(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-30
(45)【発行日】2022-04-07
(54)【発明の名称】洗濯機
(51)【国際特許分類】
D06F 33/36 20200101AFI20220331BHJP
D06F 103/44 20200101ALN20220331BHJP
D06F 105/46 20200101ALN20220331BHJP
【FI】
D06F33/36
D06F103:44
D06F105:46
(21)【出願番号】P 2017117063
(22)【出願日】2017-06-14
【審査請求日】2020-05-28
(73)【特許権者】
【識別番号】512128645
【氏名又は名称】青島海爾洗衣机有限公司
【氏名又は名称原語表記】QINGDAO HAIER WASHING MACHINE CO.,LTD.
(73)【特許権者】
【識別番号】307036856
【氏名又は名称】アクア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137486
【氏名又は名称】大西 雅直
(72)【発明者】
【氏名】星野 広行
【審査官】程塚 悠
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-057880(JP,A)
【文献】特開2012-081014(JP,A)
【文献】特開2016-036400(JP,A)
【文献】特開平11-075394(JP,A)
【文献】特開2015-159652(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06F 33/30-33/42
H02P 6/18
H02P 21/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
洗濯物を撹拌するパルセータと、前記パルセータを正逆駆動する永久磁石同期型のモータと、このモータのロータに対する起動と停止をセンサレスで制御する制御手段とを備え、
前記制御手段は、
ロータが所定回転方向に回転している状態から停止
する時に短絡ブレーキを行う短絡ブレーキ制御部と、短絡ブレーキによって巻線に流れる相電流
がロータの停止直前における相電流値として予め定める所定値以下になった時点で検出される相電流からロータが停止した位相を推定する停止位相推定部と、推定した停止位相を記憶する記憶部とを具備し、
ロータが停止した後で前記所定回転方向と反対方向にロータを回転起動
する時に前記記憶部から推定したロータの停止位相を取り出し、これに基づいて同期回転開始時にロータの位置決めを行う電流ベクトルである位置決め電流ベクトルを生成することを特徴とする洗濯機。
【請求項2】
前記停止位相推定部は、相電流の大小関係によって分類される静止座標上の複数のセクタに対して、短絡ブレーキにより巻線に流れる相電流のベクトルである短絡ブレーキ電流ベクトルが停止直前に何れのセクタに属するかの判定を行う請求項1に記載の洗濯機。
【請求項3】
前記停止位相推定部は、判定したセクタの中心位相角を回転座標系のq軸近傍に存する短絡ブレーキ電流ベクトルの位相角とし、この位相角に所定角度を加減してd軸の位相角を推定する請求項2に記載の洗濯機。
【請求項4】
前記停止位相推定部は、推定したセクタの基準位相角に、相電流に基づいて予め定めた対応関係から導かれる補正角を加味した角度をq軸近傍に存する短絡ブレーキ電流ベクトルの位相角とし、この位相角に所定角度を加減してd軸の位相角を推定する請求項2に記載の洗濯機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、永久磁石同期モータを備えた洗濯機において、モータの起動を適切に行うことができる洗濯機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
この種の洗濯機は、洗濯物を撹拌するパルセータと、前記パルセータを駆動する永久磁石同期型のモータと、このモータのロータに対する起動と停止をセンサレスで制御する制御手段とを備えて構成されるのが通例である。
【0003】
ところで、モータ起動時に永久磁石同期モータのロータ位置が不明であると、起動に失敗する可能性がある。
【0004】
モータの起動不良を解決する手段として、例えば特許文献1、2に示されるものが開示されている。
【0005】
特許文献1には、負荷変動が大きい起動あるいは低速回転時には位置センサを利用したロータ位置検出手段によって安定に回転させ、高速回転時にはロータ位置検出手段を用いないセンサレス制御に移行して、位置検出手段のバラツキに起因する電流歪を減少させ、低騒音化する技術が開示されている。
【0006】
また特許文献2は、誘起電圧検出によるロータ位置検出回路を備える。起動時のロータ固定後の転流期間に誘起電圧を検出し、それにより通電パターンを適切に調節して、起動時のモータ出力トルクを大きくし、高速、安定に立ち上げるように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、いずれもロータの位置を検出するために何らかの位置検出手段を必要とし、コストアップ要因になるという課題がある。
【0010】
一方、ロータの位置検出手段を用いないセンサレス制御でモータの起動を適切に行うためには、ロータの位置決めをするために、三相巻線に適当に電流を流してロータを適切な方向に磁力でステータに引きつけ、ステータとの間で生じる回転磁界を利用してロータの同期回転を開始する必要がある。
【0011】
このためには、次の課題を解決しなければならない。センサレス制御では原理的に停止時のロータの位置は判らないので、ロータの引きつけ方向が不適切な場合には、ロータの大きな後戻りまたは進み回転が生じ、ロータが短期間振動することがある。
【0012】
図13はその一例を示すもので、永久磁石同期型のモータMを構成するロータRが(a)の位相で停止していたとする。その状態で、図示のような電流Iu、Iv、Iwを流すと、ステータ側に磁極が現われ、ロータRの磁石の引力と斥力によりロータRは約90°回転して、(b)の状態に移る。このロータRの回転や振動の最中に同期回転に移行してしまうと、ステータとの間で生じる回転磁界に対してロータRは滑らかに同期回転できず、脱調が発生することもある。
【0013】
ロータRの位置決め時間を長くすれば、このような問題は生じにくくなるが、洗濯機では、洗浄力を得るためにパルセータを速やかに反転させる必要があるため、位置決め時間を長く設定することはできない。
【0014】
本発明は、このような課題に着目してなされたものであって、モータ停止時のロータの位相を推定しロータの位置を推定することにより、別途ロータの位置検出手段を用いずとも、滑らかな同期回転でモータを起動してセンサレス制御に移行させる制御を実現することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、かかる目的を達成するために、次のような手段を講じたものである。
【0016】
本発明の洗濯機は、洗濯物を撹拌するパルセータと、前記パルセータを正逆駆動する永久磁石同期型のモータと、このモータのロータに対する起動と停止をセンサレスで制御する制御手段とを備え、前記制御手段は、ロータが所定回転方向に回転している状態から停止する時に短絡ブレーキを行う短絡ブレーキ制御部と、短絡ブレーキによって巻線に流れる相電流がロータの停止直前における相電流値として予め定める所定値以下になった時点で検出される相電流からロータが停止した位相を推定する停止位相推定部と、推定した停止位相を記憶する記憶部とを具備し、ロータが停止した後で前記所定回転方向と反対方向にロータを回転起動する時に前記記憶部から推定したロータの停止位相を取り出し、これに基づいて同期回転開始時にロータの位置決めを行う電流ベクトルである位置決め電流ベクトルを生成することを特徴とする。
【0017】
この場合に前記停止位相推定部は、相電流の大小関係によって分類される静止座標上の複数のセクタに対して、短絡ブレーキにより巻線に流れる相電流のベクトルである短絡ブレーキ電流ベクトルが停止直前に何れのセクタに属するかの判定を行うことが望ましい。
【0018】
特に前記停止位相推定部は、判定したセクタの中心位相角を回転座標系のq軸近傍に存する短絡ブレーキ電流ベクトルの位相角とし、この位相角に所定角度を加減してd軸の位相角を推定することが望ましい。
【0019】
或いは前記停止位相推定部は、推定したセクタの基準位相角に、相電流に基づいて予め定めた対応関係から導かれる補正角を加味した角度をq軸近傍に存する短絡ブレーキ電流ベクトルの位相角とし、この位相角に所定角度を加減してd軸の位相角を推定することが望ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、パルセータの反転動作において、停止位相推定部によって停止時のロータ位相を推定し、推定した位相を記憶部で記憶することができる。このため、記憶部からロータの位相を呼び出すことによってある程度ロータの位置が分かるので、別途ロータの位置を検出する検出手段を設けなくてもよく製品コストを低減することができる。またロータの位相を呼び出すことによって、確実にロータを位置決めできるとともに、ロータ位置決め時間を短縮することができるので、反転毎のモータ消費電力を軽減することができる。
【0021】
また本発明によれば、短絡ブレーキ電流ベクトルが何れのセクタに属するかの判定を相電流の大小関係によって行うので、短絡ブレーキ電流ベクトルの向きを簡単に把握することができる。
【0022】
また本発明によれば、判定したセクタの中心位相角を回転座標系のq軸の位相角とするので、特別な演算をせずにd軸の位相角を推定することができる。
【0023】
また本発明によれば、推定したセクタの基準位相角に、相電流に基づいて予め定めた対応関係から導かれる補正角を加味した角度をq軸の位相角とするので、比較的簡単な演算によってより精度の高いd軸の位相角を推定することができる。
【0024】
また本発明によれば、記憶部からロータの位相を取り出して同期回転開始時の位置決め電流ベクトルを生成するので、同期回転開始時のロータの大きな後戻り、進み回転、振動を適切に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の第1実施形態に係る洗濯機の外観を示す斜視図。
【
図3】本実施形態における短絡ブレーキによる位相推定の前提構成となるモータ制御系のシステム構成を示す回路図。
【
図4】本実施形態に係るシステムのうち短絡ブレーキによる位相推定とそれによる起動の機能を表わしたブロック図。
【
図5】位置決め電流ベクトルと静止座標系との関係を示す図。
【
図6】短絡ブレーキを掛けてからロータが停止するまでの短絡ブレーキ電流ベクトルのベクトル軌跡を示す図。
【
図7】停止直前のd-q座標と短絡ブレーキ電流ベクトルの関係を示す図。
【
図8】短絡ブレーキ電流ベクトルとd軸の関係を示す図。
【
図9】短絡ブレーキ電流ベクトルの大きさと位相の関係を示す図。
【
図10】本実施形態に係る位相推定の処理手順を示すフローチャート。
【
図11】本発明の第2実施形態に係る位相推定の処理手順の一部を示すフローチャート。
【
図12】本発明の変形例に係る短絡ブレーキ制御部の構成を示す図。
【
図13】同期回転起動時のロータ位相と不具合の発生の関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態を、図面を参照して説明する。
【0027】
<第1実施形態>
図1は、本発明の一実施形態に係る縦型の洗濯機(以下、「洗濯機」と称す。)1の外観を示す斜視図である。また、
図2は、本実施形態の洗濯機1の概略構成を示す縦断面図である。
【0028】
この洗濯機1は、洗濯機本体11と、外槽12と、脱水槽(洗濯槽)13と、入力部14と、パルセータ(撹拌翼)15と、駆動部16と、制御手段C(
図3参照)とを備える。このような洗濯機1は、入力部14にあって全自動で洗濯を行う図示しないスタートキーが押されると、脱水槽13内にある洗濯物の量を負荷量として自動判定し、負荷量に基づいて洗い工程およびすすぎ工程で外槽12に貯める水量を自動で決定して、パルセータ15を正逆駆動することにより洗濯動作を行う。
【0029】
洗濯機本体11は、略直方体形状であり、上面11aに、脱水槽13に対して洗濯物(衣服)を出し入れするための開口11bと、この開口11bを開閉可能な開閉蓋11cとを有し、開閉蓋11cを開けることで開口11bを介して脱水槽13に洗濯物を出し入れ可能な構成である。また、このような洗濯機本体11の上面11aには、前述の入力部14が形成される。
【0030】
図2に示す外槽12は、洗濯機本体11の内部に配置された、水を貯留可能な有底筒状の部材である。
【0031】
洗濯槽としての脱水槽13は、外槽12の内部で外槽12と同軸に配置されるとともに、外槽12によって回転自在に支持された有底筒状の部材である。脱水槽13は、外槽12よりも小径であり、その壁面13aに図示しない多数の通水孔を有する。
【0032】
パルセータ15は、脱水槽13の底部13b中央に回転自在に配置され、外槽12に貯留された水を撹拌して水流を発生させる。
【0033】
駆動部16は、モータMとクラッチ16bとを含む。この実施形態のモータMは永久磁石型の同期モータ(いわゆる「PMモータ」)と称されるものを使用している。モータMは、脱水槽13の底部13aに向けて延出する駆動軸mを回転させることで脱水槽13を回転させる。またモータMは、クラッチ16bを切り替えることでパルセータ15にもトルクを与え、パルセータ15を回転させることができる。そのため、洗濯機1は、洗い工程およびすすぎ工程では主としてパルセータ15のみを予め定めた回転ON期間と回転OFF期間を通じて正逆回転させ、脱水工程では脱水槽13とパルセータ15とを一体的に高速で一方向に回転させることができる。正逆回転時のパルセータ5の回転数は、例えば900rpmに設定される。
【0034】
前述したように、停止後のロータRをセンサレスで適切に起動させるためには、三相巻線に適当に電流を流してロータRを適切な方向に磁力で引きつけ、同期回転を滑らかに開始する必要がある。
【0035】
そこで本実施形態では、制御手段Cは、
図4に示すように、停止時に短絡ブレーキを行う短絡ブレーキ制御部61と、短絡ブレーキによって巻線に流れる相電流のうち停止直前の相電流から停止時のロータRの位相を推定する停止位相推定部7と、推定した停止時のロータRの位相を記憶する記憶部8とを含んで構成され、起動時に記憶部8から推定したロータRの停止位相を取り出し、これに基づいて同期回転開始時にロータRの位置決めを行う電流ベクトルV1(以下、「位置決め電流ベクトル」という)を生成している。
【0036】
このように構成することで、パルセータ15の反転動作において、別途ロータ位置検出装置を用いずに停止時のロータRの位相を推定して、記憶部8に記憶することができる。このため、記憶されたロータの位相を用いれば、同期回転開始時のロータRの位置決めを確実に行うことができるので、ロータRの大きな後戻り、進み回転、振動を適切に防止して、迅速、確実にロータRの起動が可能になる。また、ロータ位置決め時間を短縮することができ、反転毎のモータ消費電力を軽減することができる。
【0037】
ここで短絡ブレーキとは、IGBT等スイッチング素子によりU/V/W巻線を短絡し、回転エネルギーをモータ巻線のジュール熱に変換してブレーキとするものである。
【0038】
以下、まずはセンサレス制御を行う制御手段Cの構成について説明する。モータ停止からの起動に際し、ロータ停止又は極低速では、モータMの誘起電圧が小さすぎるため、センサレス・ベクトル制御は不可能である。そのため、
図4に示すように、制御手段Cのモータ駆動制御部6を、同期回転制御部62において同期回転で強制的にある程度の速度までロータRを回転させておいてから、センサレス・ベクトル制御部63においてベクトル制御に移行するように構成される。
【0039】
制御手段Cは、
図3に示すように、制御量として与えられるモータ回転速度指令値ω
*
mとモータ回転速度推定値ω
mとの偏差に基づいてトルク指令を生成するトルク指令生成部2と、駆動時のモータ電流Iq(Id)とトルク指令値T
*に対応する電流指令値Iq
*(Id
*)との偏差をモータ電圧指令値V
*q、V
*dに変換してモータMを駆動するモータ駆動制御部3と、モータ電流Iq、Idおよびモータ電圧指令値V
*q、V
*dに係るモータ電圧Vq、Vdを用いてモータ回転速度ω
mを推定する速度推定部たる速度推定器4とを備え、この速度推定器4は制御ループ5内に構成されている。トルク指令生成部2とモータ駆動制御部3は一般に言うインバータ制御器の構成要素である。また、ここではモータ電圧指令値V
*q、V
*dに等しいモータ電圧Vq、Vdが発生しているものとして扱っている。
【0040】
トルク指令生成部2では、まず減算器21に、洗濯機1の運転全般を制御するマイクロコンピュータ等から与えられる回転速度指令ω*mとモータ駆動状態から推定した推定速度値ωmを入力する。減算器21の差分出力は速度制御器22に入力される。
【0041】
速度制御器22は、モータMの回転数を目標値に制御するために、回転速度指令ω*
mと推定速度ωmとの差分量に基づきPI制御によってトルク指令T*を生成する。
【0042】
このトルク指令生成部22で生成されるトルク指令T*は、モータ駆動制御部3に入力される。
【0043】
モータ駆動制御部3は、同期モータMのロータRの回転に伴って回転している磁極の回転座標系(d、q)の下にスイッチSW1、SW2を切り替えながら電圧駆動を行う。
【0044】
スイッチSW2については、センサレス・ベクトル制御時にはB側に接続されて、トルク指令値T*はゲイン乗算部31においてトルク係数1/KEが乗じられることでq軸電流指令値Iq*とされ、減算器32を介してq軸電流制御器33に入力される。同期回転時にはスイッチSW2はA側に接続されてIq*=0とされる。スイッチSW1については、センサレス・ベクトル制御時にはB側に接続されて、d軸電流指令部34から指令値Id*=0が出力され、減算器35を介してd軸電流制御器36に入力される。同期回転時にはスイッチSW1はA側に接続されてId*=所定電流値たとえば3[A]とされる。減算器32には[u-v-w→d-q]変換を行う後記の第2変換器51から出力されるq軸電流値Iqが減算値として与えられ、減算器35には前記第2変換器51から出力されるd軸電流値Iqが減算値として与えられる。
【0045】
q軸電流制御器33は、q軸電流指令値Iq*とq軸電流値Iqとの差分に基づいてPI制御を行うことでq軸電圧指令値Vq*を生成する。d軸電流制御器36は、d軸電流指令値Id*とq軸電流値Iqとの差分に基づいてPI制御を行うことでd軸電圧指令値Vd* を生成する。そして、三相の電圧指令に変換するために[d-q→u-v-w]変換を行う第1変換器37に入力する。
【0046】
電圧駆動制御または短絡ブレーキ制御の何れを行うかは、スイッチSW4、SW5によって切り替えられる。スイッチSW4は通常はd軸電圧指令値Vd*側(AB側)に接続されるが、ロータRを停止させる際には短絡ブレーキ制御によって短絡ブレーキ指令Vd=0側(C側)に切り替えられる。スイッチSW5は通常はq軸電圧指令値Vq*側(AB側)に接続されられるが、ロータRを停止させる際には短絡ブレーキ制御によって短絡ブレーキ指令Vq=0側(C側)に切り替えられる。
【0047】
第1変換器37は、推定ロータ回転位相角θeを与えられることで、その推定ロータ回転位相角θeに基づきq、d電圧指令値Vq* 、Vd* を三相電圧指令値Vu、Vv、Vwに変換し、モータ励磁回路38を介してモータMに通電する。
【0048】
一方、制御ループ5は、モータ励磁回路38に設けた相電流検出部50を通じて相電流Iu、Iv、Iwを検出し、これを[u-v-w→d-q]変換を行う第2変換器51に入力する。第2変換器51は、推定ロータ回転位相角θeを与えられることで、相電流値をq、d軸電流値Id、Iqに変換する。これらのq、d軸電流値は、それぞれ前記減算器35、32に入力される。
【0049】
なお、ロータ位相の推定値はスイッチSW3によって切り替えられる。このスイッチSW3は、センサレス・ベクトル制御時にはB側に接続され、モータ電流・電圧を検出して、速度推定器4でモータ速度を推定する。それを積分してロータ位相θとする。一方、起動初期の同期回転時にはスイッチSW3はA側に接続され、記憶部8の積分初期値に軸速度指令ω*
mの積分値を加えて位相θを作成し、ここで作られたθにより強制的に同期回転が行われる。初期位相は積分初期値である。
【0050】
速度推定器4は、図示しないロータ位相誤差推定器と、PLL(Phase Locked Loop)制御器とから構成される、一般に知られたものである。
【0051】
以上の構成を前提に、ロータ停止・再起動時における位相推定、適用のアルゴリズムを説明する。
位置決め電流ベクトルV1を、回転座標系のd軸近傍に配置することができれば、起動時におけるロータRの後戻り/進み回転は、ほとんど生じない。すなわち、
図5(a)に示すように、d軸に対して離れた位相に、適当に位置決め電流ベクトルV1を設定したとすると、
図5(b)のように、q軸電流成分Iqによってトルクが発生し、ロータRのd-q軸が回転を始めてしまう。回転の収束位置は
図5(c)に示すようにd軸にごく近い位相となる。
【0052】
従って、最初から
図5(c)に示すように、q軸近傍に位置決め電流ベクトルV1を配置することができれば、回転方向のトルクが発生することが防げるため、位置決め時にロータRが回転することなく、同期回転に入ることができる。
【0053】
そこで、本実施形態では、
図4に示す停止位相推定部7にロータRの停止位相であるd軸位相角θ
0を推定させる。停止位相推定部7は、停止直前検出部71と、UVW比較部72と、位相決定部73とを含んで構成される。停止直前検出部71は、相電流をモニタし、相電流が、ロータRの停止直前における相電流値として予め定める電流値に至ったか否かを検出する。UVW比較部72は、相電流の大小関係によって分類される静止座標(α、β)上の複数のセクタ1~6に対して、短絡ブレーキにより巻線に流れる相電流のベクトル(以下、「短絡ブレーキ電流ベクトルV2」という。)が停止直前すなわち停止直前検出部71が予め定める電流値を検出した時点に何れのセクタに属するかの判定をIu、Iv、Iwの大小関係で比較する。位相決定部73は、UVW比較部72の比較結果に基づいて停止位相を決定する。
【0054】
このように、短絡ブレーキ電流ベクトルV2が何れのセクタに属するかの判定を相電流の大小関係によって行うことで、短絡ブレーキ電流ベクトルV2の向きを簡単に把握することができる。
【0055】
以下、その為のロータRの停止直前におけるd軸位相角の推定アルゴリズムについて説明する。ここでは電気角速度をω2nとして説明を進める。
【0056】
永久磁石同期モータの電圧方程式は、一般的なPMモータモデルにおいて、
【数1】
である。
【0057】
短絡ブレーキは、モータ巻線短絡状態、すなわちモータ印加電圧が0である状態だから、
【数2】
【0058】
短絡ブレーキ時には、d-q電流は急激には変化しないと考えられるから微分項(pの項)も0となって、
【数3】
【0059】
【0060】
即ち、短絡ブレーキ時には、Id、Iqは回転速度ω2nによって変化することがわかる。
【0061】
上記の式より、短絡ブレーキで回転速度が±900[rpm]から0[rpm]まで変化した場合の電流ベクトル軌跡を
図6に示す。ただし、R=2.2[Ω]、Ld=25[mH]、Lq=28[mH]、Φ=0.174[Wb]、P
pn=8で計算している。
【0062】
ロータRが正回転すなわち反時計回りに回転している場合、回転速度が高速900[rpm]時の短絡ブレーキ電流ベクトルV2は第3象限のd軸に近い位置にある。一方、短絡ブレーキ電流ベクトルV2は、回転速度の低下とともにノルムを減少させながら左に回り、モータMの停止時に原点に達する。したがって、モータMの停止直前における短絡ブレーキ電流ベクトルV2は、q軸負側近傍に位置すると考えられる。
【0063】
ロータRが逆回転すなわち時計回りに回転している場合は、回転速度が高速900[rpm]時の短絡ブレーキ電流ベクトルV2は、第3象限のd軸近傍位置から、上記とは上下対称なベクトル軌跡を描き、右回りに原点に近づく。モータMの停止直前における短絡ブレーキ電流ベクトルV2は、q軸正側近傍に位置すると考えられる。
【0064】
モータトルクはIqに比例するので、回転方向とは逆方向のトルク、すなわち制動トルクが発生することになる。
【0065】
図7に、α-β静止座標とd-q回転座標を表し、そこに停止直前の短絡ブレーキ電流ベクトルV2を示した。正回転時の短絡ブレーキ電流ベクトルV2はd-q座標系第3象限に存在する。短絡ブレーキ電流ベクトルV2はω
2nが低下するに従い、ベクトルの長さが短くなり、次第にq軸負側に近づく。停止直前の位置が
図7(a)の場合は、短絡ブレーキ電流ベクトルV2は第4象限、セクタ5に属する。
【0066】
また、負回転ではd-q座表は-ω
2nで回転し、短絡ブレーキ電流ベクトルV2はd-q座標の第2象限に存在する。短絡ブレーキ電流ベクトルV2はω
2nが低下するに従い、ベクトルの長さが短くなり、次第にq軸正側に近づく。
図7(b)の場合は、短絡ブレーキ電流ベクトルV2は第2象限、セクタ3に属する。
【0067】
短絡ブレーキ電流ベクトルV2がどのセクタで終了したかは、表1より、各相の電流Iu、Iv、Iwの大小関係を調べることにより判定することができる。UVW比較部72はIu、Iv、Iwの振幅値を取り出して、大中小関係を比較し、その結果から短絡ブレーキ電流ベクトルV2がいずれのセクタに存在するか決定する。
【表1】
【0068】
そこから
図8に示すように90°~100°時計回りに回った位置がd軸の位置である。位相決定部73はまず、表1のデータを保持し、UVW比較部72が割り出したセクタからセクタ中心位相角θ
Mを決定し、短絡ブレーキ電流ベクトルV2の位相角θ
∧とする。
【0069】
このように、判定したセクタの中心位相角θ∧を短絡ブレーキ電流ベクトルV2の位相角θ∧とすることにより、特別な演算をせずにd軸の位相角を推定することができる。
【0070】
しかし、ロータRが完全に停止してしまっては、短絡ブレーキの相電流は0になるので判別不可能になる。そこで、本実施形態に係る停止直前検出部71は、ロータRが停止する直前の相電流がある所定値以下(例えば0.9[A])になったことを検出し、その時点で、UVW比較部72と位相決定部73を作動させる。
【0071】
停止直前検出部71は、先ず下記の式より電流ベクトルの振幅を取得する。
【数5】
【0072】
また、下記の式よりq軸から電流ベクトルまでの位相角を取得することができる。
【数6】
【0073】
図9は短絡ブレーキ電流ベクトルV2の大きさと位相を表したものである。
【0074】
相電流振幅ia=0.9[A]では、d軸と電流ベクトルの位相差は約99°になる。ちなみに、この時、回転速度は約13[rpm]で停止寸前と見なすことができる。
【0075】
すなわち、短絡ブレーキ時のd軸の位置検出にあたり、
(1)UVW比較部72は、短絡ブレーキ相電流振幅が閾値(例えば0.9[A])になった時点のIu、Iv、Iwの大小関係より、短絡ブレーキ電流ベクトルV2の存するセクタを求める。
(2)位相決定部73は、求められたセクタの中心位相角θ
Mを、停止時の短絡電流ベクトルV2の位相角θ
∧として、それから回転方向に向かって
図8に示すように所定角度θx、たとえば100°位相を進める。その位置での角度が、α軸を基準にしたロータの停止位相を示すd軸位相角θ
0になる。
θ
0=θ
M±θx
この所定角度θxは、誤差角度とd-q軸間角度である90°を加算した値に相当する。誤差角度には、停止直前の短絡ブレーキ電流ベクトルV2とq軸との位相差等が含まれる。
【0076】
図10は、短絡ブレーキ制御部61、停止位相推定部7、記憶部8を使って制御手段Cが実施する手順の概要を示したフローチャートである。プログラムがスタートすると、
【0077】
<ステップS1>
回転が開始したか否かを判断する。YESであればステップS2へ移り、NOであればステップS1の手前に戻る。
【0078】
<ステップS2>
回転ON期間が終了したか否かを判断する。ここでは、洗い、すすぎ時の正転回転時のON期間である。YESの場合はステップS3へ、NOの場合はステップS2の手前に戻る。
【0079】
<ステップS3>
回転期間終了を受けて、短絡ブレーキを作動させる。短絡ブレーキは、
図3においてスイッチSW4、SW5を0Vに接続することにより行う。
【0080】
<ステップS4>
短絡ブレーキ電流の振幅を演算する。短絡ブレーキ電流の大きさは上述したようにId、Iqを使っても監視できるが、ここでは、相電流振幅Imを使って振幅を監視する。Imは、次式による。
【数7】
【0081】
<ステップS5>
Im<refか否かを判断する。refは回転がほぼ停止したと判断される電流値である。YESであればステップS6に移り、NOであればステップS3の手前に戻る。
【0082】
<ステップS6>
Iu、Iv、Iwの大中小関係よりセクタを判定する。相電流Iu、Iv、IwはモータMから検出される。
【0083】
<ステップS7>
表1におけるセクタの中心位相θ
Mからd軸の停止位相角θ
0を算出し、
図3、
図4の記憶部8に積分初期値として記憶して、スタートに戻る。
【0084】
これにより、位置決め電流ベクトルV1はd軸に近い
図5(c)の方向に初期値を与えられ、この状態から円滑に同期回転を開始することができる。
【0085】
<第2実施形態>
次に、本発明の第2実施形態について、
図11を参照して説明する。
【0086】
前記実施形態のアルゴリズムでは、短絡ブレーキ電流ベクトルV2の中心位相θMの測定はセクタ単位である。このため、位相の誤差は最大±30°生じることになる。
【0087】
実施上、かかる誤差は円滑な起動を実現するうえで特段支障となるものではないが、d軸の推定精度を上げるアルゴリズムを組み込むことで、より円滑な起動を実現することができる。
【0088】
本実施形態の停止位相推定部7は、推定したセクタの中心位相角θMを基準位相角とし、この基準位相角θMに、相電流に基づいて予め定めた対応関係から導かれる補正角Δθを加味した角度を位置決め電流ベクトルV1の位相角θ∧とし、この位相角θ∧に所定角度θxを加減してd軸の位相角θ0を推定するように構成される。
【0089】
このようにすることで、比較的簡単な演算によってより精度の高いd軸の位相角θ0を推定することができる。
【0090】
具体的には、三角正弦波の三相分の瞬時値より、その時点の位相を近似推定する表2に示すアルゴリズムが存在するため、それを利用する。
【0091】
上記実施形態で判別したセクタ内ごとに、表2に示すようなU、V、Wに基づく補正角θを用いれば、演算結果をより真値に近づけることができる。
【表2】
【0092】
図11のステップS6a~S6dは上記実施形態のステップS6、S7に代替して適用される位相決定と記憶部の手順を表わしている。
【0093】
<ステップS6a>
θ
∧、Δθから次式によって補正角θ
∧を計算する。
【数8】
【0094】
<ステップS6b>
回転方向が負方向か否かを判断する。
【0095】
<ステップS6c、S6d>
ステップS6c、6bで、所定角度θx=100°に相当するラジアンを回転方向に応じて±することで、d軸の停止位相角θ0を求める。
【0096】
<ステップS7a>
積分初期値θ0を記憶部8に記憶し、スタートに戻る。
【0097】
例えば、t=0.8[s]でロータRが停止する場合に、t=0.78[s]で下記表3の相電流が読み取られたとする。
【表3】
【0098】
Iw>Iv>Iuであるから、この時点では、短絡ブレーキ電流ベクトルV2はセクタ4内に位置することになる。
【0099】
【0100】
第1実施形態の演算によれば210°となるため、よりq軸位相に近い短絡電流ベクトルV2の位相θ∧が得られる。そして、この232.6°から所定角度である100°進んだ332.6°がd軸の位相角θ0として決定される。このため、位置決め電流ベクトルV1はほぼd軸に合致した方向に与えられ、この状態からより円滑に起動時の同期回転を開始することが可能になる。
【0101】
<変形例>
なお、短絡ブレーキに関し、上記では短絡ブレーキはd-q軸電圧を0[V]にセットして実現しているが、d-q軸電圧に関係なく、
図12の短絡ブレーキ制御部161を構成するスイッチング駆動回路において、(1)ハイサイドのスイッチング素子SW(H)を全てOFFにするか、(2)ローサイドのスイッチング素子SW(L)を全てOFFにするか、によって、三相U、V、Wを短絡してもよい。
【0102】
これによれば、PWMスイッチングを行わないため、デッドタイムの影響がなくスイッチングノイズが発生しない、コンピュータの演算負荷が軽いといった利点が得られる。
【0103】
以上、本発明の実施形態について説明したが、ロータ位相の推定、記憶メカニズム等は、上述した実施形態のみに限定されるものではない。
【0104】
その他の構成も、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【符号の説明】
【0105】
1…洗濯機
7…停止位相推定部
8…記憶部
15…パルセータ
61…短絡ブレーキ制御部
C…制御手段
M…モータ
R…ロータ
V1…位置決め電流ベクトル
V2…短絡ブレーキ電流ベクトル
θ0…ロータ停止位相
θM…中心位相角(基準位相角)
θx…所定角度
Δθ…補正角