(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-04
(45)【発行日】2023-01-13
(54)【発明の名称】ハイドロゲル組成物
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20230105BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230105BHJP
C12N 5/07 20100101ALI20230105BHJP
C08G 75/14 20060101ALI20230105BHJP
C08L 5/08 20060101ALI20230105BHJP
C08L 71/02 20060101ALI20230105BHJP
C08L 89/00 20060101ALI20230105BHJP
C07K 14/78 20060101ALN20230105BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12M1/00 A
C12N5/07
C08G75/14
C08L5/08
C08L71/02
C08L89/00
C07K14/78
(21)【出願番号】P 2019052491
(22)【出願日】2019-03-20
【審査請求日】2021-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000006747
【氏名又は名称】株式会社リコー
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100151448
【氏名又は名称】青木 孝博
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100203035
【氏名又は名称】五味渕 琢也
(74)【代理人】
【識別番号】100185959
【氏名又は名称】今藤 敏和
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】酒井 崇匡
(72)【発明者】
【氏名】鄭 雄一
(72)【発明者】
【氏名】久保 千尋
(72)【発明者】
【氏名】柳沼 秀和
【審査官】福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/159995(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/143647(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/043153(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/159380(WO,A1)
【文献】平野義明,細胞接着性ペプチドを用いた生体材料の設計,日本接着学会誌, 2002, vol. 38, no. 3, p. 97-103
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-28
C12M 1/00-3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエチレングリコールを骨格とする四分岐型ポリマーが互いに架橋してなるハイドロゲルとゲスト物質とを含むハイドロゲル組成物であって、
前記ゲスト物質が
、細胞接着因子を有
するものであって、コラーゲン、ゼラチン、プロテオグリカン、ヒアルロン酸、フィブロネクチン、ラミニン、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、及びそれらに由来する化合物よりなる群から選択される1種以上からなり、
前記四分岐型ポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有するポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有するポリマーユニットからなること
を特徴とする、ハイドロゲル組成物。
【請求項2】
前記ゲスト物質が、コラーゲンペプチドである、請求項1
に記載のハイドロゲル組成物。
【請求項3】
ハイドロゲル組成物中におけるゲスト物質の含有量が、0.5~5重量%である、請求項1
又は2に記載のハイドロゲル組成物。
【請求項4】
前記求核性官能基が、チオール基、アミノ基、及び-CO
2PhNO
2よりなる群から選択され;前記求電子性官能基が、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、及びニトロフェニル基よりなる群から選択される、
請求項1に記載のハイドロゲル組成物。
【請求項5】
前記求核性官能基がチオール基であり、前記求電子性官能基がマレイミジル基である、
請求項4に記載のハイドロゲル組成物。
【請求項6】
請求項1~
5に記載のハイドロゲル組成物を含む、細胞接着用足場材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規ハイドロゲル組成物、特に、細胞培養における足場部材として好適なハイドロゲル組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養担体として、二液混合ゲル化剤のようなゾルゲル転移が速いゲル材料を用いることが注目されている。速やかにゲル化する材料としてアルギン酸などのポリマーが挙げられるが、一般に、これらのポリマーは細胞接着性を示さず、細胞接着用足場材として適切ではない。一方、コラーゲンやゼラチン等の材料を細胞培養担体として用いる試みはなされているが(特許文献1等)、これらの材料は細胞接着性を有するものの、ゲル化時間が遅く、培養が行われる場での速やかなゲル形成ができない。
【0003】
このため、細胞接着性を向上させる目的で、アルギン酸等のハイドロゲル材料に細胞接着因子を有するコラーゲン等のポリマーを含有させる手段もあるが、コラーゲンの混合により、ゲル内部での相分離が生じ細胞接着因子が脱離したり、ゲル強度の低下によるバルク分解が生じる等、細胞接着用足場材として長期間安定に利用するのが困難であるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、ゲル化時間が速いポリマー材料を基材に用いて、細胞接着性を有しかつ長期的に安定な細胞接着用足場材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討の結果、四分岐ポリマーに細胞接着因子を有するゲスト物質を含有させてゲル化することで、細胞接着性を有するハイドロゲル組成物を得ることができ、かかるハイドロゲル組成物を細胞接着用足場材として用いることで、細胞接着因子の脱離やゲルのバルク分解が生じることなく、安定した細胞培養が可能であることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0007】
すなわち、本発明は、一態様において、
<1>ポリエチレングリコールを骨格とする四分岐型ポリマーが互いに架橋してなるハイドロゲルとゲスト物質とを含むハイドロゲル組成物であって、当該ゲスト物質が細胞接着因子を有することを特徴とする、ハイドロゲル組成物
を提供するものである。
【0008】
また、好ましい態様において、本発明は、
<2>前記細胞接着因子を有するゲスト物質が、コラーゲン、ゼラチン、プロテオグリカン、ヒアルロン酸、フィブロネクチン、ラミニン、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、及びそれらに由来する化合物よりなる群から選択される1種以上からなる、上記<1>に記載のハイドロゲル組成物;
<3>前記ゲスト物質が、コラーゲンペプチドである、上記<1>又は<2>に記載のハイドロゲル組成物;
<4>ハイドロゲル組成物中におけるゲスト物質の含有量が、0.5~5重量%である、上記<1>~<3>のいずれか1に記載のハイドロゲル組成物。
<5>前記四分岐型ポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有するポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上の求電子性の官能基を有するポリマーユニットからなる、上記<1>~<4>のいずれか1に記載のハイドロゲル組成物;
<6>前記求核性官能基が、チオール基、アミノ基、及び-CO2PhNO2よりなる群から選択され;前記求電子性官能基が、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、及びニトロフェニル基よりなる群から選択される、上記<5>に記載のハイドロゲル組成物;
<7>前記求核性官能基がチオール基であり、前記求電子性官能基がマレイミジル基である、上記<6>に記載のハイドロゲル組成物;及び
<8>上記<1>~<7>に記載のハイドロゲル組成物を含む、細胞接着用足場材
を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、細胞接着性を有するハイドロゲル組成物を提供することができ、かかるハイドロゲル組成物を足場材として用いることで、細胞接着因子の脱離やゲルのバルク分解が生じることなく、長期的に細胞培養が可能であるという効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明のハイドロゲル組成物の構成を示す模式図である。
【
図2】
図2は、本発明のハイドロゲル組成物上において、NHDFが接着伸展している様子を観測した光学顕微鏡イメージ画像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0012】
(1)ハイドロゲル組成物
本発明のハイドロゲル組成物は、ポリエチレングリコールを骨格とする四分岐型ポリマーが互いに架橋してなるハイドロゲルとゲスト物質とを含み、当該ゲスト物質が細胞接着因子を有することを特徴とする。
【0013】
本発明のハイドロゲル組成物の典型的構成を示す模式図を
図1に示す。
図1に示すように、本発明のハイドロゲル組成物は、四分岐型ポリマーにより形成されるハイドロゲル中に、細胞接着因子を有するゲスト物質が存在する構造を有する。ここで、ゲスト物質は、ハイドロゲルの骨格を形成する四分岐型ポリマーと共有結合により結合することなく、ハイドロゲル中の空孔領域に存在することができるが、場合により四分岐型ポリマーの側鎖と共有結合により連結していてもよい。なお、
図1では、後述のように、四分岐型ポリマーとして2種類のポリマーユニットが互いに架橋してハイドロゲルが形成される態様について例示しているが、かかる態様に限定されるものではない。
【0014】
本発明のハイドロゲル組成物に含まれるゲスト物質は、上述のように細胞接着因子を有することを特徴とし、これにより、ハイドロゲル組成物に細胞接着性を付与するものである。かかる接着因子を有するゲスト物質としては、コラーゲン、ゼラチン、プロテオグリカン、ヒアルロン酸、フィブロネクチン、ラミニン、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、及びそれらに由来する化合物よりなる群から選択される1種以上を挙げることができる。ここで、それらに由来する化合物とは、例えば、コラーゲンを加水分解して得られるタンパク質であるコラーゲンペプチドや、或いは、コラーゲンを化学修飾した物質などが含まれる。好ましくは、ゲスト物質は、コラーゲンペプチドである。
【0015】
ゲスト物質の分子量や分子サイズについては、ハイドロゲル内部に存在し得る範囲のものであれば特に制限はされないが、好ましくは、分子量が100~500000であることができる。ゲスト物質がコラーゲンペプチドである場合、その平均分子量が、好ましくは、1000~3000の範囲であることができる。
【0016】
ハイドロゲル組成物中におけるゲスト物質の含有量は、所望する細胞接着性等に応じて調整することができるが、好ましくは、0.1~10重量%、より好ましくは、0.5~5重量%である。0.1重量%より低いと細胞接着性を発揮することができず、10重量%より高いとハイドロゲル組成物中での分散性が低下してしまう。
【0017】
本発明のハイドロゲル組成物に含まれるハイドロゲルは、上述のように、ポリエチレングリコールを骨格とする四分岐型ポリマーが、互いに架橋してゲル化したものである。本明細書中において、「ゲル」とは、一般に、高粘度で流動性を失った高分子の分散系であり、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”においてG’≧G”の関係性を有する状態をいい、典型的には3次元の網目構造を有する物質である。ハイドロゲルは、当該ゲルが水等の溶媒を内部に含んだ状態をいう。好ましくは、溶媒は水である。
【0018】
ここで、「ポリエチレングリコールを骨格とする四分岐型ポリマー」とは、4つのポリエチレングリコール鎖が中心から分岐した構造を有する親水性のポリマーである。かかる四分岐型のポリエチレングリコール骨格よりなるゲルは、一般に、Tetra-PEGゲルとして知られており、それぞれ末端に活性エステル構造等の求電子性の官能基とアミノ基等の求核性の官能基を有する2種の四分岐高分子間のAB型クロスエンドカップリング反応によって網目構造ネットワークが構築される(Matsunagaら、Macromolecules、Vol.42、No.4、pp.1344-1351、2009)。また、Tetra-PEGゲルは各高分子溶液の単純な二液混合で簡便にその場で作製可能であり、ゲル調製時のpHやイオン強度を調節することでゲル化時間を制御することも可能である。そして、このゲルはPEGを主成分としているため、生体適合性にも優れている。
【0019】
本発明において用いられる四分岐型ポリマーは、好ましくは、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有するポリマーユニット(第1のポリマーユニット)と、側鎖又は末端に1以上の求電子性の官能基を有するポリマーユニット(第2のポリマーユニット)からなる。かかる2種類のポリマー種を反応させて架橋させることにより、ハイドロゲルを得ることが好適である。
【0020】
ここで、求核性官能基と求電子性官能基の合計は、5以上であることが好ましい。これらの官能基は、末端に存在することがさらに好ましい。また、第1のポリマーユニットの含有量が第2のポリマーユニットの含有量より多い組成であることもできるし、又は第2のポリマーユニットの含有量が第1のポリマーユニットの含有量より多い組成であることもできる。後述のように、好ましい態様において、このような組成が異なる2種類以上のゲル前駆体をいったん形成させたうえ、かかるゲル前駆体をさらに架橋させて高分子ゲルを得ることができる。
【0021】
ポリマーユニットに存在する求核性官能基としては、チオール基(-SH)、アミノ基、又は-CO2PhNO2(Phは、o-、m-、又はp-フェニレン基を示す)などを挙げることができ、当業者であれば公知の求核性官能基を適宜用いることができる。好ましくは、求核性官能基は-SH基である。求核性官能基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、架橋結合を形成することとなる求電子性官能基との反応性が均一になり、均一な立体構造を有するゲルを得やすくなる。
【0022】
ポリマーユニットに存在する求電子性官能基としては、活性エステル基を用いることができる。このような活性エステル基としては、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基又はニトロフェニル基などを挙げることができ、当業者であればその他の公知の活性エステル基を適宜用いることができる。好ましくは、求電子性官能基はマレイミジル基である。求電子性官能基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、架橋結合を形成することとなる求核性官能基との反応性が均一になり、均一な立体構造を有するゲルを得やすくなる。
【0023】
末端に求核性官能基を有するポリマーユニットとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのポリエチレングリコール骨格の分岐を有し、末端にチオール基を有する下記式(I)で表される化合物が挙げられる。
【化1】
【0024】
n11~n14は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n11~n14の値が近いほど、均一な立体構造をとることができ、高強度となる。このため、高強度のゲルを得るためには、同一であることが好ましい。n11~n14の値が高すぎるとゲルの強度が弱くなり、n11~n14の値が低すぎると化合物の立体障害によりゲルが形成されにくい。そのため、n11~n14は、25~250の整数値が挙げられ、35~180が好ましく、50~115がさらに好ましく、50~60が特に好ましい。そして、その分子量としては、5×103~5×104Daが挙げられ、7.5×103~3×104Daが好ましく、1×104~2×104Daがより好ましい。
【0025】
上記式(I)中、R11~R14は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R11~R14は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度なゲルを製造するためには同一であることが好ましい。R11~R14は、C1-C7アルキレン基、C2-C7アルケニレン基、-NH-R15-、-CO-R15-、-R16-O-R17-、-R16-NH-R17-、-R16-CO2-R17-、-R16-CO2-NH-R17-、-R16-CO-R17-、R16-NH-CO-R17-又は-R16-CO-NH-R17-を示す。ここで、R15はC1-C7アルキレン基を示す。R16はC1-C3アルキレン基を示す。R17はC1-C5アルキレン基を示す。
【0026】
ここで、「C1-C7アルキレン基」とは、分岐を有してもよい炭素数が1以上7以下のアルキレン基を意味し、直鎖C1-C7アルキレン基又は1つ又は2つ以上の分岐を有するC2-C7アルキレン基(分岐を含めた炭素数が2以上7以下)を意味する。C1-C7アルキレン基の例は、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基である。C1-C7アルキレン基の例は、-CH2-、-(CH2)2-、-(CH2)3-、-CH(CH3)-、-(CH2)3-、-(CH(CH3))2-、-(CH2)2-CH(CH3)-、-(CH2)3-CH(CH3)-、-(CH2)2-CH(C2H5)-、-(CH2)6-、-(CH2)2-C(C2H5)2-、及び-(CH2)3C(CH3)2CH2-などが挙げられる。
【0027】
「C2-C7アルケニレン基」とは、鎖中に1個若しくは2個以上の二重結合を有する状又は分枝鎖状の炭素原子数2~7個のアルケニレン基であり、例えば、前記アルキレン基から隣り合った炭素原子の水素原子の2~5個を除いてできる二重結合を有する2価基が挙げられる。
【0028】
一方、末端に求電子性官能基を有するポリマーユニットとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのポリエチレングリコール骨格の分岐を有し、末端にマレイミジル基を有する下記式(II)で表される化合物が挙げられる。
【化2】
【0029】
上記式(II)中、n21~n24は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n21~n24の値は近いほど、ゲルは均一な立体構造をとることができ、高強度となるので好ましく、同一である方が好ましい。n21~n24の値が高すぎるとゲルの強度が弱くなり、n21~n24の値が低すぎると化合物の立体障害によりゲルが形成されにくい。そのため、n21~n24は、5~300の整数値が挙げられ、20~250が好ましく、30~180がより好ましく、45~115がさらに好ましく、45~55であればさらに好ましい。本発明の第2の四分岐化合物の分子量としては、5×103~5×104Daがあげられ、7.5×103~3×104Daが好ましく、1×104~2×104Daがより好ましい。
【0030】
上記式(II)中、R21~R24は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R21~R24は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度なゲルを製造するためには同一であることが好ましい。式(II)中、R21~R24は、それぞれ同一又は異なり、C1-C7アルキレン基、C2-C7アルケニレン基、-NH-R25-、-CO-R25-、-R26-O-R27-、-R26-NH-R27-、-R26-CO2-R27-、-R26-CO2-NH-R17-、-R26-CO-R27-、-R26-NH-CO-R27-、又は-R26-CO-NH-R27-を示す。ここで、R25はC1-C7アルキレン基を示す。R26はC1-C3アルキレン基を示す。R27はC1-C5アルキレン基を示す。
【0031】
本明細書において、アルキレン基及びアルケニレン基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれであってもよい)、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、アシル基、又はアリール基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルキルオキシ基やアラルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0032】
また、本明細書において、ある官能基について「置換基を有していてもよい」と定義されている場合には、置換基の種類、置換位置、及び置換基の個数は特に限定されず、2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、水酸基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、オキソ基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。これらの置換基にはさらに置換基が存在していてもよい。
【0033】
本発明のハイドロゲル組成物によって培養できる細胞は、特に限定されることなく、広い種類の細胞に用いることができる。細胞は、その種類等については特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、分類学的に、例えば、真核細胞、原核細胞、多細胞生物細胞、単細胞生物細胞を問わず、すべての細胞について使用することができる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。真核細胞としては、例えば、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、真菌などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、動物細胞が好ましく、細胞が細胞集合体を形成する場合は、細胞と細胞とが互いに接着し、物理化学的な処理を行わなければ単離しない程度の細胞接着性を有する接着性細胞がより好ましい。接着性細胞としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、分化した細胞、未分化の細胞などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。分化した細胞としては、例えば、肝臓の実質細胞である肝細胞;星細胞;クッパー細胞;血管内皮細胞;類道内皮細胞、角膜内皮細胞等の内皮細胞;繊維芽細胞;骨芽細胞;砕骨細胞;歯根膜由来細胞;表皮角化細胞等の表皮細胞;気管上皮細胞;消化管上皮細胞;子宮頸部上皮細胞;角膜上皮細胞等の上皮細胞;乳腺細胞;ペリサイト;平滑筋細胞、心筋細胞等の筋細胞;腎細胞;膵ランゲルハンス島細胞;末梢神経細胞、視神経細胞等の神経細胞;軟骨細胞;骨細胞などが挙げられる。接着性細胞は、組織や器官から直接採取した初代細胞でもよく、又はそれらを何代か継代させたものでもよい。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。未分化の細胞としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、未分化細胞である胚性幹細胞、多分化能を有する間葉系幹細胞等の多能性幹細胞;単分化能を有する血管内皮前駆細胞等の単能性幹細胞;iPS細胞などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。原核細胞としては、例えば、真正細菌、古細菌などが挙げられる。
【0034】
(2)ハイドロゲル組成物の製造方法
次に、本発明のハイドロゲル組成物の製造方法(ゲル化工程)について説明する。本発明のハイドロゲル組成物は、四分岐型ポリエチレングリコール(Tetra-PEG)について公知のゲル化工程を用いることができるが、当該ゲル化工程をゲスト物質の存在下で行うことが好ましい。典型的には、Tetra-PEGのゲル化手法としては、上述のとおり、それぞれ末端に活性エステル構造等の求電子性の官能基とアミノ基等の求核性の官能基を有する2種の四分岐高分子間のAB型クロスエンドカップリング反応によって行うことができる(Matsunagaら、Macromolecules、Vol.42、No.4、pp.1344-1351、2009)。
【0035】
本発明のハイドロゲル組成物の製造方法の典型例を以下に説明する。ただし、必ずしも、かかる製造方法に限定されるものではない。
【0036】
2-a.製造方法の第1態様(1ステップ合成)
本発明のハイドロゲル組成物の製造方法における好ましい第1態様では、所定濃度のゲスト物質(非反応性ポリマー)の存在下で、原料ポリマー(四分岐型ポリマー)を重なり濃度未満の条件で架橋させることによってハイドロゲル組成物を得る工程を含む。これにより、ハイドロゲルを1ステップで得ることができるという利点がある。
【0037】
当該製造方法において原料ポリマーである四分岐型ポリマーの初期濃度は、重なり濃度C
*未満であり、好ましくは1/3C
*未満である。ここで、「重なり濃度」(「重なり合い濃度」とも呼ばれる。)とは、溶媒中の高分子が空間的に互いに接触し始める濃度のことであり、一般に、重なり濃度C
*は、以下の式で表される。
【数1】
(式中、M
wは、高分子の重量平均分子量であり;αは、溶媒の比重;N
Aは、アボガドロ定数;R
gは、高分子の慣性半径である。)。
【0038】
重なり濃度C*の算出方法は、例えば、Polymer Physics(M. Rubinstein, R.Colby著)を参照することができる。具体的には、例えば、希薄溶液の粘度測定より、フローリーフォックスの式を用いて求めることができる。
【0039】
また、当該製造方法は、1ステップでゲル化を行うものであるため、当然のことながら、四分岐型ポリマーの初期濃度は、臨界ゲル化濃度以上である必要がある。ここで、「臨界ゲル化濃度と」は、原料ポリマーの架橋によって3次元構造のゲルを構築する系において、当該ゲル化を達成するために必要な原料ポリマーの最低濃度を意味し、最低ゲル化濃度とも呼ばれる。本発明において、臨界ゲル化濃度という語には、例えば、2種以上の原料ポリマーが用いられる系では、それら全体の濃度がゲル化に至る濃度に達しない場合に加えて、1種の原料ポリマーの濃度だけが低い場合、すなわち各原料ポリマーの比率が非当量であることによってゲル化を生じさせない場合も含まれる。
【0040】
一般に、臨界ゲル化濃度(最低ゲル化濃度)は、用いる原料ポリマーの種類に依存するが、かかる濃度は当該技術分野において公知であるか、或いは当業者であれば実験的に容易に把握することができる。典型的には、0.5~5重量%であり、下限は重なり濃度の1/5程度の濃度である。
【0041】
四分岐型ポリマーの架橋反応は、末端の官能基が異なる2種類の四分岐型ポリマーを含む溶液を混合することによって行うことができる。各溶液添加速度、混合速度、混合割合は特に限定されず、当業者であれば適宜調整することができる。また、3種以上の原料ポリマーを用いる場合でも、同様にして、対応する原料ポリマーを含む溶液を調製し、それらを適宜混合することができることは明らかであろう。原料ポリマーを含む溶液の溶媒としては、水、エタノールなどのアルコール類、DMSOなどを用いることができる。当該溶液が水溶液である場合には、リン酸緩衝液などの適切なpH緩衝液を用いることができる。
【0042】
2種類の四分岐型ポリマー溶液を混合する手段としては、例えば、国際公開WO2007/083522号公報に開示されたような二液混合シリンジを用いて行うことができる。混合時の二液の温度は、特に限定されず、四分岐型ポリマーがそれぞれ溶解され、それぞれの液が流動性を有する状態の温度であればよい。例えば、混合するときの溶液の温度としては、1℃~100℃の範囲が挙げられる。二液の温度は異なってもよいが、温度が同じである方が、二液が混合されやすいので好ましい。
【0043】
ここで、ゲル化工程におけるゲスト物質の濃度は、原料ポリマー濃度の1/10~10の範囲であり、より好ましくは1/5~5の範囲である。ゲスト物質は、2種類の四分岐型ポリマー溶液を混合する場合には、いずれか或いは両方の溶液中に予め含有させることもできるし、別途、ゲスト物質を溶解した溶液を混合と同時に添加することもできる。
【0044】
好ましくは、本発明のハイドロゲル組成物の製造方法における第1態様では、2時間以内の反応時間、好ましくは1時間以内の反応時間で、最終的なハイドロゲル組成物を得ることができる。一般に、高分子を低濃度で含むゲルを作製する場合には、反応時間として長時間を要する(系にも依存するが、例えば、高分子含有量が1重量%以下の場合に約8時間)のに対して、当該製造方法によれば、はるかに短時間でゲルを作製することができる。
【0045】
2-b.製造方法の第2態様(ゲル前駆体を用いる合成)
本発明のハイドロゲル組成物の製造方法における好ましい第2態様では、原料ポリマー(四分岐型ポリマー)を重なり濃度未満の条件で架橋させる点では第1態様と同じであるが、原料ポリマーを臨界ゲル化濃度未満の条件下で架橋させてゲル前駆体を形成させる工程を経る2段階の工程を用いる点で第1態様とは異なる製造方法である。
【0046】
より詳細には、第2態様の製造方法は、以下の工程を含むことを特徴とする:
a)四分岐型ポリマーを重なり濃度未満かつ臨界ゲル化濃度未満の条件下で架橋させてゲル前駆体を形成する工程;
b)所定濃度のゲスト物質(非反応性ポリマー)の存在下で、前記ゲル前駆体を架橋剤により互いに架橋させることによって最終目的物であるハイドロゲル組成物を得る工程。
【0047】
工程a)は、最終的にハイドロゲルを構成することとなる原料ポリマー(四分岐型ポリマー)を、いったんゲル化の寸前の状態で反応させて、未だゲル形成に至らない構造を有する、すなわちゾル状態のゲル前駆体(ポリマークラスター)を形成させる工程である。そのうえで、工程b)において、所定濃度のゲスト物質の存在下において、所望により適切な架橋剤を添加し、これらゲル前駆体どうしをさらに反応させ、互いに3次元的に架橋させることでハイドロゲルを形成し、ゲスト物質を内部に含む本発明のハイドロゲル組成物を得る。ここで、ゲル前駆体は、必ずしも同一組成の単一種である場合に限らず、異なる組成を有する複数のゲル前駆体を用いることもできる。このように、第2態様の製造方法では、ゲル前駆体を、いわば最終的なゲルの中間体として用いるというコンセプトに基づくものである。
【0048】
工程a)では、原料ポリマーである四分岐型ポリマーの初期濃度は、重なり濃度未満であり、かつ臨界ゲル化濃度未満の条件が用いられる。かかる原料ポリマーの初期濃度を用いることによって、ゲル化に至らないゾル状態、好ましくは、ゲル化の寸前の構造を有するゲル前駆体を形成させることができる。
【0049】
第1に、工程a)において原料ポリマーの初期濃度は、重なり濃度C*未満に設定される。好ましくは1/3C*未満である。「重なり濃度」については、上記第1態様において説明したとおりである。また、第2に、工程a)において原料ポリマーの初期濃度は、臨界ゲル化濃度未満に設定される。「臨界ゲル化濃度」は、上記第1態様において説明したとおり、典型的には、0.5~5重量%であり、下限は重なり濃度の1/5程度の濃度である。
【0050】
原料ポリマーの初期濃度を臨界ゲル化濃度未満の条件に調節する手法として、例えば、上記のように求核性官能基又は求電子性官能基を有する2種類のポリマーユニットを用いる場合には、それらを当量含むが全体としてゲル化に至るには十分ではない低濃度の条件を用いることができる。或いは、2種のうち一方のポリマーユニットの濃度を低濃度として、すなわち非当量とすることによってゲル化を生じさせない条件を用いることができる。
【0051】
工程a)は、典型的には、末端の官能基が異なる2種類の四分岐型ポリマーを含む溶液を混合すること又は刺激を与えることによって行うことができる。また、ラジカル開始剤をもちいたモノマーのラジカル重合によっても行うことができる。各溶液の添加速度、混合速度、混合割合は特に限定されず、当業者であれば適宜調整することができる。また、3種以上の原料ポリマーを用いる場合でも、同様にして、対応する原料ポリマーを含む溶液を調製し、それらを適宜混合することができる。上述のとおり、原料ポリマーを含む溶液の溶媒としては、水、エタノールなどのアルコール類、DMSOなどを用いることができる。当該溶液が水溶液である場合には、リン酸緩衝液などの適切なpH緩衝液を用いることができる。二液を混合する手段については、第1態様において説明したとおり公知の手法を用いることができる。
【0052】
工程a)で得られるゲル前駆体は、原料ポリマーが相互に結合ないし架橋した構造を有するものの、未だゲル化に至らない条件で形成されたものである。そのため、当該ゲル前駆体は、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”においてG’<G”の関係性を有する。一般に、ゲル化する以前のポリマーでは損失弾性率G”の値が貯蔵弾性率G’より大きく、その後、ゲル化とともに、これらの物性値の大小が逆転してG’のほうが大きくなることが知られている。そして、G’=G”となる点が、いわゆるゲル化点である。したがって、ゲル前駆体クラスターがG’<G”であることは、それがゾル状態であって、未だゲル化に至っていない状態であることを意味する。好ましくは、1Hzの周波数においてG’<G”<100G’である。
【0053】
好ましくは、工程a)で得られるゲル前駆体のG”は、1Hzの周波数において0.005~5Paの範囲であり、より好ましくは、0.01~1Pa、さらに好ましくは、0.01~0.5Paの範囲である。これらの弾性率は、レオメーター等の公知の測定機器を用いて、動的粘弾性測定等の公知の方法で算出することができる。
【0054】
工程a)で得られるゲル前駆体は、好ましくは、10~1000nm、より好ましくは、50~200nmの直径を有する。また、好ましくは、その分布において、100nm程度の直径を有するゲル前駆体の存在割合が最も多いことが望ましい。
【0055】
次に、工程b)では、所定濃度のゲスト物質の存在下において、工程a)で得られたゲル前駆体どうしをさらに反応させ、互いに3次元的に架橋させることでハイドロゲルを形成させることで、ゲスト物質を内部に含む本発明のハイドロゲル組成物を得ることができる。上述のとおり、ゲル前駆体は、ゲル化点以前の状態となるよう形成されているため、各ゲル前駆体における架橋に用いられる置換基は未反応の状態で残存している。それゆえ、ゲル前駆体中の当該置換基を他のゲル前駆体の残存置換基と反応させて、さらに架橋することによりハイドロゲルを形成させることができる。
【0056】
工程b)におけるゲスト物質の濃度は、ゲル前駆体濃度の1/10~10の範囲であり、より好ましくは1/5~5の範囲である。ゲスト物質は、2種類のゲル前駆体溶液のいずれか或いは両方の溶液中に添加することもできるし、別途、ゲスト物質を溶解した溶液を混合と同時に添加することもできる。
【0057】
好ましくは、工程b)では、ゲル前駆体を互いに架橋するための架橋剤を添加することや刺激を与えることができる。そのような架橋剤としては、原料ポリマー中の架橋基と同じ置換基を有するものを用いることができ、原料ポリマー自体を架橋剤として用い、追加で添加することもできる。例えば、工程a)において、求核性官能基又は求電子性官能基を有する2種類の原料ポリマーを非当量で反応させて、ゲル前駆体を得た場合には、濃度がより少ないほうの官能基を有する架橋剤を添加することによって、ゲル前駆体間をさらに架橋することができる。そのような架橋剤としては、ビス(スルホスクシンイミジル) グルタレート(BS2G)やDL-ジチオトレイトール(DTT)、或いは末端にチオール基を有する合成ペプチド等を用いることができる。また、架橋のための刺激としては、例えば光二量化を起こすような官能基(マレイミド基など)に対して、紫外光を照射することができる。
【0058】
工程b)における他の反応溶液条件等は、工程a)と同様である。好ましくは、工程b)では、2時間以内の反応時間、好ましくは1時間以内の反応時間で、最終的なハイドロゲル組成物を得ることができる。第2態様の方法によれば、第1態様と同様に、従来よりもはるかに短時間でゲルを作製することができる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。以下の実験では、1H NMRスペクトルは、日本電子のJNM-ECS400(400MHz)を用いて解析した。重水素化クロロホルムを溶媒として用い、テトラメチルシランを内部標準とした。分子量はブルカーダルトニクスの質量分析計Ultraflex IIIのリニアポジティブイオンモードを用いて決定した。なお、以下の実施例において、ポリマー濃度のg/Lの単位を用いているが、1g/L=約0.1重量%に相当する。
【実施例1】
【0060】
ハイドロゲル組成物の合成
末端に-SH基を有するTetra-PEGであるSHPEG(テトラチオール-ポリエチレングリコール)、末端にマレイミジル基を有するTetra-PEGであるMAPEG(テトラマレイミジル-ポリエチレングリコール)、及びゲスト物質としてコラーゲンペプチドを用いて以下のとおり合成した。SHPEG及びMAPEGは、それぞれ日油株式会社から市販されているものを用いた(分子量はいずれも10,000)。また、コラーゲンペプチドは、富士フイルム和光純薬株式会社から市販されているものを用いた(分子量は2000)。
【0061】
SHPEGとコラーゲンペプチドをpH5.8に調整したクエン酸リン酸バッファー溶液へ溶解させたSHPEG溶液と、MAPEGをpH5.8に調整したクエン酸リン酸バッファー溶液へ溶解させたMAPEG溶液と別々に調整した(物質量比をSHPEG/MAPEG/コラーゲンペプチド=1/1/2、全体のポリマー濃度を7~10g/L。最終終濃度として、ゲル中のコラーゲンペプチドが1重量%。)。得られた2つの溶液を別の容器で混合させ、自転・公転ミキサーにより脱泡・撹拌した。
【0062】
前記混合溶液に対しレオメーターによる観測(25℃、1Hz)を行い、反応の終点において、G’>G”の関係性を有しており、ゲル前駆体が架橋することによって高分子ゲルが形成されたことを確認した。
【0063】
比較例1として、ゲスト物質であるコラーゲンペプチドを添加せずに、SHPEGとMAPEGのみでゲル化反応させた以外は実施例1と同様に行った。その結果、コラーゲンペプチドの存在化でゲル化を行うことにより、G’>G”となるゲル化時間が4割程度短縮されるだけでなく貯蔵弾性率(G’)も向上していることが分かった。
【実施例2】
【0064】
細胞接着性の検討
実施例1と同様にしてハイドロゲル組成物を60mmディッシュ上に形成した(物質量比をSHPEG/MAPEG/コラーゲンペプチド=1/1/1~2、全体のポリマー濃度を11~21g/L。最終終濃度として、ゲル中のコラーゲンペプチドが1重量%。 )。
【0065】
血清ダルベッコ変法イーグル培地(Life Technologies社製)に10質量%ウシ胎児血清(以下、「FBS」とも称す)と1質量%抗生物質(Antibiotic-Antimycotic Mixed Stock Solution(100x)、ナカライテスク株式会社製)を混合させた培地に分散させたNormal human dermal fibroblast(CC-2509、Lonza、以下NHDFと称す)を細胞数が1.5×10
5となるよう前記ハイドロゲル組成物上へ、培地とともに播種し、インキュベータ(KM-CC17RU2、パナソニック株式会社製、37℃、5体積%CO2環境))内で24時間インキュベートした後、インキュベータから取り出し、光学顕微鏡にてNHDFの形態を観察し、NHDFがハイドロゲル組成物上で接着伸展している様子を確認した(
図2)。
【0066】
比較例1のゲスト物質を添加しないSHPEGとMAPEGを混合させたハイドロゲルについても実施例1と同様にして細胞接着を観察したところ、インキュベート後のNHDFの形態は丸いままで、ディッシュを揺らすとNHDFが浮遊してしまう様子が確認され、NHDFはハイドロゲル組成物上に接着していなかった。
【0067】
比較例2として、アルギン酸ナトリウム(SKAT ONE、キミカ製)を質量比1%となるよう、コラーゲンペプチドを質量比2%となるようリン酸緩衝生理食塩水(Life Technologies社製、以下、PBS(-)へ溶解させたアルギン酸ナトリウム溶液と、塩化カルシウム二水和物(和光純薬工業株式会社製)を100mmol/Lとなるよう蒸留水へ溶解させた塩化カルシウム溶液とを、質量比1:1となるように60mmディッシュへ混合塗布することでアルギン酸カルシウムゲル層を形成した以外は、実施例1と同様にして細胞接着を観察した。インキュベート後のNHDFの形態は丸いままで、ディッシュを揺らすとNHDFが浮遊してしまう様子が確認され、NHDFはハイドロゲル組成物上に接着していなかった。さらにアルギン酸カルシウムゲル層の表層が、ディッシュを揺らすとともに徐々に崩壊していく様子も確認され、培養時の足場材料としての安定性にも欠けていることが確認された。
【0068】
これらの結果より、本発明のハイドロゲル組成物(実施例1)は、通常のTetra-PEGゲル(比較例1)に比べてゲル化時間が早くなり貯蔵弾性率が向上するだけでなく、通常のTetra-PEGゲル(比較例1)やゲストを添加したアルギン酸ゲル(比較例2)に比べNHDFを効率的に接着可能な足場材料であることを確認した。
すなわち、本発明のとおり四分岐ポリマーに細胞接着因子を有するゲスト物質を含有させてゲル化することで、細胞接着性を有するハイドロゲル組成物を得ることができ、かかるハイドロゲル組成物を足場材として用いることで、細胞接着因子の脱離やゲルのバルク分解が生じることなく、安定した細胞培養が可能であることを確認することができた。