(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-29
(45)【発行日】2022-09-06
(54)【発明の名称】溶剤組成物、洗浄方法、塗膜付き物品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C11D 7/50 20060101AFI20220830BHJP
C11D 7/30 20060101ALI20220830BHJP
C11D 7/26 20060101ALI20220830BHJP
B08B 3/08 20060101ALI20220830BHJP
B08B 3/12 20060101ALI20220830BHJP
C23G 5/028 20060101ALI20220830BHJP
【FI】
C11D7/50
C11D7/30
C11D7/26
B08B3/08 A
B08B3/12 A
C23G5/028
(21)【出願番号】P 2019034483
(22)【出願日】2019-02-27
【審査請求日】2021-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100168985
【氏名又は名称】蜂谷 浩久
(72)【発明者】
【氏名】光岡 宏明
(72)【発明者】
【氏名】三木 寿夫
【審査官】林 建二
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-513348(JP,A)
【文献】特表2009-514251(JP,A)
【文献】国際公開第2017/138562(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/039521(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11D 1/00-19/00
B08B 3/00-3/14
C23G 1/00-5/06
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トランス-1,2-ジクロロエチレンと1-クロロ-2,3,3,4,4,5,5-ヘプタフルオロ-1-ペンテンとを含む溶剤組成物であって、前記溶剤組成物の全量に対するトランス-1,2-ジクロロエチレンの含有割合が50質量%超90質量%以下であり、1-クロロ-2,3,3,4,4,5,5-ヘプタフルオロ-1-ペンテンの含有割合が10質量%以上50質量%未満である、溶剤組成物。
【請求項2】
さらに、沸点が35~65℃の含フッ素化合物を含む、請求項1に記載の溶剤組成物。
【請求項3】
前記沸点が35~65℃の含フッ素化合物が、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペン、1-クロロ-3,3,3-トリフルオロプロペン、1,3-ジクロロ-2,3,3-トリフルオロプロペン、ノナフルオロブチルメチルエーテル、1,1,2,2-テトラフルオロエチル-2,2,2-トリフルオロエチルエーテルから選ばれる少なくとも1種である、請求項2に記載の溶剤組成物。
【請求項4】
前記沸点が35~65℃の含フッ素化合物の含有量の1-クロロ-2,3,3,4,4,5,5-ヘプタフルオロ-1-ペンテンの含有量に対する質量比が1/10~2/1である、請求項2または3に記載の溶剤組成物。
【請求項5】
さらに安定剤を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の溶剤組成物。
【請求項6】
前記安定剤が、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、p-メトキシフェノール、1,2-ブチレンオキサイドから選ばれる少なくとも1種である、請求項5に記載の溶剤組成物。
【請求項7】
物品の表面に、請求項1~6のいずれか一項に記載の溶剤組成物を接触させて、前記物品に付着する汚れを除去することを特徴とする、洗浄方法。
【請求項8】
前記汚れが、油脂類または塵埃である、請求項7に記載の洗浄方法。
【請求項9】
不揮発性の有機物および請求項1~6のいずれか一項に記載の溶剤組成物を含む、塗膜形成用組成物。
【請求項10】
請求項9に記載の塗膜形成用組成物を物品の表面に塗布した後、前記溶剤組成物を蒸発させて、物品の表面に前記不揮発性の有機物を含む塗膜を形成させることを特徴とする、塗膜付き物品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地球環境に悪影響を及ぼさず、各種有機物の溶解性に優れる溶剤組成物、該溶剤組成物を用いた洗浄方法、塗膜付き物品に関する。
【背景技術】
【0002】
IC、電子部品、精密機械部品、光学部品等の製造では、製造工程、組立工程、最終仕上げ工程等において、部品を洗浄剤によって洗浄し、該部品に付着したフラックス、加工油、ワックス、離型剤、ほこり等を除去することが行われている。また潤滑剤等の各種有機物を含有する塗膜を有する塗膜付き物品の製造方法としては、例えば、該有機物を塗布溶剤に溶解した溶液を調製し、該溶液を物品上に塗布した後に塗布溶剤を蒸発させて塗膜を形成する方法が知られている。塗布溶剤には、有機物を充分に溶解させることができ、また充分な乾燥性を有していることが求められる。
このような溶剤として、加工油や潤滑剤等の不揮発性化合物に対する溶解性が高く、不燃性で毒性が低く、安定性に優れ、金属、プラスチック、エラストマー等の材質からなる物品を侵さず、化学的および熱的安定性に優れる点から、クロロフルオロカーボン(以下、「CFC」と記す。)、ハイドロクロロフルオロカーボン(以下、「HCFC」と記す。)等が使用されている。
【0003】
しかし、CFCは化学的に極めて安定であり、気化後の対流圏内での寿命が長く、拡散して成層圏にまで達する。成層圏でCFCは紫外線により分解され、塩素ラジカルを発生し、オゾン層が破壊される問題がある。このため、CFCの生産は世界的に規制されており、先進国での生産は既に全廃されている。また、HCFCも塩素原子を有しており、僅かではあるがオゾン層に悪影響を及ぼすことから、先進国においては2020年に生産が全廃されることになっている。
オゾン層に悪影響を及ぼさない溶剤として、ペルフルオロカーボン(以下、「PFC」と記す。)、ハイドロフルオロカーボン(以下、「HFC」と記す。)、ハイドロフルオロエーテル(以下、「HFE」と記す。)等が提案されたが、地球温暖化防止のため京都議定書の規制対象物質となっている。
地球環境に悪影響を及ぼさず、低毒性であって、かつ上記不揮発性化合物の溶解性に優れる溶剤としては、トランス-1,2-ジクロロエチレン(trans-CHCl=CHCl、以下、「tDCE」と記す。)が知られている。しかし、tDCEは、引火点を有するために単独で使用できないという課題がある。
【0004】
そこで、tDCEと引火点を有しないHCFC、HFEとを組み合わせて共沸または共沸様組成物を調製し、これを不燃性の溶剤組成物として洗浄等に用いることが提案されている。例えば、特許文献1には、1,1-ジクロロ-2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロパン(以下、「225ca」と記す。)、1,3-ジクロロ-1,1,2,2,3-ペンタフルオロプロパン(以下、「225cb」と記す。)およびtDCEからなる共沸組成物、特許文献2には、tDCEと1,1,2,2-テトラフルオロエチル-2,2,2-トリフルオロエチルエーテル(以下、「HFE-347pc-f」と記す。)からなる共沸組成物が記載されている。
しかし、特許文献1に記載の組成物はtDCEとHCFCとの組合せ、特許文献2に記載の組成物はtDCEとHFEとを組合せるものであり、より地球環境への影響の小さい溶剤が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第2689573号公報
【文献】特許第2879847号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、地球環境に悪影響を及ぼさず、各種有機物の溶解性に優れる溶剤組成物、該溶剤組成物を用いた洗浄方法、塗膜付き物品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の点を鑑み検討を行った結果、本発明を完成した。すなわち本発明は以下よりなる。
[1]トランス-1,2-ジクロロエチレンと1-クロロ-2,3,3,4,4,5,5-ヘプタフルオロ-1-ペンテンとを含む溶剤組成物であって、前記溶剤組成物の全量に対するトランス-1,2-ジクロロエチレンの含有割合が50質量%超90質量%以下であり、1-クロロ-2,3,3,4,4,5,5-ヘプタフルオロ-1-ペンテンの含有割合が10質量%以上50質量%未満である、溶剤組成物。
[2]さらに、沸点が35~65℃の含フッ素化合物を含む、[1]に記載の溶剤組成物。
[3]前記沸点が35~65℃の含フッ素化合物が、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペン、1-クロロ-3,3,3-トリフルオロプロペン、1,3-ジクロロ-2,3,3-トリフルオロプロペン、ノナフルオロブチルメチルエーテル、1,1,2,2-テトラフルオロエチル-2,2,2-トリフルオロエチルエーテルから選ばれる少なくとも1種である、[2]に記載の溶剤組成物。
[4]前記沸点が35~65℃の含フッ素化合物の含有量の1-クロロ-2,3,3,4,4,5,5-ヘプタフルオロ-1-ペンテンの含有量に対する質量比が1/10~2/1である、[2]または[3]に記載の溶剤組成物。
[5]さらに安定剤を含む、[1]~[4]のいずれか一項に記載の溶剤組成物。
[6]前記安定剤が、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、p-メトキシフェノール、1,2-ブチレンオキサイドから選ばれる少なくとも1種である、[5]に記載の溶剤組成物。
[7]物品の表面に、[1]~[6]のいずれか一項に記載の溶剤組成物を接触させて、前記物品に付着する汚れを除去することを特徴とする、洗浄方法。
[8]前記汚れが、油脂類または塵埃である、[7]に記載の洗浄方法。
[9]不揮発性の有機物および[1]~[6]のいずれか一項に記載の溶剤組成物を含む、塗膜形成用組成物。
[10][9]に記載の塗膜形成用組成物を物品の表面に塗布した後、前記溶剤組成物を蒸発させて、物品の表面に前記不揮発性の有機物を含む塗膜を形成させることを特徴とする、塗膜付き物品の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の溶剤組成物は、地球環境に悪影響を及ぼさず、不燃性であり、各種有機物の溶解性に優れる。
本発明の洗浄方法は、地球環境に悪影響を及ぼさず、洗浄性に優れる。
本発明の塗膜付き物品の製造方法は、地球環境に悪影響を及ぼさず、均一な塗膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の洗浄方法を行う洗浄装置の一例を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書において、ハロゲン化炭化水素については、化合物名の後の括弧内にその化合物の略称を記すが、本明細書では必要に応じて化合物名に代えてその略称を用いる。また、略称として、ハイフン(-)より後ろの数字およびアルファベット小文字部分だけ(例えば、「HCFO-1233zd」においては「1233zd」)を用いることがある。さらに、幾何異性体を有する化合物の名称およびその略称に付けられた(E)は、E体を示し、(Z)はZ体を示す。該化合物の名称、略称において、E体、Z体の明記がない場合、該名称、略称は、E体、Z体、およびE体とZ体の混合物を含む総称を意味する。
【0011】
本明細書において、飽和炭化水素化合物の水素原子の一部をフッ素原子に置き換えた化合物をハイドロフルオロカーボン(HFC)、飽和炭化水素化合物の水素原子の一部をフッ素原子および塩素原子に置き換えた化合物をハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)、飽和炭化水素化合物の水素原子のすべてをフッ素原子および塩素原子に置き換えた化合物をクロロフルオロカーボン(CFC)、飽和炭化水素化合物の水素原子のすべてをフッ素原子に置き換えた化合物をペルフルオロカーボン(PFC)、炭素-炭素二重結合を有し、炭素原子、フッ素原子および水素原子から構成される化合物をハイドロフルオロオレフィン(HFO)、炭素-炭素二重結合を有し、炭素原子、塩素原子、フッ素原子および水素原子から構成される化合物をハイドロクロロフルオロオレフィン(HCFO)、炭素-炭素二重結合を有し、炭素原子およびフッ素原子から構成される化合物をペルフルオロオレフィン(PFO)、炭素-炭素二重結合を有し、炭素原子、塩素原子およびフッ素原子から構成される化合物をクロロフルオロオレフィン(CFO)という。
【0012】
本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
本明細書において引火点を有するとは、溶剤組成物の液温が23℃~沸点の間に引火点を有することを意味し、引火点を有しないとは、溶剤組成物の液温が23℃~沸点の間に引火点を有しないことを意味する。また、不燃性であるとは、すべての温度範囲において引火点を有しないことをいう。
【0013】
[溶剤組成物]
本発明の溶剤組成物は、tDCEと1-クロロ-2,3,3,4,4,5,5-ヘプタフルオロ-1-ペンテン(HCFO-1437dycc、CHCl=CFCF2CF2CF2H)とを含み、上記溶剤組成物の全量に対するtDCEの含有割合が50質量%超90質量%以下であり、1437dyccの含有割合が10質量%以上50質量%未満である。
本発明においては、溶剤組成物がtDCEと1437dyccをそれぞれ上記含有割合で含むことにより、不燃性であり、かつ各種有機物の溶解性に優れる。
【0014】
(tDCE)
tDCEは、炭素原子-炭素原子間に二重結合を有するオレフィンであるため、大気中での寿命が短く、地球環境に悪影響を及ぼさない。tDCEは、分子内に塩素原子を有するため、有機物に対する溶解性が非常に高い。さらに、tDCEは沸点が約49℃であるため、乾燥性に優れている。また、沸騰させたときの蒸気の温度が約49℃であるため、熱による影響を受けやすい部品にも使用できる。tDCEは、表面張力や粘度が低く、室温でも容易に蒸発する。一方で、tDCEは、引火点を有するという課題がある。
【0015】
(1437dycc)
1437dyccは、炭素原子-炭素原子間に二重結合を持つため、大気中での寿命が短く、オゾン破壊係数や地球温暖化係数が小さい。また、1437dyccは、引火点を有さず、表面張力や粘度が低いため浸透性に優れる等、洗浄剤や塗布溶剤として優れた性能を有している。
【0016】
1437dyccには、Z体(以下「1437dycc(Z)」と記す。)及びE体(以下「1437dycc(E)」と記す。)の構造異性体が存在する。本発明で用いる1437dyccは、1437dycc(Z)、1437dycc(E)及び1437dycc(Z)と1437dycc(E)の混合物のいずれであってもよい。
【0017】
1437dycc(Z)の沸点は約89℃であり、1437dycc(E)と比べて揮発性に優れる。このため、本発明の溶剤組成物に用いる1437dyccの全量に対して1437dycc(Z)の含有割合は50質量%以上であることが好ましく、60質量%以上がより好ましく、80質量%以上がさらに好ましく、90質量%以上が特に好ましく、95質量%以上が最も好ましい。
【0018】
1437dyccは、例えば、工業的に安定的に入手可能な5-クロロ-1,1,2,2,3,3,4,4-オクタフルオロペンタン(HCFC-448оccc)をメタノールの存在下でナトリウムメトキシドと反応させることで製造できる。
上記製造方法では、1437dyccは、1437dycc(Z)と1437dycc(E)とを含む組成物として得られる。該組成物をそのまま本発明の溶剤組成物として用いてもよいし、公知の方法により精製した1437dycc(Z)と1437dycc(E)をそれぞれ単独で用いてもよいし、精製後の1437dycc(Z)と1437dycc(E)を所望の混合比に調製して用いてもよい。
【0019】
上記製造方法によって得られた1437dyccを含む組成物中には、448occc、1-クロロ-3,3,4,4,5,5-ヘキサフルオロペンチン、水等の不純物が含まれる場合がある。本発明の溶剤組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、これらの不純物を含んでいてもよい。
1437dyccの純度は99質量%以上が好ましく、99.5質量%以上がより好ましく、99.9質量%以上がさらに好ましい。1437dyccの純度が上記下限値以上であれば、本発明の効果を損なわない。
【0020】
本発明の溶剤組成物におけるtDCEの含有割合は、溶剤組成物の全量に対して50質量%超90質量%以下であり、より有機物の溶解性に優れる点から55質量%以上90質量%以下であることが好ましい。
本発明の溶剤組成物における1437dyccの含有割合は、溶剤組成物の全量に対して10質量%以上50質量%未満であり、より有機物の溶解性に優れる点から10質量%以上45質量%以下であることが好ましい。
【0021】
本発明の溶剤組成物は、さらに沸点が35~65℃の含フッ素化合物を含むことが好ましい。沸点が35~65℃の含フッ素化合物としては、HFC、HFE、HFO、CFO、HCFO(ただし1437dyccを除く)が好ましく、環境影響を小さくできる点からHFE、HFO、CFO、HCFOがより好ましい。沸点が35~65℃の含フッ素化合物の具体例としては、1,1,1,2,2,3,4,5,5,5-デカフルオロペンタン(HFC-43-10mee;沸点54℃)、1,1,1,3,3-ペンタフルオロブタン(HFC-365mfc;沸点40℃)、ノナフルオロブチルメチルエーテル(HFE-549s1;沸点61℃)、1,1,2,2-テトラフルオロエチル-2,2,2-トリフルオロエチルエーテル(HFE-347pc-f;沸点54℃)、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペン(HCFO-1233yd;沸点約54℃)、1-クロロ-3,3,3-トリフルオロプロペンのZ体(HCFO-1233zd(Z);沸点39.5℃)、1,3-ジクロロ-2,3,3‐トリフルオロプロペン(以下、HCFO-1223yd;沸点58℃)が挙げられる。上記化合物のうち、tDCEと共沸組成を形成する化合物を用いることがより好ましい。沸点が35~65℃の含フッ素化合物としては、1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
本発明の溶剤組成物がさらに沸点が35~65℃の含フッ素化合物を含むことにより、本発明の溶剤組成物を相変化を伴う用途に用いる際に、tDCEの気相への濃縮を抑制することができる。これによって溶剤組成物を繰り返し安全に使用できる。また、tDCEの気相への濃縮を抑制することで、tDCEのロスも少ない。
【0022】
沸点が35~65℃の含フッ素化合物としては、地球環境への影響を小さくする観点から、1233yd、1233zd、1223yd、HFE-549s1、HFE-347pc-fが好ましく、1233yd、1233zd(Z)、1223ydがより好ましい。
【0023】
本発明の溶剤組成物が、沸点が35~65℃の含フッ素化合物を含む場合、沸点が35~65℃の含フッ素化合物の含有量は、1437dyccの含有量に対する質量比として1/10~2/1が好ましく、1/5~1.5/1がより好ましい。
【0024】
本発明の溶剤組成物は、tDCE、1437dycc以外に、本発明の効果を損なわない範囲で、tDCE、1437dycc、沸点が35~65℃の含フッ素化合物以外の溶剤(以下、「その他の溶剤」と記す。)を含有してもよく、安定剤等の添加剤を含有してもよい。さらに、本発明の溶剤組成物は、tDCE、1437dyccの製造工程における副生物、製造原料等の不純物を含むことがある。
【0025】
(その他の溶剤)
その他の溶剤は、溶解性を高める、揮発速度を調節する等の各種の目的に応じて適宜選択される。その他の溶剤としては、炭化水素、アルコール、ケトン、エーテル、エステル、ハロゲン化炭化水素(ただし、tDCE、1437dycc、沸点が35~65℃の含フッ素化合物を除く)等が挙げられる。その他の溶剤は、1種であってもよく、2種以上であってもよい。
本発明の溶剤組成物におけるその他の溶剤の含有割合は、溶剤組成物の全量に対して20質量%以下が好ましく、10質量%以下がより好ましい。
【0026】
(安定剤)
安定剤として、具体的には、ニトロメタン、ニトロエタン、ニトロプロパン、ニトロベンゼン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、イソプロピルアミン、ジイソプロピルアミン、ブチルアミン、イソブチルアミン、tert-ブチルアミン、α-ピコリン、N-メチルベンジルアミン、ジアリルアミン、N-メチルモルホリン、フェノール、o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール、チモール、p-tert-ブチルフェノール、tert-ブチルカテコール、カテコール、イソオイゲノール、o-メトキシフェノールp-メトキシフェノール、4,4’-ジヒドロキシフェニル-2,2-プロパン、サリチル酸イソアミル、サリチル酸ベンジル、サリチル酸メチル、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、2-(2’-ヒドロキシ-5’-メチルフェニル)ベンゾトリアゾール、2-(2’-ヒドロキシ-3’-tert-ブチル-5’-メチルフェニル)-5-クロロベンゾトリアゾール、1,2,3-ベンゾトリアゾール、1-[(N,N-ビス-2-エチルヘキシル)アミノメチル]ベンゾトリアゾール、1,2-プロピレンオキサイド、1,2-ブチレンオキサイド、1,4-ジオキサン、ブチルグリシジルエーテル、フェニルグリシジルエーテル、イソアミレン、2,4,4-トリメチル-1-ペンテン、2,4,4-トリメチル-2-ペンテン、2-メチルペンテン等が挙げられる。なかでも、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、p-メトキシフェノール、1,2-ブチレンオキサイドが好ましい。安定剤としては1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
【0027】
本発明の溶剤組成物における安定剤の含有割合は、溶剤組成物の全量に対して5質量%以下が好ましく、1質量%以下がより好ましい。
【0028】
本発明の溶剤組成物における添加剤の含有割合は、溶剤組成物の全量に対して5質量%以下が好ましく、1質量%以下がより好ましい。
【0029】
以上説明した本発明の溶剤組成物は、地球環境に悪影響を及ぼさず、不燃性であり、各種有機物の溶解性に優れる。
【0030】
本発明の溶剤組成物は、脱脂洗浄、フラックス洗浄、精密洗浄、水切り洗浄、リンス洗浄、ドライクリーニング等の洗浄剤、潤滑剤、防錆剤、防湿コート剤、防汚コート剤等を溶解して物品表面に塗布するための塗布溶剤、熱移動媒体等として好ましく用いられる。
本発明の溶剤組成物を適用できる物品としては、光学部品、医療器具、電気機器、精密機械、繊維製品及びそれらの部品等が挙げられる。電気機器、精密機械、光学物品及びそれらの部品の具体例としては、IC、コンデンサ、プリント基板、マイクロモーター、リレー、ベアリング、光学レンズ、ガラス基板等が挙げられる。
本発明の溶剤組成物が適用可能な材質としては、金属、プラスチック、エラストマー、ガラス、セラミックス、繊維およびこれらの複合材料等が挙げられる。これらのなかでも、鉄、銅、ニッケル、金、銀、プラチナ等の金属、金属の焼結体、ガラス、フッ素樹脂、PEEK等のエンジニアリングプラスチックに好適である。
【0031】
[洗浄方法]
本発明の洗浄方法は、物品に本発明の溶剤組成物を接触させて、物品に付着する汚れを除去する方法である。
物品に付着する汚れとしては、グリース、加工油、シリコーン油、フラックス、ワックス、インキ、鉱物油、シリコーン油を含む離型剤、ピッチ、アスファルトなどの油脂類、塵埃等が挙げられる。加工油の具体例としては、切削油、焼き入れ油、圧延油、潤滑油、機械油、プレス加工油、打ち抜き油、引き抜き油、組立油、線引き油が挙げられる。
本発明の溶剤組成物は洗浄力が高いため、特に加工油、ピッチ、アスファルトの洗浄に好適に使用できる。
【0032】
本発明の洗浄方法の具体例としては、手拭き洗浄、浸漬洗浄、スプレー洗浄、浸漬揺動洗浄、浸漬超音波洗浄、蒸気洗浄、及びこれらを組み合わせた方法等が挙げられる。例えば、本発明の溶剤組成物と、液化ガスまたは圧縮ガスとを封入したエアゾールの形態でスプレー洗浄を行ってもよい。これらの洗浄方法における接触時間、温度等の洗浄条件は、洗浄方法に応じて適宜選択できる。また、洗浄装置も、公知のものを適宜選択することができる。
本発明の洗浄方法は、例えば国際公開第2008/149907号に記載の方法および洗浄装置を用いて実施できる。
【0033】
[塗膜形成用組成物、塗膜付き物品の製造方法]
本発明の塗膜付き物品の製造方法は、本発明の溶剤組成物と不揮発性有機物とを含む塗膜形成用組成物を物品表面に塗布した後、上記溶剤組成物を蒸発させて、物品表面に不揮発性有機物の塗膜を形成させる。
【0034】
塗膜形成用組成物の塗布方法としては、例えば刷毛による塗布、スプレーによる塗布、浸漬による塗布等が挙げられる。物品がチューブ状の場合は、塗膜形成用組成物を吸い上げることによって内壁に塗布することもある。また、本発明の溶剤組成物と、不揮発性有機物と、液化ガスまたは圧縮ガスとを封入したエアゾールの形態でスプレー塗布を行うこともできる。
【0035】
溶剤組成物の蒸発方法としては、例えば風乾、加熱による乾燥等が挙げられる。乾燥温度は20~100℃が好ましい。
【0036】
本発明における不揮発性有機物とは、沸点が本発明の溶剤組成物より高く、溶剤組成物が蒸発した後も有機物が表面に残留するものをいう。不揮発性有機物として、具体的には、物品に潤滑性を付与するための潤滑剤、金属部品の防錆効果を付与するための防錆剤、物品に撥水性を付与するための防湿コート剤、物品への防汚性能を付与するための指紋付着防止剤等の防汚コート剤等が挙げられる。本発明の溶剤組成物は、不揮発性有機物の溶解性に優れるため、本用途に好適に用いられる。
【0037】
塗膜形成用組成物の調製方法は、不揮発性有機物を溶剤組成物に均一に溶解できる方法であれば特に制限されない。
【0038】
不揮発性有機物の含有量は、塗膜形成用組成物の全量に対して0.01~50質量%が好ましく、0.05~30質量%がより好ましく、0.1~20質量%がさらに好ましい。不揮発性有機物の含有量が上記範囲内であれば、塗膜形成用組成物を塗布したときの塗膜の厚さを適正範囲に調整しやすい。
【0039】
[熱移動媒体]
本発明の溶剤組成物は、熱サイクルシステム用の熱移動媒体として用いることができる。
熱サイクルシステムとしては、ランキンサイクルシステム、ヒートポンプサイクルシステム、冷凍サイクルシステム、熱輸送システム、二次冷媒冷却システム等が挙げられる。具体的には、冷凍・冷蔵機器、空調機器、発電システム、熱輸送装置及び二次冷却機等が挙げられる。
【0040】
以下、熱サイクルシステムの一例として、冷凍サイクルシステムについて説明する。
冷凍サイクルシステムとは、蒸発器において熱移動媒体が負荷流体より熱エネルギーを除去することにより負荷流体を冷却し、より低い温度に冷却するシステムである。冷凍サイクルシステムでは、熱移動媒体の蒸気を圧縮して高温高圧の熱移動媒体の蒸気とする圧縮機と、圧縮された熱移動媒体の蒸気を冷却し、低温高圧の熱移動媒体の液体とする凝縮器と、凝縮器から排出された熱移動媒体の液体を膨張させて低温低圧の熱移動媒体の液体とする膨張弁と、膨張弁から排出された熱移動媒体を加熱して高温低圧の熱移動媒体の蒸気とする蒸発器と、蒸発器に負荷流体を供給するポンプと、凝縮器に負荷流体を供給するポンプとから構成されるシステムである。
【0041】
さらに、本発明の溶剤組成物は二次循環冷却システム用の熱移動媒体(二次冷媒ともいう。)としても用いることができる。
二次循環冷却システムとは、アンモニアや炭化水素冷媒からなる一次冷媒を冷却する一次冷却手段と、二次循環冷却システム用二次冷媒を循環させて被冷却物を冷却する二次循環冷却手段と、一次冷媒と二次冷媒とを熱交換させ、二次冷媒を冷却する熱交換器と、を有するシステムである。この二次循環冷却システムにより、被冷却物を冷却できる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されない。例3~6は実施例、例1、2、7~13は比較例である。
【0043】
<1437dyccと比較例用溶剤の準備>
<1437dyccの製造例>
撹拌機、ジムロート冷却器を設置した0.2リットル四つ口フラスコに、448occcの100.7g、相間移動触媒としてのテトラ-n-ブチルアンモニウムブロミド(TBAB)の1.0gを入れ、フラスコを10℃に冷却した。反応温度を10℃に維持し、34質量%水酸化カリウム(KOH)水溶液の153.9gを30分かけて滴下した。その後、38時間撹拌を続けた。得られた反応液を有機相と水相に二相分離し、有機層を回収した。
回収した有機相を精製して、純度99.5%の1437dycc(Z)と1437dycc(E)の異性体混合物を78.6g得た。なお、異性体混合物中の1437dycc(Z)と1437dycc(E)の質量比(1437dycc(Z)/1437dycc(E))は、99/1であった。また同様の反応により得られた異性体混合物を蒸留精製して、純度99.5%の1437dycc(1437dycc(Z)/1437dycc(E)=99/1)を製造した。
【0044】
<1233ydの製造例>
1233ydは、WO2018/092780に記載の方法により1233yd(Z)と1233yd(E)の質量比が95/5の異性体混合物を得た。
【0045】
<1223ydの製造例>
1223ydは、特許公報GB709887に記載の方法で製造した、1223yd(Z)と1223yd(E)の質量比が95/5の異性体混合物を得た。
【0046】
<溶剤組成物の調製>
表1に示す組成の溶剤組成物1~13を調製した。1437dycc、1233yd、1223ydは、上記製造例で製造したものを用いた。その他の化合物は、以下の市販品を用いた。
tDCE;trans-1,2-dichloroethylene(AXIALL CORPORATION社製)
HCFO-1233zdZ:「1233Z」(セントラル硝子株式会社製)
HFE-347pc-f:「アサヒクリンAE-3000」(AGC株式会社製)
【0047】
<性能評価>
(1)切削油の洗浄試験
25mm×30mm×厚さ2mmのSUS304製試験片に切削油である製品名「ダフニーマーグプラスTH-10」(出光興産株式会社製)を塗布したものを使用した。切削油を塗布した試験片を200gの例の溶剤組成物に1分間浸漬して引き上げ、試験片における切削油の残留状態を目視で観察し洗浄性の評価とした。なお、試験は温度23℃の条件下で行い、切削油がほぼ除去された場合を「A」、切削油がかなり残存する場合を「B」とした。結果を表1の評価結果に示す(試験(1))。
【0048】
(2)ピッチの洗浄試験
10mm×20mm×5mmのガラス基板にスプレーピッチ(製品名「スプレーピッチ」:九重電気株式会社製品)を吹付けて、一晩乾燥してピッチが付着したガラス基板試験片を作製した。各例で得られた溶剤組成物の100gを100mlのガラスビーカーに入れて、上記で得られた試験片1個を1分間浸漬して試験片からのピッチの除去程度を目視にて評価した。ガラス基板試験片からピッチが除去できた場合を「A」、ガラス基板試験片にピッチ成分が残留したものを「B」とした。結果を表1の評価結果に示す(試験(2))。
【0049】
(3)引火性試験
各例で得られた溶剤組成物の200mLを、クリーブランド開放式引火点測定器(吉田製作所社製、型式828)を用いて23℃から沸点までの引火点の有無を確認した。結果を表1の評価結果に示す(引火性)。
【0050】
【0051】
表1の結果から、本発明の溶剤組成物は引火性を有さず、加工油やピッチの洗浄性に優れることが明らかになった。
【0052】
(4)洗浄装置を用いたピッチの洗浄試験
図1に示す洗浄装置を用いて洗浄試験を行った。溶剤組成物としては、上記例1、3、5、6、7の溶剤組成物を使用した。
【0053】
図1に示す洗浄装置10の洗浄槽1(容量:5.2リットル)、リンス槽2(容量:5.0リットル)および蒸気発生槽3(容量:2.8リットル)の3槽全てに各溶剤組成物を用意した。その後、洗浄を行わずに8時間の連続運転をして、洗浄装置10内の各槽における溶剤組成を安定させて定常状態にした。また、被洗浄物品Dとして、10mm×20mm×5mmのガラス基板にスプレーピッチ(製品名「スプレーピッチ」:九重電気株式会社製品)を吹付けて、一晩乾燥してピッチが付着したガラス基板試験片を準備した。
【0054】
定常状態の洗浄装置10を用いて、
図1に示すように、試験片を洗浄槽1、リンス槽2、蒸気発生槽3の直上の蒸気ゾーン43の順に移動させ洗浄を行った。その際、洗浄槽1内の溶剤組成物Laの温度を35℃とし、洗浄槽1での洗浄では、周波数40kHz、出力200Wの超音波を1分間発生させた。また、リンス槽2内の溶剤組成物Lbの温度を25℃とし、蒸気発生槽3内の溶剤組成物Lcは常に沸騰状態になるように加熱した。洗浄中、蒸気ゾーン4中の蒸気を凝集し水分を除去して得られた溶剤組成物Lmをリンス槽2に戻し、リンス槽2からのオーバーフローは洗浄槽1に流入させ、さらに洗浄槽1の余剰の溶剤組成物Laを蒸気発生槽3に送液した。
【0055】
洗浄終了後に、洗浄槽1中の溶剤組成物Laと、蒸気発生槽3中の溶剤組成物Lcとを採取し、その採取した組成物の組成をガスクロマトグラフィー(アジレント社製GC7890)にて分析し、各採取した組成物の引火性を上記(3)引火性試験と同様に評価した。また、洗浄された試験片におけるピッチの残存状態を目視で観察した。
【0056】
洗浄試験の結果、例3、5、6の溶剤組成物を用いた場合は、いずれもピッチはほぼ除去されていた。また、各槽から採取した組成物は引火点を有していなかった。
一方で、例1の比較例用溶剤組成物を用いた場合は、ピッチが多く残存していた。また例7の比較例用溶剤組成物を用いた場合は、ピッチはほぼ除去されていたものの各槽から採取した組成物は引火性を有していた。
以上より、本発明の溶剤組成物はピッチの溶解性に優れ、安全に洗浄できることがわかる。
【0057】
(5)塗膜形成用組成物の評価
例3~6の溶剤組成物に、シリコーン系潤滑剤として信越シリコーンKF-96-50CS(信越化学工業株式会社製)を、各溶剤組成物と潤滑剤の合計に対して3質量%になるように添加したところ、いずれも均一に溶解した。
同様に、例3~6の溶剤組成物に、シリコーン潤滑剤としてMDX4-4159(東レダウコーニング株式会社製)を、各溶剤組成物と潤滑剤の合計に対して3質量%になるように添加したところ、いずれも均一に溶解した。
さらに、SUS-304製の板(25mm×30mm×2mm)の表面に、上記で得られた潤滑剤溶液を塗布し、19~21℃の条件下で風乾することにより、SUS-304表面に潤滑剤塗膜を形成した。いずれの例においても、どちらのシリコーン系潤滑剤も目視による評価で均一に塗膜が形成されていることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の溶剤組成物は、洗浄剤、塗布溶剤、熱移動媒体等の広範囲の用途に有用であり、金属、樹脂、エラストマー等の材質の基材に対し、使用することができる。
【符号の説明】
【0059】
1…洗浄槽、2…リンス槽、3…蒸気発生槽、4,43…蒸気ゾーン、5…水分離槽、6,7…ヒーター、8…超音波振動子、9…冷却管、10…洗浄装置、11,12,14…配管、13…矢印、D…被洗浄物品、La,Lb,Lc,Lm…溶剤組成物。