(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-28
(45)【発行日】2022-04-05
(54)【発明の名称】高強度高延性鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220329BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20220329BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20220329BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C21D8/02 A
C22C38/58
(21)【出願番号】P 2018059534
(22)【出願日】2018-03-27
【審査請求日】2020-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(72)【発明者】
【氏名】宮田 亮太
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-280844(JP,A)
【文献】特開2013-057105(JP,A)
【文献】特開2005-226158(JP,A)
【文献】国際公開第2018/020660(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/038470(WO,A1)
【文献】特開平11-036042(JP,A)
【文献】特開昭60-056018(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 7/00-8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C: 0.035~0.070質量%、
Si:0.10~0.55質量%、
Mn:1.55~2.20質量%、
P: 0.0120質量%以下(0質量%を含まない)、
S: 0.0050質量%以下(0質量%を含まない)、
Al:0.015~0.050質量%、
Ti:0.005~0.030質量%、
N: 0.0010~0.0060質量%、
Ca:0.0005~0.0040質量%、
B: 0.0003~0.0030質量%、
Cu:0.20~0.70質量%、及び
Ni:1.05~2.00質量%、Cr:0.55~1.00質量%及びMo:0.20~0.60質量
%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(1)で表されるPcmが0.30以下、
下記式(2)で表されるDIが7.0以上、及び
金属組織が、
ベイナイト及びマルテンサイトの面積率が90%以上、且つMA(Martensite-Austenite constituent)の面積率が5%以下であり、
前記ベイナイト及びマルテンサイトの面積に対する炭化物の面積率が5%以下、且つ当該炭化物の平均円相当直径が0.15μm以下であり、
旧オーステナイト粒の圧延方向の長さを板厚方向の長さで除した値であるアスペクト比が3未満であり、
板幅方向において、
降伏強度YPが700MPa以上、
引張強度TSが780~930MPa、
降伏比YRが85%以上、及び
引張強度TSと伸びELの積TS×ELが13800MPa%以上である、高強度高延性鋼板。
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B] ・・・(1)
DI=1.16×([C]/10)
0.5×(0.7×[Si]+1)×(5.1×([Mn]-1.2)+5)×(0.35×[Cu]+1)×(0.36×[Ni]+1)×(2.16×[Cr]+1)×(3×[Mo]+1)×(1.75×[V]+1)×(200×[B]+1) ・・・(2)
ただし、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo],[V]及び[B]は、それぞれC,Si,Mn,Cu,Ni,Cr,Mo,V及びBの含有量(質量%)を示す。
【請求項2】
請求項1に記載の化学成分組成を有する鋼片を、表面温度が1100℃~1400℃になるように加熱した後、累積圧下率が5%以上となるように熱間圧延を行い、その後表面温度が300℃以下になるまで冷却する第1圧延工程と、
表面温度が950℃~1250℃になるように加熱した後、熱間圧延を行う第2圧延工程と、
表面温度がAc3点以上、950℃以下の焼入れ温度から焼入れを行う焼入れ工程と、
表面温度が520℃以上、630℃以下の焼戻し温度で焼戻しする焼戻し工程と、
をこの順に含む、請求項1に記載の高強度高延性鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張特性(降伏強度、引張強度、降伏比)が良好でありながら伸び特性にも優れる高強度高延性鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁、船舶、海洋構造物、圧力容器、ラインパイプなどの溶接構造物材として用いられる降伏強度の高い高張力鋼板には、強度のほか、優れた伸び特性も併せて要求される場合がある。鋼板は角形鋼管のような曲げ内半径2.5tといった非常に厳しい冷間曲げ加工がなされる場合があるため、伸び特性は冷間曲げ加工性を向上させるために重要な特性である。
【0003】
高張力鋼板について、従来から種々技術が検討されている。
例えば、特許文献1には、溶接入熱量が400kJ/cmを超える1層大入熱溶接部での高靭性を安定して達成する、引張強さが780MPa以上の高強度厚鋼板が開示されている。
特許文献1に係る高強度厚鋼板では、母材の引張強さが780MPa以上、溶接入熱量が400kJ/cmを超える1層大入熱溶接部での靭性(試験温度0℃のシャルピー衝撃エネルギー)が70J以上、大入熱溶接部の最軟化硬度がHV250以上を安定して達成するために、鋼組成を適切に選定して、大入熱溶接熱影響部のミクロ組織中に、脆化組織である島状マルテンサイトを含む脆弱な上部ベイナイト組織が生成することを極力抑制している。
【0004】
また、特許文献2には、板厚30mm以上、降伏強度が630MPa以上で、母材の強度・靭性に優れるとともに、溶接熱影響部の靭性にも優れる高張力鋼板が開示されている。
特許文献2に係る高張力鋼板では、母材成分中のMn,NiおよびCrを適正量添加し、Cを低減することにより、生成する島状マルテンサイトの大きさ(面積)を小さくすると共に、島状マルテンサイトの硬さを低減してマトリックス組織との硬度差を小さくしている。これにより、厚肉かつ高強度が求められる鋼板の母材強度・靭性を向上するだけでなく、溶接熱影響部の靭性も改善されるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-229453号公報
【文献】特開2012-172243号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1及び特許文献2では伸び特性について何ら検討されておらず、伸び特性が不十分である場合がある。
【0007】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、降伏強度、引張強度及び降伏比が優れると共に、伸び特性にも優れた高強度高延性鋼板を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の態様1は、
C: 0.035~0.070質量%、
Si:0.10~0.55質量%、
Mn:1.55~2.20質量%、
P: 0.0120質量%以下(0質量%を含まない)、
S: 0.0050質量%以下(0質量%を含まない)、
Al:0.015~0.050質量%、
Ti:0.005~0.030質量%、
N: 0.0010~0.0060質量%、
Ca:0.0005~0.0040質量%、
B: 0.0003~0.0030質量%、
Cu:0.20~0.70質量%、及び
Ni:1.05~2.00質量%、Cr:0.55~1.00質量%及びMo:0.20~0.60質量%からなる群から選択される1種以上を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(1)で表されるPcmが0.30以下、
下記式(2)で表されるDIが7.0以上、及び
金属組織が、
ベイナイト及びマルテンサイトの面積率が90%以上、且つMA(Martensite-Austenite constituent)の面積率が5%以下であり、
前記ベイナイト及びマルテンサイトの面積に対する炭化物の面積率が5%以下、且つ当該炭化物の平均円相当直径が0.15μm以下であり、
旧オーステナイト粒の圧延方向の長さを板厚方向の長さで除した値であるアスペクト比が3未満であり、
板幅方向において、
降伏強度YPが700MPa以上、
引張強度TSが780~930MPa、
降伏比YRが85%以上、及び
引張強度TSと伸びELの積TS×ELが13800MPa%以上である、高強度高延性鋼板である。
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B] ・・・(1)
DI=1.16×([C]/10)0.5×(0.7×[Si]+1)×(5.1×([Mn]-1.2)+5)×(0.35×[Cu]+1)×(0.36×[Ni]+1)×(2.16×[Cr]+1)×(3×[Mo]+1)×(1.75×[V]+1)×(200×[B]+1) ・・・(2)
ただし、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo],[V]及び[B]は、それぞれC,Si,Mn,Cu,Ni,Cr,Mo,V及びBの含有量(質量%)を示す。
【0009】
本発明の態様2は、
態様1に記載の化学成分組成を有する鋼片を、表面温度が1100℃~1400℃になるように加熱した後、累積圧下率が5%以上となるように熱間圧延を行い、その後表面温度が300℃以下になるまで冷却する第1圧延工程と、
表面温度が950℃~1250℃になるように加熱した後、熱間圧延を行う第2圧延工程と、
表面温度がAc3点以上、950℃以下の焼入れ温度から焼入れを行う焼入れ工程と、
表面温度が520℃以上、630℃以下の焼戻し温度で焼戻しする焼戻し工程と、
をこの順に含む、態様1に記載の高強度高延性鋼板の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
降伏強度、引張強度及び降伏比が優れると共に、優れた伸び特性も有することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者は鋭意検討した結果、ベイナイト及びマルテンサイトの面積に対する炭化物の面積率を5%以下、且つ当該炭化物の平均円相当直径を0.15μm以下に制御すると、炭化物が微細分散し、例えば曲げ加工時等に炭化物を起点とした延性破壊が発生しにくくなるため、伸び特性を向上させることができることを見出した。
【0012】
また、本発明者は鋭意検討した結果、ベイナイト及びマルテンサイトの面積に対する炭化物の面積率を5%以下、且つ当該炭化物の平均円相当直径を0.15μm以下に制御するには、まず第1段の加熱と圧延として軽圧下の圧延(後述する第1圧延工程)をし、その後所望の板厚となるように第2段の圧延(後述する第2圧延工程)をする2段階の圧延をすればよいことを見出した。第1段の加熱と圧延である軽圧下の圧延を行うことにより、鋳造段階で形成された粗大な炭化物が十分に固溶し、その後の工程で再析出する炭化物は微細に鋼中に分散されることになる。
【0013】
1.化学成分組成
以下に本発明の高強度高延性鋼板(以下、単に「鋼板」ということがある)の化学成分組成について説明する。
【0014】
[C:0.035~0.070質量%]
Cは、鋼板の高強度化に寄与する元素である。C含有量が0.035質量%未満であると、所望の組織が十分得られず、必要な母材強度を確保することが困難になる。そのため、C含有量は、0.035質量%以上とする。好ましくは0.040%以上とする。一方、Cは、HAZ靭性を劣化させる元素であり、また耐溶接割れ性を劣化させやすい元素でもある。C含有量が0.070質量%を超えると、母材強度は確保しやすくなるが、鋼板表面部の硬さが大きくなり曲げ加工性が劣化する。更に、C含有量が過剰であると、MAが残留しやすくなり、高強度及び高靭性を得ることが困難となる。また、焼戻し後に析出する炭化物サイズ(炭化物の平均円相当直径)が大きくなり、伸び特性が劣化する。このような観点から、C含有量の上限は0.070質量%とする。好ましくは0.065質量%、より好ましくは0.060質量%とする。
【0015】
[Si:0.10~0.55質量%]
Siは、脱酸材として有効な元素である。また、Siは、母材強度の向上に有効な元素であり、これらの効果を発揮させるには、Siを0.10質量%以上含有させる。好ましくは0.15質量%以上含有させる。しかし、Si含有量が過剰になると、MAが形成され母材強度と靭性の確保が困難となる。加えて、HAZ靭性と溶接性の劣化を招きやすくなるので、Si含有量は0.55質量%以下とする。好ましい上限は0.50質量%であり、より好ましくは0.40質量%である。
【0016】
[Mn:1.55~2.20質量%]
Mnは、オーステナイトを安定化させ、変態温度を低温化させる元素である。また、Mnは、低温変態による結晶粒径微細化効果により衝撃特性の確保に有効な元素である。さらに、Mnは、焼入れ性を向上させて強度向上に有効である。これらの効果を発揮させるために、Mnを1.55質量%以上含有させる。好ましくは1.60質量%以上含有させる。しかし、Mnを過剰に含有させると、伸び特性及びHAZ靭性が劣化する。そのため、Mn含有量の上限は2.20質量%とする。好ましい上限は2.10質量%である。
【0017】
[P:0.0120質量%以下(0質量%を含まない)]
Pは、衝撃特性(母材靭性、曲げ加工後の靭性)とHAZ靭性に悪影響を及ぼす元素である。そのため、P含有量を0.0120質量%以下に規制する必要がある。好ましくは0.0110質量%以下に規制する。
【0018】
[S:0.0050質量%以下(0質量%を含まない)]
Sは、MnSを形成して衝撃特性とHAZ靭性、更には母材伸びを劣化させる元素である。そのため、S含有量は0.0050質量%以下に規制する。好ましくは0.0030質量%以下に規制する。
【0019】
[Al:0.015~0.050質量%]
Alは、脱酸に必要な元素であり、0.015質量%以上含有させる。好ましくは0.020質量%以上含有させる。一方、Alを過剰に含有させると、アルミナ系の粗大な介在物を形成し衝撃特性が低下する。そのため、Al含有量は0.050質量%以下とする。好ましくは0.040質量%以下である。
【0020】
[Ti:0.005~0.030質量%]
Tiは、Nと窒化物(TiN)を形成して熱間圧延前の加熱時におけるオーステナイト粒(γ粒)の粗大化を防止する元素である。Tiは、得られる組織を微細化することによって、強度の確保、靭性とHAZ靭性の向上に寄与する元素である。また、Tiは、Bと組み合わせて使用することによりフリーBを形成させることで焼入性を高めることができる。これらの効果を発揮させるには、Tiを0.005質量%以上含有させる必要がある。好ましくは0.010質量%以上含有させる。しかし、Ti含有量が過剰では、TiNの他にTiCが析出し、靭性とHAZ靭性が劣化する。よってTi含有量は0.030質量%以下、好ましくは0.025質量%以下とする。
【0021】
[N:0.0010~0.0060質量%]
Nは、TiとともにTiNを生成し、熱間圧延前の加熱時および溶接時におけるγ粒の粗大化を防止し、靭性やHAZ靭性を向上させるのに有効な元素である。N含有量が0.0010質量%未満であると、TiNが不足し、上記γ粒が粗大になり、靭性やHAZ靭性が劣化する。そのため、N含有量は0.0010質量%以上、好ましくは0.0020質量%以上、より好ましくは0.0030質量%以上とする。一方、N含有量が過剰になり、0.0060%を超えると、BNを形成し、強度、靭性とHAZ靭性が劣化する。そのため、N含有量の上限は0.0060質量%、好ましくは0.0055質量%とする。
【0022】
[Ca:0.0005~0.0040質量%]
Caは、MnSを球状化して伸び特性及び耐溶接割れ性に対する無害化に有効に作用する元素である。この効果を有効に発揮させるには、Caを0.0005質量%以上、より好ましくは0.0010質量%以上含有させる。しかし、Ca含有量が過剰では、介在物を粗大化させ、母材靭性を劣化させる。そのため、Ca含有量の上限は、0.0040質量%とする。Ca含有量の上限は0.0030質量%とすることが好ましい。
【0023】
[B:0.0003~0.0030質量%]
Bは、Tiと組み合わせられることによりBNを形成することなくフリーBとして存在し、焼入性を向上させ、高強度化に有効な元素である。そのため、Bは0.0003質量%以上含有させる。好ましくは0.0008質量%以上含有させる。しかし、B含有量が過剰では粗大な析出物を形成し、かえって焼入れ性を低下させる。そのため、B含有量の上限は0.0030質量%とする。より好ましい上限は0.0025質量%である。
【0024】
[Cu:0.20~0.70質量%]
Cuは、溶接性、HAZ靭性に大きな悪影響を及ぼすことなく、母材の強度、靭性を向上させるのに有効な元素である。これらの効果を有効に発揮させるには、Cuは0.20質量%以上、より好ましくは0.30質量%以上含有させる。しかし、原料コストを低減する観点から、Cuは少ない方がよい。そのため、Cuは0.70質量%以下、より好ましくは0.60質量%以下含有させる。
【0025】
[Ni:1.05~2.00質量%、Cr:0.55~1.00質量%及びMo:0.20~0.60質量%からなる群から選択される1種以上]
本発明の鋼板は、Ni、Cr及びMoからなる群から選択される1種以上を含有させる。以下にこれらの元素について説明する。
Niは、溶接性、HAZ靭性に大きな悪影響を及ぼすことなく、母材の強度、靭性を向上させるのに有効な元素である。Niを含有させる場合、この効果を有効に発揮させるには、Niは1.05質量%以上、好ましくは1.10質量%以上含有させる。しかし、原料コストを低減する観点から、Niは少ない方がよい。そのため、Niを含有させる場合、Niは2.00質量%以下、好ましくは1.90質量%以下含有させる。
【0026】
Crは高強度化に寄与する元素である。加えて、Crは合金炭化物を形成させ安定化させるため、炭化物のサイズを抑える効果がある。Crを含有させる場合、これらの効果を有効に得るために、Crは0.55質量%以上、好ましくは0.60質量%以上含有させる。一方、原料コスト低減の観点から、Crを含有させる場合、Crは1.00質量%以下、好ましくは0.95質量%以下含有させる。
【0027】
Moは、高強度化に寄与する元素である。加えて、Moは合金炭化物を形成させ安定化させるため、炭化物のサイズを抑える効果がある。また、Moは、ホウカ物の形成を抑えて焼入性を向上させる元素である。Moを含有させる場合、これらの効果を有効に得るには、Moは0.20質量%以上、好ましくは0.25質量%以上含有させる。一方、原料コスト低減の観点から、Moを含有させる場合、0.60質量%以下、好ましくは0.55質量%以下含有させる。
【0028】
[残部]
好ましい1つの実施形態では、残部は、鉄および不可避不純物である。不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量元素(例えば、As、Sb、Sn、Vなど)の混入が許容される。なお、例えば、PおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0029】
また、本発明に係る鋼板の化学成分組成は、以下に詳細を説明するPcmが0.30以下、及びDIが7.0以上を満足する。
【0030】
[Pcm:0.30以下]
下記式(1)で表されるPcmは溶接割れ感受性組成と呼ばれ、厚肉で拘束度が大きい鋼板においても溶接割れを安定して抑制するには、0.30以下とする必要がある。本発明は、強度及び伸び特性を向上させることに加えて、Pcmを0.30以下とすることにより、溶接割れを安定して抑制することができる。Pcmは、好ましくは、0.29以下である。Pcmの値は小さいほど好ましく、特に下限は限定されないが、本発明の化学成分組成では、Pcmの下限は、おおよそ0.24程度となる。
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B] ・・・(1)
ただし、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo],[V]及び[B]は、それぞれC,Si,Mn,Cu,Ni,Cr,Mo,V及びBの含有量(質量%)を示す。
なお、上記式中に鋼板に含まれない元素がある場合、その含まれない元素については含有量をゼロとして算出する。
【0031】
[DI:7.0以上]
下記(2)式で表されるDIは焼入性倍数と呼ばれ、板厚が厚い鋼板でも安定した組織(具体的には、ベイナイト及びマルテンサイトの面積率が90%以上)を確保し高強度を達成するために、7.0以上とする必要がある。好ましくは7.5以上である。上限は特に限定されないが、15.0程度である。
DI=1.16×([C]/10)0.5×(0.7×[Si]+1)×(5.1×([Mn]-1.2)+5)×(0.35×[Cu]+1)×(0.36×[Ni]+1)×(2.16×[Cr]+1)×(3×[Mo]+1)×(1.75×[V]+1)×(200×[B]+1) ・・・(2)
なお、上記式中に鋼板に含まれない元素がある場合、その含まれない元素については含有量をゼロとして算出する。
【0032】
2.鋼組織
次に、本発明の鋼板の鋼組織の詳細を説明する。
以下の鋼組織の説明では、そのような組織を有することにより各種の特性を向上できるメカニズムについて説明している場合がある。これらは本発明者が現時点で得られている知見により考えたメカニズムであるが、本発明の技術的範囲を限定するものではないことに留意されたい。
【0033】
[ベイナイト及びマルテンサイトの面積率:90%以上]
本発明では、母材の引張特性を確保するために、化学成分組成の適正化と熱間圧延条件の適正化、及び、焼入れ処理、焼戻し処理することにより、鋼の変態強化と炭化物の析出強化を活用している。ここで、高温で変態が開始され、軟質なフェライト相が多くなると、引張特性、特に、降伏強度700MPa以上を満足することが困難になる。よって、引張特性確保にはベイナイト及びマルテンサイトを主体組織とすることが必要である。具体的には、ベイナイト及びマルテンサイトの面積率を、鋼の全組織に対して90%以上とする必要がある。90%を下回ると、組織としてのフェライトが増加し、上述の通り引張特性の確保が困難になる。ベイナイト及びマルテンサイトの面積率は、好ましくは92%以上とする。ベイナイト及びマルテンサイトの面積率は高いほどよく、上限は特に限定されず、最も好ましくは100%である。
【0034】
[MAの面積率:5%以下]
本発明の鋼板は、高い引張強度を確保すると共に、高降伏強度を達成することができる。そのためには、MAの面積率を鋼の全組織に対して5%以下とする必要がある。MAとは、martensite-austenite constituentの略であり、マルテンサイトとオーステナイトの複合体(複合組織)である。MAの面積率が5%を超えると、硬質なMAによる降伏比低減効果により、降伏強度が低下してしまい、高降伏強度を満足することができなくなる。加えて、硬質なMAが鋼組織中に分散すると、MAを起点に亀裂が発生し衝撃特性を満足に得られない。MAの面積率は、好ましくは1面積%以下である。MAの面積率は少ないほどよく、下限は特に限定されず、最も好ましくは0%である。
【0035】
[ベイナイト及びマルテンサイトの面積に対する炭化物の面積率:5%以下]
良好な伸び特性を発現させるためには、例えば曲げ加工時等に鋼板を均一に変形させる必要がある。これは、炭化物を鋼中に微細分散させることで達成できる。炭化物が鋼中に微細分散すると、例えば曲げ加工時等に炭化物を起点とした延性破壊が発生しにくくなる。具体的には、ベイナイト及びマルテンサイトの面積に対する炭化物の面積率を5%以下、且つ後述する炭化物の平均円相当直径を0.15μm以下にする。当該面積率が5%以下、且つ炭化物の平均円相当直径が0.15μm以下に制御されていれば、粗大な炭化物の析出は抑制され、炭化物が微細分散されている。当該面積率は、好ましくは4%以下、より好ましくは3%以下である。当該面積率の下限は、特に限定されないが、本発明のC含有量の範囲を考慮すると、概ね2%程度である。なお、ベイナイト及びマルテンサイト内に炭化物が存在する場合、上記ベイナイト及びマルテンサイトの面積は、当該炭化物の面積を含めた面積である。また、本発明で対象としている炭化物は、セメンタイト,合金炭化物M23C6,M7C3(MはFe,Cr,Mo等の合金元素)等である。
【0036】
[炭化物の平均円相当直径:0.15μm以下]
ベイナイト及びマルテンサイトの面積に対する炭化物の面積率を5%以下に制御すると共に、炭化物の平均円相当直径を0.15μm以下に制御することによって、炭化物を微細分散させることができる。これにより、良好な伸び特性を発現させることができる。当該平均円相当直径は、好ましくは0.13μm以下にする。当該平均円相当直径の下限は、特に限定されないが、本発明のC含有量の範囲を考慮すると、概ね0.01~0.05μm程度である。
【0037】
[旧オーステナイト粒のアスペクト比:3未満]
本発明では、鋼板の異方性(例えば、圧延方向(L方向)と板幅方向(C方向)における異方性)を低減するため、旧オーステナイト粒(旧γ粒)のアスペクト比を3未満とする。好ましくは、2以下とする。
【0038】
3.特性
上述のように本発明の鋼板は、YP(YS)、TS、YR及びTS×ELが何れも高いレベルにある。以下に、これらの特性について説明する。
【0039】
(1)降伏強度(YP)
板幅方向(C方向)におけるYPは700MPa以上である。
【0040】
(2)引張強度(TS)
板幅方向(C方向)におけるTSは780MPa以上である。引張強度が高いほど好ましいが、本発明の鋼板の化学成分組成および製造条件等を考慮すると、引張強度の上限は930MPaである。
【0041】
(3)降伏比(YR)
板幅方向(C方向)におけるYRは85%以上である。好ましくは、88%以上である。YRの上限は、特に限定されないが、安全性の観点から、97%程度であることが好ましい。
【0042】
(4)引張強度×伸び(TS×EL)
引張強度TSと伸び(全伸び)ELの積A(=TS×EL)(JIS4号試験片の場合)、A(=TS×EL×2.48/t0.5,ただし、t:板厚(mm))(JIS5号試験片の場合)は、13800MPa%以上を満足する。好ましくは14000MPa%以上である。高いTS×ELを有することで、高い強度と高い伸びとを同時に有する、高レベルの強度延性バランスを得ることができる。
【0043】
4.製造方法
次に本発明に係る鋼板の製造方法について説明する。
本発明者は、所定の化学成分組成を有する鋼片(スラブ)に詳細を後述する第1圧延工程と第2圧延工程の2段階の熱間圧延を行うことにより、上述の所望の鋼組織を有し、その結果、上述の所望の特性を有する高強度高延性鋼板を得られることを見出した。なお、以下に説明する第1圧延工程,第2圧延工程、焼入れ工程及び焼戻し工程における「温度」は、鋼板の表面における温度である。また、加熱段階における表面温度は、一般的な加熱炉での加熱においては内部(板厚中心部)も概ね同等の温度となる。
以下にその詳細を説明する。
【0044】
[第1圧延工程]
まず、上述の所定の化学成分組成を有し、例えば連続鋳造等の従来の鋳造方法によって得られた鋼片に対して第一段の圧延(第1圧延工程)を行う。すなわち、第1圧延工程では、鋼片を1100℃~1400℃に加熱した後、累積圧下率が5%以上となるように熱間圧延を行い、その後300℃以下まで冷却する。第1圧延工程は従来行われていないが、第1圧延工程を行うことにより、鋳造段階で形成された粗大な炭化物が十分に固溶し、偏析を低減させ、その後の工程で再析出する炭化物の微細化を可能とする。なお、第1圧延工程における累積圧下率は、従来、鋳造工程(例えば、連続鋳造)の最終段階で行われる場合があるブレークダウン(BD)によって達成されていた圧下率を、第1圧延工程で実現してもよい。
加熱温度の下限は、好ましくは1150℃である。また、加熱温度の上限は、好ましくは1350℃である。また、第1圧延工程における累積圧下率の下限は、好ましくは8%である。また、第1圧延工程における累積圧下率の上限は、特に限定されないが、第2圧延工程における圧下率確保の観点から、好ましくは80%、より好ましくは75%である。
【0045】
[第2圧延工程]
続いて、第1圧延工程が施された鋼に第2圧延工程を行う。第2圧延工程では、鋼を950℃~1250℃に加熱した後、熱間圧延を行う。この熱間圧延は、所望の板厚及び板幅が得られれば、通常の熱間圧延の条件を採用することができる。好ましい熱間圧延の一例として、例えば以下のように再結晶圧延工程及び未再結晶圧延工程を行うことが挙げられる。
【0046】
再結晶圧延工程では、900℃~1200℃の温度域で当該温度域における累積圧下率が10%以上となるように熱間圧延を行うことが好ましい。
未再結晶圧延工程では、オーステナイトが再結晶しない、いわゆる未再結晶域である900℃以下の温度域で当該温度域における圧下が入っても入らなくてもよく、生産性の観点からなるべく高温で仕上げることが望ましい。
【0047】
熱間圧延後は、常法に従って冷却する。冷却方法は、特に限定されないが、例えば空冷、水冷等である。
【0048】
[焼入れ工程]
続いて、Ac3点以上、950℃以下の焼入れ温度から焼入れを行う。焼入れにより、ベイナイト及びマルテンサイトの面積率が90%以上になる。冷却停止温度は、特に限定されないが、Mf点(マルテンサイト変態終了温度)以下の温度(例えば、室温)までは冷却する必要がある。冷却方法は、ベイナイト及びマルテンサイトの面積率が90%以上になれば特に限定されないが、水冷であることが好ましい。
なお、Ac3点については、測定により求めてもよいが、その組成を用いて一般的に知られている計算式により算出してよい。例えば、下記式(3)を用いることによりAc3点を算出できる(例えば、「レスリー鉄鋼材料学」丸善,(1985)参照)。
Ac3点(℃)=910-203×[C]1/2+44.7×[Si]-30×[Mn]+700×[P]+400×[Al]+400×[Ti]+104×[V]-11×[Cr]+31.5×[Mo]-20×[Cu]-15.2×[Ni] ・・・(3)
ここで、[ ]は、その中に記載された元素の質量%で示される含有量を示す。
【0049】
[焼戻し工程]
続いて、520℃以上、630℃以下の焼戻し温度で焼戻しする。焼戻しにより、MAが低減し、強度確保が可能となる。好ましい焼戻し温度の下限は530℃、好ましい焼戻し温度の上限は620℃である。
【実施例】
【0050】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0051】
1.サンプル作製
表1に記載した化学成分組成を有する鋼片を用いて、表2に記載した製造条件でサンプルを作製した。
なお、表2に示した各工程の温度は、放射温度計を用いて測定した。また、第1圧延工程における熱間圧延後は、300℃以下になるまで冷却した。
また、Ac3点(℃)は、上記式(3)によって算出した。表1に示した鋼No.A,鋼No.B,鋼No.C,鋼No.D及び鋼No.Eの場合、Ac3点は、それぞれ815℃、814℃、805℃、815℃及び839℃である。
また、表1~表3において、下線を付した数値は、本発明の実施形態の範囲から外れていることを示している。また、表2において、例えば「985-905」と記載された欄は、905から985までの範囲内の数値であることを意味する。
【0052】
【0053】
【0054】
2.鋼組織
鋼組織の観察は以下のようにして実施した。
(1)圧延方向に平行でかつ鋼板表面に対して垂直な、鋼板表裏面を含む板厚断面を観察できるよう上記鋼板からサンプルを採取する。
(2)湿式エメリー研磨紙(#150~#1000)での研磨、またはそれと同等の機能を有する研磨方法(ダイヤモンドスラリー等の研磨剤を用いた研磨等)により、観察面の鏡面仕上げを行う。
(3)研磨されたサンプルを、目的に応じて3%ナイタール溶液、レペラ溶液を用いて腐食し、結晶粒界、MAを現出させる。
(4)t(板厚)/4部位において、現出させた組織を光学顕微鏡により観察して(観察倍率:400倍,観察領域:約200μm×約160μm)、ポリゴナルフェライト,ベイナイト及びマルテンサイト,MA、並びに炭化物の組織分率、旧γ粒のアスペクト比及び炭化物の平均円相当直径を算出した。算出された組織分率に基づいて、全組織に対するベイナイト及びマルテンサイトの面積率、全組織に対するMAの面積率、並びにベイナイト及びマルテンサイトの面積に対する炭化物の面積率を算出した。これらの測定結果を表3に示した。なお、炭化物は、上記腐食により観察面上に粒状物として浮き上がっており、この粒状物が炭化物であることは組成分析により確認している。そのため、観察される粒状物を炭化物と判断した。
【0055】
なお、ここでいうベイナイトは、上部ベイナイト、下部ベイナイト、ベイニティックフェライトなどが焼戻された組織をいうが、一般的に焼戻マルテンサイトも含め、これらの組織を選別することは難しいこと、組織が十分焼き戻されていることから、ポリゴナルフェライト、MA以外の組織を、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトとした。なお、本実施例で使用したいずれの試験片にも、パーライト組織は含まれていないことも確認した。
【0056】
3.機械的特性
得られたサンプルについて、引張試験を行って、YP(YS)、TS及びELを測定し、YR及びTS×ELを算出した。以下に、具体的に説明する。
【0057】
[引張試験(引張特性の評価)]
t(板厚)/4の部位から圧延直角方向(板幅方向、C方向)に丸棒引張試験片を採取して、JIS Z 2201の要領で引張試験を行い、降伏強度(YP)、引張強度(TS)、伸び(全伸び,EL)及び一様伸び(UE)を測定し、降伏比(YR)及びTS×EL(引張強度TSと伸びELの積A)を算出した。試験片は、JIS4号試験片又はJIS5号試験片を用いた。そして、降伏強度YPが700MPa以上、引張強度が780~930MPa、降伏比YRが85%以上及びTS×ELが13800MPa%以上のものを、高強度であり(引張特性が優れており)、且つ伸び特性が優れていると評価した。
【0058】
【0059】
表3の結果を考察する。
本発明の条件を満たす実施例サンプルである、試料No.2,3及び5~7は、いずれも板幅方向において、降伏強度YPが700MPa以上、引張強度TSが780~930MPa、降伏比YRが85%以上及び引張強度TSと伸びELの積TS×ELが13800MPa%以上を達成している。
【0060】
一方、試料No.1は、焼戻し温度が高かったため、引張強度TSが低めに外れ、所望の強度を得られなかった。
試料No.4は、焼戻し温度が低かったため、引張強度TSが高めに外れ、所望の強度を得られなかった。
試料No.8~10は、C量、Mn量、Cu量、Ni量、Ti量、Ca量及びDI値が規定値を満足せず、また第1圧延工程を行わなかったため、炭化物の面積率が大きく、且つ炭化物の平均円相当直径が大きく、伸び特性が劣った。