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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-16
(45)【発行日】2023-02-27
(54)【発明の名称】電子顕微鏡及び測定試料の観察方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/227 20180101AFI20230217BHJP
   G02B 21/00 20060101ALI20230217BHJP
   H01J 37/20 20060101ALI20230217BHJP
【FI】
G01N23/227
G02B21/00
H01J37/20 Z
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018031379
(22)【出願日】2018-02-23
(65)【公開番号】P2019144212
(43)【公開日】2019-08-29
【審査請求日】2021-01-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2017年応用物理学会秋季学術講演会(福岡)予稿集 DVD、発行日 平成29年8月25日 第78回 応用物理学会秋季学術講演会 福岡国際会議場(福岡県福岡市博多区石城町2-1)平成29年9月5日(平成29年9月5日~平成29年9月8日)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願 平成29年度、文部科学省、「光・量子科学研究拠点形成に向けた基盤技術開発」~極限レーザーと先端放射光技術の融合による軟X線物性科学の創成~事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】辛 埴
(72)【発明者】
【氏名】谷内 敏之
【審査官】清水 靖記
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-247870(JP,A)
【文献】特表2005-512339(JP,A)
【文献】特開平02-144844(JP,A)
【文献】特表2016-534536(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0220792(US,A1)
【文献】特開平11-214461(JP,A)
【文献】特開平07-325052(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第1862761(CN,A)
【文献】国際公開第2008/099501(WO,A1)
【文献】特開2014-238982(JP,A)
【文献】Taniuchi, T. et al.,Ultrahigh-spatial-resolution chemical and magnetic imaging by laser-based photoemission electron microscopy,Review of Scientific Instruments,2015年02月02日,Vol. 86, Article No. 023701,pp. 1-5,doi:10.1063/1.4906755
【文献】Fleming, A. J. et al.,Atomic force microscopy and photoemission electron microscopy study of the low-pressure oxidation of transition metal nitrides,J. Appl. Phys.,2007年10月17日,Vol. 102, Article No. 084902,pp. 1-10,doi:10.1063/1.2794474
【文献】GOEL, P. et al.,A Proposed new scheme for vibronically resolved time-dependent photoelectron spectroscopy: pump-rep,Physical Chemistry Chemical Physics,2016年,Vol. 18,pp. 11263-11277,doi:10.1039/c5cp07889j
【文献】木須孝幸、ほか,レーザー励起高分解能光電子分光,表面科学,2005年,Vol. 26, No. 12,pp. 716-720
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
G02B 21/00 - G02B 21/36
H01J 37/00 - H01J 37/36
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CWレーザーを生成するレーザー光源と、
前記CWレーザーを測定試料に照射する照射レンズ系と、
前記CWレーザーにより前記測定試料から放出された光電子をエネルギーごとに分離するエネルギー分析器と、
所定の前記エネルギーの前記光電子を通過させるエネルギースリットと、
前記エネルギースリットを通過した前記光電子を検出し、検出した前記光電子の強度に基づいて前記測定試料の画像を生成する電子ビーム検出器と、
前記測定試料から放出された前記光電子を前記エネルギー分析器に集束させる第1電子レンズ系と、
前記エネルギースリットを通過した前記光電子を前記電子ビーム検出器に投影する第2電子レンズ系と
を備え
前記エネルギースリットには、前記エネルギースリットの位置を移動させて、前記エネルギースリットを通過する前記光電子の前記エネルギーの帯域を変えるためのスリット移動機構が設けられている、電子顕微鏡。
【請求項2】
前記CWレーザーのエネルギーと前記測定試料の仕事関数の差が0~0.5eVである
請求項1に記載の電子顕微鏡。
【請求項3】
前記測定試料に所定電圧を印加し、前記光電子の前記エネルギーを調整するエネルギー調整機構を備える
請求項1又は2に記載の電子顕微鏡。
【請求項4】
前記エネルギー調整機構は、前記測定試料の状態密度に基づいて前記測定試料に印加する所定電圧を決定する
請求項3に記載の電子顕微鏡。
【請求項5】
前記測定試料から前記光電子を放出し易くする電圧を印加する電源を備える
請求項1~4のいずれか1項に記載の電子顕微鏡。
【請求項6】
前記電源は、前記第1電子レンズ系を正の電圧に帯電させ、前記測定試料で生じた前記光電子を前記第1電子レンズ系に引き込む
請求項5に記載の電子顕微鏡。
【請求項7】
レーザー光源で生成されたCWレーザーを測定試料に照射する照射工程と、
第1電子レンズ系を用いて、前記CWレーザーにより前記測定試料から放出された光電子をエネルギー分析器に集束する集束工程と、
前記エネルギー分析器を用いて前記光電子をエネルギーごとに分離する分離工程と、
分離した前記光電子をエネルギースリットに照射し、所定の前記エネルギーの前記光電子を選択する選択工程と、
第2電子レンズ系を用いて、前記エネルギースリットを通過した前記光電子を電子ビーム検出器に投影する投影工程と、
前記電子ビーム検出器を用いて、投影された前記光電子を検出し、検出した前記光電子の強度に基づいて前記測定試料の画像を生成する検出工程と、
生成された前記画像を、前記電子ビーム検出器に接続されたコンピュータのモニタに表示する工程と、
を有し、
前記選択工程では、前記エネルギースリットに設けられたスリット移動機構により、前記エネルギースリットの位置を移動させて、前記エネルギースリットを通過する前記光電子の前記エネルギーの帯域を変える、測定試料の観察方法。
【請求項8】
前記CWレーザーのエネルギーと前記測定試料の仕事関数の差が0~0.5eVである
請求項7に記載の測定試料の観察方法。
【請求項9】
前記測定試料に電圧を印加する電圧印加工程を備え、前記測定試料の状態密度に基づいて前記電圧を決定する
請求項7又は8に記載の測定試料の観察方法。
【請求項10】
電源を用いて、前記第1電子レンズ系に正の電圧を印加し、前記測定試料で生じた前記光電子を前記第1電子レンズ系に引き込む工程を有する、
請求項7~9のいずれか1項に記載の測定試料の観察方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡及び測定試料の観察方法に関する。
【背景技術】
【0002】
次世代メモリとして抵抗変化メモリが注目されている(特許文献1参照)。抵抗変化メモリに用いる抵抗変化素子は、遷移金属酸化物などの酸化物層を下部電極と上部電極とで挟んだ構造をしており、セットプロセスで電圧印加により酸化物層内に導電パス(フィラメント)が形成され低抵抗状態となる。さらにリセットプロセスでは、調整された電圧を印加することにより、抵抗変化層内の導電パスが断裂し高抵抗状態となる。
【0003】
セットプロセスでは、酸化物層に印加された電圧によって還元作用が起こり、金属酸化物から金属に変化すると考えられる。これがフィラメントとなって電流経路が形成され、抵抗値が減少する。リセットプロセスにおいては、さらに電流を向上させると、そのジュール熱によって還元された金属の酸化が始まり、フィラメントが消失して再度抵抗が増加すると考えられる。抵抗変化素子は、例えば、低抵抗状態を0、高抵抗状態を1に対応させ、このサイクルの繰り返しによって、0と1を繰り返し記憶でき、メモリとして用いることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2011-096714号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
抵抗変化素子のような多層構造の素子では、上部電極の下部に形成された酸化物層を観察しようとすると、上部電極を取り除いたり、素子を切断し、切断面に露出した酸化物層を透過型電子顕微鏡(TEM)によって観察したりするなど、素子を破壊しないと観察することができないという問題があった。
【0006】
そこで、本発明は、非破壊で観察できる電子顕微鏡及び測定試料の観察方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の電子顕微鏡は、CWレーザーを生成するレーザー光源と、前記CWレーザーを測定試料に照射する照射レンズ系と、前記CWレーザーにより前記測定試料から放出された光電子をエネルギーごとに分離するエネルギー分析器と、所定の前記エネルギーの前記光電子を通過させるエネルギースリットと、前記エネルギースリットを通過した前記光電子を検出する電子ビーム検出器と、前記測定試料から放出された前記光電子を前記エネルギー分析器に集束させる第1電子レンズ系と、前記エネルギースリットを通過した前記光電子を前記電子ビーム検出器に投影する第2電子レンズ系とを備える。
【0008】
本発明の測定試料の観察方法は、レーザー光源で生成されたCWレーザーを測定試料に照射する照射工程と、前記CWレーザーにより前記測定試料から放出された光電子をエネルギー分析器に集束する集束工程と、前記エネルギー分析器を用いて前記光電子をエネルギーごとに分離する分離工程と、分離した前記光電子をエネルギースリットに照射し、所定の前記エネルギーの前記光電子を選択する選択工程と、前記エネルギースリットを通過した前記光電子を電子ビーム検出器に投影する投影工程と、前記電子ビーム検出器に投影された前記光電子を検出する検出工程とを有する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、所定のエネルギーの光電子を通過させるエネルギースリットを備え、エネルギースリットを通過した光電子を電子ビーム検出器で検出するので、電子ビーム検出器で検出する電子のエネルギーを選択でき、特定の物質を選択的に観察できるので、測定試料の最表層より下部に存在する特定の物質も測定試料を破壊することなく観察でき、非破壊で観察することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施形態の電子顕微鏡の全体構成を示す概略図である。
図2図2Aは、本発明の実施形態の測定試料の全体構成を示す概略図であり、図2Bは、領域(i)の断面を示す概略図であり、図2Cは、領域(ii)の断面を示す概略図であり、図2Dは、領域(iii)の断面を示す概略図であり、図2Eは、領域(iv)の断面を示す概略図である。
図3A-C】図3Aは、STVを0.3Vとしたときの接合部の画像であり、図3Bは、STVを0Vとしたときの接合部の画像であり、図3Cは、STVを-0.3Vとしたときの接合部の画像である。
図3D-E】図3Dは、STVを-0.5Vとしたときの接合部の画像であり、図3Eは、STVを-1.0Vとしたときの接合部の画像である。
図4】本発明の他の実施形態の電子顕微鏡の全体構成を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(1)本発明の実施形態の電子顕微鏡の全体構成
本実施形態の電子顕微鏡は、測定試料から放出された光電子を検出して測定試料を観察するレーザー光電子顕微鏡である。図1に示すように、本実施形態の電子顕微鏡1は、レーザー光源2と、波長板3と、集光レンズ4及び対物レンズ6で構成される照射レンズ系と、ビームセパレータ5と、チャンバー10と、エネルギー調整機構13と、電源14と、第1電子レンズ系21と、エネルギー分析器22と、エネルギースリット23と、第2電子レンズ系24と、電子ビーム検出器25とを備えている。
【0012】
レーザー光源2は、CW(Continuous Wave)レーザー7を生成するレーザー発振器である。CWレーザー7の波長は、CWレーザー7の照射により測定試料30から光電子が放出されるように、CWレーザー7のエネルギーhνが測定試料30の仕事関数φよりも高くなるように選定している。より具体的には、測定試料30の観察領域の最表層を構成する物質の仕事関数φよりも高くなるようにする。本実施形態の場合、レーザー光源2は、波長が266nm(エネルギーhν=4.66eV)のCWレーザー7を生成する。波長板3は、CWレーザー7の偏光を、直線偏光と左右円偏光とに切替えるための素子である。通常は、波長板3によりCWレーザー7を直線偏光とするが、磁気円二色性を利用して測定試料30の磁気特性を測定する場合、波長板3によりCWレーザー7を左右円偏光とする。
【0013】
照射レンズ系は、集光レンズ4でCWレーザー7を対物レンズ6に集光し、対物レンズ6でCWレーザー7を測定試料30の表面に集光して、CWレーザー7を測定試料30に照射させる。対物レンズ6は、測定試料30の表面近傍に焦点位置が来るように配置されている。集光レンズ4、対物レンズ6は、公知のレンズであり、CWレーザー7の照射領域、すなわち、測定試料30の観察領域のサイズなどに応じて適宜選定することができる。
【0014】
チャンバー10は、気密性が高い構造をしており、図示しないターボ分子ポンプなどの真空ポンプが接続されている。チャンバー10は、真空ポンプにより、内部空間を所定真空度(1.0×10-5~10-8Torr)にされる。チャンバー10内には、測定試料30を載置するステージ11と対物レンズ6とが配置されている。なお、本実施形態の場合、チャンバー10とビームセパレータ5とが接続されており、ビームセパレータ5に対物レンズ6が固定されているが、図1では便宜的上、ビームセパレータ5と対物レンズ6とを別体の構成として示している。ステージ11には図示しない駆動機構が接続されており、駆動機構によりステージ11を互いに直交する3軸方向に移動させることができる。本実施形態の場合、ステージ11は、測定試料30を載置する載置面11aがCWレーザー7の光軸と直交するように配置されている。
【0015】
測定試料30は、チャンバー10内のステージ11の載置面11aに載置され、CWレーザー7が測定試料30の表面に垂直に照射される。ここで、図2を用いて本実施形態の測定試料30について説明する。図2Aに示すように、測定試料30は、Si基板31上に形成された下部電極32と、下部電極上に形成された酸化物層34と、酸化物層34上に形成された上部電極33とでなる抵抗変化素子である。測定試料30は、長方形状に形成された上部電極33と下部電極32とが長軸方向が直交するように配置され、四辺形状の接合部35が形成されている。
【0016】
接合部35(図2A中に示す領域(i))は、図2Bに示すように、Si基板31上で、下部電極32、酸化物層34、上部電極33の3層構造をしている。下部電極32はTiN(チタンナイトライド)でなり、酸化物層34はTa(五酸化タンタル)でなり、上部電極33はPt(プラチナ)でなる。測定試料30は、上部電極33と下部電極32との間に電圧が印加されると、接合部35の酸化物層34のTaが還元され、Taでなるフィラメントが形成される。このフィラメントが上部電極33と下部電極32との間の導電パスとなり、測定試料30は、低抵抗状態となる。本実施形態の場合、下部電極32、酸化物層34、上部電極33の厚さは、それぞれ、20nm、5nm、10nmであり、接合部35の面積は、おおよそ、25μmである。
【0017】
このような抵抗変化素子は、例えば、以下のようにして作製できる。まず、Si基板31を用意し、Si基板31上に、フォトリソグラフィ技術により形成したマスクを利用して、長方形状の下部電極32を、スパッタにより成膜する。次に、マスクを除去し、下部電極32が形成されたSi基板31全面に酸化物層34をスパッタにより成膜する。最後に、酸化物層34上に、フォトリソグラフィ技術によりマスクを形成し、長方形状の上部電極33を、長軸が下部電極32の長軸と直交するようにスパッタにより成膜する。
【0018】
そのため、接合部35以外の上部電極33の領域(図2A中に示す領域(ii))では、図2Cに示すように、Si基板31上で、酸化物層34と上部電極33の2層構造となっている。接合部35以外の下部電極32の領域(図2A中に示す領域(iii))では、Si基板31上で、図2Dに示すように、下部電極32と酸化物層34の2層構造となっている。なお、図2Aに示す領域(iii)では、便宜上、下部電極32上に形成された酸化物層34を示していない。Si基板31上の抵抗変化素子が形成されていない領域(図2A中に示す領域(iv))は、図2Eに示すように、Si基板31上に酸化物層34が成膜された構成となっている。
【0019】
このような測定試料30の表面に、CWレーザー7が照射される。本実施形態の場合、接合部35全体にCWレーザー7が照射されるように照射光学系が調整されており、接合部35全体を一度に観察することができる。上述の通り、CWレーザー7のエネルギーhνが測定試料30の最表層(本実施形態ではPt)の仕事関数φよりも高くなるようにCWレーザー7の波長を選定しているので、測定試料30にCWレーザー7が照射されると、光電効果が生じ、測定試料30、すなわち、上部電極33や、酸化物層34、下部電極32の電子が励起され、測定試料30から光電子が放出される。CWレーザー7が照射された領域から多数の光電子が放出され、光電子はビームセパレータ5へ入射する。本明細書では、放出された多数の光電子をまとめて電子ビーム27と称する。
【0020】
ここで、CWレーザー7の波長は、上記のように、測定試料30の最表層の仕事関数φに応じて選定すればよいが、好ましくは、266nm以下であり、さらに好ましくは、213nm以下であることが望ましい。このように波長を選定することで、仕事関数φがより大きな試料も測定することができるようになり汎用性が向上する。また、CWレーザー7のエネルギーhνと測定試料30の最表層の仕事関数φの差分をΔE(=hν-φ)とすると、ΔEが0eV~0.5eVとなるように、CWレーザー7の波長を選定するのが好ましい。このようにCWレーザー7の波長を選定することで、深い位置の物質(例えば、上部電極33の下に存在する酸化物層34)についても解像度よく観察することができる。これは、光電子が試料表面から脱出する際に感じるエネルギー障壁の影響が、光電子のエネルギーが小さいほど大きいためであり、この影響で斜出射する光電子は表面で全反射されやすくなり垂直出射に近い光電子だけで結像することができるのが理由である。例えば、多層構造の測定試料30の最表層である上部電極33よりも下層の酸化物層34に形成されたフィラメントを観察する場合は、このようにするのが有利である。なお、ΔEは、レーザー光電子顕微鏡を用いて測定試料30内の所望の計測位置を計測し、エネルギー分析器を用いて得られた当該計測位置の電子エネルギー分布から計測する。電子エネルギー分布内のバンド構造の幅(後述するカットオフからフェルミ準位E)ΔEに相当する。
【0021】
さらに電子顕微鏡1は、電源14を備えており、電源14の負極側がステージ11に接続され、正極側がグランドGに設置されて、測定試料30に負の電圧を印加することができる。電源14は、高電圧を出力できる一般的な電源である。本実施形態の場合、電源14によって、測定試料30に-20kVの電圧が印加されている。このため、測定試料30と、電圧を印加されていないビームセパレータ5との間に電界が生じ、この電界により、測定試料30から光電子を放出し易くすると共に、放出された光電子をビームセパレータ5へ加速し、電子ビーム27をビームセパレータ5へ引き込むようにしている。
【0022】
電子顕微鏡1は、電源14とステージ11の間にエネルギー調整機構13を備えている。エネルギー調整機構13は、所定電圧STVを出力する電源である。エネルギー調整機構13と電源14とは、直列に接続されており、STVと電源14の出力電圧との合計電圧を測定試料30に印加できる。エネルギー調整機構13は、STVの値を調整することで、測定試料30から放出された光電子のエネルギーEpを調整できる。なお、光電子のエネルギーEpは、本実施形態の場合、光電子の運動エネルギーをEkとすると、Ep=20kV+Ek-STVとなる。光電子の運動エネルギーEkは、測定試料30内の電子がCWレーザー7により励起されたことにより生じた運動エネルギーの値であり、物質中での電子のエネルギーEにより変わる。そのため、光電子のエネルギーEpも、物質中での電子のエネルギーEに依存する。
【0023】
ビームセパレータ5は、電子ビーム27が入射すると、電子ビーム27を偏向させ、CWレーザー7のパスと電子ビーム27のパスとを分離させる。ビームセパレータ5は、偏向した電子ビーム27の出射口に接続された第1電子レンズ系21に電子ビーム27を入射させる。第1電子レンズ系21は、複数の電子レンズで構成されており、入射した電子ビーム27を集束さる。第1電子レンズ系21は、一端がビームセパレータ5に接続され、他端がエネルギー分析器22に接続されており、電子ビーム27を集束させてエネルギー分析器22に入射させる。
【0024】
エネルギー分析器22は、公知のエネルギー分析器であり、入射した電子ビーム27を光電子のエネルギーEpごとに分離し、エネルギーEpごとに分離された電子ビーム27を出射する。エネルギー分析器22は、半球形状をしており、半球の平面部にビームの入射口と出射口とが設けられている。エネルギー分析器22は、入射口に第1電子レンズ系21が接続され、出射口に第2電子レンズ系24が接続されており、第1電子レンズ系21から入射した電子ビーム27を、光電子のエネルギーEpごとに分離し、第2電子レンズ系24に出射する。
【0025】
エネルギー分析器22の出射口には、エネルギースリット23が設けられている。エネルギースリット23は、板状部材の表面に、貫通した溝部が直線状に形成された通常のスリットである。エネルギースリット23は、溝部に照射された電子ビーム27を通過させ、板状部材に照射された電子ビーム27を遮断する。なお、実際上、板状部材に照射された電子ビーム27が完全に遮断されるわけではなく、これらの電子ビーム27の一部もエネルギースリット23を通過する。そのため、エネルギースリット23により溝部に照射された電子ビーム27以外の電子ビーム27の強度が低下する。本実施形態では、エネルギースリット23の溝部の幅を40μmとしている。
【0026】
このようなエネルギースリット23が、エネルギー分析器22の出射口に配置されているので、エネルギー分析器22で分離された電子ビーム27の内、エネルギースリット23を通過した電子ビーム27が第2電子レンズ系24に入射する。このとき、エネルギー分析器22で光電子のエネルギーEpごとに電子ビーム27が分離されているので、電子ビーム27の出射口内の通過位置も、光電子のエネルギーEpごとに決まっている。そのため、エネルギースリット23の位置を調整することで、電子ビーム検出器25で検出する光電子のエネルギーEpを選択できる。光電子のエネルギーEpは、物質中(測定試料30中)での電子のエネルギーEに依存するので、エネルギースリット23の位置を変えることで、測定試料30中でのエネルギーEを選択し、検出する測定試料30中の電子を選択できる。
【0027】
一方で、光電子のエネルギーEp=20kV+Ek-STVであるので、STVの値を変えることで、光電子のエネルギーEpを変えることができる。したがって、STVの値をかえることで、電子ビーム検出器25で検出する光電子のエネルギーEpを選択でき、検出する測定試料30中の電子を選択できる。
【0028】
第2電子レンズ系24は、複数の電子レンズで構成されており、入射した電子ビーム27を電子ビーム検出器25に投影する。電子ビーム検出器25は、2次元の光電子検出器であり、投影された電子ビーム27の光電子を検出し、検出した光電子の強度に基づいて測定試料30の画像を生成する。電子ビーム検出器25では、投影された電子ビーム27から画像を生成するので、連続して画像を生成でき、静止画に限らず動画も生成可能である。電子ビーム検出器25は、図示しないPCが接続されており、生成された画像をPCに送出し、PCの記憶装置に画像を保存させたり、画像をPCのモニタに表示して電子顕微鏡1の操作者に確認させたりできる。
【0029】
このような電子顕微鏡1を用いて測定試料30を観察した例を図3に示す。なお、抵抗変化素子は、事前に上部電極33と下部電極32との間に、所定の電圧を印加し、フィラメントが形成された低抵抗状態としている。図3中の上側の画像は電子顕微鏡1で接合部35を撮像した画像であり、当該画像の下部の図は、測定試料30を構成する物質の状態密度を表す概略図であり、横軸が測定試料30の電子のエネルギーEで、縦軸が電子の強度(すなわち、状態の数)を表している。図3の状態密度を表す図中のEはフェルミ準位であり、2本の実線は、光電子としてエネルギースリット23を通過できる電子のエネルギーEの帯域EBを示している。実際上、図3に示すこの帯域EBは、帯域EB内のエネルギーEの電子がより多くエネルギースリット23を通過することを意味しており、帯域EB外のエネルギーEの電子の一部もエネルギースリット23を通過できる。また、帯域EB外では、帯域EBの下限又は上限に近いエネルギーEの電子の方が通過しやすい。また、状態密度のグラフのCut off(カットオフ)は放出する光電子の運動エネルギーがゼロとなるエネルギーである。
【0030】
図3Aは、STVを0.3Vとしたときの接合部35の画像である。図3Aの画像では、画像中の左上にあるPtでなる上部電極33と接合部35の境界が観察でき、画像中の右下に何らかの構造が存在しているのが確認できる。そして、全体的に輝度値の低い画像となっている。この場合、図3A下部の状態密度のグラフに示すように、光電子としてエネルギースリット23を通過できる電子のエネルギーEの帯域EBは、フェルミ準位Eよりも高いエネルギーにある。この帯域EB内のエネルギーEには、測定試料30を構成するどの物質も状態が存在せず、帯域EB内のエネルギーEを持った電子は、測定試料30内には存在しない。そのため、エネルギースリット23を通過しやすい光電子がなく、電子ビーム検出器25で検出される光電子が少なく、全体的に輝度値の低い画像となっている。
【0031】
図3Bは、STVを0Vとしたときの接合部35の画像である。図3Bの画像を見ると、画面右下(図3B中で矢印で指す位置)に輝度値の高い部分が確認できる。これは、STVが0.3Vのときに観察された構造の輝度値が高くなったものと考えられる。この場合、帯域EBはフェルミ準位E近傍にあり、帯域EB内にPtとTa(フィラメント)の状態が存在し、帯域EB内のエネルギーEを持った電子がPtとTaに存在している。一方で帯域EB内にはTaの状態がなく、帯域EB内のエネルギーEを持った電子がTaにはない。そのため、Pt及びTaから放出された光電子がエネルギースリット23を通過し易いので、電子ビーム検出器25では、Pt及びTaから放出された光電子の検出量が多く、Taからから放出された光電子の検出量は少ない。その結果、画像では、Pt及びTaの輝度値が高くなり、Taの輝度値が低くなる。さらに、フェルミ準位E近傍では、PtよりもTaの方が、状態密度が大きいので、放出される光電子の数も多い。そのため、電子ビーム検出器25で、Taから放出された光電子の方が多く検出され、画像では、Taの部分が最も輝度値が高くなる。そして、図3Bで観察された構造は、最も輝度値が高いことから、Taで形成されていると考えられ、フィラメントであると考えられる。
【0032】
このように、電子顕微鏡1は、エネルギースリット23を有しているために、検出する電子のエネルギーEを選択できるので、Taでなる酸化物層34中からTaでなるフィラメントを選択的に観察でき、さらには、上部電極33の下部の酸化物層34に形成されたフィラメントを観察でき、特定の物質を選択的に非破壊で観察することができる。
【0033】
また、STVが0.3Vのときの画像と比較すると、図3Bの画像では、画像全体の輝度値が高くなっている。これは、Ptから放出された光電子がエネルギースリット23を通りやすくなったために、画像内の上部電極33の部分の輝度値が高くなったからであると考えられる。そして、画像中の左上と右下に、上部電極33と接合部35の境界が確認できる。また、下部電極32は、画像中の左下と右上に存在するはずであるが、エネルギースリット23を通る電子が少ないため、画像では暗部となっており確認できない。接合部35及び上部電極33が明るく映っているので、下部電極32と接合部35の境界は確認できる。
【0034】
図3Cは、STVを-0.3Vとしたときの接合部35の画像である。図3Cの画像を見ると、上部電極33の部分の輝度値が高くなっている。上部電極33と接合部35との境界部がよりはっきりと確認できるようになっている。また、フィラメントの輝度値が小さくなっていることが確認できる。また、接合部35に複数の粒状部を観察できる。この場合、帯域EBはSTVが0Vのときよりも低エネルギー側にあり、帯域EB内にPtとTaの状態が存在し、帯域EB内のエネルギーEを持った電子がPtとTaに存在している。STVが0Vのときと比較すると、帯域EB内の状態は、Ptが支配的であり、Ptと比較するとTaの状態は少ない。そのため、帯域EB内のエネルギーEの電子は、Ptの方に多く存在し、その結果、電子ビーム検出器25でPtから放出された光電子の方が多く検出され、画像では、Ptでなる上部電極33の部分の輝度値が高くなり、フィラメントの輝度値が低くなっている。また、粒状部は、Ptから放出された光電子が多くなることで観察されたので、Ptの可能性が考えられる。
【0035】
図3Dは、STVを-0.5Vとしたときの接合部35の画像である。図3Dの画像を見ると、画像内では、上部電極33(画像中の右側)と下部電極32(画像中の上部)の輝度値が高くなっていることが確認できる。また、フィラメントが観察されなくなっている。この場合、帯域EBはSTVが-0.3Vのときよりも低エネルギー側にあり、帯域EB内にPtとTiNの状態が存在し、Taの状態が存在しなくなっている。すなわち、帯域EB内のエネルギーEを持った電子がPtとTiNに存在し、PtとTiNから放出された光電子がエネルギースリット23を通りやすくなっている。帯域EB内のエネルギーEを有する電子は、PtとTiNとで同程度である。そのため、画像では上部電極33と下部電極32の輝度値が高くなっていると考えられる。また、帯域EB内にTaの状態が存在しなくなったため、Taから放出された光電子の検出量が少なくなり、フィラメントが観察されなくなったと考えられる。
【0036】
図3Eは、STVを-1.0Vとしたときの接合部35の画像である。図3Eの画像を見ると、画像内では、下部電極32(画像中の上部)の輝度値が高くなっていることが確認できる。この場合、帯域EBはSTVが-0.5Vのときよりも低エネルギー側にあり、帯域EB内にTiNとSiの状態が存在している。すなわち、帯域EB内のエネルギーEを持った電子がTiNとSiに存在し、TiNとSiから放出された光電子がエネルギースリット23を通りやすくなっている。帯域EB内のエネルギーEを有する電子は、状態密度からTiNが支配的である。そのため、画像では下部電極32の輝度値が高くなっていると考えられる。
【0037】
このように、状態密度に基づいて、光電子としてエネルギースリット23を通過できる電子のエネルギーEの帯域EBが、検出したい特定の物質の状態密度が高いエネルギー帯域になるようにSTVを決定することで、特定の物質から放出される光電子の量を増やして、当該光電子を検出し易くでき、特定の物質を選択的に観察することができる。
【0038】
以上の構成において、電子顕微鏡1は、CWレーザー7を生成するレーザー光源2と、CWレーザー7を測定試料30に照射する照射レンズ系(集光レンズ4と対物レンズ6)と、CWレーザー7により測定試料30から放出された光電子をエネルギーEpごとに分離するエネルギー分析器22と、所定のエネルギーEpの光電子を通過させるエネルギースリット23と、エネルギースリット23を通過した光電子を検出する電子ビーム検出器25と、測定試料30から放出された光電子をエネルギー分析器22に集束させる第1電子レンズ系21と、エネルギースリット23を通過した光電子を電子ビーム検出器25に投影する第2電子レンズ系24とを備えるように構成した。
【0039】
よって、電子顕微鏡1は、所定のエネルギーEpの光電子を通過させるエネルギースリット23を備え、エネルギースリット23を通過した光電子を電子ビーム検出器25で検出するので、電子ビーム検出器25で検出する電子のエネルギーEを選択でき、特定の物質を選択的に観察できる。そのため、電子顕微鏡1は、測定試料30の最表層の上部電極33より下部に存在する酸化物層34のフィラメントも上部電極33を破壊することなく観察でき、非破壊で観察することができる。
【0040】
さらに、電子顕微鏡1は、エネルギースリット23を通過した光電子を、第2電子レンズ系24によって電子ビーム検出器25に投影して検出するようにしているので、走査することなく一度で測定領域全体を観察でき、連続して測定試料30を観察することができる。よって、測定試料30が上述のような抵抗変化素子である場合、フィラメントが形成されていない抵抗変化素子に対して、上部電極33と下部電極32との間に電圧を印加しつつ電子顕微鏡1で酸化物層34を観察することで、フィラメントが形成される様子を観察することができる。
【0041】
(2)他の実施形態
上記の実施形態では、測定試料30に対して垂直にCWレーザー7を照射し、測定試料30から放出された光電子による電子ビーム27のパスをビームセパレータ5でCWレーザー7のパスと分離した場合について説明したが、本発明はこれに限られず、電子顕微鏡1は、ビームセパレータ5を備えていなくてもよい。例えば、例えば、光電子を測定試料30に対して垂直方向に放出させて、光電子を検出する場合は、測定試料30の垂直方向に対して、CWレーザー7のパスが所定角度(例えば45度)傾くようにレーザー光源2を配置して、CWレーザー7を測定試料30に照射するようにする。
【0042】
また、上記の実施形態では、ステージ11に電源14を接続し、測定試料30に対して負の電圧を印加し、測定試料30とビームセパレータ5の間に電界を生じさせて光電子が放出されやすくした場合について説明したが、本発明はこれに限られない。例えば、図1と同じ構成には同じ符号を付した図4に示す電子顕微鏡40のように、第1電子レンズ系21に電源14の正極側を接続し、負極側をグランドGに接地して、第1電子レンズ系21に正の電圧を印加し、第1電子レンズ系21を正の電圧に帯電させ、測定試料30とビームセパレータ5の間に電界を生じさせて、測定試料30から光電子が放出されやすくしてもよい。この場合、エネルギー調整機構13もグランドGに接地する。測定試料30ではなく第1電子レンズ系21側に電圧を印加させるようにすることで、測定試料30に電圧を印加しないで済むので、工業利用上有利である。なお、ビームセパレータ5に電源14を接続してビームセパレータ5に電圧を印加するようにしてもよい。
【0043】
さらに上記の実施形態では、エネルギースリット23が固定されている場合について説明したが、本発明はこれに限られない。図4に示す電子顕微鏡40のようにエネルギースリット23にスリット移動機構29を設けて、エネルギースリット23の位置を移動させて、エネルギースリット23を通過する電子のエネルギーの帯域EBを変えるようにしてもよい。
【0044】
(3)電子顕微鏡の用途
上記では、電子顕微鏡1によって、測定試料30としての抵抗変化素子を観察し、上部電極33と下部電極32との間の酸化物層34に形成されたフィラメントを観察でき、抵抗変化素子の抵抗状態を可視化できることを説明した。これは、電子のエネルギーがフェルミ準位近傍で、上部電極を構成するPt、酸化物層34を構成するTaよりも、酸化物層34に形成されたフィラメントを構成するTaのほうが、状態密度が大きく、電子ビーム検出器25で検出される光電子の強度が高いからである。そのため、フェルミ準位近傍のエネルギーの電子を中心に通過させるエネルギースリット23を設けることで、Taから放出された光電子を選択的に検出できる。このように、電子顕微鏡1は、所定の電子のエネルギーで、状態密度が他の物質よりも大きい物質を選択的に観察できるので、この性質を利用して、他の用途にも用いることができる。
【0045】
例えば、相変化メモリ(Phase Change Memory:PCM)を構成する相変化素子の抵抗状態を可視化できる。相変化素子は、例えば、カルコゲナイド合金などの相変化材料が結晶状態(低抵抗状態)と非結晶状態(高抵抗状態)とで抵抗値が異なることを利用して情報を記憶する素子である。相変化素子は、相変化材料でなる層を上部電極と下部電極で挟み、上部電極と下部電極の間に電流を流すことで生じるジュール熱によって抵抗状態を変化させる。相変化材料では、結晶状態と非結晶状態とで、仕事関数及びフェルミ準位近傍での状態密度が異なり、光電子の放出量が異なる。そのため、フェルミ準位近傍のエネルギーの電子を中心に通過させるようにエネルギースリット23やSTVを設定し、電子顕微鏡1を用いて抵抗変化素子を観察すると、結晶状態を選択的に観察でき、結晶状態と非結晶状態の変化を可視化することができる。また、上部電極と下部電極との間に電圧を印可し、結晶状態と非結晶状態との間の変化を連続的に観察することも可能である。
【0046】
また、磁気ランダムアクセスメモリを構成する磁気抵抗素子の評価に電子顕微鏡1を用いることができる。磁気抵抗素子は、強磁性層、絶縁層、強磁性層の3層構造をしている。磁気抵抗素子は、一方の強磁性層が固定層として磁化方向が固定されており、他方の強磁性層がフリー層として磁化方向が外部磁場やスピントルクなどにより変化するようになされている。磁気抵抗素子は、固定層とフリー層の磁化方向が平行の時、抵抗が低く、固定層とフリー層の磁化方向が反平行の時、抵抗が高いという性質を利用して、情報を記憶する素子である。
【0047】
電子顕微鏡1は、このような磁気抵抗素子のフリー層(例えば、Feエピタキシャル膜)の磁区構造を可視化することができる。この場合、電子顕微鏡1では、磁化の向きによって、左円偏光のレーザーを照射したときに放出される光電子の量と、右円偏光のレーザーを照射したときに放出される光電子の量とが異なることを利用して、磁区構造を可視化する。具体的には、測定試料30としての磁気抵抗素子に照射するCWレーザー7を、波長板3によって、左円偏光と右円偏光とに切り替えてそれぞれ観察し、得られた2つの画像の強度の差分を得ることで磁性情報だけを抽出し、磁区構造を可視化する。この場合、電子顕微鏡1は、エネルギースリット23を有しているので電子レンズの色収差を低減し高い分解能で測定することができる。この場合、固定層、絶縁層の下部にフリー層がある場合も観察可能である。
【0048】
また、電子顕微鏡1では、磁気抵抗素子の絶縁層の欠陥を検出することが可能である。絶縁層の欠陥部分は、絶縁層の他の部分と比較してフェルミ準位近傍の状態密度が大きいため、フェルミ準位近傍のエネルギーの電子を中心に通過させるように、エネルギースリット23やSTVを設定することで、絶縁層から放出された光電子より欠陥部分から放出された光電子の検出強度を高め、絶縁体中の金属部分を選択的に観察できる。よって、電子顕微鏡1は、磁気抵抗変化素子の絶縁層の欠陥を検出することができる。また、磁気抵抗素子の固定層とフリー層に電圧を印可しながら、磁気抵抗素子を観察することで、絶縁破壊による欠陥の形成を観察することもできる。
【0049】
さらに、電子顕微鏡1は、NAND-Flashのキャパシタ層の欠陥検査に用いることができる。NAND-Flashでは、結晶欠陥のある部分がその他の部分に比してフェルミ準位の状態密度が大きい。そのため、フェルミ準位近傍のエネルギーの電子を中心に通過させるように、エネルギースリット23やSTVを設定することで、結晶欠陥以外の部分から放出された光電子より結晶欠陥から放出された光電子の検出強度を高め、キャパシタ層中の結晶欠陥を選択的に観察できる。よって、電子顕微鏡1は、NAND-Flashのキャパシタ層の結晶欠陥を検出することができる。また、NAND-Flashを通電しながら、NAND-Flashのキャパシタ層を観察し、キャパシタ層の結晶欠陥を観察することも可能である。
【0050】
また、ガラス中に形成された金属マスクの構造の検査にも電子顕微鏡1を用いることができる。ガラス中の金属マスク部分はガラス部分に比してフェルミ準位の状態密度が大きい。そのため、フェルミ準位近傍のエネルギーの電子を中心に通過させるように、エネルギースリット23やSTVを設定することで、ガラスから放出された光電子より金属マスクから放出された光電子の検出強度を高め、ガラス中の金属マスクを選択的に観察できる。よって、電子顕微鏡1は、ガラス中に形成された金属マスクの構造を検査することができる。
【0051】
さらに、電子顕微鏡1は、絶縁性材料(例えば、low-k)内の金属配線(例えば、Cu)を検査することができる。絶縁性材料中の金属配線は絶縁性材料に比してフェルミ準位の状態密度が大きい。そのため、フェルミ準位近傍のエネルギーの電子を中心に通過させるように、エネルギースリット23やSTVを設定することで、絶縁性材料から放出された光電子より金属配線から放出された光電子の検出強度を高め、絶縁性材料内の金属配線を選択的に観察できる。よって、電子顕微鏡1は、絶縁性材料内の金属配線を検査することができる。
【符号の説明】
【0052】
1 電子顕微鏡
2 レーザー光源
7 CWレーザー
13 エネルギー調整機構
14 電源
21 第1電子レンズ系
22 エネルギー分析器
23 エネルギースリット
24 第2電子レンズ系
25 電子ビーム検出器
27 電子ビーム
図1
図2
図3A-C】
図3D-E】
図4