(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-20
(45)【発行日】2022-10-28
(54)【発明の名称】筋萎縮を阻害するための組成物、及び、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制するための組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/12 20060101AFI20221021BHJP
A61P 21/02 20060101ALI20221021BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20221021BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20221021BHJP
A61K 36/9066 20060101ALN20221021BHJP
【FI】
A61K31/12
A61P21/02
A61P43/00 111
A23L33/105
A61K36/9066 ZNA
(21)【出願番号】P 2018084924
(22)【出願日】2018-04-26
【審査請求日】2021-02-25
(31)【優先権主張番号】P 2017088250
(32)【優先日】2017-04-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000111487
【氏名又は名称】ハウス食品グループ本社株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】306019030
【氏名又は名称】ハウスウェルネスフーズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平山 善丈
(72)【発明者】
【氏名】田口 大夢
(72)【発明者】
【氏名】平尾 宜司
(72)【発明者】
【氏名】加藤 久典
(72)【発明者】
【氏名】岡原 千紘
【審査官】伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-156294(JP,A)
【文献】ONO, T. et al.,Exp Physiol,2015年,Vol. 100, No. 9,pp. 1052-1063
【文献】IENCO, E.C. et al.,Amyotroph Lateral Scler Frontotemporal Degener,2016年,Vol. 17, Suppl. S1,p. 236
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00
A61K 36/00
A23L 33/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビサクロンを有効成分として含む、筋萎縮を阻害するための組成物。
【請求項2】
飲食品である、請求項1
に記載の組成物。
【請求項3】
ビサクロンを有効成分として含む、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制するための組成物。
【請求項4】
飲食品である、請求項
3に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋萎縮を阻害するための組成物に関する。
本発明はまた、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会が進行している我が国では、加齢による筋萎縮であるサルコペニアや寝たきりによる筋萎縮である廃用性筋萎縮の患者が増加すると考えられる。こうした筋萎縮は入院を要することが考えられ、それによる医療費の増大や病床の占有率も問題となる。
【0003】
サルコペニアや廃用性筋萎縮の治療は困難であり、その予防や治療法の開発が研究されている。一方で、運動は筋萎縮を抑えるための有効な手段として知られているが、高齢者や寝たきり状態の患者は日常的に運動することが困難である。従って骨格筋萎縮対策として食品からのアプローチが注目されている。食品は日常生活に取り入れやすいことから、骨格筋萎縮抑制効果を有する食品への期待は大きい。
【0004】
骨格筋萎縮対策に有用な食品に関する発明は、例えば以下の文献に開示されている。
特許文献1には、ウコン抽出物を有効成分とする剤により、筋芽細胞を活性化し、筋肉を増強させることで、筋肉萎縮を回復できることが記載されている。また、ウコン抽出物にはセスキテルペン類が含まれていることが記載されている。
【0005】
特許文献2には、ウコン抽出物とその他1成分とを含む組成物により、ATP、一酸化窒素、e.Nos、MAO、ACHE、筋肉タンパク質、ミオゲニンから選択されるバイオマーカーを改善し、筋細胞増殖を増強する方法が記載されている。
【0006】
非特許文献1では、ストレプトゾトシン(STZ)投与糖尿病モデルマウス(T1DM)の下肢骨格筋萎縮がクルクミン投与により軽減されたこと、クルクミン投与により大腿直筋,腓腹筋において萎縮が有意に抑制されたことが記載されている。また、非特許文献1では、STZ群で増加したMuRF1,Atrogin-1/MAFbxのmRNA発現は、クルクミン投与でいずれも有意に減少したことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2008-156294号公報
【文献】特表2016-505615号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】小野太祐,「クルクミンはタンパク質分解亢進を抑制して糖尿病に伴う下肢骨格筋の萎縮を軽減する」,北海道大学博士論文,甲第9809号,平成23年3月24日学位授与
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1及び2には、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制することで筋萎縮を阻害することについて記載されていない。
【0010】
非特許文献1では、クルクミン以外のウコン成分による筋萎縮原因遺伝子に対する作用に関する記載は無い。
【0011】
本発明は、骨格筋の萎縮を阻害することが可能な組成物、又は、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制することが可能な組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、以下の発明を包含する。
(1)水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む、筋萎縮を阻害するための組成物。
(2)ビサクロンを0.1重量%以上含む、(1)に記載の組成物。
(3)クルクミンを含まない又はクルクミンの含有量が0.5重量%以下である、(1)又は(2)に記載の組成物。
(4)ビサクロンを有効成分として含む、筋萎縮を阻害するための組成物。
(5)飲食品である、(1)~(4)のいずれかに記載の組成物。
(6)水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制するための組成物。
(7)ビサクロンを0.1重量%以上含む、(6)に記載の組成物。
(8)クルクミンを含まない又はクルクミンの含有量が0.5重量%以下である、(6)又は(7)に記載の組成物。
(9)ビサクロンを有効成分として含む、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制するための組成物。
(10)飲食品である、(6)~(9)のいずれかに記載の組成物。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、骨格筋の萎縮を阻害することが可能な組成物、及び、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制することが可能な組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、試料No.1~5の細胞障害率の測定結果を示す。
【
図2】
図2Aは、試料No.1~5により処理した骨格筋細胞におけるDEX誘導性Mafbx遺伝子の発現量を示す。
図2Bは、試料No.1~5により処理した骨格筋細胞におけるDEX誘導性Murf1遺伝子の発現量を示す。
図2A及び
図2Bでは、DEX添加,試料未添加群(control/DEX+)での各遺伝子の発現量に対する割合(%)で示す。
【
図3】
図3上段は、Dexの不存在下(Dex(-))又はDexの存在下(Dex(+))で、対照群(CON)、秋ウコン抽出物添加群(AE)又はIGF-1添加群(IGF-1)のマウス骨格筋由来細胞株C2C12からのタンパク質抽出液を試料とした実験2に記載のウェスタンブロッティングで得られたPVDF膜上のMAFbx及びβ-actin(内部標準)のバンドを示す。
図3下段は、実験2に記載のウェスタンブロッティングで求められた、各条件で培養したC2C12からのタンパク質抽出液中での、β-actinのタンパク質量に対する、MAFbxのタンパク質量を示す。
【
図4】
図4は、Dexの不存在下(Dex(-))又はDexの存在下(Dex(+))の対照群(CON)又は秋ウコン抽出物添加群(AE)のC2C12でのFoxo3のmRNA発現量(PpiaのmRNA発現量に対する相対値)を示す。
【
図5】
図5上段は、Dexの不存在下(Dex(-))又はDexの存在下(Dex(+))で、対照群(CON)、秋ウコン抽出物添加群(AE)又はIGF-1添加群(IGF-1)のC2C12からのタンパク質抽出液を試料とした実験4に記載のウェスタンブロッティングで得られたPVDF膜上のリン酸化されたp70S6K(p-p70S6K)及びリン酸化されていないp70S6K(p70S6K)のバンドを示す。
図5下段は、実験4に記載のウェスタンブロッティングで求められた、各条件で培養したC2C12からのタンパク質抽出液中での、リン酸化されていないp70S6K(p70S6K)のタンパク質量に対する、リン酸化されたp70S6K(p-p70S6K)のタンパク質量を示す。
【
図6】
図6Aは、Dexの不存在下(Dex(-))又はDexの存在下(Dex(+))の、対照群(CON)又は秋ウコン抽出物添加群(AE)で培養したC2C12の筋管直径の平均値(μm)と標準偏差を示す。
図6Bは、Dexの不存在下(Dex(-))又はDexの存在下(Dex(+))、対照群(CON)又はビサクロン添加群(BC)で培養したC2C12の筋管直径の平均値(μm)と標準偏差を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<ウコン>
本発明においてウコンとは、ショウガ科ウコン属の植物であるCurcuma longaを指す。Curcuma longaは「秋ウコン」と呼ばれる場合もある。
【0016】
<水溶性ウコン抽出物>
水溶性ウコン抽出物は、ウコン植物原料の、後述する親水性抽出溶媒による抽出物(ウコンエキス)をいい、必要に応じてさらに加熱及び/又は減圧等により抽出溶媒を揮発し、乾燥させたものであってもよい。これらの加熱、減圧、乾燥の方法は特に限定されず、例えば従来公知の方法を使用することができる。
【0017】
ウコン植物原料としては、ウコンの根茎が挙げられる。ウコンの根茎は土中から採取し洗浄したものをそのまま使用してもよいし、根茎の適当な部位を原型のまま、あるいは適当な寸法又は形状にカットしたもの、あるいは粉砕物の形態にしたものを使用することができる。ウコン植物原料は乾燥されたものであってよい。
【0018】
植物原料からのウコン抽出物の抽出方法は特に限定されず、従来公知の方法を使用することができる。
【0019】
親水性抽出溶媒としては、水及び親水性有機溶媒からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましく、水、親水性有機溶媒、又は、水と親水性有機溶媒の混合溶媒がより好ましく、水、又は、水と親水性有機溶媒の混合溶媒が特に好ましい。親水性有機溶媒は複数種の親水性有機溶媒の混合溶媒であってもよい。「水」とは熱水も包含する。親水性有機溶媒としては少なくとも1種のアルコール(複数種のアルコールの混合溶媒であってもよい)が挙げられ、アルコールとしては、特に限定されないが、エタノールが好ましい。
【0020】
親水性抽出溶媒として親水性有機溶媒と水との混合溶媒を用いる場合、両者の混合比は特に限定されないが、例えば親水性有機溶媒:水の重量比は10:90~90:10の範囲が好ましく、20:80~50:50の範囲がより好ましい。抽出する際の温度は、特に限定されない。
【0021】
親水性抽出溶媒を用いて抽出された水溶性ウコン抽出物は、抽出溶媒として酢酸エチル等の疎水性有機溶媒を用いて抽出された非水溶性ウコン抽出物と比較して、水溶性のより高い化合物を含有する。従って、水溶性ウコン抽出物と非水溶性ウコン抽出物とは、含有される成分が互いに異なる。
【0022】
本発明において、水溶性ウコン抽出物としては、上述のようにして得られたウコン根茎の親水性抽出溶媒による抽出物をそのまま使用することができるし、該ウコン根茎の親水性抽出溶媒による抽出物を、さらに、希釈、濃縮、乾燥等の処理を施したものを使用することもできる。希釈、濃縮、乾燥等の方法は、従来公知の方法を使用することができる。
【0023】
本発明に用いる水溶性ウコン抽出物は、好ましくは、ビサクロンを含むことを特徴とする。ビサクロンは、水溶性ウコン抽出物全量に対して好ましくは0.1重量%以上、より好ましくは0.15重量%以上、特に好ましくは0.2重量%以上含有される。水溶性ウコン抽出物中のビサクロンの量は、水溶性ウコン抽出物を酢酸エチルと混合し、遠心分離して得られた上澄み液から酢酸エチルを減圧留去後、アセトニトリルに溶解した液を分析サンプルとして、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に付すことにより求めることができる。
【0024】
本発明に用いる水溶性ウコン抽出物は、好ましくは、クルクミンを含まない、又はクルクミンを含んでいたとしても0.5重量%以下である。本発明に用いる水溶性ウコン抽出物は、更に好ましくは、クルクミノイド(クルクミン及びその類縁物質の総称)を含まない、又はクルクミノイドを含んでいたとしても合計で0.5重量%以下である。
【0025】
クルクミン及びクルクミノイドの量は、水溶性ウコン抽出物を50%アセトニトリルで溶解させ、遠心分離した上清液を高速液体クロマトグラフィー(Agilent1100)により測定することができる。
【0026】
<ビサクロン>
本発明においてビサクロンとは、ビサボラン型セスキテルペン類に分類される化合物であり、下記の平面構造式を有する化合物又はその塩を意味する。ビサクロンは平面構造式中*印で示した位置に不斉炭素を有し、そのため数種の光学異性体が存在するが、本明細書におけるビサクロンとはそのいずれの光学異性体も包含する概念である。
【0027】
【0028】
本発明の一実施形態に係る、ビサクロンを含む組成物は、上記の、ビサクロンを含む水溶性ウコン抽出物を含む組成物であることが好ましいが、これには限定されず、他の起源からのビサクロンを含む組成物であってもよい。他の起源からのビサクロンとしては、人為的に合成されたビサクロンや、ショウガ科ウコン属の植物(秋ウコンに限らない)から抽出され精製されたビサクロンが使用できる。
【0029】
<水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物、及び、その用途>
本発明の一実施形態は、水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物に関する。
水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物は、水溶性ウコン抽出物からなる組成物(即ち水溶性ウコン抽出物自体)であってもよいし、水溶性ウコン抽出物と、少なくとも1種の他の成分とを含む組成物であってもよい。該組成物が、水溶性ウコン抽出物と、少なくとも1種の他の成分とを含む場合、水溶性ウコン抽出物と、少なくとも1種の他の成分とを混合した組成物であってもよいし、水溶性ウコン抽出物と、少なくとも1種の他の成分とを適当な手段で製剤化した組成物であってもよいし、水溶性ウコン抽出物と、少なくとも1種の他の成分との製剤化した組成物を、更に他の成分と混合した組成物であってもよい。本発明における、水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物の形状は、特に限定されず、例えば、液体状、流動状、ゲル状、半固形状、又は固形状などの何れの形状であってもよい。
【0030】
前記の、少なくとも1種の他の成分としては、特に限定されないが、好ましくは、飲食品、医薬品等の最終的な形態において許容される成分であって、経口摂取可能な成分が例示できる。
【0031】
このような他の成分としては例えば、甘味料、酸味料、ビタミン類、ミネラル類、増粘剤、乳化剤、酸化防止剤、水等が挙げられる。また、必要により、色素、香料、保存料、防腐剤、防かび剤、更なる生理活性物質等を添加してもよい。
【0032】
甘味料としては、ブドウ糖、果糖、ショ糖、乳糖、麦芽糖、パラチノース、トレハロース、キシロース等の単糖や二糖、異性化糖(ブドウ糖果糖液糖、果糖ブドウ糖液糖、砂糖混合異性化糖等)、糖アルコール(エリスリトール、キシリトール、ラクチトール、パラチニット、ソルビトール、還元水飴等)、はちみつ、高甘味度甘味料(スクラロース、アセスルファムカリウム、ソーマチン、ステビア、アスパルテーム等)等が挙げられる。
【0033】
酸味料としては、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、酒石酸、乳酸、リン酸、又はこれらの塩等があり、これらのうちの1種又は2種以上を利用することができる。
【0034】
ビタミン類としては、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンE、ナイアシン、イノシトール等が挙げられる。
ミネラル類としては、カルシウム、マグネシウム、亜鉛、鉄等が挙げられる。
【0035】
増粘剤としては、カラギーナン、ジェランガム、キサンタンガム、アラビアガム、タマリンドガム、グアーガム、ローカストビーンガム、カラヤガム、寒天、ゼラチン、ペクチン、大豆多糖類、カルボキシメチルセルロース(CMC)等が挙げられる。
【0036】
乳化剤としては、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、レシチン、植物性ステロール、サポニン等が挙げられる。
【0037】
酸化防止剤としては、ビタミンC、トコフェロール(ビタミンE)、酵素処理ルチン、カテキン等が挙げられる。
【0038】
前記他の成分は、それぞれ当業者が飲食品、医薬品等の組成物に通常採用する範囲内の量で適宜配合することができる。
【0039】
水溶性ウコン抽出物と、少なくとも1種の他の成分とを適当な手段で製剤化した組成物の形態は、カプセル剤、錠剤(糖衣錠等のコーティング錠又は多層錠、口中崩壊剤、チュアブル錠等を含む)、散剤もしくは顆粒剤等の固形組成物の形態であってもよいし、液体組成物の形態であってもよい。
【0040】
本発明における、水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物は、それ自体が飲食品又は医薬品であることが好ましく、飲食品であることがより好ましい。ここで飲食品とは食品添加物や、他の食品素材と組み合わせて飲食品の製造に用いられる飲食品原料の形態も包含する。水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物が飲食品である場合、或いは、他の食品素材と組み合わせて飲食品の製造に用いられる飲食品原料である場合において、「飲食品」は、好ましくは機能性表示食品、特定保健用食品、栄養補給のためのサプリメント等であり、その形態は特に限定されないが、例えば、菓子類(例えば、ガム、キャンディー、キャラメル、チョコレート、クッキー、スナック菓子、ゼリー、グミ、錠菓等)、麺類(例えば、そば、うどん、ラーメン等)、乳製品(例えば、ミルク、アイスクリーム、ヨーグルト等)、調味料(例えば、味噌、醤油等)、スープ類、飲料(例えば、ジュース、コーヒー、紅茶、茶、炭酸飲料、スポーツ飲料等)等が挙げられ、好ましくは飲料である。
【0041】
水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物は、好ましくは、ビサクロンを、組成物全量に対して好ましくは0.1重量%以上、より好ましくは0.15重量%以上、特に好ましくは0.2重量%以上含有する。前記組成物中のビサクロンの量は、前記組成物を酢酸エチルと混合し、遠心分離して得られた上澄み液から酢酸エチルを減圧留去後、アセトニトリルに溶解した液を分析サンプルとして、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に付すことにより求めることができる。
【0042】
水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物は、好ましくは、クルクミンを含まない、又はクルクミンを含んでいたとしても組成物全量に対し0.5重量%以下である。前記組成物は、更に好ましくは、クルクミノイドを含まない、又はクルクミノイドを含んでいたとしても合計で組成物全量に対し0.5重量%以下である。クルクミン及びクルクミノイドの量は、前記組成物を50%アセトニトリルで溶解させ、遠心分離した上清液を高速液体クロマトグラフィー(Agilent1100)により測定することができる。
【0043】
水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物は、本発明の一実施形態において、筋萎縮を阻害するための組成物である。ここで「筋萎縮を阻害する」とは、ヒト又は非ヒト動物、好ましくはヒト、において、サルコペニア、廃用性筋萎縮等の筋肉の萎縮を予防、軽減又は治療することを指す。本発明の一実施形態に係る、筋萎縮を阻害するための組成物は、加齢により衰える筋肉もしくは筋力を維持又は改善するため、又は、加齢により衰える歩行能力を維持又は改善するために摂取することができる。
【0044】
水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物は、本発明の他の一実施形態において、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制するための組成物である。ここで「筋萎縮原因遺伝子」とは、代表的には、ヒトにおけるMafbx遺伝子及びMurf1遺伝子のうち一種以上である。これらの筋萎縮原因遺伝子は、筋萎縮患者において発現が亢進し、筋萎縮の原因となることが知られている。「筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制する」とは、筋萎縮の予防が求められるヒト等の対象において筋萎縮原因遺伝子の発現の亢進を未然に予防すること、及び、筋萎縮の症状を有するヒト等の対象において筋萎縮原因遺伝子の発現の亢進を軽減することを指す。本発明の一実施形態に係る、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制するための組成物もまた、加齢により衰える筋肉を維持又は改善するため、或いは、加齢により衰える歩行能力を維持又は改善するために摂取することができる。筋萎縮原因遺伝子の発現が抑制されていることは、本発明の組成物を摂取した対象から細胞、好ましくは筋細胞(骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞等)を採取し、細胞中のRNAからcDNAを調製し、cDNAを鋳型とし、筋萎縮原因遺伝子を増幅し得るプライマーセットを用いたPCRにより増幅産物量を検出することで確認することができる。Mafbx遺伝子を増幅するためのプライマーセットは配列番号1に示す塩基配列を含むプライマーと、配列番号2に示す塩基配列を含むプライマーとのセットが例示できる。Murf1遺伝子を増幅するためのプライマーセットは配列番号3に示す塩基配列を含むプライマーと、配列番号4に示す塩基配列を含むプライマーとのセットが例示できる。
【0045】
筋萎縮原因遺伝子の発現が抑制されていることは、本発明の組成物を摂取した対象から細胞、好ましくは筋細胞(骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞等)を採取し、細胞中の、筋萎縮原因遺伝子に由来するタンパク質を検出することで確認することもできる。例えば、Mafbx遺伝子に由来するタンパク質であるMAFbx、Murf1遺伝子に由来するタンパク質であるMuRF1等の、筋萎縮原因遺伝子に由来するタンパク質の量が細胞中で低減している場合に、筋萎縮原因遺伝子の発現が抑制されていることが確認できる。
【0046】
骨格筋の筋萎縮は、ユビキチン・プロテアソーム分解経路を含むタンパク質分解系によるタンパク質分解が、タンパク質合成系によるタンパク質合成を上回る場合に生じると推定される。
【0047】
タンパク質分解系を構成するユビキチン・プロテアソーム分解経路は、ユビキチン活性化酵素(E1)、ユビキチン結合酵素(E2)、及び、ユビキチンリガーゼ(E3)の酵素群からなるユビキチン化システム(分解すべきタンパク質にポリユビキチンを連結する)と、ポリユビキチンを認識して分解するプロテアソームの二つの系からなる。筋萎縮原因遺伝子に由来するタンパク質であるMAFbx及びMuRF1は、ユビキチンリガーゼの一例である。低栄養、飢餓等のストレス環境下では、ホルモンであるグルココルチコイドが、細胞膜上のグルココルチコイド受容体に結合し、細胞内シグナル伝達を経て、筋萎縮原因遺伝子の発現が促進される。細胞内シグナル伝達に含まれ、筋萎縮原因遺伝子の発現を促進するタンパク質として、フォークヘッド型転写因子(FOXO)サブファミリーが知られている。FOXOサブファミリーの1つにFOXO3がある。本発明の組成物は、グルココルチコイドにより誘導される、Foxo3遺伝子の発現を抑制することができ(実験3参照)、それにより筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制することができる。
【0048】
タンパク質合成系の1つに、内分泌物質であるインスリン様成長因子結合タンパク質1(IGF-1)が、細胞膜上のIGF-1受容体に結合し、細胞内シグナル伝達を経て、S6リボソームタンパク質がリン酸化され、タンパク質合成が促進される経路が知られている。S6リボソームタンパク質のリン酸化に関与するタンパク質が、p70S6キナーゼ(p70S6K)である。p70S6Kは、リン酸化されることで活性化され、S6リボソームタンパク質をリン酸化する。本発明の組成物は、p70S6Kのリン酸化を促進することができ(実験4参照)、それによりタンパク質合成系を促進することができる。
【0049】
<ビサクロンを有効成分として含む組成物、及び、その用途>
本発明の一実施形態は、ビサクロンを有効成分として含む組成物に関する。
ビサクロンを有効成分として含む組成物は、ビサクロンからなる組成物(即ちビサクロン自体)であってもよいし、ビサクロンと、少なくとも1種の他の成分とを含む組成物であってもよい。該組成物が、ビサクロンと、少なくとも1種の他の成分とを含む場合、ビサクロンと、少なくとも1種の他の成分とを混合した組成物であってもよいし、ビサクロンと、少なくとも1種の他の成分とを適当な手段で製剤化した組成物であってもよいし、ビサクロンと、少なくとも1種の他の成分との製剤化した組成物を、更に他の成分と混合した組成物であってもよい。本発明における、ビサクロンを有効成分として含む組成物の形状は、特に限定されず、例えば、液体状、流動状、ゲル状、半固形状、又は固形状などの何れの形状であってもよい。
【0050】
前記の、少なくとも1種の他の成分としては、水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物に関して記載したものと同じものが使用できる。
【0051】
ビサクロンを有効成分として含む組成物の好適な形態は、水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む組成物に関して説明した好適な形態と同様である。
【0052】
ビサクロンを有効成分として含む組成物は、好ましくは、ビサクロンを、組成物全量に対して好ましくは0.1重量%以上、より好ましくは0.15重量%以上、特に好ましくは0.2重量%以上含有する。前記組成物中のビサクロンの量は、前記組成物を酢酸エチルと混合し、遠心分離して得られた上澄み液から酢酸エチルを減圧留去後、アセトニトリルに溶解した液を分析サンプルとして、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に付すことにより求めることができる。
【0053】
ビサクロンを有効成分として含む組成物は、好ましくは、クルクミンを含まない、又はクルクミンを含んでいたとしても組成物全量に対し0.5重量%以下である。前記組成物は、更に好ましくは、クルクミノイドを含まない、又はクルクミノイドを含んでいたとしても合計で組成物全量に対し0.5重量%以下である。クルクミン及びクルクミノイドの量は、前記組成物を50%アセトニトリルで溶解させ、遠心分離した上清液を高速液体クロマトグラフィー(Agilent1100)により測定することができる。
【0054】
ビサクロンを有効成分として含む組成物は、本発明の一実施形態において、筋萎縮を阻害するための組成物である。「筋萎縮を阻害するための組成物」の具体的な態様は、水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む、筋萎縮を阻害するための組成物に関して説明した態様と同様である。
【0055】
ビサクロンを有効成分として含む組成物は、本発明の他の一実施形態において、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制するための組成物である。「筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制するための組成物」の具体的な態様は、水溶性ウコン抽出物を有効成分として含む、筋萎縮原因遺伝子の発現を抑制するための組成物に関して説明した態様と同様である。
【実施例】
【0056】
<実験1:秋ウコン抽出物及びビサクロンのユビキチンリガーゼ遺伝子発現への影響評価(mRNAレベル)>
[試料]
下記表に示す試料を用いた。
【0057】
【0058】
各試料の詳細は以下の通りである。
<No.1 ビサクロン高濃度品(実施例)>
ビサクロンは、精製された(≧99%(HPLC))ビサクロン試薬を長良サイエンス株式会社から入手して、メタノールで適時希釈して使用した。
【0059】
<No.2 水溶性ウコン抽出物(秋ウコン抽出物)(実施例)>
水溶性ウコン抽出物は、秋ウコンと通称される学名Curcuma longaの根茎の親水性抽出溶媒による抽出物を指す。ウコンの根茎部分を水等の抽出溶媒を用いて抽出し、加熱及び/又は減圧して抽出溶媒を揮発させたものを使用した。
【0060】
実験に用いた水溶性ウコン抽出物は、ビサクロンを0.15重量%以上含有し、クルクミノイドを0.1重量%以下含有するものであった。
【0061】
<No.3 ウコン色素(比較例)>
ウコン色素は、Curcuma longaの根茎部分より、アルコールやヘキサン、アセトン等の有機溶媒で抽出したものを使用した。このようにして得られたウコン色素は主にクルクミン等のクルクミノイドを含む。
使用したウコン色素は、クルクミンを60重量%以上含有するものであった。
【0062】
<No.4 ガジュツ水抽出物(比較例)>
ガジュツは、ショウガ科ウコン属の1種の、紫ウコンと通称される学名Curcuma zedoariaを指し、秋ウコンとは別種である。ガジュツは秋ウコンに比べてビサクロンの含有量が少ない。ガジュツの根茎部分を、水を用いて抽出し、加熱及び/又は減圧して抽出溶媒を揮発させたものを、試料No.4として使用した。
【0063】
<No.5 ガジュツアルコール抽出物(比較例)>
ガジュツの根茎部分を、エタノールを用いて抽出し、加熱及び/又は減圧して抽出溶媒を揮発させたものを、試料No.5として使用した。
【0064】
[実験方法]
細胞障害率の測定
マウス骨格筋由来細胞株C2C12(ATCC)は10%ウシ胎児血清(FBS)(Cell Culture Bioscience)添加DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium, Sigma-Aldrich)にて37℃、水蒸気飽和した5%CO2条件下で培養した。培養に使用したDMEM培地は1%Penicillin-Streptomycin(Sigma-Aldrich)とフィルター滅菌した10%FBSを添加した。細胞継代の際は、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した後、トリプシン溶液で細胞を剥がした。PBSはPBS10×,pH7.4(ライフテクノロジーズジャパン株式会社、東京)をdH2Oで10倍希釈し、オートクレーブ滅菌した。トリプシン溶液は0.25%trypsin-EDTA(1×)(gibco)を用いた。2日に一度培地交換を行い、細胞が40%confluentになったところでBiocoat collagen I cell ware 24well plate(CORNING)に播種した。細胞が90%confluentになったところで、4%ウマ血清(HS)(Sigma-Aldrich)添加DMEMに培地交換することにより分化誘導をかけた。培地交換は2日に一度行った。
【0065】
細胞障害率の測定にはLDH-細胞毒性キット(Wako)を使用した。分化誘導6日目にPBSで洗浄後、無血清DMEMで12時間培養した。培地を除去しPBSで洗浄後、各wellに、前記試料No.1~5のいずれか1つを200μg/mLまでになるように添加したDMEMを1mL加えて12時間培養した。その後、培地上清を全量回収した。また、上清を除いた各wellに1%Tween20を添加したDMEMを500μLずつ添加し、37℃、水蒸気飽和した5%CO2条件下で10分間インキュベート後、ピペッティングにより細胞を回収した。回収した上清及び細胞懸濁液を遠心(3000g、5分、25℃)後、各上清を96wellプレートに50μL分注した。これにキット付属の反応開始薬を50μLずつ添加し、室温で5分間放置後、同じくキット付属の反応停止液の2倍希釈液を100μL添加し、90分以内にマイクロプレートリーダーにより550nmにおける吸光度を測定した。
【0066】
(LDH放出率)
=100×(培地上清の吸光度)/(培地上清の吸光度+細胞懸濁液の吸光度)
という式によりLDH放出率を算出し、各試料未添加群に対するLDH放出率の割合(%)を細胞障害率とした。細胞障害率が150%以下となる最大濃度を、次に示す、ユビキチンリガーゼ遺伝子発現への影響評価時の試料の添加濃度とした。
【0067】
各試料のユビキチンリガーゼ遺伝子発現への影響評価(mRNAレベル)
試料No.1~5のデキサメタゾン(DEX)誘導性ユビキチンリガーゼ発現に対する評価を行った。マウス骨格筋由来細胞株C2C12を24wellプレートに播種し、90%confluentになったところで、4%HS添加DMEMに培地交換することにより分化誘導をかけた。培地交換は2日に一度行った。分化誘導6日目にPBSで洗浄後、無血清DMEMで12時間培養した。培地を除去しPBSで洗浄後、各wellに100nMとなるようにDEX(Sigma)を、細胞障害率の測定で決定された濃度となるように各試料を添加した無血清DMEMを1mL加えて12時間培養した。DEXはEtOH(関東化学株式会社、東京)にて100μMとなるように溶解し、-20℃にて保存した。その後、上清を除去し、PBS 1mLにて洗浄し、TRIzolTM Reagent(Invitrogen、東京)1mLによって細胞を回収し、-80℃で保存またはそのまま次の操作に用いた。凍結保存した場合はTRIzolTM Reagentを融解した後、クロロホルム(関東化学株式会社、東京)200μLを添加・撹拌し、室温で3分間放置後、4℃で15分間遠心(16,000g)した。その後、上層の水層部を400μL取り出し、2-プロパノール(関東化学株式会社、東京)500μLを添加・撹拌し、室温で10分間放置後、4℃で10分間遠心(12,000g)した。その後、上清を除去し、75%EtOH(関東化学株式会社、東京)in RNase free waterを750μL添加し、4℃で5分間遠心(7,600g)した。再び上清を除去し、RNase free water 50μL、100%EtOH 125μL、3M酢酸ナトリウム10μLを添加し、-20℃で一晩または2時間静置した。その後、4℃で15分間遠心(16,000g)し、上清を除去後、75%EtOH in RNase free water 1mLを添加し4℃で5分間遠心(16,000g)した。再び上清を除去し、90%EtOH in RNase free water 1mLを添加し4℃で5分間遠心(16,000g)した。その後上清を除去し、残存EtOHを揮発させて得られたRNAを20μLのRNase free waterに溶解した。RNAの濃度はNano Drop ND-1000(Thermo Fisher Scientific)により測定を行った。Total RNA 500ngからPrimeScriptTM RT Master Mix(Perfect Real Time)(TaKaRa)を使用してcDNAを合成した。調製したcDNAは-20℃で保存した。その後リアルタイムPCRによってMafbx、Murf1及び内部標準遺伝子としてPpiaの発現レベルを検討した。リアルタイムPCRにはThermal Cycler Dice Real Time System TP800(TaKaRa)を用いた。PCR反応溶液の組成は、1サンプルにつきSYBR(登録商標) Premix Ex TaqTM(Tli RnaseH Plus)(TaKaRa)6.25μL、RNase free water 4.25μL、Forward primer(10μM)0.5μL、Reverse primer(10μM)0.5μL、cDNA 1μLとした。PCR反応条件は、初期変性を95℃10秒間で行い、その後95℃5秒間→60℃30秒間(40サイクル)→95℃15秒間→60℃30秒間→95℃15秒間とした。各プライマーはウェブアプリケーションPRIMER3 INPUTにより設計し、合成をThermo Fisher Scientificに依頼した。プライマー配列は以下に示した。
【0068】
【表2】
実験結果の統計処理には、Tukey’s testを用いた。
【0069】
[結果]
細胞障害率の測定
試料No.1~5の細胞障害率の測定結果を
図1に示す。細胞障害率が150%以下となる最大濃度から添加濃度をNo.1は20ng/mL、No.2,4~5は200μL/mL、No.3は50μg/mLとした。
【0070】
試料のユビキチンリガーゼ遺伝子発現への影響評価(mRNAレベル)
骨格筋細胞におけるDEX誘導性Mafbx及びMurf1発現に及ぼす、試料No.1~5の影響を見るために、分化させたC2C12にDEX処理をし、各試料により12時間処理した。
【0071】
結果を
図2に示す。DEX添加,試料未添加群(control/DEX+)に対する割合(%)で示した。
図2AではMafbxの、
図2BではMurf1の結果を示した。
【0072】
No.1,No.3~5にはMafbx発現低下作用が見られなかったが、No.2(ウコン抽出物)はDEX誘導性Mafbx発現レベルを有意に低下させた(
図2A)。
【0073】
また、No.4及び5にはMutf1発現低下作用が見られなかったが、No.1(ビサクロンとNo.2(ウコン抽出物)はDEX誘導性Murf1発現レベルを有意に低下させた(
図2B)。一方、No.3は、DEX誘導性Murf1発現レベルを有意に亢進した(
図2B)。
【0074】
[考察]
ウコン抽出物は、DEX誘導性のMafbx及びMurf1のmRNA発現低下作用を示した。また、ビサクロンはDEX誘導性のMurf1のmRNA発現低下作用を示した。
【0075】
Mafbx及びMurf1は種々の骨格筋萎縮時に発現が亢進することが知られており、骨格筋のタンパク質分解機構に関わるため、以上の結果からウコン抽出物及びビサクロンは骨格筋萎縮を抑制することができる。
【0076】
<実験2:秋ウコン抽出物(AE)のMAFbxタンパク質発現への影響評価>
[実験材料及び実験方法]
秋ウコン抽出物(AE)として、実験1で調製した「水溶性ウコン抽出物(秋ウコン抽出物)」を用いた。
【0077】
6wellプレートで培養した分化6日目のC2C12を無血清培地で12~16時間のstarvationを行った後、100nMのデキサメタゾン(DEX)有無の条件下で、終濃度200μg/mLとなるようにPBSに溶解したAEを添加した培地に交換し、12時間培養した。培養終了後、各ウェルの上清を除去し、細胞を氷冷したPBS 1mLで2回洗浄した後、液体窒素によりプレートごと凍結し、-80℃で保存した。凍結保存した細胞を融解させ、各ウェルにRIPA bufferを200μL添加し、5分程静置した。その後、セルスクレーパーで細胞をプレートから剥がして得られた細胞溶解液を4℃で1時間ローテート(30rpm)し、ソニケーション(5秒、5回)を行った。これを2℃で30分間遠心(16,000g)し、上清を回収してタンパク質抽出液を得た。抽出液のタンパク質濃度測定はBovine serum albuminを基準としたBradford法により行い、Protein-Assay(Bio-rad)を用いて波長600nmの吸光度を測定した。抽出した細胞内タンパク質を用いてウェスタンブロッティングによりMAFbxのタンパク質量を測定した。ポジティブコントロールとして、10nM Insulin like growth factor-1(IGF-1)を用いた。対照(CON)として、終濃度200μg/mLとなるようにPBSに溶解したAEを添加した培地の代わりに、同量のPBSを添加した培地を用いた以外は同様の手順でC2C12を培養し、そのタンパク質抽出液中のMAFbxのタンパク質量を測定した。ウェスタンブロッティングの方法は以下に示した。
【0078】
細胞内タンパク質を15-100μgを含むタンパク質抽出液に2×あるいは3×Laemmli’s Sample Bufferを加えて5分間煮沸処理したものを20μL/laneアプライしSDS-PAGEに供した。SDS-PAGEは8~12%ポリアクリルアミドゲルを用い20mA/gelで1時間半程度行った。泳動槽はMini-PROTEIN Tetra System(Bio-Rad)を用いた。泳動終了後、PVDF膜(Immobilon-P, Milipore)への転写を、セミドライブロッター(アテナック)を用いたセミドライ式(1mA/PVDF膜1cm2、45~60分)あるいはMini Trans-Blot(登録商標) Cell(Bio-rad)を用いたウェット式(100V、100分)で行った。転写終了後メンブレンをTris Buffered Saline with Tween 20(TBS-T)で洗浄後、PVDF Blocking Reagent for Can Get Signal(登録商標) (TOYOBO)に浸し、室温で1時間あるいは4℃で一晩ブロッキングした。ブロッキング終了後、メンブレンをTBS-Tで3回洗浄し、一次抗体溶液に浸して4℃で一晩振盪した。その後TBS-Tで3回洗浄し、二次抗体溶液に浸して室温で1時間振盪した。再度TBS-Tで3回洗浄後、ECL Western Blotting Detection System(GE healthcare)またはECL Prime Western Blotting Detection Reagent(GE healthcare)により1分間化学発光させた。Ez-Capture MG(ATTO)を用いて検出し、CS Analyzer3.0(ATTO)を用いてデンシトメトリー解析を行った。
【0079】
用いた抗体及び希釈倍率を以下に示す。一次抗体はCan Get Signal(登録商標) Immunoreaction Enhancer Solution 1(TOYOBO)、二次抗体はCan Get Signal(登録商標) Immunoreaction Enhancer Solution 2(TOYOBO)で希釈した。タンパク質発現の内部標準にはβ-actinを用いた。
【0080】
〈一次抗体〉
anti-MAFbx antibody(abcam,ab168372)
希釈倍率:1000倍
anti-β-Actin antibody(Cell Signaling,#3700)
希釈倍率:2000倍
〈二次抗体〉
IgG antibody(GE healthcare,NA934)
IgG antibody(GE healthcare,NA931)
【0081】
[結果]
図3上段は、Dexの不存在下(Dex(-))又はDexの存在下(Dex(+))で、対照群(CON)、秋ウコン抽出物添加群(AE)又はIGF-1添加群(IGF-1)のC2C12からのタンパク質抽出液を試料とした上記のウェスタンブロッティングで得られたPVDF膜上のMAFbx及びβ-actin(内部標準)のバンドを示す。
【0082】
図3下段は、上記のウェスタンブロッティングで求められた、各条件で培養したC2C12からのタンパク質抽出液中での、β-actinのタンパク質量に対する、MAFbxのタンパク質量を示す。
【0083】
MAFbxのタンパク質量はIGF-1添加群を除き、Dex(+)群でDex(-)群と比較して有意に増加した。一方、AE/Dex(+)群及びIGF-1/Dex(+)群はCON/Dex(+)群と比較して有意に減少した(
図3下段)。
【0084】
<実験3:秋ウコン抽出物(AE)のユビキチンリガーゼ上流転写因子のmRNA発現への影響評価>
[実験材料及び実験方法]
秋ウコン抽出物(AE)として、実験1で調製した「水溶性ウコン抽出物(秋ウコン抽出物)」を用いた。
【0085】
実験1においてMafbx及びMurf1のmRNA発現亢進抑制効果が認められた秋ウコン抽出物(AE)に関して、ユビキチンリガーゼ上流転写因子のmRNA発現に対する影響評価を行った。24wellプレートで培養した分化6日目のC2C12を無血清培地で12~16時間のstarvationを行った後、100nM Dex有無の条件下で、終濃度200μg/mlとなるようにPBSに溶解したAEを添加した培地に交換し、12時間培養した。培養終了後の細胞からtotal RNAを抽出した。抽出したtotal RNAからcDNAを合成し、qRT-PCRにより、ユビキチンリガーゼ上流転写因子の1つであるFoxo3のmRNA発現量を測定した。プライマー配列は以下に示した。遺伝子発現の内部標準にはPeptidylprolyl isomerase A(Ppia)を用いた。対照群(CON)として、終濃度200μg/mLとなるようにPBSに溶解したAEを添加した培地の代わりに、同量のPBSを添加した培地を用いた以外は同様の手順でC2C12を培養しFoxo3のmRNA発現量を測定した。
【0086】
Foxo3
Forward:5’-TCGTCTCTGAACTCCTTGCGT-3’(配列番号7)
Reverse:5’-TGGAGTGTCTGGTTGCCGT-3’(配列番号8)
Ppia
Forward:5’-GCAAATGCTGGACCAAACAC-3’(配列番号5)
Reverse:5’-TCACCTTCCCAAAGACCACAT-3’(配列番号6)
【0087】
[結果]
図4は、Dexの不存在下(Dex(-))又はDexの存在下(Dex(+))の対照群(CON)又は秋ウコン抽出物添加群(AE)のC2C12でのFoxo3のmRNA発現量(PpiaのmRNA発現量に対する相対値)を示す。
【0088】
Foxo3のmRNA発現量は対照群(CON)において、Dex(+)群でDex(-)群と比較して有意に増加したが、秋ウコン抽出物添加群(AE)においては有意な増加が認められなかった。CON/Dex(+)群とAE/Dex(+)群間においても有意な差は認められなかった。
【0089】
<実験4:秋ウコン抽出物(AE)のp70S6K(70 kDa ribosomal S6 protein kinase)のリン酸化への影響評価>
[実験材料及び実験方法]
秋ウコン抽出物(AE)として、実験1で調製した「水溶性ウコン抽出物(秋ウコン抽出物)」を用いた。
【0090】
6wellプレートで培養した分化6日目のC2C12を無血清培地で12~16時間のstarvationを行った後、100nM Dex有無の条件下で、終濃度200μg/mLとなるようにPBSに溶解した秋ウコン抽出物(AE)を添加した培地に交換し、6時間培養した。培養終了後の細胞からタンパク質を抽出し、ウェスタンブロッティングによりp70S6Kのリン酸化を測定した。ポジティブコントロールとして10nM IGF-1を用いた。ウェスタンブロッティングは実験2に記載の手順で行った。対照群(CON)として、終濃度200μg/mLとなるようにPBSに溶解したAEを添加した培地の代わりに、同量のPBSを添加した培地を用いた以外は同様の手順でC2C12を培養しタンパク質を抽出し、ウェスタンブロッティングによりp70S6Kのリン酸化を測定した。
【0091】
[結果]
図5上段は、Dexの不存在下(Dex(-))又はDexの存在下(Dex(+))で、対照群(CON)、秋ウコン抽出物添加群(AE)又はIGF-1添加群(IGF-1)のC2C12からのタンパク質抽出液を試料としたウェスタンブロッティングで得られたPVDF膜上のリン酸化されたp70S6K(p-p70S6K)及びリン酸化されていないp70S6K(p70S6K)のバンドを示す。
【0092】
図5下段は、上記のウェスタンブロッティングで求められた、各条件で培養したC2C12からのタンパク質抽出液中での、リン酸化されていないp70S6K(p70S6K)のタンパク質量に対する、リン酸化されたp70S6K(p-p70S6K)のタンパク質量を示す。
【0093】
p70S6Kのリン酸化は6時間刺激後のC2C12において、AE/Dex(-)群及びIGF-1/Dex(-)群はCON/Dex(-)群と比較して有意に増加した。また、AE/Dex(+)群はCON/Dex(+)群と比較して増加する傾向が認められ(p=0.0908)、IGF-1/Dex(+)群は有意に増加した(
図5下段)。
【0094】
<実験5:秋ウコン抽出物(AE)とビサクロン(BC)の筋管直径への影響評価>
[実験材料及び実験方法]
秋ウコン抽出物(AE)として、実験1で調製した「水溶性ウコン抽出物(秋ウコン抽出物)」を用いた。
【0095】
ビサクロン(BC)として、実験1と同様に、精製された(≧99%(HPLC))ビサクロン試薬を長良サイエンス株式会社から入手して用いた。
【0096】
6wellプレートで培養した分化6日目のC2C12を無血清培地で12~16時間のstarvationを行った後、100nM Dex有無の条件下で、終濃度200μg/mLとなるようにPBSに溶解したAEまたは終濃度1μg/mlとなるようにPBSで希釈したBCを添加した培地に交換し、12時間培養した。培養終了後の細胞から各群4枚の画像を取得し、それぞれの画像から30本の筋管直径を画像処理ソフトウェアImage Jを用いて測定し、各画像の上位10本から平均と標準偏差を算出した。尚、1本の筋管直径は3ヶ所の測定結果の平均とした。対照群(CON)として、終濃度200μg/mLとなるようにPBSに溶解したAEを添加した培地の代わりに、同量のPBSを添加した培地を用いた以外は同様の手順でC2C12を培養し筋管直径を測定した。
【0097】
[結果]
図6Aは、Dexの不存在下(Dex(-))又はDexの存在下(Dex(+))、対照群(CON)又は秋ウコン抽出物添加群(AE)で培養したC2C12の筋管直径の平均値(μm)と標準偏差を示す。
【0098】
図6Bは、Dexの不存在下(Dex(-))又はDexの存在下(Dex(+))、対照群(CON)又はビサクロン添加群(BC)で培養したC2C12の筋管直径の平均値(μm)と標準偏差を示す。
Dex誘導性の筋管直径の減少をAE(
図6A)、BC(
図6B)がともに抑制した。
【0099】
<実験2~5の考察>
秋ウコン抽出物(AE)はDex誘導性のMAFbxタンパク質発現量の増加を有意に減少させた(実験2)。このことは、実験1で確認されたmRNA発現の結果に加え、AEがDex誘導性骨格筋萎縮抑制効果を持つことを裏付ける。さらに、AE添加によりFoxo3の有意なmRNA発現亢進が認められなかった(実験3)。このことから、AE添加は、Foxo3のmRNA発現亢進を減弱させ、ユビキチンリガーゼの発現を促進する転写因子の発現量自体を減少させることで、Mafbx及びMurf1のmRNA発現亢進抑制及びMAFbxタンパク質発現亢進抑制を行うことが示唆された。さらに、AE添加は、Dex誘導性のp70S6Kの脱リン酸化を阻害する傾向も認められた(実験4)。このp70S6Kのリン酸化の促進はDex未添加群においても認められたことから、AEはタンパク質合成経路へも影響を及ぼし、タンパク質合成を促進する可能性も示唆された。また、AE及びその成分であるビサクロン(BC)は筋管直径の萎縮を抑制したことから(実験5)、表現型における効果も示された。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明に係る、筋萎縮を阻害するための組成物は、飲食品及び医薬品の分野において有用である。
【配列表】