(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-10
(45)【発行日】2023-01-18
(54)【発明の名称】時効硬化型Al-Mg-Si系アルミニウム合金
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20230111BHJP
C22C 21/02 20060101ALI20230111BHJP
【FI】
C22C21/06
C22C21/02
(21)【出願番号】P 2018537443
(86)(22)【出願日】2017-01-20
(86)【国際出願番号】 EP2017051243
(87)【国際公開番号】W WO2017125582
(87)【国際公開日】2017-07-27
【審査請求日】2020-01-20
(32)【優先日】2016-01-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】518247391
【氏名又は名称】アーエムアーゲー ローリング ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】AMAG rolling GmbH
【住所又は居所原語表記】Lamprechtshausener Strasse 61, 5282 Braunau am Inn - Ranshofen, Austria
(74)【代理人】
【識別番号】100091683
【氏名又は名称】▲吉▼川 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】アントレコヴィッチ,ヘルムート
(72)【発明者】
【氏名】エーブナー,トーマス
(72)【発明者】
【氏名】フラグナー,ヴェルナー
(72)【発明者】
【氏名】カオフマン,ヘルムート
(72)【発明者】
【氏名】ポガチャー,シュテファン
(72)【発明者】
【氏名】トゾーネ,ラモーナ
(72)【発明者】
【氏名】ウゴヴィッツァー,ペーター ヨット.
(72)【発明者】
【氏名】ヴェリノス,マリオン
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-207396(JP,A)
【文献】特開2015-052142(JP,A)
【文献】特開2015-052140(JP,A)
【文献】特開2009-185388(JP,A)
【文献】特開平08-199276(JP,A)
【文献】特開2001-059124(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104975208(CN,A)
【文献】特表平11-511806(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00 - 21/18
C22F 1/04 - 1/057
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
時効硬化型Al-Mg-Si系アルミニウム合金であって、
0.6~1重量%のマグネシウム(Mg)、
0.2~0.7重量%のケイ素(Si)、
0.16~0.7重量%の鉄(Fe)、
0.05~0.4重量%の銅(Cu)、
最大0.15重量%のマンガン(Mn)、
最大0.35重量%のクロム(Cr)、
最大0.2重量%のジルコン(Zr)、
最大0.25重量%の亜鉛(Zn)、
最大0.15重量%のチタン(Ti)、
0.005~0.075重量%のスズ(Sn)、
ならびに残部アルミニウム、ならびに
それぞれ最大0.05重量%、合わせて多くとも0.15重量%の製造上不可避の不純物
からなり、このとき、
Si/Feの重量パーセント比が2.5未満であり、
Siの含有量が、パラメータAが0.17~0.4重量%の範囲にある下記の数式1
【数1】
に従って決定されるアルミニウム合金。
【請求項2】
前記パラメータAが0.26~0.34重量%の範囲にあることを特徴とする、請求項1に記載のアルミニウム合金。
【請求項3】
前記パラメータAが0.3重量%である、請求項1または2に記載のアルミニウム合金。
【請求項4】
Siの含有量が、下記の数式2
【数2】
に従って決定されることを特徴とする、請求項1~3のうちいずれか一項に記載のアルミニウム合金。
【請求項5】
Si/Feの重量パーセント比が2未満であることを特徴とする、請求項1~4のうちいずれか一項に記載のアルミニウム合金。
【請求項6】
Si/Mgの重量パーセント比が0.3~0.9の範囲にあることを特徴とする、請求項1~5のうちいずれか一項に記載のアルミニウム合金。
【請求項7】
前記アルミニウム合金が、少なくとも0.25重量%の銅(Cu)を含有することを特徴とする、請求項1~6のうちいずれか一項に記載のアルミニウム合金。
【請求項8】
前記アルミニウム合金が、0.005~0.05重量%の範囲でスズ(Sn)を含有することを特徴とする、請求項1~7のうちいずれか一項に記載のアルミニウム合金。
【請求項9】
前記アルミニウム合金が6000系に属することを特徴とする、請求項1~8のうちいずれか一項に記載のアルミニウム合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は時効硬化型Al-Mg-Si系アルミニウム合金に関する。
【背景技術】
【0002】
室温で放置することによって自然時効させたA6061(Al-Mg-Si系)アルミニウム合金を改良するために、特許文献1は、アルミニウム合金の固溶体に空孔活性微量元素、すなわちスズ(Sn)および/またはインジウム(In)を添加することを提案している。
【0003】
さらに、A6061アルミニウム合金の特定の主要合金元素と副合金元素は、アルミニウム合金中のスズまたはインジウムの溶解度を低下させ、これが6000系アルミニウム合金の室温での放置安定性に悪影響を及ぼすことが知られている(非特許文献1)。そのため、例えばMg、Si、Cu、またはZnの含有量が多い6000系アルミニウム合金は溶解度を低下させ、一方、Fe、Ti、およびMnは溶解度を向上させるとされる。さらに、例えばSiとMg間および/またはCuとMg間の相互作用効果も、アルミニウム合金中のSnの溶解度に重要な役割を果たしている。
【0004】
とはいえ、アルミニウム合金中の主要合金元素と副合金元素の含有量を任意に変化させることはできない。人工時効硬化能の望ましい高さ以外に、例えば成形性、強度、延性および/または耐食性といったその他の機械的および/または化学的要件を満たさなければならないからだ。これには、例えばアルミニウム合金中の主要合金元素を高濃度にして、特定の高温析出物を形成できるようにする必要がある。
【0005】
そのため、アルミニウム合金の組成の調整では、主要合金元素と副合金元素において、たいていは相対する分量比が必要となる。すなわち、一方で、アルミニウム合金中のSnの溶解度に有利で、室温での高い放置安定性を実現する分量比、他方で、アルミニウム合金の機械的および/または化学的特性値、すなわち性質に配慮しているものの、Snの溶解度にマイナスに作用することの多い分量比だ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Stefan Pogatscher et. al, “Statistical and thermodynamic optimization of trace-element modified Al-Mg-Si-Cu Alloys”, Light Metals 2015, p.265-270
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そのため本発明の課題は、微量元素としてSnを含有するAl-Mg-Si系の時効硬化型アルミニウム合金の組成を変え、人工時効硬化のアルミニウム合金が、高い機械的および/または化学的性質と、室温での高い放置安定性とを兼ね備えられるようにすることである。さらに、このアルミニウム合金はとりわけ二次アルミニウムの使用に適しているとされる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、アルミニウム合金が、0.6~1重量%のマグネシウム(Mg)、0.2~0.7重量%のケイ素(Si)、0.16~0.7重量%の鉄(Fe)、0.05~0.4重量%の銅(Cu)、最大0.15重量%(すなわち0~0.15重量%)のマンガン(Mn)、最大0.35重量%(すなわち0~0.35重量%)のクロム(Cr)、最大0.2重量%(すなわち0~0.2重量%)のジルコン(Zr)、最大0.25重量%(すなわち0~0.25重量%)の亜鉛(Zn)、最大0.15重量%(すなわち0~0.15重量%)のチタン(Ti)、0.005~0.075重量%のスズ(Sn)および/またはインジウム(In)、ならびに残部アルミニウム、ならびに製造上不可避の不純物を含有し、このとき、Si/Feの重量パーセント比が2.5未満であり、Siの含有量が、パラメータAが0.17~0.4重量%の範囲にある下記の数式1に従って決定されることによって、上記課題を解決する。
【0010】
【0011】
Si含有量を0.2~0.7重量%に、かつFe含有量を0.16~0.7重量%に制限するのに加え、Si含有量とFe含有量を調整するよう規定することによって、この調整が、Si/Feの重量パーセント比が2.5未満であることと、パラメータAが0.17~0.4重量%の範囲にある下記の数式2を満足した場合に、Al-Mg-Si系アルミニウム合金の放置安定性と人工時効硬化能に、とりわけ有利に影響を及ぼすことができる。
【0012】
【0013】
このようにSi含有量とFe含有量を厳密に調整したアルミニウム合金(そうした調整は、例えば
図1の斜線部分で確認できる)は、すなわち上述の規定の上限により、アルミニウム合金の固溶体におけるスズおよび/またはインジウムの十分な溶解度を保証できる。そうすると、自然時効の際に析出挙動が遅延し、それによりアルミニウム合金の放置安定性が促進される。さらに調整の下限により、人工時効の際に十分な析出挙動を見込むことができ、それにより人工時効の際に高い強度値に達することができ、アルミニウム合金自体が、主要合金元素と副合金元素の含有量が高い6000系アルミニウム合金で知られているような機械的性質と化学的性質を実現または改善できる。
【0014】
しかしながら驚いたことに、この規定を用いると、自然時効硬化を抑制するためにSnを含有する既知の6000系アルミニウム合金と比べて、室温で何倍も遅延した析出挙動が観察できることがわかった。確かに、Si含有量が比較的少ないと、自然時効硬化の遅延を引き起こせることは知られているが、本発明に従ってSi含有量を調整すると、この既知の効果をはるかに越え、アルミニウム合金は並外れて高い放置安定性を示す。
【0015】
そのため本発明に従って、室温における放置安定性がとりわけ高く、人工時効硬化能に優れているというアルミニウム合金の利点を組み合わせることができる。
【0016】
さらに本発明によるこの組成は、Fe含有量が比較的多いことから、これについての二次アルミニウムの使用にもとりわけ適している可能性がある。
【0017】
一般に、Al-Mg-Si系アルミニウム合金には、それぞれ最大0.05重量%、合わせて多くとも0.15重量%の不純物が存在する可能性があると言及される。さらに一般に、例えばMn、Cr、Zr、Zn、またはチタンで見られる最大重量%の指示は、0から始まると見なすことができると言及される。
【0018】
さらに完全を期すために、アルミニウムスクラップから得られたアルミニウムまたはアルミニウム合金は、二次アルミニウムと理解することができると言及される。
【0019】
アルミニウム合金の放置安定性と人工時効硬化能は、パラメータAが0.26~0.34重量%の範囲にある場合、さらに改善することができる。この規定により、すなわちSnの溶解度が比較的大きくなり、Siが、自然時効硬化にわずかな影響しか及ぼさないようにできる。それにより、室温において予想外に高い安定性を実現することができる。さらに、このように調整された合金は、この合金のSi含有量が比較的低いにもかかわらず、(例えば高温保持による)人工時効硬化後に、驚くほど高い強度に達することができる。
【0020】
パラメータAが0.3重量%であるとき、最適な放置安定性と人工時効硬化能を示すことができる。
【0021】
下記の数式3に従ってSiの含有量を決定すれば、Snの溶解度に影響を与える成分をさらに改善して互いに調整することができる。具体的には、TiはSiと相を形成することができ、これがSnの溶解度によい影響を及ぼすことができる。それにより、アルミニウム合金の放置安定性がさらに改善できる。
【0022】
【0023】
Si/Feの重量パーセント比が2未満であれば、FeによってSiの凝固が進むことにより、アルミニウム合金中の溶解Siの含有量を大幅に減少させることができる。それにより、Al-Mg-Si系アルミニウム合金の固溶体におけるスズおよび/またはインジウムの溶解度を向上させることができ、放置安定性をさらに高めることができる。
【0024】
Si/Mgの重量パーセント比が0.3~0.9の範囲内にあるとき、Al-Mg-Si系アルミニウム合金の固溶体におけるスズおよび/またはインジウムの溶解度を比較的高くすることができる。
【0025】
アルミニウム合金が少なくとも0.25重量%の銅(Cu)を含有する場合、Cuの含有量がこのように比較的高いことにより、Al-Mg-Si系アルミニウム合金の固溶体におけるSnの溶解度に対するMgおよびSiの悪影響が相殺的に干渉され得る。
【0026】
アルミニウム合金がアルミニウム混晶の固溶体中に0.005~0.05重量%の範囲でスズ(Sn)を含有する場合、アルミニウム合金の優れた放置安定性を得ることができる。一般に、「固溶体」という用語は、合金元素が固体マトリックス中に分散している状態を指すことができると言及される。
【0027】
好ましくは、アルミニウム合金は6000系に属する。好ましくは、アルミニウム合金はEN AW-6061アルミニウム合金である。
【0028】
アルミニウム合金が最大0.05重量%のクロム(Cr)と0.05重量%超のジルコン(Zr)を含有する場合、Snの焼入れ感受性を低下させ、比較的遅い焼入れ速度でも、Snをアルミニウム混晶の固溶体中に保持することができる。さらにそれにより、厚板でも、最適な放置安定性と人工時効硬化能を得ることができる。
【0029】
アルミニウム合金は、場合によっては腐食挙動を改善するために、少なくとも0.02重量%のクロム(Cr)を含有することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】アルミニウム合金中のSiとFeの含有量を示す表である。
【
図2】アルミニウム合金の放置期間[d]とブリネル硬さ[HBW]を示す表である。
【
図3】アルミニウム合金の人工時効温度[℃]とブリネル硬さ[HBW]を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
得られた効果を証明するために、さまざまなAl-Mg-Si系(6000系)アルミニウム合金からなる薄板を作製した。試験した合金の組成を表1に示す。
【0032】
【0033】
表1のアルミニウム合金1は、基本的に微量元素Snを添加した後の標準合金AA6061に相当し、スズの代わりに、インジウムまたはSnとInとの組み合わせを使用することが考えられる。合金2は6000系の本発明による組成物であり、Fe含有量が比較的高いため、比較的リサイクルしやすい。
【0034】
アルミニウム合金1は、本発明に従って調整されたSi/Fe含有量から明らかに外れており、これは例えば
図1で確認することができる。アルミニウム合金2は、この調整されたSi/Fe含有量のほぼ中央に位置している。
【0035】
アルミニウム合金1と2の両方を、溶体化熱処理によって固溶化し、焼入れしたのち、室温で時効することで自然時効硬化処理を、次いで人工時効硬化処理を行った。溶体化熱処理は530℃超の温度で、焼入れは20℃/秒超の焼入れ速度で行った。合金1と2の両方に、180日間[d]の放置期間、すなわち自然時効硬化処理と、さまざまな温度での30分間の人工時効硬化処理を実施した。自然時効硬化処理中、または人工時効硬化処理後にブリネル硬さ[HBW]を測定した。
【0036】
放置安定性については、室温での放置で、合金1がすでに14日後に比較的激しく時効硬化していることが
図2で確認できる。これは、長い放置期間にわたって見てみると、不利なことに、ブリネル硬さが比較的高く上昇していることになり、かつ人工時効硬化前に変形に成形に不利に作用する。
【0037】
それとは対照的に、合金2では、およそ180日後にようやく自然時効硬化が始まっていることが明確になり、それにより本発明による合金2は、とりわけ放置安定性があると考えられる。このような驚くほど高い放置安定性は、これまで6000系合金ではまだ観察されていなかった。これは、焼入れ後の柔らかい状態における合金の処理時間に、想定外の著しい効用をもたらす。
【0038】
それに続く人工時効硬化では、
図3で2つの合金を比較すると、合金2は低めの時効温度では、ブリネル硬さにおいてさしあたり合金1に遅れを取っていることが確認できる。時効温度が高くなると、合金1のブリネル硬さを明らかに超えることができる。