように、窒素希釈水素雰囲気フロー中、1350~1450℃の温度範囲で30分~120分焼結した後、Arガス雰囲気に切り替え、焼結温度から約1200℃の温度範囲まで約1℃/分の速度で徐冷し、その後は室温まで自然冷却(焼結炉外での大気中における放冷)するという条件で焼結することで、表3に示す本発明のTiN基焼結体(以下、「本発明焼結体」という)1~8を作製した。
【0028】
比較のため、本発明焼結体作製用粉末と同等の平均粒径を有する各種粉末を、同じく表4に示す配合組成となるように配合して原料粉末11~18を用意し、次いで、原料粉末11~18を、ボールミル中に充填して混合し、混合粉末11~18を作製し、該混合粉末11~18を乾燥した後、100~500MPaの圧力でプレス成形し、圧粉成形体11~18を作製した。
次いで、この圧粉成形体11~18を、表2および表5に示す条件で焼結することで、表6に示す比較例の焼結体(以下、「比較例焼結体」という)1~8を作製した。
【0029】
なお、参考のため、WC基超硬合金焼結体を、以下の方法で作製した。
原料粉末として、いずれも0.5~1μmの平均粒径を有するWC粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、WC:90質量%、Co:10質量%の割合で配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度1400℃、保持時間1時間の条件で焼結し、WC基超硬合金焼結体(以下、単に「超硬合金」という)を形成した。
上記の方法で、WC:84面積%、Co:16面積%の成分組成からなるWC基超硬合金焼結体1(以下、「参考例焼結体1」という)を作製した。
【0030】
さらに参考とするため、TiCN基サーメット焼結体を、以下の方法で作製した。
原料粉末として、いずれも0.5~3μmの平均粒径を有するTiCN粉末、Mo2C粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、TiCN:75質量%、Mo2C:10質量%、Co:7.5質量%、Ni:7.5質量%の割合で配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、200MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度1450℃、保持時間1時間の条件で焼結し、TiCN基サーメット焼結体(以下、単に「サーメット」という)を形成した。
上記の方法で、TiMoCN:90面積%、Co+Ni:10面積%の成分組成からなるTiCN基サーメット焼結体2(以下、「参考例焼結体2」という)を作製した。
【0031】
ついで、本発明焼結体1~8と比較例焼結体1~8について、焼結体の縦断面について、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)を備えた走査型電子顕微鏡(SEM)で縦断面観察し、得られた二次電子像内の測定領域(例えば、40μm×50μmの測定領域)における含有元素量を測定し、TiN相、Mo2C相及びFe-Ni合金相を特定し、各相が前記測定領域に占める面積比率を算出し、5箇所の測定領域で面積比率を算出し、これらの算出値の平均値を、焼結組織中の各相の面積%として求めた。
また、Fe-Ni合金相については、該相におけるNiの含有量とFeの含有量を、オージェ電子分光装置を用い、Fe-Ni合金相上で10点の測定を行い、得られた算出値を平均した値からFeとNiの合計含有量に対するNiの含有割合(=Ni×100/(Fe+Ni))を質量%として求めた。
表3、表6に、これらの値を示す。
【0032】
また、本発明焼結体1~8、比較例焼結体1~8及び参考例焼結体1、2について、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)を備えた走査型電子顕微鏡(SEM)でその縦断面観察を行い、Mo含有量を測定するとともに、該Mo含有量に基づいて低Mo領域の深さ範囲を求めた。
即ち、縦断面観察領域の断面中央付近(焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体の内部)の5個所で測定したMo量の平均値を、焼結体内部の平均Mo含有量であるとして求めた。また、焼結体表面から500μmまでの位置にかけて、10μm毎に焼結体表面と平行な長さ100μmの線分を引き、同線分上でMo量をエネルギー分散型X線分析装置(EDS)により測定し、線分上のMo量平均値が焼結体の内部のMo量の30~80%のMoである領域を低Mo領域であるとして求め、低Mo領域の存在する深さ範囲を特定した。
表3、表6に、上記で求めた焼結体内部の平均Mo含有量、焼結体表面からの低Mo領域の深さ範囲を示す。
【0033】
ついで、本発明焼結体1~8、比較例焼結体1~8及び参考例焼結体1、2の縦断面について、微小硬さ試験(ナノインデンテーション硬さ試験)を行うことにより、低Mo領域の5箇所において測定した微小硬さの平均値を平均微小硬さとして求め、焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体内部の5箇所において測定した微小硬さの平均値を平均微小硬さとして求め、焼結体内部における平均微小硬さに対する低Mo領域の平均微小硬さの比率(%)を求めた。
微小硬さ試験は、荷重10gの条件で、焼結体表面から、その内部への深さ500μmの範囲にわたり、10μm毎に微小硬さHV(N/mm2)を測定し、低Mo領域内の5箇所における測定値の平均値を平均微小硬さとし、また、焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体内部の5箇所における測定値の平均値を平均微小硬さとし、低Mo領域の平均微小硬さを、焼結体内部の平均微小硬さで除することにより、焼結体の表面から少なくとも500μmを超える深さの焼結体内部の平均微小硬さに対する低Mo領域の平均微小硬さの比率(%)を算出した。
なお、比較例焼結体1~8、参考例焼結体1、2のうちで、低Mo領域が形成されていないものについては、前記平均微小硬さの比率は、約100(%)となる。
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
【0039】
【0040】
次に、前記で作製した本発明焼結体1~8、比較例焼結体1~8及び参考例焼結体1、2に対して研削加工を施すことにより、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもった本発明焼結体製の切削工具(以下、「本発明工具」という)1~8、比較例焼結体製の切削工具(以下、「比較例工具」という)1~8及び参考例焼結体製の切削工具(以下、「参考例工具」という)1、2を作製した。
【0041】
前記本発明工具1~8、比較例工具1~8及び参考例工具1、2を、いずれも工具鋼製カッターの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、以下に示す、合金鋼の湿式正面フライス切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定するとともに、切刃の損耗状態を観察した。
切削条件:
被削材:JIS・SCM440のブロック材、
切削速度:180 m/min、
切り込み:0.9 mm、
送り:0.3 mm/rev、
切削時間:15 分、
表7に、切削試験の結果を示す。
【0042】
【0043】
また、前記本発明工具1~8、比較例工具1~8及び参考例工具1、2の切刃表面に、表8に示す平均層厚の硬質被覆層をPVD法あるいはCVD法で被覆形成し、本発明被覆工具1~8、比較例被覆工具1~8及び参考例被覆工具1、2を作製した。
上記の各被覆工具について、以下に示す、湿式正面フライス切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定するとともに、切刃の損耗状態を観察した。
切削条件:
被削材:JIS・SCM440のブロック材、
切削速度:220 m/min、
切り込み:1.0 mm、
送り:0.3 mm/rev、
切削時間:10 分、
表9に、切削試験の結果を示す。
【0044】
【0045】
【0046】
表7、表9に示されるように、本発明工具1~8、本発明被覆工具1~8は、それぞれ、参考例工具1、参考例被覆工具1と同様に、チッピング、欠損等の異常損傷を発生することもなく、長期の使用にわたって、すぐれた切削性能を発揮した。
しかし、比較例工具1~8、参考例工具2、また、比較例被覆工具1~8、参考例被覆工具2は靱性が十分でないため、チッピング、欠損等の異常損傷の発生により、工具寿命が短命であった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
この発明のTiN基焼結体は、すぐれた硬さと靱性を備えるため、切削工具ばかりでなく、各種の技術分野における強靭部材、耐摩部材としても適用することができるが、特に、これを切削工具として用いた場合には、すぐれた耐摩耗性と耐異常損傷性を発揮するため、長期の使用にわたって、すぐれた切削性能を発揮し、切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。