(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-13
(45)【発行日】2022-06-21
(54)【発明の名称】水酸化ニッケル粒子
(51)【国際特許分類】
C01G 53/04 20060101AFI20220614BHJP
H01M 4/88 20060101ALN20220614BHJP
【FI】
C01G53/04
H01M4/88 T
(21)【出願番号】P 2020127524
(22)【出願日】2020-07-28
(62)【分割の表示】P 2016157203の分割
【原出願日】2016-08-10
【審査請求日】2020-07-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【氏名又は名称】辻川 典範
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 博文
(72)【発明者】
【氏名】木道 雄太郎
(72)【発明者】
【氏名】米里 法道
【審査官】青木 千歌子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-096802(JP,A)
【文献】米国特許第03721729(US,A)
【文献】特開2014-19624(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 53/04
C22B 23/00
H01M 4/86-4/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料としての硫酸ニッケル水溶液に対して、アルカリ金属の水酸化物と濃度0.4~0.8mol/Lの炭酸ナトリウムとを含有するアルカリ水溶液によって連続晶析法を用いてpH8.3~9.0で反応時間0.2~5.0hかけて中和することで生成される水酸化ニッケル粒子であって、硫黄品位が0.4~2.0質量%、塩素品位が20質量ppm以下、総アルカリ金属の品位が10質量ppm未満であ
り、熱処理温度850℃を超え950℃未満での熱処理により、硫黄品位20質量ppm以下、比表面積2m
2
/g以上4m
2
/g未満の酸化ニッケル微粉末を生成する際の中間原料として使用されることを特徴とする水酸化ニッケル粒子。
【請求項2】
レーザー散乱法で測定したD90が5~60μmであることを特徴とする、請求項1に記載の水酸化ニッケル粒子。
【請求項3】
前記D90が25~50μmであることを特徴とする、請求項2に記載の水酸化ニッケル粒子。
【請求項4】
TAP密度が0.6g/cm
3以上であることを特徴とする、請求項2又は3に記載の水酸化ニッケル粒子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水酸化ニッケル粒子及びその製造方法に関し、特に、硫黄やナトリウム等の不純物品位が低く、電子部品や固体酸化物形燃料電池の電極に用いられる酸化ニッケル微粉末の原料として好適な水酸化ニッケル粒子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、酸化ニッケル微粉末は、硫酸ニッケル、硝酸ニッケル、炭酸ニッケル、水酸化ニッケル等のニッケル塩類又はニッケルメタル粉を、ロータリーキルン等の転動炉、プッシャー炉等のような連続炉、あるいはバーナー炉のようなバッチ炉を用いて酸化性雰囲気下で焼成することによって製造される。これらの酸化ニッケル微粉末は、電子部品用材料や固体酸化物形燃料電池の電極材料等の多様な用途に用いられている。例えば、電子部品用材料としての用途では、酸化ニッケル微粉末を酸化鉄や酸化亜鉛等の他の材料と混合した後、焼結することにより作製されるフェライト部品等が広く用いられている。
【0003】
上記フェライト部品のように、複数の材料を混合して焼成することにより、これらを反応させて複合金属酸化物を製造する場合は、生成反応は固相の拡散反応で律速されるので、使用する原料としては一般に微細なものが好適に用いられている。その理由は、微細な原料を用いることで他材料との接触確率が高くなると共に粒子の活性が高くなるため、低温度且つ短時間でも反応を均一に進ませることができるからである。このように複合金属酸化物を製造する方法においては、原料となる粉体の粒径を小さくすることが効率向上の重要な要素となる。
【0004】
また、環境及びエネルギーの両面から新しい発電システムとして期待されている固体酸化物形燃料電池では、その電極材料として酸化ニッケル微粉末が用いられている。一般に、固体酸化物形燃料電池のセルスタックは、空気極、固体電解質及び燃料極からなる単セルが複数セル積層された構造を有している。この燃料極としては、例えばニッケル又は酸化ニッケルと、安定化ジルコニアからなる固体電解質とを混合したものが通常用いられている。燃料極は、発電時に水素や炭化水素等の燃料ガスにより還元されてニッケルメタルとなり、ニッケルと固体電解質と空隙からなる三相界面が燃料ガスと酸素の反応場となるため、フェライト部品として用いる場合と同様に原料となる粉体の粒径を小さくして微細にすることが発電効率向上の重要な要素となる。
【0005】
ところで、粉体が微細であることを測る指標としては、比表面積を用いることがある。また、粒径と比表面積には、下記の計算式1の関係があることが知られている。下記計算式1の関係は粒子が真球状であると仮定して導き出されたものであるため、計算式1から得られる粒径と実際の粒径との間にはいくらかの誤差を含むことになるが、比表面積が大きいほど粒径が小さくなることが分る。
【0006】
[計算式1]
粒径=6/(密度×比表面積)
【0007】
近年、フェライト部品はますます高機能化する傾向にあり、また酸化ニッケル微粉末の用途はフェライト部品以外の電子部品等に広がっている。これに伴い、酸化ニッケル微粉末に含有される不純物元素の品位を低減することが求められている。不純物元素の中でも特に塩素や硫黄は、電極に利用されている銀と反応して電極劣化を生じさせたり、焼成炉を腐食させたりすることがあるため、できるだけ低減することが望ましい。
【0008】
例えば特許文献1には、原料段階におけるフェライト粉の硫黄成分の含有量がS換算で300~900ppm且つ塩素成分の含有量がCl換算で100ppmであり、焼成後のフェライト焼結体の硫黄成分の含有量がS換算で100ppm以下且つ塩素成分の含有量がCl換算で25ppm以下のフェライト材料が開示されている。このフェライト材料は、低温焼成においても添加物を用いることなく高密度化を図ることができ、これにより作製されたフェライト磁心及び積層チップ部品は、耐湿性と温度特性に優れていると記載されている。
【0009】
また、原料に硫酸ニッケルを用い、これを焙焼することで酸化ニッケル微粉末を製造する方法も提案されている。例えば、特許文献2には、原料としての硫酸ニッケルを、キルンなどを用いて酸化雰囲気中で950~1000℃で焙焼する第1段焙焼と、1000~1200℃で焙焼する第2段焙焼とを行って酸化ニッケル粉末を製造する方法が提案されている。この製造方法によれば、平均粒径が制御され、且つ硫黄品位が50質量ppm以下である酸化ニッケル微粉末が得られると記載されている。
【0010】
また、特許文献3には、450~600℃の仮焼による原料の硫酸ニッケルの脱水工程と、1000~1200℃の焙焼による硫酸ニッケルの分解工程とを明確に分離した酸化ニッケル粉末の製造方法が提案されている。この製造方法によれば、硫黄品位が低く且つ平均粒径が小さい酸化ニッケル粉末を安定して製造できると記載されている。更に、特許文献4には、横型回転式製造炉を用いて、強制的に空気を導入しながら、最高温度を900~1250℃として硫酸ニッケルを焙焼する方法が提案されている。この製造方法によっても、不純物が少なく、硫黄品位が500質量ppm以下の酸化ニッケル粉末が得られると記載されている。
【0011】
上記の特許文献2や特許文献3の方法によれば不純物品位の低い酸化ニッケル微粉末が得られるが、熱処理を2回行うため生産コストが高くなってしまう。また、上記特許文献2~4のいずれの方法においても、硫黄品位を低減するために焙焼温度を高くすると粒径が粗大になり、逆に粒子を微細にするために焙焼温度を下げると硫黄品位が高くなるため、粒径と硫黄品位を共に最適値に制御することは困難である。更に、加熱する際にSOxを含むガスが大量に発生し、これを除害処理するために高価な設備が必要になるという問題を抱えている。
【0012】
酸化ニッケル微粉末を合成する方法として、硫酸ニッケルや塩化ニッケル等のニッケル塩を含む水溶液を、水酸化ナトリウム水溶液等のアルカリで中和して水酸化ニッケル粒子を晶析させ、これを焙焼する方法も提案されている。このように、水酸化ニッケル粒子を焙焼する場合は、陰イオン成分由来のガスの発生が少ないため、排ガス処理が不要となるか若しくは簡易な設備でよく、生産コストを抑えることが可能になると考えられる。
【0013】
例えば、特許文献5には、塩化ニッケル水溶液をアルカリで中和することで生成した水酸化ニッケル粒子を500~800℃の温度で熱処理して酸化ニッケル粉末を生成し、得られた酸化ニッケル粉末に水を加えてスラリー化した後、湿式ジェットミルを用いて解砕すると同時に洗浄することにより、硫黄品位及び塩素品位が低く、且つ微細な酸化ニッケル微粉末を得る方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2002-198213号公報
【文献】特開2001-032002号公報
【文献】特開2004-123488号公報
【文献】特開2004-189530号公報
【文献】特開2011-042541号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上記の特許文献5の酸化ニッケル微粉末の製造方法は、原料に塩化ニッケルを用いているので硫黄品位の低減は可能であるが、硫黄品位を所定の範囲内に制御することは困難であった。また、湿式解砕を要件としているため、この湿式解砕後の乾燥時に粒子同士が凝集するおそれがある上、乾燥に要するエネルギーがコスト的に不利になることがあった。
【0016】
本発明は、上記した従来の問題点に鑑みてなされたものであり、ナトリウム等の総アルカリ金属及び硫黄等の不純物品位が低く、電子部品用材料や固体酸化物形燃料電池の電極材料として用いられる酸化ニッケル微粉末の原料として好適な水酸化ニッケル粒子及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的を達成するため、本発明者らは、ニッケル塩水溶液を中和することで生成される水酸化ニッケルを焙焼して酸化ニッケル微粉末を製造する方法は、熱処理時に除害を要するガス殆ど発生しない点に着目して鋭意研究を重ねた結果、硫酸ニッケル水溶液をアルカリ、好ましくは水酸化ナトリウムと炭酸ナトリウムの混合水溶液で中和することで、ナトリウム等の総アルカリ金属及び硫黄等の不純物品位が低い微細な酸化ニッケル微粉末の原料として好適な水酸化ニッケル粒子を生成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
すなわち、本発明の水酸化ニッケル粒子は、原料としての硫酸ニッケル水溶液に対して、アルカリ金属の水酸化物と濃度0.4~0.8mol/Lの炭酸ナトリウムとを含有するアルカリ水溶液によって連続晶析法を用いてpH8.3~9.0で反応時間0.2~5.0hかけて中和することで生成される水酸化ニッケル粒子であって、硫黄品位が0.4~2.0質量%、塩素品位が20質量ppm以下、総アルカリ金属の品位が10質量ppm未満であり、熱処理温度850℃を超え950℃未満での熱処理により、硫黄品位20質量ppm以下、比表面積2m
2
/g以上4m
2
/g未満の酸化ニッケル微粉末を生成する際の中間原料として使用されることを特徴としている。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、フェライト部品などの電子部品用材料や固体酸化物形燃料電池の電極材料として好適な、不純物品位が低くて微細な酸化ニッケル微粉末の原料となる水酸化ニッケル粒子を容易に作製することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の水酸化ニッケル粒子の製造方法の一具体例について説明する。この本発明の一具体例の水酸化ニッケル粒子の製造方法は、原料としての硫酸ニッケル水溶液を炭酸ナトリウムを含んだアルカリ水溶液によって連続晶析法を用いてpH8.3~9.0で中和することで水酸化ニッケル粒子を生成する中和工程を含んでいる。
【0021】
このように、本発明の一具体例の製造方法においては、原料のニッケル塩水溶液に硫酸ニッケルを使用することが重要である。すなわち、本発明者らは、硫黄成分の働きにより水酸化ニッケル粒子の熱処理時に熱処理温度が粒径に及ぼす影響を抑え得るとの知見を得、これに基づき原料に硫酸ニッケルを使用したところ、これにより生成される水酸化ニッケル粒子は、従来のニッケル塩の中和により生成した水酸化ニッケル粒子に比べて、後段の熱処理工程の温度を高温に設定しても微細な酸化ニッケル粉末が得られることを見出した。
【0022】
更に、熱処理温度を特定の範囲で制御したところ、微細な粒径を維持したまま酸化ニッケル微粉末の硫黄品位を制御でき、電子部品用材料としての用途、特にフェライト部品の原料として用いる場合に好適な微細でかつ硫黄品位が制御された酸化ニッケル微粉末が得られることを見出した。しかも、この方法は塩化ニッケルを用いないため塩素が混入するおそれがなく、よって、原料に不可避的に含まれる不純物由来のもの以外は実質的に塩素を含有しない酸化ニッケル微粉末を得ることができる。
【0023】
上記方法で微細な粒径の酸化ニッケル微粉末が得られる明確な理由は不明であるが、硫酸ニッケルの分解温度は848℃と高温であるため、中和により晶析した水酸化ニッケル粒子の表面や界面に硫酸塩として巻きこまれた硫黄成分が酸化ニッケル粉末の焼結を高温まで抑制していると考えられる。この場合、硫酸ニッケルの分解温度より高温で熱処理すれば硫黄成分は揮発されるため、熱処理後の酸化ニッケル粉末の硫黄品位を低減することができる。
【0024】
このように、水酸化ニッケル粒子内の水酸基の脱離により酸化ニッケル粉末の生成が行われる熱処理工程では、熱処理温度を適切に設定することによって、粒径の微細化と硫黄品位の制御が可能になる。具体的には、水酸化ニッケルの熱処理温度を、850℃を超え950℃未満の温度範囲、好ましくは860以上900℃以下の温度範囲にすることで、酸化ニッケル微粉末の硫黄品位を20質量ppm以下に制御すると共に、比表面積を2m2/g以上4m2/g未満にすることができる。
【0025】
また、本発明の一具体例の製造方法においては、中和工程における中和反応の反応時間を0.2h~5hにすることで、総アルカリ金属の品位が低い水酸化ニッケル粒子を得ることができ、かつ最終的に酸化ニッケル微粉末中に残存する硫黄品位を20質量ppm以下、総アルカリ金属の品位を20質量ppm以下、より好ましくは10質量ppm以下に抑えることができる。この反応時間が5hを超えると、水酸化ニッケル中の総アルカリ金属の品位が5質量ppmを超え、その結果、酸化ニッケル微粉末中に残存する硫黄品位が20質量ppmを超えることがある。以下、かかる本発明の一具体例の水酸化ニッケル粒子の製造方法が有する中和工程について詳細に説明する。
【0026】
本発明の一具体例の製造方法が有する中和工程では、原料としての硫酸ニッケル水溶液を炭酸ナトリウムを含んだアルカリ水溶液で中和することで水酸化ニッケル粒子の析出を行う。原料として用いる硫酸ニッケルは、特に限定するものではないが、最終的に作製される酸化ニッケル微粉末が電子部品用材料や固体酸化物形燃料電池の電極材料として用いられることから、腐食を生じにくくするため、原料中に含まれる不純物が100質量ppm未満であることが望ましい。
【0027】
また、硫酸ニッケル水溶液中のニッケルの濃度は、特に限定するものではないが、生産性を考慮するとニッケル濃度で50~150g/Lが好ましい。この濃度が50g/L未満では生産性が低下するおそれがある。逆に150g/Lを超えると水溶液中の陰イオン濃度が高くなりすぎ、生成した水酸化ニッケル中の硫黄品位が高くなるため、最終的に得られる酸化ニッケル微粉末中の不純物品位が十分に低くならない場合がある。
【0028】
中和に用いるアルカリ水溶液に含まれるアルカリ成分としては、反応液中に残留するニッケルの量を考慮してアルカリ金属の水酸化物を使用する。アルカリ金属の水酸化物には例えば水酸化ナトリウムや水酸化カリウムを挙げることができ、コストの面から水酸化ナトリウムが好ましい。中和に用いるアルカリ水溶液は、上記のアルカリ金属の水酸化物以外に更に炭酸ナトリウムを0.4~0.8mol/Lの濃度で含んでいる。これにより、詳細は不明ではあるが、晶析した水酸化ニッケル粒子の界面や表面に巻き込まれるナトリウム等のアルカリ金属成分や硫黄成分の量を低減することができる。
【0029】
上記アルカリ水溶液中の炭酸ナトリウム濃度を0.4~0.8mol/Lとする理由は、アルカリ水溶液に含まれる炭酸ナトリウムの濃度を徐々に増やしていくと、水酸化ニッケル粒子中の硫黄品位は一旦増加するが、炭酸ナトリウムの濃度を更に増やすと硫黄品位は減少に転じ、0.4mol/L以上では炭酸ナトリウムを添加しない場合よりも硫黄品位が低くなるからである。また、水酸化ニッケル粒子中のナトリウム等のアルカリ金属の品位は、アルカリ水溶液中の炭酸ナトリウムの濃度を徐々に増やすことで低下させることができるが、アルカリ水溶液中の炭酸ナトリウムの濃度が0.8mol/Lより高くなると逆にナトリウム等のアルカリ金属の品位は高くなるからである。
【0030】
このように、アルカリ水溶液中の炭酸ナトリウムの濃度が0.4mol/L未満では、中和により得られる水酸化ニッケル粒子の硫黄品位が炭酸ナトリウムを含有させない場合よりも高くなることがあり、0.8mol/Lを超えると、中和により得られる水酸化ニッケル粒子のナトリウム等のアルカリ金属の品位が炭酸ナトリウムを含有させない場合よりも高くなることがある。ナトリウム等のアルカリ金属は、後段の熱処理工程において高融点の硫酸塩を形成し、硫黄成分の分解や揮発を阻害する方向に働くので、水酸化ニッケル粒子のアルカリ金属の品位が高いと、酸化ニッケル微粉末の硫黄品位も高くなりやすい。
【0031】
尚、上記中和反応の晶析により生成される水酸化ニッケル粒子は、硫黄品位が2質量%以下であるのが好ましい。下限については特に限定はないが、アルカリ水溶液中の炭酸ナトリウムの濃度が0.4~0.8mol/Lの範囲では0.4質量%以上となる。アルカリ水溶液中の炭酸ナトリウム濃度を適宜調整することで、水酸化ニッケル粒子の硫黄品位をより好適な1.0~2.0質量%に、最も好適な1.2~1.8質量%にすることができる。
【0032】
上記中和工程では均質な水酸化ニッケル粒子を効率よく生産するため、反応槽内において十分に撹拌されている液に、予め調製しておいたニッケル塩水溶液である硫酸ニッケル水溶液とアルカリ水溶液とをいわゆるダブルジェット方式で添加する連続晶析法を採用している。即ち、反応槽内に予め準備したニッケル塩水溶液及びアルカリ水溶液のうちのいずれか一方に対して、もう一方を添加することで中和を行うのではなく、反応槽内において十分に攪拌されている乱流状態の液中に、好適には該攪拌を継続しながらニッケル塩水溶液とアルカリ水溶液とを同時並行的に且つ連続的に添加することで中和を行う。その際、反応槽内に予め入れておく液は、純水に上記アルカリ成分を添加して所定のpHに調整したものが好ましい。
【0033】
上記中和反応時は、反応槽内の反応液のpHを8.3~9.0の範囲内に調整する。このpHが8.3より低いと、水酸化ニッケル粒子中に残存する硫酸イオン等の陰イオン成分の濃度が増大し、これらは水酸化ニッケル粒子を熱処理して酸化ニッケル粉末を生成する際に大量のSOx等となって炉体を傷めるおそれがある。逆にこのpHが9.0を超えると、析出する水酸化ニッケル粒子が微細になりすぎ、この水酸化ニッケル粒子を含むスラリーを例えば濾過装置で固液分離する際に濾過性が低下することがある。更に、後段の熱処理工程で焼結が進みすぎて、微細な酸化ニッケル微粉末を得ることが困難になることがある。
【0034】
上記した好適な中和条件であるpH9.0以下では反応後の水溶液中に僅かにニッケル成分が残存することがあるが、この場合は、上記の中和工程による晶析がほぼ完了した後にpHを10程度まで上げることによって、上記の濾過により得られる濾液中のニッケル成分を低減させることができる。中和反応時は、pHをほぼ一定に保つことが好ましく、特にその変動幅が設定値を中心として絶対値で0.2以内となるように一定に制御することが好ましい。pHの変動幅がこれより大きくなると、不純物が増大したり酸化ニッケル微粉末の比表面積が低下したりするおそれがある。
【0035】
上記の中和反応時の反応液の温度には特に制約がなく、室温で行うことも可能であるが、水酸化ニッケル粒子を十分に成長させるためには50~70℃の範囲内が好ましい。水酸化ニッケル粒子を十分に成長させることで、水酸化ニッケル粒子中への硫黄の過度の含有を防止することができる。また、水酸化ニッケル粒子中へのナトリウムなどの不純物の巻き込みを抑制し、最終的に得られる酸化ニッケル微粉末の不純物を低減することができる。この液温が50℃未満では水酸化ニッケル粒子の成長が不十分になって、水酸化ニッケル中への硫黄等の不純物の巻き込みが多くなるおそれがある。逆に液温が70℃を超えると水の蒸発量が増加し、水溶液中の硫黄等の不純物濃度が高くなるため、生成した水酸化ニッケル粒子中の硫黄等の不純物品位が高くなるおそれがある。
【0036】
上記の中和工程では、中和の反応時間を0.2~5時間にしている。ここで中和の反応時間とは、所定の中和反応条件が維持される時間であり、例えば連続式完全混合槽型の反応槽で中和反応を行う場合は、その有効容量を硫酸ニッケル水溶液とアルカリ水溶液との合計供給量で除して得られる時間であり、この場合は中和工程に要する平均時間に相当する。例えば、オーバーフロー口を設けることで有効容積が10Lに維持されている反応槽に硫酸ニッケル水溶液とアルカリ水溶液とを合計20L/hで供給する場合、反応時間は10/20=0.5時間になる。
【0037】
上記反応時間が0.2h未満では、水酸化ニッケル粒子中に残存する硫黄量が増加して、その硫黄品位が2.0質量%を超えることがある。水酸化ニッケル粒子の硫黄品位が2.0質量%を超えると、熱処理条件等を制御しても酸化ニッケル微粉末の硫黄品位が20質量ppm以下とならないことがある。逆に反応時間が5hを超えると、水酸化ニッケル粒子中に残存する総アルカリ金属の量が増加して10質量ppm以上となることがある。水酸化ニッケル粒子の総アルカリ金属の品位が10質量ppm以上になると、熱処理条件等を制御しても酸化ニッケル微粉末の総アルカリ金属の品位が20質量ppm以下とはならないことがあり、その結果、硫黄品位が20質量ppmを超えることがある。また、水酸化ニッケル粒子の総アルカリ金属品位をより低くすることが求められる場合は、反応時間を0.2~2.5時間とするのが好ましく、一方、水酸化ニッケル粒子の硫黄品位をより低くすることが求められる場合は、反応時間を3.5~5時間とするのが好ましい。
【0038】
得られた水酸化ニッケル粒子に粗大粒子が存在すると、これを中間原料として酸化ニッケル粒子を生成した場合に該酸化ニッケル粒子も粗大粒子となり、電子部品用材料や固体酸化物形燃料電池の電極材料として使用するには不適となる。粒子の大きさを測る指標としてはD90があり、これは粒径をレーザー散乱法により測定し、その粒度分布から体積積算90%での粒径を求めることで得られる。上記の中和工程で生成する水酸化ニッケル粒子は、D90が60μm以下であるのが好ましく、50μm以下がより好ましい。D90の下限値については特に限定はなく、上記中和反応による晶析では5μm程度が下限となるが、後段の濾過を考慮すると25μm以上とするのがより好ましい。
【0039】
尚、水酸化ニッケル粒子のD90を60μm以下にするためには、上記中和反応時の反応槽内の液を、中和反応の開始時から中和反応が進行して晶析により生成した水酸化ニッケル粒子を含むスラリーになるまで常に乱流状態となるように流動させるのが好ましく、これは例えば撹拌翼の回転数を調整する等、公知の方法を用いて行うことができる。
【0040】
上記中和反応の終了後は、析出した水酸化ニッケル粒子を含むスラリーを濾過等の固液分離手段により固液分離して該水酸化ニッケル粒子を濾過ケーキ等の湿潤状態の固形分の形態で回収する。この湿潤状態の固形分は、次の熱処理工程で処理する前に洗浄することが好ましい。洗浄はレパルプ洗浄とすることが好ましく、その場合に用いる洗浄液としては水が好ましく、純水がより好ましい。
【0041】
洗浄時の水酸化ニッケルと水との混合割合は特に限定がないが、ニッケル塩に含まれるナトリウム等のアルカリ金属成分が十分に除去できる混合割合が好ましい。具体的には、残留するアルカリ金属等の不純物が十分に低減でき且つ水酸化ニッケル粒子を良好に分散させるため、50~150gの水酸化ニッケルに対して1Lの洗浄液を混合することが好ましく、100g程度の水酸化ニッケルに対して1Lの洗浄液を混合するのがより好ましい。
【0042】
尚、洗浄時間については、上記の洗浄液の量や温度などの洗浄条件に応じて適宜定めることができ、残留不純物が十分に低減可能な時間とすればよい。また、1回の洗浄でアルカリ金属等の不純物が十分に低減しない場合は、複数回繰り返して洗浄することが好ましい。特に、ナトリウム等のアルカリ金属は酸化ニッケル粉末を生成する際の熱処理によっても除去できないため、この洗浄によって十分に除去することが好ましい。洗浄液に純水を用いる場合は、例えば洗浄後に測定した洗浄液の導電率が所定の値以下になるまで洗浄を繰り返すことで、不純物品位のばらつきを抑えることができる。
【0043】
上記の製造方法により作製される水酸化ニッケル粒子は、原料から不可避不純物として混入する以外に塩素が混入する工程を含まないので、塩素品位が極めて低い。加えて、硫黄品位が制御されると共に、ナトリウム等の総アルカリ金属の品位が低い。具体的には、塩素品位が20質量ppm以下、総アルカリ金属の品位が10質量ppm未満である。また硫黄品位は2.0質量%以下に制御される。硫黄品位の下限については特に限定されないが、アルカリ水溶液中の炭酸ナトリウムの混合割合が0.4~0.8mol/Lの範囲では0.4質量%以上となる。またより好ましくは硫黄品位が1.0~2.0質量%、更に好ましくは1.2~1.8質量%となる。また、水酸化ニッケル粒子のTAP密度は0.6g/cm3以上となる。従って、電子部品用、特にフェライト部品用の材料や固体酸化物形燃料電池の電極用材料に用いられる酸化ニッケル微粉末の原料に好適である。
【0044】
上記水酸化ニッケル粒子は、所定の熱処理温度で熱処理を施すことで水酸基が離脱して酸化ニッケル粉末となる。この熱処理では、ある程度焼結が進行するので熱処理後はこの形成された焼結体を解砕して酸化ニッケル微粉末とするのが好ましい。上記熱処理は非還元性雰囲気中で行うのが好ましく、熱処理温度は850℃を超え950℃未満が好ましい。解砕はジェットミル等の流体エネルギーを利用した解砕装置を用いるのが好ましく、乾式解砕とするのがより好ましい。
【0045】
このようにして酸化ニッケル微粉末を生成することで、硫黄品位が20質量ppm以下、塩素品位が20質量ppm以下、総アルカリ金属の品位が20質量ppm以下、比表面積が2m2/g以上4m2/g未満の酸化ニッケル微粉末が得られ、電子部品用、特にフェライト部品用の材料や固体酸化物形燃料電池の電極用材料に好適に用いることができる。尚、固体酸化物形燃料電池の電極用材料としては、硫黄品位が100質量ppm以下であることが好ましいとされている。
【実施例】
【0046】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例等によってなんら限定されるものではない。尚、以下の実施例及び比較例の塩素品位の分析は、分析対象物を塩素の揮発を抑制できる密閉容器内にてマイクロ波照射下で硝酸に溶解し、硝酸銀を加えて塩化銀を沈殿させ、得られた沈殿物中の塩素を蛍光X線定量分析装置(PANalytical社製 Magix)を用いて検量線法で評価することによって行った。硫黄品位の分析は、分析対象物を硝酸に溶解した後、ICP発光分光分析装置(セイコー社製 SPS-3000)によって行った。ナトリウム品位の分析は、分析対象物を硝酸に溶解した後、原子吸光装置(日立ハイテク社製 Z-2300)により評価することによって行った。試料の粒径は、レーザー散乱法により測定し、その粒度分布から体積積算90%での粒径D90を求めた。TAP密度は、振とう比重測定器((株)蔵持化学器械製作所、KRS-409)を用いて、500回タッピングした後の試料の質量/タッピング後の体積で求められた値とした。比表面積の分析は、窒素ガス吸着によるBET法により求めた。
【0047】
[実施例1]
邪魔板とオーバーフロー口を有する攪拌機構付きの有効容積4Lの反応槽に純水を入れてから炭酸ナトリウムと水酸化ナトリウムを添加して十分に攪拌し、炭酸ナトリウム濃度0.6mol/L、pH8.5の混合水溶液4Lを調製した。また、硫酸ニッケルを純水に溶解してニッケル濃度120g/Lに調整したニッケル水溶液と、水酸化ナトリウム及び濃度0.6mol/Lに調整された炭酸ナトリウムを含む添加用混合水溶液とを用意した。これらニッケル水溶液と添加用混合水溶液とを、前述の炭酸ナトリウムと水酸化ナトリウムとを含む反応槽内の混合水溶液に同時並行的且つ連続的に添加して混合させ、中和反応を行った。この時、両供給ノズル出口部からそれぞれ供給を行ったニッケル水溶液及び添加用混合水溶液は、各々供給先の反応槽内において乱流状態で混合されていた。
【0048】
この中和反応の際、反応槽内の反応液はpH8.5を中心としてその変動幅が絶対値で0.2以内となるように調整した。また、ニッケル水溶液を75mL/分の流量で添加することによって、添加用混合水溶液の流量と合わせて中和の反応時間を0.5時間に調整した。更に、反応槽内では反応液の温度を60℃とし、攪拌翼を用いて700rpmで撹拌した。
【0049】
上記の連続晶析法により水酸化ニッケル粒子を連続的に晶析させた。この晶析により生成した水酸化ニッケル粒子の沈殿物を含むスラリーをオーバーフローにより連続的に回収し、ヌッチェによる濾過と保持時間30分の純水レパルプを10回繰り返して、水酸化ニッケル粒子の濾過ケーキを得た。この濾過ケーキを送風乾燥機を用いて130℃の大気中にて24時間かけて乾燥し、水酸化ニッケル粒子を得た。この水酸化ニッケル粒子に対して硫黄(S)品位、塩素(Cl)品位、ナトリウム(Na)品位、TAP密度、及びD90を測定した。
【0050】
次に、この水酸化ニッケル粒子を原料として900℃の大気で5時間かけて熱処理した後、ナノグライディングミル(登録商標、徳寿工作所製)にてプッシャーノズル圧力1.0MPa、グライディング圧力0.9MPaにて粉砕して酸化ニッケル微粒子を生成した。得られた酸化ニッケル微粒子の硫黄品位は15質量ppm、塩素品位は20質量ppm未満、ナトリウム品位は10質量ppm未満、比表面積は3.2m2/g、D90は0.81μmであり、電子部品材料や固体酸化物形燃料電池の電極材料として好適な不純物品位が低く且つ微細な酸化ニッケル微粉末が得られることが分った。
【0051】
[実施例2~7]
中和工程の反応時間を0.5時間に代えてそれぞれ0.2時間(実施例2)、1.0時間(実施例3)、1.5時間(実施例4)、2.5時間(実施例5)、3.5時間(実施例6)、5.0時間(実施例7)に調整した以外は実施例1と同様にして水酸化ニッケル粒子を得ると共に分析、測定を行った。
【0052】
更に、実施例5及び実施例7で得られた水酸化ニッケル粒子については、実施例1と同じ条件で酸化ニッケル微粉末を生成した。実施例5の水酸化ニッケル粒子より得られた酸化ニッケル微粉末の硫黄品位は20質量ppm、塩素品位は20質量ppm未満、ナトリウム品位は10質量ppm未満、比表面積は3.4m2/g、D90は0.85μmであり、実施例7の水酸化ニッケル粒子より得られた酸化ニッケル微粉末の硫黄品位は20質量ppm、塩素品位は20質量ppm未満、ナトリウム品位は10質量ppm未満、比表面積は3.8m2/g、D90は0.84μmであった。これらの結果より、電子部品材料や固体酸化物形燃料電池の電極材料として好適な不純物品位が低く且つ微細な酸化ニッケル微粉末が得られることが分った
【0053】
[比較例1~3]
中和工程の反応時間を0.5時間に代えてそれぞれ0.1時間(比較例1)、6.0時間(比較例2)、10.0時間(比較例3)に調整した以外は実施例1と同様にして水酸化ニッケル粒子を得ると共に分析、測定を行った。更に、比較例2で得られた水酸化ニッケル粒子については、実施例1と同じ条件で酸化ニッケル微粉末を生成した。得られた酸化ニッケル微粉末の硫黄品位は70質量ppm、塩素品位は20質量ppm未満、ナトリウム品位は10質量ppm、比表面積は3.9m2/g、D90は0.87μmであり、硫黄品位とナトリウム品位が高いことが確認された。
【0054】
[比較例4]
中和反応時のpHを8.5に代えてpH8.0に調整した以外は実施例5と同様にして水酸化ニッケル粒子を得ると共に分析、測定を行った。
【0055】
[実施例8]
中和反応時のpHを8.5に代えてpH9.0に調整した以外は実施例5と同様にして水酸化ニッケル粒子を得ると共に分析、測定を行った。
【0056】
[実施例9、10]
撹拌回転数を600rpm(実施例9)、450rpm(実施例10)に調整した以外は実施例5と同様にして水酸化ニッケル粒子を得ると共に分析、測定を行った。上記の実施例1~10及び比較例1~4の水酸化ニッケル粒子の分析、測定結果を表1にまとめて示す。
【0057】
【0058】
上記表1の結果から分るように、実施例1~10の水酸化ニッケル粒子はいずれも硫黄品位が0.4~2.0質量%に制御されている上、塩素品位は20質量ppm未満、ナトリウム品位が10質量ppm未満と、TAP密度が0.6g/cm3以上になっている。また、実施例1、実施例5、及び実施例7の水酸化ニッケル粒子を原料として作製した酸化ニッケル微粉末は、電子部品用材料や固体酸化物形燃料電池の電極材料として好適であることも確認できた。更に実施例1、実施例9、及び実施例10より、中和反応時の反応槽の撹拌翼の回転数を多くすることで水酸化ニッケル粒子のD90を小さくできることが分った。これに対して、比較例1~4では、硫黄品位、ナトリウム品位、及びTAP密度のうちの少なくともいずれかが上記の範囲から外れており、電子部品用材料や固体酸化物形燃料電池の電極材料として好適な酸化ニッケル微粉末の原料として適切でないことが分る。