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特許7236717アンテナコイルの設計方法およびそのプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-02
(45)【発行日】2023-03-10
(54)【発明の名称】アンテナコイルの設計方法およびそのプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06F 30/23 20200101AFI20230303BHJP
   H02J 50/12 20160101ALI20230303BHJP
   H02J 50/40 20160101ALI20230303BHJP
【FI】
G06F30/23
H02J50/12
H02J50/40
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018158726
(22)【出願日】2018-08-27
(65)【公開番号】P2020035028
(43)【公開日】2020-03-05
【審査請求日】2021-08-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、研究タイプ「統括実施型研究(ERATO)」、研究領域「川原万有情報網」、研究題目「川原万有情報網プロジェクト」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】成末 義哲
(72)【発明者】
【氏名】藤城 真祥
(72)【発明者】
【氏名】川原 圭博
(72)【発明者】
【氏名】森川 博之
【審査官】田中 幸雄
(56)【参考文献】
【文献】SASATANI, Takuya et al.,Genetic Algorithm-Based Design of Recieving Resonator Arrays for Wireless Power Transfer via Magnetic Resonant Coupling,Proceedings of 2016 IEEE Wireless Power Transfer Conference,IEEE,2016年05月05日,pages1-4
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 30/20
G06F 30/10
H02J 50/12
H02J 50/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータを用いたアンテナコイルの設計方法であって、
前記コンピュータが、対を成すアンテナコイルを含む周囲環境をモデル化するステップと、
前記コンピュータが、設計対象のアンテナを配置すべき空間を複数のメッシュに区切り、前記モデル化された前記周囲環境における各メッシュの効率が最大となる電流量を計算するステップと、
前記コンピュータが、前記複数のメッシュの電流分布から前記設計対象のアンテナコイルの形状を取得するステップと、
を備えることを特徴とするアンテナコイルの設計方法。
【請求項2】
前記コンピュータが、前記複数のメッシュの電流分布から、磁気双極子モーメントの分布を計算するステップと、
前記コンピュータが、前記磁気双極子モーメントの分布の等高線を取得するステップと、
をさらに備え、前記設計対象のアンテナコイルの形状は、前記等高線に応じていることを特徴とする請求項1に記載の設計方法。
【請求項3】
前記コンピュータを用いたアンテナコイルの設計方法であって、
前記コンピュータが、対を成すアンテナコイルを含む周囲環境をモデル化するステップと、
前記コンピュータが、設計対象のアンテナを配置すべき空間を複数のメッシュに区切り、前記モデル化された前記周囲環境における各メッシュの効率が最大となる磁気双極子モーメントを計算するステップと、
前記コンピュータが、前記複数のメッシュの磁気双極子モーメントの分布の等高線を取得するステップと、
前記コンピュータが、前記等高線にもとづいて前記アンテナコイルの形状を取得するステップと、
を備えることを特徴とするアンテナコイルの設計方法。
【請求項4】
前記コンピュータが、前記設計対象のアンテナを複数の要素に分割し、分割された要素の間に、キャパシタを挿入するステップをさらに備えることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のアンテナコイルの設計方法。
【請求項5】
コンピュータに、
対を成すアンテナコイルを含む周囲環境をモデル化させるステップと、
設計対象のアンテナを配置すべき空間を複数のメッシュに区切り、前記モデル化された前記周囲環境における各メッシュの効率が最大となる電流量を計算させるステップと、
前記複数のメッシュの電流分布からアンテナコイルの形状を取得させるステップと、
を実行させるためのプログラム。
【請求項6】
前記コンピュータに、
前記複数のメッシュの電流分布から、磁気双極子モーメントの分布を計算するステップと、
前記磁気双極子モーメントの分布の等高線を取得するステップと、
前記等高線に応じて前記設計対象のアンテナコイルの形状を取得するステップと、
をさらに実行させることを特徴とする請求項5に記載のプログラム。
【請求項7】
コンピュータに、
対を成すアンテナコイルを含む周囲環境をモデル化するステップと、
設計対象のアンテナを配置すべき空間を複数のメッシュに区切り、前記モデル化された前記周囲環境における各メッシュの効率が最大となる磁気双極子モーメントを計算するステップと、
前記複数のメッシュの磁気双極子モーメントの分布の等高線を取得するステップと、
前記等高線にもとづいて前記設計対象のアンテナコイルの形状を取得するステップと、
を実行させることを特徴とするプログラム。
【請求項8】
コンピュータに、
前記設計対象のアンテナを複数の要素に分割し、分割された要素の間に、キャパシタを挿入するステップをさらに実行させることを特徴とする請求項5から7のいずれかに記載のプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無線給電に関し、特にアンテナコイルの設計技術に関する。
【背景技術】
【0002】
無線電力伝送は近傍界型と遠方界型に大別することができる。近傍界型は、磁界や電界を介して送電側と受電側を結びつけることで電力を送る手法であり、大きな電力を高効率で伝送することが可能であるが、伝送距離が短い。一方、遠方界型は、電磁波として飛ばしたエネルギーをアンテナで捕捉・整流することで電力を受け取る手法であり、長距離の伝送が可能であるが、伝送効率は低い。
【0003】
家電機器やスマートフォン、電気自動車への給電を行う場合、数十Wから数kWという比較的大きな電力が必要なため、近傍界方式である、電磁誘導方式、もしくは磁界共振結合型が用いられる。
【0004】
電磁誘導型については、2008年に国際標準規格を策定する業界団体であるWireless Power Consortium(WPC)が立ち上げられ、2010年には非接触給電として初の国際規格であるQiが策定された。策定された当初は5W以下の小電力をサポートするものであったが、2015年には15Wまでサポートする規格が制定された。また現在では、WPCに続く標準化団体であるAirFuelAllianceが最大50Wの規格を制定している。しかし、電磁誘導型は伝送距離は数cmに限られ、位置ずれに弱いという特徴のため、無線電力伝送というよりは電源端末の非接触化としての意味合いが強い。
【0005】
一方、磁界共振結合型は、中距離かつ高効率な伝送、位置ズレへの耐性、中継コイルによる簡易な伝送距離の拡大などの特徴を有しており、電磁誘導型の問題を解決している。
【0006】
磁界共振結合型無線力伝送方式は、2007年にマサチューセッツ工科大学の研究グループから発表され、1~2mの距離において伝送効率50%以上を実現している(非特許文献1)。ここで、磁界共振結合型の基本的な原理について述べる。図1は、磁界共振結合型の無線給電システムのブロック図である。無線給電システム2は、送電装置(power transmitter)10と受電装置(power receiver)20を備える。送電装置10と受電装置20の間には、電力を中継する中継器が設けられる場合もある。
【0007】
送電装置10は、送電コイルLTX,共振用キャパシタCTXおよび駆動回路12を備える。駆動回路12は、電磁誘導方式の原理と同様、送電側のコイルLTXに交流電流を流して励振することによって磁界が発生させ、その磁界を受電コイルLRXで取り込むことで電流を誘起し、電力を伝達する。
【0008】
受電装置20は、受電コイルLRX、共振用キャパシタCRXおよび負荷22を備える。負荷22は、受電コイルLRXに流れる交流電流を整流する整流回路などを含む。
【0009】
共振結合型の無線電力伝送は、近接電磁場を送受信の共振器で共振させ、エネルギー伝送を行う。特に、磁界を共振させる磁界共振結合型は、中距離かつ高効率な伝送、位置ズレへの耐性、中継コイルによる簡易な伝送距離の拡大などの特徴を有し、実用化に向けて研究開発が盛んに行われている。磁界共振結合型は様々なアプリケーションへの応用が期待されている。
【0010】
図2(a)、(b)は、無線給電システム2の等価回路図である。図2(a)に示すように、送電コイルLTXと受電コイルLRXは、相互インダクタンスLで結合している。このような送受電コイルのペアは、図2(b)に示すようにT型等価回路で表されることが知られている。図2(b)の等価回路解析から、無線電力の最大伝送効率ηmaxは、結合係数kと品質係数Qの積を用いて式(1)で表される。
【数1】
【0011】
図3は、kをパラメータとした最大効率を示す図である。図3からわかるように、最大効率はkQについて単調に増加であるため、結合係数kもしくは品質係数Qは共振器の性能指標として用いられる。磁界共振方式は共振はこの品質係数Q値を高めることによって効率を改善していると理解できる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【文献】A. Kurs, et.al., "Wireless power transfer via strongly coupled magnetic resonances", science, vol.317,no.5834,pp.83-86,July 2007.
【文献】H. D. Lang et.al., "Convex optimization of wireless power transfer systems with multiple transmitters." IEEE transactions on Antennas and Propagation, vol.62, no.9, pp.4623-4636, Sept. 2014
【文献】Y. Narusue et.al., "Distributed reactance compensation for printed spiral coils in wileress power transfer," Wireless Power Transfer Conference (WPTC) IEEE, pp.1-4 May 2017.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従来では、実環境下で用いられる共振器の設計は、経験に頼ったものであり、カットアンドトライによる最適化が必要とされている。これは、伝送効率が共振器の形状、サイズ、巻き数、ピッチなど無数のパラメータに依存することに加え、共振器周辺には受電機器の金属片や電子部品が存在し、周辺物質における損失が生じるためである。したがって共振器の設計を行う際には、これらの動作環境に十分注意を払いパラメータの調整を行っており、設計コストが高くなるという問題があった。
【0014】
本発明は係る状況においてなされたものであり、そのある態様の例示的な目的のひとつは、アンテナコイル設計時の試行錯誤的な設計の労力を軽減する技術の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明のある態様は、アンテナコイルの設計方法に関する。アンテナコイルの設計方法は、対を成すアンテナコイルを含む周囲環境をモデル化するステップと、設計対象のアンテナを配置すべき空間を複数のメッシュに区切り、モデル化された周辺環境における各メッシュの最適な電流量を計算するステップと、複数のメッシュの電流分布から設計対象のアンテナコイルの形状を取得するステップと、を備える。
【0016】
本発明の別の態様は、アンテナコイルの設計方法である。アンテナコイルの設計方法は、対を成すアンテナコイルを含む周囲環境をモデル化するステップと、設計対象のアンテナを配置すべき空間を複数のメッシュに区切り、モデル化された周辺環境における各メッシュの最適な磁気双極子モーメントを計算するステップと、複数のメッシュの磁気双極子モーメントの分布の等高線を取得するステップと、等高線にもとづいてアンテナコイルの形状を取得するステップと、を備える。
【0017】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を装置、方法、システム、記録媒体、コンピュータプログラムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、アンテナ設計を容易化できる。
を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】磁界共振結合型の無線給電システムのブロック図である。
図2図2(a)、(b)は、無線給電システムの等価回路図である。
図3】kをパラメータとした最大効率を示す図である。
図4】アンテナコイルの自動設計方法のフローチャートである。
図5】細分化された導体メッシュを説明する図である。
図6】設計対象の無線給電システムのモデルを示す図である。
図7】導体を共有することによるZ行列への影響を説明する図である。
図8】導出した電流分布の一例を示す図である。
図9】微小領域の磁気双極子モーメントを説明する図である。
図10図8の電流分布から導出される磁気双極子モーメントの分布の一例を示す図である。
図11図11(a)、(b)は、図10の磁気双極子モーメントの分布から得られるアンテナコイルの形状の一例を示す図である。
図12】複数の送信側共振器を備える無線給電システムの等価回路図である。
図13】伝送回路の等価回路図である。
図14】分散リアクタンス補償を説明する等価回路図である。
図15】分散リアクタンス補償による電流分布の均一化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。
【0021】
1. 概要
図1に示すように、無線給電システム2は、送電装置10および受電装置20を含む共振器を形成している。本実施の形態では、この共振器を形成するアンテナコイル(以下、単にコイルともいう)の自動設計方法について説明する。自動設計対象のコイルL1は、送電コイルLTXおよび受電コイルLRXの一方であり、他方(対をなすアンテナコイルL2)の形状などの情報を既知であるとする。
【0022】
図4は、アンテナコイルの自動設計方法のフローチャートである。この設計方法は、ソフトウェアプログラムによって具現化され、ソフトウェアプログラムは、コンピュータのメモリにロードされ、コンピュータ(具体的にはCPU)に、フローチャートに示される各処理を実行させる。
【0023】
はじめに、対をなすコイルL2を含む周辺環境をモデル化する(S100)。周辺環境には、アンテナコイルL2のほか、アンテナコイルL2および設計対象のコイルL1の周辺に存在する金属や誘電体のさまざまな部品などを含む。たとえば、アンテナコイルL1,L2が空間に露出していることは希であり、通常は誘電体のカバーで覆われており、この場合、周辺環境は、このカバーを含む。
【0024】
続いて、設計対象のコイルL1を配置すべき空間を複数のメッシュに区切り、モデル化された周辺環境における各メッシュの最適な電流量を計算する(S102)。空間は、2次元平面であってもよいし、3次元空間であってもよい。
【0025】
続いて、複数のメッシュの電流分布から設計対象のコイルL1の形状を取得する(S104)。
【0026】
以上が実施の形態に係るアンテナコイルの設計方法の概要である。以下、この設計方法についてより具体的に説明する。
【0027】
2. 周辺環境のモデル化と導体メッシュの導入
アンテナコイルの自動設計を行う際には、アンテナコイルを組み込む物理的位置とその周辺に存在する物質の3次元形状および材質、それに加え、ペアとなるアンテナコイルの形状を所与とし、アンテナコイルを組み込む物理位置において効率が最大となる電流分布を導出する。ここでペアとなる共振器とは、設計対象が送電コイル(受電コイル)であれば受電コイル(送電コイル)のことを指す。
【0028】
本実施の形態において、効率は電力効率によって定義するが、RFインバータおよび整流回路での損失は考慮せず、コイル間結合および周辺物質における損失に基づいて解析する。
【0029】
図5は、細分化された導体メッシュを説明する図である。設計対象となるアンテナコイルL1は、対となるアンテナコイルL2と対向する位置に設けられる。ここでは対をなすアンテナコイルL1を巻数1のループコイルとして簡略化して示す。設計対象となるアンテナコイルL1を組み込むべき空間30は、複数のメッシュに分割される。この例では、空間30は厚さが無視できる平面であり、図中、アンテナのコイル面と直交する方向の電流成分は存在しないものとして扱う。効率が最大となる電流分布を導出する際、この平面30に、導体面と近似できるほど細分化された導体メッシュ32を想定する。導体メッシュ32のサイズは、計算量と、要求される計算精度等を考慮して決めればよく、たとえば、100x100、50x50、10×10のマトリクス状に配置される。なおメッシュは正方形に限定されず、アンテナコイルを設定する領域の形状に応じて、長方形に設定してもよく、したがって50×100などのマトリクス状の導体メッシュを採用することもできる。
【0030】
3. 電流分布の導出
電流分布の導出に際しては、導体メッシュ32の各ループに流れる円電流Iを考える。そして、効率が最大となる各円電流Iの値を計算することで、効率が最大となる電流分布を得られる。
【0031】
図6は、設計対象の無線給電システムのモデルを示す図である。ループの数をNとすると、N個の円電流I~IはN個のループコイルと捉えられる。このときペアとなる共振器を含めると、N+1ポートの回路網として考えることができる。ゆえに、電磁界シミュレーションまたは等価回路解析などを用いてN+1ポートのZ行列を計算し、これを用いて最適な電流分布を算出する。
【0032】
V=Z・I
V={v,v,…vN+1
I={I,I,…IN+1
【0033】
ここで、ループ電流により生じる電磁界と周辺物質との間に相互作用が生じる場合、それは導体メッシュ中のインピーダンスの変化、つまり、Z行列の変化として観測することが可能である。
【0034】
独立したN個の送電側のアンテナコイルと、ペアとなるひとつの受電側のアンテナコイルにおいて、効率を最大化するN個のループコイルの電流分布は、MISO(Multiple-Input Single-Output)システムにおける効率最大化問題として扱うことができ、その解は既知である(非特許文献2)。Z行列の実数成分の行列R(R=Re[Z])が半正定値であることから、効率を最大化する電流の導出を凸最適化問題に帰着させている。
【0035】
本実施の形態における導体メッシュに関しても、行列Rが半正定値であれば、MISOシステムと同様に効率が最大となる電流分布を導出することができる。導体メッシュとMISOシステムの差異は、前者が隣り合うループ間で導体を共有しているのに対して、後者がそうでない点である。図7は、導体を共有することによるZ行列への影響を説明する図である。ループiと隣り合うループjの両方に含まれているインピーダンスzは、共有する辺を流れる電流の向きが逆であることから、-zとしてZに組み込むこととなる。その結果、導体メッシュの行列Rは以下の式で表される。
【数2】
ここで、rijは隣り合うループiおよびループjが共有する導体部分の抵抗成分である。導体メッシュおよびペアとなるアンテナコイルと周辺環境は、内部に電源を含まない受動回路網とみなせるため、任意の電流ベクトルIにより生じる消費電力は常に非負である。したがって、行列Rは任意の実ベクトルIに対して式(3)を満たす。
【数3】
【0036】
任意の実ベクトルIに対して式(4)が成立するため、行列Rは半正定値である。つまり、導体メッシュにおける効率を最大化するループコイルの電流分布はMISOシステムにおける効率最大化問題と同様に解を得ることができる。
【0037】
4. 電流分布導出の例
初期検討として、100x100の導体メッシュを想定し、各ループを構成する1辺の抵抗値をr、各ループと受電共振器間の相互インダクタンスがMで一定という条件の下で電流分布を導出する。ここで相互インダクタンスが一定であるということは、受電共振器が生じる磁界分布が均一であるということを意味している。
【0038】
図8は、導出した電流分布の一例を示す図である。ここで横方向については正(負)の値は右(左)向きを表し、縦方向の正(負)の値は上(下)方向を表している。
【0039】
5. 磁気双極子モーメントによるアンテナコイルの形状の導出
図8に示されるような電流分布を再現するアンテナコイルの形状の導出について説明する。各電流ループの導出された電流分布は各ループ間で離散的な値をとるため、与えられた電流分布を一つのコイルによって直接再現することは困難である。そこで、磁界共振結合型の基本原理が電磁誘導型と同様、電流が生み出す磁界を介している点に注目し、各ループが生み出す磁界を再現するように共振器を設計する。
【0040】
位置rにおける磁界は、磁気双極子モーメントを用いて表現することが可能である。磁気双極子モーメントmとは、磁荷の大きさがqで等しい正負の磁極対を仮定し、負の磁荷から正の磁荷を向き、磁極間の距離dの大きさを持つベクトルdを用いて、式(4)として定義される。
【0041】
【数4】
【0042】
磁界B(r)は磁気双極子モーメントを用いて式(5)で表される。
【数5】
【0043】
実際には、単独で存在する磁極は見出されておらず、磁気双極子モーメントmは、位置rでの電流密度J(r)によって式(6)で定義され、式(4)と同値である。
【数6】
【0044】
ここで、r’は原点から電流が存在する領域までの位置ベクトル、Vは、電流が分布する領域である。以上から、導体メッシュの各ループが生み出す磁気双極子モーメント求め、再現することで電流分布による磁界を生み出すことができる。電流ループによって囲まれる領域の磁気双極子モーメントは式(6)によって定義されたが、それぞれの磁気双極子モーメントを再現するため、ループをさらに微小なループに分割した際の各微小領域の持つ磁気双極子モーメントについて考える。
【0045】
図9は、微小領域の磁気双極子モーメントを説明する図である。導電電流Iが流れる閉ループCを囲まれた面を面積ΔSの無数の微小面積に分割し、全ての微小ループに同じ電流Iを仮想的に流したとする。各微小ループは、モーメントm=μIΔSを持つ磁気双極子に置き換えることができる。
【0046】
微小ループの隣り合う電流は互いに打ち消しあって、全体としては閉ループCに流れる電流だけが残り、各微小ループの持つ磁気双極子モーメントの和は元々のループCにおける磁気双極子モーメントと一致する。
【0047】
つまり、同じ大きさの磁気双極子モーメントを持つループは、それらを囲ったひとつのループに適当な電流を流すことで、まとめて再現することが可能であり、その際の電流は、領域の面積と各ループの磁気双極子モーメントの大きさの関係から、式(7)と求めることができる。
【数7】
【0048】
ここで、Sはループが囲う領域の面積、mは囲まれた領域内のループが生み出す磁気双極子モーメントの大きさ、μは真空の透磁率を表す。
【0049】
図10は、図8の電流分布から導出される磁気双極子モーメントの分布の一例を示す図である。
【0050】
6. アンテナコイルの形状の導出
本実施の形態では、磁気双極子モーメントの分布の等高線を利用することで、共振器の外形を提示する。なお、等高線は|mmax|/n巻数ごとに引く。mmaxは、磁気双極子モーメントの最大値である。
【0051】
図11(a)、(b)は、図10の磁気双極子モーメントの分布から得られるアンテナコイルの形状の一例を示す図である。ここでは100x100の導体メッシュの電流分布について、磁気双極子モーメントの等高線を用いて、アンテナコイルの概形決定を行っており、コイルの巻数は5としている。図10(a)に示すように、アンテナコイルの形状は、等高線に沿うように規定すればよいが、すべてのアンテナコイルに流れる電流が同一であることを前提としているから、最終的にアンテナコイルは、図10(b)に示すように、1本の導体として設計することができる。
【0052】
7. 伝送効率の検証
本設計方法により導出されたアンテナコイルの形状と、一般的に効率が高いとされるコイル形状の伝送効率について比較する。ここではkQ積によって伝送効率を比較する。
【0053】
送電装置10と受電装置20の等価回路からkQ積を求め、kQ積によって効率の改善を確認する。図12(a)、(b)は、複数の送信側共振器を備える無線給電システム2の等価回路図である。kQ積を求める際、図12(b)に示されるように、送信側の多数の共振器を一つの共振器としてまとめる。各微小ループでの、電流の比率をS=I/Imaxとして定義すると、一つにまとめた際の抵抗成分rtotalは共振器アレイによって生じる損失成分に基づいて、式(8)で表される。
【数8】
ここで、iとjは辺を共有するループである。受電側のコイルに生じる電圧は、共振器の共振角周波数ωを用いて式(9)となるから、Mtotal=MΣと定義できる。
【数9】
【0054】
その結果、一つにまとめられた送電側の共振器と受電側の共振器のkQ積は式(10)となる。
【数10】
【0055】
本手法の有用性を確認するため、一般に効率が高いとされる外側に巻線を集中させたアンテナコイルと本手法によって提示されたアンテナコイルについて比較を行った。巻数を5に固定し、導体メッシュの数を10x10,50x50,100x100と変化させた場合のkQ積の比をとった結果、それぞれ1.24,1.93,3.30となり、いずれのメッシュ数においても、本設計方法による共振器の方がkQ積が高くなった。また、メッシュ数を増やすほど、kQ積の改善量は大きくなることがわかる。
【0056】
また、メッシュ数を100x100に固定し、巻き数を3,5,7と変化させた場合においても、それぞれ5.18,3.30,2.51となり本設計方法による共振器の方がkQ積が高くなり、効率の改善を確認できた。
【0057】
8. 分散リアクタンス補償
アンテナの物理形状は周波数により制限される。この認識は放射型のアンテナのみならず、磁界共振結合型無線電力伝送で用いる共振器に対しても同様である。動作周波数が高く、また、共振器形状が大きくなると、電流分布に偏りが生じ、ときには共振器内部で電流の向きが逆転する。その際、共振器内で磁界が相殺されることにより、共振器の性能指標であるQ値の低下に直結する。
【0058】
共振器設計のパラメータ調整がいまだ試行錯誤的に行われている一因も電流分布の不均一性にある。本設計方法においても、1本の導体(アンテナコイル)に流れる電流は、均一であることを前提としたものである。ゆえに、適用できる共振器形状は電気的に小型とみなせる範囲に制限される可能性がある。もし、電流分布の不均一性を改善できれば、本設計方法の適用範囲は格段に拡大される。
【0059】
電流分布の不均一性は、アンテナコイルである導線を一種の伝送線路とした際に、線路間に存在する寄生キャパシタに電荷が蓄えられることに起因する。図13(a)、(b)は、損失ありおよび無損失の伝送回路の等価回路図である。単位長あたりのインダクタンスをL、単位長あたりの容量をC、LとCに付随した損失成分をそれぞれRとGとする。RとGが十分小さいとみなせる場合には、図13(b)に示すように、無損失線路となる。
【0060】
本発明者らは、分散リアクタンス補償(DRC:Distributed Reacquantance Compensation)について提案している(非特許文献3)。この分散リアクタンス補償は、もともと、入力ポートだけでなくアンテナコイル中にリアクタンス補償のキャパシタを挿入することで、アンテナコイル周辺の磁界強度を弱め、誘電体損失を低減する技術として提案したものである。
【0061】
従来の集中リアクタンス補償(CRC: Concentrated ReacquantanceCompensation)とは異なり、分散リアクタンス補償では、アンテナコイル内に多数のキャパシタンスを挿入することで、コイル内で共振状態を実現し、線路間での電圧差を低減させ、寄生キャパシタに蓄えられる電荷が減少させている。
【0062】
本発明者らは、分散リアクタンス補償により、誘電体損失の低減のみでなく、アンテナコイルの電流分布の均一化される現象を見いだした。なおこの現象を公知技術とみなしてはならない。
【0063】
図14は、分散リアクタンス補償を説明する等価回路図である。アンテナコイルは、複数の要素に分割され、それらの間に補償用のキャパシタが挿入されている。
【0064】
図15(a)~(d)は、分散リアクタンス補償による電流分布のシミュレーション結果を示す図である。動作周波数6.78MHzにおける直径5mのループコイルの電流分布を電磁界シミュレーションにより計算した。ループコイルの線径は1mm、材質は銅とし、シミュレータにはAltair inc.社製のFEKOを用いた。
【0065】
図15(a)は、補償無しの場合を示す。分散リアクタンス補償は施さず、リアクタンス補償用のキャパシタは入力ポートに接続する。電流分布は共振器内における最大値で正規化している。入力ポート部分で電流強度は最小となり、ポートから最も離れた部分と比較すると約30%程度の電流強度に留まっている。この結果は、動作周波数6.78MHzにおいて、巻数1のアンテナであっても電流分布が大きく歪みうることを示しており、電流分布の歪みは巻数が増えるに従ってさらに増大する。
【0066】
図15(b)~(d)は、分散リアクタンス補償を施した場合のシミュレーション結果を示す。分散リアクタンス補償に用いるキャパシタの数Nは2,4,8の3通りである。電流分布が均一であるとき、各キャパシタにおける電流と入力ポートを流れる電流とは、その強度および向きが等しくなる。この条件に基づき、電流分布が均一となるキャパシタンスを考える。
【0067】
キャパシタンスの導出には、キャパシタを接続する箇所をポートとして電磁界シミュレーションを行い、N+1ポートの回路網として導出したSパラメータを使用する。Sパラメータを変換して得られるZパラメータを用いると、各ポートの電流が等しくIとなる条件は、-ZI=Z’(1,1,1,…,1)Iにより記述できる。ここで、Z’はインピーダンス行列Zから入力ポートに該当する行を削除したN×(N+1)行列、Zは接続するキャパシタのインピーダンスから成るN次の行ベクトルである。接続すべきキャパシタンスは式(11)を解くことによって求められる。
=-Z’(1,1,1,…,1) (11)
【0068】
直径5mのループコイルに等間隔でキャパシタを配置し、式(11)によりキャパシタンスを計算したところ、対称性により値は位置に依存せず、N=2のとき56.7pF、N=4のとき98.1pF、N=8のとき179.4pFとなった。
【0069】
図15(b)~(d)においては、電流分布をより詳細に示すため、各図により、濃淡と電流値との対応が異なることに注意されたい。入力ポートおよびキャパシタ挿入部分における電流分布が等しくなっており、また、分散リアクタンス補償に用いるキャパシタの個数が増えるほどに電流分布が均一になることを確認できる。N=8のとき、共振器内における電流強度の差異は1%以下に抑えられる。
【0070】
分散リアクタンス補償によって電流分布が均一になる要因は伝送線路理論により考察できる。共振器内の導線を一種の伝送線路としてみたとき、電流分布が不均一となるのは、線路間に存在する寄生キャパシタに電荷が蓄えられることによる。分散リアクタンス補償は共振器内に多数のキャパシタンスを配置することで線路間の電位差を低減させるため、寄生キャパシタに蓄えられる電荷が減少し、電流分布が均一化したものと考えられる。
【0071】
このように、分散リアクタンス補償を行うことで、アンテナコイルの電流分布が均一化できる。そこで本設計方法を利用したソフトウェアプログラムには、数MHzあるいはそれ以上の周波数帯域で使用されるアンテナ設計に際しては、分散リアクタンス補償を組み込むことが好ましい。
【0072】
上述の本設計手法により、アンテナコイルの形状が決定される。そして、アンテナコイルに対して分散補償に関する追加の処理が実行される。挿入すべきキャパシタの個数Nは、マニュアルで指定してもよいし、図15(a)に示すように補償無しのときの電流の不均一性を計算し、不均一性にもとづいて、キャパシタの個数Nを決定してもよい。
【0073】
そして、アンテナコイルの形状が既知であれば、それを伝送線路とみなしたときのSパラメータ(Zパラメータ)が計算できる。Nが定まると、Zパラメータを利用して、式(11)を解くことにより、挿入すべきキャパシタの容量値を計算することができる。
【0074】
実施の形態にもとづき、具体的な用語を用いて本発明を説明したが、実施の形態は、本発明の原理、応用を示しているにすぎず、実施の形態には、請求の範囲に規定された本発明の思想を逸脱しない範囲において、多くの変形例や配置の変更が認められる。
【符号の説明】
【0075】
2 無線給電システム
10 送電装置
20 受電装置
TX 送電コイル
TX 共振キャパシタ
RX 受電コイル
RX 共振キャパシタ
図1
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