IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本精工株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-転がり軸受 図1
  • 特許-転がり軸受 図2
  • 特許-転がり軸受 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-20
(45)【発行日】2023-03-01
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/32 20060101AFI20230221BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20230221BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20230221BHJP
【FI】
F16C33/32
F16C19/06
F16C33/66 Z
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2022547301
(86)(22)【出願日】2022-04-12
(86)【国際出願番号】 JP2022017648
【審査請求日】2022-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2021135064
(32)【優先日】2021-08-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】河野 知樹
(72)【発明者】
【氏名】戸田 雄次郎
(72)【発明者】
【氏名】清水 康之
(72)【発明者】
【氏名】植田 光司
【審査官】稲村 正義
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-339976(JP,A)
【文献】特開2007-56912(JP,A)
【文献】特開2016-94990(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00,33/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の軌道面を有する第1の部材と、
前記第1の部材に組み付けられ、前記第1の軌道面に対向する第2の軌道面を有する第2の部材と、
前記第1の軌道面と前記第2の軌道面との間に転動自在に組み込まれる複数個の転動体と、
前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面と、前記転動体との間に供給された潤滑剤と、を備え、
前記転動体はステンレス鋼で構成され前記転動体の表面粗さRaが0.01μm以下であり、
前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面は、いずれもSUJ2で構成され、前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面の表面粗さRaは、いずれも0.03μm以下であり、
前記転動体の表面の硬さは、前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面の硬さよりも1HRC以上柔らかく、
40℃における前記潤滑剤の動粘度は、50mm /s以下であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記転動体と、前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面とは、互いに異なる表面組成を有することを特徴とする、請求項に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記転動体の表面粗さRaは、0.008μm以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記転動体の表面粗さRaは、0.006μm以下であることを特徴とする、請求項3に記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面の表面粗さRaは、いずれも0.015μm以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面の硬さと、前記転動体の表面の硬さとの差は、4HRC以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の転がり軸受。
【請求項7】
前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面の硬さと、前記転動体の表面の硬さとの差は、2HRC以上であることを特徴とする、請求項6に記載の転がり軸受。
【請求項8】
前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面の硬さは、58HRC以上64HRC以下であり、
前記転動体の表面の硬さは、56HRC以上63HRC以下であることを特徴とする、請求項に記載の転がり軸受。
【請求項9】
40℃における前記潤滑剤の動粘度は、30mm /s以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の転がり軸受。
【請求項10】
40℃における前記潤滑剤の動粘度は、20mm /s以下であることを特徴とする、請求項9に記載の転がり軸受。
【請求項11】
前記転動体は、マルテンサイト系ステンレス鋼で構成されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の転がり軸受。
【請求項12】
前記転動体は、Crを10.0~15.0質量%含有するステンレス鋼で構成されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の転がり軸受。
【請求項13】
前記転動体は、Crを16.0~18.0質量%含有するステンレス鋼で構成されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エアコンディショナ(空気調和機)のファンモータ用などの転がり軸受に関し、特に、電食による損傷を低減することができるとともに、優れた音響特性を有する転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、工作機械等で用いられる転がり軸受は、例えば、外面に内輪側軌道面が設けられた内輪と、この内輪側軌道面と対向する位置に外輪側軌道面が設けられた外輪と、内輪側軌道面と外輪側軌道面により構成される転動路に充填され、これらの転動路を転動可能な多数の転動体と、を有している。そして、荷重を受けながら外輪と内輪とが相対的に回転する。
【0003】
このような転がり軸受においては、転動路を転動体が転動することで、一対の軌道面(内輪・外輪)と転動体との間で、転動体が荷重を受けながら、外輪と内輪とが安定して回転する。このため、軌道面を有する外輪及び内輪や、転動体の材料には、耐久性に優れる特殊鋼が使用されている。
【0004】
ところで、外輪及び内輪や転動体を構成する特殊鋼は、導体である。これに対して、転動体と軌道面との間に供給される潤滑剤(グリース、潤滑油)は絶縁体であるため、静電気やインバータのスイッチング等により内輪と外輪の間に電位差が発生する。
この電位差が絶縁破壊電圧を超えて、内輪、外輪と転動体との間で放電が発生すると、軌道面及び転動体の表面が局所的に数1000℃程度に至る高温となり、これらの表面が溶融して、損傷(電食)することがある。
また、放電が多数発生すると、軌道面や転動体の表面の損傷(電食)が激しくなり、軸受の音響(振動)が上昇してしまうといった問題がある。
【0005】
このような電食を防止する方法として、軸受内部を通電する方法と軸受を絶縁する方法の2通りがある。
【0006】
例えば、軸受内部を通電する方法として、特許文献1には、カーボンブラックなどの炭素系導電物質が添加された導電性グリースを、転がり軸受の軌道面間に封入する方法が提案されている。
また、軸受を絶縁する方法としては、特許文献2に開示のように、外輪外径面にセラミック被膜を溶射する方法や、特許文献3に開示のように、セラミックの転動体(玉)を用いる方法などが提案されている。
【0007】
さらに、特許文献4には、スクロール圧縮機のクランク軸を支持する転がり軸受において、静電気による軸受部材の表面の組織の変化を抑制するための方法が記載されている。上記特許文献4には、例えば、内輪と外輪と転動体の少なくともいずれかを、不動態皮膜を形成する材料、例えば、マルテンサイト系ステンレスからなるもので形成することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】日本国特開2009-197114号公報
【文献】日本国特開2008-69923号公報
【文献】日本国特開2009-97658号公報
【文献】日本国特開2001-304150号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1に記載の方法では、軸受回転中に軌道輪と転動体との接触面からカーボンブラックが排除されたり、せん断を受けることでカーボンブラックのチェーンストラクチャーが破壊されたりすることがある。
そのため、グリースの導電性が経時的に低下してしまい、電食を防止する効果を長期にわたり持続することが困難である場合もある。
また、特許文献2及び3に記載の方法によれば、電食の発生を防止することに効果的ではあるものの、軌道輪と転動体が軸受鋼で構成される軸受と比較して、軸受の製造コストが相当に高くなってしまうといった問題点がある。
【0010】
さらに近年、エアコン用モータ、ブロア用モータ等のモータにおいては、作動時の騒音低減に対する要求が高くなっており、これらに使用される転がり軸受についても、静音性、すなわち音響特性が優れていることが要求されている。
しかしながら、上記特許文献1~4に記載の転がり軸受は、いずれも、要求される音響特性を十分に満足することが困難である場合が多い。
【0011】
本発明は、上述した課題に鑑みてなされたものであり、低コストで電食による軸受振動の上昇を抑制することができるとともに、優れた音響特性を有する転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の上記目的は、転がり軸受に係る下記[1]の構成により達成される。
【0013】
[1] 第1の軌道面を有する第1の部材と、
前記第1の部材に組み付けられ、前記第1の軌道面に対向する第2の軌道面を有する第2の部材と、
前記第1の軌道面と前記第2の軌道面との間に転動自在に組み込まれる複数個の転動体と、を備え、
前記転動体はステンレス鋼で構成されており、
前記転動体の表面粗さRaが0.01μm以下であることを特徴とする転がり軸受。
【0014】
また、転がり軸受に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[6]に関する。
【0015】
[2] 前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面の表面粗さRaは、いずれも0.03μm以下であることを特徴とする、[1]に記載の転がり軸受。
【0016】
[3] 前記転動体と、前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面とは、互いに異なる表面組成を有することを特徴とする、[1]又は[2]に記載の転がり軸受。
【0017】
[4] 前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面の硬さと、前記転動体の表面の硬さとの差の絶対値は、4HRC以下であることを特徴とする、[3]に記載の転がり軸受。
【0018】
[5] 前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面の硬さは、58HRC以上64HRC以下であり、
前記転動体の表面の硬さは、56HRC以上63HRC以下であることを特徴とする、[3]又は[4]に記載の転がり軸受。
【0019】
[6] 前記第1の軌道面及び前記第2の軌道面と、前記転動体との間に、潤滑剤が供給されており、
40℃における前記潤滑剤の動粘度は、50mm/s以下であることを特徴とする、[1]~[5]のいずれか1つに記載の転がり軸受。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、低コストで電食による軸受振動の上昇を抑制することができるとともに、優れた音響特性を有する転がり軸受を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、本発明の実施形態に係る転がり軸受の一部を模式的に示す断面図である。
図2図2は、縦軸を振動加速度とし、横軸を試験時間とした場合の、第1実施例の転がり装置における軸受振動の様子を、比較例と比較して示すグラフである。
図3図3は、縦軸を振動加速度とし、横軸を試験時間とした場合の、第2実施例の転がり装置における軸受振動の様子を、比較例と比較して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係る転がり軸受の実施形態について、図面に基づいて詳細に説明する。なお、本実施形態は本発明の一実施形態に過ぎず、何等限定解釈されるものではなく、本発明の範囲内で適宜設計変更可能である。まず、第1実施形態について説明する。
【0023】
〔第1実施形態〕
[転がり軸受]
図1は、本発明の実施形態に係る転がり軸受の一部を模式的に示す断面図である。
図1に示すように、本実施形態に係る転がり軸受10は、内周面に外輪軌道面(第1の軌道面)1aを有する外輪(第1の部材)1と、外輪1に組み付けられて、外輪軌道面1aに対向する内輪軌道面(第2の軌道面)3aを有する内輪(第2の部材)とを有する。
また、外輪軌道面1aと内輪軌道面3aとの間には、複数個の転動体(玉)5が転動自在に組み込まれているとともに、複数個の転動体5の間には、これらを円周方向に略等間隔に保持する合成樹脂製の保持器7が配置されている。
さらに、転がり軸受10の内部空間には、転動体5と外輪軌道面1a及び内輪軌道面3aとの潤滑性を良好に保つ潤滑剤(図示せず)が供給されており、転がり軸受10の軸方向における両端面側には、軸受内部空間を密封するため密封シール(密封部材)9が組み込まれている。
【0024】
すなわち、本実施形態は、第1の部材と第2の部材と、第1の部材と第2の部材との間で転動自在に組み込まれる複数個の転動体と、を含む転動装置における転動体の改良に関する。また、本実施形態に係る転動装置の一実施形態として、深溝玉軸受が例示できる。
以下、本実施形態に係る転がり軸受10の転動体5、外輪1及び内輪3の材質、並びに潤滑剤(グリース)について、さらに詳細に説明する。
【0025】
<転動体5、外輪1及び内輪3の材質、グリース>
転動体5は、ステンレス鋼からなり、例えば、ステンレス鋼の中でも高硬度のマルテンサイト系ステンレス鋼などが想定される。また、グリースには、転がり軸受に用いられるLi石けんグリースやウレアグリース、フッ素グリース等が好適に使用でき、またグリース中にカーボンブラック等の導電性物質を含む導電性グリースも使用可能である。外輪1や内輪3はSUJ2(高炭素軸受鋼)などで構成される。
【0026】
本実施形態では、本発明転動装置の一実施形態として、深溝玉軸受をもって説明したが、第1の部材と第2の部材と、第1の部材と第2の部材との間で転動自在に組み込まれる複数個の転動体と、を含む転動装置であって、この転動体を、ステンレス鋼をもって構成するものであればよく、本実施形態に限定解釈されるものではない。
【0027】
すなわち、ころ軸受などの他の形態の転がり軸受、あるいは、ボールねじやリニアガイドなどの直動装置等であってもよい。
例えば、相対回転可能に対向配置された円環状の第1の軌道輪(第1の部材)及び第2の軌道輪(第2の部材)と、そして、第1の軌道輪と第2の軌道輪との間に配置され、円周方向に互いに間隔をおいて形成された複数のポケットを有する環状の保持器と、保持器のポケット内に収容された円筒ころ(転動体)と、を備えたスラスト円筒ころ軸受等であってもよい。
【0028】
また、内周面に螺旋溝が形成されたナット(第1の部材)と、外周面に螺旋溝が形成されたねじ軸(第2の部材)と、ナットの螺旋溝とねじ軸の螺旋溝とで構成される転動路の間で転動可能に配置された複数のボール(転動体)と、を含むボールねじ装置(直動装置)等であってもよい。
また、案内レール(第1の部材)と、案内レールに複数の転動体を介してスライド移動可能に跨設されるスライダ(第2の部材)と、を含むリニアガイド装置(直動装置)等であってもよい。
【0029】
以上のとおり、第1実施形態に関して次の事項が開示されている。
【0030】
(1) 第1の部材と第2の部材と、上記第1の部材と上記第2の部材との間で転動自在に組み込まれる複数個の転動体と、を含み、
上記転動体はステンレス鋼で構成されていることを特徴とする転動装置。
【0031】
(2) 上記転動体は、マルテンサイト系ステンレス鋼で構成されていることを特徴とする(1)に記載の転動装置。
【0032】
(3) 上記第1の部材が外輪、上記第2の部材が内輪、上記転動体が玉であって、
上記玉を転動自在に保持する保持器と、上記外輪と上記内輪との間をシールする密封部材と、上記密封部材によって密封された軸受内部空間に配されるグリースと、を含む転がり軸受であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の転動装置。
【0033】
また、第1実施形態における転動装置によれば、転動体にステンレス鋼を採用したため、低コストで電食による軸受振動の上昇を抑制できる。
【0034】
〔第2実施形態〕
次に、第2実施形態について説明する。第2実施形態において、転がり軸受の構成は上記第1実施形態と同様である。したがって、図1を参照して、第2実施形態に係る転がり軸受10の転動体5、外輪1及び内輪3の材質、転動体5、外輪軌道面1a及び内輪軌道面3aの表面粗さ、硬さ、並びに潤滑剤について、さらに詳細に説明する。
【0035】
<転動体5、外輪1及び内輪3の材質>
本実施形態において、転動体5は、ステンレス鋼で構成されており、例えば、13Crステンレス鋼であるSUS420J2鋼材等を使用することができる。
転動体5がステンレス鋼により構成されているため、転動体5の表面には、不働態皮膜が形成される。本実施形態においては、転動体5の表面粗さを所定の値以下となるように制御しているため、転動体5の表面における不働態皮膜は、均一で欠陥が少ない良好なものとなっている。このような不働態皮膜の存在により、軌道面1a、3a及び転動体5の表面の損傷を低減することができ、その結果、転がり軸受の音響特性を維持することができる。
【0036】
また、本実施形態においては、転動体5と、軌道面1a、3aとは、同一の鋼種からなるものでもよいが、互いに異なった鋼種からなるものが好ましい。互いに異なる鋼種とは、互いに異なる表面組成(表面状態)であってもよい。互いに異なる表面組成を有する転動体5と、軌道面1a、3aとは、同種の材質を用いた場合でも、熱処理条件や、不働態化処理条件を異ならせることにより実現できる。転動体5と、外輪1及び内輪3の表面組成を異なるものとすることにより、転動体5と軌道面1a、3aとが金属接触した場合においても、それぞれの表面への相手材の凝着を抑制し、表面粗さを良好に維持することができる。
具体的に、外輪1及び内輪3としては、SUJ2鋼材、13Crステンレス鋼であるSUS420J2鋼材等を使用することができる。ただし、通常の軸受鋼(SUJ2鋼材)を用いることが好ましい。外輪1及び内輪3としてSUJ2鋼材を使用すれば、それぞれの軌道面1a、3aを所望の表面粗さに加工することが比較的容易である。
【0037】
<転動体5の表面粗さRa:0.01μm以下>
<外輪軌道面1a及び内輪軌道面3aの表面粗さRa:0.03μm以下>
電食は、転動体5と、外輪1及び内輪3との間での放電か通電により発生する。通電は金属接触状態で生ずるものであり、上述のとおり、本実施形態に係る転がり軸受によると、転動体5の表面の不働態皮膜が絶縁性を有しているため、金属接触した場合でもある程度は通電を阻止することができると考えられる。
【0038】
また、本願発明者らは、転動体5の表面粗さRaが0.01μm以下であると、転動体5の表面に、均一で欠陥が少ない良好な不働態皮膜が形成され、これにより、電食の発生を抑制することができることを見出した。表面粗さRaが電食の発生を抑制するメカニズムについては定かではないが、欠陥が少ない良好な不働態皮膜が存在することにより、転動体5と軌道面1a、3aとの間がコンデンサのような状態になるため、通電が起こったとしても、両者の間で緩やかに電気が流れるからではないかと考えられる。
【0039】
さらに、転動体5の表面粗さRaが0.01μmよりも大きいと、表面の凹凸が増加し、絶縁性の不働態皮膜に欠陥が発生することがあり、この欠陥の位置で転動体5と軌道面1a、3aとの間に局所的に強い電気が流れ、電食の原因となることが考えられる。そして、このようにして電食が進んだ結果、軸受振動が上昇し、音響特性が低下する。
一方、本実施形態においては、表面粗さRaが0.01μm以下であり、かつ、より小さい曲率を有する転動体5が軌道面1a、3aより柔らかく、変形しやすい構成であるため、局所的に大電流が集中して流れることを防止できると考えられる。その結果、電食による軸受振動の上昇を抑制することができ、優れた音響特性を得ることができる。
【0040】
したがって、転動体5の表面粗さRaは、0.01μm以下とし、0.008μm以下であることが好ましく、0.006μm以下であることがより好ましい。これにより、ステンレス製の転動体を用いることのみでは実現することができない音響性能の向上を実現することができる。
ステンレス転動体が鋼球である場合に、転がり軸受における鋼球の形状及び表面粗さは、JIS B 1501:2009において、種々の等級で規定されている。本実施形態においては、鋼球の等級がG3を上回るものであることが好ましい。
【0041】
なお、上記と同様の理由により、外輪軌道面1a及び内輪軌道面3aについても、表面粗さRaを制御することにより、電食の発生を抑制し、より一層優れた音響特性を得ることができる。
軌道面1a、3aの表面粗さRaは、具体的には、0.03μm以下であることが好ましく、0.015μm以下とすることがより好ましい。
なお、転動体は球体に限定されず、ころであってもよい。したがって、ころの場合であっても、上記表面粗さRaの範囲に制御することが好ましい。
【0042】
<軌道面1a、3aの硬さ:58HRC以上64HRC以下>
<転動体5の表面の硬さ:56HRC以上63HRC以下>
上述のとおり、転動体5と、軌道面1a、3aとは、互いに異なる表面組成を有することが好ましいが、軌道面1a、3aの硬さは、転動体5の表面の硬さよりも柔らかいものであっても、同等か、あるいは硬いものであってもよい。
なお、転動体5と、軌道面1a、3aとの間のロックウェル硬さの差の絶対値が4HRC以下であると、互いに摩耗することを防止することができる。したがって、転動体5と、軌道面1a、3aとの間のロックウェル硬さの差の絶対値は、4HRC以下であることが好ましい。
転動体5と、軌道面1a、3aとの間のロックウェル硬さの差の絶対値における最小値は特に限定しないが、硬度差を設けることによる十分な効果を得るため、ロックウェル硬さの差の絶対値は1HRC以上であることが好ましく、2HRC以上であることがより好ましい。
【0043】
ただし、転動体5の表面の硬さを、軌道面1a、3aの硬さよりも柔らかくすることがより好ましい。転動体5の表面の硬さを軌道面1a、3aよりも柔らかくすることにより、転動体5と軌道面1a、3aがいわゆる接触楕円を形成する際に、転動体5側、すなわち、より表面の曲率が高い方がより変形(相手側の形状にならう)することになる。したがって、転動体5と軌道面1a、3aが金属接触した場合において、より損傷の少ない形態で接触させることができる。
【0044】
例えば、SUJ2鋼材からなる外輪1及び内輪3の硬度は、通常61HRC以上64HRC以下であるので、ステンレス製の転動体5の硬度は、56HRC以上63HRC以下であることが好ましい。上述のとおり、例えば、転動体を18CrステンレスであるSUS440C鋼材とし、外輪1及び内輪3を13CrステンレスであるSUS420J2鋼材として、表面の硬度差を設けることも好適である。
【0045】
<潤滑剤>
本実施形態において、外輪軌道面1a及び内輪軌道面3aと、転動体5との間に供給される潤滑剤(潤滑グリース)については、特に限定されない。
例えば、潤滑剤としては、転がり軸受に用いられるLi石けんグリースやウレアグリース、フッ素グリース等が好適に使用でき、またグリース中にカーボンブラック等の導電性物質を含む導電性グリースを使用することができる。
【0046】
なお、従来の転がり軸受においては、電食を防止するために、潤滑剤の油膜厚さを厚くする必要があったが、本実施形態においては、電食の発生が抑制された構成であるため、従来よりも油膜厚さを薄く設定することができる。このように、油膜厚さを薄くする、すなわち、潤滑剤の粘度を低くすると、低トルク化を実現することができ、その結果、消費電力を低減することができる。
【0047】
具体的には、低トルク化及び消費電力の低減に対する観点から、40℃における潤滑剤の動粘度は、50mm/s以下であることが好ましい。本実施形態における転がり軸受は、このような低動粘度の潤滑剤を用いた場合であっても、電食の発生を抑制することができる。40℃における潤滑剤の動粘度は、30mm/s以下であることがより好ましく、20mm/s以下であることがさらに好ましい。
【0048】
なお、例えばCr含有量が16.0~18.0質量%である転動体、及び、Cr含有量が10.0~15.0質量%である上記第2実施形態における転動体は、いずれも従来の転動体と比較して、電食による軸受振動の上昇を抑制することができ、優れた音響特性を得ることができる。特に、電食が発生することが想定されるが、実際には発生しない場合、または、電食が発生しにくい条件である場合には、上記第2実施形態における転動体の方が、優れた音響性能を得ることができる。
【0049】
以上、詳述したように、本実施形態に係る転がり軸受は、インバータ制御で発生しやすい漏れ電流による電食等による損傷を低減することができ、特に、優れた音響性能が求められるエアコン用モータ、ブロア用モータ等により好適に使用することができる。
【実施例
【0050】
以下、発明例及び比較例を挙げて本発明の第1実施形態及び第2実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下に示す第1実施例は、上記第1実施形態による効果を示す実施例であり、第2実施例は、上記第2実施形態による効果を示す実施例である。
【0051】
<第1実施例>
電食による軸受振動の上昇の抑制に関して、本実施形態の転がり軸受における効果を確認するため、軸受に通電させた状態での軸受振動の経時変化を調査する試験を行った。
【0052】
試験に使用する転動体(玉)は、本実施形態ではサイズが5/32のステンレス(SUS440C)ボール、比較例ではサイズが5/32のSUJ2(高炭素軸受鋼)ボールを準備した。SUS440Cボールには、Crが16.0~18.0質量%含有されており、SUJ2ボールにはCrが1.3~1.6質量%含有されている。
そして、それぞれの転動体を、SUJ2製の単列深溝玉軸受(内径φ8mm、外径φ22mm、幅7mm)の内外輪、プラスチック製保持器を含む転がり軸受(深溝玉軸受)に組み込んだ。
また、軸受内部に封入するグリースには、基油が40℃における基油粘度が24cStであるエステル油、増ちょう剤がLi石けんのグリースを用いた。
【0053】
(試験条件)
アキシャル荷重:50N
軸受回転数:2000min-1
試験時間:120時間
軸受と直列に抵抗を挿入し、軸受に流れる電流が最大で30mAになるように、30Vの直流電圧を印加した。
軸受振動は加速度ピックアップを用いて測定した。
【0054】
(試験結果)
結果を図2に示す。図2に示すように、SUJ2(高炭素軸受鋼)ボールを用いた比較例の転がり軸受は試験中に軸受振動が上昇しているが、SUS440C(ステンレス)ボールを用いた本実施形態の転がり軸受の軸受振動は上昇がみられない。
【0055】
<第2実施例>
[軸受振動試験]
本発明に係る転がり軸受における電食抑制の効果を確認するため、13Cr系ステンレス製(LNS125)の転動体(玉)と軸受(外輪及び内輪)に通電させた状態で、軸受振動の経時変化を測定する軸受振動試験を行った。
【0056】
(転がり軸受の準備)
以下のようにして、転がり軸受を準備した。
まず、試験用の玉として、サイズが5/32の13Cr系ステンレス鋼であるLNS125鋼材からなる玉(LNS125球)と、SUJ2鋼材からなる玉(SUJ2球)を準備した。なお、LNS125鋼材は、13Cr系ステンレス鋼であって、Crを10.0~15.0質量%含有するものであり、SUJ2鋼材からなる玉は、Crを1.3~1.6質量%含有するものである。
次に、単列深溝玉軸受(内径:8mm、外径:22mm、幅:7mm)の外輪と内輪を準備するとともに、プラスチック製保持器を準備し、外輪軌道面と内輪軌道面との間に、玉と保持器を組み込んだ。外輪及び内輪は、SUJ2鋼材からなるものを使用した。
また、軸受内部に、潤滑剤を供給した。潤滑剤としては、40℃における動粘度が24mm/sであるエステル油を基油とし、Li石けんを増ちょう剤としたグリースを用いた。
【0057】
転動体並びに外輪及び内輪の軌道面の鋼種、表面粗さ、並びにロックウェル硬さを下記表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
(軸受振動試験)
作製した転がり軸受を用いて、軸受振動試験を実施した。
まず、軸受及び外部抵抗が直列となるように接続し、軸受に流れる電流が最大で30mAになるように、30Vの直流電圧を印加した。その後、加速度ピックアップを用いて、軸受振動を測定した。
試験条件は以下のとおりとした。
アキシャル荷重:50N
軸受回転数:2000min-1
試験時間:120時間
【0060】
(評価結果)
図2は、縦軸を振動加速度とし、横軸を試験時間とした場合の、軸受振動の様子を示すグラフである。
図2に示すように、転動体として、SUJ2球を用いた転がり軸受(比較例)においては、試験時間が長くなるにしたがって、振動加速度が大きく上昇した。これは、電食の原因となる局所的な強い電流が発生し、これにより、軌道面や転動体の表面が損傷したからであると考えられる。
一方、転動体として、表面粗さRaが0.001μmであるLNS125球を使用した本発明に係る転がり軸受(発明例)においては、試験時間が長くなった場合であっても、振動加速度は大きく上昇しなかった。すなわち、電食は発生するものの、損傷が小さくなり、音響特性が優れた転がり軸受を得ることができた。
【0061】
[アンデロン値の比較試験]
上記第1実施例において使用した玉(SUS440Cからなるステンレスボール)を複数個準備するとともに、上記第2実施例において使用した玉(13Cr系ステンレス鋼からなるLNS125球)を複数個準備し、玉の種類に対する音響振動(アンデロン値)を比較した。具体的には、同等の精度に仕上げた軸受に上記玉を組み込み、公知の測定装置によりミディアムバンド及びハイバンドを測定し、n=6~8として平均値を算出した。
【0062】
[アンデロン値の比較結果]
上記第1実施例の玉を使用した転動体については、アンデロン値のミディアムバンドが1.0、ハイバンドが1.1であった。これに対して、上記第2実施例の玉を使用した転動体については、アンデロン値のミディアムバンドが0.4、ハイバンドが0.5であった。これらの結果から、Crを10.0~15.0質量%含有するステンレス鋼からなる玉を使用した転動体の方が、電食発生の抑制効果と優れた音響特性との両立を優れたバランスで実現することができた。
【0063】
以上、図面を参照しながら各種の実施の形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことはいうまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。また、発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上記実施の形態における各構成要素を任意に組み合わせてもよい。
【0064】
なお、本出願は、2020年10月14日出願の日本特許出願(特願2020-173046及び2021年8月20日出願の日本特許出願(特願2021-135064)に基づくものであり、その内容は本出願の中に参照として援用される。
【符号の説明】
【0065】
1 外輪
1a 外輪軌道面
3 内輪
3a 内輪軌道面
5 転動体
7 保持器
10 転がり軸受
【要約】
転がり軸受(10)は、外輪軌道面(1a)を有する外輪(1)と、外輪(1)に組み付けられ、外輪軌道面(1a)に対向する内輪軌道面(3a)を有する内輪と、外輪軌道面(1a)と内輪軌道面(3a)との間に転動自在に組み込まれる複数個の転動体(5)と、を備え、転動体(5)はステンレス鋼で構成されており、転動体(5)の表面粗さRaが0.01μm以下である。
図1
図2
図3