(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-27
(45)【発行日】2022-07-05
(54)【発明の名称】湿式製錬法によるニッケル酸化鉱石からのニッケルコバルト混合硫化物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22B 23/00 20060101AFI20220628BHJP
C22B 3/08 20060101ALI20220628BHJP
C22B 3/22 20060101ALI20220628BHJP
C22B 3/44 20060101ALI20220628BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B3/08
C22B3/22
C22B3/44 101A
C22B3/44 101B
(21)【出願番号】P 2019005909
(22)【出願日】2019-01-17
【審査請求日】2021-09-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【氏名又は名称】辻川 典範
(72)【発明者】
【氏名】杉之原 真
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 勝輝
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-059167(JP,A)
【文献】特開2018-090889(JP,A)
【文献】特開2010-037626(JP,A)
【文献】特開2016-194124(JP,A)
【文献】国際公開第2005/116279(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料としてのニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加して高温高圧下で浸出処理して浸出スラリーを得る浸出工程と、前記浸出スラリーを多段洗浄しながら浸出残渣を分離することでニッケル及びコバルトと共に不純物元素を含む浸出液を得る固液分離工程と、前記浸出液のpHを調整することで不純物元素を含む中和澱物を生成し、その沈降速度促進のため前記浸出残渣の一部を凝集剤と共に添加して該中和澱物を沈降分離することでニッケル及びコバルトを含む中和終液を得る中和工程と、前記中和終液を硫化水素ガスで処理することで亜鉛及び銅の硫化物を生成した後、該硫化物を分離して脱亜鉛終液を得る脱亜鉛工程と、前記脱亜鉛終液を硫化水素ガスで処理することでニッケル及びコバルトを含む混合硫化物を生成した後、該混合硫化物を回収するニッケル回収工程とを含む高圧酸浸出法によるニッケル酸化鉱石からのニッケルコバルト混合硫化物の製造方法であって、前記中和工程で得た中和終液のFe(III)濃度を0.18g/L以下に調整することを特徴とするニッケルコバルト混合硫化物の製造方法。
【請求項2】
前記原料としてのニッケル酸化鉱石中の炭素品位を調整することで、前記中和終液の酸化還元電位(Ag/AgCl標準電極)を370mV以下に調整することを特徴とする、請求項1に記載のニッケルコバルト混合硫化物の製造方法。
【請求項3】
炭素品位が異なる複数のニッケル酸化鉱石ロットの混合比を変えることにより、前記原料としてのニッケル酸化鉱石中の炭素品位を調整することを特徴とする、請求項2に記載のニッケルコバルト混合硫化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式製錬法によるニッケル酸化鉱石からのニッケルコバルト混合硫化物の製造方法に関し、特に硫化水素ガスの添加により該ニッケル酸化鉱石に含まれる亜鉛や銅を硫化物として分離除去する脱亜鉛工程を有するニッケルコバルト混合硫化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケル酸化鉱石の湿式製錬法として、高温高圧下で硫酸を用いて該鉱石原料を浸出処理するHPAL(High Pressure Acid Leaching)とも称される高圧酸浸出法が知られている。この高圧酸浸出法は、従来の一般的なニッケル酸化鉱石の製錬方法である乾式製錬法と異なり、還元工程や乾燥工程を経ることなく一貫した湿式工程で原料のニッケル酸化鉱石を処理するので、エネルギー的及びコスト的に有利であるうえ、ニッケル品位を50~60質量%まで高純度化したニッケルとコバルトを含む硫化物(以下、ニッケルコバルト混合硫化物とも称する)を得ることができるという利点を有している。
【0003】
上記高圧酸浸出法は、一般的には、原料としてのニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加して高温高圧下で浸出処理する浸出工程と、該浸出工程で得た浸出スラリーを多段洗浄しながら浸出残渣を分離することでニッケル及びコバルトと共に不純物元素を含む浸出液を得る固液分離工程と、該浸出液のpHを調整することで不純物元素を含む中和澱物を生成し、その沈降速度促進のため、上記中和澱物を含むスラリーに、上記固液分離工程で分離した浸出残渣の一部を凝集剤や凝結剤と共に添加して該中和澱物を沈降分離することでニッケル及びコバルトを含む中和終液を得る中和工程と、該中和終液を硫化水素ガスで処理して亜鉛や銅の硫化物を生成し、これを分離除去して脱亜鉛終液を得る脱亜鉛工程と、該脱亜鉛終液を硫化水素ガスで処理してニッケル及びコバルトを含む混合硫化物を生成し、これを回収するニッケル回収工程とを含んでいる。
【0004】
ところで、上記脱亜鉛工程における亜鉛硫化物の生成条件では、一部のニッケルも硫化物として沈澱することがあり、ニッケルの回収率が低減することがあった。そこで特許文献1には、上記脱亜鉛工程において、中和終液に含まれる亜鉛を硫化物の形態で固定して分離する硫化処理を促進するため、該中和終液の濁度を高く維持して硫化処理する技術が提案されている。これにより、亜鉛硫化物を粗大化して中和澱物を含むスラリーの濾過性を向上させると共に、ニッケル回収率を高めることが可能となる。また、特許文献2には、脱亜鉛工程において直列に接続した複数の反応槽に中和終液を供給すると共に、これら反応槽への硫化水素の添加比率を調整する技術が提案されている。これにより、亜鉛や銅などの不純物と共沈するニッケルの量を減少させてニッケル回収率を高めることが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-37626号公報
【文献】特開2018-90889号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の方法は、浸出液に含まれる不純物濃度に応じて中和工程と脱亜鉛工程の条件を適切に組み合わせる必要があり、これが不十分になると脱亜鉛工程を経て得たニッケル回収用の母液となる脱亜鉛終液にはかえって不純物が多く残存する場合が生じやすく、この母液(硫化反応始液)を硫化処理して得たニッケルコバルト混合硫化物には不純物が多く含まれてしまう。また、特許文献2の方法は、中和工程で得た中和終液の液組成によって脱亜鉛工程で生じるニッケルの沈澱量にばらつきが生ずることがあった。
【0007】
上記のように、ニッケルの硫化澱物の生成条件と亜鉛の硫化澱物の生成条件とは互いに近似しており、脱亜鉛工程において生成した亜鉛澱物中にニッケルが共沈してロスする場合があった。ニッケルがロスすると、プロセスの経済性に大きく影響するニッケル回収率が低減するので、ニッケルのロスをできるだけ低減することが望まれている。
【0008】
本発明はかかる状況に鑑みてなされたものであり、高圧酸浸出法によるニッケル酸化鉱石の湿式製錬において、該ニッケル酸化鉱石に含まれる亜鉛や銅などの不純物を除去する際に該不純物と共沈するニッケルの量を減少させ、これによりニッケル回収率を高めることが可能なニッケルコバルト混合硫化物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明に係るニッケルコバルト混合硫化物の製造方法は、原料としてのニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加して高温高圧下で浸出処理して浸出スラリーを得る浸出工程と、前記浸出スラリーを多段洗浄しながら浸出残渣を分離することでニッケル及びコバルトと共に不純物元素を含む浸出液を得る固液分離工程と、前記浸出液のpHを調整することで不純物元素を含む中和澱物を生成し、その沈降速度促進のため前記浸出残渣の一部を凝集剤と共に添加して該中和澱物を沈降分離することでニッケル及びコバルトを含む中和終液を得る中和工程と、前記中和終液を硫化水素ガスで処理することで亜鉛及び銅の硫化物を生成した後、該硫化物を分離して脱亜鉛終液を得る脱亜鉛工程と、前記脱亜鉛終液を硫化水素ガスで処理することでニッケル及びコバルトを含む混合硫化物を生成した後、該混合硫化物を回収するニッケル回収工程とを含む高圧酸浸出法によるニッケル酸化鉱石からのニッケルコバルト混合硫化物の製造方法であって、前記中和工程で得た中和終液のFe(III)濃度を0.18g/L以下に調整することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、脱亜鉛工程において共沈によりニッケルがロスするのを抑えることができ、よってニッケル回収率を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明のニッケルコバルト混合硫化物の製造方法の実施形態を示すプロセスフローである。
【
図2】本発明の製造方法の実施形態が有する中和工程において得られる中和終液のORPとFe(III)濃度との関係を表すグラフである。
【
図3】本発明の製造方法の実施形態が有する中和工程において得られる中和終液のFe(III)濃度と脱亜鉛工程S4における硫化水素添加当量との関係を表すグラフである。
【
図4】本発明の製造方法の実施形態が有する脱亜鉛工程における硫化水素添加当量とニッケル沈澱率との関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.ニッケルコバルト混合硫化物の製造方法
以下、本発明に係る高圧酸浸出法によるニッケルコバルト混合硫化物の製造方法の実施形態について、
図1のプロセスフローを参照しながら説明する。この
図1に示すニッケルコバルト混合硫化物の製造方法は、原料としてのニッケル酸化鉱石に対して粉砕及び篩別等により所定の粒度に調整すると共に水を加えることで得たニッケル酸化鉱石スラリーに、硫酸を添加して高温高圧下で浸出処理を施す浸出工程S1と、該浸出工程S1で得た浸出スラリーを直列に連続する複数の沈降分離槽で多段洗浄しながら浸出残渣を分離することでニッケル及びコバルトと共に不純物を含む粗硫酸ニッケル溶液からなる浸出液を得る固液分離工程S2と、該浸出液に中和剤を添加することで不純物を含む中和澱物を生成し、これを分離除去してニッケル及びコバルトと共に亜鉛等の不純物を含む中和終液を得る中和工程S3と、該中和終液に硫化剤を添加することで亜鉛硫化物を生成し、これを分離除去してニッケル及びコバルトを含む脱亜鉛終液(ニッケル回収用母液)を得る脱亜鉛工程S4と、該脱亜鉛終液に硫化剤を添加することでニッケル及びコバルトを含むニッケルコバルト混合硫化物を生成した後、固液分離により該ニッケルコバルト混合硫化物を回収するニッケル回収工程S5とを有している。以下、これら工程の各々について説明する。
【0013】
(1)浸出工程
浸出工程S1では、前工程の前処理工程において粉砕及び湿式分級処理により調製された所定の粒度を有するニッケル酸化鉱石を含む鉱石スラリーがオートクレーブと称する圧力容器に硫酸と共に装入され、ここで該鉱石スラリーは攪拌されながら3~4.5MPaG程度、220~280℃程度の高温高圧条件下で高圧酸浸出処理が施される。これにより、浸出反応及び高温熱加水分解反応が生じ、ニッケル、コバルト等の硫酸塩としての浸出と、浸出された硫酸鉄のヘマタイトとしての固定化が行われ、浸出液と浸出残渣とからなる浸出スラリーが生成される。
【0014】
この浸出工程S1で処理される原料としてのニッケル酸化鉱石としては、主としてリモナイト鉱及びサプロライト鉱等のいわゆるラテライト鉱が用いられる。ラテライト鉱のニッケル含有量は、一般に0.8~2.5質量%であり、水酸化物又はケイ苦土(ケイ酸マグネシウム)鉱物として含まれている。このニッケル酸化鉱石は、鉄の含有量が10~50質量%であり、これは主として3価の水酸化物(ゲーサイト)の形態を有しており、一部2価の鉄がケイ苦土鉱物に含まれている。なお、上記原料には上記のラテライト鉱のほか、ニッケル、コバルト、マンガン、銅等の有価金属を含有する例えば深海底に賦存するマンガン瘤等の酸化鉱石が用いられることがある。
【0015】
上記オートクレーブに装入する硫酸の添加量には特に限定はないが、硫酸使用量が過度に多くならないように、上記原料の鉱石に含まれる回収対象物である有価金属のニッケルやコバルトが効率的に浸出される程度に経済的に添加するのが好ましい。なお、上記の固定化により生ずるヘマタイトを含む浸出残渣が、後工程の固液分離工程S2において固液分離性を低下させることがないように、浸出液のpHを0.1~1.0に調整することが好ましい。また、この浸出工程S1で得た浸出スラリーを後工程の固液分離工程S2で処理する前に、該浸出スラリーに含まれるフリー硫酸(浸出反応に関与しなかった余剰の硫酸、以下遊離硫酸ともいう)を中和処理する予備中和処理を行ってもよい。
【0016】
(2)固液分離工程
固液分離工程S2では、好適には直列に連結した複数基の沈降分離槽に上記浸出スラリーと洗浄液とを互いに向流になるように連続的に導入する向流洗浄法(CCD法)により、浸出スラリーを多段洗浄しながら上記浸出残渣を重力沈降により分離させる。これにより、最下流の沈降分離槽の底部から濃縮スラリーの形態で浸出残渣スラリーが抜き出されると共に、最上流の沈降分離槽のオーバーフロー口から上澄液としてニッケル及びコバルトのほか亜鉛等の不純物元素を含む粗硫酸ニッケル溶液からなる浸出液が得られる。
【0017】
上記の浸出残渣スラリーは、一部が後工程の中和工程S3に移送され、その残りは必要に応じて中和剤の添加による無害化処理を施すことで重金属の除去処理が施された後、テーリングダムに移送される。なお、上記洗浄液にはpH1.0~3.0程度の水溶液を用いることが好ましく、後工程のニッケル回収工程S5から排出される貧液を好適に用いることができる。また、上記複数基の沈降分離槽には、必要に応じて凝集剤や下記中和工程S3で分離した中和澱物スラリーの一部を添加してもよい。
【0018】
(3)中和工程
中和工程S3では、攪拌機を備えた少なくとも1基の中和反応槽に、上記固液分離工程S2において浸出残渣から分離された浸出液を装入し、更にこの浸出液に上記固液分離工程S2から排出された浸出残渣スラリーの一部と、炭酸カルシウム等の中和剤とを添加する。これによりpHが調整されて、該浸出液中に含まれる主に3価の鉄イオンやアルミニウムイオンが中和澱物として析出される。
【0019】
これ中和澱物を含むスラリーは、所定量の凝集剤や凝結剤と共にシックナー等の沈降分離槽に導入されて沈降分離が行われる。これにより、該沈降分離槽の底部から濃縮スラリーの形態の中和澱物スラリーが抜き出されると共に、該沈降分離槽のオーバーフロー口からニッケル及びコバルトのほか主に亜鉛からなる不純物元素を含む中和終液が上澄液として回収される。上記中和澱物スラリーは、必要に応じてその一部を上記固液分離工程S2に繰り返してもよい。
【0020】
(4)脱亜鉛工程
脱亜鉛工程S4では、微加圧された硫化反応槽内に上記中和工程S3で得た中和終液を導入し、更に該硫化反応槽内の気相中に硫化水素ガスを吹き込むことにより該中和終液に硫化処理を施す。これにより、ニッケル及びコバルトに対して亜鉛が選択的に硫化されるので、亜鉛硫化物が生成される。この亜鉛硫化物は、フィルタープレス等の濾過装置により分離除去され、濾液としてニッケル及びコバルトを含む硫酸溶液からなる脱亜鉛終液(ニッケル回収用母液)が得られる。
【0021】
(5)ニッケル回収工程
ニッケル回収工程S5では、上記硫化反応槽に比べてやや高めに加圧された反応槽に上記脱亜鉛終液を導入し、更に該脱亜鉛終液に対して硫化水素ガス等の硫化剤を添加して硫化処理を行うことで、ニッケルコバルト混合硫化物を生成させる。生成したニッケルコバルト混合硫化物は濾過などの固液分離により回収することができる。この固液分離により液相側に排出されるニッケル貧液には、鉄、アルミニウム、マンガン等の不純物金属イオンのほか、未反応のNiイオンを含むので一部を上記の固液分離工程S2に繰り返してもよい。
【0022】
2.脱亜鉛工程におけるニッケル沈澱量低減方法
上記のような高圧酸浸出法によるニッケル酸化鉱石の湿式製錬では、中和工程で得られる中和終液は、一般的に、Ni濃度3.0~4.0g/L、Zn濃度0.06~0.10g/L、全Fe濃度0.4~2.0g/L、Fe(III)濃度0.3g/L以下の液組成を有しており、そのpHは2.6~3.4程度、ORPは320~440mV程度である。また、脱亜鉛工程で得られる脱亜鉛終液は、Ni濃度3.0~4.0g/L、Zn濃度0.001~0.005g/L、全Fe濃度0.4~2.0g/Lの液組成を有しており、そのpHは2.6~3.4程度である。
【0023】
これに対して、本発明の実施形態のニッケルコバルト混合硫化物の製造方法においては、原料のニッケル酸化鉱石の調整等により、中和工程S3で得た中和終液のORPを好ましくは370mV以下に調整することで、該中和終液のFe(III)濃度を0.18g/L以下になるように調整する。これにより、脱亜鉛工程S4のニッケル沈澱率を1.0%以下に抑えることが可能になる。
【0024】
具体的に説明すると、本発明者は、上記の高圧酸浸出法による湿式製錬設備に送液する鉱石スラリーに含まれるニッケル酸化鉱石中の炭素品位を調整することにより、中和工程S3で得た中和終液の酸化還元電位(ORP)を調整することを試みた。その結果、該ORPを良好に調整することができるうえ、該中和終液においてORPとFe(III)濃度との間に
図2に示すような正の相関関係があることが分かった。
【0025】
すなわち、酸化力を有するFe(III)濃度が高いほどORPが高くなるため、ORPを370mV以下に調整することにより、Fe(III)濃度を0.18g/L以下に抑えることが可能になる。上記のORPの下限値については特に制約はないが、300mV以上が好ましい。また、上記のFe(III)濃度の下限値についても特に制約はないが、0.05g/L以上が好ましい。なお、本明細書中において示す酸化還元電位は、標準電極に銀-塩化銀電極を用いて測定したものである。
【0026】
ところで、中和工程S3で得られる中和終液中のFe(III)濃度とZn濃度のオーダーはほぼ同じ程度であり、脱亜鉛工程S4において添加される硫化水素ガスは、下記式1に示す亜鉛の硫化反応と、下記式2に示すFe(III)の還元反応とに主に消費される。
[式1]
Zn2++H2S=ZnS+2H+
[式2]
2Fe3++H2S=2Fe2++S+2H+
【0027】
従って、上記のように中和終液中のFe(III)濃度を下げることにより、Fe(III)の還元反応に消費される硫化水素ガス量が減少するので、脱亜鉛工程S4において亜鉛の硫化処理のために必要な硫化水素ガスの添加量を大幅に減らすことができる。このように、脱亜鉛工程S4において硫化水素ガスの添加量を大幅に減らすことにより、硫化剤の供給過剰により局所的に発生するニッケルの硫化反応を抑制することができ、よって脱亜鉛工程S4のニッケル沈澱量を減らすことができる。
【0028】
図3に、中和工程S3で得た中和終液中に含まれるZn1モルの硫化処理に必要な硫化水素の添加当量(mol-H
2S/mol-Zn)と該中和終液のFe(III)濃度との関係を示す。この
図3から、中和終液中のFe(III)濃度が低下するに伴い、硫化水素添加当量を低減できることが分かる。なお、上記の硫化水素添加当量では、脱亜鉛工程S4で得た脱亜鉛終液(ニッケル回収用母液)のZn/Ni質量濃度比を0.0004以上0.0005以下にするために必要な硫化水素ガスのモル量とする。
【0029】
図4に、脱亜鉛工程S4における上記硫化水素添加当量と、脱亜鉛工程S4におけるニッケル沈澱率との関係を示す。この
図4から、硫化水素添加当量が増加すると、ニッケル沈澱率が上昇することが分かる。なお、この
図4の縦軸で示すニッケル沈澱率は、脱亜鉛工程S4の始液である中和終液のニッケル濃度をN
1[g/L]、脱亜鉛工程S4で得た脱亜鉛終液のニッケル濃度をN
2[g/L]としたとき、下記式3で計算される。
[式3]
ニッケル沈澱率[%]=(N
1-N
2)/N
1×100
【0030】
また、本発明者は、炭素は還元剤としての働きを有しているため、原料としてのニッケル酸化鉱石中の炭素品位と、中和工程S3で得た中和終液のORPとの間には負の相関があり、よって炭素品位が高いほど該中和終液のORPが低下する傾向があることを見出した。そこで本発明者は更に鋭意研究を重ねた結果、上記の中和終液において、ORPを370mV以下に調整するためには、炭素品位の異なる複数のニッケル酸化鉱石ロットの混合比を適宜調整したものを原料として用いることにより調整できることが分かった。具体的には、複数のニッケル酸化鉱石ロットを混合して得た混合原料の炭素品位が好ましくは0.20質量%以上、より好ましくは0.18質量%以上となるように調整する。
【0031】
上記の脱亜鉛工程S4での硫化水素ガスの添加量は、中和工程S3で得た中和終液のZn濃度やFe3+濃度が上昇した場合、前述したように硫化水素添加当量が増加するため、該中和終液のZn濃度及びFe3+濃度と脱亜鉛工程S4で得た脱亜鉛終液のZn濃度との測定値に応じて適宜調整するのが好ましい。次に、実施例及び比較例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例】
【0032】
複数のニッケル酸化鉱石ロットをブレンドすることで、様々な炭素品位を有する試料1~15の鉱石原料を用意し、それらの各々を
図1に示すプロセスフローに沿って処理してニッケルコバルト混合硫化物を製造した。なお、脱亜鉛工程S4では、中和工程S3で得た中和終液のZn濃度及びFe
3+濃度と、脱亜鉛工程S4で得た脱亜鉛終液のZn濃度との測定結果に基づいて硫化水素ガスを添加した。その際の中和工程S3で得た中和終液のORP(Ag/AgCl標準電極)及びpHを、該中和終液のFe
3+濃度、Zn濃度、Ni濃度と共に下記表1に示す。
【0033】
【0034】
上記表1から分かるように、中和終液のFe(III)濃度が0.18g/L以下の条件を満たす試料1~10では、いずれにおいてもニッケル沈澱率が1.0%以下であった。一方、中和終液のFe3+濃度が0.18g/Lを超えた試料11~15では、いずれにおいてもニッケル沈澱率が1.0%を超えた。なお、上記の炭素品位は酸素気流燃焼-赤外線吸収法(LECO社 CS-230)を用いて測定した。また、Fe3+濃度は酸化還元滴定法(Aqua Counter Automatic Titrator COM-1700)を用いて測定し、Zn濃度及びNi濃度はICP発光分光分析法(Thermo scientific iCAP 6000)により測定した。
【符号の説明】
【0035】
S1 浸出工程
S2 固液分離工程
S3 中和工程
S4 脱亜鉛工程
S5 ニッケル回収工程