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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-28
(45)【発行日】2023-03-08
(54)【発明の名称】缶胴用アルミニウム合金板
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/06 20060101AFI20230301BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230301BHJP
   C22F 1/047 20060101ALN20230301BHJP
【FI】
C22C21/06
C22F1/00 623
C22F1/00 630K
C22F1/00 673
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 693A
C22F1/00 693B
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
C22F1/047
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019180618
(22)【出願日】2019-09-30
(65)【公開番号】P2021055161
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2021-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100131808
【弁理士】
【氏名又は名称】柳橋 泰雄
(74)【代理人】
【識別番号】100145104
【弁理士】
【氏名又は名称】膝舘 祥治
(72)【発明者】
【氏名】井上 祐志
(72)【発明者】
【氏名】河野 亜耶
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-265700(JP,A)
【文献】特開2016-176140(JP,A)
【文献】特開2008-274377(JP,A)
【文献】特開2016-180175(JP,A)
【文献】特開2016-056419(JP,A)
【文献】特開2018-003074(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00-21/18
C22F 1/04- 1/057
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:0.1質量%以上0.5質量%以下、Fe:0.3質量%以上0.6質量%以下、Cu:0.1質量%以上0.35質量%以下、Mn:0.5質量%以上1.2質量%以下、Mg:0.7質量%以上2.5質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなり、圧延方向に対し0°、22.5°、45°、67.5°及び90°方向のそれぞれの方向について引張試験により求められる5方向のn値のうちの最大値から最小値を引いた値が0.008以下であり、200℃で20分のベーキング後の0.2%耐力が251MPa以上である缶胴用アルミニウム合金板。
【請求項2】
前記アルミニウム合金が、
Zn:0.4質量%以下、
Ti:0.1質量%以下、
Cr:0.1質量%以下、
Zr:0.3質量%以下、及び
V:0.05質量%以下
からなる群から選択される1種又は2種以上を更に含有する請求項1に記載の缶胴用アルミニウム合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、缶胴用アルミニウム合金板に関する。
【背景技術】
【0002】
飲料用の包装容器として、有底円筒状の胴部と蓋部からなる2ピースタイプのアルミニウム缶が広く使用されている。2ピースタイプのアルミニウム缶の缶胴材料としては、AAもしくはJIS3000系(Al-Mn系)などのアルミニウム合金が汎用されている。2ピースタイプのアルミニウム缶の缶胴は、一般に、次のような工程で製造される。まず、素材となるアルミニウム合金板を円板形状にブランキングし、得られたブランク材をカップ成形する。そして、成形されたカップを再絞り、DI成形にて缶胴形状に成形する。
【0003】
コストダウン、環境負荷低減等の観点から、缶胴材料の薄肉化が進展しており、それに伴い缶壁も薄肉化している。また意匠性向上等の観点から、缶の細径化の要請もある。アルミニウム缶は大量生産品であるため高い成形性が求められ、特にしごき加工性が重要である。素材及び缶壁の薄肉化、あるいは細径化により加工が厳しくなると、しごき加工でティアオフ(缶切れ)が生じやすくなるため、これを防止する技術が必要となる。例えば、特許文献1には、均質化処理、熱間粗圧延、熱間仕上げ圧延、熱間圧延後の平均結晶粒径、冷間圧延後の焼鈍等の条件を規定することで、しごき加工性を向上させる技術が記載されている。また特許文献2には、素材の平均r値と、r値の面内異方性が規定された缶胴用アルミニウム合金板が記載され、しごき加工性、フランジ成形性及びボトムしわ性が向上するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2006-207006号公報
【文献】特開2007-51307号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1及び2に記載された技術では、製造条件が煩雑であり、さらに対象としている素材板厚が0.285mmから0.3mmと比較的厚い。より一層の薄肉化、あるいは缶胴の細径化に対応するには、さらなるしごき加工性の向上が求められる。本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、優れたしごき加工性を有する缶胴用アルミニウム合金板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る缶胴用アルミニウム合金板は、Si:0.1質量%以上0.5質量%以下、Fe:0.3質量%以上0.6質量%以下、Cu:0.1質量%以上0.35質量%以下、Mn:0.5質量%以上1.2質量%以下、Mg:0.7質量%以上2.5質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる。缶胴用アルミニウム合金板は、圧延方向に対し0°、22.5°、45°、67.5°及び90°方向のそれぞれの方向について引張試験により求められる5方向のn値のうちの最大値から最小値を引いた値が0.027以下である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、優れたしごき加工性を有する缶胴用アルミニウム合金板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の一実施形態に係る缶胴用アルミニウム合金板について説明する。但し、以下に示す実施形態は、本発明の技術思想を具現化するための一例を例示するものであって、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。また、本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
【0009】
本発明の一実施形態に係る缶胴用アルミニウム合金板は、例えば、Al-Mn-Mg系合金またはAl-Mg-Mn系合金からなる。Al-Mn-Mg系合金またはAl-Mg-Mn系合金としては、例えば、一般的なJIS合金、例えば3004、3104等の3000系合金が挙げられ、5000系合金であってもよい。
【0010】
具体的には、缶胴用アルミニウム合金板は、Si:0.1質量%以上0.5質量%以下、Fe:0.3質量%以上0.6質量%以下、Cu:0.1質量%以上0.35質量%以下、Mn:0.5質量%以上1.2質量%以下、Mg:0.7質量%以上2.5質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなる。缶胴用アルミニウム合金板は、圧延方向に対し0°、22.5°、45°、67.5°及び90°方向のそれぞれの方向について引張試験により求められる5方向のn値のうちの最大値から最小値を引いた値が0.027以下である。
【0011】
缶胴用アルミニウム合金板は、Si、Fe、Cu、Mn及びMgを所定範囲で含有しており、また、引張試験により求められるn値の異方性が小さく、所定の範囲内となっている。これにより、しごき加工時における缶壁の加工硬化量の方向による差が小さく、缶壁強度の異方性が小さくなっている。そのため、缶壁強度の低い部分で発生し得るティアオフの発生が抑制される。缶壁強度の異方性に起因するティアオフの発生は、板厚の薄肉化又は缶径の細径化等のしごき加工の条件が厳しい場合に、より顕著になる傾向がある。
【0012】
n値は、加工硬化係数とも呼ばれ、降伏点以上の塑性域における応力σとひずみεとの関係(曲線)をσ=Cεで近似させた時の指数nのことである。加工硬化係数(n値)が大きいほど、くびれ発生までの伸びが大きくなる。一方、材料の加工性を示す指数としてr値が知られている。r値は引張試験における試験片平行部の板幅方向対数ひずみと板厚方向対数ひずみの塑性ひずみ比で材料の異方性を表す基礎的な材料特性であるとともに、深絞り性を支配する成形性評価指標である。特許文献2にはr値の異方性を小さくすることで、しごき加工性が向上すると記載されているが、加工対象の材料が薄肉化する場合、缶径が細径化する場合等の加工条件がより厳しくなる場合においては、より優れたしごき加工性が求められ、r値を制御するだけでは不十分である。本発明においては、加工硬化係数(n値)の異方性を小さくすることで、より優れたしごき加工性を達成することができる
【0013】
以下、缶胴用アルミニウム合金板に含まれる各成分の含有量と、含有量の限定の理由について説明する。
【0014】
(Si:0.1質量%以上0.5質量%以下)
Si含有量が0.1質量%未満では、原料として新地金を使用する比率が高くなり、コストアップとなる場合がある。また、DI成形時において0-180°耳が高くなり、しごき加工時に耳切れ及びこれに起因するティアオフが生じやすい。一方、Si含有量が0.5質量%を超えると、ホットコイルでの未再結晶残存で成形性が低下する。Si含有量は、好ましくは0.2質量%以上であり、より好ましくは0.25質量%以上であってよい。また、Si含有量は、好ましくは0.45質量%以下であり、より好ましくは0.4質量%以下であってよい。更に、Si含有量は、0.25質量%未満であってもよい。
【0015】
(Fe:0.3質量%以上0.6質量%以下)
Fe含有量が0.3質量%未満では、ホットコイルに未再結晶が残存するため、DI成形時において45°耳が高くなり、しごき加工時に耳切れ及びこれに起因するティアオフが生じやすい。一方、Fe含有量が0.6質量%を超えると、Al-Fe-Mn系金属間化合物が多くなり、缶の側壁にピンホール(穴あき)が生じやすくなる。また、しごき加工時にティアオフが生じやすい。Fe含有量は、好ましくは0.35質量%以上であり、より好ましくは0.40質量%以上であってよい。また、Fe含有量は、好ましくは0.55質量%以下であり、より好ましくは0.5質量%以下であってよい。
【0016】
(Cu:0.1質量%以上0.35質量%以下)
Cu含有量が0.1質量%未満では強度(例えば、ベーキング後強度)が不足し、缶の耐圧強度が不足する。一方、Cu含有量が0.35質量%を超えると強度が過大となり、しごき加工時にティアオフが生じやすい。Cu含有量は、好ましくは0.15質量%以上であり、より好ましくは0.18質量%以上であってよい。また、Cu含有量は、好ましくは0.3質量%以下であり、より好ましくは0.25質量%以下であってよい。
【0017】
(Mn:0.5質量%以上1.2質量%以下)
Mn含有量が0.5質量%未満では強度(例えば、ベーキング後強度)が不足し、缶の耐圧強度が不足する。一方、Mn含有量が1.2質量%を超えると、Al-Fe-Mn系金属間化合物が多くなり、缶の側壁にピンホール(穴あき)が生じやすくなる。また、しごき加工時にティアオフが生じやすい。Mn含有量は、好ましくは0.6質量%以上であり、より好ましくは0.8質量%以上であってよい。また、Mn含有量は、好ましくは1.15質量%以下であり、より好ましくは1.1質量%以下であり、さらに好ましくは1.0質量%以下であってよい。
【0018】
(Mg:0.7質量%以上2.5質量%以下)
Mg含有量が0.7質量%未満では強度(例えば、ベーキング後強度)が不足し、缶の耐圧強度が不足する。一方、Mg含有量が2.5質量%を超えると強度が過大となり、成形性が低下し、しごき加工時にティアオフが生じやすい。Mg含有量は、好ましくは0.8質量%以上であり、より好ましくは0.9質量%以上であり、さらに好ましくは1.1質量%以上であってよい。また、Mg含有量は、好ましくは2.0質量%以下であり、より好ましくは1.7質量%以下であり、さらに好ましくは1.6質量%以下であってよい。
【0019】
(Zn:0.4質量%以下)
一般に知られているように、アルミニウム合金板はZnを含んでいてよい。Znは0.4質量%以下の含有量であれば、アルミニウム合金板の材料特性、DI成形後の缶特性に大きな影響を及ぼさない。Znは不可避不純物であるが、コストダウンを図るため、例えば原料中へのスクラップ(熱交換器用クラッド材のスクラップ等)配合率を高くするなど、上記範囲内でZnを積極添加することもできる。Zn含有量は、好ましくは0.3質量%以下であり、より好ましくは0.27質量%以下であり、より好ましくは0.25質量%以下であり、さらに好ましくは0.2質量%以下であってよい。また、Zn含有量の下限は、例えば、0.1質量%以上であってよい。
【0020】
(Ti:0.1質量%以下)
一般に知られているように、アルミニウム合金板はTiを含んでいてよい。Tiは鋳塊結晶粒の微細化を目的に、必要に応じて添加される。鋳造時に鋳塊組織を微細化すると、鋳造性が向上して高速鋳造が可能となる。その効果は0.01質量%以上の添加により得られる。一方、Ti含有量が0.1質量%以下であると、フィルターの目詰まりを抑制でき、鋳造中に次第に溶湯がフィルターを通過しにくくなることが抑制され、フィルターの目詰まりに起因する鋳造の中止が回避できる。従って、アルミニウム合金中のTi含有量は上記範囲内に制限されてよい。なお、Tiを添加する場合には、TiとBの質量比を5:1とした鋳塊微細化剤(Al-Ti-B)を、ワッフルあるいはロッドの形態で鋳造前の溶湯に添加するため、含有割合に応じたBも必然的に添加される。Ti含有量は、好ましくは0.08質量%以下であり、より好ましくは0.06質量%以下であってよい。
【0021】
(Cr:0.1質量%以下)
一般に知られているように、アルミニウム合金板はCrを含んでいてよい。Crは0.1質量%以下の含有量であれば、アルミニウム合金板の材料特性、DI成形後の缶特性に影響を及ぼさない。Crは不可避不純物であるが、コストダウンを図るため、例えば原料中へのスクラップ(Crを多く含有するスクラップ等)配合率を高くするなど、上記範囲内でCrを積極添加することもできる。Cr含有量が0.1質量%以下であると、ホットコイルに未再結晶が残存することが抑制され、しごき加工時にティアオフが生じることが抑制される。Cr含有量は、好ましくは0.05質量%以下であってよい。
【0022】
(Zr:0.3質量%以下)
一般に知られているように、アルミニウム合金板はZrを含んでいてよい。Zrは0.3質量%以下の含有量であれば、アルミニウム合金板の材料特性、DI成形後の缶特性に影響を及ぼさない。Zr含有量は、好ましくは0.1質量%以下、より好ましくは0.05質量%以下であってよい。
【0023】
(V:0.05質量%以下)
一般に知られているように、アルミニウム合金板はVを含んでいてよい。Vは0.05質量%以下の含有量であれば、アルミニウム合金板の材料特性、DI成形後の缶特性に影響を及ぼさない。
【0024】
前記したZn、Ti、Cr、Zr及びVは、前記した上限値を超えなければ、アルミニウム合金に1種以上、つまり1種のみが含まれる場合だけでなく、2種以上が含まれていても、当然に本発明の効果を妨げない。これらの元素の含有量の合計は、好ましくは0.15質量%以下であってよい。
【0025】
(残部:Al及び不可避不純物)
缶胴用アルミニウム合金板は、Al及び上記合金成分の他に、不可避不純物を含有していてよい。不可避不純物としては、例えば、Cr、B、Na、Ca、Ni、In、Sn、Gaなどが挙げられる。不可避不純物について許容される含有量はその他の元素については、例えば、各0.05質量%以下かつ合計0.15質量%以下であってよい。前記範囲内であれば、本発明の効果を妨げない。
【0026】
(n値の異方性)
缶胴用アルミニウム合金板におけるn値の異方性は、例えば以下のようにして評価することができる。冷間圧延後の缶胴用アルミニウム合金板について、圧延方向に対して0°、22.5°、45°、67.5°及び90°方向のそれぞれの方向から引張試験片を採取する。採取した引張試験片に対して引張試験を実施して、それぞれの引張試験片のn値を測定する。得られた5つのn値から最大値と最小値を選択し、最大値から最小値を引いた値をn値の異方性とする。n値の異方性は、例えば0.027以下であり、好ましくは0.02以下、より好ましくは0.01以下、さらに好ましくは0.008以下であり、特に好ましくは0.007以下であってよい。n値の異方性を所定値以下に制御することにより、缶壁強度の異方性が小さくなり、しごき加工時におけるティアオフの発生を抑制することができる。
【0027】
(缶壁強度の異方性)
缶胴用アルミニウム合金板における缶壁強度の異方性は、例えば以下のようにして評価することができる。DI成形後の缶胴から圧延方向に対して0°、22.5°、45°、67.5°及び90°方向のそれぞれの方向の缶壁から試験片を採取する。採取した試験片に対して引張試験を実施して、0.2%耐力を求める。得られた5つの0.2%耐力から最大値と最小値を選択し、最大値から最小値を引いた値を整数値として缶壁強度の異方性とする。缶壁強度の異方性は、例えば13MPa以下であり、好ましくは12MPa以下、より好ましくは10MPa以下であってよい。
【0028】
(製造方法)
缶胴用アルミニウム合金板の製造方法の一例について説明する。缶胴用アルミニウム合金板の製造方法は、第1工程である鋳造工程と、第2工程である均質化熱処理工程と、第3工程である熱間圧延工程と、第4工程である冷間圧延工程と、を含み、これらの工程をこの順に行うものである。
【0029】
(第1工程から第3工程:鋳造工程、均質化熱処理工程、熱間圧延工程)
第1工程は、目的の組成を有する鋳塊を半連続鋳造法にて作製する工程である。第2工程は、第1工程で作製されたアルミニウム合金の鋳塊に均質化熱処理を施す工程である。
【0030】
第1工程では、半連続鋳造法(DC(direct chill)鋳造)によりアルミニウム合金を鋳造して鋳塊を得る。次に、鋳塊表層の不均一な組織となる領域を面削にて除去する工程を実施した後、均質化熱処理を施す第2工程を行う。第2工程では2段均質化熱処理又は2回均質化熱処理を採用してもよい。ここでいう2段均質化熱処理とは、鋳塊を所定の均質化処理温度に所定時間保持して1段目の均質化熱処理を実施した後、室温まで冷却せず、200℃を超える温度までで冷却を止め、その温度に所定時間保持して2段目の均質化熱処理を実施することを意味する。また、2回均質化熱処理とは、鋳塊を所定の均質化処理温度に所定時間保持して1回目の均質化熱処理を実施した後、室温を含む200℃以下の温度までいったん冷却した後、再加熱して所定の均質化処理温度に所定時間保持して2回目の均質化熱処理を実施することを意味する。また、2回均質化熱処理の場合、面削工程は1回目の均質化熱処理の前、もしくは1回目と2回目の均質化熱処理の間で実施することが出来る。2段均質化熱処理の場合は、均質化熱処理実施前に面削を実施する。
【0031】
第3工程は、第2工程で均質化熱処理を施されたアルミニウム合金の鋳塊を熱間圧延する工程である。熱間圧延により得る熱間圧延板の板厚は、通常、冷間圧延して得られる製品板の板厚から冷間圧延による総圧延率を逆算して設定する。
【0032】
熱間圧延の開始温度は、例えば、450℃以上であってよい。熱間圧延は、熱間粗圧延と熱間仕上げ圧延とからなり、熱間仕上げ圧延は好ましくはタンデム圧延機で行う。その終了温度(巻き取り温度)は、例えば、330℃以上であってよく、好ましくは340℃以上であってよい。巻き取り温度が330℃以上であると、ホットコイルでの未再結晶残存を抑制できて成形性が向上する。また、巻き取り温度は380℃以下、又は370℃以下であってよい。巻き取り温度が380℃以下であると、熱間圧延板の表面において焼付きと呼ばれる表面欠陥が発生することが抑制され、板表面の性状が良化する。
【0033】
第4工程は、第3工程で熱間圧延された熱間圧延板を冷間圧延する工程である。第4工程では、熱間圧延板を、焼鈍することなく冷間圧延して、所定の板厚のアルミニウム合金板に仕上げる。冷間圧延は、熱間圧延板が適切な荷重の範囲で製品板の板厚まで圧延されるように、所定の総圧延率となる複数回のパスを設定して行う。なお、パスとは、一対のワークロール間を板が1回通板して圧延されることをいう。
【0034】
冷間圧延は、直径の小さいワークロールを用いてよい。具体的には、ワークロール直径をR(mm)とし、熱間圧延材の板厚をt(mm)としたとき、冷間圧延の全てのパスにおいてR/t≦250を満たすことが好ましく、より好ましくはR/t≦200を満たしてよい。なお、R/tの下限値については限定的ではないが、好ましくはおおよそ100程度が想定される。直径の小さいワークロールを用いてロール面圧を高めることにより、加工発熱が大きくなりコイルの巻き取り温度を高くすることができる。これにより、冷間圧延後の材料の回復が促進されてn値の異方性が小さくなり、しごき加工時のティアオフが抑制される。
【0035】
冷間圧延の総圧延率は、例えば、80%以上95%以下としてよい。冷間圧延の総圧延率が80%以上であると、缶胴用アルミニウム合金板の強度が充分に得られ、DI成形及びベーキング後の缶胴の耐圧強度が充分に得られる。冷間圧延の総圧延率は、好ましくは82%以上であってよい。一方、総圧延率が95%以下であると、アルミニウム合金板の強度が過大となることが抑制され、成形性の低下が抑制される。
【0036】
冷間圧延後の巻き取り温度は、例えば、110℃以上180℃以下であってよく、好ましくは140℃以上180℃以下であってよい。冷間圧延後の巻き取り温度を高くすることにより、材料の回復が促進され、アルミニウム合金板(製品板)のn値の異方性を小さくすることができる。冷間圧延後の巻き取り温度が110℃以上であると、上記効果が得られ、n値の異方性が充分に小さくなる。また、巻き取り温度が180℃以下であると、アルミニウム合金板の軟化が抑制され、DI成形及びベーキング後の缶の耐圧強度が充分に得られる。
【0037】
缶胴用アルミニウム合金板の製造方法においては、冷間圧延後、必要に応じて仕上げ焼鈍を施してもよい。なお、以上の缶胴用アルミニウム合金板の製造方法においては、第3工程より後、かつ、第4工程が終了するより前には、DI缶の塗装焼付け処理の到達温度を超える中間焼鈍を行わないものとする。
【実施例
【0038】
以上、本発明の実施形態について述べてきたが、以下に、本発明の効果を確認した実施例を本発明の要件を満たさない比較例と対比して具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0039】
(缶胴用アルミニウム合金板の作製)
表1に示す組成からなるアルミニウム合金(No.1からNo.6)を半連続鋳造法にて鋳造し、第1工程及び第2工程として示した方法で面削、均質化熱処理を行い、冷却すること無く、熱間粗圧延及び熱間仕上げ圧延を行った。熱間圧延の終了温度の実績は340℃以上360℃以下の範囲であった。そして、得られた熱間圧延板を、中間焼鈍を施すこと無く、表1に示す条件で冷間圧延を複数パスで行い、板厚0.27mm以上0.30mm以下のアルミニウム合金板(コイル)として巻き取った。ここで、冷間圧延率の実績は86%以上87%以下の範囲であった。いずれの材料も、冷間圧延後の仕上げ焼鈍は行わなかった。なお、表1に示す組成の残部はAlと不可避不純物である。また、No.1からNo.5は実施例に相当し、No.6は比較例に相当する。
【0040】
(n値異方性)
JISZ2241(2011)の規定に準拠し、供試材(冷間圧延後のアルミニウム合金板)から圧延方向に対し0°、22.5°、45°、67.5°及び90°の合計5方向のJIS5号引張試験片を採取し、引張試験を行った。続いて、JISZ2253の規定に準拠し、各試験片について真応力と真ひずみの関係をグラフ化し、公称ひずみ1%から引張強さ直前のひずみまでの範囲で直線回帰したときの傾き(n値)を求め、さらに5方向のn値のうち最大値と最小値の差(n値異方性)を求めた。n値の最大値と最小値の差が0.027以下のものを合格とした。
【0041】
(0.2%耐力)
供試材に対し200℃×20分のベーキングを実施した後、圧延方向にJIS5号試験片を採取して、JISZ2241(2011)の規定に準じて引張試験を行い、0.2%耐力を測定した。この0.2%耐力が150MPa以上300MPa以下の範囲内のとき、合格と評価した。
【0042】
(DI缶の作製)
アルミニウム合金板から直径140mmのブランクを打ち抜き、このブランクを絞り成形して直径90mmのカップを作製した。得られたカップに対し、汎用のアルミニウム缶胴成形機にてDI成形(再絞り+しごき加工)を行い、DI缶を作製した。作製したDI缶は、外径が66.3mm、缶壁の最薄肉部(缶底から60mmの高さ)の肉厚が105μm以上110μm以下、同部の加工率(素材からの板厚減少率)が58.5%以上65.0%以下であった。
【0043】
(缶壁強度の異方性)
作製したDI缶に200℃×20分のベーキングを施した後、圧延方向に対し0°、22.5°、45°、67.5°及び90°の方向の缶壁から、缶軸方向にJISZ2241(2011)に規定されたJIS13号B試験片の形状をベースに、標点距離を25mmに短くした試験片を採取した。この試験片を用いて引張試験を行って各方向の0.2%耐力を求め、そのうちの最大値と最小値の差(缶壁強度の異方性)を、小数点1桁目を四捨五入して整数にした値として求めた。缶壁強度の異方性が大きくなると、しごき加工時に強度の低い(破断限界の低い)部分でティアオフが生じやすくなる。
【0044】
求めた缶壁強度の異方性について、以下の基準に従って評価した。
評価基準
A:缶壁強度の異方性の値が11MPa未満であり、しごき加工性に優れていた。
B:缶壁強度の異方性の値が11MPa以上13MPa未満であり、実用上問題のないレベルのしごき加工性を有していた。
C:缶壁強度の異方性の値が13MPa以上であり、実用上問題があった。
【0045】
【表1】
【0046】
表1に示すように、組成及びn値の異方性が本発明の範囲内であるNo.1からNo.5の缶胴用アルミニウム合金板からDI成形したDI缶では、缶壁強度の異方性が小さく、しごき加工性に優れていた。一方、n値の異方性が本発明の範囲外であるNo.6の缶胴用アルミニウム合金板からDI成形したDI缶では、缶壁強度の異方性が大きく、しごき加工性が低下していた。