(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-13
(45)【発行日】2022-10-21
(54)【発明の名称】黄リンの精製方法および高純度リン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 25/047 20060101AFI20221014BHJP
C01B 25/20 20060101ALI20221014BHJP
C01B 32/318 20170101ALI20221014BHJP
【FI】
C01B25/047
C01B25/20
C01B32/318
(21)【出願番号】P 2021574439
(86)(22)【出願日】2020-06-03
(86)【国際出願番号】 JP2020022000
(87)【国際公開番号】W WO2021152878
(87)【国際公開日】2021-08-05
【審査請求日】2021-11-05
(31)【優先権主張番号】P 2020012115
(32)【優先日】2020-01-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000251196
【氏名又は名称】燐化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】特許業務法人 信栄特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高長 学
(72)【発明者】
【氏名】塚田 成弘
(72)【発明者】
【氏名】矢野 勝寛
(72)【発明者】
【氏名】下野 哲数
【審査官】山本 吾一
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-295006(JP,A)
【文献】特開2017-177047(JP,A)
【文献】特開2012-017230(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105600762(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B
B01D 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液状の黄リンと木質系活性炭とを接触させることを含み、木質系活性炭の平均細孔直径が2.5nm以上である、精製黄リンの製造方法。
【請求項2】
木質系活性炭の平均細孔直径が2.5nm以上5.0nm以下である、請求項
1に記載の
精製黄リンの
製造方法。
【請求項3】
黄リンと木質系活性炭との接触時間を50分以上とすることを含む、請求項1
または2に記載の
精製黄リンの
製造方法。
【請求項4】
請求項1から
3のいずれか1項に記載の
製造方法で得られた
精製黄リンを燃焼して五酸化二リンをガスとして生成させた後、該ガスを水和することを含む、高純度リン酸の製造方法
。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、黄リンの精製に関し、特に電子材料のエッチングに使用される高純度リン酸の原料として好適に用いられる黄リンの提供を目的とする。
【背景技術】
【0002】
リン酸は、半導体やLCDのエッチング剤に使用される。DRAMやフラッシュメモリの微細化、FPDの機能・精細の向上に伴い、より高品質なリン酸が求められるようになり、含有される金属元素が数ppb程度まで低いリン酸が要求されるケースも出てきた。リン酸中の不純物としては、リンと同属のヒ素やアンチモンが含まれる。ヒ素は硫化水素ガスを吹き込むことにより除去可能であるが、アンチモン硫化物のリン酸に対する溶解度は比較的高く、市場の要求を満たすことができない場合がある。リン酸中の金属元素を低減する方法としては、原料となる黄リンを精製することでも解決できる。特にアンチモンについては、黄リン中のアンチモンがリン酸に移行するため、85%リン酸では黄リン中のアンチモン含有量の四分の一程度のアンチモンが含まれる。したがって、アンチモンが100ppb以下で含まれる黄リンを使用することにより、アンチモンが25ppb以下で含まれる85%リン酸を得ることができる。
黄リンを精製する方法としては、硝酸や過酸化水素といった酸化剤による処理が多数報告されている。例えば、特許文献1には、黄リンの過酸化水素処理によりアンチモン<0.1ppmとなったことが記載されている。特許文献2には、ヨウ素酸カルシウムと過酸化水素とを含む混合液で処理することにより、処理後の黄リン中のアンチモンが0.05ppmとなったことが記載されている。また、特許文献3には、ヨウ素酸とEDTA-4Na等のキレート剤とを含む水溶液で処理することにより数十ppbの黄リンが得られたことが記載されている。しかし、このような酸化剤を用いる方法では、酸化剤濃度や処理温度によっては反応が局部的に進む危険性を伴い、制御が煩雑となる。また、黄リンの一部は酸化してリン酸となり収率が低下し、更にこのリン酸含有液を処分しなければならないといった別の課題が発生する。
一方、特許文献4には、活性炭による黄リンの精製方法が記載されているが、活性炭については、形状、粒子サイズ、比表面積で特定し、精製効果は有機不純物含量で評価し、活性炭の原料種類、平均細孔直径やアンチモン低減効果については記載や示唆がない。
そのため、黄リン中のアンチモンを低減し、かつ、酸化剤処理に伴う発熱反応の危険性を回避でき、リンの損失が少ない精製方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】米国特許第5989509号公報
【文献】日本国特表2002-516809号公報
【文献】日本国特開2012-17230号公報
【文献】米国特許出願公開第2019/0202698号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したように、酸化剤を用いず、リンの損失が少ない黄リンの精製方法が求められている。本開示の目的は、例えばアンチモンが100ppb以下の黄リンを得ることのできる黄リンの精製方法を提供することにある。また本開示の目的は、該精製黄リンを使用することによる高純度リン酸の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、これら課題を解決するために鋭意検討した結果、黄リンを特定の活性炭と接触させることによりアンチモン100ppb以下となることを見出した。
すなわち、本開示が提供しようとする第一の方法は、黄リンを木質系活性炭と接触させることを含む黄リンの精製方法である。
また、本開示が提供しようとする第二の方法は、前記第一の方法で得られる高純度黄リンを燃焼して五酸化二リンをガスとして生成させた後、該ガスを水和することを含む高純度リン酸の製造方法である。
【発明の効果】
【0006】
本開示の黄リン精製方法によれば、酸化剤処理に伴う発熱反応の危険性を回避でき、リンの損失が少なく、アンチモンが100ppb以下の黄リンを得ることができる。また、該精製黄リンを原料とすることにより、アンチモンが25ppb以下の高純度リン酸を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
第一の方法に用いる黄リンは、一般に流通している黄リンを原料とすることができる。活性炭との接触に先立ち、例えば蒸留や酸化剤処理で他の不純物を低減しておくことで、より効率的にアンチモンを低減することもできる。黄リンは、淡黄色ろう状固体であり、比重が1.8、融点が44.1℃であり、空気中では自然発火するため、水の存在下で保管されて取り扱われる。
本開示に用いる活性炭は木質系活性炭である。当該木質系活性炭は木質原料から製造された活性炭であり、例えば、木炭、おが屑、樹皮、リグニン、おが屑の炭化物である素灰、竹材等から作られたものをいう。中でも窒素ガス吸着法による平均細孔直径が2.5nm以上の木質系活性炭がよく、平均細孔直径が2.5nm以上5.0nm以下のものがより好ましい。市販品としては、太平化学産業(株)、大阪ガスケミカル(株)、(株)クラレ、フタムラ化学(株)等より入手できる。
【0008】
黄リンを融点以上に加熱して液状とすることにより、活性炭と効果的に接触させることができる。温度が高くなるにつれ黄リンの粘度は低下し、活性炭との接触がより高効率的となる。一方、温度が低くなるにつれ、黄リン中の不純物の溶解性は低下し、不純物が析出しやすくなり、活性炭への吸着効果も向上する。そのため、通常は60℃以上80℃以下で黄リンを活性炭に接触させる。
接触時間は、原料や目標とするアンチモン含有量にもよるが、通常、30分以上、好ましくは50分以上である。接触時間が長い方がアンチモン吸着量は増大する。黄リンの活性炭との接触は、槽を用いて接触させる回分式(バッチ)、および塔(カラム)を用いて接触させる連続式のいずれでもよく、複数の塔を用いて連続的に処理するメリーゴーランド方式であってもよい。
木質系活性炭との接触後は、ろ過や遠心分離等により黄リンを活性炭から分離する。
【0009】
第一の方法の黄リンの精製方法では、低減効果は対象物により異なるが、アンチモンだけでなく、各種金属元素や有機物もある程度低減でき、各種高純度品の原料として用いることができる。例えば、三塩化リン、オキシ塩化リン、無水リン酸等の製造原料や、半導体やLCDのエッチング剤に使用される高純度リン酸の製造原料としても用いることができる。
【0010】
第二の方法は、前記第一の方法で得られる高純度黄リンを燃焼して五酸化二リンをガスとして生成させた後、該ガスを水和することを含む高純度リン酸の製造方法である。黄リンからリン酸を製造する反応は下記反応式で示される。
P4+5O2→2P2O5 (1)
P2O5+3H2O→2H3PO4 (2)
第一の方法で得られた黄リンを燃焼室と水和室を備えた乾式リン酸製造設備にてリン酸を製造する。燃焼室に黄リンと十分な量の空気を導入して黄リンを酸化し、燃焼ガスを水和室で水または希リン酸に吸収させ、リン酸を得る。こうして、例えば85%リン酸換算でアンチモンが25ppb以下で含まれる高純度リン酸を得ることができる。用途の要求に応じ、他の金属元素を低減したい場合には、慣用されている硫化物処理を施してもよい。通常、硫化水素ガスを吹き込み、金属元素を硫化物として沈殿させ、ろ過後、硫化水素ガスの除去を行う。
【実施例】
【0011】
以下、本開示の好ましい実施例及びこれに対比する比較例により、本開示を具体的に説明する。
活性炭の平均細孔直径は、マイクロトラック・ベル製「BELSORP-max」を用い、吸着質を窒素とし、測定圧力を0.001Paから100000Paまで変化させ、ガス吸着法で測定した。また、黄リン中のアンチモン含有量は、固化した黄リンを1~3g採取し、硝酸と過塩素酸で分解した後、水で希釈し、ICP-MSにて測定した。実施例および比較例の活性炭原料、活性炭の平均細孔直径(nm)、精製における接触方式、黄リンに対する活性炭添加量(質量%)、接触時間(分)、及びアンチモン含有量(活性炭接触前(ppm)および活性炭接触後(ppb))を表1(後掲)に示す。
【0012】
<実施例1>
100mLのビーカーにアンチモン含有量が6.0ppmの黄リン40gとイオン交換水を入れ、黄リンを水没させた。フタムラ化学(株)製の木質系活性炭「太閤SG840A」を黄リン量に対して10質量%添加した。このサンプルを加熱して70℃に保って液状黄リンの状態で2時間撹拌し、その後ろ過した。得られた黄リンのアンチモン含有量は73ppbであった。
【0013】
<実施例2>
100mLのビーカーにアンチモン含有量6.8ppmの黄リン40gとイオン交換水を入れ、黄リンを水没させた。太平化学産業(株)製の木質系活性炭「精製梅蜂印活性炭」を黄リン量に対して10質量%添加した。このサンプルを加熱して70℃に保って液状黄リンの状態で24時間撹拌し、その後ろ過した。得られた黄リンのアンチモン含有量は27ppbであった。
【0014】
<実施例3>
直径1.1cm、長さ15cmのカラムに太平化学産業(株)製の木質系活性炭「クロマト用梅蜂印活性炭」を14cmの長さで充填した。黄リンとイオン交換水を黄リン貯槽に入れ、上記カラムを黄リン貯槽および黄リン受槽に接続し、黄リン貯槽および黄リン受槽をイオン交換水で水封し、一連の系内を70℃に保温した。黄リン貯槽内の黄リンが溶融した後、黄リンをカラム内にゆっくりと通過させ、カラムから出た黄リンを黄リン受槽に受けた。カラム内の黄リン滞留時間は63分であった。アンチモン含有量は、精製前で5.5ppmだったものが、58ppbまで低下した。
【0015】
<実施例4>
100mLのビーカーにアンチモン含有量6.0ppmの黄リン40gとイオン交換水を入れ、黄リンを水没させた。フタムラ化学(株)製の木質系活性炭「太閤S」を黄リン量に対して10質量%添加し、加熱して70℃で2時間撹拌し、その後ろ過した。得られた黄リンのアンチモン含有量は18ppbであった。
【0016】
<実施例5>
直径1.1cm、長さ30cmのカラムに太平化学産業(株)製の木質系活性炭「粒状梅蜂DP印活性炭」を29cmの長さで充填した。黄リンとイオン交換水を黄リン貯槽に入れ、上記カラムを黄リン貯槽および黄リン受槽に接続し、黄リン貯槽および黄リン受槽をイオン交換水で水封し、一連の系内を70℃に保温した。黄リン貯槽内の黄リンが溶融した後、黄リンをカラム内にゆっくりと通過させ、カラムから出た黄リンを黄リン受槽に受けた。カラム内の黄リン滞留時間は148分であった。アンチモン含有量は、精製前で133ppbだったものが、4ppbまで低下した。
【0017】
<比較例1>
100mLのビーカーにアンチモン含有量6.0ppmの黄リン40gとイオン交換水を入れ、黄リンを水没させた。フタムラ化学(株)製の石炭由来の活性炭「太閤GM830A」を黄リン量に対して10質量%添加し、加熱して70℃で2時間撹拌し、その後ろ過した。得られた黄リンのアンチモン含有量は2.3ppmであった。
【0018】
<比較例2>
100mLのビーカーにアンチモン含有量6.5ppmの黄リン40gとイオン交換水を入れ、黄リンを水没させた。太平化学産業(株)製の石炭由来の活性炭「ブロコールC MC」を黄リン量に対して10質量%添加し、加熱して70℃で24時間撹拌し、その後ろ過した。得られた黄リンのアンチモン含有量は300ppbであった。
【0019】
<比較例3>
100mLのビーカーにアンチモン含有量6.5ppmの黄リン40gとイオン交換水を入れ、黄リンを水没させた。太平化学産業(株)製のヤシガラ由来の活性炭「ヤシコールSC」を黄リン量に対して10質量%添加し、加熱して70℃で24時間撹拌し、その後ろ過した。得られた黄リンのアンチモン含有量は1.4ppmであった。
【0020】
【0021】
<実施例6>
実施例4と同様に処理して黄リンを得た。
得られた黄リンを用い、燃焼室と水和室を備えた乾式リン酸製造設備にてリン酸を製造した。黄リンと燃焼用空気とを燃焼室に導入して黄リンを酸化し、燃焼ガスを水和室でイオン交換水に吸収させ、85%リン酸を得た。こうして得た85%リン酸のアンチモン含有量は5ppbであった。
【0022】
本発明を特定の態様を参照して詳細に説明したが、本発明の精神と範囲を離れることなく様々な変更および修正が可能であることは、当業者にとって明らかである。
なお、本願は、2020年1月29日付で出願された日本国特許出願(特願2020-12115)に基づいており、その全体が引用により援用される。また、ここに引用されるすべての参照は全体として取り込まれる。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本開示の黄リンの精製方法によれば、酸化剤処理のような発熱反応の危険性を伴わず、リンの損失を抑え、アンチモンを例えば100ppb以下に低減することができる。また、該高純度黄リンを原料として用いることにより、アンチモンの含有量が極めて少ない高純度リン酸を提供することができる。