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特許7055325芳香分子を担持でき、該担持した芳香分子を徐放できる担体が固定された薄膜
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-08
(45)【発行日】2022-04-18
(54)【発明の名称】芳香分子を担持でき、該担持した芳香分子を徐放できる担体が固定された薄膜
(51)【国際特許分類】
   A61K 8/73 20060101AFI20220411BHJP
   A61K 8/02 20060101ALI20220411BHJP
   A61K 8/85 20060101ALI20220411BHJP
   A61K 8/84 20060101ALI20220411BHJP
   A61Q 13/00 20060101ALI20220411BHJP
   A61L 9/01 20060101ALI20220411BHJP
   A61L 9/012 20060101ALI20220411BHJP
【FI】
A61K8/73
A61K8/02
A61K8/85
A61K8/84
A61Q13/00 102
A61L9/01 Q
A61L9/012
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2017169144
(22)【出願日】2017-09-04
(65)【公開番号】P2019043896
(43)【公開日】2019-03-22
【審査請求日】2020-09-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 武司
(74)【代理人】
【識別番号】100188606
【弁理士】
【氏名又は名称】安西 悠
(72)【発明者】
【氏名】岡村 陽介
(72)【発明者】
【氏名】中川 篤
(72)【発明者】
【氏名】土屋 笙子
(72)【発明者】
【氏名】長瀬 裕
(72)【発明者】
【氏名】樋口 昌史
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 建
(72)【発明者】
【氏名】小口 真一
【審査官】長谷部 智寿
(56)【参考文献】
【文献】登録実用新案第3048469(JP,U)
【文献】特開平01-149884(JP,A)
【文献】特開2008-214285(JP,A)
【文献】国際公開第2008/069149(WO,A1)
【文献】特開2017-119727(JP,A)
【文献】特開平06-205823(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 8/00-8/99
A61Q 1/00-90/00
A61L 9/00-9/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香分子を担持でき、該担持した芳香分子を徐放できる担体が薄膜素材層の一方の表面上に単層又は複数層状に固定された薄膜であって、
膜厚が、20nm以上2000nm以下であり、
前記薄膜素材層が、キトサン、アルギン酸、ヒアルロン酸、ポリ乳酸、乳酸とグリコール酸との共重合体、及びポリカプロラクトンからなる群から選択される1種以上を含む、薄膜。
【請求項2】
芳香分子を徐放できる担体が薄膜素材層の一方の表面上に単層又は複数層状に固定され、該担体に該芳香分子が担持された薄膜であって、
膜厚が、20nm以上2000nm以下であり、
前記薄膜素材層が、キトサン、アルギン酸、ヒアルロン酸、ポリ乳酸、乳酸とグリコール酸との共重合体、及びポリカプロラクトンからなる群から選択される1種以上を含む、薄膜。
【請求項3】
前記芳香分子が、モノテルペン炭化水素類、セスキテルペン炭化水素類、モノテルペンアルコール類、セスキテルペンアルコール類、ジテルペンアルコール類、テルペン系アルデヒド類、芳香族アルデヒド類、ケトン類、エステル類、フェノール類、オキシド類、及びラクトン類からなる群から選択される1以上である、請求項1又は2に記載の薄膜。
【請求項4】
前記担体が、環状オリゴ糖、ポリ酸、メソポーラスシリカ粒子、及び銀ナノ粒子からなる群から選択される1以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載の薄膜。
【請求項5】
前記環状オリゴ糖がγ‐シクロデキストリンである、請求項4に記載の薄膜。
【請求項6】
前記薄膜が無孔膜、多孔膜、又は網目構造を有する膜である、請求項1~5のいずれか1項に記載の薄膜。
【請求項7】
(A)芳香分子を担持でき、該担持した芳香分子を徐放できる担体が薄膜素材層の一方の表面上に単層又は複数層状に固定された薄膜であって、
膜厚が、20nm以上2000nm以下であり、
前記薄膜素材層が、キトサン、アルギン酸、ヒアルロン酸、ポリ乳酸、乳酸とグリコール酸との共重合体、及びポリカプロラクトンからなる群から選択される1種以上を含む薄膜、及び
(B)該芳香分子を含み、
前記(B)芳香分子が、前記担体に担持されていない、消臭及び/又は芳香のためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香分子を担持でき、該担持した芳香分子を徐放できる担体が固定された薄膜に関する。
【背景技術】
【0002】
においは人類の生活と密接に関与している。におい分子は揮発性の低分子有機化合物であり、世の中には数十万種存在する。嗅覚受容体が発見されて以来、これまで数多くの受容体が同定されている。嗅覚が退化しているヒトでも約1万種のにおい分子を嗅ぎ分けられるとされ、その濃度がpM~nMレベルであっても嗅覚受容体を介して高感度に検知される。従って、においがそのヒトの第一印象を決定するといっても過言ではなく、においが注目される要因である。
【0003】
最近、体臭や生活臭などの不快な臭いを消し、好みの香りを付与して個性を演出する消臭剤や芳香剤が市場を賑わしている。
消臭剤は、加齢臭(原因化合物:2‐ノネナール)や、汗臭(原因化合物:アンモニア、皮脂酸化物等)、糞尿臭(原因化合物:アンモニア、3‐メチルインドール等)などの悪臭を標的とし、その消臭方法には、物理吸着法として疎水性分子を捕捉する環状オリゴ糖を用いる方法(非特許文献1、特許文献1)、吸水性多糖微粒子を用いる方法(特許文献2、3)、多孔質無機材料(活性炭・ゼオライトなど)を用いる方法(非特許文献2、特許文献4、5)等があり、化学吸着法として金属錯体などを用いる方法(非特許文献3、特許文献6)等があり、生物学的手法として抗菌性銀ナノ粒子を用いる方法(非特許文献4、特許文献7)等がある。
芳香剤は香料を配合した香水が代表例であり、悪臭を香りでごまかす感覚的消臭法に分類され、しばしば前者と組合せて使用する。
これら消臭剤や芳香剤は、部屋などに据え置く形態で利用される。一方で、近年では、液状、ゲル状、粉末状の形態も世に出回ってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5497483号明細書
【文献】特開2005-87286号公報
【文献】特表2005-523078号公報
【文献】特開2003-47648号公報
【文献】特開2003-52799号公報
【文献】特許第5268128号明細書
【文献】特許第4966763号明細書
【非特許文献】
【0005】
【文献】Lopedota, A.et al. Int. J. Cosmet. Sci. 37, 438 (2015)
【文献】Mumpton, F.A. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 96, 463 (1999)
【文献】Baxter, P.M. et al. Int. J. Cosmet. Sci. 5, 85 (1983)
【文献】Nakane, T. et al. Int. J. Cosmet. Sci. 28, 299 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
芳香剤や消臭剤が液状、ゲル状、又は粉末状の形態であって、肌などの露出した体表面
に適用する場合には、塗布又は噴霧することが通例である。しかし、その有効成分は汗などで流れてしまうほか、におい分子が揮発性であるためにすぐに効果が薄れてしまうなど、その芳香能や消臭能の持続性を向上するためには改良の余地がある。
本発明は、芳香能及び/又は消臭能が持続する薄膜の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、芳香分子を担持でき、該担持した芳香分子を徐放できる担体を薄膜に固定することよって、該担体が芳香分子を担持した際に、芳香能が持続することを見出した。また、本発明者らは、芳香分子を徐放する担体であって該担体に該芳香分子が担持された担体を薄膜に固定することによって、例えば、該薄膜を体表面等に貼付した際に、該貼付領域およびその周辺領域の悪臭を発する分子が該芳香分子と徐々に交換されることにより消臭効果が発揮され、かつ、遊離した芳香分子により芳香効果が発揮されることを見出した。本発明は下記の通りである。
【0008】
〔1〕芳香分子を担持でき、該担持した芳香分子を徐放できる担体が固定された薄膜。
〔2〕芳香分子を徐放できる担体が固定され、該担体に該芳香分子が担持された薄膜。
〔3〕前記芳香分子が、モノテルペン炭化水素類、セスキテルペン炭化水素類、モノテルペンアルコール類、セスキテルペンアルコール類、ジテルペンアルコール類、テルペン系アルデヒド類、芳香族アルデヒド類、ケトン類、エステル類、フェノール類、オキシド類、及びラクトン類からなる群から選択される1以上である、〔1〕又は〔2〕に記載の薄膜。
〔4〕前記担体が、環状オリゴ糖、ポリ酸、メソポーラスシリカ粒子、及び銀ナノ粒子からなる群から選択される1以上である、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の薄膜。
〔5〕前記環状オリゴ糖がγ‐シクロデキストリンである、〔4〕に記載の薄膜。
〔6〕(A)芳香分子を担持でき、該芳香分子を徐放できる担体が固定された薄膜、及び(B)該芳香分子を含む、消臭及び芳香のためのキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、芳香能及び/又は消臭能が持続する薄膜が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の参考例1における、担体(単独)のリナノール又はトランス‐2‐ノネナールの担持に係る実験の結果を示すグラフである。
図2】本発明の参考例2における、担体(単独)が担持するリナノールのノネナールへの交換に係る実験の結果を示すグラフである。
図3】本発明の実施例1における、環状オリゴ糖(γ‐シクロデキストリン)を固定した薄膜の製造法を示すフロー図である。
図4】本発明の実施例2における、環状オリゴ糖(γ‐シクロデキストリン)を固定した薄膜の目視画像(a)とその表面の電子顕微鏡像(b)である(図面代用写真)。
図5】本発明の実施例2における、環状オリゴ糖(γ‐シクロデキストリン)を固定した薄膜の膜厚と、製造時のスピンコートの回転数との関係を示すグラフである。
図6】本発明の実施例2における、環状オリゴ糖(γ‐シクロデキストリン)を固定した薄膜の赤外分光分析の結果を示すグラフである。
図7】本発明の実施例3における、環状オリゴ糖(γ‐シクロデキストリン)固定薄膜のリナノールの担持に係る実験の結果を示すグラフである。
図8】本発明の実施例4における、環状オリゴ糖(γ‐シクロデキストリン)固定薄膜のリナノールの徐放に係る実験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の第一の実施形態は、芳香分子を担持でき、該担持した芳香分子を徐放できる担
体が固定された薄膜である。本実施形態に係る薄膜は、固定された担体に芳香分子が担持されていない状態の薄膜である。固定された担体に芳香分子が担持された状態の薄膜については、本発明の他の実施形態として後述する。
【0012】
芳香分子としては、公知の芳香分子が挙げられ、例えば、モノテルペン炭化水素類(リモネン、δ‐3‐カレン、γ‐テルピネン、α‐ピネン等)、セスキテルペン炭化水素類(カマズレン等)、モノテルペンアルコール類(ゲラニオール、シトロネロール、テルピネン‐4‐オール、ネロール、メントール、ラバンジュロール、リナロール等)、セスキテルペンアルコール類(サンタロール、ネロリドール、ビサボロール等)、ジテルペンアルコール類(スクラレオール等)、テルペン系アルデヒド類(シトラール、シトロネラール等)、芳香族アルデヒド類(クミンアルデヒド等)、ケトン類(カンファー、ツヨン、メントン等)、エステル類(リナリルアセテート、ゲラニルアセテート、ベンジルアセテート等)、フェノール類(オイゲノール、チモール等)、オキシド類(1,8‐シネオール)、ラクトン類(フロクマリン類等)等が挙げられる。本発明では、これらの1種が使用されてもよく、複数種使用されてもよい。
【0013】
また、本明細書で記載される悪臭を発する分子としては、悪臭を発する公知の分子が挙げられ、例えば、加齢臭の原因となる分子(2‐ノネナール等)、汗臭の原因となる分子(アンモニア、脂肪酸酸化物等の皮脂酸化物等)、糞尿臭の原因となる分子(アンモニア、3‐メチルインドール等)等が挙げられる。2‐ノネナールは、シス体でもトランス体でもよい。
【0014】
また、本明細書で記載されるにおい分子とは、においを発生する分子のことであり、上記芳香分子と上記悪臭を発する分子とを含む。該においは、ヒト等にとって好ましく感じられる場合には、「匂い」や「香り」、「芳香」等と表現されることもある。一方、該においが、ヒト等にとって好ましく感じられない場合(例えば、不快に感じられる場合)には「臭い」や「悪臭」等と表現されることもある。
【0015】
本実施形態に係る、芳香分子を担持でき、該担持した芳香分子を徐放できる担体(本明細書において、単に「担体」と記載することがある。)としては、例えば、環状オリゴ糖(シクロデキストリン)、ポリ酸、メソポーラスシリカ粒子、銀ナノ粒子等が挙げられる。
【0016】
薄膜に固定される担体の量は、担体が固定される面の表面積に対する占有率で、好ましくは10%以上、より好ましくは15%以上、さらに好ましくは20%以上であり、一方で、薄膜にはより多くの担体が固定されることが好ましいことから、通常100%以下である。尚、担体は、薄膜表面上に単層で固定されてもよいし、複数層で固定されてもよい。
【0017】
担体に担持されるにおい分子の量は、後述する実施例3のようにして測定した場合に、1cmあたり、総量で、好ましくは10pmol以上、より好ましくは100pmol以上以上であり、好ましくは10mmol以下、より好ましくは1mmol以下以下である。
【0018】
ここで、担体が環状オリゴ糖の場合には、α体(α‐シクロデキストリン)、β体(β‐シクロデキストリン)、γ体(γ‐シクロデキストリン)が好ましいが、後述する参考例1(担体が薄膜に固定されていない場合、すなわち担体単独の場合)に示されるように、におい分子をより担持できることから、β体、γ体が好ましく、γ体がより好ましい。
また、後述する参考例2(担体が薄膜に固定されていない場合、すなわち担体単独の場合)に示されるように、担持されたにおい分子が他のにおい分子に置換されやすいことか
ら、β体、γ体が好ましく、γ体がより好ましい。
また、徐放性の観点からはβ体、γ体が好ましく、γ体がより好ましい。
【0019】
本実施形態の一具体例は、芳香を目的として薄膜を皮膚等の体表面に貼付して用いる態様である。
薄膜を貼付する領域が芳香分子や悪臭を発する分子を多く含まないような環境においては、担体に芳香分子を担持させずに薄膜を貼付してから噴霧等により芳香分子を直接的に担体に担持させるのが好ましい。すなわち、薄膜を貼付する領域が悪臭を発する分子よりも芳香分子を多く含むような環境、例えば、薄膜を貼付する前に香水等が噴霧等されたような環境においては、担体に芳香分子を担持させずに薄膜を貼付し、体表面から発散した芳香分子をそこで担体に担持させるのが好ましい。
該態様においては、当該芳香分子を第1のにおい分子とするならば、該第1のにおい分子が第2のにおい分子に置換されやすい担体であってもよいし、置換されにくい担体であってもよい。仮に、第1のにおい分子が第2のにおい分子に置換されやすいとしても、悪臭を発する分子よりも芳香分子が多い該環境においては、両者が同一種のにおい分子となる可能性が大きく、芳香の効果がより長時間持続することになるからである。
【0020】
本発明の他の実施形態は、芳香分子を徐放できる担体が固定され、該担体に該芳香分子が担持された薄膜である。
本実施形態の具体例は、消臭及び芳香を目的として薄膜を皮膚等の体表面に貼付して用いる態様である。
薄膜を貼付する領域が芳香分子よりも悪臭を発する分子を多く含むような環境において、担体に芳香分子を担持させてから薄膜を貼付するのが好ましい。
該態様においては、悪臭を発する分子を第1のにおい分子とし、芳香分子を第2のにおい分子とするならば、担体は該第1のにおい分子を担持するも、該第1のにおい分子が第2のにおい分子に置換されやすい担体であることが好ましい。
【0021】
本発明に係る薄膜は、通常には自己支持性(基材の支えを必要としない状態)の薄膜であり、高接着性を発現し、反応性官能基や接着剤を使用せずに物理吸着のみで種々の界面(ガラス・プラスチックス・生体組織等)に貼付できるものである。
【0022】
該薄膜は無孔でも多孔でもよく網目構造を含んでいてもよい。
また、該薄膜は無色であっても有色であってもよいが、該薄膜は皮膚等の体表面に貼付されることがあるため無色であることが好ましく、有色であっても貼付されるその皮膚の色に近く、目立たない色であることが好ましい。
また、該薄膜は透明であっても不透明であってもよいが、該薄膜は皮膚等の体表面に貼付されることがあるため透明であることが好ましく、不透明であっても貼付されるその皮膚の色に近くなるような不透明さであることが好ましい。該薄膜の透過率は、可視光波長400-700nmの光を用いた場合、通常80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上である。一方で上限は大きい方が好ましいため、通常100%以下である。
【0023】
薄膜の素材は、その製造時に犠牲層を溶解するための液状媒体に不溶であることが好ましい。また、薄膜は皮膚等の体表面に貼付されることがあるため、その素材は皮膚等の体表面に悪影響を与えるものでなく、皮膚等に刺激を与える素材や毒性を有する素材でないことが好ましい。例えば、キトサンやアルギン酸、ヒアルロン酸などの多糖類;ポリ乳酸、乳酸とグリコール酸との共重合体、ポリカプロラクトンなどの生分解性高分子などが挙げられる。
【0024】
薄膜の膜厚は、通常20nm以上、好ましくは30nm以上、より好ましくは40nm
以上であり、一方、通常2000nm以下、好ましくは1500nm以下、より好ましくは1000nm以下である。本発明の「薄膜」とは、該膜厚範囲にある膜を指す。膜厚が20nm以上であることにより薄膜のハンドリングがしやすく、一方で、2000nm以下であることにより薄膜の接着性が良化し、さらに皮膚等に貼付した際に装着感がなくて好ましい。
膜厚は、製膜時の条件により適宜調整することができる。例えば、膜の素材の濃度や、スピンコートにより製膜する場合の回転数や回転時間等の条件を調整することにより、適宜調整できる。膜厚は、公知の方法で測定することができ、特に制限されない。例えば、後述する実施例に記載するように、シリコンウェーハ上に製造した薄膜の表面の一部をピンセットで削り、シリコンウェーハを露出させ、触針式段差計を用いて測定する方法が挙げられる。
【0025】
本発明に係る薄膜は、担体との間に架橋剤(スペーサー)を有してもよい。架橋剤としては、薄膜を成すポリマー等の素材と担体とが立体障害を有することなく、両者の本来の機能を発揮できるものであれば特に制限されない。例えば、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)やヘキサメチレンジイソシアネート、ホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド、パラホルムアルデヒド、等が挙げられる。当業者であれば、両者の種類を考慮して適切な架橋剤を選択でき、その架橋も常法に従って行うことができる。
【0026】
次に、本発明に係る薄膜の製造例を記載するが、これに限られるものではない。
例えば、まず、表面が平滑な基材上に犠牲層となる高分子膜を展開し、その上に、薄膜の素材層を展開する。該基材は板状のもの(すなわち、基板)であってよい。
該基材の素材としては、例えば、シリコン、シリコンゴム、シリカ、ガラス、マイカ、グラファイトなどのカーボン材料、ポリエチレン、ポリプロピレン、セロハン、エラストマーなどの高分子材料、アパタイトなどのカルシウム化合物等が挙げられる。好ましい素材はシリコンであり、好ましい基材としてはシリコンウェーハである。いずれも市販の製品を用いることができる。
【0027】
犠牲層となる高分子としては、後述する通り、その上に薄膜の素材層を展開した後、液状媒体に浸漬して犠牲層を溶解するため、その際に液状媒体に可溶であれば特に制限されない。例えば、該液状媒体が水性媒体の場合、ポリアクリル酸及びポリメタクリル酸等の高分子電解質;ポリエチレングリコール、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール(PVA);デンプン、セルロースアセテート等の多糖類等の非イオン性の水溶性高分子が挙げられる。いずれも市販の製品を用いることができる。
犠牲層となる高分子膜の展開方法、その上への薄膜の素材層の展開方法に特に制限はなく、例えばスピンコート等の常法に従うことができる。また、膜厚は、製膜時の条件により適宜調整することができる。例えば、濃度や、スピンコートにより製膜する場合の回転数や回転時間等の条件を調整することにより、適宜調整できる。
【0028】
薄膜の素材層を展開した後、担体を固定する。このとき上記した架橋剤を用いてもよい。担体を含む溶液の濃度や反応条件は、薄膜の素材層に十分量の担体が固定できれば適宜調整でき、架橋剤を用いる場合にも同様である。
【0029】
担体を固定した後、犠牲層だけが溶解する液状媒体に浸漬することで、該犠牲層を溶解して薄膜を取得する。液状媒体に浸漬するのは、基材を分離する前でも後でもよい。液状媒体としては、例えば、水性媒体が好ましく、犠牲層がセルロースアセテートである場合にはアセトンが好ましい。
【0030】
取得した薄膜は、上記液性媒体中で保存可能であり、また、乾燥させて保存することも可能である。乾燥方法は特に制限されないが、例えば、自然乾燥、凍結乾燥、真空乾燥が
挙げられ、いずれも常法により行うことができる。さらなる具体例としては、シリコンウェーハに貼付し、デシケータ内で乾燥するなどして保存することもできる。
【0031】
薄膜に固定された担体に芳香分子を担持する方法としては、例えば、実施例3のように、芳香分子の溶液を封入した密閉容器に、該溶液と接触しないように該薄膜を入れて室温で静置するなどの方法が挙げられる。このほか、芳香分子の溶液を直接滴下、噴霧、塗布等してもよい。芳香分子の溶液の濃度や希釈溶媒、適用量等は、用途に応じて適宜選択又は調整できる。
【0032】
本発明の他の実施形態は、(A)芳香分子を担持でき、該芳香分子を徐放できる担体が固定された薄膜、及び(B)該芳香分子を含む、消臭及び芳香のためのキットである。
(A)は、液性媒体中に保存されていてもよいし、乾燥状態で保存されていても構わない。また、(B)は、使用前に適宜濃縮されていてもよく、使用直前に水等で適宜希釈する態様でもよい。(A)及び(B)に関するその他の事項については、既出の説明や好ましい条件が適用される。
また、該キットは、薄膜を皮膚等の体表面に貼付して用いる態様に関する上記具体例を記載した説明書等をさらに含めることもできる。
【実施例
【0033】
以下に実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0034】
[参考例1:担体(単独)へのにおい分子の担持]
担体として、3種類の環状オリゴ糖(α‐シクロデキストリン、β‐シクロデキストリン、γ‐シクロデキストリン、和光純薬工業社製)を使用した。また、におい分子として、リナロール(芳香分子、シグマ・アルドリッチ社製)、あるいはトランス‐2‐ノネナール(悪臭を発する分子、東京化成社製)を使用した。
3種類の環状オリゴ糖(0.88 mmol)をそれぞれ10 mLの蒸留水/エタノール混合溶液(2/1, 体積比)に混合し、スターラーを用いて溶解させた。得られた各環状オリゴ糖溶液に、リナロールあるいはトランス‐2‐ノネナールのエタノール溶液(1.1 mmol, 1.8 mL)を添加し、撹拌した(r.t., 24 h)。撹拌後に得られた析出物を遠心分離(3000 rpm, 10
min)にて精製し、真空乾燥して、環状オリゴ糖がにおい分子を担持した状態(これを、「環状オリゴ糖‐におい分子複合体」や単に「複合体」と称することがある。)を回収した。各複合体(約5 mg)を重水に溶解させ、核磁気共鳴(NMR, AVANCE 500, Bruker社製)分析に供し、環状オリゴ糖に対し、環状オリゴ糖が担持したにおい分子のモル比を算出した。
【0035】
結果を図1に示す。リナロールについては、α‐シクロデキストリンは担持せず、β‐、γ‐シクロデキストリンの両者は担持することが明らかになった(図1a, β‐シクロデキストリンの場合のモル比: 1.01 ± 0.02, γ‐シクロデキストリンの場合のモル比: 1.08 ± 0.02)。このとき、グルコースユニットの3, 5位のプロトンが高磁場シフトすることから、複合体を形成したと判断した。
トランス‐2‐ノネナールについても同様に検討したところ、両者ともに担持することが確認できた(図1b, β‐シクロデキストリンの場合のモル比: 0.80 ± 0.01, γ‐シクロデキストリンの場合のモル比: 1.10 ± 0.01)。
【0036】
[参考例2:担体(単独)が担持するリナノールのトランス‐2‐ノネナールへの交換]
参考例1に従って製造したリナロールを担持した環状オリゴ糖(β‐シクロデキストリン、γ‐シクロデキストリン)を、それぞれ蒸留水に溶解した。続いて、各環状オリゴ糖に対して10等量のトランス‐2‐ノネナールの蒸留水/エタノール混合溶液(2/1, 体積
比)を添加し、室温で24時間撹拌した。撹拌後に得られた析出物を遠心分離(3000 rpm, 10 min)にて精製し、真空乾燥して複合体を回収した。各複合体(約5 mg)を重水に溶解させ、NMR分析に供した。
【0037】
結果を図2に示す。担体をβ‐シクロデキストリンとした場合、トランス‐2‐ノネナールの添加によってリナロールの担持比は22%減少し、それに伴いトランス‐2‐ノネナールの複合体が形成することが確認できた。この交換反応は、γ‐シクロデキストリンの方が効率的に起こる(リナロールの担持比: 90%減少)ことが判明した。従って、γ‐シクロデキストリンは、悪臭を発する分子であるトランス‐2‐ノネナールを効率的に捕捉し、あらかじめ担持していた芳香分子であるリナロールを効率的に放出しやすい担体であると考えられる。
【0038】
[実施例1:環状オリゴ糖(γ‐シクロデキストリン)を固定した薄膜の製造法]
図3に環状オリゴ糖を固定した薄膜の製造法の概略図を示す。
(1) キトサンからなる薄膜の製造
P型シリコンウェーハ(ケイ・エス・ティ・ワールド社製、直径: 100 ± 0.5 mm, 厚さ: 525 ± 25 μm, 酸化膜: 200 nm, 結晶面:110)を20 × 20 mmのサイズにカットして使用した(図3a)。1, 4-ジオキサン(和光純薬工業社製)に溶解させた酢酸セルロース溶液(40 mg/mL, 酢化度: 55%, ダイセル社製)をシリコンウェーハ上にスピンコート(4000 rpm, 40 s, MS-A 100, ミカサ社製)し、乾燥させ(50℃, 1 min)、犠牲膜とした(図3b)。次いで、2% (v/v)の酢酸に溶解させたキトサン水溶液(10 mg/mL, ナカライテスク社製, 重量平均分子量: 88,000)をスピンコート(3000~8000 rpm, 60 s)して乾燥させ(50℃, 1 min)、キトサンからなる薄膜をシリコンウェーハ上に製造した(図3c)。
(2) 環状オリゴ糖の固定
環状オリゴ糖としてγ‐シクロデキストリンの例を示す。ジメチルホルムアミド(DMF,
和光純薬工業社製)に溶解させたメチレンジフェニル 4,4’-ジイソシアネート(MDI, 15 mM, 東京化成社製)とγ‐シクロデキストリン(3.8 mM, 和光純薬工業社製)の混合溶液(0.5 mL)に、触媒としてトリエチルアミン(2.5 mM)を添加して溶液とし、この溶液を、(1)で基板上に製造したキトサン薄膜に滴下し、加熱(70℃, 1 h)した後、その表面を過剰のDMFで3回洗浄し、γ‐シクロデキストリン固定キトサン薄膜を製造した(図3d)。
(3) 薄膜の剥離
(2)で得た基板をアセトン溶液に浸漬して犠牲層の酢酸セルロースを溶解させ、γ‐シクロデキストリン固定キトサン薄膜を基板から剥離した(図3e)。
【0039】
[比較例1]
実施例1の(2)において、キトサン薄膜にγ‐シクロデキストリンを固定しなかった(ただし、MDI架橋あり)こと以外は実施例1と同様にしたものを比較例1とした。
【0040】
[実施例2:環状オリゴ糖(γ‐シクロデキストリン)を固定した薄膜の物性評価]
(1) 薄膜の目視観察ならびに薄膜表面の電子顕微鏡観察
実施例1の(1)において、キトサン水溶液を6000 rpm, 60 sの条件でスピンコートした薄膜の結果を図4に示す。実施例2の(3)に従って、基板から剥離したγ‐シクロデキストリン固定キトサン薄膜は、基板と同じサイズを維持し、かつ透明であることが目視で確認できた(図4a)。また、剥離した薄膜を酸化アルミニウムメンブレンフィルター(Anodisk(登録商標)25, 孔径: 0.1 μm, 直径: 25 mm, GEヘルスケアライフサイエンス社製)にすくい取り、デシケータ内で乾燥させた。薄膜の表面を走査型電子顕微鏡(FE-SEM S-4800, 日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて観察したところ、その表面は平滑で欠陥のない薄膜であることを確認した(図4b)。
(2) 薄膜の膜厚
実施例1の(3)に従って、基板から剥離したγ‐シクロデキストリン固定キトサン薄膜を、別のシリコンウェーハに貼付し、デシケータ内で乾燥させた。薄膜の表面の一部をピンセットで削り、シリコンウェーハをむき出しにした。触針式段差計(Dektak(登録商標)DXT-E, Bruker社製)を用いて、シリコンウェーハと薄膜の段差を測定し、膜厚とした。その結果、乾燥後のγ‐シクロデキストリン固定キトサン薄膜の膜厚は、キトサン水溶液の回転数の増大に伴って減少することを確認した(図5, 回転数: 3000 rpm, 4000 rpm, 6000 rpm, 8000 rpmの順に、それぞれ膜厚: 125 ± 8 nm, 111 ± 9 nm, 83 ± 4 nm, 81 ± 10 nm)。これは、膜厚は回転数によって任意に制御できることを意味する。
(3) 薄膜の赤外分光分析
γ‐シクロデキストリン固定キトサン薄膜を臭化カリウム粉末(約130 mg)と混合して赤外分光用のディスクを作成し、赤外分光分析(FTIR-4800, 島津製作所製)に供した。結果を図6dに示す。
【0041】
[比較例2-1、比較例2-2、比較例2-3]
比較例1で製造した、γ‐シクロデキストリンを固定しなかったキトサン薄膜(ただし、MDI架橋あり)を用いたこと以外は、実施例2の(3)と同様にしたものを比較例2-1とした。結果を図6cに示す。
MDI粉末を用いたこと以外は、実施例2の(3)と同様にしたものを比較例2-2とした。結果を図6bに示す。
キトサン粉末を用いたこと以外は、実施例2の(3)と同様にしたものを比較例2-3とした。結果を図6aに示す。
【0042】
図6cに示されるγ‐シクロデキストリンを固定しなかったキトサン薄膜(ただし、MDI架橋あり)では、図6bに示されるMDI粉末と同様、2260 cm-1にイソシアネート基(N=C=O)由来の伸縮振動のピークが確認された(図6b、図6c中の矢印)。これは、薄膜にイソシアネート基が存在していることを示す。図6dに示されるように、γ‐シクロデキストリンまで結合させた場合、イソシアネート基由来の伸縮振動のピークが消失した。これは、薄膜表面にMDIを介してγ‐シクロデキストリンが修飾されたことを支持している。
【0043】
[実施例3:環状オリゴ糖(γ‐シクロデキストリン)固定薄膜のリナノール担持評価]
実施例1の(3)に従って、基板から剥離したγ‐シクロデキストリン固定キトサン薄膜を、別のシリコンウェーハに貼付し、デシケータ内で乾燥させた。得られた薄膜をリナロール(200 μL)と直接触れないように密閉容器(容量 350 mL)に入れ、静置した(r.t., 15 h)。その後、重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO-d6, 0.8 mL, シグマ・アルドリッチ社製)に薄膜を浸漬させて担持したリナロールを抽出し、内部標準物質としてベンジルアルコール(100 μL/mL in DMSO-d6, 10 μL, シグマ・アルドリッチ社製)を加え、核磁気共鳴(NMR, AVANCE 500, Bruker社製)分析に供した。具体的には、リナロールのメチル基由来(1.6 ppm)のプロトンの積分値と、ベンジルアルコールの1位由来(4.5
ppm)のプロトンピークの積分値を比較により、薄膜の単位面積当たりに対するリナロールの担持量を算出した。
【0044】
[比較例3-1、比較例3-2]
γ‐シクロデキストリンを固定しなかったキトサン薄膜(ただし、MDI架橋あり)を用いたこと以外は、実施例3と同様にしたものを比較例3-1とした。
キトサン薄膜のみとしたこと以外は、実施例3と同様にしたものを比較例3-2とした。
【0045】
結果を図7に示す。キトサン薄膜のみ場合ではリナロールは全く担持しなかった。γ‐
シクロデキストリンを固定しなかったキトサン薄膜(ただし、MDI架橋あり)ではわずかにリナロールが担持したが(0.56 ± 0.28 nmol/cm2)、それと比較して、γ‐シクロデキストリンを固定したキトサン薄膜では、有意にリナロールを担持することが分かった(3.32 ± 0.63 nmol/cm2)。これは、γ‐シクロデキストリンの固定により、におい分子担持能を付与できたことを意味する。
【0046】
[実施例4:リナノール徐放評価]
実施例1の(3)に従って、基板から剥離したγ‐シクロデキストリン固定キトサン薄膜を、直径10 mmの円形に切り抜いたポリエチレン基板(厚み1 mm, アズワン社製)に貼付した。薄膜表面に30%リナロールのエタノール溶液を10 μL滴下し、恒温恒湿下(22℃, RH: 40%) 中に静置した。経時的に基板を取り出して10 mLサンプル瓶に入れ、セプタムラバーで密閉した。5分間静置後、気体捕集ポンプ(AP-20, KITAGAWA社製; NeedlEx, 信和化工社製)を用いてサンプル瓶内の気体50 mLを採取し、ガスクロマトグラフィー(GC-8A, 島津製作所製)分析に供し、気相中のリナロール濃度を定量した。
【0047】
[比較例4]
γ‐シクロデキストリン固定キトサン薄膜を貼付しないこと以外は実施例4と同様にしたものを比較例4とした。
【0048】
結果を図8に示す。γ‐シクロデキストリン固定キトサン薄膜貼付群では、薄膜を貼付しない群と比較して、静置2時間以降からリナロール濃度が増加しており、その傾向は6時間程度持続した。これは、リナロールが一旦γ‐シクロデキストリンに担持されて揮発が抑制され、その後徐放されていくことを示唆している。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8