(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-08
(45)【発行日】2022-08-17
(54)【発明の名称】クロスプリプレグ、クロスプリプレグの製造方法、繊維強化樹脂成形品、繊維強化樹脂成形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
B29B 11/16 20060101AFI20220809BHJP
B29C 43/34 20060101ALI20220809BHJP
B29C 70/16 20060101ALI20220809BHJP
B29C 70/42 20060101ALI20220809BHJP
B29C 43/38 20060101ALI20220809BHJP
B29K 105/10 20060101ALN20220809BHJP
【FI】
B29B11/16
B29C43/34
B29C70/16
B29C70/42
B29C43/38
B29K105:10
(21)【出願番号】P 2020557757
(86)(22)【出願日】2019-11-27
(86)【国際出願番号】 JP2019046271
(87)【国際公開番号】W WO2020111091
(87)【国際公開日】2020-06-04
【審査請求日】2021-01-28
(31)【優先権主張番号】P 2018222750
(32)【優先日】2018-11-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】池田 和久
【審査官】弘實 由美子
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-522305(JP,A)
【文献】特開2016-179667(JP,A)
【文献】特開2002-284901(JP,A)
【文献】国際公開第2018/101245(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/008312(WO,A1)
【文献】特開平08-232135(JP,A)
【文献】特開2007-314926(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29B 11/16
B29B 15/08-15/14
B29C 70/00-70/88
C08J 5/04-5/10
C08J 5/24
D03D 1/00-27/18
B29C 43/34
B29C 43/38
B29K 105/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
強化繊維束を経糸および緯糸とした織物の織り目が透けて見える表面を有し、下記に求め方を定める緯糸の緩み率が、0.0~0.2%である、クロスプリプレグ。
(緯糸の緩み率の求め方)
経糸に平行な2辺と経糸に垂直な2辺とを有する大きさ298mm×298mmの正方形の断片をクロスプリプレグから切り出し、前記断片から取り出した経糸および緯糸の長さから、下記式(I)で緯糸の緩み率を求める。
緯糸の緩み率={(緯糸の長さ-経糸の長さ)/経糸の長さ}×100 (I)
【請求項2】
緯糸の前記緩み率が0.1%以下、0.05%以下または0.01%以下である、請求項1に記載のクロスプリプレグ。
【請求項3】
前記強化繊維束が炭素繊維束である、請求項1または2に記載のクロスプリプレグ。
【請求項4】
前記織物の繊維目付が240g/m
2以上である、請求項3に記載のクロスプリプレグ。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のクロスプリプレグを製造する方法であり、
強化繊維束を経糸および緯糸とした前記織物を含む出発クロスプリプレグを準備し、前記出発クロスプリプレグを緯糸方向に引っ張って延伸する、クロスプリプレグの製造方法。
【請求項6】
前記出発クロスプリプレグにおける緯糸の緩み率が0.2%より高い、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
繊維強化樹脂成形品の製造方法であって、
請求項1~4のいずれか一項に記載のクロスプリプレグ、または、請求項1~4のいずれか一項に記載のクロスプリプレグを有するプリプレグ積層体を圧縮成形し、
前記織物の織り目が透けて見える表面を有する圧縮成形品を得る、製造方法。
【請求項8】
クロスプリプレグ、または、クロスプリプレグを有するプリプレグ積層体を圧縮成形して圧縮成形品を得ることを含む、繊維強化樹脂成形品の製造方法であって、
前記クロスプリプレグは炭素繊維からなる強化繊維束を経糸および緯糸とした織物の織り目が透けて見える表面を有し、
前記織物の繊維目付が240g/m
2以上であり、
前記圧縮成形品は前記織物の織り目が透けて見える表面を有し、
前記クロスプリプレグにおける、下記に求め方を定める緯糸の緩み率が、0.0~0.2%である、製造方法。
(緯糸の緩み率の求め方)
経糸に平行な2辺と経糸に垂直な2辺とを有する大きさ298mm×298mmの正方形の断片をクロスプリプレグから切り出し、前記断片から取り出した経糸および緯糸の長さから、下記式(I)で緯糸の緩み率を求める。
緯糸の緩み率={(緯糸の長さ-経糸の長さ)/経糸の長さ}×100 (I)
【請求項9】
前記クロスプリプレグにおける緯糸の前記緩み率が0.1%以下、0.05%以下または0.01%以下である、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
クロスプリプレグまたはクロスプリプレグを有するプリプレグ積層体を圧縮成形する工程を含み、前記クロスプリプレグが強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を用いたプリプレグであり、前記クロスプリプレグにおける、下記に求め方を定める緯糸の緩み率が、0.0~0.2%である、前記織物の織り目が透けて見える表面を有する繊維強化樹脂成形品の製造方法。
(緯糸の緩み率の求め方)
経糸に平行な2辺と経糸に垂直な2辺とを有する大きさ298mm×298mmの正方形の断片をクロスプリプレグから切り出し、前記断片から取り出した経糸および緯糸の長さから、下記式(I)で緯糸の緩み率を求める。
緯糸の緩み率={(緯糸の長さ-経糸の長さ)/経糸の長さ}×100 (I)
【請求項11】
前記強化繊維束が炭素繊維束である、請求項
10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記織物の繊維目付が240g/m
2以上である、請求項
11に記載の製造方法。
【請求項13】
前記クロスプリプレグにおける、緯糸の前記緩み率が0.1%以下、0.05%以下または0.01%以下である、請求項
10~12のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロスプリプレグ、クロスプリプレグの製造方法、繊維強化樹脂成形品、繊維強化樹脂成形品の製造方法に関する。
本願は、2018年11月28日に、日本国に出願された特願2018-222750号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、スポーツ用品、自動車、航空機、産業機器等の材料として、繊維強化樹脂が積極的に採用されている。特に、軽量かつ高い機械特性が求められる分野においては、炭素繊維強化樹脂が使用されている。例えば、自動車分野においては、ルーフ、フード、トランクリッド等の部品をはじめとして炭素繊維強化樹脂の適用が進められている。
【0003】
繊維強化樹脂成形品の製造方法として、プリプレグを複数枚積層して圧縮成形する方法が知られている(特許文献1)。プリプレグは、炭素繊維やガラス繊維のような繊維状の補強材にマトリックス樹脂を含浸させてなる成形材料である。プリプレグには、強化繊維の方向が一方向であるUDプリプレグ(一方向プリプレグ)や、強化繊維束を製織した織物にマトリックス樹脂を含浸させたクロスプリプレグがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
クロスプリプレグから製造される繊維強化樹脂成形品の中には、強化繊維束からなる織物の織り目の美的外観を利用するために、織り目が表面から透けて見えるようにしたものがある。このような繊維強化樹脂成形品の製造は、これまでのところオートクレーブを用いて1MPa未満の低い圧力でクロスプリプレグを成形することにより行われている。しかし、この方法は成形に要する時間が長いため、自動車部品のような高い生産性が求められる部品の工業的製造には適していない。
そこで、本発明者等は、強化繊維束からなる織物の織り目が透けて見える成形品を、成形サイクルが短く、工業的な量産に有利な圧縮成形法で製造することを試みた。ところが、圧縮成形品には周囲と異なった色味に見える欠陥部分が多数形成され、この欠陥部分により織物の織り目が作り出す美的外観が損なわれることが判明した。
【0006】
本発明の目的の一つは、強化繊維束からなる織物の織り目が透けて見える表面を有する繊維強化樹脂成形品のためのクロスプリプレグであって、圧縮成形したときに、改善された外観を有する成形品が得られるクロスプリプレグと、かかるクロスプリプレグの製造方法を提供することである。
本発明の目的の一つは、強化繊維束からなる織物の織り目が透けて見える表面を有し、改善された工業的生産性および改善された外観を有する繊維強化樹脂成形品と、かかる成形品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記の態様を有する。
[1] 強化繊維束を経糸および緯糸とした織物の織り目が透けて見える表面を有し、下記に求め方を定める緯糸の緩み率が、0.0~0.2%である、クロスプリプレグ。
(緯糸の緩み率の求め方)
経糸に平行な2辺と経糸に垂直な2辺とを有する正方形の断片をクロスプリプレグから切り出し、前記断片から取り出した経糸および緯糸の長さから、下記式(I)で緯糸の緩み率を求める。
緯糸の緩み率={(緯糸の長さ-経糸の長さ)/経糸の長さ}×100 (I)
[2] 緯糸の前記緩み率が0.1%以下、0.05%以下または0.01%以下である、前記[1]のクロスプリプレグ。
[3] 前記強化繊維束が炭素繊維束である、前記[1]または[2]のクロスプリプレグ。
[4] 前記織物の繊維目付が240g/m2以上である、前記[3]のクロスプリプレグ。
[5] 前記[1]~[4]のいずれかのクロスプリプレグを製造する方法であり、強化繊維束を経糸および緯糸とした前記織物を含む出発クロスプリプレグを準備し、前記出発クロスプリプレグを緯糸方向に引っ張って延伸する、クロスプリプレグの製造方法。
[6] 前記出発クロスプリプレグにおける緯糸の緩み率が0.2%より高い、前記[5]の製造方法。
[7] 繊維強化樹脂成形品の製造方法であって、前記[1]~[4]のいずれかのクロスプリプレグ、または、前記[1]~[4]のいずれかのクロスプリプレグを1枚以上有するプリプレグ積層体を圧縮成形し、前記織物の織り目が透けて見える表面を有する圧縮成形品を得る、製造方法。
[8] クロスプリプレグ、または、クロスプリプレグを1枚以上有するプリプレグ積層体を圧縮成形して圧縮成形品を得ることを含む、繊維強化樹脂成形品の製造方法であって、前記クロスプリプレグは炭素繊維からなる強化繊維束を経糸および緯糸とした織物の織り目が透けて見える表面を有し、前記織物の繊維目付が240g/m2以上であり、前記圧縮成形品は前記織物の織り目が透けて見える表面を有する、製造方法。
[9] 前記クロスプリプレグにおける、下記に求め方を定める緯糸の緩み率が、0.0~0.2%である、前記[8]の製造方法。
(緯糸の緩み率の求め方)
経糸に平行な2辺と経糸に垂直な2辺とを有する正方形の断片をクロスプリプレグから切り出し、前記断片から取り出した経糸および緯糸の長さから、下記式(I)で緯糸の緩み率を求める。
緯糸の緩み率={(緯糸の長さ-経糸の長さ)/経糸の長さ}×100 (I)
[10] 前記クロスプリプレグにおける緯糸の前記緩み率が0.1%以下、0.05%以下または0.01%以下である、前記[9]の製造方法。
[11] 前記プリプレグ積層体が、少なくとも一方の表面に最外層として樹脂フィルム層をさらに有する、前記[7]~[10]のいずれかの製造方法。
[12] 前記プリプレグ積層体が、前記クロスプリプレグに積層された発泡コア層を有する、前記[7]~[11]のいずれかの製造方法。
[13] 圧縮成形の際に、シェアエッジのクリアランスを狭くすることにより樹脂フロー率が0.0~0.5%となるようにした金型を用いる、前記[7]~[12]のいずれかの製造方法。
[14] 圧縮成形品であること、強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を含む繊維強化樹脂層を有するとともに、前記織物の織り目が透けて見える表面を有すること、および、前記表面には、当該領域内で緯糸の繊維蛇行角度の最大値が12度以下である30cm×30cmの正方形領域が存在すること、を特徴とする繊維強化樹脂成形品。
[15] 圧縮成形品であること、強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を含む繊維強化樹脂層を有するとともに、前記織物の織り目が透けて見える表面を有すること、および、前記表面には、当該領域内で緯糸の繊維蛇行角度の最大値が10度以下である30cm×30cmの正方形領域が存在すること、を特徴とする繊維強化樹脂成形品。
[16] 圧縮成形品であること、強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を含む繊維強化樹脂層を有するとともに、前記織物の織り目が透けて見える表面を有すること、および、前記表面には、蛍光灯照明下で観察したとき常に周囲と色味が異なって見える欠陥部分の無い30cm×30cmの正方形領域が存在すること、を特徴とする繊維強化樹脂成形品。
[17] 圧縮成形品であること、強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を含む繊維強化樹脂層を有するとともに、前記織物の織り目が透けて見える表面を有すること、前記表面には、太陽光下で観察したとき常に周囲と色味が異なって見える欠陥部分の無い30cm×30cmの正方形領域が存在すること、を特徴とする繊維強化樹脂成形品。
[18] 圧縮成形品であること、強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を含む繊維強化樹脂層を有するとともに、前記織物の織り目が透けて見える面積100cm2以上900cm2未満の表面を有すること、および、前記表面における緯糸の繊維蛇行角度の最大値が12度以下であること、を特徴とする繊維強化樹脂成形品。
[19] 前記表面における緯糸の繊維蛇行角度の最大値が10度以下である、前記[18]の繊維強化樹脂成形品。
[20] 圧縮成形品であること、強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を含む繊維強化樹脂層を有するとともに、前記織物の織り目が透けて見える面積100cm2以上900cm2未満の表面を有すること、および、前記表面には、蛍光灯照明下で観察したとき常に周囲と色味が異なって見える欠陥部分が無いこと、を特徴とする繊維強化樹脂成形品。
[21] 前記表面には、太陽光下で観察したとき常に周囲と色味が異なって見える欠陥部分が無い、前記[20]の繊維強化樹脂成形品。
[22] 前記繊維強化樹脂層に積層された樹脂フィルム層を有する、前記[14]~[21]のいずれかの繊維強化樹脂成形品。
[23] 前記繊維強化樹脂層に積層された発泡コア層をさらに有する、前記[14]~[22]のいずれかの繊維強化樹脂成形品。
[24] 自動車部品である、前記[14]~[23]のいずれかの繊維強化樹脂成形品。
[25] 前記[14]~[24]のいずれかの繊維強化樹脂成形品を製造する方法であり、クロスプリプレグまたはクロスプリプレグを1枚以上有するプリプレグ積層体を圧縮成形する工程を含み、前記クロスプリプレグが強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を用いたプリプレグである、繊維強化樹脂成形品の製造方法。
[26] 前記強化繊維束が炭素繊維束である、前記[25]の製造方法。
[27] 前記織物の繊維目付が240g/m2以上である、前記[26]の製造方法。
[28] 前記クロスプリプレグにおける、下記に求め方を定める緯糸の緩み率が、0.0~0.2%である、前記[25]~[27]のいずれかの製造方法。
(緯糸の緩み率の求め方)
経糸に平行な2辺と経糸に垂直な2辺とを有する正方形の断片をクロスプリプレグから切り出し、前記断片から取り出した経糸および緯糸の長さから、下記式(I)で緯糸の緩み率を求める。
緯糸の緩み率={(緯糸の長さ-経糸の長さ)/経糸の長さ}×100 (I)
[29] 前記クロスプリプレグにおける緯糸の前記緩み率が0.1%以下、0.05%以下または0.01%以下である、[28]の製造方法。
[30] 前記プリプレグ積層体が少なくとも一方の表面に最外層として樹脂フィルム層をさらに有する、前記[25]~[29]のいずれかの製造方法。
[31] 前記プリプレグ積層体が前記クロスプリプレグに積層された発泡コア層をさらに有する、前記[25]~[30]のいずれかの製造方法。
[32] 圧縮成形の際に、シェアエッジのクリアランスを狭くすることにより樹脂フロー率が0.0~0.5%となるようにした金型を用いる、前記[25]~[31]のいずれかの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、強化繊維束からなる織物の織り目が透けて見える表面を有する繊維強化樹脂成形品のためのクロスプリプレグであって、圧縮成形したときに、改善された外観を有する成形品が得られるクロスプリプレグと、かかるクロスプリプレグの製造方法が提供される。
本発明の一態様によれば、強化繊維束からなる織物の織り目が透けて見える表面を有し、改善された工業的生産性および改善された外観を有する繊維強化樹脂成形品と、かかる成形品の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】局所的な繊維蛇行がある繊維強化樹脂成形品を示す斜視図である。
【
図2】緯糸に緩みがあるクロスプリプレグの模式断面図である。
【
図3】緯糸に緩みがあるクロスプリプレグを圧縮成形したときの、織物の変形を示す模式断面図である。
【
図4】緯糸に緩みがあるクロスプリプレグを圧縮成形したときに、局所的な繊維蛇行が発生することを示す平面図である。
【
図5】成形品中の織物における緯糸の繊維蛇行角度を説明するための平面図である。
【
図6】成形品中の織物における緯糸の繊維蛇行角度を説明するための平面図である。
【
図7】実験で作製した成形品の形状を示す斜視図である。
【
図8】実験で作製した成形品の形状を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書および特許請求の範囲において「緯糸の繊維蛇行角度」とは、経糸に直交する方向を基準方向としたときに、緯糸を構成する強化繊維束をなすフィラメントが、該基準方向との間でなす角度を意味する。緯糸の繊維蛇行角度は、後述の実験で用いられた方法によって求める。
本明細書および特許請求の範囲において数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値および上限値として含むことを意味する。
図1~8における寸法比は、説明の便宜上、実際のものとは異なっていることがあり得る。
【0011】
<織物における局所的な繊維蛇行が成形品の外観に与える影響>
まず、織物における局所的な繊維蛇行の発生による、繊維強化樹脂成形品の外観品質の低下について以下に説明する。
図1は、強化繊維束からなる織物を用いた繊維強化樹脂成形品において局所的な繊維蛇行がある例を示す斜視図である。
織物の組織が平織の場合、経糸と緯糸との浮き沈みによって格子模様の織り目が形成される。経糸と緯糸とが交錯する組織点(格子のマス目)において、浮いた側(表側)の糸(繊維束)が蛇行すると、蛇行した部分が欠陥部分110となる。
太陽光、蛍光灯等の下、1~3m離れたところから30~45°斜め下に見下ろすようにして成形品100を目視したとき、欠陥部分110は、周囲の組織点(正常部分112)と比較して色味が異なるように観察される。成形品100を見る角度、光源の強さによるが、周囲の正常部分112が白色のとき欠陥部分110は黒く見え、周囲の正常部分112が白色のとき欠陥部分110は白く見えるというように、常に欠陥部分110と周囲の正常部分112は違う色に見える。そのため、欠陥部分110は織物の織り目が作り出す美的外観を著しく損なう。
欠陥部分110は強い光の下ではより目立つため、例えば、同じ成形品を蛍光灯照明下で見たときよりも、太陽光下で見たときの方が、欠陥部分が多数あるように感じられる。端的にいえば、織り目が作り出す成形品100の美的外観に与える欠陥部分110の影響が最も大きくなるのは、成形品100を太陽光下で見たときである。
【0012】
欠陥部分110と周囲の組織点(正常部分112)との色味の差は、組織点における繊維の配向に関係している。
成形品100を観察する観察者の目に入るのは、織物の表面で反射された光である。織物全体で繊維の配向が一様であれば、光の反射の仕方はどこでも同じとなる。一方、織物において局所的な繊維蛇行があると、繊維が蛇行した部分だけ光の反射の仕方が変わるため、周囲とは色味が異なるように感じられる。このように、繊維蛇行が局所的であることも、欠陥部分110と周囲の正常部分112との見え方の差がより顕著になる原因である。
織物では経糸と緯糸とが互いに強く拘束し合っているため、ひとつの組織点で発生した繊維蛇行の影響は隣の組織点には伝わり難い。その結果、繊維蛇行による欠陥部分110の発生が局所的となり、ひいては、それぞれの欠陥部分110がより目立って見える。
ここで、「局所的」とは、例えば、1つの組織点を格子の1マスとすると、縦横3マスの範囲内であることをいう。
クロスプリプレグとは対照的にUDプリプレグにおいては、強化繊維束間の相互の拘束が緩い。そのため、繊維蛇行が発生しても、発生した繊維蛇行が局所的なものとはなり難く、目視した際に目立つ欠陥部分は形成されない。
【0013】
次に、繊維強化樹脂成形品中の織物において局所的な繊維蛇行が発生するメカニズムについて以下に説明する。
経糸と緯糸を組み合わせて織物を製造する工程において、経糸の緩みは生じ難い。なぜなら、通常、経糸には常に張力が加えられているからである。一方、緯糸は、シャトルによって引き出された後、両端を切断され、張力がかからない状態で織り込まれるため、緩みやすい。
織物にマトリックス樹脂を含浸させる工程においても、織物はロールから経糸方向に引き出されるため、経糸方向に張力が加えられた状態にある。一方、緯糸方向には張力がかからないため、得られるクロスプリプレグは緯糸が緩んだものとなる。
【0014】
図2は、緯糸に緩みがあるクロスプリプレグの、経糸に垂直な断面の模式断面図である。
図2に示すクロスプリプレグ120は、経糸121と緯糸122とで織られた織物と、前記織物に含浸されたマトリックス樹脂123とを含む。経糸121と緯糸122は、それぞれ繊維束である。
前記織物は組織点の一部に突出部126を有する。突出部126は、クロスプリプレグの面外の方向へ緯糸122が突き出た異常部である。突出部126では、繊維束全体が突出している場合と、繊維束をなすフィラメントの一部が突出している場合とがある。
【0015】
緯糸に緩みがあるクロスプリプレグを圧縮成形すると、局所的な繊維蛇行が発生する。圧縮成形では、プリプレグが両側から剛体で挟まれて圧縮されるからである。
図3は、緯糸122に緩みがあるクロスプリプレグ120を圧縮成形する際における織物の変形を示す模式断面図である。
図3においては、見易さのためにマトリックス樹脂の図示は省略している。
緯糸122に緩みがあるクロスプリプレグが一対の上型210および下型220で圧縮成形されるとき、突出部126は正常部分と同じ高さまで押し潰される。このとき、突出部126の緯糸122は水平方向(圧縮方向と直交する方向)に押し広げられる。その結果、
図4に示すように、繊維蛇行部128が圧縮成形品中の織物に局所的に形成される。
【0016】
以上のように、クロスプリプレグにおける緯糸の緩みは、クロスプリプレグを圧縮成形したとき、織物に局所的な繊維蛇行が発生する原因となる。よって、クロスプリプレグを圧縮成形する場合、織物の織り目が作り出す美的外観が損なわれないためには、圧縮成形の前に、クロスプリプレグにおける緯糸の緩みを低減させることが有効である。
【0017】
<クロスプリプレグ>
本発明の一実施形態に係るクロスプリプレグは、強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を含み、その少なくとも一方の表面において前記織物の織り目が透けて見える。
【0018】
このクロスプリプレグにおいて、緯糸の緩み率は、0.0~0.2%であり、0.0~0.1%が好ましく、0.0~0.05%がより好ましく、0.0~0.01%が特に好ましい。緯糸の緩み率が前記範囲の上限値以下であるとき、圧縮成形時の局所的な繊維蛇行の発生が抑えられ、圧縮成形品の外観が意匠的に好ましくなる。
【0019】
緯糸の緩み率は、下記の通りである。
(緯糸の緩み率の求め方)
経糸に平行な2辺と経糸に垂直な2辺とを有する正方形の断片をクロスプリプレグから切り出し、前記断片から取り出した経糸および緯糸の長さから、下記式(I)で緯糸の緩み率を求める。
緯糸の緩み率={(緯糸の長さ-経糸の長さ)/経糸の長さ}×100 (I)
【0020】
緯糸の緩み率を測定するために、クロスプリプレグから切り出される正方形の断片の大きさは、特に限定されないが、好ましくは298mm×298mm以上である。
正方形の断片から経糸および緯糸を取り出すために、例えば、断片を加熱してマトリックス樹脂を軟化させてもよく、アセトン、メチルエチルケトン等の有機溶剤でマトリックス樹脂を除去してもよい。
正方形の断片から取り出される経糸と緯糸それぞれの長さのバラツキは小さいため、式(I)で表される緯糸の緩み率を求めるにあたり断片からは経糸および緯糸を数本ずつ取り出せば充分である。特に、経糸の長さにはほとんどバラツキが無いのが普通である。緯糸については、取り出した中から最も長いものを選び、その長さを用いて式(I)から緩み率を求めればよい。
【0021】
強化繊維束は、例えば、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維、高強度ポリエステル繊維、ボロン繊維、アルミナ繊維、窒化珪素繊維、ナイロン繊維からなる。織物には、1種類の強化繊維束のみを用いてもよく、2種以上の強化繊維束を組み合わせて用いてもよい。
特に、比強度および比弾性に優れる点から、強化繊維束としては炭素繊維からなる炭素繊維束が好ましい。
【0022】
織物の強化繊維束が炭素繊維束である場合、その繊維目付は240g/m2以上であることが好ましいが、限定されるものではなく、240g/m2未満であってもよい。
本発明者が実験から知り得たところでは、炭素繊維からなる強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を含むクロスプリプレグで、織物の繊維目付が200g/m2のときと240g/m2以上のときとを比べると、織物における緯糸の緩み率が同程度ならば、織物の繊維目付が240g/m2以上のときの方が圧縮成形品の蛍光灯照明下での外観が良好である。
一方で、炭素繊維束からなる織物の繊維目付が200g/m2のクロスプリプレグでも、緯糸の緩み率を十分に低減したときには、圧縮成形品の外観が蛍光灯照明下のみならず、太陽光下で観察したときでも良好であった。
【0023】
織物の繊維目付に特に上限はないが、例えば、マトリックス樹脂が含浸し易くするためには、800g/m2以下とすることが好ましい。
【0024】
強化繊維束のフィラメント数は、1000~50000本が好ましく、1000~15000本がより好ましい。フィラメント数が前記範囲の下限値以上であるとき、織物を構成する繊維束の数を少なくすることができ、織物のコストが抑えられる。フィラメント数が前記範囲の上限値以下であるとき、繊維束の開繊処理が必須でなくなるという効果や、織物の取扱性がよくなる効果が奏される。
【0025】
織物の組織としては、例えば、平織、綾織(斜文織)、朱子織が挙げられる。これらの中でも、クロスプリプレグを賦形しやすい点から、平織または綾織が好ましい。
【0026】
クロスプリプレグのマトリックス樹脂は、熱硬化性であってもよく、熱可塑性であってもよい。マトリックス樹脂に用い得る熱硬化性樹脂としては、例えば、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、ビニルエステル樹脂、フェノール樹脂、ベンゾオキサジン樹脂が挙げられる。特に、硬化後の物性が良好である点から、エポキシ樹脂が好ましい。
熱硬化性のマトリックス樹脂には、硬化剤、硬化促進剤、増粘剤、重合開始剤等がさらに含まれ得る。
マトリックス樹脂の透明性を損なう添加物の使用は必要最小限度に抑えることが望ましい。例えば、マトリックス樹脂には物性改善等の目的でカーボンブラックを添加し得るが、その添加量は、樹脂100質量部に対し0.4質量部を超えないようにすることが望ましい。
【0027】
クロスプリプレグにおけるマトリックス樹脂の含有量は、織物の100質量部に対して、30~60質量部が好ましく、30~45質量部がより好ましい。マトリックス樹脂の含有量が前記範囲の下限値以上であるとき、ボイドの形成による成形品の強度低下が起こり難い。マトリックス樹脂の含有量が前記範囲の上限値以下であるとき、クロスプリプレグの圧縮成形時に金型が汚れ難くなり、金型清掃に要する時間を短縮できる。
【0028】
(クロスプリプレグを製造する方法)
本発明のクロスプリプレグは、例えば、強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を含む出発クロスプリプレグを準備し、前記出発クロスプリプレグを緯糸方向に引っ張って延伸することで、製造できる。
【0029】
出発クロスプリプレグは、織物にマトリックス樹脂を含浸させることで準備される。織物の製造には、例えば、レピア織機、シャトル織機、グリッパ織機、ジェット織機等を用いることができる。
【0030】
含浸方法としては、例えば、マトリックス樹脂が溶解している樹脂溶液に織物を浸漬させるラッカー法(溶剤法);マトリックス樹脂で形成したフィルムを織物に熱圧着させるホットメルト法が挙げられる。
【0031】
本発明者等が見出したところによれば、予め作製した出発クロスプリプレグの緯糸方向の両端を掴み、緯糸方向に引っ張って延伸させると、その緯糸の緩み率が低下する。
例えば、緯糸の緩み率が0.2%より高い出発クロスプリプレグを緯糸方向に引っ張って延伸させることで、緯糸の緩み率を0.2%以下とすることができる。緯糸の緩み率が0.2%以下のクロスプリプレグを緯糸方向に引っ張って延伸させ、緯糸の緩み率を更に低くすることもできる。
本発明のクロスプリプレグにおける緯糸の緩み率は、好ましくは0.0~0.1%であり、より好ましくは0.0~0.05%であり、特に好ましくは0.0~0.01%である。
【0032】
緯糸の緩み率を低くしたクロスプリプレグは、前記強化繊維束を経糸および緯糸とした織物の緯糸に張力を加えながら、前記織物にマトリックス樹脂を含浸させることでも、製造できる。
【0033】
(用途)
上記説明した、本発明の実施形態に係るクロスプリプレグは、圧縮成形による繊維強化樹脂成形品の製造に適用したとき、特に好ましい結果をもたらす。圧縮成形による繊維強化樹脂成形品の製造の詳細および好ましい態様については、<繊維強化樹脂成形品の製造方法>の項で後述する。
【0034】
<繊維強化樹脂圧縮成形品の製造方法>
本発明の一実施形態に係る繊維強化樹脂成形品製造方法では、強化繊維束を経糸および緯糸とした織物を含み、少なくとも一方の表面において前記織物の織り目が透けて見えるクロスプリプレグ、または、かかるクロスプリプレグを1枚以上有するプリプレグ積層体を圧縮成形して、この織物の織り目が透けて見える表面を有する圧縮成形品を得る。
この方法で好ましく使用し得るクロスプリプレグは、上述の<クロスプリプレグ>の項で説明したクロスプリプレグであり、この方法で好ましく使用し得るプリプレグ積層体は、かかるクロスプリプレグを1枚以上含むプリプレグ積層体である。
【0035】
プリプレグ積層体は、クロスプリプレグに加えて、例えば、クロスプリプレグ以外のプリプレグ、樹脂フィルム層、発泡コア層等を有してもよい。
好ましいプリプレグ積層体では、上述の<クロスプリプレグ>の項で説明したクロスプリプレグが、成形品で意匠面となる側の最外層として配置される。
他の好ましいプリプレグ積層体では、樹脂フィルム層が、成形品で意匠面となる側の最外層として配置され、その樹脂フィルム層の直下の層として、上述の<クロスプリプレグ>の項で説明したクロスプリプレグが配置される。
【0036】
樹脂フィルムは、熱硬化性樹脂からなるものであってもよく、熱可塑性樹脂からなるものであってもよい。熱硬化性樹脂としては、例えば、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、ビニルエステル樹脂、フェノール樹脂、ベンゾオキサジン樹脂が挙げられる。これらの中でも、硬化後の強度が高い点から、エポキシ樹脂が好ましい。
樹脂フィルムを構成する樹脂組成物は、クロスプリプレグに含まれるマトリックス樹脂と同じであってもよく、異なっていてもよい。成形品における各層間の密着性が高くなる点からは、クロスプリプレグに含まれるマトリックス樹脂と同一の樹脂組成の樹脂フィルムを用いることが好ましい。
樹脂フィルムは、ガラス、ポリエステルからなる不織布で補強されたものでもよい。
【0037】
プリプレグ積層体が有し得る発泡コア層は、例えば、独立気泡型のシート状の発泡材である。発泡材は、例えば、ポリメタクリルイミドを主成分とする。
【0038】
プリプレグ積層体を圧縮成形するときは、成形品にボイドが形成されて機械特性が低下することを防止するために、プリプレグ積層体の層間にエアーが残存しないようにすることが好ましい。
プリプレグ積層体から残存エアーを取り除く方法としては、プリプレグ積層体を平面型で挟圧する方法や、真空バッグ法が好ましく挙げられ、中でも真空バッグ法がより好ましい。真空バッグ法では、プリプレグ積層体がバギングフィルムで覆われた後、バギングフィルム内が真空脱気される。
【0039】
圧縮成形の前に、クロスプリプレグまたはプリプレグ積層体を予備賦形することによって、所望する成形品形状の正味形状を有するプリフォームを作製してもよい。
予備賦形には、例えば、次の方法を用い得る。
・人手によってクロスプリプレグまたはプリプレグ積層体を賦形型に貼り込む方法。
・賦形型上にクロスプリプレグまたはプリプレグ積層体を配置したものをゴム製の袋に入れ、袋の内部を真空引きすることによりクロスプリプレグまたはプリプレグ積層体を賦形型に押し付ける方法。
・簡易な成形機を用いてモールドする方法。
これらの方法から2つ以上を適宜選んで組み合わせてもよい。
賦形型の材質としては、例えば、金属、ケミカルウッドが挙げられる。安価で加工が容易な点から、賦形型の材質としてはケミカルウッドが好ましい。
【0040】
予備賦形の前に、クロスプリプレグまたはプリプレグ積層体を予備加熱してもよい。予備加熱は、プリプレグに含まれるマトリックス樹脂の粘性を適度に低下させ、予備賦形の作業を容易とする目的で行われる。
プリプレグに含まれるマトリックス樹脂がエポキシ樹脂の場合、予備加熱は、クロスプリプレグまたはプリプレグ積層体の表面温度が、40~80℃となるように行うことが好ましい。該表面温度が40℃以上であるとき、マトリックス樹脂に充分な賦形性を付与できる傾向にある。該表面温度が80℃以下であるとき、マトリックス樹脂の粘性が適度に維持されるため、予備賦形時におけるプリフォームの繊維乱れを発生させることなく、機械特性に優れた成形品を最終的に得ることができる傾向にある。
【0041】
クロスプリプレグまたはプリプレグ積層体を予備加熱するには、例えば、次の方法を用い得る。
・温風を当てる方法。
・赤外線を照射する方法。
・加熱したプレート上に載置する方法。
短時間で予備加熱できる点、予備加熱後のクロスプリプレグまたはプリプレグ積層体の取り扱いが容易である点から、赤外線を照射する方法が好ましい。
【0042】
本発明の圧縮成形品の製造方法においては、必要に応じて、圧縮成形の前に、クロスプリプレグもしくはプリプレグ積層体、またはプリフォームを所定の形状に切断してもよい。
正味形状に近いプリフォームを作製するには、例えば、次の方法を用い得る。
・完成品を平面展開した形状となるようプリプレグ積層体を裁断したうえで賦形する方法。
・プリプレグ積層体を賦形してほぼ正味形状のプリフォームを作製した後、余剰部分を切除する方法。
得られるプリフォームの寸法精度がより高いのは、後者の、プリフォームを作製後、余剰部分を切除する方法である。
【0043】
圧縮成形は、成形材料(クロスプリプレグもしくはプリプレグ積層体、またはプリフォーム)を金型に配置し、昇圧機を用いて所定の温度、圧力で加熱および加圧することで成形材料を成形する方法である。熱硬化性の成形材料の場合には、成形と同時に硬化する。
金型は、所定の温度に調温しておき、圧縮成形した後、その温度のまま成形品を取り出すことが好ましい。これにより、金型を昇降温する必要がなくなるため、成形サイクルを短くすることができ、生産性が良好となる。
【0044】
金型の材質としては、高圧が加わっても変形しにくい金属が好ましく、特に、金属としては、変形しにくく粘りがある点から、S45C、S55C等の鋳鉄(炭素鋼)が好ましい。
金型としては、成形品の表面におけるボイドを抑制する点から、真空機構を設けた金型が好ましく、特に、シェアエッジのクリアランスが狭い密閉式の金型は、真空機構の効果を高めることができる点でより好ましい。
【0045】
昇圧機としては、成形圧力や型締め速度を調整できる点から、油圧式の加圧プレス機が好ましく、型締め平行度を調整できるレベリング機構を併せ持つ油圧式の加圧プレス機がより好ましい。
【0046】
圧縮成形の温度は、金型温度で110~180℃が好ましく、130~150℃がより好ましい。成形材料が熱硬化性の場合、金型温度が前記範囲の下限値以上であるとき、硬化時間が充分に速くなるため成形サイクルを短縮でき、金型温度が前記範囲の上限値以下であるとき、硬化時間が短すぎることによる問題を避けることができる。
【0047】
圧縮成形で用いられる圧力は、通常1.0MPa以上、好ましくは3.0MPa以上であり、また、通常15.0MPa以下、好ましくは5.0MPa以下である。圧縮成形の際の圧力が前記範囲の下限値以上であるとき、成形品の表面のピンホールや成形品の内部のボイドが発生し難い。圧縮成形の際の圧力が前記範囲の上限値以下であるとき、マトリックス樹脂が過度に絞られることなく、成形品の表面に樹脂枯れが発生しにくい。その結果、成形品の表面の光沢を保てる。
【0048】
圧縮成形品に、局所的な繊維蛇行による外観上の欠陥部分を発生させないために、下記の手段1~4を採用し得る。
手段1:緯糸の緩み率が低いクロスプリプレグを用いる。
手段2:織物の繊維目付が高いクロスプリプレグを用いる。
手段3:クロスプリプレグの直上に樹脂フィルム層を積層する。
手段4:シェアエッジのクリアランスが狭い金型を用いる。
上記手段1~4は、一つを単独で用いてもよく、二つ以上を併用してもよい。これらの中でも、特に有効なのは手段1である。手段2~4は単独で用いてもよいが、手段1と併用することが好ましい。手段2~4から2つ以上を選んで手段1と組み合わせてもよい。
【0049】
(手段1の具体例)
緯糸の緩み率が0.2%を超えるクロスプリプレグを用意する。クロスプリプレグの経糸方向を0°とし、同じ経糸方向で4枚積層して積層構成[0/0/0/0]の積層体(A)とする。
積層体(A)のクロスプリプレグ間に残存するエアーを、真空バッグ法によって吸い出す。
次いで、積層体(A)の90°方向(緯糸方向)の両端部を掴み、積層体(A)を該方向に引っ張ることによって、クロスプリプレグの緯糸の緩み率が0.2%以下、好ましくは0.1%以下、より好ましくは0.05%以下、特に好ましくは0.01%以下になるように調整する。
緯糸の緩み率を調整後、積層体(A)を圧縮成形する。
【0050】
(手段1の変形例)
手段1の変形例では、圧縮成形の前ではなく、圧縮成形中に、クロスプリプレグまたはプリプレグ積層体に張力を加えてクロスプリプレグにおける緯糸の緩みを減らしてもよい。
【0051】
(手段2の具体例)
炭素繊維束を経糸および緯糸とした織物の織り目が透けて見える表面を有し、織物の繊維目付が240g/m2以上であるクロスプリプレグを準備する。手段1の具体例における積層体(A)の、少なくとも、成形品で意匠面となる側の最外層に、このクロスプリプレグを用いる。
圧縮成形の前に、手段1の具体例と同様に、積層体(A)を緯糸方向に引っ張ることで、緯糸の緩み率を低減してもよい。
【0052】
(手段3の具体例)
手段1の具体例における積層体(A)の上にさらに樹脂フィルムを重ね、積層構成[樹脂フィルム/0/0/0/0]の積層体(B)とする。樹脂フィルム面が成形品の意匠面となる。樹脂フィルムは積層体(A)の両面に配置してもよい。
次いで積層体(B)から残存エアーを真空バッグ法によって吸い出した後、圧縮成形する。
手段3では、緯糸がプリプレグの面外に突出した組織点があっても、金型から加えられる圧力に対し樹脂フィルムがクッションとして働くことで、成形時の該部分の潰れが緩和されるものと推定される。
【0053】
(手段4)
手段4では、シェアエッジのクリアランスが狭い金型を用いて圧縮成形する。シェアエッジのクリアランスが狭い金型を用いると、成形時に金型の外に流出する樹脂量が減り、成形品の表面に樹脂層が形成される。この樹脂層が、手段3における樹脂フィルムと同様にクッションとして働くと推定される。
好ましくは、シェアエッジのクリアランスを狭くすることにより、下記式(II)で表される樹脂フロー率が0.0~0.5%となるようにした金型を用いる。
樹脂フロー率=(金型投入前の成形材料の質量-正味の成形品の質量)/金型投入前の成形材料の質量 (II)
【0054】
(繊維強化樹脂成形品)
上記説明した製造方法により製造され得る繊維強化樹脂成形品もまた、本発明の実施形態に含まれる。
【0055】
実施形態に係る繊維強化樹脂成形品において、強化繊維からなる織物の織り目が透けて見える表面(好ましくは意匠面)には、当該領域内における緯糸の繊維蛇行角度の最大値が12度以下である30cm×30cmの正方形領域が存在することが好ましい。該表面には、当該領域内における緯糸の繊維蛇行角度の最大値が10度以下である30cm×30cmの正方形領域が存在することが、より好ましい。
【0056】
実施形態に係る繊維強化樹脂成形品においては、強化繊維からなる織物の織り目が透けて見える表面の面積が900cm2未満であり得る。その場合には、該表面における緯糸の繊維蛇行角度の最大値が12度以下であることが好ましく、10度以下であることがより好ましい。該表面の面積は、好ましくは100cm2以上、より好ましくは250cm2以上、さらに好ましくは500cm2以上である。
【0057】
本発明者等が、炭素繊維束を経糸および緯糸とした織物を用いたクロスプリプレグを用いて、該織物の織り目が透けて見える意匠面を有する圧縮成形品を試作して調べたところによれば、常に周囲と色味が異なって見える欠陥部分が蛍光灯照明下で観察されない30cm×30cmの正方形領域が該意匠面に存在した成形品では、該正方形領域内での緯糸の繊維蛇行角度の最大値が12度以下であり、かかる欠陥部分が太陽光下で観察されない30cm×30cmの正方形領域が該意匠面に存在した成形品では、該正方形領域内での緯糸の繊維蛇行角度の最大値が10度以下であった。
【0058】
(用途)
実施形態に係る繊維強化樹脂成形品は、自動車部品としての用途に適用でき、特に、ルーフ、フード、トランクリッド等の自動車外板部材として好適である。
【0059】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、種々の変更が可能であり、実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0060】
<実験結果>
以下は、本発明者等が行った実験の結果である。
【0061】
<クロスプリプレグにおける緯糸の緩み率の測定>
後述する各実験で使用したクロスプリプレグにおける、織物の緯糸の緩み率は、次のようにして測定した。
クロスプリプレグを、対向する2辺が経糸と平行になり、残りの2辺が緯糸と平行になるように裁断して298mm×298mmの正方形の断片を得た。赤外線ヒーターで加熱してマトリックス樹脂を軟化させることにより、この断片から経糸および緯糸をそれぞれ3本ずつ取り出した。
次いで、取り出した糸の長さを測定し、経糸の長さと、最も長かった緯糸の長さとから、式(I)で表される緯糸の緩み率を求めた。どの測定でも、取り出した3本の経糸の間の長さは実質的に同一であり、糸同士の長さの差は0.01mm未満であった。
緯糸の緩み率={(緯糸長さ-経糸長さ)/経糸長さ}×100 (I)
【0062】
<圧縮成形品の作製>
(原料)
クロスプリプレグ-1:炭素繊維束(フィラメント数:6000本)からなる平織の織物にエポキシ樹脂組成物が含浸されたシート状のクロスプリプレグ(三菱ケミカル株式会社製、TR6110 360GMP、織物100質量部に対するマトリックス樹脂含有量:40質量部、緯糸の緩み率:0.30%、織物の繊維目付:300g/m2)。
クロスプリプレグ-2:炭素繊維束(フィラメント数:3000本)からなる平織の織物にエポキシ樹脂組成物が含浸されたシート状のクロスプリプレグ(三菱ケミカル株式会社製、TR3110 360GMP、織物100質量部に対するマトリックス樹脂含有量:40質量部、緯糸の緩み率:0.30%、織物の繊維目付:200g/m2)。
クロスプリプレグ-3:炭素繊維束(フィラメント数:3000本)からなる綾織の織物にエポキシ樹脂組成物が含浸されたシート状のクロスプリプレグ(三菱ケミカル株式会社製、TR3523 360GMP、織物100質量部に対するマトリックス樹脂含有量:40質量部、緯糸の緩み率:0.29%、織物の繊維目付:200g/m2)。
クロスプリプレグ-4:炭素繊維束(フィラメント数:3000本)からなる綾織の織物にエポキシ樹脂組成物が含浸されたシート状のクロスプリプレグ(三菱ケミカル株式会社製、TR3523 360GMP、織物100質量部に対するマトリックス樹脂含有量:40質量部、緯糸の緩み率:0.29%、織物の繊維目付:240g/m2)。
軽量発泡コア:ポリメタクリルイミドを主成分としたシート状の独立発泡材(Evonick社製、Rohacell 71SL)。
【0063】
(成形品)
各実験において、
図7に示すような平板形状の成形品10、または
図8に示すような立体形状の成形品20を作製した。成形品20は、外周のフランジ部22と、フランジ部22の内側から立ち上がった立面24と、立面24の上端に接続して立面24の内側に広がる天面26とを有する。
【0064】
<成形品における緯糸の繊維蛇行角度の測定>
後述する各実験で得た成形品における、緯糸の繊維蛇行角度は、以下の手順で測定した。
平板形状の成形品10の場合は、その意匠面を3cm角のマス目が100個できるよう格子状に区画した。この100個のマス目から50個を選び、さらに、その50個のマス目のそれぞれから緯糸が表側にある組織点を1つ選択し、その組織点にて、緯糸をなす強化繊維フィラメントが基準方向となす角度を測定した。測定点の数は全部で50個である。
図5および
図6を参照して説明すると、基準方向は、選択した組織点に隣接する経糸121に直交する方向(直線132の方向)とした。選択した組織点において、緯糸122をなす強化繊維フィラメントが基準方向と最も大きな角度をなす箇所における該角度(直線134が直線132となす角度θ)を、緯糸の繊維蛇行角度とした。
立体形状の成形品20の場合は、天面26の意匠面を3cm角のマス目ができるよう格子状に区画し、そのマス目のうち50個で、成形品10の場合と同様の測定を行なった。
【0065】
(実験1)
以下の手順(1)~(3)をこの順に実行して成形品を作製した。
手順(1):クロスプリプレグ-1を、対向する2辺が経糸と平行になり、残りの2辺が緯糸と平行になるように298mm×298mmの正方形に裁断した。
手順(2):経糸方向を0°とし、手順(1)で裁断したクロスプリプレグの4枚を同じ方向に揃え、4辺の位置を合わせて積層し、積層構成が[0/0/0/0]の積層体(a)を得た。積層体間の残存エアーは真空バッグ法で吸い出した。
手順(3):樹脂フロー率8%の金型を使用し、温度140℃、圧力4MPa、加圧時間5分間という条件で積層体(a)を圧縮成形し、縦300mm×横300mm×厚さ0.8mmの成形品10を得た。
【0066】
(実験2)
クロスプリプレグ-1をクロスプリプレグ-4に変更したこと以外は、実験1と同様にして成形品10を得た。
【0067】
(実験3)
クロスプリプレグ-1をクロスプリプレグ-2に変更したことと、金型を樹脂フロー率が0.1%以下となるようにした金型に変更したこと以外は、実験1と同様にして成形品10を得た。
【0068】
(実験4)
クロスプリプレグ-1をクロスプリプレグ-2に変更したことと、クロスプリプレグのマトリックス樹脂と同じ樹脂組成物からなる150g/m2の樹脂フィルムを積層体(a)の上に重ねて積層構成を[樹脂フィルム/0/0/0/0]としたこと以外は、実験1と同様にして成形品10を得た。
【0069】
(実験5)
以下の手順(1)~(5)をこの順に実行して成形品を作製した。
手順(1):クロスプリプレグ-2を、短辺が経糸と平行になり、長辺が緯糸と平行になるように298mm×338mmの長方形に裁断した。
手順(2):経糸方向を0°とし、手順(1)で裁断したクロスプリプレグの4枚を同じ方向に揃え、4辺の位置を合わせて積層し、積層構成が[0/0/0/0]の積層体(b)を得た。積層体間の残存エアーは真空バッグ法で吸い出した。
手順(3):積層体(b)の緯糸方向の両端をクランプで挟み、積層体(b)を緯糸方向に引っ張って延伸させることにより、積層体(b)におけるクロスプリプレグの緯糸の緩み率を0.05%に低減させた。
手順(4):手順(3)で延伸させた積層体(b)を、298mm×298mmの正方形に裁断した。
手順(5):温度140℃、圧力4MPa、加圧時間5分間という条件で積層体(b)を圧縮成形し、縦300mm×横300mm×厚さ0.8mmの成形品10を得た。
【0070】
(実験6)
実験5の手順(5)を下記手順(6)に変更したことと、その後に下記手順(7)を加えたこと以外は、実験5と同様にして成形品20を得た。
手順(6):積層体(b)を表面温度70℃となるように赤外線ヒーターで加熱したうえで、賦形型を用いて取得すべき成形品と同じ形状に賦形し、プリフォーム(p)を得た。
手順(7):樹脂フロー率8%の金型を用い、温度140℃、圧力4MPa、加圧時間5分間という条件でプリフォーム(p)を圧縮成形し、成形品20を得た。
【0071】
(実験7)
クロスプリプレグ-2をクロスプリプレグ-3に変更したこと以外は、実験5と同様にして成形品10を得た。手順(3)で積層体(b)を延伸した後のクロスプリプレグの緯糸の緩み率は0.01%以下であった。
【0072】
(実験8)
クロスプリプレグ-2をクロスプリプレグ-3に変更したこと以外は、実験6と同様にして成形品20を得た。手順(3)で積層体(b)を延伸した後のクロスプリプレグの緯糸の緩み率は0.01%以下であった。
【0073】
(実験9)
積層体(b)の中間に軽量発泡コア層を挿入し、積層構成を[0/0/発泡コア/0/0]としたこと以外は、実験5と同様にして成形品10を得た。
【0074】
(実験10)
積層体(b)の中間に、あらかじめプリフォーム(p)と同じ形状に賦形した軽量発泡コア層を挿入し、積層構成を[0/0/発泡コア/0/0]とした以外は、実験6と同様にして成形品20を得た。
【0075】
(実験11)
クロスプリプレグ-1をクロスプリプレグ-2に変更したこと以外は、実験1と同様にして成形品10を得た。
【0076】
(実験12)
手順(3)を省略したこと以外は、実験6と同様にして成形品20を得た。
【0077】
(実験13)
手順(3)を省略したこと以外は、実験9と同様にして成形品10を得た。
【0078】
(実験14)
手順(3)を省略したこと以外は、実験10と同様にして成形品20を得た。
【0079】
実験1~14における条件を表1に示す。また、実験1~14で得た成形品のそれぞれにおいて、緯糸の繊維蛇行角度の最大値を測定した結果を表2に示す。
【0080】
【0081】
【0082】
実験1~10の圧縮成形品は、外観に優れていた。特に、測定を行なった300mm×300mmの正方形領域で緯糸の蛇行角度の最大値が10度以下であった実験5~10の圧縮成形品では、該正方形領域を太陽光下で観察したときに、常に周囲と色味が異なって見える欠陥部分が認められなかった。
測定を行なった300mm×300mmの正方形領域で緯糸の蛇行角度の最大値が10度超12度以下であった実験1~4の圧縮成形品では、該正方形領域を蛍光灯照明下で観察したときには、常に周囲と色味が異なって見える欠陥部分が認められなかったが、太陽光下で観察したときにはかかる欠陥領域が認められた。
実験11~14の圧縮成形品は、外観が劣っていた。具体的には、測定を行なった300mm×300mmの正方形領域を太陽光下で観察したときにも、蛍光灯照明下で観察したときにも、常に周囲と色味が異なって見える欠陥部分が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明を実施した、または、本発明を実施して製造される繊維強化樹脂成形品は、自動車部品として有用であり、特に、ルーフ、フード、トランクリッド等の自動車外板部材として有用である。
【符号の説明】
【0084】
10 成形品
20 成形品
22 フランジ部
24 立面
26 天面
100 成形品
110 欠陥部分
112 正常部分
120 プリプレグ
121 経糸
122 緯糸
123 マトリックス樹脂
126 突出部
128 繊維蛇行部
130 経糸に平行な直線
132 経糸に直交する直線(基準方向に平行な直線)
134 強化繊維フィラメントが基準方向と最大の角度をなす箇所における強化繊維フィラメントの方向に沿った直線
210 上型
220 下型
θ 緯糸の繊維蛇行角度