(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-20
(45)【発行日】2023-03-01
(54)【発明の名称】フラックス入りワイヤ、溶接方法及び溶接金属
(51)【国際特許分類】
B23K 35/368 20060101AFI20230221BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20230221BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320A
B23K35/30 320B
(21)【出願番号】P 2019089013
(22)【出願日】2019-05-09
【審査請求日】2021-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】迎井 直樹
(72)【発明者】
【氏名】泉谷 瞬
(72)【発明者】
【氏名】八島 聖
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-083677(JP,A)
【文献】国際公開第2017/013965(WO,A1)
【文献】特開2017-159307(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/368
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極性のガスシールドアーク溶接に用いられるフラックス入りワイヤであって、
前記フラックス入りワイヤのフラックスはフッ化物粉及び金属粉を含み、
前記フッ化物粉は、BaF
2並びにSrF
2、AlF
3及びCaF
2からなる群より選ばれる少なくとも一つを含み、それらの含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、
BaF
2:1.0~4.5%、
SrF
2:2.0%以下、
CaF
2:0.45%以下、かつ
AlF
3:0.70%以下であり、
前記フッ化物粉におけるSrF
2
、AlF
3
及びCaF
2
の含有量が、ワイヤ全質量に対する質量%で、
0.5≦SrF
2
(%)+10.1×CaF
2
(%)+2.3×AlF
3
(%)
の関係を満たし、
前記フッ化物粉の合計の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で2%超6%以下であり、
前記BaF
2
、SrF
2
、AlF
3
及びCaF
2
の合計の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で2%超5%以下であり、
前記フッ化物粉の合計の含有量に対する前記BaF
2
、SrF
2
、AlF
3
及びCaF
2
の合計の含有量の割合{(BaF
2
+SrF
2
+AlF
3
+CaF
2
)/フッ化物粉の合計}が0.5以上であり、
前記フッ化物粉及び前記金属粉を構成する金属元素のうち少なくとも1の金属元素は、酸化物とした際のエリンガム図において、1500~1600℃における標準生成ギブスエネルギーのうち少なくとも一点が、-200~-150kcal/molO
2となる強脱酸金属元素であり、
前記強脱酸金属元素は、Al、Mg及びZrからなる群より選ばれる少なくとも1の元素であり、それらの含有量は、ワイヤ全質量に対する物質量で、
Al:12×10
-4
mol/g以下、
Mg:5×10
-4
mol/g以下、
Zr:5×10
-4
mol/g以下、かつ
(Al+Mg+Zr):8×10
-4
mol/g以上であり、
さらに、前記フラックスにおける酸化物及び炭酸塩の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、
酸化物:0.5%以下、かつ
炭酸塩:0.5%以下である、フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
前記強脱酸金属元
素の含有量は、ワイヤ全質量に対する物質量で
、
(Al+Mg+Zr)
:15×10
-4mol/g
以下である、請求項
1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項3】
フラックス率が、ワイヤ全質量に対する質量%で10~20%である、請求項1
又は2に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項4】
前記フラックス入りワイヤの組成が、ワイヤ全質量に対する質量%で、
C:0.5%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:3.0%以下、
Ni:5%以下、
Mo:3.0%以下、
W:3.0%以下、
Nb:3.0%以下、
V:3.0%以下、
Cr:5%以下、
Ti:3.0%以下、
N:0.05%以下、
S:0.05%以下、
P:0.05%以下、
B:0.05%以下、
Cu:2.0%以下、
Ta:3.0%以下、及び
REM:0.1%以下をさらに満たす、請求項1~
3のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項5】
前記フラックス入りワイヤの組成が、ワイヤ全質量に対する質量%で、
C:0.5%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:3.0%以下、
Ni:5~20%、
Mo:5.0%以下、
W:3.0%以下、
Nb:3.0%以下、
V:3.0%以下、
Cr:15~30%、
Ti:3.0%以下、
N:0.50%以下、
S:0.05%以下、
P:0.05%以下、
B:0.05%以下、
Cu:2.0%以下、
Ta:3.0%以下、及び
REM:0.1%以下をさらに満たす、請求項1~
3のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項6】
前記フラックス入りワイヤにおける、1種または複数のアルカリ金属元素から構成される金属粉及び金属化合物の合計の含有量が、ワイヤ全質量に対する質量%で3%以下であり、残部がFe及び不純物である、請求項
4又は5に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項7】
前記強脱酸金属元素はMgを含む金属粉としてMgを含み、前記Mgを含む金属粉としてのMgの含有量と前記AlF
3の含有量が、ワイヤ全質量に対する物質量で、
1.0×10
-4≦Mg(mol/g)+AlF
3(mol/g)≦5.0×10
-4
の関係を満たす、請求項1~
6のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項8】
正極性用のフラックス入りワイヤとシールドガスを用いた溶接方法であって、
前記フラックス入りワイヤは、フラックス中にフッ化物粉及び金属粉を含み、
前記フッ化物粉は、BaF
2並びにSrF
2、AlF
3及びCaF
2からなる群より選ばれる少なくとも一つを含み、それらの含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、
BaF
2:1.0~4.5%、
SrF
2:2.0%以下、
CaF
2:0.45%以下、かつ
AlF
3:0.70%以下であり、
前記フッ化物粉におけるSrF
2
、AlF
3
及びCaF
2
の含有量が、ワイヤ全質量に対する質量%で、
0.5≦SrF
2
(%)+10.1×CaF
2
(%)+2.3×AlF
3
(%)
の関係を満たし、
前記フッ化物粉の合計の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で2%超6%以下であり、
前記BaF
2
、SrF
2
、AlF
3
及びCaF
2
の合計の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で2%超5%以下であり、
前記フッ化物粉の合計の含有量に対する前記BaF
2
、SrF
2
、AlF
3
及びCaF
2
の合計の含有量の割合{(BaF
2
+SrF
2
+AlF
3
+CaF
2
)/フッ化物粉の合計}が0.5以上であり、
前記フッ化物粉及び前記金属粉を構成する金属元素のうち少なくとも1の金属元素は、酸化物とした際のエリンガム図において、1500~1600℃における標準生成ギブスエネルギーのうち少なくとも一点が、-200~-150kcal/molO
2となる強脱酸金属元素であり、
前記強脱酸金属元素は、Al、Mg及びZrからなる群より選ばれる少なくとも1の元素であり、それらの含有量は、ワイヤ全質量に対する物質量で、
Al:12×10
-4
mol/g以下、
Mg:5×10
-4
mol/g以下、
Zr:5×10
-4
mol/g以下、かつ
(Al+Mg+Zr):8×10
-4
mol/g以上であり、
さらに、前記フラックスにおける酸化物及び炭酸塩の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、
酸化物:0.5%以下、かつ
炭酸塩:0.5%以下である、溶接方法。
【請求項9】
前記シールドガスが60体積%以上のCO
2ガスを含む、請求項
8に記載の溶接方法。
【請求項10】
前記シールドガスが60体積%以上のArガスを含む、請求項
8に記載の溶接方法。
【請求項11】
請求項1~
7のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤを用いた溶接により形成された溶接金属。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラックス入りワイヤに関し、特に全姿勢の溶接において好適であり、かつ溶接作業性と溶接能率に優れたフラックス入りワイヤに関する。また、本発明は前記フラックス入りワイヤを用いた溶接方法及び溶接金属にも関する。
【背景技術】
【0002】
従来、フラックス入りワイヤは下向溶接、立向溶接、横向溶接、上向溶接等を含む全姿勢によっても適用できる汎用性を有している。しかしながら、下向溶接に比べ、横向、立向および上向溶接においては溶接が難しく、全姿勢において良好な溶接作業性を得ることは困難である。
【0003】
これに対し、特許文献1では、Al、Mg及びBaF2を必須のフラックス成分として特定量含み、かつフラックス充填率及びワイヤ全質量に対するMn及びSiの含有量を適正化したガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが開示されている。このフラックス入りワイヤを用いて低電流から中電流の溶接電流範囲において直流正極性でガスシールドアーク溶接を行うと、全姿勢溶接でのスパッタ発生量が少ないことに加え、溶接性が良好であるとともに、靱性の良好な溶接金属を得ることができる。なお、特許文献1において低電流から中電流の溶接電流範囲とは50~300A程度となる。
【0004】
また、特許文献2では、Al、Mg及びBaF2を必須のフラックス成分として特定量含み、かつワイヤ全質量に対するZrの含有量を適正化した炭酸ガスアーク溶接フラックス入りワイヤが開示されている。このフラックス入りワイヤを用いて、亜鉛めっき鋼板の溶接において、低電流から中電流の溶接電流範囲において直流正極性でアーク溶接を行うと、全姿勢での溶接性が良く、スパッタ発生量が少なく、かつ、靱性の良好な溶接金属を得ることができる。なお、特許文献2において低電流から中電流の溶接電流範囲とは70~300A程度となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平11-058069号公報
【文献】特開平11-207491号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1および特許文献2のフラックス入りワイヤは、適用される溶接電流の上限を300A程度としているものの、実際には、溶接の困難な立向溶接においては、溶接電流200A、溶接速度15cm/分にて溶接が行われている。
【0007】
このように、立向姿勢等の溶融池が重力の影響を受ける姿勢に関しては、溶接電流を上げたり溶接速度を速くしたりすると、溶落ちやオーバーラップ、アンダーカット等のビード形状不良等が発生しやすくなる。そのため、当該姿勢の溶接に関しては、低い電流域かつ遅い溶接速度で溶接する必要があり、溶接作業の能率性という観点から改善の余地があった。特に、上向溶接は溶接姿勢の中でも溶融池が受ける重力の影響が最も顕著であることから、最も溶接電流及び溶接速度を落とす必要があり、能率性を上げるのは困難であった。
【0008】
そこで本発明では、全姿勢溶接、特に上向姿勢での溶接において、溶落ちを防止するとともに、良好なビード形状を有し、かつ高溶着性能を有するフラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは鋭意研究の結果、フラックス入りワイヤにおけるフラックスが、特定のフッ化物粉及び強脱酸金属元素を含み、さらにその組成を特定範囲のものにすることにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の[1]~[13]に係るものである。
[1]正極性のガスシールドアーク溶接に用いられるフラックス入りワイヤであって、
前記フラックス入りワイヤのフラックスはフッ化物粉及び金属粉を含み、
前記フッ化物粉は、BaF2並びにSrF2、AlF3及びCaF2からなる群より選ばれる少なくとも一つを含み、それらの含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、
BaF2:1.0~4.5%、
SrF2:2.0%以下、
CaF2:0.45%以下、かつ
AlF3:0.70%以下であり、
前記フッ化物粉及び前記金属粉を構成する金属元素のうち少なくとも1の金属元素は、酸化物とした際のエリンガム図において、1500~1600℃おける標準生成ギブスエネルギーのうち少なくとも一点が、-200~-150kcal/molO2となる強脱酸金属元素であり、
さらに、前記フラックスにおける酸化物及び炭酸塩の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、
酸化物:0.5%以下、かつ
炭酸塩:0.5%以下である、フラックス入りワイヤ。
[2]前記フッ化物粉におけるSrF2、AlF3及びCaF2の含有量が、ワイヤ全質量に対する質量%で、
0.5≦SrF2(%)+10.1×CaF2(%)+2.3×AlF3(%)
の関係を満たす、前記[1]に記載のフラックス入りワイヤ。
[3]前記強脱酸金属元素は、Al、Mg及びZrからなる群より選ばれる少なくとも1の元素であり、それらの含有量は、ワイヤ全質量に対する物質量で、
Al:12×10-4mol/g以下、
Mg:5×10-4mol/g以下、
Zr:5×10-4mol/g以下、かつ
(Al+Mg+Zr):8×10-4~15×10-4mol/gである、前記[1]又は[2]に記載のフラックス入りワイヤ。
[4]フラックス率が、ワイヤ全質量に対する質量%で10~20%である、前記[1]~[3]のいずれか1に記載のフラックス入りワイヤ。
[5]前記フッ化物粉の合計の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で2%超6%以下であり、
前記BaF2、SrF2、AlF3及びCaF2の合計の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で2%超5%以下であり、かつ
前記フッ化物粉の合計の含有量に対する前記BaF2、SrF2、AlF3及びCaF2の合計の含有量の割合{(BaF2+SrF2+AlF3+CaF2)/フッ化物粉の合計}が0.5以上である、前記[1]~[4]のいずれか1に記載のフラックス入りワイヤ。
[6]前記フラックス入りワイヤの組成が、ワイヤ全質量に対する質量%で、
C:0.5%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:3.0%以下、
Ni:5%以下、
Mo:3.0%以下、
W:3.0%以下、
Nb:3.0%以下、
V:3.0%以下、
Cr:5%以下、
Ti:3.0%以下、
N:0.05%以下、
S:0.05%以下、
P:0.05%以下、
B:0.05%以下、
Cu:2.0%以下、
Ta:3.0%以下、及び
REM:0.1%以下をさらに満たす、前記[1]~[5]のいずれか1に記載のフラックス入りワイヤ。
[7]前記フラックス入りワイヤの組成が、ワイヤ全質量に対する質量%で、
C:0.5%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:3.0%以下、
Ni:5~20%、
Mo:5.0%以下、
W:3.0%以下、
Nb:3.0%以下、
V:3.0%以下、
Cr:15~30%、
Ti:3.0%以下、
N:0.50%以下、
S:0.05%以下、
P:0.05%以下、
B:0.05%以下、
Cu:2.0%以下、
Ta:3.0%以下、及び
REM:0.1%以下をさらに満たす、前記[1]~[5]のいずれか1に記載のフラックス入りワイヤ。
[8]前記フラックス入りワイヤにおける、1種または複数のアルカリ金属元素から構成される金属粉及び金属化合物の合計の含有量が、ワイヤ全質量に対する質量%で3%以下であり、残部がFe及び不純物である、前記[6]又は[7]に記載のフラックス入りワイヤ。
[9]前記強脱酸金属元素はMgを含む金属粉としてMgを含み、前記Mgを含む金属粉としてのMgの含有量と前記AlF3の含有量が、ワイヤ全質量に対する物質量で、
1.0×10-4≦Mg(mol/g)+AlF3(mol/g)≦5.0×10-4
の関係を満たす、前記[1]~[8]のいずれか1に記載のフラックス入りワイヤ。
[10]正極性用のフラックス入りワイヤとシールドガスを用いた溶接方法であって、
前記フラックス入りワイヤは、フラックス中にフッ化物粉及び金属粉を含み、
前記フッ化物粉は、BaF2並びにSrF2、AlF3及びCaF2からなる群より選ばれる少なくとも一つを含み、それらの含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、
BaF2:1.0~4.5%、
SrF2:2.0%以下、
CaF2:0.45%以下、かつ
AlF3:0.70%以下であり、
前記フッ化物粉及び前記金属粉を構成する金属元素のうち少なくとも1の金属元素は、酸化物とした際のエリンガム図において、1500~1600℃における標準生成ギブスエネルギーのうち少なくとも一点が、-200~-150kcal/molO2となる強脱酸金属元素であり、
さらに、前記フラックスにおける酸化物及び炭酸塩の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、
酸化物:0.5%以下、かつ
炭酸塩:0.5%以下である、溶接方法。
[11]前記シールドガスが60体積%以上のCO2ガスを含む、前記[10]に記載の溶接方法。
[12]前記シールドガスが60体積%以上のArガスを含む、前記[10]に記載の溶接方法。
[13]前記[1]~[9]のいずれか1に記載のフラックス入りワイヤを用いた溶接により形成された溶接金属。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るフラックス入りワイヤおよびそれを用いた溶接方法によれば、フラックス入りワイヤに作用する熱エネルギーを添加元素によって制御することで、フラックス入りワイヤの溶着量を増加させることができるため、溶接作業の能率性を向上させることが可能となる。さらには、溶融池表面に好適な酸化膜を生成させることができ、全姿勢溶接、特に上向姿勢の溶接において、溶落ちを防止し、良好なビード形状を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、トリウム入りタングステン電極温度の推移を表すグラフである。
【
図2】
図2は、2300Kにおける、熱電子による電流と仕事関数との関係を、ワイヤ径ごとに表すグラフである。
【
図3】
図3は、ワイヤ径と安定した熱陰極性が得られる仕事関数の関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係るフラックス入りワイヤ、並びにこれを用いた溶接方法及び溶接金属を実施するための形態(実施形態)について説明する。しかしながら、本実施形態は1例であり、本発明を限定するものではない。また、特に記載がない場合には、「%」とは「質量%」であることを意味する。
【0014】
<<フラックス入りワイヤ>>
本実施形態に係るフラックス入りワイヤ(以下、単に「ワイヤ」とも言う。)は、正極性のガスシールドアーク溶接に用いられるものであって、筒状を呈する外皮と、その外皮の内側に充填されたフラックスとで構成される。なお、正極性とは、ワイヤ側をマイナス、母材側をプラスとする電極配置である。
尚、フラックス入りワイヤは、外皮に継目のないシームレスタイプ、外皮に継目のあるシームタイプのいずれの形態であってもよい。また、フラックス入りワイヤは、ワイヤ表面、すなわち外皮の外側に銅メッキを施されていても施されていなくてもよい。外皮の材質は特に問わず、軟鋼でもステンレス鋼でもよく、本発明の特徴が満たされていれば特に制限は無い。
【0015】
本実施形態に係るフラックス入りワイヤのフラックスは、フッ化物粉及び金属粉を含む。
前記フッ化物粉は、BaF2並びにSrF2、AlF3及びCaF2からなる群より選ばれる少なくとも一つを含み、それらの含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、BaF2:1.0~4.5%、SrF2:2.0%以下、CaF2:0.45%以下、かつAlF3:0.70%以下である。
また、前記フッ化物粉及び前記金属粉を構成する金属元素のうち少なくとも1の金属元素は、酸化物とした際のエリンガム図において、1500~1600℃における標準生成ギブスエネルギーのうち少なくとも一点が、-200~-150kcal/molO2となる強脱酸金属元素である。
さらに、前記フラックスにおける酸化物及び炭酸塩の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、酸化物:0.5%以下、かつ炭酸塩:0.5%以下である。
【0016】
以降、本実施形態に係るフラックス入りワイヤを用いた溶接において、本発明の特徴である溶着性が向上するメカニズムと、上向姿勢溶接においても溶落ちを防止し、良好なビード形状を得ることができるメカニズムについて説明する。
【0017】
<フラックス入りワイヤの溶着性向上メカニズム(1)>
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは正極性で用いるものである。一般的に、溶接ワイヤを正極性で使用すると、アークの安定性が劣り、良好な溶接が実施できなくなることが知られている。これに対し、正極性用に設計された特許文献1および2に開示されているような塩基性のフラックス入りワイヤを用いると、正極性においても安定したアークが得られ、全姿勢に優れた溶接が可能となる。また、非消耗式電極としてタングステン電極を用いて、一般的に正極性で溶接を行うガスタングステンアーク溶接(以下、「GTAW」とも言う。)においても、安定したアークが得られることが知られている。
本発明者らは、GTAWがアーク安定性に優れる理由をもとに、フラックス入りワイヤであっても正極性において安定したアークを得られ、溶着性が向上するメカニズムを解明した。
【0018】
最初に、GTAWのメカニズムを説明する。電極に使用されるタングステンの融点は高温(3695K)である為に、溶接中に電極が溶融することなく、固体のまま非常に高温に加熱される。高温の物質は以下に示すRichardson-Dushmannの式に従って熱電子を放出することが知られており、溶接中のタングステン電極も熱電子を放出していると考えられる。
【0019】
Richardson-Dushmannの式
Je=A0T2exp(-eVw/kT)
Je:熱電子放出による電流密度[A/cm2]、A0:リチャードソン定数(120.4[A/cm2・K2])、T:絶対温度[K]、e:電気素量(1.602×10-19[C])、Vw:仕事関数[eV]、k:ボルツマン定数(1.381×10-23[J/K])
【0020】
ここで例えば200Aの溶接電流が流れている場合を考える。GTAWの電極に広く使用されるトリウム入りタングステン電極の仕事関数(Vw)は2.63eVであることが知られており(安藤ら、溶接アーク現象(増補版)、産報(1967)参照)、電極先端角度60°で先端から1.5mmの範囲からアークが発生している場合、アーク発生部表面積は4.71mm
2となる。この場合に、前記Richardson-Dushmannの式によれば、
図1に示すようなトリウム入りタングステン電極温度の推移が予測され、アーク発生部が2522Kに加熱されていると安定した熱電子放出によって200Aの電流を賄うことができることとなり、アークが安定するといえる。これに対してタングステンの融点は3695Kである為、このようなアークが安定した状態(2522K)であっても、電極を固体のまま維持することができる。このように、熱電子放出によって放電に必要な電流を供給する陰極の状態を「熱陰極」と呼ぶ。熱陰極では熱電子放出によって電極がエネルギーを失う、つまり冷却されることによって、電極温度が維持される。
【0021】
上記を踏まえ、次にフラックス入りワイヤについて検討する。
フラックス入りワイヤのワイヤ外皮は被溶接材の種類と目的とする継手性能によって制約を受け、多くの場合は鋼である。鋼は融点が約1770Kであるので、Richardson-Dushmannの式で示される熱電子を固体もしくはワイヤ先端から離脱前の溶滴温度で賄うことは、酸化チタンを多く含有する一般的なフラックス入りワイヤに含まれる組成(酸化チタン(Vw:3.87eV)、酸化ケイ素(Vw:5.00eV)、鉄および合金元素等)では不可能である。
そこで本発明では、フラックスとして潜在的に低仕事関数となり得る物質を含有させ、熱電子放出を活発にすることで、フラックス入りワイヤも熱陰極に成り得ると考えた。潜在的に低仕事関数となり得る物質としてBaF2(以下、「フッ化バリウム」とも言う。)が挙げられる。フッ化バリウムは高温環境において、フッ素が遊離するとともに、バリウムは酸素との親和性が高いため、酸素存在下で酸化バリウムを生成する。この酸化バリウムは仕事関数が0.99eVと非常に低いことから、容易に熱陰極性が成立することが判った。
【0022】
フラックス入りワイヤにおいてワイヤが溶融すると、ワイヤ外皮とフラックスに含有される金属粉は、溶融し容易に混合される。しかし、金属粉と、溶融部において高温環境下で安定する化合物(以後、「安定金属化合物」とも言う。)とは混合されない。なお、高温環境下で安定する化合物としては、酸化物、炭化物、硫化物、窒化物等が挙げられるが、親和性の観点から、上述した酸化バリウムのように酸化物となる場合が多いと考えられる。この安定金属化合物同士は混合され易いが、安定金属化合物と溶融金属とは混合されない。なお、溶融金属とは単一金属または合金が溶融した状態を言う。
したがって、ワイヤを正極性で用いると、溶融金属部と、安定金属化合物部のうち、仕事関数が低い箇所が陰極点となり、アークが発生する。これに対し溶融金属部は、仕事関数が比較的高い(例えば、鉄(Vw:4.67~4.81eV)、Ni(Vw:5.04~5.35eV)(CRC Handbook of Chemistry and Physics、78版、CRC Press(1998)参照)ために安定した陰極点には成り得ず、正極性のアーク溶接における安定性は、安定金属化合物の性質に大きく依存することとなる。
【0023】
上述の通り、フラックス中にフッ化バリウムを添加した場合、溶接中のワイヤ溶融部において酸化バリウムが生成し、この酸化バリウムという安定金属化合物によって容易に熱電子を放出する為に非常に安定した熱陰極となる。しかしながら、フッ化バリウムを単独で添加すると、強い冷却効果を受ける為に、ワイヤの溶融速度が低下することが判った。
上記を踏まえ、本発明は、陰極点として作用する安定金属化合物の仕事関数を制御することによって、ワイヤ溶融速度の低下を抑制し、かつ安定した熱陰極性を維持することで優れたアーク安定性を有するワイヤを提案するものである。
【0024】
安定金属化合物の仕事関数の制御について、次に説明する。
安定金属化合物の仕事関数の制御を説明するにあたって、以下の1.及び2.を仮定した。
1.安定したMAG(metal active gas)溶接における溶滴表面温度は2300K程度であり(山崎ら、赤外線二色放射測温法による溶融池表面温度測定、溶接学会論文集、Vol.27(2009)参照)、これを基準とする。
2.アーク発生部の面積がワイヤ断面積と一致する。
次に、ワイヤ先端からのアーク放電を想定し、安定金属化合物に想定される仕事関数と、それに応じた2300Kにおける熱電子による電流との関係を、Richardson-Dushmannの式から求めた。計算はワイヤ径(φ)1.0~2.0mmの範囲において行った。
【0025】
計算したワイヤ径のうち、代表径における前記仕事関数と電流との関係を
図2に示す。また、計算の結果から求めた、各ワイヤ径(φ)に対する、熱電子による電流が200Aを超える仕事関数の値を
図3のプロットで示す。
図3中のプロットを2次の近似曲線でフィッティングすると、以下の式の右辺が得られる。この右辺の値が、ワイヤ径に対する、安定した熱陰極性が得られる安定金属化合物の仕事関数値の上限を示すものと言うことができる。
y≦-0.0908x
2+0.5473x+1.547
式中、x:ワイヤ径、y:安定した熱陰極性が得られる安定金属化合物の仕事関数値を表す。
【0026】
なお、実際の溶接において、アーク発生部の温度、面積およびアーク中での安定金属化合物の仕事関数についての正確な測定は困難である。そのため、添加する安定金属化合物から生成が想定される酸化物の仕事関数を参考に、実験結果から安定金属化合物の組成を検討した。
【0027】
上記に加え、アーク安定性をさらに向上させるためには、低沸点物質をフラックス入りワイヤのフラックス中に添加するとよいことが判った。以下に、低沸点物質の効果について説明する。
【0028】
通常、ワイヤの溶滴移行は電磁ピンチ力と一般的に呼称される力、すなわち、内部に電流が流れる物質が当該流れの中心方向に収縮しようとする力が溶融部分に作用することで、ワイヤ先端の溶融部分が離脱し、溶滴となって落下する。一方、上述の通り正極性で安定したアークを得られるフラックス入りワイヤは、安定金属化合物部から主として電流が流れる為、ワイヤ先端の溶滴には大きな電流が流れないこととなる。その為、溶滴移行の駆動力を電磁ピンチ力以外の形で与える必要があるが、それはフラックスに含有される低沸点物質のガス化に伴う爆発力による。
【0029】
低沸点物質にはワイヤ先端近傍で蒸発し溶滴に爆発力を与えることが求められる。つまり、低沸点物質の沸点は鋼の融点である1500℃近傍よりも低いことが必要であり、1300℃以下であることが好ましい。
低沸点物質としては、Li、Mg、Zn、AlF3等が考えられる。金属の場合は、合金であっても蒸発は十分見込めるので、Al-Li合金、Al-Mg合金等の金属粉による添加でもよい。
爆発力はガス化後の体積によって決定される為、低沸点物質の含有量は、ワイヤ全質量当たりの物質量(mol)で、1.0×10-4mol/g以上含有されることが好ましい。
【0030】
<上向姿勢溶接における溶落ち防止、ビード形状の安定化メカニズム(2)>
上記メカニズム(1)により、溶接時のアーク安定性および高溶着性を確保し、高能率性を達成することができるようになる。しかしながら、上記メカニズム(1)のみでは、溶融池が重力の影響を受ける難溶接姿勢、特に上向姿勢での溶接において、溶落ちを防止し、良好なビード形状を得ることは難しい。例えば、CaF2を多量に添加すると、溶着速度は向上する。すなわち、ワイヤ送給速度改善率は合格し、高い溶着性を得ることができる。一方で、良好な上向溶接は困難となる。すなわち、溶落ちを防止し、良好なビード形状を得ることはできない。
【0031】
そこで、本発明において、溶融池が重力の影響を受ける場合の溶落ち防止やビード形状を保つための要因は、アーク直下から溶融池が凝固するまでの酸化膜の形成状態にあると考えた。なお、一般的には、上向姿勢の溶接において溶落ち防止やビード形状を保つ要因は、溶融池の表面張力、すなわち、気体-液体間の界面張力であると考えられている。しかしながら、アーク溶接のガス雰囲気はCO2等の活性化ガスを用いることが多く、その雰囲気の酸素分圧は非常に高い。よって、アーク直下の溶融池は表面張力によって支配されると考えるが、アーク直下を過ぎると、その酸素分圧の高さから溶融池表面に酸化膜がすぐに形成するものと考えられる。よって、本発明では、溶融池が完全に凝固するまでは、溶融池ではなく、固体である酸化膜における表面張力の影響があるものと考えた。
【0032】
例えば、CaF2を多量に添加した場合(比較例2に相当)であるが、Caは非常に酸素との親和性の高い元素であり、アーク発生部において安定酸化物として存在し、陰極点として働く。しかし、過剰に安定酸化物が存在すると溶融池内で凝集し、その凝集物が溶融池表面上に浮上すると酸化膜の厚みにバラつきが生じることとなる。その結果、酸化膜の厚い部分は、凝固した場合に島状のスラグとして残り、ビード外観に凹みが生じやすい。また、酸化膜の薄い部分は、重力の影響により盛り上がったり、場合によっては溶落ちたりする。
【0033】
このように酸化膜として生成する金属元素を含む化合物はどのようなものでもよいわけではなく、ワイヤへの添加方法や、酸素との親和性、その金属元素の酸化物の融点等が寄与するものと考えられる。
【0034】
上記のように、溶融池内の過剰な量の安定酸化物は上向姿勢の溶接に悪影響を及ぼすため、極力、ワイヤ先端の溶融からアーク直下の溶融池の期間内では酸化反応を抑制し、溶融池表面において均一な酸化膜が生成するように酸化反応を制御する必要がある。そのため、フラックス中への酸化物の添加を抑制する。なお、親和性の低い酸化物は酸素元となり安定酸化物の増加を促進するために抑制する必要があり、また、親和性の高い酸化物はそのまま凝集して悪影響を及ぼすために抑制する必要がある。
また、フラックス中に含まれる炭酸塩も、溶滴中において酸素元となって安定酸化物量を増加させる要因となるため、ワイヤ中への添加を抑制する必要がある。
【0035】
そこで、溶融池表面において均一な酸化膜を生成するために、酸化膜の基となる金属元素を金属粉またはフッ化物としてフラックス中に添加する。金属元素の添加に際し、前述の高溶着効果をより確保する点からも、陰極点の基になるフッ化物に係る金属元素よりも酸素との親和性が低い金属元素の金属粉または/およびフッ化物粉の添加を行うことが好ましい。
一方で、酸素との親和性が低すぎると酸化膜の形成が遅れ、ビード外観に悪影響を及ぼすことが懸念される。そのため、さらに酸素との親和性の度合いを適切なものとする必要がある。
【0036】
以上のような考察に基づき、本発明では、溶融池表面の温度と考えられている1500~1600℃の範囲における標準生成ギブスエネルギーが一定の範囲内である金属元素を選択することで、酸素との親和性の度合いを適切にできることを見出した。
【0037】
具体的には、フッ化物や金属粉の種類や量を変更して検討を行ったところ、金属酸化物とした際のエリンガム図において、1500~1600℃における標準生成ギブスエネルギーのうち少なくとも一点が、-200~-150kcal/molO2となる強脱酸金属元素を、フッ化物又は単一若しくは合金の金属粉として用いることで溶落ちすることなく、良好なビード外観を得ることができることが判った。なお、金属元素が遷移金属元素の場合、酸化物として複数の価数を取り得ることから様々な平衡状態を取るが、安定相として存在する酸化物の標準生成ギブスエネルギーが上記範囲内であればよい。
【0038】
上記標準生成ギブスエネルギーの範囲を満たす強脱酸金属元素としては、例えばAl、Mg、Zr、Ti、Ba、Sr等が挙げられる。中でも、親和性の高いAl、Mg、Zr等の強脱酸金属元素を、フッ化物または金属粉としてフラックスに適量含有させることが好ましい。これらにより、さらに好適な上向溶接が可能となる。これは溶融池表面上で均一な酸化膜が形成されることが影響していると考えられる。
【0039】
<フラックス>
上記メカニズム(1)及び(2)を反映し、想到した本実施形態に係るフラックス入りワイヤの組成について、以下、詳細を説明する。なお、各成分の規定は特に明文化しない限り、ワイヤ(外皮+フラックス)に含まれる各成分の質量をワイヤの全質量に対する割合(%)で規定するものとする。
【0040】
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、正極性のガスシールドアーク溶接に用いられ、フラックスはフッ化物粉及び金属粉を含み、前記フッ化物粉は、BaF2並びにSrF2、AlF3及びCaF2からなる群より選ばれる少なくとも一つを含み、それらの含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、BaF2:1.0~4.5%、SrF2:2.0%以下、CaF2:0.45%以下、かつAlF3:0.70%以下であり、前記フッ化物粉及び前記金属粉を構成する金属元素のうち少なくとも1の金属元素は、酸化物とした際のエリンガム図において、1500~1600℃における標準生成ギブスエネルギーのうち少なくとも一点が、-200~-150kcal/molO2となる強脱酸金属元素であり、さらに、前記フラックスにおける酸化物及び炭酸塩の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で、酸化物:0.5%以下、かつ炭酸塩:0.5%以下であることを特徴とする。
【0041】
・フッ化物粉
(BaF2:1.0~4.5%)
BaF2は、フッ化物粉としてフラックスの必須成分であり、その含有量を1.0質量%以上とすることで、正極性のガスシールドアーク溶接において、陰極点が安定し、アークを安定化させることによって、スパッタ発生量を減らすことができる。また、アーク安定化の点からBaF2の含有量は1.5質量%以上が好ましい。
また、BaF2の含有量を4.5質量%以下とすることで、ワイヤ溶融部における仕事関数の過度な低下を抑制し、高溶着性能を維持できる。また、高溶着性能をより高めることができる点からBaF2の含有量は4.0質量%以下が好ましい。
【0042】
(SrF2:2.0%以下、CaF2:0.45%以下、AlF3:0.70%以下)
フラックスは、フッ化物粉として、SrF2、CaF2、及びAlF3からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む。BaF2を基にこれらフッ化物粉を添加することで、ワイヤ溶融部における仕事関数を制御することにより溶着量を増加させることができるが、その含有量が多すぎると仕事関数が過剰に高くなり、アークが不安定になることから、それらの含有量はSrF2:2.0%以下、CaF2:0.45%以下、かつAlF3:0.70%以下とする。
SrF2の含有量は1.50%以下が好ましく、1.30%以下がより好ましく、CaF2の含有量は0.35%以下が好ましく、AlF3の含有量は0.50%以下が好ましい。
【0043】
SrF2、CaF2、及びAlF3のうち1以上を含めばよいことから、これらの含有量の下限は特に制限されないが、これらの含有量が下記式で表される関係を満たすことが好ましい。
0.5≦SrF2(%)+10.1×CaF2(%)+2.3×AlF3(%)
上記不等式における右辺を0.5以上とすることにより高溶着の効果をより得ることができるため好ましく、0.7以上がより好ましい。また、スパッタ発生等の溶接作業性と良好な上向溶接性を確保する観点から、前記右辺は5.0以下が好ましい。
【0044】
また、BaF2、SrF2、CaF2、及びAlF3の合計の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で2%超が陰極点の安定化の点から好ましく、2.5%以上がより好ましい。また、合計の含有量は、過度なフッ素発生を抑制することで、より溶滴移行を安定化させる点から5%以下が好ましく、4.0%以下がより好ましい。
【0045】
フラックスには、BaF2、SrF2、CaF2、及びAlF3以外の他のフッ化物粉を含むこともできる。他のフッ化物粉としては、LiF、NaF、MgF2、K2SiF6等が挙げられる。
フッ化物粉の合計の含有量は、ワイヤ全質量に対する質量%で2%超が陰極点の安定化の点から好ましく、溶滴の離脱を促進する点から3.5%以上がより好ましい。また、フッ化物粉の合計の含有量は6%以下が過度なフッ素発生を抑制することで、より溶滴移行を安定化させる点から好ましく、5%以下がより好ましく、4.5%以下がさらに好ましい。
【0046】
フッ化物粉の合計の含有量に対する、前記BaF2、SrF2、CaF2、及びAlF3の合計の含有量の割合{(BaF2+SrF2+CaF2+AlF3)/フッ化物粉の合計}は0.5以上が陰極点の安定化の点から好ましく、0.6%以上がより好ましい。また、上限は1(他のフッ化物粉を含まない)であってもよい。
【0047】
・金属粉
フラックスに含まれる金属粉は、単体の金属粉であっても合金の金属粉であってもよい。
金属粉を構成する金属元素は、Al、Mg、Zr、Mn、Si、Ni、Cr、Fe等が挙げられる。中でもAl、Mg及びZrのうち少なくとも1の元素からなる金属粉を含むことが好ましい。また、合金の形態としてはFe-AlやAl-Mg、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0048】
金属粉としてのAl、Mg、Zrはいずれも、強力な脱酸剤として溶融金属中の酸素量を低減させて溶融金属の表面張力を高め、かつ溶融池表面に均一な酸化膜を形成させることにより、全姿勢溶接での重力の影響に抗してビード形状を良くする効果がある。
【0049】
その他の金属粉として、Mn、Si、Ni、Crは溶接金属の強度や靱性といった機械的性能の確保に効果がある。
【0050】
・強脱酸金属元素
フラックスに含まれる前記フッ化物粉及び金属粉を構成する金属元素のうち、少なくとも1の金属元素は、酸化物とした際のエリンガム図において、1500~1600℃における標準生成ギブスエネルギーのうち少なくとも一点が、-200~-150kcal/molO2となる強脱酸金属元素である。前記強脱酸金属元素は、前記標準反応ギブスエネルギーのうち少なくとも一点が、-180kcal・mol-1以上となることが好ましく、また、-160kcal/molO2以下となることが好ましい。
このような強脱酸金属元素としては、Al、Mg、Zr、Ti、Ba、Sr等が挙げられ、中でもAl、Mg及びZrからなる群より選ばれる少なくとも1の強脱酸金属元素を含むことがより好ましい。
【0051】
Al、Mg及びZrはフッ化物粉、金属粉のいずれの形態により含まれていてもよく、フッ化物粉及び金属粉の両方の形態で含まれていてもよい。また、金属粉は金属単体でも合金でもよい。
Alの含有量は、ワイヤ全質量に対する物質量で12×10-4mol/g以下が高溶着を維持しつつ、良好なビード形状が得られる点から好ましく、11×10-4mol/g以下がより好ましく、含んでいなくともよい。なお、ここでのAlの含有量とは、フッ化物粉として含まれるAlと金属粉として含まれるAlの合計の含有量を意味するものであり、以下のMg、Zrについても同様である。
同様の理由により、Mgの含有量は、ワイヤ全質量に対する物質量で5×10-4mol/g以下が好ましく、3×10-4mol/g以下がより好ましく、含んでいなくともよい。
同様の理由により、Zrの含有量は、ワイヤ全質量に対する物質量で5×10-4mol/g以下が好ましく、3×10-4mol/g以下がより好ましく、含んでいなくともよい。
【0052】
また、これらAl、Mg及びZrの合計の含有量(Al+Mg+Zr)は、ワイヤ全質量に対する物質量で8×10-4mol/g以上が好ましく、10×10-4mol/g以上がより好ましく、また、15×10-4mol/g以下が好ましく、13×10-4mol/g以下がより好ましい。
【0053】
強脱酸金属元素としてMgの金属粉を含む場合、Mgを含む金属粉としてのMgと、フッ化物粉であるAlF3の含有量の合計が、ワイヤ全質量に対する物質量で、下記式で表される関係を満たすことが好ましい。なお、Mgを含む金属粉とは、単一金属粉及び合金金属粉である。
1.0×10-4≦Mg(mol/g)+AlF3(mol/g)≦5.0×10-4
前記含有量の合計は2.0×10-4以上がより好ましく、また、4.0×10-4以下がより好ましい。
【0054】
・その他の組成
その他、本発明の効果を損なわない範囲で、他の成分がフラックスに含まれていてもよい。
しかしながら、酸化物はフラックスに過剰に存在すると、本発明における溶融池表面に均一な酸化膜を生成する作用が阻害され、上向姿勢の溶接においてビード外観不良が発生することから、酸化物のワイヤ全質量に対する合計の含有量は、0.5質量%以下とする。酸化物の合計の含有量は0.2質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましい。
また、炭酸塩は一般に加熱により二酸化炭素を発生し、金属酸化物を生じる。よって、酸化物を添加した場合と同様にビード外観不良が発生する。また、過剰に添加すると二酸化炭素の発生量が過剰となり溶接作業性に悪影響を及ぼすことから、炭酸塩のワイヤ全質量に対する合計の含有量は、0.5質量%以下とする。炭酸塩の合計の含有量は0.2質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましい。
【0055】
ワイヤ全質量に対するフラックス率(以下、フラックス充填率とも記す。)は、製造のしやすさの点から10質量%以上が好ましい。また、アークの安定性を得る点から20質量%以下が好ましい。
【0056】
<任意成分>
本実施形態に係るワイヤに含まれる任意成分は、フラックスまたは外皮に純金属、合金、又は、酸化物、炭化物、窒化物等の化合物の形態で添加される。
任意成分は、必要とする溶接金属の機械的性能や溶接施工条件に合わせて、所定量のC、Si、Mn、Ni、Mo、W、Nb、V、Cr、Ti、N、S、P、B、Cu、Ta、REM(希土類元素)等を含有してもよい。また、必要に応じて、アルカリ金属またはその化合物を含有してもよい。
なお、鉄基とする場合は残部がFeおよび不可避的不純物で構成されることが好ましい。
【0057】
軟鋼用、高張力鋼用、低温鋼用、耐候性鋼用等として用いられるフラックス入りワイヤの任意成分の組成としては、例えば、ワイヤ全質量に対する質量分率でC:0.5%以下、Si:2.0%以下、Mn:3.0%以下、Ni:5.0%以下、Mo:3.0%以下、W:3.0%以下、Nb:3.0%以下、V:3.0%以下、Cr:5.0%以下、Ti:3.0%以下、N:0.05%以下、S:0.05%以下、P:0.05%以下、B:0.05%以下、Cu:2.0%以下、Ta:3.0%以下、及びREM:0.1%以下をさらに満たすことが好ましい。これらの元素は含まれなくてもよい。
【0058】
上記に加え、フラックス入りワイヤにおける1種又は複数のアルカリ金属元素から構成される金属粉及び金属化合物をさらに含んでいてもよく、この場合のアルカリ金属元素はアーク安定剤として作用する。なお、アルカリ金属元素は、K、Li、Na等が挙げられる。アルカリ金属元素から構成される金属粉及び金属化合物の合計の含有量は、ワイヤ全質量に対して3質量%以下であることが好ましく、2質量%以下がより好ましく、また、残部がFe及び不純物であることが好ましい。
【0059】
上記任意成分の組成は、鉄基合金やJIS Z 3313:2009年に準拠した軟鋼、高張力鋼若しくは低温鋼用、又は、JIS Z 3320:2012年の耐候性鋼用として用いられるフラックス入りワイヤに一般的に用いられる組成と同様の組成で用いることができる。
具体的な好ましい態様は以下のとおりである。また、これら元素は必ずしも含有していなくともよい。
【0060】
Cは溶接金属の強度に影響を及ぼす成分であり、含有量が増すほど強度が高まる。軟鋼、高張力鋼若しくは低温鋼用等よく用いられる鋼種に求められる強度範囲においては、0.5%以下が好ましく、0.2%以下がより好ましい。一方で、強度調整のため0.001%以上が好ましい。
【0061】
Siは溶接金属の強度、靱性に影響を及ぼす成分である。軟鋼、高張力鋼若しくは低温鋼用等よく用いられる鋼種に求められる機械的性能の範囲を満たすためのSiの含有量は2.0%以下が好ましく、1.2%以下がより好ましい。一方、Siの含有量は0.1%以上が好ましい。
【0062】
MnもSiと同様に溶接金属の強度、靱性に影響を及ぼす成分である。軟鋼、高張力鋼若しくは低温鋼用等よく用いられる鋼種に求められる機械的性能の範囲を満たすための、Mnの含有量は3.0%以下が好ましく、2.5%以下がより好ましい。また、Mnの含有量は0.5%以上が好ましい。
【0063】
Niは溶接金属のオーステナイト組成を安定化させ、低温での靱性を向上させる成分であり、また、フェライト組成の晶出量を調整できる成分である。Niの含有量は5.0%以下が好ましく、3.0%以下がより好ましい。また、低温鋼等に用いられる場合はNiの含有量は0.20%以上が好ましい。
【0064】
Moは、高温強度及び耐孔食性を向上させる成分である。軟鋼、高張力鋼若しくは低温鋼用等よく用いられる鋼種に求められる機械的性能の範囲を満たすためのMoの含有量は3.0%以下が好ましく、2.0%以下がより好ましい。また、高張力鋼や耐熱鋼等に用いられる場合はMoの含有量は0.10%以上が好ましい。
【0065】
Wは高温強度及び耐孔食性を向上させる成分である。軟鋼、高張力鋼若しくは低温鋼用等よく用いられる鋼種に求められる機械的性能の範囲として適しているWの含有量は3.0%以下が好ましく、2.0%以下がより好ましい。
【0066】
Nbは強度等機械的性能に影響を及ぼす成分である。軟鋼、高張力鋼若しくは低温鋼用等よく用いられる鋼種に求められる機械的性能の範囲を満たすためのNbの含有量として3.0%以下が好ましく、2.0%以下がより好ましい。
【0067】
Vは溶接金属の強度を向上させる効果を発揮する一方で、靱性や耐割れ性を低下させる。そのためVの含有量は3.0%以下が好ましく、2.0%以下がより好ましい。
【0068】
Crは、溶接金属の強度等機械的性能に影響を及ぼす成分である。軟鋼、高張力鋼若しくは低温鋼用等よく用いられる鋼種に求められる機械的性能の範囲を満たすためのCrの含有量は5.0%以下が好ましく、3.0%以下が好ましい。また、耐熱鋼等に用いられる場合はCrの含有量は0.10%以上が好ましい。
【0069】
TiはC、Nと結合して結晶粒の微細化に寄与し、主に溶接金属の靱性を向上させる成分となる。軟鋼、高張力鋼若しくは低温鋼用等よく用いられる鋼種において靱性の向上を狙う場合は、Tiの含有量は3.0%以下が好ましく、1.0%以下がより好ましい。また、Tiの含有量は0.01%以上が好ましい。
【0070】
Nは結晶構造内に侵入型固溶して強度を向上させる成分である。一方、溶接金属にブローホールやピットといった気孔欠陥を発生させる原因ともなることから、特に強度を必要とする場合以外は積極的な添加は行わない。Nの含有量は0.05%以下が好ましく、0.03%以下がより好ましい。また、Nの含有量は0.0010%以上が好ましい。
【0071】
Sはワイヤが溶融した際の溶滴の粘性や表面張力を低下させ、溶滴移行を円滑にすることによって、スパッタを小粒化させ、溶接作業性を向上させる効果を発揮する一方で、耐割れ性を低下させる元素である。そのためSの含有量は0.05%以下が好ましく、0.03%以下がより好ましい。また、Sの含有量は0.0010以上が好ましい。
【0072】
Pは耐割れ性や溶接金属の機械的性質を低下させるためPの含有量は0.05%以下に抑制することが好ましく、0.03%以下がより好ましい。
【0073】
Bは溶接金属中の窒素による靱性の低下を防止する一方で、耐割れ性を低下させる。そのためBの含有量は0.05%以下が好ましく、0.03%以下がより好ましい。また、靱性を確保したい場合、Bの含有量は0.0005%以上が好ましい。
【0074】
Cuは溶接金属の強度や耐候性の向上に寄与する。軟鋼、高張力鋼若しくは低温鋼用等よく用いられる鋼種に求められる範囲で強度、耐候性を得たい場合はCuの含有量は2.0%以下が好ましく、1.0%以下がより好ましい。また、溶接金属の強度や耐候性を確保したい場合はCuの含有量は0.01%以上が好ましい。
【0075】
Taは強度等機械的性能に影響を及ぼす成分である。軟鋼、高張力鋼若しくは低温鋼用等よく用いられる鋼種に求められる機械的性能の範囲を満たすための適するTaの含有量は3.0%以下が好ましく、2.0%以下がより好ましい。
【0076】
REMは希土類元素を意味し、CeやLa等が挙げられる。REMはSとの親和性が高く、Sの粒界偏析を抑制し、Sによる高温割れを抑制する効果も発揮する。よって、よりアークの安定化を望む場合はREMの合計の含有量は0.1%以下とすることが好ましく、0.05%以下がより好ましい。
【0077】
残部となるFeの含有量は80質量%以上が好ましく、また、98質量%以下が好ましい。
不純物とは、意図的に添加しないものを意味し、上記以外の元素として、例えばSn、Co、Sb、As等が挙げられる。また、各元素が酸化物として含まれる場合には、Oも残部に含まれることとなる。不純物の含有量は合計で0.5質量%以下が好ましく、0.3質量%以下がより好ましい。
【0078】
ステンレス鋼用等として用いられるフラックス入りワイヤの合金成分の組成としては、例えば、ワイヤ全質量に対する質量分率でC:0.5%以下、Si:2.0%以下、Mn:3.0%以下、Ni:5.0~20.0%、Mo:5.0%以下、W:3.0%以下、Nb:3.0%以下、V:3.0%以下、Cr:15.0~30.0%、Ti:3.0%以下、N:0.50%以下、S:0.05%以下、P:0.05%以下、B:0.05%以下、Cu:2.0%以下、Ta:3.0%以下、及びREM:0.1%以下をさらに満たすことが好ましい。これらの元素は含まれなくてもよい。
【0079】
上記に加え、フラックス入りワイヤにおける1種又は複数のアルカリ金属元素から構成される金属粉及び金属化合物をさらに含んでいてもよく、この場合のアルカリ金属元素はアーク安定剤として作用する。なお、アルカリ金属元素は、K、Li、Na等が挙げられる。アルカリ金属元素から構成される金属粉及び金属化合物の合計の含有量は、ワイヤ全質量に対して3質量%以下であることが好ましく、2質量%以下がより好ましく、また、残部がFe及び不純物であることが好ましい。
【0080】
上記合金成分の組成は、鉄基合金や、JIS Z 3323:2007年に準拠したステンレス鋼用として用いられるフラックス入りワイヤに一般的に用いられる組成と同様の組成で用いることができる。
具体的な好ましい態様として、NiとCr、Mo、Nb、N以外の元素は、上記軟鋼用、高張力鋼用、低温鋼用、耐候性鋼用等として用いられるフラックス入りワイヤの合金成分の組成と同様である。
【0081】
Niは溶接金属のオーステナイト組成を安定化させ、低温での靱性を向上させる成分であり、また、フェライト組成の晶出量を調整する目的で一定量添加される成分である。それら性能のバランスから、Niの含有量はステンレス鋼として一般的な含有量と同様の範囲でよく、5.0%以上が好ましく、9.0%以上がより好ましい。また、Niの含有量は20%以下が好ましく、16%以下がより好ましい。
【0082】
Crは溶接金属の耐食性を向上させる成分である一方で、必要以上に含有すると酸化性シールドガスと反応して酸化物を生成し、スラグ成分組成のバランスに影響を及ぼす成分である。それら性能のバランスから、Crの含有量はステンレス鋼として一般的な含有量と同様の範囲でよく、15%以上が好ましく、17%以上がより好ましい。また、Crの含有量は30%以下が好ましく、25%以下がより好ましい。
【0083】
Moは耐食性、特に耐孔食性を向上させる成分である一方で、希少で経済性の悪い成分である。それら性能のバランスから、Moの含有量はステンレス鋼として一般的な含有量と同様の範囲でよく、5.0%以下が好ましく、4.0%以下がより好ましい。
【0084】
NbはCと結合することで固定化し、Cr炭化物の生成による耐食性劣化、すなわち鋭敏化を抑制することで耐食性を向上する成分である一方で、耐割れ性を劣化させる成分である。そのため、Nbの含有量は3.0%以下が好ましく、2.0%以下がより好ましい。耐鋭敏化鋼等に用いられる場合はNbの含有量は0.2%以上が好ましい。
【0085】
Nは溶接金属のオーステナイト組成を安定化させる、溶接金属の強度を向上させる、耐孔食性を向上させる等の効果を発揮する成分である一方で、気孔欠陥を招く成分である。それら性能のバランスから、Nの含有量は0.5%以下が好ましく、0.4%以下がより好ましい。また、高耐食鋼、極低温用鋼等に用いられる場合はNの含有量は0.1%以上が好ましい。
【0086】
フラックス入りワイヤの外皮も特に限定されるものではないが、例えば、普通鋼、SUH409L(JIS G 4312:2019年)、SUS430、SUS304L、SUS316L、SUS310S(いずれもJIS G 4305:2012年)等を使用することができる。
【0087】
フラックス入りワイヤは、外皮によって形成される内部空隙に対するフラックス量が少ないと、溶接時にフラックス柱の形成がし難くなる。また、ワイヤ内でフラックスの移動現象が発生する。その場合、ワイヤの製造ラインの振動状況等によってワイヤの長手方向のフラックス含有率にバラつきが生じ、ワイヤの品質が不安定になることが懸念される。そのため、ワイヤ中のフラックスの含有率は、ワイヤ全質量に対する質量分率で10%以上が好ましく、11%以上がより好ましい。
一方、多量のフラックスを少量の外皮で包み込むためには、肉厚の薄い外皮材を使用すればよいものの、外皮材が極度に薄い場合には、ワイヤの伸線工程で外皮材が破れ、ワイヤが破断することが懸念される。そのため、ワイヤ中のフラックスの含有率(以下、フラックス率とも記す。)は20%以下が好ましく、18%以下がより好ましい。
【0088】
フラックス入りワイヤのワイヤ径は特に限定されないが、一般的な溶接装置との組み合わせや溶接作業性を考慮すると、直径が0.9~2.0mmが好ましく、1.2mm以上がより好ましく、また、1.6mm以下がより好ましい。
ワイヤの断面形状についても特に限定されず、外皮と金属(シース)の合わせ目があるタイプのワイヤや、当該合わせ目のないシームレスタイプ等に用いることができる。また、シームレスタイプの場合は表面にCu等のめっき処理を施してもよい。
【0089】
<<製造方法>>
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、従来と同様の方法で製造することができ、特に限定されない。例えば、外皮内にフラックスを充填する。その際、外皮の組成、フラックスの組成及び含有率が各々前述した範囲になるよう適宜調整する。次いで、外皮内にフラックスが充填されたワイヤを、圧延、もしくは伸線することにより縮径し、所定の外径を有するフラックス入りワイヤを得ることができる。
【0090】
<<溶接方法>>
本実施形態に係る溶接方法は、正極性の上記フラックス入りワイヤとシールドガスを用いたガスシールドアーク溶接である。
シールドガスは特に限定されず、一成分のみの単一のシールドガスを用いても、2種以上の混合ガスを用いてもよい。例えば、活性ガス成分であるCO2ガスを60体積%以上含むことが好ましく、また、不活性ガス成分であるArガスを60体積%以上含むことも好ましい。
【0091】
その他、溶接に際し、溶接電流、溶接電圧、溶接速度、溶接姿勢、シールドガス流量等を適宜調整して決定する。なお、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、立向姿勢や上向姿勢等、重力の影響を受けやすい姿勢で溶接を行っても、溶落ちやオーバーラップ、アンダーカット等のビード形状不良が発生することなく、高溶着性能に優れることから、良好な溶接作業の能率性が得られるものである。
【0092】
<<溶接金属>>
本実施形態に係る溶接金属は、上記フラックス入りワイヤを用いた溶接により形成される。溶接される母材は、軟鋼、高張力鋼、低温鋼若しくはステンレス鋼等、通常用いられるものを使用することができる。
溶接により形成された溶接金属の組成は、母材やワイヤの組成や、シールドガスの種類等の溶接条件によって異なることから一様に定義することはできないが、良好なビード形状を有したものとなる。
【実施例】
【0093】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0094】
<評価方法>
(高溶着性評価及び上向溶接可否評価)
下記に示す溶接条件により溶接を行い、高溶着性評価として溶接中のワイヤ送給速度の測定と上向溶接可否評価として上向溶接の可否を判定した。
ワイヤ送給速度は、比較例1のフラックス入りワイヤを用いた際のワイヤ送給速度(m/分)を基準として評価を行ったが、その改善率が10%以上であると、高溶着性能を有するといえる。なお、改善率とは比較例1のワイヤ送給速度に対する増加割合を示す。
また、上向溶接の可否は約200mmの溶接ビードにおいて、溶落ちやハンピングの発生の有無を確認する。その結果、溶落ち及びハンピングが共に発生しなかった場合を、合格(○:良好なビード形状を有する)とし、溶落ち及びハンピングの少なくとも一方が発生した場合を、不合格(×)とした。なお、溶落ちとは、溶接金属が重力によって垂れ、落下する現象であり、ハンピングとは、溶接金属が重力、アーク圧力、表面張力等の作用力の影響で、溶接の長手方向のビード高さ変動が大きくなる現象である。
【0095】
(溶接条件)
溶接電流:240A
溶接電圧:適正(20~23Vとする。)
溶接速度:15cm分
溶接姿勢:上向き、ビードオンプレート
チップ-母材間距離:15mm
ウィービング幅:8mm
ウィービング周波数:1.2Hz
シールドガス:CO2ガス100%
ガス流量:25L/分
母材:SM490A(溶接構造用圧延鋼材)
【0096】
<実施例1~13及び比較例1、2>
表1又は2に示す組成を有するフラックス入りワイヤを用いて、上記(溶接条件)により溶接試験を実施した。なお、フラックスの組成において、実施例1~13は酸化物及び炭酸塩は積極的添加がされておらず、酸化物及び炭酸塩のワイヤ全質量に対する含有量はいずれも、すべてのフラックス入りワイヤにおいて、0.5%以下であった。
【0097】
【0098】
【0099】
フラックスにフッ化物粉としてBaF2の一種のみ含む比較例1のフラックス入りワイヤに対し、フッ化物粉としてさらに、SrF2、AlF3及びCaF2からなる群より選ばれる1以上のフッ化物を含むことにより、ワイヤ送給速度の大幅な改善が見られ、溶着性に優れる結果となった。
また、フッ化物粉の組成を適切なものとすることで、溶接電流240Aの上向溶接においても、溶落ちやハンピングの発生を防ぎ、良好なビード形状が得られた。