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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-17
(45)【発行日】2023-02-28
(54)【発明の名称】高炭素鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 1/26 20060101AFI20230220BHJP
   C21D 1/32 20060101ALI20230220BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20230220BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20230220BHJP
   C22C 38/58 20060101ALN20230220BHJP
【FI】
C21D1/26 D
C21D1/32
C21D9/46 T
C22C38/00 301W
C22C38/58
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2019057897
(22)【出願日】2019-03-26
(65)【公開番号】P2019173170
(43)【公開日】2019-10-10
【審査請求日】2021-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2018057538
(32)【優先日】2018-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】前中 春紀
(72)【発明者】
【氏名】中屋 道治
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-222990(JP,A)
【文献】特開2017-179596(JP,A)
【文献】特開2008-303415(JP,A)
【文献】特開平10-088237(JP,A)
【文献】特開2014-152342(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/02- 1/84
C21D 9/46- 9/48
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C含有量が0.70質量%~1.10質量%である高炭素鋼板の製造方法であって、
素材鋼板を、Ac以上Ac+60℃以下の温度範囲で5~40時間均熱保持する工程と、
均熱保持後の鋼板を、均熱保持した温度からAc-50℃までの温度域において冷却する工程と、を有する焼鈍工程を含み、
前記鋼板を冷却する工程において、均熱保持した温度からAc-50℃までの温度域のうち、少なくともAc-5℃からAc-10℃までの温度域を3℃/h以下の速度で徐冷し、前記徐冷する温度域以外の温度域を5~15℃/hの速度で冷却し、
前記徐冷する温度域以外の温度域は、少なくともAc -40℃からAc -50℃までの温度域を含む、高炭素鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高炭素鋼板の製造方法に関し、特に、軟質で良好な加工特性を有する高炭素鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高炭素鋼は炭素工具鋼とも呼ばれ、クラッチやチェーン等の自動車部品、鋸刃等の刃物、ワッシャやゼンマイ等、高硬度部品に使用される。近年、これらの高硬度部品には、高い寸法精度が要求されており、加工前の鋼板には均一に軟質であることが要求されている。
【0003】
C(炭素)含有量が0.70~1.10質量%である高炭素鋼板は、熱間圧延したままの状態では、高硬度のパーライト組織である。しかし、熱間圧延後の鋼板に、バッチ焼鈍炉で適切な焼鈍を施すことにより、炭化物であるセメンタイトが球状化した組織(以下「球状化組織」という。)とし、軟質化することができる。
【0004】
バッチ焼鈍炉では、鋼板をコイルのまま炉内に挿入し、水素および窒素を含む混合雰囲気中で加熱する焼鈍を行うのが一般的である。
【0005】
バッチ焼鈍では、コイルのうち雰囲気に触れる部分は雰囲気からの熱伝導および炉の内面からの輻射により急速に昇温し、雰囲気に触れない内部は先に昇温した部分からの熱伝導により昇温するため、遅れて昇温する。そのため、焼鈍時のコイルには、外側の高温部分と内側の低温部分が必然的に生じることとなる。この温度差は、炉の形式、雰囲気、昇温条件等によって異なるが、最高温度部分と最低温度部分の温度差で約20~60℃と考えられる。
【0006】
軟質な球状化組織を得るには、適切な焼鈍を行う必要がある。焼鈍温度が低い場合や焼鈍時間が短い場合には、焼鈍不足となり、パーライト組織が残存し、軟質化が不十分となる。一方、焼鈍温度が高い場合や焼鈍時間が長い場合には、焼鈍が過剰となり、セメンタイトが完全に溶解してオーステナイトとなり、その後の冷却時に再びパーライト(再生パーライト)が生成してしまい、軟質化することができない。
【0007】
以上のことから、バッチ焼鈍時のコイルに生じる温度差を考慮すると、軟質化可能な焼鈍温度範囲は広いことが望まれる。
【0008】
従来行われている球状化組織を得るための焼鈍条件として、特許文献1には、Ac~Ac+50℃まで加熱した後、5時間以上保持すること等が記載されている。また、特許文献2には、焼鈍温度をAc以上780℃以下、焼鈍時間を2時間以上10時間以下とし、650℃までの温度域の平均冷却速度を3℃/h~20℃/hとして冷却する旨が記載されている。特許文献3には、炭化物の球状化を促進するため、Ac~Ac+50℃の温度で焼鈍し、焼鈍後5℃/h以下の冷却速度でAc-30℃まで緩冷却することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2015-34307号公報
【文献】特開2012-172228号公報
【文献】特開2011-168842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、本願発明者らがさらに検討したところ、特許文献1に記載の焼鈍条件は、焼鈍温度の範囲が若干狭く、コイル全体での軟質化には改善の余地があった。
【0011】
また、特許文献2、3には、炭化物の球状化を促進するため焼鈍後に徐冷を施すことが記載されているが、徐冷には長時間を要するため、生産性が著しく低いという問題がある。また、特許文献2、3では、C含有量が0.70%未満である鋼板を対象にしており、C含有量が0.70%以上である鋼板においてコイル全体での軟質化を可能とする技術については開示されていない。
【0012】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、高炭素鋼板を軟質化させることができる焼鈍温度範囲が広く、かつ生産性に優れた高炭素鋼板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、種々検討した結果、上記目的は、以下の発明により達成されることを見出した。
【0014】
本発明の一局面に係る高炭素鋼板の製造方法は、C含有量が0.70質量%~1.10質量%である高炭素鋼板の製造方法であって、素材鋼板を、Ac以上Ac+60℃以下の温度範囲で5~40時間均熱保持する工程と、均熱保持後の鋼板を、均熱保持した温度からAc-50℃までの温度域において冷却する工程と、を有する焼鈍工程を含み、前記鋼板を冷却する工程において、均熱保持した温度からAc-50℃までの温度域のうち、少なくともAc-5℃からAc-10℃までの温度域を3℃/h以下の速度で徐冷し、前記徐冷する温度域以外の温度域を5~15℃/hの速度で冷却することを特徴とする。
【0015】
上記構成によれば、高炭素鋼板を軟質化させることができる焼鈍温度範囲が60℃と広いため、高炭素鋼板からなるコイルに不可避的に温度差が生じるバッチ焼鈍においても、コイル全体をより均一に軟質化することができる。また、徐冷する温度範囲が狭く、長時間にわたる徐冷を行う必要がないため、生産性にも優れている。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高炭素鋼板を軟質化させることができる焼鈍温度範囲が広く、かつ生産性に優れた高炭素鋼板の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、高炭素鋼板の軟質化が可能な焼鈍温度範囲を広くする焼鈍条件について、鋭意検討を重ね、本発明を完成した。以下、本発明の一実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法を説明する。
【0018】
(高炭素鋼板の成分組成)
まず、本実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法で製造される鋼板の成分組成について説明する。C以外の元素について、下記成分組成は本実施形態における一例に過ぎず、本発明を限定するものではない。下記成分組成における「%」はいずれも「質量%」を意味する。
【0019】
[C:0.70~1.10%]
Cは、鋼板の強度を確保するうえで重要な元素である。所要の鋼板強度を確保するため、C含有量の下限を0.70%以上とする。C含有量が0.70%未満では、鋼板の焼入れ性が低下し、高硬度部品としての強度が得られない。C含有量の下限は、好ましくは0.55%以上である。しかし、C含有量が過剰になると、鋼板の靭性や加工性を確保するための熱処理に長時間を要することとなる。そのため、C含有量の上限を1.10%以下とする。C含有量の上限は、好ましくは1.00%以下である。
【0020】
[Si:0.001~1.5%]
Siは、固溶強化および焼戻し軟化抵抗の増大による、最終製品の強度の向上に有効な元素である。このような効果を得るため、Si含有量の下限は、好ましくは0.001%以上である。しかし、Si含有量が過剰になると、固溶強化作用によりフェライトが過度に硬化し、鋼板の加工時に割れを発生させる原因となる。また、鋼板の製造過程で鋼板表面におけるスケール疵の発生を助長し、鋼板の表面品質を低下させる原因にもなる。そのため、Si含有量の上限は、好ましくは1.5%以下であり、より好ましくは0.5%以下である。
【0021】
[Mn:0.40~2.0%]
Mnは、鋼の脱酸剤として作用するとともに、焼入れ性の向上に有効な元素である。このような効果を得るため、Mn含有量の下限は、好ましくは0.40%以上であり、より好ましくは0.50%以上である。しかし、Mn含有量が過剰になると、熱延鋼板の硬度が高くなりすぎ、冷間圧延が困難となる。そのため、Mn含有量の上限は、好ましくは2.0%以下であり、より好ましくは1.5%以下である。
【0022】
[P:0.03%以下]
Pは、固溶強化元素であり、鋼板の高強度化に有効な元素である。しかし、P含有量が過剰になると、鋼板の靭性を低下させる。そのため、P含有量の上限は、好ましくは0.03%以下であり、より好ましくは0.02%以下である。P含有量の下限を規定する必要は特にない。しかし、過度にP含有量を低減することは鋼の精錬コストの上昇を招くため、P含有量の下限は0.005%以上としてもよい。
【0023】
[S:0.010%以下]
Sは、鋼中に非金属介在物を形成し、鋼板の加工性や熱処理後の鋼板の靭性を低下させる。そのため、S含有量の上限は、好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.004%以下である。S含有量の下限を規定する必要は特にない。しかし、過度にS含有量を低減することは鋼の精錬コストの大幅な上昇を招くため、S含有量の下限は0.0001%以上としてもよい。
【0024】
[Al:0.001~0.060%]
Alは、鋼の脱酸剤として作用するとともに、鋼中に存在する固溶NをAlNとして固定し、鋼板の冷間加工性を向上させる元素である。このような効果を得るため、Al含有量の下限は好ましくは0.001%以上であり、より好ましくは0.005%以上である。しかし、Al含有量が過剰になると、鋼中における介在物となるAlが過剰に生成し、鋼板の冷間加工性が劣化するおそれがある。そのため、Al含有量の上限は、好ましくは0.060%以下であり、より好ましくは0.050%以下である。
【0025】
[Ni:0.005~0.20%]
Niは、鋼の焼入れ性を改善するとともに、低温靭性の向上に有効な元素である。このような効果を得るため、Ni含有量の下限は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。また、Niは、鋼にCuを含有させた場合にCuに起因して生じる溶融金属脆化の悪影響を打ち消す作用も有する。鋼にCuを含有させる場合、Cuに起因する溶融金属脆化の発生を抑制するには、Cu含有量と同量程度のNiを含有させることが有効である。しかし、Niは、鋼の合金元素として高価であり、過度に含有させると鋼板のコストの増加を招くため、Ni含有量の上限は、好ましくは0.2%であり、より好ましくは0.15%である。
【0026】
[Cr:0.005~1.0%]
Crは、鋼の焼入れ性および焼戻し軟化抵抗の改善に有効な元素である。このような効果を得るため、Cr含有量の下限は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。しかし、Cr含有量が過剰になると、炭化物であるセメンタイトが球状化した組織を得るための焼鈍を鋼板に施した際に、炭化物が溶解しにくくなり、鋼板の軟質化が困難となる。そのため、Cr含有量の上限は、好ましくは1.0%であり、より好ましくは0.8%である。
【0027】
[Mo:0.005~0.5%]
Moは、少量でもCrと同様に鋼の焼入れ性および焼戻し軟化抵抗の改善に有効な元素である。このような効果を得るため、Mo含有量の下限は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.05%である。しかし、Mo含有量が過剰になると、焼鈍による鋼板の軟質化が困難となり、却って焼入れ前の冷間加工性が低下するおそれがある。そのため、Mo含有量の上限は、好ましくは0.5%以下であり、より好ましくは0.3%である。
【0028】
[Nb:0.005~0.050%]
Nbは、鋼中で炭窒化物を形成し、鋼の結晶粒の粗大化の防止や靭性の向上に有効な元素である。このような効果を安定して得るため、Nb含有量の下限は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.01%以上である。しかし、Nb含有量が一定量以上になるとNbの効果は飽和する。そのため、Nb含有量の上限は、好ましくは0.050%以下であり、より好ましくは0.030%である。
【0029】
[Ti:0.005~0.050%]
Tiは、溶鋼の脱酸調整に用いられる元素であり、脱窒作用も有する。また、鋼板に固溶しているNを窒化物として固定するため、鋼の焼入れ性の改善を目的として鋼中にBを含有させる場合には、Tiも含有させることにより、鋼の焼入れ性の改善に必要な有効B量を確保することができる。このような効果を安定して得るため、Ti含有量の下限は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.01%以上である。しかし、Ti含有量が一定量以上になるとTiの効果は飽和する。そのため、Ti含有量の上限は、好ましくは0.050%であり、より好ましくは0.030%である。
【0030】
[V:0.001~0.3%]
Vは、Nbと同様に鋼中で炭窒化物を形成し、鋼の結晶粒の粗大化の防止や靭性の向上に有効な元素である。このような効果を安定して得るため、V含有量の下限は、好ましくは0.001%以上であり、より好ましくは0.005%以上であり、さらに好ましくは0.02%以上である。しかし、V含有量が一定量以上になるとVの効果は飽和する。そのため、V含有量の上限は、好ましくは0.3%以下であり、より好ましくは0.2%である。
【0031】
[N:0.01%以下]
Nは、鋼中で窒化物を形成する元素である。鋼中のN含有量が過剰である場合、湾曲型連続鋳造機における鋳片の曲げ矯正時に窒化物が析出し、鋳片に割れが発生することがある。このような窒化物に起因する鋳片の割れの発生を抑制するため、N含有量の上限は、好ましくは0.01%以下であり、より好ましくは0.007%である。しかし、過度にN含有量を低減することは鋼の精錬コストの増加を招くため、N含有量の下限は、好ましくは0.001%以上であり、より好ましくは0.003%以上である。
【0032】
[O:0.0025%以下]
Oは、鋼中で酸化物を形成する元素である。鋼中で酸化物が凝集して粗大化すると、鋼板の延性が低下する。そのため、O含有量の上限は、0.0025%以下が好ましい。Oは少ないことが好ましいが、過度にO含有量を低減することは技術的に困難であるため、Oを0.0001%以上含有することは許容される。
【0033】
[その他の元素]
本実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法に適用する鋼板の溶製原料としてスクラップを用いた場合、Sn、Sb、As、Zn、Zr等の元素が不可避的不純物として混入する。本実施形態では、本実施形態に係る製造方法で製造された高炭素鋼板の特性を阻害しない範囲で、これらの元素の混入を許容する。Sn、Sb、As、Zn、Zr以外の元素についても同様である。
【0034】
(高炭素鋼板の製造方法)
本発明の実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法について説明する。本実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法は、素材鋼板を均熱保持する工程と、均熱保持後の鋼板を冷却する工程とを有する焼鈍工程を含んでいれば、その他の工程については鋼板の製造において一般的な工程とすることができる。
【0035】
焼鈍工程に供する素材鋼板は、焼鈍工程を経た後のC含有量が0.70~1.10%となるものであればどのようなものであってもよく、例えば以下の工程によって製造された熱延鋼板を使用することができる。
【0036】
(鋳造工程および熱間圧延工程)
まず、上記成分組成を有する圧延用の鋼材(スラブ)を作製する。スラブは既知の任意の方法により準備することができる。スラブの作製方法としては、例えば、上記成分組成を有する鋼を溶製し、造塊または連続鋳造により、スラブを作製する方法が適用できる。必要に応じて、造塊または連続鋳造により得た鋳造材を分塊圧延してスラブを得てもよい。
【0037】
得られたスラブは好ましくは1200~1350℃に加熱し、熱間圧延に供する。加熱温度が1350℃を超えると、加熱工程においてスラブの表面およびその近傍における脱炭(脱C)が顕著となり、得られる鋼板では表面の焼入れ性が劣化する。加熱温度が1200℃未満では、スラブの圧延時の変形抵抗が大きくなり、圧延設備の負荷が増加する。スラブの加熱温度の下限はより好ましくは1225℃以上であり、上限はより好ましくは1325℃である。
【0038】
熱間圧延の終了温度(以下「熱延終了温度」という。)の下限は、鋼板の生産性や板厚の精度の観点に加え、表面疵の観点から、好ましくは830℃以上である。熱延終了温度が830℃未満であると、焼付による鋼板表面の疵が多発する。一方、熱延終了温度が910℃を超えると、熱間圧延で形成されたスケールに起因する疵の発生頻度が高くなり、製品歩留りが低下し、コストが上昇する。そのため、熱延終了温度の上限は、好ましくは910℃である。
【0039】
熱間圧延後の熱延鋼板の巻取温度は、好ましくは400~700℃である。巻取温度が400℃未満であると、一部にマルテンサイト変態が生じて鋼板の強度が過度に上昇し、その後の工程で鋼板が破断するリスクが高くなる。一方、巻取温度が700℃を超えると、スケールが厚くなり、鋼板の酸洗性が低下する。熱間圧延後、酸洗工程にてスケールを除去し、素材鋼板とする。素材鋼板は、どのような状態でもよく、巻き取ってコイルとしてもよい。
【0040】
(焼鈍工程)
鋼板の製造工程のうち、焼鈍工程は、通常、素材鋼板を加熱する工程、素材鋼板を均熱保持する工程、および均熱保持後の鋼板を冷却する工程を有する。本実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法では、焼鈍工程のうち、素材鋼板を均熱保持する工程と、均熱保持後の鋼板を均熱保持した温度からAc-50℃までの温度域において冷却する工程に特徴を有する。
【0041】
焼鈍工程では、通常、水素、窒素またはそれらの混合雰囲気で焼鈍されるが、雰囲気の組成については特に限定しない。
【0042】
また、焼鈍工程に使用する炉の形式も特に限定しない。例えばベル型炉等の形式のバッチ焼鈍炉を使用できる。
【0043】
(加熱)
まず、素材鋼板を加熱する。本実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法では、焼鈍工程において均熱保持の前に行われる鋼板の加熱速度については、特に規定しない。しかし、バッチ焼鈍炉を使用してコイルを加熱する場合、加熱速度が大きすぎると、コイル表面からコイル内部への熱伝導が加熱速度に追いつかず、コイルの高温部と低温部との温度差が大きくなり、焼鈍むらおよびこれに起因する鋼板の硬さ(軟質化)のむらが生じるおそれがある。そのため、バッチ焼鈍炉を使用してコイルを加熱する場合、加熱速度の上限は、好ましくは100℃/h以下である。一方、加熱速度が小さすぎると生産性の低下が大きいため、加熱速度の下限は、好ましくは10℃/h以上である。
【0044】
(均熱保持)
本実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法において、素材鋼板を均熱保持する工程では、加熱後の素材鋼板をAc~Ac+60℃の温度範囲で、5~40時間保持する。均熱保持する温度(以下「均熱保持温度」という。)をAc未満とした場合、および均熱保持温度をAc+60℃以下とし且つ均熱保持する時間(以下「均熱保持時間」という。)を5時間未満とした場合には、パーライトが残存した組織またはセメンタイトが球状化した球状炭化物の成長が不足して球状炭化物が微細に分散した組織となるため、鋼板の軟質化が不十分となる。均熱保持温度をAc+60℃を超える温度とした場合、および均熱保持温度をAc以上とし且つ均熱保持時間を40時間を超える時間とした場合、炭化物の鋼中への溶解が進行し、オーステナイト相への逆変態が過度に進行し、その後の冷却でパーライト(再生パーライト)が生成して、鋼板の軟質化が不十分となる。また、均熱保持時間を、40時間を超える時間とした場合、鋼板の生産性が低下する。
【0045】
Acは、下記式(1)から算出することができる。式(1)において(%元素記号)は、鋼中の当該元素記号に対応する元素の含有量(質量%)である。
Ac(℃)=723-10.7(%Mn)-16.9(%Ni)+29.1(%Si)+16.9(%Cr) …(1)
【0046】
バッチ焼鈍炉でコイルの焼鈍を行った場合、コイルの表面およびその近傍(以下「表面近傍」という。)では高温、コイルの内部では低温となり、温度差(温度分布)が生じる。本実施形態では、コイルの高温部と低温部の両方が上記温度範囲に含まれるように、焼鈍炉内部の温度分布を制御することが望ましい。コイル内の温度分布の求め方としては、コイルの各部位に熱電対を挿入して実測する方法、および数値シミュレーションにより算出する方法がある。
【0047】
(冷却)
本実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法において、均熱保持後の鋼板を均熱保持した温度からAc-50℃までの温度域(以下「初期冷却温度域」という。)で冷却する工程は、以下の条件で行う。初期冷却温度域のうち、少なくともAc-5℃からAc-10℃までの温度域を「徐冷温度域」とする。徐冷温度域では、冷却速度を3℃/h以下とする。これにより、球状炭化物が十分に成長し、軟質化した鋼板を得ることができる。
【0048】
徐冷温度域での冷却速度が3℃/hを超えると、冷却時にパーライトが生成するため鋼板を軟質化することができない。徐冷温度域での冷却速度の上限は、好ましくは2.0℃/h以下であり、より好ましくは1.5℃/h以下である。徐冷温度域での冷却速度の下限は、好ましくは0.5℃/h以上であり、より好ましくは0.8℃/h以上である。
【0049】
徐冷温度域は、初期冷却温度域内でAc-5℃からAc-10℃までの温度域を含むものであれば、Ac-5℃からAc-10℃までの温度域よりも広くてもよい。生産性の観点から、徐冷温度域の上限は、好ましくはAc+40℃であり、より好ましくはAc+20℃であり、さらに好ましくはAc+10℃である。徐冷温度域の下限は、好ましくはAc-40℃であり、より好ましくはAc-30℃であり、さらに好ましくはAc-20℃である。
【0050】
初期冷却温度域のうち、徐冷温度域以外は冷却速度を5~15℃/hとする。初期冷却温度域のうち徐冷温度域以外の冷却速度が5℃/h未満では、冷却に長時間が必要であり、生産性が低下し、徐冷温度域以外の冷却速度が、15℃/hを超えると球状炭化物の成長が不十分となり、鋼板を軟質化することができない。初期冷却温度域のうち徐冷温度域以外の冷却速度の上限は好ましくは13℃/h以下であり、下限は好ましくは7℃/h以上である。
【0051】
初期冷却温度域(均熱保持した温度からAc-50℃まで)での鋼板の冷却に要する冷却時間の合計は、生産性の観点から40時間以内であることが好ましい。
【0052】
コイルを冷却中のバッチ焼鈍炉内では、コイルのうち雰囲気に直接接している部分が最も早く冷却される。コイルの内部は、均熱時にはコイルの表面近傍に比べて低温であるが、冷却時にはコイルの表面近傍が冷えてから遅れて冷却される。
【0053】
均熱保持時においてコイルの高温部と低温部とが生じていても、冷却時には、高温部と低温部のいずれも徐冷温度域を必ず通過する。そのため、その徐冷温度域の通過時の冷却速度が3℃/h以下で、初期冷却温度域のうち徐冷温度域以外は冷却速度が5~15℃/hとなるように制御する。
【0054】
コイルの高温部の徐冷温度域と、低温部の徐冷温度域は、それぞれAc-5℃からAc-10℃を含むものであれば、異なっていてもよい。
【0055】
初期冷却温度域での冷却後は、コイルをAc-50℃以上に再昇温させることなく任意の条件で室温まで冷却する。
【0056】
本実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法によれば、60℃の広い均熱保持温度範囲で球状炭化物が十分に成長した組織を得ることができる。そのため、軟質化された鋼板を得ることができ、バッチ焼鈍炉を使用してコイルを焼鈍する場合でも全体を均一に軟質化することができる。また、初期冷却温度域の徐冷温度域が狭く、長時間にわたる徐冷を行う必要がないため、生産性にも優れている。本実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法で得られた高炭素鋼板を加工することにより、寸法精度の高いクラッチやチェーン等の自動車部品、鋸刃等の刃物、ワッシャやゼンマイ等、高硬度部品を製造することができる。
【実施例
【0057】
以下、本発明の実施例について説明するが、実施例の条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0058】
(試験条件)
鋼を溶製して得られたスラブを1250℃に加熱した後、熱間圧延を施し、仕上げ温度を890℃、巻取温度を620℃とし、表1に示す板厚および化学成分組成を有する熱延鋼板を得た。表1に示す化学成分組成のうち「-」と記載された元素は、鋼の溶製にあたって当該元素を添加していないことを意味する。
【0059】
【表1】
【0060】
得られた熱延鋼板を、所定のサイズに切断し、酸洗して試料とした。酸洗後の試料を、雰囲気焼鈍炉を用いて表2に示す焼鈍条件(試験No.1~43)で焼鈍を行った。表2には、均熱条件として、均熱保持温度(表2では「均熱温度」)、均熱保持時間(表2では「保持時間」)および均熱保持温度と各鋼種のAcとの差(表2では「均熱-Ac」)を記載した。
【0061】
【表2】
【0062】
また、均熱保持温度からAc-50℃までの初期冷却温度域の冷却条件については、徐冷温度域よりも高い温度域での冷却を「冷却1」、徐冷温度域での冷却を「徐冷」、徐冷温度域よりも低い温度域での冷却を「冷却3」としてそれぞれ開始温度、終了温度および冷却速度を記載した。「徐冷」については、開始温度と終了温度のそれぞれについてAcとの差を記載した。併せて、均熱保持温度からAc-50℃までの初期冷却温度域での冷却に要した時間(表2では「冷却時間の合計」)を記載した。
【0063】
「冷却1」を行わず、均熱保持温度から「徐冷」を行った場合については、「冷却1」の各欄に「-」と記載した。また、徐冷を行わなかった比較例については、「冷却1」にまとめて開始温度、終了温度および冷却速度を記載し、「冷却3」の各欄に「-」と記載した。
【0064】
比較例のうち試験No.16については、「冷却3」として雰囲気焼鈍炉内で室温まで220℃/hの冷却速度で冷却を行ったため、「炉冷(220℃/h)」と記載した。
【0065】
焼鈍雰囲気は、窒素100%とした。試料については焼鈍中に温度測定を行った。温度測定は、試料に直接熱電対を取り付けることによって行った。
【0066】
(評価)
焼鈍後の試料については、ビッカース硬さを評価指標として評価した。
【0067】
(ビッカース硬さの測定方法および評価条件)
ビッカース硬さは、JIS Z 2244:2009に規定されるビッカース硬さの試験方法に準じて測定した。具体的には、焼鈍後の試料を樹脂に埋め込み、厚さ方向の断面について、荷重を5kgとして測定した。測定位置は、各試料の厚さtについて、各試料の厚さ方向の断面の深さt/2部(厚さ方向の中心部)とし、各測定位置についてn数を2としてのビッカース硬さを測定した。その2点の平均値を、当該試料のビッカース硬さ(HV)として表2に示した。
【0068】
ビッカース硬さが170以下の場合を軟質化が十分であり合格とし、170よりも大きい場合を軟質化が不十分であり不合格とした。また、上述のように、コイルをバッチ焼鈍した場合に生じるコイル内の高温部と低温部の温度差を想定し、均熱保持温度差が30℃の範囲において、ビッカース硬さHVで170以下の硬度が確保可能かどうかも確認した。
【0069】
(考察)
表2に試験条件とともに示されるビッカース硬さHVの値から、以下のように考察される。
【0070】
試験No.1~8、19~25、34~37、39~43は、いずれも本発明で規定する要件を満足する本発明例である。これらの結果から、本発明の高炭素鋼板の製造方法によれば、鋼種1および鋼種2のいずれにおいてもビッカース硬さを170以下とすることができることがわかる。
【0071】
本発明例のうち、試験No.1~5、19~22、23~25、34~37、39~43の各グループは、それぞれ均熱保持温度のみAc~Ac+50℃の範囲内で少なくとも30℃の範囲で変化させて行った。これはコイルをバッチ焼鈍した場合に当該コイルに生じる高温部と低温部の温度差を想定したものである。このうち、試験No.34~37、39~43の各グループは、それぞれ均熱後に冷却1を行わずに均熱保持温度から徐冷を行った。これらの各グループの結果から、本発明の高炭素鋼板の製造方法によれば、鋼種1および鋼種2のいずれにおいても均熱保持温度差が30℃の範囲の全体、すなわちコイル全体で170以下のビッカース硬さを確保できることがわかる。
【0072】
また、試験No.7、8は、他の本発明例に比べて徐冷の開始温度および終了温度を10℃または20℃高くした例である。これらの結果から、徐冷温度域がずれても、Ac-5℃からAc-10℃までの温度域を含むことにより、ビッカース硬さが170以下の軟質化された鋼板が得られることがわかる。
【0073】
試験No.9~18、26~33、38は、いずれも本発明で規定する要件を満足しない比較例である。
【0074】
このうち、試験No.11~15、26~30は、初期冷却温度域での冷却において、徐冷を行わなかった例である。
【0075】
試験No.11~15は、鋼種1の鋼板について徐冷を行わなかった。このうち、試験No.15は、均熱温度がAcに比較的近い温度であった。しかし、ビッカース硬さが170以下の軟質な鋼板を得られなかった。これは、鋼種1はCr含有量が多いため、炭化物が溶解しづらいことに加え、徐冷を行わず、冷却速度が速かったため、球状炭化物が十分に成長しなかったものと考えられる。試験No.11~14でビッカース硬さが170以下の軟質な鋼板を得ることができなかった理由は、試験No.15に比べて均熱保持温度が高温であり、かつ冷却速度が速かったため、再生パーライトが生成したものと考えられる。
【0076】
試験No.26~30は、鋼種2の鋼板について徐冷を行わなかった。このうち、試験No.29では、徐冷を行わなくても、適切な均熱保持温度を選択することでビッカース硬さが170以下の軟質な鋼板を得ることができた。しかし、均熱保持温度が試験No.29よりも高かった試験No.26~28および試験No.29よりも低かった試験No.30では、ビッカース硬さが170以下の軟質な鋼板を得ることができなかった。
【0077】
試験No.9、10、16~18、31は、初期冷却温度域での冷却において、徐冷を行った例である。
【0078】
試験No.9は徐冷終了温度がAc-3.0℃、試験No.10は徐冷終了温度がAc+7.0℃であり、いずれも徐冷温度域が本発明の規定を満たさず、ビッカース硬さが170以下の軟質な鋼板を得ることができなかった。これは、再生パーライトが生成したためと考えられる。
【0079】
試験No.16は、初期冷却温度域の冷却において、徐冷温度域以外の冷却速度が15℃/hを超え、本発明の規定を満たさず、ビッカース硬さが170以下の軟質な鋼板を得ることができなかった。これは、再生パーライトが生成したためと考えられる。
【0080】
試験No.17は均熱保持時間が5時間より短く、試験No.18、31は均熱保持温度がAcより低く、いずれも本発明の規定を満たさず、ビッカース硬さが170以下の軟質な鋼板を得ることができなかった。これは、球状炭化物の成長が十分ではなく、球状炭化物が微細に分散した組織となったためと考えられる。
【0081】
試験No.32、33は鋼種1の鋼板について、試験No.38、39は鋼種2の鋼板について、それぞれ均熱後に冷却1を行わずに均熱保持温度から徐冷を行った例である。試験No.32、33、38、39はいずれも均熱保持温度がAcより低く、本発明の規定を満たさず、特に試験No.32、33、38はビッカース硬さが170以下の軟質な鋼板を得ることができなかった。