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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-21
(45)【発行日】2023-01-04
(54)【発明の名称】金属ナノ粒子分散液
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20221222BHJP
   B22F 1/0545 20220101ALI20221222BHJP
   B22F 1/102 20220101ALI20221222BHJP
   B22F 9/00 20060101ALI20221222BHJP
   B22F 9/30 20060101ALI20221222BHJP
【FI】
B22F1/00 K
B22F1/0545
B22F1/102
B22F9/00 B
B22F9/30 Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022553324
(86)(22)【出願日】2020-09-30
(86)【国際出願番号】 JP2020037211
(87)【国際公開番号】W WO2022070330
(87)【国際公開日】2022-04-07
【審査請求日】2022-09-08
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】中村 貴宏
(72)【発明者】
【氏名】中川 勝
(72)【発明者】
【氏名】早川 俊昭
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/037465(WO,A1)
【文献】国際公開第2002/013999(WO,A1)
【文献】特開2004-107728(JP,A)
【文献】特開2011-256382(JP,A)
【文献】V. PETKOV et.al.,Pt-Au Alloying at the Nanoscale,NANO LETTERS,米国,American Chemical Society,2012年,Vol.12,pp.4289-4299,https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/nl302329n
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-9/30
Science Direct
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
室温(25℃)における比誘電率が2.6以下である炭化水素系溶媒と、合金ナノ粒子と、を含み、
前記合金ナノ粒子は、金と、自己拡散係数が前記金よりも小さい金属とを含有し、
前記合金ナノ粒子は、少なくとも表面の一部が、前記炭化水素系溶媒に対して親和性を有する基を備える有機化合物で修飾されていて、
含水量が350質量ppm以下である、金属ナノ粒子分散液。
【請求項2】
前記炭化水素系溶媒は、室温(25℃)における比誘電率が2.4以下である、請求項1に記載の金属ナノ粒子分散液。
【請求項3】
前記金より自己拡散係数が小さい金属は、自己拡散係数が10-59・s-1以上である、請求項1または2に記載の金属ナノ粒子分散液。
【請求項4】
前記合金ナノ粒子は、平均粒子径が10nm以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の金属ナノ粒子分散液。
【請求項5】
前記炭化水素系溶媒に対して親和性を有する基を備える有機化合物は、メルカプト基またはアミノ基を有する有機化合物である、請求項1~4のいずれか一項に記載の金属ナノ粒子分散液。
【請求項6】
前記炭化水素系溶媒が脂肪族炭化水素系溶媒である、請求項1~5のいずれか一項に記載の金属ナノ粒子分散液。
【請求項7】
下記の式(1)により算出される、85℃の温度で60時間加熱したときの波長400nmの透過光量の変化率が0.8以上1.2以下である、請求項1~のいずれか一項に記載の金属ナノ粒子分散液。
透過光量の変化率=T1/T2・・(1)
ただし、式(1)において、T1は、85℃の温度で加熱前に室温(25℃)にて測定した波長400nmの光の透過率を表し、T2は、85℃の温度で60時間加熱後室温(25℃)にて測定した波長400nmの光の透過率を表す。
【請求項8】
室温(25℃)における比誘電率が2.6以下である炭化水素系溶媒と、合金ナノ粒子と、を含み、
前記合金ナノ粒子は、金と、自己拡散係数が前記金よりも小さい金属とを含有し、
前記合金ナノ粒子は、少なくとも表面の一部が、前記炭化水素系溶媒に対して親和性を有する基を備える有機化合物で修飾されていて、
含水量が600質量ppm以下であり、
下記の式(1)により算出される、85℃の温度で60時間加熱したときの波長400nmの透過光量の変化率が0.8以上1.2以下である、金属ナノ粒子分散液。
透過光量の変化率=T1/T2・・(1)
ただし、式(1)において、T1は、85℃の温度で加熱前に室温(25℃)にて測定した波長400nmの光の透過率を表し、T2は、85℃の温度で60時間加熱後室温(25℃)にて測定した波長400nmの光の透過率を表す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属ナノ粒子分散液に関する。
【背景技術】
【0002】
金属ナノ粒子は、粒径の減少に伴うサイズ効果によってバルク材料とは異なる高い反応性や光学応答性などの特性を示す。このため、金属ナノ粒子及び金属ナノ粒子を有機溶媒に分散させた金属ナノ粒子分散液は、化学分野、医療分野、電子デバイス分野への応用が進められている。金属ナノ粒子分散液では、有機溶媒への分散性を向上させるために金属ナノ粒子の表面に、有機溶媒に対して親和性を有する有機化合物で修飾することが行なわれている。例えば、金ナノ粒子では、アルカンチオール修飾することが行なわれている。電子デバイス分野としては、熱電変換素子や単電子トランジスタへの応用が注目されている。
【0003】
熱電変換素子としては、例えば、金ナノ粒子が分散された分散液をアルミニウム電極と白金電極で挟んだ構造の熱電変換素子が知られている(非特許文献1)。この構造の熱電変換素子では、仕事関数が相対的に小さなアルミニウム電極から熱電子放出により電子が放出され、放出された電子が分散液の中でブラウン運動している金ナノ粒子間をホッピング伝導して、仕事関数が相対的に大きな白金電極に移動することによって発電する。
【0004】
単電子トランジスタとしては、例えば、ソース電極とドレイン電極との間に金ナノ粒子が挿入された単電子トランジスタが知られている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Hoang M.Nguyen、Jian Lu、Hiroshi Goto、Ryutaro Maeda、「Thermionic emission via a nanofluid for direct electrification from low-grage heat energy」、Nano energy、Vol.49、2018、p.172-178
【文献】真島豊、「金ナノ粒子とナノギャップ電極を用いた単電子トランジスタ」、J.Vac.Soc.Jpn.、Vol.55、No.7、2012年、p.328-332
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
日本工業規格 C 60721-1:2009「環境条件の分類-第1部:環境パラメータ及びその厳しさ」(国際規格IEC 60721-1)によれば、電子デバイス分野では85℃の温度での耐久性が要求される。したがって、電子デバイス分野で使用される金属ナノ粒子は、85℃の高温環境下でも性状が変化しにくいこと、すなわち耐熱性が必要となる。また、電子デバイス分野で使用される金属ナノ粒子は、電子線への暴露によっても性状が変化しにくいこと、すなわち電子線耐性も要求となる。しかしながら、アルカンチオール修飾した金ナノ粒子の分散液は、室温においては長期間にわたって優れた分散安定性を示すが、85℃での恒温保持試験では60時間程度で沈殿し、分散安定性が損なわれることがある。また、金ナノ粒子を電子線に暴露させると、室温でも金ナノ粒子同士の融着が起こり、金ナノ粒子の形状を維持できなくなることがある。
【0007】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであって、耐熱性と電子線耐性とに優れた金属ナノ粒子が分散された金属ナノ粒子分散液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、下記の態様を有する。
[1]室温(25℃)における比誘電率が2.6以下である炭化水素系溶媒と、合金ナノ粒子と、を含み、前記合金ナノ粒子は、金と、自己拡散係数が前記金よりも小さい金属とを含有し、前記合金ナノ粒子は、少なくとも表面の一部が、前記炭化水素系溶媒に対して親和性を有する基を備える有機化合物で修飾されていて、含水量が600質量ppm以下である、金属ナノ粒子分散液。
[2]前記金より自己拡散係数が小さい金属は、自己拡散係数が10-59・s-1以上である、前記[1]に記載の金属ナノ粒子分散液。
[3]前記合金ナノ粒子は、平均粒子径が10nm以下である、前記[1]または[2]に記載の金属ナノ粒子分散液。
[4]前記炭化水素系溶媒に対して親和性を有する基を備える有機化合物は、メルカプト基またはアミノ基を有する有機化合物である、前記[1]~[3]のいずれか一つに記載の金属ナノ粒子分散液。
[5]下記の式(1)により算出される、85℃の温度で60時間加熱したときの波長400nmの透過光量の変化率が0.8以上1.2以下である、前記[1]~[4]のいずれか一つに記載の金属ナノ粒子分散液。
透過光量の変化率=T1/T2・・(1)
ただし、式(1)において、T1は、85℃の温度で加熱前に室温(25℃)にて測定した波長400nmの光の透過率を表し、T2は、85℃の温度で60時間加熱後室温(25℃)にて測定した波長400nmの光の透過率を表す。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、耐熱性と電子線耐性とに優れた金属ナノ粒子が分散された金属ナノ粒子分散液を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一実施形態に係る金属ナノ粒子分散液の概念図である。
図2A】実施例1で作製した金属ナノ粒子分散液に電子線を5秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。
図2B】実施例1で作製した金属ナノ粒子分散液に電子線を30秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。
図2C】比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液に電子線を5秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。
図2D】比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液に電子線を30秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。
図3A】実施例1で作製した金属ナノ粒子分散液を85℃で加熱した後の紫外可視透過スペクトルである。
図3B】比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液を85℃で加熱した後の紫外可視透過スペクトルである。
図4A】実施例1で作製した金属ナノ粒子分散液を85℃で加熱した後に、電子線を5秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。
図4B】実施例1で作製した金属ナノ粒子分散液を85℃で加熱した後に電子線を30秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。
図4C】比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液を85℃で加熱した後に電子線を5秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。
図4D】比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液を85℃で加熱した後に電子線を30秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。
図5A】実施例1で作製した金属ナノ粒子分散液の有機化合物除去後の金属ナノ粒子の凝集状態を示すTEM画像である。
図5B】比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液の有機化合物除去後の金属ナノ粒子の凝集状態を示すTEM画像である。
図6】実施例1~3及び比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液の金属ナノ粒子のDSC曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係る金属ナノ粒子分散液の実施形態について、図面を適宜参照しながら詳細に説明する。以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0012】
図1は、本発明の一実施形態に係る金属ナノ粒子分散液の概念図である。図1に示すように、金属ナノ粒子分散液1は、炭化水素系溶媒2と、合金ナノ粒子3と、を含むものである。合金ナノ粒子3は、少なくとも表面の一部が、炭化水素系溶媒に対して親和性を有する基を備える有機化合物4で修飾されている。
【0013】
金属ナノ粒子分散液1は、下記の式(1)により算出される、85℃の温度で60時間加熱したときの波長400nmの透過光量の変化率が0.8以上1.2以下であってもよい。
透過光量の変化率=T1/T2・・(1)
ただし、式(1)において、T1は、85℃の温度で加熱前に室温(25℃)にて測定した波長400nmの光の透過率を表し、T2は、85℃の温度で60時間加熱後室温(25℃)にて測定した波長400nmの光の透過率を表す。
【0014】
炭化水素系溶媒2は、室温(25℃)における比誘電率が2.6以下とされている。炭化水素系溶媒2の比誘電率は2.4以下であってもよく、2.0以下であってもよい。比誘電率の下限は、1.8であってもよい。
【0015】
炭化水素系溶媒2としては、例えば、室温付近で液体である直鎖状、分岐状および環状の炭化水素が挙げられ、飽和炭化水素、不飽和炭化水素、芳香族炭化水素を用いることができる。飽和炭化水素の例としては、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、トリデカン、テトラデカン、シクロヘキサン、シクロヘプタンが挙げられる。不飽和炭化水素としては、ヘキセン、ヘプテン、シクロヘキセン、シクロヘプテンが挙げられる。芳香族炭化水素としては、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、デカリンが挙げられる。これらの溶媒は、1種を単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。電子デバイス分野では85℃の温度での耐久性が要求されるため、炭化水素系溶媒2は、85℃の温度より沸点が高いことがより好ましい。また、大気中の水分などの条件によって、含水量が変動しやすい芳香族炭化水素系溶媒よりも、含水量が変動しにくい脂肪族炭化水素系溶媒を用いた金属ナノ粒子分散液1の方が、高温での分散安定性に優れる傾向がある。
【0016】
合金ナノ粒子3は、金と、自己拡散係数が金より小さい金属とを含有するものとされている。自己拡散係数が金より小さい金属の自己拡散係数は、金の自己拡散係数(7.71739×10-39・s-1)に対して1/10以下であってもよいし、1/10以下であってもよい。また、自己拡散係数が金より小さい金属の自己拡散係数は、1×10-46・s-1以下であってもよいし、1×10-48・s-1以下であってもよい。自己拡散係数が金より小さい金属の自己拡散係数の下限は、1×10-59・s-1であってもよい。自己拡散係数が金より小さい金属の自己拡散係数が1×10-59・s-1未満であると、自己凝集性が強くなり、合金ナノ粒子3の内部で相分離が起こり、金の移動がしやすくなる場合がある。
【0017】
金属の自己拡散係数は、金属原子の拡散や移動のし易さを表す指標である。金属の自己拡散係数は、その値が大きいほど金属原子が拡散や移動をしやすいことを表す。下記の表1に、各種金属の自己拡散係数(D)と融点(Tm.p.)を示す。
【0018】
【表1】
【0019】
なお、本実施形態において、金属の自己拡散係数は、下記の式(2)により算出した値である(ECS Transactions,33(4)61-72(2010)参照)。
log10(D/m・s-1)=0.022×(Tm.p./℃)-14.99・・・(2)
ただし、式(2)において、D(単位:m・s-1)は、金属の自己拡散係数を表し、Tm.p.は、金属の融点(単位:℃)を表す。
【0020】
合金ナノ粒子3に含有される自己拡散係数が金より小さい金属としては、例えば、銅、ニッケル、コバルト、鉄、パラジウム、チタン、白金、クロム、ロジウム、イリジウムを用いることができる。これらの金属は、1種を単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。自己拡散係数が金より小さい金属は、ニッケル、コバルト、鉄、パラジウム、チタン、白金、クロム、ロジウム、イリジウムのいずれか1つ以上であってもよいし、鉄、パラジウム、チタン、白金、クロム、ロジウム、イリジウムのいずれか1つ以上あってもよいし、鉄、パラジウム、チタン、白金、クロム、ロジウムのいずれか1つ以上であってもよい。
【0021】
合金ナノ粒子3中の金と、自己拡散係数が金より小さい金属の化学組成(原子数比)は、誘導結合プラズマ発光分析(ICP発光分析)などにより決定することができる。合金ナノ粒子3の金の含有率は構成する全原子数の百分率で表すことができる。例えば、金属ナノ粒子の全ての金属原子が金である場合には、金の原子数の百分率は100at%となる。本実施形態において、合金ナノ粒子3中の金の原子数の百分率は10at%以上90at%以下の範囲内にあることが好ましい。合金ナノ粒子3の金の原子数の百分率は、20at%以上80at%以下の範囲内にあってもよいし、30at%以上70at%以下の範囲内にあってもよい。合金ナノ粒子3中の金の原子数の百分率が10at%以上であると、金は、炭化水素系溶媒と親和性を有する有機化合物との親和性が高いため、炭化水素系溶媒に分散させやすくなる。また、合金ナノ粒子3中の金の原子数の百分率が90at%以下であると、合金ナノ粒子3中の金属元素が自己拡散しにくくなり、耐熱性や電子線耐性が向上する。
【0022】
合金ナノ粒子3の形状は、球状、楕円球状、円柱状、角柱状のいずれの形状であってもよい。また、合金ナノ粒子3は不定形であってもよい。
また、合金ナノ粒子3の平均粒子径は、10nm以下であることが好ましい。合金ナノ粒子3の平均粒子径は、8nm以下であってもよいし、6nm以下であってもよい。合金ナノ粒子3の平均粒子径の下限は、1nmであってもよい。
【0023】
金属ナノ粒子分散液1の合金ナノ粒子3の含有量は、加熱によって炭化水素系溶媒2を留去することにより濃縮することができる。
【0024】
合金ナノ粒子3の表面を修飾する有機化合物4は、合金ナノ粒子3の全体を被覆していてもよい。有機化合物4に備えられている炭化水素系溶媒2に対して親和性を有する基は、炭化水素基であってもよい。炭化水素基は、炭素原子数が4~18のアルキル基または炭素原子数が6~18のアリール基であってもよい。金属ナノ粒子分散液1を電子デバイス分野に用いる場合は、合金ナノ粒子3の表面を修飾している有機化合物4が、電子デバイスの電極と合金ナノ粒子3との間の電子移動の妨げになる場合がある。このため、有機化合物4の炭素原子数は、より小さいことが望ましい。よって、この場合、有機化合物4の炭化水素基は、炭素原子数が4~12のアルキル基または炭素原子数が6~12のアリール基であることがより好ましい。
【0025】
有機化合物4は、合金ナノ粒子3に対して親和性を有する基を有していてもよい。合金ナノ粒子3に対して親和性を有する基は、金原子に親和性のある官能基であってもよいし、金より自己拡散係数の小さな金属原子に親和性のある官能基であってもよい。合金ナノ粒子3に対して親和性を有する基の例としては、メルカプト基、アミノ基、ピリジニウム基、ピリジル基を挙げることができる。有機化合物4は、メルカプト基またはアミノ基を有する化合物であってもよい。メルカプト基を有する有機化合物は、チオール化合物であってもよい。アミノ基を有する有機化合物は第1級アミン化合物、第2級アミン化合物、第3級アミン化合物であってもよい。
【0026】
金属ナノ粒子分散液1は、含水量が600質量ppm以下とされている。含水量が600質量ppm以下であると、有機化合物4と水がそれぞれ吸着平衡状態となり、合金ナノ粒子3の表面への水の吸着量が減少するので、合金ナノ粒子3同士の凝集が起こりにくくなる。このため、金属ナノ粒子分散液1の分散性が向上すると共に、耐熱性がより向上する。含水量が600質量ppmを超える場合、加熱後室温とした際に金属ナノ粒子分散液1が不均一化し、炭化水素系溶媒2の中に水のエマルジョンが形成され、均質な分散液の状態が維持できなくなるおそれがある。金属ナノ粒子分散液1の含水量を低減させる方法としては、例えば、五酸化二リン等の乾燥剤が存在する密閉系の乾燥大気下に、金属ナノ粒子分散液1を保管する方法などが挙げられる。また、金属ナノ粒子分散液1の含水量の下限は1質量ppmであってもよい。金属ナノ粒子分散液1の含水量を1質量ppm未満としても、金属ナノ粒子分散液1の分散性や耐熱性の向上の効果は低くなり、一方、含水量を1質量ppm未満となるまで低減させるためには、特殊な脱水装置が必要となり脱水コストが高くなるおそれがある。炭化水素系溶媒2が芳香族炭化水素系溶媒の場合、金属ナノ粒子分散液1の含水量は350質量ppm以下であってもよい。炭化水素系溶媒2が脂肪族炭化水素系溶媒の場合、金属ナノ粒子分散液1の含水量は120質量ppm以下であってもよい。金属ナノ粒子分散液1の含水量はより少ない方が好ましい。金属ナノ粒子分散液1に存在する微量な水は電子デバイスの電極金属に吸着したり、電極間に凝集して介在する場合があり、電極金属と金属ナノ粒子との間の電子移動ならびに金属ナノ粒子を介した電子移動を阻害する場合が生じるためである。
【0027】
金属ナノ粒子分散液1に含まれる合金ナノ粒子3の含有量は、例えば、0.02g・dm-3以上200g・dm-3以下の範囲内にあってもよい。
【0028】
次に、本実施形態の金属ナノ粒子分散液の製造方法について説明する。
金属ナノ粒子分散液は、例えば、下記(1)~(3)の工程を含む方法により製造することができる。
(1)原料水溶液の作製工程
(2)合金ナノ粒子水性分散液の作製工程
(3)合金ナノ粒子の相間移動工程
【0029】
(1)原料水溶液の作製工程は、合金ナノ粒子の原料となる金属塩の水溶液を作製する工程である。原料水溶液は、金と、自己拡散係数が前記金より小さい金属の少なくとも2種以上の金属を含む。金属塩水溶液の金属の濃度は、例えば、1×10-9mol・dm-3以上1×10-2mol・dm-3以下の範囲内である。金属の濃度が1×10-9mol・dm-3以上であると、超高速レーザー誘起核生成法によって合金ナノ粒子を生成する際の効率が高くなる。一方、金属の濃度が1×10-2mol・dm-3以下であると、超高速レーザー誘起核生成法によって合金ナノ粒子を生成させる際に、レーザーの吸収を抑制することができ、10nm以下のナノ粒子を効率よく生成させることができる。10nm以下の合金ナノ粒子を形成させるためには、原料水溶液の金属の濃度は、1×10-6mol・dm-3以上1×10-3mol・dm-3以下の範囲内にあることがより好ましい。
【0030】
(2)合金ナノ粒子水性分散液の作製工程は、上記(1)の工程で得られた原料水溶液中の金属を用いて合金ナノ粒子を生成して、合金ナノ粒子水性分散液を作製する工程である。合金ナノ粒子を生成させる方法としては、例えば、超高速レーザー誘起核生成法を用いることができる。超高速レーザー誘起核生成法とは、原料水溶液に、フェムト秒(10-15秒)領域の超短パルスレーザー光を照射することによって、合金ナノ粒子を生成させる方法である。超短パルスレーザー光としては、例えば、波長=800nm、パルス幅=100fs、繰り返し率=100Hz、単一パルスエネルギー=5mJの光を用いることができる。
【0031】
(3)合金ナノ粒子の相間移動工程は、上記(2)の工程で得られた合金ナノ粒子水性分散液中の合金ナノ粒子を、炭化水素系溶媒に相間移動させる工程である。具体的には、合金ナノ粒子水性分散液と、炭化水素系溶媒と、炭化水素系溶媒に対して親和性を有する基を備える有機化合物とを混合して、合金ナノ粒子の表面を前記有機化合物で修飾することによって、合金ナノ粒子を炭化水素系溶媒に相間移動させる。合金ナノ粒子水性分散液と炭化水素系溶媒と有機化合物との混合方法としては、例えば、合金ナノ粒子水性分散液と炭化水素系溶媒とを含む混合物を調製し、この混合物と有機化合物とを混合する方法、合金ナノ粒子水性分散液と有機化合物とを含む混合物を調製し、この混合物と炭化水素系溶媒とを混合する方法、炭化水素系溶媒と有機化合物とを含む混合物を調製し、この混合物と合金ナノ粒子水性分散液とを混合する方法、合金ナノ粒子水性分散液と炭化水素系溶媒と有機化合物とを同時に混合する方法を用いることができる。合金ナノ粒子水性分散液と炭化水素系溶媒と有機化合物を混合した混合物は、静置することによって、水相と有機相とに分離できる。そして、分離した有機相を回収することによって、金属ナノ粒子分散液を得ることができる。
【0032】
金属ナノ粒子分散液に含まれる有機化合物の量は、例えば、1.0×10-4g・dm-3以上1.0g・dm-3以下の範囲内にあってもよく、1.0×10-2g・dm-3以上0.1g・dm-3以下の範囲内であることがより好ましい。有機化合物4の量が1.0×10-4g・dm-3未満であると、合金ナノ粒子3が炭化水素系溶媒2に相間移動されにくくなるおそれがある。有機化合物4の量が1.0g・dm-3を超えると、炭化水素系溶媒2中に含まれる含水量が増加するおそれがある。
【0033】
本実施形態の金属ナノ粒子分散液1は、溶媒として室温における比誘電率が2.6以下である炭化水素系溶媒2を用いるので、含水量の少ない金属ナノ粒子分散液を供することができる。また、本実施形態の金属ナノ粒子分散液1に含まれる合金ナノ粒子3は、金と、自己拡散係数が金より小さい金属とを含有するので、金ナノ粒子と比較して、高温環境下や電子線が照射される環境下において、金属が拡散や移動をしにくくなる。このため、合金ナノ粒子3は、耐熱性と電子線耐性が高くなる。さらに、合金ナノ粒子3に含有されている自己拡散係数が金より小さい金属は、自己拡散係数が1×10-70・s-1以上とされているので、超高速レーザー誘起核生成法によって、金と自己拡散係数が金より小さい金属とを含有する合金ナノ粒子を得ることができる。またさらに、合金ナノ粒子3は、少なくとも表面の一部が、炭化水素系溶媒2に対して親和性を有する基を備える有機化合物4で修飾されているので、炭化水素系溶媒2中で安定し、凝集や酸化などの変質が起こりにくい。
【0034】
本実施形態の金属ナノ粒子分散液1において、金より自己拡散係数が小さい金属の自己拡散係数が10-59・s-1以上である場合は、自己拡散係数が金より小さい金属が拡散や移動をしやすくなる。このため、超高速レーザー誘起核生成法によって、合金ナノ粒子がより生成しやすくなる。
【0035】
本実施形態の金属ナノ粒子分散液1において、合金ナノ粒子3の平均粒子径が10nm以下である場合は、反応性や光学応答性がより高くなるので、電子デバイス分野の材料としてより有利に使用することができる。
【0036】
本実施形態の金属ナノ粒子分散液1において、炭化水素系溶媒2に対して親和性を有する基を備える有機化合物4がメルカプト基またはアミノ基を有する有機化合物である場合は、合金ナノ粒子3と有機化合物4との親和性が高くなる。このため、合金ナノ粒子3は、炭化水素系溶媒2中でより安定し、凝集や酸化などの変質が起こりにくくなる。
【0037】
本実施形態の金属ナノ粒子分散液1において、上記の式(1)により算出される、85℃の温度で60時間加熱したときの波長400nmの透過光量の変化率が0.8以上1.2以下である場合は、日本工業規格 C 60721-1:2009「環境条件の分類-第1部:環境パラメータ及びその厳しさ」(国際規格IEC 60721-1)で要求されている耐久性を有するため、電子デバイス分野の材料としてさらに有利に使用することができる。
【実施例
【0038】
[実施例1]
(1)原料水溶液の作製工程
テトラクロロ金(III)酸三水和物(HAuCl・3HO、純度:99.9%以上、シグマ-アルドリッチジャパン社製)とヘキサクロロ白金(IV)酸六水和物(HPtCl・6HO、純度:99.9%以上、シグマ-アルドリッチジャパン社製)を用意した。また、水は、電気抵抗が18.2MΩcmの超純水を使用した。超純水は、超純水システム(ariumpro UV、Sartorius Stedim Biotech社製)を用いて調製した。
テトラクロロ金(III)酸三水和物を超純水に溶解させて、金濃度が2.5×10-4mol・dm-3のテトラクロロ金(III)酸水溶液を調製した。また、ヘキサクロロ白金(IV)酸六水和物を水に溶解させて、白金濃度が2.5×10-4mol・dm-3のヘキサクロロ白金(IV)酸水溶液を調製した。テトラクロロ金(III)酸水溶液とヘキサクロロ白金(IV)酸水溶液とを、体積比で75:25の割合で混合して、原料水溶液(以下、Au75Pt25という)を調製した。
【0039】
(2)合金ナノ粒子水性分散液の作製工程
上記(1)で得られたAu75Pt25を用いて、超高速レーザー誘起核生成法により、Au-Pt合金ナノ粒子を生成させて、金属ナノ粒子水性分散液を作製した。
先ず、合成石英キュベット(1.0×1.0×4.5cm、東ソー・クォーツ株式会社製)に、Au75Pt25を3cm注液した。なお、合成石英キュベットは、予め、ピラニア溶液と30%過酸化水素と36%塩酸とを含む混合液で洗浄し、超純水でリンスした後、大気中で乾燥させることによって洗浄した。
【0040】
次いで、合成石英キュベット中のAu75Pt25に、非球面レンズ(C240TME-B、Thorlabs社製、焦点距離=8mm、開口数=0.5)を用いて焦光したフェムト秒パルスレーザー光を30分間照射して、Au-Pt合金ナノ粒子を生成させた。フェムト秒パルスレーザー光は、波長=800nm、パルス幅=100fs、繰り返し率=100Hz、単一パルスエネルギー=5mJとした。このフェムト秒パルスレーザー光は、再生増幅システム(Spitfire Pro、スペクトラ・フィジックス株式会社製)を備えたTi:サファイアレーザーのレーザー光源を用いて生成した。非球面レンズとしては、焦点距離が8mm、開口数が0.5の非球面レンズ(C240TME-B、Thorlabs社製)を使用した。フェムト秒パルスレーザー光の焦点は、合成石英キュベットの光軸方向の中心で、合成石英キュベットの底部から0.5cmの高さの位置となるように調整した。集束前の初期レーザー光の半径を0.5cm、超純水の屈折率を1.33として算出される焦点でのレーザー光の強度は2.2×1014W・cm-2であった。また、合成石英キュベットとAu75Pt25によるレーザー光の強度の光学損失をゼロと仮定したときの焦点スポットサイズは0.75μmであった。
【0041】
(3)合金ナノ粒子の相間移動工程(金属ナノ粒子分散液の作製工程)
トルエン(富士フイルム和光純薬株式会社製、純度:99.5%以上、室温での比誘電率:2.24、含水量:131質量ppm)と1-ヘキサンチオール(C13SH:富士フイルム和光純薬株式会社製、純度:95.0%以上)とを混合して、1-ヘキサンチオール濃度が6.25×10-3mol・dm-3のトルエン溶液を調製した。容量10cmのガラス製バイアル瓶に、上記(2)で得られた合金ナノ粒子水性分散液3cmを注液し、次いで、合金ナノ粒子水性分散液(水相)の上に、上記の1-ヘキサンチオール含有トルエン溶液(有機相)3cmを静かに注液した。次いで、ボルテックスミキサー(タッチミキサ、ヤマト科学株式会社製)を用いて水相と有機相とを5分間撹拌混合した。その後、得られた混合液を、水相と有機相とに分離するまで静置した。静置後、有機相2.8cmを金属ナノ粒子分散液として分離回収した。
【0042】
[実施例2]
上記(1)原料水溶液の作製工程において、テトラクロロ金(III)酸水溶液とヘキサクロロ白金(IV)酸水溶液とを、体積比で50:50の割合で混合して、原料水溶液(以下、Au50Pt50という)を調製したこと以外は、実施例1と同様にして、金属ナノ粒子分散液を作製した。
【0043】
[実施例3]
上記(1)原料水溶液の作製工程において、テトラクロロ金(III)酸水溶液とヘキサクロロ白金(IV)酸水溶液とを、体積比で25:75の割合で混合して、原料水溶液(以下、Au25Pt75という)を調製したこと以外は、実施例1と同様にして、金属ナノ粒子分散液を作製した。
【0044】
[比較例1]
上記(2)合金ナノ粒子水性分散液の作製工程において、Au25Pt75の代わりに同量のテトラクロロ金(III)酸水溶液(以下、Au100ともいう)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、金属ナノ粒子分散液を作製した。
【0045】
[比較例2]
上記(2)合金ナノ粒子水性分散液の作製工程において、Au25Pt75の代わりに同量のヘキサクロロ白金(IV)酸水溶液(以下、Pt100ともいう)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、金属ナノ粒子分散液を作製した。
【0046】
[評価]
(A)金属ナノ粒子の化学組成
上記(2)合金ナノ粒子水性分散液の作製工程で得られた金属ナノ粒子水性分散液3cmに、塩化ナトリウム12mgを加えて、金属ナノ粒子を沈殿させた後、上澄みをガラスピペットで除去して、金属ナノ粒子を回収した。回収した金属ナノ粒子と王水1.6cmと超純水2cmを混合して、金属ナノ粒子を溶解した。得られた溶液中の金と白金の含有量を、ICP発光分光分析装置(ICP-OES)を用いて測定し、得られた金含有量と白金含有量とから金属ナノ粒子の金含有率(at%)と化学組成を求めた。その結果を、原料水溶液の金含有率(at%)と共に表2に示す。なお、原料水溶液の金含有率は、テトラクロロ金(III)酸水溶液とヘキサクロロ白金(IV)酸水溶液と混合比率から算出した計算値である。
【0047】
【表2】
【0048】
原料水溶液として、Au100を用いた比較例1では高純度の金ナノ粒子が得られ、Pt100を用いた比較例2では、高純度の白金ナノ粒子が得られた。一方、原料水溶液として、Au75Pt25を用いた実施例1や、Au50Pt50を用いた実施例2や、Au25Pt75を用いた実施例3ではそれぞれ、金と白金とを含むAu-Pt合金ナノ粒子が得られた。実施例1~3で得られた金属ナノ粒子の金含有率は、実施例1が76.5at%、実施例2が52.6at%、実施例3が26.5at%であり、原料水溶液の金含有率(実施例1:73.9at%、実施例2:49.6at%、実施例3:25.6at%)とほぼ同じであった。超高速レーザー誘起核生成法では、異なる還元電位を持つ[AuCl及び[PtCl2-の複合イオンを同時に還元することができる。このため、この超高速レーザー誘起核生成法を用いて生成したAu-Pt合金ナノ粒子の化学組成は、原料水溶液の金と白金の含有量比を直接的に反映すると考えられる。
【0049】
(B)合金ナノ粒子の相間移動
上記(3)合金ナノ粒子の相間移動工程において、金属ナノ粒子分散液と1-ヘキサンチオール含有トルエン溶液とを撹拌混合する前と撹拌混合した後の水相及び有機相を目視で観察して、合金ナノ粒子の有機相への相間移動の有無を評価した。その結果を、下記の表3に示す。
【0050】
【表3】
【0051】
実施例1~3では、撹拌混合前は、水相が淡褐色であって、有機相が無色透明であり、撹拌混合後は、水相が無色透明であって、有機相が淡褐色となり、水相と有機相との間に凝集粒子がわずかに存在した。これは、水相中のAu-Pt合金ナノ粒子が、撹拌混合によって、有機相に相間移動したことを示唆している。この相間移動は、1-ヘキサンチオール含有トルエン溶液に含まれている1-ヘキサンチオールのメルカプト基がAu-Pt合金ナノ粒子と結合し、Au-Pt合金ナノ粒子の表面が1-ヘキサンチオールで修飾されることにより、Au-Pt合金ナノ粒子とトルエンとの親和性が高くなることによって生じたと考えられる。また、水相と有機相との間に凝集粒子がわずかに存在したのは、撹拌混合によって生成した凝集粒子の一部が水相と有機相との液-液界面でトラップされたことを示唆している。
【0052】
また、比較例1では、撹拌混合前は、水相が赤色であって、有機相が無色透明であり、撹拌混合後は、水相が無色透明であって、有機相が紫色となり、水相と有機相との間に凝集粒子がわずかに存在した。これは、実施例1~3の場合と同様に、撹拌混合によって、水相中の金ナノ粒子が有機相に相間移動すると共に、撹拌混合によって生成した凝集粒子の一部が水相と有機相との液-液界面でトラップされたことを示唆している。
【0053】
一方、比較例2では、撹拌混合前は、水相が淡褐色であって、有機相が無色透明であり、撹拌混合後は、水相と有機相の両方が無色透明となり、水相と有機相との間に凝集粒子が多数存在した。これは、白金ナノ粒子は、1-ヘキサンチオールとの親和性が低いため、撹拌混合によって凝集粒子が多量に生成し、その生成した凝集粒子が部分的に1-ヘキサンチオールで修飾されることによって、水との親和性が低下して、有機相に相間移動せずに、水相と有機相との液-液界面でトラップされたことを示唆している。
【0054】
(C)電子線耐性
実施例1及び比較例1で作製された金属ナノ粒子分散液に電子線を照射して、電子線照射後の金属ナノ粒子の形状を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察することによって、電子線耐性を評価した。試料の金属ナノ粒子分散液は、炭素被覆銅製マイクログリッド(NP-C15、応研商事株式会社製)に金属ナノ粒子分散液を数滴滴下して調製した。銅製マイクログリッドは予め、大気中で乾燥させた。試料への電子線の照射とTEMによる観察は、TEM装置(EM-002B、株式会社トプコンテクノハウス社製)を用いて行った。TEM装置の加速電圧は、200kVとした。
【0055】
その結果を、図2A図2Dに示す。図2Aは、実施例1で作製した金属ナノ粒子分散液に電子線を5秒間照射した後の状態を示すTEM画像であり、図2Bは、電子線を30秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。また、図2Cは、比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液に電子線を5秒間照射した後の状態を示すTEM画像であり、図2Dは、電子線を30秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。
【0056】
図2AのTEM画像と図2BのTEM画像とを比較すると、実施例1の金属ナノ粒子分散液は、5秒間の電子線照射後と30秒間照射後とで、Au-Pt合金ナノ粒子の形状変化が少ないことがわかる。これは、金よりも自己拡散係数が低い白金を含有するAu-Pt合金ナノ粒子では、電子線照射による金属原子の自己拡散が促進されにくいことを示唆している。これに対して、図2CのTEM画像と図2DのTEM画像とを比較すると、比較例1の金属ナノ粒子分散液は、5秒間の電子線照射後と比較して30秒間の電子線照射後の方が、金ナノ粒子が粗大化していることがわかる。これは、金ナノ粒子は電子線照射によって粒子表面で金原子の自己拡散が促進されたことを示唆している。
【0057】
(D)耐熱性
実施例1及び比較例1で得られた金属ナノ粒子分散液を、85℃(358K)に加熱し、加熱後の金属ナノ粒子分散液の紫外可視透過スペクトルを測定することによって、耐熱性を評価した。紫外可視透過スペクトルは、分光光度計(V630、日本分光株式会社製)を用いて測定した。加熱温度の85℃は、日本工業規格 C 60721-1:2009「環境条件の分類-第1部:環境パラメータ及びその厳しさ」(国際規格IEC 60721-1)に基づいて設定した。
【0058】
その結果を、図3A図3Bに示す。図3Aは、実施例1で作製した金属ナノ粒子分散液を加熱した後の紫外可視透過スペクトルである。図3Bは、比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液を加熱した後の紫外可視透過スペクトルである。図3A及び図3Bには、85℃で12時間、24時間、36時間、48時間、60時間加熱した後の金属ナノ粒子分散液の紫外可視透過スペクトルが示されている。
【0059】
図3Aの結果から、実施例1の金属ナノ粒子分散液は、12時間~60時間加熱しても、紫外可視透過スペクトルがほぼ同じであることがわかる。また、60時間加熱後の金属ナノ粒子分散液を観察したところ、Au-Pt合金ナノ粒子の沈殿が殆ど見られず、Au-Pt合金ナノ粒子は分散状態を維持していた。これらの結果は、金よりも自己拡散係数が低い白金を含有するAu-Pt合金ナノ粒子では、加熱による金属原子の自己拡散が促進されにくいことを示唆している。これに対して、図3Bの結果から、比較例1の金属ナノ粒子分散液では、60時間加熱すると、紫外可視透過率が高くなることがわかる。また、60時間加熱後の金属ナノ粒子分散液を観察したところ、金ナノ粒子が多量に沈殿していた。これらの結果は、金ナノ粒子は加熱によって粒子表面で金原子の自己拡散が促進されやすいことを示唆している。
【0060】
次に、前記(C)電子線耐性と同様に、60時間加熱後の金属ナノ粒子分散液に電子線を照射して、電子線照射後の金属ナノ粒子の形状を透過型電子顕微鏡(TEM)のTEM画像により観察した。その結果を、図4A図4Dに示す。図4Aは、実施例1で作製した金属ナノ粒子分散液を85℃で加熱した後に、電子線を5秒間照射した後の状態を示すTEM画像であり、図4Bは、電子線を30秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。図4Cは、比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液を85℃で加熱した後に電子線を5秒間照射した後の状態を示すTEM画像であり、図4Dは、電子線を30秒間照射した後の状態を示すTEM画像である。
【0061】
図4AのTEM画像と図4BのTEM画像とを比較すると、金属ナノ粒子分散液は、5秒間の電子線照射後と30秒間照射後とで、Au-Pt合金ナノ粒子の形状変化が少ないことがわかる。これは、85℃で加熱した後であっても、金よりも自己拡散係数が低い白金を含有するAu-Pt合金ナノ粒子では、電子線照射による金属原子の自己拡散が促進されにくいことを示唆している。これに対して、金属ナノ粒子分散液は、5秒間の電子線照射後でも凝集粒子が観察された(図4C)。この凝集粒子は、金属ナノ粒子分散液を85℃で加熱したときに生成したものであると考えられる。また、図4DのTEM画像を図2DのTEM画像と比較すると、図4DのTEM画像中の金ナノ粒子は、図2DのTEM画像中の金ナノ粒子と比較して粗大化していることがわかる。これは、85℃で加熱した後の金ナノ粒子は電子線照射による金原子の自己拡散がより促進されることを示唆している。
【0062】
(E)真空紫外線照射による有機化合物除去後の金属ナノ粒子の凝集性
実施例1及び比較例1で得られた金属ナノ粒子分散液の金属ナノ粒子の表面を修飾している有機化合物(1-ヘキサンチオール)を除去し、有機化合物除去後の金属ナノ粒子の凝集性を評価した。有機化合物の除去は、炭素被覆銅製マイクログリッドに、金属ナノ粒子分散液を数滴滴下し、1kPaの減圧環境下で乾燥させ、得られた金属ナノ粒子にXeエキシマランプ(UER-20-172VA、ウシオ電機株式会社製)を用いて、波長172nmの真空紫外光を照射することにより行った。金属ナノ粒子の凝集性は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて電子線を30秒照射して、電子線照射後の金属ナノ粒子の形状をTEM画像により観察することによって行った。その結果を、図5A図5Bに示す。図5Aは、実施例1で作製した金属ナノ粒子分散液の有機化合物除去後の金属ナノ粒子の凝集状態を示すTEM画像である。図5Bは、比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液の有機化合物除去後の金属ナノ粒子の凝集状態を示すTEM画像である。
【0063】
図5Aに示すように、実施例1で作製した金属ナノ粒子分散液では、有機化合物除去後であっても金属ナノ粒子は殆ど凝集しておらず、粒子形状が維持されていることがわかる。一方、図5Bに示すように、比較例1で作製した金属ナノ粒子分散液では、有機化合物除去後は、凝集しやすくなることがわかる。この結果は、白金原子近くの金原子の自己拡散が抑制されていること示唆している。
【0064】
(F)金属ナノ粒子の熱安定性
実施例1~3及び比較例1で得られた金属ナノ粒子分散液の金属ナノ粒子について、示差走査熱量測定(DSC)を行なって、金属ナノ粒子の熱安定性を評価した。DSCの測定は、試料の金属ナノ粒子を白金パンに入れて、アルゴンガス雰囲気下で、10K・min-1の昇温速度で873Kまで加熱することによって行った。測定装置は、示差走査熱量測定装置(DSC;X-DSC7000、株式会社日立ハイテクサイエンス社製)を用いた。試料の金属ナノ粒子は、金属ナノ粒子分散液を凍結乾燥して得た。DSC測定中、空の白金パンをリファレンスとして用いた。その結果を、図6に示す。図6において、(a)は比較例1で作製した金ナノ粒子であり、(b)は実施例1で作製した合金ナノ粒子(Au0.765Pt0.235)であり、(c)は実施例2で作製した合金ナノ粒子(Au0.526Pt0.474)であり、(d)は実施例3で作製した合金ナノ粒子(Au0.265Pt0.735)である。
【0065】
図6に示すように、全ての金属ナノ粒子のDSC曲線において、自己拡散によって引き起こされる逐次的な再結晶化と結晶成長が原因であると考えられるピークが確認された。金ナノ粒子の最大吸熱ピークは784Kに現れた(a)。金単体の融点は1337Kであることから、ナノ粒子化によるサイズ効果により、金ナノ粒子の最大吸熱ピークの温度が低下したと考えられる。合金ナノ粒子(Au0.765Pt0.235)の最大吸熱ピークは830Kに現れ(b)、合金ナノ粒子(Au0.526Pt0.474)の最大吸熱ピークは831Kに現れ(c)、合金ナノ粒子(Au0.265Pt0.735)の最大吸熱ピークは837Kに現れた(d)。合金ナノ粒子は、最大吸熱ピークの温度が、金ナノ粒子の最大吸熱ピークの温度よりも約40K高くなり、熱安定性が向上した。
【0066】
(G)金属ナノ粒子の平均粒子径、金属ナノ粒子分散液の含水量
実施例1~3で得られた金属ナノ粒子分散液について、金属ナノ粒子の平均粒子径と金属ナノ粒子分散液の含水量を測定した。その結果を、下記の表4に示す。なお、金属ナノ粒子の平均粒子径は、金属ナノ粒子分散液のTEM画像から算出した。平均粒子径の算出は、ソフトウェア(ImageJ、米国国立衛生研究所)を用いて行なった。また、金属ナノ粒子分散液の含水量は、カールフィッシャー水分計(MKC-710、京都電子工業株式会社製)を用いて測定した。比較例1の金属ナノ粒子分散液はTEM画像の撮影中に金ナノ粒子が融着した。このため、比較例1は、金属ナノ粒子の平均粒子径と金属ナノ粒子分散液の含水量は計測不能であった。
【0067】
【表4】
【0068】
(H)金属ナノ粒子分散液の脱水処理
実施例1で得られた金属ナノ粒子分散液と五酸化二リンとを密閉容器内で48時間共存させて、金属ナノ粒子分散液を脱水処理した。脱水処理後の金属ナノ粒子分散液は含水量が319質量ppmにまで低減した。
【0069】
[実施例4]
(1)原料水溶液の作製工程において、塩化パラジウム(II)(PdCl、純度:99.9%以上、シグマ-アルドリッチジャパン社製)を超純水に溶解させて、パラジウム濃度が2.5×10-4mol・dm-3の塩化パラジウム(II)酸水溶液を調製したこと、テトラクロロ金(III)酸水溶液と上記の塩化パラジウム(II)酸水溶液とを、体積比で50:50の割合で混合したこと以外は実施例1と同様にして、原料水溶液(以下、Au50Pd50という)を調製した。次いで、(2)合金ナノ粒子水性分散液の作製工程において、Au50Pd50を用いたこと以外は実施例1と同様にして、Au-Pd合金ナノ粒子を生成させて、Au-Pd合金ナノ粒子の水性分散液を作製した。そして、(3)合金ナノ粒子の相間移動工程において、Au-Pd合金ナノ粒子の水性分散液を用い、トルエンの代わりに同量のオクタン(富士フイルム和光純薬株式会社製、純度:98%以上、室温での比誘電率:1.95、含水量:46質量ppm)を用いたこと、1-ヘキサンチオールの代わりに、同量の1-ドデカンチオール(C1225SH:富士フイルム和光純薬株式会社製、純度:98.0%以上)を用いたこと以外は実施例1と同様にして、金属ナノ粒子分散液を作製した。
【0070】
[実施例5]
上記(1)原料水溶液の作製工程において、テトラクロロ金(III)酸水溶液と塩化パラジウム(II)酸水溶液とを、体積比で75:25の割合で混合して、原料水溶液(以下、Au75Pd25という)を調製したこと以外は、実施例4と同様にして、金属ナノ粒子分散液を作製した。
【0071】
[実施例6]
上記(1)原料水溶液の作製工程において、テトラクロロ金(III)酸水溶液と塩化パラジウム(II)酸水溶液とを、体積比で90:10の割合で混合して、原料水溶液(以下、Au90Pd10という)を調製したこと以外は、実施例4と同様にして、金属ナノ粒子分散液を作製した。
【0072】
[実施例7]
(3)合金ナノ粒子の相間移動工程において、1-ドデカンチオールの代わりに、同量の1-ドデシルアミン(C1225NH:富士フイルム和光純薬株式会社製、純度:95.0%以上)を用いたこと以外は実施例4と同様にして、金属ナノ粒子分散液を作製した。
【0073】
[実施例8]
(1)原料水溶液の作製工程において、塩化ロジウム(III)三水和物(RhCl・3HO、純度:95.0%以上、富士フイルム和光純薬株式会社製)を超純水に溶解させて、ロジウム濃度が2.5×10-4mol・dm-3の塩化ロジウム(III)水溶液を調製したこと、テトラクロロ金(III)酸水溶液と上記の塩化ロジウム(III)水溶液とを、体積比で90:10の割合で混合したこと以外は実施例1と同様にして、原料水溶液(以下、Au90Rh10という)を調製した。次いで、(2)合金ナノ粒子水性分散液の作製工程において、Au90Rh10を用い、トルエンの代わりに同量のオクタン(富士フイルム和光純薬株式会社製、純度:98%以上)を用いたこと、1-ヘキサンチオールの代わりに、同量の1-ドデカンチオール(C1225SH:富士フイルム和光純薬株式会社製、純度:98.0%以上)を用いたこと以外は実施例1と同様にして、Au-Pd合金ナノ粒子を生成させて、Au-Rh合金ナノ粒子の水性分散液を作製した。そして、(3)合金ナノ粒子の相間移動工程において、Au-Ph合金ナノ粒子の水性分散液を用いたこと以外は実施例1と同様にして、金属ナノ粒子分散液を作製した。
【0074】
[比較例3]
(3)合金ナノ粒子の相間移動工程において、有機相を2.8cmより多く金属ナノ粒子分散液として分離回収したこと以外は、実施例1と同様にして、金属ナノ粒子分散液を作製した。得られた金属ナノ粒子分散液はわずかに水相を含んでいた。
【0075】
[比較例4]
(3)合金ナノ粒子の相間移動工程において、1-ドデカンチオールの代わりに、同量の1-ドデカノール(C1225OH:富士フイルム和光純薬株式会社製、純度:95.0%以上)を用いたこと以外は実施例4と同様にしたが、金属ナノ粒子は有機相に相間移動しなかったため、金属ナノ粒子分散液を作製できなかった。
これは、有機化合物として、金やパラジウムとの親和性が低い1-ドデカノールを用いたためである。
【0076】
[評価]
実施例4~8及び比較例3で得られた金属ナノ粒子分散液について、波長400nmの光の透過率と含水量を測定し、前記(D)の耐熱性評価を行った。製造直後の波長400nmの光の透過率、含水量と、耐熱性評価後の金属ナノ粒子分散液の目視観察結果、波長400nmの光の透過率、含水量を、下記の表5に示す。なお、表5には、実施例1及び比較例1で得られた合金ナノ粒子分散液の結果を合わせて示す。
【0077】
【表5】
【0078】
合金ナノ粒子と親和性が高い有機化合物を用い、かつ含水量が600質量pppm以下である実施例4~8で得られた金属ナノ粒子分散液は、いずれも耐熱性評価後室温に冷却した際に合金ナノ粒子の凝集が見られなかった。これに対して、わずかに水相を含む比較例3の金属ナノ粒子分散液では、耐熱性評価後に金属ナノ粒子分散液が白濁した。これは、加熱中に水相が金属ナノ粒子分散液(有機相)に取り込まれて、含水量が高くなることによって、加熱後室温に冷却した炭化水素溶媒の中に水のエマルジョンが形成され、均質な分散液の状態が阻害されるためである。なお、比較例4の耐熱性評価後の金属ナノ粒子分散液と五酸化二リンとを密閉容器内で48時間共存させて、金属ナノ粒子分散液を脱水処理したところ、脱水処理後の金属ナノ粒子分散液は、含水量が367質量ppmにまで低減すると共に透明な分散液となった。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本実施形態の金属ナノ粒子分散液は、日本工業規格 C 60721-1:2009「環境条件の分類-第1部:環境パラメータ及びその厳しさ」(国際規格IEC 60721-1)に求められる、85℃の温度での耐久性を有している。本実施形態の金属ナノ粒子分散液に含まれる金属ナノ粒子は、耐熱性と電子線耐性を有するので、電子デバイスに好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0080】
1 金属ナノ粒子分散液
2 炭化水素系溶媒
3 合金ナノ粒子
4 有機化合物
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図4D
図5A
図5B
図6