(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-13
(45)【発行日】2022-06-21
(54)【発明の名称】高分子材料のシミュレーション方法及び高分子材料の破壊特性評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/44 20060101AFI20220614BHJP
G06F 30/10 20200101ALI20220614BHJP
G06F 30/20 20200101ALI20220614BHJP
【FI】
G01N33/44
G06F30/10
G06F30/20
(21)【出願番号】P 2017154521
(22)【出願日】2017-08-09
【審査請求日】2020-06-19
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104134
【氏名又は名称】住友 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】及川 雅隆
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-212925(JP,A)
【文献】特開2016-081297(JP,A)
【文献】特開2015-170262(JP,A)
【文献】特開2006-200937(JP,A)
【文献】特開2016-024178(JP,A)
【文献】特開2017-040476(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0085851(US,A1)
【文献】内藤正登, 外,「京」コンピュータを用いたタイヤ用ゴム材料の大規模分子動力学シミュレーション,日本ゴム協会誌,2016年,Vol.89, No.6,p.176-179
【文献】BRUNING, K., et al.,In-Situ Structural Characterization of Rubber during Deformation and Fracture,in: GRELLMANN W., et al. (eds.) Fracture Mechanics and Statistical Mechanics of Reinforced Elastomeric Blends. Lecture Notes in Applied and Computational Mechanics,2013年,Vol.70,p.43-80
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/44
G06F 30/20
G01N 23/00 - 23/2276
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータを用いて、フィラーとポリマーとを含む高分子材料の破壊特性を評価するためのシミュレーション方法であって、
前記高分子材料に基づいて、数値計算用の高分子材料モデルを前記コンピュータに設定する工程と、
前記コンピュータが、前記高分子材料モデルのポリマーの少なくとも一部に空孔が形成されるような変形条件の下で、前記高分子材料モデルの変形を計算する工程と、
変形後の前記高分子材料モデルの内部を複数の領域に区分して、前記領域毎に、前記空孔の大きさを計算する工程とを含
み、
前記高分子材料モデルを設定する工程は、前記フィラーをモデル化したフィラーモデルを定義する工程と、
前記ポリマーをモデリングしたポリマーモデルを定義する工程と、
前記ポリマーに前記フィラーを結合させるためのカップリング剤をモデリングしたカップリング剤モデルを定義する工程と、
前記カップリング剤モデルを介して、前記フィラーモデルと前記ポリマーモデルとを連結する工程とを含む、
高分子材料のシミュレーション方法。
【請求項2】
前記領域は、第1領域と第2領域とを含み、
前記第1領域は、前記フィラーと前記ポリマーとの界面を含み、
前記第2領域は、前記第1領域の前記フィラー側を内側としたときに、前記第1領域よりも外側の領域である請求項1記載の高分子材料のシミュレーション方法。
【請求項3】
前記高分子材料モデルを設定する工程は、前記高分子材料の一部に対応する仮想空間であり、かつ、少なくとも互いに向き合う一対の面を有するセルを定義する工程を含み、
前記第2領域は、前記第1領域及び前記第2領域の境界と、前記セルの前記面とで囲まれる領域である、請求項2記載の高分子材料のシミュレーション方法。
【請求項4】
前記第1領域の前記空孔の大きさと、前記第2領域の前記空孔の大きさとを比較する工程をさらに含む請求項2または3に記載の高分子材料のシミュレーション方法。
【請求項5】
前記高分子材料モデルの変形を計算する工程は、前記高分子材料モデルを予め定められた方向に引っ張る工程を含み、
隣接する前記領域間の境界の少なくとも一部は、前記高分子材料モデルの引張方向に対して直交又は平行にのびる請求項1乃至4のいずれかに記載の高分子材料のシミュレーション方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料の破壊特性を評価するためのシミュレーション方法、及び、高分子材料の破壊特性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1は、コンピュータを用いて、フィラーとポリマーとを含む高分子材料の破壊特性を計算するためのシミュレーション方法を提案している。下記特許文献1のシミュレーション方法では、先ず、高分子材料に基づいて、数値計算用の高分子材料モデルがコンピュータに設定される。次に、高分子材料モデルに歪みを与えて、その内部に空孔を形成するシミュレーションが行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1のシミュレーション方法では、高分子材料モデルの系全体に形成された空孔の総量に基づいて、高分子材料の破壊特性が評価されていた。このため、上記特許文献1のシミュレーション方法では、高分子材料において、空孔が発生しやすい箇所や、空孔の発生因子等を特定するには、さらなる解析処理が必要であった。したがって、耐破壊性に優れる高分子材料の開発に、十分にフィードバックできないという問題があった。
【0005】
本発明は、以上のような実状に鑑み案出されたもので、耐破壊性に優れる高分子材料の開発に役立つ高分子材料のシミュレーション方法、及び、高分子材料の破壊特性評価方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、コンピュータを用いて、フィラーとポリマーとを含む高分子材料の破壊特性を評価するためのシミュレーション方法であって、前記高分子材料に基づいて、数値計算用の高分子材料モデルを前記コンピュータに設定する工程と、前記コンピュータが、前記高分子材料モデルのポリマーの少なくとも一部に空孔が形成されるような変形条件の下で、前記高分子材料モデルの変形を計算する工程と、変形後の前記高分子材料モデルの内部を複数の領域に区分して、前記領域毎に、前記空孔の大きさを計算する工程とを含むことを特徴とする。
【0007】
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記領域は、前記フィラーと前記ポリマーとの界面を含む第1領域と、前記界面に対して前記第1領域よりも外側の第2領域とを含んでもよい。
【0008】
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記第1領域の前記空孔の大きさと、前記第2領域の前記空孔の大きさとを比較する工程をさらに含んでもよい。
【0009】
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記高分子材料モデルの変形を計算する工程は、前記高分子材料モデルを予め定められた方向に引っ張る工程を含み、隣接する前記領域間の境界の少なくとも一部は、前記高分子材料モデルの引張方向に対して直交又は平行にのびてもよい。
【0010】
本発明は、フィラーとポリマーとを含む高分子材料の破壊特性を評価するための方法であって、前記ポリマーの少なくとも一部に空孔が形成されるような変形条件の下で、前記高分子材料を変形させる工程と、変形後の前記高分子材料の内部を複数の領域に区分して、前記領域毎に、前記空孔の大きさを測定する工程とを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
第1発明の高分子材料のシミュレーション方法は、変形後の前記高分子材料モデルの内部を複数の領域に区分して、前記領域毎に、前記空孔の大きさを計算する工程を含んでいる。したがって、第1発明の高分子材料のシミュレーション方法は、前記領域毎に、空孔が発生しやすい箇所や、空孔の発生因子等を特定することが可能になり、耐破壊性に優れる高分子材料の開発に役立たせることができる。
【0012】
第2発明の高分子材料の破壊特性評価方法は、変形後の前記高分子材料の内部を複数の領域に区分して、前記領域毎に、前記空孔の大きさを測定する工程を含んでいる。したがって、第2発明の高分子材料の破壊特性評価方法は、前記領域毎に、空孔が発生しやすい箇所や、空孔の発生因子等を特定することが可能になり、耐破壊性に優れる高分子材料の開発に役立たせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】第1発明の高分子材料のシミュレーション方法を実行するコンピュータの一例を示す斜視図である。
【
図3】第1発明の高分子材料のシミュレーション方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図4】モデル設定工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図5】フィラーモデル、ポリマーモデル、及び、カップリング剤モデルが配置されたセルの一例を示す概念図である。
【
図7】フィラーモデルのフィラー粒子モデルの拡大図である。
【
図9】フィラーモデル、ポリマーモデル及びカップリング剤モデルのポテンシャルの一例を説明する概念図である。
【
図10】(a)、(b)は、フィラーモデルとポリマーモデルとを連結したカップリング剤モデルの一例を示す概念図である。
【
図11】架橋モデルで連結された一対のポリマーモデルの一例を示す図である。
【
図12】(a)は、変形計算前の高分子材料モデルの一部を示す概念図、(b)は、変形計算後の高分子材料モデルの一部を示す概念図である。
【
図13】
図5に示したセルの一部を示す概念図である。
【
図14】本発明の他の実施形態の第1領域及び第2領域を示す部分概念図である。
【
図15】第2発明の高分子材料の評価方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図17】高分子材料の3次元画像から取得したスライス画像の一例を示す拡大図である。
【
図18】(a)は、比較例のモデルA及びモデルBについて、空孔の体積分率と計算時間との関係を示すグラフ、(b)は、実施例のモデルA及びモデルBについて、空孔の体積分率と計算時間との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。
第1発明の高分子材料のシミュレーション方法(以下、単に「シミュレーション方法」ということがある。)では、コンピュータを用いて、フィラーとポリマーとを含む高分子材料の破壊特性が評価される。本実施形態の高分子材料には、ポリマーにフィラーを結合させるためのカップリング剤が含まれている。
【0015】
図1は、第1発明のシミュレーション方法を実行するコンピュータの一例を示す斜視図である。コンピュータ1は、本体1a、キーボード1b、マウス1c及びディスプレイ装置1dを含んでいる。この本体1aには、例えば、演算処理装置(CPU)、ROM、作業用メモリ、磁気ディスクなどの記憶装置、及び、ディスクドライブ装置1a1、1a2が設けられている。また、記憶装置には、本実施形態のシミュレーション方法を実行するためのソフトウェア等が予め記憶されている。また、本実施形態のシミュレーション方法では、粗視化分子動力学シミュレーションが実施されるが、全原子分子動力学シミュレーションが実施されてもよい。
【0016】
フィラーとしては、例えば、シリカ、カーボンブラック、又は、アルミナ等が採用される。ポリマーとしては、例えば、天然ゴム、合成ゴム、又は、樹脂等が採用される。
図2は、ポリマーの一例を示す構造式である。本実施形態のポリマーとしては、cis-1,4ポリイソプレン(以下、単に「ポリイソプレン」ということがある。)が例示される。ポリイソプレンを構成するポリマーは、メチン基等(例えば、-CH=、>C=)、メチレン基(-CH
2-)、及び、メチル基(-CH
3)によって構成されるイソプレンのモノマー(イソプレン分子)3が、重合度nで連結されて構成されている。なお、ポリマーには、ポリイソプレン以外のものが用いられてもよい。
【0017】
本実施形態のカップリング剤としては、シランカップリング剤(TESPD)である場合が例示される。また、カップリング剤としては、シランカップリング剤(TESPD)のジスルフィド基(-S2-)を、テトラスルフィド基(-S4-)に変更したシランカップリング剤(TESPT)であってもよいし、シランカップリング剤(TESPD)のアルキル基の鎖長を変更したものでもよいし、シランカップリング剤NXT又はNXT-Z等が採用されてもよい。
【0018】
図3は、第1発明のシミュレーション方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。本実施形態のシミュレーション方法は、先ず、高分子材料に基づいて、数値計算用の高分子材料モデルが、コンピュータ1に設定される(モデル設定工程S1)。
図4は、モデル設定工程S1の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0019】
本実施形態のモデル設定工程S1では、先ず、高分子材料の一部に対応する仮想空間であるセルが、コンピュータ1に定義される(工程S11)。
図5は、フィラーモデル6、ポリマーモデル7、及び、カップリング剤モデル8が配置されたセル4の一例を示す概念図である。
【0020】
セル4は、少なくとも互いに向き合う一対の面5、5、本実施形態では、互いに向き合う三対の面5、5を有しており、直方体又は立方体(本実施形態では、立方体)として定義されている。各面5、5には、周期境界条件が定義されている。このようなセル4が用いられることにより、後述の粗視化分子動力学計算において、例えば、ポリマー(
図2に示す)をモデル化した後述のポリマーモデル7について、一方側の面5aから出て行ったポリマーモデル7の一部が、他方側の面5bから入ってくるように計算することができる。したがって、セル4は、一方側の面5aと、他方側の面5bとが連続している(繋がっている)ものとして取り扱うことができる。
【0021】
セル4の一辺の各長さL1は、適宜設定することができる。本実施形態の長さL1は、後述のポリマーモデル7の拡がりを示す量である慣性半径(図示省略)の3倍以上が望ましい。これにより、セル4は、後述の粗視化分子動力学計算において、周期境界条件による自己のイメージとの衝突の発生を防いで、ポリマーモデル7の空間的拡がりを適切に計算することができる。また、セル4の大きさは、例えば1気圧で安定な体積に設定される。これにより、セル4は、解析対象の高分子材料の少なくとも一部の体積を定義することができる。
【0022】
図6は、
図5のA部拡大図である。セル4の内部には、例えば、立方体状に区分された複数の小領域9が定義されている。各小領域9には、節点9tが設定されている。このような小領域9は、後述する分子動力学計算において、フィラーモデル6の小粒子12(
図9に示す)、ポリマーモデル7の粗視化粒子15(
図9に示す)、及び、カップリング剤モデル8の粗視化粒子19(
図9に示す)の追跡等に用いられる。小領域9の1辺の長さL2は、例えば、粗視化粒子15の直径に対して0.1~5倍程度に設定されるのが望ましい。セル4は、コンピュータ1に記憶される。
【0023】
次に、本実施形態のモデル設定工程S1では、
図5に示したセル4の内部に、フィラーをモデル化したフィラーモデル6が定義される(工程S12)。本実施形態のフィラーモデル6は、セル4の内部で凝集した複数のフィラー粒子モデル11によって定義されている。本実施形態では、実際の高分子材料の電子線透過画像のフィラーの一次粒子の位置に基づいて、フィラー粒子モデル11が配置されている。これにより、フィラーモデル6は、実際のフィラーの形状を精度よく表現することができる。
【0024】
図7は、フィラーモデル6のフィラー粒子モデル11の拡大図である。各フィラー粒子モデル11は、複数の小粒子12を含んで構成されている。フィラー粒子モデル11には、隣接する小粒子12、12間の相対位置を固定する拘束条件が定義されてもよいし、隣接する小粒子12、12間を拘束する結合鎖モデル(図示省略)が定義されても良い。これにより、フィラーモデル6は、後述の粗視化分子動力学計算において、フィラー粒子モデル11の形状が維持され、フィラーモデル6の形状をフィラーに近似させることができる。
【0025】
小粒子12、12間を拘束する結合鎖モデル(図示省略)は、例えば、論文( Kurt Kremer & Gary S. Grest 著、「Dynamics of entangled linear polymer melts: A molecular-dynamics simulation」、J. Chem Phys. vol.92, No.8, 15 April 1990、p5057-5086)に記載されているLJポテンシャルとFENEポテンシャルとの和で定義することができる。また、ポテンシャルに定義される各定数については、上記論文に基づいて、適宜設定することができる。また、小粒子12は、粗視化分子動力学計算において、運動方程式の質点として取り扱われる。即ち、小粒子12には、質量、直径、電荷又は初期座標などのパラメータが定義される。
【0026】
フィラー粒子モデル11の外面を構成する小粒子12には、例えば、官能基をモデル化した官能基モデル(図示省略)が設けられてもよい。これにより、後述の粗視化分子動力学計算、及び、高分子材料の変形計算において、官能基によって変化するフィラーとポリマーとの相互作用を考慮することができる。フィラーモデル6は、コンピュータ1に記憶される。
【0027】
次に、本実施形態のモデル設定工程S1では、
図5に示したセル4の内部に、ポリマーをモデリングしたポリマーモデル7が定義される(工程S13)。本実施形態では、セル4の内部において、フィラーモデル6が配置されてない領域に、少なくとも一つ(例えば、10個~1,000,000個)のポリマーモデル7が配置される。これにより、工程S13では、フィラーモデル6との重なりを回避しながら、ポリマーモデル7を定義することができる。
【0028】
図8は、ポリマーモデル7の一例を示す概念図である。本実施形態のポリマーモデル7は、ポリマーの分子構造を、複数の粗視化粒子15でモデリングしたものである。隣接する粗視化粒子15、15の間には、結合鎖モデル16で連結されている。
【0029】
粗視化粒子15は、ポリマーのモノマー又はモノマーの一部分をなす構造単位を置換したものである。ポリマーがポリイソプレンである場合には、上記論文に基づいて、例えば1.73個分のモノマー3(
図2に示す)を構造単位として、1個の粗視化粒子15に置換される。これにより、各ポリマーモデル7には、複数(例えば、10~5000個)の粗視化粒子15が設定される。
【0030】
粗視化粒子15は、粗視化分子動力学計算において、運動方程式の質点として取り扱われる。即ち、粗視化粒子15には、例えば、質量、直径、電荷又は初期座標などのパラメータが定義される。
【0031】
図9は、フィラーモデル6、ポリマーモデル7及びカップリング剤モデル8のポテンシャルの一例を説明する概念図である。結合鎖モデル16は、粗視化粒子15、15間に、伸びきり長が設定されたポテンシャルP1によって定義される。ポテンシャルP1については、適宜定義することができる。ポテンシャルP1には、例えば、従来と同様に、LJポテンシャルとFENEポテンシャルとの和で定義することができる。ポテンシャルに定義される各定数については、上記論文に基づいて、適宜設定することができる。これにより、粗視化粒子15が伸縮自在に拘束された直鎖状のポリマーモデル7を定義することができる。ポリマーモデル7は、コンピュータ1に記憶される。
【0032】
次に、本実施形態のモデル設定工程S1では、
図5に示したセル4の内部に、カップリング剤をモデリングしたカップリング剤モデル8が定義される(工程S14)。本実施形態では、セル4の内部において、フィラーモデル6及びポリマーモデル7が配置されてない領域に、少なくとも一つ(例えば、10個~1000個)のカップリング剤モデル8が配置される。これにより、工程S14では、フィラーモデル6及びポリマーモデル7との重なりを回避しながら、カップリング剤モデル8を定義することができる。
【0033】
図9に示されるように、カップリング剤モデル8は、カップリング剤の分子構造に基づいて、複数の粗視化粒子19でモデリングしたものである。隣接する粗視化粒子19、19の間には、結合鎖モデル20で連結されている。各粗視化粒子19は、カップリング剤の構造単位を置換したものである。各粗視化粒子19の分子量は、ポリマーモデル7の一つの粗視化粒子15に割り当てられる分子量に近似するように、一定の範囲内(例えば、30~550の分子量)に設定されるのが望ましい。これにより、本実施形態のシミュレーション方法では、上記のような明確な基準に基づいて、カップリング剤の分子構造をモデリングできるため、カップリング剤の粗視化粒子19の分子量が、オペレータによってバラつくのを防ぐことができる。
【0034】
本実施形態の粗視化粒子19は、後述の粗視化分子動力学計算において、運動方程式の質点として取り扱われる。即ち、粗視化粒子19には、例えば、質量、直径、電荷、又は、初期座標などのパラメータが定義される。
【0035】
結合鎖モデル20は、粗視化粒子19、19間に伸びきり長が設定されたポテンシャルP2によって定義される。ポテンシャルP2については、適宜定義することができる。ポテンシャルP2には、例えば、従来と同様に、LJポテンシャルとFENEポテンシャルとの和で定義することができる。ポテンシャルに定義される各定数については、上記論文に基づいて、適宜設定することができる。これにより、粗視化粒子19が伸縮自在に拘束された直鎖状のカップリング剤モデル8を定義することができる。カップリング剤モデル8は、コンピュータ1に記憶される。
【0036】
次に、本実施形態のモデル設定工程S1では、隣接するフィラーモデル6、ポリマーモデル7、及び、カップリング剤モデル8に、ポテンシャルが定義される(工程S15)。本実施形態の工程S15では、
図8に示されるように、フィラーモデル6の小粒子12、ポリマーモデル7の粗視化粒子15、又は、カップリング剤モデル8の粗視化粒子19に、下記のポテンシャルP3~P8が定義される。
ポテンシャルP3:フィラーモデル6の小粒子12と
フィラーモデル6の小粒子12との間
ポテンシャルP4:ポリマーモデル7の粗視化粒子15と
ポリマーモデル7の粗視化粒子15との間
ポテンシャルP5:カップリング剤モデル8の粗視化粒子19と
カップリング剤モデル8の粗視化粒子19との間
ポテンシャルP6:フィラーモデル6の小粒子12と
ポリマーモデル7の粗視化粒子15との間
ポテンシャルP7:フィラーモデル6の小粒子12と
カップリング剤モデル8の粗視化粒子19との間
ポテンシャルP8:ポリマーモデル7の粗視化粒子15と
カップリング剤モデル8の粗視化粒子19との間
【0037】
上記ポテンシャルP3~P8は、従来と同様に、LJポテンシャルで定義することができる。ポテンシャルP3~P8の各定数については、上記論文に基づいて、適宜設定することができる。これらのポテンシャルP3~P8は、コンピュータ1に記憶される。
【0038】
次に、本実施形態のモデル設定工程S1は、コンピュータ1が、粗視化分子動力学計算に基づいて、
図5に示したセル4の構造緩和を計算する(工程S16)。本実施形態の粗視化分子動力学計算では、例えば、セル4について所定の時間、フィラーモデル6、ポリマーモデル7、及び、カップリング剤モデル8が古典力学に従うものとして、ニュートンの運動方程式が適用される。そして、各時刻でのフィラーモデル6、ポリマーモデル7、及び、カップリング剤モデル8の動きが、シミュレーションの単位時間毎に追跡される。
【0039】
本実施形態の構造緩和の計算は、セル4において、圧力及び温度が一定(NPT)、又は、体積及び温度が一定(NVT)に保たれる。これにより、工程S16では、実際の高分子材料の分子運動に近似させて、フィラーモデル6、ポリマーモデル7、及び、カップリング剤モデル8の初期配置を精度よく緩和することができる。このような構造緩和の計算は、例えば(株)JSOL社製のソフトマテリアル総合シミュレーター(J-OCTA)に含まれるCOGNAC、又は、VSOPを用いて処理することができる。
【0040】
工程S16では、フィラーモデル6、ポリマーモデル7、及び、カップリング剤モデル8の初期配置が十分に緩和されるまで計算される。これにより、工程S16では、フィラーモデル6、ポリマーモデル7、及び、カップリング剤モデル8の平衡状態(構造が緩和した状態)を、確実に計算することができる。
【0041】
次に、本実施形態のモデル設定工程S1では、コンピュータ1が、カップリング剤モデル8を介して、フィラーモデル6とポリマーモデル7とを連結する(工程S17)。
図10(a)、(b)は、フィラーモデル6とポリマーモデル7とを連結したカップリング剤モデル8の一例を示す概念図である。
【0042】
本実施形態の工程S17では、カップリング剤モデル8の粗視化粒子19を中心とする領域22内に配置されているフィラーモデル6の小粒子12と、ポリマーモデル7の粗視化粒子15とを連結している。領域22の半径rについては、カップリング剤の物性等に応じて、適宜設定することができる。
【0043】
本実施形態の工程S17では、先ず、カップリング剤モデル8の粗視化粒子19について、粗視化粒子19を中心とする領域22内に、フィラーモデル6の小粒子12、又は、ポリマーモデル7の粗視化粒子15が存在するか否かが判断される。そして、フィラーモデル6の小粒子12、又は、ポリマーモデル7の粗視化粒子15が領域22内に配されている場合、カップリング剤モデル8の粗視化粒子19から最も近いフィラーモデル6の小粒子12、又は、ポリマーモデル7の粗視化粒子15と、カップリング剤モデル8の粗視化粒子19とを連結させている。
【0044】
図10(a)に示されるように、カップリング剤モデル8が一つの粗視化粒子19で構成されている場合、その粗視化粒子19に、フィラーモデル6の小粒子12、及び、ポリマーモデル7の粗視化粒子15の双方を連結させている。
【0045】
図10(b)に示されるように、カップリング剤モデル8が複数の粗視化粒子19で構成されている場合、カップリング剤モデル8の両端の粗視化粒子19t、19tのうち、一方の粗視化粒子19tにフィラーモデル6の小粒子12を連結させ、他方の粗視化粒子19tにポリマーモデル7の粗視化粒子15を連結させている。
【0046】
本実施形態の工程S17では、カップリング剤モデル8の粗視化粒子19とフィラーモデル6の小粒子12との間、及び、カップリング剤モデル8の粗視化粒子19とポリマーモデル7の粗視化粒子15との間を、結合鎖モデル21を介して連結されている。結合鎖モデル21は、伸びきり長が設定されたポテンシャルP9によって定義される。ポテンシャルP9については、適宜定義することができる。ポテンシャルP9には、例えば、従来と同様に、LJポテンシャルとFENEポテンシャルとの和で定義することができる。
【0047】
次に、本実施形態のモデル設定工程S1では、隣接するポリマーモデル7を連結する架橋モデル17が定義される(工程S18)。
図11は、架橋モデル17で連結された一対のポリマーモデル7の一例を示す図である。
【0048】
架橋モデル17は、ポリマーモデル7の粗視化粒子15、15間を連結するためのものである。架橋モデル17は、予め定められた架橋点に基づいて設定される。架橋モデル17には、伸びきり長が設定されたポテンシャルP10が定義される。ポテンシャルP10には、例えば、従来と同様に、LJポテンシャルとFENEポテンシャルとの和で定義することができる。
【0049】
次に、本実施形態のモデル設定工程S1では、コンピュータ1が、粗視化分子動力学計算に基づいて、セル4(
図5に示す)の構造緩和を再計算する(工程S19)。構造緩和の再計算は、工程S16と同一の処理手順で実施され、カップリング剤モデル8を介して連結されたフィラーモデル6及びポリマーモデル7、並びに、架橋モデル17で連結されたポリマーモデル7が十分に緩和できるまで計算される。これにより、本実施形態のシミュレーション方法では、カップリング反応後、かつ、架橋された高分子材料を再現した高分子材料モデル10を定義することができる。高分子材料モデル10は、コンピュータ1に記憶される。
【0050】
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、コンピュータ1が、高分子材料モデルのポリマー(ポリマーモデル7が配置される領域)の少なくとも一部に空孔が形成されるような変形条件の下で、高分子材料モデル10の変形を計算する(工程S2)。本実施形態の工程S2では、
図5に示されるように、高分子材料モデル10を、予め定められた方向に引っ張る単軸引張試験が計算される。高分子材料モデル10を引っ張る方向については、適宜選択することができ、本例では、z軸方向に引っ張っている。
【0051】
高分子材料モデル10の変形計算は、例えば、上記特許文献1に記載された内容の手順に従い、z軸方向において、高分子材料モデル10の一端(
図5に示したセル4の一方側の面5a)、及び、高分子材料モデル10の他端(
図5に示したセル4の他方側の面5b)が互いに離間するように、高分子材料モデル10の伸長が計算される。
【0052】
図12(a)は、変形計算前の高分子材料モデル10の一部を示す概念図である。
図12(b)は、変形計算後の高分子材料モデル10の一部を示す概念図である。高分子材料モデル10の変形計算前において、セル4の内部の各小領域9には、上述した構造緩和計算により、フィラーモデル6、ポリマーモデル7、及び、カップリング剤モデル8のいずれかが配置されている。
【0053】
工程S2では、高分子材料モデル10の伸長計算により、フィラーモデル6、ポリマーモデル7及びカップリング剤モデル8の熱運動が計算される。このような熱運動は、高分子材料モデル10に与えられた歪み、
図9~
図11に示した上記ポテンシャルP1~P10、及び、運動方程式に基づいて計算される。これにより、
図12(b)に示されるように、セル4には、フィラーモデル6、ポリマーモデル7、及び、カップリング剤モデル8が配置されない小領域9が形成される。このような小領域9は、高分子材料モデル10に形成された空孔(ボイド)26として定義される。このような空孔26により、高分子材料モデル10の破壊が再現される。
【0054】
変形条件としては、ポリマーモデル7が配置される領域の少なくとも一部に空孔26を形成することができれば、適宜設定することができる。変形条件の一例としては、高分子材料モデル10に与えられる歪みが0.1~0.3程度であり、また、1歪み当たりの変形速度V1(
図5に示す)が50~70τ程度である。
【0055】
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、変形後の高分子材料モデルの内部が複数の領域に区分される(工程S3)。
図13は、
図5に示したセル4の一部を示す概念図である。
図13において、
図6及び
図12に示した小領域9、空孔26、ポリマーモデル7、及び、カップリング剤モデル8を省略して示している。本実施形態の領域30は、第1領域30Aと第2領域30Bとを含んで構成されている。
【0056】
第1領域30Aは、フィラー(フィラーモデル6)と、ポリマー(ポリマーモデル7(図示省略))との界面13を含む領域である。本実施形態の第1領域30Aは、フィラー粒子モデル11の重心11cから予め定められた半径R1で定義される球状の領域として設定される。第1領域30Aの半径R1については、例えば、高分子材料を構成するフィラー、ポリマー、又は、カップリング剤の種類や、ポリマーモデル7の粗視化粒子15の直径D1(
図9に示す)に基づいて設定される。第1領域30Aの半径R1は、例えば、粗視化粒子15の直径D1の15~45倍程度に設定される。
【0057】
第2領域30Bは、界面13に対して第1領域30Aよりも外側の領域として設定される。本実施形態の第2領域30Bは、第1領域30Aの外面(即ち、第1領域30A及び第2領域30Bの境界32)と、セル4の面5(
図5に示す)とで囲まれる領域として設定される。各領域30(第1領域30A及び第2領域30B)は、セル4内の座標値によって特定される。また、セル4の各小領域9(
図6及び
図12に示す)は、第1領域30A又は第2領域30Bのいずれかに配置されている。なお、
図12(b)に示されるように、第1領域30A及び第2領域30Bの境界32が、小領域9の内部を通る場合、その小領域9を第1領域30A又は第2領域30Bのいずれかに定義される(本実施形態では、第1領域30Aとして設定される)。領域30は、コンピュータ1に記憶される。
【0058】
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、コンピュータ1が、
図13に示した領域30毎に、空孔26(
図12(b)に示す)の大きさを計算する(工程S4)。工程S4では、各領域30(本実施形態では、第1領域30A及び第2領域30B)において、空孔26(
図12(b)に示す)の大きさ(本実施形態では、フィラーモデル6、ポリマーモデル7、及び、カップリング剤モデル8が配置されていない小領域9の合計体積)が計算される。各領域30の空孔26の大きさは、コンピュータ1に記憶される。
【0059】
次に、本実施形態のシミュレーション方法は、各領域30の空孔26の大きさが評価される(工程S5)。工程S5では、各領域30について、空孔26の体積分率(本実施形態では、第1領域30Aの体積に対する第1領域30Aの空孔が占める体積の割合、及び、第2領域30Bの体積に対する第2領域30Bの空孔が占める体積の割合)が比較される。このように、本実施形態の工程S5では、コンピュータ1が、第1領域30Aの空孔26(
図12(b)に示す)の体積分率の大きさと、第2領域30Bの空孔26の体積分率の大きさとを比較している。このような空孔26の体積分率は、空孔26の体積の絶対値に比べて、各領域30における空孔26が占める大きさ(割合)を正確に比較することができる。なお、各領域30の空孔26の体積分率は、上記変形計算によって生じたひずみによるセル4の体積変化量に対する空孔26の体積の割合であってもよい。
【0060】
第1領域30Aの空孔26(
図12(b)に示す)の体積分率の大きさが、第2領域30Bの空孔26の体積分率の大きさよりも小さい場合、フィラーモデル6とポリマーモデル7との界面13付近(即ち、フィラー近傍)の空孔26の発生率が小であり、かつ、界面13から離れた部分の空孔26の発生率が大である。これは、
図10(a)、(b)に示したフィラーモデル6とポリマーモデル7との界面部分を補強するカップリング剤モデル8の補強効果が大きいこと、又は、
図11に示した隣接するポリマーモデル7を補強する架橋モデル17の補強効果が小さいことを示している。
【0061】
第2領域30Bの空孔26(
図12(b)に示す)の体積分率の大きさが、第1領域30Aの空孔26の体積分率の大きさよりも小さい場合、フィラーモデル6とポリマーモデル7との界面13から離れた部分の空孔26の発生率が小であり、かつ、界面13付近(即ち、フィラー近傍)の空孔26の発生率が大である。これは、
図11に示した隣接するポリマーモデル7を補強する架橋モデル17の補強効果が大きいこと、又は、
図10(a)、(b)に示したフィラーモデル6とポリマーモデル7との界面部分を補強するカップリング剤モデル8の補強効果が小さいことを示している。
【0062】
このように、本実施形態のシミュレーション方法は、領域30(本実施形態では、第1領域30A及び第2領域30B)毎に、空孔26(
図12(b)に示す)の発生しやすい箇所や、空孔26の発生因子等を特定することが可能となる。したがって、本実施形態のシミュレーション方法では、耐破壊性に優れた高分子材料の開発に役立たせることができる。
【0063】
本実施形態の工程S5では、各領域30の空孔26(
図12(b)に示す)の大きさが、予め定められた閾値よりも小さい場合、耐破壊性に優れていると評価している。閾値については、高分子材料に求められる耐破壊性、カップリング剤の補強効果、又は、架橋剤の補強効果に応じて、領域30毎に適宜設定することができる。
【0064】
工程S5において、各領域30の空孔26(
図12(b)に示す)の大きさが閾値よりも小さい場合(工程S5において、「Y」)、高分子材料モデル10が、所望の耐破壊性を有していると評価することができる。このため、本実施形態のシミュレーション方法では、高分子材料モデル10に設定された諸条件に基づいて、高分子材料が製造される(工程S6)。
【0065】
他方、工程S5において、各領域30の空孔26(
図12(b)に示す)の大きさが閾値以上である場合(工程S5において、「N」)、高分子材料モデル10が所望の耐破壊性を有していないと評価することができる。このため、本実施形態のシミュレーション方法では、高分子材料の諸条件(例えば、カップリング剤の分子構造や架橋剤の分子構造)が変更され(工程S7)、工程S1~工程S5が再度実施される。これにより、本実施形態のシミュレーション方法は、耐破壊性、及び、耐摩耗性に優れる高分子材料を製造することができる。
【0066】
図13に示されるように、本実施形態の隣接する領域30間の境界(第1領域30Aと第2領域30Bとの間の境界)32は、フィラー粒子モデル11の重心11cから半径R1で定義される球面状にのびるものが例示されたが、このような態様に限定されない。
図14は、本発明の他の実施形態の第1領域30A及び第2領域30Bを示す部分概念図である。なお、この実施形態において、これまでの実施形態と同一の構成については、同一の符号を付し、説明を省略することがある。
【0067】
この実施形態の隣接する領域30間の境界(第1領域30Aと第2領域30Bとの間の境界)32の少なくとも一部は、高分子材料モデル10の引張方向Daに対して直交又は平行にのびている。これにより、本実施形態のシミュレーション方法では、境界32において、高分子材料モデル10の引張方向Daに沿って大きくなる空孔26(
図12(b)に示す)の形状や、引張方向Daに対して直交又は平行に変化する空孔26の大きさ等を、詳細に評価することができるため、空孔26の発生メカニズムの解析に役立つ。なお、フィラー粒子モデル11の重心11cから境界32までの最短距離L3は、前実施形態の第1領域30Aの半径R1(
図13に示す)と同一範囲に設定されるのが望ましい。
【0068】
これまでの実施形態の領域30は、第1領域30Aと第2領域30Bとで構成される態様が例示されたが、このような態様に限定されない。領域30は、変形後の高分子材料モデル10の内部の任意の位置に区分されてもよいし、さらに、第3領域(図示省略)等が区分されてもよい。これにより、高分子材料モデル10の内部において、空孔26(
図12(b)に示す)が発生しやすい箇所や、空孔26の発生因子を、より詳細に解析することが可能となる。
【0069】
これまでの実施形態では、
図5に示されるように、高分子材料モデル10に、カップリング剤モデル8及び架橋モデル17の双方が設定されたが、このような態様に限定されない。高分子材料モデル10は、例えば、カップリング剤モデル8及び架橋モデル17のいずれかが省略されてもよいし、カップリング剤モデル8及び架橋モデル17の双方が省略されてもよい。このような高分子材料モデル10を用いたシミュレーション方法においても、領域30毎に、空孔26(
図12(b)に示す)が発生しやすい箇所や、空孔26の発生因子等を特定することができ、耐破壊性に優れる高分子材料の開発に役立たせることができる。
【0070】
次に、第2発明の高分子材料の破壊特性評価方法(以下、単に「評価方法」ということがある。)について説明する。
図15は、評価方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。なお、この実施形態において、これまでの実施形態と同一の構成については、同一の符号を付し、説明を省略することがある。本実施形態において、評価方法の一連の処理は、例えば、オペレータの操作や判断によって実施されている。
【0071】
本実施形態の評価方法では、先ず、フィラーとポリマーとを含む評価対象の高分子材料が製造され(工程S10)、ポリマーの少なくとも一部に空孔が形成されるような変形条件の下で、高分子材料を変形させる(工程S20)。
図16は、高分子材料の一例を示す斜視図である。
【0072】
工程S10では、予め定められた大きさを有する高分子材料(本実施形態では、加硫されたゴム)40が準備される。本実施形態の高分子材料40は、例えば、1辺の長さL3が5~20mm程度に設定された立方体状に形成されている。工程S20では、高分子材料40を予め定められた方向に引っ張る単軸引張試験が実施される。
【0073】
変形条件としては、ポリマーの少なくとも一部に空孔を形成することができれば、適宜設定することができる。変形条件の一例としては、高分子材料40に与えられる歪みが0.1~0.3程度であり、また、1歪み当たりの変形速度V2が0.001~1秒程度である。
【0074】
次に、本実施形態の評価方法では、変形後の高分子材料40の電子透過画像を取得して、高分子材料の3次元画像が構築される(工程S30)。電子透過画像の取得には、走査型透過電子顕微鏡が用いられる。高分子材料40の電子透過画像の取得、及び。3次元画像の構築には、例えば、特許第5913260号公報の記載の手順に基づいて実施することができる。なお、3次元画像は、例えば、X線CTスキャンによって取得された画像に基づいて構築されてもよい。
図17は、高分子材料40の3次元画像から取得したスライス画像の一例を示す拡大図である。
【0075】
次に、本実施形態の評価方法では、変形後の高分子材料40の内部が、複数の領域50に区分される(工程S40)。
【0076】
工程S40では、変形後の高分子材料40の内部の任意の位置に、領域50を区分することができる。本実施形態の領域50では、平面視において格子状に区分されて、立方体状に設定されている。領域50の一辺の長さL5については、適宜設定することができる。本実施形態の長さL5は、0.1~5mmである。各領域50は、高分子材料の3次元画像の座標に基づいて特定される。
【0077】
次に、本実施形態の評価方法では、領域50毎に、空孔46の大きさが測定される(工程S50)。工程S50では、各領域50において、空孔46の大きさ(本実施形態では、空孔46の合計体積)が測定される。空孔46の大きさは、高分子材料40の3次元画像を用いた画像処理を行うことで測定することができる。
【0078】
次に、本実施形態の評価方法では、各領域50の空孔46の大きさが評価される(工程S60)。工程S60では、上述のシミュレーション方法と同様に、各領域50の空孔46の大きさが比較される。これにより、本実施形態の評価方法は、カップリング剤モデル8の補強効果や、架橋剤の補強効果を評価することができる。
【0079】
このように、本実施形態の評価方法は、上記シミュレーション方法と同様に、領域50毎に、空孔46の発生しやすい箇所や、空孔46の発生因子等を特定することが可能となる。したがって、本実施形態のシミュレーション方法では、耐破壊性に優れた高分子材料40の開発に役立たせることができる。
【0080】
本実施形態の評価方法では、各領域50の空孔46の大きさが、予め定められた閾値よりも小さい場合、耐破壊性に優れていると評価している。閾値については、高分子材料40に求められる耐破壊性、カップリング剤の補強効果、又は、架橋剤の補強効果に応じて、領域50毎に適宜設定される。
【0081】
工程S60において、各領域50の空孔46の大きさが閾値よりも小さい場合(工程S60において、「Y」)、高分子材料40が、所望の耐破壊性を有していると評価することができる。このため、本実施形態の評価方法では、高分子材料40を用いたタイヤ等の製品が製造される(工程S70)。
【0082】
他方、工程S60において、空孔46の大きさが閾値以上である場合(工程S60において、「N」)、高分子材料40が所望の耐破壊性を有していないと評価することができる。このため、本実施形態のシミュレーション方法では、高分子材料の諸条件(例えば、カップリング剤の分子構造や架橋剤の分子構造)が変更され(工程S80)、工程S10~工程S60が再度実施される。これにより、本実施形態の評価方法は、耐破壊性、及び、耐摩耗性に優れる高分子材料40を確実に製造することができる。
【0083】
また、隣接する領域50間の境界45の少なくとも一部は、
図14に示した上記シミュレーション方法と同様に、高分子材料40の引張方向Dbに対して直交又は平行にのびていてもよい。これにより、高分子材料40の引張方向Db(
図16に示す)に沿って大きくなる空孔46の形状や大きさ等を、詳細に評価することができる。
【0084】
これまでの実施形態の領域50は、平面視において、格子状に区分される対応が例示されたが、このような態様に限定されない。例えば、高分子材料40の3次元画像から、フィラーの一次粒子(図示省略)を特定できる場合は、上述したシミュレーション方法と同様に、一次粒子の重心(図示省略)から予め定められた半径R2で定義される球状の領域を第1領域(図示省略)として定義して、かつ、一次粒子(図示省略)とポリマー43との界面に対して第1領域よりも外側の領域を、第2領域(図示省略)として設定されるのが望ましい。これにより、この実施形態の評価方法では、第1領域の空孔46の大きさと、第2領域の空孔46の大きさとを比較することができるため、カップリング剤モデル(図示省略)の補強効果や、架橋剤の補強効果を評価することができる。
【0085】
第1領域の半径R2(図示省略)については、例えば、高分子材料40を構成するフィラー、ポリマー、又は、カップリング剤(図示省略)の種類等に基づいて適宜設定することができる。半径R2の一例としては、20~100nmである。また、第2領域(図示省略)は、高分子材料40の試料において、第1領域(図示省略)以外の領域として設定される。
【0086】
さらに、第3領域(図示省略)等が区分されてもよい。これにより、高分子材料40の内部において、空孔46が発生しやすい箇所や、空孔46の発生因子を、より詳細に解析することが可能となる。
【0087】
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明は図示の実施形態に限定されることなく、種々の態様に変形して実施しうる。
【実施例】
【0088】
図4に示した処理手順に従って、カップリング剤モデルが異なる2つの高分子材料モデル(以下、それぞれ「モデルA」、「モデルB」という。)が、コンピュータに入力された(実施例、比較例)。
【0089】
比較例では、各モデルA、Bのポリマーの少なくとも一部に空孔が形成されるような変形条件の下で、各モデルA、Bの変形計算が行われた。その後、摩擦係数を上記論文の摩擦係数と同一に設定し、かつ、高分子材料モデルの体積を固定して、1000τの緩和計算が実施された。そして、各モデルA、Bに形成された空孔の総量が計算された。
【0090】
実施例では、
図3に示した処理手順に従って、各モデルA、Bのポリマーの少なくとも一部に空孔が形成されるような変形条件の下で、各モデルA、Bの変形計算が行われた。
その後、摩擦係数を上記論文の摩擦係数と同一に設定し、かつ、高分子材料モデルの体積を固定して、1000τの緩和計算が実施された。各モデルA、Bの内部を第1領域と第2領域とに区分して、第1領域及び第2領域毎に、空孔の大きさが計算された。共通仕様は、次のとおりである。
セル:
一辺の長さL1:350σ
小領域の一辺の長さL2:1.5σ
フィラーモデル:
体積分率:16.2%
フィラー粒子モデル:1973個
1つのフィラー粒子モデルを構成する小粒子:16、589個
ポリマーモデル:
個数:100、000本
1つのポリマーモデルを構成する粗視化粒子:1000個
架橋密度:0.007245(1/σ
3)
モデルAのカップリング剤モデル:
1つのカップリング剤モデルを構成する粗視化粒子:1個
1つのフィラー粒子モデルあたりのカップリング剤モデル:80個
モデルBのカップリング剤モデル:
1つのカップリング剤モデルを構成する粗視化粒子:4個
1つのフィラー粒子モデルあたりのカップリング剤モデル:80個
変形計算:
歪み:0.15
変形速度:63τ/歪み
摩擦係数:上記論文の10倍
【0091】
図18(a)は、比較例のモデルA及びモデルBについて、空孔の体積分率と計算時間との関係を示すグラフである。
図18(b)は、実施例のモデルA及びモデルBについて、空孔の体積分率と計算時間との関係を示すグラフである。なお、空孔の体積分率は、ひずみ0.15によるセルの体積変化量に対する空孔の体積の割合である。
【0092】
図18(a)に示されるように、比較例において、モデルBの空孔の体積分率は、モデルAの空孔の体積分率に比べて小さくなることを確認できたが、各モデルA、Bにおいて、空孔が発生しやすい箇所や、空孔の発生因子等を特定することができなかった。
【0093】
図18(b)に示されるように、実施例において、モデルBは、モデルAに比べて、
フィラー近傍の第1領域の空孔が大きく減少したのに対して、第1領域よりも外側の第2領域の空孔が増加したことが確認できた。これにより、モデルAは、フィラー近傍で空孔が発生しやすく、モデルBは、フィラーから離れた部分で空孔が発生しやすいことが確認できた。
【0094】
さらに、実施例では、モデルAにおいて、架橋モデルの補強効果に比べて、カップリング剤モデルの補強効果が小さいことを推定できた。また、実施例では、モデルBにおいて、カップリング剤モデルの補強効果に比べて、架橋モデルの補強効果が小さいことが確認できた。
【0095】
このように、実施例は、比較例に比べて、空孔が発生しやすい箇所や、空孔の発生因子等を特定することが可能となるため、耐破壊性に優れる高分子材料の開発に役立つことが確認できた。
【符号の説明】
【0096】
10 高分子材料モデル
30 領域