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特許7164178リチウム金属リン酸塩、リチウムイオン二次電池の正極材料、リチウムイオン二次電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-24
(45)【発行日】2022-11-01
(54)【発明の名称】リチウム金属リン酸塩、リチウムイオン二次電池の正極材料、リチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
   C01B 35/14 20060101AFI20221025BHJP
   H01M 4/58 20100101ALI20221025BHJP
【FI】
C01B35/14
H01M4/58
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018245324
(22)【出願日】2018-12-27
(65)【公開番号】P2020105053
(43)【公開日】2020-07-09
【審査請求日】2021-11-18
(73)【特許権者】
【識別番号】503098724
【氏名又は名称】株式会社オキサイド
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 猛
【審査官】廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-524883(JP,A)
【文献】特表2007-502249(JP,A)
【文献】特表2016-511526(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102459790(CN,A)
【文献】特開2013-069526(JP,A)
【文献】国際公開第2012/105637(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/128936(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 33/20-39/54
H01M 4/00-4/62
C01B 25/00-25/46
C01G 25/00-47/00
C01G 49/10-99/00
C01G 49/00-49/08
C04B 35/42-35/447
C04B 35/46-35/515
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式LiMPO(式中、MはFe、Co、Ni及びMnからなる群より選択される少なくとも一種)で表される化合物におけるPの一部がBで置換されてなる、リチウム金属リン酸塩。
【請求項2】
一般式Li1+αM(B1-x)O(式中、xは0.01~0.99であり、αは0超2x以下である)を有する、請求項に記載のリチウム金属リン酸塩。
【請求項3】
リチウムイオン二次電池の正極材料である、請求項1又は2に記載のリチウム金属リン酸塩。
【請求項4】
請求項に記載のリチウム金属リン酸塩からなるリチウムイオン二次電池の正極材料。
【請求項5】
請求項に記載の正極材料を含む正極を備える、リチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム金属リン酸塩の製造方法、リチウム金属リン酸塩、リチウムイオン二次電池の正極材料、及びリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池の正極材料としてLiCoO(LCO)が知られている。このLCOに代わるより信頼性の高い材料として、一般式LiMPOで表されるオリビン型のリチウム金属リン酸塩の開発が進められている。なお、Mは化学量論組成において+2価をとり、Liの脱離に伴って電荷中性を保つために+3価に価数が変わりうる遷移金属元素であって、Fe、Co、Ni及びMnが知られている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2008-184346号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、特許文献1にて記載されているように、一般にオリビン型のリチウム金属リン酸塩の電気伝導率は低い。二次電池の正極材料として用いられるという事情から、リチウム金属リン酸塩には信頼性に加えてより高い電気伝導性が求められる。
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、電気伝導性に優れるリチウム金属リン酸塩の製造方法を提供することを目的とする。本発明はまた、当該製造方法により得られるリチウム金属リン酸塩、リチウムイオン二次電池の正極材料、及びリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するべく発明者が鋭意検討した結果、高温融剤法(フラックス法)を採用すること、及びホウ素をドープすること、が優れた電気伝導性を有するリチウム金属リン酸塩の製造に重要であることを見出し、本発明の完成に至った。すなわち本発明は、Li元素を含む化合物、金属元素M(MはFe、Co、Ni及びMnからなる群より選択される少なくとも一種)を含む化合物、B元素を含む化合物、及びリン酸イオンを含む化合物と、フラックスとの混合物を得る混合工程と、混合物の溶融物を得る溶融工程と、溶融物を冷却して析出物を得る冷却工程と、を備える、リチウム金属リン酸塩の製造方法を提供する。
【0007】
本発明の製造方法において、溶融工程における溶融温度は600℃以上であってもよい。
【0008】
本発明の製造方法において、混合物におけるP元素に対するB元素の元素比は1/99~99/1であってもよい。
【0009】
また、本発明は、一般式LiMPO(式中、MはFe、Co、Ni及びMnからなる群より選択される少なくとも一種)で表される化合物におけるPの一部がBで置換されてなる、リチウム金属リン酸塩を提供する。
【0010】
本発明のリチウム金属リン酸塩は、一般式Li1+αM(B1-x)O(式中、xは0.01~0.99であり、αは0超2x以下である)を有していてもよい。
【0011】
本発明のリチウム金属リン酸塩は、リチウムイオン二次電池の正極材料として用いられてもよい。
【0012】
また、本発明は、上記のリチウム金属リン酸塩からなるリチウムイオン二次電池の正極材料を提供する。
【0013】
さらに本発明は、上記の正極材料を含む正極を備える、リチウムイオン二次電池を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、電気伝導性に優れるリチウム金属リン酸塩の製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、当該製造方法により得られるリチウム金属リン酸塩、リチウムイオン二次電池の正極材料、及びリチウムイオン二次電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例に係るリチウム金属リン酸塩の電気伝導性評価結果を示すグラフである。
図2】実施例に係るリチウム金属リン酸塩の電気伝導性評価結果を示すグラフである。
図3】実施例に係るリチウム金属リン酸塩の電気伝導性評価結果を示すグラフである。
図4】実施例に係るリチウム金属リン酸塩の電気伝導性評価結果を示すグラフである。
図5】比較例に係るリチウム金属リン酸塩の電気伝導性評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明のいくつかの実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0017】
<リチウム金属リン酸塩の製造方法>
リチウム金属リン酸塩の製造方法は、Li元素を含む化合物、金属元素M(MはFe、Co、Ni及びMnからなる群より選択される少なくとも一種)を含む化合物、B元素を含む化合物、及びリン酸イオン(PO 3-)を含む化合物と、フラックスとの混合物を得る混合工程と、混合物の溶融物を得る溶融工程と、溶融物を冷却して析出物を得る冷却工程と、を備える。本実施形態の製造方法により、一般式LiMPO(式中、MはFe、Co、Ni及びMnからなる群より選択される少なくとも一種)で表される化合物におけるPの一部がBで置換されてなる、リチウム金属リン酸塩を得ることができる。
【0018】
(混合工程)
Li元素を含む化合物としては、特に制限されず、炭酸リチウム、酢酸リチウム、硝酸リチウム、水酸化リチウム、塩化リチウム、リン酸リチウム、リン酸二水素リチウム、ホウ酸リチウム、これらの無水物又は水和物等が挙げられる。
【0019】
金属元素Mを含む化合物としては、特に制限されず、シュウ酸鉄、塩化鉄、硫酸鉄、硝酸鉄、酸化鉄、水酸化鉄、これらの無水物又は水和物等のFe元素を含む化合物(化合物中のFeの価数は2価又は3価であってよい);炭酸コバルト、シュウ酸コバルト、塩化コバルト、これらの無水物又は水和物等のCo元素を含む化合物;炭酸ニッケル、シュウ酸ニッケル、塩化ニッケル、これらの無水物又は水和物等のNi元素を含む化合物;炭酸マンガン、シュウ酸マンガン、塩化マンガン、これらの無水物又は水和物等のMn元素を含む化合物、などが挙げられる。
【0020】
これらの化合物のうち、優れた電気伝導性を発現する観点からは、金属元素Mを含む化合物として2価の遷移金属元素を含む化合物を採用することができる。ホウ素をドープしたリチウム金属リン酸塩において、2価の遷移金属元素を含む化合物を用いることで特に電気伝導性が向上する理由は定かではないが、発明者は次のように推察する。すなわち、遷移金属は高温の融液状態で雰囲気中の酸素と平衡状態にあり、微量の酸素があると2価と3価の共存状態にある。結晶構造において4配位であるPの位置にBが置換固溶することにより、電荷補償のため6配位位置にさらにLiイオンが増えるか、あるいは3価の遷移金属が入ることになる。結晶中の3価の比率が増えて結晶は黒色化し、遷移金属の2価と3価との間に電子の移動が起こり、電気伝導性が発現すると考えられる。また、シリケートに比べ、電子が移動する際の遷移金属の価数の変化に対応するLiイオンが容易に動くと考えられ、そのため電子の移動度が上がると思われる。イオン伝導と電子伝導が相補的に電気伝導性の向上に寄与していると推察される。
【0021】
B元素を含む化合物としては、特に制限されず、酸化ホウ素、ホウ酸、無水ホウ酸、ホウ酸リチウム等が使用できる。
【0022】
リン酸イオンを含む化合物としては、特に制限されず、リン酸アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸リチウム、リン酸二水素リチウム、リン酸、五酸化二リン、これらの無水物又は水和物等が挙げられる。
【0023】
Li元素、M元素、B元素及びリン酸イオンのうち2種以上を含む化合物を用いると、混合工程が容易になる。例えばホウ酸リチウムは、Li元素とB元素を含む化合物として使用できる。また、リン酸リチウム及びリン酸二水素リチウムは、Li元素とリン酸イオンを含む化合物として使用できる。このように、Li元素を含む化合物、金属元素Mを含む化合物、B元素を含む化合物、及びリン酸イオンを含む化合物をそれぞれ準備して用いてもよく、例えばLi元素を含みかつリン酸イオンを含む化合物、金属元素Mを含む化合物、及びB元素を含む化合物を準備して用いてもよい。
【0024】
上記の各化合物の原料秤量におけるM元素と、P元素及びB元素と、の元素比は、0.8~1.2:1とすることができる。リチウム金属リン酸塩の化学量論比の観点から1:1であってもよい。一方、P元素に対するB元素の元素比は、1/99~99/1とすることができる。ただし、所望の結晶構造を得てより優れた電気伝導性を発現する観点から、元素比は5/95~50/50とすることができ、10/90~30/70であってもよい。Li元素と、P元素及びB元素と、の元素比は、Li元素が大となるように調整しなければならない。リチウム金属リン酸塩の化学量論比からは、元素比1:1であるが、溶融工程と冷却工程の過程において、Liの蒸発減損があるためである。
【0025】
フラックスは、結晶作製法の一種である高温融剤法(フラックス法)において用いられる化合物であって、目的とする結晶を溶かし込むための溶媒として作用する無機化合物である。高温融剤法は、溶質である結晶の溶媒に対する溶解度が、温度によって変わる性質を利用する。高温では溶解度が大きく、温度が下がると溶解度が小さくなるフラックスを用いると、冷却に伴ってフラックスへの溶解度を上回り、過飽和状態となった目的物が、結晶として析出する。フラックスとしては、目的結晶よりも低い温度で溶融する化合物を選択すれば良い。フラックスとしては、塩化リチウム、フッ化リチウム、バナジン酸リチウム、リン酸二水素ナトリウム、フッ化鉛、酸化鉛、酸化ビスマス、モリブデン酸塩、タングステン酸塩等が挙げられ、これらは1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。また、複数の溶質成分がある場合には、特定の溶質成分を増やしてその成分比を所望とする成分比(化学量論比)から故意にずらし、当該溶質成分にフラックスとしての働きを兼ねさせるセルフフラックス法を用いることもできる。
【0026】
混合工程では、溶質となる各化合物秤量原料と、フラックスとを混合して混合物を得る。混合方法は乾式混合法及び湿式混合法のいずれであってもよい。具体的には、各原料を乳鉢、ボールミル等を用いて機械的に混合する方法、各原料を水に溶解させた後に沈殿させて混合する共沈法、各原料を溶解したゾルをゲル化させて混合するゾル-ゲル法、等を利用できる。
【0027】
(溶融工程)
溶融工程では混合工程にて得られた混合物を溶融する。混合物は必要に応じ所定の容器に入れられて焼成炉内に投入され、不活性雰囲気又は少量の酸素を含む不活性雰囲気中で溶融される。不活性雰囲気としてはアルゴンガス、窒素ガス、ヘリウムガス等で置換された雰囲気が挙げられる。これらの不活性ガス中には1000ppm未満の酸素が含まれていてもよい。なお、溶融工程における溶融物とは、溶媒として加えたフラックスが完全に溶融し、大部分の溶質(Li元素を含む化合物、金属元素Mを含む化合物、B元素を含む化合物、及びリン酸イオンを含む化合物)がフラックス中に溶解した状態のものを言う。溶融物中には融け残りの溶質が含まれていてもよい。
【0028】
溶融工程における溶融温度は、溶融したフラックス中に大部分の溶質が溶融する、あるいは全量の溶質が溶融する温度に設定することができる。混合物の構成に依存するため必ずしも限定されないが、溶融温度は少なくとも600℃以上とすることができ、650℃以上であってもよく、700℃以上であってもよい。溶融温度の上限は、原料及びリチウム化合物の分解と蒸発を抑制する観点から1000℃以下とすることができ、900℃以下であってもよい。なお、溶融温度での保持時間は、一定量の溶質が溶融する時間に設定することができ、例えば少なくとも3時間以上とすることができ、4.5時間以上であってもよく、6時間以上であってもよい。保持時間の上限は、原料及びリチウム化合物の分解と蒸発を抑制する観点から24時間以下とすることができ、12時間以下であってもよい。
【0029】
溶融工程時にフラックスが完全に溶融していなかったり、大部分の溶質がフラックスに溶解していなかったりすると、冷却後に得られるリチウム金属リン酸塩中に未反応のフラックス成分等の不純物が混入し、複合化される虞がある。これらの不純物は混合物に対し単なる焼成を実施した際に生じる化合物であり、リチウム金属リン酸塩の電気伝導性を低下させる要因となる。なお、ここで言う焼成とはフラックスを用いない方法であって、原料を完全に溶融させない程度の高温にて加熱して原料同士を反応させ、原料に応じた組成を有する焼成物を得るものである。焼成においては、元素の固相拡散によって反応が進行するために、未反応な部分が残ることがあり、また、生成物中の元素分布が不均一になり易くなる。また、焼成は固相反応によるため分別することができるほどの大きさの結晶を製造することは実質的に不可能である。そのため、複雑な構造や多種の元素からなる均質な物質を作るためには何度も焼成と解砕再混合を繰り返す必要がある。
【0030】
不純物の生成を抑制する観点から、溶融工程に先立ち仮焼成工程を実施してもよい。仮焼成工程では、混合物を400~600℃程度で焼成して仮焼成物を得ることができる。当該仮焼成物を溶融工程に供することができる。
【0031】
(冷却工程)
得られた溶融物は本工程により室温まで冷却される。冷却は速くとも5℃/時間以下の速度で実施することが好ましい。冷却速度が速すぎると結晶内に欠陥が生じる虞がある。
【0032】
冷却工程後に得られる回収物(冷却物)は、所望とするリチウム金属リン酸塩の析出物の他、フラックス成分、未反応物、副反応物等の他の成分を含み得る。例えば回収物を温水(60℃の純水等)で洗浄するなどし、難溶性の結晶のみを濾取等することにより、回収物から所望とするリチウム金属リン酸塩のみを得ることができる。この観点から、本実施形態の製造方法は、冷却工程にて得られた回収物を洗浄する洗浄工程を備えていてもよい。なお、得られた結晶がリチウム金属リン酸塩であることは、X線回折法等により確認することができる。
【0033】
<リチウム金属リン酸塩>
本実施形態のリチウム金属リン酸塩は、一般式LiMPO(式中、MはFe、Co、Ni及びMnからなる群より選択される少なくとも一種)で表される化合物におけるPの一部がBで置換されてなるものである。リチウム金属リン酸塩はオリビン構造を有する。一般にオリビン構造は六方密充填酸素骨格を有しており、四配位四面体サイトにはPイオンが、六配位八面体サイトにはLiイオン及び遷移金属イオンMが存在する。本実施形態のリチウム金属リン酸塩においては、5価のPイオンの一部が3価のBイオンで置換されている。なお、Mの価数は化学量論組成において+2価をとり、Liの脱離に伴って電荷中性を保つために+3価に価数が変わりうる。このようなリチウム金属リン酸塩はホウ素ドープリチウム金属リン酸塩(LiM(B,P)O)と言うことができ、例えば下記一般式(X)で表すことができる。
【0034】
Li1+αM(B1-x)O ・・・(X)
式中、xは0.01~0.99であり、αは0超2x以下である。なお、xが小さ過ぎると電気導電性が不充分となる傾向があり、xが大き過ぎると異相が生じて歩留まりが下がる傾向がある。所望の結晶構造を効率よく得て、より優れた電気伝導性を発現する観点から、xは0.05~0.5とすることができ、0.1~0.3であってもよい。
【0035】
本実施形態のリチウム金属リン酸塩が優れた電気伝導性を有する理由は必ずしも定かではないが、発明者らは次のように推察する。一般に、オリビン構造を有するリチウム金属リン酸塩において、Liの充放電過程は、Li1-y(M2+ 1-y,M3+ )POで示される。放電によってLiが結晶にyだけ入ると同時に、3+だった遷移金属Mへy等量の電子が流れ込んで2+のMにyだけ価数変化する。一方、Bがドープされたリチウム金属リン酸塩では、α=2xのとき、電荷中性の要請から、Liの充放電過程は、Li1+2x-y(M2+ 1-y,M3+ )(B1-x)Oと推測される(xの範囲は0.01以上0.99以下、yの範囲は0.01以上1以下)。まず、放電によってLiが結晶にyだけ入ると同時に、3+だった遷移金属Mへy等量の電子が流れ込んで2+のMにyだけ価数変化する。次に充電によってα=2xのとき、一個のLiイオンが抜けて3+のMとなりさらに充電するともう2x個のLiイオンが抜けて4+または5+のMになる可能性がある。遷移金属の価数混合による電子のホッピング伝導により、電気伝導性が向上すると考えられる。これは、PとBの固溶により酸素格子がルーズになりLiイオンが動き易くなっており、電荷補償が速やかに行われるためであると考える。このように、Bがドープされたリチウム金属リン酸塩は優れた電気伝導性を有すると考えられる。層状岩塩型のLiCoOに比してより堅牢な構造であるオリビン型のリチウム金属リン酸塩において、信頼性のみならずこのような優れた電気伝導性が得られることは驚くべきことであり、本実施形態におけるホウ素ドープリチウム金属リン酸塩はリチウムイオン二次電池の正極材料(正極活物質)として極めて好適である。
【0036】
本実施形態のリチウム金属リン酸塩の結晶は、正確には従来のオリビン構造の定義からは逸脱すると考えている。オリビン構造は、天然のシリケート鉱物であるオリビンXSiOと同じ結晶構造を持つ結晶である(同式中、Xは2価金属のMgとFeが約9:1の比で含まれる)。XSiOにおいて酸素はほぼ六方最密に充填されており、酸素4個に囲まれた隙間が酸素4個につき8カ所あって、その1/8をSiが占める。酸素6個に囲まれた隙間も酸素4個につき4ヶ所あって、その1/2をXが占める。一方、Bが添加されないLiMPO(M=Fe,Co,Ni,Mn)では、Siの代わりにPが、XにはLiとMが入ることになる。Liが過剰に入る究極はMを全く含まないLiPOとなるが、この結晶はオリビンとは異なるγ-LiPO型という構造をとる。γ-LiPOにおいても、酸素はほぼ六方最密に充填された骨格をなし、Liは酸素6個に囲まれた隙間の1/2を占めるのに加え、酸素4個に囲まれた隙間にも入りその1/8を占める。LiMPOにBを添加すると、BはPの一部を置換し、5価のPを3価のBが置換することによる正電荷の不足をLiが過剰に入ることによって電荷補償されると推察される。このことから、本実施形態のリチウム金属リン酸塩の結晶は、オリビン型とγ-LiPO型の中間的な新規な結晶構造を有する可能性があると推察される。
【0037】
<リチウムイオン二次電池>
リチウムイオン二次電池は、上記のリチウム金属リン酸塩からなる正極材料を含む正極を備えている。より具体的には、リチウムイオン二次電池は、当該正極、負極、電解質等を備えている。
【0038】
(正極)
正極は、上記正極材料に加え、導電助剤、結着剤等を含むことができる。
【0039】
導電助剤としては特に制限されず、アセチレンブラック、カーボンブラック、黒鉛、炭素繊維、金属繊維、アルミニウム粉、フッ化炭素、酸化亜鉛、チタン酸カリウム、酸化チタン、ポリフェニレン誘導体等が挙げられる。これらは、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0040】
結着剤としては特に制限されず、ポリテトラフルオロエチレン、ポリビニリデンフルオライド、ポリビニルクロライド、エチレンプロピレンジエンポリマー等が挙げられる。これらは、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0041】
(負極)
負極は、負極活物質自体からなるものであってもよく、負極活物質及び結着剤を含むものであってもよい。すなわち、負極は、金属リチウム、リチウム-アルミニウム合金、リチウム-スズ合金等からなるものであってもよく、黒鉛、炭素繊維、コークス、メソカーボンマイクロビーズ(MCMB)等及び結着剤を含むものであってもよい。
【0042】
(電解質)
電解質は液状であってもよく、固体状であってもよい。
【0043】
電解質が液状である(すなわち電解液を用いる)場合は、有機溶媒に支持電解質を溶解させたものを用いることができる。有機溶媒としては特に制限されず、カーボネート類、ハロゲン化炭化水素、エーテル類、ケトン類、ニトリル類、ラクトン類、オキソラン化合物等が挙げられる。これらは、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0044】
支持電解質としては特に制限されず、LiPF、LiBF、LiClO、LiAsF等の無機塩、LiSOCF、LiC(SOCF、LiN(SOCF、LiN(SO、LiN(SOCF)(SO)等の有機塩、これらの塩の誘導体などが挙げられる。
【0045】
電解液を用いる場合は、セパレータとして多孔性合成樹脂膜(特にポリオレフィン系高分子の多孔膜)を用いればよい。
【0046】
電解質が固体状である(すなわち固体電解質を用いる)場合は、例えば酸化物系、硫化物系等の化合物を用いることができる。酸化物系の化合物としては、La0.51Li0.34TiO2.94、NASICON型のLi1.3Al0.3Ti1.7(PO、ガーネット型のLiLaZr12等の材料が挙げられ、硫化物系の化合物としては、LiS-SiS系等の二成分系や、そこにLiI、LiPO等を加えた三成分系の材料が挙げられる。
【0047】
リチウムイオン二次電池は、例えば次のようにして製造される。
【0048】
負極活物質及び結着剤を溶媒中に分散させて塗液を調製する。得られた塗液を負極集電体上に均一に塗布し、乾燥することで、負極集電体及び負極活物質層からなる積層体を得る。この積層体を負極部材内に負極集電体と負極部材内面が接するように収容し、負極が得られる。なお、金属リチウム箔等を用いる場合はそれ自体を負極とすればよい。
【0049】
次に、正極活物質、導電助剤及び結着剤を溶媒中に分散させて塗液を調製する。得られた塗液を正極集電体上に均一に塗布し、乾燥することで、正極集電体及び正極活物質層からなる積層体を得る。この積層体を正極部材内に正極集電体と正極部材内面が接するように収容して、正極が得られる。
【0050】
電解液を用いる場合は、上述のようにして製造された負極及び正極を、負極活物質層と正極活物質層との間にセパレータが介在するように重ね合わせ、電解液を充填し、封止材により電池内部を密封することにより、リチウムイオン二次電池が完成する。
【0051】
一方、固体電解質を用いる場合は、例えば、負極用の原料粉末を均一な厚みに堆積して負極用粉末層を成形し、その負極用粉末層の上に、固体電解質粉末を含む固体電解質層用の原料粉末を均一な厚みに堆積して固体電解質層用粉末層を成形し、その固体電解質層用粉末層の上に、正極用の原料粉末を均一な厚みに堆積して正極用粉末層を成形した後、これら3層を圧縮成形し、粉末積層体を得る。得られた粉末積層体を用いて、リチウムイオン二次電池を得ることができる。なお、固体電解質層、負極、及び、正極を別々に成形し、これらを積層してリチウムイオン二次電池を得ることもできる。
【0052】
リチウムイオン二次電池の形状としては特に制限されず、円筒型、角型、コイン型、ボタン型等が挙げられる。
【実施例
【0053】
以下、実施例を挙げて本発明についてさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0054】
(実施例1)
溶質粉末としては、Li元素とリン酸イオンを含む化合物としてリン酸リチウムLiPO、Co元素(金属元素M)を含む化合物として塩化コバルトCoCl、及びB元素を含む化合物として酸化ホウ素Bを準備した。これらを、Li:Co:B:P=24:10:2:8の元素比となるように秤量した。また、フラックスとしては炭酸リチウムLiCOと塩化リチウムLiClを準備した。溶質粉末とフラックスとの混合割合は、5:1の重量比となるように調整した。秤量した溶質粉末及びフラックスを乳鉢及び乳棒を用いて良く混合し、混合粉末を得た。
【0055】
混合粉末を白金坩堝に入れ、雰囲気制御電気炉に静置した。そして電気炉内に一般窒素を流通させながら890℃まで昇温し、その温度で3時間保持した。これにより混合粉末を溶融させて溶融物を得た。炉の出口の酸素濃度は数十ppmだった。その後、溶融物を1℃/hrで徐冷した。
【0056】
溶融物を室温まで冷却した後、白金るつぼを取り出した。白金るつぼ内容物を温水を用いて洗浄してフラックス等を除去し、難溶性の析出物のみを濾取して回収した。
【0057】
回収した析出物についてX線回折法により結晶構造を確認したところ、当該析出物は単結晶のLi1+αCo(B1-x)Oであると同定された。
【0058】
(実施例2)
塩化コバルトに代えて、Mn元素を含む化合物として塩化マンガンMnClを用いたこと以外は、実施例1と同様にして実験を行い難溶性の析出物を回収した。
【0059】
回収した析出物についてX線回折法により結晶構造を確認したところ、当該析出物は単結晶のLi1+αMn(B1-x)Oであると同定された。
【0060】
(実施例3)
塩化コバルトに代えて、Fe元素を含む化合物として塩化鉄FeClを用いたこと以外は、実施例1と同様にして実験を行い難溶性の析出物を回収した。
【0061】
回収した析出物についてX線回折法により結晶構造を確認したところ、当該析出物は単結晶のLi1+αFe(B1-x)Oであると同定された。
【0062】
(実施例4)
塩化コバルトに代えて、Ni元素を含む化合物として塩化ニッケルNiClを用いたこと以外は、実施例1と同様にして実験を行い難溶性の析出物を回収した。
【0063】
回収した析出物についてX線回折法により結晶構造を確認したところ、当該析出物は単結晶のLi1+αNi(B1-x)Oであると同定された。
【0064】
(比較例1)
溶質粉末としては、Li元素とリン酸イオンを含む化合物としてリン酸リチウムLiPO、及びCo元素を含む化合物として塩化コバルトCoClを準備した。これらを、Li:Co:P=3:1:1の元素比となるように秤量した。また、フラックスとしては炭酸リチウムLiCOと塩化リチウムLiClを準備した。溶質粉末とフラックスとの混合割合は、5:1の重量比となるように調整した。秤量した溶質粉末及びフラックスを乳鉢及び乳棒を用いて良く混合し、混合粉末を得た。
【0065】
このように調製した混合粉末を用いたこと以外は、実施例1と同様にして実験を行い難溶性の析出物を回収した。
【0066】
回収した析出物についてX線回折法により結晶構造を確認したところ、当該析出物は単結晶のLiCoPOであると同定された。
【0067】
(電気伝導性評価)
各例で得られた単結晶(厚さ0.5~2mm)の対向する二面における電気伝導性を、直流電圧発生器(1V~2.5kV)、電流測定器(1~110μA)及び制御用PCを備えるシステムを用いて室温にて評価した。測定用の端子として、陽極には白金線を、陰極にはアルミニウム箔をそれぞれ用いた。結果を図に示す。図1~4は、それぞれ実施例1~4に係るリチウム金属リン酸塩の電気伝導性評価結果を示すグラフであり、図5は、比較例1に係るリチウム金属リン酸塩の電気伝導性評価結果を示すグラフである。図中、破線が印加電圧(V)を示し、実線が検出電流(μA)を示す。
【0068】
図に示すように、実施例では一定の電流が観察されたのに対し、比較例では電流が観察されなかった。比較例に比して実施例の電気伝導性は圧倒的に優れていた。
【0069】
なお、図から考察するに、イオン伝導による電流は昇圧時に現れ急速に減衰するようである(図2)。一方、電子伝導による場合はオームの法則に則り電圧に対応して変化する(図3)。印加直後はイオン伝導と電子伝導とが混在しているが、通電して3分程度で一定になり、電子伝導のみの電流が測定されていると考える。電子伝導性がイオン伝導性よりも高い場合、イオン伝導は起こらず初めからオームの法則に従うと考える。なお、電子伝導によって熱が発生して結晶の温度が上がると、金属とは逆に電気抵抗が下がり電流値が上がっていくと考える(図1)。
図1
図2
図3
図4
図5