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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-28
(45)【発行日】2022-11-08
(54)【発明の名称】圧電素子
(51)【国際特許分類】
   H01L 41/319 20130101AFI20221031BHJP
   H01L 41/187 20060101ALI20221031BHJP
   H01L 41/316 20130101ALI20221031BHJP
   C01G 55/00 20060101ALI20221031BHJP
   C01G 33/00 20060101ALI20221031BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20221031BHJP
【FI】
H01L41/319
H01L41/187
H01L41/316
C01G55/00
C01G33/00 A
C23C14/08 K
C23C14/08 N
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019109612
(22)【出願日】2019-06-12
(65)【公開番号】P2020202327
(43)【公開日】2020-12-17
【審査請求日】2021-07-12
(73)【特許権者】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】梅田 賢一
(72)【発明者】
【氏名】奥野 幸洋
(72)【発明者】
【氏名】新川 高見
【審査官】脇水 佳弘
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/194458(WO,A1)
【文献】特開2004-260994(JP,A)
【文献】特開2018-085478(JP,A)
【文献】国際公開第2017/002341(WO,A1)
【文献】WANG, Yingying et al.,Large piezoelectricity on Si from highly (001)-oriented PZT thick films via a CMOS-compatible sputtering/RTP process,Materialia,2019年01月24日,Vol. 5,<DOI: 10.1016/j.mtla.2019.100228>
【文献】CHENG, Hsiu-Fung et al.,Characteristics of Optical Emission Spectra Induced by Laser Beams and Crystallization of PBZNZT Thin Films,Plasma Processes and Polymers,2009年,Vol. 6,p. S817-S821,<DOI: 10.1002/ppap.200930108>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/00-47
C01G 55/00
C01G 33/00
C23C 14/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、下部電極層、成長制御層、鉛をAサイトの主成分として含有するペロブスカイト型酸化物を含んで構成される圧電体層、及び上部電極層をこの順に備えた圧電素子であって、
前記成長制御層が、下記一般式(1)で表される金属酸化物を含んでおり、
1-d (1)
MはBa、もしくはBa及びSrであり、
NはRuであり、
Oは酸素元素であり、
d及びeはそれぞれ組成比を示し、0<d<1であって、Mの電気陰性度をXとした場合、
1.41X-1.05≦d≦A1・exp(-X/t1)+y0
A1=1.68×1012,t1=0.0306,y0=0.59958であり、
前記ペロブスカイト型酸化物が、下記一般式(2)で表され、
(Pba1αa2)(Zrb1Tib2βb3)O (2)
Pb及びαはAサイト元素であり、
Zr、Ti、及びβはBサイト元素であり、βはNb,Ta,V,Sb及びScの中から選ばれた少なくとも1つであり、
a1、a2、b1、b2、b3及びcはそれぞれ組成比を示し、0.5≦a1、0≦a2<0.5、0<b1<1、0<b2<1、0.14≦b3/(b1+b2+b3)≦0.4、であり、
前記圧電体層を構成する前記ペロブスカイト型酸化物の結晶粒の(100)もしくは(001)面方位の結晶軸方向と、前記基板の面の法線とのなす角度が6°未満である、圧電素子。
【請求項2】
0.2≦d
である請求項1に記載の圧電素子。
【請求項3】
0.3≦d
である請求項1に記載の圧電素子。
【請求項4】
0.45≦d
である請求項1に記載の圧電素子。
【請求項5】
前記成長制御層の膜厚が0.63nm以上170nm以下である請求項1からのいずれか1項に記載の圧電素子。
【請求項6】
前記成長制御層の膜厚が0.63nm以上40nm以下である請求項1からのいずれか1項に記載の圧電素子。
【請求項7】
前記一般式(1)のNがRu、Ir、Ta、又はNbである請求項1からのいずれか1項に記載の圧電素子。
【請求項8】
前記成長制御層は、前記圧電体層の前記ペロブスカイト型酸化物と格子マッチングしない構造を有する、請求項1から7のいずれか1項に記載の圧電素子。
【請求項9】
基板上に、下部電極層、成長制御層、鉛をAサイトの主成分として含有するペロブスカイト型酸化物を含んで構成される圧電体層、及び上部電極層をこの順に備えた圧電素子であって、
前記成長制御層が、下記一般式(1)で表される金属酸化物を含んでおり、
1-d (1)
Mは前記ペロブスカイト型酸化物のAサイトに置換可能な1以上の金属元素であり、
Nは、Sc、Zr、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Mn、Fe、Ru、Co、Ir,Ni、Cu、Zn、Ga、In及びSbの中から選択される少なくとも1つを主成分とし、
Oは酸素元素であり、
d及びeはそれぞれ組成比を示し、0<d<1であって、Mの電気陰性度をXとした場合、
1.41X-1.05≦d≦A1・exp(-X/t1)+y0
A1=1.68×10 12 ,t1=0.0306,y0=0.59958であり、
前記ペロブスカイト型酸化物が、下記一般式(2)で表され、
(Pb a1 α a2 )(Zr b1 Ti b2 β b3 )O (2)
Pb及びαはAサイト元素であり、
Zr、Ti、及びβはBサイト元素であり、βはNb,Ta,V,Sb及びScの中から選ばれた少なくとも1つであり、
a1、a2、b1、b2、b3及びcはそれぞれ組成比を示し、0.5≦a1、0≦a2<0.5、0<b1<1、0<b2<1、0.14≦b3/(b1+b2+b3)≦0.4、であり、
前記圧電体層を構成する前記ペロブスカイト型酸化物の結晶粒の(100)もしくは(001)面方位の結晶軸方向と、前記基板の面の法線とのなす角度が6°未満であり、
前記成長制御層は、前記圧電体層の前記ペロブスカイト型酸化物と格子マッチングしない構造を有する、圧電素子。
【請求項10】
前記成長制御層は、アモルファス構造である、請求項1から9のいずれか1項に記載の圧電素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
優れた圧電性及び強誘電性を有するチタン酸ジルコン酸鉛((Pb(Zr,Ti)O)、以下においてPZTという。)からなる薄膜が知られている。PZT膜はその強誘電性を生かし、不揮発性メモリである強誘電体メモリ(FeRAM:Ferroelectric Random Access Memory)に使用されている。さらには近年、MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)技術との融合により、PZT膜を用いたMEMS圧電素子が実用化されつつある。PZT膜は、インクジェットヘッド(アクチュエータ)、マイクロミラーデバイス、角速度センサ、ジャイロセンサ、及び振動発電デバイスなど様々なデバイスへと展開されている。
【0003】
特に被置換イオンの価数よりも高い価数を有する各種ドナイオンを添加したPZTでは、真性PZTよりも強誘電性能等の特性が向上することが1960年代より知られている。PZTペロブスカイト構造のAサイトでは、サイトのPb2+を置換するドナイオンとして、Bi3+、及びLa3+等の各種ランタノイドのカチオンが知られている。BサイトのZr4+及び/又はTi4+を置換するドナイオンとして、V5+,Nb5+,Ta5+,Sb5+,Mo6+,及びW6+等が知られている。
【0004】
Bサイトのドナイオンの効果として、例えば、Nbをドナイオンとした場合、ドープ量に応じて特性が向上することが確認されている。特許文献1には、Pb[(ZrTi1-a1-yNb]Oで表されるペロブスカイト型酸化物膜において0.1≦yとすることで高い圧電特性を得ることができる旨開示されている。また、特許文献2においては、0.14<yとすることで、良好な圧電定数を維持しつつ、消費電力が抑えられる圧電体膜が得られる旨開示されている。特許文献1、2においては、非平衡状態を利用したスパッタプロセスを用いることでPZTのBサイトに高い濃度でNbをドープする手法が提案されている。
【0005】
また、特許文献3には、NbとMgを共ドープすることで、Nbを安定的に高い濃度でドープしたペロブスカイト型酸化物の形成方法が提案されている。
【0006】
一方、特許文献4では、同様にスパッタプロセスを用い、ペロブスカイトの(100)面方位の結晶軸方位が法線方向から6°以上45°以下傾いた圧電体膜を得ることが開示されている。
【0007】
しかし、PZT膜は、成膜の際に、不純物相であるパイロクロア(pyrochlore)相が生成され易い。パイロクロア相は常誘電体であるため、PZT膜の誘電率及び圧電特性の悪化が起こる。特に、PZTペロブスカイト構造において、Bサイトにドナイオンをドープすると、準安定状態であるパイロクロア相の形成を促進させてしまう傾向がある。
【0008】
他方、PZT膜の成膜においてパイロクロア相の生成を抑制する手法として、Pbの安定性を制御するために、成長制御層(シード層、バッファー層、あるいは配向制御層とも呼ばれる)の導入が検討されている。例えば、特許文献5では、白金(Pt)薄膜上にBaTiOを配向制御層として形成し、その上にPbTiOをCVD(Chemical Vapor Deposition)法により形成する方法が開示されている。また、特許文献6では、配向制御層として酸素八面体構造を有する材料を用いることで良好な結晶性のPZT膜を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2008-270704号公報
【文献】特開2014-203840号公報
【文献】特開2012-39037号公報
【文献】特開2011-181828号公報
【文献】特開平7-142600号公報
【文献】特開2001-223403号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1~4等のようなスパッタ成膜によれば、PZT膜においてBサイトへ高い濃度でドナイオンをドープすることが可能となる。しかしながら、Bサイトへのドナイオンのドープ量がある程度以上に増えると、ドープ量の増加につれて、パイロクロア相が生じやすくなり、ドープによる効果がパイロクロア相の発生によって相殺されてしまい、十分な効果を発揮できなくなるという問題がある。多くの場合、PZTの成膜初期の界面領域において成膜基板表面で原子が移動してしまうマイグレーションが発生してしまう。そのため、初期核領域に安定なペロブスカイト構造を形成することができず、パイロクロア相が発生してしまう。特許文献3のように結晶軸方位に6°以上の傾きが生じるのは、マイグレーションが生じた結果、面内方向への移動が促進され、成長方向が乱れ基板法線方向に対し角度がついた状態で結晶が成長するためと考えられる。
【0011】
特許文献5では、Pt薄膜上にBaTiOを備え、その上にPbTiO層を形成することによってPt薄膜の配向性を受け継いだPZT層を形成することができると記載されている。そして、PZTと同じ酸化物であり、かつ、PZTに格子定数が比較的近い化合物であれば同様の効果が期待できるとして、チタン酸ストロンチウム(SrTiO)、酸化バリウム(BaO)、酸化ストロンチウム(SrO)、酸化セレン(CeO)、酸化マグネシウム(MgO)などの化合物が配向制御層の例として挙げられている。しかしながら、特許文献5では電極がPt膜に限定されており、他の電極を用いた場合については検討されていない。
【0012】
特許文献6では、配向制御層としてペロブスカイト構造などの酸素八面体構造を有する材料を用いることで、単相のPZT膜が得られる。しかしながら、特許文献6では配向制御層の結晶構造と格子マッチングをさせることで単相のPZT膜を成長させているため、配向制御層は特定の結晶構造に限られる。
【0013】
しかしながら、特許文献5、6では、Bサイトへのドナイオンのドープについて、及びドープ濃度を高くするための方策については検討されていない。
【0014】
すなわち、PZT膜の成膜において、パイロクロア相を生じさせることなく、Nbを高い濃度でドープしたPZT膜を安定的に実現する手法は、未だ十分に確率できていない。
【0015】
本開示は、上記事情に鑑みてなされたものであって、パイロクロア相を有さず、Pbを含有するペロブスカイト型酸化物のBサイトに、高いドープ量でドナイオンがドープされてなる圧電体層を備えた圧電素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本開示の技術は以下の態様を含む。
<1>
基板上に、下部電極層、成長制御層、鉛をAサイトの主成分として含有するペロブスカイト型酸化物を含んで構成される圧電体層、及び上部電極層をこの順に備えた圧電素子であって、
成長制御層が、下記一般式(1)で表される金属酸化物を含んでおり、
1-d (1)
Mはペロブスカイト型酸化物のAサイトに置換可能な1以上の金属元素であり、
Nは、Sc、Zr、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Mn、Fe、Ru、Co、Ir,Ni、Cu、Zn、Ga、Sn、In及びSbの中から選択される少なくとも1つを主成分とし、
Oは酸素元素であり、
d及びeはそれぞれ組成比を示し、0<d<1であって、Mの電気陰性度をXとした場合、
1.41X-1.05≦d≦A1・exp(-X/t1)+y0
A1=1.68×1012,t1=0.0306,y0=0.59958であり、
ペロブスカイト型酸化物が、下記一般式(2)で表され、
(Pba1αa2)(Zrb1Tib2βb3)O (2)
Pb及びαはAサイト元素であり、
Zr、Ti、及びβはBサイト元素であり、βはNb,Ta,V,Sb及びScの中から選ばれた少なくとも1つであり、
a1、a2、b1、b2、b3及びcはそれぞれ組成比を示し、0.5≦a1、0≦a2<0.5、0<b1<1、0<b2<1、0.14≦b3/(b1+b2+b3)≦0.4、であり、
圧電体層を構成するペロブスカイト型酸化物の結晶粒の(100)もしくは(001)面方位の結晶軸方向と、基板の面の法線とのなす角度が6°未満である、圧電素子。
<2>
電気陰性度が1.1以下である<1>に記載の圧電素子。
<3>
一般式(1)のMが、Li、Na、K、Mg、Ca、Sr、Ba、La、Cd、及びBiの中から選択される少なくとも1つを主成分とする<1>又は<2>に記載の圧電素子。
<4>
一般式(1)のMがBa、La及びSrの少なくとも1つを含む<1>又は<2>に記載の圧電素子。
<5>
0.2≦d
である<1>から<4>のいずれかに記載の圧電素子。
<6>
0.3≦d
である<1>から<4>のいずれかに記載の圧電素子。
<7>
0.45≦d
である<1>から<4>のいずれかに記載の圧電素子。
<8>
成長制御層の膜厚が0.63nm以上170nm以下である<1>から<7>のいずれかに記載の圧電素子。
<9>
成長制御層の膜厚が0.63nm以上40nm以下である<1>から<7>に記載の圧電素子。
<10>
一般式(1)のNがRu、Ir、Sn、Ni、Co、Ta、又はNbである<1>から<9>のいずれかに記載の圧電素子。
【発明の効果】
【0017】
本開示によれば、パイロクロア相を有さず、Pbを含有するペロブスカイト型酸化物のBサイトに、高いドープ量でドナイオンがドープされてなる圧電体層を備えた圧電素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本開示の一実施形態の圧電素子の概略構成を示す断面図である。
図2】成長制御層の組成比dとパイロクロア相のX線回折強度との関係を示す図である。
図3】電気陰性度と成長制御層の組成比dとの関係を示す図である。
図4】電気陰性度と成長制御層の組成比dとの関係を示す図である。
図5】成長制御層の膜厚とパイロクロア相のXRD強度との関係を示す図である。
図6】成長制御層の膜厚とペロブスカイト構造の(100)のXRD強度との関係を示す図である。
図7】成長制御層を介さず下部電極上に成長させたPZT膜のEBSDのイメージクオリティマップである。
図8】BaRuOからなる成長制御層上に成長させたPZT膜のEBSDのイメージクオリティマップである。
図9】SrRuOからなる成長制御層上に成長させたPZT膜のEBSDのイメージクオリティマップである。
図10】成長制御層を介さず下部電極上に成長させたPZT膜のTEM像である。
図11】BaRuOからなる成長制御層上に成長させたPZT膜のTEM像である。
図12】SrRuOからなる成長制御層上に成長させたPZT膜のTEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。本開示に段階的に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本開示に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
【0020】
図1は、本実施形態の圧電素子の断面模式図である。図1に示すように、圧電素子1は、基板10上に、下部電極層12、成長制御層14、圧電体層16及び上部電極層18が、順に積層された素子である。圧電素子1は、圧電体層16に対して、下部電極層12と上部電極層18とにより厚み方向に電界が印加されるように構成されている。
【0021】
基板10としては特に制限なく、シリコン、ガラス、ステンレス鋼(SUS)、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、アルミナ、サファイヤ、シリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板10としては、シリコン基板の表面にSiO酸化膜が形成されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
【0022】
下部電極層12は、圧電体層16に電圧を加えるための電極である。下部電極層12の主成分としては特に制限なく、金(Au)、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)、タンタル(Ta)、アルミニウム(Al)、銅(Cu)、銀(Ag)等の金属、酸化インジウム(ITO:Indium Tin Oxide)、酸化イリジウム(IrO)、酸化ルテニウム(RuO)、LaNiO、及びSrRuO等の金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。下部電極層12としては、Irを用いることが特に好ましい。
【0023】
上部電極層18は、上記下部電極層12と対をなし、圧電体層16に電圧を加えるための電極である。上部電極層18の主成分としては特に制限なく、下部電極層12で例示した材料の他、クロム(Cr)等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。
【0024】
なお、本明細書において、上部、下部は天地を意味するものではなく、圧電体層16挟んで設けられる一対の電極層のうち、基板側に配置される電極層を下部電極層、基板と反対側に設けられる電極層を上部電極層と称しているに過ぎない。
【0025】
下部電極層12と上部電極層18の厚みは特に制限なく、50nm~300nm程度であることが好ましい。
【0026】
圧電体層16は、PbをAサイトの主成分として含有するペロブスカイト型酸化物(以下において、Pb含有ペロブスカイト型酸化物と称す。)を含む。圧電体層16は、基本的にはPb含有ペロブスカイト型酸化物からなる。但し、圧電体層16はPb含有ペロブスカイト型酸化物の他に不可避不純物を含んでいてもよい。ペロブスカイト型酸化物は、一般にABOで表される。なお、本明細書において「主成分」とは50mol%以上を占める成分であることを意味する。すなわち、「PbをAサイトの主成分として含有する」とは、Aサイト元素中、50mol%以上の成分がPbであることを意味する。Aサイト中の他の元素及びBサイトの元素は問わない。
【0027】
Pb含有ペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(2)で表される。
(Pba1αa2)(Zrb1Tib2βb3)O (2)
式中、Pb及びαはAサイト元素であり、αはPb以外の少なくとも1種の元素である。Zr、Ti及びβはBサイト元素であり、βはNb,Ta,V,Sb及びScの中から選ばれた少なくとも1つである。
a1、a2、b1、b2、b3及びcはそれぞれ組成比(モル比)を表し、0.5≦a1、0≦a2<0.5、0<b1<1、0<b2<1、0.14≦b3/(b1+b2+b3)≦0.4、であり、(a1+a2):(b1+b2+b3):c=1:1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内で標準値からずれてもよい。
【0028】
Pb含有ペロブスカイト型酸化物において、Pb以外のAサイト元素としては、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)、ランタン(La)、カドミウム(Cd)、及びビスマス(Bi)などが挙げられる。αはこれらのうちの1つもしくは2以上の組み合わせである。
【0029】
また、Ti、Zr以外のBサイト元素としては、一般に、スカンジウム(Sc)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、ルテニウム(Ru)、コバルト(Co)、イリジウム(Ir)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)、スズ(Sn)及びアンチモン(Sb)などが挙げられる。しかし、本開示の技術において、βは、Pb含有ペロブスカイト型酸化物のBサイトにおいてドナイオンとして機能し、高い圧電性を呈する元素である、Nb,Ta,V,Sb及びScの中の1つもしくは2以上の組み合わせである。
【0030】
圧電体層16の膜厚は特に制限なく、通常200nm以上であり、例えば0.2μm~5μmである。圧電体層16の膜厚は1μm以上が好ましい。
【0031】
そして、圧電体層16は、その圧電体層16を構成するペロブスカイト型酸化物の結晶粒の(100)もしくは(001)面方位の結晶軸方向と、基板10の下部電極が積層された面の法線とのなす角度が6°未満である。
【0032】
成長制御層14は、一般式(1)で表される金属酸化物を含む。成長制御層14は基本的には、一般式(1)で表される金属酸化物からなる。但し、不可避不純物を含んでいてもよい。
1-d (1)
ここで、Mは成長制御層14の上層に備えられるPb含有ペロブスカイト型酸化物のAサイトに置換可能な1以上の金属元素からなり、かつ、電気陰性度が0.95未満である。Mは、電気陰性度が1.17以下となる範囲で、Li、Na、K、Mg、Ca、Sr、Ba、La、Cd、及びBiの群より選択される少なくとも1つを主成分とすることが好ましい。本明細書において「少なくとも1つを主成分とする」とは、1つの元素のみで主成分を構成するものとしてもよいし、2つ以上の元素の組み合わせを主成分としてもよいことを意味する。Mは上記金属元素以外のAサイトに置換可能な金属元素を含んでいてもよい。Mが2以上の金属元素からなる場合、Mの電気陰性度は、それぞれの金属元素の電気陰性度×その金属元素のM中における含有割合の和、とする。
【0033】
NはSc、Zr、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Mn、Fe、Ru、Co、Ir、Sn、Ni、Cu、Zn、Ga、In及びSbの群より選択される少なくとも1つを主成分とする。NはPb含有ペロブスカイト型酸化物においてBサイト元素として機能し得る金属種からなる。Nは上記金属元素以外のBサイト元素を含んでいてもよい。
Oは酸素元素である。
d及びeは組成比を示し、0<d<1であって、Mの電気陰性度をXとした場合、
1.41X-1.05≦d≦A1・exp(-X/t1)+y0
A1=1.68×1012,t1=0.0306,y0=0.59958である。
なお、組成比eはM、Nの価数によって変化する。
【0034】
なお、Pb含有ペロブスカイト型酸化物のAサイトに置換可能な金属元素、Bサイトに置換可能な元素であるか否かは、A,B,O三種類の相対的イオンの大きさ、すなわちイオン半径によって定まる。Netsu Sokutei 26 (3) 64-75によれば、ペロブスカイト型酸化物ではAサイトは12配位、Bサイトは6配位をとるため、ペロブスカイト型構造をとるためには交互に積み重なったAO、BO層のサイズに依存することになる。これを定量的な尺度として表したのがトレランスファクターtであり、これは次式で表される。
t=(rA+rO)/{√2(rB+rO)}
ここでrA,rB,rOはそれぞれA,B,Oイオンのそれぞれの位置でのイオン半径である。
通常ペロブスカイト型酸化物はt=1.05~0.90前後で出現し、理想的なペロブスカイト型構造はt=1で実現される。本明細書においては、Aサイトに置換可能な元素、Bサイトに置換可能な元素は、トレランスファクターが1.05~0.90を満たすものと定義する。なお、イオン半径はShannonにより作成されたイオン半径表のものを用いる。シャノンのイオン半径については、R. D. Schannon, Acta Crystallogr. A32, 751 (1976)に記載されている。
【0035】
上記の条件を満たす成長制御層14を備えることによって、パイロクロア相がほとんどないペロブスカイト型酸化物からなる圧電体層16を形成することができることを、本発明者らは見出した(後記の試験1参照)。本明細書において、「パイロクロア相がない」とは、通常のXRD(X-ray diffraction)測定において、パイロクロア相の回折ピークが観察されないことをいう。
【0036】
成長制御層14中の、Aサイトに置換可能な金属元素であるMの電気陰性度Xをパラメータとして、Mの組成比を上記範囲とすることにより、パイロクロア相を出現させず、単層のPb含有ペロブスカイト型酸化物層を成膜できる。
【0037】
既述の通り、従来の成長制御層は、ペロブスカイト構造あるいは、酸素八面体構造を有するものに限られていた。しかしながら、電気陰性度を適切な範囲にすることで、成長制御層は、ペロブスカイト酸素構造などの八面体構造を有するものに限られることなく、さらには、アモルファス構造からなる層を用いることもできる。
【0038】
従来は、成長制御層を種結晶として作用させ、その上に形成されるPZTを微視的にエピタキシャル成長させることで、良好な結晶性のPZTを得ていた。一方、本開示においては、格子マッチングは必ずしも必要とされない。成長制御層14は、Pb含有ペロブスカイト酸化物のAサイトに置換可能な元素を含んでいることから、Pb不足になりやすい界面近傍において、擬似的にPb雰囲気を作ることができ、圧電体層16の初期形成時からペロブスカイト構造を安定に形成することができると考えられる。圧電体層16の成長制御層14との界面においてペロブスカイト構造のAサイトの一部は成長制御層14のMにより構成されていると考えられる。しかし、Pb含有ペロブスカイトの全域に亘ってMがドープされるわけではないことから、圧電性への影響はない。また、界面においてMの作用によってペロブスカイト構造の形成が促進され、パイロクロア相の生成を抑制することができ、パイロクロア相を生じさせることなく、圧電体層を形成することができる。
【0039】
また、従来は、Bサイトにドナイオンをドープすると、パイロクロア相が生成し易く、ドープ量が0.14を超えたもので、パイロクロア相を備えていないものを安定的に作製するのは困難であった。しかし、本開示の技術においては、圧電体層16は、全域に亘って、0.14≦b3/(b1+b2+b3)≦0.4、を満たす、Pb含有ペロブスカイト型酸化物膜である。ドープされるドナイオンの量であるβ量はb3/(b1+b2+b3)で定義される。既述の成長制御層14を備えることにより、0.14≦b3/(b1+b2+b3)≦0.4、を満たす、Pb含有ペロブスカイト型酸化物膜をパイロクロア相を生じさせることなく成膜することができる。Nb量は0.14超えが好ましく、また、0.33以下が好ましい。
【0040】
圧電体層16を構成するペロブスカイト型酸化物の結晶粒の(100)もしくは(001)面方位の結晶軸方向と、基板10の下部電極が積層された面の法線とのなす角度が6°未満であることは、ペロブスカイト型酸化物の初期形成時において、マイグレーションが大幅に抑制されていることを意味する。マイグレーションが抑制されたことにより、パイロクロア相の発生が抑制されて、パイロクロア相を備えていないPb含有ペロブスカイト型酸化物膜を生成することができる。
【0041】
β量が0.14以上の範囲でかつパイロクロア相を備えていないPb含有ペロブスカイト型酸化物膜からなる圧電体層は、Bサイトへのドナイオンのドープ量に伴って上昇する圧電性の向上効果を十分に得ることができる。
【0042】
また、上記条件を満たす成長制御層を備えることによって、成長制御層上に設ける圧電体層のPb量の許容範囲を広げることができるという効果もある。具体的には、0.5<a1/(b1+b2+b3)≦1.5と極めて広い組成域においてペロブスカイト形成が可能である(後記実施例参照。)。0.5<a1/(b1+b2+b3)<1.07とすることで、高湿環境下においても高い駆動信頼性を得ることができる。上記成長制御層14を備えることにより、Pbを過剰に添加することなく、Pb含有ペロブスカイト型酸化物膜からなる圧電体層16を安定に形成することができる。
【0043】
なお、成長制御層14は、MがBaを主成分とすることが好ましく、MがBaであることが特に好ましい。MがBaを50mol%以上含むことで、dの許容される範囲を格段広げることができ、好ましい。また、MがBaを含む場合、成長制御層がない場合及びBaを含まない成長制御層を備えた場合と比較して、成長制御層上に設ける圧電体層の成膜温度を大幅に低くすることができる。
【0044】
1-dにおいて、0.2≦dが好ましく、0.3≦dがより好ましく、0.45≦dが特に好ましい。
dを0.2以上とすることで、Mとして用いることができる元素種の選択肢を増やすこができる。dを0.3以上、0.45以上とすることによって、さらに、元素種の選択肢を増やすことができる。
【0045】
成長制御層14の膜厚は0.63nm以上170nm以下であることが好ましく、0.63nm以上40nm以下であることがより好ましく、0.63m以上10nm以下であることが特に好ましい。成長制御層14の膜厚は0.63nm以上であれば、パイロクロア相を抑制する効果を十分得ることができる。また、40nm以下であれば、良好なペロブスカイト構造を得る効果が高い。
【0046】
また、Nは、Ru、Ir、Ta、Sn、Zr、Ni、Co又はNbであることが好ましい。又はNbであることが好ましい。Nがこれらの金属である場合、異相が出にくいため、スパッタ成膜時に使用するターゲットを高密度に作製しやすい。特にRu、Ie,Snにおいては高い導電率の成長制御層14とすることができるので、成長制御層14を下部電極の一部としても機能させることができる。
【0047】
[試験1]
上記成長制御層の条件は、異なる組成の成長制御層のサンプルを作製し、評価を行った結果に基づいて決定した。以下に、成長制御層の条件の決定に用いたサンプルの作製方法及び評価方法を説明する。
【0048】
(サンプルの作製方法)
<成膜基板>
成膜基板として、熱酸化膜が1μm形成されている25mm角のSi基板上に10nm厚のTi密着層と150nm厚のIr下部電極層が順次積層されている基板を用いた。
【0049】
<成長制御層の成膜>
パスカル社製の複数のターゲットを独立に制御可能なスパッタリング装置を用いた。スパッタリング装置内に下部電極付きの基板を載置し、真空度0.8Paになるようにアルゴン(Ar)をフローし、基板温度が500℃になるように設定した。組成比の異なる成長制御層の成膜のために、複数のターゲットを用いる共スパッタの手法を用いた。共スパッタ時のターゲット配置は、ターゲットが基板直下に来る配置ではなく、基板とターゲットが斜めに配置された構造にすることによって、複数のターゲットの成膜を同一環境下で同時に実現することが可能になる。成膜時に各ターゲットに投入するパワーを制御することで、異なる組成及びの成長制御層を成膜した。
【0050】
なお、組成比の異なる成長制御層を成膜する前に、予め成長制御層組成評価行い、所望の組成比の成長制御層を得るための条件出しを行った。具体的には、成長制御層組成評価用に別途基板を準備し、蛍光X線(XRF:X-ray Flourescence)にて組成評価を実施し、組成の条件を決定した。評価装置にはPANalytical社製蛍光X線装置アクシオスを用いた。条件出し過程においては、十分な蛍光X線強度を得るために、組成評価のための層の膜厚は300nmとした。膜厚測定には、アルバック社製触診式膜厚計デックタック6Mを用いた。条件出しに当たって、スパッタ成膜時の各ターゲットへの投入電力を調整することで組成を制御した。また、所望の膜厚になるように成膜時間を調整した。このようにして得られた条件を用い、後記表1に示す成長制御層を備えたサンプルを作製した。
【0051】
<圧電体層の成膜>
成膜装置としてRF(radio frequency)スパッタリング装置(アルバック社製スパッタリング装置MPS型)を用いた。ターゲット材には直径120mmのPb(Zr0.52-d/2Ti0.48-d/2Nb)の焼結体を用いた。ここでは、d=0.12のNbドープ量、X=1.15のPb量のターゲット材を用いた。ターゲットと基板との間の距離は60mmとした。
RFスパッタリング装置内に、成長制御層を備えた下部電極付き基板を載置し、真空度0.3Pa、Ar/O混合雰囲気(O体積分率2.0%)の条件下で、Pba1(Zrb1Tib2Nbb3)Oで示されるNbドープPZT膜(以下、単にPZT膜という。)を圧電体層として成膜した。膜厚は1.0μmとした。なお、成長制御層を備えていないサンプルを作製する場合には、成長制御層を備えていない下部電極付き基板をスパッタリング装置内に設置する以外は、上記と同様にして圧電体層を成膜した。
基板温度650℃とし、ターゲットに500Wの電力を投入した。
成長制御層上に、650℃の基板温度(成膜温度)でPZT膜を成膜した。
【0052】
(評価方法)
<PZT組成評価>
得られたPZT膜についてXRFにて組成評価し、組成を求めた。A-サイトにおけるPb量はその不安定さゆえに成膜温度に伴い変化する。そこで、Pb量はPb/(Zr+Ti+Nb)と定義している。B-サイト元素は、成膜温度によらず一定であるためZr+Ti+Nb=1となるように組成比を算出した。
成膜後のPZT膜のPb量およびNb量はターゲット組成および成膜温度に依存する。ここでは、全てのサンプルで両者を一定としているので、成膜後のPZT膜におけるPb量およびNb量は一定であった。Pb量は1.065であり、Nb量は0.141であった。
Nb量はNb/(Zr+Ti+Nb)である。全てペロブスカイト構造として形成されている場合、Nb/(Zr+Ti+Nb)=b3/(b1+b2+b3)であり、Pb/((Zr+Ti+Nb)=a1/(b1+b2+b3)である。
【0053】
<PZT結晶性評価>
RIGAKU製、RINT-ULTIMAIIIを用いてXRDにてPZT結晶性評価を実施した。得られたデータから、異相であるパイロクロア相の強度を算出し、評価した。パイロクロア相が検出される領域は、XRD回折29°近傍である。得られたXRD回折29°近傍のパイロクロア相(200)面の回折強度について以下の基準で評価した。
A:100cps以下
B:100cps超、1000cps以下
C:1000cps超
なお、100cpsはノイズと同程度であり、29°近傍において100cpsを超えるピークがない場合には、パイロクロア相はXRDでは検出されないレベルであることを意味する。評価Bの範囲であれば、パイロクロア相は従来と比較して十分に抑制されており、圧電性の低下は許容される範囲である。なお、表中において、100cps以下の場合は1×10、10000cps以上の場合は1×10として表記されている。
【0054】
表1に各サンプルのMの組成、電気陰性度、組成比d、Nの組成、及びPZTの成膜温度下限値を示す。また、各サンプルについてのパイロクロア相の強度、判定結果を示す。
【表1】
【0055】
サンプルNo.1~9は成長制御層として、M=Ba、N=RuとしたBaRu1-dを用い、dを変化させたサンプルである。M、すなわちBaの電気陰性度は0.89である。
【0056】
サンプルNo.10~12は成長制御層として、M=Ba、N=TaとしたBaTa1-dを用い、dを変化させたサンプルである。Baの電気陰性度は0.89である。
【0057】
サンプルNo.13~19は成長制御層として、M=Ba,Sr、N=Ruとした(Ba,Sr)Ru1-dを用い、BaとSrとの比を変化させることでMの電気陰性度を0.90~0.94の範囲で変化させ、かつdを変化させたサンプルである。
【0058】
サンプルNo.20~28は成長制御層として、M=Sr、N=RuとしたSrRu1-dを用い、dを変化させたサンプルである。Srの電気陰性度は0.95である。
【0059】
サンプルNo.29~36は成長制御層として、M=La、N=RuとしたLaRu1-dを用い、dを変化させたサンプルである。Laの電気陰性度は1.1である。
【0060】
図2に、成長制御層として、BaRu1-dを用いたサンプル1~9、成長制御層としてSrRu1-dを用いたサンプル20~28及び成長制御層としてLaRu1-dを用いたサンプル29~30について、それぞれ成長制御層中Mの組成比dとパイロクロア相のXRD強度との関係を図2に示す。
【0061】
図2に示すように、Baを用いた場合、非常に広い組成範囲0.2≦dにおいてパイロクロア相が十分抑制されたPZT膜を得ることができた。
【0062】
図2から、MがLa、Sr、Baそれぞれの場合について、パイロクロア相のXRD強度が10以下を満たす組成比dの範囲を表2の通り抽出した。
【表2】
【0063】
表2に示すMの電気陰性度を横軸、組成比dを縦軸として、組成下限及び上限の値をそれぞれプロットしたグラフを図3に示す。図3において、組成下限値については直線で、組成上限については曲線でフィッティングを行った。組成下限Mminを示す直線、組成上限を示すMmaxは、それぞれ電気陰性度Xの関数として下記の式で表すことができた。
min=1.41X-1.05
max=A1・exp(-X/t1)+y0
A1=1.68×1012,t1=0.0306,y0=0.59958
【0064】
組成下限、及び組成上限に挟まれる領域、すなわち、Mの組成dが、Mmin≦d≦Mmaxの範囲であれば、パイロクロア相を十分抑制できると推定される。
1.41X-1.05≦d≦A1・exp(-X/t1)+y0
【0065】
図3に示すように、電気陰性度Xが小さいほど組成比dの取り得る範囲が広がる。この組成比dの取り得る範囲は電気陰性度X=0.95を境に急激に広がることから、電気陰性度としては0.95未満と規定した。組成比dの取り得る範囲が広ければ、大面積化を行った際に、面内における組成ばらつきを許容できる範囲が広がるため、温度制御などの成膜における制御を簡素化することができ、低コストな製造が可能となる。
【0066】
図4に、表1に示した各サンプルを横軸電気陰性度、縦軸組成比dでプロットしたグラフを示す。図4中にMmax及びMminを併せて示す。図4では、表1においてパイロクロア相に関する評価がAもしくはBであるサンプルを白抜き円マーカー(〇)で示し、評価Cであるサンプルを黒円マーカー(●)で示す。マーカーの近傍に付された番号はサンプルNo.を示す。図4に示すように、関数Mmax、Mminで挟まれた領域はすべてAもしくB評価のサンプルであった。
【0067】
以上の通り、上記試験結果に基づいて、本開示の成長制御層の取り得る電気陰性度及び組成比を、Mmax≦d≦Mmin、と規定した。
【0068】
maxとMminはX=1.17で交差する。すなわち、電気陰性度の取り得る最大値は1.17である。
【0069】
MとしてBaを用いた場合、0.2≦dでパイロクロア相のないPb含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体層を得ることができる。0.3≦dとすることで取り得る電気陰性度の範囲を広げることができるので、Mの選択肢を広げることができる。0.45≦Dとすることで、さらにMの選択肢を広げることができる。
なお、MにBaよりも電気陰性度の低いKを含めれば、電気陰性度を低くすることができるので、その場合には、dは0.2未満の値を取り得る。
【0070】
[試験2]
Ba0.45Ru0.55Oを成長制御層として、その膜厚を変化させたサンプルを作製し、PZT膜の結晶性の成長制御層の膜厚依存性について調べた。作製方法は、上記サンプルの作製方法と同様とし、成長制御層の膜厚のみ、0.5nm~170nmの間で変化させた。
【0071】
各サンプルの圧電体層について、上記のPZT結晶性評価と同様にして、パイロクロア相のXRD強度を測定した。得られた結果を図5に示す。図5は、成長制御層の膜厚とパイロクロア相の反射強度との関係を示すグラフである。
【0072】
図5に示すように、膜厚を0.63nm以上とすることで、十分なパイロクロア相の抑制効果を得ることができることが分かった。
【0073】
また、各サンプルの圧電体層について、PZT結晶性評価と同様にしてXRD測定を行った。ここでは、取得したデータからペロブスカイト構造の(100)によるXRD強度を算出した。ペロブスカイト構造の(100)のピーク強度が高いほど、良好な結晶性のペロブスカイト型酸化物が得られていることを意味する。得られた結果を図6に示す。図6は、成長制御層の膜厚とペロブスカイト構造の(100)のXRD強度との関係を示すグラフである。
【0074】
図6に示すように、膜厚5nm程度で回折強度がピークとなり、最も結晶性が良好な圧電体層を得ることができることが分かった。膜厚が5nmを超えて厚くなるにつれて回折強度が低下している。XRD強度が1×10cps以上であるより結晶性の良いペロブスカイト型酸化物を得るには、膜厚40nm以下とすることが好ましい。
【0075】
以上の結果から、成長制御層の膜厚は0.63nm以上、170nm以下が好ましく、さらには、0.63nm以上、40nm以下であることが好ましいことが明らかである。
【実施例
【0076】
(実施例及び比較例の作製)
1-d成長制御層のd及びPba1(Zrb1Tib2Nbb3)O圧電体層のBサイトの組成比を変化させて実施例及び比較例を作製した。各例における成長制御層の種類、d及びNb量は表3に示す通りとした。表3においては、Nb量は{b3/(b1+b2+b3)}×100で示している。なお、a1/(b1+b2+b3)=1.35としてPb量は一定とした。
作製方法は、上記サンプルの作製方法と同様とした。Nbのドープ量が異なるターゲットを用いて、下記表3に示す所望のNb量の圧電体膜を得た。
【0077】
(評価)
<結晶性>
上記試験の場合と同様にPZT結晶評価にはRIGAKU製、RINT-ULTIMAIIIを用いた。XRDチャートにおいて、異相であるパイロクロア相の有無を評価した。XRD回折29°近傍のパイロクロア相の回折ピークが観察されない場合には「無」、観察された場合には「有」と評価した。結果を、表3に示す。また、パイロクロア相の回折ピークが観察され、かつペロブスカイト構造の回折ピークが観察されなかった場合には、(pyroのみ)と注釈を付した。
【0078】
<角度>
EBSD(電子後方散乱回折法:Electron Back Scattered Diffraction Pattern)によるイメージクオリティマップを取得し、その画像から結晶軸の基板面法線に対する傾き角度を求めた。日本電子株式会社製SEM(JSM-7001F)を用い、EBSD測定には、TSLソリューション株式会社製OIMソフトウエアVer7.3を用いた。EBSD条件として、
加速電圧:30kV
試料傾斜角:40°
測定領域:3.0μm×1.2μm
測定STEP:0.01μmとした。
【0079】
上記条件で取得したイメージクオリティマップ(図10参照)において、結晶粒の上辺の中点と下辺の中点を結ぶ線(図10中実線で示す)と垂線(図10中破線で示す。)のなす角度θを測定した。結晶粒の上辺の中点と下辺の中点を結ぶ線の方向が結晶粒の成長方向であり、(100)もしくは(001)面方位の結晶軸方向である。垂線は基板面の法線である。30個の粒子について角度を測定し、その平均をとった。
なお、パイロクロア相のみである場合には、角度測検出できなかった。
【0080】
表3において、基板温度525~750℃の範囲でペロブスカイト構造が得られたものにはA、ペロブスカイト構造が得られなかったものには-を示している。ペロブスカイトの結晶性は、上記と同様にし、XRDを用いてパイロクロア相のXRD強度を算出して、評価した。
【0081】
表3に各実施例及び比較例の組成及び評価結果をまとめて示す。
【表3】
【0082】
表3に示す通り、本開示の技術の実施例はパイロクロア相がなく、角度は6°未満であった。Nb量が14mol%以上33%以下の範囲でパイロクロア相がなく、かつ角度が6°未満のペロブスカイト構造のPZT膜を得ることができた。
【0083】
比較例5、実施例4、及び実施例14についてEBSDのイメージクオリティマップを図7~9に示す。図7に示す比較例5では、例えば、破線で囲む結晶粒のように垂線から傾きを有する方向に結晶軸が延びている様子が観察される。一方、図8、9に示す実施例4、実施例14については、結晶粒は垂線にほぼ沿っているように観察される。マップ中の黒い領域はEBSDによる結晶方位の特定が困難であった領域である。それらは、粒界付近など、欠陥の影響により測定が困難であった箇所、あるいは微小な結晶粒の箇所であると推測される。
【0084】
比較例5、実施例4及び実施例14について、TEM(透過電子顕微鏡:Transmission Electron Microscope)画像を図10~12に示す。図10に示す比較例5のTEM画像においては、圧電体層であるPZTの、下部電極であるTi/Irとの界面領域に、黒い影が観察される。黒い影の部分を拡大図において白色破線で示す。この部分がパイロクロア相である。このように成長制御層を備えていない場合には、パイロクロア相が生じており、このパイロクロア相により、圧電性が低下し、駆動時に剥離が生じる場合がある。一方、図11及び図12に示す実施例4及び実施例14のように、下部電極Ti/Ir層とPZTとの間に成長制御層としてBaRuOあるいはSrRuOを備えている場合には、界面領域においてパイロクロア相は無かった。
【0085】
[検証実験1]
Ba0.45Ru0.55Oを成長制御層として用いた場合、Sr0.46Ru0.54Oを成長制御層として用いた場合、及び成長制御層を備えなかった場合について、Pb量が異なるPZT膜を形成し、ペロブスカイト構造を得ることができる範囲について調べた。
作製方法は、上記サンプルの作製方法と同様とした。但し、Pb量の異なる複数のターゲットを用意し、様々なPb量のPZT膜を成膜した。PZT膜の成膜時、基板温度設定525~750℃とし、ターゲットに500Wの電力を投入した。各組成の成長制御層について、525~750℃の範囲で、パイロクロア相を備えない良好なペロブスカイト構造を有するPZT膜を成膜することができる最も低い温度を調べた。同一の組成の成長制御層上に、525~750℃の範囲の異なる基板温度(成膜温度)でPZT膜を成膜し、サンプルNo毎にPZT膜の成膜温度とPb組成Xが異なる複数のサブサンプルを作製した。
ターゲット材料におけるPb組成X、成膜温度、及び、成膜後のPZT膜におけるPb組成α1の関係は表4に示す通りであった。なお、成膜後におけるPZT膜におけるBサイトへのNbドープ量は成膜温度、Pb量にかかわらず14.1mol%であった。
【0086】
【表4】
【0087】
表5において、Pb量が異なるPZT膜毎に、基板温度525~750℃の範囲で複数ペロブスカイト構造が得られた場合には、最も結晶性が良好なサンプルについて評価した。結晶性の評価は上記と同様の基準で行った。結果を表5に示す。作製しなかった、あるいは評価していないものは表5中「-」を示している。ペロブスカイトの結晶性は、上記と同様に、XRDを用いてパイロクロア相のXRD強度を算出して、評価した。
【0088】
【表5】
【0089】
表5に示すように、成長制御層を備えない場合と比較して、本開示の技術によれば、パイロクロア相を抑制しつつ良好なペロブスカイト構造のPZT膜を成膜可能なPb量の範囲が広い。従って、本開示の圧電素子を適用するデバイス毎に適切な圧電性を有する圧電体膜を備えた圧電素子を提供することが可能となる。特に、電気陰性度<0.95を満たすBa0.45Ru0.55Oを成長制御層として用いた場合、Sr0.46Ru0.54Oをあるいは成長制御層がない場合と比較して、PZT膜におけるPb量の範囲を非常に広い範囲で設定可能であった。
【0090】
なお、Pb量が1.07未満である場合、高湿環境下において高い駆動信頼性を得ることができる。圧電体膜が、0.14≦b3/(b1+b2+b3)≦0.4、すなわち、Bサイト元素のドープ量が14mol%以上、かつ40mol%未満を満たし、かつa1/(b1+b2+b3)<1.07を満たす場合、一般には、パイロクロア相を形成しやすい条件と言える。しかし、本開示の技術において、上述の成長制御層を備えることで、パイロクロア相を十分に抑制することができ、良好なペロブスカイト型酸化物の圧電体層を得ることができる。
【符号の説明】
【0091】
1 圧電素子
10 基板
12 下部電極層
14 成長制御層
16 圧電体層
18 上部電極層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12