(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-02
(45)【発行日】2022-11-11
(54)【発明の名称】線維症治療用医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/4453 20060101AFI20221104BHJP
A61K 31/122 20060101ALI20221104BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20221104BHJP
【FI】
A61K31/4453
A61K31/122
A61P11/00
(21)【出願番号】P 2018182817
(22)【出願日】2018-09-27
【審査請求日】2021-04-27
(73)【特許権者】
【識別番号】303010452
【氏名又は名称】株式会社LTTバイオファーマ
(73)【特許権者】
【識別番号】502054196
【氏名又は名称】学校法人武蔵野大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水島 徹
(72)【発明者】
【氏名】田中 健一郎
【審査官】金子 亜希
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/038771(WO,A2)
【文献】特開昭58-177934(JP,A)
【文献】水野耕介 他,慢性呼吸器疾患における塩酸エペリゾンの効果に関する検討,日本呼吸器学会雑誌,2003年,41(増刊号)、127,P-52
【文献】長谷川大 他,COPDの病態生理学的特徴,日本臨床,2007年,65(4)、639-643,第639頁右欄1.気流制限
【文献】佐藤能啓,Idebenoneのヒト骨格筋への移行性に関する研究,基礎と臨床,1992年,26(6)、2578-2580,第2579頁
【文献】別役智子,肺気腫発症のメカニズム,Connective Tissue,2002年,34、235-245,第239頁右欄
【文献】JAUSLIN Matthias L et al.,Protective effects of Fe-Aox29, a novel antioxidant derived from a molecular combination of Idebenon,Mol Cell Biochem,2007年,302(1-2)、79-85,表1
【文献】百村 伸一,3.臓器の線維化とその治療 4)心臓の線維化とその治療,日本内科学会雑誌,2014年,103(9)、2188-2192,第2189頁左欄
【文献】ABDELAZIM Samy A et al.,Potential antifibrotic and angiostatic impact of idebenone, carnosine and vitamin E in nano-sized ti,Cell Physiol Biochem,2015年,35(6)、2402-2411,
図4
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/4453
A61K 31/122
A61P 11/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I)若しくは式(II)で表される化合物、その医薬として許容し得る塩又はそれらの溶媒和物を含有する、
特発性肺線維症治療用医薬組成物。
【化1】
(式(I)中、R
1はハロゲン原子が置換していてもよいC
1-4アルキル基を示し、lは3~6の整数を示す。
式(II)中、nは8~12の整数を示す。)
【請求項2】
式(I)で表される化合物、その医薬として許容し得る塩又はそれらの溶媒和物を含有する請求項1記載の医薬組成物。
【請求項3】
式(I)において、lが4又は5であり、R
1がメチル基、エチル基又はトリフルオロメチル基である請求項2記載の医薬組成物。
【請求項4】
式(I)において、lが5であり、R
1がメチル基又はエチル基である請求項2又は3記載の医薬組成物。
【請求項5】
式(II)で表される化合物、その医薬として許容し得る塩又はそれらの溶媒和物を含有する請求項1記載の医薬組成物。
【請求項6】
式(II)において、nが10である請求項5記載の医薬組成物。
【請求項7】
経気道投与用に製剤化されている請求項1~
6のいずれか1項記載の医薬組成物。
【請求項8】
経口投与用に製剤化されている請求項1~
6のいずれか1項記載の医薬組成物。
【請求項9】
経静脈投与用に製剤化されている請求項1~
6のいずれか1項記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、線維症治療用医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis;IPF)は、予後不良の難病であり、診断後の生存期間中央値は2.8-4.2年と非常に短い。これまでにIPF治療薬としてステロイドや免疫抑制剤が用いられてきたが、いずれも大規模な臨床試験において、有効ではないことが報告されている。また近年、抗線維化薬として、ピルフェニドンとニンテダニブという2つの新薬が上市された。これらの薬剤は臨床試験でIPF患者の努力肺活量(forced vital capacity;FVC)の低下を抑制したが(非特許文献1~3)、長期間使用した時の有効性に関しては明らかとなっていない。また、両薬剤共に高頻度で重篤な副作用、特に胃腸障害を起こすことが問題となっている(非特許文献2、3)。したがって、より安全で、有効な新規IPF治療薬の開発は大変重要である。
【0003】
IPFの発症・増悪メカニズムは明らかにされていないが、種々の刺激により肺胞上皮細胞が傷害され、それをきっかけに肺線維芽細胞が異常に増殖・活性化することが主な原因であると考えられている(非特許文献4~6)。具体的には、IPF患者の肺組織では、線維芽細胞が活性化した結果、筋線維芽細胞が増加・蓄積していることが報告されている(非特許文献7)。また、動物のIPFモデルにおいてもヒトと同様に筋線維芽細胞が増加・蓄積していることが報告されている(非特許文献8)。その結果、コラーゲンなどの細胞外マトリクスが異常に産生・蓄積し、異常な修復やリモデリングが進行し、肺が線維化していくと考えられている。
【0004】
筋線維芽細胞の由来はいくつか報告されているが、線維芽細胞から分化するものと上皮間葉転換(epithelial-mesenchymal transition;EMT)から分化するものに大別される。具体的には、線維芽細胞にtransforming growth factor(TGF)-β1などの刺激が作用することにより、筋線維芽細胞へと分化することが報告されている(非特許文献9)。一方、TGF-β1が肺胞上皮細胞に作用すると、上皮間葉転換が誘導され、肺胞上皮細胞が筋線維芽細胞に形質転換することも明らかになっている(非特許文献10、11)。したがって、肺胞上皮細胞に傷害性を示すことなく、筋線維芽細胞への誘導を抑制する化合物や線維芽細胞のコラーゲン産生を抑制する化合物はIPFの良い治療薬になると考えられる。実際に、近年上市されたピルフェニドンやニンテダニブは線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化、肺胞上皮細胞のEMT、及び活性化した線維芽細胞のコラーゲン産生を抑制することが報告されている(非特許文献12~14)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Am. J. Respir. Crit. Care Med. 192, e3-e19(2015)
【文献】Lancet 377, 1760-1769(2011)
【文献】N. Engl. J. Med. 370, 2071-2082(2014)
【文献】Am. J. Pathol. 170, 1807-1816(2007)
【文献】Chest 122, 286S-289S(2002)
【文献】Chest 132, 1311-1321(2007)
【文献】Int. J. Mol. Med. 34, 1219-1224(2014)
【文献】Physiol. Rep. 2, (2014)
【文献】Proc. Am. Thorac. Soc. 5, 338-342(2008)
【文献】Am. J. Physiol. Lung Cell Mol. Physiol 293, L525-534(2007)
【文献】Respir Res. 6, 56(2005)
【文献】Eur. J. Pharm. Sci. 58, 13-19(2014)
【文献】BMC Pulm Med. 12, 24(2012)
【文献】J. Pharmacol. Exp. Ther. 349, 209-220(2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、肺胞上皮細胞に傷害性を示すことなく、肺線維芽細胞の選択的細胞死を誘導し、肺の線維化を抑制する新たな線維症治療薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者らは、ヒトでの安全性が充分に確認されている既承認薬から、前記作用を有する薬物を見出すべく種々検討した結果、下記式(I)又は(II)で表される化合物が、肺胞上皮細胞に傷害性を示すことなく、肺線維芽細胞に対して選択的に作用し、優れたin vivoで肺線維化抑制作用を有することを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、次の発明〔1〕~〔11〕を提供するものである。
【0009】
〔1〕式(I)若しくは式(II)で表される化合物、その医薬として許容し得る塩又はそれらの溶媒和物を含有する、線維症治療用医薬組成物。
【0010】
【0011】
(式(I)中、R1はハロゲン原子が置換していてもよいC1-4アルキル基を示し、lは3~6の整数を示す。
式(II)中、nは8~12の整数を示す。)
〔2〕式(I)で表される化合物、その医薬として許容し得る塩又はそれらの溶媒和物を含有する〔1〕記載の医薬組成物。
〔3〕式(I)において、lが4又は5であり、R1がメチル基、エチル基又はトリフルオロメチル基である〔2〕記載の医薬組成物。
〔4〕式(I)において、lが5であり、R1がメチル基又はエチル基である〔2〕又は〔3〕記載の医薬組成物。
〔5〕式(II)で表される化合物、その医薬として許容し得る塩又はそれらの溶媒和物を含有する〔1〕記載の医薬組成物。
〔6〕式(II)において、nが10である〔5〕記載の医薬組成物。
〔7〕前記線維症が、肺線維症である〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の医薬組成物。
〔8〕前記肺線維症が、特発性肺線維症である〔7〕記載の医薬組成物。
〔9〕経気道投与用に製剤化されている〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の医薬組成物。
〔10〕経口投与用に製剤化されている〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の医薬組成物。
〔11〕経静脈投与用に製剤化されている〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0012】
式(I)又は式(II)で表される化合物は、いずれも既に医薬品として用いられている、ヒトに対する安定性が確認されている化合物である。そして、これらの化合物は、従来知られている薬理作用とは全く相違する作用、すなわち、肺胞上皮細胞に傷害性を示さない量で、肺線維芽細胞に対して選択的な細胞死誘導作用を示すとともに、肺線維化抑制作用を示し、線維症治療薬、特に特発性肺線維症治療薬として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1A】イデベノンのLL29細胞及びA549細胞の生存細胞数(%)に対する作用を示す。
【
図1B】イデベノンのLL29細胞及びA549細胞におけるLDH活性に対する作用を示す。
【
図1C】イデベノンのLL29細胞の細胞死に対する作用を示す。
【
図1D】イデベノンのA549細胞の細胞死に対する作用を示す。
【
図2】ピルフェニドン及びニンテダニブのLL29細胞及びA549細胞の生存細胞数(%)に対する作用を示す。
【
図3A】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するイデベノン(Ide)の作用を示す。
【
図3B】BLM依存の肺線維化(アッシュクロフトスコア)に対するイデベノン(Ide)の作用を示す。
【
図3C】BLM依存の肺線維化(ヒドロキシプロリン量)に対するイデベノン(Ide)の作用を示す。
【
図3D】BLM依存の肺線維化(全肺及び肺胞のエラスタンス、FVC)に対するイデベノン(Ide)の作用を示す。
【
図4A】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するイデベノン(Ide)の治療効果を示す。
【
図4B】BLM依存の肺線維化(アッシュクロフトスコア)に対するイデベノン(Ide)の治療効果を示す。
【
図4C】BLM依存の肺線維化(ヒドロキシプロリン量)に対するイデベノン(Ide)の治療効果を示す。
【
図4D】BLM依存の肺線維化(全肺及び肺胞のエラスタンス、FVC)に対するイデベノン(Ide)の治療効果を示す。
【
図5A】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するイデベノン(Ide)及びCoQ10の作用を示す。
【
図5B】BLM依存の肺線維化(アッシュクロフトスコア)に対するイデベノン(Ide)及びCoQ10の作用を示す。
【
図5C】BLM依存の肺線維化(ヒドロキシプロリン量)に対するイデベノン(Ide)及びCoQ10の作用を示す。
【
図6A】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するイデベノン(Ide)及びCoQ10の作用を示す。
【
図6B】BLM依存の肺線維化(アッシュクロフトスコア)に対するイデベノン(Ide)及びCoQ10の作用を示す。
【
図6C】BLM依存の肺線維化(ヒドロキシプロリン量)に対するイデベノン(Ide)及びCoQ10の作用を示す。
【
図7A】イデベノン(Ide)及びCoQ10の筋線維芽細胞(α-SMA細胞染色)に対する効果を示す。
【
図7B】イデベノン(Ide)及びCoQ10の筋線維芽細胞(α-SMA陽性細胞数)に対する効果を示す。
【
図8A】イデベノン(Ide)及びCoQ10のコラーゲンに対する作用を示す。
【
図8B】イデベノン(Ide)及びCoQ10のα-SMA、COL1A1に対する作用を示す。
【
図9A】トルペリゾンのLL29細胞及びA549細胞の生存細胞数(%)に対する作用を示す。
【
図9B】ピルフェニドン及びニンテダニブのLL29細胞及びA549細胞の生存細胞数(%)に対する作用を示す。
【
図10A】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するトルペリゾン(Tol)の作用を示す。
【
図10B】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するトルペリゾン(Tol)の作用を示す。
【
図10C】BLM依存の肺線維化(ヒドロキシプロリン量)に対するトルペリゾン(Tol)の作用を示す。
【
図10D】BLM依存の肺線維化(全肺及び肺胞のエラスタンス、FVC)に対するトルペリゾン(Tol)の作用を示す。
【
図11A】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するトルペリゾン(Tol)の作用を示す。
【
図11B】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するトルペリゾン(Tol)の作用を示す。
【
図11C】BLM依存の肺線維化(ヒドロキシプロリン量)に対するトルペリゾン(Tol)の作用を示す。
【
図11D】BLM依存の肺線維化(全肺及び肺胞のエラスタンス、FVC)に対するトルペリゾン(Tol)の作用を示す。
【
図12A】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するトルペリゾン(Tol)の治療効果を示す。
【
図12B】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するトルペリゾン(Tol)の治療効果を示す。
【
図12C】BLM依存の肺線維化(ヒドロキシプロリン量)に対するトルペリゾン(Tol)の治療効果を示す。
【
図12D】BLM依存の肺線維化(全肺及び肺胞のエラスタンス、FVC)に対するトルペリゾン(Tol)の治療効果を示す。
【
図13A】同種同効薬(エペリゾン、チザニジン)のLL29細胞及びA549細胞の生存細胞数(%)に対する作用を示す。
【
図13B】同種同効薬(ランペリゾン、イナペリゾン)のLL29細胞及びA549細胞の生存細胞数(%)に対する作用を示す。
【
図14A】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するエペリゾン(Epe)及びチザニジン(Tiza)の作用を示す。
【
図14B】BLM依存の肺線維化(コラーゲン染色)に対するエペリゾン(Epe)及びチザニジン(Tiza)の作用を示す。
【
図14C】BLM依存の肺線維化(ヒドロキシプロリン量)に対するエペリゾン(Epe)及びチザニジン(Tiza)の作用を示す。
【
図14D】BLM依存の肺線維化(全肺及び肺胞のエラスタンス、FVC)に対するエペリゾン(Epe)及びチザニジン(Tiza)の作用を示す。
【
図15】トルペリゾン(Tol)及びエペリゾン(Epe)のα-SMA、COL1A1に対する作用を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の線維症治療用医薬組成物に含まれる有効成分は、式(I)若しくは式(II)で表される化合物、その医薬的に許容し得る塩、又はそれらの溶媒和物である。
【0015】
【0016】
(式(I)中、R1はハロゲン原子が置換していてもよいC1-4アルキル基を示し、lは3~6の整数を示す。
式(II)中、nは8~12の整数を示す。)
【0017】
式(I)で表される化合物は、鎮痙剤の一種であり、中枢神経系及び血管平滑筋の双方に作用し、骨格筋の疼痛緩和、虚血改善、緊張軽減によって筋緊張症を改善し、筋肉の凝りと痙直を解きほぐす作用を有することが知られている。しかし、線維症に対する作用は全く知られていない。特に、式(I)で表される化合物は、線維芽細胞、より好ましくは肺線維芽細胞に対して特異的に細胞死を誘導する効果を有する。また、式(I)で表される化合物は、線維芽細胞、より好ましくは肺線維芽細胞の活性化を特異的に抑制する効果を有する。また、式(I)で表される化合物は、組織の線維化、特に肺組織の線維化を抑制する効果を有する。また、式(I)で表される化合物は、呼吸機能の低下を抑制する効果を有する。また、式(I)で表される化合物は、組織の傷害、特に肺組織の傷害を抑制する効果を有する。
【0018】
式(I)中、R1のハロゲン原子が置換していてもよいC1-4アルキル基としては、1~3個の塩素原子、フッ素原子、臭素原子又はヨウ素原子が置換していてもよいC1-4アルキル基が挙げられる。具体的には、メチル基、エチル基、トリフルオロメチル基、n-プロピル基、n-ブチル基、イソプロピル基、sec-ブチル基等が挙げられ、メチル基、エチル基、トリフルオロメチル基がより好ましく、メチル基、エチル基がさらに好ましい。
【0019】
式(I)中、lは3~6の整数を示す。このうち、3~5の整数がより好ましく、4又は5がさらに好ましく、5がさらに好ましい。式(I)で表される化合物としては、lが4又は5で、R1がメチル基、エチル基又はトリフルオロメチル基である化合物がより好ましく、lが5であり、R1がメチル基又はエチル基である化合物がさらに好ましい。ここで、lが5であり、R1がメチル基である化合物はトルペリゾンである。lが5であり、R1がエチル基である化合物はエペリゾンである。lが4であり、R1がエチル基である化合物はイナペリゾンである。lが4であり、R1がトリフルオロメチル基である化合物は、ランペリゾンである。
【0020】
式(II)で表される化合物は、アルツハイマー型認知症や認識障害の治療薬として知られている。
これらの式(II)で表される化合物の線維症に対する作用は全く知られていない。特に、式(II)で表される化合物は、線維芽細胞、より好ましくは肺線維芽細胞に対して特異的に細胞死を誘導する効果を有する。また、式(II)で表される化合物は、線維芽細胞、より好ましくは肺線維芽細胞の活性化を特異的に抑制する効果を有する。また、式(II)で表される化合物は、組織の線維化、特に肺組織の線維化を抑制する効果を有する。また、式(II)で表される化合物は、呼吸機能の低下を抑制する効果を有する。また、式(II)で化合物は、組織の傷害、特に肺組織の傷害を抑制する効果を有する。
【0021】
式(II)中、nは8~12の整数であるが、9又は10がより好ましく、10がさらに好ましい。ここで、n=10の化合物はイデベノンである。
【0022】
式(I)又は式(II)で表される化合物の塩としては、医薬上許容される塩であれば特に限定されないが、例えば塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩等の鉱酸塩、酢酸塩、シュウ酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩等の有機酸塩が挙げられる。このうち、式(I)で表される化合物の塩酸塩がより好ましい。
【0023】
式(I)又は式(II)で表される化合物又はその医薬上許容される塩の溶媒和物としては、水和物、アルコール和物等が挙げられるが、水和物がより好ましい。
【0024】
式(I)又は式(II)で表される化合物は、前記の如く、既に知られている化合物であり、公知の製造法に従って製造できる。
【0025】
式(I)若しくは式(II)で表される化合物、その医薬上許容し得る塩又はそれらの溶媒和物は、後記実施例に示すように、肺胞上皮細胞に傷害性を示さない量で、肺線維芽細胞に対して選択的な細胞死誘導作用を示し、また優れた肺線維化抑制作用を示す。よって、これらの化合物は、各種の線維症治療薬として有用である。ここで、線維症としては、肺線維症、特発性肺線維症、強皮症、腎臓線維症、肝臓線維症、心臓線維症、及びその他の臓器又は組織における線維症が挙げられるが、肺線維症、特発性肺線維症に用いるのが好ましく、特に特発性肺線維症に用いるのが好ましい。
従って、式(I)若しくは式(II)で表される化合物、その医薬上許容し得る塩又はそれらの溶媒和物を含有する医薬組成物は、線維症治療用医薬組成物、より好ましくは肺線維症治療用医薬組成物、さらに好ましくは特発性肺線維症治療用医薬組成物として有用である。
【0026】
本発明の医薬組成物の形態としては、経口投与用製剤(錠剤、被覆錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤など)、経気道投与用製剤、腹腔内投与用製剤、経静脈投与製剤、注射剤、坐剤、貼付剤、軟膏剤等が例示できるが、経口投与用製剤、経気道投与用製剤又は経静脈投与用製剤が好ましい。なお、動物における腹腔内投与は、ヒトにおける経静脈投与と同等の投与経路であることが当業者に認識されているため、動物における腹腔内投与の結果は、ヒトにおける経静脈投与の結果とみなすことができる。
これらの投与形態は、前記有効成分に加えて、薬学的に許容される担体を用いて、通常公知の方法により調製することができる。斯かる担体としては、通常の薬剤に汎用される各種のもの、例えば賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、pH調整剤、緩衝剤、安定化剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤等を例示できる。
【0027】
本発明医薬組成物の投与量は、投与経路、性別、体重、年令、症状等によって異なるが、前記有効成分量として通常成人1日投与量を、0.5mg~3000mgとするのが好ましく、さらに1mg~300mgとするのが好ましい。1日投与量は、単回投与によるものであってよく、複数回投与によるものであってもよい。
【実施例】
【0028】
次に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
【0029】
実施例1
a.実験方法
(1)ブレオマイシン(BLM)、イデベノン及びトルペリゾンの投与
正常飼育下の雄性ICRマウスに対して、初日にBLMを経気道投与しBLM肺障害モデルマウスを作製した。
前投与:イデベノンを初日から7日目まで1日1回経気道投与した。初日はBLM投与1時間前にイデベノンを経気道投与した。
後投与:イデベノンを10日目から18日目まで1日1回経気道投与した。両薬剤共に、0.9% NaClに懸濁して用いた。
後投与:トルペリゾンを10日目から19日目まで1日1回投与した。両薬剤共に、0.9% NaClに懸濁して用いた。
なお、動物における腹腔内投与は、ヒトにおける経静脈投与と同等の投与経路であることが当業者に認識されているので、動物における腹腔内投与の結果は、ヒトにおける経静脈投与の結果とみなすことができる。
【0030】
(2)Real-time RT-PCR
細胞のtotal RNAはRNeasy kit(Qiagen)を用いて抽出した。Total RNA 2.5μgをfirst-strand cDNA synthesis kit(TAKARA)を用い、TAKARA社のプロトコールに従って逆転写反応を行った。合成したcDNAはSsoFast EvaGreen Supermixを用いてCFX96TM Real time systemで解析した。それぞれの反応において全RNA量を揃えるために、glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)遺伝子を内部標準として用いた。
【0031】
(3)細胞培養
A549細胞(ヒト肺胞上皮細胞)、LL29細胞(IPF患者由来の肺線維芽細胞)はそれぞれ10% FBSを含むDulbecco’s Modified Eagle’s Medium、15%FBSを含むHam’s F-12K(Kaighn’s)mediumを用い37℃、5%CO2の条件で培養した。
生細胞数の測定はMTT法もしくは、CountessTM Automated Cell Counter(Invitrogen,Carlsbad,CA)を用いたトリパンブルー染色で測定した。細胞死の評価は培地中のLDH活性をアッセイキットのプロトコールに従って測定した。
【0032】
(4)組織染色法と組織免疫染色法
摘出した肺組織を24時間10%formalinで固定後、パラフィンに包埋し、厚さ4μmのパラフィン切片を作製した。
H&E染色は、まずMayer’s hematoxylineで染色した後、1%eosin溶液で染色した。染色後、malinolで封入し、NanoZoomer-XR digital slide scanner(Hamamatsu Photonics,Shizuoka,Japan)を用いて組織学的解析を行った。
Masson’s trichrome染色は、第1媒染液(5w/v% potassium dichromate,5w/v% trichloroacetic acic)、Weigert’s iron hematoxylin、第2媒染液(1.25w/v% phoaphotangstenicacid,1.25w/v% phosphomolybdic acid)、0.75w/v% orenge G、ポンソー・キシリジン混合液(0.12w/v% xylidine poseau,0.04w/v% acid fchsin,0.02w/v% azophloxin)、aniline blueを用いて行った。染色後、malinolで封入し、NanoZoomer-XR digital slide scannerを用いて組織学的解析を行った。肺線維化はアッシュクロフトスコアを用いてスコア化した。尚、アッシュクロフトスコアはJ. Clin. Pathol. 41, 467-470(1988)を参考にした。
【0033】
α-SMAの免疫染色法は、2.5%goat serumで10minのブロッキング後、一次抗体処理(against α-SMA、1:100 dilution)を行った。12h後、切片をAlexa Fluor 594 goat anti-rabbit immunoglobulin GとDAPIで2hインキュベーションした。その後、VECTASHIELDを用いて封入した。切片は、顕微鏡(Olympus DP71)を用いて撮影を行った。
α-SMA陽性領域はImage J software(National Institutes of Health, Bethesda,MD)を用いて定量した。また、8-OHdG陽性細胞数はDefiniens Tissue StudioTM software(CTC Life Science Corporation,Tokyo,Japan)を用いて定量した。
【0034】
(5)肺機能、及び努力肺活量の測定
肺機能はコンピューター制御型小動物用ベンチレーター(FlexiVent;SCIREQ,Montreal,Canada)を使用し、過去の文献に従い測定した。抱水クロラール(500mg/kg)麻酔下のマウスの気管に金属管(外径及び内径がそれぞれ1.27mm、0.84mmのもの)を8mm挿入し、8.7ml/kgの一回換気量と2-3cmH2Oの呼気終末陽圧換気を用いて150breaths/minの速度で機械的に呼吸させた。
全体のエラスタンス(total respiratory elastance)、及び組織エラスタンス(tissue elastance)は、それぞれsnap shot、及びforced oscillation techniqueにより測定した。また、努力肺活量は上述のコンピューター制御型小動物用ベンチレーター、並びに陰圧リザーバー(SCIREQ,Montreal,Canada)を使用し、Chest 142, 1011-1019(2012)に従い測定した。すべてのデータはFlexiVent software(version 5.3;SCIREQ,Montreal,Canada)を用いて解析した。
【0035】
(6)Hydroxyprolineの定量
摘出したマウス左肺上葉を0.5mLの5%TCA中でホモジナイズ後、遠心分離して得られた沈殿物に濃塩酸を0.5mL加え、110℃で16時間加熱した。これにより、沈殿物を加水分解し、hydroxyprolineを抽出した。抽出したhydroxyprolineは1.4w/v% chloramine Tを加え20分間静置後、Ehrich’s試薬(1M DMBA,70v/v% isopropanol and 30v/v% perchloric acid)と共に65℃で10分間加温し赤~紫に呈色させた。その後、吸光度(550nm)を測定した。
【0036】
(7)統計学的解析
全ての値を平均値±標準誤差(standard error of the mean;SEM)で示している。有意差検定はOne-way ANOVAを行い、多群間ではDunnett’s testを、2群間ではStudent’s t-testを用いた。また、検定にはSPSS22 softwareを使用した。Pの値が0.05未満になった時、有意な差があると判定した。
【0037】
b-1.結果
(1)細胞死及び細胞増殖に対するイデベノンの効果
IPFの線維化メカニズムにおいて肺線維芽細胞の活性化が重要であると考えられている。これまでに、IPF患者の肺において線維芽細胞が異常に増殖・活性化していること、及び活性化した肺線維芽細胞からコラーゲンが異常に産生されていることが報告されている。そこで我々は、肺胞上皮細胞に傷害性を示すことなく、肺線維芽細胞に対して選択的に作用する既承認薬のスクリーニングを行った。スクリーニングでは、化合物による肺線維芽細胞の細胞生存率の低下を肺線維芽細胞の活性抑制の簡易的な指標として用いた。具体的な方法はIPF患者由来の肺線維芽細胞(LL29細胞)及びヒト肺胞上皮細胞(A549細胞)、それぞれに既承認薬を処理し、24時間後の細胞生存率をMTT法を用いて評価した。その結果、A549細胞よりもLL29細胞のIC50(細胞生存率を50%低下させるのに必要な濃度)の値が低かった化合物の中から、特に両細胞間のIC50の値の差が顕著に見られた化合物、イデベノンを選出した。
【0038】
スクリーニングの再現性実験を兼ねて、スクリーニング時より、より細かい用量をふってイデベノンの細胞死誘導作用の検討を行った。その結果、イデベノンはA549細胞(肺胞上皮細胞)で細胞生存率の低下が見られた濃度よりも低濃度でLL29細胞(肺線維芽細胞)の細胞生存率を低下させた(
図1A)。次に、細胞から放出されたLDHを定量することで細胞死を評価したところ、LL29細胞ではイデベノン(150μM)で培地中にLDHが放出されたが、A549細胞ではLDH放出がほとんど見られなかった(
図1B)。これらのことから、イデベノンがA549細胞よりもLL29細胞に対して選択的に細胞死を誘導することが示された。
【0039】
図1A、
図1Bからイデベノンは75~125μMでLL29細胞の細胞増殖を抑制している可能性が考えられた。そこで、我々はトリパンブルー染色を用いて生細胞数と死細胞数を測定した。その結果、イデベノンは75μMからLL29細胞の増殖を抑制し、175μMからLL29細胞の細胞死を誘導した(
図1C)。一方、上皮細胞においては、イデベノンは175μMから細胞増殖を抑制し、検討した濃度において細胞死誘導は見られなかった(
図1D)。
また、既存のIPF治療薬であるピルフェニドン、ニンテダニブを用いて検討したところ、これらの2薬剤も線維芽細胞選択的な細胞死を誘導しなかった(
図2)。
【0040】
(2)ブレオマイシン(BLM)依存の肺線維化に対するイデベノンの効果
イデベノンのIPF治療薬としての開発を考えると、IPFの動物モデルにおいても効果を示すことが重要である。IPFの動物モデルとしてはブレオマイシン(BLM)肺傷害モデルがよく用いられており、BLM肺傷害モデルがIPFの病態の典型的な特徴を再現していること、またこれまでに、BLMを経気道投与することにより肺胞上皮細胞が傷害されること、肺線維芽細胞が増殖し蓄積していること、及び呼吸機能が低下することが報告されている。そこで、BLM肺傷害モデルを用いて、肺線維化に対するイデベノンの予防効果及び治療効果について検討を行った。
【0041】
BLMをマウスに経気道投与して、H&E染色及びマッソントリクローム染色によりコラーゲンの染色を行ったところ、BLM依存に肺の傷害(肥厚、肺胞壁や間質の浮腫)やコラーゲンの蓄積が確認されたが、イデベノンの経気道投与によりこれらの傷害やコラーゲンの蓄積が顕著に抑制された(
図3A)。さらに、組織像をもとに線維化を定量したアッシュクロフトスコア、及び肺のコラーゲンに多く含まれるアミノ酸であるヒドロキシプロリン量を指標に、BLM依存の肺線維化に対するイデベノンの効果を評価した。BLM依存にアッシュクロフトスコア及びヒドロキシプロリン量が増加したが、イデベノンを投与することによりこれらの増加が顕著に抑制された(
図3B,
図3C)。
【0042】
イデベノンの臨床応用を考えると、組織学的な指標だけでなく、呼吸機能などの指標においても効果を示すことが重要である。これまでに、IPF患者では線維化によって肺が硬くなるため肺エラスタンスが上昇し、努力肺活量(FVC)が低下することが報告されている。そこで我々は、マウス用ベンチレーターを用いて、これらの指標を測定した。BLMを投与することで、total respiratory system elastance(気管支、細気管支、肺胞のすべてを含む全肺のエラスタンス)とtissue elastance(肺胞のエラスタンス)の上昇が見られたが、イデベノンを経気道投与することでこれらの上昇が抑制された(
図3D)。また、FVCはBLM依存に低下したが、イデベノンを経気道投与することでこの低下が抑制される傾向が見られた(
図3D)。以上の結果から、イデベノンを経気道投与することでBLM依存の肺線維化、呼吸機能の低下を抑制することが示された。また、イデベノン(18.8mg/kg)を単独で経気道投与しても肺線維化や呼吸機能に影響を与えなかった(
図3A-D)。
【0043】
(3)BLM依存の肺線維化に対するイデベノンの治療効果
次に我々は、予めBLMを投与して線維化を誘発させたマウスにイデベノンを投与することで、治療効果の検討を行った。これまでに、BLMを投与して10日程度経過すると、肺線維化が形成されることが報告されている。そこで我々は、イデベノンの経気道投与はBLMを投与した10日後から開始し、肺線維化及び呼吸機能はBLMを投与してから20日後に評価した。BLMを投与してから20日後の肺傷害や線維化はイデベノンを経気道投与することで顕著に抑制された(
図4A-C)。さらに、BLM依存の呼吸機能の低下もイデベノンを経気道投与することで顕著に抑制された(
図4D)。以上の結果から、予めBLMを投与して線維化を誘発させたマウスに対してもイデベノンがBLM依存の肺線維化、呼吸機能の低下を改善することが示された。
【0044】
(4)イデベノンとCoQ10の比較
イデベノンの効果を決定するメカニズムを理解するために、我々はブレオマイシン肺線維症に対するイデベノンとCoQ10の効果を比較した。
図5A-Cに示すように、ブレオマイシンによる肺傷害、線維化は、イデベノンまたはCoQ10の経気道投与によって抑制された。
次に、我々はイデベノンとCoQ10のBLM肺線維症の治療効果を比較した。
図6A-Cに示すように、イデベノンは、ブレオマイシンによる肺傷害・線維化を抑制したが、CoQ10は抑制しなかった。
【0045】
前述の通り、筋線維芽細胞はIPF患者の肺線維症およびブレオマイシン誘発性肺線維症に重要な役割を果たしている。そこで、筋線維芽細胞に着目して、イデベノンとCOQ10の効果を検討した。
図7A、Bに示すように、ブレオマイシンの投与により肺のα-SMA陽性細胞(筋線維芽細胞)の数が増加したが、イデベノンはこの増加を顕著に抑制した。一方、CoQ10でのこの抑制効果は見られなかった。そこで、イデベノンとCoQ10を用いて、TGF-β1依存の肺線維芽細胞の活性化(筋線維芽細胞への分化)に対する影響を比較した。LL29細胞にイデベノンまたはCoQ10を処理した後、TGF-β1を処理し、培地中のコラーゲン量を測定した。
図8Aに示すように、TGF-β1の処置はコラーゲン量を上昇させたが、イデベノンによりその上昇が抑制された。一方、CoQ10は抑制しなかった。次に、α-SMA、及びコラーゲンのmRNA量を指標にイデベノンの効果を調べた。
図8Bに示すように、LL29細胞をTGF-β1で処理すると、α-SMAおよびCol1a1 mRNAの発現が誘導されたが、イデベノン処理すると、この誘導が抑制された。一方、CoQ10は抑制しなかった。これらの結果は、イデベノンが線維芽細胞に作用し、肺線維芽細胞の活性化を抑制したことを示している。
【0046】
b-2.結果
(1)細胞死に対するトルペリゾンの効果
前記(b-1)と同様に、IPF患者由来の肺線維芽細胞(LL29細胞)及びヒト肺胞上皮細胞(A549細胞)、それぞれに既承認薬を処理し、24時間後の細胞生存率をMTT法を用いて評価した。その結果、A549細胞よりもLL29細胞のIC50(細胞生存率を50%低下させるのに必要な濃度)の値が低かった化合物の中から、特に両細胞間のIC50の値の差が顕著に見られた化合物、トルペリゾンを選出した。
【0047】
スクリーニングの再現性実験を兼ねて、スクリーニング時より、より細かい用量をふってトルペリゾンの細胞死誘導作用の検討を行った。その結果、トルペリゾンはA549細胞(肺胞上皮細胞)で細胞生存率の低下が見られた濃度よりも低濃度でLL29細胞(肺線維芽細胞)の細胞生存率を低下させた(
図9A)。次に、既存のIPF治療薬であるピルフェニドン、ニンテダニブを用いて線維芽細胞選択的な細胞死を検討したところ、これらの2薬剤も線維芽細胞選択的な細胞死をほとんど誘導しなかった(
図9B)。
【0048】
(2)BLM依存の肺線維化に対するトルペリゾン経気道投与の効果
BLM肺傷害モデルを用いて、肺線維化に対するトルペリゾンの治療効果について検討を行った。
BLMをマウスに経気道投与して、H&E染色及びマッソントリクローム染色によりコラーゲンの染色を行ったところ、BLM依存に肺の傷害(肥厚、肺胞壁や間質の浮腫)やコラーゲンの蓄積が確認されたが、トルペリゾンの経気道投与によりこれらの傷害やコラーゲンの蓄積がわずかながら抑制された(
図10A,B)。さらに、肺のコラーゲンに多く含まれるアミノ酸であるヒドロキシプロリン量を指標に、BLM依存の肺線維化に対するトルペリゾンの効果を評価した。BLM依存にヒドロキシプロリン量が増加したが、トルペリゾンを経気道投与しても、この増加はほとんど抑制されなかった(
図10C)。次に、マウス用ベンチレーターを用いて、呼吸機能を測定した。BLMを投与することで、total respiratory system elastance(気管支、細気管支、肺胞のすべてを含む全肺のエラスタンス)とtissue elastance(肺胞のエラスタンス)の上昇が見られたが、トルペリゾンを投与することでこれらの上昇が抑制される傾向が見られた(
図10D)。また、FVCはBLM依存に低下したが、トルペリゾンを投与することでこの低下が抑制された(
図10D)。以上の結果から、トルペリゾンを経気道投与することでBLM依存の肺線維化、呼吸機能の低下を抑制することが示された。
【0049】
(3)BLM依存の肺線維化に対するトルペリゾン経口投与の効果
BLMをマウスに経気道投与して、H&E染色及びマッソントリクローム染色によりコラーゲンの染色を行ったところ、BLM依存に肺の傷害(肥厚、肺胞壁や間質の浮腫)やコラーゲンの蓄積が確認されたが、トルペリゾンの経口投与によりこれらの傷害やコラーゲンの蓄積が抑制された(
図11A,B)。BLM依存にヒドロキシプロリン量が増加したが、トルペリゾンを経口投与すると、この増加が顕著に抑制された(
図11C)。次に、マウス用ベンチレーターを用いて、呼吸機能を測定した。BLMを投与することで、total respiratory system elastance(気管支、細気管支、肺胞のすべてを含む全肺のエラスタンス)とtissue elastance(肺胞のエラスタンス)の上昇が見られたが、トルペリゾンを投与することでこれらの上昇が抑制された(
図11D)。また、FVCはBLM依存に低下したが、トルペリゾンを投与することでこの低下が抑制された(
図11D)。以上の結果から、トルペリゾンを経口投与することでBLM依存の肺線維化、呼吸機能の低下を抑制することが示された。
【0050】
(4)BLM依存の肺線維化に対するトルペリゾン腹腔内投与の効果
BLMをマウスに経気道投与して、H&E染色及びマッソントリクローム染色によりコラーゲンの染色を行ったところ、BLM依存に肺の傷害(肥厚、肺胞壁や間質の浮腫)やコラーゲンの蓄積が確認されたが、トルペリゾンの腹腔内投与によりこれらの傷害やコラーゲンの蓄積が抑制された(
図12A,B)。BLM依存にヒドロキシプロリン量が増加したが、トルペリゾンを腹腔内投与すると、この増加が顕著に抑制された(
図12C)。次に、マウス用ベンチレーターを用いて、呼吸機能を測定した。BLMを投与することで、total respiratory system elastance(気管支、細気管支、肺胞のすべてを含む全肺のエラスタンス)とtissue elastance(肺胞のエラスタンス)の上昇が見られたが、トルペリゾンを投与することでこれらの上昇が抑制された(
図12D)。また、FVCはBLM依存に低下したが、トルペリゾンを投与することでこの低下が抑制された(
図12D)。以上の結果から、トルペリゾンを腹腔内投与することでBLM依存の肺線維化、呼吸機能の低下を抑制することが示された。
【0051】
(5)トルペリゾン同種同効薬の効果(線維芽細胞への選択性)
トルペリゾンが線維芽細胞選択的に作用する機構を解明するため、
図13では同種同効薬を用いて、線維芽細胞選択的な細胞死が見られるか解析した。その結果、エペリゾンはA549細胞で細胞生存率の低下が見られた濃度よりも低濃度でLL29細胞の細胞生存率を低下させたが、チザニジンではそのような効果は見られなかった(
図13A)。エペリゾンは、トルペリゾンと化学構造が非常に類似している化合物である。そこで、トルペリゾンと類似の化学構造を有する化合物を用いて、線維芽細胞選択性を解析した。その結果、トルペリゾンの化学構造類似体である、イナペリゾン、ランペリゾンではトルペリゾンと同様の線維芽細胞選択的な細胞死が見られた(
図13B)。
【0052】
(6)BLM依存の肺線維化に対するエペリゾン、チザニジン腹腔内投与の効果
BLMをマウスに経気道投与して、H&E染色及びマッソントリクローム染色によりコラーゲンの染色を行ったところ、BLM依存の肺傷害やコラーゲン蓄積がエペリゾンの腹腔内投与により抑制されたが、チザニジンでは抑制されなかった(
図14A,B)。BLM依存のヒドロキシプロリン量が、エペリゾンの腹腔内投与により抑制傾向が観察されたが、チザニジンでは抑制されなかった(
図14C)。次に、マウス用ベンチレーターを用いて、呼吸機能を測定した。BLMを投与することで、total respiratory system elastance(気管支、細気管支、肺胞のすべてを含む全肺のエラスタンス)とtissue elastance(肺胞のエラスタンス)の上昇、FVCの低下が見られた。一方、エペリゾンはこれらの反応を抑制したが、チザニジンは抑制しなかった(
図14D)。以上の結果から、エペリゾンではトルペリゾンと同様にBLM依存の肺線維化、呼吸機能の低下を抑制することが示された。
【0053】
(7)トルペリゾンとエペリゾンによる線維芽細胞の活性化抑制
図15ではTGF-β1を処理した時の線維芽細胞の活性化(α-SMA、及びコラーゲンのmRNA量の増加)に対するトルペリゾン、エペリゾンの効果を検討した。LL29細胞をTGF-β1で処理すると、α-SMAおよびCol1a1 mRNAの発現が増加したが、トルペリゾン、エペリゾン処理すると、この誘導が抑制された。これらの結果は、トルペリゾン、エペリゾンが線維芽細胞に作用し、肺線維芽細胞の活性化を抑制したことを示している。