(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-10
(45)【発行日】2023-03-20
(54)【発明の名称】表面汚染密度分布演算装置、方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G01T 1/169 20060101AFI20230313BHJP
【FI】
G01T1/169 A
(21)【出願番号】P 2019076545
(22)【出願日】2019-04-12
【審査請求日】2022-02-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久米 直人
(72)【発明者】
【氏名】高倉 啓
(72)【発明者】
【氏名】池田 賢弘
(72)【発明者】
【氏名】内野 圭一
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-189516(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01T 1/169
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象エリア内の複数位置における空間線量率を計測し作成した第1空間線量率分布データを保持する第1メモリ領域と、
前記対象エリアに配置される構造物が前記第1空間線量率分布データと共通の座標系で設定された第1構造物データを保持する第2メモリ領域と、
モデルエリアにおける第2空間線量率分布データ、第2構造物データ及び第2表面汚染密度分布データの関係を機械学習して作成した演算式を保持する第3メモリ領域と、
前記演算式に、前記第1空間線量率分布データ及び前記第1構造物データを入力し、前記対象エリアの第1表面汚染密度分布データを出力する演算部と、
前記第1空間線量率分布データを構成する入力値の各々に誤差成分を付与する誤差付与部と、
前記入力値に誤差が付与される前と後に出力された前記第1表面汚染密度分布データに基づいて、前記入力値に誤差が付与される前と後に使用された前記演算式のパラメータの一致/不一致を検出する検出部と、
前記パラメータが前記一致から前記不一致への変化を検出したときの前記入力値に付与した誤差成分の大きさに基づいて前記演算式の妥当性を評価する評価部と、を備える表面汚染密度分布演算装置。
【請求項2】
請求項1に記載の表面汚染密度分布演算装置において、
前記パラメータは、前記入力値の各々に乗算される重み付け係数である表面汚染密度分布演算装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の表面汚染密度分布演算装置において、
前記誤差付与部は、前記入力値に対し、正方向と負方向の両方に前記誤差成分を付与する表面汚染密度分布演算装置。
【請求項4】
請求項1から
請求項3のいずれか1項に記載の表面汚染密度分布演算装置において、
前記検出部は、前記一致から前記不一致に切り替わる直前に付与された臨界的な誤差成分を全ての前記入力値に関して認識し、
前記演算部は、前記臨界的な誤差成分が全ての前記入力値に付与された前記第1表面汚染密度分布データを出力する表面汚染密度分布演算装置。
【請求項5】
請求項1から
請求項4のいずれか1項に記載の表面汚染密度分布演算装置において、
前記機械学習は、前記第1空間線量率分布データ及び前記第1構造物データに類似すると判断した前記第2空間線量率分布データ及び前記第2構造物データを持つ組み合わせを複数の中から選択してされたものである表面汚染密度分布演算装置。
【請求項6】
請求項1から
請求項5のいずれか1項に記載の表面汚染密度分布演算装置において、
保持されている前記第1空間線量率分布データを修正する修正部を備える表面汚染密度分布演算装置。
【請求項7】
請求項1から
請求項6のいずれか1項に記載の表面汚染密度分布演算装置において、
前記演算式は、深層学習(ディープラーニング)により得られたものである表面汚染密度分布演算装置。
【請求項8】
対象エリア内の複数位置における空間線量率を計測し作成した第1空間線量率分布データを保持するステップと、
前記対象エリアに配置される構造物が前記第1空間線量率分布データと共通の座標系で設定された第1構造物データを保持するステップと、
モデルエリアにおける第2空間線量率分布データ、第2構造物データ及び第2表面汚染密度分布データの関係を機械学習して作成した演算式を保持するステップと、
前記演算式に、前記第1空間線量率分布データ及び前記第1構造物データを入力し、前記対象エリアの第1表面汚染密度分布データを出力するステップと、
前記第1空間線量率分布データを構成する入力値の各々に誤差成分を付与するステップと、
前記入力値に誤差が付与される前と後に出力された前記第1表面汚染密度分布データに基づいて、前記入力値に誤差が付与される前と後に使用された前記演算式のパラメータの一致/不一致を検出するステップと、
前記パラメータが前記一致から前記不一致への変化を検出したときの前記入力値に付与した誤差成分の大きさに基づいて前記演算式の妥当性を評価するステップと、を含む表面汚染密度分布演算方法。
【請求項9】
コンピュータに、
対象エリア内の複数位置における空間線量率を計測し作成した第1空間線量率分布データを保持させるステップと、
前記対象エリアに配置される構造物が前記第1空間線量率分布データと共通の座標系で設定された第1構造物データを保持させるステップ、
モデルエリアにおける第2空間線量率分布データ、第2構造物データ及び第2表面汚染密度分布データの関係を機械学習して作成した演算式を保持させるステップ、
前記演算式に、前記第1空間線量率分布データ及び前記第1構造物データを入力し、前記対象エリアの第1表面汚染密度分布データを出力させるステップ、
前記第1空間線量率分布データを構成する入力値の各々に誤差成分を付与するステップ、
前記入力値に誤差が付与される前と後に出力された前記第1表面汚染密度分布データに基づいて、前記入力値に誤差が付与される前と後に使用された前記演算式のパラメータの一致/不一致を検出させるステップ、
前記パラメータが前記一致から前記不一致への変化を検出したときの前記入力値に付与した誤差成分の大きさに基づいて前記演算式の妥当性を評価するステップ、を実行させる表面汚染密度分布演算プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、計測した空間線量率に基づいて放射能の表面汚染密度分布を演算する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
放射性物質を取り扱う施設などで放射能汚染が生じた場合には、表面汚染密度の評価を実施して漏洩等した放射性物質を管理するとともに、必要に応じて除染・遮蔽・立入制限等の対策をし、そこで作業する作業員の被ばく低減を図る。しかし、汚染範囲が広い場合は、除染や遮蔽の作業を行うこと自体が、作業員の被ばくを増加させる原因となる。そこで、適切に評価された表面汚染密度分布に基づき作業計画を立案することにより、除染や遮蔽の作業を効率化し、作業員の被ばく低減を図る。
【0003】
表面汚染密度分布は、GM管検出器等といった放射線検査装置を、管理エリアの表面に走査させながら、放射線の計測をして導くことが一般的である。しかし、この管理エリアの全域に、検査装置を走査するのには時間がかかるため、比較的容易に計測することができる空間線量率に基づいて表面汚染密度分布を演算する技術が提案されている。
【0004】
例えば、高さの異なる位置で計測した空間線量率のデータ変化と、汚染源の形状を仮定して解析的に解を求める演算式と、を用いて表面汚染密度を推定する技術が知られている。この技術によれば、この演算式に、計測した空間線量率のデータを入力するのみであるため、非常に簡単に表面汚染密度を推定することができる。
【0005】
しかし、空間線量率の現実の計測値には、線源から直接入射する放射線だけでなく、壁や天井等の構造物を媒介して散乱もしくは透過した放射線もカウントされている。このため、上述の技術では、複雑な構造をもつ建屋内部において、要求精度を満足する表面汚染密度分布が得られない課題があった。また、演算結果である表面汚染密度の評価誤差等を示すことも困難であった。
【0006】
また、表面汚染密度分布データ及び構造物データとからシミュレーション解析により空間線量率分布データを得て、この三者の関係を機械学習させ、構造物データ及び空間線量率分布データを入力して表面汚染密度分布データを出力させる演算式を用いる技術が提案されている。しかしこの技術も、演算された表面汚染密度分布が唯一解であるか否かということも含め、その精度や妥当性等の確認をすることまでは検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2015-001500号公報
【文献】特開2018-189516号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
計測した空間線量率分布データから表面汚染密度分布を演算するためには、この空間線量率分布と表面汚染密度分布との間の関係性を何らかの演算式で表す必要がある。しかし、汚染が複雑なケースでは、この演算式が一意に定まらない可能性がある。そのため、演算した表面汚染密度分布を逆演算して元の空間線量率分布を再現した場合であっても、解の妥当性を確認することは困難である。
【0009】
本発明の実施形態はこのような事情を考慮してなされたもので、計測した空間線量率に基づいて演算した表面汚染密度分布の妥当性を確認することができる演算技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
表面汚染密度分布演算装置において、対象エリア内の複数位置における空間線量率を計測し作成した第1空間線量率分布データを保持する第1メモリ領域と、前記対象エリアに配置される構造物が前記第1空間線量率分布データと共通の座標系で設定された第1構造物データを保持する第2メモリ領域と、モデルエリアにおける第2空間線量率分布データ、第2構造物データ及び第2表面汚染密度分布データの関係を機械学習して作成した演算式を保持する第3メモリ領域と、前記演算式に前記第1空間線量率分布データ及び前記第1構造物データを入力し前記対象エリアの第1表面汚染密度分布データを出力する演算部と、前記第1空間線量率分布データを構成する入力値の各々に誤差成分を付与する誤差付与部と、前記入力値に誤差が付与される前と後に出力された前記第1表面汚染密度分布データに基づいて前記入力値に誤差が付与される前と後に使用された前記演算式のパラメータの一致/不一致を検出する検出部と、前記パラメータが前記一致から前記不一致への変化を検出したときの前記入力値に付与した誤差成分の大きさに基づいて前記演算式の妥当性を評価する評価部と、を備える。
【発明の効果】
【0011】
本発明の実施形態により、計測した空間線量率に基づいて演算した表面汚染密度分布の妥当性を確認することができる演算技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の第1実施形態に係る表面汚染密度分布演算装置を示すブロック図。
【
図2】計測した第1空間線量率分布データに基づいて、放射性物質の第1表面汚染密度分布が演算される対象エリアの斜視図。
【
図3】第2空間線量率分布、第2構造物及び第2表面汚染密度分布の関係が既知であるモデルエリアの上面図。
【
図4】各実施形態で適用される演算部における演算処理を説明する数式。
【
図5】第2実施形態に係る表面汚染密度分布演算装置を示すブロック図。
【
図6】第2実施形態において、対象エリア内における線量計の計測位置データを修正するイメージ図。
【
図7】表面汚染密度分布演算方法及びプログラムの実施形態を説明するフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(第1実施形態)
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
図1に示すように、第1実施形態に係る表面汚染密度分布演算装置10は、対象エリア31内(
図2)の複数位置における空間線量率を計測し作成した第1空間線量率分布データD1を保持する第1メモリ領域11と、対象エリア31に配置される構造物32が第1空間線量率分布データD1と共通の座標系で設定された第1構造物データD2を保持する第2メモリ領域12と、モデルエリア35(
図3)における第2空間線量率分布データS1、第2構造物データS2及び第2表面汚染密度分布データS3の関係を機械学習して作成した演算式Y(y
1,y
2…y
n,…y
N)(
図4(2))を保持する第3メモリ領域13と、この演算式Yに第1空間線量率分布データD1及び第1構造物データD2を入力し対象エリア31の第1表面汚染密度分布データD3を出力する演算部20と、第1空間線量率分布データD1を構成する入力値X(x
1,x
2…x
m,…x
M)(
図4(1))の各々に誤差成分α
m(
図4(6))を付与する誤差付与部26と、入力値x
m(m:1~M)に誤差成分α
mが付与される前と後に出力された第1表面汚染密度分布データD3,D3´に基づいて入力値x
mに誤差成分α
mが付与される前と後に使用された演算式YのパラメータW
n(n:1~N)(
図4(3))の一致/不一致を検出する検出部25と、を備えている。
【0014】
図2に示すように、表面汚染密度を評価する対象エリア31内には、複数の線量計36(図示は一つのみ)が、二次元的又は三次元的に配置されている。これら線量計36により計測された複数の空間線量率の値は、対応する線量計の座標値に紐付けされて、第1空間線量率分布データD1を形成する。なお、本実施形態においては複数の線量計36を二次元的又は三次元的に配置する例を示しているが、対象エリア内の二次元的又は三次元的な複数位置における空間線量率が計測できれば構わない。すなわち、本実施形態において、1つの線量計36を二次元的又は三次元的な複数の位置に順次移動させて複数の空間線量率を計測するように構成しても構わない。
【0015】
なお対象エリア31内に配置される複数の線量計36の間隔は、特に限定はないが、点数を多くしてこの間隔を密にして得た第1空間線量率分布データD1である程、最終的に導かれる第1表面汚染密度分布データD3の精度が向上する。このようにして計測された第1空間線量率分布データD1は、第1メモリ領域11に保持される。
【0016】
対象エリア31の周辺及び/又はその内側には、第1構造物32が配置されており、第1空間線量率分布データD1と共通の座標系で設定した第1構造物データD2が、第2メモリ領域12に保持される。この第1構造物データD2には、天井や壁等といったガンマ線と相互作用する構造物の形状情報および位置情報を含むものであり、さらに構造物の密度、材質等といったガンマ線との相互作用(透過、散乱など)に影響を及ぼす情報も含まれる。
【0017】
空間に点線源として存在する放射性物質から放出されるガンマ線は、等方的に放出されるため、この点線源からの距離の2乗に反比例して空間線量率(Sv/h)は減衰していく。また、
図2に示すように、現実に放射能汚染された対象エリア31では、放射性物質33が、面状に一定の範囲に広がって存在する場合があり、点線源として存在するとは限らない。
【0018】
そして、対象エリア31で計測される空間線量率は、放射性物質33から放出されるガンマ線が直接カウントされる場合の他に、壁などの第1構造物32で散乱したガンマ線も重畳してカウントされたものである。さらに、対象エリア31に存在する線源は、複数に分散している場合もある。このために、計測した空間線量率から、換算により対象エリア31に存在する放射性物質33の汚染濃度である表面汚染密度(Bq/cm2)を求める場合は、上述した条件を考慮する必要がある。
【0019】
図3に示されるモデルエリア35は、対象エリア31とは異なり、その第2空間線量率分布データS1、その第2構造物データS2及びその第2表面汚染密度分布データS3の関係が、既知の体系である。これら三つのデータS1,S2,S3は、実測データに基づく場合の他に、シミュレーション解析に基づいて得ることができる。一般に普及しているシミュレーション解析の一例であるモンテカルロ解析は、透過や遮蔽といった物質間の相互作用を考慮することにより、第2構造物データS2を仮想的に配置したモデルエリア35において、仮想的に設定した第2表面汚染密度分布データS3から放出されるガンマ線による第2空間線量率分布データS1を、高精度で計算することが可能である。
【0020】
より具体的には、モデルエリア35の床面およびこの床面から所定高さまでの水平面を任意個数のメッシュに分割し、床面の注目位置37における表面汚染密度が各々のメッシュに寄与する空間線量率を解析により求めることができる。そして、空間線量率分布は、モデルエリア35全体に存在する汚染から放出されるガンマ線による空間線量率を、それぞれのメッシュ毎に重ね合わせて表わされる。このようにして、条件を変えた複数のモデルエリア35(35a,35b,35c)の各々において、第2空間線量率分布データS1、第2構造物データS2及び第2表面汚染密度分布データS3の組み合わせが作成される。
【0021】
機械学習部15は、そのような第2空間線量率分布データS1、第2構造物データS2及び第2表面汚染密度分布データS3の組み合わせを複数入力する。そして、これら複数の組み合わせの関係を機械学習して、第1空間線量率分布データD1及び第1構造物データD2を入力すると、第1表面汚染密度分布データD3を出力する演算式Yを作成する。
【0022】
なお後述する妥当性の高い演算式Yを作成するために、第1空間線量率分布データD1及び第1構造物データD2の組み合わせに類似する第2空間線量率分布データS1及び第2構造物データS2の組み合わせを選択して機械学習することが望ましい。
【0023】
機械学習処理は、複数のモデルエリア35(35a,35b,35c…)の体系に対し、重回帰分析が適用される。そして演算式Yは、第2空間線量率分布データS1と第2構造物データS2のサイズ情報、距離情報及び材質情報等を入力値xm(m:1~M)として、注目位置37における表面汚染密度が出力値yn(n:1~N)となるように、パラメータWn(n:1~N)を適宜設定することで作成される。
【0024】
種々の構造物が配置されたエリアにおける表面汚染密度と空間線量率分布とは、相関があり、両者の関係を機械学習で回帰式などの数式化することが可能である。このような、機械学習としては、重回帰式分析で相関式を演算しても、ディープラーニング(深層学習)を用いてもよく、連続値で出力するだけでなく、汚染濃度をレベルに応じて分類するものでもよい。
【0025】
このようにして、モデルエリア35の第2空間線量率分布データS1、第2構造物データS2及び第2表面汚染密度分布データS3の関係を示す演算式Yが、複数のモデルエリア35(35a,35b,35c…)から機械学習により作成される。そしてこの演算式Yは、第3メモリ領域13に保持される。
【0026】
なお第2空間線量率分布データS1は、注目位置37を基準とした相対位置に応じて並び替えることや、絶対位置による並び替えを行い、設定することができる。また、第2表面汚染密度分布データS3を構成する放射性物質の核種として、例えばCs137、Cs134、Co60のようにエネルギーや放出率が異なる核種を設定することもできる。
【0027】
さらに、第2構造物データS2として構造物の材質や、注目位置37の位置にたいし、想定条件の範囲においてパラメータを複数設定して学習させ、演算式Yを作成することができる。これにより、ガンマ線が飛程距離とともに広がり強度が減衰していく作用に加え、汚染源の大きさや、構造物による散乱や透過の作用を反映させた演算式Yを導くことが可能となる。この演算式Yは、特定のエリアや構造物に限定されることなく一般化されたものとなる。
【0028】
ところで、互いに大きく相違する二つの第2表面汚染密度分布データS3であっても、各々により形成される第1空間線量率分布データD1の各々は、お互いの相違が少ない場合がある。例えば、遮蔽効果の高い構造物に内蔵された汚染源が形成する空間線量率は、影響度が小さくなる為、汚染無状態の空間線量率と有意差が観測されない場合がある。
【0029】
このため、演算式Yに、相違が僅かな別々の第1空間線量率分布データD1及び第1構造物データD2を入力した場合でも、出力される第1表面汚染密度分布データD3が互いに大きく相違する場合がある。このため、演算式Yの入力誤差に対する出力の妥当性を評価する必要がある。
【0030】
図4は、各実施形態で適用される演算部20における演算処理を説明する数式(1)~(8)である。なお説明を簡単にするため、対象エリア31の第1構造物データD2とモデルエリア35(
図3)の第2構造物データS2とが一致している場合を想定して説明するが、本実施形態の適用は、このように両者が一致している場合に限定されず、両者が不一致である場合も想定される。
【0031】
図4の数式(1)は、演算式Yへの入力値x
m(m=1~M)の集合体Xであり、第1空間線量率分布データD1を構成するものである。この第1空間線量率分布データD1を構成する入力値x
mとしては、線量計36(
図2)で計測した空間線量率(Sv/h)の計測値であったり、空間線量率を計測した位置情報であったり、第1構造物32の距離情報であったり、対象エリア31に存在する放射性核種の種類情報であったりする。
【0032】
図4の数式(2)は、演算式Yからの出力値y
n(n=1~N)の集合体であり、第1表面汚染密度分布データD3を構成するものである。この第1表面汚染密度分布データD3を構成する出力値y
nは、表面汚染密度(Bq/m
2)とその位置情報とである。
【0033】
図4の数式(3)は、演算式Yのパラメータであり、入力値x
mの各々に乗算される重み付け係数w
m(m=1~M)の集合体W
nを表している。なお演算式Yに適用されるパラメータとしては、このような重み付け係数w
mに限定されるものではない。
【0034】
図4の数式(4)は、重み付け係数w
mを用いた入力値x
mの線形変換式u
0を表している。このような重み付け係数w
m(m=1~M)の集合体W
nは、各々の出力値y
nに対し別々に設定されている。またバイアス項b
nは、次に示す活性化関数の閾値を決定するものである。
【0035】
図4の数式(5)は、活性化関数φとしてReLU関数を用い、線形変換式u
0を非線形変換した出力値y
nを表している。このように、ReLU関数を用いることで、線形変換式u
0の値が、0又は正の数を取ることになる。なお、適用される活性化関数は、特に限定されることはなく、公知のものを適用することができる。
【0036】
図4の数式(6)は、個々の入力値x
mに対し、誤差成分α
mを付与した線形変換式u
mを表している。
図4の数式(7)(8)は、重み付け係数w
m(m=1~M)の集合体W
nを導く計算式を表している。
【0037】
演算部20は、入力値xmに誤差成分αmが付与される前の第1空間線量率分布データD1に基づいて第1表面汚染密度分布データD3を出力する第1演算部21と、入力値xmに誤差成分αmが付与された後の第1空間線量率分布データD1に基づいて第1表面汚染密度分布データD3´を出力する第2演算部22と、から構成されている。
【0038】
第1演算部21は、第1メモリ領域11から第1空間線量率分布データD1を取得し、第2メモリ領域12から第1構造物データD2を取得する。そして第1演算部21は、これらデータを演算式Yに入力し、対象エリア31の第1表面汚染密度分布データD3を出力させる。第1演算部21における演算処理のプロセスは、
図4の式(1)~(5)に参照される通りである。この出力された第1表面汚染密度分布データD3は、表示部28において、対象エリア31のマップ上に重ね書きして表示される。
【0039】
誤差付与部26は、
図4の数式(6)に示すように、第1空間線量率分布データD1を構成する入力値x
m(m=1~M)の各々に付与する誤差成分α
mを発生させる。なお、この誤差成分α
mは、後段の検出部25において、一致から不一致が検出されるまで、段階的に増減されるものである。このように増減する誤差成分α
mは、例えば
図4の数式(6)に示すように、微小量Δα
mを整数倍(k倍)して発生させる。なお誤差付与部26で発生させる誤差成分α
m(又は微小量Δα
m)は、検出器の指向性や計測誤差等の検出器特性、計測位置の誤差、第1構造物データD2の精度等を目安に決定することができる。
【0040】
第2演算部22は、第1メモリ領域11から第1空間線量率分布データD1を取得し、第2メモリ領域12から第1構造物データD2を取得する。そして第2演算部22は、これらデータを演算式Yに入力し、さらに誤差付与部26で発生させた誤差成分αmを、入力値xm(m=1~M)の各々に付与してから、対象エリア31の第1表面汚染密度分布データD3´を出力させる。
【0041】
一致/不一致検出部25は、入力値x
mに誤差成分α
mが付与される前と後に出力された第1表面汚染密度分布データD3,D3´に基づいて、入力値x
mに誤差成分α
mが付与される前と後に使用された演算式Yのパラメータw
m(m=1~M)(
図4(3))の一致/不一致を検出する。この一致/不一致の検出は、誤差成分α
mを段階的に線形変化させた際、表面汚染密度分布データD3´の出力変化の線形性からのずれを検出することにより行う。
【0042】
誤差成分αmが付与される前と後に出力された第1表面汚染密度分布データD3,D3´の両者の差分量は、演算式Yのパラメータwmが一致している限り、誤差成分αmの付加量に比例している。これより、誤差成分αmに微小量Δαmを順次追加していき、表面汚染密度分布データD3´の出力変化の線形性の崩れを検出することで、パラメータwmの不一致点を検出することができる。
【0043】
妥当性評価部27は、パラメータwmが一致から不一致への変化を検出したときの入力値xmに付与した誤差成分αmの大きさに基づいて演算式Yの妥当性を評価するものである。所定量よりも小さい誤差成分αmの付与でパラメータwmが一致から不一致へ変化する演算式Yは、不安定で妥当性を欠くと判断できる。
【0044】
また検出部25は、全ての入力値xmに関し、パラメータwmが一致から不一致に切り替わる直前に付与された臨界的な誤差成分αmを認識することができる。そして第2演算部22は、この臨界的な誤差成分αmが全ての入力値xmに付与された第1表面汚染密度分布データD3´を出力することができる。
【0045】
表示部28は、臨界的な誤差成分αmが付与された第1表面汚染密度分布データD3´を第2演算部22から取得し、誤差成分αmが考慮されない第1表面汚染密度分布データD3を第1演算部21から取得し、両者を対象エリア31のマップ上に重ね書きして表示することができる。
【0046】
さらに誤差付与部26が、入力値xmに対し、正方向と負方向の両方に誤差成分αmを付与する。これにより検出部25は、正方向と負方向の両方の臨界的な誤差成分αmを認識することができる。そして、表示部28は、誤差成分αmを考慮しない第1表面汚染密度分布データD3を挟むようにして、反対方向に臨界的な誤差成分αmを付与した二つの第1表面汚染密度分布データD3´を表示することができる。
【0047】
妥当性評価部27は、このように表示部28に表示される第1表面汚染密度分布データD3,D3´に基づいて演算式Yの妥当性を評価することができる。さらに妥当性評価部27は、
図4の数式(7)(8)に示すようにして、重み付け係数w
m(m=1~M)の集合体W
nを抽出し、演算式Yを特定することができる。
【0048】
(第2実施形態)
次に
図5を参照して本発明における第2実施形態について説明する。なお、
図5において
図1と共通の構成又は機能を有する部分は、同一符号で示し重複する説明を省略する。第2実施形態の表面汚染密度分布演算装置10は、第1実施形態の構成に加え、第1メモリ領域11に保持されている第1空間線量率分布データD1を修正するデータ修正部29をさらに備えている。
【0049】
図6は、第2実施形態において、対象エリア31内(
図2)における線量計36の計測位置データを修正するイメージ図である。演算式Yに入力される第1空間線量率分布データD1を構成する入力値x
mとして、線量計36の計測値及びその位置情報がある。これら入力値x
mは、機器や計測者に起因する誤差要因を内包する可能性がある。
【0050】
偶発的又は不可避的に第1空間線量率分布データD1に内包された誤差要因は、隣接するデータの相関性を考慮したうえで、データ修正を実施する。具体的には、
図6に示すように、実際に計測された計測値と分布形状とを比較し、数点の比較的近い分布形状から補間する方法などが考えられる。このような補間をする場合は、分布形状のみを合わせるため、線量計36の計測位置や、計測値を相対値で比較することも可能である。また、データが欠損している場合などにおいても、現場環境に近い条件で補間することが可能になる。
【0051】
図7のフローチャートに基づいて、表面汚染密度分布演算方法及び表面汚染密度分布演算プログラムの実施形態を説明する(適宜、
図1,2,3,4参照)。対象エリア31内の複数位置における空間線量率を計測する(S11)。そして、対象エリア31の第1空間線量率分布データD1を作成し第1メモリ領域11に保持する(S12)。次に対象エリア31に配置される第1構造物32を第1空間線量率分布データD1と共通の座標系で設定した第1構造物データD2を第2メモリ領域12に保持する(S13)。
【0052】
複数個(n個)のモデルエリア35のそれぞれに第2構造物データS2及び第2表面汚染密度分布データS3を設定し、それぞれのモデルエリア35における第2空間線量率分布データS1を解析的に求める(S14,S15,S16)。そして、機械学習により、複数個(n個)のモデルエリア35の第2空間線量率分布データS1、第2構造物データS2及び第2表面汚染密度分布データS3の関係を示す演算式Yを作成し、第3メモリ領域13に保持する(S17)。そして、この演算式Yに、第1空間線量率分布データD1及び第1構造物データD2を入力し、対象エリア31の第1表面汚染密度分布データD3を演算し、表示部28に表示する(S18)。
【0053】
また一方において、第1空間線量率分布データD1を構成する入力値x
m(m=1~M)(
図4)の各々に誤差成分α
mを付与する(S19)。そして、入力値x
mに誤差成分α
mを付与した後の第1表面汚染密度分布データD3´を演算する(S20)。
【0054】
次に、誤差成分αmを付与した前後の第1表面汚染密度分布データD3,D3´に基づいて、誤差成分αmが付与される前後に使用されたパラメータwmの一致/不一致を検出する(S21)。そして、「一致」の結果が得られた場合は(S21 No)、誤差成分αmを誤差成分αm+Δαmに更新し、(S19)から(S21)のフローを、「不一致」の結果が得られるまで繰り返す(S21 Yes)。
【0055】
次に、全ての入力値xmに関し認識された臨界的な誤差成分αmの大きさに基づいて演算式Yの妥当性を評価する(S22)。この妥当性に否定的な評価が得られた場合は(S23 No)、第1空間線量率分布データD1を修正して内包されている誤差要因を排除したうえで、再度(S12からS23)のフローを、妥当性に肯定的な評価が得られるまで繰り返す(S23 Yes END)。
【0056】
以上述べた少なくともひとつの実施形態の表面汚染密度分布演算装置によれば、入力値の各々に誤差成分を付与して演算式のパラメータの変化を検出することで、計測した空間線量率に基づいて演算した表面汚染密度分布の妥当性を確認することができる
【0057】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。例えば上述の説明において、構造物としての壁に周囲を囲まれたエリアが放射能汚染されている場合を想定し、その表面汚染密度分布を導く実施形態を示したが、本発明の適用はこのような場合に限定されるものではなく、あらゆる構造物の配置形態に適用することが可能である。
【0058】
また、これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更、組み合わせを行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。また、表面汚染密度分布演算装置の構成要素は、コンピュータのプロセッサで実現することも可能であり、表面汚染密度分布演算プログラムにより動作させることが可能である。
【0059】
以上説明した表面汚染密度分布演算装置は、専用のチップ、FPGA(Field Programmable Gate Array)、GPU(Graphics Processing Unit)、又はCPU(Central Processing Unit)などのプロセッサを高集積化させた制御装置と、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)などの記憶装置と、HDD(Hard Disk Drive)やSSD(Solid State Drive)などの外部記憶装置と、ディスプレイなどの表示装置と、マウスやキーボードなどの入力装置と、通信I/Fとを、備えており、通常のコンピュータを利用したハードウェア構成で実現できる。
【0060】
また表面汚染密度分布演算装置で実行されるプログラムは、ROM等に予め組み込んで提供される。もしくは、このプログラムは、インストール可能な形式又は実行可能な形式のファイルでCD-ROM、CD-R、メモリカード、DVD、フレキシブルディスク(FD)等のコンピュータで読み取り可能な記憶媒体に記憶されて提供するようにしてもよい。
【0061】
また、本実施形態に係る表面汚染密度分布演算装置で実行されるプログラムは、インターネット等のネットワークに接続されたコンピュータ上に格納し、ネットワーク経由でダウンロードさせて提供するようにしてもよい。また、表面汚染密度分布演算装置は、構成要素の各機能を独立して発揮する別々のモジュールを、ネットワーク又は専用線で相互に接続し、組み合わせて構成することもできる。
【符号の説明】
【0062】
D1…第1空間線量率分布データ、D2…第1構造物データ、D3…第1表面汚染密度分布データ、S1…第2空間線量率分布データ、S2…第2構造物データ、S3…第2表面汚染密度分布データ、T…演算式、10…表面汚染密度分布演算装置、11…第1メモリ領域、12…第2メモリ領域、13…第3メモリ領域、15…機械学習部、20…演算部、21…第1演算部、22…第2演算部、25…不一致検出部、26…誤差付与部、27…妥当性評価部、28…表示部、29…データ修正部、31…対象エリア、32…構造物、33…放射性物質、35(35a,35b,35c)…モデルエリア、36…線量計、37…注目位置。