IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社日立ハイテクノロジーズの特許一覧

特許7202267磁気抵抗効果素子および磁気抵抗効果デバイス
<>
  • 特許-磁気抵抗効果素子および磁気抵抗効果デバイス 図1
  • 特許-磁気抵抗効果素子および磁気抵抗効果デバイス 図2
  • 特許-磁気抵抗効果素子および磁気抵抗効果デバイス 図3
  • 特許-磁気抵抗効果素子および磁気抵抗効果デバイス 図4
  • 特許-磁気抵抗効果素子および磁気抵抗効果デバイス 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-27
(45)【発行日】2023-01-11
(54)【発明の名称】磁気抵抗効果素子および磁気抵抗効果デバイス
(51)【国際特許分類】
   H10N 52/85 20230101AFI20221228BHJP
   H10N 50/10 20230101ALI20221228BHJP
   G01R 33/09 20060101ALI20221228BHJP
【FI】
H01L43/10
H01L43/08 Z
G01R33/09
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019144574
(22)【出願日】2019-08-06
(65)【公開番号】P2021027189
(43)【公開日】2021-02-22
【審査請求日】2021-11-22
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】深谷 直人
(72)【発明者】
【氏名】早川 純
【審査官】小山 満
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2010/0072524(US,A1)
【文献】特開2000-306375(JP,A)
【文献】特開2004-071714(JP,A)
【文献】特開2005-210126(JP,A)
【文献】特開2018-112481(JP,A)
【文献】特表2009-509357(JP,A)
【文献】国際公開第2007/035786(WO,A2)
【文献】米国特許第06215695(US,B1)
【文献】米国特許出願公開第2004/0262654(US,A1)
【文献】国際公開第2004/013919(WO,A1)
【文献】欧州特許出願公開第01526588(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2005/0157544(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 43/10
H01L 43/08
G01R 33/09
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
反強磁性層と、
前記反強磁性層上に形成された第1強磁性固定層と、
前記第1強磁性固定層上に形成された第1非磁性層と、
前記第1非磁性層上に形成された強磁性自由層と、
前記強磁性自由層上に形成され、前記強磁性自由層の上面に接する保護層と、
により構成された磁気抵抗効果積層膜を備え、
前記保護層は
0nm以下の膜厚を有し
前記強磁性自由層との間で磁気結合を有さず、
化物反強磁性体を含む、磁気抵抗効果素子。
【請求項2】
請求項1記載の磁気抵抗効果素子において、
前記保護層は、第1元素の酸化物を含み、
前記第1元素は、Ni、Cr、Fe、CoまたはMnである、磁気抵抗効果素子。
【請求項3】
請求項2記載の磁気抵抗効果素子において、
前記反強磁性層は、前記第1元素の酸化物を含む、磁気抵抗効果素子。
【請求項4】
請求項1記載の磁気抵抗効果素子において、
前記第1非磁性層は、Cuを含み、
前記第1強磁性固定層または前記強磁性自由層は、Fe、Ni、Coまたはこれらの合金を含む、磁気抵抗効果素子。
【請求項5】
請求項1記載の磁気抵抗効果素子において、
前記第1強磁性固定層は、
第2強磁性固定層と、
前記第2強磁性固定層上に形成された第2非磁性層と、
前記第2非磁性層上に形成された第3強磁性固定層と、
を有する、磁気抵抗効果素子。
【請求項6】
請求項5記載の磁気抵抗効果素子において、
前記第2強磁性固定層または前記第3強磁性固定層は、CoまたはCo-Fe合金を含み、
前記第2非磁性層は、RuまたはIrを含む、磁気抵抗効果素子。
【請求項7】
請求項5記載の磁気抵抗効果素子において、
前記第2強磁性固定層の磁化方向と、前記第3強磁性固定層の磁化方向とは、互いに反平行の関係にある、磁気抵抗効果素子。
【請求項8】
請求項1記載の磁気抵抗効果素子において、
前記反強磁性層は、Ni、Cr、Fe、Co若しくはMnを含む酸化物、または、Fe、Mn、Pt若しくはIrを含む金属から成る、磁気抵抗効果素子。
【請求項9】
請求項1記載の磁気抵抗効果素子において、
前記反強磁性層の下に形成された下地層と、
前記下地層の下に形成された基板と、
をさらに有し、
前記下地層は、Ta、Ti、Ni、CrまたはFeを含む金属から成る、磁気抵抗効果素子。
【請求項10】
請求項1記載の磁気抵抗効果素子を備え、
磁気抵抗効果積層膜の上面に接続された複数の電極を有する、磁気抵抗効果デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁気抵抗効果素子および磁気抵抗効果デバイスに関し、特に、低磁界領域で巨大な磁気抵抗変化を起こす磁気抵抗効果素子および磁気抵抗効果デバイスに利用できるものである。
【背景技術】
【0002】
近年、磁気抵抗効果素子を用いた磁気センサは、微小な磁界の変化を検出することができ、ハードディスクドライブの読み取りヘッドに代表されるように様々な用途に用いられている。一般的な巨大磁気抵抗効果素子は、基本構造として、下側から順に積層された強磁性固定層、非磁性中間層および強磁性自由層から成るGMR(Giant Magneto Resistance、磁気抵抗)積層膜を有している。自由層は外部磁界の変化に対して磁化方向が敏感に変化するのに対して、固定層は外部磁場により磁化方向が変化しないように、固定層自体の材料または固定層の下地の積層構造が設計されている。このような基本構造において、自由層と固定層の磁化方向の相対角が外部磁場により変化することによって電気抵抗が大きく変化する現象は、巨大磁気抵抗効果(GMR効果)と呼ばれている。
【0003】
特にGMR積層膜の上部側から侵入する磁界を検知する場合には、GMR積層膜の下部に固定層を設け、上部に自由層を設ける、所謂ボトム固定型のスピンバルブGMR積層膜が用いられる。このとき、GMR積層膜を外部環境からの劣化(酸化などの化学反応)から保護するために、自由層上に表面層として保護層を形成する。保護層の特性として、磁界をよく通すことが要求される。
【0004】
特許文献1(特開2000-276710号公報)には、保護層に非磁性高抵抗層を用いることで、保護層への分流を極力低減し、GMR効果が発現する強磁性固定層、非磁性中間層および強磁性自由層に効率よく電流を流すことが記載されている。加えて、当該保護層は、伝導電子の電子スピンの向きを変えることなく電子を反射する鏡面反射層としても機能し、これによりGMR効果が促進されることが記載されている。特許文献2(米国特許出願公開第2002/0012207号明細書)には、スピンバルブ型GMR素子において、自由層に接する最上部層に鏡面反射層を形成することで、鏡面反射効果によりGMR効果を促進することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-276710号公報
【文献】米国特許出願公開第2002/0012207号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では自由層の上面に接する上部層を非磁性体高抵抗層により構成しているが、当該上部層は非磁性体であるため、十分に磁界を通す材料であるとは言えない。また特許文献2では、自由層の上面に接する上部層を構成する鏡面反射層の材料として、非磁性体だけでなく反強磁性体も使用可能である旨が記載されている。しかし、一般的に反強磁性体は自由層と磁気結合するため、自由層の磁化方向が固定され、自由層として機能しなくなる。
【0007】
このため、自由層の機能を維持しつつ、磁界をよく通す保護層を用いたGMR素子を実現することが求められている。
【0008】
その他の課題と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願において開示される実施の形態のうち、代表的なものの概要を簡単に説明すれば、次のとおりである。
【0010】
代表的な実施の形態による半導体装置は、下から順に形成された反強磁性層、強磁性固定層、非磁性層、強磁性自由層および保護層から構成される磁気抵抗効果素子であり、前記保護層を、10nm以下の膜厚を有する酸化物反強磁性体層により構成するものである。
【発明の効果】
【0011】
代表的な実施の形態によれば、磁気抵抗効果素子の性能を向上させることができる。特に、磁気抵抗効果素子の上方の磁界を効率的に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施の形態1である磁気抵抗効果素子を構成する磁気抵抗効果積層膜の断面図である。
図2】本発明の実施の形態2である磁気抵抗効果素子を構成する磁気抵抗効果積層膜の断面図である。
図3】保護層の膜厚と交換結合磁界との関係を示すグラフである。
図4】本発明の実施の形態2である磁気抵抗効果素子を備えた磁気抵抗効果デバイスを示す平面図である。
図5】実験例2と比較例とのそれぞれにおけるMR比および保磁力を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施の形態を説明するための全図において、同一の機能を有する部材には同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。また、実施の形態では、特に必要なときを除き、同一または同様な部分の説明を原則として繰り返さない。
【0014】
(実施の形態1)
以下では、基板上に順に積層された下地層、反強磁性層、強磁性固定層、非磁性中間層、強磁性自由層および保護層を有するGMR(Giant Magneto Resistance、巨大磁気抵抗)積層膜を備えた磁気抵抗効果素子の性能を向上させることについて説明する。具体的には、保護層上から侵入する磁界をより効率よく検出することについて説明する。本実施の形態の主な特徴は、保護層の材料および保護層の膜厚を工夫している点にある。
【0015】
<磁気抵抗効果素子の構造>
図1に、本実施の形態のGMR積層膜の構成を示す。本実施の形態のGMR積層膜は、基板101を有し、基板101上に形成された下地層102を有している。下地層102は、GMR積層膜を平坦に形成する役割と、下地層102上に形成されたGMR積層膜の構成膜を結晶化させる役割を持つ。下地層102は、Ta(タンタル)、Ti(チタン)、Ni(ニッケル)、Cr(クロム)またはFe(鉄)を含む金属から成る。具体的には、下地層102は1種類以上の材料から構成され、例えば、Ta層およびNiCr(ニッケルクロム)層の2層から成る積層膜により形成することができる。下地層102の膜厚が薄い場合、下地層として機能しなくなるため、下地層102は1nm以上の膜厚を有することが望ましい。
【0016】
下地層102上には、反強磁性層103が形成されている。反強磁性層103はGMR積層膜が動作する室温以上で磁性を維持することが必要である。よって、反強磁性層103を構成する材料は、Ni、Cr、Fe、Co(コバルト)若しくはMn(マンガン)のいずれか1つ以上の元素を含む酸化物であることが好ましい。あるいは、反強磁性層103を構成する材料は、Fe、Mn、Pt(白金)若しくはIr(イリジウム)のいずれか1つ以上の元素を含む金属であることが好ましい。反強磁性層103は、全体として磁気モーメントを持たない材料から成る。ただし、微細な観点において、反強磁性層103内では磁性原子の磁気モーメントが互い違いに逆向きに規則正しく並んでいる。本実施の形態の反強磁性層103は、例えば、基板101の上面に沿う方向であって、互いに反対向きの2種類の磁気モーメントのみを有している。その結果、自発磁化は打消し合うため、反強磁性層103の自発磁化は全体としてゼロになっている。
【0017】
反強磁性層103上には、強磁性固定層104が形成されている。強磁性固定層104は、単体では磁化の向きが固定されない強磁性層である。しかし、反強磁性層103と強磁性固定層104とが相互間の界面で磁気結合することで、強磁性固定層104の磁化方向が固定される。強磁性固定層104の磁化方向は、外部磁界が大きい場合であっても容易に変化しない必要がある。このため、強磁性固定層104の材料としては、Fe、Ni、Coまたはこれらの合金のうちの少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0018】
強磁性固定層104上には、非磁性中間層(非磁性層)105が形成されている。また、非磁性中間層105上には、強磁性自由層106が形成されている。非磁性中間層105は、非磁性中間層105の上の強磁性自由層106と、非磁性中間層105の下の強磁性固定層104との磁気結合を消失させるために十分厚い膜厚を有している必要がある。非磁性中間層105の膜厚は、例えば1nm以上であることが好ましい。また、GMR効果は、強磁性固定層104、非磁性中間層105および強磁性自由層106を含む領域で発現するため、当該領域に効率よく電流を流すために、非磁性中間層105は伝導性の高い材料から成ることが好ましい。非磁性中間層105の材料としては、例えばCuなどが挙げられる。
【0019】
非磁性中間層105上に形成された強磁性自由層106は、単体では磁化の向きが固定されない強磁性層である。強磁性自由層106は、磁気抵抗効果素子の上部で検査対象物から発生する微弱な磁界を検出する際に磁化方向が変化するセンシング位置である。したがって、強磁性自由層106は、その磁化方向が、外部磁界の変化に対して容易に変わる材料により構成されている必要がある。つまり、強磁性自由層106は、良好な軟磁気特性を示す必要がある。このため、強磁性自由層106の材料は、Fe、Ni、Coまたはこれらの合金のうちの少なくとも1つを含むことが好ましい。特に、Niの比率が50%以上であることがより好ましい。
【0020】
強磁性自由層上106には、保護層107が形成されている。このように、GMR積層膜は、基板101と、基板101上に順に積層された下地層102、反強磁性層103、強磁性固定層104、非磁性中間層105、強磁性自由層106および保護層107を有している。保護層107は、強磁性自由層106の上面に接し、強磁性自由層106の上面の全体を覆っている。
【0021】
保護層107は、強磁性自由層106がGMR積層膜の外部環境により劣化することを防ぐ役割を有している。すなわち、保護層107は、強磁性自由層106が酸化などの化学反応により変質し、これにより磁気抵抗効果素子の信頼性が低下することを防ぐ役割を有する。保護層107の膜厚は、0.5~10nmである。保護層107の膜厚は、その結晶性を維持する必要があるため、少なくとも0.5nmの膜厚を有する。本実施の形態の主な特徴の1つは、保護層107の膜厚を10nmとしている点にある。
【0022】
また、本実施の形態の主な特徴の1つとして、保護層107は、酸化物反強磁性体から成る。具体的には、保護層107は、Ni、Cr、Fe、CoまたはMnのいずれか1つ以上の元素を含む酸化物から成る。反強磁性層103と保護層107とは、いずれも反強磁性体であり、同じ材料により構成されていてもよい。つまり、反強磁性層103および保護層107が、同一の元素(Ni、Cr、Fe、CoまたはMn)の酸化物により構成されていてもよい。
【0023】
また本実施の形態において、保護膜107の表面を分子修飾することで検出対象を含む分子を結合させ、さらに漏洩磁場を生じる物質を特異的に結合させることでバイオセンサーとして機能させることができる。保護膜107の表面における分子修飾として、例えば保護膜107の表面において酸素プラズマ処理を行うことで酸素を水酸基に変換し、アミノ基とのシランカップリング反応により3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)で修飾することが可能である。その際に保護膜107を構成する材料としては、NiO、α―Fe、CoO、α―CrまたはMnOが好ましい。より好ましい当該材料としては、酸素原子の表面密度が大きいα―Feまたはα―Crを使用することができる。
【0024】
上記のGMR積層膜の構造は、X線回折(XRD:X-ray diffraction)によって容易に確認ができる。また、上記のGMR積層膜の構造は、TEM(Transmission Electron Microscope、透過型電子顕微鏡)などの電子顕微鏡により格子像を観察することで確認できる。また、上記のGMR積層膜の単結晶もしくは多結晶の結晶構造と積層構造とは、電子線回折像においてスポット状パターンまたはリング状パターンを観察することで確認することができる。GMR積層膜の各層の組成分布はEDX(Energy dispersive X-ray spectrometry、エネルギー分散型X線分析)などのEPMA(Electron Probe Micro Analyzer、電子線マイクロアナライザー)を用いて確認できる。また、当該組成分布は、SIMS(Secondary Ion Mass Spectrometry、二次イオン質量分析法)、X線光電子分光法またはICP(Inductively Coupled Plasma、誘導結合プラズマ)発光分光分析法などの手法を用いて確認できる。
【0025】
<磁気抵抗効果素子の動作>
本実施の形態の磁気抵抗効果素子は、図1に示すGMR積層膜の積層方向(高さ方向、縦方向、垂直方向)における保護層107の上方に位置する検出対象(例えば、磁性粒子)から生じる漏れ磁界を検出するものである。GMR積層膜に検出対象が近付くと、当該漏れ磁界により強磁性自由層106の磁化の向きが180°変わる。このとき、強磁性固定層104の磁化方向は固定されているため、変化しない。これにより、例えば強磁性自由層106の磁化の向きと強磁性固定層104の磁化の向きとが相対的に逆方向、つまり反平行になると、GMR積層膜の抵抗値が上昇する。また、GMR積層膜と検出対象とが互いに遠ざかると、強磁性自由層106が当該漏れ磁界の影響を受けなくなり、強磁性自由層106の磁化の向きと強磁性固定層104の磁化の向きとが同じとなる。これにより、GMR積層膜の抵抗値が低下する。
【0026】
したがって、GMR積層膜の電気抵抗値の変化を観察することで、検出対象の磁気の状態を検知することができる。
【0027】
<GMR積層膜の作製方法>
次に、GMR積層膜の作製方法について説明する。GMR積層膜の各層は、例えば、到達真空度1.0×10-5Pa以下の超高真空中で行うスパッタリング法により形成できる。各層の材料は、形成する各層と同じ組成を持つスパッタリングターゲットを用いて形成できる。平坦且つ結晶性および配向性のよい層を得るため、成膜時のAr(アルゴン)圧力は10mTorr以下であることが好ましい。成膜後は1.0×10-5Pa以下の超高真空下で磁界中アニール処理を行う。その際のアニール温度は、平坦且つ結晶性および配向性のよい層を得るため、200℃以上、400℃以下であることが好ましい。より好ましくは、240℃以上、300℃以下でアニールすると、さらに平坦且つ結晶性および配向性のよい層が得られる。またアニールにおける磁界の大きさが5kOe以上であると、強磁性固定層の磁化方向の固定化が促進されるため好ましい。
【0028】
<磁気抵抗効果素子の効果>
GMR積層膜のセンシング位置である強磁性自由層を保護する観点から、強磁性自由層上には保護層が必要である。ここで、GMR積層膜上から侵入する磁界を検出する際は、保護層を通ってセンシング位置である強磁性自由層に入る磁界を検出する必要がある。したがって、保護層は磁界をよく通す材料から成ることが重要となる。
【0029】
このような保護層を構成する材料として、非磁性体を用いることが考えられる。しかし、非磁性体から成る保護層は磁界を通し難いため、GMR積層膜の上部(保護層の上)で発生する磁界が保護層内で減衰し、保護層の下の強磁性自由層において当該磁界を検知することが困難となる虞がある。
【0030】
そこで、本実施の形態では、図1に示す保護層107を酸化物反強磁性体により構成している。酸化物反強磁性体は酸化物であるために酸素を透過せず、外部環境からの強磁性自由層106の劣化を防ぐことができる。また、保護層107は反強磁性体から成るため、非磁性体と比べて磁化率が小さい。つまり、反強磁性体から成る保護層107は、非磁性体により構成されている保護層に比べて磁界を通し易い性質を持つ。
【0031】
ただし、十分に厚い膜厚を有する反強磁性体から成る層と強磁性体から成る層とが互いに接して重なる場合、それらの層同士の間で磁気結合が起こり、強磁性体から成る層の磁化の向きが固定される。これにより、保護層の下の強磁性自由層の磁化の向きが固定された場合、強磁性自由層が自由層として使用できなくなるため、磁気抵抗効果素子がその機能を発揮できなくなる。これに対し、本実施の形態では、保護層107と強磁性自由層106との間で磁気結合が起こらない範囲で保護層107の膜厚を制御している。具体的には、保護層107の膜厚は、10nm以下である。これにより、保護層107と強磁性自由層106との間では磁気結合が起こらないため、強磁性自由層106の磁化の向きは固定されない。よって、保護層107の磁界透過性を向上させ、且つ、強磁性自由層106をセンシング位置とする磁気抵抗効果素子を正常に動作させることができる。
【0032】
以上より、磁気抵抗効果素子の磁気センサとしての機能を損なうことなく、非磁性体に比べて磁界をよく通す材料により保護層を構成することができるため、磁気抵抗効果素子の上部の磁界を効率的に検出することができる。言い換えれば、磁気抵抗効果素子の検出精度を向上させることができる。すなわち、磁気抵抗効果素子の性能を向上させることができる。
【0033】
本実施の形態において保護層の膜厚を10nm以下と定めている根拠については、以下に実施の形態2において説明する。
【0034】
(実施の形態2)
磁気抵抗効果素子を構成するGMR積層膜の構造は、図2に示すような積層構造を有していてもよい。本実施の形態のGMR積層膜は、基板201上に順に形成された下地層202、反強磁性層203、第1の強磁性固定層204、非磁性結合層205、第2の強磁性固定層206、非磁性中間層207、強磁性自由層208および保護層209により構成されている。このようなGMR積層膜でも、前記実施の形態1と同様に、保護層209上から侵入する磁界を効率よく検出することができる。
【0035】
図1に示す構造とは異なり、ここでは、第1の強磁性固定層204および第2の強磁性固定層206が層形成されており、それらの中間に非磁性結合層(非磁性層)205が形成されている。第1の強磁性固定層204の磁化方向は、反強磁性層203によって固定されている。また、第1の強磁性固定層204上に非磁性結合層205を介して形成された第2の強磁性固定層206の磁化方向は、第1の強磁性固定層204と反対の方向で固定されている。第2の強磁性固定層206の磁化方向は、非磁性結合層205の膜厚、つまり、第1の強磁性固定層204と第2の強磁性固定層206との間の距離により決まる。
【0036】
第1の強磁性固定層204および第2の強磁性固定層206のそれぞれの磁化方向は、互いに反対方向を向いている。言い換えれば、第1の強磁性固定層204の磁化方向と第2の強磁性固定層206の磁化方向とは、反平行の関係にある。これにより、第1の強磁性固定層204および第2の強磁性固定層206のそれぞれから出る磁界は、第1の強磁性固定層204と第2の強磁性固定層206との間をループする。つまり、第1の強磁性固定層204から出た漏れ磁界の殆どは第2の強磁性固定層206を通り、第2の強磁性固定層206から出た漏れ磁界の殆どは第1の強磁性固定層204を通る。このため、第1の強磁性固定層204および第2の強磁性固定層206のそれぞれから出る磁界は外部環境に影響を与えない。
【0037】
このような構造は積層反強磁性構造と呼ばれる。積層反強磁性構造ではGMR積層膜から出る磁界が減少するため、非常に微弱な磁性体の磁界を検出する際、検出前後で検出対象の磁性体の磁気状態を変えずに当該磁性体の磁界を検出することができる。したがって、磁気の状態をより正確に検知することができる。第1の強磁性固定層204および第2の強磁性固定層206のうち少なくとも一方は、CoまたはCo-Fe合金のいずれか一方を含み、非磁性結合層205は、Ru(ルテニウム)とIrとの少なくとも一方を含むことが好ましい。
【0038】
第1の強磁性固定層204、非磁性結合層205および第2の強磁性固定層206から成る積層膜は、1つの強磁性固定層とみなすことができる。すなわち、本実施の形態の磁気抵抗効果素子は、前記実施の形態1の強磁性固定層104が、第1の強磁性固定層204、非磁性結合層205および第2の強磁性固定層206から成る積層膜により構成されているものと考えることができる。
【0039】
以下に、上記構成を有する試料作製の例(実験例1、2)を示す。
【0040】
<実験例1>
本発明者らは、まず強磁性体と磁気結合しない酸化物反強磁性体の膜厚を調べるための試料を作製した。ここで作製したGMR積層膜の構造は、図2に示すものと同じである。保護層209の材料である酸化物反強磁性体としては、NiO(酸化ニッケル)を用いている。
【0041】
ここでは、表面が熱酸化膜で覆われたSi基板上に、Taから成る膜厚5nmの膜とNiFeから成る膜厚5nmの膜とにより構成された積層膜である下地層202を形成している。また、Ir20Mn80から成り6nmの膜厚を有する反強磁性層203と、Co90Fe10から成り1.6nmの膜厚を有する第1の強磁性固定層204とを形成している。また、Ruから成り0.85nmの膜厚を有する非磁性結合層205と、Co90Fe10から成り1.6nmの膜厚を有する第2の強磁性固定層206と、Cuから成り2.5nmの膜厚を有する非磁性中間層207とを形成している。また、Co90Fe10から成り1.0nmの膜厚を有する膜と、Ni81Fe19から成り3.5nmの膜厚を有する膜とにより構成された強磁性自由層208を形成している。また、酸化物反強磁性体である、NiOまたはα-Feから成る保護層209を形成した。
【0042】
本実験例では、保護層209の膜厚によって変化する交換結合磁界を測定するため、膜厚が2~50nmの範囲内で互いに異なる保護層209を複数試作している。つまり、互いに膜厚が異なる保護層209を備えた複数種類のGMR積層膜を形成し、それら複数のGMR積層膜における交換結合磁界(単位:Oe)を測定した。上記複数のGMR積層膜のそれぞれは、6kOeの印加磁場下において240℃で1時間アニールされ、そのまま炉冷されたものである。
【0043】
ここで、酸化物反強磁性体から成る層(反強磁性酸化物層)である保護層209と強磁性自由層208が磁気的に結合している場合は、その界面における磁気的な結合力の大きさに応じて磁化曲線がシフトする現象が観測される。このときの磁化曲線のシフトの大きさを交換結合磁界と呼ぶ。一方で、反強磁性酸化物層から成る保護層209と強磁性自由層208が磁気的に結合していない場合は、磁化曲線のシフトは見られず、交換結合磁界はゼロ近傍の値を示す。
【0044】
図3に、本実験例の結果であるグラフとして、交換結合磁界の保護層膜厚依存性を示す。当該グラフの横軸は保護層209の膜厚を表し、当該グラフの縦軸は、交換結合磁界を表している。図3では、保護層209がNiOから成る場合のグラフのプロットを白い丸で示し、保護層209がα-Feから成る場合のグラフのプロットを黒い四角で示している。
【0045】
図3に示すように、保護層209がNiO、α-Feのいずれにより構成されている場合であっても、保護層209の膜厚が50nmのときは保護層209と強磁性自由層208との界面で磁気結合が起こり、交換結合磁界が生じている。交換結合磁界が生じている場合、MR比が大きくなり、センシング磁界のしきい値が大きくなる。つまり、微弱な磁界を検出することができなくなる。これに対し、保護層209がNiO、α-Feのいずれにより構成されている場合であっても、保護層209の膜厚が10nm以下のときには交換結合磁界はゼロであった。
【0046】
本実験例により、強磁性自由層の上に隣接する保護層を酸化物反強磁性体より構成しても、保護層の厚さが10nm以下であれば、強磁性自由層と保護層との磁気結合が起こらないことが判明した。つまり、保護層の厚さが10nm以下であれば、強磁性自由層は磁化方向が固定されず、磁気抵抗効果素子を正常に動作させることができる。この結果は、積層反強磁性構造を有さない前記実施の形態1の磁気抵抗効果素子であっても同様である。
【0047】
<実験例2>
保護層にNiOを用いた磁気抵抗効果デバイスの試料について説明する。磁気抵抗効果デバイスの構造については、図4を用いて後述する。磁気抵抗効果デバイスは、磁気抵抗効果素子を備えたものである。ここで用いる磁気抵抗効果デバイスを構成するGMR積層膜の構造は、図2に示すものと同じである。
【0048】
下側から順に形成された基板201、下地層202、反強磁性層203、第1の強磁性固定層204、非磁性結合層205、第2の強磁性固定層206、非磁性中間層207および強磁性自由層208のそれぞれの材料の組成と膜厚とは、前記実験例1と同じである。ただし、保護層209はNiOから成り、その膜厚は2.0nmである。以下では、NiOから成る当該保護層209を有するGMR積層膜を、実験例2のGMR積層膜と呼ぶ。
【0049】
また、比較例として、いずれも非磁性金属であるRu膜、Ta膜およびRu膜を順に積層した積層膜を保護層209として有するGMR積層膜も作製した。すなわち当該積層膜は、Ruから成り0.5nmの膜厚を有する膜と、Taから成り1.0nmの膜厚を有する膜と、Ruから成り0.5nmの膜厚を有している。実験例2と比較例との違いは、保護層209の構成のみである。以下では、非磁性金属である当該積層膜から成る当該保護層209を有するGMR積層膜を、比較例のGMR積層膜と呼ぶ。実験例2および比較例のそれぞれのGMR積層膜は、6kOeの印加磁場下において240℃で1時間アニールされ、そのまま炉冷されたものである。
【0050】
次に、デバイス化プロセスについて説明する。磁気抵抗効果素子(GMR積層膜)のデバイス化にはフォトリソグラフィ技術を用いる。まず、GMR積層膜上に、図4の平面図に示すようなGMR積層膜パターン301の形状を有するフォトレジスト膜を、フォトリソグラフィ技術を用いて形成する。その後、当該フォトレジスト膜をエッチング阻止マスクとして用い、アルゴンイオンミリングを用いてエッチングを行い、基板までオーバーエッチングする。その後、フォトレジスト膜を除去する。これにより、平面視で縦方向800μm、横方向300μmの長さを有するGMR積層膜のパターンを形成する。
【0051】
次に、上記のようにしてパターン化したGMR積層膜上に、電極を形成する。まず、電極を形成する領域以外の場所にフォトリソグラフィ技術を用いてフォトレジスト膜を形成する。その後、スパッタリングにより膜厚15nmのTi膜と、膜厚70nmのAu(金)膜とを順に成膜し、その後フォトレジスト膜を除去する。これによりリフトオフすることで、Ti膜およびAu膜を含む積層膜から成る電極302~305をそれぞれ形成する。これにより、図4に示すGMR積層膜パターン301および電極302~305を含む磁気抵抗効果デバイスが略完成する。なお、電極302~305を形成する前に、電極302~305を形成する領域の保護層209(図2参照)を、フォトリソグラフィ技術およびエッチング法を用いて除去することで、電極302~305とGMR積層膜との接触抵抗を低減してもよい。電極302~305のそれぞれは、図2に示す保護層209の上面または強磁性自由層208の上面に接している。電極302~305のそれぞれが酸化物から成る保護層209の上面に接していても、保護層209は膜厚が十分に薄いため、電極302~305とGMR積層膜パターン301の全体とは電気的に接続されている。
【0052】
平面視における電極302~305のそれぞれの短手方向の幅は50μmであり、長手方向の長さは800μmである。電極302~305のそれぞれは、平面視におけるGMR積層膜パターン301の短手方向に延在しており、平面視におけるGMR積層膜パターン301の長手方向において、順に並んでいる。電極302、303の相互の間隔と、電極304、305の相互の間隔とは、互いに同等であり、それらの間隔は、電極303と電極304との間隔よりも小さい。
【0053】
磁気抵抗効果デバイスの形状は、SEM(Scanning Electron Microscope)、TEMまたは光学顕微鏡を用いて容易に確認できる。
【0054】
GMR積層膜パターン301上に磁性を発する物質(検出対象)が存在する場合、GMR積層膜の面内方向の電気抵抗値が変化することで、磁界の大きさを反映した信号を検出することができる。ここでは、GMR積層膜の電気抵抗値を測定する際、GMR積層膜パターン301に対する接触抵抗の影響を低減するため、電極302~305を用いた4端子法により当該電気抵抗値を測定する。当該電気抵抗値を測定時には、GMR積層膜パターン301の面方向、つまりGMR積層膜パターン301の上面に沿う方向において、GMR積層膜パターン301の全体に流れる電流を測定する。
【0055】
次に、直流4端子法を用いてMR比(抵抗変化量)を測定した結果を、図5を用いて説明する。図5には、実験例2と比較例とのそれぞれにおけるMR比および保磁力を示す表を示している。ここでは、外部磁界に対する強磁性自由層の磁化方向の変化のし易さの指標として、保磁力(単位:Oe)を用いている。保磁力が低い程、強磁性自由層の磁化方向は変化し易く、好ましい。表に示すように、実験例2および比較例のそれぞれの試料のMR比は高く、8%を超えている。また、実験例2と比較例とどちらの試料においても、保磁力は5Oe以下の非常に良好な軟磁気特性を示している。
【0056】
これらの結果から、MR特性および磁気特性はいずれも、保護層に非磁性金属を用いた場合(比較例)と、2.0nmの酸化物反強磁性体を用いた場合(実験例2)とを比較した際に変化がないことが分かった。また、非磁性体の磁化率は1.0×10-4~1.0×10-5程度であり、酸化物反強磁性体の磁化率は1.0×10-5~1.0×10-6程度である。したがって、非磁性体の磁化率よりさらに小さい磁化率を持つ酸化物反強磁性体を保護層に用いることで、GMR積層膜の特性を変化させることなく、上部からの磁界をより通すことができる磁気抵抗効果デバイスを形成することができる。
【0057】
つまり、図2に示す磁気抵抗効果素子および図4に示す磁気抵抗効果デバイスの上部の磁界を効率的に検出することができる。言い換えれば、磁気抵抗効果素子および磁気抵抗効果デバイスの検出精度を向上させることができる。すなわち、磁気抵抗効果素子および磁気抵抗効果デバイスの性能を向上させることができる。このことは、積層反強磁性構造を有さない前記実施の形態1の磁気抵抗効果素子を備えた磁気抵抗効果デバイスであっても同様である。
【0058】
以上、本発明者らによってなされた発明をその実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【符号の説明】
【0059】
101、201 基板
102、202 下地層
103、203 反強磁性層
104 強磁性固定層
105、207 非磁性中間層
106、208 強磁性自由層
107、209 保護層
204 第1の強磁性固定層
205 非磁性結合層
206 第2の強磁性固定層
図1
図2
図3
図4
図5