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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-06
(45)【発行日】2023-03-14
(54)【発明の名称】積層フィルム
(51)【国際特許分類】
   C09J 7/29 20180101AFI20230307BHJP
   C09J 7/38 20180101ALI20230307BHJP
   C09D 4/02 20060101ALI20230307BHJP
   C09D 133/16 20060101ALI20230307BHJP
   C09D 183/10 20060101ALI20230307BHJP
   B32B 27/00 20060101ALI20230307BHJP
【FI】
C09J7/29
C09J7/38
C09D4/02
C09D133/16
C09D183/10
B32B27/00 D
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019522189
(86)(22)【出願日】2018-05-25
(86)【国際出願番号】 JP2018020147
(87)【国際公開番号】W WO2018221405
(87)【国際公開日】2018-12-06
【審査請求日】2021-02-05
(31)【優先権主張番号】P 2017107402
(32)【優先日】2017-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】311002067
【氏名又は名称】JNC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002011
【氏名又は名称】弁理士法人井澤国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100072039
【弁理士】
【氏名又は名称】井澤 洵
(74)【代理人】
【識別番号】100123722
【弁理士】
【氏名又は名称】井澤 幹
(74)【代理人】
【識別番号】100157738
【弁理士】
【氏名又は名称】茂木 康彦
(74)【代理人】
【識別番号】100158377
【弁理士】
【氏名又は名称】三谷 祥子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 志野
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 賢哉
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 洋介
【審査官】高崎 久子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/159023(WO,A1)
【文献】特開平01-161010(JP,A)
【文献】特開2014-091776(JP,A)
【文献】特開2013-076029(JP,A)
【文献】特表2008-527419(JP,A)
【文献】国際公開第2012/176742(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09J
C09D
B32B
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光重合性コーティング液の硬化物からなるコート層、熱可塑性ポリウレタンからなる基材層、感圧型接着剤からなる粘着層がこの順で接してなり、
上記光重合性コーティング液が、成分(a):ウレタンアクリレートと成分(b):ウレタン単位を有さない光重合性アクリル系化合物類とを、光重合性成分として含み、
上記成分(b)が、
成分(b1):ウレタン単位を有さない重合性多官能アクリル系化合物、
成分(b2):パーフルオロポリエーテル骨格を有する重合性多官能アクリル系化合物、
成分(b3):以下の式(1)で表されるフルオロシルセスキオキサン誘導体に由来する構造単位、上記成分(a),(b1),(b2)のいずれにも該当しない重合性アクリル系化合物に由来する構造単位、片末端ビニル基含有ポリオルガノシロキサン化合物に由来する構造単位を有し、側鎖にアクリロイル基を有する重合体、
【化1】

(式(1)において、R ~R はそれぞれ独立して、任意のメチレンが酸素で置き換えられていてもよい、炭素数1~20の、直鎖状もしくは分岐鎖状のフルオロアルキル;少なくとも1つの水素がフッ素もしくはトリフルオロメチルで置き換えられた、炭素数6~20のフルオロアリール;またはアリール中の少なくとも1つの水素がフッ素もしくはトリフルオロメチルで置き換えられた、炭素数7~20のフルオロアリールアルキルを示し、Aは、下記式(1―1)または式(1―2)で表される基である。)
【化2】

(式(1―1)において、Yは炭素数2~10のアルキレンを示し、Rは水素、または炭素数1~5の直鎖もしくは分岐鎖のアルキル、または炭素数6~10のアリールを示す。)
【化3】

(式(1―2)において、Yは単結合または炭素数1~10のアルキレンを示す。)
を含み、
上記成分(a)と成分(b)とが上記光重合性成分の全量100重量部当たり、成分(a):20重量%以上50重量%未満、成分(b):50重量%以上80重量%未満の割合で混合されてなり、上記成分(b)が、上記成分(a)100重量部に対して0.1重量部以上16.6重量部以下の上記成分(b2)と、上記成分(a)100重量部に対して0.01重量部以上10重量部以下の上記成分(b3)とを含む、
積層フィルム。
【請求項2】
上記式(1)で表されるフルオロシルセスキオキサン誘導体に由来する構造単位が、以下の式(1―3)で表されるγ―メタクリロキシプロピルヘプタ(トリフルオロプロピル)―T8―シルセスキオキサンに由来する構造単位を含む、請求項1に記載の積層フィルム。
【化4】

【請求項3】
請求項1または2のいずれか1項に記載の積層フィルムを用いたペイントプロテクションフィルム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はペイントプロテクションフィルムの材料として使用可能な積層フィルムに関する。
【背景技術】
【0002】
ペイントプロテクションフィルム(PPF)は、屋外で使用される工業製品の表面保護に用いられるフィルム状の製品である。PPFの基本構造は、柔軟で透明な樹脂フィルムからなる基材と粘着層の少なくとも2層を含む積層体であり、一般的には基材の粘着層と反対側の面に基材の防汚機能や耐傷付性を高めるためのコート層と、粘着層の基材と反対側の面に剥離層とをさらに有する積層フィルムの状態で市場に供給されている。PPFを使用する際には、まず、保護しようとする表面部位に合わせてPPFを裁断し、裁断されたPPFの粘着層を目的の表面に密着させる。PPFで表面を被覆した製品は、その塗装や形状、外観が損なわれない状態で外界からの様々な刺激、例えば、風雨、埃、砂、河川水、微生物、動植物や昆虫の接触や排泄などによる汚れや傷つきから保護される。具体的には、PPFがいわゆるクッションとなって外界からの圧力や打撃を干渉したり、PPFが雨水や汚物を撥いたりすることによって、外界の刺激が製品そのものに与える影響が抑えられる。
【0003】
このようなPPFは当初は飛行機のような過酷な環境で使用される工業製品向けに開発されたものであるが、今日では自動車やバイクなどのボディの表面保護部材として普及しつつある。例えば、自動車のルーフ、ボンネット、フロント、ドア、トランクドアをPPFで被覆することにより、ドライバーを悩ませている鳥の糞、昆虫の死骸、猫の足跡、いたずら、荷物搬出による傷、飛び石による傷などからボディを守ることができる。通常は、PPFで被覆された表面を水で洗浄することによりPPF表面の汚れを簡単に除去することができるため、PPFは比較的長い期間にわたってその機能を発揮する。一定期間使用されたPPFはボディから剥がされて新しいPPFと簡単に交換することができる。
【0004】
近年の世界各地における自動車、バイクなどの車両の普及によって、より広範な環境下、例えば寒冷地、熱帯、乾燥地などより厳しい気候の下で使用可能なPPFが求められている。しかも、PPFの市場の拡大に伴って、より簡単に、特別な技能を持たない作業者でも適切に施工できるPPFが望まれるようになっている。したがって近年のPPFには、自動車やバイクなどの変化に富む表面形状に馴染む柔軟性と、長期間にわたる外界からの刺激に耐える耐久性、製品そのものの外観を損なわない透明性と平滑性、取替時の良好な剥離性など、様々な性能が求められている。
【0005】
このようなPPFとして、例えば特許文献1には、基材フィルムと表面粗さが制御された粘着層とを積層することによって、貼り付け特性に優れ且つ糊残りが抑制されたPPFを提供することが記載されている。しかしこのPPFでは基材フィルムの表面に追加する防汚層について具体的な検討がなされておらず、外観が重要視される自動車やバイクに対する実用性には問題があった。
【0006】
また例えば特許文献2には、ポリウレタンを含む第1層、熱可塑性ポリウレタンを含む第2層、感圧接着剤を含む第3層をこの順で積層したPPFが記載されている。しかしながらこのPPFでも諸性能の一層の改善が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2016- 20079号公報
【文献】特表2008-539107号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明者はPPFの諸性能を一層改善させることを課題とし、最適な積層体の構成を探求した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
その結果、熱可塑性ポリウレタンからなる基材層上に、フッ素原子を含有する特定の光重合性コーティング液の硬化物からなるコート層を形成することによって、防汚性、防汚持続性、撥水性といった保護機能と、塗装面に密着しやすい柔軟性とを兼ね備えたPPFが得られることを見出した。すなわち本発明は以下のものである。
【0010】
(発明1) 光重合性コーティング液の硬化物からなるコート層、熱可塑性ポリウレタンからなる基材層、感圧型接着剤からなる粘着層がこの順で接してなり、上記光重合性コーティング液が、成分(a):ウレタンアクリレートと成分(b):ウレタン単位を有さずフッ素原子を含有する光重合性アクリル系化合物類とを、光重合性成分として含み、上記成分(a)と成分(b)とが上記光重合性成分の全量100重量部当たり、(a):20重量%以上50重量%未満、(b):50重量%以上80重量%未満の割合で混合されてなる、積層フィルム。
【0011】
(発明2) 上記成分(b)が、フッ素原子及びケイ素を含有する光重合性アクリル系重合体を含む、発明1の積層フィルム。
【0012】
(発明3) 上記成分(b)が、以下の式(1)で表されるフルオロシルセスキオキサン誘導体に由来する構造単位を含む、発明1または2の積層フィルム。
【0013】
【化1】
【0014】
(式(1)において、R ~R はそれぞれ独立して、任意のメチレンが酸素で置き換えられていてもよい、炭素数1~20の、直鎖状もしくは分岐鎖状のフルオロアルキル;少なくとも1つの水素がフッ素もしくはトリフルオロメチルで置き換えられた、炭素数6~20のフルオロアリール;またはアリール中の少なくとも1つの水素がフッ素もしくはトリフルオロメチルで置き換えられた、炭素数7~20のフルオロアリールアルキルを示し、Aは、下記式(1-1)または式(1-2)で表される基である。)
【0015】
【化2】
【0016】
(式(1-1)において、Yは炭素数2~10のアルキレン、好ましくは炭素数2~6のアルキレンを示し、Rは水素、または炭素数1~5の直鎖もしくは分岐鎖のアルキル、または炭素数6~10のアリール、好ましくは水素または炭素数1~3のアルキルを示す。)
【0017】
【化3】
【0018】
(式(1-2)において、Yは単結合または炭素数1~10のアルキレンを示す。)
【0019】
(発明4) 上記成分(b)が、以下の式(1-3)で表されるγ-メタクリロキシプロピルヘプタ(トリフルオロプロピル)-T8-シルセスキオキサンに由来する構造単位を含む、発明1~3のいずれかの積層フィルム。
【0020】
【化4】
【0021】
(発明5) 発明1~4のいずれかの積層フィルムを含むペイントプロテクションフィルム(PPF)。
【発明の効果】
【0022】
本発明の積層フィルムは、作業性に優れ、しかも、撥水性、防汚性、防汚持続性、撥油性、柔軟性、伸長性、スキージー滑り性、意匠性(平滑性)もバランスよく備える。このような本発明の積層フィルムはPPFの材料として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の積層フィルムの1例を模式的に示す。剥離層を設ける例である。
図2】本発明の積層フィルムをPPFとして使用した様子を模式的に示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の積層フィルムは、コート層、熱可塑性ポリウレタンからなる基材層、感圧型接着剤からなる粘着層がこの順で接する。上記コート層は、上記基材層の表面にフッ素原子を含む特定の光重合性コーティング液を塗布し硬化することによって、上記基材層上に形成された層である。以下、本発明の積層フィルムを構成する各層について詳述する。
【0025】
[1.コート層]
本発明の積層フィルムを構成するコート層は、成分(a):ウレタンアクリレート(光硬化性ウレタンアクリレートオリゴマー)と、成分(b):ウレタン単位を有さずフッ素原子を含有する光重合性アクリル系化合物類とからなる光重合性コーティング液を、上述の基材層上で重合開始剤の存在下に硬化させて得られる樹脂である。コート層の厚みは、一般的には1~100μm、好ましくは5~50μm、より好ましくは5~30μmである。
【0026】
このようなコート層を構成する重合体の構造は複雑で、単一の繰り返し単位あるいは一律の構造式で表現することができない。本発明ではコート層を構成する重合体を、上記光重性原料の組成、すなわち上記光重合性コーティング液に含まれる光重合性モノマーあるいはオリゴマーと、原料中のこれらの量比によって定義する。
【0027】
[1.1. 成分(a):ウレタンアクリレート]
コート層形成時に用いる光重合性コーティング液は、成分(a):ウレタンアクリレートを20重量%以上50重量%未満、好ましくは30重量%以上50重量%未満の濃度で含む。
【0028】
上記ウレタンアクリレートは、イソシアネート化合物、ポリオール、水酸基含有(メタ)アクリルモノマー、イソシアネート基含有(メタ)アクリルモノマーの反応によって得られる、末端に反応性のアクリロイル基を有するオリゴマー状の化合物の総称である。
【0029】
本発明で用いられるウレタンアクリレートは、典型的には紫外線硬化型ウレタンアクリレートであり、好ましくは、(i)脂肪族イソシアネート化合物及び/又は脂環族イソシアネート化合物からなるイソシアネート化合物と、(ii)エステル系ポリオール、(iii)エーテル系ポリオール又は(iv)ポリカーボネート系ポリオールから選ばれる1種以上のポリオール化合物と、(v)水酸基を有するアクリレート化合物とを反応させてなるウレタンアクリレートである。
【0030】
(i)上記脂肪族イソシアネート化合物としては、例えば、ヘキサメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアヌレート変性体、トリメチルヘキサメチレンジイソシアネートなどが挙げられる。上記脂環族イソシアネ-ト化合物としては、例えば、イソホロンジイソシアネート、4,4’-ジシクロヘキシルメタンイソシアネート、水添化キシレンシジイソシアネートなどが挙げられる。
【0031】
(ii)上記エステル系ポリオールとしては、例えば、ジオール類とジカボン酸とを反応させてなるエステル化合物が挙げられる。上記ジオール類としては、例えば、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、ネオペンチルグリコール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、2-メチル-1,8-オクタンジオール、1,9-ノナンジオールなどが挙げられる。ジカルボン酸としては、セバチン酸、アジピン酸、ダイマー酸、琥珀酸、アゼライン酸、マレイン酸、テレフタル酸、イソフタル酸、シトラコン酸などが挙げられ、それらの無水物であってもよい。
【0032】
(iii)エーテル系ポリオールとしては、例えば、ポリエーテルジオール、ポリ(オキシテトラメチレン)グリコール、ポリ(オキシブチレン)グリコールなどが挙げられる。当該ポリエーテルジオールの具体例としては、ポリプロヒピレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、プロピレン変成ポリテトラメチレングリコールなどが挙げられる。
【0033】
(iv)ポリカーボネート系ポリオールとしては、例えば、カーボネート誘導体とジオール類との反応生成物が挙げられる。当該カーボネート誘導体の例としては、ジフェニルカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネートなどのジアリルカーボネートが挙げられる。又、当該ジオール類としては、上述の化合物が挙げられる。
【0034】
(v)水酸基を有するアクリレート化合物としては、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、4-ヒドロキシブチルメタアクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、ポリプロピレングリコールモノ(メタ)アクリレート等が挙げられる。
【0035】
このようなウレタンアクリレートの製造においては、その必須構成成分であるイソシアネート化合物、ポリオール化合物、水酸基を有するアクリレート化合物を一括仕込みにより反応させることができる。あるいは、水酸基を有する(メタ)アクリレート化合物とこれらイソシアネート化合物とを反応させ、一旦、イソシアネート基過剰のプレポリマーを製造し、次いで、残存イソシアネート基とポリオール化合物と反応させることもできる。
またあるいは、イソシアネート化合物とポリオール化合物とを反応させ、一旦、イソシアネート基過剰のプレポリマーを製造し、次いで、残存イソシアネート基と水酸基を有する(メタ)アクリレート化合物と反応させることができる。これらの手法で製造されたウレタンアクリレートは、ポリウレタン鎖を持つことが好ましい。
【0036】
本発明では、市販品である、日本合成化学社の紫光 UT-5569、トクシキ社製のAUP-838、亜細亜化学社製のRUA-062S、RUA-058SY2を使用することができる。
【0037】
[1.2. 成分(b):ウレタン単位を有さずフッ素原子を含有する光重合性アクリル系化合物類]
コート層形成時に用いる光重合性コーティング液は、上記成分(a)と光共重合する成分として、成分(b):ウレタン単位を有さずフッ素原子を含有する光重合性アクリル系化合物類を、50重量%以上80重量%未満、好ましくは50重量%以上70重量%未満の濃度で含む。
【0038】
上記成分(b)は、1種の光重合性アクリル系化合物から構成されていてもよく、あるいは、少なくとも1種のフッ素原子含有光重合性アクリル系化合物を含む、2以上の光重合性アクリル系化合物から構成されていてもよい。
【0039】
上記フッ素原子含有光重合性アクリル系化合物としては、分子内にフッ素原子を有する光硬化性アクリルモノマー及び/又はオリゴマー、例えば、オプツールDAC-HP(ダイキン工業株式会社製)、メガファックRS-75(DIC株式会社製)、ビスコートV-3F(大阪有機化学工業社製)などのフッ素系(メタ)アクリレート化合物の市販品を使用することができる。このようなフッ素系(メタ)アクリレート化合物は、上記ウレタンアクリレート100重量部に対して一般的には0.1重量部~10重量部、好ましくは1重量部~7重量部の割合で存在させることが好ましい。
【0040】
また上記フッ素原子含有光重合性アクリル系化合物として、さらにケイ素原子を含有する化合物も用いることができる。このようなケイ素原子及びフッ素原子を含有する光重合性アクリル系化合物として、以下の一般式(1)で表されるフルオロシルセスキオキサン誘導体(1)を使用することができる。
【0041】
【化5】
【0042】
式(1)において、R ~R はそれぞれ独立して、任意のメチレンが酸素で置き換えられていてもよい、炭素数1~20の、直鎖状もしくは分岐鎖状のフルオロアルキル;少なくとも1つの水素がフッ素もしくはトリフルオロメチルで置き換えられた、炭素数6~20のフルオロアリール;またはアリール中の少なくとも1つの水素がフッ素もしくはトリフルオロメチルで置き換えられた、炭素数7~20のフルオロアリールアルキルを示し、Aは、下記式(1-1)または式(1-2)で表される基である。
【0043】
好ましくは、式(1)におけるR ~R はそれぞれ独立して、3,3,3-トリフルオロプロピル、3,3,4,4,4-ペンタフルオロブチル、3,3,4,4,5,5,6,6,6-ノナフルオロヘキシル、トリデカフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロオクチル、ヘプタデカフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロデシル、ヘンイコサフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロドデシル、ペンタコサフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロテトラデシル、(3-ヘプタフルオロイソプロポキシ)プロピル、ペンタフルオロフェニルプロピル、ペンタフルオロフェニル、またはα,α,α-トリフルオロメチルフェニルを示す。
【0044】
より好ましくは、式(1)におけるR ~R はそれぞれ独立して、3,3,3-トリフルオロプロピル、または3,3,4,4,5,5,6,6,6-ノナフルオロヘキシルを示す。
【0045】
【化6】
【0046】
式(1-1)において、Yは炭素数2~10のアルキレン、好ましくは炭素数2~6のアルキレンを示し、Rは水素、または炭素数1~5の直鎖もしくは分岐鎖のアルキル、または炭素数6~10のアリール、好ましくは水素または炭素数1~3のアルキルを示す。
【0047】
【化7】
【0048】
式(1-2)において、Yは単結合または炭素数1~10のアルキレンを示す。
【0049】
上記フルオロシルセスキオキサン誘導体(1)は、以下の方法により製造される。まず、以下の式(2)で表される3官能の加水分解性基を有するケイ素化合物(2)をアルカリ金属水酸化物の存在下、含酸素有機溶剤中で加水分解し重縮合させることにより、以下の式(3)で表される化合物(3)を製造する。
【0050】
【化8】
【0051】
【化9】
【0052】
式(3)中、Mはアルカリ金属であれば特に限定されない。このようなアルカリ金属として例えばリチウム、ナトリウム、カリウム、セシウムが挙げられる。
【0053】
式(2)、(3)におけるRはそれぞれ独立して上記式(1)のR ~R から選ばれる1つの基に一致し、任意のメチレンが酸素で置き換えられていてもよい、炭素数1~20の、直鎖状もしくは分岐鎖状のフルオロアルキル;少なくとも1つの水素がフッ素もしくはトリフルオロメチルで置き換えられた、炭素数6~20のフルオロアリール;またはアリール中の少なくとも1つの水素がフッ素もしくはトリフルオロメチルで置き換えられた、炭素数7~20のフルオロアリールアルキルを示し、Xは、加水分解性基を示す。
【0054】
好ましくは、式(2)、(3)におけるRはそれぞれ独立して、3,3,3-トリフルオロプロピル、3,3,4,4,4-ペンタフルオロブチル、3,3,4,4,5,5,6,6,6-ノナフルオロヘキシル、トリデカフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロオクチル、ヘプタデカフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロデシル、ヘンイコサフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロドデシル、ペンタコサフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロテトラデシル、(3-ヘプタフルオロイソプロポキシ)プロピル、ペンタフルオロフェニルプロピル、ペンタフルオロフェニル、またはα,α,α-トリフルオロメチルフェニルを示す。
【0055】
より好ましくは、式(2)におけるRはそれぞれ独立して、3,3,3-トリフルオロプロピル、または3,3,4,4,5,5,6,6,6-ノナフルオロヘキシルを示す。
【0056】
次に、上記化合物(3)に以下の式(4)で表される化合物(4)を反応させることによって、上記フルオロシルセスキオキサン誘導体(1)が得られる。
【0057】
【化10】
【0058】
式(4)における基Xは、上記式(1-1)または式(1-2)で表される基である。
【0059】
このようなフルオロシルセスキオキサン誘導体(1)の中で、以下の式(5)で表されるγ-メタクリロキシプロピルヘプタ(トリフルオロプロピル)-T8-シルセスキオキサンが好ましい。
【0060】
【化11】
【0061】
γ-メタクリロキシプロピルヘプタ(トリフルオロプロピル)-T8-シルセスキオキサンなどのフルオロシルセスキオキサン誘導体(1)を、コート層に導入すると、コート層の防汚機能を一層向上することができる。フルオロシルセスキオキサン誘導体(1)を、ウレタン単位を有さずフッ素原子を含有する光重合性アクリル系化合物類に含有させる際は、これを直接他のウレタン単位を有さずフッ素原子を含有する光重合性アクリル系化合物類に混合してもよいし、これとウレタン単位を有さない光重合性アクリル系化合物類とをあらかじめ架橋及び/又は重合して製造したオリゴマーを、他のウレタン単位を有さずフッ素原子を含有する光重合性アクリル系化合物類に混合してもよい。
【0062】
一般的には、フルオロシルセスキオキサン誘導体(1)と上記単官能アクリレート、上記二官能アクリレート、上記多官能アクリレートから選ばれる1種以上のアクリレート系共重合成分とを共重合してフルオロシルセスキオキサン誘導体(1)単位を有する重合体をあらかじめ製造し、この重合体を、ウレタン単位を有さずフッ素原子を含有する光重合性アクリル系化合物類の一部として用いる。この場合、フルオロシルセスキオキサン誘導体(1)単位を含む重合体が上記ウレタンアクリレート100重量部に対して0.01重量部~10重量部、好ましくは0.05重量部~5重量部の割合となるように配合する。
【0063】
上述の分子内にフッ素原子を有する光硬化性アクリルモノマー及び/又はオリゴマー、あるいは上述のフルオロシルセスキオキサン誘導体(1)と共に使用するウレタン単位を有さずフッ素原子を含有する光重合性アクリル系化合物類としては、一般に光硬化性アクリルモノマーと称される化合物、例えば、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステルやヒドロキシ基含有(メタ)アクリル酸エステルのような単官能アクリレート、(ポリ)アルキレングリコールジ(メタ)アクリレートなどの二官能アクリレート、ペンタエリスリトールトリアクリレートのような3官能以上の多官能アクリレートなどを、使用することができる。このような共重合成分は、上記光硬化性アクリルモノマーを含む反応性化合物を重合して得られるオリゴマーであってもよい。
【0064】
[1.3. 重合開始剤]
上記成分(a)と成分(b)とを含む光重合性コーティング液の硬化に用いられる重合開始剤としては、光重合開始剤の名で流通しているものを制限なく使用することができる。このような光重合開始剤として、例えば、オリゴ{2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパンオン}等のヒドロキシケトンのポリマー体、1-ヒドロキシジシクロヘキシルフェニルケトン、2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オン、2,2-ジメトキシ-1,2-ジフェニルエタン-1-オン、1-{4(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル}2-ヒドロキシ-2-メチル-1-プロパン1-オン、2,4,6-トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフインオキサイド、ビス(2,4,6トリメチルベンゾイル)フェニルフォスフインオキサイド等を使用することができる。
【0065】
[1.4. 添加剤]
コート層には、一般的に塗料やフィルムの材料に配合される酸化防止剤、耐候安定剤、調色剤、希釈剤などの添加剤を配合することができる。その配合量は、コート層の機能を低下させない範囲であれば制限されない。
【0066】
[2. 基材層]
本発明の積層フィルムを構成する基材層としては、熱可塑性ポリウレタンからなるフィルムが用いられる。このようなフィルムとして公知の熱可塑性ポリウレタンフィルムが制限なく使用されるが、一般的には、ポリカーボネート系熱可塑性ポリウレタンからなるフィルム、あるいは、ポリカプロラクトン系熱可塑性ポリウレタンからなるフィルムが用いられる。
【0067】
ポリカーボネート系熱可塑性ポリウレタンは、末端に水酸基を有するポリカーボネート化合物(ポリカーボネートジオール)とイソシアネート化合物とを反応させてなる熱可塑性ポリウレタンであり、ポリウレタン成分をハードセグメントとし、ポリカーボネートをソフトセグメントとしたブロック共重合体である。ポリカーボネートとしてはアルカンジオールカーボネート、即ち炭素数2~10のアルカンジオールを主体とするカーボネートが一般的に用いられ、例えばポリヘキサンジオールカーボネートが用いられる。イソシアネート化合物としては上述のような化合物が用いられる。
【0068】
このようなポリカーボネート系熱可塑性ポリウレタンとして、例えば、数平均分子量500~10,000のポリカーボネートジオール単位と有機ジイソシアネート単位とを有するソフトセグメントブロック、及び数平均分子量60~400の有機ジオールから選択される鎖伸長剤と有機ジイソシアネート単位とを有するハードセグメントブロックを有するものが用いられる。このようなポリカーボネート系熱可塑性ポリウレタンとしては、前記ソフトセグメントブロックとして、ジエチルカーボネート単位又はジフェニルカーボネート単位と、1,6-ヘキサンジオール単位とを有するポリエステル型ポリオールからなる長鎖ポリオール単位と、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート単位とを有し、前記ハードセグメントブロックとして、1,4-ブタンジオール単位と4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート単位とを有するものが例示される。
【0069】
ポリカプロラクトン系熱可塑性ポリウレタンエラストマーとしては、高分子(長鎖)ジオールからなるソフトセグメントと、低分子(短鎖)ジオールとジイソシアネートからなるハードセグメントとの構造単位を有機ジイソシアネートで結合したものが挙げられる。
【0070】
ソフトセグメントに用いられる高分子ジオールは、ポリカプロラクトンである。高分子ジオールの数平均分子量は、500~10000であることが好ましい。ハードセグメントに用いられる低分子ジオールとしては、炭素数2~15のジオール、例えば、炭素数2~15の脂肪族二価アルコール、炭素数5~15の脂環式二価アルコール、炭素数6~15の芳香族二価アルコール等が使用できる。これらのうち好ましいのは、二価アルコール及び二価フェノールであり、さらに好ましくは脂肪族二価アルコール、単環二価フェノール及びビスフェノール、特に好ましくはエチレングリコール、ハイドロキノン及びビスフェノールAである。
【0071】
ポリカプロラクトン系熱可塑性ポリウレタンエラストマーに用いられる有機ジイソシアネートとしては、炭素数(イソシアネート基NCO中の炭素を除く。以下、同様である。)6~20の芳香族ジイソシアネート、炭素数2~18の脂肪族ジイソシアネート、炭素数4~15の脂環式ジイソシアネート、炭素数8~15の芳香脂肪族ジイソシアネートのいずれか又はこれらの二種以上の混合物が使用できる。これらのうち、好ましいのは芳香族ジイソシアネートと脂肪族ジイソシアネートのいずれか又は混合物であり、さらに好ましくはTDI(トリレンジイソシアネート)、MDI(ジフェニルメタンジイソシアネート)、HDI(ヘキサメチレンジイソシアネート)のいずれか又は混合物であり、特に好ましいのはHDIである。
【0072】
本発明では基材層の厚みは特に限定されないが、通常は25~300μmであり、好ましくは100~200μmである。このような基材層として例えばArgotec社製ARGOGUARD(登録商標)を用いることができる。
【0073】
[3. 粘着層]
本発明の積層フィルムを構成する粘着層は、感圧型接着剤からなる。本発明で用いる感圧型接着剤としては、PPFの施行温度下、すなわち約20℃~約30℃の温度で粘着性を示し、熱可塑性ポリウレタン系材料からなる成形品とガラスや金属、プラスチック、紙などの物品との接着に用いられるものであれば、公知の物を制限なく使用することができる。このような感圧型接着剤として、市販のアクリル系感圧型接着剤、ウレタン系感圧型接着剤を使用することができ、好ましくはアクリル系感圧型接着剤が用いられる。粘着層の厚みは特に限定されないが、通常は10~200μm程度である。
【0074】
[4. 剥離層]
本発明の積層フィルムを構成する粘着層には、好ましくはさらに剥離層が積層される。剥離層の材料としては公知の剥離材が制限なく用いられ、例えばポリエステル系樹脂やポリオレフィン系樹脂などの樹脂製フィルム、セロハン紙、グラシン紙や、これらにフッ素系あるいはシリコン系剥離剤で表面被覆したものを使用することができる。剥離層の厚みは特に限定されないが、通常は20~200μm程度である。
【0075】
[5. 保護層]
本発明の積層フィルムには、その保管、運搬、販売の形態に応じて、コート層の外表面を保護層で被覆することができる。このような保護層の材質に制限はなく、一般的に使用されているポリエチレンフィルムなどのプラスチック製フィルムや剥離処理された紙類などを適宜選択することができる。
【0076】
[積層フィルムの製造]
本発明の積層フィルムの製造方法は、各層の形成・積層に適した方法を制限なく採用することができる。例えば、本発明の積層フィルムが剥離層と保護層を有する場合には、本発明の積層フィルムを以下の工程を経て製造することができる。
【0077】
はじめに、剥離層の剥離処理された面上に粘着層を形成する。そして、形成された粘着層の開放された面と基材層の一方の表面とを密着させて、基材層、粘着剤層、剥離層がこの順で接した積層体を製造する。次に、得られた積層体の基材層の解放された面上に上述の光重合性コーティング液を塗布し、塗布面に紫外線を照射して光重合性コーティング液を硬化する。硬化が完了すると、コート層、基材層、粘着層、剥離層がこの順で接した積層フィルムが得られる。さらにコート層の開放面を保護フィルムで被覆する。こうして、保護層、コート層、基材層、粘着層、剥離層がこの順で接した積層フィルムが得られる。得られた積層フィルムを適宜裁断、巻取り、包装する。
【0078】
[PPFとしての利用]
このようにして完成した本発明の積層フィルムは、適当な長さの単位で切断、積載、あるいは巻き取られて、PPFとして利用することができる。PPFを施行する際には、塗装面の形状や大きさに合わせた形状に本発明の積層フィルムを裁断し、裁断された積層フィルムを適度な力で展張して塗装面に粘着層を密着させる。
【0079】
本発明の積層フィルムでは、強度、平滑性、撥水性、撥油性に優れるコート層が施行面に対する外界の刺激を緩和する。その一方で柔軟な基材層が粘着層を介して塗装面に密着する。一定期間使用した後は、塗装面の表面を傷つけることなく積層フィルムを除去することができる。
【実施例
【0080】
[γ-メタクリロキシプロピルヘプタ(トリフルオロプロピル)-T8-シルセスキオキサン単位を含む重合体の製造]
まず以下の手順でγ-メタクリロキシプロピルヘプタ(トリフルオロプロピル)-T8-シルセスキオキサンを合成した。還流冷却器、温度計および滴下漏斗を取り付けた内容積1Lの4つ口フラスコに、トリフルオロプロピルトリメトキシシラン(100g)、THF(500mL)、脱イオン水(10.5g)および水酸化ナトリウム(7.9g)を仕込み、マグネチックスターラーで攪拌しながら、室温からTHFが還流する温度までオイルバスにより加熱した。還流開始から5時間撹拌を継続して反応を完結させた。その後、フラスコをオイルバスから引き上げ、室温で1晩静置した後、再度オイルバスにセットし固体が析出するまで定圧下で加熱濃縮した。
【0081】
析出した生成物を、孔径0.5μmのメンブランフィルターを備えた加圧濾過器を用いて濾取した。次いで、得られた固形物をTHFで1回洗浄し、減圧乾燥機にて80℃、3時間乾燥を行い、74gの無色粉末状の固形物を得た。
【0082】
還流冷却器、温度計及び滴下漏斗を取り付けた内容積1Lの4つ口フラスコに、得られた固形物(65g)、ジクロロメタン(491g)、トリエチルアミン(8.1g)を仕込み、氷浴で3℃まで冷却した。次いでγ-メタクリロキシプロピルトリクロロシラン(21.2g)を添加し、発熱が収まったことを確認して氷浴から引き上げ、そのまま室温で一晩熟成した。イオン交換水で3回水洗した後、ジクロロメタン層を無水硫酸マグネシウムで脱水し、濾過により硫酸マグネシウムを除去した。ロータリーエバポレータで粘調な固体が析出するまで濃縮し、メタノール260gを加えて粉末状になるまで攪拌した。5μmの濾紙を備えた加圧濾過器を用いて粉体を濾過し、減圧乾燥器にて65℃、3時間乾燥を行い、41.5gの無色粉末状固体を得た。得られた個体のGPC、H-NMR測定を行い、下記式(5)で表されるγ-メタクリロキシプロピルヘプタ(トリフルオロプロピル)-T8-シルセスキオキサン(5)の生成を確認した。
【0083】
【化12】
【0084】
次に、以下の手順でγ-メタクリロキシプロピルヘプタ(トリフルオロプロピル)-T8-シルセスキオキサン単位を含む重合体を製造した。還流冷却器、温度計および滴下ロートを取り付けた内容積200mLの四つ口フラスコに、上述の方法で得られたγ-メタクリロキシプロピルヘプタ(トリフルオロプロピル)-T8-シルセスキオキサン(5)を36.65g、メチルメタクリレート(MMA)を18.33g、2-ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)を27.49g、片末端メタクリロキシ基変性ジメチルシリコーン(FM-0721、分子量約6,300)を9.16g、2-ブタノン(MEK)を106.4g導入し、窒素シールした。95℃に保ったオイルバスにセットして還流させ、10分間脱酸素を行った。次いで0.70gの2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)と0.08gのメルカプト酢酸(AcSH)を7.0gのMEKに溶解させた溶液を導入し、還流温度に保ったまま重合を開始した。3時間重合した後、0.70gのAIBNを7.0gのMEKに溶解させた溶液を導入し、さらに5時間重合を継続した。重合終了後、重合液に変性アルコール(ソルミックスAP-1、日本アルコール販売(株)製)を65mL加えた後、1300mLのソルミックスAP-1に注ぎ込んで重合体を析出させた。上澄みを除去し、減圧乾燥(40℃、3時間、70℃、3時間)して生成物を分離した。
【0085】
還流冷却器、温度計およびセプタムキャップを取り付けた内容積200mLの四つ口フラスコに、生成物を15.0g、MEHQを0.015g、DBTDLを0.0263g、酢酸エチルを130g導入し、窒素シールした。48℃に保ったオイルバスにセットし、昇温した。次いで液温が45℃になったところで、アクリロイルオキシエチルイソシアネート(AOI、昭和電工(株)製)15.9gを導入し、反応を開始した。6時間反応した後、室温まで冷却してMeOH10.0gを導入して反応を終了した。反応終了後、反応液にソルミックスAP-1を65mL加えた後、1300mLのソルミックスAP-1に注ぎ込んで反応物を析出させた。上澄みを除去し、減圧乾燥(40℃、3時間、70℃、3時間)させて11.8gのγ-メタクリロキシプロピルヘプタ(トリフルオロプロピル)-T8-シルセスキオキサン単位を含み、側鎖にアクリロイル基を有する重合体(XUA008)を得た。XUA008のGPC分析により求めた重量平均分子量は45,000、分子量分布は1.7であった。
【0086】
[光重合性コーティング液の調製]
光重合性化合物として以下の成分(a)及び成分(b)を用いた。成分(a):ウレタンアクリレートとして、トクシキ社製UV硬化型自己修復塗料「AUP-838(有効成分であるウレタンアクリレートの濃度:48.0重量%)」を使用した。成分(b):ウレタン単位を有さずフッ素原子を含有する光重合性アクリル系化合物類ウレタンアクリレートとして、日本化薬社製紫外線硬化型樹脂(5官能以上)「KAYARAD DPCA-120」(ウレタン単位を有さない重合性アクリル系化合物からなる。)と、DIC社製フッ素含有UV反応型表面改質剤「メガファックRS75」(ウレタン単位を有さずフッ素を含有する重合性アクリル系化合物を40.0重量%の濃度で含む。)と、上述の方法で得られたXUA008とを使用した。
【0087】
上記成分(a)及び成分(b)を表1に示す量比で混合した。ただし表1には成分(a),成分(b)の量を、これらに含まれる光重合性化合物の量(重量%)で示す。成分(a)と成分(b)に含まれる光重合性化合物の合計が100重量%である。
【0088】
ここに更に、光重合性成分(成分(a)及び成分(b))100重量部に対して5重量部の光重合開始剤「Irgacure127」と、希釈材としての2-プロパノールを、上記光重合性化合物を30重量%の濃度で含むように加えた。
【0089】
こうして、表1に示す光重合性コーティング液A、B、C、D、Eが得られた。
【0090】
[積層フィルムの製造]
基材層(Argotec社製熱可塑性ポリウレタンフィルム「ARGOGUARD49510」の片面に市販のアクリル系感圧型接着剤をダイコートにより塗布し、70℃で3分間乾燥した。こうして基材層の片面に厚み40μmの粘着層を形成した。
【0091】
次に、粘着層の開放面と、シリコン樹脂で剥離処理された厚さ75μmのポリエチレンテレフタラートフィルムとを、ゴムローラーを用いて圧着させ、45℃で1日間養生した。こうして基材層、粘着層、剥離層がこの順で接した積層フィルムが得られた。この積層フィルムの一部を後述のヤング率変化の測定に標準サンプルとして用いた。
【0092】
残りの積層フィルムからPPF用積層フィルムを製造した。基材層の開放面に、光重合性コーティング液A、B、C、D、EのいずれかをR.D.S.Webster社製ワイヤーバーコーターNo.24を用いて塗布し、90℃で3分間乾燥した。その後、フュージョンUVランプ搭載ベルトコンベア硬化ユニット(ヘレウス社製)を用いて、積算光量:400mJ/cmで光重合性コーティング液を硬化させた。こうして基材層上に厚み11μmのコート層が形成され、コート層、基材層、粘着層、剥離層がこの順で接した積層フィルム(実施例1、実施例2、比較例1、比較例2、比較例3)が得られた。
【0093】
[積層フィルムの評価]
得られた積層フィルムを以下の観点で評価した。結果を表1に示す。
(1)像鮮明度試験(平滑性)
積層フィルムから50mm×50mmの片を切り出し、この片から剥離フィルムを除去した。塗装板として、黒色塗料で塗装された硬質塩化ビニル樹脂板(カピロン、K-5930)を用意した。上記積層フィルム片の粘着層表面と塗装板の塗装面とに水(ただしジョンソン・エンド・ジョンソン社製ベビーシャンプーが体積基準で1万倍に希釈されている)を噴霧した後、積層フィルムの粘着層面を塗装面に接触させ、市販のゴム製スキージーで積層フィルムと塗装面との間に生じる気泡、水泡を除きながら積層フィルムを押圧して、積層フィルムを塗装板に貼り付けた。積層フィルムが貼り付けられた塗装板を、表面に気泡、水泡が目視観察されなくなるまで室温に静置した。こうしてテストサンプルが完成した。
【0094】
このテストサンプルの像鮮明度試験を、写像性測定装置ICM-1T(スガ試験機株式会社製)を用いて、反射角度45°、光学くし幅0.25mmにて行った。テストサンプルからの反射光の光線軸に直交する光学くしを移動させて、くし目幅0.25mmについて最高光量(M)と最低光量(m)を求め、下記の式にて像鮮明度を算出した。
像鮮明度(%)=[(M-m)/(M+m)]×100
【0095】
像鮮明度が高いことは、コート層表面の平滑性が高いことを意味する。一般的に自動車の外装部品には見た目に艶があり滑らかな塗装が好まれる。像鮮明度が45%を下回る積層フィルムの表面は見た目の艶や滑らかさが乏しく、いわゆる「ゆず肌(orange peel surface)」の状態である。このような平滑性に劣る積層フィルムを用いたPPFは自動車塗装の美観を損なうため意匠性が低く実用に適さない。
【0096】
(2)インキ拭き取り性(防汚性・撥油性)
積層フィルムのコート層の表面に黒色油性マーカー(Sharpie製)で描画し、油性インキの撥かれ方を観察した。さらに描画部分を不織布(小津産業社製ダスパーK-3)で擦って油性インキの拭き取り性を観察した。観察結果を以下の基準により判定した。
+: インキがはじかれ、きれいに拭き取れた。
-: 拭き取れなかった。
【0097】
(3)撥水性:水接触角測定
積層フィルムから切り出した20mm×90mmの片を25mm×100mmのステンレス板に貼り付け、自動接触角計DMs-400(協和界面科学社製)を用いて積層フィルムのコート層の水接触角を測定した。プローブ水としては窒素・りん測定用蒸留水(関東化学社製)を用いた。
【0098】
(4)促進耐候試験前後での水接触角変化(防汚持続性)
(2)の試験で防汚性、さらに(3)の試験で高い撥水性が示されたサンプルにおいて、防汚持続性を評価した。(3)の測定と同様に積層フィルムから切り出した20mm×90mmの片を25mm×100mmのステンレス板に貼り付け、自動接触角計DMs-400(協和界面科学社製)を用いて積層フィルムのコート層の水接触角(劣化前、θ)を測定した。プローブ水としては窒素・りん測定用蒸留水(関東化学社製)を用いた。
【0099】
同じ積層フィルムから切り出した別の20mm×90mmの片を紫外線蛍光ランプ式促進耐候試験機QUV(Q-LAB社製)で劣化させた。劣化条件はASTM G154 CYCLE 2に従う以下のステップ1、2、3からなるサイクルであり、合計12サイクルが行われた。紫外線はサンプルのトップコート層側から照射した。
・ステップ1:紫外線照射(紫外線照射量:0.71W/m、温度:60℃、時間:4時間)
・ステップ2:結露(温度:50℃、時間:4時間)
・ステップ3:ステップ1に戻る
【0100】
劣化処理を終えた片を25mm×100mmのステンレス板に貼り付け、自動接触角計DMs-400(協和界面科学社製)を用いて積層フィルムのコート層の水接触角(劣化後、θ)を測定した。プローブ水としては窒素・りん測定用蒸留水(関東化学社製)を用いた。
【0101】
このようにして測定されたθとθとから、それぞれの積層フィルムの防汚性の変化の度合いを、下の式で定義される水接触角変化(Δθ)として求めた。
Δθ=|θ-θ
【0102】
Δθの値が小さい積層フィルムは、より長期あるいは過酷な屋外使用に耐える防汚性を有すると言える。
【0103】
(5)コート層のヤング率寄与度(柔軟性)
先述の、基材層、粘着層、剥離層がこの順で接しコート層を有さない積層フィルムから、25mm×70mmの片を切り出し、剥離層を除去した。得られた基材層、粘着層がこの順で接しコート層を有さない2層積層フィルム(標準フィルム)を引張・圧縮・曲げ試験機ストログラフVG(東洋精機製作所社製)で引っ張った時の応力変化を測定し、応力(N/mm)-ひずみ曲線を得た。この時の引っ張り条件は、初期チャック間距離:30mm、クロスヘッド移動速度:500mm/分、最大チャック間距離:90mmであった。標準フィルムのヤング率(E)(MPa)を、以下の式で表される、応力(N/mm)-ひずみ曲線の初期直線領域の傾きとして算出した。
標準フィルムのヤング率(E)(MPa)=応力(N/mm)/ひずみ
【0104】
コート層、基材層、粘着層、剥離層がこの順で接した積層フィルム(実施例1、実施例2、比較例1、比較例2、比較例3)についても剥離層を除いたのちに同じ条件で応力(N/mm)-ひずみ曲線を取得した。それぞれの3層積層フィルムのヤング率(E)(MPa)を、以下の式で表される、応力(N/mm)-ひずみ曲線の初期直線領域の傾きとして算出した。
3層積層フィルムのヤング率(E)(MPa)=応力(N/mm)/ひずみ
【0105】
それぞれの3層積層フィルムの柔軟性におけるコート層の寄与の程度を、以下の式で表される3層積層フィルムのヤング率(E)と標準フィルムのヤング率(E)の差(ΔE)として算出した。
ヤング率の差(ΔE)(MPa)=(E-E
【0106】
ΔEが小さい積層フィルムでは、コート層が形成された状態でも基材層の柔軟性がより維持されている。このような積層フィルムを用いたPPFは、曲面形状の塗装面に密着しやすいため、特に自動車などの多様な面形状を有する製品に適している。
【0107】
(6)破断伸度(伸長性)
積層フィルムから35mm×200mmの片を切り出し、剥離層を除去して、コート層、基材層、粘着層がこの順で接した積層フィルムを用意した。この積層フィルムを引張・圧縮・曲げ試験機ストログラフVG(東洋精機製作所社製)で引っ張り破断させた。この時の引っ張り条件は、初期チャック間距離:100mm、クロスヘッド移動速度:127mm/分であった。テストサンプル表面にクラックが発生する地点を目視で検出し、破断までの積層フィルムの伸長性を、以下の式で表される破断伸度(%)として求めた。
破断伸度(%)=(破断時までのクロスヘッド移動距離(mm)/初期チャック間距離(100mm))×100
【0108】
(7)スキージー滑り性(作業性)
積層フィルムから40mm×130mmの片を切り出し、剥離層を除去して、コート層、基材層、粘着層がこの順で接した積層フィルムを用意した。別途、自動車用黒色塗料で塗装されたアルミ板(幅50mm、縦150mm、厚み1.2mm)を用意した。
【0109】
上記積層フィルムの粘着層表面と塗装板の塗装面のそれぞれに水(ただしジョンソン・エンド・ジョンソン社製ベビーシャンプーが体積基準で1万倍に希釈されている)を噴霧した後、積層フィルムの粘着層面を塗装面に接触させ、市販のゴム製スキージーで積層フィルムと塗装面との間に生じる気泡、水泡を除きながら積層フィルムを押圧して、積層フィルムを塗装板に貼り付けた。この時の積層フィルムの滑り性(スキージー滑り性)を以下の基準で判定した。
【0110】
+:スキージーが積層フィルム表面で滑り、積層フィルムを困難なく貼り付けられた。
【0111】
-:スキージーが積層フィルム表面に引っかかり、積層フィルムの貼り付けに支障があった。
【0112】
【表1】
【0113】
本発明の積層フィルム(実施例1、実施例2)は、平滑性、防汚性、防汚持続性、柔軟性、伸長性、作業性をバランスよく備えている。これらの積層フィルムをPPFに用いると、手作業による貼り付け作業がしやすく、塗装面の美観を損なわずに塗装面を保護することができると期待される。
【0114】
また、本発明の積層フィルムは、AUP-838を含むコート層を有することから、自己修復性を有する。
【0115】
これに対して、コート層に成分(a):ウレタンアクリレートが含まれない比較例1では、表面の平滑性や防汚性、防汚持続性が優れるものの、基材層の柔軟性が維持されておらず、伸長性に乏しいため、PPFとしての使用時に問題がある。
【0116】
比較例2ではコート層に含まれる成分(b)が少なすぎるため、PPFに求められる平滑性や防汚持続性が劣り、実用に適さない。
【0117】
比較例3はコート層に含まれる成分(b)が多すぎるため、PPFに求められる柔軟性、伸長性、作業性が劣り、実用に適さない。
【産業上の利用可能性】
【0118】
本発明の、平滑性、防汚性、防汚持続性、柔軟性、伸長性、作業性をバランスよく備える積層フィルムは、PPFとして利用価値が高い。本発明の積層フィルムからなるPPFの適用対象として、自動車、バイクなどの車両の他、船舶、建築物、電気製品、展示物、内装、家具、工場設備、産業機器、医療機器など広範な対象を期待することができる。
【符号の説明】
【0119】
1 コート層
2 基材層
3 粘着層
4 剥離層
5 積層フィルム
6 塗装面
7 PPF
図1
図2